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     ≪僕は必要?不必要?≫



   僕は膝をかかえてその人の話を聞いていた。その人というのは、僕が数ヶ月前まで付き合っていた人だ。
   名前は春子、年は二十歳で血液型はB。僕は彼女のことは大抵知っている、だって三年も付き合ったから。

   三年が長いのか短いのかはよく知らないが、この辺の界隈でそう言うと「長い方だね」と褒めてくれるような人が多い。
   僕は春子が初めての彼女じゃなかったし、付き合っていた間に大きな事件があったわけでもないから、特記すべき出来事は何もない。

   付き合っていて覚えていることと言ったら、よくお互いの家を行き来したこと、春子のマニキュアを塗ってあげていたこと、
   ご飯を作ってあげたこと、プレゼントをあげたこと、あとは春子が僕をいつも撫でてくれたことくらいだ。

   いい大人が一回りも下の女の子に頭を撫でられるなんてと思ったけれど、「よしよし」と言って頭を撫でてくれる手が僕は好きだった。
   付き合い始めた頃、春子は十七になったばかりで、僕は友達に「犯罪じゃないの」と冷やかされたっけ。

   僕達は別れてからも仲がいい友達だ。年は違うし、趣味も違うし、性格も違うけれど、
   春子は人に甘えすぎない絶妙な距離の置き方を見に付けていて付き合いやすい。
   今だって仕事帰りに春子の部屋で一緒にネットサーフィンをしている、ビールを飲みながら。

   マウスを動かすのは春子で、キーボードを叩くのが僕。

   「どうして別れちゃったのかな」

   僕はドキリとしたけれど、春子の台詞はカップルサイトのURLをクリックして、表示された文字を読んでの感想だったとすぐに気が付く。

   「どうしてかな」

   僕達が別れることになったのは、僕が仕事が忙しくて春子と行き違うようになったからだ。
   朝まで会社にいる僕と、待ちぼうけて朝まで一人で飲んでいた春子。
   切ない気持ちでビールを飲み干す僕の頭を、春子はマニキュアを塗ってない手で撫でてくれた。

   「別れてもやり直せばいいのにね」

   僕は泣いてしまっていたらしい。やりたい仕事をしているけれど自信がないこと、
   疲れるけれど今の仕事を続けたいこと、春子より仕事を優先してしまうこと────
   付き合っているとは言えないくらい、会えない生活がこれからも続くこと。

   止められない涙をポタポタと落としながら年甲斐もなく泣いていた。
   春子はまっすぐな睫毛を伏せて、青さんは責任感が強いから面倒見なきゃって思うんだよねと言っていた。

   「曖昧でいいんだよ、別れてても両思いだよ」

   僕はもっと泣いてしまった。

   やがて意を決して涙を拭うと、何ともない顔をしている春子の手をとって、
   手がすごく冷たいのにびっくりしながら、すごく好きだよと声に出した。
   僕には大切なものが同時にいくつも現れて、いつも一つだけを選んできた。他の大切なものは消えてしまった。

   好きだったギター、楽しかった作曲、カメラもコーギーを飼うことも、バイクに乗ることも今の仕事に出会ってやめてしまった。
   親孝行もしていないし、友達とも遊ばなくなった。

   春子とも別れた。

   「好きだよ」

   囁く僕の言葉をくすぐったそうに、でもじっとして春子は受け止めてくれる。

   だから僕は力をこめて、腕の中の春子を抱きしめていた。

   「好きだよ、────好きだ。」

   言葉にしたら、この三年であった色々な細かい出来事をいくつも思い出した。
   マニキュアを塗るのが下手な春子を見かねて僕がしてあげたら、ネイルサロンにいったみたいにきれいだと褒めてくれたこと、
   爪だけが気に入っているのと言っていつも爪の手入れを春子はしていた。僕があまり構ってあげられなくなって、
   久しぶりに仕事帰りに春子に会った時、マニキュアをしていない爪を見て思わず別れを切り出したこと。

   春子をたくさん泣かせたこと、何もわかってないと怒られたこと。

   好きな人とうまく距離を置いて付き合えない、仕事ばかりしていて面白みもない。他のものは見えていない。春子を大切にできない。

   だけど、好きだよ。

   言葉にしたら、色々なことをすっかり全部思い出して、三年はすごく長かったんだなと思った。

   出会った頃より大人びた顔で、彼女は僕の頭をしっかりと撫でてくれている。

   「よくできました」

   そう言って笑いながら僕の腕の中にいたんだ。

   曖昧な状態だけど一緒にいたい。

   大事に出来なくても、すごく大事だと思ってる。

   そう言う僕を見つめていた春子はふっと俯いて、僕の胸に顔を埋めた。
   小さな手がしっかりと僕の背中を掴んで、いつまでも離れようとしなかった。

   曖昧な状態だけど一緒にいよう。

   僕はこんなにも、居心地のいい場所を見つけてしまったんだ。

     ≪END≫

     ***********************************************************************************

     ☆執筆後記☆

     トランスもの初挑戦!っていうか、単に一人称「僕」を使っただけですが(笑)





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