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     ≪情熱の林檎≫

     T出逢い

     あの日のことは今でもはっきり憶えている。
     暑い日だった。地球が情熱を吐き出すかの如く陽炎を立ち上らせた。

     「全員、止まれぇい!」
     私の号令により、静かな森を走り抜けていた馬の編隊は止まった。
     「あと30キロか・・・暫く休憩する。馬を休ませておけ。」

     私は疲れていた。馬を下り、歩き始める。
     「長官殿!どちらへ」
     「一人になりたい。向こうの木陰で休んでいる。誰も邪魔をするな。」
     私は隊員たちから見えぬ大きな木の影に腰を落とした。

     『私達3人平穏に暮らせる日々を、お母様も楽しみにしています。
      あなたのお帰りを心よりお待ちしております。
               大好きなベル様へ  リンより』

     遠い地で私の帰りを待つ恋人からの手紙である。

     「リン。私はこの勤務が終わったら軍指令総監になれそうだ。
       そうしたら・・・」
      「ベル様・・嬉しい・・」
      「この月に誓おう。君をこの国で一番幸せな女性にすることを!」

     リンと最後に話したときのことをつい昨晩であったかのように思い出す。
     その時楽しげな声が私の耳元を通りぬけた。

     「ホラ、ここまでついておいで!」
     ザバッ バシャッ パシャパシャッ
     女たち3人が泉の向こう側から平らな水面に向かって
     波音を立てながら飛び込んだ。

     “キレイ・・・だ”
     私はその中の一人にみとれた。リンからもらった手紙を
     落としたのも気付かずに、ただただその女を眺めた。
     “なんて・・美しいんだ・・・”
     白い肌にへばりついた髪、ふくよかな乳房が目に入ってくる。

     ガサッ。つい動いた拍子に地面の草を踏みつけてしまった。
     「キャッ!誰かいるわ!」
     あわてて私は木陰から女たちの前に進み出た。
     「あっ!いや、これは、違うんだ。覗いていたわけじゃない!第一、私は女だ!」
     必死に取り繕うとしても大慌ての私を信じてくれるはずもない。

     しかし、あの女は違った。近くの木から枝を手折り、私に近付いた。
     そして私の頬に向かって投げつけたのだ。
     「そんなに女の裸が珍しいかい!?ならコソコソしていないでしっかり目を見開いて見な!
      これが女の体だよ!年中、兵隊の男どもに囲まれてちゃ、あんただって女の体になれやしないだろ!」
     「ローザ、何してんのサ?そんな変態にかまってないで早くおいでヨ!」
     周りの女が口うるさく私をにらむ。
     “ローザ?”
     女は言った。「聞いたことあるかい、兵隊さん!?あたいがローザだよ。」
     “ローザ・・・”

     それがローザとの最初の出逢いだった。彼女はまるで背中に
     羽の生えた天使のように、水と光の中に消えていった。
     “私は天使に逢った!私は天使に逢ったんだ!!”

     ガバッ。夜中、私は突如目を覚ました。
     “また・・・あの女の夢だ”
     キュッと引き締まったおしりが今でも目に浮かぶ。
     “あの笑顔・・あの瞳・・・自信たっぷりの体・・”
     私はここ最近毎晩錯乱していた。自分の体が女を求めていた。

     「ベル長官!どうなさったんですか?」
     わたしのうめき声を聞きつけて部下が部屋を訪ねてきた。
     「何でもない・・何でも・・ないんだ・・・」

     翌朝。私は部下と2人で街を巡回していた。
     「兵隊さま。学校で・・ケンカを・・ローザが・・・」
     一人の女が小走りで私達の方へ寄ってきた。
     “ローザ!?”猛ダッシュで学校に向かう。

     「そこよ!ローザ、やっておしまい!」
     「ギャーッ 痛いっ」
     「サン!そこよ、ローザなんかひっくり返しなさいよ!」
     5,6名の女たちが2人をとり囲んで声援を送り楽しんでいる。
     「やめろ!!!」私はローザの手首を掴む。
     「は・・・放せーっ」彼女は激しく抵抗する。
     「やめるんだ、ローザ!」
     「あっ、あんた・・」
     視線が合う。
     「憶えててくれたのかい!?」
     「あん時のノゾキ!!」
     ドッと笑い声が上がった。

     私は恥ずかしさともどかしさを隠し部下に命令する。
     「このあばずれを引っ立てろ」
     「どうしてあたしだけを捕まえるのさ?ケンカのもとは
      あいつがあたいを侮辱したからなのにサ」
     「その相手を見てみろ。ケガをしてるのは一方的に彼女の方だ
      立派な傷害だ。」
     ペッ。ローザはつばを吐き、おとなしく私達についてきた。

     警察署の前。
     「さっ、入れっ。」
     「痛いじゃないのサ。もっと優しくできないの。」
     ローザは立ち止まる。
     「どうした、ローザ?」
     「い・・いや・・・」激しく震える彼女の異常さに気付いた。
     「いやと言ったってなぁ、取り調べもしなきゃならん。我慢しろ。」
     涙を浮かべたローザは子供そのものである。
     「こんな所へ1日だって入れられたら死んじゃうわ。」

     ローザをなんとか部屋の中へ押し入れた。
     落ちつかない様子でローザは私を見つめた。
     「長官さん」甘い声にふと気が緩む。
     「ん?なんだ?」
     「あたしを逃がして」
     「バ・・バカなこと言うな」
     ローザは泉で会ったときのような美しい微笑みを浮かべた。
     「あたしが欲しくない?逃がしてくれたら
      この体、自由にさせてあげるわ」

     私はなぜか腹立たしかった。
     「わ・・私を何だと思ってるんだ?軍人だぞ。
      そんなこと、出来るもんか!!」
     「欲しくないの?」うつろな目で私を誘う。
     「欲しいものは手に入れる。嫌な事はしない主義。
      私は自由な女よ。」

     気持ちを押さえられない。
     「に、逃がしたら、本当に逃がしたら・・
      私を・・愛してくれるか?」
     不安げな私に向かってローザは「いいわ」と答えた。
     「約束してあ・げ・る」
     ローザはそっと私の唇に軽いキスをした。

     その夜、私は見張り番の注意を引き、ローザを逃がすことに成功した。
     「どうだ?異常はないか?」
     「あっ、ベル長官。はい、異常はありません。」
     「どうだ、一杯やらんか?」
     「(ゴクッ・・)は、はい・・」
     「ところで君はどこの出身だね?」
     「はっ。バスク地方です。」
     部下に酒を注いでやってる間にスタタと壁際を走っていく影を
     私は視界の中に垣間見た。

     “逃げろ!逃げろ、ローザ!”
     ローザが無事逃げ切ることを祈りながら、私はその時私の人生から
     一歩足を踏み外したのを感じた。
     “けれど、私は・・この女のためだったら、私は・・”

     ローザを逃がしたことはすぐ私のせいだとバレた。
     “バレてもよかったんだ”
     私は一ヶ月営倉に入れられ、空だけを眺めて過ごすはめになった。

     「ベル長官、外へ。」部下がずっと閉ざされていた扉の鍵を開けた。
     そのまま私は軍総司令部総司令官の所へ連れて行かれた。

     「ベル。君には期待していたんだが、この件で君の昇格は見送りだ。
      それだけではない。君には一ヶ月の停職と降格を命ずる。」
     「はい。」
     「ベル・・」
     「はっ?」
     「君はあの女がどんな女か知っているのか?ローザのことだよ」
     「いえ」
     「あの女は盗賊のドンの女なんだよ。数々の罪で本来なら今ごろ
      刑に服していなきゃならないはずなんだが、そのたびに誰か
      他の女が身代わりに監獄に入っている。余罪を追及されるのを
      恐れて逃げ出したんだろう。君はあの女に利用されたんだよ。
      一ヶ月、故郷へでも帰って頭を冷やしてくることだな。」
     「・・・・・わかりました。失礼します。」

     荷物をまとめ、外へ出た。自由な外界がとても懐かしく思えた。
     “本当に・・ローザは私を利用しただけなんだろうか?
      あの約束は・・?みんな嘘だったんだろうか・・?”
     ローザのまっすぐな瞳が目に浮かんだ。
     “「無事逃げおおせたら、セルビアのトルティーアって店で待ってるわ。」”
     別れ際のセリフが頭の中でグルグルと回転する。
     “「約束したわよ。セルビアで会える日を楽しみにしてるわ。」”

     “あれが嘘だなんて・・思えない・・ローザ・・胸が張り裂けそうだよ・・
      ローザ、君に・・君に会いたい・・・”
     行こう。行ってみよう、セルビアへ。僕はそう思い立つと、すぐさま
     列車の切符を買いにいった。夕暮れ時にはセルビアの街中を歩いていた。

     “あそこだ・・”小1時間ほど居酒屋の通りを歩いていると
     聞き覚えのある店の名が目に飛び込んできた。“トルティーヤ・・
     本当にローザは・・ここにいるのだろうか・・”
     不安な面持ちで私は漆黒のドアを押した。

     そこには陽気な音楽と歓声が充満していた。
     「イヤッホー、いいぞ、ローザっ!!!」「ローザっ、オッレィッ」
     「ローザ!」酒に酔った男たちの間をかいくぐり、私は大声でローザの名を
     呼びながら、中央でフラメンコを優雅に披露する女に駆け寄った。

     「ベル!来てくれたのね!!」視線が合うと、
     ほのかに汗をかいたローザの顔がパッと明るくなった。
     「今夜はこの遠来のお客のためにみんな飲んどくれ。あたいのオゴリだよ!」
     「オー!」「ローザ!あんたは最高の女だぜっ!」親父たちがガハガハ笑いながら野次をとばす。

     そのまま私たちは夜遅くまで男たちと共に酒を飲み交わした。
     ローザのうちに私が上がりこんだのは、街がひっそりと静まり返ったあとだった。

     私は旅の疲れと一種の安堵感からベッドにぐったりと体を倒した。
     ローザがそっと唇を重ねてくる。
     「ベル」
     「ローザ・・」
     「ほんとに来てくれたのね・・嬉しいわ、ベル」
     「ローザ、会いたかった」
     「約束通り、あたしはあなたのものよ。」
     熱い舌が自分の口の中へ入ってきた。

     「ローザ、本当に会いたかったよ。」
     「あたしをそんなに思ってくれて嬉しい。愛してるわ、ベル・・」
     「ローザ、私は!私は・・!」
     「ふふ、あわてないで。夜はまだ長いんだから・・」
     いつの日か見た豊満な胸に私は夢中でしゃぶりついた。
     「ローザ・・君のためなら・・私は・・」

     ローザのなめらかで情熱的な肌がものすごく心地よかった。
     田舎にいるリンとのささやかな戯れとは全く正反対のものだった。
     熱くゴウゴウと燃えるその炎のような愛は私の胸を存分に焦がした。

     まるで夢のようだった。
     彼女といるとまたたく間に日々が過ぎていく。

     「アハハハッ」私の膝の上でローザが軽やかな笑い声をあげている。
     私は幸せだった。「ローザ、今夜はどこへ行こう?」
     「今夜は駄目なのよ、ベル。」
     「どうして?」
     「どうしてもなの。」
     「行かせないよ、ローザ。」
     「無理言わないで。今夜は約束があるのよ。心配しないで、ねっ。」
     「あぁ・・」ローザの唇の甘いタッチが私の口を塞いだ。

     その夜、私はなぜか嫌な予感がした。
     “何だか胸がザワザワする・・”
     













































































































































     ≪END≫

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     ☆執筆後記☆

     一応、舞台はヨーロッパです。



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