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     ≪本日も順風満帆!≫

   何日ぶりだろう、久しぶりに彼女の部屋に泊った日曜の朝。
   枝梨は窓辺にとまった小鳥のさえずりでも、射し込む眩しい日射しにでもなく、
   一緒のベッドで健やかに眠っている恋人のお腹が鳴る音で目を覚ました。

   「・・・・・・・・・・」

   あまりロマンチックじゃないシチュエーションだ。
   ロマンチックなシチュエーションなんて、この子と付き合い始めてさっぱり縁が無くなったな。

   半睡状態で枝梨はさっきの音を反芻する。お腹が鳴る音なんて久々に聞いた。
   まだ眠かったけれど目を開けると、枝梨の胸に頬を押し付けて一心に寝ている桃子が見えた。
   何事もなかったかのような顔をしている。

   かわいいなー。

   思わずくしゃくしゃと彼女の頭を撫でてやると、いつのまにか腕枕をさせられていたもう片方の
   腕の痺れが肩まで伝わって、すっかり眠気が吹き飛んでしまった。

   ああ、肩が重い。

   腕枕をしていた腕を抜くと、桃子は寝返りを打って、再び寝息を立て始める。
   時計を確かめると、まだ朝の八時だ。
   ベッドから起き上がった枝梨はとりあえず桃子のよだれがついたパジャマを脱いで、
   床に脱ぎちらっていた桃子のトレーナーを着た。
   これからどうしようかと思案しながら大きく伸びをし、ふと台所へ目をやる。

   その思いつきはなかなか新鮮で、悪くはないかなと枝梨は思った。
   理由はわからないけれど、桃子に対してはいくらでもサービスしたくなるのだった。
   こういうマメさが以前にもあったら、桃子と付き合う以前にもう少し経験豊富になれていたかもしれない。

   ベッドの奥の窓を開けると、まだ少し冷たい春の風が部屋の中に入ってきた。
   外はいい天気で、きっと今日は良い休日になる。

   ベランダに干しっぱなしになっていた洗濯物を取り込んで、枝梨は静かに窓を閉めた。

   数十分後――――

   鼻腔をつく、とても美味しそうな匂いに誘われて桃子はぱっちりと目を開けた。
   食パンがトーストされて焦げる匂い。卵焼きとソーセージをフライパンで焼いている匂い。
   キュウリを切っている音もする。台所の方に顔を向けると料理を作っている枝梨の姿が視界に入る。

   枝梨だ、すごーい。

   外食ばかりして「自炊はめんどくさい、皿洗いも嫌い、コンビニで全部済ませる」という姿勢を
   貫いていた恋人が朝食の準備をしていることに、大いに感激してしまう。
   と同時に、自分がひどくお腹をすかせていることを自覚した。
   お腹が鳴ったりはしないかと慌てて腹部に手を当てる。

   「あ、起きた?」

   枝梨がベッドサイドにやってきて、桃子の顔を覗き込む。

   返事をする代わりに体を起こして「もう、起きれそう?」と聞いてくる枝梨の頬にキスをすると、
   「いい匂いでしょう」と彼女が言った。そりゃぁいい匂いです、と思って、もう一度キスする。

   「うれしい?」

   もう一度する。

   「そうだよね」

   にっこりと笑って衝撃的な事実を彼女は口にした。デリカシーがなさすぎる。

   「今日、お腹の音で目が覚めたんだ。すごく鳴ってたよー、桃子のお腹」

   真っ赤になって布団を頭からかぶった桃子は、布団を引き剥がそうとする枝梨としばらく無言で格闘した。

   「桃子?どーしたのさ」

   「恥ずかし〜・・・」

   「え、何が?起きたんなら、一緒にご飯食べようよー」

   枝梨は天然なところがあるので、こういう時の桃子の乙女心は大抵理解されずに
   「何が?」で済まされる。初めてジェットコースターに乗って気分が悪くなり
   吐いた時も、酔っ払ってビールを床に落とした時も、
   失敗した料理をそーっと捨てようとしていた時も、
   見られたくないという気持ちをわかってもくれない枝梨に目撃されて、桃子は相当後悔していた。

   「ほら、目玉焼きが覚めちゃうよ。」

   本当は本当は私はデリケートな生き物なんです、と桃子は思う。

   まだ付き合って1年もたっていないのにお腹が鳴る音なんて聞かれたくないし、
   散らかしっぱなしの部屋に突然遊びに来て、だらしなくしてるところも本当は見られたくなかったけど、
   だけど、やっぱり枝梨と遊ぶのは楽しいからうっかり無防備に普段どおりに洋服を脱ぎ散らかして寝ちゃったけど、
   本当は枝梨より早起きして部屋も片付けるつもりだったんです、と、布団の隙間から見える部屋の惨状を見て、
   心の中でまくしたてる。

   こんな言い訳をしたところで、枝梨はまた不思議そうな顔をして、いいよ、どうせ散らかるし、
   って言うのはよくわかっているのだけど、それでも言いたい。

   枝梨は当たり前の顔をして、何でも受け入れすぎる。

   もっと厳しい採点をしてくれたっていいのに甘い。
   例えばそのしわくちゃの人の部屋着を、枝梨は普段こざっぱりした格好をしている癖に、
   普通の顔で着てたりしたら駄目。
   引き出しの中にならまともな服があるのに恥ずかしすぎる。

   「あ、桃子。洋服取り込んでおいたから着がえてご飯にする?」

   と言って、布団をめくった枝梨が桃子の花柄のパンツをひらひらと空中で泳がせた。

   「いやぁ」

   恥ずかしすぎて完敗なんです。
   そーやって自分以外の下着を平気で触れる枝梨にはわからないと思いますが、
   私はデリケートでデリカシーの塊なんですと、脳内で唱えながら、
   もはや諦めの境地で─────目前の首を傾げている枝梨を見上げる。

   わからないかなぁ、わからないんだろうなぁ。

   「私が作った朝ご飯、食べたくないの?」

   寂しそうな気配を漂わせ始めたその口調に、あわててベッドで身を起こす。

   「食べたいよっ!」

   「じゃー、はい。返事して」

    枝梨が目を閉じる。

   「えっ」

   「はい、チュゥして。チュー」

   「ぷっ」

   「笑わないで早く返事して」

   憮然とした顔で追い立てられて、桃子は枝梨に顔を近づけた。笑いをかみ殺して口を付ける。

   「ごちそうさまでした」

   と付け足したら、それはご飯を食べてからいいなさい、と枝梨が桃子の腕を引っ張った。
   渾身の朝ごはんを早く食べてほしくてしょうがないのだろう。
   同い年のこの人は、大人びているのか子供っぽいのか分からない。

   返事の変わりにキスをしようと枝梨の腕を引っ張ったら、バランスを崩して自分の上に倒れこんできた。

   「本当にご飯が冷めるよ」

   パンツを持ったままの枝梨が笑いながら身を起こした。
   テーブルの上にはトーストしたパンと目玉焼きソーセージ、小さなサラダや紅茶が並んでいる。

   「あーん、ごめん。早く食べよう」

   パジャマのままテーブルの前に座ると、横にくっついて枝梨が座った。

   「今日は並んで食べようね」

   仲良きことは美しく、美味。

     ≪END≫

     ***********************************************************************************

     ☆執筆後記☆

     同棲生活って憧れですよねぇ・・いいなぁ、寝起きの会話なんて☆




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