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     ≪恋がしたい≫


   和子は大学の掲示板の前でしばらく立ちすくんでいた。
   肩を落として、目の前の掲示板のある一枚の紙切れを呆然と見ている。
   隣に誰かがいることにもまるで気付かないようだ。
   彼女の視線の先にあるものを確かめた真咲は苦笑した。

   なるほどね、それで落ち込んでるってわけ。

   張り出されている紙はニ限目の講義の休講の知らせだった。
   通常、それは一般の学生にとって朗報だが、
   和子はその講義の先生のファンなのだ。

   恋しているといってもいい。三十六歳で独身。
   他の大学にもいくつか講義を受け持っている非常勤講師。

   細身の眼鏡がトレードマークの彼女の授業に出るのが楽しみで、
   火曜日に遅刻したことがないのを真咲は知っている。
   週に一度の逢瀬がキャンセルになって、さぞがっかりしているのだろう。

   色素の薄い細い髪が一房、ハラリと彼女の頬にかかる。

   和子は普段、あまり気分を顔に出さないので
   何を考えているのかもわからない。

   けれど、高一の時からずっと彼女のそばにいる真咲には彼女が時折覗かせるしぐさで、
   その時の気持をたやすく読み取れるようになっていた。
   当然といえば当然かもしれない。

   真咲は彼女にずっと想いを寄せているのだから。好きだった。
   告白もした。つい、先週のこと。

   その週最後の授業が終わりいつも通り一緒に帰ってたときだった。    私が真顔で想いを告げると、和子はまばたきもせずに
   私の目を見つめて数秒身動きもしなかった。

   ようやく和子が口にした言葉が「ん?」。
   そのたどたどしい喋り方に思わず吹き出したら、
   そっぽを向いて黙ってしまった。

   その直後の別れ際の言葉が今でもありありと思い出せる。
   「…どうしてそんなこと言うの?ふざけないでってば…」

   怒らせたのだと察した時は時すでに遅く(からかわれたと受け取ったのだろう)、
   あれから何度も口説いているのに、真に受けてくれなくなった。
   全く扱いの難しい人だ。でも、そこがたまらなくかわいい。

   「何を笑ってるの。」
   私がここ数日の和子とのやり取りをボーッと思い出していると、
   和子が私の顔を覗きこんできた。 「別に何も」
   少々照れながら答えた。

   肩に手を回してみる。
   「ねぇ、それよりこれから私の部屋においでよ。
    休講で時間空いたでしょ?」目の前には彼女の唇。どきどきする。
   和子の長い髪に鼻先を押しつけて、その匂いを嗅いだ。

   火花が散った、と思ったのはその時。
   左の頬がチリチリと熱い。
   さっきまでしっかりと右手で抱いていた体は
   あっけなく真咲を突き飛ばし背中を向けて校庭の方へ逃げていった。

   その姿を見送りながらぶたれて腫れた頬を押さえると
   指の先に鈍い痺れが伝わってくる。

   ああ、また失敗した。
   そう思いながらも甘酸っぱい気持ちが胸を満たす。

   「かぁーずちゃんってば。待ってよ!」

   一つ大きな息を吐くと私は真咲の後を追って駆け出した。
   和子は振り返り眉間に皺を作って真咲が追いつくのを待っている。
   そこには春のような日だまりがあって眩しいほど光に満ちていた。

   サラサラと音をたてて、長い髪が風になびく。
   彼女がその美しい顔を渋くしているのは、
   機嫌がいいのを隠そうとしているせいだとわかっている。

   本当はあなたはとても気分がいいに決まってる。

   私はあなたと恋がしたい。

   言葉にすれば、答えに窮してもっと不機嫌な顔を作ろうとする彼女のために、
   その一言を飲み込む。

   あなたの本当の気持ちを私は知っている。
   クリスマスにも、誕生日にも、私が何の予定もないことを確認しにくること。
   私が何かをしているとき、よく横顔をみていること。
   振り向くといつも目が合うこと。

   本当はいつでも、抱きしめることができる。
   それ以上のこともできる。
   でも、その気持ちにまだ戸惑っているあなたのために、
   もう少し我慢していよう。

   あなたに、ずっと恋してたいなぁ。

   今日はとても気分がいい。


     ≪END≫

     ***********************************************************************************

     ☆執筆後記☆

     爽やか系でまとめてみました!(笑)




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