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それは不運な事故だった。 誰もがそう言う。 だが、しかし彼女にとっては不運な事故で済まされる問題ではなかった。 「私に何の恨みがあるのよ、アンタたちは――ッ!!」 そう絶叫したのはリィナ・フェルベール――ファラン王国の魔法士である少女であった。 「恨み? 恨みなんてとんでもない」 彼は否定した。 「だが、そんな誤解をさせたなら、きちんと訂正しておくべきだな」 そう言って独り頷くや否や彼はリィナににっこりと笑いかけた。 「じゃ、行こうか、リィナ?」 「ア、アンタねぇ……っ」 強く拳を握り、大きく震えているリィナを庇うように彼が立ちはだかる。 「どこへ行く気ですか? 誤解を解くなら、ここでも十分なはずです」 「いや、俺は別にここでもいいけどな? リィナはああ見えて」 「ア、アンタたち――」 そして、本日二回目の絶叫が轟く。 「いい加減にしろ――ッ!!」 事の起こりは数分前。 かなり規模の大きい魔法の実験が失敗したことにあった。 前々から予定されていた実験は性質の変換魔法という特殊魔法で、対象である甘いリンゴを酸っぱくするというものだった。 魔法士たちは従来から存在する魔法を学ぶ一方で、新しい魔法もまた開発していた。 今回の特殊魔法も新たに開発されたものだ。 どこでどう失敗しても最小の被害にすべく、結界が張られた実験場に実験を行なう魔法士の他に数人の魔法士が立ち合っていた。 リィナと彼はその立ち合いの魔法士だった。 結論から言うと、実験は失敗したが、ある意味で成功したといえた。 実験に失敗し、暴走した魔法が運悪くリィナの方へ向かい、それを庇った彼――レイヴ・オリジェートが受けてしまったのである。 元々、二重人格であるレイヴは性質の変換魔法の影響で裏の人格が表に出てきた。 しかし、普通に出てきたのではない。 分身してしまったのである。 「ああ、すみません、リィナさん。リィナさんの意志をないがしろにするつもりはなかったのですが」 穏やかに謝罪してくるレイヴ。 「違うっ!」 「どっか行きたい所でもあったか?」 余裕の態度で微笑むレイヴ。 「それも違うっ!」 二人のレイヴを睨み付け、リィナは怒鳴った。 「アンタたち、少しは現状に戸惑うなり、元に戻ろうと考えるくらいはできないの!?」 大体、論点がずれている。 ここで対立するなら、問題はどっちが本物かということだろう。 なのに、何故、自分に対する態度が問題になっているのか。 「そう言われましても」 「戸惑うも何も」 ねえ? なあ? 息ぴったりに顔を合わせて首を傾げる二人のレイヴ。 「戸惑ったところで、何が変わる訳でもありませんし」 表のレイヴはリィナを宥めるように微笑んで告げる。 「元に戻ろうたって方法が分からん以上、俺は俺のやりたいことをする」 断言した裏のレイヴに表のレイヴは少し眉をひそめた。 「だからと言って、リィナさんの意志を無下にしないで下さいよ。リィナさんは可愛いだけじゃなく、しっかりした意志を持ったひとですから」 「あー、でも、怒っても可愛いと思わねぇ?」 「そうですねえ」 和やかに進む会話に、リィナの額に青筋が浮いた。 怒鳴りつけたい衝動を必死に押さえ、リィナは深呼吸した。 そして、無理やり二人から視線を剥がし、事の成り行きを見ていた魔法士たちの方へ向かった。 「――で、失敗の原因は分かったの?」 顔は冷静だが、明らかに憤慨しているリィナに少し怯えながら、実験を行なった魔法士が答える。 「はい、一応」 (一応?) ひっかりを覚えつつも、リィナは続きを促した。 「性質の変換魔法の構成に初歩的な間違いがありました」 新しい魔法の構成は緻密な紋様によって行なわれている。 従来の魔法も昔は緻密な紋様だったそうだが、長い年月は簡略化を可能した。 だが、新しい魔法に簡略化は望めない。 複雑になればなるほど、初歩的な間違いは増えていく。 「そのせいで均衡が破れ、方向性を失う結果になったようです」 実験場の中央に据えられた円卓上のリンゴに向かうはずの魔法が暴走し、リィナの方へ向かったのはそのせいだった。 「で、アレは?」 「……えーと。そ、それはですね……性質の変換自体の構成は正しかったので、それが行なわれたのだと」 そして、魔法士は恐る恐る自分の見解を述べた。 「ですが、本来の対象がリンゴで、そのつもりで魔法を構成していますから、変換の力が不十分で、中途半端にかかってしまったのではないかと」 「それで、ああなったというの?」 「もちろん、普通なら変化はありません! 対象に対して力が少なさ過ぎですから――。ただ、レイヴ・オリジェートは……あの、その」 徐々に顔が引きつっていくリィナの様子に魔法士はたじろいで一歩後ろに下がる。 「二重人格者だから、ああなったというのね?」 静かな声音が逆に恐怖を誘っていた。 「なら、私が、あのまま受けていたら、何の、問題もなかった、というのね?」 言葉を区切っていく度に、リィナの顔が伏せられていく。 全身から滲み出た怒りに周囲の魔法士たちはかける言葉を失った。 ふ、ふふふふふふふふ…… 虚ろに笑いながら、リィナは尋ねた。 「とりあえず、元に戻る方法はあるのかしら?」 ないと言わせる気は全くないリィナに魔法士が返せる言葉は一つしかなかった。 「――アリマス」 その瞬間だった。 リィナはにっこりと満面の笑みを浮かべて言った。 「じゃ、早速、行ないましょう」 にこにこと笑顔のまま、リィナは魔法士に尋ねた。 「それで、どうすればいいのかしら?」 全開の笑顔でありながら、筆舌し難い憤怒を感じ取り、魔法士は気圧されるようにして答えた。 「え、えぇっと、この場合、融合魔法が適用できるかと。ただし、先程の魔法がかかっていますから、まずはそれを解除しなくては」 「それは任せて」 そう答える否や、リィナは二人のレイヴの方へ向かった。 二人のレイヴはまだ『如何にリィナが可愛いか』を語り合っていた。 「でも、やっぱり一番は笑顔のリィナさんでしょう」 「まあ、そうだな」 言い切る表のレイヴに裏のレイヴは短く同意した。 「ただ、残念なのは、最近、見たことないんですよねえ」 そして、表のレイヴは本気で残念そうに溜め息を吐く。 「最後に見たのは十年前か」 裏のレイヴの呟きに、表のレイヴは昔のリィナを思い浮かべた。 「本当に可愛かったですよね……」 「『レイヴお兄ちゃん』って呼んでてくれたし」 裏のレイヴは不意に薄く微笑む。 「ま、でも、笑顔を安売りしねぇってのもいいだろ。余計な虫がつかなくて」 「ああ、そうですね! リィナさんのことですから、早々悪い男にひっかかると思えませんが、万が一ってこともありますしね」 何やら勝手なことをほざいている二人に、リィナは怒鳴りつけたくなるのを必死で制した。 (ここで怒鳴ったら、いつもと変わらないわ!) 普段なら、どんなに頑張ってもキレるリィナだったが、今回ばかりは違った。 深呼吸をして、努めて平静を保つとリィナは二人のレイヴに呼びかけた。 「レイヴ」 不意に呼ばれた二人は同時にリィナの方を向く。 にっこりと笑顔を浮かべてリィナは心持ち首を傾げて言った。 「ちょっと御願いがあるんだけど、いいかしら?」 一番と評した笑顔のリィナに二人のレイヴは一瞬茫然となる。 「ダメ?」 少し上目遣いで見つめられ、二人のレイヴは怪しむことも忘れて答えた。 「いいえ、めったにないリィナさんの御願いですから、私にできることでしたら」 にこりと穏やかに微笑んで承諾する表のレイヴ。 「水臭いな。お前の願いなら、いつだって聞いてやるに決まっているだろ」 当然とばかりに頷いて笑う裏のレイヴ。 その二人に笑顔を向けたまま、リィナは言った。 「じゃあ、目を瞑って」 不思議に思いつつ、二人は従った。 その瞬間だった。 リィナはそれまでの最高新記録を塗り替える速さで呪文を詠唱し、紋様を描き出す。 「!?」 二人が目を開くより早く、リィナの攻撃魔法が炸裂した。 防御できず、二人のレイヴはまともに受け、倒れる。 間近で発動した魔法の衝撃に後方に後ずさったリィナは魔法の余韻が消えて現れた二人のレイヴを冷徹な眼差しで見下ろし、冷たく笑った。そして、そのまま、硬直している魔法士たちに向かって告げた。 「これで、融合魔法が使えるわね?」 力技だった。 本来なら複雑に絡み合った糸を解すようにして解除すべきところをリィナは糸自体を切る、否、対象ごと焼くことで解除したのだった。 もちろん、手加減はしているので命に危険はない。ただし、重傷だが。 まずは治療が先では――と言いかけて、魔法士たちはごくりと飲み込み、賢明な答えを返す。 「……ハイ」 後日、徹底無視を実行するリィナに、謝り倒すレイヴの姿が見かけられたという――。 魔法実験報告書
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あとがき ごめんなさい。ものすごくバカな話です。 続編の希望も多かったので、オマケ的に書いてみたのですが、内容のない壊れた話になりました。 う〜ん、これでレイヴのファン減ったかもしれませんねえ。 代わりにリィナのファンが増えたりして。 久々のコメディが書けたので、私はすごく楽しかったのですが。 |