3何が原因なのか知らないし、いつからだったかは覚えてないが、レイヴ・オリジェートは二重人格になっていた。それはある条件に反応して人格が入れ替わる。その条件はリィナがケガをするというものであった。血に反応するという訳でもなく、他の誰がケガをしてもならないのに、何故かリィナにだけ反応するのだ。 しかも、入れ替わった人格が全く正反対なのだ。口調も表情も性格も考え方も好みも何もかも違う。人の迷惑など顧みず、尊大で傲慢。自己中心的で、軽薄。 そして、何より厄介なのがリィナに関する態度だった。何がそうさせるのか全く不明だが、もう一人の彼はリィナのケガの原因に報復処置をする。生物相手なら平然と攻撃魔法をぶっ放し、物なら完全に破壊する。更に、リィナに対しては始終ふざけたことを言ってからかい、悪戯をする。 響き渡った轟音に我に返ったリィナは痛む体を叱咤して動かした。レイヴの言う通り大人しくしていたら、遺跡は壊滅してしまう。 「こうしちゃいられないわ」 リィナは個人対象の結界を自分に張った上で、多少てこずりながら、レイヴが張った範囲対象の結界を破る。そして、半ば喜々として破壊活動に勤しむ二重人格者の方へ向かった。 「止めなさい! 止めなさいってばッ!!」 爆風で舞う塵芥や瓦礫に邪魔されながら、リィナは制止の声を上げる。しかし、爆音に掻き消されているのかレイヴは振り返りもしない。 痺れを切らしたリィナは束縛の魔法を構築し、強制的にでも破壊活動を止めさせようとした。しかし、放った魔法は軽く避けられ、レイヴの側にいた石像に直撃する。 「っ!」 レイヴは振り返り、リィナに笑顔を振り撒きながら言った。 「援護、感謝! だけど、俺の見せ場だし、応援だけいいぞ」 「違う――っ! 誰が、アンタの援護なんか応援なんかするもんですかあ――っ!!」 否定したところで、レイヴは聞いていない。自分の都合の良いことしか聞こえない、便利な耳を持っているらしい。 (大体、見せ場って何よ、見せ場って!?) リィナの怒りはすでに最大値に達しようとしていた。 邪魔な瓦礫を魔法で排除し、行く手を阻むように現れる液状生物を焼き払い、レイヴのところに辿り付いた瞬間、リィナは叫んだ。 「レイヴッ!!」 そして、レイヴが振り向くと同時に、問答無用でその頬に張り手を食らわした。 気持ちの良い、渇いた音が鳴った。 「いい加減にして」 低い声音で短く告げられた言葉に、レイヴは灰褐色の瞳を何度か瞬かせた。 「本気で怒るわよ」 憤怒の炎を宿した碧緑の瞳を見て、レイヴは不意に笑う。 「悪い悪い、放って置かれて寂しかったか?」 リィナが激怒して反論するより早くレイヴはリィナを引き寄せ、耳元で囁く。 「ちゃんと後で相手してやるから、もう少し我慢な?」 「なッ!?」 そして、レイヴはリィナの頬の傷の部分に軽くくちづけを贈った。 その瞬間、リィナは真っ白になって硬直した。思考が完全に停止していた。 そんなリィナを余所にレイヴは呪文の詠唱を始めた。しかも、両手を器用に動かして二種類の紋様と文字を描き出していく。 それに気付いたリィナは正気に返った。 唱えられる呪文の対象精霊は地水火風すべて。 描かれる文様と文字が導く魔法は『地』と『水』の複合魔法と、『火』と『風』の複合魔法。当然の如く二つとも攻撃魔法だ。 (まさかっ) 放たれた二つの魔法は内在する属性を相互に活性化させながら重なった。 通常、反属性で威力が同じなら魔法は中和される。しかし、例外があるのだ。 世界には精霊が満ちている。そして、精霊たちは無規則に存在するのではなく、各々、属性に応じて存在する場所を主に決めている。それによって世界の調和は保たれ、世界は成立しているのだ。 四属性の精霊たちが別れていてこそ存在する世界。 では、その四属性の力が混じり合うことは何を意味するのか。 答えはすぐに形となって現れた。 二つの魔法が重なり、束の間の静寂が終わった瞬間、世界が光と取って変わる。 レイヴを中心に広がる光は影すら生み出さず、何もかもを飲み込んで消し飛ばしていく。 破壊ではない。破壊などという生易しいものではなかった。 それは消滅。 有から無への変換。 リィナは最期を覚悟して瞳を閉じた。 こんなところで、しかもレイヴのせいで死ぬなんて予定外もいいところだ。理不尽だが、仕方ない。 そう諦めた瞬間だった。 全身に感じる、圧倒的な力。 すべての音が消える。 そして。 「おーっ、さっぱりしたなあ」 届いた声と内容にリィナは目を開け、そのまま愕然とした。 そこには遺跡ではなく廃墟があった。否、廃墟ですらない。そこには何もなかった。見事に壊滅している。わずかに遺跡の名残らしき瓦礫が地面に転がっているだけだ。 部屋の天井どころか、空はどこまでも続いていて、遥か遠く上の方には森も見えた。 リィナとレイヴは擂り鉢状になった穴の中心に立っていた。 吹き荒ぶ風がリィナの赤みがかった金髪を撫でていく。 呆然とし、空虚さに包まれながら、リィナは自分の考え違いに気付いた。 四属性の魔法ではリィナの考えたような、『混沌』の力――すべてを無に帰す力は生み出されない。『混沌』には『光』と『闇』も含まれているのだ。その二つのない魔法で生み出されるのは圧倒的な破壊の力だけだった。 「よし、これで安心してリィナの相手ができるな」 満足げに頷くレイヴの姿を認めた瞬間、リィナは我に返った。 「ふざけるな――っ! 何が安心よ!?」 リィナは何もない、ただの穴と化した遺跡を指して叫んだ。 「どうするのよ、コレっ!! 私たちは調査に来たのであって破壊しに来た訳じゃないのよ――ッ!」 怒り狂うリィナに対してレイヴは平然としたものだった。 「んなの、正当防衛だって」 「過剰防衛よッ」 「ま、いいだろ。終わったことだし」 「それだけで済まされるかッ! やっぱ、アンタと関わるとろくでもないことばっかりだわッ」 「あ、ひでえ。俺の繊細な心は傷付いたぞ。これは、きっちり責任取ってもらうからな」 「どーこーが、繊細よっ!? アンタは、絶対、心臓に毛が生えているでしょっ! 私はアンタのそういうところが大っ嫌いだわッ!!」 怒りの余り、リィナの目尻に涙が浮かぶ。 「可愛くないことを言うねぇ。昔は『レイヴお兄ちゃんのお嫁さんになる!』って言ってたのに」 ご丁寧に声色まで変えてくれるレイヴに、リィナは真っ赤になって叫んだ。 「そんなの時効よッ!!」 「……ってことは一応覚えているんだな?」 嫌な予感にリィナはさっと顔色を変えた。その予感は外れず、レイヴはぽんとリィナの肩を軽く叩いて言った。 「じゃ、もう一度誓おう」 リィナは無言で大きく震え出し、次の瞬間、地を揺るがすような大声で叫んだ。 「誰が誓うか――ッ!!」 「それは残念。色々と手間が省けると思ったんだが」 軽く肩を竦めるレイヴの手を振り払い、身を退きながらリィナは碧緑の双眸で睨み付けた。 「色々って何よっ!?」 警戒心を隠そうともしないリィナに、レイヴはにやりと不敵な微笑みを浮かべた。負けず嫌いのリィナは視線を逸らさず、無言を守った。 「色々ってのは――」 耳元で囁かれた内容に、リィナは絶句した。何か言いたいのに言葉が出てこない。空回りして口を開いたり閉じたりするしかなかった。 「どうした、呼吸困難か? そりゃ、大変だ」 違うことくらい分かっているだろうに、レイヴは飄々とした様子で嘯いて、固まっているリィナの顎を軽く持ち上げた。 近付いてくるレイヴの顔に我に返ったリィナは、その瞬間、渾身の力を振り絞って、拳を繰り出した。 「どさくさに紛れて何する気よ――ッ!?」 リィナの鉄拳は完全に油断していたレイヴの顔面に直撃する。 「っ!!」 軽く吹っ飛ばされたレイヴは瓦礫にぶつかって、意識を失い、ずるずると地面と仲良くなった。 「あっ!! ちょっと、自分だけ気絶するなんてずるいわッ!」 自分が原因であることを棚に上げて、リィナはレイヴの胸倉を掴み、起こそうと必死で揺らす。 「この状況を、私にどうしろって言うのよ――ッ!?」 同時刻、ファラン城。 執務室で仕事をしている女王の許に訪れた魔法士長は重々しく告げた。 「例の遺跡、壊滅したという報告が入りました」 端的に告げられた言葉に、書類に視線を落としていた女王は顔を上げた。 開け放たれた窓から心地良い風が吹いてくる。 「如何なさいますか?」 優れた巫女の血を継ぎ、精霊の声を聞くどころか姿まで見る女王は窓辺に白い牝鹿の姿を認め、双眸を薄く伏せる。 「そうね」 そして、女王はしとやかな微笑みを浮かべて答えた。 「彼女のお礼代わりに、不測の事故に因るものとして不問に処し、責任は問わないとしましょう」 その言葉に魔法士長は大きく肩を落として嘆息した――。 |