運命だなんて都合良い言葉だ。
選択肢はたくさんあって、誰もが無意識のうちに選んでいる。
だけど、自分が自分である限り、選択が変わらないなら
運命だとしか言えないだろう。
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真夜中、机の上で眠りかけていた青年は眉間に皺を寄せながら、激しく叩かれる玄関口に向かった。
そして、扉を開けた瞬間、渋面は更に深まった。
「何の用だよ、こんな夜更けにさ〜」
「どうせ、研究で夜更かししていたんだろう。いいから、入れろ」
そう言って、リオスは背後の人物を招いた。
「どうぞ、中へ」
現れた人物を見て、青年の眠気は一気に覚めた。
同行者はレイオットだった。
そして、隣のリオスをちらりと見て、青年は薄く笑う。
「で、僕に何の用?」
リオスは端的に告げた。
「フェルベール、転移魔法陣の用意をしてくれ。神殿へ行く」
フェルベールは楽しそうに笑いながら、二人を実験室に案内した。
「神殿。神殿ね〜。結構、距離あるなあ」
そして、フェルベールは棚から出した袋から白い砂を零して、測ったような真円を床に描き出す。
「リオス、彼は?」
レイオットの問いに、リオスは微笑みかけた。
「変わり者ですが、優秀な魔法士です」
「信頼できるっていうのも、付け加えてくれないかな? リオス、君、分かってる? コレって反逆行為と取られても文句言えないよ?」
不穏な単語に、レイオットの顔が緊張を帯びる。
「その時は、私が公子を斬る。本人の承諾付きだ」
リオスの言葉に、青い水晶を床に並べていたフェルベールは動きを止めて、レイオットとリオスを見上げた。
「ふうん? やっぱ、それくらいしないと落とせないもん?」
そのとたん、リオスは顔を顰めた。
「お前の場合は行動に問題があるんだ。リアナのことをもっと考えてやれ」
フェルベールは床の円陣に呪文と数字を白い石墨で書き込みながら、反論した。
「してるよ。なのに、いっつもリアナは怒るんだよ。何が駄目なんだろ? 姫や公子と違って、何も障害ないのに」
深い溜め息を吐いて、フェルベールは首を傾げた。
「それとも、障害がないから駄目なのかな?」
「障害はお前自身の性格だろう」
突き放すような一言に、フェルベールは気を悪くした様子もなく笑った。
「じゃ、魔法陣の中に入って」
リオスとレイオットは言われた通り、魔法陣の中心に立った。
「……これがファラン王国の転移魔法陣ですか」
その呟きに、フェルベールはにっこりと笑った。
「興味ありますか、公子?」
レイオットは微笑んで答えた。まだ望みがあると知って、すっかりいつも通りだ。
「そうですね。大切な人に会いたい時にいつでも会えるようになれると思えば、興味を持って当然でしょう?」
フェルベールはレイオットの答えが気に入ったようだった。
「ですよねぇ。ファランには物資の運搬だ何だと、夢がない人たちばっかりですよ」
そして、フェルベールは意味ありげな笑みで言った。
「公子、思い切ってファランに来ません? 僕、公子となら上手くやっていけそうだなぁ」
その一言にリオスの顔がわずかに変わった。
「フェルベール」
しかし、リオスの言葉は続かなかった。
「じゃあ、転移始めるから邪魔しないでね〜」
そして、フェルベールは転移魔法陣を起動させるため、呪文を唱え始める。
徐々に魔法陣が光を帯びていく。だが、それとは対照的にフェルベールの顔が険しくなっていった。
呪文を重ねて唱えるが、光は強くなるどころか弱くなっていく。
フェルベールが舌打ちした瞬間。
「バカじゃない? 転移先との距離に応じて必要魔力値が変わるの忘れたの?」
不意に届いた若い女性の声に全員が驚いた。
声の方を見やると、実験室の戸口に漆黒の長い髪に碧緑の瞳をした女が立っていた。
簡素な衣服の上に魔法士の特有の長い外套を纏っている。
「リアナ?」
感情の抜け落ちた声で、フェルベールが呟いた。
それに眉をひそめて、リアナは機敏な動作で魔法陣の側に立つ。
「集中しなきゃ失敗するわよ?」
そして、滑らかに呪文をリアナは紡ぎ出した。
二人の魔法士の力を受け、魔法陣は輝きを増した。
その瞬間、中心に立っていたリオスとレイオットの姿が掻き消える。
転移が成功したのを確かめて、フェルベールはおずおずとリアナを見つめた。
「リアナ?」
肩から零れた髪を払いながら、リアナはフェルベールの方を見た。
「何よ?」
「どうして、ココに?」
リアナは顔を引きつらせ、ずかずかと歩いてくるとフェルベールの頬を抓った。
「!?」
「アンタ、やっぱりバカでしょう? 転移魔法なんて大きな魔法、結界もナシで使ってバレるに決まってるでしょうが!! 結界を張った私に感謝しなさいよね」
「ろ、ろーひて?」
リアナは手を離すと、腕を組んで肩をそびやかした。
「それくらい自分で考えたら?」
フェルベールは抓られて赤くなった頬をさすりながら微笑みを浮かべる。
「ねぇ?」
「まだ何かあるの?」
不機嫌そうにリアナはフェルベールを睨みつけた。
寝起きのせいだと分かっているフェルベールは気にもせず、問いかけた。
「リアナは、悲劇的な結末って好き?」
脈内のない問いに、リアナは端的に答えた。
「嫌い。ムカつくから」
断言され、フェルベールは嬉しそうに頷いた。
「僕もだよ」
そして、一言。
「だから、結婚しない?」
真夜中に響いた渇いた音が答えだった。

何か呼ばれたような気がして、ユノーアは目を覚ました。
「誰……?」
小さな呟きに、ふわりと風の精霊たちがユノーアの上で笑っていた。
ゆっくりと半身を起こし、楽しそうに笑う精霊たちに、ユノーアは静かに笑みを浮かべた。
「わたくしを起こしたのは貴方たちね?」
精霊たちは頷いて、ユノーアを誘った。
ユノーアは精霊たちに逆らわなかった。
彼らが自分を傷つけないことを彼女は知っていた。
薄い絹でできた肩掛けを夜着の上から羽織り、そっと寝室を出た。
いつもなら、乳姉妹のサラがいるはずの控えの間には誰もいなかった。
だが、そんな疑問も精霊たちに急かされてユノーアは忘れて歩き出した。
いつも明かりが絶えない城とは違い、神殿の中は深い闇の帳が降りていた。
だが、ユノーアは迷いもなく、不安もなく、精霊たちの案内に従った。
やがて、ユノーアは神殿の奥庭に辿り着いた。
月光に照らされた庭。
完全に人の手で整えられた城の庭とは違い、申し訳程度にしか手入れが入っていない庭は自然に近い状態で美しかった。
そして、そこに立っている人物を見て、ユノーアは小さく驚き、そして微笑みを浮かべた。
「リオス」
呼びかけると、ユノーアに忠誠を誓った青年を跪いて礼をした。
「城で何かありましたか?」
ユノーアの問いにリオスは立ち上がった。
「はい」
その答えにユノーアは表情を曇らせた。
「何がありました?」
「レイオット公子が王に姫への求婚の許可を願い出ました」
リオスの言葉に、ユノーアはすぐに答えを返せなかった。
夜風が吹いて、銀の髪を揺らしていく。
そして、ユノーアは緩やかに微笑みを浮かべた。
「それで?」
ユノーアは柔らかな微笑みを湛えたままで問いを重ねた。
「他には何もなかったのですか?」
「姫」
リオスの呼びかけに、ユノーアは淑やかに答えた。
「結論は出ています。公子にも直接お断りの旨は伝えてあります。何も、問題はないでしょう?」
その穏やかさにリオスは表情を険しくした。
「公子は納得していません」
困ったようにユノーアは微笑んだ。
「納得のいく理由が必要ですか? では、城に帰り次第国内のどなたかと婚約しましょう」
「陛下は望んでおられません」
厳しい声音に、ユノーアは小首を傾げた。
「何を怒っているのですか、リオス?」
「姫が偽っていらっしゃるからです」
リオスの鋭い言葉に、ユノーアの長い睫が震えた。
「偽る?」
「ご自分の望みを」
「わたくしの望み?」
呟いて、ユノーアはそっと溜め息を吐いた。
心配そうに見つめている精霊たちに優しく微笑みかけ、ユノーアはリオスをまっすぐに見返した。
「わたくしに何を言わせたいのです?」
凛とした強さを含んだ声音だった。
リオスは気圧された自分を自覚した。
数多くの修羅場を経験してきたリオスを圧倒する存在感。
その瞳が見据えるのは現実。
その唇が紡ぎ出すのは真実。
世界の誰よりも天上の神々に、精霊に愛された貴き佳人。
「ユノーア姫、貴女はレイオット公子をどう思っているのです?」
リオスの問いに、ユノーアは静かに答えた。
「慕わしく思います」
迷いのない答え。
微笑みに宿るのは紛れもない愛情だった。
「ですが、求婚を断りなさる?」
更なる問いに対しても、ユノーアは静かに答えた。
「あの方の許へは嫁げません」
毅然とした答え。
眼差しに宿るのは揺るがない意志だった。
「それは」
リオスは自らの裏切りを確信した。
信頼してくれた王女を、たった今、裏切ろうとしている。
だが、リオスは躊躇わなかった。
「貴女が『ファランの姫』だからですか?」
ユノーアは答えなかった。
「精霊たちの声を聞き、姿を見る優れた巫女の力で、王国を守り、支えるためですか?」
ユノーアは穏やかに頷いた。
「……この国にはわたくしが必要です」
「自ら犠牲になるとでも?」
リオスの硬い声音に、ユノーアは朗らかに笑った。
「いいえ、違います。それがわたくしの望みなのです」
そして、ユノーアは誇らしげに告げた。
「リオス、わたくしは自ら運命を選びました。誰が強いたのでもありません」
月光に縁取られた姿は神々しいまでの美しさだった。
「わたくしがわたくしである限り、『ファランの姫』であることは変わらないのです」
「だから、私を切り捨てると言うのですか?」
リオスではない青年の声に、ユノーアは大きく震えた。
そして、ゆっくりと振り返る。
はらりと華奢な肩から薄絹が落ちた。
「……どう、して……」
呟きは風に溶けて消え、誰の耳にも届かなかった。
神殿の廊下の奥から現れたレイオットに、ユノーアは小さくかぶりを振って、リオスを見やった。
「リオス、貴方が……?」
リオスは哀しそうに微笑んで、一礼する。そして、そのレイオットの横を通り過ぎて立ち去った。
ユノーアは立ち尽くしていた。
可憐な美貌から微笑みが消え、驚愕と動揺で、青ざめている。
「ユノーア姫」
レイオットに呼ばれた瞬間、ユノーアは我に返り、後ずさった。
「どうして……!」
蒼い瞳が瞬く間に潤み、細く白い喉からは悲鳴にも似た声が零れた。
「二度とお会いしないと、わたくしは申し上げました……!」
レイオットは薄く笑った。
「私は、承諾しませんでした」
そして、レイオットはゆっくりとユノーアに近づこうとした。
ユノーアはびくりと震えて、再び後ずさった。
「逃げるのですか、ユノーア姫……いいえ、『ファランの姫』」
その呼びかけに、ユノーアの足が止まった。
蒼い瞳は大きく見開かれ、レイオットの姿が映り込んでいた。
次の瞬間、ユノーアの顔が苦しそうに歪んだ。
「姫」
「どうして、諦めて下さらなかったのです!? どうして……わたくしに貴方を殺させるのです!?」
『ファランの姫』は知られてはならない王家の秘密。
秘匿されるべき存在。
誰もが欲する力ゆえに、巫女は神殿の奥深くで守られ、俗世から隔離され、婚姻を許されない。
だが、『ファランの姫』は特別だ。
いつ、どこで、巫女の誰が禁を破ったのか。
ファラン王家に流れる、大いなる巫女の血の始まりは謎に包まれている。
その秘密を王家は長く諸外国に対して隠してきた。
だからこそ、レイオットには知られてはいけなかった。
その命を守るために。
ユノーアの悲痛な叫びに、レイオットは穏やかに笑った。
「何故と貴女が問うのですか?」
びくりとユノーアの細い肩が震えた。
「簡単なことです。貴女と同じですよ」
そして、レイオットは迷いのない声音で告げた。
「私が私である限り、貴女を愛し求め続けずにはいられないのです」
その瞬間、ユノーアは泣き崩れた。
「……わたくしは選んだのに、選べないのに……!」
嗚咽と共に聞こえた呟きに、レイオットはそっとユノーアを抱き締めた。
「わたくしは」
「貴女が選ぶ必要はありません」
レイオットの囁きに、ユノーアはびくりと震えて顔を上げた。
レイオットは優しげな容貌に透明感のある微笑みを浮かべていた。
「何を……」
「私が選びます。貴女だけを――、貴女意外のすべてを切り捨てましょう。だから」
そして、レイオットは榛色の瞳を切なげに翳らせた。
「私を拒まないで下さい、ユノーア」
その一言に、ユノーアは言うべき言葉を見失った。
触れ合った唇の温もりだけが真実だった。

「それで、公子はファランにずっといるのことになるのね?」
数週間後、ジード家に訪れたサラはようやく休暇を楽しんでいるリオスに問いかけた。
「あぁ、そうだ。表向きは政権争いに敗れて、亡命という形になっている」
その瞬間、サラは栗色の巻き毛を揺らして小首を傾げた。
「……亡命? どこからどう見ても、幸せな恋人にしか見えなかったけど」
ユノーアだけを求めていたレイオットにとっては一番幸せな結果だと言えた。
折を見て、ユノーアとレイオットは結婚し、彼はファランの人間となる。
いずれ王位に継ぐ王子を、ユノーアと共に支えてくれることだろう。
ファラン王家にとっても申し分ない結果だ。
「でも、貴方も無茶するわね。姫様が最後まで断ったら公子を斬る気だったんですってね?」
リオスは軽く眉を上げた。
「誰から聞いた?」
サラはあっさりと答えた。
「リアナ。リアナはクィレから聞いたんですって」
リオスは呆れ返って呟く。
「反逆行為だのと言っておきながら、あっさりとバラしているな、あいつは」
しかし、サラはくすくすと笑って言った。
「クィレがリアナに隠し事できる訳ないでしょう?」
「全く、あれが次期魔法士長だとは信じられないな……」
「あら、リアナがいるんですもの。大丈夫よ」
にっこり微笑むサラに、リオスは苦笑して頷いた。
「私にもサラがいるから大丈夫だよ」
鳶色の瞳を丸くしている婚約者に、リオスはにっこりと笑った。
「ま、また、リオスったら〜」
「本当だよ」
リオスに決断をさせてたのはサラの手紙だった。
神殿から送られた手紙にはユノーアの様子とそれを案じる言葉が綴られていた。
だからこそ、リオスはレイオットを神殿へ連れて行った。
ユノーアが神殿へ行ったのは、そうしないと決心が揺らいでしまう自分自身への恐怖と不安ゆえだった。
そして、リオスは柔らかな微笑を浮かべて呟いた。
「何はともあれ、これで、私もゆっくり休めるよ」
終
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