儚げな乙女が暗き森の入り口にたっていた。
夜の中、一際輝く美しい城を彼女は眺めていた。
その美しい澄んだ瞳は憂いと哀しみに満ちている。
すう……と月の光りが雲から洩れて、乙女の姿を映し出した。癖のない流れるような長い白銀の髪。整った秀麗な顔立ち。白磁器のような白にほのかに淡い薔薇色の雫を落としたような肌。すらりとした、しなやかな肢体。指の先にまで溢れる気品。その何もかもが、美しかった。
乙女は長い間、城を見つめ続けていたが、ふいに瞳を閉じた。
なんて愚かなのだろう……。
自分はすべてを捨ててここにいるのに。
それだけ……。
ふっと彼女は苦笑する。それだけ、私の罪は重いということなのだろう。
す、と彼女は背を向けた。
すべての未練を断ち切って、去ろうとしたとき。
「どこへ行かれるのです?」
聞き覚えのある声が耳を打って、乙女はハッと振り向いた。
「銀(ぎん)……」
「どちらへ?」問いかけたのは、彼女の大切な仲間――青銀の鷹。
「銀、お戻りなさい……。城へ」
「お断りします。私が仕えているのはあなたです。城ではありません」
「銀」
叱責にも似た声が上がる。
「その名を付けたのもあなたです。私は着いて行きますよ」
「銀……」先程と明らかに違う響きだった。
乙女の瞳に透明なものが浮かんでいた。
「銀、本当に……いいの? 私は――許されることのない罪を持っているわ。それは、永劫の罪。それでも?」
青銀の鋭い瞳が細められ、優しい光を宿す。
「それでも……」
乙女の頬に何かが伝った。
「ありがとう……」バサ、と銀は羽ばたいて乙女の肩に止まる。
「これから、どこへ?」
尋ねられて乙女は思案する。
ここにはもういられなかった。
「そうね……。とりあえずは、物質界へ」物質界なら行方を暗ますことは可能なはず。
どうしたらいいのかはまだ、分からないけど……今はここを出るしかない。「はい」
青銀の鷹はうなずく。
肩のそれを見て、乙女はふわりと微笑んだ。消え入るような儚い微笑。
すべてを捨てても何一つ変わらない『美』。
誇り高い至上の美姫。「さあ……」
銀に誘われて乙女は歩きだす。
「えぇ、行きましょう」
青銀の鷹と銀の乙女は暗い森へと姿を消した。
天上界の支配者――神精族の王 煌珠(こうじゅ)王の末妹――綺羅(きら)姫の姿が消えたと人々が知ったのは、煌珠王の婚約式の行われた翌日のことである……。