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序章 〜廻る歯車〜


 深い深い眠りの時間。
 夜の静寂。
 地上は闇の帳が降り、ささやかな星明りがわずかに照らす。
 空にはいつも輝いているはずの月はなく、ただ薄い雲が風に流れていた。
 不意に星が消えた。
 否、隠れたのだ。
 そこを横切る大きな影は静かに不気味な存在感を持って夜空を翔けていく。
 地上には届かない、空気を震わす振動音が、それが生きている存在ではなく、冷たい塊でできているものだと示していた。
 明るい昼間であったら、そこに見える紋章に地上の人々は悲嘆と苦痛の声で呟いていただろう。
『また、誰かが監獄島へ連れていかれる――』と。
 空飛ぶ機械――飛行艇に刻まれた紋章は破滅の象徴だった。
 突然、夜空に眩い閃光が輝き、炎が生まれた。
 炎が作り出した光が闇に包まれた地上を照らす。
 深い森の奥で眠っていた小動物がぴくりと耳を震わし、わずかに顔を上げた。
 夜明けにはまだ早い。朝陽、ではない。
 地上を赤く染め上げる光は金色の火の粉を帯びていた。
 飛行艇から鳴り響く警報が夜の静寂を引き裂く。
 時折、混じるのは悲鳴。
 そして、それを打ち消す爆音。
 逃げ場のない空で、炎の粛清から逃れようとして幾つもの影が落ちて、闇に消えていく。
 そして、巨大な機体は炎に包まれ、黒い煙を纏いながら、深い森に墜落した。





 世界の滅び。
 それは完全なる消滅だった。
 すべての存在を否定する、世界の崩壊。
 それは伝説。
 だが、紛れもない現実。
 それを人々は世界の果てで知る。
 世界の果て――円を描くようにして張られた結界。
 その外には虚無。
 空もなく、大地もない、何もない虚無――又の名を混沌。
 世界が滅びに瀕した遥か昔、四人の人間が神に救いを求めたという。
 幾多の困難、幾多の障害、徐々に失われていく世界。
 端から消滅するそれは世界が神によって創造されたものだと人間たちに教えていた。
 形あるものが壊れるように、世界も限界だったのか。
 愚かな人間が栄える世界を神が見限ったのか。
 その理由を知る者はいない。
 ただ、確実に言えることは一つだけ。
 四人の人間に神が応え、契約を結んだ上で、自らの力を宿した聖なる石――聖石を彼らに与えたこと。
 彼らは聖石に宿る神の力を使って世界を――否、そこに生きる生命を救った。
 神の力とは――破壊と創造。
 彼らはすべての存在の存続を願って新しい世界を創造した。
 神の御業に敵うはずもなく、それは限られたものに過ぎなかったが。
 円の世界――そこが新たな天地となった。
 聖石を操る資格を持った四人の契約者は後の世において国を興し、その血を繋ぐことを義務づけた。


――『契約者』在る限り、聖石は『世界』を守る。


 円の世界において『契約者』は守護者である。だが、彼らが神ではない、人間であることを人々は知る――。





「これは、ひどいな――」
 目の前の光景に彼は思わず呟いた。
 一言で言えば、巨大な炎の塊。
 ひしゃげた機体と瓦礫からは火の手が上がっている。墜落時の影響で折れた木々が重なるように倒れて炎に焼かれ、火の粉が散っている。時折、漏れた燃料か何かに引火したのか小さな爆音がした。
 すでに消火と救助の指示は出してある。だが、炎上して墜落したのだ。搭乗者の生存は期待できない。
 幸い、街から離れていたといえ、人家がなかった訳ではないので重傷者が何人か軽傷者は多数出ている。
 彼がここにいてもできることはなく、むしろ現場から離れて状況と情報の報告を受けて判断を下せるように本拠地となっている家に戻るべきだろう。
 無言で踵を返そうとした彼はふと何かに惹かれるように視線を炎に戻した。
「?」
 何かが見えた気がして、凝視すると炎の奥で、その赤い輝きとは違う輝きを見つけた。
 瞬間的に彼は動いていた。
 口早に簡易結界を張り、炎から身を守って炎の中飛び込む。
 彼の行動に気づいた誰かが、呼び止めるのが聞こえたが、彼は構わず走って、その輝きの元に向かった。
「!?」
 輝きの正体は一人の少女だった。幾つかの瓦礫に埋まって倒れている。
「おい、大丈夫か!?」
 呻き声一つ上げない少女に焦りを覚えた。
(脈はある)
 か細いが息もしている。
 少女が生きていることを確かめ、彼は少女の体に乗っていた瓦礫を押し退け、その細い体を助け起こす。
 少女を包んでいた輝きはいつの間にか消えていた。
 急いで救護班のところへ運ぼうとして、少女を抱き上げた瞬間、彼は息を呑んだ。
 少女の細い両手首に見つけた、不釣合いなもの。
 鎖と手錠。
 彼を追いかけてきた者たちの声が徐々に近づいてくるのを感じながら、彼はその場に立ち尽くしていた。
 赤い炎の光を反射する、銀色の十字のピアスが少女の左の耳に揺れているのが印象的だった――。



第一章 〜血涙の絆〜 T へ続く