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第二章 〜仮面の宴〜


V



 ラトルたちの乗った帆船は三日をかけてポポリアに着いた。
 ポポリアは皇国領でありながら半ば自治都市として機能している珍しい土地だ。突き出た半島と周囲に無数に点在する島々構成されるポポリアは各地から集まった商人たちが幅を利かせている。その地を統括している領主も貴族というより商人と言った方が適切だ。そのため、ギリウム皇帝の支配下にしては自由な雰囲気が残っている。また、半島の半分が貴族たちの別荘地となっている。
 帆船は深夜のうちに海上に着水し、点在する島の内、山と森で形成された無人島に船を止めた。帆船の姿をしているだけにあって、海上を行くことも可能なのだ。
 ラトルはジェリスを始めとする主だった者を連れて、小船でポポリア半島に入り、そして、ある別荘に身を寄せた。
「架空の貴族名で手に入れた別荘よ。ココがポポリアでのアタシたちの本拠地よ」
 そう説明してくれたシエネにアウロスはなるほどと頷いた。
 ポポリアに別荘を持つのは皇国の貴族だけでない。また、世界の全体人口から見れば少数の貴族だが、その数は没落貴族から新興貴族と多く完全に把握するのが困難だ。実際に存在するのか疑わしい貴族名もある。
 だが、別荘を手に入れているということは、それなりの財源があるということだ。ポポリアに来たことも考えると、抵抗軍の財源はポポリアの商人の誰かなのだろうか。
 皇国に居た頃、抵抗軍の財源を断つために幾度となく密偵を放ち、情報を収集していたが、色良い結果が得られなかったことがあった。
(そう言えば、ラトルの存在もそうだったわね……)
 指揮官の情報も皇国側には全く流れてこなかったことをアウロスが思い出していると、別荘を管理していた者たちに指示を終えたラトルが彼女とシエネを呼んだ。
「アウロス、シエネ、今後の予定を説明するから集まってくれ」
 途中、ユート、ジェリス、ガントの三人も合流し、二階の突き当たりの部屋に全員が集合した。
 始めに、口火を切ったのはユートだった。
「……ラトル殿、招待を受けたと言っていたが、それは?」
 ラトルは微笑んで頷いた。
「ラズゼーニだ。彼の屋敷で夜会が開かれる。それに出席する」
 その言葉にアウロスを除いた全員が驚愕の表情を浮かべた。
 アウロスは聞き覚えのない名前と周囲の驚愕にかすかに眉をひそめる。
「ラトル様御自身が出席なさるのですか!?」
 我に返ったジェリスが動揺を隠そうともせず、ラトルに尋ねた。
 ラトルはあっさりと頷いた。
「そうだ」
「何でだよ? 情報交換なら、別にお前が出る必要がねぇだろ」
 いつもなら聞き手に徹するガントまでが渋い顔でラトルに問うた。
「行かなきゃなんねぇ理由でもあるのか?」
「夜会に出席する者の中には私たちの協力者とその候補がいるそうだ。協力を取り付ける条件として私に会いたいそうだ」
 ラトルの言葉に一同は複雑そうな顔になった。
「そりゃ、また」
「随分な条件ですね……」
 ガントとジェリスの呟きにユートは重々しく頷く。
「大丈夫なの、その夜会ってヤツは?」
 難しい顔をしてシエネはラトルに問いかけた。
「皇国側の人間がいたら厄介よ? アンタの情報を掴みたくて仕方ないはずよ、あっちは」
「あぁ、そのことも警戒して当日の警備もこちらから人員を割く。それから夜会は仮面舞踏会だ」
「……有効な策というべきか難しいところだな」
 眉をひそめてユートは呟いた。
 仮面によって正体は隠すことができるだろう。だが、その仮面は逆に敵にとっても忍び込みやすくする可能性もあった。
「刺客が来る可能性は確かに高い。だが、それよりも私の顔を隠すことを最重要事項としているんだ、ラズゼーニは」
 その言葉の意味を正確に理解したのはアウロスだけだった。
「ラトル様の命より、ですか?」
 納得がいかないと素直に言うジェリスを視界の隅に認めながら、アウロスは口を開いた。
「……そのラズゼーニという者は皇国の宮廷に上がったことがあるのだな?」
 その瞬間、ラトルは軽く瞳を見開いてアウロスを見つめた。
「――どうして?」
「貴方の顔が皇国側に知られたら、皇帝は間違いなく方針を変える」
 ラトルは無言で続きを促した。
 アウロスは薄く双眸を伏せ、何かを思い出すように言った。
「皇帝は自分以外の『契約者』を認めない……。貴方の生存を知ったら軍を投入するのではなく謀略を巡らすことによって抹殺するはず」
 ラトル以外の全員が息を呑む。

 契約者。
 生存。

 その言葉が示す意味は――。
「……アウロス、アンタ知って?」
 茫然とシエネは呟いた。
 その様子にアウロスは苦笑を浮かべた。
「これでも、私は将軍だったのだが?」
「じゃあ、最初から?」
 間抜けな顔をして尋ねるガントに、アウロスは曖昧な笑みで応えた。
「ラズゼーニという者の判断は正しい。ラトルの顔は知られない方がいい」
「……そんなに特徴的な顔かな?」
 わずかに苦笑して問うラトルを見て、アウロスは一瞬表情を歪めた。口元に皮肉めいた微笑が浮かぶ。
「特徴的……。そう言えると思う。自国の皇子の顔を知らない宮廷の者などいないから」
 瞬間的に部屋の空気が凍りつく。
 ダムロード皇国皇帝ギリウムの一子、皇子レザム。
 自分以外の『契約者』を排斥しようとするギリウムが例外的に存在を許している、『契約者』の血を継ぐ者。
 そのことを人々はさすがの皇帝も血を分けた我が子は殺せないのだと影で囁いている。
 実際のところは保険のようなものだとアウロスは考えているのだが。
「――似ているのか?」
 不意に、ユートが厳しい顔をして低い声で尋ねた。
 その問いを予想していたアウロスは淡々と答えた。
「血縁を思わせる程度には」
 その答えに全員が渇いた笑みを浮かべた。
 顔を知られないことを最重要事項にする――それが何を意味しているのか分からない者はいなかった。
 だが、誰もアウロスの言葉を否定しない。わざわざ否定する必要を覚えなかった。
「まあ、そういうことで」
 重苦しくなった雰囲気を変えようと、ラトルは明るい声音で告げた。
「各自、夜会に向けて準備して欲しい。もちろん、食料やその他の補給もしなくてはならないことだし、平行してということだが」
 そして、ラトルは全員が頷くのを確かめて言った。
「それじゃ、一度解散。あ、ユート殿は残っていただけますか」





 ユートを除いた全員は部屋を出て、廊下を揃って歩き出す。
「おーし」
 不意にガントは気合いを入れた。
「早速買い出しに行くか」
 そして、ガントは不意に真面目な顔をして、隣を歩いていたジェリスに言った。
「ってことで、金くれ」
 ジェリスは無言で睨み返した。
「……」
 堅物と言っていいほど真面目な性格をしているジェリスは金銭面の管理を一手に引き受けていた。対してガントは生来の鷹揚な性格が災いしてか大雑把な金銭感覚をしており、浪費家であった。
 そんなガントにジェリスは冷淡に告げた。
「ガントに渡すお金などありません。行くなら僕も同行します」
「そんなに信用ないかね、オレは」
 ガントはわざとらしく肩を落とす。
「金銭面では全く」
 容赦のないジェリスの一言に、聞いていた者たちは思わず笑みを零した。
「買い出しに行くなら、私も行っていいか?」
 突然、会話に加わってきたアウロスにジェリスは一瞬意外そうな顔になる。
「何か必要なものでも?」
 アウロスは静かに頷いた。そして、手に持った剣を軽く上げる。
「いつまでも鞘なしという訳にもいかないだろうから」
「ああ、そうですね」
 鞘代わりに巻かれた布を見て、ジェリスは納得した様子で頷く。
「あのさぁ、さっきから、ずーっと言おうと思ってたんだけどね」
 不意にシエネが割り込んでくる。そして、アウロスをじろりと睨みつけた。
「?」
 睨まれる覚えのないアウロスは戸惑って固まった。
「その堅苦しい口調止めなさい。年頃の女の子なのに、妙に殺伐としているのよねぇ〜」
 二人の男性陣はそんなことどうでもいいじゃないかという顔をなる。
「そう、だった……?」
 言われてアウロスは記憶を辿る。
 思い出してみると、そうかもしれない。
「普通にしゃべれるんでしょう?」
 シエネに確かめられてアウロスは躊躇いがちに頷いた。
 硬い口調は皇国で普段から使っていたが、シエネの言うところの『普通の口調』は限られた相手にしか使わなかった。
 相手が、そう望んだから癖になったのだろう。
(ラトルにもそうしてしまったのは、やっぱり)
 似ているから、なのだろう。
「……普通の方がいい?」
 シエネを見上げて問うと、彼女はかすかに苦笑する。
「変って言う訳じゃないけどね、浮くのよ。アウロスはそうやってると、ごく普通の可愛い女の子だからね」
「かわ……」
 思ってもみない言葉にアウロスは硬直する。
 その反応にシエネは眉をひそめて腕を組んだ。
「アンタ、まさか自分がどういう容姿しているか気づいてないの?」
「どうって……そんなこと考えたことない」
 正直に答えると、シエナは思い切りわざとらしく溜め息を吐いて、片手を額に当てた。
「自覚なしって、どーゆーことよ」
 小さく罵倒して、シエネは不意に何かに思い当たった様子でアウロスを見つめた。
「ねぇ、まさかと思うけど、そういうこと言われたことなかったりする?」
 アウロスは咄嗟に答えられなかった。
 それを勝手にシエネは解釈し、再び溜め息を吐く。だが、次の瞬間、その琥珀の瞳がきらりと輝いた。
「……いいわ。……うん、そうよね。……そうして……こうすると」
「おーい、シエネ〜?」
 独り呟き出したシエネにガントが声をかけると、彼女は我に返った。そして、にっこりと笑顔を浮かべる。
「ああ、ゴメンゴメン。何でもないわ」
「シエネ……?」
 訝しげにアウロスはシエネを凝視した。すると、シエネは笑顔を浮かべたままで言った。
「とりあえず、アウロスは口調を改めること!」
 何故か逆らい難い命令に、アウロスは戸惑いながら頷く。それを見て取り、シエネは満足げに頷いた。
「よっしゃあ、これから忙しくなるわ〜!!」
 楽しそうに呟いて、シエネは何故か意気揚々と歩き出す。
 三人はその姿を茫然と見送った。
「オレさぁ、アウロスのこと言う前に自分だって気をつけた方がいいと思う……」
「『よっしゃあ』はありませんよね、『よっしゃあ』は」
 男性陣の感想にアウロスはどう言うべき悩み、曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。