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第三章 〜眠る秘鍵〜


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 精神魔法の罠を破り、更に地下へと進んで行ったアウロスたちは不意に立ち止まった。
「何だ……?」
 ガントは低く呻き、ユートは無言で槍を構えた。
「アウロス」
 ラトルの小さな呼びかけにアウロスは銀剣の柄に手を伸ばしながら頷いた。
「ええ」
 強い魔道の気配が徐々に近づいてくる。
 これから始まる戦いの予感に、シエネはこくりと喉を鳴らしながら背後に立つジェリスに告げた。
「ジェリス、しっかり後ろも気を配ってなさいよ。どっから来てもおかしくないんだしさ」
 シエネの言葉にジェリスは真剣な面持ちで問いかけた。
「転移魔法、ですか?」
 シエネはわずかに掠れた声音で答えた。
「使えてもおかしくない魔力だわ」
 アウロスは心の中で同意した。
(そう、確かに強い……)
 強い魔力の気配。
(サリク……?)
 転移魔法を使う高位魔道士の顔が一瞬脳裏に過ぎる。
 だが、次の瞬間にアウロスは否定していた。
(違う、これは……?)
 アウロスたちが戦闘態勢を整えると同時にそれは不意に現れた。
「!!」
 一瞬、アウロスたちはその雄姿に心を奪われる。
 六つの漆黒の瞳。
 金色の、天井まで届きかねないほど巨大な獣。
 逞しい四肢には鋭く丈夫な爪。
 燦然と輝く毛並みがその動きに応じて陰影を作り、その内に秘める力の強さを伝える。
 獅子に似た、美しい異形の獣。
 獣はアウロスたちの姿を視界に認めると、自らを主張するが如く咆哮した。
 その瞬間、アウロスたちは我に返った。
 咆哮を放っていた巨大な口から金色の輝きを帯びた炎が放たれる。
「守護の盾よッ!!」
 咄嗟にシエネが張った結界障壁が一瞬の差で炎を受け止めた。
 そして、アウロスとラトルは同時に呪文を紡いでいた。
「凍れる息吹よ、無情なる死の導き手となれッ!」
 同じ間合い、同じ韻律。
 放たれた二つの魔法は獣の炎を瞬く間に凍りつかせた。
 獣へと開かれた氷の道を機敏な動作でユートが駆け上る。
 口内の炎まで凍らせられた獣は鋭い牙でおのれの動きを制限する氷を砕き、間近に迫ったユートを漆黒の瞳に捉えた。そして、迎撃しようと構えた瞬間、足元に生じた痛みに獣は視線を下にやった。
 いつの間にか足元に滑り込んでいたガントが大剣の刃を獣の足に食い込ませていた。
 獣は唸り声を上げ、ガントを振り払う。そして、ユートの攻撃を避けて、後ろに跳び下がった。
 そして、獣は次の行動に備えて油断なく構えの態勢を取った。
 攻撃を躱されたユートは着地して槍の切っ先を獣に向けた。
 獣に振り払われたガントは壁に激突するが、生来頑強な彼の体は大した衝撃もなく受け止める。そして、ガントは顔をしかめながら立ち上がった。
「何だよ、アレ? めちゃくちゃ硬いぞ」
 ガントは軽く手を振って、痺れを取ろうとしながらぼやいた。
 大剣の刃がわずかに欠けている。
 結界が間に合ったことに遅ればせながら安堵の息を零し、シエネが呟く。
「アレもキメラかしらねえ……」
「見たことのない種ですね」
 そう呟いてジェリスは前に進み出る。
「アウロスは知らないか?」
 油断なく視線を獣に向けながら問われたアウロスは小さくかぶりを振った。
「知らないわ……。でも、新しい種かもしれない」
 貪欲に力を求める皇帝は更に強いキメラを求めて研究を続けさせている。  アウロスが投獄された後、創られたキメラ種である可能性はあった。
「魔法抵抗力も強いし、厄介だな……」
 さきほどの氷結の魔法は獣自体をも凍りつかせてもおかしくない威力があった。だが、実際に凍りついたのは炎だけ。
「だったら、生物なら持つ弱点を突くだけです!」
 そう言うや否やジェリスは獣に向かって走り出した。
 自分の間合いに飛び込んできたジェリスを獣が見逃すはずがなく、鋭い爪を煌かせて前足を叩き落す。
 ジェリスは紙一重でそれを避けると、逆にその前足を足場にして獣の眼に剣を突き立てた。
 ぶつりと音がして、銀色の液体が弾け飛ぶ。
 獣は突然襲った痛みに吠え、頭を左右に振ってジェリスを払い除ける。そして、そのまま喰らいつこうとした。
 しかし、それより早くジェリスのもう一本の剣が獣の違う眼を貫いた。
 獣はその巨体を大きく振わせ、手足を使ってジェリスを除こうとした。
「!」
 ジェリスは咄嗟に身を捻り、二つの剣を引き抜きながら、獣の手足を再び足場にして飛び退き、着地した。
 その瞬間を狙い、獣の爪がジェリスを捕えようとした瞬間。
「竜の軌跡よ、すべてを切り裂けッ!!」
 響き渡った声と同時に獣の体を竜巻が包み込む。
 ジェリスは瞬時に巻き込まれまいと後ろに下がった。
 攻撃魔法を直撃させたアウロスは蒼く輝く銀剣を手前に掲げていた。
 呪文を唱え終わると同時にアウロスは持続の詠唱に入っている。
 魔力を増幅させた魔法の直撃。
 そして、その持続。
 どんなに強固な体を持とうが、どんなに強い魔法抵抗力を持とうが確実に倒すだけの威力があるはずだった。
(まだ、だ……)
 アウロスの額にじわりと汗が滲む。
 不意にアウロスの首元を風が通り抜け、銀色の髪を揺らしていく。
「!」
 その瞬間、アウロスの攻撃魔法は破られ、竜巻は霧散した。
 同時に魔法を破られた反動がアウロスの身を襲った。
 無数の風の刃がアウロスの体を切り裂いて掻き消える。
「アウロス!」
 気遣いの声を上げるラトルに、アウロスは歯を食い縛って叫んだ。
「傷は浅い!」
 それ以上の言葉は時間の無駄とばかりに、アウロスは次の呪文に入る。
 行動制限された状況ではアウロスもラトルの直接戦うには苦しい。むしろ、ある程度の距離があっても効果を発揮する魔法による援護や攻撃の方が有効だ。
 アウロスが詠唱している隙にシエネの魔法が完成する。
「形無きものよ、守りの鎧となれ!!」
 全員に物理的攻撃に対する補助魔法がかかった。
 それからアウロスたちは幾度となく、魔法と物理攻撃を繰り返し、獣に傷を負わせていった。だが、致命傷は与えられない。
「くそっ、いつになったら倒れるんだ!」
「全くです……」
「尋常ではないな」
 毒づくガントやジェリス、ユートの体にはいつの間にか幾つのもの傷が走り、血が滲んでいた。
 致命傷となる傷は回復魔法がかけられていたが、それ以外の傷まで手が回らないのだ。
 アウロスとラトルも度重なる攻撃魔法とその反動で息が荒い。
 動きが鈍ったところを狙って、獣が再び炎を放つ。
「っ!!」
 かろうじてシエネとラトルが張った結界が間に合う。
 最初はシエネの結界で耐えることができたというのに今では二人がかりでないと防げなくなっていた。
「く……っ!」
 小さな呻き声を耳にして、アウロスは強く銀剣の柄を握り締めた。
(考えろ、考えるんだ)
 獣が現れる直前に感じたこと。
 それが勝機となるとアウロスは本能的に察していた。
 意識を集中させ、神経を張り巡らせる。
 強い魔道の気配。
(どこから?)
 獣から立ち昇る、魔力の波動。
(これは誰のもの?)
 その正体に気づいた瞬間、すべてがアウロスの中で結び合わさった。
 そして、アウロスは翡翠の瞳を黄金の獣に向けた。
「……そういう、こと……」
 ぽつりと零れた呟きは誰も耳にも届かなかった。
 獣の炎が途切れ、結界が消える。
 その瞬間、視界を過ぎった輝きをアウロスは見逃さなかった。
 口早に呪文を唱えながらアウロスは銀剣を振り上げて高く跳躍する。
「アウロス!?」
 驚愕の声が上がる。
 だが、アウロスの耳には入ってなかった。
 視界に映るのは金色の獣。
 その漆黒の瞳がアウロスの姿を捉え、口が開いた。
 三度、猛火が吐き出される。
「!」
 息を呑んだラトルたちの目の前でアウロスの体が炎に包まれようとした瞬間。
「竜の軌跡よ!!」
 不完全な魔法が白く細い手から放たれた。
 肝心な命令部分がない風の魔法は獣が放った炎の内に竜巻を創るだけ。
 そして、アウロスはその中心に飛び込んだ。
 一瞬、真空状態となり、アウロスは意識が飛びそうになるのを必死で耐えた。
 眼前に開かれた獣の口。
 その中へアウロスは自ら落ち、銀剣を握る手を捻った。
「!」
 手に伝わる、硬い手応え。
 そして、獣の牙がアウロスの体に食い込もうとした瞬間、かすかに儚い金属音が届いた。
「アウロス!!」
 落下して、床に強かに打ちつけられたアウロスにラトルは駆け寄り、抱き起こす。
 そして、茫然とラトルは獣を見上げた。
 金色の獣はまるで塗りつぶされていくかのように、その雄姿を曖昧にさせていた。
「これは……」
 ラトルの呟きに意識を取り戻したアウロスはうっすらと瞳を開ける。
「やっぱり――」
 細い吐息と共にアウロスは小さく呟いた。
 瞬く間に掻き消えていく金色の獣。
 その正体は命あるものではなかった。
 獣の姿が消えると同時に、アウロスは支えようとするラトルの手を静かに拒んで立ち上がった。そして、獣がいた場所に行き、床に転がっていたものを拾い上げた。
「アウロス、何を――?」
 ラトルの問いに、アウロスは無言で手にあるものを見せた。
 それは獅子の彫刻が施された、黄金のメダル。
 その中心にある赤い染みに穴が開き、そこから罅割れが生じていた。
「まさか、先ほどの獣がそれなのか……?」
 半ば確信を込めたラトルの呟きに、アウロスは翡翠の瞳を薄く伏せることで肯定の意を示した。
「どれどれ」
 ひょいとシエネは興味深げにアウロスの手元を覗き込んだ。
「これって、もしかして使い魔ってヤツかしら?」
「使い魔?」
 聞き覚えのない単語にラトルは視線でシエネに問いかけた。
「学院で教えてもらった魔道史にあったのよ」
 そして、シエネは思い出すように言葉を続けた。
「使い魔。強大な魔力を持つ者にが媒介に擬似的生命を与えて創った存在。魔力によって生み出されたものであるがゆえに、魔法抵抗力が優れ、また媒介によってその物理的影響を受ける。弱点は魔力を付与する際に与えられた血が凝固した核。その場所は使い魔によって異なり、核を破壊されない限り、使い魔は滅ぶことはない。……という感じだったかしら」
 朗々と言い終わり、シエネは満足げに頷いた。
 それを受けて、ジェリスが考えながら呟く。
「シエネの言うとおりだとすると、使い魔の主は皇帝でしょうか」
 皇帝がダムロードで最も強い魔力を持っていることは周知の事実だった。
 元々、『契約者』の血を継ぐ者は強い魔力を有している。
 皇帝は自らの魔力の強さによって父たる前王を凌ぎ、そして殺害した。
 それは暗殺と呼べるものではなかった。
 虐殺。
 ラトルは蘇った過去の記憶に柳眉をひそめた。しかし、自分を見つめる視線に気づいて我に返る。
「何かな、アウロス?」
 アウロスは小さくかぶりを振って、静かにメダルをラトルに渡した。
 それをしみじみと見つめ、その意を問おうとラトルは再びアウロスの顔を見た。
「アウロス……?」
 アウロスは銀剣を鞘に仕舞いながら呟いた。
「血は血を呼ぶ……。同じ主を持つ使い魔が来たら、それが反応するはずよ」
 ラトルは訝しげに見つめつつ、頷いた。
「とりあえず、これからどうする?」
 疲れ切った様子で座り込むガントの問いにラトルは振り返った。
 前線で戦っていた三人はすでにボロボロだ。
「引き返す訳にはいかない。悪いが、しばらく休んだら出発する」
 ラトルの判断にガントは仕方なさそうに笑った。
「だろうなあ……」
 ラトルは微笑みを返すと、シエネをちらりと見やった。
「シエネ、薬草か何かでできる限り回復を図ろう」
「そぉねえ、アタシたちも魔力を回復させる必要があるし……」
 無駄に魔力を使う訳にはいかない。
「アウロスも、それでいいかな?」
「ええ、構わないわ」





「如何なされました?」
 闇の中に座る主君の異変を察し、深緑色の長衣を纏った男は静かに尋ねた。
「……使い魔が消された」
「!」
 主君の強大な魔力を知る男にとって、それは驚愕を齎した。
 くすくすと笑う声が闇の中に響き渡る。
「サリク」
「は」
 男はわずかに緊張を孕んだ声音で答えた。
「神殿に赴き、我が手に鍵を」
「仰せのままに」
 そして、男は恭しく首肯した――。