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束の間とはいえ、休憩はラトルたちを回復させるに充分な時間だった。 完全とはいかないが、体力も魔力も回復させた彼らが使い魔との交戦をした通路にあった階段を下りると、そこには巨大な扉があった。 「……いきなり、終わりかよ……」 脱力して、ガントが大きく肩を落とす。 「気を抜いている状況じゃないみたいですよ」 硬い声で告げられたジェリスの注意に、ガントは視線を改めて扉にやった。 飾り気のない、下手をすると壁と同化しかねない扉は人一人分の隙間を開けていた。 すでに何者かが扉の向こうに入ったのだ。 「ここで迷ってる場合じゃなさそうね」 シエネが小さく呟くと、アウロスは無言で頷いた。 もし、相手が転移魔法を扱える魔道士なら、目的を果たした瞬間、脱出を図るだろう。 高等魔道である転移魔法を早々操れる魔道士がいるとは思えないが、精神魔法の罠を容易く通り抜けられるほどの魔力の持ち主なら、転移魔法を使うことくらい造作もないはずだった。 すぐに戦闘に入れる準備を整えていることを各自確認すると、同時にラトルたちは扉の向こうに踏み入った。 「!」 扉の中は大きな空間を持った祭壇になっていた。 その祭壇の前に一人の男が立ち、その壁に祀られたものを懐に仕舞うところだった。 男は現れたラトルたちに気づくと、同時に行動を起こしていた。腕を振り上げ、細長い鞭のようなもので俊敏な動作でラトルたちの一歩前の床を叩く。 「ッ!!」 響き渡る、渇いた音と、視界を流れる鞭のようなものの鋭さに、先頭だったガントとユートの足が止まった。 一瞬、気が殺がれた隙に男の姿が消える。 ラトルは息を呑み、その顔に緊張を走らせた。 「上だッ!」 言い放ち、ラトルは咄嗟に剣を抜き、振り仰いだ。 その直後、鋭い金属音が全員の耳に届き、ラトルの剣が上から襲い掛かってきた短剣を弾き返す。 その行動と同時に、アウロスは呪文を口にしていた。 シエネが琥珀の瞳を見開く。 「アウロス、それは!?」 驚愕の響き。 だが、アウロスは躊躇わず、魔法を完成させ、それを放った――扉に向けて。 「!?」 アウロスの結界障壁が張られた直後、鈍い音がして黒い影が跳ね返され、壁に叩きつけられた。 「……そう簡単に逃げられると思わないでもらおう」 わずかに乱れた髪を払い除け、アウロスは冷めた眼差しを黒い影に注いだ。 その瞬間、黒い影――男はむくりと立ち上がった。 「痛いねェ、痛いじゃねえかよォ」 そして、男は肩を鳴らして身をほぐす。 「人が折角よォ、脅しだけ済ませてやろうっていうのによォ」 栗色の、伸びた前髪から狂気が宿った鳶色の瞳が覗いた。 アウロスは思わず柳眉をひそめた。 「お前は……」 その視線に気づいたのだろう。男は自分を見つめる銀髪の少女に怪訝そうな視線をやった。 「何だァ? どっかで見たことのあるツラじゃねえかァ? どこだっけねェ?」 しばし、考える素振りをしていた男は不意に笑った。 「ま、いいさァ。殺っちまえば同じことだよなァ!!」 その瞬間、男は左腕を前に伸ばした。 「なッ!?」 ラトルたちは一瞬立ち尽くす。 男の腕が文字通り、伸びて襲いかかってきたのだ。 全員が驚愕しながら男の攻撃を躱して分散したのは反射的な行動だった。 しかし、男の腕は次に指を伸ばして、複雑に曲がりくねりながら彼らの後を追う。 「な、何なの、コイツは!?」 「人間じゃねえっていうのか!」 攻撃を避け、時には手にある武器で斬りつけながらシエネとガントは驚愕の声を上げた。 アウロスは銀剣で伸びてくる触手と化した腕を切り伏せた。そして、ちらりとケラケラと笑っている男を見やる。 「ひでえこと言うじゃねえかァ、エエ? 俺が人間じゃねえェ? 俺はさァ、立派な人間さァ」 「嘘は泥棒の始まりっていうんですよッ!!」 苛立った様子でジェリスが叫んだ。 アウロスは唇を噛み締め、そして不意に朗々とした声音で詠唱を始めた。 「緑映える鎖よ、戒めの兆しと成せ!」 呪文の終了と同時にアウロスの足元に薄く輝く魔法陣が出現し、そこから鮮やかな緑色をした蔓が生じる。 魔法によって生まれた蔓は男の指を絡め取り、束ね上げた。 「また、邪魔すんのかよォ!」 アウロスは自分を罵る男を無表情に見つめた。 「……たとえ、キメラとされても貴方は自分を人間だと?」 ラトルたちは愕然として言葉を失った。そして、状況も忘れて、アウロスを凝視する。 男は喉の奥で笑ってアウロスの問いに答えた。 「……てめぇが人間なら、俺だって人間だろうォ?」 アウロスの翡翠の瞳が大きく揺らいだ。 「思い出したぜェ……。魔道将軍、アウロスだったよなァ? てめぇ、何だってココにいるんだよォ? 研究所でキメラ待ちじゃなかったけェ?」 下卑た笑いが部屋の中を木霊する。 アウロスの顔にゆっくりと薄い笑みが浮かび上がった。 「答えが必要?」 男の鳶色の瞳に危険な輝きが流れた。 「……いいや、興味ないなァ。俺がさァ、てめぇを連れていってやったらよォ、同じことだもんなァッ!!」 その瞬間、動きを封じていた蔓が霧散する。 「!」 そして、触手は一斉にアウロスに向かい、縛り上げた。 「アウロス!」 「く……」 ラトルの声と拘束されたアウロスの呻きが重なる。 そして、一瞬早く我に返ったジェリスが男に斬りかかった。 男は俊敏な動作で短剣を閃かせ、襲い来る刃を受け止める。そして、力任せに弾き返すと、ジェリスの腹を蹴った。 「ッ!!」 咄嗟に腹筋に力を入れ、衝撃を緩和させるが、キメラにされた男の力は強く、ジェリスは吹き飛ばされてしまう。 ジェリスに続いて攻撃をしようとしていたガントはジェリスの体にぶつかられ、足を止めさせられた。 「……俺はさァ、面倒なの嫌いなんだよなァ。分かるゥ?」 そして、男は顎をしゃくった。 「ソコ、どけよォ」 間合いを取り、油断なく男を囲みながら、ラトルは口端に笑みを浮かべた。 「悪いが、そうもいかない。お前がここから持ち出そうとしているものを渡してもらおう。アウロスも、離してもらう」 男は不満そうに眉をしかめた。 「それって、ちょっとばっかしさァ、贅沢ってヤツじゃねえェ?」 そして、男は試すようにラトルに笑いかけた。 「どっちか片一方なら譲ってやるけどなァ?」 「……」 ラトルが無言で唇を噛み締めた瞬間。 「選択の必要は、ないわ」 苦悶の表情を浮かべていたアウロスは一言呟くと、剣の柄を強く握り締めた。 「不滅の鳥よ、燃え羽ばたけ!」 次の瞬間、アウロスの銀剣に炎が宿り、瞬く間に勢いを増して、アウロスごと触手を飲み込む。 「アウロス!?」 ラトルは思わず驚愕の声を上げていた。 炎の柱に包まれたアウロスの髪がふわりと舞い広がる。 次いで、絶叫が轟いた。 炎の柱と化したアウロスから触手が離れて、主である男の許に戻る。額に汗を滲ませた男は黒焦げになった自らの手を震えながら見つめた。 肉が焦げた悪臭が漂い、炭と化した指先がボロボロと床に落ちていく。 男の触手が離れると同時に炎は風に巻き上げられるように掻き消える。 炎の消滅に、アウロスは止めていた呼吸を再開し、そっと溜め息を吐いた。 さらさらと髪がアウロスの背に滑り落ちていく。 男はゆっくりと顔を上げ、アウロスを睨みつけた。 「……てめぇごと燃やそうなんてバカじゃねえェ?」 怒りと痛みに掠れた男の声に、アウロスは冷笑を浮かべた。 「生憎、私の魔法抵抗力はお前以上だからな」 男には耐えられない魔法でもアウロスには耐えられる。 魔法の効果は対象が持つ魔法抵抗力を越えた時点で生じる。 魔法によって傷つくか否かは魔力の強さによって決定されているのだ。 精神魔法が男にかからなかったのはキメラにされた時点で、心が死んだせいである。つまり、魔法が効かないということではない。 アウロスは銀剣を構え直して告げた。 「これで形成逆転だ」 男は唇を噛み、ゆっくりと周囲を見回した。 隙のない包囲。 唯一の扉は結界によって封印されている。逃げ場はない。 不意に男は狂ったように笑い出した。 「そんなにコレが欲しいかねェ?」 そして、男は一度懐に仕舞った物を見せびらかすように取り出した。 「!」 ラトルたちは息を呑んで、それに見入った。 男の無骨な手の中からぶら下がる、大きな黄水晶が嵌められた精緻な白銀の首飾り。 豪奢にして清楚な、その高貴な美しさに宿る何かが強くラトルたちの心を惹きつけた。 「それは……?」 呟きを零したのはラトルだった。 アウロスは視線を黄水晶に固定したまま、小刻みに震える自分の体を抱き締めた。 淡い輝きが放つ、力。 (力……?) 強い、強い力。 だが、それは恐怖を齎すものではなかった。それどころか、温かく、懐かしく、泣きたくなるような嬉しさを掻き立てる。 (何故……?) 自問の答えは突然閃いた。 「……精石……?」 精石。 精霊の力を宿す石。 力を与えるという契約の証。 世界はあらゆる元素で成り立っている。精霊はその元素が意思を持った、小さな生命であった。 自然の存在。 すべての生命を育むモノ――それが精霊だった。 だが、世界の崩壊と同時に精霊たちは消えていった。 それと同時に精石も見出されることがなくなくなったはずだった。 次の瞬間、アウロスは喉を締めつけられているような息苦しさを覚えていた。 精石は契約者を得ると、その血に溶け込む。 いまだ形を保つ黄水晶の精石に宿る力。 それと同じものが後三つあったとするなら。 (四国に一つ存在する名も無き神殿には精石がある……?) 不意に過ぎった面影に心臓を掴まれたような感覚が襲う。 その四つの精石と契約を交わす者が現れたなら。 アウロスはぎりと唇を噛み締め、大きく翡翠の瞳を見開いた。 (ダメ……!) そんなことになったら、止められなくなる。 その圧倒的な力の前に、戦うことさえできなくなる。 アウロスは息を整え、動揺を押し殺す。 「……欲しいんじゃない。ただ、渡せないだけ!」 そう言い放ち、アウロスは駆け出した。そして、銀の軌跡を描き出す。 「おっとォ!」 紙一重でアウロスの一閃を避け、手を切断されることを免れた男は卑屈な笑みを投げかけた。 「ハハッ! ハズレぇ〜!!」 そう男が行った瞬間だった。 アウロスの背後からラトルが現れる。 「!」 男の間合いに飛び込んだラトルは鋭く切り込んだ。 耳障りな金属音が響き、火花が散る。 ラトルの一閃を短剣で辛うじて受け止めた男は口端をかすかに歪めた。 「惜しいなァ!」 激しい鍔迫り合いは唐突にラトルが退くことで終わる。 「!?」 一瞬、虚を突かれた男はたたらを踏み、体勢を崩した。 その横合いからアウロスは銀剣を振り下ろす。 男は受け止めることを諦め、体を床に転がすことで攻撃を躱した。しかし、それだけでは終わらず、短剣をアウロスに向かって放った。 「くっ!」 アウロスは上半身を反って回避するが、短剣の刃は前髪を掠めて、はらりと銀の糸が舞う。そして、そのまま体の均衡を失い、床に倒れ込んだ。 その隙に男は跳ね起き、体勢を整えた。 「絶望の連なりよ、鬨の声を上げろ!」 ラトルの呪文が聞こえた瞬間、男の足元から鋭い円錐状の岩が無数に連なって飛び出る。 「ちィっ!!」 男は咄嗟に急所を庇い、致命傷を避けた。 魔法を放ち、足止めをしたラトルは男の間合いに飛び込み、刃を振り下ろす。 再び拮抗する刃と刃。 突然、ラトルの懐で何かが熱を帯びた。 「!?」 熱を放っているのは黄金のメダルを仕舞った場所。 (まさか!) |