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第五章 〜光の真影 中〜


V


 冷酷な宣言の瞬間、ラトルは息を呑み、仲間たちに叫んだ。
「散れ!!」
 弾かれたように、アウロスたちが散開した。
 その直後、彼らが立っていた場所が爆発し、床が抉り取られる。
「!?」
 発動呪文もなしに使われた攻撃魔法の強大さに驚愕し、アウロスたちは立ち尽くした。
 無意識のうちに強く銀剣の柄を握ったアウロスの意識に何かが引っかかった。
(!?)
 咄嗟に視線を巡らしたアウロスは漆黒の影と共に流れる金色の輝きを見出す。その正体に気づき、アウロスが叫びを上げるより早く、赤い血飛沫が散った。
「ディザン将軍!!」
 老将軍の腹部から血に濡れた剣先が飛び出ていた。
 ディザンの双眸が極限まで見開かれ、かすかに開いた唇が震えた。
 剣先から滴り落ちる赤い雫。
 不意にディザンは噎せて、血を吐いた。
「永き渡る献身に免じて、父のところに送ってやろう。ゆるりと休むが良いよ」
 笑いを含んだ囁きが終わると同時に、ディザン将軍の体はゆっくりと前に倒れていく。
 それに従って、血に濡れた剣が引き抜かれていく。
 その瞬間。
「!」
 鋭い金属音が鳴り響いた。
 ギリウムは死角から斬り込んできたラトルの一撃を受け止めていた。そして、逆側から追撃を放ったガントの大剣を躱し、後方に跳び下がる。
 それを追うようにユートが槍の連撃を繰り出した。
 ギリウムとディザンの距離が開いた瞬間、アウロスは我に返り、動き出す。
「シエネ、手伝って!」
 同じように立ち尽くしているシエネに呼びかけ、アウロスはうつ伏せに倒れたディザンの側に跪いた。
「ディザン将軍!」
 脱力して重くなった体をできるだけ衝撃を与えないように、仰向けにして、アウロスは素早く視線を傷口にやった。そして、銀剣を水平に軽く持ち上げ、片方の手を刃の側面に当て回復魔法を唱え出した。
 アウロスに続いて、シエネもディザンの側に来て、回復魔法を唱え始める。
 癒しの光が傷口に降り注いでいく。
 それを見つめ、アウロスは柳眉をひそめた。
 傷が深すぎる。回復魔法が追い着かない。
 傷の大きさもだが、その場所が悪い。
 ギリウムの刃はディザンの肺をも傷つけていた。肺に入った自らの血で呼吸困難に陥っているのだ。
 傷だけを治すのでは意味がない。肺に入った血を取り除かねばならないのだ。
(けど、まず何より出血を止めなくては――)
 止まることなく呪文を唱えるアウロスの耳に、激しい剣戟が届く。
 果たして、どちらが優勢なのか、それを判断する暇もない。一瞬でも気を逸らすと、回復魔法の効果が薄れてしまう。
 度重なる回復魔法の効果が出てきたのか、出血が徐々に止まり、傷口に薄い光の膜が張ってきた。
 アウロスとシエネの詠唱に力が籠もる。
「うぐッ!」
 不意に届いた呻きに、シエネが息を呑んだ。
 その瞬間、アウロスは後方から弾き飛ばされ、壁に叩きつけられたガントの姿を視界に認めた。
「ガント!」
 シエネの叫びに重なるように、ジェリスとユートの叫びが上がった。
「アウロス!!」
 緊迫したラトルの声に弾かれ、アウロスは銀剣を構えたまま、振り返る。
 同時に響き渡る金属音、そして両手にかかる重み。
「ッ!」
 剣を振り下ろしたギリウムは冷笑を浮かべたまま更に力を加えた。
 低い体勢でギリウムの剣を辛うじて受け止めたアウロスは徐々に追い詰められていく。
「アウロス!」
 背後から聞こえたシエネの声に、アウロスは即座に叫び返した。
「治療を続けて!!」
 シエネまで治療を中断すると、ようやく塞ぎ始めた傷が再び元通りになってしまう。
「ほう、余裕だな」
 皮肉を呟き、ギリウムは笑っていた。
「く、ぅ……!」
 じりじりと刃が下降していく。
 元々腕力には劣っている。力の競り合いでは最初から勝敗は決まっているのだ。
 しかし、アウロスは退けなかった。
 受け流したところで、すぐに切り返される上、彼女が避けては後方にいるシエネに害が及ぶ。かと言って、この状況がいつまでも続くはずがない。
(どうすれば)
 アウロスが次の判断に迷った瞬間だった。
「竜の咆哮よ、彼方まで轟け!!」
 ラトルの叫びと同時に、ギリウムの体が弾き飛ばされた。
「!」
 アウロスはすぐに体勢を立て直して、立ち上がる。
「小癪な!」
 攻撃魔法の直撃を受けはしたが、大した衝撃はなかったのかギリウムは即座に体勢を整え、反撃に移った。
「凍える炎の使者よ、死の道を歩め!」
 蒼白い炎が床を走り抜け、ラトルに襲い掛かる。
「守護の盾よ!!」
 咄嗟にラトルは結界を張った。
 結界と蒼白い炎が衝突し、空気を激しく震わして、結界を境に鋭い氷柱が幾つも連立していく。
 結界が軋み、わずかに凍りつく範囲がラトルに迫ってきた。
「!」
 結界が砕けようとした瞬間。
「ギリウム!!」
 鋭い一声に、ギリウムの意識がラトルから離れる。そして、手にした長剣を上に掲げた。
 鋭い音が周囲を切り裂く。
 跳び上がり、全体重を傾けて、銀剣を振り下ろしたアウロスの攻撃はギリウムの長剣に受け止められていた。しかし、予め防御されることを予測していたアウロスは刃が重なると同時に魔法を完成させていた。
「不滅の鳥よ、燃え羽ばたけ!」
 アウロスの呪文を聞いたギリウムの反応は恐ろしく素早かった。
「樹氷の狼よ、その飢えを満たせ!」
 鳥を象った炎を飲み込もうとするが如く樹氷によって織り成された狼が牙を向く。
 炎の翼と氷の牙が接触した瞬間、魔法によって生み出された炎の熱気と氷の凍気が衝突し、鬩ぎ合う。
(!)
 意識を凝らしながら、アウロスは違和感を感じ取った。
 アウロスの魔法は銀剣の力で魔力を増幅させ、威力を高めている。ギリウムの魔力が如何に大きかろうと、これほど拮抗するだろうか。
 魔法陣に封じられた攻撃魔法は破ることができたというのに。
「アウロス!」
 体勢を立て直したラトルたちは加勢しようとするが、二人の魔法によって生じた衝撃波の激しさに身動きが取れない。
 乱れ舞う銀色の髪と漆黒の長衣。
 翡翠と碧緑――同じ色合いでありながら、明らかに違う眼差しが交差する。
 徐々にギリウムが優勢になっていくのを察し、アウロスは焦りを覚えた。
 その瞬間。
「!」
 アウロスは自ら後方に弾き飛ばされた。
 同時にアウロスのいた空間に光の十字が出現した。
 罠魔法だ。
 ギリウムはすべての罠を発動させたと見せかけ、まだ罠を残していたのだ。
 直感でそれを回避したアウロスに、ギリウムは楽しげに笑った。
 アウロスは体勢を低くして着地した。そして、すぐに反撃に移ろうとするが、直後眩暈が生じて踏み止まる。
(おかしい……)
 魔力の消耗が激しい。否、ここまで魔力を消耗してもおかしくない魔法だった。それなのに、ギリウムに傷一つ与えることができないことがおかしいのだ。
 唇を噛み締め、アウロスは顔を上げた。視界にギリウムの握る長剣が入る。
「その剣は!」
「ようやく気づいたか」
 ギリウムはアウロスの驚愕を嘲笑った。
「そうだ、これはお前の持つ銀剣と同じ遺物だ」
 ギリウムは手にある銀剣に軽く魔力を注いだ。すると、長剣は淡い赤の輝きを纏った。
「確かに、お前の持つ銀剣はそう多くあるものではない。だが、唯一の代物という訳でもない」
 くすくすと嗤いながら、ギリウムは硬直したアウロスに向かって続けた。
「さぁ、これでも私に倒す勝算はあるか?」
 アウロスは我に返り、唇を噛み締めた。そして、萎縮する自分を叱咤して、声を絞り出す。
「……倒すわ」
 何があっても。
「ここで退けるような、そんな生易しい覚悟で来た訳じゃない」
 その言葉に、ギリウムは一笑した。
「一度、私を殺し損ねた者の言葉は思えんな」
 思いがけないギリウムの発言に、ラトルたちは一瞬気を取られ、アウロスを見やる。
「そこまでの覚悟があるのならば、何故、あの時、私を殺さなかった?」
 試すような物言いだった。
 アウロスは鋭く睨み返し、無言で銀剣を構え直す。そして、平淡な声で呟いた。
「あの時の私は……弱かったから……」
 心の弱さに負けて、だから、ギリウムを殺すことで楽になろうとした。
 追い詰められていた。
 どうしようもなく、訳も分からず追い詰められていた。
 心がなければ良かった。
 心を殺してしまえば良かった。
(そうすれば苦しむことなんてなかった――)
 悲しみを覚えることなんてなかった。
 いっそ狂えば良かったのか。
 心のない殺戮人形として生きれば、もっと物事は単純だったろうに。
 しかし、現実は違った。
 心を与えて、優しさや温もりを教えてくれた人がいた。
 守ろうとしてくれる腕があった。
 その事実がアウロスを追い詰めた。
 『魔道将軍』として生きるには心は不要、あっても苦しむだけだった。

 ダカラ、心ヲ消ソウトシテ。

 けれど、心を殺してしまった彼女を見て、『彼』は守りきれない自分を責めるから。

 ダカラ、心ヲ持ツシカナクテ。

 それを何度も何度も繰り返した。
 戦わなくては守れない。
 戦ったら傷つける。
 矛盾の繰り返しで、疲れて何も忘れたくて、それでも忘れられなくて。
 その矛盾の原因は結局同じだったから。
 ただ、ひたすら『彼』が大切だった。
 それだけだったのに。
 どうしたら良いのか分からなくて、だから、ギリウムを殺すことで終わらせようとした。
(本当は……そんなことをしても意味がなかったのに……)
 だから、ギリウムが突きつけた『真実』に屈した。
 ギリウムを殺す理由など、あの時のアウロスになかった。
 第三者の目から見れば、あったとしてもアウロスにはなかったのだ。
 アウロスの世界には『彼』しかいなかったから。
(でも)
「今は違う」
 アウロスは真っ直ぐにギリウムを見据えた。
「今の私には戦う理由がある」
 願い続けるもの。
 手を伸ばさずにはいられないもの。
(諦めない。諦めたくない)
「私は、まだ弱いかもしれない」
 迷いがある。
 消しようのない不安がある。
 絶望の瞬間に怯え続けている。
「けれど」
 静かに戦意を漲らせ、アウロスは翡翠の眼差しでギリウムを射抜いた。
「これ以上、誰かが傷つくのは許せない」
 これまでギリウムの道具として傷つけてきたからこそ。
 アウロスの宣言に、ギリウムは余裕の笑みを消し、無表情になる。
「……その瞳だけでなく、愚かさまであの女と一緒か」
 そして、喉の奥で笑うと、ギリウムは長剣を握り直した。
「いいだろう。できるものなら、やってみるが良いわ!」