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アウロスを救った青年の姿を認め、ラトルは言葉を失った。 何よりも大切な少女を抱く青年は彼と双子と言ってもいいくらいに似ていた。 何度も間違われ、アウロスの口からも酷似していることは聞いていたが、ラトルは驚愕せずにはいられなかった。同時に、激しい焦燥が生まれる。 何よりも大切な少女を抱くのは自分とそっくりな、自分ではない存在。 どんなに似ていても違う。 弱っているせいだと思っても、アウロスが無抵抗に青年の腕の中にいるのがとても気に障る。 そんなことに気に取られている状況ではないと分かっていても。 一瞬、青年――レザムとラトルの視線が合う。 酷似した容貌の中で明らかに違う、碧緑と蒼穹の瞳。 先に視線を外したのはレザムの方だった。そして、彼は眼下の少女に柔らかく微笑みかけた。 「……遅くなってごめん。だけど、もう大丈夫だから」 その瞬間、アウロスの肩が震えた。 「もう戦わなくていい。僕が側にいる。僕が守るから」 その言葉にアウロスは閉じていた瞳を開いた。そして、まっすぐに注がれる痛いほど澄んだ眼差しにぶつかる。 初めて会った時から変わらない真摯な瞳。 一瞬、言うべき言葉をアウロスは見失った。 そうしているうちに、レザムはアウロスの右頬に残された傷跡に気づいた。そして、柳眉をひそめ、悼むように優しく触れた。 「可哀想に、女の子なのに傷が残ってしまったんだね」 そして、レザムの視線はくっきりと喉に残った締め付けの痕に移る。 アウロスは気が萎えそうになる自分を叱咤して口を開いた。 「レザム、私はッ」 「でも、大丈夫。何も心配いらないよ」 レザムが微笑むと同時に、視界がぼやける。 さらさらと頬を掠める長い髪。 唇に感じる温もりに、アウロスは翡翠の瞳を見開いた。 「……ッ!!」 突き上げてくる衝動のまま、アウロスはレザムの体を突き飛ばした。そして、恐怖に震える自らの体を抱き締め、後ずさる。 「……アウラ?」 びくりとアウロスは顔を上げた――白い、傷一つない顔を。 シエネさえ治し切れなかった醜い火傷が綺麗になくなっていた。そして、喉にあった痕も、また。 「違う……ッ!」 「アウラ? どうしたんだい? 何をそんなに怯えているんだい?」 「レザム、違うの! 私は、私たちは」 言わなければ。 そう思って口を開いたアウロスの視界に驚愕に固まったラトルの顔が飛び込んでくる。 「!」 恐怖が募る。 全身が硬直し、声が凍る。 「大丈夫だって言っただろう?」 優しく宥めるようにレザムは告げた。 「もう誰にも傷つけはさせない。愛しい、愛しい僕のアウラ」 固まったアウロスをそっと引き寄せ、レザムは囁いた。 「お前は約束を守って、帰って来てくれた。だから、今度は僕が守る番だ」 約束。 ――すべてが終わったら答えを。 その一言がアウロスに力を蘇らせる。 「!」 腕を突っ撥ね、アウロスはレザムの腕から逃れた。 「アウラ?」 怪訝そうに呼んでくる声音に胸が痛んだ。 『アウロス』という名は魔道将軍として創られた彼女に与えられた名だった。それを『アウラ』という別の名で呼び、一人の人間として見てくれたのはレザムだけだった。 「そうじゃない、違うの」 涙が溢れてくる。 「何が違うんだい?」 傷つけることしかできない。 誰も傷つけたくないのに、そうすることでしか守れない自分が哀しかった。 「私は貴方のところに帰ってきたんじゃない!」 アウロスは何か言われる前に言葉を続けた。 「これ以上、何も失いたくないから、守りたいから、だから」 不意にレザムはアウロスを抱え、その場から飛び退く。 「!」 二人がいた場所が爆発し、抉り取られる。 「父に向かって攻撃する度胸がお前にあったとは驚きだ……」 レザムの攻撃を受けた際に額に傷を負ったのか、滴ってくる血を拭い取り、ギリウムが立ち上がった。 「父上」 「しかも、その殺戮人形を守るだと!?」 狂ったような哄笑を響かせ、ギリウムはレザムとアウロスを睨んだ。 「滑稽だな」 「父上、何度も言ったはずです。人形ではないと」 静かな否定に、ギリウムは喉の奥で笑った。 「では、何だ?」 抜き身の剣を軽く軽く振り、ギリウムは答えを促した。 アウロスを抱く手に力が籠もる。 その強さに、アウロスは安堵より不安を覚えた。 「レザ」 「僕がこの世で唯一守りたいと思った最愛の少女です」 その瞬間、ギリウムは薄く笑った。 「実の妹にそこまで心を奪われるとは愚かにもほどがある!!」 衝撃が走った。 ただ、何事にも動じないギリウムの精鋭だけが攻撃を繰り返し、ユートたちを攻め立てる。 (妹……?) 茫然となってラトルはアウロスを見やった。 アウロスは蒼白な顔で、激しく震えていた。 ギリウムは酷薄な笑みを浮かべたまま、ゆっくりと続けた。 「昔、不遜な女がいてな。美しいだけでなく、高い魔力も持っていた」 それはかつてアウロスが言われた言葉だった。 カレースから攫われてきた女魔道士。 その高い魔力ゆえに、彼女は最期まで屈服しなかった。しかし、決して反撃はせず、ただ強固なる意志を持って、愚行を咎め、解放を命じた。誰も彼女に触れることができなかった。 そして、その意志の強さと魔力、美しさがギリウムの目に止まった。 一夜の慰みとして弄ばれようとした彼女はその時になって、ギリウムの命を狙った。 結果、彼女は死んだ。 しかし、ギリウムは彼女の魔力を惜しみ、その血と自らの血を掛け合わせて、一人の『少女』を創り上げた。 そして、少女は――――『魔道将軍』として育った。 (これが、君が恐れていたものなのか……?) 皇帝の血を引く、もう一人の『契約者』。 だが、それが何だというのだろう。皇帝の血はレザムだけなく、ラトルにも母を通じて流れている。 沈黙を破ったのは、この場で誰よりもギリウムが明かした『真実』によって衝撃を受けたはずのレザムだった。 「それが何か?」 再び、衝撃が走る。 レザムの発言は誰も予期していないものだった。 絶句し、凝視するラトルたちの前でレザムは静かに続けた。 「血の繋がりがあろうとなかろうと、アウラがアウラであることには何一つ変わりない。そんなことで僕が動じるとでも?」 平然とレザムが言い切った瞬間、アウロスは堪え切れず、その腕から逃れ出る。 「……アウラ」 囁くような柔らかな声。 耳を塞ぎたくなる衝動を抑え、アウロスは顔を上げた。 穏やかに見つめてくる碧緑の瞳。 逸らしてはいけない。 逃げてはいけない。 「レザム、私はダメよ」 零れそうになる嗚咽を堪え、アウロスは必死になって声を紡いだ。 「それじゃダメなの」 「アウラ」 「……嬉しかったのよ」 胸元を抑え、アウロスはずっと秘めてきた想いを吐露した。 「ずっと側にいてくれて嬉しかった。貴方の手は優しくて、暖かくて、誰かを傷つけるために生まれた私を守ろうとしてくれた。本当に、嬉しかったのよ」 たった一つの大切なもの。 失いたくなくて、自ら手放すことなんて考えもしなかった。 大切な、大切な人。 (だけど) 「だけど、違うから」 ギリウムによって教えられた『真実』。 血の繋がり。 ギリウムの娘であることなんて、どうでも良かった。 そんなこと、重要でもなかった。 存在しないと思っていた『家族』がいて、それがレザムで、嬉しくて――だから、絶望した。 一筋の涙が白い頬を伝う。 「覚えてる? 貴方は言ったのよ」 恐怖に身が竦み、声が震えていた。 魔道将軍と呼ばれ、味方でさえ恐れられるようになり、その時になってアウロスは気づいた。 ギリウムの命令で殺戮する自分がレザムの側にいることは彼の立場を危うくするということに。 だから、距離を置こうとした。同時に、心を殺そうと思った。 心を持ったまま、戦場に立ち、戦うことが苦しかったから。 向けられる殺意と、煌く刃が怖かったから。 だが、戦わなければ、レザムが傷つくことをアウロスは知っていた。 何があっても守ろうとしてくれるレザムに、その恐怖と苦しさを知られれば、何を犠牲にしてでも守ってくれると分かっていたから――たとえ、自分が傷つくことになっても。 アウロスはそれを恐れた。だから、戦うことを選び、恐怖も苦しみも感じないように、心を殺そうとした。 傷つく心がなければ、心が傷つくことはない。 しかし、レザムはそれを許さなかった。 そして、彼は言ったのだ。 『どうして、お前は自分を卑下するんだろうね? そんなに、キメラと同じように生まれたことが気に病む?』 静かに微笑みながら、レザムは続けた。 『僕は『お前』を知っているよ。たとえ、どんな評価を他人がつけても、僕は僕が知る『お前』を信じている』 その時、感じた嬉しさを思い出し、アウロスは涙を流しながら、かすかに微笑んだ。しかし、その微笑はすぐに失われる。 「その時、私は貴方に訊いたわ。『どうして、知っているの?』と。そして、貴方は答えた」 『何故、お前が知っていることで僕が知らないことなどあると思うんだい?』 その瞬間、レザムの表情がわずかに翳る。 それを見て、アウロスは自らの疑いに確信を抱いた。 「……何故?」 小さな呟きには詰る響きと同時に絶望が秘められていた。 「最初から知っていて、どうして、私をッ! どうして、あんなことを!?」 月が遠かった。 手を伸ばしても何も掴めなかった。 恐怖に硬直した体はただ震え、突きつけられる現実が重く圧し掛かっていた。 「何故、貴方は」 不意にラトルと視線が交わり、アウロスは言葉を失った。 「ッ!」 (嫌) 言えない。 言葉にできない。 (ラトルが知ったら、私……!) 「そんなに理由が知りたい?」 穏やかな問い掛けがアウロスの思考を止める。 「レザ……止めてッ!!」」 「僕がお前を抱いた理由を」 アウロスの叫びとレザムの呟きは同時だった。 「あ……」 大きく震えながら、アウロスはかぶりを振った。乱れる銀の髪が頬を打つ。 「あの時、お前の心は死にかけていた。僕のどんな言葉も素通りして、あのままでは泣くことも笑うこともできなくなっていた。だから、だよ」 悲哀を帯びた微笑みを浮かべ、レザムはアウロスを見つめた。 「アウラ」 呼ばれて、アウロスは過剰に反応した。反射的に顔を上げ、レザムの眼差しを直視する。 涙に潤み、輝きを増した翡翠の瞳は悲嘆に満ち、虚ろだった。 それは宝石ではなく、硝子玉のように見えた。 「僕はお前を守るためなら何でもする。何を犠牲にしても、守る。だから、もし、お前が僕を」 言葉を続けようとしたレザムは背後に感じた殺気に剣を抜き、振り向いた。 直後、高い金属音が鳴り響く。 「!」 刃を交え、レザムは厳しい顔つきで自らの父を見つめた。 「父上」 「気が触れていたとはさすがの私も考えなかったぞ、レザム」 唸るような低い声音には紛れもない憎しみと怒りが宿っていた。 それを正面から受け止め、レザムは口端に笑みを刻む。冷たい、嘲るような笑みで、短く答えた。 「僕は間違えないだけです」 両者の剣が弾かれ、再び交わる。 「何?」 拮抗する刃が耳障りな音を立て、火花を散らした。 「僕は、貴方のように大切なものを見誤ったりしない。別の何かで誤魔化すような愚かなことはしない!」 |