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言い放つと同時に、レザムは剣を引き、その場から飛び退く。 「深遠に眠る埋葬の花よ、闇より芽吹け!」 突如、ギリウムの足元に亀裂が生じ、そこから炎を噴出した。 大きく揺らいで踊る赤い炎は、まるで綻ぶ真紅の花のようだった。 「!」 全身を炎に飲み込まれ、ギリウムの姿が消える。 だが、次の瞬間、真紅の炎の花は散り、その中からギリウムは飛び出てくる。 「千輪の風花よ、凍土の柩を満たせ!」 鋭い一閃を放ち、それを受け止めたレザムの動きを止めた上で完成した攻撃魔法がレザムの足元から凍りつかせていく。 「不滅の鳥よ!」 「天涯の双頭竜よ!」 息も吐く間もなく、攻撃魔法と剣戟が乱れ飛ぶ。 激しい戦いを虚ろな眼差しで見つめ、アウロスはぼんやりと考えた。 ギリウムとレザム。 魔力自体は拮抗、否、やはりギリウムが優勢か。経験や実戦の差においてもギリウムの方が勝っている。このままでは、いつかレザムは倒れてしまうだろう。 ラトルは動けるようになるまで今しばらくの時間が必要だ。 シエネは治療に専念している。他の者たちはギリウムの精鋭と戦っている。決着はまだ着きそうにない。 誰も加勢することはできない――アウロスを除いては。 (加勢……レザムを助ける?) 何故。 アウロスは自問せずにはいられなかった。 ――何故、私ハ動カナイ? 『動けない』のではなく、『動かない』。 その理由に気づいて、否、思い出して、アウロスは笑いが込み上げてくるのを感じた。 レザムが自分のことを分かっていると同じように、アウロスもまた彼のことが分かっていた。 彼の真意も、考え方も、目的も、恐らく、この場にいる誰よりも分かっていた。 (私を守る?) ならば、何故、こんなに傷ついている。 ならば、どうして、涙が溢れている。 大切なものを失わねばならないのなら、守ってもらう必要などない。 (私のために、貴方が罪を犯す必要などどこにもなかった!) その犠牲にこそ痛みを覚えるのだと、どうして伝わらないのだろう。 (レザム、貴方は、貴方がしようとしている、いいえ、してきたことを私が責めることはできない。けれど) それは間違っているのだ。 それだけは事実だ。現実だ。 (だけど、私には止められない) アウロスはずるずると座り込み、拳を床に叩きつけた。呻くような泣き声が漏れる 。 (私は間に合わなかった……!) 失いたくなかった。 もう誰も。 大切だったから、失いたくなかった。 だから、止められると信じて、止めようと決めて、そのためにギリウムを倒そうと誓った。 過ちの起点を消せば、終われると思ったのか。 (なんて、甘い……) 自らを罵り、アウロスは唇を噛み締めた。 このまま、何もせず、動かなかったら、レザムは倒れる。そして、ギリウムは疲労し、倒すことは容易くなるだろう。 レザムの死を望んでいる訳ではない。 (だけど) それしか止めることができないなら。 (私は) 「レザム!!」 切り裂くような怒号に、アウロスは我に返った。 振り下ろされたギリウムの剣を弾き返した反動で、レザムの体が均衡を失っていた。 その隙を狙って、ギリウムが刃を返す。 白刃の煌きがアウロスの視界を奪う。 「!」 考えるより先に、体が動いていた。 床に転がったままの銀剣を掴みながら、唇が呪文を紡ぐ。 一息の間に魔力を導き、魔法を構築する。 アウロスの魔力ではギリウムに遠く及ばない。足止めにすらならない。 瞬く間に転移魔法が完成する。 「ッ!?」 次の瞬間、驚愕したギリウムの顔が間近に現れ、同時に手にした銀剣に重みが加わった。 刃が交じる音に、アウロスは自分の行為に気づく。 そして、その直後、ギリウムの首が胴から分離した。 「ッ!」 切断された首から溢れる血を避ける間もなかった。 頭から降り注ぐ血と、その匂いに意識が痺れていく。 (あぁ) そして、アウロスは妙に冷静な一部の意識で現実を認識した。 レザムがギリウムの首を刎ねたのだ。 ゆっくりと傾き、後方に倒れる首のない体をぼんやりと見つめ、アウロスは全身から力が抜けていくのを感じた。 からりと銀剣が滑り落ちる。 (私……) 結局、迷いを捨て切れなかった。 後戻りはできない。 その瞬間、アウロスの全身が拒絶を訴えた。 「ぁ……」 胸を抑え、荒い呼吸を繰り返し、アウロスはかぶりを振る。 (ダメ。ダメ……!) 諦めてしまうことはできない。 過去には帰れないのだから。 「アウラ」 呼びかけられて、アウロスは顔を上げた。 今の一戦で乱れた長い髪を払い、剣を収めて、レザムがそっとアウロスの涙を拭う。 「もう、大丈夫だから。もう、終わりだから」 「……レザム、私は」 アウロスは何か言おうとして、続きの言葉を見失う。 何が言いたいのだろう。 何を言えばいいのだろう。 言いたいことはたくさんあるはずなのに、言葉が出ない。 考えが纏まらない。 ただ、分かるのは終わりではない、それだけ。 (まだ終わっていない、何も) その事実だけがアウロスの意識を縛る。 そのためにアウロスはレザムの行為に反応するのが遅れた。 涙を拭ったレザムは血に染まったアウロスを見つめ、優しく何事もなかったように微笑んだ。 「あぁ、血の赤はお前の白い美貌を際立たせるね」 一瞬、アウロスは呼吸を止めた。そして、大きく震え出す。 「レザムッ」 悲鳴のような声で呼び、アウロスは後ずさった。 「やっぱり、貴方だったのね」 記憶の底に沈めていた痛みが瞬く間に蘇るのを感じ、アウロスは表情を歪めた。同時に、少しずつレザムから距離を取る。 「あの刺客に伝言を託したのは、貴方だったのね」 否定の言葉を祈るような気持ちで、アウロスは待った。 しかし、レザムは穏やかに微笑み、頷いた。 「お前は着飾らなくても充分綺麗だよ。どんなに血に塗れても汚れない、僕の可愛いアウラ」 翡翠の瞳を瞠り、アウロスは感情を押し殺した声音で続けた。 「あの子猫も貴方が殺した」 幼い頃、まだ戦場に出る前、この腕に抱かれていた柔らかくて温かい小さな命。 その死を一緒に哀しんで、慰めてくれた。 (でも、それは) 「子猫……あぁ、昔、お前が見つけた?」 少し考えて、レザムは思い当たった。 「あの子猫はお前を危険に晒したからね」 当時、アウロスの存在は隠されていた。 無防備な心に不釣合いな戦闘能力。強力な手駒として完全に成長し、教育が終わるまで他者に関わらせることをギリウムは危ぶんでいた。 強力な道具は持ち主が変わっても、その威力を発揮する。 手に入れようとする輩の存在を杞憂し、また抹消されるのを惜しみ、アウロスは極力人の前には出ないように命じられていたのだ。 アウロスが初めて公衆の面前に立ったのは初陣の時だ。 それまで研究所と城の奥宮の行き来するだけの生活をすごしていた。 それは辛く、同時に何も悩まずに済む時間だった。 倒す相手は本能のみのキメラ。それが終われば、レザムが温かい手を伸ばしてくれた。 でも、本当はアウロスが気づかなかっただけで、レザム以外の人も温かい手を伸ばしてくれていたのだ。 (タユナや、そう、あの近衛兵も……) 「危険? たった一人の近衛兵に見られただけで?」 レザムは苦笑して、アウロスを嗜めた。 「油断できるような場所じゃないくらい分かっているだろう?」 「だから、彼も研究所に送った?」 「信用できないからね」 アウロスは力なく、かぶりを振った。 「レザム、違う。あの人は裏切らなかった。裏切るような人じゃなかった」 「結果はそうかもしれない。でもね、アウラ?」 碧緑の瞳を細め、レザムは軽く首を傾げた。 「そんなこと、今だから言えることであって、僕が何もしなかったら、同じように言えたという可能性はないんだ」 アウロスは何も言えず、かぶりを振り続けた。 (間違ってる、貴方は間違っている!) 浅い呼吸を繰り返し、アウロスは必死に言葉を探した。 「レザム、でも、私は……嫌なの。そんな風に、私を傷つけるかもしれないというだけで、誰かの命が奪われるのは。そんな風に、貴方が罪を重ねていくのが嫌で、辛くて苦しい」 その言葉に、レザムは初めて戸惑いを見せた。 「アウラ……」 そして、レザムは哀しそうに微笑んだ。 「知らなかった。ずっと苦しんでいたんだね……?」 「レザム」 思わず、アウロスの顔に安堵の笑みが浮かぶ。 レザムは静かにアウロスに腕を伸ばし、抱き締めようとした。 優しい抱擁をアウロスは拒むことができなかった。 「ごめんね、気づいてやれなくて。でも、もう大丈夫だ」 アウロスが浴びた返り血が付着することも構わず、レザムは華奢な体を強く抱き締めた。 「もうすぐ、すべてが終わる。誰も何も、お前を傷つけない。お前が悩む必要などなくなるからね」 「!」 アウロスは咄嗟にレザムから離れようとした。しかし、体がまるで鉛と化したように重く、動けなくなっていた。 (レザム!?) 柔らかな微笑みを浮かべたまま、レザムはゆっくりとアウロスから離れる。 「レザム……何、を……」 (何を馬鹿な) 今更だとアウロスは自らを罵った。 誰よりもレザムのことを知っているのだ。何をするのかなんて予測ができている。 ただ、信じたくない。 「大人しくしておいで。すぐに終わる」 アウロスは蒼白になり、小刻みに震え出した。 増していく不安が徐々に全身を侵食し、予測は決定的な確信へと変わっていく。 微笑みを浮かべながら、レザムは再び剣を抜いた。 笑みを刻む唇が動くのを見て取り、アウロスは反射的に叫んでいた。 「ラトル、逃げて――ッ!!」 |