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切迫した鋭い叫び。 それを打ち消すような爆発に、アウロスは呼吸を止めた。 レザムの放った攻撃魔法はラトルとシエネがいた所に直撃していた。 (逃げ、切れなかった……!) アウロスの叫びに反応して、ラトルが顔色を変え、こちらを見た。 二人の視線が合った、その瞬間、爆発は起こった。 「……ッ!」 衝撃のあまり、手放しそうになる意識を必死になって繋ぎ止め、アウロスは呟く。 「嘘よ、嘘。こんなのは嘘……ッ!」 (こんな) 堪えようのない涙が頬を伝う。 (こんな結果を見るために、私は戦ってきたんじゃない) 「ッ!」 大粒の涙が弾ける。 「――――ッ!!」 声にならない叫びが迸り、アウロスの身動きを封じていた呪縛が飛び散った。 「アウラ!」 伸ばされたレザムの腕を掻い潜り、アウロスはいまだ圧倒的な破壊力と熱を持つ爆煙の中に飛び込んだ。 「ラトル! シエネ!」 火の粉が頬を掠め、痺れるような痛みが走る。 その週間、視界を覆う煙の中から腕が伸びてきて、アウロスの細い体を捕えた。同時に、爆煙が突風に吹き飛ばされた。 「!」 顔を上げたアウロスの顔に笑顔が浮かぶ。 「――ラトルッ!」 呼ばれたラトルは安心させるように微笑みを浮かべた。 「心配させてごめん」 左腕に抱えたアウロスに謝り、ラトルは右手に持った剣先をレザムに向けた。 「直撃したかと……!」 「直撃はしたよ、結界が間に合ったけど」 そして、ラトルはちらりと背後を見た。 その視線に促され、アウロスは視線をやった。 そこには煙に噎せるシエネがいた。二人の視線に気づいて、気丈な笑みを投げかける。 「ったく、冗談じゃないわよ。せっかくの美人が台無しだわ」 思わず笑みを零し、アウロスは軽口を返した。 「シエネは相変わらず美人よ」 まんざらでもない様子で微笑み返し、シエネは琥珀の瞳をきらりと光らせる。 「アウロスも、やっぱり泣き顔より笑ってる顔が可愛いわよ」 そして、シエネは鋭い眼差しをレザムに向けた。 「だから、泣かせないでもらいたいわね」 迫力のあるシエネの一瞥をレザムは怯まず受け止めた。 「……貴方の意見には同意見だよ、カレースの魔道士殿。だから、僕は貴方たちを排除する必要があるんだ」 静かな声音に、アウロスは強張り、首を巡らす。 「レザム……?」 小さな問いに、レザムは淡く微笑んだ。 「理由が知りたいかい? では、従弟殿に尋ねよう」 レザムは穏やかに問い掛け、視線をラトルに向けた。 「従弟殿は何のために戦う?」 ラトルは質問の意図を測りかね、双眸を細めた。 腕の中にいるアウロスは無意識のうちにラトルの服の端を強く握り締めていた。 やがてラトルは口を開いた。 「……戦う理由など今更だろう。この世界に生きる者として、『契約者』として、ギリウムの暴挙は許せなかった。そして、あの男を止めること、それは母の最期の望みだった」 「……やはりね。そうだろうと思ったよ」 レザムはどこか悲しそうにアウロスに微笑んだ。 「断言しよう。従弟殿は、この世界を守るためにいつかお前を傷つけるよ」 剣を握る手に力が込められ、レザムの碧緑の瞳が鋭さを帯びる。 「人の上に立つ者として、お前を見捨てる時が来る」 ラトルは否定しようとして、即答できない自分に愕然となった。 アウロスのために、他のすべてを切り捨てられるか。 その問いに対する答えは。 「バッカじゃない?」 呆れたように、シエネは笑った。 「お生憎様ね。ラトルはね、恐ろしくバカなの」 けなす言葉を紡ぐシエネの声音は誇らしげだった。 「たった一人の女の子を助けるために、混乱する戦場に一人で突っ込んでいくような、指揮官としては最低。だけどね」 シエネは不敵な微笑みを投げかけた。 「だから、私たちはラトルの仲間なのよ」 挑むようなシエネの言葉に、レザムは落ち着き払った様子で答えた。 「だったら、実際に試してみようか」 そして、レザムは瞬く間に攻撃魔法を編み上げる。そして、完成した攻撃魔法を宙に浮かべて保ったまま、再びラトルに問い掛けた。 「仲間かアウラか、従弟殿はどちらを選ぶ?」 レザムの示す先は、今も尚、戦っているジェリスたちだった。 「!」 その言葉を理解するや否や、アウロスたちは即座に結界呪文を唱え出す。 護りの壁を創り出す三重奏。 しかし、レザムはゆっくりと首を振った。 「無駄だよ。その程度の結界では僕の魔法を塞げない」 その言葉の証を立てるように、レザムは軽く右手を上げた。 そして、アウロスたちは言葉を失った。 わずかにずれた袖口から覗いた金色の細い円環。 そこに輝いていたのは深みのある海のような青い宝石。 「ッ!!」 脳裏に閃く、一瞬の感覚。 その捉えどころのない、駆け流れていく力。 以前に感じた力の気配と同質のものだと悟った瞬間、アウロスは悲鳴を上げかけた。 「ど、うして……ッ!」 (何故) アウロスはその輝きから視線を逸らすこともできなかった。 (何故、貴方の手元に) 無機質な、冷たい石の輝き。 それでも、心惹かれ、温かな懐かしさを感じさせる色。 間違えようのない。 精石だ。 それが残されていたはずの最後の、この神殿に奉られていた精石であることをアウロスたちは直感的に確信していた。 何故、不思議に思わなかったのだろう。 ギリウムの手にはアウロスの剣と同じ力を秘めた遺物の剣があった。しかし、それによって増幅した魔力と互角にレザムは渡り合ったのだ。 精石がレザムに力を与えていたのだ。 「……さあ、従弟殿? その手をアウラからどけてくれないかな」 「レザム……お前は――」 深い憤りに、ラトルの声が掠れた。アウロスの肩を抱く手に力が籠もる。 その強さを感じながら、アウロスはレザムとラトルを見比べた。 肩を掴む強さはラトルの答えそのものだ。だが、ラトルは問いに答えられないでいる。 そのことに安堵し、アウロスは無意識のうちに口元を緩めていた。そして、一度双眸を閉じ、軽く息を吸った。 (ラトルは答えられない) 一緒に戦い、支えてきてくれたジェリスたちを見捨てることはできない。 「ラトル」 小さな呼びかけに、ラトルは我に返り、腕の中の少女を見やった。 まっすぐな迷いのない翡翠の瞳を見た瞬間、ラトルはアウロスが言わんとしていることを察した。 一瞬にして表情が強張り、ラトルは何か言おうと口を開く。だが、言葉は紡がれなかった。 何を言えばいいのか本人も混乱しているのだ。 そう思うと同時にアウロスは静かに心が震えるのを感じた。 恐怖ではない。 哀しみではない。 だが、全身に浸透していく感情。 「ラトル」 もう一度、アウロスは呼びかけた。 ある行動を促す呼びかけに、ラトルの蒼い瞳に動揺が生じる。 それを見て取り、アウロスは微笑みを浮かべた。 「手を」 そして、ゆっくりとアウロスは言葉を紡ぐ。 「離して」 ラトルの手は動かなかった。しかし、それだけだ。 アウロスは擦り抜けるようにラトルの腕から逃れ出る。 さらりと掠めた銀色の髪を追いかけるように、一瞬、ラトルの腕が伸びようとするが、届くことはなかった。 突き刺さるような視線を背に、アウロスはゆっくりとレザムの許へ歩き出す。 「アウラ」 レザムは左手に浮かべていた攻撃魔法を瞬く間に霧散させ、その手を差し伸べた。 穏やかな微笑で呼びかけるレザムを眩しそうに見つめ、アウロスは細い溜め息を吐いた。そして、そのまま、かぶりを振る。 「どうしたの? おいで、もう何も心配しなくていい。お前が傷つくことなどないから」 本気でレザムがそう言っているのが分かった。 だが、昔のように素直に頷くこともできなければ、信じることもできない。 ただ、胸が痛い。 「私が貴方の手を取ることは二度とないわ」 「アウラ……真実、お前を守ることのできるのは僕だけだよ」 その言葉にアウロスは心の中で問い掛けた。 (『守る』――その言葉を盾に、他を犠牲にして?) レザムを守るために、守ることになると信じて戦場に立った愚かな自分。 その結果がこれだ。 (私は貴方を守れた?) 今のアウロスは否と断じることができた。 他者を排してまでアウロスだけを守ろうとするレザムの行動も同じで、根本的なところで間違っているのだ。 「アウラ……?」 一呼吸置いて、アウロスはできるだけ自分の心に忠実に言葉を紡ぎ出す。 「傷ついたら痛い。痛いのは怖いわ。本当は戦いたくない。誰も傷つけたくない。誰かを傷つけて、平然と次の誰かを傷つける私自身が怖い。そうやって戦うたびに、苦しくて逃げたかった。だけど、それでもいいと、痛い思いをしても構わない時だってあるの」 アウロスの言葉にレザムは柳眉をひそめた。 不可解そうに見つめるレザムに、アウロスは泣き出しそうになるのを必死に堪え、微笑みを浮かべた。 レザムを守りたかった。 それは決してレザムのためではない。自分自身の願いだ。 レザムを守りたいとアウロス自身が願い、そのために戦うことを選んだ。 (だけど、それが、こんな風に貴方を追い詰めた) 上手く伝わるだろうか。 祈るような思いで、アウロスは続けた。 「だから、レザム、私は平気なのよ」 アウロスは力を込めて告げた。 「ラトルが世界のために私を裏切っても構わないの。だって、私も守りたいと願っているから。そのために私が傷つく必要があるというのなら、ラトルが決断できなくても私がする」 ラトルがジェリスたちを優先したのではない。 アウロスがジェリスたちを守りたいと思ったから動いたのだ。 そして、そう思うのはラトルたちが少しでも自分のことを信じて大切に思ってくれていると知っているから。 一年にも満たない時間。 だが、それでも彼らの言葉に、行為に偽りがないことくらい分かるのだ。 「私は、もう前の私ではないのよ」 何も知らなかった頃とは違う。 無闇にすべてを拒絶していた頃とは違う。 (だって、ラトルたちはそれさえも簡単に跳び越えてしまった……) 多くの人を傷つけた。 皇国の『魔道将軍』は彼らの敵だったのに、ラトルたちは『アウロス』を受け入れた。 対等に、一人の人間として。 だからこそ、ジェリスの怒りも、シエネの労りも、ガントの気さくさも、ユートの気遣いも、そして、ラトルの眼差しも、アウロスには価値のあるものだった。 「私たちは『特別』じゃない。『世界』に私たち二人しかいない、なんてことはない」 それは驕りに等しい。 愚かな夢、幻想だ。本当に『二人』だけなら、すでに死んでいる。生きているはずがない。 「レザム、お願いだから気づいて。貴方にも、私以外に大切に思う人が、思ってくれる人がいるはずよ」 「……誰がいると?」 「ディザン将軍や、貴方のために戦っている人たち」 レザムは淡く微笑み、かぶりを振った。 「彼らが大切なのは『契約者』である僕だよ」 「そんなことはないわ」 アウロスは即座に否定した。 「いいや、そうなんだよ。彼らが父上ではなく僕を選んだのは、僕が父上より彼らの望む『主の姿』に近かったからに過ぎない」 「レザム!?」 「だって、そうだろう? たとえ、僕がいなくても従弟殿がいる。僕である必要はない。それにね」 レザムは愁いげに表情を曇らせた。 「彼らは僕がお前を守ろうとすることを快く思わないだろうから」 それが何を示唆しているか、アウロスはすぐに察した。 レザムの自分に対する感情は第三者から見ても危うさを感じるだろう。 すべてを犠牲にしても構わないと断言し、一片の躊躇もなく、行動に移すレザム。 それを危険だと思わないはずがない。 (だから、私は貴方の側にはいてはいけない) 咄嗟にアウロスは叫んでいた。 「たとえ、そうだとしても、そうじゃない人だっているわ!」 アウロスは必死で考えを巡らした。そして、脳裏に淡い栗色の髪の女性が過ぎる。 「そう、リリシア様は貴方を、貴方自身を大切に想っているわ」 人質として嫁いで、それでもレザムを愛したリリシア。 まっすぐにレザムを見つめるリリシアに気づいた時、アウロスは心の底から安堵したのだ。 レザムを大切に思ってくれる人がいると知って嬉しかったのだ。 「リリシア?」 くすりとレザムは笑った。 「彼女がどうかしたのかい?」 「レザム……?」 「アウラ」 やんわりとレザムは嗜めるように言葉を紡いだ。 「僕は彼女だけは認めないよ」 |