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第五章 〜光の真影 下〜


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 危険を報せる叫びに弾かれ、ジェリスたちがその場から飛び退いた直後、金色の輝きを帯びた炎が床を覆う。
 突如、現れたのは六つ目の黄金の獅子。
 覚えのある二体の使い魔に、ラトルは顔色を変え、レザムを睨みつけた。
「お前の使い魔だったのか!?」
 名もなき神殿で倒した使い魔と全く同じだった。
 皇帝の使い魔だと考えていたラトルは咄嗟にアウロスを見やった。そして、あの時、少女が呟いた言葉を思い出す。

『血は呼び合うから』

 アウロスは使い魔の主を皇帝だと言っていない。ただ、ラトルたちの考えを否定しなかっただけだ。
「レザム……」
 絞り出すような声音に、レザムはアウロスに穏やかに微笑んだ。
「心配しなくていいよ、僕は無事だ」
 思わず、アウロスは双眸を瞠った。
「何を」
 レザムの言葉の意味を捉えかね、訝しげにアウロスは見つめた。
 その様子にレザムはくすりと笑った。
「僕を心配しただろう?」
「!」
 言葉が出なかった。  唇を噛み締め、アウロスはレザムを凝視した。
(私、は……)
 強く手を握り締め、アウロスは俯く。だが、使い魔と交戦する気配を感じ、何かを振り切るように顔を上げた。
「いいえ」
 視界の隅に転がる銀剣を認めながら、アウロスは意識的に微笑みを浮かべた。
(嘘)
 心の中で自らの言葉を否定する。
 心配しないはずがない。どんなことになっても、レザムが大切なのは変わらないのだから。
(でも)
 今だけでも『嘘』を吐かなくては動けない。
「私は貴方を、貴方のしようとすることを止めるために帰ってきたの」
 まさか聖石を手にしようとしていたとは考えていなかった。だが、レザムが自分のために他のすべてを切り捨てることだけは分かっていた。
 止めるのだと信じて。
 間に合うのだと言い聞かせて。
 できなかった時のことなど考えたくなかった。しかし、心の片隅では覚悟していた。
 仮面を被った夜、真紅に染まって伝言を聞いた時に。
 奥深い地下で金色の獣が帯びた魔力の波動を思い出した時に。
 不意に感じた予兆をただの気のせいだと考えながら、それでも、どこか頭の端で分かっていたのだろう。
 たとえ、アウロス自身が止めても無駄なのだと。
 そうなった時、アウロスもまた決断するしかないのだと。
 溢れそうになる涙を堪え、アウロスは意識を集中する。
「たとえ、貴方と戦ってでも」
 殺すことになっても。
 一瞬、レザムの顔から笑みが消えた。
 同時にアウロスは魔法を編み上げる。
「灼熱の獅子よ、咎人を食め!」
 溶岩で形成された獅子がレザムに襲い掛かる。だが、動じることなくレザムは結界を完成させた。
「守りの盾よ」
 結界と溶岩の獅子が衝突する。
 弾けるのは火花ではなく、魔力の欠片。
 獅子の溶岩が欠け、結界は削り取られる。
 しかし、拮抗は一瞬だった。即座に溶岩の獅子の崩壊が始まる。
 だが、アウロスの狙いは最初から、この一瞬の拮抗だった。
 アウロスは魔法を放つと同時に動き、掬うように銀剣を拾い上げ、攻撃態勢を整える。そして、レザムから距離を取った。
「アウロス!」
 背後からかかったラトルの声に、アウロスは即座に反応した。
「私なら大丈夫。だから、ラトルはシエネたちと使い魔を!」
「しかしッ」
 アウロスはラトルをちらりと見て、かすかに笑む。
「レザムは私を傷つけられないもの」
 言ってから、アウロスは心に針が刺すような痛みに気づく。だが、そんな痛みなど感じない振りをした。
「私なら平気。大丈夫だから」
 笑みを消して、アウロスはレザムに視線を戻した。
「アウラ……」
 哀しそうに呼びかけられ、アウロスは唇を噛み締めた。
「私が何を言っても、もう遅いのでしょう?」
 一瞬、何か言おうとレザムは口を開くが、それはすぐに儚い微笑へと転じる。
「……そうだね。優しいお前は僕に哀しい嘘を吐くから。だから、お前の我侭を聞いてやる訳にはいかない」
 アウロスは銀剣を握る手に力を込めた。無意識のうちに乾いた笑みが浮かぶ。
(我侭……なのね)
 これだけ多くの人を巻き込んで、傷つけて、その罪に苦しんで恐ろしくて、それでも、アウロスは逃げずにここに立つことを選んだ。
 しかし、レザムにとって、この選択は『我侭』の一言で終わらせられるのだ。
 今も感じる心の痛みさえも。
 ゆっくりとアウロスの顔から笑みが消える。
(平気。私は、戦える……)
 何のために戦うか、知っている。
(だから)
 翡翠の瞳に徐々に宿っていく輝きに、レザムは柳眉をひそめた。
(大丈夫)
 何も考えなければいい。
 必要なのは、どうすれば『目的』を果たせるか、ただ、それだけ。
「アウラ?」
 レザムの声が不思議と遠かった。


 簡単ナコトダ。

(レザムに私を傷つけることはできない)

 デモ、私ハ、デキル。

 その碧緑の瞳に永遠の幕を下ろし、刻む命の音を消し、熱を奪う。
 やり方も、知っている。

(その声が迷わせるなら)

 聞カナケレバイイ。


 冷ややかにアウロスは嗤った。
 その笑みの向ける先が誰なのか、自問するのもバカバカしかった。
 音もなく、銀剣が中空を凪ぐ。
 その軌跡にレザムは一瞬視線を奪われた。
「!」
 直後、鋭い一閃が視界を過ぎり、レザムは咄嗟に退く。
 懐深く斬り込んだアウロスはそのまま間合いを詰め、連続して襲いかかった。
 しかし、間断ない攻撃をレザムは後方に飛び下がるようにして回避する。
 アウロスの翡翠の瞳が剣呑に輝く。同時に、繰り出される攻撃の速さが増した。
「ッ!」
 一瞬、レザムが態勢を崩す。
 その隙を狙って、アウロスは銀剣を振り下ろした。
 だが、次の瞬間、甲高い硬質の金属音と柄を握る手に痺れが走る。
「!!」
 その正体を見極めるより早く、アウロスは銀剣を退いた。
 レザムの手に握られていたのは一振りの長剣。
 ギリウムが持っていた、アウロスの銀剣と同じ遺物。
 動揺を一欠けらも見せず、アウロスは無表情なまま剣を構え直した。
「……もう、止めるんだ」
 やんわりとレザムは微笑みながら続けた。
「確かに僕にはお前を傷つけることはできない。そして、仮にお前が僕を殺せるとしよう」
 そこでレザムはくすりと笑って軽く肩を竦めた。
「それが真実かどうかは訊かないであげるよ」
 そして、レザムは笑みを消す。
「だけど、お前の力では僕を殺せない。分かっているだろう?」
 アウロスは心の中だけで頷いた。
 レザムとの力の差は銀剣で補えた。しかし、それは精石を持っていない状況でのこと。
 だが、今、レザムの手には魔力を増幅する力を宿した剣がある。それによって、アウロスの力ではレザムを倒すことは不可能になったのだ。
 だが。
(大丈夫)

 彼モ生キテイル人間ダ。

(戦っている間は誰も死なない)

 ヤリ方ハ一ツデハナイ。

 ほんの一瞬、アウロスは瞳を閉じる。そして、開いた瞬間、銀色の髪が靡く。
 交差する刃。
 競り合いは一瞬、しかし、離れるのも一瞬。
 下方からの攻撃を受け止め、レザムは左に身を捻るようにして移す。しかし、アウロスは吸い付くように、それを追い、刃を切り返した。
 翡翠の眼差しと碧緑の眼差しは結び合ったまま、途切れる気配はなかった。
 まるで何処から攻撃が分かっているかのように防御し続けるレザムに、アウロスは内心舌打ちした。
 アウロスの戦い方の基本を教えてくれたのは誰だったか。
 敏捷性と魔法を効率良く使えと諭してくれたのは目の前にいる青年だ。
 すべて読み切られている。
 それでもアウロスが優勢のように見えるのはレザムが全く反撃しないためだった。
 レザムは自らの言葉通り、アウロスを傷つけず、彼女が諦めるのを待っていた。
 そして、アウロスは『時』が来るのを待っていた。
 レザムが無防備になる一瞬の隙を。
 アウロスは知っていた、否、信じていた――隙ができることを、隙を作る者たちのことを。
 突如、二つの咆哮が空気を震わす。
「!」
 同時に、レザムの顔がかすかに歪んだ。
 背後に凝っていた魔力の塊が消失する。
(使い魔が消えた)
 ふっとかすかな笑みがアウロスの顔に過ぎった。
 どれほど強力な使い魔でも、一度戦い、その特性は分かっている。多少の時間がかかってもラトルたちに倒せない相手ではない。
「アウロス!」
 その声を待ち構えていたかのようにアウロスが素早く一歩退く。
 その直後、怒号と共にガントとジェリス、そしてユートがレザムに斬りかかった。
「!」
 三人の攻撃を巧みに回避し、時には防ぐがレザムは徐々に追い詰められていく。
 ガントの重い一撃と、俊敏性を生かしたジェリスの連撃、そして死角を突いてくるユートの攻撃。三人の激しい攻めはレザムに反撃する暇を与えない。
 だが、次の瞬間、劣勢のはずのレザムは薄く笑った。
「残念だけど」
 碧緑の瞳に剣呑な輝きが閃く。
「君たちは邪魔だよ」
 その瞬間、レザムの足元から巻き起こった魔力の旋風が三人を切り裂く。
 三人は咄嗟に急所を庇い、致命傷を避けようとするが、その勢いまで殺し切れず、弾き飛ばされた。
 その動きを追い、レザムが反撃を繰り出そうと動いた瞬間。
「!?」
 レザムの秀麗な顔がわずかに歪んだ。
 素早く視線を巡らすと、ひたすら呪文を唱えている従弟と女魔道士の姿が視界に入る。
「行動制御の魔法……!」
 呟くと同時に、レザムは風を切るような音に気づいて顔を上げた。ほぼ同時に、銀色の煌きが視界に飛び込んでくる。
 弾かれた三人の影から現れたアウロスは迷うことなく銀剣を振り上げた。

 必要ナノハ一瞬ノ隙。

(私は)

 作ルノハ私デハナクトモ良イ。

(何も考えるな)

 ただ、与えられる機会を逃さず、確実に仕留めるだけ。
(その後のことなんて)

 考エナクテ、イイ。

「アウラ!」
 一瞬、交わる視線。
 手に握る力が加わり、重みを増して刃が落ちていく。
 一瞬にも満たない時間。
 その短い、時間とすら呼べない、その瞬間、レザムの体から力が抜け、儚い笑みが浮かんだ。
 その笑みをアウロスの翡翠の瞳が捉える。
 そして。


「――――ッ!!」