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唐突に、光が消失する。 しかし、衝撃波は消えず、一瞬気を抜いたアウロスの手から銀剣が弾け飛ぶ。 「!?」 手の痺れを抑えながら、視線を巡らしたアウロスが目にしたのは汗を額に滲ませ、赤く明滅する聖石を抑えようとしているレザムだった。 しかし、一度解放された破壊の力はそう容易く抑えられるものではなかった。 レザムの制御を受けて尚、荒れ狂う衝撃が壁を走り、天井を貫く。 「ッ!」 赤い閃光がアウロスの真横を走り抜けた。 「アウラ……ッ!」 焦りを帯びた声で少女の安否を気遣い、レザムは唇を噛み締める。 「聖石よ、契約者である我に従え!!」 鋭い命令に、聖石から赤い光が失われる。 そして、室内を支配したのは重苦しい沈黙と二つの荒い呼吸。 激しい衝撃に耐え切れなかったのだろう。ぱらぱらと天井から礫が次々と落ちてくる。 その中、レザムとアウロスは無言で見つめ合った。 まっすぐに挑むように見つめてくる翡翠の眼差しに、レザムはかすかに表情を緩めた。 その反応に、アウロスが息を呑んだ瞬間。 「アウロス!」 危機を知らせる叫びと共に、アウロスの体が後方に引き倒される。 「!?」 咄嗟のことに抗うこともできず、アウロスはラトルと一緒に床に伏せることになる。 直後、天井が崩れ落ち、大きな瓦礫がアウロスの立っていた場所を直撃した。 瓦礫がアウロスの視界からレザムの姿を一瞬消す。 「!」 (レザム) 安堵の息を吐き、アウロスを助け起こしながら、ラトルは素早く周囲を見回した。 崩壊は止まるどころか、激しさを増していた。 壁に次々とひびが入り、柱が折れて倒れていく。 (これは) 「ラトル様!」 駆け寄ろうとするジェリスに、ラトルは鋭く叫んだ。 「ここから撤退する!」 この地下の空間が崩れては生き埋めになる可能性が高い。 第一に今の状況ではレザムを倒せない。一度、態勢を立て直す必要がある。 短い言葉で察したジェリスが素早く頷いて踵を返した。 「アウロス!」 強い響きに惹かれて、レザムに視線を留めていたアウロスは迷いもなく差し出された手に視線を移す。そして、当たり前のように自らの手を重ねた。 「アウラ!!」 レザムの声は崩壊の音に紛れて、尚、アウロスの耳に届いた。 一瞬、震えて硬直するアウロスをラトルは支えるように肩を抱いて走り出した。 走り出したラトルたちの後を追うように、瓦礫が落ちていく。 細かい破片を被りつつ、ラトルたちは階段を駆け上がる。 「ラトル、こっちだ!」 わずかに先行していたガントが瓦礫の少ない、まだ通行できる道を選んで叫んだ。 「ちょっと、そっちが出口なんでしょうね!?」 最後が行き止まりでは冗談ではないと訴えるシエネに、ガントは無責任な答えを返した。 「俺が知るかよ!」 「ガント!?」 怒るシエネとガントの様子に、疲れ切った顔でジェリスが呟く。 「二人とも、元気ですねぇ……」 ガントは満身創痍で出血も多い。何ヶ所か骨も折っているはずだ。 シエネは傷こそ大きなものはないが、限界近くまで魔力を消費したせいで顔色が悪く、今にも倒れそうな様子だ。 「……あぁやって、気力を奮い立たせているのだろう」 ジェリスに告げるユートの顔はいつも以上に厳しい。 「まあ、二人らしいね」 ラトルは緊張して強張った表情をわずかに緩め、苦笑する。 「道は」 ふと間近で聞こえた小さな声に、ラトルは視線を落とす。 「道は、大丈夫よ。出口に続いている……」 アウロスは胸元を抑え、浅い呼吸を繰り返しながら呟いた。 「アウロス……」 疲弊した体で走るのが辛いのかと気遣わしげに眉をひそめるラトルに、アウロスはかすかに笑いかけた。 「私なら、平気だから――」 そう答えつつ、アウロスは内心焦っていた。 この苦しみは疲労や走っているせいではない。一度退けたレザムの魔力が力を取り戻し、アウロスの心を侵食しようとしているのだ。 頭が割れるように痛い。 頭のずっと奥で何かを締めつけられているような感覚があった。 痛みを堪えながら、アウロスは銀剣を手放したことを悔やんだ。 元々、レザムとアウロスの魔力には歴然とした差がある。それを銀剣の能力で増幅して、互角にまで高めていたのだ。 しかし、術者であるレザムから離れつつあるため、今はどうにか対抗できている。 (このままなら、逃げ切れる――?) そう思った、その瞬間。 「……」 アウロスは唇を噛み締め、不意に力尽きたように座り込む。 「アウロス!?」 慌てて、ラトルは足を止め、アウロスを支えようと手を伸ばした。 その瞬間、アウロスが顔を上げた。 「ラトル、私、間違ってないわよね?」 「!?」 突然の問いに、ラトルは驚いて固まる。 「誰にも、どんな理由があっても、未来を勝手に奪ったり、決めたりする権利なんてないわよね?」 「アウロス……?」 翡翠の瞳から涙が零れ落ちる。 誰も知らない未来。 それが何を齎すのか、多くの人々が夢を見て、恐れて、それでも明日が来ることを信じて疑っていない。 悪夢しか想像できなくても、絶望しか齎さない未来しか考えられなくても。 (それでも、私は未来を望んでいる――) 途切れることなど思いもしない。 ただ、願うのは、悪夢が現実とならないように。 叶わぬ夢だと知っていても諦めず足掻くように。 考えるだけで涙が零れた。 アウロスは唇を噛み締め、震える声で問いを重ねた。 「たとえ、それが『契約者』でも、違うわよね?」 『円の世界』を支える『契約者』。 その存在そのものが世界にとって必要不可欠だからといって、世界の未来を決めていい理由になることなど。 アウロスの声にならない問いに、ラトルは、束の間、言葉を失うが、やがて毅然とした表情で力強く頷いた。 「ああ」 まっすぐにラトルは濡れた翡翠の双眸を見据える。 「どんな未来が来るか、誰にも分からない。だけど、だからこそ、望む価値がある。彼が望むものは『未来』じゃない。ただの歪んだ虚像だ」 はっきりと断言され、アウロスは一瞬息を止める。 そして。 「良かった」 アウロスは心の底から笑った。 それはラトルが初めて見るアウロスの微笑みだった。 かすかな儚い笑みでも、自嘲の笑みでもなく、ただ純粋に心が感じるままに浮かんだ、綺麗な笑顔。 「これで、私は迷わなくていい」 アウロスの微笑みに見惚れていたラトルは、その瞬間、違和感を覚えた。否、違和感というより、ざわりと背筋が震えるような予感だ。 咄嗟にラトルはアウロスの腕を掴んでいた。 「アウ」 ロス。 ラトルの声が奪われる。 驚愕のあまり、硬直したラトルからそっと手を外し、アウロスは静かに微笑んだ。 「ありがとう、ラトル」 ゆっくりとラトルの双眸が見開かれる。そして、強張った唇が動こうとした、瞬間。 「!」 どこにそんな力が残っていたのか、アウロスはラトルを勢いよく突き放した。 「ラトルは生きて――」 囁くような響きがラトルの心臓を貫き、離れる細い腕を追っていた手が止まる。 一瞬。 たった一瞬の驚きがすべてを終わらせた。 瓦解した天井の巨大な破片がラトルとアウロスの間に落ちる。 「……アウロス……ッ!!」 搾り出した自身の叫びに、ラトルは我に返った。そして、何が起こったのか一気に理解した。 たった数秒前まで立っていた少女の姿がない。 代わりに現れたのは廊下を塞ぐ瓦礫。 最初に落ちた瓦礫の上に次々と瓦礫が落ちて積み重なっていく光景にラトルは血の気が引くのを感じた。 「アウロス!!」 無意識のうちにラトルは瓦礫の山に近づき、拳を叩きつけていた。 「ラトル様!?」 驚愕したジェリスの声もラトルの耳に入らない。 「何をしているんです、ラトル様ッ!」 落ちてくる破片を裂け、地震のように揺れる床に踏み止まり、ジェリスは問いを放った。 しかし、ラトルは口早に呪文を唱え出す。 それが爆砕の攻撃魔法だと気づいたシエネが顔色を変えて叫んだ。 「ラトル、ダメよ!!」 「!」 ラトルは唇を噛み締め、呪文を中断する。シエネの言いたいことはラトルにも分かっていた。 瓦礫に中途半端な攻撃をしても余計に崩れて危険が増すだけで、取り除くことはできない。やるなら、一度に粉砕するか消滅させるだけの威力がある魔法だ。 だが、今のラトルにはそれだけの魔法を紡ぐ魔力が残されていない。 「ラトル!」 落ちてくる細かい礫から視界を庇いながら、ガントはラトルの側に駆け寄った。 「何、グズグズしてんだよ!?」 「この向こうにアウロスがいるんだ!」 瓦礫が落ちてくる瞬間、ラトルを突き飛ばすと同時にアウロスもその場から背後に退いていた。 それはアウロス自身の意思。 今、ラトルの側にいないということはアウロスが選んだこと。 「な!?」 慌ててガントは瓦礫の山に視線をやった。だが、すでに取り除ける段階ではない。 短く舌打ちすると、いつになく険しい表情でガントは叫んだ。 「ラトル、とにかく今は逃げるぞ!」 「ガント!?」 驚いて、ラトルはガントを見やった。 「何を言って、アウロスを助けなければ――!!」 「アウロスなら大丈夫だッ!」 「どこにそんな根拠が」 ある!? そう問い詰めようとラトルが叫ぶのを制するように、シエネの声が割り込む。 「あの子は私たちより内部に詳しいわ。生き延びられる確率は高い」 感情を殺ぎ落とした冷静な声に、ラトルは反論の言葉を失う。一瞬、視線を瓦礫へ向け、唇を噛み締める。そして、何かを耐えるように双眸を閉じた。 「…………やっぱり、ダメだ!!」 「ラトル!?」 ガントの驚愕の声を聞きながら、ラトルは食い入るような眼差しで瓦礫の隙間を探した。 瓦礫が落ちる瞬間、脳裏に焼きついたアウロスの表情。 柔らかな、すべてを受け入れたような、言葉にできない表情だった。 諦観によるものではない。何故なら、翡翠の瞳はその時も強い意志の光に輝いていた。 何かを成し遂げようとする意志の証。 (何を? 何をしようというんだ、今から!?) 自問を繰り返しながら、ラトルは強烈な焦りに襲われていた。 しかし、崩壊は更に進んでいく。 積み重なっていく瓦礫が自らの重さに耐えかね、崩れ落ちて来る。 咄嗟に破片を避け、それでもラトルは諦めず、瓦礫に向かった。 「ラトル、止せ! 止めろッ!」 間もなく、この場所も瓦礫に埋め尽くされるだろう。ここで時間を費やしている状況ではなかった。 ガントはラトルの腕を掴み、瓦礫から引き離そうとする。 「ガント、邪魔をするな!!」 次の瞬間、ラトルは鳩尾に感じる重い衝撃に言葉を失い、双眸を瞠った。 「!?」 「お前が死んだら意味がないんだろうが……ッ」 搾り出したような低い声がラトルの耳に届くと同時に彼の体が傾く。 「ガント!」 崩れ折れて意識を失うラトルの体を支え、ガントは無表情に答えた。 「行くぞ」 「しかしッ」 言葉を探して言い澱むジェリスの脇を通り、ガントは淡々と言った。 「分かってんだよ、本当はコイツも。だから、隙なんか作りやがる」 皮肉めいた笑みを口元に浮かべ、ガントはラトルを引き摺るようにして進み始める。 シエネはそれを助けようとガントの反対側に立って、ラトルを支えた。そして、前を見据えたまま口を開く。 「……らしくないことするじゃない」 「俺もそう思う」 言葉少なく答え、ガントは自嘲の笑みを浮かべた。 「ホント、らしくないわよ、今のアンタ」 そして、シエネは小さな声で呟く。 「……ホント、男ってバカなんだから」 その呟きは崩壊する音に呑み込まれ、誰の耳にも届くことはなかった。 |