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第五章 〜光の真影 上〜


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「抵抗軍が勝ったか……」
 急に慌しくなった城の様子に、彼は小さく呟いて、安堵の笑みを零した。
 不意に部屋の扉が開く。
「レザム殿下」
 扉の向こうから現れたのは黒衣に白い仮面の男たちだった。
「皇帝陛下がお呼びです」
 レザムは静かに微笑を浮かべた。
「残念だけど、従えないよ」
 男たちは無言でレザムを取り囲む。そして、一人が仮面の奥から無機質な声音で告げた。
「皇帝陛下の命は絶対」
 その言葉にレザムは碧緑の双眸を細めた。
「……無駄だから止めろと言っても退きはしないのだろうね」
 レザムから哀れみの眼差しを注がれても男たちは動じなかった。
 徐々に緊張が高まっていく。
 さわさわと微風が庭の枝を揺らし、雲の影がゆっくりと移動していった。
 一瞬、風が止まる。
「凝れる火焔よ、滅びの一矢となれ!」
 呪文の多重奏。
 避けようのない多方向からの魔法攻撃。
 結界を構築する時間もない。
 しかし、レザムは一瞬瞳を伏せただけだった。
「!!」
 男たちが放った苛烈な炎は迷うことなくレザムに直撃した。……ように、見えた。
 炎はまるで幻だったかのように一瞬で消滅していた。
「何……?」
 その呟きに、レザムはわずかに乱れた裾を軽く払い整えながら静かに微笑んだ。
「だから、無駄だと言ったんだよ。お前たちのような者が来ると分かっていて、僕が何もしないで待っているはずがないだろう?」
 その言葉に男たちは部屋の中心に立つレザムを核として魔法陣が描かれているのに気づいた。
 柔らかな、窘めるような口調で、レザムは言葉を続けた。
「僕はそんなに無力に見えるのかな?」
 困ったねと場違いな微笑みを浮かべながら、レザムはゆっくりと魔法を構築していく。
「――幽玄なる人の夢、其は儚きものと知れ」
 呪文であるはずの言葉がまるで詩の一文のようだった。
 何の気負いもなく、魔法が静かに完成する。
 次の瞬間、仮面の男たちは声もなく倒れた。
「殿下、ご無事ですか?」
 不意に慌しい足音を立てながら、武官と共に臣下が駆け込んでくる。
「あぁ、僕は無事だよ」
 厳しい顔つきで現れた臣下に、レザムは穏やかに微笑みかけた。
 それを見て、臣下は安堵の息を吐き、次いでレザムの周囲に倒れている男たちを見て、再び顔色を変える。
「この者たちは!?」
「あぁ、父上が寄越した者たちだ」
「!?」
「父上はまだ僕に駒としての価値を見たらしいね」
 それはあながち間違っていない。
(僕の身柄を確保していれば、確かにあの子の動きは制限できる)
 だが、それは彼が無抵抗に捕われた場合だ。
「殿下――」
 気遣いの声音に、レザムは我に返った。
「ああ、大丈夫だ。今更、駒と扱われたところで気に病むことはないよ」
 親子と言っても血の繋がりがあるだけの関係だ。
(父上、貴方の築いたものを息子である僕が滅ぼしましょう)
 そして、レザムは表情を改めた。
「状況は?」
 穏やかながらも鋭さを帯びた問いに、臣下も我に返る。
「は、首都の要所では同志が一斉発起致しました」
「計画通りか」
「はい」
 ディザン将軍参入による抵抗軍の戦力増加。
 それに応じて、総力を傾けた結果、首都の戦力は格段に激減した。
 そして、それに乗じ、レザムたちは叛乱を起こした。
「我らが優勢であることには変わりませんが、少々問題が」
 レザムと臣下は部屋を出て、足早に歩き出す。
「問題?」
「はい、皇帝を取り逃がしました」
 レザムはわずかに柳眉をひそめた。
「父上を?」
「は……、申し訳ございません」
 詫びる臣下に、レザムは軽くかぶりを振った。
「いや、お前たちのせいではない。父上と正面から戦えば、いくら数で勝ろうと敵いはしない」
 契約者であるギリウムの魔力は強大だ。どれほど策を弄しようと無意味な強さを誇っている。
「僕が出向くより先に城を去ったとすると、困ったね。彼らの誘いに乗っておくべきだったかな」
 血によって受け継がれる魔力。
 『契約者』であるギリウムに対抗できる魔力を持っている可能性があるのは同じ『契約者』だけだ。
「いえ、それは」
 レザムの呟きに、臣下は慌てて言葉を挟んだ。
「殿下の身に万が一のことが起きれば一大事です。皇帝の行方は現在調査中ですし、分かり次第、抵抗軍やディザン将軍とも連絡を取る手筈になっています」
「そうか」
 小さく呟いて、レザムは軽く双眸を伏せた瞬間だった。
「ご報告申し上げます!」
 兵士の一人がレザムたちの許へ駆け寄り、跪く。
「何事だ?」
「皇帝の行方の確認が取れました」
「何、どこだ?」
 臣下の問いに、兵士はすぐに答えた。
「名も無き神殿でございます」
 思いがけない地名に、レザムの表情が翳る。
「名も無き神殿……」
「殿下」
 焦りを帯びた臣下の呼びかけに、レザムは頷いた。
「あぁ、分かっている」
 名も無き神殿には巨大な精石がある――契約者を選ばない『遺物』とさえ呼べるものが。
 そして、城には他の三国の名も無き神殿より入手した精石があったはずだ。
「――他の精石は?」
 臣下は強張り、硬い声で答えた。
「申し訳ありません。すでに持ち去られていた後でした……!」
「――いや、父上の方が一枚上手だったということだけだよ」
 深く悔いる臣下にレザムは慰めるように声をかけた。
(城を捨てたのはこちらの気を逸らすためだったということか)
 そして、レザムは表情を引き締める。
「ディザン将軍に急使を出せ」
「は、直ちに!」
 レザムの命に首肯して、臣下が動こうとした瞬間だった。
「レザム様!!」
 女の鋭い叫びが届くと同時に、レザムは背後に衝撃を感じた。
「!?」
「殿下!」
「うぐ……ッ!」
 レザムは首を巡らし、背後にしがみついている女性を見下ろした。そして、同時に、血を滴らせる剣を持った兵士が視界に入った。
 兵士が剣を振り上げる。
「緑映える鎖よ、戒めの兆しと成せ!」
 咄嗟に魔法を放ち、兵士の身動きを奪って、レザムは相手が皇帝の居場所を報告した兵士だということに気づいた。
「で、殿下――」
 寄りかかるように崩れる女性をレザムは支えた。
 見覚えのある女性だった。
(この者は――)
 何度か呼んだことのある音楽家の女性だった。
 彼女の背には大きな傷が走り、鮮血が溢れていた。しかし、彼女は顔を苦痛で歪めながら、レザムを見上げた。
「ご、ご無事ですか……?」
「――僕は無事だ」
「良かった……」
 安堵の笑みを浮かべて、女性は呆気なく息を引き取った。
「殿下、これは一体――?」
 先ほどまで味方だった兵士の突然の裏切りに、臣下は動揺しながら問い掛けた。
 レザムは無言で女性を床に横たえて、立ち上がった。
「……父上の『刺客』だ」
「な!?」
 レザムはかすかに笑った。
「置き土産といったところか」
(……時間稼ぎが狙いか)
 城からの脱出が知れれば、すぐに追手が回ることは分かっていることだ。だが、それはレザムたちの制圧がある程度完了し、統制が取れた時点で起こせる手だ。
「殿下」
「すぐに状況を再確認して、他に『刺客』の襲撃を受けているところがないか明らかにしよう。非戦闘員と思って、油断していると逆に大きな痛手を受けることになる」
「――味方を疑っている場合ではないというのに!」
 忌々しげに臣下は呟き、思わず皇帝を罵った。
 それを聞き流しながら、レザムは自分の命を狙った兵士を見つめた。
 緑色の蔓に戒められ、自由を封じられた兵士はわずかに痙攣していた。いまだ、振り上げた剣を下ろそうとしているのだ。
(父上らしい……)
 ギリウムにとって、『刺客』は使い捨ての武器だ。
 確かにレザムたちは痛手を受けるし、混乱もするだろうが、それは一時的なこと。時間が経てば、形勢は逆転する。しかし、その混乱から立ち直る短時間がギリウムにとって望むものなのだ。
「……間に合うか、ギリギリのところか」
 レザムの呟きを耳にし、臣下の顔色が変わった。
「殿下」
「分かっている。早急に手を打とう」