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第五章 〜光の真影 中〜


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――不可視の帳よ、我が声を聞け。
  その幽明たる果てに我は灯火を見出さん。
  時の境を破り、空の戒めを解き
  解放の翼は、今、羽ばたきの時を迎えるなり。


 夜明け間近の澄んだ空気に朗々と呪文が響き渡る。そして、澄んだ声に応え、魔法陣が輝きを宿し始めた。


――大地の楔は引き抜かれ、天空の檻は崩壊せよ。
  我が座は光宿る徴にこそ在り。


 アウロスの唇から一つの言葉が紡がれるたび、それを通じて導かれる魔力によって、その銀色の髪が大きく舞い上がる。


――我が意を遍く伝えよ。


 アウロスの呪文にシエネとラトルの唱和が重なった。
 それと同時に、魔法陣は光の強さを増し、魔法陣に点在する『要』から光の柱を屹立する。


――我が言葉は聖なる誓言なり。
  其は永劫なる理を今一時我が意の許忘却せよ。


 いつの間にか魔法陣全体が光を放ち、蒼白い光の柱と化していた。


――忘却せよ。


 水平に掲げられたアウロスの銀剣が蒼い輝きを纏い、不自然な風を生み起こす。それに呼応して、ラトルとシエネの足元からも風が起こった。

――我は行かん、鮮鋭なる汝が許へ!!


 その瞬間、魔法陣の中に立っていたアウロスたちの姿は光に呑み込まれ、包まれた。
 魔法陣内を満たし、屹立した光の柱は徐々に縮小していく。そして、光が完全に消滅した時、魔法陣の中には誰もいなかった。


 突如、ダムロードの名も泣き神殿の床に光の魔法陣が描き出される。次の瞬間、魔法陣は激しい光を放ち、現れた時と同様瞬く間に消滅した。
 そして、その場に残されたのは魔法陣の光をその身に纏ったアウロスたちだった。
 不意にアウロスが胸元を抑えて、膝を着く。
「アウロス!」
 慌ててラトルが駆け寄った。しかし、彼自身も眉間に皺を寄せ、額に汗が浮いていた。
「いっ……た〜ッ!!」
 頭を押さえ、シエネが唸るように呟いた。
「何よ、何なのよ!? 結界を張ってるなんて、あぁ、もう!」
 名も無き神殿の周囲には強固な結界が張られていた。通常なら、魔法攻撃はもちろん転移魔法さえ封じる結界をアウロスたちは無理やり突き破ったのだ。
 だが、その代償として身体に強い衝撃を齎し、影響を及ぼしていた。特に魔法の中核だったアウロスには大きな負担がかかっていたのか白い容貌は歪み、硬く噛み締められた唇からは小さな呻きを零れていた。
 心配そうに跪いて見つめてくるラトルに、アウロスはかすかに微笑む。
「大丈夫……ちょっと驚いただけだから」
 そう言って、アウロスは深呼吸をした。そして、表情を改めると、立ち上がる。
「アウロス」
 ラトルの蒼い双眸を見つめ返し、アウロスはにこりと笑った。
「ラトルの方こそ大丈夫?」
「あぁ、私はもう直った」
 その返答に一つ頷いて、アウロスは次にシエネを見やった。
「シエネ、貴方は?」
 すると、シエネはひらひらと手を振って、軽い笑みを浮かべた。
「ま、どうにかね。平気よ、このくらい」
 その瞬間、その後ろでガントがぽつりと呟く。
「さっきまでわめいていたくせに」
「ガント!」
 慌ててジェリスが呼びかけるが、すでにシエネの耳に届いていた。
 ゆっくりと振り返り、シエネは強張った笑みを張り付かせながらガントを睨みつけた。
「何か、言った?」
「……いえ、何も」
 シエネは鼻を鳴らして、腕を組み、顔を背ける。
「そんなことより、ここがダムロードの名も無き神殿なの?」
 周囲を見回し、シエネはアウロスに確かめた。
 シエネが怪しむのも無理はない。ダムロードの名も無き神殿はナファームの神殿とは趣を違えていた。
 西の地の神殿は単純な構造だったが、ダムロードのそれは神殿というより城の造りに似通っていた。
「ええ、ここがダムロードの名も無き神殿よ。ただ、ダムロードの初代国王が退位後その死までここで生涯を過ごしていたそうだから――」
「それにしたって変じゃないですか? 他の神殿は街中にあったのに、何故この神殿だけ単独の、こんな僻地にあるとは――」
 ジェリスの疑問も当然のものだった。
 名も姿も無い神に祈りを捧げる場所。
 それが名も無き神殿の意義であるはずなのに、ダムロードの名も無き神殿は孤立していた。周囲に街もなく、交通の便も良いとは言い難い。これでは訪れる者も少なかったに違いない。
 ジェリスの疑問にアウロスは軽く肩を竦め、かぶりを振った。
 始まりの契約者たちが何を考えて、名も無き神殿を建てたのか、その理由さえ推測の域を出ないのだ。この場所を選んだ理由など分かるはずがない。
 そして、アウロスは説明を続けた。
「この神殿には祈る場所が二ヶ所あるわ。一つは一般用、つまり、今、私たちがいるここよ。もう一つは王族――皇族専用の場所。おそらく、そこに皇帝はいるはず――」
「何故、そう言い切れる?」
 アウロスは心持ち視線を伏せる。
「――その場所が地下にあるからよ」
 その瞬間、ラトルたちは息を呑んだ。
 ナファームの名も無き神殿の地下には精石が奉られていた。
 その事実が彼らの脳裏に蘇る。
「ってことは何か? やっぱ、そこにある訳だ?」
 始まりの契約者たちが遺したと考えられる、巨大な精石。
 アウロスは静かに視線を上げた。
「それと思う物は見たことはないけれど、可能性は高いわ」


――ここは特別な場所だから。


 そう穏やかに『彼』は微笑んでいた。
 ほんの一瞬、アウロスは何かに耐えるような表情をするが、次の瞬間、それを振り切るかのように表情を改めた。
「さあ、行きましょう。結界に侵入したことはすでに術者たる皇帝は気づいているわ」
 その言葉にディザンは首肯した。
「うむ、皇帝は少数とはいえ精鋭を率いている。すでに我々の許に向かっているはずだ」
「うげ」
 蛙が潰れたような声を洩らし、ガントは顔を顰めた。
「それってヤバイんじゃ」
 その呟きに、ジェリスがすぐに答えた。
「だから、こっちも迅速に動く必要があるんですよ!」
 そして、ラトルたちは頷き合うと、アウロスを先導に駆け出した。
 長い緩やかな下りの廊下を走り抜け、幾つかの部屋を通り抜ける。
 唐突にアウロスの足が大きな扉の前で止まった。
「……アウロス、ここか?」
 アウロスは少し乱れた息を整えながら頷いた。
「えぇ」
 深呼吸を一つして、肩から零れた髪を払い除け、アウロスは扉を見上げた。
(いる)
 この扉の向こうに。
 無意識のうちにアウロスは唇を噛み締めた。
 見下す眼差ししか覚えがない。
 その声は常に命ずる――その絶対的な『真実』を手に。


――殺してくるがいい、その身はそのために在る。


 立ち尽くすアウロスの横を通り、ラトルは静かに扉に触れた。
「開けるよ」
 一言告げて、ラトルは扉に触れた手に力を込めた。
 その様子をアウロスは不思議な思いで見つめた。
 何故、躊躇いもなく開けることができるのだろう。
 ラトルとて、皇帝に纏わる過去は決して軽くないはずだ。
(……会ったことないから?)
 即座に否定の声が心の底から上がった。
(違う。強い、からだ)
 アウロスは思わず潤みそうになった双眸を閉じた。
 この『強さ』が欲しかった。
 痛みを向き合う『強さ』が――。
 誰に傷つけられても前を向いていられる『強さ』。
 ずっと欲しくて欲しくてたまらない『強さ』を持っている、持ち続けていられるラトルが羨ましかった。
(だから、私は)
 胸が痛んだ。
 月を望んだ夜から刺さって抜けない『棘』。
 それを引き抜くには激しい『痛み』を伴うだろう。
 その瞬間、アウロスは恐怖に震えた。
(ダメだ、こんなことでは)
 自らを叱咤し、アウロスは銀剣の柄を握った。そして、開いていく扉の向こうに視線をやった。





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