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終章 〜蒼穹の銀〜





 足元が揺れた。
 そう感じた瞬間、ジェリスたちは反射的に足を止めていた。
「何だ!?」
 崩壊の音は変わらず続いている。だが、それとは別の何かを全員が感じ取っていた。
「今はとにかく逃げることを優先しましょう!」
 ジェリスの声は焦りを帯びていた。
 その言葉に頷き返そうと首を巡らせたシエネは一瞬にして蒼白になる。
「後ろ!!」
 悲鳴じみた叫びに咄嗟にガントたちは振り返る。
 大きく走った床のひびから、瓦礫の隙間から光が溢れようとしていた。
 静かに、しかし、確実に膨張し、瓦礫を包み込み、飲み込んでいく光を見るのは初めてだった。
 だが、ざわりと肌を震えさせる、恐れには覚えがあった。
 この感覚は二回目、否、正確には三回目だ。
 そして、ガントたちはその正体を知った。



 純粋な魔力の奔流。
 指向性のない、純然たる破壊を齎す圧倒的な――。
 光というカタチを与えられただけの、力。



「走れ!!」
 ユートが叫ぶのと全員が今まで以上の勢いで走り出したのは同時だった。
 だが、唐突に『道』は途切れる。
「嘘ッ!?」
 シエネは目の前の現実に愕然と立ち尽くした。
 折り重なるように崩れた柱の群れが行く手を阻んでいた。
「こっちだ!」
 侵食してくる光に、ガントは咄嗟に距離を取ろうと別の道を示す。
 もはや、どこに続いているのか考える暇はない。
 ただ、背後から膨れ上がる光に触れれば終わりだと全員が本能的に理解していた。
 今にも崩れそうな廊下の先に、夜が明けた外から差し込む光を視界に認めた瞬間、四人の顔に安堵の笑みが浮かんだ。
 しかし、外に出た瞬間、彼らの足は完全に止まった。
「……嘘、でしょ……?」
 感情が抜け落ちた声でシエネが呟く。
 目の前に広がっていたのは大地ではなく、海。
 広く取った場所は外で軽食でも摂る気で作られたのか、大きな露台だった。ちょうど、建物から突き出ているような形だ。
 逃げるうちに神殿領域から出て、住居領域に入っていたのだ。
「急いで、戻る……」
 焦って踵を返そうとしたジェリスは廊下の奥に輝くものを見つけ、硬直する。
 誰もが言葉を失った。
 だが、こんなところで終わる訳にはいかない。
「せめて、ラトル様だけでも脱出させてないと――!!」
 ジェリスの叫びに、シエネは強張った顔でかぶりを振った。
「ダメ。一人転移させるだけの魔力はないわ。それに――」
 唇を噛み締め、シエネは続けた。
「結界で包んで、ラトルを海に落としても無駄ね、きっと」
 光の膨張は止まる気配がない。
 近くの海では同じことだろう。そして、ほとんどない魔力で編み上げた結界がどれほど維持できるだろうか。
「だが、いざとなったらやるしかねぇ」
「ガント!?」
「仕方ないだろ、何があってもコイツは生きなきゃなんないんだ! 可能性があるなら、賭けるしかねぇ!!」
 次の瞬間だった。
 四人の背後にあった壁が光に飲み込まれる。
「しまっ……!」
 手間取りすぎた。
 光がその領域を広げ、四人の足元まで迫った瞬間。


 海から風が吹く。


 巻き上げるような、激しい風。


「こっちへッ!!」


 高く澄んだ少女の声に弾かれ、振り返った四人の視界に風を孕んだ帆が下から上へ流れる光景が入る。
 頭で理解するより体が動いていた。
 露台を蹴り上げ、一斉に跳躍する。
 そして、着地してからガントたちは何に向かって跳んだのか理解した。
 それは本来ここにあるはずないもの。
 北の地に眠っていた巨大な遺物――『帆船』。
 何故、ここにあるのか。
 しかし、それを疑問に思うより先にユートは鋭く命令を発していた。
「急速離脱!! 上昇しろッ!!」
 甲板にいた船員が復唱し、『帆船』は軋むような音を立てて上昇する。
 『帆船』は安定を欠き、やや傾きながらも、名も無き神殿から離脱を始めた。
 どうにか態勢を保ちながら、ガントたちは安堵の息を零した。そして、眼下に収まった神殿を見ようとした。
 神殿は今や半球状に広がった光に飲み込まれていた。
 息を呑んで見守るうちに、ガントは支えていたラトルが意識を取り戻したことに気づかなかった。


「……?」


 ずるりとわずかに滑り落ち、ラトルは柳眉をひそめた。
 鳩尾が痛い。だが、それよりも息苦しい。
 緩々と顔を上げると、そこには強張った表情の仲間たちが一心に何かを見つめていた。
 その瞬間、覚えた違和感にラトルは正気に返る。
 何より大切な、銀髪の少女の姿がない。
 そう認識すると同時に、ラトルはその理由まで思い出した。
 次の瞬間、ぎりりと強く唇を噛み締め、ラトルはガントから離れて自らの足で立ち上がる。
「ラトル!?」
 その動きでガントはようやくラトルの覚醒に気づいた。
 ラトルはガントの呼びかけに答えず、彼らが見ていたものを視界に収めた。
「ッ!!」
 そこに名も無き神殿はなかった。
 存在したのは巨大な光の塊。
 そして、光は突如消失する。
 残されたのは綺麗に刳り抜かれた世界。
 光の半球があった場所だけ何も無くなっていた。わずかな時間を置いて、その空白を埋めるように海が流れ込んでいく。
 高低差のせいで及ばない大地だけが異常さを残した。
 だが、ラトルはその異様な光景より消えてしまった光に硬直していた。
 銀色の、わずかに蒼さを帯びた白くも見える銀色の光が、ラトルの心を凍りつかせていた。
 全身を震わせ、ラトルは双眸を見開き、ゆっくりと手を上げた。ぎこちない動きで額に手を当て、髪を掻き上げる。そして、何か言葉を発そうと口を開いた瞬間、風を斬るような鋭い音が聞こえた。
「――」
 ラトルは緩慢な動きで視線を上げた直後。


 雲一つない蒼穹の空から、一筋の銀が降った。


 そして、それは軽い音と共に甲板に突き刺さった。
 きらりと陽光を弾く、細い優美な凶器。
 それは一人の少女の姿を重なり。
 深く食い込んだ十字の姿はまるで。


「――――――ッ!!」


 言葉にならない絶叫が空を貫いた。










 皇帝ギリウムが率いるダムロード皇国の崩壊から約三年後、 残された唯一の『契約者』である青年が玉座に即位した。
 後に『契約王』と称される彼の許では苦難を共にした仲間が常に従っていた。
 しかし、『魔道将軍』の姿はなかったという――。






第二部へ続く






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