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| <*11*> 「新しい年へ…」 |
<*11*>「新しい年へ…」 昭彦の部屋のドアをノックして、子猫が入ってくる。 冬休みでもいつもの制服と学校指定のコートを着ている。子猫の高校ではお正月の三が日を除いて三年生の特別補習が平日の授業のようにあるのだ。 それで、勉強の遅れている子猫も学校に来るように言われていた。 「お帰り。寒かっただろ?」 「ただいまぁ。…超寒いー…」 子猫はクンクンと鼻をひくつかせ、 「あっ、シチュー?」 と嬉しそうな顔をする。 「マカロニも茹でてあるから、グラタンにしてやってもいいと思ってね。でなかったらマカロニはサラダにしよう。」 「グラタン好きー!」 「はいはい。じゃあグラタンにしよう。」 「うん。」 「グラタン皿にバター塗るのを手伝って貰うかな。・・着替えておいで。」 「はーい。」 子猫は襖で仕切られたもう一つの部屋へ入っていくと、制服から私服へと着替えた。 平日のように学校へ行っていたが、これまで放課後にあった補習がなくなった分、帰りの時間が早くなっていたので、子猫が夕食の支度を手伝うようになっていた。 しかも、夜遅くまでいることが多いので、私服に着替えていた方が楽だった。アパートで着る服は昭彦が買ってくれていた。 一緒に買い物に行って、あれこれと選んでくれるのだが、どれもフリフリのレースやリボンのついた可愛い服ばかりだった。 特に、下着まで選んでくれるのが、嬉しいけれど恥ずかしくてたまらなかった。なにしろ昭彦の選ぶ下着は、何の補正効果もない、ただそこにつけているだけの超可愛いシリーズばかりで、とても外ではつけていられないようなものばかりだったのだ。 結局何もなかった聖夜だったが、あれ以来、昭彦は完全に子猫を私物化しているようだった。 寝ている間に何かあった? と、子猫が首を傾げるほどに、昭彦の可愛がりぶりは進行していた。 少し夕飯には早かったが、子猫が食べたそうにしていたので、昭彦も付き合って焼き上がったグラタンを食べることになった。 「熱いからフーフーして食べるんだぞ。」 「うん。わかってるぅ。…っぅ…はふ…」 子猫が唇が触れないように歯を立ててはふはふと食べる様子を、昭彦は微笑んで見ている。くすぐったくなるほど優しい眼差しに、子猫はグラタンの熱さ以上に頬を赤く染めてしまう。 「シチューは帰る前に食べるといい。体が温まるからね。」 「うん。ありがと。」 「それとタッパに詰めておいたから明日の朝食にするといいよ。」 「はーい。」 「グラタンもまだあるから食べられるなら焼くよ。」 「うん。食べられるぅ。」 チーズは子猫の大好物だった。 昭彦はふっくらしてきた子猫の頬の赤みを愛おしく思いながら、立ち上がってグラタンをオーブンに入れてきた。 もう、いつでも食べられる。・・いや、抱いてやれる。 と、昭彦は思っていた。 後はタイミングの問題だろうか。ここまで待ったのだから、子猫がどこまでいい子で我慢出来るか試してみるのも面白いかも知れない。 テーブルに戻った昭彦は、はふはふしながら食べている子猫ににっこりと笑いかけ、 「いっぱい食べて、ぷにぷにしようね。」 と言った。 「ぷにぷに?…って、どんなゲーム?」 『ぷよぷよ』にハマっている子猫は、あのクラゲのような丸いものを想像しているようだった。 「クックッ。落ちてくるぷにぷにを、口を開けたパックンが食べるゲームだよ。」 「えー…そんなのあったっけぇ?」 「いや。・・・ちょっと開発しようかと・・・クスッ。」 「昭彦ってゲームも作れちゃうのぉ?…すっごーい!」 「子猫の為なら何でもやるさ。」 「わぉ…マジっすか?…ふふ。…ねぇ、そしたらやっぱ連鎖とかある?」 「もう、立て続けにパクパクとね・・・クックックッ。」 「面白そうかもぉ…へぇ…楽しみぃ。」 「そうだね。」 昭彦はクスクスと笑いながら、とぼけた顔でグラタンを食べた。 食後に新しく出たばかりのゲーム機で子猫がゲームを始めた。 昭彦は出掛ける支度を済ませると、 「あまりやりすぎるとまた頭痛になるから気を付けるんだぞ。」 と言って頭を撫でた。 「うん。大丈夫だよぉ。…勉強ほどは頭痛にならないもぉーん。」 「・・・それは都合のいい頭痛だなぁ。」 「…ぅ…だって…本当だもん…」 「とにかく、ちゃんと体調には気を付けないとね?」 「はーい。」 ここで子猫の可愛いほっぺにキスでもしてやりたい所だったが、子猫が落ちるのを待つゲームを始めた昭彦は自分から誘う行動はとらないことにした。 「31日は何時頃に来る?」 「んー…大掃除が終わらないと出てこれないから…夕方になっちゃうと思うなぁ…」 「・・・そうか・・・それがあったな。・・・手伝ってやれればいいけど・・・」 「ママがいるもん。…家に男性呼んだら…」 「わかってるよ。・・・子猫の家には必要がない限りは行かないことにしたから。・・・でも無理しないようにね。」 「うん。」 「・・・時間だから行くけど、早めに帰りなさい。」 「……いちゃ…ダメなのぉ…?」 子猫が悲しそうに昭彦を見上げる。 「…猫は…邪魔…?」 「怒るぞ。心配して言ってるのに。」 お邪魔パックンが狙うと困るから言うてるんやないか。 「寒い夜道は風邪を引いたり、すべって転んだりと危ないだろ。・・ん?」 「…はーい…」 赤い唇を尖らせた子猫の髪をもう一度撫でた昭彦は仕事へと出掛けていった。 31日の大晦日。 昭彦は子猫と相談して、初詣に行こう、と決めていた。 三が日は学校もないし、子猫もゆっくり出来ることから、子猫が母親の許可を取れるなら泊まってもいいことにしていた。 許可が取れるものかどうか、ほとんどは黙認か諦めだろうが、とにかく後から説教の嵐が吹き荒れないないなら、昭彦がこだわる理由はなかった。 そのことを話してやった時、子猫もアパートに泊まれることが嬉しそうで、耳まで真っ赤にして頷いていた。 子猫が甘えてもたれかかってきた時こそ・・・。 そう想像すると、昭彦までときめいて体が熱くなってくる。女性を抱く行為など慣れた普通のことだったが、やはり想いの深さだけ愛しさも期待も増してくる。 子猫とひとつに繋がって見つめ合う瞬間が待ち遠しかった。結ばれた状態で愛していると言ってやりたかった。子猫に自分の全てを晒すことは、その幼い胸に抱え込んでいる悲しみを増やしてしまうことのようにも思えたが、一人で抱え込むよりは二人で生きる方が強くなれるように思えた。 子猫はただの優しさだけで、「どんな過去があっても、今の昭彦が好き。」と言った訳ではないことがわかった。子猫自身が自分の過去を罪深いと責め、苦しんでいるからこそ生まれた言葉だったのだ。 今でも楽しそうに笑って会話した後で、フッと暗い表情になるのは、楽しんでしまっている自分を責めているからだろう。けれど、それを言って昭彦に嫌な思いをさせたくないと、胸の内に押し隠してしまう。 そんな子猫だから、昭彦は早く子猫が甘えて胸の中で泣いてくれるようになって欲しいと思っていた。 問題は昭彦の胸に子猫から飛び込ませること。 昭彦がいずれ組織に復帰し、危険な世界に戻ることを思うと、子猫自身に自分で一緒に生きることを選んだのだと自覚さる必要があるように思えたのだ。 とは言え、体の彫り物を見た途端に、パニックに陥って逃げ出してしまうかも知れない。 なにかええ方法を考えんとな。 昭彦はどうやって子猫との初Hをしようかと、あれこれ思い巡らせながら、子猫が来るのを待っていた。 電話が鳴った時、昭彦は子猫からのような気がした。 −「…もしもし?…昭彦?」 泣きそうにか細い声はやはり子猫だった。 「どうした?」 昭彦には子猫の声で言いたいことがわかっていた。 −「…ごめんね。…今夜…行けなくなっちゃったの。」 「・・・そうか・・・何かあった?」 −「ママが風邪を引いちゃったみたいなの。」 昭彦はホッと息をついた。他の理由でなくて良かった、と思い、 「それなら仕方ないね。私のことは気にしなくていいから、側についていてあげるといい。」 と、優しく励ますように言った。 −「…うん…そっとしておくのが一番だろうけど…食事作ったり、水枕を替えたりとかは必要だから…」 「そうだね。・・・子猫は大丈夫なのか?」 −「うん。平気。…あ…長く話せないの。ごめんなさい。…じゃぁ…」 昭彦はまだ話したかったが、母親に呼ばれたのか、子猫は返事を待たずに電話を切ってしまった。 料理くらい差し入れしてやりたいが、余計なことをしてかえって子猫の母親の反感を買えば、子猫が辛くなるだけだ、と思うと昭彦にはどうすることも出来なかった。 年が明けて、正月元日。 正月くらい着物を着ろ、と大阪から着物が送られてきていたので、水シャワーで体を清めた昭彦は着物に袖を通した。 着る物にこだわる竜崎が選んだだけあって、同じ黒でも深みと重さが違う。鏡で髪を整えて襟元を直して着物姿の自分を見ると、やはりその道の者としての雰囲気があると思う。 つい着物を着て目つきが厳しくなっていたせいもあるだろう、と柔和な表情を作ってみたりしていると、ドアがノックされた。 出てみると、振り袖を着た夏美と冬美だった。 母親の春江に言われたのか、それともお年玉目当てか、二人揃って年賀の挨拶をした。 昭彦は目を細めて艶姿を誉めてやり、去年より多目に包んだ熨斗袋を渡してやった。 「よってくか?」 出掛けようと思っていた昭彦だったが、一応おせち料理も作ってあったので言ってやると、 「まだ、行く所があるし、友達とも約束しているから・・・」 と冬美が答えた。 「パパの料理も食べたいけどぉ、着物が苦しくて入らないしねぇ。」 と夏美は大袈裟にため息をついてみせた。 「せっかく着せて貰ってるんだからお嬢様らしくしてなさい。クックッ。着せる方が大変だろうし、感謝するべきだな。」 昭彦はいつでも母親として最善を尽くそうとする春江を思いだし、男と別れても変わらずに、こうして娘達に晴れ着を着せていることが嬉しくなった。 「パパは相変わらず着物が似合ってて素敵。」 夏美が甘えて昭彦の腕に抱きついてくる。 「夏美、パパの着物を汚しちゃったら大変でしょ。・・ホントに・・着物着た時くらいおとなしくしててね。」 姉らしい口調で冬美に窘められて、夏美は面白くなさそうに腕を放した。 「パパもお出かけするの?」 「ああ。マサのとこに顔出しでもしようかとね。」 冬美に聞かれた昭彦がそう答えると、夏美が、 「ラッキー。あたしと冬姉ぇもおじ様の所を回ることにしてたの。」 と嬉しそうに言った。 「クックックッ。お年玉の回収か?・・ちゃんと礼儀正しくするんだぞ。」 「パパも一緒に行かない?」 「今、足がないから・・・」 「それなら大丈夫。ママが運転してるから。」 「なんだ、春江も一緒だったのか。・・顔見せればいいのに。」 「ふーんだ。誰がのせいで遠慮してるんじゃん。」 「夏美!余計なことは言わないの。・・・ねぇ、パパ。いいでしょう?行き先が同じなんだもの。」 「春江が嫌でないなら・・・」 「あ、あたし聞いてくるね。」 夏美が裾を広げて走り出したので、 「転ぶなよ。」 と言って苦笑した昭彦は、「大丈夫だってー!」と大きな声に、やれやれと首を振った。 それから、すぐに出掛けることにした昭彦は、 「済まない。甘えさせて貰うことにした。」 と運転席の春江に言って、助手席に乗り込んだ。冬美と夏美は後ろに座っている。 「ええ、どうぞ。遠慮なさらないでね。」 と、笑顔で言う春江は清楚な着物姿がよく似合っていた。 「いつも綺麗だが、今日の着物姿は一段と素敵だね。」 「あら。」 春江はクスクス笑って頬を染めた。そんな仕草が艶っぽい。 「お世辞じゃないさ。つくづくいい女だと思うよ。」 「あらあら。・・・子供達の前ですわよ。」 春江がはにかんでうつむくと、 「パパもママも車の中でいちゃつかないでよねぇ。」 と、夏美が文句を言う。 「はいはい。それじゃ。」 春江は穏やかに微笑んで車を発進させた。 四人揃って顔を出したことにマサは驚いた顔をして苦笑した。 それでも冬美と夏美にお年玉を奮発し、豪華な料理でもてなしてくれた。春江と娘二人は約束があるから、と早めに帰っていったが、久しぶりに家族が揃ったような気分で、昭彦にも和んだ気分が味わえた日だった。 ただ、アパートに戻り、取り忘れていた年賀はがきに、子猫からのものを見つけて、後ろめたさを感じてしまった。 そして、子猫は晴れ着を着ることもなく母親の看病に明け暮れているのだろうか、と思うと、胸が苦しくなった。 四日まで寝込んでいた子猫の母親は五日に病院で注射を打ってもらうと、翌六日から仕事を始めたそうだ。 −「ママがいる間は電話しにくくて…ゴホッ…ごめんね…」 と、かなり咳き込みながら子猫が電話で連絡してきた。 「母親は仕事に行ったって・・それじゃ、子猫の看病は誰がするんだ?」 昭彦は腹が立って思わずきつく言ってしまった。 −「食事は作って…ゲホッ…くれるから…ゴホゴホッ…寝てれば平気…」 「平気じゃないだろ?・・熱は?・・あるんだろ?」 −「…ちょっとだけ…」 くぐもった咳が続く。受話器を押さえて咳き込んでしまってるようだった。 「子猫?・・・すぐに行くから・・・」 −「…ダメ…来ないで…」 「放っとけない!」 −「…ダメ…お願いだから…」 またくぐもった咳がする。話をしているのも辛いらしい。 「・・・それならちゃんと安静に寝ているんだよ?後で料理を差し入れるから・・・あ、薬はあるのか?」 −「…うん…」 弱々しく答えた子猫がまた咳き込んでいるので、昭彦は仕方なく電話を切ることにした。 風邪に効用のある漢方を取り入れて料理を作ってやって急いで持っていくと、顔色の悪い子猫がふらつきながら玄関を少しだけ開けて顔を出した。 「子猫のママが帰る前には帰るから、側にいさせてくれないか?」 と昭彦が頼んでも、細く開けたドアをそれ以上開こうとしなかった。 無理強いも出来ずに料理を置いた昭彦が門の所で見守っていると、チェーンを外した子猫が料理を大事そうに胸に抱えた。 と、昭彦が門の所に佇んでいることに気付き、申し訳なさそうに深々と頭を下げると家の中に入っていった。 その夜、子猫は高熱にうなされて救急車で運ばれてしまった。 母親から移ったのはただの風邪ではなくインフルエンザだったらしい。三日ほどの入院で退院出来た子猫が、連絡してきて、初めてそのことを知った昭彦は、 「私は子猫の何なんだ!」 と思わず叫んでしまった。 子猫は泣きながら謝ると、それでも昭彦にインフルエンザを移したくなかったのだと言った。 「私は風邪は引かない体質なんだ。」 −「…だって…インフルエンザだもん…風邪じゃないし…コホッ…」 まだ咳をしている子猫が辛そうに言った。 心配で心配でたまらないのに、手をこまねいて何も出来ないでいる自分に腹が立っていたのだが、ついつい子猫への言葉がきつくなってしまっていた。 子猫は何度も −「…ごめんなさい…」 と謝っていたが、涙声になると一方的に電話を切ってしまった。 結局それ以来、子猫の冬休みが終わるまで、子猫に会うことが出来なかった。 子猫からの連絡もなく、補習へも行ってないようだった。料理を届けてやっても、子猫が出てきてくれることはなかった。 これが、喧嘩というものなのだろうか? 昭彦はやるせない気持ちのまま毎日を過ごしていた。殻に閉じ籠もってしまったように、何も返してくれなくなった子猫に、どうすればいいのか、と思い悩んでいた。手の届かない相手に恋しているように、切なく苦しく愛おしかった。 取り敢えずは顔を見たい。出来れば元気な子猫を見たいが、元気でなくてもいいから会いたかった。 新学期が始まったら、会いに行こう。 そう思い、子猫が回復していることを祈る昭彦だった。 |
| <*12*> 「恋慕」 |
<*12*>「恋慕」 子猫は三学期の始業式には出席出来なかったようだ。 昭彦は、マサの組の者に車を出して貰って、バス停から少し離れた場所で、子猫が現れるのを待っていたが、子猫の姿を見つけることは出来なかった。 次の日も、その次の日も、下校時間から部活の生徒が帰る時間まで待ち続けた。 いっそ子猫の家に行った方が早いだろうとは昭彦自身思っていたが、家を訪ねても子猫は出てきてくれなかったのだ。電話しても留守電になっていて子猫が出ることはなかった。昭彦がメッセージを入れたら子猫を困らせるとわかっている。 どうやって気持ちを伝えたらええんや! 昭彦はこの日も無駄足に終わって帰る車の中で、腕を組み呻いた。 「どうかされましたか?」 運転手がビクッとして声をかけた。 「じゃかぁしわい!われは言われたことをしとったらええんや!余計な口出しはせんとき!」 「す・・スンマセンっす!」 気にして声をかけただけなのに随分な言われようだったが、運転手は申し訳なさそうに頭を下げると緊張した面もちで前を向いた。 子猫に逢えなくなってから、昭彦の心の中には嵐が吹き荒れていた。 そのことが昭彦を包む空気をピリピリとしたものにしていて、東竜会の若衆や舎弟は頭を下げたまま視線を合わせることも出来ないほどに、昭彦を怖がっていた。 まだマサの組の者達は、普段昭彦とマサの砕けた会話を知っていることもあって、緊張する程度で済んでいるが、それでも怒っている時の昭彦には近寄りがたい雰囲気があった。 誰かが、「ドクターが怒ると周りの空気の温度が3℃は下がるよな。」と、噂するほどで、実際温度計で計ってみようか、などと言い出す者が出るくらいに、昭彦に近付くと寒気がするのだった。 直接仕事場の店先まで送って貰った昭彦が店内に入ると、マサがカウンターに座っていた。 「・・・来とったんか・・・」 「ヘッヘッヘッ。かしらの仕事ぶりもたまには見とかんとあかんですよってなぁ。ちゃーんとドクターの代役が務まっちょるか、目ぇ光らせとかなあきまへん。」 「おやっさん。心配しなくてもちゃんとやってますから・・・まあ、ドクターの代わりにモテるという訳にはいきませんが・・・」 遅れて来る昭彦の代理でカウンターに立っている若頭の浜田は、手慣れた様子でグラスを磨いている。 「かしらはようやってくれとるで。」 昭彦は不機嫌そうに言って、カウンターのマサの隣りに座った。 「何か飲まれますか?」 「モカを濃いめに入れてくれ。」 「かしこまりました。」 昭彦は関東言葉に直すのも煩わしそうだった。 「随分板についとるようやなぁ。いっそのこと、ここのマスターに納まったらどうや?独立するなら、この店買い取ってやったかてええでぇ。」 マサが若頭をからかって言う。 「自分に経営手腕があればやくざはしてないっすよ。」 「それもそうやな。」 マサは苦笑して、ブランデーを含むように飲んだ。 昭彦はカウンターに頬杖をついて、横目でその様子を見ながら、 「納得出来たら組に戻ったらどうや?・・わしはコーヒー飲んだら仕事やで、そこに居座られると鬱陶しいで。」 と、更に不機嫌そうに言った。 「もうひとつ用事がありまんのや。・・・どないだす?ひさびさに・・これ・・やりまへんか?」 マサが牌を並べる仕草をする。 「アホ。仕事やっちゅうとるやろ。」 「ええですがな。美味しそうなメンツ見つけましたんや。ヘッヘッヘッ。ドクターの小遣い稼ぎになりまっせ。・・・たまには遊んで気晴らしせな、せっかく良くなった体をまた壊すとあかんでっしゃろ?」 「ふん。どうせそないなことを言い出すやろと思うてたわ。」 「マスターの代わりやったらいくらでもおりまんがな。せやけど、ドクターの代わりはどこにもいてはらしまへん。」 マサの言葉に、昭彦は頬杖をついていた手で額を押さえた。 「・・・・・子猫の代わりもどこにもおらへん・・・」 昭彦のため息に、マサは眉を曇らせた。 「何や弱気でんなぁ。女にはいつかてもっと強気のドクターでんがな。」 「これまでとはちゃうねん。・・・わしは命がけで惚れちょるんや。」 「わかっちょりまんがな。せやさかい焦らんと時間かけたらええことでっしゃろ?」 「ボケェ!時間かけちょる間に、他の男にさらわれたらどないすんや!」 昭彦の怒声に店内の会話が途切れる。 訳のわからない客は脅えた顔をカウンターに向けていた。 「あ、何でもないですから、気にしないでください。」 若頭が客に向かって頭を下げ、音楽のボリュームをあげた。 「ドクター、マズイっすよ。ドクターのファンもいるんですから。」 若頭は昭彦に顔を近付けて小さめの声で言うと、客に愛想笑いを向けた。 マサはブランデーグラスの中にため息を洩らし、また含むように飲んでいたが、ふと思いついたようにニヤッと笑った。 「そない気になるんやったら、また監視をつけたらええですがな。逐次、ドクターに連絡入れさせるようにしまっせ?・・・それに・・・家での様子を知りたいなら・・・盗聴っちゅう手もありまっしゃろ?ヘッヘッヘッヘッ。」 昭彦はマサの言った”盗聴”という言葉に思いきり眉をひそめたが、しばらく考えこんだ後で、 「・・・せやなぁ・・・」 と呟くように言った。 「ヘッヘッヘッ。・・でっしゃろ?・・どうせやったら盗撮もさせまひょか?」 「・・・出来るんか?」 「任しといちょくれやっさ。その道のプロにかかれば軽いもんでんがな。」 マサはある部分では昭彦以上に裏社会に通じていた。 昭彦自身は大きな組織との関わりが深かったが、細かい部分は信頼のおける者に任せることも多かった。 性格や才能を見極めて、その人物に合った仕事をさせるのが人を動かす上で大事なのだと、竜崎から教えられていた。 竜崎は、いかに人を使うかが、より大きな仕事をする基本だと言っていた。 そして、マサは裏情報に精通し、裏稼業を利用することにかけての才能があったのだった。 「ほな・・・頼むか・・・」 昭彦はそう言って、若頭の入れたコーヒーを飲んだ。それから、店を若頭に任せマサと出ていった。 マサの言うように、会いたがらない子猫を追いかけ回しても、一層殻に籠もらせて気持ちを頑なにさせてしまうかも知れない。 一歩引いて、様子を伺う余裕を持った方が、会って話をする時でも落ち着いて話し合えるように思えてきた。 それに、子猫の普段の様子をそっと盗み見るという誘惑は、美味し過ぎて見逃すことが出来ない話だった。 マサは昭彦と店を出た後、数件に電話をしていた。 その成果はすぐに現れ、昭彦がマサとカモのメンツと麻雀をしている最中に、子猫の様子を報告する電話が携帯にかかってきた。 −「ご依頼のターッゲット、暗号名”キャット”についてご報告させて頂きます。」 「気に入らんなぁ。なんや呼びつけにされちょるみたいやで、名前変えてんか?」 −「え・・あ・・はい。承知しました。では・・・”レディ”でよろしいでしょうか?」 「ま、ええやろ。」 −「はい。・・では、ご報告させて頂きます。」 「うむ。」 −「”レディ”は今現在高校へは登校されておりません。帰宅した母親との会話の中で、週明けから登校すると話しておられました。」 「・・・せやったんか・・・」 −「はい。時々咳が聞こえますので、風邪はまだ完全に抜けてないように思われます。」 「学校休んどるくらいやからそうなんやろ。・・で?」 −「はい。先ほど自室の明かりが消されましたのでお休みになられたと思われます。」 「ふむ・・・そうかぁ・・・」 −「では、明日も引き続きご報告させて頂きますので、ご都合の悪いような時には留守電にされておかれるか、電源を切っておいてくださるようお願い致します。」 「わかった、そうしよう。ご苦労様。」 昭彦は携帯をポケットにしまうと、ほっとため息をついた。 「どうです?けっこう役に立ちまっしゃろ?」 「まぁぼちぼちとな。」 昭彦はニヤニヤするマサに片頬で笑ってみせた。 翌々日、日曜日の夕方。 マサの頼んだプロから、室内の盗撮が出来るようになったと報告が入った。電波の届く範囲に限りがある為、受信機はワゴン車に積んであると言う。相手は、すぐに見るなら、子猫の近所に停めてあるワゴン車に来て貰うしかないが、ビデオに収録した物を夜に届けてもいい、と言った。 昭彦は盗撮がどんなものなのかを把握しておきたかったので、マサに車を出させて行ってみることにした。 工事車両に偽装された大きめのワゴン車だったが、機材が場所を取っていることもあって、操作するプロと昭彦にマサが乗り込むと狭く感じる空間だった。 モニター画面が二つ並んでいて、一つには綺麗なレースカーテンがゆったりと束ねられた天蓋付きベッドが映し出され、もう一つには少し上の方からキッチンとダイニングが広く見える引いた視野で映っていた。 「たいしたもんやな。・・どうやってカメラを設置したんや?」 「いたって単純な方法です。電気保安協会からの調査員として伺い、点検をしながら家電で調子が悪い物があったらついでにみましょう、と持ちかけます。前日から妨害電波を飛ばしておいてTVの映りを悪くしておいたので、大概はTVを見て欲しい、と言ってきます。それから、他にも点検しましょう、と盗聴・盗撮に向いた場所を探す訳です。」 「そない簡単に信用するものやろか?」 「企業と違って一般家庭はほとんどそうしたものへの警戒がありません。特に平日留守にしている家庭では、他のお宅ではすでに違う日の昼間点検してあるので留守だったこちらのお宅だけ伺った、と言い訳出来ますしね。留守がちの主婦は近所との付き合いもほとんどないので、確認する行為をすることもありません。」 「なるほど・・・」 昭彦はあまりにも無防備な子猫に不安を感じてため息をついた。 モニターにはキッチンで食器を洗っている子猫の小さな背中が映っている。TVほどはっきりとした画像ではなかったが、昭彦は久しぶりに見る子猫の姿に見入っていた。 「今映っている方は室内換気扇の穴から狙っているものです。寝室の方はCDコンポのスピーカーに調度いい穴を見つけましたので、そこからの視点になります。盗聴はコンセントにソケットを差し込むだけで出来ますので、キッチン、ダイニング、リビング、寝室、洗面所の五箇所に設置しました。」 「・・・ほう・・・」 昭彦は半分、上の空で聞いていた。 「さきほど、お二方がお見えになる前に夕食は済んでまして、今は母親が風呂場に向かった所です。」 「夕飯は何やった?」 「レトルトカレーとサラダでした。」 昭彦は舌打ちをする。 「・・チッ・・咳しとったら喉が痛いやろに・・・なんちゅう物を・・・」 「そうですね・・・初めの量も少ないようでしたが、半分ほど残されてました。」 フゥッと大きく息を吐いた昭彦は、顔を覆った手の指先で眉と目頭を押した。 「ドクター、そない思い詰めたらあきまへんで。」 これまで黙って様子を見ていたマサが声を掛けると、 「わかっちょる!」 と、昭彦が怒った声で言った。 「済みませんが、声は控え目にお願いします。防音車ではないので。」 「あ・・・そうか・・済まんの。」 昭彦は顔をしかめ、またモニターを見始めた。 洗い物を済ませた子猫が自分の部屋に入ってきた。 スピーカーに設置されたカメラの方はベッドを横からとらえている。天蓋ベッドはドアの方のカーテンが下げられているので、カメラにはベッド以外写っていなかった。 「音を拾いましょうか?」 「うむ・・・そうしてくれ。」 「はい。」 プロがスイッチを操作したが、特に音は聞こえなかった。 「・・・何も聞こえんで?」 「それは・・・音をたてることがなければ・・・」 プロは困ったように呟いた。 ベッドに座った子猫はしばらく虚ろな目でぼんやりしていたが、立ち上がってカメラに近付くと何かを始めたようだった。 音だけでは判断がつかなかったが、ベッドから大きめのクッションを取って絨毯に置くと、ベッドを背もたれにして座った後、手にゲームの操作機を持っていたので、ゲームをしようとしていることがわかった。 「TVがコンポと並んでありましたので・・・」 カメラに近い位置に顔を向けている理由をプロが説明する。 昭彦は曖昧に頷いただけで、子猫の顔を食い入るように見ている。視点が近いせいか、画像もキッチンの方よりも鮮明だった。 ゲームを始めた子猫は、画面に対してにらめっこか、百面相でもしているようだった。 時々視線が揺れるのは画面の動きや文字を追っているのだろう。真剣に頷いたり、困ったように眉を寄せたり、クフッとばかりに笑みを浮かべたりしていた。 が、盗聴もしているのに、操作機のボタンの小さな音と、たまにする咳の音しか聞こえてこなかった。 一時間ほどそうしていると、ドアがノックされる音と、 「お風呂に入りなさい。」 と、ドアの向こうで言う母親の声がした。 「…はーい…」 子猫が初めて言葉を発した。 飽きずに子猫の顔を見つめ続けていた昭彦は、愛しそうに笑みを浮かべた。が、子猫が浮かない表情をしたので、母親とのぎこちない関係を思って切なくなった。 子猫が浴室へと向かったのでモニターには映らなくなった。 「どうしましょう?女の子の入浴は長いでしょうし、少し休憩にしますか?」 プロは、誰もいないベッドをまだ見ている昭彦には声を掛けられず、マサに聞いてきた。 「実はまだ夕飯を食べてないもので・・・」 「そやなぁ・・・やったら、ウチの車で行ってきたらええ。」 マサは、子猫に逢えずに苦しんでいた昭彦を知っているだけに、この場を離れたくないだろうと推察し、彼と運転席にいたもう一人に行かせることにした。 「そうですか?では、済みませんがそうさせて頂きます。」 プロは盗聴器のスイッチの切り替えを昭彦に教えると、ワゴン車を降りてマサの車で町の方へと向かった。 洗面台の下に設置された盗聴器から音だけが聞こえてくるというのは、想像を掻き立てられる。 シャワーの音が途切れて、チャポン、と音がすると湯船に浸かっているのだろうとイメージがわいてくる。 「・・・除夜の鐘聞いて、初詣をしたら・・・抱いてやるつもりやったんや。」 ポツリと昭彦が言った。 「・・・そうでっかぁ・・・」 マサがしんみりと頷く。 「母親の看病しちょる子猫を放っといて・・・わしは春江達とマサの所で笑っちょった。・・・わしは何をしちょったんや。」 昭彦が苦しそうに呻く。 「・・・しゃーないでんがな。会えんもんはどないも出来しまへんやろ?」 「いや。・・・会えんかて、子猫の寂しさをもっと理解しちょれば、気楽に笑っちょるなんて出来んかったはずや。・・・そないな後ろめたさが、子猫を必要以上にきつく責めてまうことに繋がっちょるんかも知れん。」 「これからでんがな。ドクターの想いが通じへん訳ないでっしゃろ。・・・後悔より、最善の対処で挽回したらええ。・・と、ボスもよく言うてましたわ。」 「・・・そやな。」 昭彦は眉間にシワを刻んだまま頷いた。 明かりが落ちていたダイニングに小さな明かりが灯った。バスタオルを巻いた姿の子猫が冷蔵庫を開けたのだ。髪もタオルを巻いて包み込んでいる。 そして、自分の部屋に戻った子猫はバスタオルを巻いた姿でベッドに座ったのだ。 「うっ・・・マサ、悪いが運転席に行っといてくれ。」 昭彦が焦ってモニターを手で覆いながら言った。 「へぇ。遠慮さして貰いまっさ。ほしたら、彼等が戻ってもここへは入らんように言うときますわ。ヘッヘッヘッ。」 マサはニヤニヤしながらワゴン車から降り、仕切り板の向こうの運転席へと移って行った。 それが子猫の癖なのか、バスタオルを巻いた子猫はベッドに座ってもしばらく何もしないでぼんやりしていた。 それからカメラに近付きTVのスイッチを入れ、チャンネルのリモコンを持ってまたベッドに戻ると、イヤホンを耳に差し込んだ。 湯上がりの肌がほんのりピンクに染まっている。 昭彦はバスタオルから出ている肩から腕と両足のすんなりと伸びた様子と、柔らかそうな滑らかな肌に目が奪われていた。 谷間を作っている胸の膨らみに、昭彦の股間のものまで膨らんでくる。 そして、心配していたよりもやつれていないことにホッとし、上気した子猫の顔を愛おしく見つめた。 子猫は冷蔵庫から持ってきたポカリのペットボトルを少しずつ飲みながら、汗が引くのを待っているようだった。 けれど、虚ろにTVを眺めている目に涙が溢れてくると、ポロポロと零れ落ち始めた。 昭彦は、ドキッとして画面を食い入るように見たが、子猫は泣いていることに気付かないのか、涙を流したまま虚ろな目はTVを同じように眺めていた。 抱き締めてやりたい! 昭彦は胸が苦しくなってモニターをつかんだ。 子猫の表情が悲しげに曇り、髪を巻いていたタオルを取って顔を覆い、肩を震わせ始めた。時々しゃくりあげているようで、体が小刻みに震える。 昭彦は盗聴器のスイッチを切り替えてなかったことに気付いて、寝室の方に変えたが、すぐには本当に変えたのかわからないほどの静寂がそこにあった。 子猫が顔からタオルを離し、大きくため息をついたので、ちゃんと切り替わっていたとわかったほどだった。 子猫からイヤホンは外れていた。子猫はそのまま怠そうにベッドに体を横たえた。 一層深くなる胸の谷間や露出されるももに悩まされる昭彦だったが、止まらない涙を時々シーツで拭う子猫の姿が痛々しくて、悩ましい妖艶な姿を鑑賞している余裕はなかった。 どうしてやればええんや。見とっても、わしには何も出来へんがな・・・ 昭彦は子猫の家まで駆けて行って、玄関を蹴破り、子猫の部屋のドアも蹴破って、強引にでも子猫を抱き締めたい衝動に駆られていた。 それでも、やっとベッドから起きあがった子猫が、TVを消して本を持ってきたので、どうにか最悪の行動に出ないで済んだ。 子猫はベッドにうつ伏せになって本を読み出した。どうやらゲームの攻略本のようで、読むことに夢中になるうちに、バスタオルがはだけてきてしまっていた。 何ちゅう格好をしとるんやぁぁ・・・ 昭彦は心の中で叫んだが、もとより覗かれていると知らない子猫が、仮に全裸でいても文句は言えない所だった。 あどけない顔からは想像出来ないような胸の膨らみが白く輝いている。乳首がギリギリ見えそうで見えない。 昭彦の男根がベルトを押し退けて顔を出してきそうなほどに天を突いて、爆発しそうに膨張していた。 ようやく気分を変えることが出来た子猫が、膝を曲げ足を交互に揺らし始めた。 いつまでそないな格好しちょるんや。早うパジャマ着んとまたぶりかえすやろが。 昭彦の祈りが通じたのか、子猫が小さく、 「…ックシュ…」 とクシャミをした。 それで、バスタオルのままだったことに気付いたようで、落ちそうなバスタオルを押さえながら子猫がベッドから起きあがった。 天蓋から下がったカーテンの向こう側で着替えているようで、子猫の姿が画面から見えなくなった。 そして戻った子猫は淡いチェック柄のフワッとしたパジャマを着ていた。上着は裾がゆったりしていて袖は肩からふくらんだものが手首で締められていた。ズボンも袖と同じようにふくらんで足首で締まっている。 子猫らしい可愛いパジャマに昭彦は目を細めたが、ベビードールを着せてやったらもっと可愛いだろう、と想像してにやけてきてしまう。 子猫はそれからしばらく攻略本を読んでいたが、疲れたようで、部屋の明かりを消すとベッドに潜り込んだ。 昭彦は長い映画を鑑賞していたように、上気した顔でホウッと大きく息をすると、ワゴン車から降りていった。 昭彦を待っていたマサとプロの男達は、頬を上気させ、目を潤ませている昭彦に、笑顔を向けた。 が、次の瞬間、昭彦の顔が険しくなったことにギョッとした。 「盗撮は中止や。子猫の姿が電波に乗って垂れ流されると思うとたまらん。それに盗聴ももうええ。すぐに回収してくれ。」 プロは驚いた顔で戸惑っていた。 「・・・回収といいましても・・・」 「出来んのか?」 「・・・出来ないことはないですが・・・すぐにと言うのは・・・」 プロがそこまで言った時、昭彦が恐ろしい形相で睨み付けた。 美しい男が怒る時、これほど凄まじく悪寒が走るものなのだと、初めて知ったプロは体を硬直させた。マサはすでにそうした昭彦を知っていたので、ゾクゾクしながらも、ええ男や、とばかりに見惚れていた。 「す・・すぐに回収します。明日中には必ず。」 昭彦の有無を言わせぬ雰囲気に圧倒されてプロは震えながら答えた。 「頼んだで。・・それと、映った物のビデオは残すなよ。盗聴テープもやで。・・・もし、他の誰かの目に触れるようなことになったら・・・われを、生きたまま目ん玉抉って、切り刻んだるでの。・・ええか?」 「・・は・・はい。・・必ず完璧に処理します。」 「うむ。・・・今夜はご苦労様やったな。」 昭彦は脅しつける雰囲気のままそう言うと、マサとその場を後にした。 翌日の午後には、プロから「回収が出来た。」と報告が入った。 どのような方法をとったのか言わなかったが、だいたい想像はついた。後日、マサが別のプロに確認させたが、子猫の家から怪しい電波が飛ぶことはなかったので、昭彦はやっと安心することが出来た。 子猫の可愛い普段の姿を見ることが出来たのは嬉しかったが、逆に自分以外には絶対見せたくないと固く思わせることになった一件だった。 |
| <*13*> 「課題」 |
<*13*>「課題」 週明けの月曜日。 今日から子猫は高校へ登校しているはずだった。 それで、昭彦は子猫がどんな態度に出るか判断はつかなかったが、下校時間に合わせてバス停近くで待つことにした。 子猫の姿が見えた。 下校時間になってすぐにバス停へ向かって来た。まだ、体調が良くないのか、補習はしてこなかったようだ。 大きめのマスクが顔半分を隠している。うつむきがちに歩いているので、前髪とマスクで表情はほとんどわからなかった。 昭彦は待っていた車から急いで降りると、バス待ちの列に並んだ。 子猫はふわっと香る麝香に、ハッと顔を上げて後ろを振り返ると、目を大きく見開いた。そしてしばらく昭彦と見つめ合ったが、前をむき直して一層うつむいてしまった。 バスはそう待つこともなくやってきた。子猫と同じ高校の生徒達と一緒に昭彦もバスに乗り込んだので、彼女達の好奇心を思いきり煽ってしまったようだった。 昭彦の顔や姿を頬を赤らめながら観察しては、ヒソヒソと友達同士で内緒話をしている。 昭彦は子猫からは少し離れた位置に立ち、そっと子猫の様子を伺っていた。子猫がこのまま家に帰ってしまうのか、アパートに寄る為に途中で降りてくれるのか。 漫画喫茶のある店が近付いてきたので、昭彦は子猫の側まで行って、降りボタンを押した。 CDも扱っているその店に立ち寄る生徒も数人降りるようで、昭彦は小銭を探すフリをして彼女達が先に降りていくようにした。 と、子猫も彼女達の一番最後にバスを降りたので、昭彦も続いてバスを降りた。 バスの中で子猫が彼女達と会話することはなかったので、友達ではないだろうと想像はついたが、まだ子猫が店に入るのか、昭彦のアパートに向かうのかが、すぐにはわからなかった。 けれど、子猫が店を通りすぎて昭彦のアパートがある方へと歩いていったので、昭彦は嬉しさに思わず顔を綻ばせてしまった。 初めは距離をとって子猫の後を歩く昭彦だったが、アパートが近付くに連れて、その間隔を狭めていった。 そして、子猫が昭彦のドアの前に立ち止まった時、すぐ後ろからドアの鍵を開け、扉を開いてやった。 子猫は黙ったまま、狭い上がり口に佇んでいたが、昭彦が後ろ手にドアを閉めると、クルッと昭彦の方へ体を向け、そのまま昭彦の胸に額を押しつけて泣き出してしまった。 「お帰り・・・子猫。」 昭彦はそっと子猫の肩を抱き、髪を撫でてやった。 「…ごめんなさい…」 「何で謝るのかな?・・子猫は何も悪くないじゃないか。・・・学校へ通えるようになって良かったね。顔を見れてホッとしたよ。」 昭彦はなるべく明るく言葉をかけたが、子猫が泣きやむことはなかった。 「取り敢えず上がろう?・・・このままでは暖房も入れられないだろ?」 そう言われて子猫はやっと昭彦の胸から離れると、靴を脱いで部屋にあがった。 部屋の暖房とホットカーペットのスイッチをONにした昭彦は、子猫の希望でホットミルクティーを入れてやった。 子猫は制服を着替えることもなく、学校用のコートも着たままで、居間のテーブルの前に座っていた。 「今日は長くいられないの?・・・部屋も暖まってきたから、コートだけでも脱いでおいた方がいいよ。汗ばんで外気に当たるのはかえって良くないからね。」 昭彦はミルクティーを子猫の前におきながらそう言うと、自分も砂糖抜きのミルクティーを持って子猫の向かい側に座った。 子猫はすぐには反応せず、少し考え込んでから、言われたようにコートを脱ぎ、顔につけたままだった大きなマスクも外した。 そして、熱いミルクティーをゆっくり啜ると、 「…美味しい…ありがとう…」 と弱々しく微笑んだ。 「新学期始まってすぐには高校へ行けなかったようだね?・・・実は・・子猫が気になって、始業式の日にも待っていたんだ。」 「ぇ……ぁ…ごめんなさい…」 子猫は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに悲しそうに眉を曇らせた。 「・・ん?・・・いや、私が勝手にしたことだから・・・」 昭彦は苦笑し、 「そんなに何でも謝っていたら疲れるよ。必要がない時には言わないこと。いいね?」 と言って優しく笑いかけた。 いつもならはにかむように頷く子猫が、悲しい表情のままで昭彦をじっと見ている。 「・・・どうしたんだ?・・・何でも話してくれないか?」 昭彦は自分の言葉がきつくならないように注意しながら聞いた。 「…あのね…」 「うん・・・」 「…猫ね…」 「うん?」 「……弱い自分が嫌いなの。」 「いや、それは違う。」 昭彦は眉間にシワを刻んで首を振った。 「人の運命は誰にもわからないだろう?・・強ければ強く生きられるとは限らないし、弱くても弱い生き方しか出来ない訳じゃない。・・弱さで自分を嫌ってはいけないんだ。」 「…でも…弱いと…すぐ心配かけたり迷惑かけたりしちゃうもん。」 「やたら強くて迷惑な奴だっているぞ。」 「……いるの?」 子猫はキョトンとわからない顔をした。 「人間社会にもそんな奴はあちこちにいるが、他の動物でも昆虫でも植物でも、それに自然現象にも言えることだ。」 子猫は面接会場で質問を受けたように頭を悩ませ、天井を向いて考え始めてしまった。 ふと、子猫は自分が話したいことから話題が逸れているような気がして、困った顔で昭彦を拗ねたように見つめた。 「・・・わからない?」 昭彦は頓着しないように続ける。 「・・・酒が強ければ酒ばかり飲み歩いて家庭を顧みないかも知れないし、第一酒代がかかって家計は苦しくなるだろ?・・クスッ・・賭け事が強ければ地道な生き方をするのがアホらしくなって生活が荒れる。・・気が強いと周りは振り回されて疲れるし、体の強さを自慢して周囲を落ち込ませる奴もいる。・・夜が強くて浮気ばかりする奴もいれば、喧嘩が強くてすぐに暴力を振るう奴もいい迷惑だろう。・・・そんな強さが欲しいのか?」 子猫は眉をひそめ、よく訳がわからないままに首を振った。 「どんな強さを欲しがってるのかはわからないが、それほど都合のいい強さなんてそうそうあるものじゃないさ。・・・ただ、強さが生きる為に必要なものだとするなら・・・子猫は私にとって、かけがえもなく必要な存在であり強さなのだ。・・そう・・子猫の為なら私は強くなれる。子猫が生きる為に必要としてくれる存在になれるように。子猫を守れるように。」 「…でも…猫…すぐ風邪引いちゃうし…」 「私は医学界で使用している薬は全て知っているし、漢方にも詳しいと自負している。子猫の風邪くらい医者にかからなくてもすぐに治してやれるさ。」 子猫はびっくりして目をパチパチと瞬かせた。 「…すご……ぁ…でも……体に…欠陥があるし…きっと迷惑ばっかかけちゃうと思うし…」 「私にとってそれが迷惑でなければ、迷惑をかけたことにはならないよ。」 「…迷惑じゃない?」 「子猫の全てが可愛くてたまらないのに、迷惑なんて感じる訳がないだろう?・・それより子猫にそう思わせる者がいるとしたら、そいつが迷惑な存在と言えるけどね。」 「…でも…猫…ニブイし…頭悪いし…」 「全て、・・と言っただろう?」 子猫はまた考え込んで、そのうち考えるのが面倒になったかのように、ため息をついた。 「…昭彦の…意地悪ぅ…」 「ん?・・・どこが?」 「…だって…猫が…昭彦を諦めようって思う理由を…みんな潰しちゃうんだもん…」 「・・・アホ・・・それが一番辛い言葉だよ。・・・生憎私は子猫ほど素直ではないのでね。自分の出したくない答えは拒否することにしているんだ。」 「んー……なんか昭彦の話って…ムズくてよくわかんなぁーい……頭痛くなってきちゃうよぉ…」 「なら、何も考えなくていいから、私についておいで。・・ね?」 「……うん……」 子猫はそれで本当にいいのか、自分がずっと悩んでいたことを話せなかったような、話させて貰えなかったような、微妙に納得いかない気持ちだったが、これ以上昭彦と話しても、もっと難しいお話が返ってきそうなので、仕方なく頷いた。 昭彦は穏やかな笑みを浮かべていたが、眼差しには苦しそうな影が差しているようにも見えた。 「・・・子猫・・・」 昭彦は子猫がミルクティーを飲むのを待ってから静かな声で言った。 子猫はカップを置いて昭彦に視線を向け、小首を傾げた。 「・・・子猫の中に不安や迷いがあるうちは、私からは近付くことが出来ないんだ。・・・大切な子猫を壊したくないからね。・・・だから・・・子猫が私を全面的に信じてくれるようになるまで待つつもりだ。」 昭彦の真剣すぎる眼差しに子猫は戸惑いを感じた。 「…待つ?」 「・・・うん。子猫が心から私を欲しいと思ってくれるまでね。」 「…でも…猫…昭彦に恋してるよ?」 「クスッ・・・恋は夢見がちだからね。自分の理想に相手をはめようと無理矢理でも枠にはめてしまう。”あばたもえくぼ”って言葉を知ってる?」 「うん……でも……」 「私も子猫の全てを知っている訳ではない。でも、どんなことでも受け入れてやりたいし、愛してやれると確信している。・・・そして、私にも・・・子猫がまだ知らない部分があるだろうと思う。・・・恋は知らなかった相手の一面を見て、枠にはめきれないとわかった時点で消滅してしまうものだろ?・・・どんな私でもいいから欲しい、と思って欲しいんだ・・・」 「…どうすればそう思えるの?」 子猫はまた難しい話になってきたので、困ってしまった。 「答えは子猫が見つけないと、意味ないよ。」 「…見つけられなかったら?」 「だから、待つって言っただろう?・・・焦らなくていい。時間をかけて付き合っていけば、きっと答えは見えてくると思うよ。」 子猫は思いきり眉を寄せると、両手の拳をこめかみに当てて、グリグリさせながら、 「ふぇぇ〜〜ん…」 と声を出した。 |
| <*14*> 「答え」 |
<*14*>「答え」 昭彦に言われたことの意味がよくわからないまま、子猫はいつもの生活に戻っていった。 学校帰りに昭彦のアパートに寄って、時間が早い時は一緒に料理を作り、遅い時には自分で鍵を開け昭彦が作っておいてくれた料理を食べてから、夜まで時間を過ごして家に帰るという日々である。 町はすっかりお正月気分も抜け、バレンタインデーに向けての飾り付けや商品が並ぶようになっていた。 子猫が昭彦と恋人として付き合うようになって、もう三ヶ月近くなる。病院で出会ってからは四ヶ月も経とうとしていた。 なのに昭彦は子猫の肌に触れようともしない。 そうしたものを重要には思ってないようなことを言っていたような気もするが、よく覚えてない。 それに、あそこの看護婦が昭彦のものをフェラしたと自慢していたことを思えば、嫌いな行為とは思えなかった。 ようするに、子猫はやっぱり妹としてしか見ることが出来ずに、抱きたいとは思ってくれないのだろうか。 男がいればセックスがあって当然と思ってきた子猫は、初めて男を知った時から、これほど長く抱かれずにいる日々が不思議だった。 時々、体が火照って無性に抱かれたくてたまらなくなる。 昭彦と付き合う限り、抱かれることはないのだろうか。 昭彦は子猫が昭彦を欲しいと思うようになるのを待っているのだと言ったが、ずっと抱かれたいと思ってきただけではいけないのだろうか?と頭を悩ませていた。 どうすれば昭彦に気に入って貰える答えを出せるんだろう。バレンタインのチョコを眺めながら子猫はため息をついた。 クリスマスの時にも抱かれたいと思っていたのに、抱いてくれなかった。プレゼントしたベストは気に入ってくれて、普段アパートで着ていてくれるが、子猫の真っ赤に腫れた掌をずっと気にしていて、「もう、無理はするな。」と言われている。 チョコを贈るにも甘い物が大嫌いな昭彦が喜んでくれるとは思えなかったし、どうすれば想いを伝えられるだろう。 そう悩んだ末に、子猫は苦みのきいたチョコレートケーキを作ることにしたのだ。 2月14日、バレンタインデー。 昭彦は今日の仕事は休んで、朝から子猫を待っていた。 昨日、今日は学校から一度家に帰って、プレゼントを持ってくる、と言っていたのだ。 が、午後になって、東竜会に急に呼ばれる用事が出来て、昭彦は仕方なくメモを残してアパートを留守にした。 思っていた以上に時間が取られてしまって、昭彦が焦りながらアパートに戻ってくると、すでに子猫が来ていて、居間のテーブルの上にケーキの箱が置かれてあった。 おいおい・・・甘い物は苦手と知っとるやろ・・・ 昭彦は子猫の気持ちが籠もっていれば何でもいいとは思っていたが、表情で美味しそうにしながら身震いしてしまったらどうしよう、と思いつつ子猫に笑顔を向けた。 子猫は家で着替えてきた可愛い服で、恥ずかしそうに微笑んでいる。しかも妙に緊張した面持ちで耳まで赤くしているのだ。 ん?・・・意味ありのケーキなんか? 「留守にして済まなかったね。」 と昭彦が優しく言うと、子猫は小さく首を振って、ケーキの箱をそっと少しだけ昭彦の方へと押した。 「ふーむ・・・バレンタインのチョコかな?」 子猫は声を出すのも恥ずかしいようで、照れた笑みを押し隠すように頷いた。 「ありがとう。・・子猫の気持ちが何より嬉しいよ。」 昭彦はそう言って箱の蓋を開けた。 相当きついブランデーの香りが部屋中に広がる。 ・・・なんちゅうケーキや。 昭彦が苦笑してケーキを見ると、全体をチョコで覆った上に文字が書かれてあった。 『子猫も食べて!』 クックックックッ。わしを酔わせてその気にさせようっちゅうんか。アホやなぁ。もう、とっくにその気はバリバリやがな。いつ子猫が抱いてと言ってくれるかと待っとったんや。 昭彦は愛しさが爆発しそうになりながら、 「アホやな。・・・酒が飲めんわけやない。飲まんだけや。」 と言った。 そして、子猫が用意していたフォークで一口味見をしてみると、やたらと苦くアルコールの飛ばしてないブランデーが口いっぱいに広がった。 子猫は味見してへんのやろな。アルコールは全然ダメやと言うちょったし、苦いチョコも好きやないはずや。 子猫は昭彦の口元や表情を真剣に見ている。 このアルコールのきつさで逆に子猫を酔わしたろか。 昭彦は二口目を口に含むと、子猫の腕をつかんで抱き寄せ、唇を重ねて唾液とともにケーキを口移しした。 二人の初めてのキスは、こうして苦いチョコときついブランデーの香りのするものとなった。 それから、ゆっくりと唇を離した昭彦は、 「後戻りは出来ないんやで。覚悟はあるんか?」 と聞いた。 子猫自身が出した答えに、子猫は火照った顔で頷いた。 もう、何も待つ必要はないのだ。 昭彦は子猫に寝室へ行くように言った。が、いざ、寝室へ行ってみると部屋は冷え切っていた。 出掛けた為、暖房を消してあったのだが、居間の方が暖かかったので、寝室の暖房も子猫が入れておいたかと思っていた。けれど、そこまで用意するほど子猫は発展的で開放的な大人の女性ではなかったことに気付いて、それがまた愛しさを募った。 まあ、ええ。すぐに温めてやればええこっちゃ。 昭彦はずっと考えてきた初Hの案を実行することにした。 布団を敷いてやった後、 「ちゃんと覚悟出来てるなら、自分で全部服を脱いでみ。」 と、言った。 子猫は、脱がせてくれないの?、と言いたげに拗ねた表情になったが、昭彦の断固とした表情に諦めの吐息をつくと、おずおずと服を脱ぎ始めた。 服なんていつでも脱がしたるがな。けど、今日は儀式なんや。わしの女になるっちゅう儀式なんやで。 昭彦は子猫をすぐにも抱き締めてやりたい衝動を押さえつつ、子猫の様子を見守っていた。 子猫は寒さか怖さか恥ずかしさか、小さく体が震えていた。下着だけになった肌が鳥肌立っている。 ブラジャーを外し、ショーツに手をかけてから、少しの間躊躇っていたが、泣きそうな表情で唇を噛むとそろそろとおろしていった。 ええ子やでぇ。それでええのや。 心では熱く込み上げる愛しさにそう思っていた昭彦だったが、子猫がやがて直面する恐怖に慣れることが出来るように、敢えて厳しい態度を取ることにしていた。 「ほな、そこに座りや。」 と、昭彦に言われて子猫は布団に正座して座った。 昭彦は、ずっと前から用意していた専用の目隠しで子猫の目を覆い隠した。子猫の口が、え?、と問いかけるように開く。 「ええっちゅうまで外したらあかんで?・・ええな?」 昭彦の言葉は厳しさを含んでいたが、声そのものはいつもの優しい昭彦だった。子猫は、全てを信じてついていく、と決めた気持ちを込めて、頷いた。 念のため部屋の明かりを落として昭彦は自分も服を脱いだ。闇に溶け込むような自分の肌を、いよいよだな、と軽く撫でた。 そして子猫に近付き、 「「愛している。」 と、耳元に囁いてやった。 抱き寄せ、肌と肌を合わせながら口づけをする。 なるべく子猫が寒くないように、腕で包むように抱いてキスをした。そして、布団が冷たくないように庇いながら体を横に寝かせた。 子猫の緊張が溶けるまで、昭彦は熱いキスを続けた。 子猫の肌が色めき立つように輝きを増し、わなわなと震えている。指先が肌を滑るだけで身悶え艶めいて甘い吐息を洩らす。 なんちゅう感じやすい体なんや・・・。 昭彦はこの体でよく今日まで我慢してきたと感心していた。 が、驚きはその先にまだあった。 子猫の秘密の花園は滅多に見ることの出来ない名花だったのだ。色、形、艶とも絶品で、蜜壺の襞のうねりと微細な蠢きは天性の物だった。 昭彦自身、まだ一人しかこうした名器を知らない。 その彼女は今や日本最大の暴力組織山神一門の姐になっている。大親分を虜にして我が物顔に男達に君臨していると聞いている。 摩耶は初めから強気な女やった。体には惚れとったが、性格の強さには手を焼いていた。・・・同じ名器でも性格はえらい違うもんなんやなぁ。 昭彦は子猫の蜜を堪能して啜り、舌で蜜壺の感触を楽しみながら、心で愛してから抱いたのは間違いではなかった、と待った甲斐を感じていた。 昭彦の執拗な愛撫に、子猫はそれだけで絶頂に達し、切なそうに甘いよがり声をあげた。 自分を晒して見せる為に昭彦は敢えて乱暴な言葉を使っていたが、子猫が段々悲しげになっていって、目隠しに涙を滲ませてしまった。 厳しく接すると決めていたが、焦った昭彦は、泣く子を黙らせるあめ玉のように、自分のモノを子猫にくわえさせてやった。 子猫は確認するように手で触っていたが、驚きと同時に怖くなっているようだった。 そら、まあ珍しいやろけど、そない怖がらんでも・・・ 昭彦はすぐに怖がる子猫に戸惑いながらも、自分を崩さないように接していた。 昭彦の男根は昭彦自身、自分より大きいモノを持っている男は二人しか見たことがなかった。しかもそのうちの一人は馬ほどもあって、女性の体を壊して刑務所に入れられてしまった男だった。 付き合った女性の中で、自分が抱かれた黒人よりも大きいと言った女がいた。が、その女とはその瞬間に別れた。 子猫の華奢な体で受け入れられるか不安はあったが、今点検した蜜壺の様子で、その柔らかさや襞の深さから充分可能と思えた。 慣れるまでは辛いやろが、慣れたら他の男では満足出来ななるでの。 昭彦は怖がりながらもキスをする子猫の頬を慈しむように撫でた。 「あ・・ああ・・・ぃゃぁ・・・ぁぁあああぁぁぁ!」 昭彦を受け入れながら子猫は圧倒的な存在感と押し広げられる痛みに悲鳴をあげた。 昭彦は、 「これがわしや。じき体は慣れる。我慢せい。」 と言いながらも、子猫を宥めるように優しくキスを繰り返した。 頼むで、泣かんでくれ。 昭彦は労りながら極力子猫が楽になれるようにとゆっくりと静かに体を動かした。 子猫も次第に慣れてくると、すすり泣きながらも、感じているような甘い喘ぎ声をもらすようになっていった。 そして、昭彦の背中に腕を回してしがみつくだけでなく、子猫の肉襞も絡みつくように昭彦の肉棒にしがみついてきた。 くぅぅぅぅぅぅぅ・・・はぁぁぁぁぁぁぁ・・・思った通りや。・・・なんちゅう体しとんねん。わしがリードせなあかんのに、メロメロに魂まで吸い込まれそうや。・・・あかん。・・・あかんで。まだセーブしてやらな、子猫の負担が大きくなるで。・・・ちょっとっつや。ちょっとずつ慣らして、教えていかなあかんやろが。 昭彦は我を忘れて激情にかられそうになる自分を叱って、優しく子猫を突き上げてやった。 昭彦がセーブしながらでも、子猫は体を仰け反らせて何度も絶頂に達し、叫び声をあげて気絶してしまった。 静寂が訪れた。 が、入り口のドアをノックする音がする。 昭彦は舌打ちをすると、子猫の息を確認してから、そっと起きあがって行った。 「何の用ですか?」 ドアの内側で言うと、 「悲鳴が聞こえると他の部屋から苦情がきてるんですが・・・」 と大家の迷惑そうな声がした。 昭彦はおもむろにドアを開け、 「恋人を抱いちょっただけやで、文句言われたらこっちが迷惑や。」 と静かな口調で言ってやった。 が、大家は後ろに飛び退き、腰を抜かしそうに驚いた顔で青ざめると、口をガクガクと震えさせていた。声を出そうにも出てこないようで、やっと、 「・・す・す・済みません・・でした。」 と言って、よろよろと逃げて行った。 昭彦はトランクスをはいただけの姿だったので、大家は昭彦のすさまじい彫り物を見てしまったのだ。 「ボケが・・・」 昭彦はそう呟いてため息をつくと、また子猫の所に戻り、腕に抱き包んで、体が冷えないように布団をかけてやった。 そして、涙に濡れた目隠しを外してやった。 しばらくして子猫が喉が乾いたように息継ぎをして意識を戻した。 まだ目を閉じている子猫が可愛くて、昭彦はキスをしながら自分の唾液を飲ませてやった。 それから子猫がフゥッと甘い息を吐いて、目を開けた。 まだ、半分夢の中のような潤んで熱っぽい目を昭彦に向けてきた。 ようやく結ばれることが出来た恋人同士は、お互いを見つめ合ったまま、じゃれあうように甘い会話をしていた。 昭彦も子猫の可愛さに他のことへの注意をすっかり忘れていた。 と、その時、子猫の表情が変わった。 凍り付いたように動かなくなり、息までしばらく止まっていた。 「子猫・・・」 昭彦が苦しく呻くように言うと子猫はギュッと目を閉じてしまった。体がガタガタと小刻みに震えている。 そない怖がらんでくれや。 昭彦は切ない思いで、子猫を抱き締め髪を撫でた。 「・・・これがわしなんや。しゃぁーないやろ?」 優しく言ってみても子猫は震え続けている。 あかん。これ以上は子猫がパニクッてまう。ここまでや。何とかここをしのいで、子猫にわしを受け入れて貰わな、全てブチ壊しやがな。 昭彦はなるべく優しい声と話し方で、たいしたことではないと強調した。今もやくざとの関わりが深いことはひた隠しにした。 卑怯と言われてもええ。弱い子には弱い子なりに接してやらなあかんのや。いきなり怖いことばかり続いたら子猫の心が耐えきれんようになってまうがな。わしはドクターや。みんながそう呼ぶが、子猫の全てを管理するドクターになるんや。誰にも邪魔はさせん。誰にも口出しはさせへん。子猫はわしのもんや。 昭彦は子猫の体に固さを取り戻した肉棒を押しつけて、子猫の気持ちを彫り物からもっと気持ちの良くなるものへと移させるようにした。 昭彦の狙い通り、子猫は長い間我慢してようやく手に入れた快感に、また意識が引きずられていくようだった。 「どんな昭彦でも好き。」 子猫はうっとりと酔うように昭彦を見つめて、自分からキスを求めて唇を合わせた。 ホンマやろなぁ?わしの肉棒が恋しいだけとちゃうやろな? 昭彦はあまりにも簡単に策に嵌る子猫が可愛くて、苦笑をもらしながらも、とろけるように甘いキスをするのだった。 この夜は子猫がまた気絶するまで抱いてやった。 子猫はそのまま昭彦の腕の中で朝を迎えた。 昭彦は朝の光の中で、体の彫り物をじっくりと見せてやった。ただの絵やと説明してやったので、何とか子猫は怖がらないでいてくれた。 怖がりで泣き虫で弱い心のめっちゃ手の掛かる子やけど、そこがめちゃめちゃ可愛いんや。 昭彦は朝の光の中で子猫を再び抱いた。 「愛してるで。」 繋がったまま昭彦は子猫を見つめて言った。 子猫はキュゥーーッとまず体で答えてから、 「…猫も…」 と嬉しそうに微笑んだ。 |
| <*15*> 「小鳥」 |
<*15*>「小鳥」 バレンタインの翌日が休みで良かったと思いつつ、子猫は満たされた想いの中でのんびりと過ごしていた。 子猫が昭彦の用事を手伝おうとすると、 「起きとるんはまだ辛いやろ?ゆっくり横になっちょったらええ。」 と大阪弁で言って、優しく笑った。 確かに子猫の体は昨日から激しく抱かれ続けて軋むような痛みと気怠さを残していた。そして何より昭彦の大きな男根を受け入れた部分がジンジンと痺れ、トイレでは泣きたくなるほどにヒリついて痛かった。 食事の時、子猫がほとんど水分を摂らないので、 「ちゃんと水分補給せなあかんで。」 と昭彦が言った。子猫は、 「…だって…」 と、だけ言うと口を尖らせた。 「さっき付けてやった薬で、トイレも楽になるはずやから、安心して水分摂るとええ。」 昭彦は、子猫が言わなくてもわかってる、とばかりに目を細めた。 朝、抱かれた後でまた少し眠った子猫が起き出してきた時に、昭彦が子猫をお風呂に入れてくれたのだ。 たっぷりとボディーソープを泡立て、優しく労りながら隅々まで綺麗に洗ってくれた。 何ヶ月も触れようとしなかった男とは思えないほど、昭彦は子猫の体を愛でているようで、泡まみれの胸を愛撫したり、指先で丁寧に秘部の花弁をなぞったり、また感じてしまう子猫に甘いキスをしながら、 「これ以上、無理はさせられへん。」 と、子猫の手でいかせて欲しいとねだった。 子猫が泡まみれの昭彦の肉棒を、大きさを改めて実感しながら擦ってやると、 「ええでぇ。めっちゃええ気持ちや。」 と、子猫の胸に熱いミルクを迸らせたのだ。 そして、シャワーで綺麗に泡を流した後、大きなバスタオルで包み込み拭いてくれた。 それから、子猫の秘部を点検して、 「こらあかんわ。薬塗ったるでな。」 と昭彦特製だという薬を塗ってくれたのだった。 食事の後、 「横になっとる方が楽やろ?」 と、昭彦はテーブルをずらし、ホットカーペットに自分もクッションを枕に横になって、子猫を胸に抱き寄せた。 子猫は昭彦の肩に頭を乗せて、髪を撫でられながら幸せに浸っていた。 「どや?・・・わしに抱かれた気分は?」 「…幸せ…」 「ああ。わしも最高に幸せや。」 昭彦が子猫の額にキスをする。 今朝起きてから何度キスされたかわからない。側にいればキスが止まらないほどだった。 「…ねぇ…昭彦…」 「ん?・・なんや?」 とまたキスをする。 「…前に言ってたでしょう?…抱かない女が最高なんだ、って。…ってことは、猫は最高から落ちちゃったわけ?」 「アホォ・・ちゃうがな。」 昭彦は苦笑し、 「ホンマは”すぐに”が付くんや。”すぐに”抱かない女っちゅう意味や。そんだけ我慢しても大事にしたいほど貴重な女っちゅうことやで。」 と言った。 「…そなんだぁ…」 子猫はいまいち納得がいかなかったが、追求するにもはっきりとは覚えていなかったので、忘れることにした。 「…でも…ねぇ…」 「ん?」 「…どうしてずっと大阪弁なの?」 「嫌か?」 「…嫌じゃないけど…だって…急に言葉が違うから…」 「子猫が嫌やったら、前みたいに話してもええで。・・・ただ、わしにはやっぱり大阪弁が馴染んどるようやで・・・子猫にはわしの本音の部分を見しておきたいと思うたんや。・・・せやけど、子猫が怖いて思うんやったら関東弁でもええ。」 「ううん。…そのままでいい。」 子猫は昭彦の顎に鼻を擦りつけた。 「・・はぁぁ・・・可愛いなぁ・・・また大きくなってもうたで。」 昭彦は子猫の手を自分の股間の膨らみへと押し当てた。 「ええ子、ええ子してや。」 昭彦が子猫の髪に唇をつけて囁く。 子猫が、服の上から円柱形の膨らみをさすり始めると、 「気持ちええなぁ。・・・これは子猫のもんやでの。ちゃんと毎日可愛がってやらなあかんで?」 と、笑みを浮かべて言った。 「…うん。」 子猫はまだ恥ずかしさがあったが、それでも嬉しくて、頬を赤らめて頷くと、固さを増した膨らみを撫で続けた。 昭彦は子猫をグイッと強く抱き締めると、熱く甘いキスを始めた。 舌を絡め合わせながら、昭彦の手がモヘアセーターの下に潜り込んで子猫の胸を愛撫し始めた。 「…ぁ…ぁ、、ぁ、、…」 乳首を摘まれて喘ぎ声が洩れる子猫に、更に激しく舌を絡めて吸う。 「…ん、、、…ゃ…ぁ…」 「ええがな。この胸はわしのもんやで。子猫の全てはわしのもんや。」 「…だって…薬が…落ちちゃう…」 子猫は蜜が溢れ出してきてしまったことを気にしていたのだ。 「クックッ。なんや、そないなことかい。・・あの薬は浸透率が高いで大丈夫や。・・それにまた塗ったらええがな。」 昭彦は愛撫を続けたまま、クスクスと笑う。 「…んー…でもぉ…」 「なんやねん?」 「…こんなに感じ続けたら…どうにかなっちゃいそう…」 「どうにかて?」 「…よく…わかんないけど…頭の中が…感じっぱなしになっちゃいそう…」 「それでええんや。ずっとわしに感じとったらええ。・・・これからはずっと子猫の頭の中をわしでいっぱいにしたるで。体もずっと感じっぱなしのままや。いつでもわしを感じとったらええ。」 「…昭彦ぉ…」 「それが、わしの女になるっちゅうこっちゃ。ええな?」 「…うん。」 子猫は躊躇いを捨てて、昭彦の愛撫に身を委ねた。 昭彦は自分を信じきって素直に甘えてくる子猫が可愛くてたまらなかった。 まだ、話せないことはある。自分の裏の顔はまだ見せられない。あるいは一生隠し通すかも知れない。だが、それでもいいと思った。昭彦も子猫にはなるべく怖いものや汚い世界を見せたくなかった。自分の知っている地獄など決して見せる訳にはいかなかった。 守ったるで。わしが命の全てを注いで、愛し守ったるんや。 昭彦は無理をさせまいと思っていたものの、一度子猫の体を知ってしまうと制御がつかず、再び熱い陶酔の世界へと子猫を招くのだった。 結局、それからの半日を布団の中で、お互いの肌の温もりを充分に味わって過ごした。 昭彦はなるべく自分を押さえるようにそっと子猫と一つになったが、繋がって子猫の肉襞に包み込まれると、我を忘れて腰を激しく振ってしまっていた。 子猫の体に負担をかけないようにと思っていても、激しい欲情はとまりそうもなかった。 子猫は初めての大きさで知る圧倒的な圧迫感と、奥まで繰り返し突き上げられる痛みに泣きじゃくってしまうこともあったが、それと引き替えにしても余りあるほどの快感に体中を痺れさせ、甘い声で鳴き続けた。 昭彦は子猫の感じながら泣く表情の可愛さに、更に欲情して子猫を愛し続けてしまっていた。 そして、可愛い声に愛しさを募らせ、このまま離したくないと思ってしまう。 もうあない寂しい家に戻したない。ひとりで泣く子猫が哀れでたまらん。一緒に暮らせたら、わしの愛でいつも包んでやれるのに。 それに、子猫のこの可愛い声を聞いちょる奴がおるんや。声かてわしだけのものやのに。 昭彦は同じアパートの住人の顔を思い出してみた。 それほど付き合いはなかったが、大家に苦情を言っただろう、嫌味な顔の主婦はともかく、学生や一人暮らしの男の顔が浮かんでくると、腹立たしさに歯ぎしりしてしまう。 早う二人で暮らせる場所を探さなならん。 そう昭彦は決意していた。 家に帰したくなかったが、そうは言っても足元がふらつく子猫が夜遅くに一人で帰るのも心配だったので、昭彦は仕事に出掛ける時にタクシーで子猫を家まで送っていってやった。 「今日は早めに休みや。」 子猫の家の近くでタクシーをとめた昭彦がそう言うと、 「うん。…お休みなさい。」 と、子猫は寂しそうな笑みを浮かべて頷いた。 門から家に入っていく子猫の後ろ姿を見ながら、昭彦は盗撮したモニターで見た子猫のあまりにも悲しい泣く姿を思い出し、引き留めて抱き締めてやりたくなった。 ・・・今夜は大丈夫やろう・・・ 夕食には子猫がリラックスして眠れるようにハーブと漢方を使った料理を作ってやった。 わしまで眠くなってもうたで。 一緒に料理を食べた昭彦は、眠気に誘われて苦笑した。 ずっと見守ってやっていたかったが、子猫の部屋に明かりが灯ったのを確認した昭彦は、 お休み、子猫。ええ夢を見るんやで。 と、心の中で呟いて、タクシーを店へと向かわせることにした。 昭彦が店に入っていくと、カウンターにマサと若頭の浜田が妙に神妙な顔をして座っていた。 昨日今日と昭彦の代理をしているマサの組の若衆の塚田という男もカウンターの中で固い表情をしていた。 「二人してどないしたんや?」 昭彦はマサの隣りに座ってそう言った後、 「ツカもご苦労様やな。後で小遣い奮発するで・・・取り敢えずめっちゃ濃いコーヒー入れてくれや。・・・眠ぅてたまらん。」 と言った。 と、神妙な顔をしていた浜田が、プッと吹き出すと、声を押し殺しながらも、肩を揺らせて笑い出した。 「・・・あ?」 昭彦は片眉を上げて軽く睨むと、 「よっぽど美味しいチョコを食べたんでしょうねぇ。昨夜は寝てないんっすか?・・堂々と”眠い”なんてよく言うっすよ。さすがドクターっすね。」 と、笑いが止まらない様子で言った。 「アホ。ちゃんと寝とるわい。」 「そうなんすか?・・じゃぁ激しすぎてお疲れですか?」 「・・・ふむ・・・それはあるやろか。クックッ・・・ちゅうか、子猫がよう寝れるように作った料理がわしにも効いてるっちゅうだけのこっちゃで。・・・そーゆーわれはどうやったんや?」 「あてにしてた子が他の男と同伴して来たんで、頭にきて他の店で朝まで飲んでました。」 「なんや、補欠やったんかい。そら残念やったな。」 「向こうが割り込んできたんす。・・・けど、東竜会組長補佐の柏木さんが相手じゃ、文句も言えないっすからね。」 「・・・なるほど。・・結局、金と力を選んだっちゅうことやな。そない女はこっちから願い下げしたればええんや。落ち込むことあらへんで。」 「え?・・落ち込んでないっすよ。」 「せやかて、店に入ってきた時、やたら暗かったで?」 「あ・・あはは・・それは、おやっさんがドクターをにやにやして見たらあかん、て言うもんすから・・」 「マサが?」 昭彦は眉をしかめてマサに視線を移した。 「ヘッヘッヘッ。首尾は上々のようでんな。」 マサはブランデーグラスを軽く上げて乾杯する仕草をした。 「どうやったかわかるまでは迂闊に笑えんでっしゃろ?・・けど、その様子ではええ結果やったようで、安心しましたわ。」 マサが嬉しそうに言うので、昭彦もフッと笑みを洩らした。 「せやな。最高やったで。・・・チョコケーキの味はともかく・・・」 昭彦が思い出し笑いをするので、 「手作りケーキっすか?羨ましいっすよ。いいなぁ。」 と若頭が笑顔で言った。 「せやけど作った本人が味見も出来んようなケーキやで。」 「不味いんすか?」 「どうやろなぁ・・・スポンジ生地は甘いがブランデーがかなり染み込ませてあって、チョコはやたら苦いで・・・まあ、甘い物が嫌いなわし用に作ったんやろけどな。」 「自分はそーゆーのも好きですよ。ドクターがいらないなら食べたいなぁ。」 「やらん。・・・ひとかけらたりともやる訳ないやろ。」 「あ・・・ズルイなぁ・・・」 「クックックッ。”子猫も食べて!”なんて書いてあるケーキを他の男の口に入れてたまるかい。アホ。」 「クゥー・・・可愛いっすねぇ・・・」 「せやろ?・・・めっちゃ可愛い子やで。」 昭彦はにっこり笑って、マスター代理の塚田が入れたコーヒーを飲んだ。 「・・・けど、可愛過ぎてセーブ出来へん。・・・それに・・・」 昭彦はフッと眉を曇らせた。 「どないしました?」 「・・・摩耶と同じ・・・いや、それ以上の体や。」 マサは目を丸くして、 「ほうほう。」 と頷いた。そして、 「ええでんがな。心底惚れ込んだ女が最高の名器やったら、こないありがたいもんはないでっしゃろ?」 と、言って細い眼を一層細めた。 「せやけど、押さえよう思うてもつい無理をさせてまう。体の弱い子やで、気ぃつけてやらなあかんのに。」 「ドクターがついてれば大丈夫でんがな。時には過激な治療も必要でっしゃろ。ヘッヘッヘッ。」 「それと・・・よう鳴く小鳥やでのう。・・・あのアパートではあかんわ。」 「済んまへんなぁ。急やったであない部屋しかあらへんで。」 「いや。そう、わしが頼んだんやで、マサのせいやない。初めは触れてええもんかもわからんかったんやし。」 「そしたら新しい部屋を探しまひょ。」 「わしが探すからええ。子猫の通学に都合のええ場所を探したいんや。一緒に暮らすつもりやでの。・・それにマサには別の頼みがあるで・・」 昭彦はここでは言えないとチラッと目配せした。 「ほな、事務所に。・・・かしら、車回してんか?」 マサに言われて若頭は表に走っていった。 昭彦は頭の低い腰の軽い若頭に感心して、 「よう出来た男やな。」 とマサに言った。 昭彦を崇拝しながらも、気さくに会話を楽しみ、自分がわからない話には首を突っ込まないで控えている。 「ヘッヘッ。ドクターを崇拝する者はみな礼儀正しくなるようでっせ。」 マサはにやにやしながら言った。 「・・・ん?」 昭彦は意味がわからず怪訝な顔をした。 「ドクターに惚れると他が見えんようになってまうようですわ。けど、ドクターが怒ると怖い。怖いけどそこがまた魅力を感じてまう。・・・浜田はそれが強いようやで、お役に立てればと若頭にしたんですわ。わしの組はドクターを東竜会の中で守る為に作ったようなもんでっさかいな。ドクターに惚れ込んどる男やないと務まらんです。」 「マサ・・・われもつくづくアホやなぁ・・・」 昭彦は呆れたように苦笑した。 「ヘッヘッヘッ。そうでんな。わても惚れちょりまっさかい、仕方あらしまへんがな。」 「・・・で?・・・マサのバレンタインデーはどうやったんや?」 「へぇ、わてには関係ない日ですよって、適当な女としけ込んどりやした。ヘッヘッヘッ。」 「なら、かしらよりはマシやったな。」 「ホワイトデー目当ての義理チョコは貰いましたけど、迷惑なイベントだっせ。」 「クックックッ。わしは義理チョコ貰わんで済んで良かったわ。・・・そうかぁ・・・ホワイトデーがあったなぁ。子猫に何をプレゼントしたろか・・・」 昭彦は目を閉じて子猫の笑顔を思い出していた。 「車、きましたで。」 マサに声をかけられ、昭彦は綻んでいた顔を引き締めてイスから立ち上がった。 |
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