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子猫白書U




<66>〜<70>


やくざの世界が絡むお話です。
時に不適切・不穏当な内容が含まれます。
モラルを大切にされる方は読まないよう警告致します。
★m(_ _)mペコリ★




<66>
[竜崎編『出会い』]
<66>竜崎編『出会い』

 夏の最も暑さが厳しい頃だった。耳につく蝉の鳴き声が神経を苛立たせた。こんな日に裏切り者へ制裁をくださなければならない。
(アホな男や。)
と竜崎は思う。反省し許しを請うチャンスは与えてやった。だが、それさえも裏切ったのだ。もう、どうやっても助けてやれる術はない。竜崎はため息を吐いて、その男が捕らえられている倉庫に向かう為、車に乗り込んだ。

 竜崎竜也24歳。竜崎組をうち立てて三年目に入る。中学、高校と在籍しながら、ほとんどまともな授業を受けた記憶がない。喧嘩に明け暮れる一方で、ボクシングジムに通い、空手や合気道の道場にも顔を出していた。それでも、学校の成績はトップクラスで、ごく普通に卒業出来た。
「まあ、アホばかりが集まったしょぉーもない高校やで、トップちゅうたかてたいしたことあらへんけどな。」
と気さくに笑う顔は、俳優並みに整った顔立ちだった。黙っていれば、いや、喧嘩をしなければ、好感度の高い青年だっただろう。ただ、激情型で、納得できないことや気にくわないことには抗議しないといられない性格だった。
 高校を卒業して、しばらくはボクシングジムで働いた。それなりに大きなジムで、チャンピオンも抱えていた所だった。竜崎は、若いということもあったが、その俳優並みの顔立ちに嫉妬する先輩から、よくスパークリングの相手に指名されることが多かった。そして、チャンピオンベルトを剥奪されて苛立っていた男もまた、腹いせに叩きのめしてやろうとしてた。だが、腕をあげていた竜崎が逆にきついパンチを入れてしまった。
「ダアホ!お前は叩かれてりゃいいんや!」
とジムのオーナーが言ったことに失望してボクシングをやめた。
 それからはバイトを転々と変わりながら、町をふらついて喧嘩の種を拾っては相手を叩きのめしていた。そうする内に、いつしか付いてくる男達に囲まれ、愚連隊と呼ばれる集団のトップに立っていた。それでも、その好感度の高い外見もあって、商店街の人達からは好かれていた。それで、時々相談を持ちかけられることがあって、面倒見のいい性格でもある竜崎は助けられるとこは助け、協力出来ることは協力してやっていた。
 が、ある時、やくざがらみの揉め事に踏み込みすぎてしまった。愚連隊は所詮、愚連隊。やくざの組織力にはかなわない。それでも、責任感の強い竜崎は引かなかった。命がけで向き合った大山虎蔵はそんな竜崎が気に入って、自分の大山組に竜崎を招いたのだ。
 大山はまだ山神組の若頭補佐という立場だったが、竜崎を抱えたことで勢力をより確かなものにしていった。そして、大山が山神組の組長を襲名した時に竜崎に組を持つことを許した。それが、竜崎が22歳の時のことだった。
 
 竜崎組が管理している倉庫街の奥まった一画にある小さな倉庫の前で車が停まった。一時貯蔵用にも使われる倉庫で、これだけの猛暑でも中はひんやりとしている。ブロックごとに荷物がいくつも積み上げられている合間の、入り口からは見えないスペースに裏切り者はいた。数人の男達に取り囲まれ、すでにかなりボコボコにされて顔が腫れ上がっていた。
「・・ボ・・ボス・・・」
男が哀れな声で、すがるような目を竜崎に向けた。
「・・・アホやなぁ・・・ホンマに。・・・もう言い訳出来へんやろが。」
「ボス!こいつのせいでカズの兄貴は命落としたんす!そんなのんびり・・」
「ダボッ!誰がのんびりじゃ!口には気ぃつけい!」
竜崎の怒声は低く響いて凄味があった。普段の気さくで柔和な外見に油断していて、いきなりこの声で怒鳴られた若い子分が失禁してしまったこともあった。
「・・・こいつとは愚連隊の始めの頃からの付き合いなんや。最後の言葉くらい聞いてやらにゃ、お袋さんが気の毒や。」
「え?!・・・話すんすか?」
「・・・さぁな。話せる時がくれば話すこともあるやろ。」
「はぁ・・・」
子分達は困ったように顔を見合わせた。
「ほれ。言うてみ。最後の言葉。」
竜崎が男を見下ろして言うと、男は唇をわなわなと震わせた。
「早よ、言えや。」
言えば終わりなのだ。男はガタガタ震えて失禁していた。
「言わんかったらこれまでじゃ!とっとと言わんかい!」
「いややー!勘弁してなー!」
泣き叫ぶ男に哀れみのため息を吐くと、
「それが終いや。・・・最後までアホやな。」
と言って背中を向けた。銃声が男の悲鳴を止めた。
(・・・こいつのお袋さんにワラビ餅でも買うたったるか・・・)
もちろんワラビ餅の台代わりに、相当のお金を包んでやる。それが、竜崎という男だった。

 (・・・・・ん?)
 竜崎はひとつの荷物のブロックの上に人がいることに気が付いた。樹木の上でくつろぐ豹のように、横に寝そべって肘枕で下を眺めている。よく見ればまだ体も成長しきらない、若竹のような少年である。身長はありそうだが、長い手足がすらっと細く、きめ細かな肌が若さを語っていた。
 だが、竜崎の眼を釘付けにしたのはその表情だった。たった今、殺人を目の前で目撃しただろうはずなのに、なんの感情も感じられない。ふと、頭を涅槃思惟蔵が浮かんで、少年と重なる。・・と、少年が視線に気付いたのか、下を見ていた目の焦点を竜崎に合わせた。表情のないままに目線だけが動いた。竜崎はそこでまた、ドキッとした。その少年の眼は獣のように強い光を放っていたのだ。
「ボス、どうしやすか?・・袋につめやしょうか?」
「・・・そやなぁ・・・」
竜崎は少年を見つめたまま生返事を返した。子分がボスの目線を追って少年に気付くと、
「あ!テメェ、いつの間に?!」
と言って拳銃を向けた。
「おいおい。あんな子供にそないな物向けてどないすんや?」
「見られちまった以上殺るしかないっす!」
「・・・わしは理由のない殺しは嫌いじゃ。」
竜崎はそう言うと、まだ何か言いたげな子分を手で制して、
「坊!・・そこで高みの見物しとらんで降りてこいや。」
と、少年に声をかけた。
 少年は寝そべっていた体を起こすと、数メートルはあると思える荷物の上から、ひらり、と舞い降りた。ほとんど音をたてずに着地した様は、まさに舞うようだったのだ。

 少年は竜崎のそばまで来ると、一度、床にころがっている物体をまじまじと眺めてから、視線を竜崎に向けた。黒目がちで輝きの強い眼は、人よりも獣に近いとつくづく思ってしまう。
「で?・・・何の用や?」
と、少年が言った。感情が見えてこない表情に、竜崎は戸惑っていた。
「坊はこれ見て、どない思う?」
「なんも思わへん。」
「・・・ほう・・・なんもか。・・・したら、これをどうしたらええと思う?」
「わしには関係ないやろ。好きにしたらええ。」
竜崎は眉間にしわを寄せた。少年の口から出る言葉とは思えなかった。
(虚勢を張っとるんやろか?・・・素直やないガキはメンドイわ。ちょいと怖がらしてみるか?)
「関係なくないで。坊は目撃者やしのう。」
「見とうて見たんやない。気持ち良う昼寝しちょるとこに、後から来たんはおっさん等や。」
(おっさんやないでぇ!わしはまだ24じゃ。)
「ここはわし等の倉庫や。坊が不法侵入やないけ。」
「・・ック。そらそうやな。・・・わしが不法なら・・おっさん等は無法っちゅうとこか。」
口の端で笑う少年は、姿のみ少年であって、その言葉や態度には可愛げというものが感じられなかった。竜崎は少し苛立ってきていた。
(可愛げのないガキは嫌いや。)
「ちーと、手伝うてくれへんかぁ?」
「なんでや?」
「わしの子分等は坊を口止めするより、一緒に消してまう方が安全やと思うとるんや。坊は見たかったんやないかもしれへんが、見てもうたもんはしゃーないやろ?・・・そこでや。坊が手伝ってくれたら共犯や。坊も言わんて、子分等も安心すると思うんやがな?どうや?」
少年はじっと竜崎を見つめていた。そして、
「ええで。」
とあっさり答えた。
「ほいで、どないして欲しいんや?」
(なんちゅう、生意気なガキや。その高慢な鼻、へし折ったるわ。)
「そやなぁ・・・わしは一度、心臓っちゅうもんを見てみたかったんや。見して貰えるか?」
竜崎は不敵な笑いを浮かべて、少年にドスを差し出した。
(大人をコケにしちょると、怖い目に遭うっちゅうんが、ちょっとはわかるやろ。)
少年の眉が少し曇ったのを、竜崎はほくそ笑んで見ていた。
「その刃は大きすぎるで。」
(あ?)
竜崎が少年の言葉を理解する前に、少年はポケットから手術用のメスを出して見せた。
「これを使うてええやろ?」
(なんやて?!)
「・・・好きにせい。」
(本気か?)
竜崎が半信半疑にそう言うと、少年はさっさと転がっている物体を仰向けにし、服の前をはだけて、メスを立てた。スーっと線を引くように動かす。思ったより血は出ないようだ。少年はオペをする医師のように冷静な顔で作業を進めていく。
(どこまでマジでやんねや?)
竜崎は赤い肉が見える頃には、背中が悪寒に覆われて青ざめていた。・・と、少年の手が止まった。
(せやろ?いくらなんでもきついやろ?ええのや、それで。わしもちーと言い過ぎたわ。もう許したろ。)
「おっさん。何か糸あらへんか?」
「・・・糸?」
竜崎は何のことかわからずにポケットを探っていた。手に四角い小さな箱が当たる。歯間掃除に使う糸のようなものだ。
「これぐらいしかあらへんなぁ・・」
竜崎がそれを見せると、
「ああ。それでええわ。」
と少年が受け取った。
「・・・坊・・・何に使うんや?」
「ここを縛っとかんと、この辺が血まみれになるで。後で片すんが大変やろ。」
(・・・・・まだやるんか?!)
竜崎は少年の作業から目を反らしたかった。だが、自分が言ったことである以上、見ててやるのが自分の責任だと感じていた。
「これが心臓や。どや?綺麗な色やろ?」
少年が心臓をつかんで差し出して見せた。
(・・・・・こいつ・・・いかれてるんか?)
竜崎は青ざめた顔で固まっていた。子分達は耐えられなくなり、隅に行って嘔吐していた。
「・・・わかった。もうええ。・・・それを仏さんに返したってくれや。」
竜崎は気分が悪くなるのをこらえて言った。
「ええで。」
少年は手の物を元の場所へ戻すと、開いたものをまた元通りに納めていった。多分、医学的知識があって、必要最低限の部分にだけメスを入れたのだろう。血が噴き出すような血管を避けて切り開いたに違いない。服を合わせると、今、目の前で行われたことが夢か幻だったかのように感じる。
(いっそ、夢か幻ならええのに。)
竜崎はそう思いながら、目の前の静かな物体に手を合わせた。
(済まんことしたのう。・・・冒涜するつもりはなかったんや。成仏したってくれな。)
「・・・友達やったんか?」
少年がボソリと聞いた。
「そうや!悪いか!」
竜崎は無性に腹立たしさが込み上げてきて、吐き捨てるように言った。
「・・・そうか。それは気の毒やったな。」
(あ?なんやてぇ?)
竜崎が怒りに目を剥いて睨み付ける中、少年は屈み込むと手を合わせて黙祷した。
(・・・どうゆうこっちゃ?)
今になっても表情を変えない少年は、それでも狂っているようには見えなかった。だが、あれだけのことを普通の精神状態で出来る子供がいるとは思えない。
(普通に見えて、やはり狂っているのか?)
竜崎は、菩薩のような横顔の少年を見ている内に、怒りが引いていった。
(この子が悪いわけやない。わしがそうさしたんや。・・・そもそも何でこんな状況になったかと言えば、信頼を裏切って仲間を死に追いやった、こいつ自身の責任やんか。・・・それでも命だけは助けてやろうとした、わしの気持ちもわからんと。)
「坊・・・済まんことしたなぁ。服を汚してもうたな。」
竜崎が声をかけても、少年は返事をしなかった。どうやら少年は、声を出さずに、お経を唱えているようだった。唇が小さく動いている。竜崎は少年が顔をあげるのを待っていた。
「別に構へん。」
立ち上がって竜崎を見た少年はさり気なく答えた。
(・・・何でこないに綺麗な眼をしとんのや。)
竜崎は自分がとんでもなく酷い大人に思えてきてしまった。
「いや。弁償さして貰うわ。・・・取り敢えず・・・汚した物を脱いで、綺麗に流さんとな。わしの家に寄ってくれ。」
「構へん、っちゅうとるやろ。」
「遠慮はいらん。いつまでもここにおる訳にもいかへんしな。」
竜崎はそう言うと、上着を脱いで少年にかけてやった。赤く汚れた服を見られないように、との配慮だった。
「後の始末は頼むで。ちゃんと綺麗にしときや。」
「へい。・・わかっちょります。」
子分達はまだ青ざめた顔で頭を下げて、二人を見送った。

 シャワーを浴びて、腰にタオルを巻いただけの姿で出てきた少年を見て、竜崎は目を見張った。服を着ていた時より、一層若竹のしなやかさを感じた。鍛えてある引き締まった体は、乳白色の大理石のようである。竜崎はドキドキして顔が赤らんでくる自分に気付いた。
(なんやねん?何でこないドキドキせな、あかんのや?)
竜崎は自分の動揺を気付かれないように、コーヒーを入れ、ケーキを添えて出してやった。少年がまた眉をひそめる。
(ん?今度はなんや?)
「・・・甘い物は苦手なんや。」
(くぅぅぅー、こぉのぉガキャー!そのケーキはめっちゃ高いんやぞ!ちゅうより、評判が高くてすぐ売り切れてまう店なんや。しかもや、わしがわざわざ出向いて買うてきた物なんやぞ。・・・甘い物が好きで悪かったのう!)
竜崎は一人でケーキをフォークでつつきながら、澄まし顔でコーヒーカップを持つ少年を恨めしそうに見ていた。
「ん・・・このコーヒーはブルマン?・・ええ香りや。」
そう言った少年が満足そうに笑みを浮かべた。竜崎はドキッとして、再び赤面した。
(わ・・笑えるんかい!・・・あんまし表情変えへんから、顔の筋肉がないんやと思うたがな。)
「坊もコーヒーが好きか?」
「好きや。」
少年はまた笑顔で言った。笑うと少年らしい無邪気な表情になる。
(可愛いやんかー!・・・いや、ごく一般的見解としてや。・・・ちゅうか、なんでここで自分に言い訳せなならんのや。・・・ホンマに調子狂てまうガキやで。)
「・・おかわりあるで?」
「なら、貰うわ。」
(やけに素直やないかい。・・・いや、考えてみれば、ずっと素直やったやないか?・・・素直やから従ってただけやがな。)
そう思うと、竜崎は大人として、この子に酷いことをしてしまったことが心苦しくなった。
 コーヒーのおかわりを入れてやった竜崎は、
「さっきは済まんことしたの。・・・子分達を納得さす為ゆうたかて、子供に命令することやなかったでのぅ。」
と、言った。出来れば忘れてしまいたい出来事だったが、忘れて済まされることでもないとも思っていた。そう言われた少年は、また表情を消して目を伏せた。
(こうした顔はホンマに菩薩みたいやなぁ。・・・なんやったかいのう?・・・そやそや、弥勒菩薩や。あの半眼の顔そっくりやで。)
「・・初めてのことやないで、なんとも思わへん。」
(げっ?!)
竜崎はコーヒーにむせそうになった。
「あー?・・・どーゆーこっちゃ?」
「・・ま、対象は犬までやけどな。」
(・・・ふぅぅ・・・なんや、犬かい。・・・犬でもええんかい!今日のわしはボケとるで!)
「・・・何でまた・・・そないなことすんねや?」
「あかんか?」
「そら、あかんやろ。どんな命かて理由なく奪うもんやないで。」
「まあ、そうやな。」
少年はカップを置くと、片手を頬にあてた。
(わかってはおるようやなぁ。・・・それにしても益々弥勒菩薩と重なってまうでぇ。・・・あかん。目ぇ覚まして、ちゃんと話聞いてやらな。)
「わかっとるんやったら、もうせんこっちゃ。」
「・・・うん。」
(ぅぅぅ・・・素直やぁ・・・そない悪さする子にはどうしても見えへんでぇ。)
「医者のマネしたかったんか?随分メス裁きがうまかったやないか?」
「あれこれ本を見てるうちに覚えただけや。・・・目的はそんなことやない。」
「したら、どんな目的なんや?」
竜崎は心からこの少年が気がかりになっていた。なんとか理解しようと、親身になって聞いていた。少年は一度目をあげて、竜崎の目を見つめた。竜崎は目を反らさずに見つめ返した。そして、黒目がちの強い光を宿した目は、宝石のように綺麗だと思った。

「・・・自分を試したかったんや。」
少年は頬杖をついて、指の爪を噛みながら言った。その仕草はまだ子供っぽいままの、自分を持て余す少年そのものだった。
「なんで・・・また・・・?」
「わしは他の子とは違うらしい。母親はわしを脅えた目ぇで見よる。・・・腹違いの妹を、わしがどうにかしてまうんやないかと、いつも警戒しちょる。」
「そらぁ・・いくらなんでも酷いわなぁ。」
竜崎が本気でムッとして言うと、少年はフッと自嘲的に笑った。
「クックッ。いや、母親が不安がるのも無理はないんや。」
「何でや!」
竜崎が怒ったように言う。少年を怒ってるのではなく、こんな風に少年に思わせてしまっている母親に腹がたったのだ。
「・・・わしは泣いたことがない。」
「あ?・・・それは・・・」
「別に涙腺が壊れちょる訳やないで。・・・泣くだけの理由が見つからんのや。」
(・・・どぉーゆうことや?)
竜崎は息を飲んで少年を見つめた。
「例えばや、・・さっきのことかて、わしはこう思う。・・・人はいずれ死ぬもんや。この男はここで死ぬのが宿命やったんやろ。・・・死んだら痛みはなくなるもんや。魂は天国か地獄へ飛んでっちょるやろ。・・・今は苦しんぢょる生きた大人達の気持ちを静めたらええ。」
竜崎は胸が痛くなった。
「・・・そない・・思うとってくれたんか。・・・済まんのう。」
「ック。・・そこで謝るおっさんも変わっちょるで。」
(おっさんやないでぇー!)
「・・・けど、実際問題として・・・人の出来んことまで出来てまう者をどう思う?・・普通の感覚やったら怖くて出来んことも、・・常識から考えたらやらんやろ、ちゅうことも、・・出来てまうんや。」
「・・・そら・・・まぁ・・・」
(端から見たら、怖いかもしれん。)
そう思ったが、竜崎は言うことを控えた。
「せやから、自分が一体どこまで出来るんか試してみたかったんや。」
竜崎はしばらく考え込んでいたが、大きく息を吐いて、
「・・・でぇ・・・わかったんか?」
と聞いた。少年は、また自嘲的に笑うと、
「いや。・・・底なしや。」
と答えた。竜崎の背筋を悪寒が駆け上る。言葉を探したが、何も見つけられなかった。固まった表情だったが、少年を見つめる眼差しは苦しいほどの痛みだった。
(・・・どう言ってやればええんや。・・・可哀想とも哀れとも違う。慰めかて受け付けんやろ。・・・心が痛くてたまらん。)
「・・・わしは妹が可愛い。」
「お?・・そうやろ、そうやろ。なぁ?」
竜崎はなるべく暗くならないように、明るく相づちを打った。
「・・・妹が可愛がっていた小鳥がいたんや。」
「おお。」
(ん?・・・いた?)
「ヒナから育てて、随分慣れちょった。」
「・・・ああ。」
「よく籠から出して、手に止まらせてたんや。嬉しそうな顔して。・・・わしはそんな妹を見てるのが好きやった。」
「・・・そうかぁ・・・」
「ある時、母親が、妹が小鳥を籠から出しているのに気付かんと、戸を開け放したままにしてもうたんや。」
(・・・やっぱり・・・そうなんか・・・)
竜崎は黙って頷いた。
「小鳥はどんなに可愛がっていても、広い空が見えれば飛びたくなるもんや。・・妹の手を放れて、開いてる戸から出ようとしちょった。・・・でぇ・・・わしが捕まえてやろとしたのを、母親が、やめなさいー!・・ちゅうて叫んで、丁度、捕まえたわしの手を叩いたんや。」
(くそばばぁぁぁぁーー!)
竜崎は先が見えるようで、歯ぎしりをした。
「・・・二重に力が加わった小鳥は絶命しちょった。」
「そら、坊のせいやないで!」
「・・・まあ・・・そなんやけど・・・妹が小鳥を抱き締めて、大声で泣き叫ぶのを、わしは黙って見ちょったんや。・・・涙を浮かべもせんと・・・」
「そないな状況なら、わしかて泣かんで。・・・男やないかい!・・のう?」
少年は優しい微笑みを浮かべて竜崎を見た。
「おおきになぁ、おっさん。・・・けど、ええんや。・・・それだけやなく、他にも色々あるよって。」
「けどのう・・・その妹かて、そない当てつけがましく泣かんでもええやろにのう。」
竜崎はこの傷ついている・・・もしくは、傷つくことも出来ない少年が、愛おしくてたまらなくなった。なんとかして励ましてやりたかった。それで、そう言ったのだが、少年は眉を曇らせた。
(おいおい・・・今度はなんやぁ?)
「わしは今でも妹が可愛いんや。」
「そら、妹やし・・・」
「それもあるやろ、とは思うけど・・・むしろ、わしは自分のこんな血が嫌いなんや。半分だけでも同じやと思うと、妹にわしと同じ症状が出んかと不安になってまう。」
「・・・・・ふーむ・・・・・」
「けど、妹は泣けるんや。思いっきり泣ける子なんや。感情のままに、泣ける。・・・それが、わしは可愛いてたまらん。」
竜崎はふるふると震えていた。少年が愛おしくて、その心があまりにも清すぎて。竜崎の目から涙がこぼれ落ちた。少年はじっとその涙を見ていた。そして、ボソリと言った。
「けど、おっさんはヤダなぁ。・・・抱き締めてやれへん。」
(・・・この・・・クソガキャァーーー!!)
<67>
[竜崎編『竜也と昭彦』]
<67>竜崎編『竜也と昭彦』

 竜崎には長く続く恋愛というものは経験がなかった。
 けっしてモテないのではない。むしろ、その俳優並みの顔立ちやスナイパー的鍛え上げられた肉体に惹かれない女性はいない、と言ってもいいくらいだった。性格だって悪いわけではなく、人を色眼鏡で見ない大らかさや会話を飽きさせない明るさがあった。

 問題なのは、その男らし過ぎる性格なのかも知れない。
 たまたま、やくざ、という世界に入ったが、色々な理由でその世界に生きる人達のいる中、竜崎には自分自身の為という感覚があまりなかった。愚連隊のトップだった時も、自分で望んで徒党を組んでいた訳ではなく、元は喧嘩相手だったり、助けてやった相手だったりと、竜崎を慕って一緒に行動するようになった者達ばかりだった。慕ってくる以上は守ってやりたい。だが、一般的な日常からは、はみ出してしまう不器用な連中の集まりを、受け入れる世界と言えば、やくざの世界しかなかったのだ。

 情に厚く面倒見のいい性格というのは、傍目で見れば最高にいい男なのだろうが、付き合う女性にとってはどうなのだろう。
 子分が増えれば増えるだけ、親分が難しい立場になればなるだけ、心配事や持ちかけられる相談が増える。自分といる時でさえ、違うことを考えていたり、場合によっては急いで出掛けなければばらないことも度重なる。そして奔走に没頭して連絡もなく、帰ってくるのがいつかもわからない。やっと戻って落ち着いてくれるかと思うと、また次のことへ興味がいってしまう。竜崎を頼りにする相手だけでなく、竜崎が自分で気になってしまう相手にも何かと世話をしてやる。そうした竜崎に、付き合っている女性は、いつになったら自分へ気持ちを向けてくれるのか、と不満をぶつけることになる。竜崎にはそんな女心がわからない。大事にしてやってるつもりなのに、相手は不満ばかりを募らせる。それでも、不満があるならなんとかしてやろう、と思ってる側から、また別の問題が起きる。人の生き死にが関わるとなれば、どうしてもそっちを優先させてしまう。それで、女性は、それが竜崎の答えなのだと思い、竜崎の元を去っていってしまうのだ。

 竜崎が女性に関心が薄いのでもない。
 それなりにお洒落には気を使い、女性の気に入る話題を探したりする。気に入った相手にはプレゼントも気前がいい。積極的にアプローチをかけたりもする。だが、一度声をかけても、次に声をかける機会がないままに時が過ぎてしまい、声をかけられた女性は、竜崎に惹かれながらも、(きっと気紛れだったのだろう。あんなに素敵な人なら自分以外にもたくさん慕う女性がいるのだろう。あの優しさはただの社交辞令だったのだ。)と、寂しい心を他の男性で埋めようと、違う男と付き合ってしまうのだ。男気の強い竜崎は他の男から奪ってまで、手に入れようとはしない。幸せになれ、と笑って祝儀などをやったりする。それで、なかなか付き合うまでにも至らないこともしばしばだった。

 竜崎は生まれついての親分肌なのだろう。
 しかも心を大事にする竜崎に、女性とその場だけの関係を持つという器用なことはできなかった。女を道具にすることは嫌いだった。それでも、相手の立場や状況や思いも理解してやれるだけの度量もあって、子分達に自分の考えを強引に押しつけるようなことはしなかった。大抵は、冗談まじりに、「あまり女を泣かすような生き方はすんなや。わしなんて泣かす女もおらんのやぞ。」と言ったりした。

 その竜崎がもっとも許せないのが”裏切り”だった。
 一癖も二癖もある連中の集まりなのは承知していたし、言って聞くような素直な相手ばかりではないこともわかっていた。ランドセルを背負った子供の集団をまとめるんじゃない、人生を背負った大人の集団なのだ。だからこそ、人としての最低限の礼儀と信頼を大事にするように、とだけは厳しく言っていた。こうした竜崎の影響を成長過程の昭彦が多いに受けたのは当然だったろう。

   竜崎が昭彦と出会った頃は、幸運なことにつき合っている女性がいた。誰も信じないが、女性には不器用な竜崎は、相手が自分と駆け引きで付き合うような場合は、どんなに惹かれていても手は出さなかった。純粋な関係を持ちたかったのだ。
 が、一方では、心で付き合うというのがよくわからなかった。することをして気持ちがいい、男と女はそれでいいじゃないか、と思っていた。そこが、女性には不満を募らせる一因にもなっているのだが、今付き合っているナオミという女性はかなりその辺がさばけていた。しかも、男のモノをしゃぶるのが大好きだというのは嬉しい性格だった。
「・・・ぅ、ぅ、んん、ぅ、ぅ・・・あぁ・・・リュウのって大好きぃ・・・」
ナオミは竜崎の太い男根を甘噛みしながら言う。
「・・お前なぁ、比べるような言い方はすんなや。」
「えー?比べてへんよぉ・・・」
「ほな、誰のは好きやないんや。」
ナオミは、うっ、と言葉を詰まらせ、またドクンドクンと脈打つ肉棒を頬張った。
(悪い子やないんやがなぁ。男好きなんが問題やなぁ。)
竜崎は懸命に首を振っているナオミの髪を撫でながら思う。つい最近も浮気をされたばかりなのだ。今度ので2回目になる。1度目は放っといた自分も悪かった、と許してやった。2回目はさすがに怒ったが、泣いて謝るナオミに負けて、また許してやった。
(仏の顔は3度らしいが・・・次に浮気したらどないしよう・・・)
複雑な思いでナオミを見ていると、ナオミが上目遣いに竜崎を見て、くわえたまま笑った。ドクンッとモノがナオミの口の中で大きさを増す。先から溢れ出るものを感じ、思わず熱い息を吐いた。
(まあ、ええ。そん時はそん時や。)
竜崎は向きを変えて、ナオミの股を開かせると、赤く綻んだ花弁に舌を這わせ始めた。ナオミが肉棒をくわえたままよがる。溢れてくる蜜を吸いながら、舌を忙しく動かして内側まで舐めてやると、
「んー、、、ん、んん、、、・・・あぁぁ・・・」
と、息を吐きながら体を仰け反らせる。
(そろそろええ感じやろ。)
竜崎はナオミに犬のポーズをさせて、太い肉棒を奥までめり込ませた。
(あぁ・・・ええ感じや。・・・締めてきよってからに・・・可愛いやっちゃ。)
竜崎は初めはゆっくり、次第に早く、腰を動かし始めた。
「あぁん、、あん、、あんん、、気持ちええよぉ・・・」
ナオミが可愛い声でよがる。
(せやろ?・・・わしもめっちゃ気持ちええでぇ。)
竜崎は目を閉じ、眉間にしわを寄せながら、擦り上げる。
(・・・ぅぅ・・・ええなぁ・・・やっぱ、女は抱いてナンボやでぇ。)
竜崎は理屈を積み上げて文句を言ってくる女は苦手だった。サウナでの自慢話に、気の強い女を落とした話や、インテリな女を夢中にさせたと言う連中もいるが、竜崎は「おめこして気持ちええ女がええで。」と言って笑った。
(あぁ・・・たまらんわ。・・・ええ声で鳴きよる。)
竜崎は激しく突き上げて、ナオミの声を楽しむ。
「あ、あ、あぁ、あぁぁん・・・」
ナオミの白い尻に見え隠れしている、黒光りする自分のイチモツを見ながら、
(なかなかもモンやで。浮き上がった血管かて太くてドクンドクンいっちょる。)
と、満更でもなく思う。竜崎の体には、全身を取り巻くように赤と黒の二匹の竜がうねっている。竜崎の名前にちなんで二匹の竜。大山の杯を貰う時に彫り込んだもので、漆黒の闇の黒い竜と紅蓮の炎の赤い竜が両肩に恐ろしげな顔を見せている。竜に抱かれているようだ、と言った女もいた。そして竜崎の男根は暴れ竜だと。
(えぐりこむように・・・打つべし!・・打つべし!・・打つべし!)
「あん!あん!あぁぁぁん!」
竜崎がナオミの腰をつかんでズン、ズン、ズン、と突き上げるのに合わせて、ナオミも腰を振ってぶつけてくる。
「あぁぁぁ・・・いくぅ、、いく、いく、いくぅぅ、、、あぁぁん、ん、、」
(ホンマに好っきやなぁ。・・・けど、可愛いなぁ。)
「よっしゃ!そろそろいくでぇ!」
竜崎は弾けそうな弾をぎりぎりまで我慢して、ナオミの声が甲高い悲鳴になるまで責め続けた後、思いっきり発射させた。

 そろそろ昼時になるので、一緒に食事に出ようということになった竜崎は、ナオミが支度する間、アパートの二階の窓から通りを眺めていた。竜崎は女性と付き合う場合は、その女性の所へ通うのが常だった。交際が長く続かないということもあったし、留守にすることが多く、しかも仕事柄安全とは言えなかったからである。
(抜いた後の煙草は美味いなぁ。)
手すりに肘をついて、煙を空へ吐き出す。今日も青い空は強い陽射しに溢れている。
(甲子園も終わっておもろいことないなぁ。)
昼間からのんびりしている奴、と言いたげな視線を投げて、背広を腕にかけて汗を吹きながら、中年の男が忙しそうに歩いていく。
(けっ!こちとら、夜が忙しいんじゃい!)
昼の仕事なら余程のことがない限り、子分に任せておけばいい。だが、夜は組長に呼ばれることがよくあった。竜崎は苛立ち紛れに、煙草の吸い殻を下へ投げ捨てた。女の支度は時間がかかって手持ちぶさたなのだ。と、その様子を数メートル先で、眉を曇らせて見ている少年がいる。
(お?・・・坊やないかい。)
「坊!何しとんねん?」
竜崎に声をかけられても返事をしない少年は、火がついたまま転がっていた吸い殻を拾って下水の穴に落とした。
(あっちゃぁー・・・まずいとこ見られたわ。)
「おー、済まんのう。ちーと、手が滑ってもうたで。」
少年は上を見上げ、
「都合のいい手やな。」
と言うと、通り過ぎて行こうとする。
「あー、わしが悪かった。・・・って、おい!ちょっと待ち!」
「何やねん?」
「どこ行くねや?」
「・・ラーメン屋。」
「この先のか?」
この通りのもう少し先に、けっこう評判のラーメン屋があった。
「ほな、わしも行くわ。降りてくから待っとれ。」
竜崎は上着をとると急いで靴を履く。その時、支度を終えたナオミが隣りの部屋から出てきた。
「あ、悪いな。今日は用事が出来たで、帰るわ。」
「えー・・・リュウ・・・」
「また、今度な。」
「・・・アホォー!」
ナオミはバッグを投げつけたが、竜崎がかるくかわしたのでドアに当たって落ちた。竜崎はバッグを拾ってやると、靴箱の上に置き、
「そない怒りなや。今度埋め合わせするよって。」
と言うとドアを開けて出ていってしまった。
(あのガキ、待っとるか?)
階段を降りるのも、もどかしげに表の通りへと行くと、少年は日陰の路地に屈み込んで、眠そうな顔の猫の前に手を差し出し、小さな声で「お手。・・・お手。」と言っていた。
「・・・・・猫やぞ。」
竜崎の声に、座ったまま振り向いた少年の顔はあどけない程に綺麗な顔をしていた。が、すぐにムッとして立ち上がった。
「それくらいわかっちょるで。TVで”お手”をする猫がおったんや。せやから試してみただけや。」
少年の言いようが、まるで拗ねた子供だったので、竜崎は思わず吹き出して笑っていた。
「何でも試すんが好きなんやなぁ。」
「・・・悪いんか?」
「いや。ええこっちゃ。・・・ほな、行こか。」
そう言った竜崎が少年の肩に手をかけた時、二階の窓からナオミが顔を出した。
「ねぇー・・・今度っていつやのぉ?」
竜崎は半分だけ顔を向け、
「おう。都合ついたらや。」
と言うと歩き出した。少年は肩を押され、はぁ?、と気にくわなそうな顔で竜崎を見たが、竜崎にウィンクされて、ますます訳がわからない様子だった。
「ねぇ、リュウってばぁ・・・今夜、お店来てくれはるぅ?」
「都合ついたらのう。」
今度は振り向くこともなく、片手をあげて言った。

 評判のラーメン屋で、竜崎はこの店でも特に人気のあるメニューをあれこれと注文した。ナオミと付き合うようになってから、何度か来ていたのだ。
「どや?美味いやろ?」
「うん。そやな。」
少年は笑顔で答えた。
(ホンマに笑うと可愛いやっちゃなぁ。)
竜崎も無意識に顔が綻んでしまう。
「坊はこの辺の子なんか?」
「いや。雑誌にこの店のことが出ちょったで・・・」
「プッ・・・クフフッ。試してみたかったんやな?」
竜崎に目を覗き込まれて、少年は返事をしないまま目を伏せた。頬に少し赤みが差して、照れているのがわかる。
(くわぁぁー・・・ますます可愛いでぇ・・・)
竜崎の中でピクンと頭を持ち上げる存在があった。
(な・・なんやっちゅうねや?!・・・このガキ、色気がありすぎやで・・・)
「そう言えば・・・坊の名前も聞いとらんかったのう。」
竜崎は意識を会話に持っていきたかった。向かい合って見ていると、少年の持つ不思議な雰囲気に引き込まれそうになる。
「あん時は聞かん方がええのか、とも思ったがのう・・・坊が警戒するよってなぁ。けど、偶然また遭ったっちゅうことは、何かの縁があるんやろ。」
少年は少し考え込んでいたが、ボソリと答えた。
「・・・・・昭彦。」
「上は・・・言えへんか・・・」
「まだ、決まっちょらんのや。父親の姓になるか、母親の姓になるか。・・・どっちでも構へんけど、変わるかもしれへんで・・」
「そうかぁ・・・何や、複雑なんやな。・・・まあ、ええ。もっと喰わんと大きくなれへんぞ。どんどん喰えや。」
竜崎はなぜか昭彦を抱き締めてやりたくなった。胸が締め付けられる。なぜかは竜崎にもわからなかったが、昭彦の獣のように輝く目が、どこか寂しげに思えてしまったのだ。
(・・・あかん。・・・どうかしとるわ。)
竜崎は昭彦に料理を勧める一方で自分も食べることに専念した。昭彦は細身の割には食欲旺盛で、かなり多めの注文だったが、二人で綺麗に平らげてしまった。
「よう、食べたな。・・・腹ごなしに映画でも行ってみいへんか?」
「映画?」
「おう。・・・今、何上演しとるかはわからんが・・・坊も夏休みやし時間あるやろ?付き合えや。」
「・・・ん・・・そやな。・・・けど、ちょっと待ってくれへんか?」
「あ?」
昭彦はそう言うと、ポケットからメモ帳を出して書き込み始めた。
「・・・何しとん?」
「料理の名前・・・材料・・・ポイント・・・」
昭彦はそう言いながら手早くシャーペンを走らせている。竜崎は席を立って、会計を頼むと、昭彦の肩越しにメモ帳を覗き込んだ。
「・・・ほう・・・調味料まで書いとるんか。・・・ん?・・あれでわかるんか?」
「ああ。人より味覚が鋭いらしいわ。・・・それが母親にはまた気にくわんみたいやけどな。」
「五感が発達しとるのはええこっちゃ。」
(この子やったら、他の聴覚、触覚、視覚、嗅覚も発達してそうやわ。筋肉もバランスもええし・・・いにしえの野性の血が濃いんか・・?)
『・・・飼ってみたい。』
心で思ったことだったが、昭彦の手が一瞬止まったように感じて、焦った竜崎は咳払いをして顔をあげた。誰に聞かれたのでもなかったが、気恥ずかしさに顔が赤くなりそうだった。

 竜崎が会計を済ませてほどなく、メモを終えた昭彦が側にきて、
「御馳走様です。」
と、頭を下げた。
「おう。」
竜崎は務めてさりげなく言って、店を出た。歩きながら何か話題が欲しくて、
「坊は料理とか、作るんは好きなんか?」
と聞いてみた。昭彦は、にこっ、と笑って、
「うん。好きや。」
と答えた。その笑顔にまた、股間の疼きを感じてしまう。
(わし・・・アホみたいやで。・・・しゃんとせんかい!)
「そうなんかぁ。したら、家でも作っとるんやなぁ。」
「・・・家では作らん。・・・わしが包丁持つと怖がるんや。」
股間だけでなく胸も疼く。ドキン、ドキン、と心臓の鼓動が聞こえてきそうだった。
(・・・ダメや。・・・まるで恋でもしとるみたいや。・・・クソッ。)
「そしたら何処で作るんや?」
「たまに、友達の家で作ることがある程度やから・・・料理の腕はまだまだや。」
昭彦が苦笑して肩をすくめた。竜崎はそれだけでもう、可愛さに武者震いしてしまう。何をしても、何を聞いても、可愛さが募る。
(恋なら恋でええ。そうや、わしはこの子が可愛いんや。)
竜崎は開き直ることにした。悩むのは性に合わない。
「それやったら、どうや?今度からわしの部屋に作りに来いへんか?」
「おっさんの?・・・あの高級なマンションか・・・」
「おいぃぃ・・・おっさんやのうて、竜也や。な?・・・昭彦。」
「タツヤ・・?・・・リュウやないんか?」
そう言うと昭彦は、クスッ、と意味ありげに笑いをもらした。
(クソォォ・・・こーゆーとこがまた可愛いんや・・・クゥゥ・・たまらんで。)
「ミナミじゃ竜崎組のリュウて呼ばれとるが、名前は竜也やで。」
「うん。わかった。・・・そしたら、竜也さんちゅうわ。」
「さん、なんて堅苦しいがな。竜兄ぃでええで。な?」
「・・・竜兄ぃ・・・?」
昭彦が眉を曇らせる。竜崎の胸がまたキュンと鳴る。
「・・・気にいらんか?」
「わしまでやくざになったようで・・・いやや。」
(クッソォォォー・・・はっきり言いやがってぇぇーー・・・)
「ほな、好きでええ。」
竜崎は笑って、昭彦の肩に手をかけた。
<68>
[竜崎編『涙』]
<68>竜崎編『涙』

 朝方、自分のマンションに戻った竜崎は、昼近くなって目が覚めた。
(頭が重い・・・クソッ。飲み過ぎやわ。)
昨夜は山神組若頭補佐の神崎に付き合わされた。
 神崎は元々大山組の幹部だったが、山神組若頭の島岡とは反目していた。若頭の島岡は前山神組組長山神辰夫の杯を受けた山神組古参の男で、いわゆる直系を笠に着て何かと意見してくる存在だったので、神崎とは常日頃からそりが合わなかった。それがまた最近、神崎の始めた事業にケチをつけて妨害している、と言って神崎が怒りを爆発させそうになっていた。現山神組組長の大山は竜崎に、神崎と島岡の腹の内を探り、出来れば宥めて問題が起きないようにしてくれ、と指示していた。
 それで神崎の愛人のやっているクラブで、神崎の愚痴を延々と聞きながら、勧められるままに強いお酒を飲んでいたのだ。
(マズイ酒や・・・)
酒は嫌いじゃない。だが、どんなに高級だろうと気分が悪くては美味しく感じられない。逆にどんなに安くても、仲間内で冗談を飛ばしながら飲む酒の美味しさを、竜崎は知っていた。
(最近、旨い酒が飲めなくなったな・・・)
竜崎が力をつければつけるほど、昔の愚連隊仲間は遠慮がちな態度になっていった。新しく杯を貰った子分は竜崎を崇拝している。愚連隊の仲間も、竜崎に惚れ込んだからこそ、一緒にやってきたのだが、新しい子分とは気持ちのズレがあった。
 竜崎組が誕生した時に杯は受けている。が、元愚連隊仲間にしてみれば、慕っているといっても対等な関係なのだ。それが新しい子分にはボスを軽くみていると感じられるし、元の仲間からは新しい子分は生意気だ、と見られる。両方を大事にしようとする竜崎を、元の仲間は冷たくなったと感じた。それが、あの裏切りに繋がったのかもしれない。
(おもろない世界や・・・チッ。)
後戻りは出来ない。背負っているものが多すぎる。突き進んできたからには、自分のやるべき責任は果たす。が、自分の為に何かがしたい、という気持ちは起こらなかった。

 竜崎は上半身の軽いストレッチをしてからベッドを降り、熱いシャワーで腐りそうな心と頭をさっぱりしよう、と寝室から出た。居間とキッチンがワンフロアーになっている部屋が美味そうな匂いで満ちている。見れば、本を見ながら火加減を気にしている昭彦がいた。
(おもろい奴見っけ。)
竜崎は急に気持ちが晴れやかになり、浮き浮きとしてきた。顔が綻んでくる。竜崎にとって”おもろい”は気分が良くなる、楽しくなる、という意味らしい。
「来とったんか。」
竜崎が声をかけると、
「あ、うん。」
と、返事をしながら昭彦が振り返った。が、目を見開いて竜崎を見つめた状態で固まっていた。
(ん?・・・なんや?)
竜崎は、昭彦のわずかに動く視線が、自分の体の彫り物を眺めていることに気付いた。黒のトランクスだけという姿には、黒と赤の竜が勇猛と踊っている。昭彦の視線が、左右それぞれの太股に巻き付いている竜の尾の部分を確認し、また上に戻って両肩の恐ろしげな顔の竜を捕らえる。 
「なんや?これが珍しいんかい?」
竜崎は、居間のテーブルの上の煙草入れから、煙草を取ると火を付けて言った。
(怖がっとるんか?)
内心の不安を隠すように、煙を吐き出した。
「綺麗なもんやなぁ・・・」
昭彦が感心したように言った。竜崎はほっとして苦笑した。
「綺麗かいな?・・・まあ、初めて見る奴は発色が鮮明なんに驚くようやがな。映画とかの描いてある偽物にはこの艶は出ぇへんらしいで。」
「そやなぁ・・・ちょっと触ってもええか?」
「擦ったかて落ちひんでぇ。」
「皮膚の下のどの辺にどんな具合に色を入れちょるのか、見てみたいんや。」
「クッフフフ。研究熱心やなぁ。・・ええで。好きにせい。」
竜崎は煙草を灰皿に捨てて、足を開き気味に立ち、腰の横にそれぞれの手をあてた。こうする姿勢が全ての絵柄を確認するには丁度良かった。子分の中には、どうしても、と拝んで見たがる者もいたので、見せる行為には慣れていた。

 昭彦は料理の火を止めてから居間の竜崎に近付いた。初めは、肩から胸にかけて描かれている、竜の顔をそれぞれ比べるように見ていた。それから更に近付いて、毛穴から皮膚の奥を見るかのようにまじまじと見つめ始めた。
(ホンマに菩薩顔やなぁ。・・・ええ匂いもするし・・・)
「昭彦、香水つけとるんか?」
「いや。」
昭彦は竜崎の背中に回って観察始めた。離れたり間近に寄ったりして見ていたが、指先でなぞるように触れた。
(うおぉぉっ!・・・ゾクゾクしてまうでぇ。・・・あ・・あかん。・・・立ってきてもうたわ。・・・まあ、ええ。わしの全てを見せちゃるで。)
昭彦は、脇の柔らかい部分の皮膚を、摘んだり引っ張ったりした。竜崎の鍛えている筋肉質の体には、摘める余裕のある部分がほとんどなかったからだ。が、脇は敏感に感じる部分でもあり、竜崎の男根ははち切れそうなほどに勃起してしまう。
「墨を入れる時は痛いんか?」
屈んで太股の内側に触れながら昭彦が聞く。
「そら痛いで。・・感じる痛みに個人差はあるやろけど。」
敏感な部分に触れてくる昭彦の指は、触れるだけでも電流が走るような、不思議な甘さがあった。先走りの汁が高くテントを張るトランクスに染み出す。
(今・・犯してやったら・・・こいつは泣くやろか?)
ビンビンに勃起したモノが、ドクン、ドクン、と脈打つ時、男はろくなことを考えないらしい。竜崎の頭の中が、昭彦の滑らかな乳白色の肌でいっぱいになる。
「尻の下着で隠れてるとこの絵も見したるわ。」
竜崎は言うと同時に、窮屈になっていたトランクスを脱ぎ捨てた。ヘソにつかんばかりに天を突く肉棒が、嬉しそうに一層大きく伸び上がる。
(どないなモンや?色、形、大きさ、天下一品やで。)
自分のモノを満足そうに見ていると、後ろから屈んだまま前に移動してきた昭彦と目が合った。竜崎はドキッとしたが、目を反らさずに熱い視線を投げた。昭彦は、ん?、と竜崎の脈打つ肉棒に気付く。
(どや?男惚れしそうやろ?)
「試しにしゃぶってみーへんか?」
考える前に口をついて、そう言ってしまっていた。言ってから、不安になった。昭彦は眉を曇らせ視線を床に落としている。
(怒ったんか?)
竜崎は冗談で誤魔化そうと言葉を探すが、なかなか出てこない。
「・・・ええで。」
(は?)
一瞬、聞き違いかと思った。けれど、昭彦は、右手で竜崎のモノの根元をつかんで、ヌルヌルの汁でテカる先端を、パクッとくわえたのだ。
(おいおい・・・ええんか?)
竜崎の方が驚いていた。が、昭彦が頭を振って扱き始めたので、たちまち快感に意識が絡め取られていってしまった。
(はぁぁぁ・・・うまいやないかぁ?・・・めっちゃ、ええ気持ちやでぇ・・・)
竜崎は熱い息を吐いて、昭彦の髪を愛おしく撫でた。昭彦は左手も使って、玉の部分もやんわりと揉む。舌でカリも丁寧に舐めてくれる。
(あぁぁぁ・・・可愛いやっちゃぁぁ・・・)
竜崎は開いた足で踏ん張りながら、あまりの気持ち良さに目眩を覚えて、喘ぎ声を出した。
「ぅぅぅ、、あぁぁぁ、、、めちゃめちゃええでぇ・・・」
自分のモノに吸い付いている昭彦の口元から頬を指で撫でる。竜崎自身が信じられない光景だったが、素直に奉仕してくれる昭彦が可愛くてたまらなかった。しかも、かつてないほどに巧みに、感じるツボを刺激され、狂って叫びたい衝動に体が震えた。
「はぅぅぅ、、、たまらん、、、出してええかぁ?」
竜崎が喘ぎ声で甘く聞くと、昭彦はちょっと目線を竜崎に合わせ、くわえたまま頷いた。その仕草にまた竜崎は胸が痛いほど締め付けられ、愛しさの激情が込み上げて来る。
(あぁぁぁぁぁ・・・なぁぁぁんて可愛いんやぁぁぁぁぁぁ!!)
昭彦が手と口の動きを早めた。竜崎は昭彦の頭を軽く押さえるようにすると、腰を動かした。
「はぁぁ、、、うう、う、ぅぅ、、いくでぇ、、、いくでぇぇぇぇ、、、」
昭彦は竜崎の腰の動きに合わせて、奥深くまでくわえ込んで、吸い付きながら扱きあげた。
「うううぅぅ、、、あああぁぁ、、、くぅぅぅ、、、ぅ、、ああああああああ!!」
大量の濃い液が昭彦の口の中に溢れた。竜崎は目眩を感じながら、肩で息を整えていた。
(最高やったわぁ・・・何やらしても絶品な子ぉやなぁ・・・)
「・・・吐き出してええで。」
愛しさに髪を撫でながら言ってやると、昭彦は口の中の青臭くて苦い液を飲み込んだ。竜崎は昭彦の喉の動きに、また胸が熱くなってしまった。
(わしの濃い液を嫌がりもせずに飲んでくれるんか?・・・あぅぅぅ・・・なんてええ子なんやぁぁぁ・・・もう、わし・・・メロメロやでぇぇぇ・・・)
固さを残していた竜崎のモノが、また頭を振って伸び上がってくる。
「今更出したかて、まずさは変わらん。」
昭彦はさらっと言うと、立ち上がって背中を向け、キッチンに戻ろうとしていた。竜崎は背中から昭彦を抱き締めた。
「どない言うたかてええ。・・わしはもう、お前が可愛いてたまらん。・・・なぁ?・・・ひとつになろ?・・・な?・・・ええやろ?」
耳を甘く噛んで、熱い息とともに囁く。昭彦は逆らうでもなく竜崎の腕の中に収まっていたが、
「・・・今はあかん。」
と抑揚なく言った。
「なぁぁ・・・ええやろぉ?・・・ひとつになってみぃへんかぁ?」
竜崎の方が駄々っ子のように言う。頬ずりをし、耳から首筋をすべり肩までキスを繰り返す。
「今はあかんねや。」
「何でやぁ?・・・ええがなぁ!」
(こんだけわしを夢中にさしたんや。もう、いやや、言うたかて抱いちゃるでぇ!)
昭彦は思いきり不機嫌そうに眉を寄せた。
「料理があと少しで仕上がるんや。ここまで手をかけて作ったのに、今放ったらかしにしたら台無しやがな。」
(・・・あ?・・・料理?)
昭彦は気の抜けたようになった竜崎の腕から、スルリと抜け出すと、
「シャワー浴びてきたらええ。その間には完成するし・・・わしの腕前を披露しちゃるで。」
と言って、笑った。
(・・・可愛いなぁ。・・・たった今まで、わしを狂わしてた子の顔やろか?)
「・・・ほな、それを喰うたらええんやな?」
「わしの料理を添え物みたいに言うなや。」
「あ・・・済まん、、、えへへへ、、、」
(どないまずい料理かて、美味いっちゅうたるがな。)
「よっしゃ。シャワー浴びてくるわ。」
竜崎は鼻歌まじりに浴室へと向かった。

「最高やぁぁーー!・・・ごっつ美味いがなぁ!」
竜崎は感激に顔中をしかめて言った。
「・・・何でそない顔になるんや?」
昭彦は頬杖をついて不思議そうに竜崎を眺めている。
「いや、ホンマに美味いんで、驚いたわ。・・・で、どう言えばいいか、もう言葉も見つからんー・・っちゅう顔や。」
「・・・ふーん。」
感情をあまり表に出さない昭彦は、納得したのか、しないけど興味がなくなったのか、自分でも箸で料理を取り、食べ始めた。
「いや、せやからホンマに美味いで。」
竜崎は焦って繰り返した。
「作る度に腕をあげるんで、感心しとんやないけぇ。」
昭彦はちょっと目を上げて、
「そうか?・・おおきに。」
と嬉しそうに笑った。
(くぅぅぅ・・・可愛い。・・・はぁぁ、わし、こればっかやなぁ。けど、ホンマに可愛いもんはしゃーないで。)
竜崎は昭彦につられるように笑い返した。
 昭彦は竜崎から、いつでも好きに来て料理を作っていい、と部屋の鍵を渡されていた。昭彦に惹かれる気持ちは別として、それでも女性のように気を使わないでいられるのが良かった。昭彦も、竜崎がいてもいなくても、必要がなければ干渉しなかった。留守の時には作った物を冷蔵庫に入れておいてくれる。昭彦の来た形跡は、自分が使った食器が洗ってあることで気付くくらいだが、来てたことがわかると、真っ先に冷蔵庫を開けて見るようになっていた。それで、顔を合わせた時には、料理の材料費や、と言って小遣いを渡すようにもなっていた。昭彦はそれでますます律儀に手の込んだ料理を作ってくれるようになったのだ。
「んー・・・満腹やぁ。・・・胃が生き返るようやでぇ。」
竜崎が背筋を伸ばして言うと、
「そうか。そら、良かったわ。」
と言って立ち上がった。皿や料理を片付け始める昭彦を、竜崎はお茶をすすりながら眺めていた。
「いつも冷蔵庫に入れといてくれて、おおきにやで。」
「使わして貰てるんやから、当然やんか。」
残った料理をタッパに詰めながら、微かに微笑む横顔は、綺麗な卵形で頬のあたりに少年らしいあどけなさが残っている。それでも、じき青年としての完成が間近い均整の取れた体つきをしている。
「今度また美味い物、喰いに行こうな?・・・料理の始めは味を知ることや。」
「うん。そやな。」
微笑んで頷く顔は気高ささえ感じられる。
(あの目の輝きが表情をガラッと変えるんやな。・・・顔立ちは菩薩。眼差しは野性の獣。・・・わしはどっちも好きやが・・・)
「彼女とかおるんか?」
「ああ。おる。」
(な・・なんやとぉぉぉー!!)
「・・・可愛い子なんか?」
「ああ。可愛いで。」
(クソッ!クソッ!クソォーーッ!)
竜崎の胸の中で嵐が吹き荒れ始めた。竜崎にも彼女がいるのだから、怒るのは筋違いだと思っても、嫉妬が湧いてくる。動揺を隠すようにテーブルから立ち上がった竜崎は、居間のソファーに行き、煙草を吸い出した。必要以上に灰を落としていたら、火種まで落としてしまった。
(クソガキッ。)
竜崎は舌打ちをして、煙草を灰皿に捨てた。

 昭彦はせっせと洗い物をしている。非常に手際が良く、調理した方の器具は食事前に洗って片付けてあった。
「・・・もう、そろそろ、ええやろ?」
昭彦が濡れた手をタオルで拭くのを見て、竜崎が言った。
(さっき言ったこと、忘れてへんやろな?言い逃れやったなんて言わせへんで。わしは嘘つきは嫌いなんや。)
どうにも、さっきからの嫉妬が収まらず、怒りモードの竜崎は挑戦的な目を昭彦に向けた。
「ええで。」
(・・・・・っく・・・・・)
「何でや?!何でええんや?!彼女がおるんやろ?!え!!」
竜崎は立ち上がって怒声を発した。
「部屋を使わしてやっとるからか?小遣いをやっとるからなんか?・・・そないな理由やったら、わしは抱かへんで!!ダボッ!!」
竜崎は悔しかった。好きで好きでたまらないのに、まるで感情を出さない昭彦が、素直に従いすぎる昭彦が、自分を哀れんでいるように思えてきてしまったのだ。
(抱きたい・・・抱きたい・・・狂おしいほどに抱きたい・・・)
激情のままに体をわなわなと震わせる竜崎の目から涙がこぼれた。
「・・・・・わからん。・・・・・きっと・・・その涙が好きなんや。」
静かにそう答えた昭彦が、ゆっくりと竜崎に近付いてきた。静かな菩薩の顔で。
「・・・で?・・・どないするんや?」
目の前で真っ直ぐに竜崎の顔を見つめる眼は、妖しいほどに強い光を放って輝いていた。
「・・・・・抱きたいねん・・・・・」
竜崎はぼろぼろと涙をこぼして、震える声で言った。
「・・・うん。わかった。」
昭彦はフッと笑みを浮かべ、竜崎の背中に腕を回した。問いかけるような、待つような、昭彦の神秘的な眼差しに引き込まれるように、竜崎は昭彦を抱き締めて唇を重ねていた。
<69>
[竜崎編『獣道』]
<69>竜崎編『獣道』

 眉を苦悶に寄せて顎をあげた昭彦は、微かな喘ぎ声をもらした。
「ええ子やでぇ・・・」
竜崎が背中越しに、仰け反って寄りかかってくる昭彦の耳をしゃぶる。
「・・・ぁ、、、ぅ、ぅ、ぁ、、、ぁ、ぁ、、・・・」
竜崎の腰の動きに合わせて、切なそうな昭彦の声が洩れ出す。
(だいぶ感じるようになってきたやないかぁ。)
あぐらをかいて後ろ座りに昭彦を抱いている竜崎は、繋がった部分を動かすのと同時に、昭彦の前のモノを擦りあげてやっている。
「どや?・・・ええ感じやろ?」
「・・・ん、、、ぁ、、ぁ、、ええわ・・・」
(ほぅか、ほぅか。よしよし。・・・あぁぁ・・・わしもええでぇぇ・・・)
昭彦の張りのある肌、しっとりと汗ばんで甘く芳しい香りがする。
(ホンマ、ええ匂いや。)
竜崎は昭彦の背中からうなじに舌を這わせて舐める。
「・・ぁ、、ぅ、ぅ、、・・・くすぐったいのはいやや・・・」
昭彦が竜崎の舌から逃れようと、前屈みになる。と、繋がってる部分がぎゅぅぅーっと締め付けられた。
(あうぅぅぅ・・・千切れそうやがなぁ・・・はぁぁぁ・・・たまにはくすぐるのもええなぁぁ・・・クフフフ。)
竜崎はにやにやと嬉しそうな笑いを浮かべて、更に丸まった背中を舐める。
「・・・いややて・・・」
昭彦は更に前に逃れようとする。が、奥深くまで繋がった竜崎の太い肉棒は、簡単には逃げることを許さない。繋がった部分をそのまま押して、四つん這いにさせた竜崎は、
「慣れたらよくなるでぇ?・・クッフフ。これと同じや。」
と言って、昭彦の引き締まった腰をつかんで、激しく突き動かし始めた。
「・・・あぁぁ、、、ぅ、ぅぅ、、、ぁ、ぁ、、、」
昭彦が犬の遠吠えのように体を反り換えらせた。けれど、息遣いが荒くなるものの、声は出すまいとしているようだった。
「声出したらええがな?・・・我慢することないんやでぇ?・・・んー?」
竜崎は肉棒を抉り込むように、何度も突き立てながら、愛しげに甘い声で言う。
(われの喘ぎ声をもっと聞いてみたいでぇ。)
「・・・わしは男や。・・女みたいになれへん。」
「そんなん、わかっとるがな。」
(それでも・・・鳴かしてみたいんや。・・・泣かせられたら最高やで。)
竜崎は昭彦の背中に腹を合わせるように乗りかかると、昭彦の前のモノをまた扱き始めた。
(ガキのくせに、わしのモノに負けんくらいのモノやでぇ。・・・これを突っ込まれて泣く女もおるんやろなぁ。・・・ケッ!女の前で立たんほど、わしがこの手で全部抜いたるわい!)
「・・ぅぅ、、ぅぁぁ、、、ぁぁ、、、うぅぅ・・・」
竜崎の手と腰の動きが早さを増し、昭彦の口から押さえようのない喘ぎ声が洩れ出す。
(ええでぇ・・・ええ声やぁぁ・・・ホンマに可愛いやっちゃでぇぇ・・・)
竜崎は昭彦と繋がっている満足感ときつく擦れる感覚に自らも陶酔していった。

 初めて昭彦を抱いた時は、竜崎の一方的な激情のままに、強引に細い道をこじ開けて繋がった。昭彦はわずかに顔をしかめただけで、竜崎の気の済むまで、黙って耐えていた。竜崎は込み上げる激情を自分の太い肉棒で散々ぶつけ、思いきり熱い迸りを昭彦の中に注ぎ込んだ。行為が終わって、抱いている間一言も声を出さなかった昭彦の、眼を閉じた横顔に疲労の色を見た時、苦痛だけを与えてしまっていたことに気が付いた。
「す・・済まん!・・・大丈夫か?」
慌てて謝る竜崎に、昭彦は、
「・・・構へん。・・・こんなもんやろ。」
と、消え入りそうな声で呟くように言った。
 それからは、竜崎は昭彦が少しでも楽になるようにと、滑りのいいローションを探したり、繋がっている間の苦痛が和らぐように、昭彦のモノも同時に擦って感じさせるように努力していたのだ。それでも慣れるまでは、連続しての行為に、思わず眉をひそめる昭彦を、宥めて”させて”貰うまで、ちょっとした努力がいった。
「苦痛を与えているのがわかるんやったら、立て続けにするんは控えたらどうやねん?」
と、文句も言われたが、昭彦を抱く時の気持ちよさは、行為の終わる前に、もう次がしたくてたまらなくなるほどだった。
(もう、病みつきやわ。三日も我慢しとったら・・・おかしくなってまう。)
 昭彦が一週間、顔を見せなかった時には、仕事中不意に怒鳴り散らして、子分達を思いきりビビらせてしまった。自分自身でも情けないと思ったが、これが恋という感覚なのかと、初めて理解した気がした。事務所も自宅も電話番号は教えてあるのに、連絡ひとつよこさない昭彦に、言ってやろうと溜め込んだ文句も、夜中に戻ったベッドの中にその寝顔を見つけた時、すっかり消え去っていた。抱き締めたい衝動と、寝かせておきたい思いが錯綜し、昭彦が気が付くまで、ひたすら寝顔を見つめ続けていた。
 だから竜崎は、我慢させる関係ではなく、早く昭彦にも感じさせてやりたかった。だが、昭彦は感じていても、それを表に出すのを嫌がるとこがあって、素直に声を出してくれなかった。それが、最近は無意識に声をこぼしてしまうほど感じているらしい。竜崎はそれが可愛くて可愛くて、ますますのめり込んでしまっていた。

 ベッドに体を横たえて背中を向けている昭彦の肩に、煙草を吸い終わった竜崎がキスをする。
「今日はかなり感じてたやろ?」
得意げに言う竜崎を横目でチラリと一瞥した後、昭彦はため息を吐いて、
「・・・眠いねや。」
と、言って眼を閉じてしまう。
「照れることないやんけ・・・」
竜崎はかまって欲しげに、肩から腕へ、背中から脇腹へと唇を滑らせていく。
(ホンマに綺麗な肌やなぁ・・・しかも、ええー匂いやでぇ。)
昭彦の乳白色の肌は絹のような滑らかさと光沢があった。が、本人は無頓着で、たまに誰と喧嘩してくるのか、所々に青痣を作っている時があった。竜崎は気になってはいたが、自分の中学時代を振り返り、誰彼となく喧嘩したい盛りだと思って、敢えて問いただすことはしなかった。肩や腹、特に顔には一度も痣をつけたことがないことから推測すると、昭彦は喧嘩も相当強いらしい。一見細身に見えるが筋肉の張りや弾力は鍛えているからだろう。何にでも探求心を発揮している昭彦は、最も鋭敏な体型を作り上げようとしているのだろうか。だから、身のこなしに隙が無く、しなやかに見える動作や仕草が、時折野性の獣のように感じるのかもしれない。
(まるで豹やで。・・・クフフ・・・猫科やな。)
竜崎は髭の伸びかけた顎で脇腹を擦った。
「うぁ、、、ぁ、、」
(クフフッ。どや?くすぐったいやろ?)
脇腹を押さえて起きあがった昭彦は、顔だけ振り返る。不機嫌そうな半眼に怒りの炎がチラついている。
(う・・・怒らせてもうたか?)
竜崎が強ばった顔で笑いかけると、昭彦は一度目を閉じて、大きくため息を吐くと、諦めたような顔になり、
「寝かしてくれへんのやったら、もう帰るわ。」
と言って、竜崎の脇をすり抜け、ベッドから降りた。
「あ・・おい・・・待てやぁ・・・わしが悪かったで・・・」
竜崎が取り付く島もなく、昭彦はさっさと服を着ると出ていってしまった。
(・・・・・・・・・・ヘタレがぁ・・・・・)
心の中で毒づいてみても、取り残された竜崎は、怒りより、苦しいほどの虚無感に苛まれていた。
 初めて見た時から惹かれていた美しい獣。あの手に握られていたのは竜崎の心臓だったのかも知れない。鷲掴みにされた心。獣を追い、捕らえたと思ったら、逆に捕らわれ、虜になっていた。もう、心は昭彦しか追えない。
 目はいつも昭彦の姿を探している。耳は昭彦の声を聞きたがる。鼻はあの魅惑の香りを求めてる。口はうわごとに昭彦を呼ぶ。
(何てセンチメンタルなんや!・・・ヘタレはわしやがな・・・)
竜崎はひさびさに思いきり誰かを殴りたくなった。もっとも、理由のない暴力を嫌う竜崎に出来るのは、トレーニングジムのサンドバッグを拳の皮が剥けるほどに、叩くことしか出来なかったのだが。

 本家への顔出しに向かう車の中で、竜崎が新聞に目を通していた時、
「あ・・あいつ。・・・ボス、この前のガキがいますで。」
と運転手が言った。丁度、信号が赤で止まった時だった。竜崎は顔をあげ運転手を見てから、その視線の先を追った。
(昭彦・・・)
車の斜め前に、信号待ちをしている昭彦の姿があった。竜崎が嬉しさに顔を綻ばせかけた時、横にいた少女が昭彦の腕に腕を絡ませた。昭彦を見上げる横顔は少女らしい丸みのある頬で、上気して輝いていた。呼ばれたのか、少女に顔を向ける昭彦の横顔も、竜崎には見せたこともない優しい笑顔を浮かべていた。
「・・チッ・・・女なんぞ10年早いわ。」
腸が煮えくり返る思いで歯ぎしりしながら言った竜崎の、言葉の意味を知らない運転手は、
「ホンマですなぁ。最近のガキはマセちょりまんな。」
と頷いた。
「あれ?・・・昭彦やないか?・・・ボス、あいつを知っちょられるんすか?」
助手席にいた男が、動き出した車の中、顔をターンさせて眺めながら言った。竜崎は、子分が呼びつけにしたことにも、内心腹を立てながら、
「ちょっとな。・・われは何で知っとるんや?」
と、低い声で呻るように言った。竜崎の声に組に入ったばかりの子分は、顔を引きつらせながら、
「あ・・・ウチの地域じゃ、知らん者はいないくらいの悪っす。」
と緊張して答えた。
(悪ぅぅ・・・?!)
「あまり無責任なこと言うとると許さへんぞ。」
「え?!・・あ・・本当なんす!自分がそう言うてるんやないですて。」
「どーゆーこっちゃねん!」
「あいつ、鑑別所2回行っちょるんす。」
(何やて?!)
「最初はあいつのお袋が付き合うちょる男をボコボコにして、肋骨3本折ったら、その内の1本が肺に刺さって死にかけたらしいです。少年院でもおかしくないとこやのに、何や事情があるらしいっちゅうて、初犯ちゅうこともあって行かんかったんですわ。」
(・・・事情か・・・どんな事情や?)
「次が先公をボコボコにして半死半生。・・けど、その先公が嘆願書っちゅうんすか?それを出したとかで、また鑑別所で済んだんやけど・・・」
(・・・その先公、どんな奴や?・・・まさか、昭彦を襲ったんやないやろな?)
「たまに河原で猫や犬が切り刻まれて死んどるんはあいつやろうて・・・」
(おいおい・・・死体はちゃんと処理せなあかんやろ。)
「悪仲間とつるむ奴やないけど、みんなあいつの顔色伺っちょるんす。側行くだけで冷気を感じるて、睨まれるだけで泣いて逃げ出す奴もいるくらいですわ。」
(フン!根性なしやで。)
「あいつのお袋さんも男と別れてもうたし、肩身も狭い言うて、ずっと檻に閉じ込めといて欲しい、てこぼしちょるそうです。」
(・・・・・・・母親のくせして・・・檻はないやろ・・・・・)
「そうか・・・ようわかったで。もうええ。」
竜崎は腕組みをして黙り込んだ。
(一度・・ちゃんと昭彦の立場で聞いてやった方がええやろなぁ・・・)
竜崎には昭彦が噂されるほど、悪い子にはどうしても思えなかった。
「けど、あんな悪でも彼女には甘い顔しよるんすね。」
「じゃかぁーしわい!!われは人を悪っちゅえるほど善良なんか?え!!もうええ、ちゅうたら黙っとれ!!」
話題を明るくしようと言った言葉を怒鳴られた子分は、顔面蒼白になって、声も出せずに顔を前に向けた。竜崎からも、どす黒い冷気が渦を巻いて湧き上がっているようだった。腕組みをしたまま虚空を睨む竜崎の、歯ぎしりが聞こえてくる車内はシンと静まりかえり、外のまだ残暑の残る陽射しを遮断しているようだった。

 昭彦の身の上をもっと深いところまで聞いてやろう。そう思っていたが、なかなかゆっくりした時間が作れずにいた。
山神組若頭の島岡と若頭補佐の神崎との対立がいよいよ深刻になり、一触即発の状態にまでなってしまっていたのだ。竜崎は兄弟杯の神崎をどうにか押さえる一方で、叔父貴の島岡を宥めようと、島岡組の幹部への働きかけをしていた。
 山神組組長の大山は親子の杯を交わした神崎が可愛かったが、それを前面に出せば、かえって島岡を暴発させてしまう恐れがあった。
「いざとなったら、島岡と戦争や!」
大山組長はいつになく強気の島岡に腹を立て、大山組幹部にそうもらしていた。島岡組だけで山神一門に対抗出来るはずはなく、島岡が強気の裏側に何があるのか、と探ってはいたが、つかめていなかった。
 そんな緊迫した情勢の中では、事務所と本家とに詰めていることが多く、マンションには、たまに着替えを取りに戻ることしか出来なかった。それでも、昭彦がいる時には短い時間の中で溜め込んだ激情をぶつけて抱いた。そして、抱いてまたすぐに出掛けていく竜崎を、昭彦は表情も変えずに見送った。あんまり平然とされているのも、それはそれでおもしろくない竜崎だったが、自分が構ってやれない以上仕方ないと思っていた。

 竜崎がシャワーを浴びて出てくると、珍しくリビングのソファーに昭彦が座っていた。いつもなら、抱いた直後はベッドの中で竜崎を見送っていた昭彦だったので、ゆっくり話す時間もないこの頃の関係を、さすがに寂しく感じているのか、と切なさと愛しさが込み上げてきた。
「済まんのう。もう少しゆっくり出来たらええんやけど・・・」
「構へん。」
(フフッ。やせ我慢しおってからに。)
「なんや、そっけないのう。」
竜崎は忙しく髪を拭きながら、昭彦の頬にキスをした。と、
「なぁ・・・島岡って兄さんと同じ山神組の人やろ?」
と、昭彦が眉を曇らせて言った。
「島岡・・孝司か?」
竜崎は急にその名前を聞いて、ギクリとしてしまった。昭彦には組関係の話はしたことがなかったのだ。
「名前までは知らん。けど、多分そいつやろな。」
「・・・どうゆうことや?・・・何で島岡のことを・・・」
「北進会っちゅうグループ知っちょるやろ?」
「北進会?!・・あの新興グループか?」
「詳しいことはようわからん。」
「その北進会がどうしたっちゅうねや?何で島岡・・・え?・・・ああ?・・・島岡がその北進会と繋がっとるちゅうんか?!」
「・・・みたいやな。」
竜崎は愕然とした。ずっと探っていたのに尻尾を出さない相手が北進会だったということも驚きだったが、それを昭彦から聞くとは想像もしなかったのだ。
「何でそんなことを知っとるんや?ええ加減なことやったら言わん方がええで。」
詰問するつもりはなかったが、どうしても言い方がきつくなってしまう。これは子供の遊びではない。簡単に言って済むことではないのだ。
「・・・知らん。ただ、最近よく会っちょるみたいやで・・・よその組の者同士が会うなんて変やなぁて思うただけや。・・・まして、それが兄さんとこの人やったら・・・言うておいた方がええんかと思うたんや。」
「・・・そらおかしいで。・・島岡はずっとマークしとるんや。誰に会うちょるかぐらいチェックしとるがな。」
「みさえ・・とかいう女の店な、表回らんでも、裏の満腹楼っちゅう店と行き来できるみたいやで。」
(みさえは島岡の女やがな・・・)
「・・・・・何でそないなこと・・・・・?」
「わし・・・北進会の北上っちゅう人に誘われちょるんや。」
(なんやとぉぉぉぉぉーー!!??)
「で、たまに食事とか連れてってくれるんや。それがたまたま満腹楼にいた時、島岡ちゅう奴が別室で待っちょるとか・・・どうとか・・・電話でもよく話しちょるし・・・」
「誘われるとはどーゆうこっちゃ?!」
激しい怒りが竜崎の全身を貫いていた。仁王立ちで怒りに震える竜崎は、今にも殴りそうになる拳を必死で押さえていた。
「杯を受けろちゅうんや。」
(北上のボケカスアホ・・・うがぁぁぁーーー!!!)
「中学生相手に何言うちょるんや!?」
「卒業してからでええて・・・」
「そんで食事に誘われる度にほいほいついてくんか?!え!!」
昭彦は竜崎に怒鳴られて、ますます表情を暗くした。
「何度か声かけてきたけど、無視しとったんや。・・けど、山神組の島岡がどうとかって会話しちょったで・・・近付けば兄さんの役に立つ情報が手に入るかと思うたんや。・・・だから、誘いに乗るようにしたんや。」
拗ねたように言う昭彦の言葉に、竜崎は絶句して、体の力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「・・・何でそない危ないことすんねや・・・」
「せやかて・・・兄さん・・・疲れちょるみたいやったし・・・何かあるんやろと思うたで・・・」
竜崎はたまらなくなって昭彦を抱き締めた。
「子供はそないなこと心配せんかてええんや。」
そう言いながら、自分の役に立ちたかった、と言う昭彦が可愛くてたまらなかった。思いの丈を込めてキスをしてやると、昭彦は不安げな顔で、
「怒ってへんか?」
と小さな声で言った。人との付き合い方を知らない迷子の獣の子。親にさえ疎まれ怖がられ、甘え方も知らず、泣き方も知らず、相手の要求を満たし尽くすことでしか心を表せない。どう生きていいかもわからず、探るようにあれもこれもと追求し、全てに完璧と言えるほど優れた才能を発揮しても、心は孤独の闇の中で彷徨っていたのだろう。
「怒っとらん。・・けど、もうそないな危ないことはせんなや?」
「・・・わかった。」
「北上の誘いにはもう乗るんやないで?」
「・・・そやな。・・・これ以上は危ないて、わしも感じちょったんや。」
「わしとの繋がりがバレそうなんか?」
「いや。・・・すぐキスしたがるで・・・」
(なんやとぉぉぉーー?!)
「したんか?」
「・・・一度だけ・・・舌を噛んだら、やめたけど・・・」
(舌ぁぁ?!・・・がるるるるるぅぅぅ・・・ぶっ殺したるでぇぇぇ!!)

 北進会の目的は山神組の分裂にあった。グループの勢力拡大と、北進グループの運営する会社が神崎の会社と対抗していたこともあって、神崎を潰して、あわよくば勢力圏を拡大させようとしていたらしい。その調査結果を島岡にぶつけて利用されていると説いた。調査段階で北進会の会長である北上が男性愛好者であることを知って、ますます激怒した竜崎は、鬼神のごとき怒りを露わに、島岡に詰め寄った。
 島岡は北上から、山神組の組長は島岡こそが相応しいとおだてられ、力になるとそそのかされていたらしい。だが、島岡の後ろ盾になれるだけの力はまだ北進会にはないことと、組自体が分裂したら組長になるどころではない、と言われて目が覚めたようだった。島岡は大山組長と神崎に詫びを入れ、若頭の地位を神崎に譲り、島岡組を息子に任せると引退した。
 竜崎は今回の働きが認められ、山神組一門の幹部会に名前を連ねる存在になった。幹部になるより、北進会を潰してやりたい、と大山組長に訴えたが、大山に弛んだ基盤を立て直す時期だから待て、と言われて、表立っての行動は取れなくなった。だが、竜崎は、北進会に大阪の地は踏ませないと、小さな事務所を次々に潰していった。竜崎組に睨まれた北進会の者達は、もう大阪の街を歩けなくなった。そして、遂に竜崎の希望通り、北進会は大阪から撤退を余儀なくされたのだった。

 秋も深まり、枯葉が舞う季節になって、やっと落ち着きを取り戻した竜崎は、昭彦を泊まりで京都の高級料亭に連れて行ってやった。
 夜、いつもとは違う和室の落ち着いた雰囲気もあって、竜崎はずっと気になっていたことを聞くことにした。昭彦の起こした二つの事件についてである。昭彦は過ぎたことは言いたくないと寡黙に口を閉ざしていたが、根気よく気持ちを宥めながら聞いてくる竜崎に少しずつ話し始めた。
「母親と付き合ってた奴・・・母親の留守中に来ては・・・まだ小さな妹に・・・悪戯しちょったんや。・・・わしを邪魔にするし、よく妹を連れ出しちょったで変やと思うてたら・・・」
「わかった。・・・もうええ。」
竜崎はその先を聞くに耐えず、昭彦を抱き締めた。キスを繰り返し、あやすようにゆっくりと抱いた。抱いた後、昭彦を腕に抱き包んで、聞くべきか、もうやめるべきか、悩みながらも聞いてみた。
「・・・先生には・・・犯されそうになったんか?」
「いや。・・・そやない。」
「・・・けど、理由があるやろ?」
「・・・うん。・・・クラスに虐められちょる子がおったんや。で、先生まで一緒になっておもしろがって虐めちょった。・・・その子が自殺した時・・・三日机に飾った花を・・・まだ枯れてへんのに、もうええやろ、っちゅうて、ゴミ箱に捨てたんや。・・・それ見たら・・・わし・・・」
(くぅぅぅーーー・・・なんちゅう優しい子なんや・・・)
竜崎は胸が詰まって、言葉にならず、きつく昭彦を抱き締めた。
(優しいのに報われへん。・・・野獣の血が熾烈すぎるんや。・・・激しすぎて・・・周囲の理解を越えてしまう。・・・不器用な子なんや。)
言葉を続けようとする昭彦をキスで口を塞ぎ、抱くことで、繋がることで、愛しているのだと伝えたかった。心から愛しているのだと教えてやりたかった。
 竜崎の激情を何度も受け入れて、疲れ切って眠っている昭彦の、綺麗な横顔をじっと見つめていた竜崎は、頬にそっとキスをしながら、
「わしの子として生まれたら良かったんや。・・・そしたら・・・この世に生まれたその時から・・・愛して・・・愛して・・・めちゃめちゃ可愛がってやれたのに・・・」
と、独り言を呟いた。すると、眠っていると思っていた昭彦の閉じた目から、ツゥーーッと涙がこぼれ落ちた。竜崎は目を見開き、感動に震えた。
(・・・あぁぁ・・・なんて綺麗な涙なんや。)
そして、また抱きたくなる気持ちを堪えて、黙ったまま、そっと背中から抱き包んでやった。
<70>
[竜崎編『血の絆』]
<70>竜崎編『血の絆』

 昭彦は何にでも興味を持ち、非常に勉強熱心だった。竜崎の部屋にあった武器百科を読んで、全ての武器の名前と構造をまたたくまに理解してしまっていた。そして、竜崎の持っていた拳銃を見せて欲しいというので渡したら、綺麗に分解し、部品をひとつひとつ調べ、詰まっていた埃や汚れを掃除してから組み立て直して返してくれた。腕が鈍らないように、時たま秘密の地下倉庫で射撃練習する時、昭彦が手入れしてくれた拳銃を使った所、前に感じていたひっかかりが消えていて使いやすくなっていることに気付いた。試しに他のも昭彦に手入れして貰うと、やはり使いやすくなったように思えた。
「なんで具合の悪い所がわかるんや?」
竜崎が不思議に思って訪ねると、
「兄さんが手入れしなさすぎや。」
と笑われてしまった。
 また、昭彦は包丁を研ぐのも巧かった。
「切れへん包丁で料理すると味も悪ぅなる。」
と言って、刃先をチェックしながら研いでいる時に、それならと、竜崎は自分のドスも研がせてみせた。さすがに包丁とは勝手が違うようで、納得出来なかった昭彦は、本で調べるだけでなく、刀の研ぎ師の所へ見学に行ってきたらしく、専用の砥石を買ってきて、
「研ぎ直さしてくれ。」
と言った。そう切れ味に拘っていなかった竜崎だったが、昭彦が納得したいなら、と渡すと、見事な程の光を放つドスに仕上がっていた。
「何でもうまくこなすやっちゃなぁ。」
竜崎が感心して誉めると、昭彦は、
「役に立たんことばかりやけどな。」
と、面白くもなさそうに答えた。自慢しないのはいいところだが、謙遜も時としては嫌味に聞こえる。こうも何でも巧くこなされては、竜崎の男としての面子がシクシクと痛んできてしまう。恐らく、昭彦の回りにいる人間は、皆一度は同じ痛みを感じるのではないか、と竜崎は感じた。
「ほな、今までで一番役に立っとるのは何や?」
と、聞いてみると、
「そやな・・・料理は役に立つ。」
と、にっこりと笑った。そんな時、竜崎は、
(可愛いやっちゃぁぁーー!!)
と叫びたくなるのだった。

 昭彦が自分だけのものになればいいのに、と思う竜崎の心を知っているはずなのに、昭彦は相変わらず女の子との交際を続けていた。旅行に誘った時、用事があると言って断った昭彦に理由を問いただすと、
「その日はデートがあんねや。最近、あまり抱いてやれへんかったで、寂しいて言うで・・」
と、しらっとして言った。
(うがぁぁぁーー!!どうしてこーゆーことが言えるかなぁぁぁー??)
嫉妬で殴り倒したくなるのを堪え、さり気ない風を装う竜崎は、
「そない女がええんか?」
と言った。さり気なく言ったつもりだったが、声には棘があった。
「そら、可愛いし・・・抱き締めた時のひ弱さがたまらん。大事にせな壊れそうやで、守ってやらな、って思ってまう。・・・寂しいて泣かれたら・・・」
「わしが寂しいんはええんか?」
(うー・・・まるで女の嫉妬と一緒やんか、わし・・・クソッ!)
竜崎が鼻息も荒く睨み付けているのを、昭彦は表情のわからないいつもの顔でじーっと眺めていたが、
「彼女と別れたんか。そら気の毒やったな。・・・けどまた、彼女作ったらええがな。」
と、抑揚のない声で言った。
「そないなことじゃないわい!」
竜崎は怒りが爆発し、昭彦を担ぎ上げると寝室のベッドまで運んで投げ出した。
(わからんなら、わからしたるわい!われはわしのもんじゃ!)
怒りのままに、猛り立つ肉塊をねじ込ませた。ローションを使うゆとりもなく、唾液でちょっと濡らしてやっただけだった。皮膚が擦れて摩擦で熱くなる。それでも強引に根元まで押し込み、腰をぶつけるように突き上げた。昭彦の白い背中が反り返る。最近一段と骨格が張ってきた輝く肩に思いきり囓りついた。丸い歯形から赤い血が広がって滴り落ちる。それでも、昭彦は声を出さずに、眉をちょっと寄せただけだった。
「男も女もあるかい!惚れたら一途じゃ!!」
(刻み込んだる!わしの全てを刻み込んだるんや!)
感じるより、繋がっていることを、自分が中にいることを叩き込んでやりたかった。竜崎は激しく容赦な突き上げ続けた。だが、快感が全身を痺れさせてくる。
(まだや。・・まだまだや。・・・くぅぅ・・・それにしても、気持ちよすぎやでぇぇ・・・我慢出来なくなってまうぅぅ・・・)
「ぐぅぅぁぁ・・・はぅっっ・・・ぅぅうううあああぅぅ・・・」
竜崎は獣の雄叫びのような声を発しながら、耐えに耐えて、張ち切れそうな状態を維持させていた。全身を駆け巡るのは切なさなのか、苦しさなのか、それすらもわからなくなって、殺したいほどの愛しさに支配されていた。
(あ・・あああ・・・もう・・・だめやぁ・・・漏れ出すのの歯止めがきかん・・・)
堤防が一気に崩れ落ちるように、竜崎は一段と野太い雄叫びと共に、熱い迸りを噴き出した。
「ううおおぉぉぉぁぁああああぁぁぅぅぅうううぉぉぉーーー!!!」
目の前に星が飛ぶ。肩で息をしながら、ドクドクドクと注がれる濃いミルクの最後のひと絞りまで出し尽くした。そして、ようやく体を離した竜崎は昭彦の前のモノからもミルクが溢れ出しているのに気付いた。自分のモノを刻みつけようと専念していた竜崎は、昭彦を気持ちよくさせようとすることにまで気が回らなかった。それでも、自然と同時にいったらしい。
(感じとったんか・・・)
竜崎はたまらない愛しさに昭彦を胸に抱き寄せると、昭彦の発射されたばかりのモノを優しく握って、そっと擦り始めた。
(わしのよりデカくなりそうやで・・・まったく・・・)
竜崎は手の中で反応して固さを増していく昭彦の肉棒が可愛くもあり、憎くもあった。
(こんなん持っとるから、女が欲しゅうなるんや。・・・いっそ切り取ってまうか・・・?)
竜崎は頭に浮かんだ迷案に囚われていた。ドクンドクンと脈打ちながら膨張していく肉の塊を、ぎゅぅぅーっときつく握り締めた。肉棒は負けんとばかりに握る掌を押し返してくる。
(なんちゅう強いイチモツなんや・・・クソッ!)
「・・・昭彦・・・わしがこれを切り落としたらどうする?」
女は諦めろ、という思いを込め、半ば脅しに近い声で言ってやった。
「・・・ええで。」
昭彦は目を閉じたまま静かに答えた。
(また、それかい!こればっかりは取り返しがつかんのやぞ!)
「軽く言えることやないで。ホンマにええんか?」
「・・・兄さんの好きにしたらええ。」
(わしがそんなことはせん、と、たかぁ括っとるんか?!)
「ええんやな?・・ほなら、切ったるわ!」
竜崎は勢いに任せてドスを取っくると、昭彦が磨き上げて鋭く光る刃先を、もう一度握った肉棒の根元に押し当てた。先が触れるだけで、勃起し充血したモノから血が噴き出す。
(謝るんなら今のうちやぞ!)
竜崎はギラギラと血走る眼で昭彦を睨んだ。昭彦は両腕を頭の後ろに回して枕にしながら、感情の見えない表情で、竜崎の手元を見ていた。噴き出す血に顔色ひとつ変えない。さっき竜崎が囓った肩も血が乾かずに赤く腫れていた。まるで赤い牡丹のように。
(どーゆーつもりなんや?)
竜崎の脳裏に初めて出会った時の光景が浮かんできた。
(こいつは・・・自分の死さえも、それが宿命なら受け入れるんか?・・・そして・・・わしが自分の宿命や、と思ってくれてる、ちゅうことか?)
竜崎は怒りの激情がすーっと引いていった。昭彦は竜崎の手が止まったままなのを不審に思ったのか、視線を竜崎に向けた。あの時の獣の眼差しのように。
「・・・何でや?・・・何でいつもわしの言うままなんや?」
竜崎は胸が痛くなっていた。あの時に感じたのと同じ、どうしてやったらいいのかわからないままに、愛おしくてたまらない、苦しいほどの痛みだった。
「・・・兄さん・・・わしを飼いたいんやろ?」
竜崎はギクッとした。
「昭彦・・・われ・・・人の心が読めるんか?」
「あ?・・・読むもなんも・・・いつも寝言で言うてるで。」
(あっちゃぁー・・・寝言まで責任取れんわい・・・)
竜崎は動揺を隠せないまま、ムッとしていた。昭彦はクスッと息を洩らして微笑んだ。
「兄さんがわしを飼いたいなら、それでもええ、て思うたんや。・・・自分で自分を持て余しちょるで・・・ろくな生き方も死に方も出来んやろて思うちょった。・・・けど、どうせ生きるんやったら、ちょっとはおもろい方がええ。・・・兄さんとおるとおもろそうやで。」
「・・・わしは・・・飼い主なんかい・・・?」
(そりゃ飼いたいとは思うたが・・・)
「嫌いな奴には飼われへんで。・・・せやから・・・兄さんが・・好きや・・っちゅう意味やがな。」
昭彦の頬が照れたように、少し赤らんだ。
(うがぁぁーー・・・なんでこないに可愛いんやぁぁー!)
「・・・せやけど・・・兄さんを怒らせてもうた。・・・兄さんが怒るなら、わしが悪いこと、してもうたんやろ。・・・そしたらお仕置きされるんも仕方あらへん。・・・言いつけ守らん暴れ犬は虚勢もされるやろし・・・しゃぁーないわ。」
(・・・なんちゅうことを・・・ホンマに切なぁなるわ・・・)
「アホぉぉ・・・怒っとるんとちゃう。・・・嫉妬やんけ。」
竜崎は昭彦を抱き締めて、狂おしいほどの口づけをした。そこもここも血まみれの、血の味のするキスだった。
「・・・そしたら・・・兄さんがええ、言うまで、女は抱かへん。」
「一生、ええなんて言わへんで。」
「・・・それも・・・しゃぁーないなぁ・・・」
(なんちゅう言い方やぁ?)
「そない女がええんか?」
「・・・そら・・・男やし・・・それに・・・」
「それに・・・?」
「・・・泣かれると・・・守りたなるねん。」
沈黙が続いた。竜崎は苦しい思いを飲み込み、
「・・・そやな。」
と、優しく言うと、昭彦の髪を撫でながら額にキスをした。
「けど、ええわ。もう、女とは付き合わへん。」
「・・・ええんか?」
竜崎の中に、女だけなら許してやろうか、という気持ちも僅かなりに芽生えていた。だが、それは言わなかった。ズルイ、と思いながらも言えなかった。
「ん、ええ。・・・わし・・・兄さんも泣かせたないねん。」
「・・・昭彦・・・」
(なんて、ええ子なんやぁ。・・・わしはズルイのう。・・・お前が可愛いてたまらんのに、わしの気持ちを押しつけてまう。・・・済まん。・・・済まんけど・・・)
「一生、わしのもんや。」
竜崎は熱いキスをすると、ドスで腕に傷をつけた。昭彦は目を見張り、起きあがって傷口を押さえようとした。竜崎はそれを遮り、滴る血を昭彦の体に垂らした。昭彦の血と竜崎の血をまぶすようにこねまわし、それから昭彦をもう一度抱いた。確認するように、血まみれになりながら、深く深く愛し合った。赤く染まったベッドで、静かに息を合わせる頃には、流れ出る血も止まっていた。

 昭彦が少年院送りになったのは、それからほどなくのことだった。
 別れようとしたものの、泣かれて別れられずにいた彼女が、昭彦に恨みを抱いていたグループにさらわれたのだ。そのグループは以前、昭彦の噂を聞いて、どれくらい強いのかを試そうと徒党を組んで襲いかかったことがあった。だが、昭彦ひとりに叩きのめされて以来、昭彦の悪の経歴を飾る存在に成り下がってしまっていた。それで、正面からでは敵わないなら、人質を取って痛い思いをさせてやろう、と思ったらしい。
 彼等は昭彦を甘く見すぎていたのだ。獲物を吊した檻に正面から突っ込むようでは、野性の獣とは言えない。用心深く利口な獣は、足音を忍ばせて巧妙に敵の裏をかく。そして、わずかな隙をついて確実に急所を突くのだ。
 彼女を先に逃がし、残った男達を見回した昭彦は、冷酷な悪魔そのものだった、と、糞尿を漏らしながら逃げ出したひとりが警察で訴えた。そして、逃げ遅れた男が意識を無くすまで叩かれている時に警察が駆け込んだのだった。
 理由はどうあれ、もう情状酌量は出来なかった。竜崎は何とか手を回して助けようとしたが、これまでのこともあって、どうにもならなかった。それでも諦めずに、警察の上部だけでなく、政治家にも脅しつきで働きかけ、ようやく桜の花が綻ぶ頃、門から出てきた昭彦を、その胸に抱き締めることが出来たのだった。

 少年院から戻った昭彦は、ずっと竜崎の元で暮らしていた。母親は妹を連れて、人の噂の届かない所へと移り、昭彦のことは顔も見たくない、と言っていたのだ。
 竜崎は昭彦を高校へ行かせてやりたかった。が、昭彦は行かないでいい、と言い張った。竜崎と同じやくざの世界に入ると言うのだ。だが、竜崎は自分が気に入っている世界でなかっただけに、昭彦を入れることを迷っていた。ずっと手元に置いておきたいものの、純真で優しい昭彦には辛い場所だと思っていたのだ。それで、
「なぁ、料理が好きやったら、その道かてあるがな。・・・すぐに決められへんなら、しばらくはのんびりしとったらええ。」
「・・・同じ世界におらんかったら、兄さんを守れへんやん。」
「アホォ!・・・われに守って貰わんかて、わしが負けるかい!」
「・・・チッ。可愛げのない・・・」
「おんどりゃぁぁぁ!可愛げのないんはおのれじゃぁぁぁ!」
と、喧嘩になってしまう時もあった。

 そんなある日、昭彦が竜崎にかなりの大金を貸してくれるように頼んできた。もっとも、昭彦の年頃で言えば大金だったが、山神一門の幹部である竜崎にとっては、一日で使い切ってもいいくらいの額でしかなかった。ただ、使い道を言おうとしないことに不安を覚え、出し渋っていた。それで、昭彦はバイトを始めたのだが、時給の良さにつられてホストを始めた時、さすがに竜崎も諦めてお金を渡してやったのだった。
 お金を渡した次の日、昭彦が姿をくらました。自分を裏切るはずがない、と信じながらも、昭彦のいないガランとした部屋でやけ酒を煽って、孤独と闘っていた。
「兄さん・・・飲み過ぎやで。」
厚いカーテンを開けて、外の光を入れながら言う昭彦の声を、朦朧とした意識で聞いた。竜崎は、眩しさに薄目を開けながら、
「・・っんだとぉぉ・・・どこ行っとったんじゃ!われぇ!」
と、手に持っていたグラスを投げつけた。昭彦は、大きく逸れたグラスが窓ガラスに当たる寸前に受け止め、テーブルに戻すと、黙って服を脱ぎ始めた。
(抱かせてチャラにしようちゅうんかい?)
竜崎はまだ薄目のままで、重い頭に顔をしかめて、眺めていた。が、次第に肌が現れてくるにつれ、目を見開き、わなわなと震え出した。
「どや?」
全裸になった昭彦は静かに微笑みを浮かべて、ゆっくりと体を回転させた。その肌にはびっしりと鮮やかな絵が彫り込まれていた。しかも手首のすぐ上あたりまで彫り物で覆われている。背中だけでなく、前もへそのラインだけを残して全てが覆い尽くされているのだ。膝から上も、もちろんあのなだらかで美しかった尻も、輝く背中も、愛くるしい乳首も、全てが隠されてしまっていた。
(嘘や・・・嘘や・・・こんなん嘘や。・・・嘘と言ってくれ。・・・わしは酒で頭がいかれてもうたんや。わしの可愛い子が・・・こんな・・・っうううぅぅぅぅっっ・・・)
信じたくない。が、現実なのだろう。そう思った時、竜崎は涙が溢れ出し、止めどなく流れ落ちた。
「なんでそないなことするんじゃぁぁぁーー!!!」
唾と涙を飛ばしながら絶叫した。
「・・・兄さん・・・・・」
「誰がそんなこと許したんじゃ!わしがいつそないなことを望んだんじゃ!許さへん!許さへんでぇぇーー!!」
竜崎は昭彦につかみかかると、そのまま絨毯に押し倒し、馬乗りになった。首に両手をかけて締め上げる。
「わしの宝に・・・なんでこないな・・・」
竜崎の目からこぼれ落ちる涙が昭彦の顔に降る。
「もう取り返しがつかんのやぞ?・・・一生消えへんのやぞ?」
竜崎はしゃくりあげながら、首をさらに締め上げていった。昭彦は悲しげな目でじっと竜崎を見ていた。鬱血し顔が赤く膨らむ。それでも逆らおうとはしない。
「アホんだらぁぁぁ!!」
竜崎は再び叫ぶと、昭彦の首から手を離した。命さえ竜崎に捧げようとする子なのだ。それがわかっていただけにやくざの世界に引き込みたくなかったのに、こんな手段を取って意思表明をする。
「・・・だって・・・兄さん・・・」
「わかっとる!!」
竜崎は昭彦を抱き締めて泣いた。人形のように美しさを愛でられるような愛され方は望まない。獣は獣なのだ。剥製にする以外、閉じ込めることは出来ない。
(わかっている。・・・わかっていても・・・その心が辛いんや。)
昭彦の肌からはまだ血の匂いがする。けれど、その奥から、変わらない優雅な芳香がする。この香りが麝香なのだと、昭彦が少年院にいた頃に知った。ふと立ち寄った店で昭彦の香りがしたように思い、振り返った所に香炉があった。店主に尋ねて同じ物を手に入れ、ずっと昭彦を思って焚いていたのだ。だが、昭彦から香る麝香は遙かに気高さがあった。
(お釈迦様は花の香りに包まれて生まれたという。・・・麝香に包まれた昭彦は・・わしの菩薩や。)
竜崎はむせび泣きながら、昭彦の体中を舐めた。獣が傷を負った愛する連れを舐めるように、愛を伝える毛繕いのように、丁寧に舐めて血の臭いを拭ってやった。

 竜崎は自分の杯より、価値のある大山の杯を受けさせてやりたかった。だが、山神組組長である大山の直杯は、よほどの相手でなければ貰うことが出来なくなっていた。
「何で兄さんの杯じゃいかんのや?」
「わしの子分やったら・・・特別扱い出来んやろが・・・ボケ・・・」
「そやかて・・・無理なんはいらん。」
「あの大山組長はな、叩き上げの武闘派なんや。それでものし上がっていったんは勇猛さだけやない。それだけの狡賢い知恵があるんや。・・・大山組長がなんで杯を交わすかわかるか?・・仲良くなりたいから?・・子分が欲しいから?・・・そうやない。こいつを敵にまわしたら怖い。・・・そーゆー相手と杯を交わしてきたんや。・・・そしたらそう思わせたらええ。やろうって気にさせるんや。」
そう言われて、昭彦は大山の自宅の庭に三日間土下座した。
「根比べや。われが諦めるまでに組長が認めへんかったら・・・組長も見る目が落ちたと思うしかあらへん。・・・まあ、勝負してみ。」
と、竜崎の言ったように、大山は昭彦の獣の眼差しに怖さを覚えたようだった。特例として、昭彦に自らの直杯を与えた。
 こうして、昭彦のやくざとしての人生が始まったのだった。



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