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子猫白書U




<36>〜<40>



<36>
[文化祭(4)]
<36>文化祭(4)

 日曜日は朝から人で賑わっていた。文芸部の展示教室にも昨日より人の流れが多かった。今日は3年の部長も来ていて、他の3年部員も一緒に来ていた。普段は任せきりでも3年部員は威圧的な態度で振る舞うので、他の部員達は緊張して何となく重い空気があった。

 そんな中、子猫に小さな驚きとも感激ともいえるような出来事があった。二十歳を少し過ぎてるくらいのスポーツマンタイプの男性が、
「あなたがノエルさんですよね?」
と聞いてきたので、子猫が困ったように少し笑って頷くと、
「これを・・・是非、あなたに差し上げたくて。」
と可愛い袋を差し出してきたのだ。子猫は知らない人からのいきなりのプレゼントは貰えないと思って、丁重に断ろうと困惑顔で背の高い彼の顔を見上げた。
「驚くのは当然ですが、警戒しないでください。」
と、澄んだ眼差しで静かに笑った男は、
「昨日、通りがかって、なんとなく覗いたここで、あなたの詩に出会いました。・・・そして、どうしてもあなたにこれを贈りたくなって・・・探して、やっと見つけました。」
と、子猫の手をとって、袋を掌に乗せた。それから、軽く会釈をして背中を向けると、ゆっくりと出口に向かった。子猫はやっぱり貰えないし返そうかと迷ったが、ふと、その男性が片足を引きずっていることに気が付き、後を追うことが出来なかった。痛みがあるのか、背中が緊張しているのが伝わってくる。その足で、探してくれた物を、つき返すことが出来なくなったのだ。
「何、何?何が入ってるの?」
好奇心旺盛な京子がさっそく寄ってきた。子猫が促されるままに袋を開けてみると、可愛い和紙の小箱が出てきた。そして、小箱を開けると、小さな金平糖が和紙の敷き紙の中にびっしり入っていたのだった。
「わぁー!可愛いー!」
京子の声にまた数人が子猫の周りを取り囲んだ。子猫は胸がキュンと切なく疼いて言葉が出てこなかった。
「懐かしいー。コンペイトウだぁ。」
「そう言えば猫の詩って・・・そっかぁ・・・」
「ファンが出来ちゃったのかな?ふふ。良かったじゃん。」
と、取り囲んだみんなが言う中、子猫は大事に箱を袋にしまい、袋を胸に抱き締めた。
「えー・・・猫ぉ、分けてくれないのぉ?」
京子が不服そうに言うので、
「ごめん。・・・でも、これは・・・一粒一粒が、あの人の一歩一歩のような気がして・・・簡単にあげちゃいけないような気がしたの。・・・ごめんね。」
と答えた。京子もあっ、という顔になって頷いてくれた。
 部長が忌々しそうに3年部員達とヒソヒソ話しながら、子猫に冷たい視線を投げてきたが、さっき見たコンペイトウの、甘い香りときらきら輝くひとつひとつの粒の愛らしさが、胸いっぱいに広がっていたので、子猫にはそんな視線も霞んで気にならなかった。

 去年部長だった今の部長の待ち人は昼近くなって顔を出した。子猫は顔を見るなり、逃げるように抜け出して、屋上に出た。同性愛を否定する気はなかったが、すでに今の部長と付き合っていながら、子猫を騙して呼び出し強引に関係を迫ったことが許せなかった。部長が子猫に敵意を持つのも無理はないと思えたし、むしろ前部長に責任があるのだ、と思っていた。強引に抱きすくめられ唇を押しつけられ、スカートにまで手を入れてきた為に、激しく抵抗し窓ガラスが割れて飛び散り、この事件は周知のこととなってしまった。怪我をして血を流す子猫に、前部長は、
「私の前に現れたあなたがいけないのよ。可愛い顔で甘えた目で誘うから。」
と言ってのけた。だが、子猫が呼び出しを受けていたことと、前部長が他の部員を部室から追い出していた事実から、非は彼女にあると先生方もわかってくれた。けれど、問題にしたくないようで、軽いノイローゼだったということにして、一週間自宅静養するようにと注意しただけだった。以来、子猫は文芸部に在籍のまま、前部長が卒業するまで、極力顔を合わせないようにしてきたのだ。
「猫先輩!」
子猫が屋上に出ると、追ってきた麗奈が呼び止めた。
「あぁ・・・気にしないで。ちょっと顔を合わせたくない人だったから・・・」
「例の事件のことなら聞きました。・・・よく平然と顔を出せると思って呆れちゃいます。」
「・・・そなんだ。聞いたのかぁ・・・」
「部長が猫先輩を・・あの・・嫌う理由が知りたくて・・・すみません。」
麗奈がペコリと頭を下げたので、子猫は苦笑した。
「そう。嫌うよねぇ、・・たいがいは・・・でも、部長が悪いんでもないしね。」
「そんなことがあったら、普通向こうが退部すれば良かったじゃないですか。」
麗奈が軽くフットワークしながら、シャドーボクシングのマネを始めたので、子猫はクスクスと笑い出していた。
「・・・前部長・・・才能だけはばっちしだから。だって、全国の高校文芸作品大会に入賞したりして、地元のTVにも出た人だもん。」
「才能ですかぁ・・・麗奈にはなさそうだし・・・理不尽さは感じますけど・・・」
「麗奈のファンタジックな短編、すっごくいいじゃん。猫は超お気に入りだよぉ。」
「えー・・そう言って貰えると感激しちゃいます。・・マジですかぁ?」
「うんうん。マジだって。」
子猫と麗奈は金網に寄りかかって、しばらく話をしながら時間を潰していた。
 その内、京子が二人を呼びに来た。3年部員は午前中で解散ということで、部長は前部長と連れ立って教室を出ていった、というのだ。
「ったくねぇ、何が午前中解散よ。ようは片付けはしたくないってことじゃん。」
「あは。でも、その方が猫的には気が楽でいいよぉ。」
怒って金網をひと蹴りした京子に、子猫が笑って言うと、京子も苦笑し、
「ま、ね。それもそうだけどね。あーだこーだ指図されたらもっと腹立つし。」
と、また金網を蹴った。それが面白くて、子猫と麗奈が吹き出して笑うと、京子も一緒になって笑いころげた。
 三人で連れ立って展示教室に戻ると、圭子と数人の部員の姿もなかった。残ってた部員がお昼休憩だと説明してくれた。腕時計を見ると、12時半を回っていた。交替で子猫が休憩を済ませると1時を回るよなぁ、と思いながら、昭彦の顔を思い浮かべた。昭彦を知っているのは圭子だけで、他の人達へは彼氏の初紹介になる。30歳半ばには見えない落ち着きと大人の雰囲気があるだけでなく、仕立てのいいスーツを着こなした風格はそうそういないと思えるほどに魅力的だった。黙って本でも開いていれば、教授か評論家のようにも見える。ただ、何と言っても、何度も修羅場を経験してきたやくざだけに、怒りを灯した鋭い眼差しは、周囲を脅えさせるには充分過ぎる威圧感があった。わざわざ見にきてくれる嬉しさと期待はあったが、反面不安もよぎるのだった。

 1時近くに戻った圭子達と入れ替えに子猫は麗奈や京子とお昼休憩にした。昭彦とは2時の約束だったが、”…までに来て。”と言ったし、早めに来るかも、と思うとドキドキして食事が喉を通らなかった。
「猫先輩、どうしたんですか?・・気分悪いですか?」
麗奈がほとんど食べないままに片付けてしまった子猫を心配そうに覗き込んだ。
「ううん。そうじゃないけどぉ・・・」
子猫が頬を赤らめて恥ずかしそうに笑うので、京子がひやかすように笑った。
「あはは、そかそか。猫は彼氏がくるから興奮してるんだぁ。」
京子の言葉に、子猫はますます顔を赤くして、両手で火照る頬を押さえた。小指が微かに震えていて、子猫自身、自分がこんなに緊張していることにあらためて気付いた。
「猫先輩の・・・彼氏・・ですかぁ・・・」
伏し目がちに低く呟いた麗奈のため息は、京子の明るい声にかき消された。
「ねぇねぇ、猫の彼氏ってどんな人なのぉ?」
「あは。」
どんな、と聞かれて、昭彦を思い浮かべた子猫は思わずにやけてしまう。
「あー・・・そんなにカッコイイんだぁ?」
「・・・ん、まぁね。」
「かなり年上なの?」
「・・どうかなぁ・・?猫的にはそんなに年上とは思わないんだけどぉ・・・でも、35歳なのに大抵40歳過ぎにみられるみたい。」
「ゲッ・・・それって・・・超オジンじゃん。」
「そんなことないよぉ!」
「なるほどねぇ・・・確かにファザコンですわ、あなた。」
京子は呆れたようにため息をついて頷いた。
「そんなぁ・・・そーなのかなぁ・・・んー・・・そんなに変?」
「40歳なんて、麗奈の父と同じ歳です。」
麗奈が憮然として言った。
「だからぁ、そう見えるだけでまだ30代だってばぁ。」
子猫が拗ねて唇を尖らせたので、
「でも、まぁ・・猫が好きになるだけの魅力はきっとあるんだろしぃ、直に本物を直接見れるんだからぁ・・・楽しみだな。来たら紹介してね?」
と、取りなすように言った京子が、子猫の頭を撫でた。
「・・・そうですね。会ってみないとわからないですね。」
麗奈もそう言って、子猫の頭を撫でた。
「あ、何で麗奈まで猫を子供扱いするのぉ?」
子猫が頬を膨らませて言うと、
「そーゆーとこが可愛いからです。」
と、笑みを浮かべた。
「じゃぁ、猫の為に休憩は早めに切り上げよっか。ね?」
「ありがとぉ!」
子猫は両手を合わせて笑顔で感謝した。

 そうして、早めに休憩を終わらせて、展示教室に戻った子猫は、人だかりに賑わう教室を見て愕然とした。人だかりの中心には、頭ひとつ飛び出した翔がいたのだ。そして、その隣りには翔の友達の昌太郎と耕太がいた。
「あー、ちょっと。前開けてくれ。」
と翔が取り巻きを緩めさせると、子猫を指先で呼んだ。動揺を隠せない子猫は眉をひそめて、仕方なく側に行った。そして、翔をひと睨みしてから、
「こんにちわ。お久しぶりです。」
と昌太郎と耕太に軽く頭を下げた。
「どうも。お久しぶりです、子猫さん。相変わらず綺麗でいらっしゃる。」
「バーカ。気取ってんじゃねぇ。ハゲ。」
「ハゲてねぇーよ。」
翔が蹴りを入れながら昌太郎をからかう。まぁまぁ、と止めながら、
「ホンット久しぶりだよね、子猫ちゃん。でも、相変わらずって言うのはかえって失礼だよね。ますます、とか、だんぜん、とか言わなきゃ。」
と、人懐こい笑顔で耕太が言った。子猫も思わずつられて笑顔になった。
「じゃぁ・・・一層お美しくなられました。子猫さん。」
「てめぇは嘘くせぇーんだよ!ホモ!」
「ホモじゃねぇーよ。」
子猫は苦笑して、
「漫才のネタは相変わらずなのね。」
と、言うと、昌太郎はしごく真面目な顔で、
「その言葉はどうも失礼だそうです。」
と言ってのけた。子猫は思わず吹きだして、
「うん。だから、そう言ったの。」
と、答えた。どうも翔と彼等がいると、そのペースに巻き込まれてしまう。昨日以上の人だかりも無理ないだろう。若手漫才コンビよりも、翔と昌太郎の会話は面白いのだから。
「なるほど。・・あなたのネタふりは古いそうです。翔太郎さん。」
そう言って、昌太郎は翔の顔を見ながら、フッと冷笑した。真面目な顔で翔の厳しいツッコミにも負けずに冷めたギャグを飛ばすのが昌太郎だった。炎の翔と氷の昌太郎はそれでもお互いを信頼し合っているのがわかる最高のペアだった。
「・・・てゆーか・・・漫才するなら、いっそ屋上のステージですればいいのに・・・」
子猫は真顔になって、翔を見た。隣りにいる圭子が顔をしかめたが、今の子猫には翔にここにいて欲しくなかったのだ。
「親友に俺の彼女を紹介しようと思って、連れてきてやっただけだぜ。」
翔は片方の頬だけで笑って、
「圭子もずっと会いたがってたしな。」
と、圭子の肩に手をかけた。圭子は嬉しそうに頷いて微笑み返した。そして、
「猫、せっかくお友達も連れて遊びにきてくれてるのに失礼じゃない。」
と少し突き放すように言った。
 確かにそれもそうだと、子猫は思った。過去の経緯はともかく、今は子猫が干渉出来る相手ではないし、そのお友達まで邪魔に思うのは、子猫の身勝手と言えた。
「・・・うん。そうだね。・・・ごめんなさい。」
子猫はうつむいて小さく答えると、その場を離れようとした。
「圭子こそ、言い方キツイよぉ。昨日あんな騒ぎ起こしたんだもん。猫が困るのも無理ないじゃん。昨日は自分の都合で早帰りまでしておいて、少し勝手なのは圭子じゃないのぉ?」
昨日のことに少なからず不満を抱いていた京子が子猫の横に立って圭子を睨み付けた。
「そのことと、今の話とは違うでしょ。せっかく来て頂いてるお客様なのよ。」
圭子も負けずに言い返した。
「お客様って・・自分の彼氏じゃない。」
「いいじゃない、別に。」
「ケッ!ブスはよく吠えるぜ。」
二人の言い合いに翔が口を挟んだ。ブスと言われた京子は言葉に詰まって唇を噛んだ。それまで昌太郎と耕太は傍観していたが、翔の言葉のキツさにマズイという顔をした。
「翔・・・ヒドイ・・・」
「はっはー!・・やかましい女は嫌ぇなんだよ。」
「それは翔の好みじゃない。京子は明るくて楽しいし、だいたいブスなんかじゃないよ。」
「翔、確かに今のは失言だぞ。」
「そうだよ。京子ちゃんだっけ?すっごく目がキラキラしてて可愛いよ。」
子猫の抗議に昌太郎と耕太が加勢するように言ってくれた。翔は舌打ちすると、
「あーそうかよ。それはどーも。」
と面白くなさそうにそっぽを向いた。それで終われば良かったのだが、京子も負けてない性格だった。
「あなたが何様かは知らないけど、昨日だってここの本来のお客様に言いがかりつけるし、ギャラリー集めてアイドル気取りだし、・・・副部長の圭子以外はみんなすっごい迷惑してます。」
「京子、もやめよう?・・・翔は言われたら倍返しする性格だから、収まらなくなっちゃうし。・・・圭子も困っちゃうだろうから・・・ね?」
「昨日のお詫びにって、今日は場を楽しくしてくれてたんじゃないの。少なくとも猫が文句つけるまでは、みんな楽しんでたのよ。」
「猫がいつ文句つけたの?あんまり騒がしいし、展示を他の人が見れないくらい混雑してるから、雑談なら広いとこですればって言っただけじゃん。昨日、猫が圭子の荷物届けてあげたのを忘れたの?何か猫が悪いように悪いように言うのって、端から見ててキショイよ。」
「いいからぁ・・ね?向こういこうよぉ、京子ぉ。」
「お礼なら、朝ちゃんと言ったけど。」
「言葉を言えばいいって問題じゃないじゃん。」
「いいんだってばぁ・・・圭子も京子も大好きな友達なんだからぁ・・・喧嘩しないでぇ・・・猫が悪かったんだよ。ごめんなさいー。」
子猫は困り果てて、京子の腕を引きながら言った。
「わかった、わかった。もう、そこまでにしようぜ。圭子も子猫に文句言うなよ。それとお前、京子とか言ったな?さっきの俺の言い過ぎに免じて、今のは聞き流してやる。確かに俺は言われたままじゃ済まさねぇ性格だが、これ以上やると子猫を泣かしちまいそうだからよ。・・・けど、まぁ誤解は解いておかねぇとな。俺はアイドル扱いされんのが大っ嫌ぇなんだよ!わかったか!・・・ってことで、もう言い争いはお終いにしようぜ。」
「そうですね、それが懸命です。女性を論破しても楽しくないですしね。」
翔の言葉に昌太郎が頷きながら賛同した。圭子は多少不服そうだったが、言葉を重ねることを控えた。翔が子猫を庇ったのが面白くなかったようだが、それでも翔にやかましい女と思われたくないようだった。
「まぁね、もうすぐ猫の彼氏が来るのに、こんな騒ぎを長引かせておくのも悪いもんね。」
京子が”彼氏”を皮肉っぽく強調して言った。
「きょ・・京子ぉ・・・しぃー・・・」
「いいじゃん。照れなくってぇ。・・・それに彼氏も立派なお客様だって副部長も言ってたしぃ・・まさか自分の彼氏だけがここで優遇されるべき、なんてぇ、そこまでは思ってないだろうから。」
「そんな・・優遇なんて・・ちょこっと覗きにくるだけだから・・・」
子猫はなんとかこの場を離れたくて京子の腕をとって促した。照れてではなく、翔には知られたくなかった。まして顔を合わせるような状況にはしたくなかった。
「でも・・やっぱここは遠慮して他を案内することにする。校門付近で待ってるかな。」
「えー、ダメだよぉ。猫の彼氏に紹介してくれるって言ったじゃん。」
「ん・・ごめん。・・・でも・・・」
子猫はもう泣きたい気持ちで、1秒でもいいから早くここから立ち去りたかった。が、京子のふくよかな体はいくら動かそうとしても動かない。京子が動く気がないなら、もう自分だけでも立ち去ろうと、腕を引くのを諦めた時、翔が寄りかかっていた壁から体勢を立て直した。
「俺に遠慮するこたぁないぜ。」
腕組みをし、仁王立ちになった翔は顎を引いて、真顔で子猫を見据えた。
「う・・ん・・・でも・・・」
「心配するな。俺がいきなり喧嘩売るような男に見えるか?俺が喧嘩を売るのはやくざぐらいだぜ。子猫をちゃんと幸せにしてくれる彼氏なら、俺は何も言わないさ。・・・お前を困らせるようなことは言わないから、安心しろ。」
翔の声は真摯に響く低めのゆっくりしたものだった。子猫だけでなく、自分にも言い聞かせるような言い方だった。子猫は力なく微かに笑った。が、すぐにため息がこぼれた。
「うん。・・・でも・・・」
そのやくざだから、顔を合わせる状況にはしたくないのだ、とは言えなかった。子猫が言い淀みながら逃げ越しに後ずさりしていると、
「猫先輩・・」
と麗奈が子猫の肩を叩いた。そして、子猫に教室の入り口を指し示したのだ。
「あの人が子猫はいますか、って・・・」
ハッとして見るとそこには昭彦の姿があった。

 昭彦は子猫に気が付くと優しく微笑んで、教室に足を踏み入れた。子猫は人だかりをかき分けて走り寄ると、その胸にしがみついた。思わず涙が滲んできてしまったが、涙の理由を問われるのも困ると思い、麝香の香りのするスーツに顔を擦りつけた。
「ククッ。いいのかな?学校でこんな甘えん坊さんしてて。ん?」
そう言いながら、昭彦は子猫の肩を抱いて髪を撫でた。やりきれない居たたまれない状況に胸が締め付けられ続けていた子猫は、昭彦の胸の温もりに安堵を覚え、ずっと抱かれていたいと思った。なかなか顔を上げない子猫と周囲からの視線で、昭彦は普通ではない空気を感じ取ったようだった。
「・・何かあったのか?」
と言った言葉は低く警戒の響きがあった。
「ううん。・・・何もないよ。」
やっと子猫は顔を上げ、昭彦から一歩下がると、
「ただ・・・朝からずっと待ってたから・・・緊張しすぎちゃったみたい。」
と言って、はにかむように笑った。それから、昭彦の手をとると、
「今、ここ、ちょっと混雑してるから、他を案内するぅ。」
と、甘えるように言った。が、昭彦は眉を曇らせ、
「いや。悪いが、他を見てる時間がない。急な会議が入って、すぐに行かなければならなくなったんだ。石橋も橋本も車で待たせてるから、ここだけ見させて貰うことにするよ。」
と言った。
「え・・・そうなんだぁ・・・」
子猫は残念に思う反面、翔がいる今となっては、昭彦が早く帰ると言ったのは救いのような気もした。けれど、ここを見るということが一番の問題であった。子猫は後ろを振り向いて教室を見回した。思うように歩けないほどの混雑の向こうに、怒りの炎を灯した鋭い視線を昭彦に向けている翔がいた。子猫がドキッとして昭彦を見ると、昭彦もその視線に気が付いて、感情の見えない冷たい視線を返していた。
「あ・・昭彦・・・あのね・・・」
子猫の声に視線を子猫に戻した昭彦は、
「彼は何?」
と、短く聞いてきた。
「あ・・・あのね・・・圭子の彼氏なんだけどぉ・・・」
「ほう・・・何故か敵意を感じるが・・・」
「今ね・・・猫がちょっと文句言っちゃったから・・・。だって、ほら、こんなに混んでると展示を見ようにも見れないでしょう?・・・それで・・・」
「・・・なるほど。」
昭彦はそう言って、また視線を翔に向けた。昭彦も翔ほどではなかったが、身長が高い。女生徒ばかりの集団の中では、どちらも頭が飛び出していた。黒い髪の波の上で一瞬火花が散ったように見えた。
「だからね・・・他に案内しようって思ったんだけどぉ・・・」
子猫は昭彦の腕に自分の腕を絡めて、切なく頬ずりをし、
「でも・・・忙しいならいいの。来てくれただけで充分だから・・・」
と、昭彦の関心を翔から逸らそうと、祈りを込めて言った。
「ふむ。・・・だけど、ここだけは見ていくよ。子猫があんなに頑張ってた成果を見ないのでは、ここまで来た甲斐がないだろう?」
「・・・そう・・・」
子猫はうつむいてため息をついた。
「猫ぉ!見て頂けばいいじゃん。遠慮なんてすることないんだから。」
と、すぐ後ろで京子の元気な声がした。子猫は昭彦の腕から手を離して振り返った。
「京子・・・」
「猫ったらぁ、紹介してくれる約束でしょう?」
「あ・・うん。」
「いいや。自己紹介しちゃお。・・初めまして。猫と同じ2年で同じ文芸部員の中村京子です。・・猫の彼氏がすっごい素敵な方だってことは聞いてたんですけどぉ・・想像以上だったので感激してます。」
京子は明るく笑って、握手を求めるように手を昭彦の前に差し出した。昭彦は口元で小さく笑うとそれに応えて握手をした。
「いつも子猫がお世話になってるようですね。ありがとう。・・どんなに大切に思っていても、学校の中までは手が届きません。これからも子猫を助けてやって頂けますか?」
昭彦の声は低く甘く、黒目がちの輝く目に覗き込まれるようにして言われた京子は、たちまち赤面すると、
「はい!もちろんです!」
と上擦った声で答えた。昭彦は上品に微笑んで頷き、
「ありがとう。・・・それでは、あまり時間もないから、見学させて貰うかな。」
と言って、壁に目をやった。
「あ、私がご案内します!」
京子は手で指図して前を開けさせると、昭彦を先導して展示物の説明を始めた。
「京子ぉ・・時間がないみたいだから簡単でいいよぉ。」
「あ・・そっか・・」
「クックッ。せっかくの子猫の友達の親切なんだ。・・ありがたく聞かせて頂きますよ。・・どうぞ、続けて。」
昭彦の紳士的な態度に、すっかりのぼせ上がった京子は更に赤面し、汗をかきながら熱心に説明していった。昭彦はほとんど表情を変えることなく、説明に時々頷いては静かに眺めていった。たまに、苦笑のような微妙な笑みを浮かべることもあったが、その意味がわかるのは子猫くらいだったろう。その場にいたほとんどの人達は、昭彦の醸し出す雰囲気にのまれて、言葉もなく見守っていた。

 昭彦が京子にお礼を言って教室を出る時、子猫も車まで見送るからと教室を後にした。駐車場まで行く途中、昭彦は特に翔について聞いてくることはなかった。子猫の今日の予定の確認と、寄り道しないで早く帰るようにと注意したくらいだった。そして、昭彦自身もなるべく早く帰れるようにするから、いい子で待っているように、と言った。
 車で待っていた石橋と橋本は、昭彦と子猫が近付くと車を降りて出迎えた。子猫は二人にもお礼を言って、車に乗った昭彦と窓越しに軽くキスをして、見送った。
 そうして、子猫が教室に戻ると、人もまばらなガランとした空間が広がっていた。翔とその友達も帰ったらしい。ただ、昨日と違うのは、圭子が残っていたことだった。今日は片付けがあるので、責任者である圭子は帰る訳にはいかなかったようだ。京子と圭子は明らかに反目していたが、どこか寂しそうな圭子は、文化祭が終了するまで一人で窓の外を眺めていることが多かった。一方、京子は興奮が収まらないように、他のみんなと子猫の彼氏である昭彦のことで盛り上がっていた。昭彦から何ともいえないいい匂いがした、と京子が言えば、他のみんなも、そばを通り過ぎた時ふわっと感じた、と同調してはきゃっきゃとはしゃいでいた。子猫は疲れてあまり話す気になれず、なんとなく頷いたり、さぁ、と質問にはあまり答えずにいた。

 4時で文化祭が終了し、一般のお客様を放送や案内で帰した後、大忙しで片付けが始まった。展示物をはがし、借り物をまとめ、運び出してあった机やイスを元に戻さなければならなかったし、他でもあれやこれやで大混雑の中、ようやく掃除も終えて部室に戻ったのは7時をまわっていた。皆、一様に疲れ切った顔で、解散すると家路についた。
 子猫がマンションに戻るとすぐに昭彦から電話が入った。何度かかけてきたようで、片付けが大変だったと説明すると、納得してくれた。
−「大変やったなぁ。ご苦労様。・・けど、頑張っただけあってなかなかええもんやったで。よう調べとるし、色んな角度からの検証もおもろかったわ。・・まぁ、まだまだ甘い視点もあるようやったが、その甘さこそが平凡に生きるにはええんかも知れんとも思えたしな。・・・今日は疲れたやろ?・・わしはちぃーと遅くなりそうやから先に休んどき。あ、疲れとってもちゃんと食べて寝な、あかんで?冷蔵庫に茶碗蒸しとおかゆを入れといたでな。消化ええから食べれるやろ?・・・ほな、ええ子でおるんやで?」
と優しい声の大阪弁を聞くと、ほっとして心身の疲れが癒されるようだった。
 ゆっくりお風呂で汗と疲れを流し、仔猫をケージから出して抱っこしながら食事をとった。それからベッドで仔猫を猫じゃらしでかまったり撫でたりして遊んでいたが、そのうち意識がぼやけてきて、そのまま眠りについた。
<37>
[告白]
<37>告白

 眩しい光を感じながらも微睡みは覚醒を拒んでいたが、ずっと続く物音が夢の中にまで侵入し鈍い太鼓を鳴らしているようだった。気持ちのいい微睡みを惜しみながら、子猫が目を開けると、昭彦が床にうずくまって細かく体を動かしていた。広いベッドを泳ぐように這って縁まで行き、覗き込んだ。
「・・あきぃ?・・・何してるのぉ?」
子猫の声に昭彦が顔を上げて苦笑した。
「おう、起きたんかい。ったく、何やないでぇ。猫は檻に入れとくように言うたやろが。寝室開けた途端、妙に臭うと思うたら、しちょったで。」
「え?・・・あっ・・・」
「まぁ、まだ床やったから助かったが、これが布団にでもされたら悲惨やろ?ちゃんと躾ん内に出しっぱなしにしたら、あかんで。」
昭彦は特に怒った口調でもなく、床に薬剤を吹きかけては雑巾で拭き取る作業を繰り返していた。
「・・・ごめんなさぁい。」
「猫を叱ろうにもトイレも用意しとらん部屋に閉じ込められとってはしゃぁーないしなぁ、管理する者の責任やで?・・・とは言え、お前もわしがおらんで寂しかったで抱いとったんやろし、やっと文化祭終えて疲れがどっと出ちょったんやろしなぁ・・・結局はわしがおらんのがあかんかったと思うしかあらへん。」
「猫がいけなかったのぉ・・・ごめんなさい。」
「ええっちゅうとるやろ?今度から気ぃつければええこっちゃ。」
と言って、昭彦は体を起こして、子猫に優しく笑った。
「さて。これで綺麗になったやろ。」
「ありがとぉ。猫がお掃除するべきなのに・・・」
「掃除もわしの方がまだ得意やでぇ。」
昭彦は方眉をちょっと上げて得意そうに笑みを浮かべた後、子猫の頬と髪にキスをした。両手が掃除道具でふさがっているのがもどかしそうに、子猫の唇を捕らえてキスをすると、
「このまま抱いてやりたいが、先にシャワー浴びてくるわ。それに腹も減っちょるで・・・朝食とらんと力が入らん。」
と、ため息をもらした。
「あ、じゃぁ用意するね。」
「ん。頼むわ。」

 子猫が用意した多めの朝食を綺麗に食べた昭彦は、ソファーで子猫の膝を枕に横になった。かなり疲れているようで、目を開けていられない様子だった。
「ちゃんとベッドで寝ればいいのにぃ・・・」
昭彦の髪を指先でそっと梳くように撫でながら言うと、
「ホンの食休みやないかい。少ぉーし休んだらお前を抱いちゃるんや。」
と言って、子猫の手を取り、愛しそうに匂いを嗅いで頬ずりをした。
「ええ匂いやぁ・・・感触だけやのうて、何や赤ん坊みたいな匂いやなぁ。」
「えー・・赤ん坊って超ミルクくさいじゃぁーん。」
「乳飲み子とは言うちょらんで。けど、無垢な・・お日様の匂いかも知れん。」
深い感慨に浸るような昭彦の声は低くゆっくりしたものだった。
「寝惚けて感覚おかしいよぉ。」
子猫はくすくす笑って、もう一方の手でまた髪を生え際からそっと撫で始めた。昭彦は大きく息を継ぎ、つくづくと手を眺めていたが、物思いにふけるような眼差しは、いつもとは違う重い空気を漂わせていた。
「それも感じるけどなぁ、どうせ撫でるなら下の方がええで。」
と、呟くように言った言葉を冗談と受け止めた子猫が、
「昭彦を寝かせようと思ってるのにぃ・・・そっち撫でたら目が覚めちゃうんじゃない?」
とおかしそうに答えると、昭彦の顔が急に険しいものになった。
「アホォ!寝えへんっちゅうたら寝えへんのや!」
弾けるように起きあがった昭彦はスェットのハーフパンツを脱ぎ捨てると、子猫を自分の前に跪かせて、髪をつかんで股間に顔を押しつけた。
「さっさと言われたらしゃぶらんかい!ドアホ!」
昭彦の態度が急変したことに戸惑ったが、子猫は大きく口を開けてくわえてしゃぶり始めた。片手で袋を柔らかく撫で、一方でびんびんとそそり立ってくる肉棒の根元を擦りあげた。口の中の肉の感触を楽しみながら舌でカリの周りをくすぐる。
「おらおら、もっと奥までくわえんかい!」
子猫は喉の奥に当たるまで深く吸いこんでは擦り上げた。頭と手を連携させて上下に動かしながら昭彦を見上げると、昭彦はソファーの背もたれに両腕を広げてかけて、子猫の奉仕を睨むように眺めていた。
 子猫が眼差しで、どうして?と問いかけると、
「昨日からずぅーっと気になっちょることがあるんや。」
と、見据えた眼の奥に冷たい怒りの炎を灯して言った。
「あの場で追求しとったらお前が困るやろと思うて、納得したふりをしちょったんや。それに、顔の見えんとこで言うても余計苛立ってくるやろ?せやから、こうして今まで我慢しとったんや。仕事しとっても気になって腹が立つし、早う帰って聞こう思うちょるのにもたつきよるしで、ごねちょる相手をいっそ殺したろかい、っちゅうほど苛々しながら、やっと仕事終えて帰ったんやないか?・・・それを寝ろとはどうゆーこっちゃねん?え?わしがあれで騙されちょるとでも思うたんか?大ドアホ!!」
「・・・ん・・・ご・・・ごめんなさい・・・」
子猫は思わず、肉棒から口を離して謝った。瞬間、平手打ちが飛んだ。
「まだ、ええちゅうとらんで!」
子猫は初めて打たれた頬を押さえて涙ぐんだが、昭彦に睨まれ、また肉棒をくわえてしゃぶり始めた。肉棒は怒りに同調するかのように固く張って、子猫は息苦しさを感じながら必死に愛撫した。
「あいつの説明をすんなり正直に言うんやったら言うてみ!けど、嘘やったら許さへんで?どや?ちゃんと説明出来るんか?」
子猫は口いっぱいに含んで上下にしゃぶりながら上目遣いに昭彦を見たが、すぐ視線を落とした。子猫の動揺を見透かしたように昭彦は言葉を続けた。
「友達の彼氏やて?あれがか?あの眼がか?・・・あんまり舐めたこと抜かしちょるんやないで!!あいつの眼はなぁ・・眼だけで殺せたら殺しちゃるっちゅう眼やったで!!」
「だけど、本当に圭子と付き合ってるんだもん!」
子猫は昭彦の怒りにたまらず叫んだ。
「したらお前とはどーゆー関係なんや!!」
昭彦が再び子猫に平手打ちを浴びせた。今度の方が強く、子猫は体をテーブルにぶつけてしまった。
「・・・っくぅ・・・だって・・・中学の時・・・ちょっと付き合ってたんだもん。まさか、圭子が好きになった相手が・・・彼なんて・・・猫だってつい最近まで知らなかったんだもん。」
子猫は叩かれた頬とテーブルで打った脇腹の痛みに呻きながら、かすれる声で小さく答えた。昭彦はそれを聞くと猛獣のように子猫の服を剥ぎ取り、のし掛かかって一気に固く張りつめた肉棒を子猫に突き刺した。足を頭の上まで抱え上げ、根元まで差し込んだモノをもっと奥へ奥へとぐいぐい押し込んでくる。
「あー・・・あぁーあぁぁー・・・」
子猫は悲鳴に近い声をあげた。力強い昭彦の肉棒に体いっぱいに満たされて、気持ちよさに喘いでしまう。
「あいつとこうしたんか!こうやってあいつにも抱かれたんか!!」
激しく子猫を突き上げながら、昭彦は詰るように責める。子猫は感じてたまらず、昭彦にしがみついてよがりながら、泣きじゃくり出していた。
「ぅ、ぅ、ぅ、・・・あ、あ、あ、あ、・・・」
荒々しく膣を掻き回され、あらゆる角度から肉襞を打ち付けるように擦り上げられて、何も考えられなくなる。狂いそうなほどの快感の嵐に、体中を震わせ、自らも腰をぶつけていった。
「あ、あ、あー・・気持ちいいよぉー!ああああーー!!」
泣きながら叫ぶ子猫を抱き締めて、昭彦も涙を流していた。
「わしのもんやぁ!お前はわしだけのもんやでぇ!!」
激情のままに激しく体をぶつけてくる昭彦の激しい息遣いとこね回される激しい音が一層興奮を煽っているようだった。昭彦も何度も雄叫びをあげ、子猫も体中が膣の塊になったように全身で感じて悶え狂った。
「あー、あー、あー、・・・許せないなら殺してぇ!このまま殺してぇ!」
「アホォー!!死体を抱けるかい!!生きたお前を抱きたいんやろがぁ!!」
「だって・・・だって・・・あああああーーーー!!」
精魂尽き果てるまで激しくぶつかりあって、接合する肉が熱く煮立つように思えた。昭彦は子猫の涙も汗も舐めまわし、舌が千切れるほど吸い、熱い舌を絡めてきた。全身が膣の一部となって込み上げてくる快感に酔いしれ、腕にすっぽり包まれた子猫がぐったりするまで、昭彦は突き上げた。そして最後に、息が止まりそうなほど強く抱き締めて、気絶するように果てた。

 リビングの絨毯の上に裸で重なって深い呼吸を繰り返していた。ぐっしょりと汗で濡れた体は今はひんやりとしていた。ぴったりと密着した肌の部分だけは、まだ熱さを残して、激しく燃えた余韻を湛えていた。
「・・・中学っちゅうたら、わしがまだムショにおった頃やな。」
昭彦は片腕を頭の後ろに回して自分の枕にし、片腕で子猫の肩を抱き寄せていた。子猫は昭彦の肩に頭を乗せて、指先で昭彦の彫り物の絵をなぞっている。
「・・・初めての男か?」
昭彦の奥歯がぎりりと軋んだ。
「ううん。」
「ちゃうんかい?ったく、ガキんくせして・・・」
これまで昭彦の過去は打ち明けられたものの、昭彦には子猫自身の過去は話していなかったので、初めて知る事実を持て余しているようにも見えた。
「・・・まぁ・・・これだけの体しとるんやから、ある程度の経験はあるやろとは思うちょったがな。過去に嫉妬しても始まらん。出会った時のお前に惚れたんやからな。」
昭彦は体を子猫の方に向け、味わうようなキスをした。そして、間近に子猫の顔を覗き込むと、食い込むような眼差しで見つめた。
「話してみ。お前の過去を。」
そう言われても子猫は躊躇していた。
「どんな事でも受け止めたるがな。・・・これまでは話したないんやったらそれでもええて思うちょった。けど、お前の過去はこんなに間近にあるんや。ちゃんと聞いとかな、またひょっこり顔出すかも知れんしなぁ?・・・簡単でもええから、説明して貰わな、気持ちがおかしくなりそうやで。・・・こない愛しちょるのに・・・他の男の影が見え隠れするんはたまらん。」
「・・・ごめんなさい。」
ゆっくりでええから・・・話してくれるな?」
「・・・うん。」
子猫は急に寒さを感じてプルッと震えて昭彦にしがみついた。
「せやな・・・汗が冷えてきたでベッドに行こか。」
そう言って子猫を抱き上げた昭彦はいつもの優しい表情に戻っていた。

 子猫をベッドに寝かせた昭彦は、一度キッチンへ行って飲み物を持ってきてくれた。寝たままでも飲めるタイプのスポーツドリンクを、赤ん坊にミルクを与えるように子猫に飲ませて、
「子猫がわしの全てや。親にとっての子供のように掛け替えがない。」
と言った。子猫に不服そうな表情が浮かぶのを見て苦笑すると、
「子供より自分が可愛い親もたまにはおるがな。」
と付け足した。子猫が母親とうまくいってない事はすでに承知していたし、その原因が父親の子猫への溺愛にあったようだということも推察していた。
「ほな、聞かせて貰おか?」
子猫の横に潜り込んだ昭彦は子猫を抱き寄せて額にキスをして言った。
 子猫は父親を亡くしてから拒食症になって入院したとこから話し始めた。
「そこで知り合ったのが翔・・・昨日の彼だったの。でも、ホントに知り合っただけ。知り合ったその日の夜に病院を脱走しちゃったんだもん。」
「脱走?」
「心臓が悪くて発作が起きるのは確かだけど、お父様が偉い方でお母様も忙しいみたいなんで、面倒を看れないからって入院させっぱなしのことが多いんだって。それで、仲間に連絡しておいて脱走したの。・・・その頃は暴走族の総長だったし・・・」
「ふん。金持ちのボンボンかい。甘やかされてることに気付けへんで、かまって貰えへんっちゅうて悪に走ってみる。ま、よくあるパターンやな。」
「でも、お父様は相当に厳しい方らしいし、欠陥のある子は跡継ぎとは認められないって宣告したっていうから、そんなに甘やかされては・・・いないかも。・・・いるかも・・・んー・・・」
「結局どっちやねん?」
「だってぇ・・・ご両親に直接お会いしたことはないし・・・話しを聞くだけだとすっごく冷酷に聞こえるんだけどぉ・・・でも、タクシー券使い放題、ゴールドカード持って、ヘリコプターも勝手にチャーター出来て、超犯罪がらみの問題起こしても親の権力とお金でねじ伏せちゃうんだもん。お父様自身に傷がつかないように警戒してるんだとしても・・・保護されてるよなぁって思うし・・・」
「ようある話やな。そこら中で同じような話は聞くで。」
「・・・うん。・・・でも、そーゆーのを知ったのは付き合い始めてからで、・・・一番初めに付き合ったのは同じ中学の人だったの。」
「・・・そいつか?」
「ううん。」
「ちゃうんかい・・・」
昭彦は困った子だとばかりにため息をついた。
「・・・ごめんなさい。・・・きっとその彼も自分が初めての相手だって・・・今でも信じてるかも。・・・だけど・・・本当は・・・町でナンパされた人が初めての人だったの。」
「二股かけとったんか?」
「・・・うん。・・・だって・・・同じ中学の彼はすっごく優しいんだけど・・・優しいだけじゃ、寂しさは埋めれなかったんだもん。・・・初めての彼は結婚してお子さんもいる人だったの。」
「援助交際しとったんか?」
「違うー!だって、お金は貰ってないもん。そんな為に付き合ったんじゃないんだもん。それに初めから家族がいるって知ってた訳じゃないし・・・」
「わしより歳は上の奴か?」
「うん。・・・今は40歳かな・・・」
「父親が恋しかったっちゅうことか・・・」
「わかんない。・・・そうかも知れないけど・・・恋してたのは確かだもん。」
恋してた、と聞いた時、昭彦の奥歯がまたぎりりと鳴った。
「・・・不倫はいけないことだってわかってたけど・・・理解はしてなかったのかも。自分の気持ちがいつも優先して・・・自分が楽しければ傷つく相手がいようとかまわなかったのかも。・・・彼の奥様を交えての修羅場もあったし・・・奥様が流産して子供産めなくなったりもしたし・・・」
「不倫なんちゅうもんはそんなもんやろ。はっきり援助交際やて、金でけじめがついとる方がまだましやで。特に女房にしてみればな。」
「・・・うん。そうなの。・・・いっぱいそーゆー関係を持ってきた人だったから、奥様もそーゆーのは仕事の一部として認めてたみたい。・・・だけど、猫とのことで離婚を言い出したから・・・許せなかったみたい。」
「それで身を引いたんか?」
「・・・そんなにいい子じゃないよ。・・・もう、遊ばないって言ってた彼が新しい子と援交始めたのを知って・・・許せなかったから。」
「フン!遊び慣れた奴は所詮そんなもんやな。・・・子猫の潔癖な性格がわかっとったら、墓穴を掘ることもなかったやろ。」
「・・・潔癖・・・?」
「っちゅうより、鉄壁か?自分以外に興味を持った男はもう受け入れられへんのやろ?例え気の迷いでも許せへん。完璧に自分を思う相手やないと心を許せへん。ん?」
そう言って苦笑いを浮かべた昭彦は、
「そーゆーとこがわしには可愛いんやけどな。」
と、子猫の顔中にキスの雨を降らせた。
「・・・それで・・・あいつが登場するっちゅうことか?」
「ううん。・・・その彼と付き合ってる時に・・・」
「同じ中学の奴は?」
「・・・も・・・」
「そしたら二股やのうて三股やんか!・・・ほんまに我が侭なお姫様やなぁ・・・」
「・・・うん。・・・でも・・・翔は彼氏っていうより相談相手だったのかも。・・・付き合う前から妹みたいだって言ってたし・・・あっ・・・つーか・・・昭彦もそう言ってたっけ・・・」
「妹っちゅうんはまだ手は出せんけど、いっちゃん可愛い子っちゅう意味やで。そこの所を勘違いしちょると、後で困ったことになるんや。」
「・・・そうかなぁ・・・?だけどね、同じ心臓の障害を持った仲間って意識は強いみたい。それと親に疎まれてるって寂しさも共通するし。」
「アホやなぁ。男なんちゅうもんは興味ない相手にまで親切にせぇへんで。女みたいにおせっかいやないでな。」
「・・・そんなことないよぉ。親切な男の人だっていっぱいいるもん。」
「それは子猫が可愛いからやろが。そないなこともわからんから放っとけないんやで。親切に感謝しとる間に犯されよる。ったくっ・・アホ。」
「うぅぅー・・・頑張って話してるのにぃ・・・」
子猫は泣き顔になって唇を尖らせた。
「わかったわかった。まぁ、だいたいは把握出来たで。ようするにあいつはまだ子猫に未練があるっちゅうことやろ?」
「・・・どうかなぁ・・・それだけなら・・・不安になることもなかったんだけどぉ・・・」
「まだ何かあるんかい?」
やれやれといった顔でため息をついた。
「違うのぉ。翔とは不倫の彼に悪いと思って別れたし、それ以来会ってなかったけど・・・問題は翔がやくざを超嫌ってることなのぉ。」
昭彦の眉がピクッと動いた。
「ほぉ・・・せやけど・・・まぁ、わしもやくざは嫌いやし、好きと言われるより、わかりやすい反応っちゃ反応やな。。」
「でも・・・その理由が・・・」
「何や?」
「・・・多分・・・対抗する族を薬の売人にして自分の縄張りを荒らされたからだと・・・よくわかんないけど・・・そんなことを言ってたような・・・」
「ふーん。・・・そら、あかんわな。素人のガキに任せちょるから、すぐ足がつくんや。・・・そー言えば、そんな噂を聞いたなぁ。ムショにいた頃のことでわしには興味もなかったが・・・暴走族に売人させとった組が警察につぶされよったてなぁ。・・・そうか・・・あいつが絡んどったんかい。」
昭彦の低く冷たい言い方に子猫は焦って、
「絡んでたかどうかは、わかんないよぉ。」
と言った。昭彦は何度か頷き、
「もう、ええ。ようわかったで。」
と言って、子猫を抱き締めてキスをした。そして、
「まだ、お前に未練があるっちゅうことは、次のターゲットにわしを狙うかも知れんっちゅうことやろ?クソ生意気なガキがエセ正義をかざしてやりそうなこちゃで。」
と低く冷笑した。子猫は不安になって、
「そんなことさせないー。昭彦には指一本触れさせないー。猫の命張っても昭彦は守るもん。絶対・・絶対・・・昭彦を守るもん。」
と、胸に顔を押しつけて言った。
「クックックッ。勇ましいお姫様やなぁ。・・・けど、守るんは男の役目や。わしが子猫を守っちゃるんやで。」
昭彦は苦笑まじりにそう言ったが、子猫の言葉が嬉しかったようで、キスをすると、また体を求めて愛撫を始めた。子猫も何とか説明出来たことにホッとして、それを昭彦が受け入れてくれたことも嬉しかったので、昭彦の愛撫に素直に感じて心を開放させた。
<38>
[秘密]
<38>秘密

 文化祭の代休で休みになった翌日、子猫は鞄を持つのも怠いほどにぐったりとして登校した。昨日、翔との関係を告白した後、更に抱かれただけでなく、アナルも嫌というほど責められたのだった。初めての男性とのことも、昭彦はさほど動揺を見せずに聞いてはいたが、やはり相当に面白くなかったようで、昭彦しか知らないアナルを執拗に責めることで、独占欲を宥めていたように感じられた。
 今でも機会あるごとにシッポの調教はされていて、かなり慣れてはきていたが、それでも体が引き裂かれるような激しい痛みは理性を狂わせ、泣き叫んで許しを請わずにはいられなかった。壊れそうな限界の感覚を、一種の陶酔で受け入れはしていたものの、後からの痛みとケアには恐怖さえあった。そして、もう二度としたくない、といつも思うのだが、昭彦が望む度に脅えながらも素直に応えてしまう自分も確かにいた。

 それでも、今日は何とかバスで登校してきたのは、文化祭での騒ぎのすぐ後だけに、目立つような行動はなるべく避けたかったからだった。立っているだけで疼く下半身と力の入らない足腰は負荷がかかるごとにズキッと痛みが走り、額に冷たい汗を浮かばせた。
「夢野、ちょっと。」
生活指導の大森が校門をくぐった子猫を呼び止めた。
「随分顔色が悪いようだが、体調が悪いのか?」
「いえ。大丈夫です。」
なるべくはっきりした言葉で答えたものの、微かに浮かべた笑みはすぐに消えていった。生活指導は子猫の肩に手を置くと、
「無理はするなよ。早めに保健室で休むようにして、なるべく学校を休まないように健康維持に務めないとな。」
と言って、ポンポンと軽く叩いた。そして、
「文集の詩を読ませて貰ったよ。夢野の詩は素直で可愛い。学校新聞でもよく掲載されているが、夢野のファンは職員の中にもいてね、・・・実は私もファンなんだ。」
と、最後の部分を顔を近付けて小声で付け加えた。
「ありがとうございます。」
子猫は軽く頭を下げて微笑んだ。普段の指導の厳しさから、生徒間では”鬼の番人”とあだ名で呼ばれる生活指導の大森が、子猫にはいつも優しい理由がわかったが、嬉しいよりも戸惑いが大きく、しかも今朝は早く開放して欲しかった。
「文化祭の時に文芸部でも騒ぎがあったようだが、川原の方の知り合いらしいし、夢野は巻き込まれただけと聞いてるから、問題はないだろう。いや、それよりフリーマーケットでの客とのトラブルや窃盗騒ぎや縄張り争いやらで、まったく骨が折れたよ。来年は中止にしようかとさえ意見する教師もいるくらいで・・・っと、これは夢野とは関係ない話だったが・・・まぁ、そうゆうことで、目が行き届かなくて済まなかったな。」
「・・・いえ・・・」
「川原には注意しておいたが、何かあったらいつでも相談にくるんだぞ。父親代わりに何でも聞いてやるからな。」
生活指導はそう言って子猫の頭を撫で、そのまま指で髪を梳くようにしながら頬から顎のラインをそっと撫でた。子猫はビクッとして一歩下がると、頭を下げて、
「失礼します。」
と挨拶して背中を向け、昇降口に急いだ。

 校舎に入ると、文化祭の喧噪とそれまでの慌ただしさが消え、いつもの落ち着きを取り戻していた。ピカピカに磨かれた床やガラス窓の枠に朝の光が反射して、初夏の空気を感じさせていた。
 子猫の高校では文化祭の翌日を休みにして、業者を入れて清掃と消毒、各施設の点検と安全確認をすることにしてあったのだ。過去に度々、不審な忘れ物や不衛生な置物が出てくる事件があって以来の習慣らしい。何年も前から慣例化されたことなので詳しいことはわからなかったが、ワックスや消毒液の香りが漂う清潔な校舎は、浮かれた気分を一新してくれる効果も果たしてした。
 それでも、期末テストまでにはまだ猶予があったので、廊下で談笑する生徒達には明るい笑顔が満ちていた。制服を着ているとみんな清純に見える。この高校でははっきりそれとわかる化粧をしたり、髪を染めている生徒はいなかった。志願者が多く合格者が少ない高校に入って、その校則に従えないというなら辞めて貰ってかまわない、という学校側の姿勢もあるし、ほとんどがより高いレベルの大学を目指しているということもあっただろう。高校生活は楽しむのではなく、次へのステップと捕らえている生徒が大半だった。
 そうした中で、子猫はいつも自分が紛れ込んでしまった迷子の仔猫のような感覚を抱いていた。将来の目標を立てる気にもなれず、進学する気もなく、清純でもなく、親孝行でもなく、努力家でもなく、ただ寂しさを埋めてくれる相手だけを求めていた。制服を着て黙って佇んでいれば自分も普通の生徒に見えるだろう。けれど、心はすでに制服を脱ぎ捨ててしまっていた。生徒になれない心は仮面をつけ続けなければならない。そんな子猫には朝の光の中で笑うみんなの姿が眩しすぎた。

 午前中の授業を終えた子猫は部室に行く気になれず、保健室へ行って持参の薬を飲むとベッドで休ませて貰った。昭彦がお弁当を作って持たせてくれたが、食べる気になれなかったし、部室で圭子と顔を合わせたくなかった。あきらかに不満を意思表示出来る京子に反して、表向きには決して批判出来ない子猫だったが、圭子の掌を返したような態度に裏切られた失望感を抱かずにはいられなかった。とは言え、圭子の感情も無理ないものと理解することは出来るし、これまでの他の女友達との間でもよくあるケースだった。
 不思議と子猫は男性から好意を持たれることが多く、そうした男性は子猫を特別扱いして他の女性と区別しようとするのだ。結果それが他の女性からの反感を買って孤立してしまい、自分に優しくしてくれる男性に甘える、といったパターンがいつもつきまとっていた。それは特別な関係とかだけでなく、日常的に繰り返された。その為、女性の友達はあまり出来なくて、いつも男性に取り巻かれていたが、その男性に対してもチヤホヤされるばかりでは居心地が悪く、結局は逃げることも度々で、いつの間にか独りぼっちになってしまうのだった。
 女子高に入ってそうした悪循環を断ち切れることを願っていたそうそうに文芸部の部長との事件があって、好奇の対象になってしまったことで、また殻に籠もってしまっていたのを圭子が声をかけて誘ってくれたのだ。やっと出来た友達を子猫は大切にしたかった。
 そんなことに思いを巡らせながら、魂の抜けかけたような重い体をベッドに横たえていた子猫を、京子と麗奈が昼休みの終わり近くに連れ立って様子を見にきてくれた。そして、圭子も今日は部室には来なかったと告げ、遠慮してないでどうどうと部室に来るようにと子猫を励まして、それぞれの教室に戻って行った。
 子猫は5時限目の予鈴をうとうとしながら聞き、授業に出ることを諦めて少し眠ることにした。保健の先生はまさか激しいHのしすぎで疲れているとは思っていないだろう。こんな時は色白は得だと思う。少し気分が悪いだけでも青ざめて見えるので、周囲は実際よりも心配してくれた。青白い血管の透ける手を額に当てるだけで、倒れるのではないかと気遣ってくれる。逆にちょっとしたことでも耳やうなじを赤く染め、嬉しかったり興奮するとすぐ頬が上気するので、それが必要以上に子猫を純情そうに見せていたのかも知れない。圭子の言う”狡さ”は子猫自身自覚する所があった。

 体に違和感を覚えて眠りが途切れた。うっすらと目を開けると間近に生徒指導の顔があった。そしてゆっくりと戻ってくる感覚の中で、体の中を蠢く異物に気付いた。こんなことがあるのだろうか。子猫は声も出せずに信じられない状況に呆然としていた。生徒指導は子猫が目を覚ましたことを気にするでもなく荒い息遣いで腰を動かしている。陶酔しきった目には何が映っているのだろう。いつの間にか脱がされ下着姿になっていた子猫の胸を乱暴に露わにすると、音を立ててしゃぶりついた。
「ぁ・・・先生・・・」
ようやく状況を理解した子猫が今更だったが抗おうとすると、
「大丈夫。コンドームはちゃんとつけてるよ。」
と言って無理矢理キスをしてくる。そーゆー問題じゃないだろ、と思っても、言葉にするのも馬鹿らしく、何とか生徒指導の体を押し退けようとするのだが、柔道で鍛え上げた筋肉質の体はビクともしなかった。さすがに寝技は得意なんだろうとつまらないことまで頭を過ぎってしまう。しかも悪いことに、子猫の体は反応して感じてしまっているのだ。
「・・・先生・・・あ、ぁぁ、・・・困ります・・・」
生徒指導は子猫の耳をしゃぶりながら、
「同棲してる彼に叱られるって?」
と熱い息で囁いた。子猫はドキッとした反動で膣を押し広げている太いイチモツを思いきり締め付けてしまった。と、同時に子猫自身に快感が走り抜ける。生徒指導の大森が呻いて恍惚とした表情になった。
「うぅぅぅ・・・すごい体してるなぁ。まさか君がこんなに・・・」
大森は言葉の代わりに熱いキスをした。腰の動きが一段と早さを増し、擦られる快感にたまらず、子猫は大森の背中に腕を回してしがみついてしまった。
「いい子だ。・・・あぁ・・・とても可愛いよ。」
「あ、・・・あぁん、・・・あ、ぁ、ぁ、・・・」
子猫が従順になったことを知ると、今度は子猫を四つん這いにして後ろから突き上げ始めた。保健室のベッドが大きく揺れて軋む。
「・・・ぅぅ・・・先生は?」
「ん?保健のか?・・・ハハ、午後は会議だそうで私が留守を任されてね。・・・だから心配ないよ。・・・ただ、声は我慢してくれるね?」
「・・・はい。」
いや、違う。何で合意事項になってしまっているんだ。と思いながらも、ベッドのフレームを握りしめる子猫はいつしか自分でも腰を動かしてしまっていた。大きく揺れる乳房の先端が固く立っていて、そこを強く摘まれる度に声が洩れそうになる。
「ぁぁぁぁぁぁ・・・」
子猫の仰け反る体を後ろから抱き締めて大森が肩や首筋にキスをする。
「あ・・・ダメ・・・痕はつけないで・・・」
「大丈夫。君を困らせるようなことはしないよ。・・・私にも家庭があるしね。・・・ただ・・・それでも君が可愛くてたまらない。・・・私はいつでも君の味方だよ。・・・私が君を守ってあげるからね。・・・同棲のことも誰にも言わない。」
同棲。そのことを知っているのは圭子だけのはずだった。生徒指導に厳しく詰問されたことで子猫を引き合いに出したのだろうか。そこまで子猫を憎むのか。子猫は大森に翻弄されて感じる一方で、深い悲しみに沈んでいった。
「はぅっ、ぅぅぅ、・・・ぁぁぁああああっっっ・・・」
押し殺した呻きを熱い息と共に吐き出した大森が熱い液体をゴムの中に放出させた。子猫がぐったりとしてベッドに横になり息を整えている側で、中身をこぼさないようにそっとゴムをはずした大森は口を縛って紙に包むと枕もとに置いた。
「どうするの?」
「ん?・・ハハ、心配ないよ。後でちゃんと始末するから。」
そう言って大森は狭いベッドに並んで横になると子猫を胸に抱き寄せた。
「・・・何か・・・先生・・・慣れてるみたいで・・・意外・・・」
「おいおい。慣れてるもんか。・・・まあ、全然ないとは言わないが・・・」
「・・・誰?」
ふと興味を持って聞いてみた。大森は数人の生徒の名前を挙げた。その中には子猫も知ってる名前があって、意外さにため息をついた。
「まさか・・・風紀委員長が・・・」
「沙織とは長いかな・・・1年の夏休みにキャバクラでバイトしてるのを叱って以来、関係が継続しているからね。他で続いてるのは弓道部の真奈美か。・・・ただ、二人とももう3年だし、勉強に専念するようにと言ってあるんだ。・・・これからは君を一番に考えてあげるからね。」
「・・・いえ。一番でなくていいです。」
「遠慮するなよ。私は君のファンなんだから。」
だから、そーゆー問題じゃないのだ。いきなり抱かれて感じてしまう自分もどうかしてるが、ほとんどレイプ状態じゃないか。どうしてこんなに和やかな会話が出来るのだろう。
「・・・困ります。・・・御存知のように・・・彼氏いますから・・・」
「うむ。同棲は好ましくないなぁ。校長が知れば退学になるだろう。」
それは脅しなのか。子猫は言葉に詰まってため息をついた。
「だが、私が守ってやるからね。何も心配はいらないよ。」
大森は更に力強く子猫を抱き締めた。額をつけて子猫の顔を覗き込む顔には獲物を仕留めた獣の狡猾な笑みが浮かんでいた。

 もう一時間ゆっくりしよう、と言う大森の誘いを断って、子猫は6時限目の授業に出ることにした。抱かれたすぐ後の体は汗ばんで制服を着直すのが気持ち悪かったが、保健室の水道で顔を洗って火照りを冷まし教室へ戻った。大森との関係を合意の上にはしたくなかったし、これ以上つけ込まれたくはなかった。とは言え、弱みを握られて、これからどうすればいいのかと思考を拒否する頭でも不安を感じていた。
 昭彦に話すべきか、話せるのか、話したらどうなるのか、とそればかりが頭をぐるぐる回っていた。授業が終わってホームルームになっていたことにさえ気付かないまま呆然としてたのだ。クラスメートに促されて開いていただけの教科書をしまい、ほとんど誰とも言葉を交わさず、顔も伏せがちに高校を後にした。

 何て一日だったろう、とマンションを見上げてふと立ち止まった子猫は大きく息を吐いてから玄関の階段に足をかけた。
「冴えない顔してるなぁ。」
と、からかうような言葉がいきなり後ろで聞こえた。振り返らなくてもわかる、自信に満ちた翔の声である。子猫はキッと振り返りざまに翔を睨んだ。
「何でここにいるの?」
「ちょっとお前と話がしたくてな。」
「何でここにいるの?また調べたの?」
「気になることがあったんだよ。仕方ないだろ?学校前で呼び止める訳にもいかねぇじゃん。」
「もう関係ないんだから、放っといてよ!」
そう叫んだ途端に涙が溢れた。翔は子猫の怒りの理由が自分だけのものでないことに気付いて眉をひそめた。
「どうしたんだ?・・・一体・・・」
「猫のことなんか放っといて圭子だけ大事にしてればいいじゃん!そうすれば圭子だって・・・圭子だって・・・」
子猫は今日、朝からの出来事の中で初めて心の感覚を取り戻したように感じた。自分は犯されたのだ。そして退学という凶器で脅され、泣き寝入りするしかなかったのだ。そんな相手に抱かれて感じる自分はどうしようもない馬鹿だ。昭彦だって絶対に許してくれるはずがない。とんでもない事態になってしまっているのに・・・。そう思うと誰への怒りかわからないままに感情は暴走し、溢れる涙を止めることが出来なかった。
「圭子と何かあったのか?」
「あるわけないじゃん。今日は一度も顔を合わせてないし・・・」
「なら、何を怒ってんだよ?」
「ここのことは誰にも言ってないのに、何でここにいるのかって聞いただけじゃん。圭子だって電話番号を知ってるだけだもん。・・・翔のとこで外泊する時のアリバイになって欲しいって言われたから・・・だから教えたのに・・・」
子猫はボロボロと涙をこぼしながら唸るように言った。翔は戸惑いながら宥めるように静かに話しかけてくる。
「圭子には何も聞いてねぇよ。聞きゃぁ話したかも知れないけどな。お前に話したいことは圭子には言えねぇし、余計な詮索はされたくねぇからよ。」
「翔との話ならもう終わってるじゃん!」
もううんざりだ、とばかりに子猫は叫んだ。翔は舌打ちをして話しにくそうに切り出した。
「・・・言っただろ?お前が幸せならそれでいいって。・・・けど・・・あいつ・・・堅気じゃないだろ?一目見てわかったぜ。普通じゃねぇってな。それで帰るとこを見てたら、知ってる顔が車から出てきたんで確信したんだ。」
翔が気付いてしまった。昭彦がやくざだということを。子猫は血の気が引いていくのを感じた。翔はそれを知ってっどうする気なんだろう。喧嘩を売ろうというのか、圭子に話してしまうのか、と目眩にクラクラしながら忙しく思いを巡らせた。
「ここで立ち話もマズイだろ?ちょっと付き合えよ。」
断るわけにはいかないだろう。
「・・・先に・・・シャワー浴びて着替えてきていい?」
「おう。いいぜ。待ってるから。」
子猫は黙って頷くと翔を残してマンションに入っていった。

 翔が話し合いに選んだ場所はマンションからはそう遠くない公園だった。
「はっきり言って、子猫が付き合ってる男はとんでもねぇ奴だぜ?」
「・・・ふーん・・・」
「ふーん、ってなぁ・・・お前はあいつがやくざだって知ってるのか?」
「・・・知ってるけど・・・」
「けど?・・じゃねぇだろ?何でやくざなんかと付き合ってんだよ!俺が暴走族の時にあれほど嫌がってたじゃねぇか?」
「・・・だって・・・知らなかったんだもん。・・・てゆーか・・・付き合い始めた頃はやくざじゃなかったし・・・」
「騙されたのか?」
「違う!騙してなんかないよ!・・・昭彦だってやくざは嫌いだって言ってた。・・・でも・・・猫を守るには戻る方が得策だって思ったみたい。昭彦がやくざしてるのは猫の為なんだもん。・・・仕方ないじゃん。」
「そんなの言い訳じゃねぇか!」
「・・・そう思うならそう思ってればいいじゃん。・・・けど、昭彦には喧嘩売らないで。・・・圭子にも絶対言わないで。・・・もう、これ以上追いつめないで。」
「やくざなんかと暮らして幸せになれるもんか。お前が不幸になるとわかってて放っとけるほど俺は無責任じゃねぇんだよ。」
「放っといてよ!放っといてくれる方が猫は幸せなの!」
「お前はやくざの怖さをわかっちゃねぇんだ!」
「やくざじゃなくたって怖いじゃん!・・・猫には・・・翔や圭子の方が怖いよ!」
そう言うと子猫はわっと顔を覆って泣き出してしまった。
「・・・何か・・・今日のお前、変じゃねぇか?」
「翔のせいじゃん!」
「俺が?・・俺が何したっつーんだ?え?」
「知らない!」
翔のせいとは言えないかもしれないが、子猫は誰かにぶつけなければいられないほど気持ちが荒れていた。翔は泣きながら責める子猫の肩をそっと抱き締めた。
「何があった?・・・話してみろよ。」
子猫はもう止めることが出来なくて、今日のことを泣きながら話してしまった。話が進む内に肩に置かれた翔の手が震え指が食い込んできた。
「・・・ったく・・・とんでもねぇ野郎だぜ!教師なんてもんにそう期待はしちゃいねぇが・・・弱み握って脅しかけるなんて・・・許せねぇ!」
翔は吐き捨てるように言って息を荒げている。子猫はしゃくりあげ、手で止まらない涙を拭いながら震える声で言う。
「・・・だけど・・・逆らわなかった猫もいけなかったと思うし・・・」
「身動き出来なかったんだろ?」
「・・・うん。」
「もうやられちまってたんだろ?」
「・・・うん。」
「そしたら叫ぶくらいしか出来なかっただろ?・・・叫んだら恥かくだけじゃねぇか。生徒指導してるくらいだから学校側からは信用厚いんだろうしな。・・ったくよぉ、そーゆー奴ってぇのは汚ぇからどうにでも言い訳しやがるんだぜ。そうなりゃ恥かいただけお前が損じゃん。・・・そいつだってそれがわかってるから平気でそんなマネが出来たんだろうぜ。」
翔は子猫を抱き寄せて肩に置いた手で優しく撫でながら、言い聞かせて慰めるように話してくれた。子猫は翔の温もりが嬉しかった。それでも翔に甘える自分が許せなかった。
「・・・でも・・・」
「ん?」
「・・・感じちゃったし・・・」
「バーカ!・・・お前の体はそうできてんだよ。・・・それが可愛いとこで・・・つーか、自分を責めるなよ!絶対ぇそいつが悪いんだ!だろ?」
「・・・うん。」
「つーか・・・圭子も最っ低ぇだなぁ・・・っくそ!」
「だから黙ってて、って言ったのに・・・圭子に余計な嫉妬させるから・・・」
翔を責める気持ちなどなかったが、つっぱっていないと崩れそうで怖かった。だから敢えて咎めるような言い方をしていた。翔はそんな子猫の言葉をまともに受け止めているようで、辛そうに眉をしかめて唇を噛んでいた。
「・・・スマン。・・・けど、しょーがねぇじゃん。お前が好きなんだからよぉ。」
「もう知らない。・・・ただ、昭彦のことは圭子には話さないで。またチクられて、学校に”同棲しててしかも相手がやくざだ”なんて知れたら絶対退学間違いないもん。・・・別に辞めてもいいけど・・・辞めたら理由を昭彦が知りたがるだろうし・・・今度のこともみーんなバレちゃったら・・・きっと、すごーく怒るだろうし・・・怒ったら何するかわかんないし・・・」
「そーゆー奴なのか?・・・つーか怖いってわかってんじゃん。」
「だって、やくざだもん。怒った時の手段が普通じゃないってことくらい想像出来るよ。・・・でも・・・猫が怖いのは、昭彦に犯罪を犯して欲しくないからなんだもん。」
「やくざなんて存在してるだけでもう犯罪だぜ!」
「翔にとってはそうかもしれないけど、猫には大切な人なの!」
子猫の言葉に翔が重いため息をつく。
「・・・何で俺じゃダメなんだよ。」
呟くように言って、またため息をついた翔は、
「つーか・・・いまはその先公のが問題だよな。」
と話を戻すように言った。
「放っときゃ、また今日みたいな目に合わされるだろうし・・・絶対ぇ許せねぇ。」
「いいから放っといて。」
「放っといて何とかなんのか?」
「翔は関係ないじゃん!」
「これは俺の問題でもあるんだ!」
翔は怒ったように叫ぶと子猫を胸に抱き締めた。
「とにかく・・・俺が何とかしてやるから・・・彼氏には黙っとけ。このことが解決つくまでそっちは棚上げにしといてやるぜ。」
子猫は翔の気持ちが嬉しかった。ただ、翔も子猫には大切な存在だった。
「・・・ダメ。・・・翔に迷惑かけらんないよ。」
「迷惑じゃねぇって。」
「ダメだったら・・・」
「いいから任せとけって。」
自信満々に言った翔は子猫の髪に頬ずりをした。
「俺が守ってやるぜ。」
「・・・翔・・・」
「な?」
「・・・翔・・・」
「ん?」
「・・・翔にももう危ないことをして欲しくないの。・・・猫が我慢して済むならその方がいい。・・・翔も・・・大切だから・・・怖いの。」
「子猫・・・」
翔はしばらく抱き締めた子猫を愛しそうに撫でていた。そして、
「・・・嬉しいぜ。・・・子猫。」
と低く言って髪にそっとキスをした後、子猫を腕の中から開放すると、
「ま、心配するな。俺はそう短絡的な馬鹿じゃねぇよ。いきなり殴りかかるほどガキでもねぇしな。兄貴を信用しろって。な?」
と笑って言った。
 それから翔は子猫の手を握ってマンションの前まで送ってくれた。別れ際、
「心配しないで任せとけ。」
と確認するように言って笑うと手をあげて見送ってくれた。子猫は不安を感じながらも、少しだけ気持ちが救われて、何とか落ち着きを取り戻している自分に気付いた。
 昭彦に隠し事をするのは気がひけたが、しばらくは黙っていようと言い聞かせた。どんなに好きでも話せないことがあるのだ。大切だからこそ話せない秘密を心にしまい込むと、カギをかけた。
<39>
[宣戦布告]
<39>宣戦布告

 生徒指導の大森と関係を持ってから、学校で顔を合わせる度に誘われるようになった。時には耳元で放課後のひと時を望まれるものだったり、他の生徒の前で昼休みに生徒指導室に来るようにという呼び出しだったりした。が、子猫はどれも無視して誘いには乗らなかった。
 俺に任せておけ、と言った翔からは、何も連絡のないまま一週間がすぎていた。昭彦には何とかバレずにすんだが、隠し事をしている後ろめたさが心から離れず、ずっと沈みがちで物思いにふけることが多くなった子猫を、昭彦も気にするようになっていた。
 秘密を共有する誰かがいることで、思い詰めることからは救われていたが、かつての恋人に甘えている狡さを感じない訳にはいかなかった。川原圭子とはクラスが違っていて、文芸部の部室に顔を出さなければ普段は滅多に会うこともなかった。それでも、たまに廊下ですれ違う時にはお互いが意識して顔を合わせないようにしていた。子猫は、圭子の付き合っている翔に頼る後ろめたさも感じていたものの、圭子に対する嫌悪感と嫉妬が自分を正当化しようと作用しているようだった。圭子が大森にチクらなければ、と、現実に同棲している行為からは目を背けて、責任転嫁をしていたのだろう。
 どんな結果でも自分で責任を持って受け止めるべき、と思っていても、いつも甘えていたい17歳の子猫にとって、理想と現実にはかなりのギャップがあったのだ。

 大森は誘いに乗らない子猫にじれて、担任を通して呼び出すという行為に出た。子猫の異性交遊の噂を聞いたので事実確認を本人からしたい、という理由だった。担任から「放課後、生徒指導室へ行くように。」と言われたら、無視して帰るわけにはいかなかった。
 生徒指導室は大森専用の個室で、時々保護者の呼び出しにも使われる為、事務用の机の他に簡単な応接セットも備わっていた。大森の本性を知らないほとんどの生徒達にとっては、生徒指導室は厳しい説教と詰問が待っている”拷問部屋”だった。ここに呼び出された生徒の大半は出てくる時に目を泣き腫らしていた。
「失礼します。」
と挨拶して子猫が部屋に入っていくと、大森は得意満面の笑みで迎えた。
「やっと来てくれたねぇ。ハハ。・・まぁ、座りなさい。」
と、ソファーを指し示されて、子猫は仕方なく腰を下ろした。
「今、美味いコーヒーを入れてるところなんだ。いい香りだろう?」
確かに部屋に入るなり香ばしい香りに気付いていた。
「・・・そうですね。」
子猫は膝の上で手を組んで、うつむいたまま答えた。
「生徒会や部活で入れるコーヒーとは豆が違うんだよ。・・・時々生徒の保護者からも相談を受けることがあってね、そのお礼にと色々贈ってくれるから、味にうるさくなってしまった。ハハハ。今日もケーキを差し入れられてねぇ、是非、君と一緒に食べたいと思ってね。」
大森は使い捨ての紙の皿にケーキを乗せて子猫の前に置いた。
「よし。コーヒーも入ったぞ。」
と言って、陶器のカップに注ぎながら、
「やはり、コーヒーは陶器でないとね。紙やプラスティックでは味が台無しになる。」
と、ケーキに並べて二つのカップを置いた。そして、子猫にぴったり体をつけるように並んで座ると、ひとつを子猫に渡し、もうひとつのカップを熱そうに啜った。
「どうした?・・・猫舌かな?」
「・・・頂きます。」
子猫は大森の親切は避けたい心理から躊躇っていたが、なるべく今の穏やかな空気を維持させた方がいいと思い、素直にコーヒーを貰うことにした。

 熱いコーヒーをゆっくり啜りながら、子猫は大森に対し、今日だったらちゃんとした話し合いが出来るのではないか、と思うようになっていた。この前は急なことで話し合う時間もなかったが、自分にはつき合えないことをきちんと話してお願いすれば聞いて貰えるかもしれない。元々子猫は中年といわれる年代層には潜在的信頼感があった。これだけの人生を生きてきた大人なら、同世代では理解しにくい子猫の寂しさや不安をわかってくれるはず。まして、子猫に好意を抱いていてくれるなら、子猫の話にも耳を傾けてくれるだろう。しかも、すでに一度、お互いの奥深い部分で結ばれた繋がりがあるのだ。
「美味いだろう?」
満足そうに飲み干したカップをテーブルに置いた大森は、子猫の肩に腕をまわして耳元に囁いた。熱い息がかかる。
「はい。とても美味しいです。」
子猫はまだ半分残っているカップを抱えるように持って、大森に微笑みかけた。大森はそのカップをそっと奪うとテーブルに置き、子猫を抱き寄せキスをしてきた。
「あ・・・先生・・・あの・・・」
子猫は激しく抵抗することもなく、キスに応えるような逸らすような曖昧さで、やんわりと大森の胸を押し返した。
「ん?・・・どうした?」
大森は子猫の髪や顔を撫でながら相変わらずキスをしてくる。頬にも額にも鼻にも唇にも小さな音をさせてキスを繰り返す。
「あの・・・お話が・・・したい・・・です・・・」
唇を吸われる度に言葉が途切れる。
「んー?・・・どんな話かなぁ?」
間延びしたような声で言う大森の手は、すでに子猫の制服に潜り込んで、胸の膨らみを下着からつかみ出し、乳首の先を捕らえていた。
「ぁ・・・ん、ん、・・・先生・・・」
乳首を強く摘まれて体がビクンと反応してしまう。
「ホントに君は感度がいいねぇ。・・・可愛いなぁ・・・」
「あ、あ、・・・先・・生・・・」
子猫は訴えるように大森を見つめるが、それが誘うように見えるのだろうか。大森は唇を強く吸いながら舌を絡めてきた。子猫は仕方なく受動的に応えていた。制服の中で揉まれ続ける胸が脇からうなじまで痺れるような快感を走らせる。否応なく下半身も疼いてくる。
「乳首がすごく立ってるよ。」
耳をしゃぶられ、目を閉じ頭を反らして感じてしまっている子猫の、制服をたくし上げて胸を露わにした大森は、子猫に胸を見るように促した。そして、子猫の乳首をぐりぐりと回していた手を、テーブルのケーキに伸ばしてクリームをすくうと乳首に塗りつけた。
「君の乳首は可愛いピンクのサクランボさんだね。」
と舌の先でクリームをこね回して言うと音を立ててしゃぶりついた。
「あん、ん、ん、・・・」
どうしよう。話し合いでこうした行為をしないでくれるように頼みたいのに、体が勝手に反応して欲しがってしまう。このままでは、また裏切りという罪を重ねてしまう。
「先生。・・・お願い。・・・お話する時間が欲しいの。」
乳首から口を離した大森が口の回りを舌なめずりしながら顔を上げた。
「ちゃんと聞いてるだろう?何でも言いなさい。」
方頬で笑った大森は、またクリームを指ですくい、反対の乳首にも塗りつけた。
「あの・・・ぁ、ぁ、・・・あの・・・」
また吸い付かれしゃぶられると言葉が出てこなくなってしまう。それでも頑張って話さなければ、と感じて掠れる声で訴えた。
「先生のことは・・・きっと好きなんだと思います。・・あぁ、・・ん、・・でも・・・彼氏いるのに・・・こんなことするのはいけないと思うの。・・ん、、ん、・・・先生にも・・・彼女・・・家庭もあるし・・・」
「私の家庭のことは気にしなくていいよ。」
大森は笑ってクリームの味のするキスをした。そして子猫を膝に座らせてスカートに手を入れた。ショーツの横から指を入れてクリトリスを刺激する。細かく擦られ、大森にもたれている頭を切なく擦りつけてしまう。なるべく喘ぎ声を我慢しているものの、熱い吐息は隠しようがなかった。それに溢れ出してくる蜜がすでにショーツをぐっしょりと濡らしてしまっていた。クリトリスをくるくると擦っていた指を下に滑らせてグゥッと付け根まで押し込まれた。
「ぁぁっ、ぁ、ぁ、・・・」
大森にしがみついて荒い息をする子猫の腰が艶めかしく動く。波打つように動く腰が小刻みに震えているのがスカートの揺れでわかる。スカートで隠されている大森の手はその指が勢いよく膣の中で暴れているのだ。
「あぁぁぁ・・・だけど、先生・・・彼氏にこんなことがバレたら・・・猫・・・どうなるか・・・先生だって・・・きっと・・・困ることになる・・・」
「そうしたら、別れて私だけのものになればいいさ。」
腕に多少自信があると強気になれるらしい。だが、その強気がやくざ相手に通用するのだろうか。通用させてしまうのは権力のある父親を持った翔ぐらいだろう。
「・・・そうなる前に・・・先生がきっと酷い目に合うと思います。」
昭彦に半殺しにされる大森の姿を想像すると、急に愛おしさが込み上げてくる。無邪気に蜜壺で遊ぶ指が可愛い存在に思えてくる。だが、愛おしいと思った途端、子猫の気持ちがすーっと引いていった。

 大森を思いきり突き放すようにして立ち上がった子猫は、素早くソファーから飛び降りた。そしてドアの前で乱れた服装を直した。
「待ちなさい!」
大森は厳しさを含んだ言葉で呼び止めた。
「いいのかな?・・・君はもう私が捕まえた籠の鳥なんだよ。」
「・・・先生・・・」
「さぁ・・・戻りなさい。可愛がってあげるから・・・」
自信に満ちた猫撫で声で言う大森をじっと見つめる子猫の目から涙がこぼれた。
「さぁ・・・おいで。怖くないから・・・」
「・・・大森先生・・・猫を・・・」
「さぁ・・・」
「猫を好きになって頂いて・・・感謝します。・・・でも、彼氏が知って怒れば、先生に後迷惑をおかけすることになると思います。だから、先生の為にも・・・御好意は受け入れられません。」
頬をつたう涙が床に落ちる。
「私には君の彼氏は関係ない話だよ。君が別れればすむことだろう?」
涙で霞む視界の向こうで大森が皮肉げな笑みを浮かべていた。子猫は怒りより哀れみを感じて、一層涙を溢れさせて首を振った。
「別れません。・・・愛してますから。」
「今は恋愛より学業に専念する時だろう?・・・だから私が指導してやるんじゃないか。ん?・・・そうだろう?」
「でも・・・彼も別れないと思います。」
「それは私には関係ないね。勝手に話し合えばいい。」
大森が子猫に近付こうと足を踏み出した。子猫はドアに背中を押しつけて、また首を振った。
「彼は・・・とても・・・怖い人です。・・・先生が関係ないと言っても・・・通用しないと思います。」
「おいおい。今度は君が逆に私を脅そうというのかい?」
「・・・いいえ・・・忠告です。」
「ハハハ。驚いたな。・・・可愛い顔して言うもんだね。」
「・・・すみません。・・・でも・・・」
「忘れては困るな。私と君とでは立場は対等ではないんだよ?」
大森の表情には苛立ちが浮かんできていた。子猫は唇を噛んで喉まで出かかっていることを言おうか言うまいか迷った。が、また一歩踏み出した大森に、これ以上話しても通じないと、覚悟を決めた。
「猫の彼氏はやくざです。」
大森の足が止まった。
「殺人も含んだ前科三犯です。」
顔が驚きと恐怖に歪んでいく。
「・・・これで・・・退学は決定的ですよね。・・・そうならそうで、もういいです。・・・でも、今は先生とのことはバレてないですけど・・・退学になったら理由を話さなきゃ納得して貰えないと思います。・・・そうしたら・・・先生は・・・充分、注意してください。・・・今の彼なら・・・自分で手を出さなくても、動かせる駒がいくらでもいますから。」
最後の台詞は憶測でしかなかった。と言うより、昭彦が怒りを露わにした時、人を使うかどうかは、わからなかった。だが、そう言っておけば、前科があるなら保身で危険な手を下さないだろう、という大森の微かな期待も封じれるように思ったのだ。大森が憎くて言ったのではない。むしろ、やくざは軽く見ることが怖いのだと、本能的に感じていた子猫の祈りだった。
 口を真一文字に結んだ大森は青ざめた顔で怒ったような目を子猫に向けていた。両脇に下げた手を固く握りしめている。
「・・・ごめんなさい。・・・せっかくファンだって言って頂いたのに・・・優しくして下さったのに・・・すみませんでした。」
子猫は頭を下げるとドアを開けて部屋を出た。この先どうなるのか、わからない。ただ、今はベタついて気持ちの悪い胸を早く洗い流したい、とだけ願っていた。

 マンションに帰った子猫はシャワーで丹念に体を洗った。生クリームのべたつきだけでなく、自分の望む望まないに関わらずに感じてしまう体の魔物も洗い流してしまいたかった。子猫の感じやすい体はあまりにも無防備だった。風がうなじの髪をくすぐるだけで、下着が肌に触れるだけで、立っている時少し足に力が入るだけで、萌える体の炎が煽られてしまうのだ。それは昭彦に開発された感覚かも知れないし、持って生まれた魔性が目覚め体を支配し始めたのかも知れない。何れにしても子猫は自分の体が疎ましかった。
 仕上げに冷たい水のシャワーを勢いよく出して体に打ち付けた。そうして、ようやく納得出来たところでシャワーから出た子猫は、ざっと水気を拭うとバスローブを着て翔の携帯に電話した。何かあったら連絡するようにとメモを渡されていたのだ。
 数回の呼び出しの後、翔の声が聞こえた。子猫は手短かに今日のことを話して、もう翔の助けは必要なくなったと説明した。
−「それじゃ、子猫はどうなるんだ?」
黙って聞いていた翔が怒気を含んだ声で言った。
「わかんない。・・・けど、もういいの。」
−「退学になってもいいってか?」
「うん。・・・もう、いいの。」
−「やられっぱなしで泣き寝入りしたまま、相手の好きにさせようって・・・それで本当にいいのかよ!」
「だから・・・もういいの!」
−「っざけんな!そんなの納得出来るか!」
「猫がいいって言ってるんだから・・・」
−「俺は絶対ぇそいつを許せねぇ!今、その為の策を練ってるとこじゃねぇか!何で待ってらんねぇんだよ!」
「ごめん。・・・でも、これで良かったの。翔はもう何もしないで。ね?・・翔に話して嫌な思いさせちゃったことは謝るよ。話さずにいれば、巻き込むこともなかったのに・・・」
−「俺は話して貰えて嬉しかったぜ。」
「ん・・・でも、話せただけで落ち着けたし、感謝してる。・・・だから、これ以上はもう心配しないで忘れて欲しいの。」
−「そうはいくか!・・・作戦は動き始めてるんだぜ。」
「だって・・・もう・・・結論は出たんだもん。」
−「結論を出すのも、決定をするのも俺だ!」
「翔・・・翔の為にも、もうこれでいいって言ってるんじゃん。」
−「このままじゃ俺の気持ちが収まらねんだよ!」
「お願い。・・・翔だって今は普通の高校生になったんだもん。今の生活を大事にして。」
−「はん!現役は引いてもなぁ、俺の号令ひとつで動く連中ばかりだぜ!」
「・・・生徒会の会長してるくせに・・・」
−「人に指図されたくねぇから俺がトップに立ってやっただけじゃねぇか。今でもやくざ見つけて路地裏でボコってやるのが俺の趣味なんだぜ。」
「・・・そーゆー危険なことはやめてよぉ・・・」
−「やくざなんて言ったてなぁ、いつもチャカ持って歩いちゃいねぇんだぜ。病院送りにするまで殴っても、あいつらは警察に訴えれねぇしな。調度いいサンドバッグだぜ。あっはっはー!」
「・・・いつか仕返しされるよ・・・」
−「上等じゃねぇか!闇討ちでも何でもしやがれってんだ!・・・けど、ま、俺の親父はこの辺の組織よりもっとずっと上の人間と親しいからな。少しは俺を知ってれば、仕返し出来る根性ある奴はいねぇだろうけどよぉ。はっはー!」
「・・・それ・・・自慢してるの?」
−「チッ・・誰が自慢するかよ。親父が勝手に話しつけてるだけじゃねぇか。俺はそんなことして貰わなくてもなぁ、向かってくる敵は俺一人で叩きのめしてやるぜ。」
「・・・翔が強いのは知ってるけど・・・あまり敵は作らないで。いつかお父様を追い越すのが夢なんでしょう?・・・今をもっと大事にして。・・・お願い。」
−「心配するなって。子猫を泣かせるようなことはしねぇって。」
「翔って・・・ホンット無茶なんだから・・・」
−「フッ・・・その台詞・・・久々に聞いたな。」
「・・・それじゃ・・・そーゆーことだから、もう心配しないでね。」
−「・・・ヤケになってんじゃねぇか、お前が心配だよ。」
「ありがと。・・・でも、猫は平気。・・・これで良かったの。勉強、嫌いだし・・学校はもっと嫌い。・・・それに、まだどうなるかもわかんないし・・・」
−「・・・そうか・・・」
ため息が聞こえてくる。子猫は、
「うん。それじゃ、元気でね。」
と言って、電話を切った。

 夜中、昭彦に抱かれた後、子猫はなかなか眠れずにいた。昭彦の体に重なるように体を投げ出し、いつものように指先で彫り物の絵をなぞっていた。髪を撫でていた昭彦の手は、もう大分前から動いていない。呼吸も規則正しいものだった。顔を間近でじっと見つめるが、閉じた目が動くことはなかった。
「あきぃ・・・寝たぁ?」
小さく声をかけてみたが、返事はなかった。子猫はまた昭彦の肩にもたれて、彫り物の絵で遊び始めた。
「・・・どうして・・・好きな人と一緒にいちゃいけないの?・・・どうして・・・やくざを愛しちゃいけないの?・・・どうして・・・?」
頭の中をぐるぐる回っていた思いが無意識に言葉になってこぼれた。と、昭彦の胸が大きく上下して深いため息が聞こえた。子猫はドキッとして顔を上げた。
「・・・何かあったんか?」
まだ、微睡みの中にいる昭彦がゆっくりと手を子猫の顔に当て、頬を優しく撫でた。
「ううん。・・・何でもない。」
子猫は見つめる昭彦の目に微笑んだ。今日のことも含めて、昭彦にはまだ何も話していなかった。最終的結果が出るまでは話さないでおこうと思ったのだ。昭彦はしばらく子猫の頬を撫でていたが、
「・・・学校で何か言われたんか?」
と言って、また深いため息をついた。
「・・・圭子と・・・喧嘩したの。・・・それでちょっと・・・」
「そないなことぐらいとは思えへんなぁ。お前、このところおかしいで?」
子猫は昭彦の胸にもたれ、
「ちょっとね・・・高校がつまんなくなっちゃって。・・・もう、辞めちゃおうかなぁ・・・って。」
と怠そうに答えた。
「辞めたいならそれもしゃぁないわなぁ。・・・けど、子猫のお袋さんから同棲を認める条件が高校卒業だったっちゅうのんは忘れてないやろな?」
「・・・そだっけ?・・・忘れてた・・・」
「これや・・・」
そう言って昭彦は苦笑した。
「無理強いはせぇへんけどな、・・・この先高校出とかんと後で苦労するで?・・・気にくわん奴がおったら、どついたらええんや。邪魔な女がおったらお仕置きしたるがな。ん?」
昭彦の言い方がなんとなくおかしかったので、子猫もクスッと笑った。
「・・・そやね。どついたろ。・・ふふ・・」
そう言うと急に眠くなってきた子猫は、クスクスと笑いをこぼしながら眠りの世界に引き込まれていった。
<40>
[圭子の家出]
<40>圭子の家出

 子猫が大森に宣戦布告してから数日、特別何も変化のない日が続いた。退学を言い渡されることもなく、ごく普通の高校生活だった。ただ、朝の登校時に門で生徒を観察する大森の姿が見られなくなったことと、子猫が昼休みに文芸部へ行かなくなったことが違うといえる程度だった。下校時に昇降口で、麗奈や京子が部活動に出てくるようにと誘ってくれたが、今の子猫には学校にいる時間が苦痛だったし、目的のない時間を会話を楽しんで過ごす気にはなれなかったので、体調が悪いからとやんわり断っていた。その時の話で圭子もずっと部室に顔を出していないと聞かされた。

 夜、10時を過ぎた頃、電話がかかってきた。相手は圭子の母親で、圭子が夕方家を出てからまだ帰らないので心配だ、と言うのだ。一時は頻繁に外泊していたが、最近はずっと家にいて塞ぎ込んでいたと言う。家の手伝いも以前はよくしていてくれたのが、ここ数日は閉じ籠もりきりだったので気になると。子猫も普通ではないのを感じ、外泊のアリバイになってる場合ではないと思い、自分も知り合いの友達に聞いてみます、と答えた。
 それからすぐに翔に電話したが、
−「圭子?・・・どうかしたのか?」
と知らない様子だった。それで、圭子の母親からの話をだいたい伝えると、舌打ちの後に大きくため息をついて、
−「圭子とはずっと会ってなかった・・いや、正確に言えば来ても相手をしなかった。・・・あの先公を潰す策を練ってた時だったし、お前を裏切って泣かせた奴とは、正直言えばもう付き合いたくなかったからな。」
と言った。
「圭子に言ったの?」
−「言ってねぇよ。だから、すぐには別れるとも言えず、忙しいって追い返してたんじゃねぇか。・・・けど・・・いつまでもはっきりしねぇのも鬱陶しいしな、・・3日前か・・電話かけてきた時、終わりにする、って言ってやったのさ。」
「・・・ヒドイ・・・」
−「何同情してんだよ?お前のされたことはヒドクねぇのか?」
「・・・圭子がした訳じゃないじゃん。」
−「族でもなぁ、裏切りは最低の行為なんだぞ。信頼関係崩したら悪なんかやってらんねんだよ。」
「圭子は族とは関係ないじゃん。・・・それに翔だってもう・・・」
−「だから、例えばっつー話だろ?ったく・・・とにかく、お前のことには一切触れずに別れたんだ。お前が責任感じることじゃねぇ。」
「責任とかじゃなく・・・心配なの。」
−「何で・・・ったく・・・自分が苦しんでる時に他人の心配まですんじゃねぇよ。・・・そんなだから放っとけねぇんだろ。・・・チッ・・・わかったよ。俺が探してやっからよぉ、あんまり心配してんじゃないぜ。な?」
「ありがとぉ・・・つーか・・・猫も探したい・・・」
−「バーカ。お前がいたってどうにもなんねぇだろ。マサや耕太にも手伝わせるから・・・圭子の写真配って元メンバーも動員すっか・・・とにかく俺に任せとけ。いいな?」
「・・・うん。じゃぁ、何かわかったら連絡して?」
−「遅くなるかも知れねぇぜ?」
「それでもいいから。圭子のご家族も心配してらっしゃるだろうし・・・」
−「そうか・・わかった。じゃぁ、その時にな。」
翔は生き生きとした声で言うと電話を切った。問題が起きる度、そしてそれが困難なほど、俄然やる気を出すのが翔だった。
 子猫は胸がザワつき寒気を感じた。圭子ほどしっかりしていれば、万が一にも最悪な事態は起こらないだろう、と希望を込めて思う一方で、消えない不安がつきまとった。子猫は、ソファーの片隅で丸くなって眠っている仔猫パトラを胸に抱き上げると、顔を押しつけて何度も頬ずりをした。パトラは迷惑そうに小さな手で子猫の顔を押し返そうとした。その表情の可愛さに思わず笑みを洩らし、喉や耳を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細めゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

 11時近くに昭彦が帰宅した。子猫は膝のパトラを忘れて勢いよく立つと、玄関に走って出迎え抱きついた。昭彦はその歓迎ぶりに、熱い抱擁と甘いキスで応えてくれた。
「どないしたんや?」
苦笑しながら昭彦が脱いでいく服を、受取る子猫は堪えきれないほどに目に涙を浮かべていた。昭彦はチラっと横目で子猫の涙を捕らえると、一度全裸になって伸びをした後スェットのハーフパンツだけを履いて、
「何や、あったようやな?」
と低い声で言った。
「さて・・・どこで話聞いたらええやろ?ベッドがええか?」
「まだ、電話待ってるとこだから・・・」
「電話?誰からや?」
「翔からだけど・・・でも、圭子のことでなの。」
「ほう・・・ほな、ソファーで聞いた方がええんやな?」
「うん・・・」
子猫が頷くと、昭彦は軽いストレッチをしながら寝室からリビングに戻った。子猫が洗濯物を置いてくると、パトラの首の後ろをつかんだ昭彦が籠に放り込むところだった。
「・・・ごめんなさい。疲れてるのに・・・」
昭彦の機嫌が悪い様子に、子猫は指先の血が引いていくようだった。
「小動物っちゅうのは人間の感情には敏感なんや。喧嘩でも始まろうものなら、まるで嵐を避けるように隅っこに逃げ込む。そうなったら捕まえるのが大変やろ?また、そこらにされたらたまらんで。」
フッと方頬に笑みを浮かべた昭彦は、仔猫を入れた籠を書斎へと運んでいった。

「でぇ?・・どーゆー話やねん?」
ソファーにドサッと座った昭彦は腕組みをして子猫を縦に眺めた。上半身裸の昭彦は筋肉が盛り上がって見える。子猫はとても並んで座る気になれず、絨毯に正座した。そしてとりあえず、圭子の母親から家を出たまま帰らないと心配する電話があったことと、翔に圭子のことを聞いたら探すと言ってくれたことを話した。それで電話してくれるように言ってあるので待っているのだと説明した。
「ふむ・・・なるほど。・・・で?それだけの話なんか?」
昭彦の深い眼差しは、子猫の心の奥底を覗き込もうとしてるかのように、妖しい光を灯していた。
「わしには圭子とかいう女に興味はあらへん。行方不明になろうが、どうでもええこっちゃ。・・・けど、今の説明では、ようわからん。ただの痴話喧嘩なら放っといたらええやんか?何で子猫がそこまで心配せなならんのや?・・・それにや・・・塞ぎ込んどるのは子猫の方やろ?しかも高校辞めたいとまで言い出しちょって・・・そっちはどうなっちょるんや?それとも何か関係あるんか?」
「・・・それは・・・」
子猫は正座した膝で手を握りしめた。
「・・・翔が圭子と別れたのが・・・猫のせいだから・・・」
昭彦は重苦しい息を吐いて、
「そうなると思うたわ・・・ックソ!」
と舌打ちした。
「違うの!・・あ・・そうなんだけど・・そうじゃないの・・・」
「何がどうちゃうっちゅうねん?あ?ちゃんと説明せんかい!」
「・・・うん。」
子猫は覚悟を決めて全てを話すことにした。昭彦を徹底的に怒らせることはわかっていたし、場合によっては許してくれないかも知れない。そうなれば今度は子猫が別れを告げられる番かも知れない。それでも、もう隠していることが辛かった。
 子猫はこれまでの経緯を話し始めた。翔との再会、友達でいる約束、その後の騒ぎと翔の告白、文化祭を抜けた圭子の鞄を届けたこと、次の日の諍い、翔が昭彦を睨んだ理由と帰る時の駐車場でのこと。
「・・・翔はそれで昭彦がやくざだって確信したんだって。」
そこまで話した子猫はチラッと昭彦を見てみた。
「フン!どうせそんなこっちゃろうと大方の予想はついとったで。」
昭彦は特に表情を変えることもなく、そう言った。
「・・・でも・・・問題はそれからなの・・・」
子猫の声は掠れて細く震えていた。
「・・・話したら・・・嫌われると思う。」
昭彦の目の下がひくひくと痙攣した。目が眇められる。
「嫌う?わしが子猫をか?こんなに惚れちょるて知っててゆーちょるんか?」
「・・・うん。・・・でも、もう隠してらんない。」
子猫は大きく深呼吸を繰り返して、早鐘のように打ち付ける心臓を何とか落ち着かせるように努力した。
 意を決した子猫は、代休明けの朝の出来事から話し出した。生徒指導である大森とのやり取り。食事をとれずに保健室で休んだこと。持参した薬に眠くなるものがあった為に睡魔に誘導されて深い眠りに落ちてしまったこと。そして、ついに、大森との出来事を話してしまった。なるべく簡潔に事実の部分だけをごく短く。
「ぐぅぅぅぅぅーーー何やてぇぇぇぇーーー!!!??」
それでも昭彦が激怒するには充分すぎる事実だった。地獄の底から響くようなうめき声とともに仁王立ちになった昭彦は、まさに表情までも恐ろしい仁王のようだった。
「まだ話の続きがあるの。お願いだから最後まで聞いて。」
「これ以上何があるんや!!」
怒りのあまり言葉に聞こえないほどの怒声だった。
「だから続きがあるんだってばぁ。・・・これを話さなかったら圭子に話が繋がらないし・・・翔とのことも説明がつかなくなるんだもん。」
「関係ない奴等はどうでもええんじゃ!!ボケッ!!そいつ等がどうなろうと知ったこっちゃない!!そのクソヘタレ野郎をほかさんことにゃ気ぃっすまんでぇ!!」
「だから言えなかったんじゃないーーー!!」
子猫が悲鳴のように叫んだ。
「昭彦が怒るのはわかってたもん!許して貰えないかもって思うことも怖かった!だけど、もっと怖かったのは、猫のせいで昭彦に犯罪を犯して欲しくなかったんだもん!」
子猫はぼろぼろと泣きながら仁王立ちの昭彦を見上げて、精一杯に叫んだ。
「猫がバカだから・・・猫がアホだから・・・そんなせいで昭彦にまた罪を犯させたりしたら・・・昭彦が可哀想でたまんなかったんだもん!・・・刑務所での辛い暮らしを聞いてるのに・・・残酷すぎる厳しい毎日で体まで壊したのを聞いてたのに・・・また猫のせいで、そんな思いさせることになったらって思うと・・・悲しくて悲しくて怖かったんだもん!」
息が詰まりそうになって途切れ途切れに、泣きながら叫ぶ子猫の姿に、昭彦は全身が震えるほどの怒りをどうにか押し込めて、ソファーに座りなおした。
「・・・それはもうええ。お前が心配するようなことにはせえへんで。・・・ええやろ。まだ話の続きがある言うんやったら聞いたるがな。終いまで言うてみ。」
肩で息をしながらも、怒声は納めて、静かに言った。
「・・・うん。」
子猫もしゃくりあげて肩を震わせていたが、どうにか話を続けだした。
 マンションに戻ってきた時翔に会ったこと。翔との話。隠していることで思い悩んでいたこと。大森の再度の呼び出しに退学覚悟で宣戦布告したこと。
「だから、翔にももう何もしなくていいって言ったの。・・・で・・・今日のことに繋がるわけ。翔が圭子と別れたのがそーゆー理由だったし・・・思えば、翔のことでは圭子にずっと辛い思いをさせてたんだなぁって・・・だから・・・」
子猫の言葉が途切れた。昭彦も考え込んだように黙っていた。が、しばらくして、大きく息を吐くと頷いた。
「それで終いやな?」
「うん。」
「よぉーわかったで。」
「・・・ごめんなさい。」
子猫は正座したまま、絨毯に頭を擦りつけて平伏した。
「もう、ええ。・・・お前を怒るんは筋違いや。」
昭彦は小さく丸くなって頭を下げている子猫を、すくい上げるようにして抱きかかえると、ソファーに座った自分の膝の上で、萎縮して体を固くしている子猫を優しく撫でた。
「怖がらんでええ。・・・こんな可愛いお前を怒ったかてしゃぁーないがな。・・・ずっと隠されちょるより、全部話して貰うて良かったわ。・・・なぁ?そうやろ?」
昭彦の優しい言葉に子猫はおずおずと顔を上げた。
「・・・嫌わない?」
「嫌う訳ないやろ?ん?・・・どこに嫌う理由があんねん。」
「・・・だって・・・」
昭彦は唇を重ねて子猫の言葉の続きを吸い取った。労るように舌を絡めてくる。子猫は昭彦の膝の温かさ、胸の温かさ、抱き包む腕の温かさ、絡める舌の温かさに、脅えて凍えていた心がゆっくりと溶け出すように感じていた。
「・・・それにしても・・・」
キスの合間に子猫の顔をつくづく眺めた昭彦は、困ったような呆れたような表情で笑いをこぼした。
「わしのことを・・・可哀想やちゅうて泣かれたんは初めてやで。」
「・・・あ・・・ごめんなさい・・・」
「しかも、こんなに赤ん坊くさい子やのになぁ?」
「・・・ごめんなさい・・・」
「クックックッ。・・・ほんまにおもろい子やで。」
子猫は少し口を拗ねたように尖らせ、声を出さずに”ごめんなさい”と呟いた。昭彦はそれを見て優しく微笑むと、
「ほんまに・・・愛しゅうてたまらん・・・」
と、噛みしめる独り言のように呟き、また子猫にキスを繰り返した。

 昭彦と子猫は、全てを晒して解り合えたことの深い絆を味わうように、飽きることなくキスを繰り返していた。電話の呼び出し音に遮られなければ、朝までそうしていたかも知れない。
「・・・はい?」
電話には昭彦が出た。もちろん仕事関係の電話もあるし、ほとんどが昭彦関係の相手なのだから、昭彦がいる時はいつも昭彦が出るのは普通だった。が、今夜は子猫が電話待ちをしているだけに、子猫は息を飲んで昭彦の次の言葉を待っていた。
「ああ、翔君だね?話は聞いているよ。」
子猫はドキドキしながら昭彦の表情に集中した。圭子はどうしたのだろう、見つかったのだろうか、電話を代わって欲しいけど昭彦が嫌がるだろうか、と思いが錯綜する。昭彦は子猫のそんな様子を見ながらも、電話を代わる意志がないようだった。
「・・・子猫ならここにいるが・・・君の彼女は見つかったのかい?・・・そうか。なら一安心だな。そう伝えておこう。」
昭彦が子猫に頷いて見せたので、子猫はホッとして笑みを浮かべた。が、受話器を耳にあてている昭彦は眉間に深いシワを刻んで不機嫌そうな顔になっていく。
「君がその圭子とかいう女を家まで送っていってやれば済むことだろう?」
昭彦の声がよそいきの紳士的な標準語から、次第に険を含んだ微妙にアクセントの違う言葉に変わっていく。普段、子猫や組関係以外では余程のことがない限り第三者に対して大阪弁を使うことはなかったし、その態度は一貫して変わらなかった。それが崩れかけているということは、子猫を許したものの、その内面には相当の激怒がまだ渦巻いているのだと、子猫に感じさせた。それとも、やくざを嫌いだと言っていた頃と違って、組に戻った今となっては、もう言葉を隠す必要も気持ちもなくなっているのだろうか。子猫の気付かない内に、昭彦の内面にも変化が生じていたのだろうか。子猫は不安を感じながら電話の会話を聞き取ろうと耳を澄ませていた。
「今回の色々な事件に関しては子猫から全て聞いたよ。君にも世話になったな。だが、子猫には私がついている。君に心配して貰うことも、もうないだろう。君は彼女に対してだけ責任を持てばいい。・・・これ以上は立ち入らないで貰おうか。ん?」
感情を押し殺した昭彦の話し声は、大人の立場として辛うじて平静を保とうとしているようだった。
「子猫に代わる必要はない。伝言なら私が聞いておこう。」
昭彦の眼が刃物のような危険な光を宿している。
「あきぃ・・・お願い・・・電話させて。」
子猫はもうこれ以上昭彦を怒らせることが危険だと感じていた。翔が昭彦に気遣う会話をするとも思えなかったし、話すほどに昭彦の感情を逆撫でしかねないと思うと、昭彦の意向に逆らっても電話を代わるべきだと思ったのだ。
「お願い。圭子が心配なの。」
子猫の訴えかける眼差しに、昭彦は重い吐息をつくと、受話器を渡してくれた。子猫は目で感謝しながら受け取った。
「翔?猫だけど・・・」
−「お?クッソォー、やっと代わってくれたか。・・ったく、ずっと代われって言ってたのに聞きゃぁしねぇ。ムカつくやくざ野郎だぜ。」
「ごめん。・・・で、圭子は見つかったんでしょう?家に送ってけないの?」
−「圭子が帰りたくねぇって言ってんだ。無理に送って行ったって、また飛び出しゃ意味ねぇだろ?・・・家の方にはマサが連絡をしたから心配ないけどな。」
「そっか。ありがとう。」
−「・・けど、圭子がかなり荒れてて・・・俺じゃどうにも相手出来そうもなくてさ。」
「翔には慰められないの?」
−「俺が別れるって言ったのが悪いってか?どうしろって言うんだよ?自分の気持ちに嘘ついて抱いてやれとでも言うのか?・・・俺は嘘は嫌いだ。」
「そんなこと・・・言ってないじゃん。・・・ただ、圭子には翔の存在が一番じゃないかって思っただけだもん。」
−「今となってはどうなんだろうな。」
翔の言葉には他人事のような冷たさが感じられた。これが圭子に対しての態度だとしたら、圭子の心は今尚、辛い気持ちを抱えたまま孤独な闇を彷徨っているのかもしれない。
「今何処にいるの?」
−「お前も知ってるだろ?族のたまり場にしてる店だ。」
「う・・・そこには行きたくなぁーい。」
−「子猫・・出れるのか?」
「お願いして行かせて貰う。行って何が出来るかはわかんないけど、直接会って話した方がいいと思うから。」
−「そうしてくれると、俺としても助かるぜ。」
「あ・・ちょっと待ってね。」
子猫は電話を保留にして、側で顔をしかめてる昭彦に、圭子の所に行かせてくれるように頼んだ。昭彦は子猫が譲らないのを感じ取り、不承不承に了承した。
「ただ、圭子のいるとこが、翔とか族のたまり場だって。・・あそこ・・・怖いんだよなぁ。静かに話す雰囲気ってないし・・・どうしよう?」
「しゃーないなぁ・・・せやったら、GRホテルまで連れてくるように言うちゃれや。あそこには組で年間契約しちょる部屋が幾つかあるで、空いとるやろ。フロントに話つけとくわ。」
「うん。ありがとう。」
子猫の嬉しそうな顔に苦笑いを浮かべながら頷くと、昭彦はテーブルの携帯を取り上げて電話をかけた。子猫は保留を戻して、翔に昭彦が言ったことを話した。

 翔との電話を切った子猫は急いで身支度を整え、圭子用の着替えと宿泊に必要と思える物をバッグに詰め込んだ。その間に昭彦も出掛ける支度を済ませた。頃合い良く、ホテルへ話をつけた後で連絡しておいた橋本が到着し、子猫は昭彦と車に乗り込みGRホテルへと向かった。



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