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子猫白書U




<41>〜<45>



<41>
[溶解]
<41>溶解

 車がホテルに着くとすぐにホテルマンと一緒に石橋とマサが出迎えた。ロビーに入っていくと、深夜の1時を過ぎているにもかかわらず、かなりの人間がロビーのソファーに座っていた。その集団は二つに別れていて、片方はスーツを着た怖そうな雰囲気の集団で、片方はホテルには合わないようなヤンキーな服装をした集団だった。そのどちらでもない辺りから、耕太とその兄が立ち上がって、子猫達に近付いてきた。二人はやくざに囲まれた子猫に近付きにくそうにしていたので、子猫の方で歩み寄って挨拶をした。
「耕太さん、お兄さん、遅くまですみません。御協力頂いた他の皆さんにも感謝します。お世話になってありがとうございました。」
そう言って子猫が頭を下げると、耕太はいつもの人懐こそうな笑顔で、
「見つかって良かったね。圭子さんは部屋の方に案内されていったから。翔とマサが付き添ってるから心配ないよ。」
と言った。”マサ”とは昌太郎のことだったが、昭彦と何かをヒソヒソと話していたマサが、片眉をヒクッとさせて視線を投げてよこした。その形相のすさまじさに耕太が後ずさりしたので、子猫がクスッと笑って、
「マサさんじゃなくって、翔のお友達のマサってあだ名の人のことなの。」
とマサに言ってから、
「彼、猫の彼氏のお友達でやっぱりマサって呼ばれてるから。」
と笑顔で耕太に説明した。耕太はぎこちなく頷いて納得したが、それでもやはりマサの恐ろしげな顔に圧倒されているようだった。
「子猫、部屋に行くから・・」
と、昭彦が声をかけたので、それじゃ、と手を小さく振って耕太と別れた。

 ホテルマンに案内されて部屋に行くと、廊下にも数人ずつ組関係と思えるスーツ姿の大人と、族関係と思えるヤンキーが待機していた。二組の微妙な距離が危険な対立を感じさせて、ホテルマンの顔を曇らせていた。
 部屋のドアをノックすると、すぐに昌太郎が顔を出した。招き入れられ子猫が入るのに従って昭彦とマサと石橋も同行した。部屋はゆったりとしたソファーのある広い部屋で、圭子は背を向けて座っていた。項垂れていて表情はまだわからなかったが、震える肩は泣いているようだった。その正面に座っていた翔が顔をしかめて立ち上がった。
「子猫!やくざなんか引き連れてくるなよ!」
「え?・・・あ・・・でも・・・昭彦は一緒じゃないとダメって・・・それにマサさんは昭彦の友達で、猫も友達になったの。」
子猫の声に振り返った圭子は、昭彦に並んで立っているマサを見て眼を見開いた。それから視線を反らしてまた背中を向けると顔を覆ってしまった。
「迫力はあるけど・・・すごく優しい人なんだよぉ・・・」
子猫が困ったように言うのを押さえるように、昭彦が子猫の肩に手をかけた。そして、
「翔君、ホテルに族仲間を入れるのは辞めて貰えないか?探すのに協力して貰ったことは礼を言うが、ホテル側が心配して組の方に連絡したものだから、組の者達まで集まってしまった。石橋とマサが事情を説明して、今の所おとなしくしているが、他の宿泊客にもいい環境とはいえないし、いつぶつかるかとホテル側も心配している。組としては彼等が立ち去らない限りは引けないというし、双方近い友人のみにして解散させようじゃないか?」
と、静かな口調で言った。
「フン。あんたに礼を言われる筋じゃねぇ。・・・けど、まぁ、そっちの言い分もわからないじゃないしな。騒ぎが起きる前に解散させてやるぜ。」
翔は不機嫌そうに昭彦を睨みながらそう言うと、昌太郎に、
「マサ。お前行って解散させてきてくれ。今夜はお疲れさん、と伝えてな。・・後、耕太も兄貴と帰っていいって言っといてくれ。」
と言った。昌太郎は、
「わかった。ついでに俺も消えようか。」
と、フッと笑いをこぼして言った。
「おいおいおい・・・」
「冗談だ。寂しがりの翔太郎君を一人にはしないでやるさ。」
「・・っんだとぉ・・・」
「ちょっとぉ!翔も昌太郎君もこんな時に漫才してないでよぉ!」
子猫が呆れて叫ぶと、二人は同時に肩をすくめた。
 昌太郎が部屋を出るのに連れ立ってマサも部屋を出ていった。昭彦の補佐は石橋なのだから、石橋が残るのが当然ではあったが、子猫は心の中で逆なら良かったのにと、少し寂しく感じた。

 子猫が圭子の隣りに座って、
「圭子・・・大丈夫?・・・心配したんだよぉ。」
と声をかけて肩に手をかけると、圭子はその手を振り払い、
「いい子ぶるのはやめて!放っといてよ!」
と、泣き腫らした顔をあげて、子猫を睨んだ。
「圭子・・・どうしたの?・・・みんな心配してたんだよ?」
子猫は戸惑いながらハンカチを取りだして圭子に渡した。圭子は大きく息を継ぎながら涙を拭うとハンカチを握りしめた。
「・・・もう・・・何もかもが嫌になっちゃったの。・・・恋に浮かれて成績はガタ落ちだし・・・それだけ真剣に想ってたって・・・翔の心には猫がいる。・・・みーんな猫が好きで・・・みんな猫の味方で・・・私はやること全てが裏目。・・・友達裏切っても手に入れたかった翔にも捨てられちゃって・・・もう・・・消えちゃいたかったのに・・・」
「そんなことないって。それは圭子の思い過ごしだよ。・・・人間関係は・・・いい時もあれば悪い時もあるし・・・辛い時も確かにあるけど・・・でも、きっとまたいい時がくるから、自分をなくさないようにしようよ。・・・ね?」
「そんな気休め・・・猫は自分が可愛くてみんなに愛されてるから言えるんじゃん。私の気持ちなんてわかりっこない。」
「どうして?・・・どうしてそう思うの?・・・猫から見れば、圭子の方がよっぽど可能性をいっぱい持ってるように見えるよ。・・・成績落ちたって、またちゃんと勉強すればトップだって取れるくらい頭いいじゃん。健康で綺麗で明朗快活で、圭子の方がよっぽどみんなに慕われてるじゃん。・・・心配してくれる家族だっているし、喧嘩出来る兄弟だっているじゃん。」
「そんなの・・・何の役にも立たないじゃん。」
「どうして?・・・だって・・・」
「それに、そんな私のイメージは猫が勝手に思ってるもので私自身じゃないじゃん。猫に私の何がわかるって言うのよ?」
「・・・それは・・・わからないかも知れないけど・・・そうしたら・・・圭子が抱いてる猫のイメージだって・・・本当の猫じゃないよ。」
「みんな猫の味方じゃない。猫は・・・猫は・・・狡いくらいに可愛いじゃん。だから憎くてたまらなかった。・・・そんな私の気持ち・・・猫にはわかんないじゃん。」
「・・・嫉妬で苦しい思いくらい猫だってしてるもん・・・」
子猫はため息混じりに小さく呟いた。圭子を憎いと思う時だってあった。ただ、昭彦が隣りにいる状況ではそこまでは言えなかった。
「だったら圭子は子猫が憎くて、当てつけに家出したっつーのかよ!」
向かい側のソファーで黙ったまま様子を見てた翔が堪えきれなくなって言った。翔の言葉にビクッとして顔を見つめる圭子の眼差しは苦しく切なそうだった。
「圭子に何がわかんだよ!子猫がどれほど辛い思いして生きてきたか知らねぇーじゃねぇか!今言った言葉がどんだけ子猫を傷つけてるか・・・それがわかるのは俺だけなんだよ!」
翔の言葉に昭彦の片頬が痙攣する。
「しかもなぁ、圭子は子猫がみんなから味方されるって言うけどなぁ、子猫はなぁーんも悪くなくたって仲間はずれにされて苦しんでた時期だってあるんだぜ?・・圭子はどうなんだよ?自分の胸に手を当てて考えてみろよ!自分が酷いことをしてるから、その反発を買ってるだけじゃねぇのかよ!」
「翔!やめて!」
「何でだよ?・・・子猫、お前が言われっぱなしだから・・・」
「翔は圭子を非難する資格ないじゃん!・・・それに・・・お願い。・・・圭子の気持ちを考えてあげてよ。翔にそんなこと言われたら・・・圭子・・・どんどん辛くなっちゃうじゃん。」
「じゃぁ子猫は辛くなかったのかよ?」
「それは・・・もう、いいの。昭彦に全部話したし・・・昭彦は許してくれたから・・・」
「全部?」
翔が子猫の隣りに足を組んで座っている昭彦に視線を移す。昭彦は翔と視線が合うと、無表情に軽く頷いた。
「・・・で・・・大丈夫だったのか?」
「あはっ・・・わかんない。・・・でも・・・多分・・・わかんないけど・・・」
「どっちなんだよ?」
「どっちでもいいじゃん。今は圭子の話を聞いてあげようよ。」
「圭子の話つったって、圭子は自分ばっかりが被害者面してんじゃんか。それに気付かないでほざく一方的な言い分聞いてやってたら、つけ上がるばかりだぜ。」
「翔!・・・その言い方って・・・残酷だよ。・・・猫がもし、一度は付き合った好きな人にそんなことを言われたら・・・死にたくなっちゃうもん。・・・そーゆー意味では圭子は充分被害者なんだと思う。そして・・・猫が加害者なんだよね。・・・圭子が憎むのも・・・仕方ないよね。」
子猫の言葉に、圭子がわぁぁっとハンカチで顔を覆って泣き出した。
「ごめんね。・・・圭子・・・ごめんね。」
「謝るなぁぁぁ!」
翔は怒声を発した。
「圭子!お前が子猫の同棲を先公にバラしたんだろ?その結果がどうなったか知ってんのか?子猫はその先公にレイプされたんだぞ!」
「翔!」
子猫が叫ぶと同時に昭彦が立ち上がった。
「翔君。君は何でもぶちまけ過ぎるようだな。」
「・・っせぇ!みんなわかってんのに、こいつだけ知らねぇんだ!だからいつまでもくだらねぇ事を言ってんじゃねぇか!自分のした事をわからせるのも親切ってもんだろ!」
圭子は呆然とした顔をあげて翔や昭彦を見ていた。そして、ふと気付いたように子猫に視線を向けた。子猫は目を伏せると小さく苦笑した。
「・・・ホントなの?」
圭子が震える声で聞いた。子猫は微かに頷いてみせた。
「しかもその先公はそれをネタに何度も子猫を弄ぼうとしたんだ!だから子猫は退学覚悟で、自分の彼氏はやくざだから手を出すな、って宣言しちまったんじゃねぇか!」
「いい加減にしろ!」
昭彦のドスの効いた低い声が響いた。
「君には個人のプライバシーを尊重してやる気持ちがないのか?」
「っんだと、くぉらぁ!やくざが偉そうなこと言ってんじゃねぇ!」
「今の私は子猫の保護者としての立場で発言している。そんなこともわからないのか?君は自分の知っている事実を得意げに披露しているだけだろう?それを子猫が望んでいるとでも思っているのか?一度秘密をバラした相手に更に秘密を教えて、また誰彼なくバラされることは予測しないのか?だとしたら甘すぎるな。君のその軽口もその女に匹敵するくらい子猫を傷つける凶器になる。」
静かだが、重みのある声だった。翔は興奮が冷めたような顔になり、眼が座っていく。何かを思案するように親指の爪を噛む頬が痙攣している。
「昭彦ぉ・・・いいから・・・座ってぇ・・・」
子猫が昭彦の手をそっと握って引いた。昭彦はため息を吐いてソファーに座り直し、組んだ足の上で子猫の手を大事そうに撫でた。
 しばらくの間重い沈黙が流れた。翔は膝に肘をついた手で額を押さえていた。昭彦はほとんど無表情で何を考えているのかわからなかったが、子猫の手をずっと優しく撫でていた。子猫はどう話を持っていけばいいのか、どうすれば圭子の自暴自棄になっている心を励ませるのか、考えあぐねていた。当の圭子は泣くことも忘れて呆然としたまま固まっていた。少し離れた所でイスに座っている石橋は眉をひそめて息を殺すようにじっとしていた。
「あ・・あのね・・・」
子猫が言いかけると一斉に視線が集中した。
「あのね・・・そのことはもういいの。・・・つーか・・・同棲してるのも・・昭彦がやくざなのも・・事実は事実だし・・・その事実を猫は猫的に受け入れてるの。・・・ただ・・学校的に許されないっていうなら仕方ないもん。・・・それを話したことより・・・その事実が問題なんだしね。・・・それに・・・あ・・・あのことは・・・猫が・・・不注意で・・・」
子猫の声が震えた時、昭彦が子猫を抱き締めた。
「もうええ。もう何も言うんやない。」
昭彦が苦しそうに囁いた言葉は大阪弁になっていた。
「あの・・・ひとつ聞いていいっすか?」
見下した棘のある言葉だった翔の話し方が変わっていた。
「俺は・・・その先公に報復するつもりっす。」
「翔・・・それはもうやめてって・・・」
昭彦の腕からすり抜けた子猫はソファーから身を乗り出して首を振った。
「報復・・・君が?・・・どうやって?」
昭彦は足を組み替えて腕組みをした。
「知り合いの女に金で誰とでも寝る子がいるんで、そいつに誘わせといて、信用ある学生や大人を数人証人に仕立てて、暴行罪に持ってこうかと。」
「・・・それで?」
「そうすりゃ学校は退職になるし、子猫が悩まされることもなくなるかと思うんすけど・・・どうっすか?」
「暴行罪を立証して罪に持っていくまでには時間がかかるな。その間に苦し紛れで生徒の弱みを暴露しないとも限らない。・・それに弁護人もバカではない。その女の素性や過去を調べあげるくらいはするだろう。」
「・・・そうっすね。・・・まだ作戦が甘かったか・・・」
「まぁ・・・そう遠くない内に天罰が下るんじゃないかな?」
そう言った昭彦には冷たい笑みが浮かんでいた。子猫はドキッとして昭彦の腕をつかんだ。
「あきぃ・・・昭彦も何もしちゃダメぇ・・・」
「アホ。する訳ないやろ?・・・ただ、時々霊感が働くだけやないか。」
「それが・・・天罰っすか・・・」
翔がじっと昭彦の目の奥を覗き込むように見据えた。昭彦もじっと見つめ返した。二人の視線がぶつかり合って、再び火花を散らせているようだった。
「昭彦も翔も絶対何もしないでね?・・・天が罰を下すというなら・・・猫は天の神様に許しを請う祈りを捧げます。・・・もっとも愚かな猫を罰してくれるように。・・・大好きな二人が巻き込まれることのないように。」
子猫は胸の前で手を合わせて目を閉じた。フリではなく、心から祈らずにはいられなかった。そして、二人には言えなかったが、子猫のファンだと言ってくれた大森の好意をどこかで嬉しいと思ってしまっている罪をそっと懺悔した。
「・・・大好きな二人・・・て一緒に括られるんはおもろないな。」
「俺も一緒にされるのは不愉快っすね。」
子猫は目を開けて二人の顔を憮然と見比べた。
「・・っもぉー!本気でお祈りしてる時に細かいことで拗ねないでよぉ!」
そう言って子猫が思いきり頬を膨らませたので、昭彦も翔も吹きだしてしまった。一度笑い出すと何故か笑いが止まらなくなってしまったようで、二人はしばし声を出して笑っていた。
 何故笑ったのか、わからない。けれど、やくざを嫌悪していた翔の昭彦への見方が変わったことと、昭彦の翔に対する警戒心が和らいだ、そんな和解を感じさせる笑いだったように思える。もちろん深い根の部分では、お互いに気を許すことはなかったが、取り敢えずは相手を認める態度に変わっていたのだ。

 昭彦と翔の笑いが収まりかけた時に昌太郎が部屋に戻ってきた。そして、どんな対立が生じてるかと懸念していたのを、肩すかしに合ったように不思議そうな顔をして、翔の隣りに座った。昌太郎は族のメンバー&元メンバーが帰ったことと、耕太達を見送ったこと、マサと数人の舎弟を残して組の人間も解散したことを報告した。
「え、じゃぁマサさんは残ってるの?」
「はい。ただ、自分は他の方々に威圧感を与えてしまうようだから、ロビーで待っているとのことです。不要な威圧感は不要な敵愾心を抱かせてしまう。話し合いには向かないようだ、と。」
「そんなぁ・・・マサさん・・・昭彦の友達の中で一番優しいのに・・・」
「まぁ、ええやないか。それがマサらしい配慮やで。」
「そ・・そうですね。話してみると、言葉の奥から暖かい人柄が伺えました。」
昭彦の大阪弁に一瞬戸惑った昌太郎だったが、ごく普通に受け入れたようだった。昌太郎の言葉に子猫は嬉しくなって、それがそのまま顔に出たようにふわっと笑った。
「ね?ね?・・ふふ、わかって貰えて嬉しい。」
「けど、俺は基本的にはやくざは大ッキライだぜ!」
「翔、傍若無人は俺のいないとこでやってくれ。俺を巻き込むなよ。」
「はっはー!俺はどうにも正直な性格なのさぁ。俺の竹馬の友になったのが不運と諦めるんだな。・・・けどよぉ、子猫の彼氏は子猫の保護者としてここにいる訳だし、子猫を大事にしてることもわかったからよぉ・・・一応は認めてやってるのさ。」
「なるほど・・・そうゆうことか。では穏便に話せ、アホ。」
「これでも充分に穏便じゃねぇか。冷血動物。てめぇの息は解凍前の圧縮データ臭ぇんだよ。」
「どんな臭いだ?わからん。つーか、俺はヴァンテリンは欠かしてないぞ。」
「・・・筋肉ほぐしてどーすんだよ?」
「あ・・いや・・モンダミンだった。」
「お口クチュクチュってか?キスする相手もいねぇくせしてよぉ。バーカ。」
「用意は周到に。それが俺のモットーなんだ。」
翔と昌太郎の言い合いに昭彦が苦笑をもらした。
「クックックッ。確かに漫才コンビやな。」
「でしょう?だから昭彦が来た時にあれだけの人だかりになっちゃってたの。・・・翔がやくざ大嫌いなの、知ってたから・・・それで、昭彦と鉢合わせしたら大変なことになるんじゃないかって不安になって・・・つい、漫才は他でして、って文句言っちゃって・・・圭子に嫌な思いさせちゃった。・・・ごめんね?」
子猫が圭子の手にそっと手を重ねて言うと、圭子はうつむいたまま首を振った。子猫も他のみんなも圭子の言葉を待ったが頑なに黙ったままだった。
「・・で・・どないすんや?お前は明日・・いや、今日か・・学校行くんやろ?あまり遅くまで起きとったら、また具合悪ぅなるやろが。どない心配かて学校の中までは手ぇ届かせへんのやで?せめて体力維持させるよう気ぃつけてやるしか出来へんがな。」
「・・・うん・・・ごめんなさい。」
昭彦の低く甘く響く大阪弁は愛撫のように子猫の心と体をくすぐった。白いうなじから耳を赤く染めていく。
「子猫、俺にも責任あることだしな、俺が朝までついててやっからよぉ、お前はもう帰っていいぞ。・・・圭子もちっとは人の気持ちがわかっただろう。・・・朝になったら家まで送ってってやるぜ。それでいいな?おい?」
翔の言葉に顔をあげた圭子は静かに頷いた。
「じゃぁ・・・あ・・バッグ・・・」
子猫がそう言うと同時に立ち上がった石橋が側に置いておいたバッグを子猫に差し出した。子猫がありがとう、と笑顔で言うと石橋も軽く笑みを浮かべて頷いた。
「あのね・・何が必要かわかんないけど・・一応着替えとか用意してきたから使って。朝帰る時にフロントに預けてくれればいいから。」
「・・・ありがとう。」
圭子がやっと小さく言った。それでも子猫はホッとした笑顔になった。
「少し落ち着いたら横になって休んだ方がいいよ。ね?・・・圭子も学校行こうよ。・・・猫もさ、退学だって言われるまでは頑張って通うつもりなんだ。自分で辞めるっていうのは自分が間違ってるって認めるみたいで悔しいんだもん。」
「・・・猫ぉ・・・ごめんね。」
圭子の口から謝罪の言葉がこぼれた時、居合わせたみんなの顔に安堵の表情が浮かんだ。
「ううん。猫もいけなかったの。」
「・・・だって・・・」
「もう、いいじゃん。ね?・・・みんなだっていつもの圭子に戻ればまた一緒に楽しく話せるようになるんだから。・・・だって文芸部は圭子がいなかったら全然まとまらないんだもん。みんな、圭子を待ってるんだよ。ホントだよ。」
圭子は唇を噛んで頷いた。
「成績だってまだ期末があるんだもん。挽回出来るじゃん。圭子なら絶対すぐ盛り返しちゃうよぉ。・・・猫は・・・勉強のコツを教えて欲しいくらいでさぁ・・・」
「いいよ。・・・私でいいなら・・・」
「うん。ありがとぉー。やっぱ圭子は頼りになるなぁ。ふふ。」
子猫が笑うと圭子もやっと笑顔になった。
「ほな、帰るで。」
なかなか帰ろうとしない子猫を昭彦が促した。子猫はうん、と言って昭彦に従って立ち上がった。翔と昌太郎に簡単に挨拶をすると、子猫と昭彦と石橋は部屋を後にした。廊下には見張りの男が一人いただけだった。

 ロビーは来た時と違って閑散としていた。足音は深い絨毯が吸い取るものの、靴が擦れる音がやけにはっきり聞こえる。待っていたマサと一緒にいた橋本が昭彦達の姿を目にして、すぐに車を用意しに向かった。昭彦は子猫をフロント辺りで待たせると、少し離れたところでマサに耳打ちをし、それをマサは頷きながら黙って聞いていた。
 橋本の運転する車が玄関に来たので、石橋を残し、子猫は昭彦と乗り込んだ。車が出た途端、子猫は崩れるように昭彦の胸にもたれた。
「お疲れさん。」
と言って髪を撫でてくれる昭彦の手の感触が心地よかった。そして、何故か涙が零れてきてしまった。翔や圭子の前では気を張っていたが、本当は子猫の心も嵐の真っ只中にあったのだ。ついさっき、全てを昭彦に告白したばかりなのだ。いくら昭彦が許してくれたからとはいえ、申し訳ないという思いが消える訳ではなかった。
「アホやなぁ・・・泣くことないんやで?」
子猫の気持ちをくみ取った昭彦が優しく涙を拭って、子猫にキスをした。子猫は昭彦の膝に向き合うように跨ると首に腕を巻き付けてキスを貪った。
「ん・・こら・・・我慢出来んようになるで?・・・寝かさんようになってまうで?・・・ええんか?」
甘えてキスをし続ける子猫は返事の代わりに、下半身に当たる固い物に体を擦りつけた。
「ええんやな?・・ほな、もう我慢せぇへん。」
そう言って昭彦は子猫を強く抱き締めると、熱く粘つく舌を深く絡めてきた。
 マンションに着く頃には子猫はすっかり陶酔状態で、昭彦に抱き上げられて部屋まで運ばれた。そして、夜が白々と明けるまで、魂と体のぶつかる熱気と激流は途絶えることなく寝室を満たしていた。
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[恵]
<42>恵

 ホテルから戻った朝、高校へ登校した子猫は圭子の教室を訪ねて、来ているかを確認した。圭子は子猫にすぐに気付いて廊下に出てきた。圭子は思ったより元気そうで、小さく「昨夜はありがとう。」と言った。短い時間だったが、二人はまた昼休みに部室へ行く約束をしてそれぞれの教室に戻った。
 昼食の時間になって、子猫と圭子が二人一緒に文芸部の部室に現れたので、京子をはじめとする部員達は驚きと戸惑いを隠せないままの表情で迎えた。けれど、そう心配することもなく、すぐにみんな普段通りに話すようになっていた。

 その次の日、圭子が子猫に、生徒指導の大森が昨日から学校に出てきてないらしい、と耳打ちした。圭子のクラスメートで生徒会の役員をしている子から聞いたのだと言う。子猫は不安で胸が締め付けられる思いで一日を過ごしたが、夜になって帰ってきた昭彦に聞いても知らない様子だった。
 数日後、大森が担任をしていたクラスに、先生は急な用件で実家に戻られた、と説明がなされ、しばらく休職することが明らかになった。子猫は安堵と不安と両方の思いが複雑に絡まりあって、大森を嫌っていた他の生徒達がすぐに忘れる中で悶々としていた。
 そんな子猫の不安を感じ取った昭彦は、「そんなら実家に確認したらええやろ?」と言って、組の者に新潟の実家にいる大森の写真を撮って来させ、子猫に見せた。
「酒造りの家らしいな。父親が入院したんで戻ったんやろ。教師続けるようならシメたろ思うちょったが、運のええ奴やな。」
と説明する昭彦の横顔は意外なほど冷静だった。一抹の不安は消えなかったものの、子猫はホッとして、もう忘れるように、と言う昭彦の言葉に頷いた。期末テストも目前に迫り、考えている余裕もなく、高校生としての本分に戻らなければならなかったからだ。
 そうして、子猫は退学になる心配も消え、かなり後で、大森が実家に戻ってそう経たない時期に行方不明になっていた、という事実を知るまで、完全に忘れてしまっていたのだった。

 7月に入ってすぐの期末テストの結果は、子猫にとっては目を覆いたくなるような成績となった。一方、圭子は何かが吹っ切れたようで、猛烈に勉強に専念した、という本人の言葉通りにトップクラスの成績を取っていた。
 テスト後の部会で3年が引退し、部長になった圭子はさっそく、テストの打ち上げのコンパを提案した。テスト疲れを思いきり発散させて、夏休みの計画を立てよう、ということだった。これにはみんな、成績が良かった部員も悪かった部員も両手をあげて賛成した。
 大森の一件以来、前にも増して昭彦が子猫の外出に厳しくなっていた為、子猫にはすぐに返事が出来なかったが、昭彦もOKを出してくれたので、参加出来ることになった。ただし、立ち寄る先の全てを事前に知らせておくようにと念を押された。

 コンパ当日、行く先々で昭彦からの差し入れが出されて、部員達はみんな喜ぶと同時に、そこまで思われてる子猫を羨ましがっていた。
 ラストを騒いで締めようと決めてあったカラオケの店でも、昭彦からの差し入れのオードブルやフルーツが、座ってすぐに店員によって運ばれてきた。ランチを食べたレストランでもデザートのケーキが差し入れとして出されていたにもかかわらず、みんな旺盛な食欲で山盛りの御馳走に手を出した。
 歌がみんなを一巡した時、圭子が子猫をトイレに誘った。そして、トイレの帰りに子猫を違う部屋に連れていった。訝しがる子猫を、圭子は入ればわかるから、とドアを開けて押し入れた。子猫が部屋に入った途端、後ろでドアが閉まった。圭子はその部屋には入らないで、みんなのいる部屋に戻るらしい。
 けれど、子猫は圭子の後を追おうとはしなかった。カラオケの狭い部屋のソファーに座っている翔に気が付いたからだ。
「どーゆーこと?」
ドアの所に立ったまま、子猫が聞くと、
「まあ、いいから座れ。」
と翔が苦笑して言った。
「説明しないなら、すぐに出てくけど。」
「しゃぁーねぇーなぁ。けどよぉ、わかりそうなもんだろ?子猫に話したいことがあったから、圭子に頼んだんだよ。」
「頼んだって・・・また付き合うことにしたの?」
「いや。それはないな。」
「じゃぁ、どうして圭子に頼むの?」
「だから、お前に・・・」
「何でそんなひどいことするの?圭子を利用するなんて・・最低じゃん!」
「しょーがねぇだろ?話したいことがあったって、どうやってお前に連絡すればいいんだよ?電話したって繋がらねぇ。電話番号変えただろ?」
「それは・・・そうだけど・・・」
「どうしても子猫に話しておかなきゃなんねぇことがあるんだ。聞けば、お前も納得するはずだぜ。・・けど立ってたら話そうにも話せねぇだろ?いいから、座れ。」
子猫は大きくため息をついて、翔の隣りに少し離れて座った。
「で?・・・話って?」
「おいおい。えらく不機嫌な言いようだな?」
「だって・・・いくら話したかったからって・・・あんまり残酷なんだもん。圭子の気持ちを思うと翔のそーゆーズーズーしいとこが憎らしくなるよ。」
みんなの前では見せないが、圭子が翔を忘れられられずに思っているのは、トイレで手を洗う子猫を鏡越しに見ていた圭子の表情で感じていた。
「じゃぁ呼び出したら子猫は出てこれるのか?」
「それは・・・だって・・・」
「圭子には悪ぃと思ってるさ。・・・チッ・・・」
翔は煙草を取りだして火をつけた。
「時間もそうないだろうから話を進めるぜ?いいな?」
大きく煙りを吐き出した翔の眼差しは厳しいものだった。
「・・・うん。」
子猫も余計なことを言うまいと頷いた。

「俺が何でやくざを嫌いなのか、まだ話してなかったからな。」
「え・・・暴走族を薬の売人にするやくざが許せなかったからじゃないの?」
「それは嫌いになってからの一つの事件にすぎない。嫌いになった理由は子猫と出会うもっと前に発祥してるんだ。このことは、その当時から俺の友達だった奴等の中でも、ごくわずかしか知らないことだ。」
そう言って煙草を苛立たしそうに灰皿で揉み消した翔は、遠い眼差しで虚空を見つめた。
「俺が初めて本気で惚れた女がいた。・・・つーか・・・そん時はそれほど大事には思っちゃいなかったんだがな。初めての女でもねぇしよ。女を知ったばかりで、口説いて落とすまでをゲームみてぇに楽しんでた頃だし、テクニックじゃ上をいくもっと年上の女とも付き合ってたからな。・・・それに、族のトップ集団を俺ひとりで叩きのめして、トップに納まった頃だったから、女はアクセサリーくらいにしか考えてなかったかもな。」
「ふーん・・・」
「今は違うぜ。特に子猫は・・・」
「いいから続けて。」
翔は軽く舌打ちをして話を続け始めた。
「その子は・・奥菜恵似の綺麗な顔した子だったんだ。あ、名前出せねぇから恵って言っとくことにするぜ。」
「どうぞご勝手に。」
「まぁ、妬くなって。」
子猫はムスッとして翔を睨んだ。翔はフッと苦笑をもらしたが、すぐに真顔に戻って話の先を続けた。
「恵は同じ中学で俺よりふたつ上で・・ま、普通の生徒だったな。・・けど、俺が族に入ってたから俺と一緒にいたいって思えば当然、族のたまり場に入り浸りになる。俺ん家はかなり厳しいから女の出入りなんて出来るわきゃねぇしよ、家での俺はまだ親兄弟にも敬語で話すようないい子ぶりっ子だったしな。・・んで、恵は俺が他の女と遊んでる時でも族の仲間とつるんで遊んでて、段々ヤンキーに染まっていっちまった。」
「・・・何か・・・可哀想・・・」
「まぁな。けど・・・それはまだたいした問題じゃねぇ。」
「・・・ふーん・・・」
「ある時、恵が俺と別れたいって言いだした。よりにもよって、族の中でもまだ自分のバイクも持てねぇ、旗持ちしてる奴を好きになったって言うんだ。そいつは人の顔色ばかり見るような情けねぇ野郎で、弱い奴にしか強がれねぇしょぉーもねぇ奴なんだぜ?」
「みんながみんな翔みたいに強い訳じゃないじゃん。」
「けど、あいつはダメなんだ。根性ねじ曲がってるのはわかってた。俺が決めた規律も守れねぇし、言い訳ばかりしやがる。・・・恵にもそう言ってやったのさ。・・・けど、恵はそんなしょうもないとこがいいんだ。って。自分しかいない、って思わせてくれる。自分が必要なんだって感じさせてくれる。ってな。」
「・・・何か・・・わかるかも・・・」
「ケッ!俺が気にくわなくたって人を見ろよ!・・って言ってやったが、聞きゃしねぇ。なら勝手にしろ!と俺も承知してやったんだ。恵が特別な女って訳でもなかったからな。」
「だって本気で惚れてたんじゃないの?」
「まぁ聞けって。・・・恵が好きになった男を・・クズ、とでもしとくか。クズはけっこう古株なのにみんなからバカにされていた。それを自分がバイクを持ってねぇからだと思ったらしい。で、調度引退する奴から、バイクを安く売ってやるって言われて買うことにしたそうだ。が、根性もねぇし、ダラダラしか出来ねぇ性格で、バイトするでもねぇから金もねぇ。・・・クズは前から小遣い欲しさに、恵の下着とかをその手の店に売っていた。」
「う・・・うぇぇ・・・」
「だろ?そーゆー奴なんだよ。・・・で、その店の奴から、金に困ってるクズにとんでもねぇ話が持ち込まれた。恵を裏ビデオに出演させれば相当な金になるってな。」
「嘘ッ!?」
「この辺の話は俺も後から聞いて知ったことなんだけどな。・・・クズは恵に、どうしてもバイクが欲しい。一度っきりの我慢だ。俺を男にしてくれ。と泣きついたんだとさ。」
「最ッ低ェー!!」
「なぁ?・・そもそもそんな事を頼むんが男じゃねぇじゃねぇか!・・俺ならそう思うが、・・・恵は初めは泣いて嫌がったが、結局説得されて承知した。」
「・・・・・ヒドイ・・・」
「まだまだ、これからだぜ。こんな話は俺達の間じゃよく聞く話でもあるしな。どう言おうと、最終的には恵が自分で決めたことだ。それだけなら俺が干渉する問題じゃねぇ。」
「・・・まだあるの?」
「問題は恵がその辺にはいねぇくれぇ綺麗な子だったってことなのさ。一度だけ、なんて約束が守られるわきゃねぇ。クズが、じゃなく、裏ビデオを撮ってるやくざがこんな上玉を簡単に手放すはずがねぇんだ。」
「あ・・・・・」
「やくざに脅されて、クズはさっさと恵と別れて雲隠れ。恵はビデオや写真を親や学校にバラすと強迫されて、何本もエロビデオで犯され続けた。・・・その頃は恵は高校だったし、クズも族に顔を出さなくなってたから、俺が恵の変化に気付いてやれることもなかった。」
「・・・・・」
「恵は金になる、と思ったやくざが無理矢理自分の情婦にした。いくら綺麗でもビデオは常に新しい顔を求める。それで、そのやくざは恵をソープで働かせることにしたのさ。・・・いいか?ちょっとした小遣い稼ぎなんて思ってたらとんでもねぇことになっちまうんだぞ?」
「・・・猫はしないよ・・・」
「まぁ・・・今のとこはな。」
「何?その言い方は?」
「やくざの情婦なんてみんな10代がピークなんだぜ?散々遊ばれて肌も体もボロボロになって新鮮味がなくなりゃ、みんなソープや、最悪の場合は海外に売られちまうんだ。」
「昭彦は違うもん。翔だって認めてくれたじゃん。」
「今のとこは大事にしてるようだと認めただけだぜ。けど、所詮はやくざだろうが!え?俺はやくざは絶対ぇ信用しねぇぜ!」
「だけど・・」
「いいから、聞け!まだ、話は終わっちゃいねぇんだ。・・・やくざは恵が離れられねぇように薬を覚えさせた。恵は高校も辞め、家も出て、すっかりその世界の女になっちまってたんだ。・・・俺が恵に再会したのはその頃だ。・・・変わっちまってたよ。16歳なのにババァみてぇな顔になってた。そりゃ造りは綺麗なままさ。けど、肌とか・・何よりその表情が疲れきっちまって呆けたような顔になってたんだ。」
「・・・・・」
「恵は俺の顔を見ると怖いものでも見たように逃げ出した。俺はあまりの変わりように、実は別人かとも思ってたんだが、それではっきり恵だとわかった。だから、追いかけて捕まえて、事情を聞き出したんだ。・・・初めは言いたがらなかったが、薬が切れかけてたんで・・・」
翔の言葉が震えて途切れた。
「翔・・・いいよ、もう。」
「クソッ!よくねぇんだよ!最後まで話さなかったら・・・何年も封印してきた記憶を開いた意味がねぇだろが!」
「・・・ごめん・・・」
「恵は・・・俺にさえ縋ってきた。薬が欲しいってよぉ。・・・俺は知り合いに倉庫を借りて、恵を監禁した。薬を体から抜かしてやらなきゃなんねぇ。普通のとこだと暴れたり錯乱した時にかえって危ねぇんだ。・・・何日も苦しんでたよ。怒ったり、泣きわめいたり、縋り付いたり・・・俺を欲しがったりな。・・・ああ、抱いてやったさ。苦しみを一時でも忘れられるならと思ってな。・・・怒って自分の排泄物を俺に擦りつけてきた時もあった。そうすりゃ、俺がいい加減嫌気がさして放り出すとでも思ったらしい。・・が・・それでも、俺は抱いてやった。・・・言っとくが、その頃だって女には困っちゃいなかったんだぜ。」
「・・・わかってる。」
子猫は涙をこらえてやっと返事をした。
「恵を情婦にしたやくざはボコボコにして集中治療室行きにした。その上の奴等にも念を入れて恵には二度と手を出すな、と言ってやった。・・・まぁ・・・親父が手を打ったらしいが・・・俺が頼んだ訳じゃねぇ。・・・やっと禁断症状がおさまった恵を、俺は病院に入れて恵の親に連絡した。すっ飛んできた親が恵をなじろうとしてたからよ、本人が一番辛いんだからわかってやってくれ、って説得した。」
子猫は唇を噛んで頷いた。そうなのだ。翔は昔から、過激で一方的で傲慢な所はあったが、大人でも納得させられるだけの、大人と対等に話せるだけの、頭脳と度量を兼ね備えた少年だった。
「翔は・・・立派だよ。」
「俺のことはいい。・・・とにかく俺は、恵をここまでボロボロにしちまったのは俺の責任だと思ってたしな・・・恵が・・・笑顔を思い出してくれるまで・・・そして、それからもずっと、・・・一緒にいてやろうって思ってたんだ。」
「・・・うん。」
「・・・けどな・・・恵の親にしてみりゃ、俺は自慢の娘をそそのかした男に見えたんだろう。・・・実際そうかも知れねぇし・・・事情も知らず、変わり果てた娘を見た親が、怒りの捌け口のように俺を非難し、訴えてやると言い出したとしても無理なかったろうな。」
翔は大きくため息をついて、手で髪を梳いた。
「だが・・・そうなると俺の親父が黙ってなかった。まぁ、自分の保身もあっただろうけど・・つーか・・そっちのが強いかもな。・・・フン!そんなことはどうでもいい!例え俺を守ろうとした行為だったとしても、俺は絶対に親父を許さねぇ!」
翔は握り拳を掌に何度も打ち付けた。
「親父は弁護士に任せてたことだって言ってたけどよぉ・・・親父の差し金なのはわかってんだ。だいたいあんな汚ぇ手を使うのは親父しかいねぇ。」
怒りがフツフツと湧いてくる翔に不安を覚えた子猫は、そっと膝に手を置いて、宥めるように撫でた。翔は子猫の手を両手で痛いほど握りしめて唇に押し当てた。
「悪ぃ・・・今、怒ってもしょうがねぇよな。」
苦しそうに呟く翔に子猫は首を振った。
「・・・そんなことないよ・・・」
翔は微かに苦い笑みを浮かべ、またため息をつくと、子猫の手を離して話出した。
「弁護士は恵が出演・・・つーか・・・やりまくられてる裏ビデオを、どっかから探し出して、その親に突きつけちまったんだ。このようなバイトをされてたお嬢さんに問題があるのでしょう、とかって言いやがったんだろぜ。」
子猫は絶句した。もう何度も息が詰まる思いで聞いていたが、これ以上を聞きたくない、とさえ感じるほど胸が痛くなっていた。翔も苦しそうに顔を歪め、時々胸を無意識につかんでいるのは、痛む胸と怒りを必死で押さえているからだろう。だから、必死で翔が話すことを、ちゃんと聞くことが、子猫のせめてもの翔や恵さんへ出来ることのようにも思えた。
「・・・父親にとっちゃ、恵はよほど自慢の娘だったんだろう。それが、こんな姿を晒してるとは、とショックが強すぎたのかな。・・・気がふれたみてぇになったあげく・・・」
翔はそこまで言うと、財布を取り出して折り畳んである小さな古い紙切れを子猫の前に差し出した。子猫はそれを手に取って広げてみた。それは新聞の切り抜きだった。そして、そこには、”娘の非行に逆上した父親が娘を殺害し、直後自殺した。更に、二人の葬儀を済ませた母親が葬儀の翌日、後追い自殺した。”と書かれてあった。
 子猫は信じられない思いでもう一度読み直そうとしたが、涙が溢れてきて、もう読み返すことが出来なくなっていた。震える手で記事を翔に返すと、翔は無言のまま、また財布に記事をしまい込んだ。

 しばらくの沈黙の後、翔はまた煙草を出して吸い始めた。そして、思いきり煙を吸いこんでから大きく吐き出して言った。
「だから俺はやくざは大っ嫌ぇなんだ。わかったか?」
子猫はポロポロとこぼれる涙を指先で拭いながら頷いた。
「・・・よく、わかった・・・」
声も息も震えていた。
「・・・だけど・・・昭彦だって、やくざが嫌いだって言ってるんだよ。やくざの世界は汚いって。冷酷で残忍な世界だって。」
「なら、やめりゃいいじゃねぇか!」
「やめてたんだもん。・・・だから、知り合った時には組との関係はなかったんだもん。・・・そりゃ、マサさんとかとは付き合いはあったけど・・・それは昔からの友達としてで・・・」
「フン!口じゃなんとでも言い訳出来るだろうぜ。」
「違う、違う!・・・だって・・・だって・・・」
「子猫!お前は今の話を聞いても何とも思わねぇのか?やくざなんてそんなもんなんだぜ?言うこと聞かなきゃ薬づけにする!利用価値がなくなりゃ売るか捨てるか・・」
「昭彦は違うの!・・・だって・・・マサさんが昭彦を大事に思ってるのは、マサさんの薬中毒を治して立ち直らせてくれたのが昭彦だったからなんだもん。」
「そんだけ立派な人間が、じゃぁ何でやくざに戻ったんだよ!え?」
「・・・猫を幸せにする為。」
「バカ言ってんじゃねぇぇー!!そんなことがあるわきゃねぇだろが!!よぉーく考えてみろよ!!」
翔がバン!とテーブルを叩いた時、ミシッと音がしてテーブルがガタンッ!と傾いた。あまりの衝撃でテーブルの足がひとつかけてしまったようだった。子猫は両手で口元を押さえた。その子猫の手を、いや、正確には腕を、翔は眼を眇めて見て言った。
「なぁ、子猫・・・随分洒落た時計してるじゃねぇか。それはあいつからの贈り物なのか?それがお前の言う幸せって奴なのか?え?」
子猫はハッとして時計を隠した。
「・・・これは・・・会長さんが誕生日のお祝いにって・・・」
「ほーお。で?自慢げにつけてるって訳か?」
「・・・今日はたまたま・・・」
子猫は何故か後ろめたさを感じて言葉を濁した。翔は悲しげに子猫を見つめていた。
「なぁ・・・わかってんのか?・・・お前の彼氏は直接には何もしてないかもしれない。・・ま、そんなことあるわきゃねぇが、お前にはわかんねぇよぉに悪事を働いてるだろうしな。・・つってもお前は聞かねぇだろうし、今は議論しても仕方ねぇ。・・・けどよぉ・・・やくざには上納金ってもんがあんだよ。だから、みんなそーやって女を喰いもんにしてんじゃねぇか。女だけじゃねぇ、年寄りや弱りかけた奴等を見つけちゃ、騙して根刮ぎ金を吸い取ってくんだぜ?」
「・・・・・」
「まさか、そんなことも知らねぇほどガキじゃねぇだろ?」
「・・・そーゆー仕事するのはやくざって決まってる訳じゃ・・・」
「子猫?・・お前がそーゆー理論を展開するのか?」
「・・・・・」
子猫はうつむいて手を握りしめた。体からは熱を帯びた汗が滲み、背筋に寒気が這い上がってくる。
「幹部クラスのやくざはそりゃいい暮らしをしてんだろーよ。高級な物を身につけ、贅沢な物に囲まれて、綺麗に着飾ってなぁ・・・そりゃぁ優雅に見えるだろうさ。・・・けど、その金はどっから出てると思う?」
「翔は・・翔はもともとがお金持ちだから・・・」
「関係ねぇっつってんだろ!俺は俺自身の才能で親父を越えてやるつってんだろうが!だいいち!・・第一・・・何で子猫がそんなこと言うんだよ?・・・俺が親の金で遊んでる時だって何も欲しがらねぇくせしてよぉ?物に魅力を感じない、心だけが欲しいって、いつも言ってたお前じゃねぇか。そうだろ?」
「・・・昭彦だって・・・そんな贅沢好きな訳じゃないもん。」
「ったく!そこであいつを出すんじゃねぇよ。そーゆー話をしてんじゃねぇだろ?お前だってもうわかってんだろ?」
「・・・わかんない。」
「っざけんなよ!どうしちまったんだ?え?・・・やくざに泣かされる奴はゴマンといるさ。半分は泣かされる方にも責任があるかも知れねぇ。楽な方に逃げたかったとか、考えが甘かったとか、あるかも知れねぇ。けどな、ゴマンで括られる奴等にも、こうして地獄に落とされる家族や泣いても泣ききれねぇくらい傷ついてる友人や恋人がいるんだ。・・・そうした血と涙で出来てる時計を身につけて、本当に幸せなのか?って聞いてんだよ。」
子猫には返す言葉がなかった。
「やくざだけが悪いとは言わねぇ。他にだって悪ぃ奴等はいるだろう。正義面して裏でやくざを利用してる奴等だっているだろうさ。・・・けど、それは俺達の問題じゃねぇだろ?俺にはそれでお前が幸せかどうかってことが問題なんだ。そこを聞きたいんだよ。」
「だって・・・どう言えばいいか・・・わかんないんだもん。」
翔は苛立たしそうに舌打ちをして、審議官のように子猫を見つめた。
「またわかんないっつーのか?」
「だって・・・翔の中ではもう答えが出てるじゃん。やくざは悪だって。」
「違うのか?・・・子猫・・・お前これだけ言っても、まだ違うって言うんかよ?」
「・・・言わない。・・・だけど・・・」
「だけど?」
子猫は涙でぼやける視界で翔を見て言った。
「だけど・・・愛してるんだもん。・・・どんなに悪と言われようと・・・同じ血と涙をかぶっても・・・一緒に生きていたいんだもん。」
翔は一瞬息を飲んで固まった。それから、眉間のシワが次第に深くなり、凝視する眼が赤く滲んでいった。

 その時、ドアが開いたと思うと、ゆっくりと手を叩く音がした。子猫が驚いて振り返ると、石橋が口元に冷たい笑みを浮かべて拍手していた。そして、開いたドアからは続いて昭彦が姿を現した。子猫は更に驚いて涙を溜めた目を大きく見開いた。
「・・・あ・・き・・・どうして・・・」
昭彦はそれには答えず、子猫の前まで歩み寄ると、片足を跪いて子猫を抱き締めた。
「よしよし。もういい。よく頑張ったな。」
髪を撫で、額にキスをした昭彦はそのまま子猫を抱き上げた。子猫は張り詰めた緊張から解かれたように、麝香の香る肩にもたれかかった。安心する。どんな戦場にいても、昭彦に抱かれていたら何も怖くないだろと思えるほどに、そこには安心感があった。
「翔太郎さん、お久しぶりですね。」
そう言ったのは石橋だった。
「まだ、無茶をされておられるのですか?お父様が心配なされますよ。」
「っせぇ!てめぇなんか知るか!」
翔は傾いていたテーブルを乱暴に蹴り飛ばした。テーブルは石橋をかすめて壁に派手な音をたててぶつかった。石橋は言葉とは裏腹に冷たい視線を翔に向けて、
「おやおや、お忘れですか?一度パーティーでお会いしたはずですが。・・まぁ、いいでしょう。私共は翔太郎さんのお父上には大変お世話になってますので、今回のことは報告せずにおきますよ。」
と言った。翔は牙を剥いた狼のように呻りをあげて叫んだ。
「言いたきゃ言えよ!俺は親父を認めてねぇんだ!」
「そうした台詞はそれなりの力をつけてから言われるべきでしょうね。・・・こんなことをして、我々の裏をかいたつもりでしょうが、何かあった時にすぐ駆けつけられるようになっていたことはご存知なかったようですね。・・ああ、ここが全室監視カメラがついていることも気がつかれませんでしたか?・・冷静なあなたらしくもなく。」
石橋はそう言って冷たい笑いをこぼした。
「石橋。もう、ええ。この勝負、子猫の勝ちや。・・・クックックッ。あまり手負いの野獣を追いつめるもんやないで。」
「あ、はい。申し訳わりません。」
石橋が頭を下げたのに軽く頷いた昭彦は、
「二度は許さんで。」
と背中を向けたまま翔に響く低音の声で告げると、子猫を抱いて部屋を後にした。石橋も、
「では、失礼します。お父様によろしく。ご用のむきはいつでも伺いますとお伝えください。」
と言ってお辞儀をし、昭彦に続いた。
「・・・ックッ・・・誰が・・・」
翔は呻くように言いかけたが言葉にならず、奥歯をくいしばっていた。
 カラオケ店のすぐ表には橋本の運転する車が待っていた。車に乗り込む時、子猫は圭子や他の部員達に挨拶をしてないことに気が付いて、
「みんなに帰るって言ってない。・・どうしよう?」
と店の中を気にしながら言った。
「その泣き顔で行くんか?」
昭彦が苦笑して、熱を持った子猫の瞼にキスをした。
「石橋。店員に、子猫は気分が悪くなったから迎えが来て先に帰った。と伝えるように言うといてくれや。」
「わかりました。」
石橋はすぐに店に入っていき、戻ってきた。
 車が動き出し、しばらくして、石橋は感心したように、
「子猫さんはもう姐さんの貫禄充分ですねぇ。」
と言った。子猫は一日遊んだ疲れもあって、昭彦の腕の中で眠気を感じてぼんやりしていた。無意識に肩に顔をすりすりしてしまう。
「クックッ。・・・子猫はまぁだネンネやで。」
「ですが・・・あの、同じ血と涙をかぶっても一緒に生きたい、って言葉にはグッときましたよ。まして、私達が聞いているとは知らずに、それだけのことが言えるんですから。」
「へぇ・・子猫さん、そんなこと言ったんすかぁ。かぁわいいなぁ。」
運転していた橋本が前を向いたままそう言って笑った。
「そらそうや。その資質を見抜いたからこそ、おやっさんかて子猫を買うちょるんやろ。・・・せやけど・・・そない怖い目ぇに合わせたら、子猫の繊細な心は壊れてまう。わしは子猫をやくざの女て呼ばれる立場にはさせとうないんや。・・・そのことは、二人とも覚えといてくれ。」
「そうですね。・・わかりました。」
「肝に命じときます。・・大丈夫っす。微力ながら通学の送迎を任して頂いてる者として、子猫さんをお守りします。」
昭彦はフッと笑って、微かな寝息をもらして眠る子猫の、白い頬を愛おしげに撫でた。子猫はくすぐったさに、んー・・と甘えたような不機嫌な声を出した。昭彦が笑うと石橋も橋本もクスクスと笑いをこぼした。
<43>
[幸せな休日]
<43>幸せな休日

 夏休みも間近の日曜日。久しぶりにゆっくりとした気分で、眩しい陽射しの降りそそぐ中、子猫は目を覚ました。薄手の羽毛布団から両腕を出して、思いっきり伸びをすると、
「クックッ。おはよう、お寝坊さん。」
と、昭彦が朝のキスをしてくれた。片手に開いたままの本が持たれていたのは、子猫が目覚めるまで、本を読んで待っていてくれたのだろう。子猫は嬉しくなって、
「にゃぁ〜ん。」
と甘えた声を出しながら、昭彦の脇腹や胸に顔を擦りつけた。
「こら・・・くすぐったいやないかぁ。」
昭彦はクスクス笑いながら本にしおりを挟んで閉じると、子猫を抱き締め、もう一度ゆっくりとキスをした。キスは甘酸っぱいレモネードの味がした。
「あ・・レモネード・・・」
「そうや。昨夜、飲みたいちゅうから、作って持ってきてやったのに、戻ったら寝息たてとるやないか。クックッ。しゃあないで、そのまま置いといたんをさっき飲んだんや。」
「あー、猫もぉ。」
「氷が溶けて薄くなっとるで?新しいんを作ってきてやろか?」
「ううん。それでいい。」
子猫が昭彦の体の上に乗り上がって、サイドボードに手を伸ばそうとしたが、昭彦が先にコップを取り、レモネードを口に含むと、子猫に口移しで飲ませてくれた。薄くなってなま暖かいレモン水が、乾いた喉を優しく潤してくれる。
「んー・・・おいちぃ・・・」
子猫は目を閉じて、レモンの香りを味わった。
「もっと、飲むか?」
「うん。」
昭彦は何度か口移しで飲ませてくれたが、その度に舌を絡めるキスが濃厚になっていく。
「ん・・ん・・・あぁ・・・」
キスと同時に、コップで少しひんやりした手で胸を包まれた。
「もっと?」
昭彦が乳首をつまんで軽くねじりながら、耳元で囁いた。
「ぁ・・・あぁん・・・」
感じて顔を仰け反らせながら、子猫は首を振った。
「こっちは・・もっとやろ?」
昭彦は布団を大きくはね除けて子猫の上に覆い被さった。子猫の髪を後ろに撫であげてやりながら、耳を舌先でくすぐり、耳たぶを甘噛みした。
「あ・・あ・・アン・・・」
優しい愛撫に体中が痺れていく。昨夜の熱い疼きが残る花びらが、溢れる蜜で再び欲望の口を綻ばせる。
「欲しいぃ・・・あきぃ・・・」
子猫が昭彦の背中に腕を回して、腰を挟みこむように足を大きく広げた。
「何や?もう、そっちが欲しいんか?」
首筋を舐めていた昭彦が顔をあげて、苦笑まじりに子猫を見つめた。
「うん・・欲しいの。」
子猫は甘えた上目遣いでおねだりをする。
「しゃあないやっちゃなぁ。クックックッ。」
そう言いながらも、子猫の体の下に腕を回した昭彦は、固くはち切れんばかりの肉棒を、一気に子猫の中へと埋めた。
「あああああああああぁぁぁぁーーーっっっ・・・」
肉襞を押し広げられ、子宮が裂けそうに感じるほどに開かれる。いっぱいに満たされた子猫は、両股を大きく開いて足を指先まで反らせた。挿入と同時にイッてしまった子猫は、しばらく昭彦のモノをギュウギュウに締め付けて痙攣していた。息が止まりそうなほどの目くるめく快感が怒濤の津波のように襲った。
「まったく・・・とんでもないスッポンやで。」
ようやく子猫が戻ってくると、顔中にキスをしながら昭彦が笑った。
「危うく喰い千切られるかと思うたでぇ?・・クックッ。まぁだ、ぎょうさん使わなならんのやから、それだけは勘弁したってや?」
熱く潤んだ眼差しは愛しげに子猫を見つめていた。
「・・・ごめんなさい。」
「アホ・・誉めとんやないかい。・・・この体にぞっこんなんはよぉ知っとろうが?」
「あきぃ・・・」
子猫は昭彦の鍛えられた肩にしがみついてキスをした。昭彦はキスに応えながら、キツイ緊張の解けた子猫の膣をゆっくりと擦りあげるように、腰を動かし始めた。
「ぁ・・ぁ・・ぁ・・ん・・ん・・」
一度引きかけた快感の波が、またゆっくりと押し寄せてくる。子猫は両足を昭彦の腰に巻き付けて、擦られる快感に浸った。
「ええかぁ?」
昭彦は子猫をすっぽりと抱き包んで、力強く突き上げてくる。
「ぁぁん・・気持ちいいよぉ・・・」
子猫は熱に浮かされたように喘ぎながら、体中に走る電流に痺れていた。夢のような幸せの絶頂の中で、子猫は天井の鏡に映る昭彦の背中を愛おしく眺めていた。微妙な筋肉の動きで、獰猛な獅子が生き生きと息づいているように見える。睨むように見据える獅子と目を交わしながら、昭彦との情交を見せつけている気分になって、子猫はのぼせて上気した顔に笑みを浮かべた。
「ああぁ・・・気持ちいい・・・感じてたまらないのぉ・・・あぁぁ・・・」
煽るように甘えた言葉をことさらに呟くと、獅子は一層じれったそうに身悶えて足踏みをする。昭彦の動きが早くなり、快感が高まる中で、子猫は獅子のたてがみを指先で撫でてやる。尻尾が震え、ふさふさの巻毛に覆われた股間が盛り上がったように見えた。
「クスクス・・・」
子猫が思わず洩らした笑いに、昭彦が、
「なんや?・・まぁた獅子をからこうちょるんか?」
と、眉間に切なそうな苦悶を漂わせて苦笑した。
「そない誘惑しちょると、今に飛び出して襲いよるでぇ。」
「・・・いいもん・・・」
「やれやれ、困った子やなぁ。」
そう言って笑いをこぼした昭彦は、繋がったまま体を起こすと、子猫の両股をつかんで腰を浮かさせた。手押し車のように足を抱え込まれて、子猫は繋がった自分の姿を見せつけられるはめになってしまった。
「・・あ・・いや・・・」
「今度は白猫をよぉ観察しぃや。どんだけ厭らしく乱れよるか。ん?」
昭彦は子猫の股をしっかりつかむと、激しく腰を打ち付け始めた。
「あ・・あ・・あ・・あ・・・」
体が小刻みに揺れて胸が大きく揺さぶられる。固く突起した紅い乳首がくるくる回る。子猫は目を閉じて顔を横に向け、自分で揺れる胸を押さえると乳首をつまんでこねるように愛撫した。
「目ぇ反らさんで、ちゃんと見んかい!」
「あ・・ぁぁ・・だって・・・ぁん・・・」
「鏡は獅子の目ぇや。子猫が淫乱に悶えるほどに喜びよるでぇ。」
「・・・ぅ・・・う・・・」
「感じるままに晒したらええ。わしの女やて見せつけたれや。」
「・・・ん・・・」
子猫は鏡の自分をじっくり眺めた。カーテンが開かれた窓から眩しい光が注いでいる。白く光を弾く滑らかな肉体は、愛撫された部分がピンクに染まって、妖しい艶めかしさに溢れていた。
「どぉや?・・ええ女やろ?」
昭彦はククッと笑って、また腰を食い込ませるように動かし始めた。
「ぁぁ・・あ・・あ・・・」
いい女と言うにはあまりにもはしたない姿だった。大股を開いてグチュグチュと淫靡な音を立てている。突き上げられる度に仰け反る体。自分で自分を見ると思うと、恥ずかしさで目を閉じたくなる。でも、獅子の目に晒されていると思うと、もっと乱れて見せたくなる。
「あぁぁ・・・もっと・・・もっとぉ・・・」
「ええでぇ。好きなだけ乱れたらええ。」
昭彦は更に激しく腰を打ち付けてくる。子猫は胸の揺れを押さえながら、乳首をつまみ上げて、見せつけるようにこね回す。
「ぁ・・ぁ・・ぃぃ・・・スゴイぃぃ・・・感じるぅぅぅ・・・」
片方の手を繋がっている股間に這わせ、薄い陰毛をかき分けてクリトリスを剥き出しにすると、指先でくるくる回して擦る。胸とクリトリスを自分で愛撫しながら、激しく突かれて身悶える姿は、愛欲に溺れた淫獣そのものだった。鏡の中の獅子の目が物欲しそうにギラつく視線を投げかけているような妄想に浸ると、もっと淫乱な自分を晒したくなった。昭彦も時々呻きを洩らしては、感じてたまらないとばかりの息を吐く。昭彦が望むならどんなことでもしたくなる。もっと淫らに、もっと厭らしく。子猫は自分で花弁を広げるように結合部分に触れた。昭彦の動きが手にも指にも伝わってきた。
「ぁぁ・・・あきがいる・・・ぁん・・・ここぉ・・にぃぃ・・・」
「どや?・・・大きいやろぉ?」
「うん・・最高ぉぉ・・・」
「固いやろぉ?」
「うん・・めちゃめちゃスゴイぃぃ・・・・」
「感じるやろぉ?」
「うん・・もぉぉぉ・・・とろけそぉぉぉ・・・イクぅぅ・・・ぁぁぁ・・・・」
「さっきイッたやろ?もうちょい我慢せい。・・ええな?」
「・・・ぅ・・ん・・・」
我慢しろと言われても、全身を快感の渦が駆け巡り、もう意識が飛びそうなのだ。大きく仰け反り身悶える体がわなわなと震えている。
「ああぁぁぁ・・・もぉだめぇぇ・・・ぁぁぁぁああああ・・・・」
髪を振り乱して首を振る。
「よっしゃ。ほな、一緒にイクでぇ!」
「うん・・イッて・・・イッてぇぇぇ・・・あああぁああ・・・」
昭彦は両腕に抱えていた子猫の足を、今度は子猫の頭の上まで押し上げ、子猫自身に足首をつかませた。大きく剥き出しにされた花弁を肉棒が荒々しく擦る。ズンズンと頭のてっぺんまで響くほど突き上げられ、子宮が悲鳴をあげる。
「あああああああーーー!・・イクぅぅぅぅぅーーーーー!!」
「フッグゥ・・・ゥゥァァ・・・ハァゥゥァァァアアアアアアッッッ!!」
声が重なり共鳴した後、お互いの荒い息遣いだけがしばらく続いた。
 昭彦がゆっくり仰向けに体を横たえた。それから、ぐったりしている子猫を胸に抱き寄せると、
「大丈夫か?」
と優しく囁いて、髪の乱れを直してくれる。
「・・・ン・・・」
子猫は辛うじて返事をしたものの、目の前を星が飛び交って目も開けられず、苦しい息を整えていた。
「・・少し寝るか?」
「・・・ぃぃ・・・・・」
「心配せんでも、今日は一日中ずっと側にいちゃるがな。」
「・・・なら・・・余計に・・・もったいないもん・・・」
どうにか呼吸が整った子猫は大きく息を吐いてから、顔をあげてにっこりと嬉しそうに笑った。昭彦は吹きだして笑うと、満足そうに頷いた。

 寝室から居間に行くと、籠の中で仔猫のパトラが待ちかねたように切なく声を張り上げた。子猫が籠から出してやると、爪を立てて這い上がって来る。
「あぃたたたた・・・ごめん・・ごめんってばぁ・・・」
パトラはお構いなしに必死で子猫の肩まで登ると、今度は頭の上まで登ろうとする。
「こ・・こらぁ・・・んー・・・あきぃー!」
子猫の耳に足をかけて頭のてっぺんを目指すパトラを、昭彦は笑いながらつまみ上げ、子猫の頭に乗せてやった。
「お腹空かせてスネちょるんか?」
昭彦が指先でパトラの頭をチョンチョンと軽く叩くと、パトラは場所柄も考えずに指にじゃれつこうとする。獲物を狙う猫が密かにシッポを揺らすように、パトラも子猫の顔の前に垂らしたシッポを左右に揺らしている。シッポの先が子猫の鼻をくすぐって、むず痒くなる。
「あきぃ・・・誰が頭に乗せてって頼んだのよぉ。」
子猫は苦笑して、シッポの垂れ下がった顔で振り向いた。
「ん?ちゃうんか?」
昭彦はクスクス笑って、パトラをそっと抱き上げると、
「ほな、シャワー浴びてくるとええ。ブランチ用意しとくさかい。」
と言って、キッチンに向かった。キッチンの隅にパトラの食事場所があるのだ。
 昭彦が缶詰を開けて皿に出してやる間、足元にじゃれついていたパトラは、昭彦が皿を置いてやると飛びついて食べ始めた。子猫はキャミソール姿でカウンターに肘をついて、その様子を眺めていた。
「ん?・・どないしたん?」
振り返って、まだ浴室に行かない子猫を昭彦が訝しそうに見た。
「んー・・・だってぇ・・・一緒に洗いっこしたいんだもん。」
「クックックッ。なんや、そやったんか。そしたらブランチの後で一緒に入ろか?」
「うん!」
子猫はワーイ!と両手を上げて見せた。それから、居間のソファーに座ってTVをつけた。いつも観ているヒーロー番組は終わって、お笑い番組になっていた。
「ま、いっか。」
と言いつつ、テーブルの上に置いてあったゲーム雑誌を読み始めた。自由な外出を禁止されている子猫にとっては、パトラを遊び相手にするだけでは退屈してしまうので、必然的にゲームに詳しくなっていた。昭彦も子猫が男や外の遊びに興味を持つよりいいとばかりに、好きなゲームは何でも買ってくれていた。
「また欲しいゲームでも出るんか?」
ベーコンエッグの香ばしい匂いをさせながら、昭彦がキッチンから声をかける。
「出るには出るけどぉ・・・まだ、今してるのが攻略してないんだもん。」
「そない難しいんか?」
「攻略本見ながらだから、難しいってことはないけどぉ・・・だんだん敵が強くなるから倒すのに手間取るんだぁ。」
「難儀なゲームやなぁ。わざわざ敵作らんでも・・・今の子はよぉわからん。」
子猫は昭彦の言い方がおかしくてきゃっきゃっと笑った。そこに、先に食事を終えたパトラが走ってきて、子猫の足を目掛けてダイブした。子猫が足の指を動かしてかまうと、ますます爪を立ててじゃれついてくる。
「いたたた・・・また伸びてきてるなぁ。爪切らなきゃ。」
子猫はパトラを捕まえて膝に抱き上げた。まだ仔猫で遊びたい盛りのパトラは足をばたつかせている。いっぱい食べたお腹がぷっくりと膨れてなんとも愛らしい。柔らかくて頼りなげな肉球をふにふにと触って感触を楽しんでいると、
「食事の用意が出来たで。」
と、昭彦が呼んだ。

 子猫が食後の後片付けをする間、今度は昭彦がソファーでニュース番組を見ながら、パトラの爪を猫用の爪切りで切り始めた。
仔猫なりに警戒心があるらしく、嫌がって暴れようとするのを、
「おとなしくせんかい。言うこときかへんと三味線にしてまうで。」
と脅してみせる。パトラの顔をつかんで目を覗き込み、指を立ててチッチッチッと振ってみせるのを、時々振り返って様子を見ている子猫がおかしそうに笑う。
「そろそろ爪を抜かんとあかんやろなぁ。」
そんな子猫に昭彦が相談するように話しかけた。
「抜くぅ?」
「そうや。もうはえてこんように根元から抜いてまうのんや。」
「うっそぉー?」
「嘘やないで。そうでもせな、家中ボロボロにされるやないか。」
「えー・・・何か可哀想じゃん。歩けなくならない?」
「心配あらへん。サーカスのライオンやトラかて、そうしとるんやで。」
「へぇ・・・そうなんだぁ。知らなかったぁ。」
「逆に伸びるのを気付かずに放っとくと、丸まった爪がその猫自身に刺さることかてあるんや。・・近いうちに獣医と相談せんとな。」
「・・・うん。」
子猫は昭彦自身で抜くと言わなかったので、ホッとして頷いた。子猫が洗い物をすませて昭彦の膝に座ると、
「ご苦労さん。」
と言ってキスをしてくれた。パトラはソファーの隅っこで、小さいなりに指の先を懸命に舐めている。爪を切られて、気になるらしい。
「・・・でも・・・やっぱり抜くのは可哀想な気ぃするけどぉ・・・」
「傷だらけになる子猫の腕や足かて可哀想やろ?」
そう言って、昭彦は、さっき子猫がパトラをかまっていた時に出来たひっかき傷を舐めた。
「子猫の体に痕をつけてええんはわしだけや。」
昭彦は子猫を抱き締めて首筋にキスをした。
「ぁ・・ぁ・・首は・・見えちゃう・・・」
「ほな、こっちや。」
昭彦はキャミソールの肩ヒモを下げて子猫の丸い胸にキスをした。チリッと痛みが走り、赤い痕が出来た。その横には薄くなりかけたキスマークがまだ残っている。子猫はポゥッと赤面して、昭彦にもたれた。
「・・・嬉しぃ・・・」
「クックックッ。宝石貰たより、ええ顔するな。」
「どんな宝石より・・・嬉しいもん。」
「ほう。そやったら、いっそヒョウ柄にしたろか?」
「ぇ・・・えぇぇぇ・・・いやぁ〜ん・・・」
昭彦は声を出して笑うと、困って真っ赤になる子猫に、
「冗談やがな。」
と言って、熱い舌を絡めてキスをした。

 バスタブにお湯を張って、子猫を浸からせている間に、昭彦は手早くシャンプーをすませて体も洗ってしまった。
「あん・・・洗いっこしよって言ったのにぃ・・・」
唇を尖らせる子猫に、昭彦は、
「あかん。お前の洗い方はくすぐったすぎるで。」
と、苦笑した。そして、子猫にお湯から出るように指示すると、背中側から上向かせた子猫の髪を優しくマッサージするように洗い始めた。髪をすべる昭彦の指先にうっとりとしてしまう。お湯で流す時でさえ、繊細な指使いで毛先まで感じてしまう気がする。
「んー・・・気持ちいぃぃ・・・」
リンスした髪をタオルでアップにまとめて貰った子猫は振り返って、
「猫も洗いたいー。」
と手を伸ばした。ボディソープをたっぷりつけたスポンジを泡立てていた昭彦は、やれやれ、とばかりにスポンジを渡すと、
「なら、背中だけ洗うて貰おか。」
と、背中を向けた。男の人の背中の大きさに子猫はいつも感心してしまう。そして、四角く張った肩を素敵だなぁ、と思うのだった。子猫の記憶の中の、父親の背中はもう少し細かったようにも思うが、時間のある日は必ずスポーツジムで鍛えてる昭彦の背中と比べるのが、初めから無理かもしれない。それでも、大好きだったパパの背中と同じように、昭彦の背中も大好きだった。そして、昭彦の背中には、泡をたっぷりと塗りたくるように擦った後で、お楽しみが待っていた。背中一面が雲のように白くなったところで、指先で泡を拭いながら獅子の絵だけを探りだすのだ。
「あっ・・動いちゃダメェ。今シッポで微妙なとこなんだもん。」
くすぐったさに身を捩る昭彦は、
「これやから、かなわへんのや。早う流したってや。」
と呻くように言う。ただ、そう言いながらも、決して嫌そうでないのを子猫は承知していた。やっと白い泡から獅子の姿が現れて、子猫は満足そうに微笑んだ。
「やったぁー!ふふふ。」
子猫は背中に抱きついて体を擦りつけた。胸の膨らみで背中全体を擦るようにしてから、手に泡をたっぷりつけて、腰から前に腕を回す。
「宝物ぉ・・見ぃつけたぁ。」
天を突く竿を手探りで見つけた子猫は泡をたっぷりつけて、両手で挟むように撫でる。背中は胸を押しつけてうねらせ、股間は手でそっと擦り上げる。
「クックッ。上達が早いなぁ。」
この洗い方はもともとは昭彦が教えたものだった。子猫は誉められて嬉しくなって、一層うねうねと腰をくねらせた。
「ほな、今度はわしの番やで。」
昭彦は子猫の腕をつかむと、軽く引き寄せて膝に座らせてしまった。風呂用のイスに座っている昭彦の上に子猫が座った状態になって、自然と股が開かれてしまう。子猫の腰に固い竿が当たる。昭彦は一度、子猫の体中をスポンジで丁寧に擦った後、たっぷり泡をつけた指先で、子猫の繊細な部分をそっとなぞる。
「あぁ・・・ぁぁ・・・ん・・・」
仰け反る子猫をしっかり抱き留めながら、両手で体中の愛撫を繰り返す。細かい部分も指先で丹念に擦られる。花弁を指先でつまんで擦り、クリトリスをきつく摘む。
「ぁぁぁ・・・あきぃ・・・あきぃ・・・」
甘えてよがり声をあげる子猫の膣から抜いた指を子猫に見せつけて、
「泡が流れるほど蜜が溢れちょるで。」
とからかうように昭彦が笑う。
「このまま欲しいか?」
「うん・・・欲しい・・・」
子猫はバスタブのヘリに捕まって腰を浮かせる。昭彦が先端を子猫の花びらにあてがうのを待って、ゆっくりと腰を沈めていく。ズルズルズルと蛇が穴に潜り込むように挿入してくる。
「ぁぁぁぁぁ・・・」
子猫は腰を浮かせては沈める動作を繰り返す。この姿勢では昭彦が動くのは無理なので子猫の動作のみでピストン運動を繰り返していたが、足がすべって上手く出来ない。
「・・・ぅぅ・・・くすん・・・」
じれったそうに身悶えて、半分泣きかけた子猫に、
「よしよし。後はわしがしたるわ。」
と宥めるように囁いた昭彦は、シャワーを捻ってお湯を出し、泡を綺麗に流した。それから子猫を立たせてシャワーをかける留め具をつかませた。子猫の片足を抱き上げるように腰まであげさせた昭彦は、子猫の体を支えながら激しく突き上げた。バランスを崩して倒れそうになる子猫をしっかり支え、力強く突き上げる。自分の体を一本の足で支えてなければならない子猫は、立つという意識をなくさないようにしながら、一方で結合する喜びを味わうという不思議な感覚に戸惑い、案山子さんのセックスってこんな感じかなぁ、と奇妙な想像をしていた。
「くすん・・・足ぃ・・・疲れたぁ・・・」
結局、子猫がまた泣きそうになったので、昭彦は苦笑して、
「まぁだ、無理やったようやな。」
と言って、子猫を抱き上げると、そのまま寝室へ連れていき、子猫が気持ちよくイケるまで優しく抱いてやった。子猫は、まぁだ、と言われたことに少し拗ねていたが、繰り返される優しいセックスにようやく機嫌を直して、意識をなくすほどの快感の中で昇り詰めた。

 夕方までベッドで過ごした子猫と昭彦は、夜、近くのレストランで夕食を済ませてから、スーパーで買い物をして戻ってきた。ほとんどを愛し合うことのみに費やした休日だったが、とても幸せな休日だった。
<44>
[辛い休日]
<44>辛い休日

 たっぷりとしたレースの襞が何段にも重なったピンクのワンピースを着た子猫は、まるでフランス人形のような格好だった。髪も昭彦が綺麗にまとめあげて、同じピンクのレースでできた飾り帽子をつけた。それから、手首の所にもレースの襞がついている手袋をはめてやると、子猫を上から下まで眺めて、
「よっしゃ。これで完璧や。」
と、満足そうに笑った。下着から靴下から全てを昭彦が選び着せていったので、すっかりマネキンの気分になっていた子猫は、小さくため息をついた。
「ホントにこの格好で行くのぉ?」
「あったり前やがな。その為に着せとんやろが。何言うちょるんや。」
「だってぇ・・・恥ずかしいよぉ・・・」
「めちゃめちゃ可愛いがな。恥ずかしいことあるかい。」
「だってぇ・・・」
子猫は困ったように鏡の中の自分を眺めた。子猫もどちらかと言えばフェアリーな服が好きで、タイトよりもフレアースカートを選ぶことが多かったが、まるでアンティークドールのような格好は17歳になった愛里には恥ずかしかった。しかもスカートの下には提灯のようにふくらんだだぼだぼのブルマーのような下着を履いているのだ。更にその中は貞操帯が装着されていたし。
「おう、そやった。これを忘れたらあかんな。」
そう言って、昭彦が持ってきたものは、白いふさふさのシッポだった。
「新品を買うてきたんやで。」
と、見せたものはこれまでのシッポより一回り大きな物だった。それを見た時、子猫は絶句した。これまではシッポをつけるのは部屋にいる時だけだったのだ。これから出掛けようという時にシッポをつけさせようということは、つまり外出中ずっとアナルを圧迫され続けるということだ。だが、昭彦がそう言う以上決定事項であり、逆らえないことはわかっている。
「ほれ。スカートあげて足を広げてみ。」
子猫は言われるままに、スカートをたくし上げた。白いだぼだぼの下着はよく見ると股が開いている。普通にしていれば問題はなかったが、足を開くとそのまま用が足せるようになっていたのだ。もっともそこは貞操帯で覆われていて、クリトリス部分だけはかろうじて出ていたが、実際にはとてもおしっこが出来るものではなかった。もし強引にすれば貞操帯が尿まみれになってしまう。それでも2〜3時間くらいのパーティーなら、と昭彦に装着された時に素直に従ったのだ。が、しっぱまでつけるとは想像も出来なかった。それもアナルに挿入される部分が今回のは円筒形になっていて、前のよりはるかに大きいのだ。昭彦の巨根を経験しているとはいっても、それとこれは別である。
「ええか?」
子猫は目を閉じて歯を食いしばった。昭彦は下着を開いて白く丸いお尻を露わにすると、丸く重なった谷間奥の小さな蕾に先を押し当てグッと力を込めて円筒形のゴムを押し込んだ。ヒヤッとするローションの冷たさの後にめり込んでくる物を子猫は息をつめて耐えた。
「・・・んっ・・・ぅぅぅ・・・」
円筒形になっている為今までよりも奥まで異物感があり、じっとしていても痛みがある上、圧迫感がこれまで以上に強くなっていた。ふさふさのシッポとの境が細い管になって、ちょっと見ると本当にシッポが生えているように見える。お尻の表面に残っていたローションをアルコールの浸みたコットンで拭き取って下着を元に戻すと、毛のシッポだけが垂れ下がっているようで、白いだぼだぼブルマーのオプションのようにも見えた。
「途中でうんこみたいに出るとあかんから、エアーはきつめにしとこな。」
と言って、シッポを握った。シッポの中には空気入れが仕込んであって、ゴム状の部分に空気を送って膨らませることが出来るようになっているのだ。円筒形の厚いゴムが体の中で膨張していくにつれ、圧迫される痛みも強くなっていく。子猫は歯を食いしばって我慢していたが、うめき声が洩れてしまう。
「なんちゅう顔しとんねや。この痛みがわしの愛やっちゅうたろが。」
そうは言っても、これからパティーで多くの人の前に出なければならないという時に、ずっとこの痛みを我慢していなければならない理由がわからなかった。こんなことなら、もうパティーには行きたくない、と思うと涙が滲んでくる。
「・・・パーティー・・・行かない・・・」
パーティーには東竜会のそうそうたるメンバーが揃うのだ。マサや昭彦の舎弟ぐらいなら顔を歪めても許されるだろうが、こんな状態で人に会いたくなかった。
「何言うちょるんや。皆わしの大事な彼女に会うのを楽しみに待っとるんやぞ。」
「・・・誰にも・・・会いたくないもん・・・」
涙がぽろぽろと零れ落ちる。痛みと我慢している苦しさで涙脆くなっていた。昭彦に逆らう気はなかったが、言葉さえ満足に出てこない状態なのだ。
「これくらい我慢せなあかんやろが。」
昭彦はベッドに座ると、子猫を抱き寄せ膝に座らせた。ウッと思わず声が出てしまう。座ることで圧迫が強まり痛みが増す。とても普通ではいられず、喘ぐように息をして涙を溢れさせた。昭彦は子猫が落ち着くまで、背中を撫でながら顔中にキスを繰り返していた。
「あんまり泣くもんやないで。目が腫れてまうがな。」
優しく宥める声は穏やかな甘さに満ちていた。子猫はしゃくりあげて息を震わせながら、問いかけるように昭彦を見つめた。
「・・・わしかて辛いんや。」
子猫を見つめ返して昭彦は囁くように言った。
「ホンマやったら誰にも会わさんように閉じ込めておきたい。お前が見る物、触る物、微笑みかける物、全てに腹が立つ。わしだけ見とったらええやないか。・・・けど、そうもいかんやろ?学校行かさんわけにもいかへんやろし、友達との付き合いかて全部に反対は出来へん。わしの知り合いにも全然会わさんかったら、変に勘ぐっていじけよる。・・・せやから苦しくても我慢して認めてやっちょるんやで?・・・けど、せめていつでもお前と繋がっている証が欲しいがな。わしもこんくらい苦しいんやっちゅうのをわかって欲しいねや。」
子猫は目を閉じて昭彦の肩にもたれた。昭彦は子猫の頬にキスをして、
「我慢出来るな?」
と言った。子猫は震える息をはくと、小さく頷いた。

 マサの店は小さな川の流れる通りの一角にあった。デパートの並ぶメインストリートから歩いて10分くらいの所で、おしゃれな店が並んでいる通りだった。川には白いアヒルや白鳥が放されていて、魚もちらちらと見える綺麗な川だった。子猫が輸入品のブラウスを買った店もこの通りにあったが、その時にはレストランだった記憶がする角地である。歴史がありそうな煉瓦造りの3階建てはそのままに、正面の1、2階部分の外観が改装されていた。レストランだった頃に比べると落ち着きのある豪華な印象がした。
 店の前に車を停めると、黒いベストに蝶ネクタイをしめた男がすぐに店から出てきた。駐車場が少し離れた場所にあるので、車を移動させる係りらしい。今日は橋本もパーティーに参加する為、キーをつけたまま車から降り、
「おう。傷つけたら承知せんぞ。」
と、ひと睨みした。男は後部座席のドアを開けて、昭彦と子猫が降りるのを待っていたが、橋本の言葉にビクッとして、ぎこちない笑みを張り付けて頭を下げた。
 子猫が昭彦に支えられるようにして車から降りた。スローモーションのようなゆっくりとした動きを、橋本はタキシードの衿を直しながら待っていた。マンションから出てくる時も車に乗り込む時も、ゆっくりとした動作しか出来ない子猫に訝しがりながらも、気遣って補佐する昭彦の様子から、何も聞くべきではないことを感じとっていた。

 店内はシャンデリアがきらめき、五十人近くの男女が立ったり座ったりして歓談していた。大部分はタキシードやスーツを着た男性だったが、所々にナイトドレスに身を包んだ華やかな女性の姿もあった。子猫は圧倒されて昭彦の腕にしがみついた。来るのが遅れて、もう開会してしまったのだろうか?泣き顔を知られたくなくて、冷たいタオルで顔を冷やしていたのがいけなかったのだろうか?と不安になっていると、
「やっとお姫様の登場でんな。」
と聞き慣れたマサの声がして、細い眼を一層細めて笑うマサが近付いてきた。それと同時にみんなの視線が一斉に向けられた。
「今日はフランス人形はんでっか?ホンマに子猫はんは可愛らしいでんなぁ。」
子猫は昭彦の腕に半分顔を隠して微かに微笑んだ。
「遅れて済まんかったな。出掛けにこの子が愚図りよってな。もう、おやっさんも来とるようやな。、挨拶して来よか。」
「そうでんな。」
昭彦はしがみついている子猫に、
「おやっさんがまた子猫に会いたいっちゅうてな、東竜会のパーティーに参加させいちゅうて、きかんかったんや。・・・クックックッ。ほしたら分家の奴等も参加さして貰いたいちゅうてきよったで、予定より人数が増えてもうたんや。・・・怖がることあらへん。わしにぴったりついて、機嫌よう笑うとればええねや。」
と耳元で囁いた。子猫はまた泣きそうになった。とても機嫌良く笑うことなど出来そうもない。それでも、昭彦に手を取られて客達の方に向かって歩きながら、歩き方が不自然でないようにと注意した。

 会長はゆっくりした足取りで近付く子猫を嬉しそうに頷きながら眺めていた。昭彦の挨拶に続いて、子猫がなんとか普段通りの声を出して挨拶すると、
「何とも愛らしいお人形さんと思うたら、子猫ちゃんやったな。若いと何でもよう似合う。いや、勿論お嬢さんの愛らしさあってのものだがね。その若さを分けて貰おうと無理を言ってお招きさせて貰ったよ。ハハハ。」
と笑って、子猫に隣りに座るようにと薦めた。子猫が昭彦に伺うように見ると頷いたので、覚悟を決めて、なるべく表情を変えないようにゆっくり座った。座るより立っている方がまだ楽だったが、嫌がってると勘違いされないように、笑顔でいるように務めた。昭彦は子猫を挟んで横に座ると、子猫の手を自分の膝の上で握った。
「おやっさん、ドクター、そしたら始めますんで・・」
とマサが言って、シャンパンのグラスが配られた。会長が音頭取りをして乾杯すると、豪華な料理がそれぞれのテーブルに次々と運ばれてきた。
 他の客達の紹介は会長がしてくれた。そもそもこの場では子猫だけがみんなを知らないのだ。子猫本人と会ってなくても、子猫の名前を知らない者はいなかった。”ドクター”が組織に復帰した一因になっているとも噂され、いずれは会長の後を継ぐだろう昭彦を夢中にさせている少女ということで、皆が好奇の視線を投げかけていた。特に女性の視線は好奇心だけでなく、挑戦的とも思える炎が揺らめいていた。男達は一人ずつ会長と昭彦と子猫のいるテーブルに来て、挨拶を述べた後で二言三言会長や昭彦と言葉を交わして自分の席に戻っていった。男性客の後で今度はマサが女性達をまとめて紹介した。女性達は半分はこの店のホステスで、半分は組員の女房だった。
「こんにちは。子猫さん。お噂はいつも主人から聞いてるのよ。よろしくね。」
と好意的な笑顔で言ってくれたのは石橋夫人だった。
「あ・・いつもお世話になってます。こちらこそ、よろしくお願いします。」
体を前屈みに挨拶する度に下腹部と背中に鈍い痛みが走る。それでも何とか笑顔を維持させて、一通りの挨拶をすませた子猫は、ようやく挨拶が終わってフゥーと小さくため息をついた。
「大丈夫か?」
ずっと子猫の手を握っていた昭彦が、子猫の顔を覗き込むように顔を近付けた。
「・・・ん・・・」
もう、ダメ。帰りたい。喉まで出かかった言葉を飲み込んで辛うじて微笑んだ。
「ん?・・とうかしたかな?」
二人の会話に会長が怪訝な顔をした。
「いえ。・・・ただ、子猫はこうした場所は慣れてへんさかい緊張しちょるようですわ。」
「ハハハ。そうか、そうか。みんなが怖く見えるのかな?」
子猫ははっきりとは答えずに、小首を傾げて曖昧に笑った。
「ハハ。遠慮せんで何でも言うたらええ。・・せやけど、外見ではマサ、内面ではドクター、この二人ほど怖い者もおらんでな、二人とつき合えるんやったら、たいがいの者は怖くも何ともないやろう。・・どうかな?」
会長の言葉に取り囲む周囲から笑いがこぼれる。子猫は会長の目をじっと見つめながら、自分の中の考えをまとめてみた。それから、
「猫は無知です。世間も知りません。だから、何もわかりません。・・・わかるのは・・きっと本能的に、相手が自分に優しいかどうか感じるだけ・・・それだけです。」
と答えた。会長は子猫に見つめられてまんざらでもないような笑顔で、
「ほう?・・・では、ドクターは優しいのかな?」
と言った。子猫は、
「はい。とても。」
と即答した。そして、昭彦を振り返って見る仕草は、夢見るような甘さを含んだ少女のひたむきさだった。と、後で昭彦が思い出し笑いをしながら言う表情をした。隠すことないストレートな愛情表現に、会長は声をあげて笑った。
「いやいや、素直でよろしい。ハッハッハッハ。」

 会長はパーティーの間中、子猫を傍らから離さなかった。そして終始にこやかに機嫌良く談笑していた。子猫には、昭彦から何の説明もなかったので、どんな趣旨のパーティーだったのか最後までわからなかったが、取り敢えず、昭彦の上司であるところの会長の機嫌をそこねなくて良かったとホッとした。
 パーティーも一応閉会の挨拶がされ、残る人達や他へ行く人達の中で、昭彦は子猫がまだ子供だからといとまを申し出た。会長はまだ子猫を離したがらない様子だったが、子猫の顔色が青ざめてきていたので、大事にするようにと言って、それ以上の無理は言い出さなかった。その頃には、子猫は断続的に襲う腹痛で、力なく微笑む額が蒼白になり、冷たい汗が滲み出るようになっていたのだ。

 橋本の運転する車には石橋夫妻も同乗することになった。石橋も普段は家庭と仕事を切り離していたので、石橋夫人にとっても夫関係のパティーは苦手のようだった。
 やくざの女房には二通りのタイプがあった。夫の仕事には関わらずに、ごく普通に家庭を守るタイプと、夫を凌ぐほどの権力欲で、やくざ社会に喰いつこうとするタイプである。前者は家庭人が多く、後者はキャバグラなどの店のママやホステスが多かった。
 石橋夫人が今回参加したのは子猫に一度会いたかったからだと言った。
「主人がいつも子猫さんを誉めるのよ。とっても可愛らしい方だって。」
帰りの車の中で、石橋夫人は緊張が解けたリラックスした表情で言った。
「おい!誤解される言い方はするなよ。いつも話しているようでは俺の口が軽いように聞こえるだろう?子猫さんの存在はシークレットなんだ。注意してくれ。」
助手席から石橋が夫人を注意した。
「あら。ごめんなさい。じゃぁ、ごくたまに・・・ふふ。」
「まあ、ええやろ。石橋にはプライベートでも世話になっちょることやし、賢夫人と呼び声高い奥方との寝物語に、ポロッとこぼれるくらいの話は認めちゃるで。クックック。」
「あら・・・」
石橋夫人は30歳はすぎているだろう頬を赤らめた。
「すみません。いや・・そんなこともないんですが・・・」
石橋は、いつもの冷静沈着で冷ややかでさえある態度からは伺えないような、照れた横顔をしていた。
 子猫は車に乗った時から、昭彦の腕にしがみついてじっとして、和やかな会話にも参加せずに黙っていた。
「子猫さん、体がお弱いの?」
子猫の様子を気にして、石橋夫人が声をかけた。
「いや。普段はわしが目がまわるくらいに元気なんやけど・・今日は特別やで。・・のぉ?」
苦しそうな息をする子猫に代わって昭彦がそう答えた。それから、
「抱っこしたるで、膝に乗りや。」
と言って、子猫を向き合いになる形で抱き上げてやった。子猫は昭彦の膝をまたいで、首に腕を回して抱きつき、顔を肩にグリグリと擦りつけた。
「もう少しの辛抱や。よぉ、我慢出来たな。偉いでぇ。よしよし。」
昭彦は耳元で優しく囁いて背中をさすってやった。
「・・・病院・・回りますか?」
石橋も気になるようで心配そうに言った。
「原因はわかっちょるんや。心配あらへん。今日、新しいサイズにしたから慣れてへんだけや。」
そう言って、含み笑いを浮かべた昭彦はスカートの後ろを少したくし上げて見せた。白いふさふさのシッポが半分ほど現れる。
「えっ?!アナル調教してたんっすか?」
橋本が思わず後ろを振り返って驚いた顔をする。
「お前は運転に専念してろ!」
石橋は橋本を注意したものの、やはり驚いた表情を隠せずにシッポを見ていた。石橋夫人は真横でシッポを目の当たりにして、思わず口元を手で押さえた。それから、昭彦にしがみついている子猫の顔をまじまじと見て、
「まぁ・・・全然気が付かなかったわ・・・」
と感心して言った。昭彦がすぐにスカートを戻したのでシッポは隠れたが、子猫はみんなに知られてしまったことが恥ずかしくなって、首筋を赤らめた。
「途中でネぇ上げても、それはそれでかまへんかったんやけどな。なんとか持ちこたえたようやわ。クックック。」
「さすが、子猫さんですね。・・・なぁ、話した通りの子だろ?」
「ええ・・・本当・・・私なんてパーティーだけでも緊張で疲れてしまいますもの。」
「けど、無茶じゃないっすか?もし途中で具合悪くなったら・・・」
「運転に専念しろと言ってるだろ!ドクターにはドクターの考えもあってのことだろうし、余計な口出しはしないことだ。」
「すいません・・・」
橋本は小さくため息をついて前を向いたまま頭を下げた。
「クックッ。途中で具合悪ぅなったらパーティー抜けて帰るだけや。当たり障りなく抜けれるがな。・・・本来なら、わしとしては子猫はわしの仕事関係には一切出しとうないんや。女がやくざの世界に顔出しても、ええことなどなんもあらへん。そやろ?」
「そうですね。私もそう思う方です。」
石橋は頷いて答えた。
「せやから、おやっさんが、わしの補佐は誰がええ、っちゅうて聞いた時に石橋の名を出したんや。」
「光栄です。」
「女に店ぇ持たして、自慢げに連れ歩いちょる奴等は所詮自分で稼げん奴等やがな。・・ちゅうても、わしもそないな時期もあったにはあったが・・・裏切られて懲りたわ。店やるならマサのように自分の才覚でしたらええ。・・・もっとも、あの店はマサにとっては趣味みたいなもんやろうけどな。ククッ。」
「若頭の趣味は店自体より、店に合う女を雇うことでしょう?」
「そうとも言うなぁ。」
男三人は男同士の共通認識からくる笑いをこぼした。
「マサは今日いたホステスのどれくらいを味見しちょんのや?」
「まぁ、大部分でしょうね。」
「よく喧嘩にならないもんすよねぇ。」
「マサは特定の女はつくらん主義やからな。女はキンが金になるっちゅうて、よぉ知っちょるからすぐに喰らいつきよる。マサかてそれをよぉ承知しちょるし、ギブアンドテイクちゅうことやろ。・・・マサも散々嫌な思いしてきちょるで、女は自分を本気で愛さんもんやて、初めっから思うちょるんや。」
あの風貌を思うと何となく納得して、石橋と橋本は神妙な顔で頷いた。子猫は襲ってくる痛みに耐えながらも、話はしっかり聞いていたので、マサの孤独な一面を見た気がして、胸が切なく痛くなった。
「苦しいんか?」
涙が浮かんできた子猫が昭彦の肩に顔を擦り付けて拭った時、昭彦がまた背中をさすって聞いた。
「・・・ン・・・少し・・・」
子猫は小さな声で答えた。
「もう少しで着くで、後ちょっと辛抱するんやで?・・・それにしてもここまで辛くなる前に、もっと早う言わな、あかんやろ?」
「・・・だって・・・昭彦が笑ってるようにって・・・」
「それは我慢出来るうちは、っちゅうことやがな。」
「・・・だって・・・失礼かなぁって・・・」
「おやっさんか・・・」
昭彦は舌打ちをするとため息をついた。
「会長はわしには親や。親を立てるんが子供の務めや。・・・けど・・・子猫を取るか、組を取るかちゅうて聞かれるようなことがあったら、わしは迷わず、お前を取るて返事するで。」
「・・・聞かれたの?」
「聞かれちょったら、とうに組を辞めちょるがな。クックッ。それに、子猫はおやっさんのお気に入りやで、そないなこと言うはずもないやろ。ん?」
昭彦は苦笑して子猫の頬にキスをした。それから、子猫のほつれた髪を直してやりながら、何かを思いふけるように子猫の顔を見つめた。
「・・・今はまだええ。・・・子猫に惚れた、っちゅう台詞が冗談に聞こえるうちはな。・・・本気で言われたらかなわん。」
子猫は、あっ、と目を見開いた。そうなのだ。昭彦は大阪にいた頃、そこの組長に自分の彼女を奪われた過去があるのだ。義理を重んじる世界なのを承知しながらも、常に警戒心を抱くのも苦い経験があればこそだった。
「おやっさんが子猫さんと仲良うなろうとするのは、ドクターを手放さない為でしょう。近々、周大人の来日もありますし、周大人がドクターを養子にしたいと希望されてる事情もありますから。子猫さんを自分の陣営に取り込んでおこうと思ってるんじゃないでしょうか?」
「陣営もなんも・・・子猫は招き猫ほどの役にも立たんで。クックッ。」
「でも、ケースドールにはなるっすよ。」
「橋本!」
「・・すんません・・・」
「まったく。・・・すいません。注意してるんですが、どうも橋本は子猫さんとおられる時のドクターと会う機会が多くて・・・失礼な態度を取ってしまいます。」
「ええがな。子猫にはその方がええらしいで。」
「子猫さんに対してまで、友達気分になっても困りますし・・・時には厳しく叱ってやって下さい。」
「友達でもええで。最近マサが店が忙しいちゅうて顔出さんから、寂しがっちょるんや。たまにはゲームの相手でもしたってや。」
「え?いいんすか?ゲームは得意っすよ。」
「ゲームでばかり敵に強うてもどうかと思うがな。クックックッ。けど、なんやなぁ・・・この子でも、ゲームでは平気で敵を殺しまくりよる。どーゆーもんなんやろなぁ?」
「最近のゲームは行き過ぎ傾向にありますね。ウチも子供達がゲームに夢中なんですが、情操教育に向かないような物は、極力させないようにと注意してるんです。」
「それがええ。バーチャルと実践を混同させよるガキが増えると面倒やで。」
「自分はちゃんと心得てるつもりっすよ。」
「ほう?」
「橋本のマシン好きもバーチャルでハマったからじゃないのか?」
「あはは。それはありますかねぇ。」
「とにかく子猫さんにも失礼のないように注意しろよ。」
「うっす。」

 そんな会話をするうちに車がマンションに到着した。
「また、お会いしましょうね。」
と言う石橋夫人に何とか笑顔で頷いた子猫だったが、部屋に入るなり、床をころげまくって痛みを訴えた。昭彦が暴れる子猫を押さえつけて、シッポのエアーを抜き、円筒形のゴムを引き抜いた途端、子猫はそのままドレスにそそうをしてしまった。
 泣きじゃくる子猫を浴室で綺麗に洗い流してやった昭彦は、
「泣くことあらへん。誰でもうんこぐらいするがな。」
と言って笑った。そして、
「調度穴もゆるくなってて、ええ感じやろ。」
と楽しそうに笑うと、脅える表情の子猫を寝室へ運んだ。
 その夜、執拗にアナルを責め続けられた子猫は、翌日学校へ行けないほどに消耗していた。出掛ける前にパトラを子猫の枕元に連れてきた昭彦は、
「ちゃんと看病しちょってな。」
とパトラの頭を撫で、子猫にキスをして寝室を出ていった。子猫は泣き腫らして、腫れぼったい目をうっすらと開けて、パトラを胸に抱き寄せた。優しい昭彦。でも、怖い昭彦。昭彦を愛した時から覚悟していたつもりだったが、ちゃんと怖い昭彦も愛さなければ、と自分に言い聞かせる子猫だった。
<45>
[友情復活]
<45>友情復活

 夏休みを目前にして、1学期最後の部会が開かれた。文芸部は毎年、作家の足跡を辿ったり作品の舞台を巡ることを目的とした合宿をおこなっていた。目的地は宿泊施設の確保上の都合で4月早々に決定していた。場所は福島県で、「高村光太郎とその妻千恵子の研究」というテーマだった。日程は高体連を避けて、8月の4,5,6日が予定されていた。
 部長の川原圭子は日程表を配ると、
「参加、不参加は自由ですが、なるべく参加して見聞を広めましょう。」
と言って、輝くような笑顔を見せた。
「部長、私はバスケが県の代表になると参加出来ません。」
松木麗奈が日程表を見ながら言う。麗奈はバスケット部にも所属していた。そして、麗奈の参加によって、今年のバスケット部はかなりいいとこまで行くだろう予想され、期待されていた。
「じゃぁ麗奈は保留ということにしておきますね。麗奈には頑張って欲しいし、試合には文芸部でも応援に行ければいいなぁって思うから、後でそっちの日程も教えて貰える?」
「はい。わかりました。」
麗奈はにこっと笑って、はす向かいに座る子猫に意味ありげな視線を投げかけた。子猫は口を”頑張ってね”と動かした。
「じゃぁ、後の人は合宿参加の申し込みと保護者の承諾書を、明日までに忘れずに提出してくださいね。提出は私でも、顧問でもどちらでもいいです。・・・とゆーことで、一応連絡確認は以上・・・かな?他に何かありますか?」
圭子は本来の自信を取り戻しているようだった。才媛らしく簡潔スムーズに議事を進め、みんなをまとめていく才能は、圭子ならではと子猫は思わず感心してしまう。
「ねぇ、圭子ぉ・・・麗奈の応援も行きたいけどぉ・・・それ以外でもみんなで遊びに行きたいなぁ。合宿だと顧問とか他の先生の参加とかあって、スケジュールも読書時間まできっちり盛り込まれるくらい厳しいし・・・日帰りで海とか行けたらいいなって思うんだけどぉ・・?」
中村京子が物足りなそうな顔で言った。
「そうねぇ・・・でも、みんなの時間がとれるかなぁ?夏休みだと家庭や地域の行事とかもあると思うし、塾や夏期講習がある人もいるでしょう?・・・みんな、どうする?」
圭子に聞かれて1年のほとんどは参加したいとはしゃいだ声を出し、2年は半々に首を傾げて考えていた。子猫も夏休み中、どこまで部活動に参加出来るか、わからなかった。
「行くなら夏休みに入ってすぐがいいなぁ。」
2年の部員からだいたいのまとまった意見として出された。
「決定ー!行こう、行こう!」
京子が嬉しそうな声をあげたので、圭子は笑って頷いた。
「それじゃ、天気の様子みて、行く日を決めちゃっていいですか?後で電話で連絡しあって、目的地と集合時間を相談するということで?」
「はーい!」
皆がいっせいに手をあげて言った。
「では、これで1学期の部活動は終わりです。みなさん、充実した夏休みをお過ごし下さい。・・なんて、すぐに会えるけどね。ふふ。・・・お疲れ様でした。」
圭子が席を立って、そう言うと、みんなも口々に挨拶をして席を立った。子猫も席を立って、部室を後にしようとした所で、圭子に呼び止められた。

 部室に圭子と二人だけになった。圭子はバッグから缶コーヒーを出して、一つを子猫に渡した。
「猫とちょっと話しておきたいと思って、買っておいたの。」
そう言って笑う圭子は何故か幸せそうだった。あの家出した日以来、元気そうにして見せてはいたが、何処か寂しさが隠せないような圭子だったのに、と子猫はその変化が不思議だった。もう一度イスに座り直した子猫は、缶コーヒーを開けて口をつけた。圭子もまた座って缶コーヒーを開けた。
「・・ほら・・・猫のとこ、電話番号変えちゃったでしょう?」
「あ・・・うん。何か相当、翔の電話が気に入らなかったみたい。」
子猫が苦笑して言うと、圭子も頷いた。
「それに私にも、もう教えるな、ってきっと昭彦さんなら言ってるよね。でしょ?」
「ごめぇーん・・・」
「いいよぉ。・・・何か、また裏切っちゃったみたいで気になってたの。・・・昭彦さんが怒るのは無理ないもん。」
「圭子が悪いんじゃないって。猫も翔とちゃんと話せて良かったと思ってるし。・・・むしろ、圭子が辛かったんじゃないかって・・・」
「私の気持ちなんて・・猫が受けた傷を思ったら・・・」
「しーしーしー・・・もういいから・・・」
「ごめん。もう二度と言わない。」
「うん。」
「えっと・・・それでね、夏休み中の連絡はどうしたらいい?」
「家・・元々の方、あはっ・・そっちに猫専用の留守電があって、メッセージ入れて貰えばマンションからでも聞けるようになってるから。学校からの連絡もママからのお説教も・・ふふ・・」
「そっか。じゃぁ、予定とかもそれで大丈夫?」
「うん。なるべくマメに確認するようにするね。・・・でも、応援は行ける・・・だろうけど、多分・・・でも、海は行けないと思うの。」
「えぇー・・・猫が行けないとつまんないよぉ。・・・京子って我が強いから苦手なんだもん。部長の立場としては行かない訳にはいかないし。それに副部長の麗奈はバスケ部の方が練習あるだろうし。日帰りなんだもん。何とかならない?」
「・・・猫・・泳げないし・・・炎天下に長くいれないと思うから・・・」
「そうかぁ・・・残念だなぁ。・・ねぇ、日陰で涼んでれば?みんなだって肌を焼きたい子とか、浜辺で遊びたい子とか、そんなに泳ぐことを目的とはしてないと思うし、移動時間のおしゃべりだって楽しいと思うよぉ。どうかなぁ?」
「んー・・・お願いしてみるかぁ・・・」
「そうそう、そうして。お願い。」
圭子が両手を合わせて見せたので、子猫はクスッと笑って頷いた。
「何か予定とか入ってたら教えて。それをずらして計画立てるから。」
「あはは、そんなんでいいのぉ?」
「もう、部長の権限だよぉ。だって、みんな私任せなんだもん。」
「それもそうだねぇ。ご苦労様です。」
「そうそう。そう思ったら協力してね?」
「はーい。・・ふふ。」
「ふふ。・・・あーでも、いいなぁ。ラブラブの昭彦さんのことだから、いっぱいあちこち連れてってくれるんでしょう?」
「お仕事してるもん。学生みたいにはいかないよぉ。それに夏休み中は8月半ばまで、めいっぱい忙しいと思うから我慢して欲しいって言われてるの。」
「そっかぁ。・・・なら、その間はいっぱい遊べるじゃん?」
「・・・どうかなぁ・・・わかんないなぁ。」
子猫は翔や大森のことがあってから、昭彦の警戒心が前以上に強くなり、外出も細かくチェックするなど厳しく監視するようになったことを、圭子には話せなかった。元々独占欲が強く、携帯電話は浮気のもとになるからと子猫には持たせない主義だったし、帰宅時間に遅れると執拗に詮索して怒るとこがあった昭彦だったが、今はそれに加えて更に厳しくなっていて、とても説明出来ないほどの束縛があった。けれど、子猫はむしろ、そこまで思って貰えることが嬉しかったので、不自由さを楽しんでいる部分もあった。

 コーヒーを飲み干して、子猫は圭子を見つめた。もう、必要な話は済んでいるはずだったが、圭子はまだ何かを話し足りない様子なのだ。
「・・・あのね・・・」
圭子は空になったコーヒーの缶を手の中でころがして言いにくそうに口を開いた。
「猫にだけは、ちゃんと報告しておきたかったの。」
「ん?なぁに?」
「私ね・・・また翔と付き合うことにしたの。」
圭子は照れたように言った。子猫は目を見開いて、圭子の赤くなる頬を見ていた。もう付き合うことはない、と言っていた翔だったが、圭子がこのことで嘘をつくとは思えない。
「・・・どうして?・・・あ、好きだからだろうけど・・・そんなのは当たり前なんだけど・・・そうじゃなくって・・・えっとぉ・・・」
子猫は動揺しないように言い聞かせても、言葉がまとまらずに言い淀んでしまった。圭子は自嘲的な笑いを浮かべて、
「呆れてるよね?」
と小さく息を吐いた。
「・・・別に・・・呆れてはいないけど・・・それだけ圭子が翔を好きなのはわかるつもりだし・・・翔が自己中なのも知ってるけどぉ・・・」
「それに猫を好きだし?」
「ううん。それはないと思うよ。だって、この間の話し合いできっちり決別してるもん。・・・ただ、あの時も圭子とは付き合わないって・・あ・・・ごめん・・・」
子猫はうっかり言ってしまったことに焦って口を押さえた。圭子は苦笑しながら首を振り、
「いいよ。その通りだから。気にしないで。」
と言った。
「翔から、猫と話が出来るように時間と場所の段取りをしてくれ、って言われた時だって、お前とは悪いがもう付き合えない、ってはっきり言われてたし・・・ね。」
子猫は黙って目を伏せた。
「あの後・・・猫が先に帰ったって知らされて・・・あの部屋に行ってみたの。」
「あ・・・うん。」
「翔ね・・・泣くまいって歯を食いしばって・・・何度も、畜生ぉー、って呻くように言ってたの。何だか、放っとけなくて・・・側に行って肩に手をかけたら・・・しがみつくみたいに抱きついてきた。体中が小刻みに震えて・・・苦しそうで・・・畜生ー、畜生ーって。」
「・・・そう・・・」
「うん。あんなに自信家なのにね。・・・いつだって私には傲慢だったんだよ。命令口調だし、気紛れだし、一方的だし・・・」
「猫にもそうだったよ。」
「え?・・・あ・・そっかぁ・・・あははは、そうなんだぁ。」
「うん。そんな奴だったよ。」
「何だ、そっかぁ。・・・でも、それでも憎めない?」
「うん。そーゆー奴だよね。」
「そうそう。そうなんだよねぇ。」
「・・・だけど・・・純粋で寂しがり屋で・・・無茶で無謀で攻撃的で・・・でも優しくて・・・」
「うんうん。そーゆー奴だ。ふふふ。」
圭子は楽しそうに笑った。子猫にはその笑顔が眩しかった。
「翔がいい奴なのも、魅力的なのもわかってたけど・・・一緒にいても、翔はいつも自分の進もうとする前を向いていた。一緒に来い、って言いながら、いつも一人で突っ走っていっちゃうんだもん。置き去りにされた時、ついていけない自分が惨めになった。」
「・・・猫・・・」
「ずっと憧れだった。走れない猫にとって・・・眩しくて煌めいていて大好きなヒーローだったんだ。・・・だから、嫌って別れたんじゃないの。・・・ただ、猫を手の中で温めてくれる人の方が良かったの。・・・猫は・・猫だもん。小さく丸まって眠れる場所が欲しい。・・・よし、来い!って呼ばれて、懸命に走ってついていく忠犬にはなれないよ。」
子猫はそこまで言うと、何だかおかしくなって笑ってしまった。
「犬と猫の差かぁ・・・じゃぁ、私は犬かなぁ。」
圭子もつられるように笑って言った。
「そしたら、あの時の翔は凍えてうずくまるネルロで、私は傍らに寄りそうパトラッシュの心境だったのかも知れないなぁ。」
「おお!まさに忠犬じゃん!」
「えへん!・・・なんてね。・・・でも、ホントに・・・あんな姿の翔を見たら・・・例え報われなくてもいいから、側にいたいって思っちゃったんだ。」
「そっかぁ・・・圭子は偉いなぁ。」
「偉くはないけど・・・前よりも成長はしたかな。・・・前は自分を見て欲しいって気持ちばっかりで、何とか翔を自分に向けようとばかりしていたし、翔の気持ちとかを考えるより前に自分の気持ちが勝ってたんだと思う。・・・だから、猫にも・・・当たって・・・自分が醜く気持ちが荒れていくのがわかっていながら・・・それもこれも、みんな人のせいにしてた。・・・嫌われて当然だったって思った。・・・だから、あの時、翔が私を見てくれなくてもいい。こうして抱き締めているのも、猫の代わりなんだとしてもいい。全部、ありのままの翔を受け止めよう、って思ってたの。」
子猫は圭子の手を握って頷いた。
「翔はそれから私の手を引っ張ると、ついて来い、って。・・あは、ホントだぁ。ついて来い、って言われたぁ。あはは。」
今度は圭子がおかしそうに笑い、子猫もつられて笑った。
「それで、初めに見つけたホテルに入って、ほとんど何も話さないで、体をぶつけてくるみたいに私を抱いたの。・・・付き合うつもりないって言われてたし、今だけかも知れないって思ったけど、それでも良かったの。・・・自分の為じゃなく・・・翔がそれを望むならって気持ちだった。」
「・・・圭子・・・」
「猫がね・・・翔を突き放せない、って気持ちが・・・やっと私にもわかったの。・・・翔って・・・壊れそうで・・・脆いってゆーんじゃないけど・・・どっか危うさがあるんだよね。」
「・・・うん。」
「ふふ。・・・あいつさぁ、終わった後で謝るんだよ。スマン、スマン、って。謝る方が失礼だよ、って言ってやったのに、わかってるけど自分が許せないって。・・・だから、私が認めてるからいいの、って、笑って言ってやったんだ。猫を忘れられなくても、他の女と遊んでも、私を嫌いになって捨てても、私は翔が好きなんだからそれでいいの!って。」
「うん。」
「・・・そしたら・・・あいつ、言いにくそうに、そんなに俺が好きなら付き合ってやるぜ、だってぇ。あはっ。・・・前なら素直になれなかったかも。・・・でも、翔に抱きついて、ありがとう。って言って泣いちゃった。」
「そうなんだぁ・・良かったねぇ。」
子猫は心から言葉がこぼれていた。もう以前のような、心の隅がチクリと痛む嫉妬はなかった。子猫にとっても気がかりでたまらない翔を、圭子が支えてくれるのだ。圭子になら翔と肩を並べて走っていけるのかもしれない。子猫が翔と付き合っていた頃、翔の外見や伝説的強さに憧れる少女達は絶えなかった。もちろん今でもその状況は変わらないだろう。そんな好意さえ子猫には胸がシクシク痛くなった。でも、圭子になら耳元を過ぎる風のざわつきとして聞き流せる強さと自信があるように思えた。圭子なら。
「・・・ごめんね。」
「えー?何で謝るのぉ?本当に良かったなぁって思ってるよぉ。」
「ありがとう。」
「大変な奴だけど・・・圭子ならついて行けるよ。頑張ってね。」
「うん。・・・あぁ、ホッとしたぁ。」
「猫もぉ、ホッとしたぁ。」
子猫と圭子は手を取り合って見つめ合うと、以前以上の友情を感じて、自然と表情がほころび、笑いが込み上げてきた。何故かわからないけど、楽しかった。お互い、涙が出てくるほど笑った。

 子猫が校門を出て、バス停へ向かう角を曲がると、子猫用の乗用車が止まっていた。学校には絶対に黒塗りの外車で来ないように言ってあるので、なるべく目立たない車を用意してあった。が、今日は迎えに来ると聞いてなかったので、子猫は眉をしかめて近付いていった。
 橋本は携帯で話し中で、子猫に気付くと、車から出ながら、
「あ、今お見えになりました。・・・はい。替わります。」
と言って、携帯を子猫に差し出した。相手が昭彦なのはわかっている。子猫は今日部活があることと、だいたいの終わる時間を話してあったので、予定より少し遅れたことを謝った。橋本は子猫の鞄を受け取って、ドアを開け、座るようにと身振りで合図した。子猫は昭彦の文句に返事を返しながら、車に乗り込んだ。
「え?ホント?マジ?」
急に子猫の声が明るいトーンになったので、橋本は車を発進させながら、クスクスと笑っていた。橋本は昭彦から、今日の帰りは迎えにいって、前から欲しがっていたゲームを買ってやって、連絡するまでマンションで子猫に付き合ってやってくれるように、と頼まれていたのだ。子猫が嬉しそうな声で話し出したのは、昭彦がそのことを子猫に話しているからだろう。
「いいのぉ?・・それじゃ、御夕飯はどうする?・・・え?・・・わーい!・・・うん!・・・うん!・・・わかったぁー!・・・はーい!」
子猫はにこやかに通話を切ると、携帯を橋本に返した。
「昭彦さんがねぇ、ゲーム買って貰えってぇ。」
「あはは。俺はまだ薄給っすよ?ちゃんとお金は預かってますって。」
「そっか。どっちでもいいけど。」
「よくないっす。誤解があるとヤバイっすから、その辺はきっちりさせといて下さい。」
橋本は苦笑して言った。
「はーい。・・・やっぱ橋本さんって固いなぁ。冗談なのにぃ・・・」
「ハンドルにも多少の遊びはありますが、とは言え、肝心なとこは一つ一つをきっちり確実に操作していかなければ事故につながります。人間関係でもそうだと思ってますから、多少の固さは許してやってください。」
「ふーん・・・」
子猫は感心して、しばらく身を乗り出した状態で橋本の運転する手元を眺めていたが、ふぅっと息をついてシートに寄りかかった。
「あ、でね・・御夕飯に出掛けるまで、部屋でゲーム教えて貰ってなさい、だって。」
「はい。そうするように指示されてますから。」
「・・・何か嫌そうな言い方ぁ・・・」
「いや、そんなことないっすよ。自分もゲームは好きっすから。」
「ふーんだ。・・どうせ、面倒な子守りを頼まれたって思ってるんでしょう?」
「あっはは。ヤだなぁ。拗ねないでくださいって。自分にはドクターは陰も踏めない方なんすから・・その方の一番大事な宝物を任されるってゆーのは緊張しますって。」
「・・・物かぁ・・・」
「え?・・あ!・・いえ・・・」
「いいもぉーん。」
子猫はため息をついて横を向くと窓の外を眺め始めた。
「機嫌直してください。お願いっすから。」
「ゲームは猫一人でするもん。」
「あっちゃぁ・・・まいったなぁ。機嫌損ねても叱られちゃいますから・・・」
「機嫌はいいよぉ。だって、御夕飯にはマサさんも誘うって言ってたからぁ〜。ふふ。」
「あ、そうなんっすか?それは聞いてなかったっす。・・・そっか。じゃぁ、夜は若頭も一緒にいてくれるのか。助かったなぁ。」
「ん?・・・夜?」
「あ、いえ。それはドクターから直接聞いてください。きっと食事の時に話があると思いますので。」
橋本は言ってしまってから、気まずそうに頭をかいた。
「ふーん・・・でも、食事は少し遅くなるって。」
「そうっすか。なら、ゲームで時間潰してましょう。」
「・・・そだね。」
子猫は何となく変な感じを覚えながらも、これ以上聞いても、橋本は何も答えないたろうと予想がついたので、深入りしないことにした。そして、どうせならゲームをいっぱい買い込んでしまおう、と頭の中でゲーム雑誌をめくりながら、欲しいリストを作り始めるのだった。



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