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獣たち




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「二匹の獣」
<1>「二匹の獣」

 日本最大の暴力団組織、山神一門は山神組を頂点に、直系数十組、孫系数百組を抱え、正式な組員だけでも一万人を越えるという、巨大組織だった。
 現・山神組組長:大山虎蔵は、豪放磊落な武闘派として名をあげた人物だったが、緻密で計算高いところもあって、人の才能を見抜く目も確かだった。
 山神一門の幹部に若くして名を連ねた、山神組系・竜崎組組長:竜崎竜也も、愚連隊で鳴らしてた時に、そのカリスマ性を認められ、大山に望まれて杯を受けたのだった。

 その竜崎のアドバイスにより、大山の直杯を受けた少年、藤村昭彦は、中学を卒業(証書のみ)したばかりの15歳だった。すらりとした体型で身長はすでに大人と並んでもひけは取らなかったが、体格はまだ骨の細い成長期を思わせるもので、その顔立ちは誰もが一瞬見取れて言葉を無くすほどに、端麗で気品があった。
 竜崎に言わせると”菩薩顔”らしいが、黒目がちの輝く眼は、時に強い光を放ち、野性の獣の冷たく鋭い視線のようだった。しなやかで隙のない動きと獣の眼差しから、陰で噂される時に”黒豹”と呼ばれるまで、そう時間はかからなかった。ただ、初めの頃は、”竜崎の”を含み笑いで付け足し、”竜崎の黒豹”と囁かれていた。
 やがて、昭彦の熾烈で、かつ冷酷な程に淡々とした性格を知るようになると、とても笑って噂出来なくなり、眉をひそめて、”悪鬼の黒豹”と呼ぶようになるのだが、昭彦の本当の性格を知っている竜崎は、そう呼ぶことを許さなかった。
 だが、それも、まだ先の話である。

 竜崎は、昭彦が大山の杯を貰った翌日、大山を訪ねて、
「藤村昭彦を自分に預けて頂きたい。」
と願い出た。怪訝な顔で理由を問いただす大山に、竜崎は胸を張り、
「昭彦は自分の恋人で、一緒に暮らしとります。」
と、言ってのけた。大山は一瞬、唖然としたようだったが、やがて大声で笑い出した。
「わっはっはっはっは!なんや、随分綺麗な子やと思うとったら、われの色やったんかい。そしたら早う言うたらんかい。うわっはっはっは!」
「申し訳ありません。」
竜崎は一度平伏して謝った後で、頭をあげ、
「どうしてもあの子に、親分の杯を頂きたかったもんで。」
と、人好きのされる笑顔で言った。
「ほう?・・なんで自分の杯やとあかんねや?」
「いや、、、ははは、、、わしの子分となると、他の子分達に示しがつかなくなって、あかんですわ。一緒に暮らして、可愛がっちょりますんで、、、どうも、、、」
「はっはははっ!それもそうやなぁ。そない可愛いんか?」
「ぞっこん、惚れとります。」
そこで大山がまた大笑いをした。笑いすぎて、涙が目尻に滲むほどで、やっと笑いが治まると、
「竜崎よ。お前、いつから男色になったんや?」
と、聞いてきた。竜崎は、昭彦に出会った時から、と言おうとしたが、やめた。それ程にいいのか、と余計な興味を持たれるのは危険だった。いくら大山が無類の女好きと言っても、昭彦ほど綺麗なら、と食指を動かさないとは言えなかった。
「どうも、自分は女に好かれんようですし、まあ、ぼちぼちと・・・」
竜崎は苦笑しながら、頭を掻いた。竜崎は必要がなければ、自分を前面に押し出そうという性格ではなかった。そんな所も、大山は気に入っていた。
「お前ほど男前やったら、女に不自由はせんはずやのにのう。」
「どうも、親分のようにはモテまへんですわ。」
「女はの、構ってやらにゃ、あかんのや。誉めて煽てて、気分良くさせたら、一気に押し倒すんやで。うわっはははは!」
大山は機嫌良く笑うと、昭彦を竜崎に任せることを承知してくれた。
 この時から、竜崎の側で陰のように従う”黒豹”が誕生した。

 竜崎は、何処へ行くにも昭彦を同行させ、昭彦との関係も隠すことがなかった。ただし、見習いとしての礼儀はきちんとするように言い付け、言葉数の少ない昭彦を叱ったりもした。昭彦も竜崎の言うことだけは、素直に聞いていた。
 竜崎にとって、昭彦は格好の遊び相手にもなった。スポーツジムに連れて行くと、すぐに勝負をしたがり、慣れない昭彦が初めのうちこそ敵わないものの、次第に要領を得て、竜崎に勝つようになると、本気で悔しがった。けれど、昭彦でもボクシングだけは竜崎に勝てず、そうなると、竜崎は鬼コーチのごとく変身して、厳しく指導し、真剣に鍛え上げようとするのだった。
 スポーツで汗をかいた後は、サウナで筋肉をほぐすのが日課だったが、サウナでは同門の仲間と顔を合わせることがよくあった。皆、自慢の彫り物をしていたが、昭彦の若い肌をびっしりと覆った彫り物には、さすがに驚くようで、”黒豹”の黒はそこからきていた。昭彦の元々は白い輝く肌は、彫り物をより一層鮮やかに発色させて輝いていたのだ。

「兄ちゃん、若いのにえらいモン彫ったのう。」
山神組系・大崎組組長:大崎剛毅がじろじろとしつこく観察して言うのを、昭彦は感情の見えない冷たい視線で一瞥した。竜崎はすかさず、
「アホ!そない言われた時は、おおきに、て言わなあかんやろが。」
と、昭彦の額に指を弾いて言った。
「・・・おおきに。」
昭彦はうつむきがちに、赤くなった額の部分を指でこすりながら、小さな声で言う。竜崎は大袈裟にため息をついて見せ、
「大崎の兄貴、すんませんなぁ。まだ、世間もなんも知らん子でして、これからちゃーんと挨拶出来るように躾てきますんで、今日のとこは勘弁してやって下さい。」
と、いつもの笑顔に困った表情を塗して言った。
「まあ、そう気にせんでええ。同じ兄弟なんやしのう。・・・何でも聞く所によると、竜崎のええ子らしいがな。」
「まあ、縁があったようで・・」
「フッフフフッ。えらい別嬪さんやで。・・・おやっさんも、竜崎の稚児にまで杯やるとは甘いもんやと思うとったが、悪くもないなぁ。」
大崎は好色そうに昭彦を鑑賞していた。大崎は、大山が何故、昭彦に杯をやったかという理由まで知らないようだった。が、それよりも竜崎には気がかりなことがあった。大崎が男色家でもあることを思い出したのだ。これ以上、大崎が昭彦を構って、昭彦がキレたらマズイと、早々に引き上げようと腰をあげかけた。と、大崎が、
「のう、兄弟。一度、わしにその子を貸して貰えんかの?」
と言った。竜崎は上げかけた腰を下ろすと、
「大崎の兄貴。それは勘弁して下さい。」
と、昭彦の様子を気にしながら答えた。昭彦は、さっきのうつむいたままの状態でいたが、頬の動きで奥歯を噛みしめているのがわかる。
「固いこと言わんかて、ええがな。・・フッフッ。杯の兄弟もええが・・こないな兄弟もええもんやろが。どないや?」
大崎は昭彦にかなり執着しているようだった。今にも手を伸ばし、肌に触れたくてうずうずしているのがわかる。竜崎は、
「そら、ホンマにあかんですわ。・・・わしは、どうも、この子に関しては歯止めが効かんようで、自分の押さえがつかんのですわ。」
と、低い声で言った。大崎は竜崎から笑みが消えたことに、ギクリとしたようだった。竜崎は弱冠25歳で、50歳になる大崎から見れば、昭彦とも変わらない程の子供のようだったが、怒った時の竜崎の激しさは、度々噂を耳にしていたし、実際見ることもあって、敵にしたくない奴と思っていたのだ。
「・・・ッククク。そら、済まんかったのう。いや、そない大事にしとると思わんかったで、気ぃ悪くせんといてくれ。」
大崎は手を振って、そう言うと、昭彦から視線を剥がした。竜崎は内心の腹立たしさを隠して、また、人好きのする笑みを浮かべると、
「いや、、、ホンマ、わしも未熟者ですよって、済んませんでした。」
と言って、頭を下げ、
「ほな、そろそろ仕事せなあきまへんので、お先に失礼します。」
と、昭彦を促して、その場を立ち去った。

「・・・エロ爺ぃ・・・」
事務所に向かう車の中で、昭彦がボソリと呟いた。竜崎はフッと笑みを浮かべながらも、
「そないなこと、言うもんやないぞ。大崎の兄貴は温厚で通っとる人やで、わしは尊敬しとるんや。」
と窘めた。昭彦は頬杖をついて、舌打ちをすると、窓の外の景色を眺め始めた。
「兄弟や叔父貴の中には、もっと腹の立つ人かていてるでぇ。そやかて、我慢せなならん時もあるんや。・・・今日は相手が大崎の兄貴で幸運やったんやぞ。」
竜崎は表情のない昭彦の横顔が、どこか拗ねて見えて可愛かった。
「・・・たまたま昭彦が、大崎の兄貴の好みやったっちゅうだけやがな。そない怒るんやない。」
竜崎はさり気なく、昭彦の太ももと自分の太ももがぴったり付くように足を広げると、昭彦のももを軽く撫でた。昭彦が外を見ていた視線を竜崎に向ける。少しだけ、和らいだ表情になった流し目に、竜崎はぞくぞくして、眩しそうに眼を細めた。
「・・・むしろ良かったかも知れんな。」
呟くような竜崎の言葉に、昭彦は眉を曇らせた。
「あのな・・・意味がわからんかったら、言葉で聞くもんやで。そない眉で訴えられても、わししかわからんがな。最近は子分達まで、お前の眉にビクついとるぞ。」
竜崎は苦笑して、昭彦の髪を乱暴に撫でた。そして、
「良かったて言うたんはな、大崎の兄貴が昭彦を諦めてくれたっちゅうことはや、他にもお前に興味持つ者が現れても、手は出せんっちゅうこっちゃ。わかるか?」
「・・・わからん。」
「大崎の兄貴は山神一門のNO.4やで。No.3までは皆ノンケやし・・上を差し置いて、手出しは出来んっちゅうことや。」
「・・・ふーん・・・なるほど。」
「わかったか?」
「うん。」
昭彦は微かに笑って頷いた。竜崎は愛しさが込み上げてきて、昭彦の肩に腕をかけると、髪に軽くキスをした。昭彦は、手で竜崎の顔を遠ざけるようにしながら、
「それで・・・兄さんは何番目なんや?」
と聞いた。竜崎は、顎を押してる昭彦の綺麗な指をくわえて、
「わひか?わひはNo.13や。」
と言ってから、指をしゃぶった。
「なんや・・・まだまだやのぉ。」
昭彦が、指にちゅうちゅう吸いついている竜崎の顔を真正面から見つめ、口の端に笑みを浮かべて言った。その生意気そうな笑みに、
「・・・っんだとぉ、うらぁ。襲うぞ。」
と、怒った顔を無理矢理作って、笑いを噛み殺しながら、肩を抱いているのとは反対の腕も、昭彦の腹部に回して抱き寄せた。
「・・っあっはははは。」
ちょっと前屈みになった昭彦が声を出して笑った。その声があんまり可愛い声なので、竜崎は我慢出来なくなって、笑い声ごと吸い取るように口づけをした。
「…ぁ…ん…」
昭彦はしばらく竜崎の求めるままに、おとなしく唇を重ねていた。絡めてくる舌にも、応えるように吸ってやる。そうして、ようやく竜崎が唇を離した時、
「・・・外ではいやや。」
と小さく言った。

 竜崎は組事務所とは別に5階建てのビルの会社を持っていた。
 それで、組事務所に顔を出した後は、組のことは若頭に任せ、会社の方で仕事をすることが多かった。
 竜崎の経営するのは、表向きは竜崎商事(株)という普通の会社だった。竜崎商事は土木建築などの土建業の他に、不動産売買にも手を出してはいたが、メインは輸入販売業だった。竜崎は天性の勘が良く働くのか、商才に長けていて、手がける事業は次々と成功を収め、輸入販売に於いては、当時から最先端の情報網を駆使し、シェアを全国区に広げた販売ネットを確立していた。販売相手は個人より企業が多く、例えばラブホテルで使用する特殊な調度品・装飾品関係等を大量に買い付け、安く販売するといったこともしていた。その利益は莫大なもので、竜崎の納める上納金は他を圧倒していた。そうしたことも、大山のお気に入りの理由になっていたので、昭彦の件のような我が侭も聞いて貰えるのだった。

 竜崎商事は社員全てが竜崎組の組員という訳ではなく、むしろ、組員の為に開発事業も手がけているところがあって、輸入業の方はほとんど普通の社員だった。無論、竜崎が性格や才能や根性などを見込んで雇った者達ばかりだったので、組員でなくとも、一癖も二癖もあるような者達の集団ではあった。
 会社に行けば竜崎も昭彦には構っていられなくなったが、手元に置いてないと心配だったので、社長室の別室に机を置き、
「通信かて、高校卒業の資格は取れるんや。これからの時代、資格は大事やで。」
と言って、勉強をさせていた。昭彦も勉強自体は嫌いではなかったので、時には竜崎が会社を出るまで、存在を消してしまうほどに集中して、色々な分野まで手を伸ばして学んでいた。それだけ熱心だと、読む本の量も多く、昭彦は会社の近くにある図書館へもよく通っていた。

 竜崎が会議室で打ち合わせをしていると、ドアをノックして昭彦が顔を出した。
 昭彦が、仕事中の竜崎の前に顔を出すのは、ほとんど図書館へ行くことを伝える為だった。昭彦は、仕事の邪魔はしたくなかったので、秘書に伝言するから、と言っていたが、竜崎は必ず直接言うようにと指示していたのだ。会社の者達は、もう昭彦が竜崎の恋人であることは承知していたので、昭彦が顔を出した時には、竜崎への言葉は差し控えていた。
「おう。図書館か?」
昭彦が言う前に、竜崎が眼を細めて言った。
「はい。少し調べたいことがあるので・・・」
昭彦は会社では敬語を使うようにしていた。時には素人の取引相手がいる場合もあるので、その辺の配慮は心得ていた。
「ん?借りるだけやないんか?・・んー・・4時に出掛けるとこがあるんやけどなぁ・・・それまでには戻るんやぞ。」
腕時計を見ながら、竜崎が言った。竜崎も会社では、極力キツイ大阪弁は控えていた。
「はい。・・失礼します。」
「気をつけてな。」
昭彦は会議室のドアを閉めると、自分の腕時計を見た。じき午後3時、4時までには1時間しかなかった。これでは調べ物は出来ないと諦め、本だけ借りることにして、会社を出た。
 昭彦も、許される限り、竜崎が出掛ける時には同行したかった。竜崎は、普段は大らかな性格で、子分や社員達から慕われていたし、大山組長だけでなく、可愛がってくれている兄貴分達もいたが、反面、その人気と羽振りの良さを、快く思わない敵も内外に存在していた。
 だから、昭彦は会社の安全な場所にいる時以外には、片時も離れずに付き従い、竜崎を守りたいと思っていたのだ。それで、どうしても外にいる時の昭彦は、警戒心が強く、威圧的になってしまうのだった。

 外では竜崎に逆らうことのない昭彦だったが、二人が暮らすマンションの部屋では、昭彦の方が意見したりする場合もあった。特に竜崎の食事における好き嫌いの多さと、過度の飲酒にはうるさく注意していた。
「いくら場を和ませる為やっちゅうたかて、そないに酔ったら良くないやろ?酒で体壊したら、守ろうとしたかて手が届かん。」
「まあ、そう言うなや。子供にはわからんこともあるんや。」
「・・・すぐ子供扱いする。」
「元服するまでは子供やがな。」
「・・・元服て・・・いつの時代やねん。」
「なら、成人式や。二十歳の成人式が済むまでは子供やでぇ。クッフフフフ。・・・ほれ、こっちきて座ったらどうや?」
「明日の朝の浅漬け作っちょるとこやで、手が離せん。」
「浅漬けは酸っぱくすんなや。」
「・・・酢は体にええんやけどなぁ・・・」
「それと納豆は二度と出すんやないで。どんな料理法駆使しようと、ダメなもんはダメなんや。あの臭い嗅いだら目眩がしてまうで。」
「・・・体にええのに・・・」
「大豆やったら豆腐喰うとればええんや。けど、豆乳と湯葉はあかんなぁ。」
「・・・注文が多いなぁ・・・」
昭彦は、やれやれ、どっちが子供や、と思いながら、それでも竜崎の嫌う物は作らないようにと心掛けた。食べられないなら、他の物で補う必要がある。そう思った昭彦が、栄養学や漢方、薬学といった分野に、興味を深めていったのも当然だったかもしれない。

 明日の準備が出来て、ソファーにいる竜崎の横に座ると、竜崎は待ちかねたように抱き寄せてキスをした。そんな時は、昭彦も素直にキスに応えた。竜崎はTVのニュースを見ながら、いくつかの書類に目を通していたので、すぐにベッドへ行きたい気持ちを抑えて、昭彦を腕の中から解放した。
  やっと書類を鞄にしまった竜崎が、こったように首を回すと、昭彦が肩を揉み始めた。
「おお・・・ええ気持ちやで。・・・っとと・・・そこ・・効くなぁ・・・」
「ここがツボらしい。」
昭彦は指先で丹念にツボをマッサージしてやった。
「んー・・・だいぶすっきりしたで。・・・ついでに・・・精力増進のツボも刺激してくれんか?」
「アホ。そんなん知らんわ。」
「なんや、勉強不足やのう。」
「・・・知ってても・・・せえへん。これ以上、強くなられたらたまらん・・・」
「知っとるんか?・・クフフフ。なら、早よう、そのツボを刺激してみ。」
「・・・せやから・・・知らんて。」
「そーゆー役に立つんをちゃんと勉強せな、あかんがな。」
「・・・兄さんが、弱くなる頃までには研究しといたるわ。」
「くぅぅ・・・っのぉぉぉ・・・がるるるるるるぅぅぅ・・・」
竜崎は昭彦を捕まえて、ソファーに押し倒すと、激しく唇を重ねて貪るように吸った。こうした日々の会話さえ、楽しく、嬉しく、愛おしかった。昭彦といることが、それだけで楽しくて、何を言っても聞いても可愛さが募った。

 ベッドでは、昭彦も最近、かなりいい声で鳴くようになっていた。
「…あ…ぁぁ、、、ぅぅぅ、、、…兄さん…」
「どうや?・・・ええかぁ?」
「…ん…ぁ、ぁ、、…ええ…」
竜崎はうつ伏せになった昭彦を背中から抱き締めて、結合した部分をゆっくりと突き動かしていた。
 昭彦はアナルセックスがどうしてこんなに快感を伴うのか、不思議に思い、いつかは快感のメカニズムも解明してみたいと思いながら、支配されて抱かれる精神的作用も大きいことを感じていた。昭彦にとって、竜崎に支配されることが安心感になっていた。竜崎と共に生きているうちは、自分も人らしくいられる。自分は信じ切れないが、竜崎といる自分は信じられた。そんな気持ちが、竜崎への絶対の信頼になっているのだと思う。竜崎自身が激しい性格だったが、それでも人から愛される術を知っていた。学ぶことの多い人だと、昭彦は思っていた。
「そろそろ・・・いくでぇ?」
「ぁ、、うん…」
竜崎はピストン運動を早めて、力強く突き上げた。
「ぅぅぅ、、、ん、、ぁぁぁぁ、、、」
「ええでぇ・・・めっちゃ可愛いでぇぇ・・・はぁはぁ・・・ええ子やでぇぇ・・・」
竜崎は昭彦の前のモノも扱いてやった。もう白っぽい液が垂れてきている。
「一緒にいくで?・・・ええな?」
「ん…ぇぇ…ぁぁぁ、、、ぅぅぅ、、、…早よぅ…兄さん…我慢出来ん…」
昭彦の背中の黒い獅子が波打っている。竜崎は両胸の竜と息を合わせて、一気に獅子を責め立て、激しく貫いた。
「いくでぇ・・・ぅぅ・・・ぅうううっ・・・あああぅぅぅぅっっっ!!」
竜崎は昭彦の中に放出する時、必ず吠えた。それはまるで獣声だった。そんな時、昭彦は竜崎の中に獣の血を感じた。
<2>
「それぞれの事情」
<2>「それぞれの事情」

 竜崎の会社から図書館までは、歩いて15分ほどだった。会社から出た道の角を曲がって5分ほど行くと、整備された広い道路と街路樹のある煉瓦敷き舗道の綺麗な表通りに出る。大きなビルが並び、行き交う会社員やOLはお洒落で颯爽としていた。その通りに並ぶビルの一つが、予備校や進学塾が入っている建物で、かなり規模の大きな図書館も置かれていた。

 図書館は、昭彦が利用する時間には、まだ中高生の姿はなく、予備校生の他に仕事で調べ物をする大人も多かった。そうした利用客の多い中で、昭彦の端正な顔立ちや均整のとれたすらりとした体型に加え、気品のある雰囲気やしなやかな物腰は、司書の女性達をすっかり魅了してしまっていた。昭彦の貸し借りに対応する役割を競ってやりたがり、昭彦と言葉を交わせたりした時には、うっとりとした顔で頬を赤らめ、昭彦から香る何ともいえない優雅な香りの余韻に浸っていた。
 昭彦は外見では歳がわかりにくかった。若者にありがちな浮ついた印象はなく、雰囲気は淡々とした大人を感じさせていたが、つるんとした肌に男の象徴でもある髭はなく、頬の柔らかな丸みはあどけなささえ感じられるのだった。貸し出しカードに記入された歳から推察すると、多分、高校浪人なのだろうと、司書の女性達の見解は一致した。
 それにしては、借りていく本が多種多様で、興味が学校の勉強以外に向き過ぎて、受験に失敗したのだろう、と噂していた。それで、昭彦が受験勉強からはほど遠い本を借りていく度に、大丈夫なの?と内心で心配したり、次は頑張ってね、と密かに思ったりしていた。

 竜崎はこの図書館のことは知っていたが、利用したことはなかった。ただ、社員が調べ物をするのに利用していたので、昭彦に紹介したのだ。それで、どんな場所なのか、竜崎自身も知りたかったこともあり、昭彦を初めて連れて行く時に同行した。会社から図書館までの道順もチェックし、図書館の入っているビルも入っているテナントや各施設全体をチェックし、ここなら安全と踏んで、昭彦が自由に行き来することを許したのだった。
 竜崎の会社の者達は、いくら可愛い恋人だからといっても、もう中学を出ている少年とも言い難い昭彦を、そこまで過保護に心配する竜崎を、溺愛しすぎだと感じていたが、竜崎の側近達は、昭彦の内情をある程度知っていたので、無理からぬことと思っていた。
 竜崎が心配なのは、昭彦が喧嘩に巻き込まれて怪我をすることではなく、激情の制御が出来ずに相手を怪我させてしまうことを心配していたのだ。

 昭彦が少年院にいた数ヶ月。あの苦しい日々はもう二度と味わいたくなかった。
 届かぬ塀の向こうで、昭彦の穢れなき魂が、その純粋さを理解出来ない卑屈者達によって、苛まれているのではないかと思うと、不安でいたたまれなかった。孤独の闇の中で、また昭彦が自分を呪う理由を見つけて、自らの心を切り刻んでいるのではないかと思うと、悔しくてやりきれなかった。何としても、一刻も早く、この腕に抱き締めて、愛しているのだと伝えてやりたかった。お前の生きる価値は、この胸の中にあるのだと、教えたかった。
 歯ぎしりして、無力さに泣いた日々。・・・もう、二度と誰にも昭彦は渡さない。理解出来ないなら触れるな!と叫びたかった。己の勝手な恐怖心で理由もなく差別するな。昭彦を貴様等の歪んだ性根で追いつめるな。・・・あの子は誰よりも自分に厳しい子なのだから。
 昭彦が自分を愛せないなら、わしが十人分でも百人分でも愛してやる。
 その為には、人が自分を何と言おうと、どう見られようと、構わなかった。昭彦の知性の高さは黙っていても気品となって滲み出る。野性の獣の血は、無駄のない美しい体を作り上げ、隙のない身のこなしは優雅でさえあった。そして、あの天与の香り。昭彦が望む、望まないに関わらず、人は惹き付けられ、侵すべからざる領域に踏み込んでしまうのだ。
 わしが守ったるで。竜崎は昭彦の菩薩のような横顔を見る度に、心の中で誓うのだった。

 昭彦が社長室の別室から出てくると、竜崎は黒い革張りのゆったりとしたソファーでくつろぎながら、秘書の矢木沢賢悟と話をしていた。
「ん?・・また、図書館か?・・昨日行ったやろが。」
「昨日は時間がなくて調べ物が出来なかったから・・・」
「何を調べるんや?」
何と言われると困る。一応、今興味を持っているのは、世界の古代史だったが、一つの本で疑問が湧いたり、他の資料を調べたくなる時もあって、それはその時の気分だった。図書館に行ってみて、本を読んでみて、調べたいことが出てくるので、具体的には言いにくかった。
「・・・色々・・・歴史関係・・・」
「そうかぁ。熱心やなぁ。まあ、勉強が好きなんはええこっちゃ。通信の方もなかなか成績がいいようやしの。」
竜崎は昭彦がちゃんと勉強してくれていると、自分の責任の一つが果たせたような気分になって、嬉しかった。
 だが、昭彦にとっては、通信は送ってくる教材とテキストに、いくつかの参考書があれば、図書館で調べるまでもなく、要求されるレベルの成績は修められた。というより、その程度の勉強は昭彦には何の興味も沸かない単純な知識でしかなかった。
 昭彦が通った中学は公立だったが、父親と暮らしていた時、二つの超有名中学に首席で合格していたのを蹴って、母親の元に来たのだ。もう、これ以上、父親と暮らしていたら、きっと近い内に殺してしまうだろう、と思ったから。
「それじゃぁ・・・行ってきます。」
「おう。あまり遅くなるんやないで。」
「・・はい。」
「行ってらっしゃいませ。」
そう声をかけた矢木沢に軽く会釈して、昭彦は社長室を後にした。

 矢木沢は日本の外語大を出てから、しばらくアメリカの大学に籍を置いて経済学を学んだエリートだった。銀縁の眼鏡が冷たい印象があったが、話をすると面白い性格が見えてくる好人物だった。
 そうした経緯で語学に精通していた矢木沢は、時間がある時には、昭彦に英語・ドイツ語・仏語・伊語等を教えてくれていた。初めは英語の発音等、本からは学べない部分をアシスタントするように竜崎に言われていたのだが、昭彦があまりにも早く吸収していくのが面白くて、自分からあれこれと教えるようになっていた。何しろ昭彦は一つのことを教えると、次の時までに十のことを憶えてしまっているので、学生時代に競い合った友達との楽しい時間に引き戻されるようで、楽しく教え慨があったのだ。

 エリートの矢木沢が何故、竜崎の元で働くようになったのかという背景には、ちょっとした複雑な理由があった。
 アメリカ留学時代、最も親しく、良きライバルでもあった友達が、実はマフィアのファミリーの息子だった。度々家庭に招待されて遊びに行っていた中で、ファミリーの暖かさを知った。そうした中、見聞きした裏社会に興味を持ち、その友達との友好関係も続けたくて、自分もファミリーの一員になりたい、と友達に言った。が、友達は呆れたように肩をすくめ、苦笑しながら首を横に振った。
 日本に戻って、一流商社に勤めたものの、上司のくだらない冗談に追従笑いをしている自分がつまらなく思えてならなかった。与えられた仕事をこなしさえすればいい毎日には、なんの面白味もなかった。同僚の頭には出世しかないように思えた。それでも、人生なんてこんなものかと、日々過ごしていた時、アメリカの友人から、ファミリーの息子だった彼が抗争に巻き込まれて亡くなった、と知らせるメールが届いた。
 そうした危険を知っていたから、彼は「ノー!」と言ったのだ。だが、平穏無事ならいいのか、それで長生きすれば幸せなのか。彼と過ごした凝縮された時間の中にある輝いていた魂を思い出すと、もう目の前の机に座っていることが耐えられなくなったのだった。
 それで、あれこれと調べるうちに、竜崎商事のことを知った。丁度数人の社員を募集している。興味本意ではあったが、試しに応募してみることにした。そして、竜崎商事の採用試験の面接で、竜崎と対面した。
 竜崎が自分より年下の社長だということは、調べた時に知っていた。裏社会の人間であることもわかっていた。強引で傲慢な男なのだろうか、と初めは警戒しながら話していた。が、会話が進むうちに、親友と共通する爽やかな男らしさにグイグイと引き込まれた。若さ以上に大きさを感じ、穏やかな笑顔の奥にある強い意志と燃える男気を感じ取った時、目の前の男が何倍もの大きさに見えてきた。
 この男の元で、仕事がしたい。この男の生き様を間近で見ていたい。と、矢木沢が心で思った時、竜崎が席から立ち上がって歩み寄り、
「よろしく頼むわ。」
と手を差し出したのだった。
 それが、一年前のことだった。
 竜崎も矢木沢のそんな面白い性格が気に入り、また、ずば抜けた能力も評価し、才能を生かしてやりたい、と思っていた。呼応する魂を互いに感じたのかもしれない。今では、矢木沢は竜崎の筆頭の側近となっていた。

 昭彦には大人の人間関係はわからない。竜崎が大事にしている相手なら大事にする。嫌う相手は昭彦も嫌う。気を使え、と言われたら、それに従うだけのことだ。

 そして、図書館へ通うひと時は、昭彦が普通の少年に戻る時間だったのかも知れない。
 新緑の鮮やかな緑が、そよぐ風にきらきら光を反射させている。初夏を思わせる陽射しだったが、梅雨前の湿気のない暑さは心地が良かった。空の青さに微かに笑みを浮かべ、風を切るように走ってみた。すれ違う女性が目を見張り、振り向いて、髪をなびかせる後ろ姿を目で追うほど、少年は美しく輝いていた。

 通称”学ビル”と呼ばれる建物に着いた昭彦は、特に呼吸を荒らげることもなく、図書館に向かった。だが、喉の乾きを覚え、図書館の入り口にある購買で牛乳を買った。
 竜崎は、よく「牛乳は腰に手をあてて飲むもんやで。」と言って、昭彦にもそうさせていた。牛乳の蓋を開けながら、それを思い出した昭彦は、クスッと笑いを漏らした。竜崎に言われて仕方なく付き合っていたが、一人の時に、その飲み方は恥ずかしくて出来なかった。
 いくつか置かれてある丸いテーブルの所に座って、ゆっくりと牛乳を飲み始めた。
「牛乳が好きなんかぁ?」
不意に背後で声がした。昭彦は飲む手を止めて、気配を探った。
「久しぶりじゃのう。」
聞き覚えのある声だった。いつでも、飛びかかれる態勢は出来ている。だが、昭彦はじっとしていた。竜崎に、「わしの許しがない限り、絶対に人を攻撃するな。」と厳しく言われているのだ。声の主は昭彦のすぐ横に立つと、イスを引き寄せて座った。
「しばらく会わんかったら、忘れてもうたかいのう?」
男は膝が付きそうなほど間近で、昭彦の顔を覗き込んだ。
「・・・北上・・さん・・・」
昭彦は視線をテーブルに落としたまま、小さな声で言った。
「覚えとってくれたんか。そいつはなによりじゃわい。」
北上は口の端に笑みを浮かべ、昭彦の頬を手の甲で撫で始めた。愛撫するように繰り返し、時折、指先で昭彦の唇にさり気なく触れた。昭彦は表情のないまま、上目遣いに北上の顔を見た。目が合うと、北上はフッと目を細めた。
「・・・一段と綺麗になったのう。」
と、囁くような熱い息で、そう言った後で、北上は、笑いを消してため息をついた。
「まさか、お前があの竜崎に通じておったとはのう。」
北上の目の奥に、冷たいものが宿る。
「手痛い打撃じゃったぞ。・・・んー?」
鼻がつくほどに顔を近付けた北上が、そのままの状態で、
「お前の肌の匂いはたまらんのう・・・」
と、また熱い息で囁いた。ミントの匂いのする息が昭彦の顔にかかった。
 北上は、広島からその周辺に勢力を持つ、新興暴力団組織・北進会グループの会長だった。そして勢力拡大の為に、山神一門を分断させようと画策し、当時、山神組若頭だった島岡組組長の島岡孝司に、陰で働きかけていたのだ。その為に島岡と山神組若頭補佐・神崎組組長の神崎祐介は対立し、一触即発の内紛直前状態にまで追い込まれた。だが、昭彦からの情報で、裏で操る北上の存在を知った竜崎が、島岡を諭して喧嘩を収めさせた後、大阪から北進会を一掃させたのだった。
「・・・なんの用件なんや?」
「冷たい言い方じゃのう。・・・じゃけんど、そこがまた魅力的なんじゃが・・・」
そう言いながら、北上が唇を昭彦の唇に重ねようとした寸前、昭彦は顔を逸らした。と、突然、北上が表情を変え、昭彦の腕をつかんだ。
「わしがお前に本気で惚れとらんかったら、今頃、海の藻屑になっとるとこじゃぞ。」
「・・・そしたら・・・今頃は北進会は存在しとらんやろ。・・・北上さんもな。」
昭彦に北上を脅すつもりはなかった。ただ、事実を告げただけだった。
 もし北上の手の者が昭彦を恨んで殺していたなら、竜崎は誰が何と諫めようと、北上を殺し、北進会を壊滅させるまで、怒りを収めることはないだろうと思えたからだ。つまり、北上が昭彦に惚れているから、昭彦が無事でいるのではなく、あくまでも北上自身が保身の為に選んだ結果なのだと、言いたかったのだ。
「・・・っく・・・」
北上の歯ぎしりが聞こえてくる。次第に目が血走ってきていた。
「・・・竜崎を殺った後ならどうじゃ?」
北上が呻くように言った瞬間、昭彦の手が北上の喉元に伸びていた。医師がよく脈を確認する場所である。北上の後方で控えていた男達が動こうとして、北上に手で征された。よく見ると、昭彦の中指と人指し指の間に医療用のメスの刃先が挟まれていた。柄の部分は他の指で隠されている。昭彦がその気になれば、一瞬で頸動脈を切断出来るのだ。
「・・・そげんに惚れとるんか・・・」
北上は背筋を強ばらせて呟いた。昭彦は何も言わず、黒い炎を静かにたぎらせた目で北上を見据えていた。
「・・・ちょっと懐かしゅうて挨拶に来ただけじゃ。」
上擦った声で掠れるように言う北上の喉仏が忙しく上下している。
 竜崎の怒った顔が昭彦の脳裏をよぎる。「わしの言い付けが守れんのか!」と、あの轟く罵声で怒鳴っている。それでも、北上だけが竜崎の敵なら、迷わず指先に力を入れていただろう。けれど北上はすでに竜崎の敵には成り得なかった。出来ることは玉砕覚悟の意趣返し。だが、北上にそこまでの根性はない。そう思った昭彦は、北上の首から手を引いた。
 北上は青ざめた顔で息をついた。周囲からは昭彦の手にあるメスは見えない。図書館を利用するのに通り過ぎる人達からは、ただ昭彦が顔色の悪い北上の脈をみている、くらいにしか見えなかっただろう。
「・・・気が向いたら・・・広島に遊びに来いや。美味いカキを喰わしたるでのう。・・・どう思おうと・・・わしゃぁ、本気で惚れとるんじゃ。忘れんでくれの。」
そう言うと、北上はゆっくりと席を立ち、子分を引き連れて去って行った。
 昭彦は何事もなかったように、牛乳を飲み始めた。が、眉を曇らせ、牛乳がぬるくなって味が落ちたことを残念に思うのだった。

 この所、飲酒が重なっていた竜崎は、昭彦を心配させないようにと、今日はいつもより早くマンションに戻ることにした。それで、昭彦は機嫌良く、手間をかけた手料理を作った。
 それから、居間のソファーでTVニュースを見ている竜崎の足元に忠犬のように座ると、竜崎からお願いされる前に竜崎の股間のモノを愛撫し始めた。
「どないしたんや?やけに今夜はサービスがええやないかぁ?クフフフッ。」
青筋立ててそそり立つ肉棒に、無心にしゃぶりつく昭彦を、愛しげに眺めながら竜崎が聞くと、昭彦は上目遣いに竜崎を見つめたまま、答えあぐねているようだった。
「くわえたまんま考えごとするもんやないで・・・クックク。・・・たまらんがな。」
そう言われて、昭彦はまた竜崎の肉棒を手で扱きながら首を忙しく上下させてしゃぶり出した。
「ぅぅ、、、ええなぁ、、、アナウンサーのニュースを読む声が、色っぽいBGMに聞こえてきてまうでぇ。クッフフフ。・・・あぁぁ、、、ええでぇ、、、」
竜崎は腰を前にずらして、大きく股を広げると、昭彦の頭を時々押さえつけるようにして、自らも肉棒を動かした。
「…ぅぅ…ん、、ん、、ぅぅぅ…」
喉の奥まで押し込まれ、昭彦はしばしば苦しさに呻く。それでも、懸命に吸い付き首を振って愛撫を続けた。
「はぁ、、、うぅぅ、、、ええ子やでぇ、、、どうする?・・・飲むか?」
「…ぅん…」
昭彦がまた上目遣いに竜崎を見ながら頷いた。
「よっしゃぁ、、、飲ましたるでぇ、、、わしの濃いミルクを、、、ううぅぅぅ、、、」
竜崎は、両手で昭彦の髪をくしゃくしゃに撫で回しながら、腰の動きを早めた。
「いくで、、、あ、、あぁぁ、、、うううぅぅっ、、、ぅぅおおううぁぁぅぅぅっっっ!!」
昭彦の頭を押さえ、喉の奥に思いきり射精した。昭彦がゴクッゴクッと喉を動かして飲み込んだ後、最後のひと搾りまで吸った。
 しばし放心したように昭彦の髪を撫でていた竜崎が、昭彦を膝に抱き上げた。
「・・・何かあったんか?」
ヤケに従順な昭彦に、キスをしてやりながら尋ねると、
「・・今日は二度・・・兄さんに叱られてもうた・・・」
と、昭彦が伏し目がちに呟いた。
「ん?・・・何か怒ったやろか?」
竜崎には思い当たることがなかった。それで、更にキスを繰り返しながら聞いてやると、
「図書館へ行ってた時のことや。・・・頭の中で兄さんが怒っちょった。」
と昭彦が拗ねたように言った。ああ、そーゆー意味か、と納得した竜崎は、可愛さににやけてしまうのをぐっと堪えながら聞いていた。
「それで、わしはどんなことを怒っとったんや?」
「・・・一度は・・・牛乳を腰に手をあてずに、座って飲んだ。」
「プッ・・・そら、あかんなぁ。クッフッフッフッ。」
「・・・うん。・・・で、二度目は・・・北上を殺したくなった。」
「あ!!?・・何やて?!!・・・あの北上か?!!」
竜崎は顔色を変えて、昭彦の両腕をつかむと顔を覗き込んだ。
「どーゆーことなんや??!」
昭彦は竜崎の怒った顔に眉を曇らせながら、今日北上に会った時のことをあらまし話した。話を聞き終えた竜崎は、怒りの表情のまま昭彦をきつく抱き締めた。
「何でそない大事なことをすぐに言わへんのや?!」
「・・・兄さん・・・仕事中やったし・・・」
「ダボッ!どっちが大事や!今度からちゃんとすぐに言わんと・・・」
「・・・言わんと?」
「会社でも抱くで!」
「・・・ぅぅ・・・それは・・・いややぁ・・・」
「ほな、ちゃんと報告せい!ええな?」
「・・・うん。」
竜崎は締め付けられる胸の痛みを感じながらも、昭彦が自分の言い付けを守ろうとしてくれている気持ちが嬉しくもあった。北上への怒りは収まりそうもなかったが、昭彦への愛しさに思いきり抱きたくてたまらなくなっていた。
「ベッド・・行こな?」
「・・・うん。」
今夜の昭彦は殊の外素直だった。こくりと頷いて、竜崎の肩に抱きついた。
<3>
「教会」
<3>「教会」

 図書館で過ごす時間は昭彦にとっても、気持ちが穏やかになれるひと時だった。北進会の北上と会ったことは別だが、普段はここでやくざとしての自分を意識することはなかった。
 机に広げた書物から溢れ出す様々な情報。それは多くの時間と労力をかけて積み重ねられた記憶や研究の記録。本の中に何を求めているのかは、わからない。ただ、書き残すという行為は人だけが生み出した特技なのだ。そこにある文字には心や魂が反映されている。それが面白いのかもしれない。

「古代史なんて大学の勉強とちゃうんかぁ?」
ボタンダウンのシャツに薄手のセーターを肩にかけた浅黒い顔の男が、昭彦の開いている本を覗き込みながら声をかけてきた。斉藤康志といって、この学ビルの予備校生だ。
「知りたいことに学歴差別があるんか?」
昭彦は本から顔を上げないまま、ボソリと言った。
「いや、そうゆう意味やなく・・・」
康志の声に司書の女性が視線を投げた。康志は昭彦の横のイスに座ると、声を小さくして、
「受験勉強せんでええんか?っちゅう意味やがな。気ぃ悪くせんといてや。」
と顔を近づけて言った。康志とは何度か顔を合わせる内に、割と親しく話をするようになっていた。
「高校は通信で資格取るし、その勉強は自宅でしちょる。」
正確には自宅ではなかったが、そこまで詳しく説明する必要はないだろう。
「へー・・・そやったんかぁ。そら偉いなぁ。」
康志は頷きながら、昭彦が持ってきて置いている本をパラパラと眺めた。
「・・・何の用や?」
昭彦は本から顔を上げ、康志の顔を見た。康志は間近で昭彦と向き合って、浅黒い顔を紅潮させた。
「あ・・いや。わしも本を借りに来たんやけど・・・」
「そらそうやろ。」
わざわざ図書館に来る者に、他の用事があるとも思えない。
「ただ、天気もええし、ちょっと冷たい物でも飲み行かへんかぁって思うてな。」
「購買にあるで。」
「いや、だから・・・天気ええから散歩がてら・・・そやそや、アイスコーヒーの美味い店があるんや。水だしコーヒーちゅうてな、香りがええんや。」
「水だし?」
「そや。豆を浸して煮立たせずに成分を出すんやで。」
昭彦は興味を持ったようだった。今日こそはゆっくり本を読めると思っていたが、水だしコーヒーがどんなものかも知りたくなってしまった。
「・・・そやな。行ってみるか。」
昭彦がそう言うと、康志は嬉しそうに目を輝かせた。昭彦は立ち上がると、借りる本を選んで、他の本を棚に戻してきた。昭彦が司書の女性に図書カードに記入して貰ってる間、康志が予備校の勉強道具以外何も持たずに待っていたので、
「借りへんのか?」
と聞くと、康志は、
「今日はやっぱええわ。」
と照れくさそうに笑った。

 外に出ると一気に強い陽射しが降りそそぐ。
「うわー・・・暑いなぁ。」
康志は肩のセーターを腰に巻くと、シャツの袖を捲った。学ビルの中は冷房が効いているので、余計暑く感じてしまう。昭彦はそのままシャツにベストという格好だった。
「暑うないか?・・・袖上げればええのに。」
「わしはこのままでええ。」
袖を上げれば彫り物が見えてしまう。一般人に見せるような物ではないだろうと普段は肌を晒すことはしなかった。
「お坊ちゃんやなぁ。」
どこからそんな発想が浮かぶのか、昭彦にはわからなかったが、聞き流すことにした。
 康志は黒のワイシャツとスラックスに細い毛糸で編んだ白いベストという昭彦の姿を眩しそうに見て、満足そうな笑みを浮かべた。時々、顔を合わせる度に誘っていたのだが、今日初めて誘いに乗ってくれたのだ。この前、話した時、料理に興味があると聞いて、何か変わった物を出している店はないかと探した甲斐があった。
 風が街路樹の綺麗な舗道を吹き抜ける。と、昭彦のサラサラの髪がなびいて白い額がむき出しになった。輝く白い額に息を飲む。柔らかな曲線から繊細な鼻へのラインがまるで腕のある彫刻家が彫り上げたように完成された美しさだった。鼻から唇を通って顎への曲線の美しさもいつも感心して見取れてしまうのだが、額を見れたことに風に感謝したくなった。風はサラサラと髪を揺らしている。白いうなじにかかる髪も時折後ろになびく。うなじからワイシャツの襟までの繊細そうな肌もその先を覗き込みたくなる誘惑を抱かせる。芸大を目指す康志には絵画の本を見る以上に昭彦を見ることが楽しかった。
「遠いんか?」
昭彦はこの通り以外に行くことは禁止されていたのだ。それでも、この通りだけでほとんどの物は買えたので、他へ行く必要はなかった。
「すぐそこや。ほら、教会があるやろ?そこの隣りにある店、知らんか?」
「ああ、そこやったんか。まだ、入ったことはなかったなぁ。そんなに有名なん?」
「けっこう若い子が多い店やな。教会のボランティアに来てる子も寄るし、予備校の連中もよく行く店やで。」
「そーなんか・・・ふーん。」
若い子向きの店は竜崎は入らないので、昭彦も入ったことがなかった。

 店の名は『織恋庵』と書いてオルレアンと呼ぶらしい。オルレアンと言えば神の声を聞いたジャンヌ・ダルクの生まれた場所。教会の隣りのカフェらしいネーミングだが、宛字なのが昭彦には馴染みにくかった。
 それでもコーヒーの他に気取らないフランス料理を出しているようで、水だしコーヒーだけ頼むつもりだったのを、料理も一品頼んでしまった。康志は昭彦が店を気に入ったようだったのが嬉しくて、自分も料理を注文した。
「ん?・・・そのネクタイピンはダイヤなんか?」
正面からずっと昭彦を観察していた康志は、黒地の蝶柄のネクタイを止めてる粒状のタイピンに目を留めた。
「・・・偽物やろ。」
いや、本物なのだが、また”お坊ちゃん”などと勘違いされたくなかった。
 昭彦の着る服は竜崎が見立てて選んでいた。竜崎はお洒落にはかなり凝っていて、昭彦がいいと言っても、「男がこれくらいつけんでどうする。」と、ダイヤのタイピンまでつけさせられていた。どうゆう根拠かはわからないが、竜崎的に、身だしなみにお金をかけるのは男の甲斐性、と思っているらしい。それで、この斉藤康志という男は昭彦を”お坊ちゃん”などと勘違いするのか、と納得した。
「偽物?・・・わしの審美眼は確かなんやで。でなけりゃ、芸術は目指さん。」
「どっちでもええがな。」
昭彦は頬杖をついて、店内を眺め始めた。
 丁度その時、斜向かいの席に三人の制服姿の女子高生が座った。昭彦と目があった女子高生が目を見開いてから、友達に何か話しかけた。すると、残りの二人も昭彦の方を見て、同じように目を大きくした。しばらく見ていたが、ウェイトレスが注文を聞きに来たので、慌ててメニューを見て選び出した。そして、それぞれに注文をすると、またチラチラと昭彦を盗み見る。
 頬を染めた一人の子が、前に付き合ってた子に似てるなぁ、と、昭彦は柔らかな丸みのある頬の感触を思い出していた。
「お前のがよっぽど綺麗やで。」
康志が低めの声で言った。昭彦は頬杖をついたまま視線だけ康志に向けた。
 黒目がちの目は目自体が大きいのか、半眼の時には白目の部分が見えないほどで、黒曜石を埋め込んだのかと思うほど神秘的な輝きがあった。それが、開かれた目で真っ直ぐに見られたりすると、今度は燃え上がる黒い炎となる。感情がつかみにくいのはこの目のせいだろうか。
 康志は魅了されないように観察を続けたいと思いながら、ついつい思考が止まって、この美しい存在を鑑賞する観客になってしまう。家で昭彦を思い出して何度もデッサンし、キャンパスに描こうとするのだが、この不思議な眼差しはどうしても描けなかった。
「康志は綺麗なんが好きなんか?」
「そらぁ・・・美しい存在は感動するしなぁ・・・」
「美しいと思う基準はなんや?」
「ん・・・心を惹き付けて離さない魅力かなぁ・・・」
「・・・ふーん・・・」
昭彦は目を伏せて何かを考えているようだったが、それ以上は何も返してこなかった。
 康志はドキドキと緊張してしまう。昭彦は時々こうした心を試すような質問をしてくるのだ。それに康志なりに答えると、「ふーん」で終わる。反論されれば康志的にももっと意見出来るのだが、自分の返した答えが昭彦的に合格だったのか、不合格なのかが気になってしまう。
「真っ青な空と海の光景、全てが真っ赤に染まる夕焼け、漆黒の闇に瞬く満天の星。しばし言葉もなく見取れてしまう存在ってあるやろ?・・・自然だけやない。人が創り出す造詣も完成された美しいフォルムは心を震わせる。違うか?」
「・・・妖しい閃光と共に闇を切り裂く稲妻、闇に荒れ狂う怒濤、悲鳴のような風音に乗って打ち付ける冷たい雨、泥まみれになった半身。・・・誰も遊ばなくなった公園、鎖が切れて風に軋むブランコ、歪んで錆びた鉄くずとなった滑り台、鳥の糞まみれの公衆トイレ、吐瀉物に蠅がたかる水飲み場・・・」
「げげ・・・堪忍やでぇ・・・これから食事しようっちゅう時やないかぁ・・・」
康志が顔をしかめて言うと、
「・・・そやな・・・済まん。」
と、意外にあっさりと謝った昭彦は苦笑を漏らした。康志も苦笑し、
「昭彦はそーゆーんが綺麗やと思うんか?」
と聞いた。
「・・・どやろな。・・・目では見えん部分にも美はあるやろ・・・と思うて言うてみただけや。」
「試しただけかい!」
康志は今度は本気で笑った。それから、
「そら、美意識は人それぞれやろ。・・・けど、注意せんと露悪趣味になるで。」
と昭彦の額を小突いた。昭彦は、
「・・・そやな。」
と、はにかんだような笑みを浮かべた。康志はそれでまた可愛いなぁ、と見取れてしまっていたが、やっと料理が運ばれてきたので、食べることに専念することにした。

 食事の後、康志が教会を覗こうと誘うので、行ってみることにした。かなり大きな建物で重厚な扉を開けると、薄暗い中に賛美歌が流れ、ロウソクがそこここに灯っていた。綺麗な色ガラスをはめ込んだステンドグラスの窓が外の眩しい光を中和しているようだった。賛美歌は流れているが、歌っている人影はなく、雰囲気作りの為に流しているようだった。
 まずは見た目の体裁を整える。竜崎のお洒落と変わらない発想のようにも思えるが、それでも、神という存在自体は否定する気持ちはなかった。むしろ、目の前の哀れな姿を神と思う気はなかったが、その彫像の向こうにあるだろうこの世とは違う次元の存在に、問うてみたいことは山ほどあった。
 昭彦が横に細長いイスに座って、じっとキリスト像を見つめているのを、康志はまた引き込まれるように見ていた。暗い中でもよく輝く昭彦の眼は、ラピスラズリに浮かぶ星粒のようで、細かい光が浮いてるように見える。
 神は道徳を教え、性欲の類の欲望を罪と説く。だが、その神に携わる人達の間で密かに繰り返されてきた背徳の愛を、知らない者の方が少ないだろう。康志もこの聖域で昭彦への罪深い想いに心を震わせていた。
 昭彦があまりにも長くキリスト像を見つめているので、康志の方で、そろそろ出ようと言った。昭彦にどんな苦しみや悲しみがあるのかはわからなかったが、ひたすら見つめる感情の見えない横顔が、何故か辛そうに思えてしまったのだ。キリスト像を見ている視線が遙か彼方を透視してるかのようで、このまま魂まで吸い込まれてしまうのではないか、と不安になった。
 昭彦達が出ようとした時、さきほど『織恋庵』で見かけた女子高生達が入ってきた。
「あ・・こんにちは・・・」
女子高生の一人が思わず声をかけてしまった。さきほどの店内で、あまりにもずっと見取れて昭彦を見ていたので、知り合いのような気がしてしまったらしい。
「こんにちは。」
昭彦も普通に返事を返した。浮かべた笑顔は甘く優しい。康志は内心舌打ちをして、昭彦の肩に腕を回して押した。フワッと何ともいえない良い香がする。
「じゃぁ、お先に。」
と昭彦が言うと、女子高生達はうっとりと頬を染めて、
「はい。」
と後ろ姿を見送った。
 教会を出ても康志は昭彦の肩に腕をかけたままでいた。見た目の印象より筋肉の張った肩の感触が気持ちよかった。芳しい香りにも、もう少し浸っていたかった。
「なぁ・・・どんな香水つけてるんや?」
「・・・知らんわ。」
昭彦は少し不機嫌に答えた。誰でもが、それを聞く。自分ではただの体臭と思っているだけに、体を洗う時も隅々まで丹念に洗っているが、どうやっても臭うらしい。体臭の強さを誉められても嬉しくはなかった。例えそれが極上の麝香と言われても。
「ほな、もう帰るで。今日はええとこ誘って貰うておおきに。」
昭彦は腕時計を見ながらそう言うと、走り出した。まだ、帰る約束をしていた時間よりも早かったが、康志のしつこい視線に危険なものを感じ始めていたので、その場を早く離れたかったのだ。

 会社に戻ると玄関の入り口に竜崎用の車がエンジンをかけて停車している。1Fホールに昭彦が入るや否や矢木沢が顔色を変えて駆け寄ってきた。
「昭彦様!・・探しました。竜崎社長が待っておられます。お急ぎ下さい。」
「・・・時間・・間違うてました?」
「急な呼び出しが本家からありまして・・・」
「・・・そっか・・・」
迂闊だったな、と昭彦は眉を曇らせた。竜崎が怒るのも無理はない。スケジュールを時間通りにこなす仕事ではないのだ。いつでも不意の事態に対処出来るよう心掛けていなければいけないのに、今日はゆっくりしすぎてしまった。

「何処行っとったんじゃ!!」
昭彦の顔を見るなり竜崎の怒声が飛んできた。
「・・・ごめん。」
言い訳する気はなかった。
「今は時間がない。理由は後で聞くわ。」
と言った竜崎は、
「こっち来い。」
と、昭彦の腕をつかんで、昭彦が勉強する為に使っている別室へと引っ張って行った。
 別室のドアを閉めた途端、きつく抱き締められ、荒々しく唇を重ねてきた。
「時間ないんやろ?」
「こんな気持ち抱えたままで行けるかい!」
竜崎は貪るようにキスをしながら、昭彦のベルトを外してズボンをづり下げた。
「な・・・いやや・・・」
「黙っとれ!」
竜崎は昭彦をベッドに突っ伏すように押さえ込むと、自分のズボンの前を開け始めた。元々は竜崎の仮眠用にあった部屋だったので、ベッドも小さめながら置かれていた。
ズッ、ズズッ。
唾液を塗っていきなり押し込まれた。
「…ぅぅ… … …くっ…」
強引に押し込まれ、痛みが背筋を駆け上がる。昭彦は微かに眉を寄せ、口を引き結んだ。
ズブズブブブッ。
男根を根元まで無理矢理押し込んだ竜崎は、昭彦にのし掛かるようにして腰を激しく動かし始めた。まだ、馴染まない皮膚がつれる。準備されてない体が暴れる巨大な異物を拒絶するように痙攣する。だが、竜崎は構わず、一層動きを大きくし、力強く昭彦を突き上げた。休む間もなく動きは加速していく。
パンパンパンパンッ。
グチュグチュグチュグチュッ。
次第に湿ってきて、ぶつかる肌の音に、アナルを掻き回される音が加わる。
「うぅぅ・・・あぁぁぁ・・・」
竜崎は根元深く押し込んだ位置で、腰を小刻みに激しく振動させながら喘ぎ声を出した。
「ああぁぁぅぅぁぁぅっ・・・」
さっさと欲望の迸りを噴射させる気らしい。
「あうっ!・・・うぅぅぅ・・・ぅぅぁぁあああああぁぁぁぅぅぅっ!」
叫んで動きを止めた竜崎は、何度か呼吸を整えるように深呼吸をして昭彦から離れた。机の脇にあったティッシュを数枚忙しく取ると自分のモノに付着している汚れを拭き取りながら、
「早う支度せい。」
と昭彦に言った。昭彦は言われるまま、自分のアナル周辺の濡れた場所をティッシュで拭って、ズボンを上げて、身支度を整えた。
 15分ほどの行為だった。社長室に出ると矢木沢と迎えにきていた竜崎組の者達が待っていた。感じる間もない一方的な行為で相当な痛みが残っていたが、昭彦はなるべく普通の態度で挨拶をした。竜崎は、
「ほな、後はわからんから、よろしく頼むで。」
と矢木沢に言って、部屋を出ていく。昭彦と子分が後に続いた。

 本家へ向かう車の中、昭彦は外の景色を眺めながら、アナルと下腹部の痛みを味わっていた。痛みは意識を他へ逸らせばある程度無視出来る昭彦だったが、今の昭彦にはこの痛みが愛おしかった。車が道路からの振動で大きく揺れる都度走る激痛に、自分の甘さを反省していた。
 と、竜崎の手が昭彦の手を握ってきた。労るような優しさで、昭彦の手の甲を親指でさする。昭彦は微かに笑みを浮かべ、竜崎の手を握り返した。竜崎の激しく熱い愛情が伝わってくるのを感じていたのだ。竜崎も昭彦の微笑んだ横顔に安心したようで、大きく息をつくと目を閉じた。
<4>
「上納金の罠」
<4>「上納金の罠」

 大山組長の急な呼び出しは、竜崎が先日上納した株の会社が、不渡りを出して倒産してしまったのだ。10億からの株が無一文になってしまった。
「どうゆうことや?」
不機嫌そうな大山に、竜崎はひたすら平伏し、
「申し訳ありません。この埋め合わせは近日中に必ずさして貰います。」
と、謝罪した。
「幹部の中にはお前が助長しすぎるて批判する奴もおるんや。こないな失態を晒しとると、わしでも庇いきれんで。」
「済んません。以後肝に命じて、このようなご迷惑はおかけしません。」
庇って貰ったことなどない、と思いつつも、今は謝るしかない。
「取り急ぎ、5億ほど現金で上納さして貰いますので、お納め下さい。」
大山の眉がヒクリと動く。竜崎はここへ来る途中、銀行を回って、すぐに引き出せるだけ持参してきたのだった。
「近い内に、またきちんとした上納をさして頂きますんで、これはおやっさんの小遣いにでもして頂ければと用意さして貰いました。」
大山の口元が綻ぶ。
「まあ、そこまで言うなら収めさして貰うか。」
声もうって変わって軽い調子になっている。大山の頭の中で、抱えてる女達への贈り物があれこれ浮かんでいるのだろう。
「株には気ぃつけるんやで?」
と、大山は言って、失態を許す意思表示をした。

 本家から帰る車には竜崎組の若頭:黒部哲夫も同乗していた。竜崎が昭彦を捜している間に、先に銀行へ行って、お金を用意させていたのだ。
「済まんの。組の金出さして。」
「何言うとりまんのや。みんなボスの稼いでくれちょる金です。いくらでも好きに使うて下さい。」
「みんなのシノギかてあるがな。それに給料払うのが遅れそうや。生活に困って悪させんよう気ぃつけたってや。」
「わかっちょります。みんなボスの悔しい気持ちわかっちょりまんがな。今、ボスの足を引っ張るような真似する奴等はウチの組にはおりません。」
竜崎は腕組みをすると大きくため息を吐いた。
 昭彦はずっと寡黙に側にいるだけだった。何も口を出せない。だが、怒りは沸々と込み上げてくる。あの株を竜崎に買わせた相手を、常に竜崎と行動を共にしている昭彦には、わかっていたのだ。

 山神組幹部・鮫島組組長:鮫島文弥。その男が上納金を納める日の間近に竜崎を訪ねていた。鮫島が後ろ盾になっている会社の株が流出しそうだ、と泣きついてきたのだ。
 ”まだまだ将来性がある会社だが、このままでは乗っ取られるかも知れない。何とか先に手を打って株の流出を抑えなければならない。どうも外国の企業が狙ってるようだ。自分には資金が足りないので竜崎の力を借りたい。”
 そう言っていた。急な話に竜崎は警戒していたが、どうしても急がなければならない、と頼み込まれて、「鮫島の兄貴がそこまで言うなら」と、すぐに動かせるお金として上納金に用意していたもので買い取ってやったのだ。竜崎としても、株で上納する危険は承知していたが、鮫島も後押ししている会社の株を持つことは、山神組の鮫島への押さえになるだろうという思いもあったのだ。
 だが、こうなると計画倒産の疑いも出てくる。《鮫島に嵌められた。》という思いは竜崎の中にもあった。けれど、まだ確証はない。調査してはっきりした段階で、それなりの報復に出る、と竜崎は腹を括った。

 竜崎組の組事務所に戻った竜崎は竜崎組企画室室長の大森亮介を組長室に呼んだ。大森は主に竜崎の裏の顔を支えている男だった。竜崎は事の経緯を説明し、裏を探るように指示した。竜崎より10歳年上の大森は、温厚な穏やかな顔に不敵な笑みを浮かべ、
「必ず影の膿を全て絞り出してみせやしょう。」
と、深々と頭を下げて出ていった。大森が頭を上げる時、チラリと昭彦にも視線を投げた。その目が冷たく光ったように感じた。

 二人だけになって竜崎は長ソファーに移ると昭彦を横に座らせた。昭彦が出ていった大森を気にするようにドアを見ていたので、
「大森は頭の切れる男やで、必ず裏をつかむやろ。」
と言って、昭彦の前髪を上げながら、額にキスをした。それでも昭彦の表情が暗いままなので、
「何か気になるんか?」
と聞いた。昭彦は目を閉じ、竜崎の肩にもたれて天井へ顔を向けると、
「・・・ええ。何でもあらへん。」
と呟くように言った。竜崎は一段落ついて気持ちが落ち着いたようで、昭彦の髪を撫でながら、鼻や頬や顎にキスを繰り返した。
「大森がお前を気にしとるんは仕方ないで、まあ慣れるまでは目つきの悪さも許してやり。」
昭彦はそう言った竜崎の言葉に目を開け、不思議そうに顔を見た。それから、拗ねたように、
「なんや・・・気付いちょったんか・・・」
と言うのを竜崎は苦笑して聞いていた。
「この前の北進会の件を自分に探れなかったことで、自尊心がちーと痛んだようやで。温厚そうに見えて、なかなかプライド高いでなぁ、中学生やったお前に出し抜かれたんが悔しかったんやろ。」
「・・・たまたまやがな。」
「そうや。わしもそう言ってやったが、自分の調査が甘かったちゅうて、今後こんなドジはしでかしません、ちゅうとった。プライドが高いだけに義理にも厚い男やで、わしは信頼しとる。あの時の分もきっちり調査してやるっちゅう意気込みが、お前を見た時の目になっただけやで。」
「・・・そうなんか・・・」
「別にお前を嫌うとる訳やないで、許したり。な?」
「・・・わしのことはええんや。・・・わしの存在が兄さんの迷惑にならんのやったらそれで。」
昭彦が伏し目がちにそう言うのを、竜崎は目を細めて愛しげに見ていた。そして、昭彦のサラサラの髪をクシャクシャっと撫でた後、その手で顎を上げて唇を重ねた。昭彦の痛みの残るアナルが疼く。竜崎への恋しさが募り、昭彦も舌を吸って絡めた。
 しばらく熱いキスを交わしていたが、
「腹が減ってはなんとやら・・・やで、美味い物でも喰いに行こう。」
と竜崎が言った。
「・・・金・・・ないんやろ?」
「うっ・・・アホォ、ツケやがな、ツケ。・・・なあに、今に100倍にして取り返したるで。わしを甘う見たら、痛い目に合うっちゅうことを、きっちりわからしたるでの。」
竜崎はそう言って明るく笑った。
「一千億・・・会社数個乗っ取れるなぁ・・・」
昭彦が呆れて言うと、
「そや。乗っ取ったるわ。」
と、どんな逆境もバネにしてしまう男は愛嬌のある笑顔でウィンクをした。

 会社での強引な行為で、昭彦のアナル周辺が少し爛れて腫れていた。竜崎は謝りながらローションを優しく塗ると、今度はゆっくりと、昭彦も感じさせてやるように抱いた。
 時間をかけてたっぷりと愛された昭彦は、竜崎の肩に火照った頬を押し当てながら気怠さのままに眠ろうとしていた。竜崎は昭彦の肩を撫でたり、髪を梳いたりして余韻を味わっているようだった。
 が、ふと、気になっていたことを思い出した。
「昭彦・・・今日は何処行っとったんや?図書館にはおらんし、いつも行く書店とか立ち寄りそうな店も全部探さしたんやで?」
「ん?・・・あぁ・・・『織恋庵』てゆう、教会の隣りにあるカフェに行っちょったんや。で、料理も美味そうやったんで頼んだら、けっこう時間かかってもうて・・・堪忍。」
「・・・オルレアンか・・・腹が減っとったんか?」
「そうでもなかったけど、康志が美味いコーヒーあるっちゅうたで試しに行ってみたんや。」
また”試し”か、と竜崎はため息を吐いた。
「そしたらフランスの家庭料理やっちゅうのがあったんで・・・」
「試してみたんやな?」
「・・・うん。・・・で、康志が教会覗こうちゅうし、まだ教会の中は見たことなかったで、見学してきたんや。」
竜崎は段々腹が立ってきた。見つからなかったことではない。教会を覗いたことでもない。知らない名前が昭彦の口から繰り返し出るのが面白くなかったのだ。
「昭彦・・・その”やすし”ちゅうんは誰や?」
「康志?・・学ビルの予備校生や。図書館で何度か顔合わせるうちに友達になったんや。」
昭彦は眠くなってきてたので、答えるのも面倒になりつつあった。昭彦の体力を持ってしても、竜崎の激情を受け止めるのは体力を消耗する。しかも、内側から抉られるような感覚は、外からの衝撃以上に体に応えた。
「フン・・・で、どんな奴なんや?」
「どんな?・・・クックククッ。見た目か?性格か?」
昭彦は竜崎が嫉妬を感じていることに気付いて、くすぐったい気持ちになり、からかいモードで聞いた。
「どっちでもええ。どんな奴じゃい。」
竜崎は髪を撫でていた手で軽く昭彦を叩いた。
「ッッテ・・・性格は・・・まだ、ようわからん。悪い奴やないけど、把握出来るほどは知らんし。・・・見た目は・・・クスッ・・・兄さんには全然かなわんで。わし、兄さんほどええ男、他に知らんもん。」
昭彦は体をずらして、うつ伏せになると、竜崎の肩にキスをして、またもたれた。竜崎は昭彦に誉められてまんざらでもなかったが、気持ちの苛立ちは収まらなかった。
「・・・けど、康志っておもろい奴やな。・・・わしの質問にいつも真剣に答えてくれるで・・・貴重な友達かも知れん。」
微睡みながら昭彦が言うと、竜崎は昭彦の肩をきつく掴んだ。
「・・・兄さん?・・・何やねん?」
目を閉じたまま昭彦が眉を寄せる。
「なぁ、昭彦。・・・わしのこともたまには竜也て呼んでくれんか?」
「・・・あ?」
昭彦は眠そうに片目をあけた。
「わしにかて竜也ちゅう名前があるんや。二人きりの時くらい名前で呼んでくれたかてええやないかぁ?」
「・・・兄さんを名前で呼ぶなんて・・・恐れ多いマネ出来へん。」
「何でや?わしの名前が気に入らんのか?」
「そやない。・・・兄さんは偉い人や。呼びつけになんて出来へんやん。」
「ええやないか。お前はわしの可愛い恋人や。せめて二人きりの時でもええで、竜也ちゅうて甘えて欲しいで。」
竜崎は昭彦を強く抱き締めると情熱的にキスをした。昭彦も素直に応えた。唇を離しても額をつけて鼻を擦り合う。
「・・・兄さんの気持ちは嬉しい。・・・けど、呼び名は癖になるで、普段区別出来たとしても、不意の時に名前で呼んでしまうかも知れへんやろ?・・・そしたら、兄さんを崇拝してる人達に失礼になってまうやん。そないな真似しよったら、わしが兄さんの側におれなくなってまう。・・・わし・・・兄さんの側におれるだけでええ。・・・呼びつけにして・・・まるで自分の所有物みたいな呼び方しとうないねん。兄さんはみんなが大事にしてる人やで・・・」
竜崎は胸が痛くなった。大事なのはお前だけや、と言ってやりたかった。が、現実には抱えてる子分達への責任がある。それを放棄することは、自分には出来るはずもないし、もしそんなことをしようとしたら、昭彦は身を引いて消えてしまうだろう。だが、それでも可愛くてたまらなかった。昭彦のいじらしい程の気持ちが愛おしかった。
「昭彦・・・昭彦・・・昭彦・・・」
竜崎の心からは、もうちっぽけな嫉妬は消えていた。抱き締めてキスをするうちに、竜崎の情熱が男根に集中していき、はち切れんばかりに硬直させていた。
「あ・・・ちょっと・・・それはキツイ・・・」
ヤバイ状況になったと、昭彦は逃げ腰になった。
「逃がさへん。何処へも行かさへん。お前はわしのもんや。」
「それはええけど・・・なぁ・・・」
背中を向けてベッドの縁にしがみ付こうとする昭彦の腰を抱き寄せて、ローションと竜崎のミルクの残るアナルへと肉棒を押し込んだ。先ほどの結合の名残りが熱いままに柔らかな肉を潤している。締め付けてくる肉襞に包まれて竜崎は快感に身震いをした。
「…ぁ、、、ぁぁ、、、…」
昭彦は呻いて仰け反った。竜崎は昭彦の肩を抱き、うなじや肩に唇を滑らせて、
「ええ子や・・・心底惚れとるでぇ。」
と、腰を動かし始めた。たまらない快感に陶酔する。昭彦とひとつになっている充実感が快感と共鳴して体中に喜びを溢れさせる。
「ああああ、、ああああああ、、、」
腰を振りながら、沸き上がる声を抑えることは出来なかった。スゥーともシィーとも形容しにくい、歯を合わせて息を吸う音を漏らして、気持ちよさを噛みしめる。
「ああああああ、、、シーッ・・・ううぁぁぁぁぅぅ・・・ああぁぁぁぁ、、、」
一定のリズムが急激に早くなって打ち付けられたかと思うと、抱きすくめられ、痙攣するような震えがしばらく続き、また、一定のリズムを刻んで責め立てる。何度もいきそうになるのを堪えて、快感を持続させているようだった。
「…ぁ、、、ぅぅ、、、…兄さん… …もう…持たへん…」
今夜ほど、”兄さん”と、昭彦の自分を呼ぶ声が可愛く思えることはなかった気がする。・・・いや・・・ずっと、可愛かったのを、改めて実感したのかも知れない。ずっと感じていたい。昭彦と結ばれている今を。
 決して離さないと心に誓いを立てながら抱き続ける竜崎は、朝まで昭彦から体を離さなかった。何度か堪えきれずに迸りを昭彦の中に注ぎ込んだがそのまま結合を解かずに眠った。繋がったまま朝を迎えた竜崎は、
「おはよう!ハニー!」
と繋がった状態でキスをしてくる元気さだった。昭彦は返事をする気力もなく、自分のものとは思えない下半身の怠さに、
「・・・おはよう・・・」
と微かに笑みを浮かべるのがやっとだった。

 竜崎は無くしたお金を嘆いても始まらないとばかりに、精力的に仕事をこなしていた。昭彦は今日は図書館へは行かず、ずっと別室で勉強に専念していた。
 昨日の一件は大森が裏を探っているが、表からも矢木沢に調査するように指示したようだった。そのうちに、調査報告が来るだろう。
「お前はまだ勉強中の立場やろ。何も心配せんで、自分のことをしとったらええんや。」
と竜崎は言う。それでも、もし何かあったら役に立ちたい、と思ってしまう昭彦だった。
<5>
「頭脳」
<5>「頭脳」

 竜崎商事の社長室に5人の男達が難しい顔で頭をつき合わせている。
 時間はすでに深夜、社員はもうほとんど帰っているが、変わりに1Fホールでは上の様子を気にしながら、何かを待っている男達がたむろしている。

 ◎竜崎竜也=25歳:竜崎組組長であり、竜崎商事(株)社長。
 ◎矢木沢賢悟=32歳:竜崎商事社長秘書で竜崎の側近。主に竜崎商事の資金源である、貿易部門を任されている。
 ◎黒部哲夫=35歳:竜崎組若頭で、普段は組を任され、組員達の仕事を管理し、相談役にもなっている。
 ◎大森亮介=35歳:竜崎組企画室室長、竜崎の裏の顔を支える存在で、竜崎組の”調査室”と”暗殺集団”を管轄している。
 ◎福原正人=30歳:竜崎組若衆だが、経営手腕を買われ、竜崎商事秘書としての仕事をし、組員が働く開発事業部を任されている。
この竜崎を含めた5人のメンバーこそが竜崎の頭脳だった。
 矢木沢は将来の為に竜崎組には入れてなかったので、今回は矢木沢の為にこっちの会社での密談となったようだった。

 昭彦は、まだ子供だから、と待っているように言われ、竜崎の社長用のデスクで本をパラパラと眺めながら、目の前で話されている事にも耳を傾けていた。竜崎としてはなるべく昭彦を危険な相談に参加させたくなかったが、常に一緒に行動している以上、知らないでいる方が危険とも言えたし、そもそもの出会いがあのような惨劇の中だったので、傍聴する分には構わないだろうと考えていた。
 昭彦は竜崎と関わりのある人達とは友好的になることを避けていた。自分の微妙な立場もあるし、相手が自分と話す時に、必ず背後に竜崎を意識しているのがわかるだけに、友好的などあり得るはずがないとわかっていた。竜崎を崇拝する彼等は、竜崎の昭彦への盲愛を知っているだけに、昭彦の機嫌を損ねたくなかったのだ。
 だから、昭彦が普通に会話出来るのは、竜崎から離れた空間である学ビルでの知り合いだけだった。
 もっとも、矢木沢は勉強を教えて貰うこともあって、会話する機会は多かったが、なるべく敬語を使うように心掛けていた。

 話の内容はもちろん、あの株の一件だった。簡単な調査ではなかったが、大森が、その穏やかな顔立ちからは想像も出来ない、冷酷で鋭利な手段を用いて徹底的に調べ上げた結果、とんでもない大物が出てきてしまったのだ。
 某財閥系の大手銀行頭取:犬飼と山神組幹部・伏島組組長:伏島省三である。伏島は山神組組長の大山より古株であり、年上でもありながら、前の組長の時代から幹部止まりで上へは行けなかった男だった。どうも口うるさいとこがあるようで、煙たがられてしまうらしい。
 伏島と犬飼とは昔から持ちつ持たれつの関係で、不良債権の処理に苦慮していた犬飼に、竜崎を陥れたい伏島が今度の話を持ちかけたらしい。そして伏島と親しい鮫島が竜崎を騙す役を任されたようだった。
 10億という中途半端な額も、毎月の竜崎の上納金を知っているからこそ、出てきた額だろう。それ以上なら竜崎はもっと調査してからでなければ出さないだろうし、それ以下では痛くもない額だった。
 身内だけに信用取引をした。後から竜崎が騙されたと言っても、言い掛かりだ、と言えば済む。伏島と鮫島が結託し、逆手に取って竜崎を責めれば、今の立場では竜崎が折れるしかなかった。
 そうした予想があったからこそ、竜崎は大山の前でひたすら謝罪に務めたのだ。

 大森の調査に加え、矢木沢が表から調べた”計画倒産”隠しの手口を、じっと聞いていた竜崎は、握った拳骨を覆うように手を合わせて、テーブルに肘をついていた。皆が沈鬱な表情で眉間に皺を寄せていた。
「これぐらいのことで、わしを潰せると思うとるとは甘いのう。」
竜崎の低く呻るような声は怒気を含んで恐ろしげに響いた。そして、拳骨に押し当てていた顎を上げ、ニヤッと笑った。
「なんちゅう美味しい獲物なんや。」
竜崎の言葉に、暗い表情をしていた男達の顔がハッとなり、光明が差した。
「紙くずになった株証券、返して貰うといて良かったわ。クッフフフッ。50億の額面を10億で買い取ったら無一文。それやったら、無一文の50億の額面証券、10倍で買うて貰おやないかぁ。・・・あそこはしょぼい海運会社があったなぁ。あれ・・・貰うことにしたわ。・・・輸入するにも船がないと輸送費が痛いしのう。・・・どや?」
「いいですねぇ。そうしましょう。」
矢木沢も笑みを浮かべて頷いた。
「伏島と鮫島には文句言わさへんように、きっちり締めたるで。・・・仲間を騙す奴等は人を人と思わへんちゅうこっちゃ。そんな奴等が上におったら、下の者達かて難儀やでぇ。ウチでそっくり面倒見たるがな。・・・生きくだけで、キツイ世の中、助け合わんでどないすんや。のう?」
「ホンマですなぁ。」
黒部がまったくと言いたげに頷く。
「わし等には人から搾り取った金は必要ない。同じ土壌でシノギ削り合ったら、一般人かて大変や。人材欲しがる場所はいくらでもあるんや。デカイ事業建てて太い根っこ生やしたるがな。ちゃうか?」
「ガンガンやりましょう。」
福原が力強く頷いた。
「銀行家もそうや。人様の金の上にあぐらかいて何様のつもりやねん。自分等の失態をわし等のように地道に稼いできた者・・ククッ・・騙して穴埋めしようなんて汚すぎるで。・・・けど、わし等は泣き寝入りする素人やない。二度とわし等を相手にアホな真似出来んよう、わし等の怖さを叩き込んだるわ。せやろ?」
「ククッ。本物の地獄を見したりましょう。」
大森の柔和な顔には冷酷な笑みが浮かんでいた。
 竜崎の言葉に皆の顔が輝いていた。実際に実現させるには困難と危険が待っている。それでも、この男とならやっていける、と思わせるものが竜崎にはあった。この男の為なら心血を注いで尽くしたい、と思わせる。そして、この男は自分の思いを受け止め評価してくれる。一緒にいるだけで、熱い血がたぎってくるのだ。
 自分の影を引きずるほどに重い足取りの暗い気持ちで始まった会議も、終わってみれば体中の血が燃えてくるほどに興奮していた。やってやる!やったるで!とみんなの顔が精気に溢れていた。

 傍観していた昭彦はつくづく、竜崎という男の大きさに感服していた。そして、自分もまた竜崎の役に立ちたい、と思うのだったが、会議が終わった竜崎に手招きされ、横に座った途端、
「ええ子で待っとったな。飽きんかったか?」
と思いきり子供扱いされた挙げ句に、いつもの御褒美のような額へのキスを、この男達の前でされている自分は、”竜崎のペット”と呼ばれるのも仕方ないことだと思ってしまう。
 二人きりの時、塞ぎ込んでいると、
「相手は昭彦より10年、20年も長く、したたかに生き抜いてきた男達やで。比べることなんてないがな。昭彦はこれからちょっとっつ社会のことも勉強しとったらええんや。」
と、宥められてしまう。竜崎が昭彦の才能を認めてない訳ではなかったが、思う気持ちが違うのだ。竜崎にとって昭彦は可愛い恋人。掛け替えのない宝。共に戦うようり、守ってやりたかった。
 みんなも昭彦が竜崎にとってそうした存在だと承知していたし、他で自分を甘やかさない竜崎だけに、昭彦への甘さくらいあってくれた方が救われた。竜崎に恋人が定着しないのは自分達が面倒を起こすせいだと思うと申し訳なくなる。自分達を優先させて考えてしまうことが、普通の恋人には絶えられないのだ。それはそうだろう。だが、竜崎も絶対的神ではない。神のごとく働き続けたら、早く天界に呼び戻されてしまうかも知れない。いい大人が考える発想ではないが、そう思えてしまうのだ。多少の我が侭、人臭さが、昭彦への溺愛なら、それでいいじゃないか。と、竜崎を崇拝する者は皆思うのだった。

 昭彦を構いながら、一人一人に今後の指示を出した竜崎は、大森との細かい打ち合わせの為に組事務所へと移動した。夜中の1時を回っていたが、まだ2〜3時間は綿密な打ち合わせにかかりそうだった。
「眠くなったら、寝ててええんやで。」
車の中、長い口づけの後で竜崎が言った。
「兄さんはいつ寝るんや?明日、朝から会議がはいってるやろ?」
「時間があればいつでも寝れるもんや。・・・ちーと・・ジムへ行く時間が取れんのが残念やがのう。」
「マッサージくらいなら、わしがしたる。」
「お?例の勢力増強のツボ、わかったんか?」
「・・・いや・・・それは知らん。」
竜崎が目を眇めた。
「昭彦・・・ホンマに知らんのかぁ?」
「・・・知らん。」
「ホンマにホンマなんかぁ?」
「・・・知らんて。」
「ホンマにホンマのホンマ、知らんのかぁ?」
竜崎はそう言って、昭彦の耳にかじり付いた。
「あははははは・・・しつこいなぁ・・・」
昭彦がくすぐったがって笑い声を出した。可愛い声に竜崎はぞくぞくぞくぅっと鳥肌立つほど感動してしまう。
「・・・昭彦・・・可愛いなぁ・・・」
竜崎は昭彦を抱き締めると再び熱くキスをした。
「マッサージなどいらん。お前がわしの側におってくれるだけで、どんな疲れも消えてまうで。」
と、熱い息のままに言い、
「・・・ほれ・・・もうビンビンや。」
と、昭彦の手を自分の股間に押しつけた。
「知らん。もぉぉ・・・そんなに元気やったら、心配せぇへん。」
昭彦はクスクス笑いながら、窓の外の暗闇に目を向けた。これから相談されるだろう、血も凍る密談へ行く途中とも思えない和やかさに、竜崎の根底にある図太さを感じながら。

 竜崎組の事務所はそれから朝方まで、人の出入りが忙しかった。
 竜崎と昭彦は早朝にマンションに戻って、風呂に入り着替えをして出掛けた。風呂に一緒に入りたがる竜崎の魂胆は見え見えだったが、時間もないので付き合ってやった。泡だらけにした昭彦の体を腕の中に抱き締めて、竜崎は思いの丈の雄叫びをあげた。
 迎えに来ていた組の者が、やけににやけた顔で朝の挨拶をした。昭彦は竜崎の関係を隠そうとしない態度に慣れてきてはいたが、女扱いされることだけは嫌だった。共に戦う戦士でいたいのだ。もちろんアマゾネスのように戦う女もいるだろうが、昭彦的女性像には入らなかった。
 そうだ、今度康志に理想の女性像がどんなものかを聞いてみるか、と思いながら、通学途中の自転車をこぐ女子高生の姿を目で追う昭彦だった。