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獣たち




<6>〜<10>



<6>
「黒豹」
<6>「黒豹」

 ギシッ、キュッキュッ。ベッドが軋む。
「…ぁぁ、、兄、、さ、、ん、、…ぅぅ、、ん…」
足を顔の横まで上げて、竜崎を受け入れている。
ギシッ、ギシッ。グチュッ、グチュッ。
「ええ子やでぇ・・・あぁぁ・・・可愛いでぇ・・・うぅぅ・・・」
クチュックチュッ、クチャックチャッ。
 たっぷりと塗り込まれたローションが淫靡な音をたて続けている。竜崎が大きく突き上げる度にベッドも軋む。そして、昭彦の小さく喘ぐ声と竜崎の荒い息遣い。
「…ぅぅ、、ん… …ん、、ぁぁ、、ぁ、ぁ、…」
声は出したくなかった。それでも突き上げられる度、引いていく度、それぞれの切なさと快感が走り、体中に痺れるような陶酔が広がっていく。
「ええでぇ・・・スゥー・・・あぁぁ・・・最近締め具合がうまぁなったやないかぁ?・・・はぁはぁ・・・前はきつぅ締め付けるばかりやったが・・・うぅぅ・・・柔らこぅなったで・・・シィー・・・んん・・・ええ具合にひっついてきよるでぇ・・・はぁはぁ・・・わしのこね具合がええんやろか?・・・ん?」
竜崎は繋がっている感触を楽しみながら、ゆっくりと擦り上げている。
「…知…らん…わ… …ぅぅ、、ア、、ホ、、んん…」
圧迫される前立腺と竜崎の腹部で押さえつけられている昭彦の男根が感じて亀頭の小さな口からよだれを垂らしている。
ギッシッ、ギッシッ。グッチュ、グッチュ。
「あぁぁ・・・最高やでぇ・・・」
昭彦の高く上げた足を一緒に抱え込んで、竜崎がキスをする。
「…ん、、ん、、…ぁぁぁ、、、…兄、、さん、、…」
感じている顔を見られたくなかった。つま先まで反り返ってよがる姿は、まだ自分的に許せなかった。それでも感じてくると無意識に仰け反り、切なく喘いでしまう。
「そろそろ、一緒にいこか?」
そう言った竜崎は一度昭彦から体を離した。
「四つん這いになって、そこのパイプにつかまるんや。」
昭彦は足を一旦下げて体を反転した。仮眠用の狭いベッドでは左右に寝転がるスペースが少なかった。しかも、このパイプベッドがやたらと軋む。竜崎が暴れるからネジが弛んできたのかも知れない。
「パイプにしっかりつかまっとるんやでぇ。」
そう言って、竜崎は犬のポーズの昭彦の尻に肉棒を合わせた。
ズブブブブブゥー。
散々こね回されたアナルは一気に太くて長い竜崎のモノを根元まで飲み込んだ。
「あぁぁ・・・ええ具合やぁ・・・」
昭彦の尾てい骨から背中を掌で優しく撫でながら、確認するように腰をゆっくりと回転させる。それから、
「ほな、いくでぇ。」
と言って、力強く腰を打ち付け始めた。
ジュプッ、ジュプッ、ジュプッ。ギシッ、ギシッ、ギシッ。
「…ぅ、、くっ、、、ぅぅ、、ぅぅ、、、ぁぁ、、、…」
背もたれのパイプにしがみつき、前のめりに潰れそうな体を支える。
パシッ、パシッ、パシッ。グチュ、グチュ、グチュ。キュッ、キュッ、ギッ、ギッ。
肌と肌のぶつかる音も混じって、ベッドの軋みもやたらと、うるさくなる。
「はぁはぁ・・・めっちゃええでぇ・・・ううぅぅぅ・・・スゥー・・・ああぁぁぁ・・・」
社長室の別室であることも気にせず、いつもの咆吼が始まる。
「あああぁぁぁぁぁ・・・うううぅぅぅぅ・・・」
腰をぶるぶる震わせるようにして快感を貪り、陶酔していく。
「ぁぁ、、、ん、ん、、、ぁぁぁぁ、、、…はぁはぁはぁ…」
声を出さないように我慢している昭彦からも、時々たまらないようなよがり声が漏れ出す。身悶えしそうなほどの快感が走り、背中が波打つ。
「ああぁぁぁぁ・・・はぁはぁ・・・わしの獅子や。・・・わしだけの獅子や。」
竜崎が愛おしげに昭彦の黒獅子の彫り物を撫でる。
「のう?・・・そうやろぉ?」
肩で息をしながら、竜崎は自分の二匹の竜に言う。竜崎の肩から胸にかけて恐ろしげな顔を見せている竜も、大きく体をうねらせている。
パンパンパンパン。ジュプジュプジュプジュプ。ミシッミシッギシッギシッ。
「あぁぁあぁぁぁぁぁ・・・はぁはぁ・・・あぁぁううぅぅぅ・・・」
竜崎は陶酔の中で吼えながら動きを早めていく。
「ぁぁぁぁ、、、ぁぁぁぁ、、、んんん、、、ぁぁぁぁ、、、」
昭彦も切なく甘い声で喘いでしまう。昭彦の男根も真っ赤に硬直し、たらたらと漏らしてしまっている。
「ええかぁ?・・・いくでぇ?」
「…兄さん…わしも…」
「よしよし、一緒にいこなぁ。・・・ええ子やでぇ。」
竜崎は昭彦の背中を抱え込むと、手を前に回して、昭彦の肉棒を握って扱いてやる。この肉棒を昭彦自身が扱くのを竜崎は禁止していた。もちろん、自分の目を盗んでのマスターベーションも禁止していた。昭彦がアナルを愛されていない時に男根だけで感じるという行為は、女性への性欲を思い出させてしまうようで嫌だったのだ。
「ぁぁぁぁぁぁ、、、ぅぅぅぅぅ、、、」
「ええかぁ?・・・あああぁぁぁぁ・・・わしもめちゃめちゃええでぇぇ・・・」
ミシミシミシミシ、ギシギシギシギシ。
「うううっっ・・・ううっ・・・ああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!」
竜崎の雄叫びと同時に昭彦も竜崎の手の中に射精した。

 昭彦を抱き枕のように腕の中に抱え、足を乗せて横たわっている竜崎は、静かな寝息をたてている。
 さっきまで昭彦の精液のついた手を舐めながら、話しかけていたが、この所のハードワークで疲れていたのか、すぐに眠ってしまった。昨日もこうして、ここで仮眠をとっていたが、起きた時に昭彦の姿が見えないと、いきなり怒り出すので、竜崎が眼を覚ますまではじっと抱き枕に徹しているしかなかった。
 マンション以外で抱かれるのは嫌だと言っていた昭彦だったが、寝る暇もないほど忙しく動く竜崎に短い間でも熟睡して貰うには、受け入れるしかなかった。竜崎を愛している。共に戦い、自らの命に代えても竜崎を守りたい。そう思いながらも、まだ、仕事に加えて貰えない昭彦だったが、休息出来る時間を作るのも役に立っているのだと思いたい。
 最近は竜崎事務所の方から、黒部を筆頭に、常に数人がでばってきていて、社長室に待機していることも多かったので、別室での行為が筒抜けなのはわかっている。これまで社長が仮眠中に社長室で騒ぐ者がいるはずもなく、特別防音設備にしてなくても問題はなかった。が、この状態が続くならなんとかして欲しい、と思ってしまう。別室から出てきた竜崎と昭彦を迎える彼等はごく普通の態度でいようとしていたが、口元に浮かぶ笑みや昭彦の腰回りに絡む視線が煩わしかった。
 竜崎に捧げた命。屈辱くらいなんでもない。と思うのだが、蔑みは受け入れ難い男としてのプライドもあった。竜崎もそんな昭彦を気遣ってくれるのだが、すぐに甘い顔で甘い言葉をかけてしまう。二人きりの時に、たまに竜崎の甘すぎる態度を怒ってみせても、
「可愛いんやから、しゃぁーないがな。」
と、にまにまと笑いながら顎を撫でる。

 1時間ほどで目を覚ました竜崎は、昭彦の肩にキスをすると、またぐようにベッドを降りて身支度を整えた。シャワーなどあるはずもなく、昭彦の麝香の香りを纏って、壁に掛かった鏡に向かい髪を櫛で撫でつけて身嗜みを確認した。
「ほな、待たしとるで、先行くけど・・」
「・・・うん。」
ベッドに横になったまま返事をした昭彦の頬にキスをして、竜崎は部屋を出ていった。
 今日は昭彦も眠かった。竜崎の抱き枕でいるにはベッドの端ギリギリでじっとしてなければならず、うっかり体をずらしてベッドから落下したりしたら、竜崎の眠りを妨げてしまう。数日こんな日が続いているので、昭彦にもいくらか疲労が感じられるようになっていた。
 体をベッドの真ん中に移動して伸びをした後、腕を頭の後ろに回し、目を閉じて大きく息を吐いた。空調の音がする。窓のないのが息苦しく感じる。贅沢を言うつもりはないが、図書館に行きたくなる理由のひとつに、この部屋に窓がないこともあった。一日この部屋にいると、時間も季節も感じられないのだ。あの日以来、もう半月図書館には行ってない。そろそろ梅雨に入りそうな薄曇りの日が多くなった。今、雨は降っているのだろうか。そんなことを思う内に眠りに引き込まれていった。

 昭彦が部屋を出ると大森が来ていて、竜崎とヒソヒソと顔を近付けて話していた。昭彦は黙礼だけして、竜崎のデスクの所にある重厚なイスに座った。肘掛けも幅広で全体が黒い革張りになっている、いわゆる社長のイスだ。キャスターがついていて動くようになっているので、昭彦は座ったままデスクの後ろの窓際へ移動して、外の景色を眺め始めた。
 夕方にしても薄暗い。重い雨雲が垂れ込めて、しとしとと冷たい雨を降らせていた。蒸し暑くなるにはまだ早い時期の梅雨だった。
「勉強は進んどるんか?」
竜崎が昭彦の退屈そうな様子が気になったようで声をかけてきた。
「・・・もう、するのがなくなりました。」
昭彦は外を眺めたまま返事をした。繊細で綺麗な横顔が物足りなげに見える。黒いワイシャツをきちんと着込むと、とてもその下にあの体を覆う彫り物があるようには見えなかった。シャツの黒い色のせいか、体も実際の筋肉の発達よりも華奢に見える。彫り物が映ってしまうので白いワイシャツは普段上着を着ない時には避けていた。
「そら困ったなぁ。・・・矢木沢も今は忙しいで、勉強見てやれんしなぁ。」
「大丈夫です。単語は辞書にあるのは全部覚えましたから、今ある本はほとんど読めます。時間が出来た時に発音だけ直して貰えれば充分です。」
昭彦は大森がいるので、殊更に丁寧な言葉を選んでいた。自分のことは気にしないでくれ、と言うように竜崎に微笑んで見せた。
「・・・そうかぁ・・・」
竜崎は昭彦が愚痴を言わない子だけに、言えない部分を補ってやりたかった。今まで付き合ってきた女は大抵こんな時に不平や愚痴を並べた挙げ句に去っていった。もっとも昭彦のように共に行動している訳ではなかったので、顔さえ見てやれないのだから愛想をつかされるのも仕方ないと思えたが。それでも、昭彦だって我慢している部分が多いだろうと思うと辛くなる。
「もう読む物もないんか?」
しばらく図書館に行ってない。探求心の強い子だけに読む本がないと時間を持て余してしまうだろう。
「本、借りてくるか?」
「え・・・?」
昭彦の目にキラッと輝きが灯る。が、返事を迷ってるようで輝きが揺れる。そない我慢しとったんか、と竜崎は切なくなる。15歳の少年なのだ。したいことも知りたいことも沢山あるだろう。
「今夜はこのまま動かへんし、行ってきてええで。」
「・・・食事は?」
「ああ、じき黒部も来ることになっとるで、その時仕出し弁当を持ってくるよう頼んであるんや。せやから時間気にせんと行ってきてええで。」
「・・・そう・・・なら・・・」
迷いながらも顔を上げた昭彦は嬉しそうだった。竜崎はうんうん、と頷いてやった。
「雨降っとるで、濡れんようにな。」
「はーい。」
昭彦の明るい返事に顔が綻んでしまう。と、目を細めて笑う大森と視線が合ってしまった。
「なんやねん?」
「いえいえ・・・」
竜崎が目を眇めて言うと、大森は澄ました顔で目を伏せた。
 昭彦が借りていた本を取ってきて、
「いってきます。」
と言うと、大森はソファーから立ち上がり、
「行ってらっしゃいませ。」
と、深々と頭を下げた。竜崎は軽く手をあげ、送り出した。

 傘を差していても足元に雨がかかる。が、嬉しさで気持ちがはやり、どうしても急ぎ足になってしまう。平日の閉館は午後7時。まだ充分間に合うが、今日はなるべく早く借りるだけ借りたら戻ろう、と思った。揉め事と計略を抱えているこの時期だけに、竜崎になるべく心配をかけたくなかった。
 図書館で借りていた本の返却が遅れたことを詫びると、
「いつもきちんと返して頂いていたのに、ずっとお姿が見えなかったので、体調を崩されたんじゃないかって心配してたんですよ。」
と司書の女性がはにかんで言った。関東の方の出身のようで、この女性の言葉は丁寧すぎてくすぐったかった。昭彦が笑みを浮かべて、
「いえ。ちょっと用事が重なってたので・・済みません。」
と言うと、
「そうですかぁ。」
と、頬を染めてうつむいた。昭彦は記憶が届く限り、病気をした覚えはなかった。それでも、そう見えるのかと思うと、人が自分を見る印象には色々なものがあるなぁ、と感心してしまう。
 心理学に手を出すにはまだ早いと思う。今、存在するあるがままを過去からの流れを通して理解するのが先に思えた。古くから言い伝えられてきた伝承というものにも興味があった。昭彦は歴史のコーナーを見ながら、借りる本を探した。
 昭彦がカウンターで本を借りている所に、斉藤康志がやってきた。手に本を持っているのを見ると返しに来たようだった。康志は昭彦を見つけると、嬉しそうに笑って近付いてきた。
「よう。どないしとったん?あの日っきり姿見えなくなったで、何か怒らしたかと思うて心配やったがなぁ。」
「用事あって来れん時かてあるがな。」
「そらそうやけど・・・寂しかったでぇ。」
康志は昭彦の肩に腕をかけてくる。
「どや?今日も『織恋庵』行かへんかぁ?」
「今日は無理やで・・・また、今度な。」
昭彦は笑みを浮かべながらもそっけなく返事をすると、借りた本を抱えて図書館を後にした。
 康志は物足りない気持ちで本を返そうとした時、友達から買ったコンサートのチケットがあることに気付いた。これを誘ってみよう。と、思い立ったが、取り敢えず本を返却することにした。いつも返却が遅れがちなので、顔を見ると司書の人から注意されるのだ。
 学ビルの玄関から薄暗い通りを眺め回したが昭彦の姿は見えなかった。雨がだいぶ激しくなってきていた。それでも次にいつ会えるかわからないと思うと、どうしても今日約束しておきたかった康志は、昭彦がいつも立ち寄っているあそこの会社へ行ってみることにした。
 前に一緒に近くまで行ったことがある。昭彦を遠目に見かけて後を追った時もあった。そして、いつも昭彦はあの竜崎商事という会社に入っていったのだ。そこへ行けば、昭彦に連絡を取る方法だけでもわかるかも知れない。と、康志は思った。

 あたりはすっかり闇に包まれていた。出掛けた時より雨も激しくなっていて、かなりズボンに雨の跳ね返りがかかってしまっていた。ズボン1本にしても気後れしそうな金額の仕立て品なのだ。なるべく泥跳ねしないようにと気にしながら歩いて帰ってきた。
 玄関に黒塗りの車が停まっている。黒部がトランクを開けて、弁当箱をいくつかまとめた風呂敷包みを降ろしているようだった。
《《ズダァァーーーンッッッ!!!》》
銃声が轟いた。見ると手前の闇に動く影があった。やられたか?!と黒部を見ると、屈んで動く足元が見える。撃たれたのは部下の方だったらしい。腕を押さえて倒れている。しかし、影はまだ黒部を狙っているようだった。
 昭彦は咄嗟に動いていた。会社からより自分の方が狙撃者に近い。黒い影となった昭彦が一人に飛びかかった次の瞬間には狙撃者の首がぱっくり割れて血飛沫をあげていた。
「ヒッッ!」
と声がした時には、昭彦は次の獲物を地面に叩き伏せていた。そしてまた、首を頸動脈から頸動脈までスッパリと切り裂いた。昭彦の顔も服も噴き出す血で染まっていく。真っ青になってガタガタ震えながら拳銃を握った手を硬直させていた男の手首にメスを投げつけた。
「そいつは生かしとくんや!」
黒部が叫んだ。昭彦がさっき見た状況では襲撃犯は3人だった。締め上げて誰の差し金かを聞くのだろう。わかりきったことだったが、証拠があった方がいいらしい。メスが刺さった手首から血が噴き出している。動脈を切断してしまっていた。昭彦は舌打ちして、男に飛びかかると、地面に押しつけ、ネクタイを外して手首の止血をした。
 そこまでした時、会社から銃声を聞きつけた男達が飛び出してきた。つまりそれほど昭彦の行為は一瞬の内に展開されたのだった。男達に少し遅れて大森も姿を見せた。大森は部下を指図して車を持って来させ、二つの死体を手早くトランクに詰め込んだ。昭彦が押さえつけていた男も別の車のトランクに押し込んだ。
 昭彦はネクタイを外す時に落としたタイピンが転がっているのに気付いて、そこまでいって拾い上げた。と、人の気配に気付いた。4人だったのか?!と、視線を投げた先に、蒼白になって硬直している康志がいた。
 頭から血を浴びた昭彦の為に激しい雨が綺麗に血を洗い流していく。赤い液体となった滴が赤い涙のように頬を伝う。暗闇でもよく輝く眼は静かな悲しみをたたえていた。

 康志は目の前の光景が信じられなかった。暗闇の中を黒い影が獲物を次々に狙って襲いかかっていた。首に噛みつき、切り裂いて、次の獲物へと飛びかかる姿は獣そのものだった。黒豹かも知れない。何でそんな野獣が平和な町中にいるんだ。呆然と立ち尽くしていると、次々と獲物を倒した黒豹が近付いてきた。何かを拾おうと腰を折って、手を伸ばした横顔は・・・昭彦?!・・・康志は思わず息を飲んだ。その瞬間、黒豹に鋭い視線を向けられた。闇の中でいきなり野獣に遭遇した者でなければこの恐怖はわからないだろう。気付かれた次の瞬間に、命が奪われるのだ。それほどに恐ろしい目だった。黒い炎が燃え上がり、確実に命を奪う焦点に狙いを定めるような冷酷な視線。人ではない。化け物だ。逃げなければ。逃げ切れるのか?目をつけられた以上、もう逃げ場はない。それに体が動かなかった。もう、ダメだ。やられる。意識が薄れそうな恐怖の中で、康志は次の瞬間を待っていた。
 だが、次の瞬間とは長いらしい。それとももう襲われているのに気付かないだけか?・・・昭彦?・・・何で泣いてるんだ?・・・そこにいたら危ないぞ。黒豹がいるんだ。すぐそこに。
 康志は錯乱を起こしていた。

 赤い滴を垂らしながら佇む昭彦を竜崎が毛布で包んで抱き上げた。
「・・・兄さん・・・」
「着替えなならんで。」
竜崎は昭彦を車に連れて行こうとした。その横を大森が抜けて康志を捕まえた。
「あ・・・あかん・・・友達なんや・・・兄さん・・・」
竜崎は苦渋の顔で立ち止まった。
「・・・大森・・・」
大森は、呆けた顔でガタガタ震えている康志を見てから、ため息を吐いた。
「ほな、口止めだけしときましょう。ほんのちょっとでも漏らしたら、この地上に逃げ場はないてわからしたら帰します。今はそんなことも聞けん状態のようですし、ちゃんとわからしてから帰すようにせな・・・坊ちゃまが危ないですし。」
「うむ。・・・頼んだで。」
竜崎はまた歩き出した。早く昭彦をこの場所から移さなければ危険なのだ。雨音にかき消されたとはいえ、銃声を聞きつけた者が通報してるかもしれない。事は素早く処理しなければならなかった。
「あ・・・」
昭彦がまた何かを気にして後ろを振り返る。
「なんや?」
「図書館で借りた本、落として汚してもうた。」
竜崎は部下に言ってすぐに拾わせてきた。事件の証拠になっても困る。昭彦が気が付いて良かった、と思った。けれど、昭彦は汚したことを気にしているようだった。
「ちゃんと新しいのを買って弁償すればええねや。」
竜崎は走り出した車の中で昭彦を抱き締め、額に張り付く髪を後ろに撫でつけてやると、優しくキスをした。雨で冷たくなった額は微かに麝香の香りがしていた。

 刺客を差し向けたのは鮫島だった。けれど黒部を狙ったのは警告の意味だったのだろう。竜崎を狙えば抗争の勃発になる。諦めて手を引けということらしい。だが、それで手を引く竜崎ではなかったし、昭彦を巻き込んでしまったことへの自分自身への怒りも加わり、鮫島や伏島への強い憎しみへと変わっていたのだった。
<7>
「弱肉強食」
<7>「弱肉強食」

 竜崎組組事務所は波止場の倉庫街近くにあった。
 黒部が竜崎商事の会社で襲撃されて、竜崎組としても報復に出始めた為、これ以上会社での騒動が起きないように、竜崎は組事務所に詰めていることが多くなった。

 あの襲撃事件は一応警察も調査に乗り出した。が、対処が早かったのと土砂降りだったことが幸いして、殺人があった証拠を警察がつかむことは出来なかった。
 事情聴取された竜崎は、
「会議中で中にいましたから、ようわからんですわ。徹夜仕事やったもんで弁当を頼んでおいたら、いきなり襲ってきたそうで・・・弁当が台無しです。撃たれた者は訳もわからず泣いとりますわ。・・・え?犯人?いやぁ、逃がしてもうたそうです。・・・クッフフフッ。そらぁ、いきなり襲われたら、相手が犬かて人かて抵抗してひっかくくらいはするやないですか?そん時の血やないですかぁ?どれくらいの怪我かなんて、逃げてもうたもんはようわかりません。・・・早う捕まえてくれんとホンマ、枕高うして寝れんですわ。」
と、関知しない態度を通した。
 警察は目撃者を捜したが、夜であの雨では、竜崎商事の会社のある裏通りを歩いている者はなく、会社にいた人達に聞いても、皆一様に、「雨音で銃声に気付かへんかった。」「何か聞こえた気がしたが、車のパンクかと思うてました。」と答えるのみで、見たと言う者は誰もいなかった。
 所詮はやくざ同士の喧嘩。警察としても、証拠が出て来ない以上はこれ以上追求しても仕方がない、ということになったようだった。

 あの夜、竜崎は昭彦を頭のてっぺんから足のつま先まで、丹念に洗ってやった。昭彦の着ていた服も靴も包んだ毛布ごと全て即座に焼却処分された。竜崎としても気がかりではあったが、後のことは大森に任せることにして、その夜は昭彦の側にいてやりたかった。
 真っ白なバスローブに身を包んだ昭彦は、竜崎の入れてくれたコーヒーを両手でカップを包むようにして飲んでいた。
「・・・ごめん・・・兄さん・・・」
伏し目がちにポツリと言った昭彦の横顔は悲しみを浮かべた菩薩そのものだった。洗ってやっている間もずっと黙っていた昭彦が、どんな思いなのか、竜崎はかける言葉を探しながら見つけられずにいた。それで、昭彦が言葉を発したことで竜崎は少し安堵した。
「ええんや。あれは仕方なかったことや。黒部かてお前に感謝しとったで。」
竜崎は昭彦のまだ濡れている髪をタオルでそっと拭ってやりながら、愛を込めて額にキスをした。
「・・・服・・・ダメにしてもうた。」
「え?・・・あ・・・クッフフッ。何落ち込んどるかと思えばそんなことか?・・・そないなこと気にせんかてええんや。」
「・・・それに・・・会社・・・汚してもうた。」
「大丈夫や。この雨やし、水撒いて側溝にほとんど押し流してもうたで、たいして血の跡は残っとらん。・・・隣りの駐車場の利用客が銃声聞こえたて電話したらしいで、思ったより早く警察が来てしもうて、残ってた血を見られたちゅうて、さっき連絡があったけど・・・まあ、問題にならん程度やで、警察には手出し出来ん。・・・何も心配あらへん。」
昭彦はぼんやり竜崎の説明を聞いていたが、髪を撫でられながら、
「ええの?・・もう気にするんやないで?」
と言われて、コクリと頷いた。
「・・・けど・・・」
昭彦はそう言うと何かを考え込むようにカップのコーヒーを見ていた。
「・・・ん?」
「血ぃ出ぇへん殺し方、考えな・・・」
竜崎は一瞬固まった。が、大きく息を吐くと、昭彦を抱き締めた。昭彦の手を血に染めさせたくない。だが、昭彦もまたれっきとしたやくざなのだ。その宿命は避けて通れないものなのかも知れない。
「・・・そやな・・・ゆっくり考えて研究したらええ。」
なるべく、ゆっくり。竜崎はそう心で呟いた。
「それとな・・・必要ない相手まで命奪うことはないんやで?」
「・・・うん。わかってる。・・・あの人達だって生きる権利はあるし、命の重さに区別はない。そう思うてる。」
「・・・まあ、鉄砲玉受けた時に覚悟はしてきたやろけどの。こっちかて殺らんかったら殺られるだけやで。それが嫌ならこの世界にいなければええんや。」
竜崎も極道なのだ。必要があれば殺しの命令も出す。
「・・・黒部さんが殺られるかもって思った時・・・兄さんの大事な人を守らな、って・・・」
「ん・・・わかっとるで。・・・昭彦はホンマにええ子やでのう。」
だが、お前がもっと大事なんやってことをわかって欲しい、と竜崎は胸が痛くなる思いで、昭彦の頬や額にキスを繰り返した。
「そや。今度、拳銃の撃ち方、教えたるわ。」
竜崎はふと思いついて言った。昭彦は、え?、と少し驚いた顔をして竜崎をまじまじと見ていたが、眉を曇らせると、
「・・・血ぃ出るがな・・・」
と、言った。竜崎は苦笑した。
「そう言うても撃ち合いになる時かてあるかも知れんやろ?命中率上げておけば、6発で6人殺れる。1/10の命中率やったら、一人も殺れないまま自分が殺られるんや。・・・もっとも、撃ち合いなんて騒ぎにならんようにするのが一番なんやけどなぁ、まだ頭の古い連中はそーゆーんが好きでかなわんわ。・・・ま、ライフルとかもあるで、クレー射撃とか、遊びで覚えるだけでええがな。そのうちサバンナとか遊び行く時があるかも知れんで?」
「・・・うん。そやな。」
昭彦は笑みを浮かべて頷いた。その可愛さに、うっかりコーヒーが零れそうになるほど、竜崎は昭彦を強く抱き締めていた。何て綺麗な子なんや。心も姿も、殺しかて綺麗や。命の重さも、それを奪う罪も、みんな承知で、わしの為にて苦いまま綺麗な心に飲み込んでくれる。・・・そう言えば、逢うたばかりの時にも、わしの苦いミルクを飲んでくれたんやなぁ。
「んー・・・ホンマ、可愛いなぁ。」
竜崎は昭彦の一途に尽くしてくれる健気さに、わしがもっと大きくなって強い男になって守ったる、と思うのだった。

 そして、あの斉藤康志はどうなったのか・・・
 惨いことはしてないだろうか、と昭彦が気にしていることを、竜崎から聞いた大森が、柔和な笑顔で言った。
「なんもしとりません。彼にはもう充分すぎるほどの恐怖がありました。精神のバランスが崩れるほどの恐怖ですよって、あれ以上に何かあったら、それこそ錯乱したまま意識が戻ってこなくなります。その方がよほど危険ですわ。何を口走るか知れませんで。」
「そやな。」
竜崎が頷きながら言った。昭彦は眉を曇らせ黙っていた。
「彼に必要やったのは理解することです。」
大森がわかりますか?という顔を昭彦に向けた。昭彦は、ちょっと考えてみたものの、わからない、と首を振った。大森は大きく頷いて、
「では、ご説明いたしやしょう。」
とちょっと得意げに微笑んだ。
「世の中の人間が全て私達のように図太い神経をしている訳ではありません。特に彼のように美しいものを愛でる芸術家肌の人種は、感受性が強いだけに外因性衝撃に弱いものなのです。」
昭彦は大森の説明を聞きながら、彼が康志の身辺調査もしていることに気付いた。康志に言い含めて帰してからも、動向を観察するのは当然とも思えたが、抜け目のなさを感じた。
「神経が張り詰めて切れそうな時に必要なのは呪文です。」
「・・・呪文?」
昭彦は突拍子もない言葉に思わず聞き返してしまった。すると、大森は更に嬉しそうに頷いた。
「自分のいるべき世界に戻りなさい。たまたま、時空の歪みに迷い込んで、違う世界を覗いてしまったのです。こちらにはこちらの世界のルールがあり、踏み込んだ者には容赦はありません。さあ、その踏み込もうとしている片足を引いて自分の世界に戻りなさい。」
大森はまるで昭彦に言い聞かせるように、じっと昭彦の目を見て言った。昭彦はムッとして黒い炎をたぎらせた目で睨んだ。と、大森は目を細めてにっこりと微笑み頷いた。
「坊ちゃまはもちろん、こちらの方ですがな。いい目をされとります。・・・今のは呪文やないですよって、警告とでもいいましょうか・・・」
「勿体付けんで、早う説明したってや。」
竜崎は頬杖ついて、ため息を吐いた。
「済んません。・・・呪文とは、・・・見なかったことにして忘れてしまいなさい。雪女は本当は子供も夫も殺して元の世界に戻ったといいます。浦島太郎も迷い込んだ異世界の決まりを守らず年老いて最後は塵と消えました。余計なことは忘れるに限ります。忘れない限り、異世界は付きまとい、常に狙っているでしょう。自分の世界の今を大事に生きることです。」
「クッフフフフッ。何かと思えば、呪文は昔話なんか?」
竜崎が苦笑して言う。
「昔話には教訓が含まれとるものでしょう?」
大森はとぼけた顔に穏やかな笑みを浮かべた。
「・・・なるほどぉ・・・」
昭彦は感心しながら納得してしまっていた。竜崎と大森はそんな昭彦の様子に、顔を見合わせてクスクスと笑い出した。
「え?・・・なんですか?」
昭彦はきょとんとした顔で竜崎と大森を交互に見た。
「大森が言うたんは子供騙しやがな。クッフフッ。・・・騙されて納得しとる昭彦もまぁーだ子供やなぁっちゅうこっちゃ。」
「・・・ようわからん・・・」
昭彦は納得するのがどうして子供なのかわからずに困った顔で爪を噛んだ。竜崎は笑いを収めると、昭彦を抱き寄せ、噛んでいる爪の代わりに口づけをした。大森は軽く咳払いをして、
「では、失礼さして貰います。」
とお辞儀をして組長室を出ていった。
 大森が出ていって、二人っきりになった昭彦は竜崎の胸を押して、
「・・・ん・・・もぉぉ・・・人前ではいやや、ちゅうてるやろ?」
と、怒った。
「大森は大人やから大丈夫や。」
竜崎は可笑しそうにそう言った。今度は昭彦も思いきり不機嫌そうに竜崎を睨んだ。すっかり二人に子供扱いされていることに気付いたのだ。
「そう怒るんやないで。ほな、聞くが・・・昭彦は大人なんか?」
そう言われると困ってしまう。昭彦は、
「・・・大人やない。」
と拗ねたように言った。
「せやろ?・・・まだ、子供でええんや。」
竜崎は愛おしそうに頬ずりをしてそう言うと、ゆっくりと甘いキスをした。
 納得したことと納得出来ないことと二つの思いを残したものの、この日以来、昭彦の大森への印象が違ったのは確かだった。大森も昭彦の心がまだ素直な少年のままであることが嬉しく感じて、接する態度も好意的になっていた。

 康志を心配していた昭彦の不安も払拭されたが、それでも康志とはもう顔を合わせない方がいいだろう、と、あの図書館はもう利用しないように言われた。汚してしまった本は矢木沢が手配して同じものを用意し、詫びを言って返却しておいてくれた。
 自分のしてしまった事の後始末を全て大人である彼等が綺麗に拭ってくれたことを、昭彦は感謝する一方で、自分自身の不甲斐なさを反省した。助ける為の行為として認めて貰えたけれど、もっと周辺のことを咄嗟に見極めた上で行動出来る判断力が必要だと痛感した。そうでなければ、竜崎の足を引っ張ってしまいかねない。

 断続的に降る雨が息継ぎをするように小休止する合間を縫って、竜崎組組事務所の屋上で中国拳法の技を繰り出す練習をする昭彦の姿が見られるようになった。取り寄せた本を見ながら、本にある技を試してみて、完成された型や力の配分などを黙々と研究する姿は、舞うような美しさと共に得体の知れない怖さがあった。
 暗雲の垂れ込める空に上半身を裸にした昭彦の姿が浮かび上がる。しなやかに優美な動きに、時折空を切るような音が混じる。虚空の敵に照準を合わせて獣の眼差しで睨む姿は、背筋が凍り付くような恐ろしい雰囲気を漂わせている。闇と解け合うような昭彦の黒いシルエットに、浮かび上がる白い顔はあくまでも美しく、菩薩のごとき気品と柔らかさに輝いていながら、遠くから見ても輝く黒い魔性の目が光るだけで足が竦んだ。
 下の駐車場からその姿を見かけた者は皆、美しい獣の姿に恐れ戦きつつ魅了されてしまうのだった。

 山神組若頭の神崎祐介が竜崎組事務所を訪ねてきた時も昭彦は黙々と虚空の敵を睨んで技の研究をしていた。
「ほう・・・フフッ。あれが竜崎の飼っとる黒豹か。なるほど、綺麗な獣やのう。」
「例の噂の殺人鬼ですがな。」
神崎についてきた男が低い声で耳打ちするが、神崎は気にする様子もなく、
「大山のおやっさんが杯やった子やで、殺しくらい出来て当然やがな。」
と、窘めるように言った。
 神崎は美しい舞いを鑑賞するように眺めていたが、事務所の中から、
「ご苦労様っす!」
と迎えが出てきたので、
「うむ。」
と頷いて、中に入っていった。

 神崎は去年、当時の山神組若頭だった島岡と内紛寸前まで揉めていたのを、竜崎に助けられて今の若頭に収まったのだった。それ以前からも竜崎のことは認めて、何かと可愛がっていた山神組の中では親しい間柄だった。
 その神崎がわざわざ出向いてくることに、竜崎は、近頃の妖しい空気に大山組長も動き出したちゅうことなんか、と警戒しながら迎えた。
「竜崎よ。なんや、最近揉めとるそうやないけ?いつものお前らしくないんやないか?」
神崎は単刀直入に切り出した。
「わしが揉めたくて揉めとる訳やないですわ。神崎の兄貴。」
「それはわかっちょるがな。お前の性格はよう知っとるしのう。・・・せやけど、それだけに、いつもなら我慢するお前が何でこないな紛争起こしとるんや?」
「紛争なんてありますか?わしは誰も狙うてまへんけど。」
「おい!」
神崎が拳骨でテーブルを叩いた。
「わしとお前の仲やないけぇ!腹を割って話してくれんのか?わしは誰に言われて来とるんでもないで!お前を心配しとるんがわからんのか?」
神崎の剣幕に、竜崎はそれまでの愛想のいい笑顔を消して、苦渋の表情になった。
「済んません。・・・けど、わしにも譲れんことはありますがな。」
と、言ってため息を吐いた。
「わしは兄貴達を押し退けてのし上がろうなんて思っとりゃせん。わしが力をつけたいのは、今の世の中に当てはまらんちゅうて、除け者にされる不器用な連中を、守ってやりたいからですわ。」
「それはようわかっとるで。せやから、わしもあの時お前の話に納得して我慢しとったんやないか。」
「確かにあの時、わしも兄貴に我慢してくれ、ちゅうて頼みました。」
「せや。」
神崎は、だからお前も我慢せい、と言いたげに頷いた。けれど、竜崎は苦しそうに息を吐いて首を振った。
「島岡の叔父貴は北上に騙されとったんです。だからええちゅう訳やないですけど、大山のおやっさんが直杯の子分を大事にしてたっちゅう不満かてあったんです。」
「そらまあ・・・そうやろのう。」
神崎は腕組みをしてしかめ顔になった。
「なら、伏島や鮫島の兄貴はわしに何の恨みがあるんです?」
「そら・・・羽振りがええで、妬みもあるんやろ。」
「わしがどんだけ贅沢しとりますか?子分達かてそない贅沢させとりゃせんですわ。身だしなみを整えるのがなんぼのもんですか?・・・出来る限り上納金で上げてますがな。」
「それが面白くないのかも知れんで。金額で負けとるんが癪なんやろ。」
「だったら自分かて女囲ったり、海外に別荘建てたりせんで上納すればええんや。・・・けど、わしはそこまで干渉するつもりはないです。考え方は人それぞれやで、自分の贅沢の為に力つけるちゅうなら、それでええ。」
「・・・うむ。」
神崎は自分にも覚えがあることなので耳が痛かった。
「シノギかて何処から出すのかは人それぞれや。わしはたまたま真っ当な商売で稼げまっさかい、シマとか気にせんでやっていけますし、その点でも他の兄貴達に迷惑はかけとらんつもりです。」
「そやのう。」
「なんでみんなで必死に稼いで上納しとる物を騙して無価値にせなならんのですか?何の為に頑張って上納しとると思います?・・・わしにはそれだけ稼げる。だから、わしが少しでも多く上納出来れば、他で稼ぎにくいて、一般人を騙して吸い上げるような無理をせんでもええようにて思うて、いつもギリギリ上納しとるんです。」
「・・・竜崎には感謝しとるで。それは大山のおやっさんかてわかってるがな。」
「この一件の裏には銀行も絡んどるんですわ。」
「・・・銀行がか?!」
銀行まで絡んでいることを知らなかった神崎は、今回の謀略の深さを理解した。
「仲間騙して銀行にええ顔してどないすんのや、て言いたいですわ。しかも、その絡んどる奴は、自分の利益ばっか考えとる奴なんです。親族への巨額な無担保融資、裏帳簿の工作かて失敗すれば部下への責任転嫁。そうした不平不満や不利な情報漏洩を伏島に押さえ込ませてきた奴なんです。」
「ひでぇ奴やのう。やくざ以下やないか・・・」
神崎は思わず呻ってしまった。もっともそうした所からの依頼を受けることもしばしばあるのは組を持ってれば承知もしていたが。
「けど、わしは国家の法の番人やないですし、そないなことは警察でやったらええ。弱肉強食の無法地帯に生きる者として、清濁併せ呑む覚悟は出来とりますでのう。わしはやらんが、人様にまで口出しはせぇへん。それがわしのモットーです。」
神崎は黙ったまま何度か頷いた。
「ただ、わしかてこの世界の者です。法に訴えて解決しようなんて甘い考えはないですでの。それで色々動いとるんですわ。」
「うむ。・・・ようわかった。・・・で、どうするつもりなんや?」
「この際一般人の為にも、人の皮を被った金の亡者を、二度と悪さ出来んように潰したります。」
「フフフッ。面白そうやのう。」
「けど、バックに伏島の兄貴がいるうちは手が出せまへんのや。」
神崎の顔色が変わった。
「・・・殺るのか?」
竜崎は苦笑した。
「向こうが戦争したいっちゅうなら相手になりますが、わしはそないくだらんことで子分を亡くしとうないですし、口出し出来ん状態にする程度にするつもりです。・・・取り敢えず伏島の兄貴にはわしを敵に回したらどうなるかをわかって貰います。その為に鮫島の兄貴には簡単に荷担しよった罪を償って貰おう思うとるとこです。・・・ま、手から砂がこぼれるように地盤が崩れてく恐怖を味わっとるんやないですか?昨日あった店が次の日にはない、とか・・・これ以上は詳しく言えまへんけど・・・」
「そなんかぁ・・・」
神崎は大きく息をついて頷いた。そして、
「お前がそこまで承知でしとるんやったら、もう何も言わんことにしよう。大山のおやっさんにも竜崎に任しとくように言うとくわ。伏島が何言うてきても聞かん態度でいるようにての。」
と言って、笑みを浮かべた。
「助かりますわ。神崎の兄貴。」
「なあに・・・フフフッ。実を言えば、わしもお前に惚れとるんや。若い頃に出会っとったら、わしも竜崎の杯貰うて、一緒にこの世の中の矛盾と戦うてみたかったで。」
「もったいないっす。」
竜崎は人好きのする笑顔で頭を掻いた。
「この歳になったら、生き方は変えられん。・・・けど、理解は出来るし、応援してやりたいて思うとるでの。」
「感謝します。」
竜崎はソファーから立ち上がると深々と頭を下げた。
「せやけど・・・あまり無理はせんこっちゃ。わしに相談したい時にはいつでも聞くで?」
「お気持ちはありがたいですが、神崎の兄貴に迷惑はかけられんです。」
「迷惑やない。助けられる時には助けるちゅうとるんじゃ。・・・そない意地張っとって、何かあったら・・・上で踊っとる子が可哀想やで?・・ん?」
神崎が意味ありげに上を指差して笑った。
「あ・・・またやっとったですか・・・あはは、、、・・・参りました。」
竜崎が焦ったように苦笑いしたので、神崎は楽しそうに笑い出した。
「竜崎にも弱いもんが出来たのう?」
「兄貴、、、勘弁して下さい。」
「ええやないかぁ。自分にも楽しみがのうては生きるんが辛いだけやで?」
「・・・恐れ入ります。」
竜崎は言葉に詰まってもう一度深々と頭を下げた。神崎は竜崎の肩を叩くと、
「体には気ぃつけや。」
と言って、竜崎事務所を後にした。
 薄闇にはしとしとと雨が降り出していた。神崎が振り返って屋上を見ると、もう黒豹の姿はなかった。神崎は帰りの車の中で、竜崎が本物の黒豹を膝枕してやりながら、光沢のある毛並みを撫でてやっている姿を思い浮かべた。
「ええコンビやで。」
と独り言を言うと静かな笑いを漏らした。
<8>
「獣の感性」
<8>「獣の感性」

 竜崎が組事務所に詰めている時間が多くなったことが、昭彦に予期しなかった新たな才能を開花させることになった。
 竜崎は大森と鮫島組への追い打ちにかかっていた他、竜崎商事社長としての仕事もこなさなければならなかったので、組事務所にいる間は昭彦を黒部に任せきりになっていた。その為、昭彦がとんでもない才能を発揮していることに、しばらく気付かないでいた。

 竜崎がそれに気が付いたのは、会社の仕事に区切りがついて、秘書に判を押した書類を持たせて会社に戻るように指示した後のことだった。三階の組長室から一階に降りていくとやけに賑やかで歓声が飛び交っていた。秘書は強面の男達が小躍りするように歓声をあげていることに圧倒されて、竜崎自ら送ってくれたことへのお礼を言いつつ、そそくさと事務所を出て行った。
「何騒いどんねん?」
竜崎が顔をしかめて声をかけると、
「ボスゥー!大穴っすよ!大穴っ!」
と、頭をつるつるに剃り込んだ男が満面に笑みを浮かべて振り返りながら言った。
「ほう。そいつはすごいやないか。お前が取ったんか?」
「いやぁー、ちゃうっすよ!ここにいる者、みんな取ったんす!」
「なんやぁ?・・・みんないつもそない大穴狙いばっかしとるんかぁ?それやったら外してばっかやがな。しゃぁーないなぁ。」
竜崎はやれやれと首を振った。と、別の男が、
「違うっす!今日は坊ちゃまの御神託があったもんすから、みんなで買ったんす。」
と言った。
「昭彦が?・・・はぁ?御神託って何やねん?」
「坊ちゃまが、TV見てて、今日のレースは荒れるちゅうて、6−4やな、って仰られたんす。それで、それがあんまりデカイ大穴だったもんすから、みんな慌ててノミで買いまくったんす。」
事務所の一階には二十数人の男達がいた。この所の雨続きで仕事にならないから、と遊びに来ている舎弟もいた。
「・・・そのノミ屋・・・潰れたな・・・」
竜崎がため息混じりに呟くと、男達の顔色が変わって色めき出した。ノミ屋を閉めて逃げられたら、勝ち分を貰えなくなる、と慌てて事務所を飛び出していく。残った数名の男達も行きたそうにしながらも、留守番で行けないことを悔しがっているような表情だった。
「・・・で・・・昭彦は?」
「二階で麻雀されとると思いますけど。」
「そうか・・・」
竜崎は二階へ上がろうとして、ふと立ち止まって聞いた。
「なぁ、昭彦はいつもそない予想屋みたいなマネしとるんか?」
「いえ、いつもやないっすけど、予想する時は必ず当たるんす。それでみんな御神託って言ってるんすけど・・・」
「何で当たるんや?」
「それは自分等もお聞きしたいっす。」
「・・・・・せやろな。」
直接本人に聞いた方がいいだろう、と竜崎は二階へ向かった。

 事務所の二階は組員達の宿泊スペースになっていた。自宅から通う組員がほとんどではあったが、見習いの舎弟が住み込んでいた他、24時間体制で詰めてなければならない時もあって常に十数人くらいが寝泊まりしていた。大部屋と小部屋の他に風呂や台所もあり、出所したばかりで行くあてが見つからない者達を泊められる客室もあって、面倒見のいい竜崎ならではの気遣いがあった。
 小部屋の一つのドアが開き、
「じゃぁ、ノミ屋が逃げん内に金に換えてきまっさ。」
と言いながら男が出てきた。
「おう!しっかりやれよ!」
と、黒部の声が中から聞こえた。
「任しといて下さい!」
と言った男はドアを閉めようとして、竜崎に気付き、
「あ、どもっす。」
と嬉しそうな顔で挨拶すると、下への階段を走り降りていった。  竜崎が多分ここやろな、と、男が閉めずに行ったドアから中を覗いた。狭い靴脱ぎ場のスペースがあって、室内との境になっている襖が半分開いていた。ジャラジャラと牌を混ぜる音がしている。靴脱ぎスペースに小振りのシューズがある。隅の方にきちんと揃えられている所が昭彦らしくて可愛いなぁ、と微笑んでしまう。が、笑っている場合ではない、と表情を引き締めて、襖を開けた。
「あ、ボス!」
入り口の正面に座っていた若衆の辰巳明がにこやかに頭をちょこんと下げた。辰巳は愚連隊時代から竜崎の後を追いかけまわしていた子分で、竜崎より年上が多い組員の中で、珍しく年下の青年だった。
「あ・・お疲れ様っす。呼んで下されば伺いましたのに・・」
竜崎に背中を向けていた黒部が振り返って、気まずそうに頭を下げた。その向こうに、ん?、と竜崎を見ている昭彦の顔があった。もう一人、森下守という大森の下で働いている若衆が、昭彦の反対側に座っていて、つまりその4人で雀卓を囲んでいたのだ。それを取り囲むように数人があぐらをかいて座っていて、六畳間の狭い部屋が一層狭く見えた。TVがうるさくCMを流している。
 このTVで競馬中継を見ていたのか。と思いながら、
「たまには昭彦の様子も見んとな。」
と言って、竜崎は靴を脱いで部屋に上がり込んだ。男達をまたぐようにして、昭彦の座っている場所へ行くと、真後ろから昭彦を抱っこするように足を伸ばして座った。
「ちょっ・・・やめて下さい。」
お腹に両腕を回されて、眉をひそめた昭彦は、みんなの前なので、どうにか口をついて出そうになった文句を飲み込んだ。
「ええやないかぁ?」
竜崎はTシャツにジーパンという姿の昭彦の首の付け根にキスをした。
「ぁ・・・ちょっ・・・」
昭彦が首をすくめた。事務所では彫り物を隠す必要もないので、襟の開きが広めの半袖Tシャツを着ている。窓を全開に開けても蒸し暑く、昭彦の肌がしっとりと汗ばんで、一層優雅な芳香を漂わせていた。
 雀卓を囲む昭彦以外の3人は、牌を積み上げようとしていた手を止めて、どうしようか、と迷っているようだった。
「気にせんと、続けてええで。」
竜崎は昭彦の肩に顎を乗せて言った。
「済んません。」
3人は申し訳なさそうに言って、また作業を始めた。ボスが仕事してるのに、と初めのうちは恐縮していても、次第に目つきが真剣になってくる。お金を賭けてるのは当然で、必然的に気合いも入ってくるようだった。
「兄さん・・・奥に手が届かないので・・・腕ゆるめてくれません?」
昭彦が向かいの森下の所に積んである山から牌を持ってこようとして、苦しそうに言った。竜崎は昭彦の腹部に腕をきつく巻きつけすぎていたことに気付いてゆるめてやった。
 昭彦は手慣れた様子で牌を並べていく。
「昭彦・・いつ麻雀なんて覚えたんや?」
「中学の頃、友達と少ししてました。」
「知らんかったわ・・・」
竜崎が自分の知らないことがあるのを、面白くなさそうな顔で言ったので、
「兄さんとは料理の付き合いやったで、話に出なかっただけです。」
と、昭彦が笑みをこぼした。
「そなんか・・・」
竜崎はまた昭彦の首筋にキスをすると、頭ごと擦りつけるように頬ずりをした。昭彦を抱き包む竜崎がどことなく寂しげに見えた。
「けど、ずっとしてなかったですから・・・」
昭彦は無表情に牌を動かしながら、取りなすように言った。竜崎は昭彦の髪に鼻を埋めて、深く吸い込みながら目を閉じた。疲れているのだろうか、と部屋にいる者達は、竜崎のいつもとは違う様子に戸惑っていた。昭彦を可愛がっていることは知っているし、人前でも構うことが度々あったが、そうした時でも明るい竜崎だったのだ。
「ボス、お疲れなら仮眠された方が・・・あ、何か飲み物持ってこさせましょうか?」
竜崎より10歳年上の黒部が気遣って聞いた。
 竜崎も世間で言えばまだ若者と呼ばれる年代なのだ。が、普段はそんな歳であることも忘れてしまうほどに偉大な存在だった。強いオーラを発し、倍ほどの歳の相手にも引けを取らず、鋭気を漲らせてハードワークをこなしていく。崇拝する者達は皆、時に神の姿と重ねて見てしまうくらいに輝いているのだ。
「ん?・・・ああ、ええ。上で飲んでたで。」
竜崎は目を開けて、軽く口元に笑みを浮かべた。それから、また昭彦の肩に顎を乗せた。そんな様子が黒部には、ふと、母親に甘えたくて体を押しつけてくる子供の仕草のように思えてしまって、かける言葉を見失ってしまった。
「お・・・チートイかトイトイ狙えそうやな。」
昭彦の並べた牌を見て、竜崎が言った。3人がいっせいに、は?、と顔をあげた。昭彦がムッとして13枚の持ち牌を伏せた。
「・・あっ・・・済まん。」
昭彦は何も言わず、それからは持ち牌は伏せたままで、持ってくる牌を右端につけるだけで牌を並び替えることはしなくなった。時々、伏せたままの中から摘んで捨てていくが、持ってくる牌は常に右に置かれるだけだった。記憶力のいい昭彦だけに、もう何処に何があるのかを覚えているのだろう。持ってくる牌を見て確認することもないのは、牌の絵柄で彫り込まれた溝を指の腹で触れて読んでいるからと思えた。熟練した雀師がよくする技である。
「お前、相当やり込んでどるやないかぁ。」
「そんなことないです。」
「お前みたいなやり方、わしもやってみたいが、どうにも途中でわからんようになってもうて出来んで。それだけ入れ替えとるのによく混乱せんもんやで。・・まあ、よく見てると中から捨ててるようで、実はそのまま持ってきた牌を捨ててるようにも見えるが・・・ああ、テンパッとるんか?」
「・・・・・兄さん・・・・・」
竜崎の言葉で他の3人が昭彦の捨てた牌と同じものを捨て出した。勝負を降りて当たらないようにしたようだった。
「・・あははは、、、済まん、、、。・・・で、なんや、お前等、いきなり降りよって。たまには昭彦に勝たせてやりぃ。」
「いや・・・ボス・・・いっつも勝たれてますんで・・・」
辰巳が苦笑いをして頭を掻いた。
「坊ちゃまはめっちゃ強いっすよ。ここの者達で坊ちゃまに勝ち越してる奴はいないんじゃないっすかね。」
森下がちょっと肩をすくめて言った。
「みんなが降りたかて、自分で積もればええんです。・・つーことで、あがらして貰います。」
そう言って、昭彦が伏せてあった持ち牌を開いた。
「トイトイ、純チャン、三色、ドラドラドラ・・・跳ね満ですね。」
「・・っう・・・だぁぁぁーーー!また、やられたぁぁぁーーー!・・・せっかくの大穴で当てた分、全部取られそうやでぇ・・・」
辰巳が後ろにバタリと倒れて頭を抱えて叫んだ。
「せやけど、その大穴当たったんも坊ちゃまのお陰なんやし・・・坊ちゃまが自主回収したちゅうこっちゃな。」
黒部がそう言うと、
「坊ちゃまに借りのある奴等ばっかですから、配当の半分は坊ちゃまのとこに入ってくるでしょうね。」
と、森下もため息まじりの苦笑いで言った。
「・・・どーゆーこっちゃ?」
竜崎が呻るように言った。表情があきらかに怒りモードになっている。
「昭彦・・・ちょっと上来い。」
竜崎は立ち上がると昭彦の腕をつかんで引き上げた。
「黒部・・・お前もや。」
爆発寸前の低い声にその場にいた皆がギクッとして固まっていた。黒部も顔色を変え、声にならない返事を返して席を立った。

 三階の組長室。向き合った長ソファーの一方に竜崎と昭彦が座り、反対側のソファーに黒部と呼ばれてきた大森が座っている。
「一体どうなっとるんか、まずは説明して貰おやないか。」
怒気を含んだ声は低く響いて恐ろしいものがある。普通の子分達ならこれだけで硬直して竦んでしまうだろう。
「黒部に昭彦の世話を頼んだとは言え、状況すらつかめないわしにも責任がある。せやから、責めるつもりで来て貰うたんやない。何で昭彦が競馬の予想したり、麻雀でみんなに勝ったりしとるんや?」
そう言われて、黒部は困ったように眉を寄せた。
「何でと言われましても・・・何となく・・・雨続きで退屈そうにしてた坊ちゃまを麻雀に誘ってみたのが始まりでして・・・そしたら・・・坊ちゃまは負けない方で・・・みんな面白がって、自分が負かしてやろうっちゅうて勝負しとったんです。それでも、いくらやっても勝てんで、気が付いたら負けがこんで・・・金が払えん奴等も出てきてたんですわ。・・・そんな時、TVの競馬中継が流れるのをなんとなく見てた坊ちゃまが、優勝する馬を予想して・・・それが見事に当たったもんやで、次に坊っちゃまが予想した時に試しにノミ屋に電話して馬券買うてみたんです。そしたらまた当たって・・・それで、麻雀で負けてた奴等が、坊ちゃまが予想する度にそれを買って、配当で負けたお金を払うようになったんですわ。」
竜崎は顔をしかめたまま重い息を吐いた。
「大森。お前のとこの森下もおったようやが、お前も知っとったんか?」
「はい。」
竜崎は腕組みをしてまた苦しそうに息を吐いた。
「黒部も大森も・・・何でわしに言うてくれんのや。」
「・・・何かマズイことでも・・・?」
黒部には何が悪いのかわからなかったのだ。昭彦が未成年だから、という一般人並みの理由を竜崎が言うとは思えなかった。
「昭彦が予想したのは何回や?」
「4〜5回かと・・・」
「7回です。」
黒部が曖昧に答えたのを大森が訂正した。
「それは最初の誰も賭けんかったのも含めてやろ?」
黒部が少しムッとして大森を睨んだ。
「ボスは予想したのは、と聞かれたやろ。」
大森は柔和な顔に冷たい笑みを浮かべた。
 黒部と大森は同い年でありながら、外見も性格も対照的だった。太い眉で男らしい顔の黒部は一見怖そうにも見えたが、実直で優しい性格をしていた。一方、大森は柔和で穏やかな顔をしながら、冷静沈着で時には冷酷にもなれた。この両極のバランスの上に竜崎組はまとめられてきたのだ。
「細かいことはええ。とにかく、今後いっさい昭彦が予想立てるのは禁止や。競馬だけやない。他のもやで。」
「・・・はい。」
黒部は残念そうに項垂れた。
「昭彦もええな?」
「・・・うん。」
「クジとかの類も禁止やで?」
「そんなの予想出来ません。・・・わしにわかるのは馬だけですから・・・」
「・・・馬だけならわかる?・・・予知能力とかやないんか?」
「そんなん・・・クスッ・・・あるわけないです。」
「ほな、何で当たり番号がわかるんや?」
「番号がわかるんやなく・・・馬の調子が見えるだけです。・・・例えば今日のレースなら、一番人気ちゅう馬が元気あらへんでやる気もなさそうやったし、二番人気の馬は足が重そうやったんや。で、やけに気合いの入ってた馬がいて・・・次に状態の良さそうな馬がおって・・・その二頭以外はたいしたことなかったで・・・」
「それだけの理由で予想したんか?」
「けど、予想なんてそんなもんとちゃいますか?・・・自信あったし・・・自信ない時には予想立てたりはしてないです。」
竜崎は額に手をあてた。予知能力があると言われるよりはいい。感性が獣に近いだけに普通の人間が見逃すとこにも気が付くのだろう。
「だがなぁ・・・予想は所詮予想やで。未来が見えとるんやなければ確実とは言えんやろ?賭け事なんちゅうもんはいつかは予想も外れるもんやで?・・・そん時、ごめんなさい、で済むと思うか?人なんちゅうもんは現金なもんや。勝ってる時の感謝はすぐに忘れるが、負けた恨みは一生忘れん。まして、いつも当てとったら、信じて大金つぎ込んでまうやろ?それで負けたらどないなると思うんや。・・・そうやって命亡くす予想屋かておるんやで。」
昭彦は、あ、と竜崎の顔を見た。竜崎は昭彦が大人のやることに口を出したことを怒っているのではなく、結果が招く危険性を心配してくれていたのだ。そうした竜崎の気持ちに気付いたのは昭彦だけでなく、黒部も大森もで、ハッとして竜崎を見ていた。
「・・・ごめんなさい。」
昭彦は反省して謝った。
「ん。・・・わかってくれたら、それでええ。」
竜崎は昭彦の肩を抱き寄せた後、髪をよしよしと撫でた。
「それにしても・・・みんなが負けるほど麻雀が強いとはのう・・・」
竜崎が困ったようなため息を吐いた。
「何でそない強いんか・・・それも理由があるんか?」
昭彦はそう言われて、眉を曇らせると言いにくそうにしていた。が、
「・・・聞こえるんや・・・」
と、小さな声で言った。
「聞こえる?・・・て・・打ってる相手の心の声がか?」
黒部と大森がギクリとした顔をした。
「兄さん!何でいつもそないわしを超能力者みたいに言うんや?わしにそない能力あらへんて言うてるやないか!」
昭彦は怒って、つい二人きりの時のような言い方をしてしまった。
「・・・済まん・・・」
竜崎が昭彦の拗ねたような横顔にキスをした。それがまるで恋人の機嫌をとる姿そのものだったので、黒部と大森は凍り付いていた心を少し和ませることが出来た。
「・・・ただ・・・牌が布を擦る時の音が牌によって微妙に違うんや。それが聞こえるで・・・だいたい、みんなのとこに行く牌がわかるんや。」
「そやったんかぁ・・・そら勝てんですわなぁ・・・」
黒部が目を見開いて額を叩いた。
「勝とうと思えばもっと勝てます。・・・けど、それをやったら誰も打つ相手いなくなるで、負けんようにしとっただけです。」
「それで、みんなから万遍なく勝ってたちゅう訳かい。・・・やれやれ。」
それも特殊能力やなぁ、と竜崎は呆れたように首を振った。
 獣に近い感性があると気付いたのは出会ってすぐのことだった。料理の隠された調味料まで感知出来ることを知った時、おそらく他の五感も発達してるだろう、と思ったことがあった。
「そないな麻雀が面白いんか?」
「・・・別に・・・麻雀より、みんなの会話が面白いから・・・」
昭彦はうつむいて呟くように言った。
「・・・わし・・・人との付き合い方、ようわからんし・・・本からの知識だけで世間もようわかっとらんし・・・兄さんの言うようにまだ子供やと思うし・・・どうやったら大人になれるんやろと思うて・・・それで・・・麻雀しとると、みんな色んなこと話すで・・・面白かったんや。」
「うーむ・・・そやったんかぁ・・・わしが相手してやれんからのう・・・」
竜崎は昭彦を抱き締めると頬ずりをした。
「せやけど・・・大人にも色々あるしのう・・・」
竜崎はチラッと黒部と大森に視線を投げた。どっちも参考になるように思えなかった。働くよりも賭け事が好きな下の連中はもっと参考にならない大人に思えた。竜崎は、やれやれ、と目を閉じて昭彦の髪にキスをした。
「昭彦の歳やったら、もっと普通の友達がええんやないか?」
「・・・だって・・・他、おらんやんか。・・・康志かて・・・もうわしを怖がるやろし・・・」
それを聞いて竜崎は胸が痛くなった。せめて会社にいられれば、矢木沢や福原がいるし、図書館へ出入り出来ればそこでも友達が出来るだろう。
 竜崎は早く今度の問題を解決して、昭彦が自由に行動出来る時間を作ってやろう、と思った。そして、勝つしか出来ない麻雀も、もうしないようにと注意した。
<9>
「破門と絶縁」
<9>「破門と絶縁」

 山神組幹部・鮫島組組長:鮫島文弥が死んだ。
 深夜、自宅の玄関先で、車から降りた所を襲撃され一発の銃弾で頭を撃ち抜かれたという。同行していた鮫島組組員二人も射殺された。いずれも頭へ一発ずつ弾を受け、即死だった。殺しのプロの犯行と思われ、逃走した犯人は今だ捕まってはいなかった。
 鮫島組組員達は「竜崎の仕業に違いない!」、とすぐにも報復に出ようとしたが、山神組の大山組長が、「まずは弔ってやれ。」と、葬儀の手筈を整えるように指示した。
 密葬・仮葬儀は家族の希望で、身内だけのひっそりとしたものだった。が、数日後の本葬儀は山神組幹部への弔いとして、山神組で執り行うこととなった。もちろん、山神組幹部は全て出席する。直系の組からも数名ずつは列席するという大がかりなものだった。

 本葬儀当日、山神組の幹部である竜崎も当然参列した。
 若頭の黒部、室長の大森も同行し、昭彦も影のように竜崎に付き従っていた。葬儀場の菩提寺に竜崎が姿を現すと、鮫島組の面々は浮き足だった。だが、鮫島組組員達は竜崎の参列を苦々しく思いつつも、耐えるしかなかった。葬儀での刃傷沙汰は、起こせば理由のいかんを問わず”破門”になる掟があって、掟破りをした組は例え反対勢力の組織であっても受け入れない取り決めがあった。いわゆるやくざ社会からの追放を意味するのである。よって、親の敵であっても頭を下げて受け入れるしかなかった。

 しかし、黒い紋付き袴姿の竜崎は苦渋の表情で、込み上げる怒りを抑えきれないといった様子だった。それでも、葬儀中は口を固く結んで、ぐっと耐えているようで、背後から立ち上る黒いオーラが見えるようだった。
 参列者のお焼香が始まり、幹部達が一時的に別室へ下がることになった。二千人からのお焼香が終わるには時間がかかるからだった。幹部の組長達の控え室は、他の直杯の組長達の控え室とは別だった。

「竜崎よ。よく顔を出せたもんやのう。」
幹部十数人が座るなり、伏島が忌々しそうに言った。山神組若頭の神崎は袂を合わせて腕組みをしたまま黙っていたが、他の幹部達はヒソヒソと話しながら冷たい視線を投げかけてきた。大山組長は不機嫌そうに葉巻を燻らせている。
「伏島の兄貴・・・葬儀が全て終わるまでは黙っていようと思っておりやしたが、そちらがあくまでそうした態度を取られるなら・・・わしとしてもこれ以上の忍耐を出来まへんわ。」
「フン!まぁーだ些細な株ごときのことで言い掛かりをつけようっちゅうんか?それが鮫島を殺った言い訳になるっちゅうんか?え!!どないや!!」
伏島はこの場で竜崎の責任を明らかにし、失脚を謀ろうとしたようだった。
「わしが鮫島の兄貴を殺ったっちゅう証拠があるとでも言わはりますか?」
「散々嫌がらせしとったやないか!証拠がなければそれで済むと思うんやないで!他に鮫島を殺る動機のある奴がいるっちゅうか?一体誰に罪をなすりつけようっちゅうんや?」
「殺るならとうに殺っとりますがな。細々と手の掛かる真似せんで済む。けど、わしは仲間と思う相手をよう殺せまへんわ。・・・仲間裏切る最低な人間かて・・・仕掛けて来ん限り、わしから命取ったりはせんです。まして、兄貴である以上、その命取ったら、親へ顔向け出来なくなるでしょうが。・・・違いますか?伏島の兄貴。」
竜崎は伏島を睨み据えた。神崎が大きく頷いた。伏島はグッと言葉に詰まったが、何とか竜崎を追いつめてやろうと焦っているようだった。
「伏島の兄貴から預かっとる物があるんですわ。」
竜崎は睨みつけたまま手を横に出した。後ろに控えていた大森が懐から風呂敷に包んであった懐紙の束を、竜崎の手に渡した。
「な・・なんやねん?」
伏島は検討がつかずに竜崎の手にある懐紙の束を眉をひそめて見た。幹部達も注目していた。竜崎は膝をついたまま躙り寄り、懐紙の束を伏島の前に置いた。伏島はそれをじっと見たまま手にしようとはしなかった。
「伏島。見てみぃ。それは何や?」
大山が促した。仕方なく伏島が懐紙の束を手に取り開くと、そこには切り取られた耳が挟まれてあった。
「っう・・・うあぅ!」
伏島が思わず懐紙ごと投げ出した。そして、皆の前に散らばった懐紙と切り取られた耳が晒された。
「竜崎!なんなんじゃ!」
大山が怒ったように言った。が、伏島は唇をわなわなと震わせているだけで言葉を失っていた。その様子に、神崎が、
「組長。まず、説明を聞きましょうや。」
と、怒り出しそうな大山を宥めた。そして、
「竜崎よ。それが何か、説明せい。」
と、話の先を進めるように促した。
「では・・・」
と、竜崎は正面の組長に向かって姿勢を正すと説明を始めた。
「わしと鮫島の兄貴がちょっとした揉め事を抱えておったのは、すでに衆知のことと思います。ただ、先ほども申しました理由で、わしには戦争するまでの気持ちはありませんでした。仲間を騙すっちゅうことがどんなもんかをわかって欲しかったんです。そしてシノギを稼ぐのがどんなにみんなの努力の賜であるかをわかって欲しかった。だから、鮫島の兄貴の稼ぎ場を荒しとったんですわ。・・・けど、それかて派手にすれば組員同士のぶつかり合いになります。こんなくだらんことで組員の命を危険には出来しまへん。その為に、頭を使うてじわじわとしとりました。派手さはないが、手間はかかります。情報を網羅し、状況を把握せななりません。・・・せやから、鮫島の兄貴の動向は常にマークしとりました。鮫島の兄貴はわしの報復を恐れて、ずっと数人のボディーガードを側に置いておりました。それが最近、そのボディーガードを解除していたので、どうしたのかと案じておりましたんですわ。」
そこで竜崎は伏島を横目で睨んだ。伏島は黙ったまま歯ぎしりをしていた。
「ボディーガードを常に側に置いておくのは、自らの行動も制限されるし、金も掛かるて相談したそうですなぁ。それを伏島の兄貴が、どうせ竜崎には何も出来ん、ちゅうてボディーガードを辞めさせたそうやないですか。」
「・・い・・・いい加減なことを・・・」
「そして身軽になった鮫島を狙わせた。・・・と、その耳の主が言うとりましたで?」
「なんやて!!」
神崎が叫んだ。
「どーゆーこっちゃ!」
大山も伏島を睨んだ。
「い・・陰謀だ!これは竜崎の陰謀や!」
伏島は青ざめて唇を震わせながら裏返った声で叫んだ。その醜態が真実を物語っているようだった。
「先ほども申し上げたように、鮫島の兄貴がボディーガードを解除しても、ウチの者は常にマークしとりましたで、狙撃した者を追いかけて捕まえたんです。ちょっと手こずったようですが、ウチにも訓練されとる者がおりますんで、どうにか生きたままウチに連れてきましたわ。・・・なかなか口を割らんで・・・ちーと手荒い手段を取らせて貰いましたが、そこまでお話しましょか?」
「ねつ造や!作り話や!」
伏島は立ち上がって体を震わせながら叫んだ。
「伏島の兄貴の隠し講座から、その耳の主の口座に金が振り込まれとるのも、つかんどりますで。その証拠もここで披露しましょか?」
伏島は唇を噛んだきり言葉が出なかった。体を大きく震わせて視線を泳がせていた。竜崎は大きく息を吐くと、低い声で、
「伏島の兄貴・・・」
と呻るように言った。そして、膝をグッとつかむと、睨みあげながら轟くような怒声を発した。
「あんたは仲間をなんだと思っとるんや!!平気で騙し!!陥れ!!悪巧みに利用した者までうざくなったら切る!!口封じに命まで取って!!なに考えとんじゃぁぁー!!!」
肩で大きく息を吐く竜崎の鬼の形相から、一筋二筋と涙が零れて頬を伝った。竜崎は悔しそうに目を閉じて、
「鮫島の兄貴も・・・こんな裏切りで命落とすなんて・・・さぞ無念やったでしょう。」
と、言った後、再び目を開けて伏島を睨んだ。
「汚い・・・汚すぎるで・・・こんなん喧嘩とも言えんでしょうが?・・・極道にかて義理や情けがあるんやないですか?そうやなかったら、杯に何の価値があるんですか?代紋つけることにどんな理由があるんです?・・・わしは金輪際、あんたを兄貴とは呼べまへんわ。」
竜崎の言葉に幹部達は頷いていた。中には目頭を押さえる幹部もいた。
「伏島。お前は今日限り”絶縁”や。」
大山が冷たい声で言った。
「ぐっっ・・・組長・・・こんな奴の戯れ言を・・・」
「まだ言い逃れ出来ると思っとるんか!!」
神崎が怒声を発した。
「みんなにも聞こうやないか。・・・どや?・・・伏島を絶縁することに賛成する者は手ぇあげぇ。」
大山がそう言うと、伏島と竜崎を残した全ての幹部が手をあげた。
「これで決定やな。・・・以後、全ての関わりは持たん。さっさと去ねや!」
もう、伏島には立ち去る以外の道は残されていなかった。そして二度とやくざとして生きることは許されなくなった。
 ”絶縁”とは”破門”と違って、どれほど反省して改心した姿勢を示そうと、二度と復帰することは許されなかったのだ。

 項垂れて崩れ落ちそうになる体を子分に支えられて車に乗り込んだ伏島の様子に、皆が不審がっている中、”絶縁”になった事情が参列者の間に飛び交った。
 鮫島組の子分達は亡き親分が受けた裏切りに泣き崩れ、伏島への怒りを新たにした。そして、誤解していた竜崎が、鮫島の為に流した涙の話を聞いて、誤解のままに恨んでいたことを深く反省した。こうした話が洩れ出したのには、敢えて神崎が真実を流させたという裏事情もあった。
 葬儀が終了して、竜崎が立ち去ろうとした時、鮫島組の子分達が車までの沿道に土下座して並んだ。
「なんの真似や?」
竜崎が困った顔で言うと、鮫島組の若頭が、
「竜崎の叔父貴・・・数々の御無礼・・・申し訳ございませんでした。」
と砂利に頭を擦りつけるようにして言った。
「誤解はあるこっちゃ。ましてウチとおたくは揉めとったしのう。・・・けどもう、これ以上、わしは何もせん。これまで色々騒がして済まんかったのう。かなり地盤を揺るがしてもうたで、なんか困った時には言うてきてや。なんでも力になるさかいな。」
竜崎が温もりのある声でそう言った。鮫島組の若頭は驚いた顔で竜崎を見上げた。眩しいほどの光を背に立っている若者が神話の神の姿に見えてくる。
「叔父貴・・・」
鮫島組の若頭は震える声でそう言うと、後は涙で言葉を詰まらせた。他の子分達もここ最近の長い苦行が終わったことと、竜崎の人としての温かさや大きさに感動して、声を出して泣き出した。
「これからやで。亡くなった鮫島の兄貴の為にも、みんなで盛り立てて、ええ組にしたってや。いつでも相談に乗るでの?」
竜崎は片膝ついて、鮫島組の若頭の肩に手を置いて言った。
「竜崎の親分!頼んます!わしに杯を頂けませんでしょうか?」
鮫島組の若頭が、ガバッと顔を上げて言った。
「あ?」
竜崎が戸惑い気味に片眉をひそめた。
「鮫島の親分が亡くなった以上、義理はつくしたはずです。・・・実際・・・親が白と言えば、黒と思うてても白で納得せなならん世界です。それやったら、わし等が黒と思うてるもんを黒と言うてくれる親について行きたいですわ。・・・竜崎の親分の噂は聞いておりやした。決して口には出せんでしたけど・・・竜崎組の者達が羨ましかったです。・・・頼んます。・・・頼んます。」
そう言って、鮫島組の若頭は再び土下座して頭を砂利に擦りつけた。竜崎は困ったようにため息を吐いたが、
「・・・わしの一存では決めかねるで・・・大山の親分や他の兄貴達と相談せなならん。せやから、今は約束出来んが、・・・考えとくわ。」
と言って、鮫島組の若頭の肩を叩いた。
「ありがとうございます!」
「せやから・・・まだ、礼を言うんは早いでのう。」
竜崎は苦笑してそう言ったが、竜崎がそう言う以上、最大限の努力をしてくれることが、鮫島組の若頭にはわかっていた。そして、竜崎なら必ず、実現してくれることも、それだけの誠意と実行力のある親分なのだとわかっていた。鮫島組の若頭は竜崎を乗せた車が走り去るまで土下座の姿勢を崩さなかった。

 帰る車の中で黒部がやれやれと首を振った。
「また組員が増えて・・・仕事の配分を考えなならんですなぁ。」
「抱え込む問題が増えるばかりですわ。」
と、大森も吐息混じりに言った。
「そない言わんでくれや。二人の負担が増えるのはわかっとるが、わしにも責任あるで、なんとかしてやらなぁ気の毒やでのう。」
「けど、鮫島組が解散ちゅうことになったら、シマは山神組に返上されるでしょう。組員だけウチで面倒見るちゅうことは・・・経費が嵩みますで。」
「大森、そない言い方はするもんやない。組員は宝や。わしがどんどん仕事見つけたるがな。宝を活かせる場所を開発したったるがな。」
「・・・ボス・・・」
大森はフッと心からの優しい表情で笑みを浮かべると、頭を下げた。黒部も竜崎を眩しそうに見ながら、嬉しそうな笑みを浮かべていた。昭彦はひたすら寡黙に側にいた。
「さて・・・いよいよ大詰めや。鬼退治に行くでぇ。」
と、竜崎は楽しそうに言って、昭彦の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「・・・兄さんが桃太郎なら・・・わしは・・・犬ですか?」
昭彦が長い沈黙を破ってやっと言った。
「いや。・・・昭彦はぁ・・・わしのキビ団子やぁ!」
竜崎は昭彦を抱き締めてごりごりと頭を擦りつけて笑いながら言った。黒部も大森も笑いを噛み殺して二人から目を反らした。そして、拗ねたような顔の昭彦に竜崎がキスをするのを見ないようにしながら、竜崎を”親”に持てた幸運を噛みしめるのだった。
<10>
「ゴルフ」
<10>「ゴルフ」

 某財閥系大手銀行頭取の大倉は、伏島の”絶縁”に肝を潰した。そして、伏島が「ちょっとした悪戯」と言っていたことがこんな結末を引き起したことに、腹を立てていた。大倉にとっては10億など、端金にすぎない。それくらいの金額なら、焦げ付いている企業を潰して回収するか、資金繰りに苦慮している企業に上乗せ融資を持ちかければ綺麗に精算できるものを。と、思うと伏島の失態が自分にまで波及しないことを願うのみだった。
 だから、伏島から独立した組を組織する為の軍資金を融通してくれるように言ってきた時も相手にしなかった。力のないやくざに何が出来る。いや、すでにやくざとして生きれない外道に価値はない。それよりも早く、別の裏で力のある組織と手を組まなければ。と、20年近い付き合いを足蹴にした。だが、大手銀行のバックにつくというのは大きな魅力だったが、それが日本最大のやくざ組織を敵に回すことになるのでは採算が取れない、と何処も様子見の姿勢で飛びついてくる組織はなかった。
 そんなことが続いて、大倉は益々腹を立てていた。相手はたかがやくざじゃないか。所詮日の当たる世界で生きられない奴等じゃないか。自分は常に日の当たる場所で、多くの人々の賞賛を浴びて生きてきたんだ。家柄も血筋もいい。資産だって貧しい国の王族がかなわないほど持っているんだ。光の下にいる限り、彼等吸血鬼には近付けない。と、思い込もうとしていた。が、その反面、忍び寄る黒い影にびくびくと脅えてもいた。
 その為、レセプションやパーティーの類は全てキャンセルして、なるべく人が集まる場所を避けるようになっていた。人混みに紛れて影が近付くかも知れない。そんな、腹を立てたり脅えたり、赤くなったり青くなったりする、大倉に、周囲は訝しがりながらも、近付くことを避けていた。ヘタに近付けば餌食にされかねない。周囲の人達から見れば、大倉は腐臭漂う食虫花だったのだ。しかも喰らうのは虫ではなく人であり、生き血を啜り、肉を貪る、悪魔の花として見えていた。ただ、その花の根元にしか生きる糧がなく、脅えながらも根が刺さらないように注意しつつ側にいるしかなかったのだ。

 そうした悶々とした日々を送っていた大倉に、某国の駐日大使からゴルフの誘いがあった。人混みを避けて予定をキャンセルしていた大倉は、ゴルフなら相手もわかっているし、この所の沈んだ気持ちの気分転換になるだろう、と招待を受けることにした。この某国の駐日大使とは先日も融資の話しで会食したばかりで、その時、ゴルフを始めたばかりなのでいいゴルフ場を教えて欲しいと言われ、紹介してやったのだった。そのお礼に、と誘われれば大倉も気分良く招待をうけるのも当然だったろう。
 ゴルフ場に大倉が到着すると、大使自ら笑顔で出迎えた。そして、大使と二人だけと思っていた大倉に、大使が懇意にしている企業家とその友人の兄弟を紹介し、一緒にコースを回る許可を求めてきたのだった。大使の日本での通訳はゴルフが苦手なので、どうせなら一緒にプレイ出来るその企業家に通訳をして貰うつもりだと、たどたどしい日本語で言った。大使の笑顔はとても友好的だったが、その日本語は聞き辛く、これを一日聞かされるのはたまらないと思った大倉は快く了承した。
 企業家と紹介された矢沢という男はまだ30代半ばで、細めの銀縁眼鏡をかけていた。ちょっと見ると冷たそうな印象があったが、切れ長の目は頭の回転の速さを伺わせ、笑顔になると人の良さが滲み出る好人物だった。
 矢沢の友人という兄弟はどちらも育ちの良さを感じられる優雅な物腰をしていたが、まったく似てない兄弟だった。兄の竜彦は20代半ばで、鍛え上げた引き締まった体はギリシャ彫刻を思わせるほど均整がとれていて、その容姿はそのまま映画スターで通りそうなくらい端正だった。が、気さくな性格を思わせる明るい笑顔が印象を和らげ、ともすると威圧的でさえある完璧な姿を人好きのするものに変えていた。
 一方、弟の昭彦はすぐには歳も分からず、15歳だと紹介されて、驚いたり納得したり、ただただその圧倒的な美貌に目を奪われていた大倉は、うっかりすると目が釘付けになり、なかなか視線を引き剥がせなくなっている自分に戸惑った。兄の竜彦とは対照的に表情がほとんどわからず、視線も合わせようとしなければ、愛想にも笑おうとはしない頑なな態度で、不遜にさえ感じながら、その美しい横顔に触れてみたくなる不思議な魅力を醸しだしていた。しかも、ほのかに漂う高貴な香りに包まれ、プレイ中にもっと親しくなって個人的に誘ってみようか、などと大倉の欲望を駆り立てさせていた。

 プレイが始まり、大倉と矢沢以外はゴルフを始めたばかりだと言っていたが、思っていたよりミスショットもなく、順調に進んでいった。竜彦は弟思いらしく、クラブを選んでやったり、フォームのアドバイスをしたり、ピンを立ててやったりと、何かと面倒を見ていた。
「仲の良いご兄弟ですね。」
大倉が矢沢にそう話しかけてきた。
「ええ。とても仲がよろしいようですよ。」
と、矢沢が笑顔で答えた。
「しかし・・・どちらも美しい若者と言えばそうですが・・・あまりにも似ておられないのは不思議ですねぇ。」
大倉は探るように聞いた。
「母親が違うとか・・・あるいは再婚相手の連れ子とか・・・そういった事情でもおありなのかな?」
「大倉さん・・・」
矢沢は軽く眉を寄せ、
「今日はプライベートな場ですし・・・お互いを詮索し合うのは御遠慮願います。」
と言った。
「ふむぅ。・・・いや、失礼。詮索する気はないが・・・出来れば今日だけの付き合いと言わずに、またこうした場を持てたらと思いましてな。・・・私の方から誘いたいと、考えていたものですから。」
自分が誘ってやるのだ、と言いたげな大倉の顔つきだった。
「ありがとうございます。では直接お聞き下さい。私からは申し上げることは出来ませんので。」
と、矢沢は穏やかに微笑んで言った。
「では、そうしよう。」
と言った大倉は、企業家という矢沢が気を使う相手であることを知り、益々この兄弟のことを知りたくなった。さぞかし訳ありの由緒ある家柄の子息達に違いない、と考えたのだ。
 大倉はいつ話しかけようかとチャンスを探していたが、駐日大使がやたらと機嫌を取るように話しかけていたし、その通訳で矢沢も常に側にいて、なかなか話しかけることが出来ずにいた。
「あ・・兄さん・・・待って。」
優しい響きのある甘い声が聞こえて、矢沢の通訳に頷いていた大倉は顔を声の方に向けた。バンカーショットをした後、芝生に上がってきた昭彦が歩きにくそうにしていた。
「どうした?」
関西訛りのある竜彦が昭彦に近付いて聞くと、
「ん・・・ちょっと砂が・・・」
と、また甘い声が答えた。大倉は初めて昭彦の声を聞いた気がした。挨拶の時も頭を下げただけだった。機嫌が悪いのかと思えるほどに不遜な昭彦が、これほど優しい話し方をする少年だとは想像出来なかったのだ。だが、気品ある美しい顔立ちを思えば、話し方もこうであって当然だったのだ、と大倉は納得した。やはり高貴な生まれに違いない。これほど美しい存在が男色家の多い財界で噂にならなかったのは、きっと何かの事情があってのことだろう。その事情を自分が相談に乗ってやれば、この美しい子を手中に出来るかも知れない。大倉の股間の逸物が思わず頭を擡げた。
「肩につかまって・・・」
竜彦が屈み込んで、昭彦の靴を脱がせて砂をはらってやっていた。昭彦は軽く指先でその肩に触れていた。竜彦は両方の靴をはらってやった後、靴ひもを固く結び直してやっていた。それを見ている昭彦の横顔がどことなく頼りなげに見えて、柔らかそうな頬の白い輝きに、大倉は見取れていた。
「よし。これでいい。」
竜彦がそう言って立ち上がった時、昭彦が顔を上げながら僅かに微笑んだ。唇があどけない赤さを滲ませた。大倉は股間に血が充血していき、ドクンドクンと脈打ち出してしまっていた。竜彦がチラッと大倉に視線を投げたが、すぐに背を向けて歩き出した。その後を昭彦が追っていく。通訳をしていた矢沢から、思わず洩れたため息を、大倉には気にする余裕もなかった。

 アウトから始めた9番ホールを終了し、昼食を取ることにした大倉達は、会員クラブハウスの二階のレストランで大きめのテーブルを囲んでいた。
「いやぁ、矢沢さんがお上手なのには驚きましたよ。」
と、二位につけている大倉が、話のきっかけをつかもうとするように言った。
「どうも。アメリカ留学の頃に友達に散々付き合わされたので、どうにか様になったようです。ですが、大倉さんこそ素晴らしいスコアでいらっしゃる。午後のインコースでは抜かれるでしょう。」
矢沢は謙虚な笑みを浮かべて言った。
「始めたばかりとお聞きしたが、竜彦さんもなかなかのものですな。ハハハ。」
大倉の煽てて話に誘い込もうという魂胆は見え見えだった。
「なかなか忙しくて、練習している時間がないので、上達しません。」
竜彦は伏し目がちに口元だけ笑みを作って答えた。
「まだまだ、お若いのだから焦ることはないですよ。」
大倉は余裕の笑顔で言った。そして、
「お若いのに、忙しいとは・・・何かされておられるのですか?」
と、横目で大使と会話している昭彦を気にしながら言った。英語なら大倉にも理解出来たが、どこか違う国の言葉のようで、何を話しているのかわからないことに少し不満を感じていたが、人の会話まで通訳を要求する訳にもいかずにいたのだ。そして、心密かに、自分を招待しておいて、その自分を差し置いて美しい少年と話し込むとは何て礼儀知らずだ、と駐日大使の気遣いのなさに苛ついていた。
「事業を少し・・・」
そう言った竜彦が軽く咳払いをした。大倉がハッとして竜彦に視線を戻した。
「大倉さん。竜彦さんは御自分で事業をされていらっしゃるのです。」
と矢沢がフォローするように説明した。
「ほぉー・・・それはなかなかご立派なことですなぁ。」
と、言いながら、どうせ親に金を出して貰っての事業だろう、と心の中では舌打ちをする大倉だった。だが、こうした親の後ろ盾のある青年実業家はいいカモになる、とも思っていた。融資先としても安全だし、例え経営がうまくいかずに返済に困ろうと親から搾り取ればいいのだ。
「いやいや。・・・やってみると大変なことばかりです。」
大倉の思惑をくすぐるように竜彦が難しい顔でため息をついた。
「シェアを拡大し、もっと利潤を得られるように、事業の規模も大きくしたいと思いつつも、なかなか資金繰りが・・・」
竜彦がそこまで言った時、大倉が狡賢い目を光らせて伺っているようだった。自分が銀行家であることで近付いたのかと訝る表情が過ぎった。
「まあ、遊んでいる株が50億ほどあるんですが、それを資金に回すのが難しい所です。・・・と、こんな話はつまらないですね。遊びの場で話すことでもないでしょう。」
竜彦は話を切り上げるように言った。
「ほぉぉ・・・50億の株とはなかなかたいした物ですなぁ。」
大倉は、どうせ親から貰った株だろう、と思いながらも、ますますこのカモを逃したくないと思うのだった。
「いえ。もう、よしましょう。」
竜彦はそれ以上事業の話をする気はないようだった。
「もし、よろしければ、その株を担保にウチでご融資してもかまいませんよ。」
大倉は狡そうな目を光らせながら言った。
「・・・融資ですか・・・しかし・・・株を担保に・・・」
竜彦は顔をしかめて考えあぐねているように見えた。
「ははは。いやいや、今すぐに答えは出せないのも当然のことです。それにウチではご融資だけでなく、色々なご相談も伺っておりますから、是非一度訪ねて来られてはいかがですかな?ウチには優秀な企業アドバイザーもおりますから。」
「・・・そうですか。ではそのうちに・・・伺ってみますか・・・」
竜彦がまだ曖昧な態度なので、大倉は、
「もちろん私が直接お迎えしますよ。取引は信用第一ですから。」
と胸を張って言った。
「なるほど・・・わかりました。・・・では、近いうちにお邪魔するかも知れません。その時は直接会って頂けると確約して頂けますか?」
「いいですとも。」
大倉は秘書を呼ぶと名刺の裏側に、何事かを書き添えて渡した。
「これがあればいつでも私へのアポイントが取れます。会議とかもあるので、出来れば連絡して頂いてからの方が確実ですが・・・」
「もちろん、連絡はさせて頂きます。」
竜彦はにっこりと微笑んで名刺を収めた。そして、後は興味をなくしたように、食べることに集中した。が、大使との会話に眉をひそめ、
「昭彦。話してばかりいないで、ちゃんと食事しなさい。」
と注意した。
「・・・ごめんなさい。」
昭彦は小さく息をつくと、竜彦に倣って食べることに専念しはじめた。昭彦に何とか話しかけようとする大倉に今度は矢沢が話しかけてきた。それに大使も加わって、とうとう食事が終わるまで、大倉は昭彦と話すことが出来なかった。だが、心の中では、竜彦と取引するようになればいくらでも誘うチャンスが出来る、と虎視眈々と狙いを定めてほくそ笑むのだった。

 午後からのインコースでは、竜彦のショットが飛びすぎてスコアがガタ落ちになる中、昭彦が確実にスコアを伸ばしていった。大倉はここぞとばかりに昭彦を誉めて近付こうとするが、思いきり素振りで練習する竜彦が危なくて、その側で涼しい顔で見ている昭彦に近付けなかった。
「お若いから・・・力で打とうとされるのが間違いですよ。」
大倉が親切心でそうアドバイスした時、一瞬竜彦の顔に怒気が浮かんだ。が、すぐに矢沢が間に入って話しかけてきた為、大倉はゾクッと背中を悪寒が走ったものの、次に竜彦を見た時には普通の表情に戻っていたので気のせいかとも思った。だが、若いだけに負けん気が強いのだろうと、それ以上は言葉をかけることを控えたのだった。
 矢沢はスコアを落とす竜彦を気遣ってか、プレイに集中出来ないようで、18番全てのホールを終了した時には大倉がトップになっていた。大使は最低のスコアだったが、プレイ出来たことだけで満足だったようで、優勝した大倉に笑顔で商品の大理石の彫刻を渡した。大使の国では大理石が豊富に採れるらしく、その輸入関係で矢沢とは親しくしているようだった。
 昭彦に近付けなかったことが残念に思えたものの、取り敢えず気分良く大倉は帰っていった。大倉が引き上げたのを確認した竜彦は昭彦を連れて、さっさと自分も車に乗り込んだ。矢沢は大使にお礼をして送り届ける役目があったので、竜彦と昭彦を見送った。

 竜崎組の事務所に吊されたサンドバッグが不気味な音を立てて何度も大きく揺れていた。
「クソ爺ぃ!!」
バシッ!!
「エロ爺っっ!!」
ズバッシュッ!!
「ヘタレ爺ぃぃーーっっ!!!」
ザクッッ・・・サァーサァーサァー・・・サンドバッグが切れて砂が零れだした。
「あーあぁ・・・クスクスクス・・・」
側で眺めていた昭彦が屈んで砂をすくって遊び始めた。
「ボス・・・どうなすったんすか?」
竜崎の咆吼に顔色を変えた黒部が聞いた。
「大倉の奴が昭彦を厭らしい視線で舐め回すように見るで、殴り倒しそうになってもうた。クソッ!」
「クスクス・・・でね、兄さん、怒って玉を思いっきしブッ叩くで、グリーンも越えて飛んでいきよったんや。面白うてたまらんかったでぇ。」
「そうでしたかぁ・・・」
黒部はなるほどと納得しながら苦笑した。
「あれくらいで怒ることないがな。兄さんらしゅうもない・・・」
昭彦は立ち上がって手の砂を払うと、しなやかな腕を竜崎の腰に巻き付け、顔を上げて竜崎の顎にキスをした。
「あいつが男色家やてわかってたらお前を連れては行かんかったんや。大森に調査が足らんて言うとかな!」
竜崎はまだ怒りが収まらないようで、肩で息をしていた。昭彦が竜崎の肩の二匹の竜に交互にキスをすると、股間に隠れている暴れ竜が自分へのキスを要求するように、昭彦の下腹部に頭をグリグリと押しつけてきた。
「・・・そない怒らん方がええ。」
昭彦は下腹部を微妙に動かして擦りながら、竜崎に甘えた視線を投げた。
「兄さん・・・怒ると・・・怖いで・・・」
竜崎はたまらないとばかりに昭彦の腰をぐっと抱き寄せた。
「怖ぁないがな・・・ん?」
黒部は取り敢えず竜崎の怒りが収まりつつあるのを見て、頭を下げると黙ってその場から立ち去ることにした。ドアを閉める時、竜崎と昭彦の熱い口づけをしている姿が目に入った為、邪魔にならないように、そっと音を立てないようにと閉めたのだった。