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| <16> 「エジプト旅行記(1)」 |
<16>「エジプト旅行記(1)」 関西国際空港。ロビーに十数人の怪しい集団がいる。大阪弁が珍しい訳ではないのに、何故か雰囲気が禍々しいものがあるようだ。彼等には黙っていてもわかってしまう独特のオーラがあるのかも知れない。 ただ、その中心にいる5人は、独特と言っても別の強烈なオーラを感じさせる2人と、一般人と変わらない雰囲気の男達が3人。独特のオーラの男達に取り囲まれながら、にこにこと笑顔でいるのも、奇妙な光景だった。 5人のメンバーは竜崎と昭彦、矢木沢と矢木沢海運の秘書、竜崎商事の秘書である。 「ほんまに狡いがなぁ。何で会社の奴等とばかり行くんやぁ?」 愚連隊時代からの付き合いの、辰巳明がまだ不服そうに言う。 「わしかて留守番やがな。文句言うんやない。」 竜崎商事開発部門の責任者である、福原正人が眉をしかめて言う。 「そら、福原の兄貴が組の者やからやがな。」 辰巳は竜崎達のエジプト旅行に一緒に行きたいと、最後まで粘っていたが、結局ダメだったことを、まだ愚痴っていた。 「今回は昭彦とだけのプライベートやさかい、勘弁してくれや。」 竜崎が苦笑して言った。 「矢木沢は旅行の通訳と昭彦の家庭教師の役目で同行するだけやし、・・と言って2週間近く留守にしたら、始めたばかりの会社に対して無責任になってまうで、仕事の為に秘書が同行するんや。わしかて会社が放っとけんしのう。せやから秘書は観光する訳やないで。ホテルに缶詰で仕事や。クッフフフッ。」 「えっ・・・そ・・そうなんですかぁ?」 竜崎の秘書の鈴木がガッカリした表情を浮かべる。矢木沢の秘書の沢木も失望色を隠せなかった。 「そら、そうやがな。夏休みも年末年始も有給も、休みをちゃんとやっとるんや。遊びで旅行するなら、そーゆー時にせい。」 竜崎は可笑しそうな笑いを浮かべながら言うと、 「な?・・そーゆー訳やから、組とか会社とかで選んでる訳やないし、土産も買うてきてやるで、おとなしく待っとてくれや。その内、竜崎組ご一行様ちゅう横断幕掲げて団体旅行したるがな。」 と、年下の辰巳の肩を叩いた。辰巳はため息を吐いて、肩をすくめた。 「ボケッ!笑顔でお見送りせんかい!」 若頭の黒部が辰巳に注意した後、 「ボス。お留守の間、組のことはしっかりまとめてまっさかい、ご心配なく、ゆっくりと楽しまれてきてください。」 と、竜崎に向かって頭を下げた。 「うむ。何かと大変やと思うけど、よろしく頼むで。」 竜崎は黒部の腕を軽くつかんでからポンポンと叩いた。 「はい。」 黒部はにっこりと笑って頷いた。と、室長の大森が、 「ですが、ボス。向こうは何かとぶっそうな所ですから、くれぐれも注意なさってくださいまし。・・森下だけでも同行させて頂ければ、きっちりボスのことを守るようにさせますものを・・・。もし、何かあった時には、いつでもご連絡ください。すぐに森下を応援に行かせやすので。」 と、懸念を隠せない顔で言った。 「大勢いれば安心ちゅうもんでもないやろ。いくらガードしてもあかん時はあかんし、なんもなければないやろし・・・気ぃ揉まんで、土産でも楽しみにしちょれや。」 竜崎が大らかに笑いかけると、大森も穏やかな笑みで、 「パピルスとかいう紙はいりまへんで。クスッ。とにかく、ボスがどこにいらしても、はせ参じる者達がいるということをお忘れなく。」 と念を押すように言った。竜崎は頷きながら、黒部と同じように腕を叩いた。 「坊ちゃま。ボスがピラミッドで迷子にならないよう、しっかり見張っていてくださいまし。」 大森に本気とも冗談ともとれる表情で言われ、 「はい。」 とだけ答えた昭彦は、それからも見送りに来た組員達があれやこれやと竜崎に話しかけるのを、半ば呆れて眺めていた。 考えてみれば、竜崎は自分が楽しむ為に旅行するという性格ではなかったし、こんな大がかりな旅行は初めてなのかも知れないと思った。ふと目が合った矢木沢も同じことを考えていたのかも知れない。笑みを浮かべ、労りと敬愛の眼差しで竜崎を見守っていた。 そんなこんなで、出発ギリギリまで騒ぎは収まらず、最後は三三七拍子と万歳三唱で見送られ、やっと飛行機の座席に落ち着いた時には、ほっとため息をついていた。そして、見送りの様子を離れて見ていた同じ機の搭乗客は、席についた5人を眉をひそめてそっと盗み見るのだった。 オランダ航空を利用した為オランダ経由で、オランダのスキポール空港でエジプト行きの便に乗り換えすることになった。乗り換えまで待ち時間があったので、空港内を散策した。 海外へ出るのは初めての昭彦は、何にでも興味がいくようだった。広い空港内を忙しく歩き回る昭彦を竜崎は目を細めてついて回った。 「へぇ、カジノまであるんや。」 「カジノくらい、カイロに着けば、宿泊先のホテルにかてあるがな。そん時、覗いてみたらええ。夢中になって時間忘れたらあかんで。」 「うん。」 昭彦はちょっと残念そうにしたが、超過激な雑誌を買って貰ったので、満足そうにエジプト便に乗り込んだ。エジプト人の多いこの飛行機で、H雑誌をはしゃいで見ている二人は物静かな乗客の中で相当に浮いていたようで、矢木沢は他人のフリをして、ひたすら空港で買った新聞に目を通していた。 機内で朝食を摂り、エジプトのカイロ国際空港に到着したのは早朝だった。飛行機を降りると陽射しの強さと空気の匂いが違っていた。気温も高かったが、乾燥していて埃っぽかった。 税関を抜けて空港のタクシーに乗るまでに、何人の子供達に、 『バクシーシ、バクシーシ。』 と付きまとわれただろう。矢木沢が、 「キリかないので、甘い顔してはダメですよ。」 と言ったのに、竜崎がすぐに小銭を渡すので、いつの間にか前へ歩けないほどに取り巻かれてしまっていた。やっと、タクシーに乗り込んで、 「何にでもチップが必要なんですから、施していたら大変です。しかも、さっきのように行動が取れなくなりますから、用事をした相手にだけ、渡すようにしてください。」 と、念を押され、竜崎は、 「しゃぁーないなぁ。」 と頭を掻いていた。 実際、タクシーまで荷物を運んだ男も、タクシーに荷物を積み込んだ男も、このタクシーの運転手も”バクシーシ”を当然のように待っているのだから、本当にキリがなかった。 ホテルはナイル・ヒルトンを予約してあった。タハリール広場に近いナイル河畔にたたずむ優雅なホテルで、考古学博物館が隣りにあるという嬉しいホテルだった。大理石をふんだんに使用した豪華な内装で、ロビーにいた客層は半分が欧米人、残りがアジア系とアラブ系のようで、エジプト人もけっこういたが、いずれも裕福そうな客だった。 「こんなすごいホテルじゃなくていいのに・・・」 と、昭彦が愚痴っぽく言うと、 「日本ほど高くないですし、防犯や衛生などの安全性からもこうしたホテルがいいんです。それに、ランクを下げるとシャワーさえ使えない羽目になりかねないですから。」 と、矢木沢が苦笑した。 エアコンの効いたホテル内は、スーツを着ても快適な温度に設定されているので、長袖の昭彦にも過ごしやすかった。熱いシャワーで長時間飛行機に乗っていた疲れを、汗とともにさっぱり流した。初日はゆっくりしよう、と思っていた竜崎だったが、昭彦が一人でも行きたそうにしているので、早速、ギザの三大ピラミッドを見に行くことにした。 タクシーを一日チャーターして、助手席に矢木沢が乗り、後部座席に竜崎と昭彦が乗った。秘書はホテルで留守番することになった。もっとも、二人の秘書は、若い昭彦のペースで行動していると、目眩がしてきそうなほど忙しく、20代の竜崎はともかく、30代の矢木沢が同行することに同情を感じていた。気温の高さと埃っぽい空気だけでなく、髭面の大柄な男達とまとわりつく子供達の異臭に辟易としていたので、快適なホテル内の洗練された雰囲気に安心感を覚えるのだった。 そして、秘書がラウンジでシャイをゆっくり楽しんでいる頃、強い太陽の陽射しの中を歩いてピラミッドを見て回る昭彦達がいた。 「昭彦様。せめてピラミッドの入り口まではタクシーにしましょう。」 と矢木沢が息をきらして言ったが、 「歩いて大きさを感じたいんです。この大きな石を積み上げた奴隷のことを思ったら、歩くくらい何でもないですよ。クックッ。矢木沢さんは奴隷にはなれないですね。」 と、笑ってさっさと歩き出してしまった。矢木沢は、 「この土地に合った遺伝子を授かってないですから・・・」 と、砂に足を取られながら、額の汗を拭った。 何と言っても見所は、クフ王のピラミッドだろう。 石段は登るのが禁止されているようだったが、みんなが登るので昭彦も登りたがった。矢木沢は石が大きいのに、足場は狭く、危険だから禁止されているのだ、と言っても聞かない昭彦達にため息を吐いて、結局下で待っていることにした。昭彦と竜崎は軽々と登っていき、登り以上に怖い下りもステップを踏む軽さで降りてきた。他の観光客は二人の様子を驚いて眺めていた。 外を見た次は中ということで、細くて狭い通路を通って玄室へ行き、天井の高い大回廊に出る。昭彦は輝く目で上を見上げ、 「兄さん。ここでナポレオンが天界の音楽を聴いそうです。」 と、声をひそめながらも嬉しそうに言うのに、 「耳鳴りでもしたんやろ。」 と、いささかバテ気味の竜崎が返事をした。矢木沢がそれを聞いて、笑いを洩らすのを、眉をピクリとさせて睨んだ竜崎は、 「オベロイ・ホテルで早う昼にしよやぁ。ビールを一気に飲み干したいでぇ。」 と言った。 「兄さん。エジプトは飲酒禁止の国やん。」 、とムッとした昭彦が注意した。 「ホテルでは便宜上、お酒も置いている場所があるんですよ。」 と、矢木沢も飲みたそうに言った。 「なら、取り敢えず全部見てっからにしましょう。多くの犠牲の上に造られた王の墓なんですから・・飲酒して見学したらファラオの呪いが・・・」 昭彦がそこまで言った時、急に真っ暗になった。中を照らしていた照明が消えてしまったのだ。自分の手さえ見えない暗闇がそこにあった。他の観光客も動揺している声が聞こえてくる。 「ちょっと見てくる。」 と昭彦が暗闇の中を人をかき分けて下へと降りていってしまった。止めようとした腕の中をすり抜けた昭彦の残り香が、竜崎の胸を締め付けた。 ほどなく照明が回復し、昭彦もすぐに戻ってきた。 「誰かがコードに躓いて、接続コンセントを抜いてました。」 と、にっこりと微笑んだ。竜崎と矢木沢は顔を見合わせ、何であの暗闇で見えるのだろうと不思議に思っていた。 残りのピラミッドとスフィンクスを見学した三人はオベロイ・ホテルで休憩をした。喉がカラカラに乾いていた竜崎と矢木沢は本当に美味しそうにビールを飲んだ。昭彦は注文したミネラルウォーターのまずさに顔をしかめ、シーフード料理に専念するものの、香辛料が強く、不味い水を口にしては顔をしかめていた。 昼食後はタクシーを走らせ、やしの森が繁るメンフィスを抜け、サッカラにあるジエゼル王の階段ピラミッドを見学した。 夕方、カイロに戻ると昼間よりも通りに人が増えていることに気が付いた。増えた人達のほとんどが地元民のようで、暑い国だけに昼間外を歩くのは観光客ばかりだと、タクシーの運転手が説明した。 汗だくの砂まみれでナイル・ヒルトンに戻った竜崎は矢木沢に2時間後にレストランで落ち合うことにして、昭彦と自分達の部屋へと向かった。竜崎は、長い夜の前に昭彦が自分のものだと確認したかったのだ。 昭彦の美貌は海外でも通用する、というより、その妖しさの虜になるのは世界共通なのだと感じていた。しかも、外国人は遠慮がなく、何かと昭彦に近寄ってきては声をかけるのだ。欧米からの観光客もたくさんいるのだから、肌の白さは珍しくもないだろうと思うが、昭彦の肌は質が違っているようだった。強い陽射しの中でも光をはじき返して輝き、黒曜石の目は星を浮かべたように煌めいていて、繊細な造形美の昭彦を展示物のように遠慮なく眺め回して写真を撮ろうとするので、なるべく怖い顔で威嚇してやらなければならないことが何度もあった。 そんな思いで、入浴後、部屋のテラスからナイル河畔のヨットが浮かぶ光景に見取れている昭彦を、胸に抱き寄せた竜崎自身も、実は男女を問わず熱い視線を投げかけられていたのだが、空港で子供達に取り囲まれて以来自分への視線がみんな「バクシーシ」と言ってるように思えて、自分自身が誘われているのだと気付いていなかった。 エジプトの陽射しよりも熱く、シャイよりも甘く、ナイルの夜景よりも魅惑的な、陶酔の時間をすごし、軽くシャワーを浴びた後、竜崎と昭彦は用意してきたダブルのスーツを着用した。 竜崎はさすがにハリウッドスター並みのスタイルと美貌で、ロビーで見かけた裕福そうな客達に負けていなかった。が、昭彦はスタイルこそモデル並みだったが、ダブルのスーツが持つ重厚な雰囲気をこなしきれていなかった。 「わしにはスーツは似合わへん。」 と不機嫌そうに言う昭彦に、 「カジノ行きたいんやろ?せやったらそれなりの格好せな。」 と言ったものの、竜崎も昭彦のまだ子供っぽさの抜けない雰囲気に苦笑していた。胸の前で組んだ手で顎を撫でながらしばらく観察していた竜崎は、 「そや、ちょっと来てみ。」 と昭彦をドレッサーの前に引っ張って行った。それから、自分が使用しているポマードで昭彦の長めの前髪を後ろに流し、サイドも櫛のラインがつくように綺麗に撫でつけてやった。 「これならええやろ?」 と満足そうに竜崎が言うので、昭彦は少し後ろに下がって、初めて髪をオールバックにセットした自分の姿を鏡で眺めてみた。確かに、スーツとの違和感が消えていて納得出来るものだったので、フッと笑って、竜崎に澄ました流し目を送った。竜崎は自分で髪を撫でつけてやったにもかかわらず、あまりの美しさにゾクッと鳥肌立ち、内心後悔していた。髪を上げたことで、昭彦の美貌をより際立たせてしまったのだ。しかもスーツを着こなした年齢不詳の雰囲気が神秘的なムードまでかもし出している。金を持て余している世界の富豪達に目をつけられなければいいが、すでにロビーで昭彦にまとわりつく視線は、充分な警戒が必要に思えた。 「人前に出したないなぁ・・・」 と竜崎が眉をひそめて呟くのを、 「なんでや?さっきよりマシやがな。」 と昭彦が笑った。 「良すぎるからあかんのや。さらわれそうでかなわん。」 竜崎が本気で心配しているようなので、昭彦は竜崎のいつもの真似をして、両手を軽く広げると肩をちょっとすくめてから、 「わしを誰が誘拐出来るんや?」 と言ってやった。不敵な笑みを浮かべる昭彦はまさに”黒豹”だった。竜崎は、それもそうだな、と納得して笑顔になると、美しい黒豹を抱き締めて甘いキスをするのだった。 |
| <17> 「エジプト旅行記(2)」 |
<17>「エジプト旅行記(2)」 レストランではすでに矢木沢と秘書の鈴木と沢木が待っていた。 ホテルに戻って竜崎と別れた矢木沢は入浴後にそれぞれの秘書を呼んで、会社からのファックスや秘書が作成した書類などを確認していた。矢木沢の部屋にはホテルに頼んで、ファックスと日本語用のPCを置かせて貰ってあった。それで食事中は、そうした報告の場になっていた。 昭彦は蚊帳の外だったが、ハイビスカスの花のお茶のカルカデが気に入ったのと、果物の種類が豊富で美味しかったので、機嫌良くおとなしく食事をしていた。それに、竜崎の激しい愛を受け入れたばかりの体が疼いて、会話するよりもレストランに流れる異国情緒溢れる音楽を聴いていたかったのだった。 食事の後、5人でカジノを覗くことになって、竜崎は一人一人に5万円分ずつのチップを渡すと、 「好きに使うてええけど、はまるんやないで。それ以上使うたら留守しとるみんなに悪いでのう。なくしたら、取り返そうなんて思わず、綺麗に諦めて部屋に戻って寝るこっちゃ。」 と言った。 竜崎は昭彦を連れて手始めにスロットのコーナーへ行き、チップをコインに替えると、やり方を手ほどきしてみせた。昭彦は見ているだけで、手を出そうとはしなかった。 「これなんかボタン押すだけやで簡単やでぇ。」 「回転止めるボタンがないやん。」 「スタートしたら自然に止まるのを待つんや。」 「そしたら、運だけやで・・・わし、運がええとは思わんし・・・やらん。」 「どのみち遊びやがな。わしは面倒なのは仕事だけで充分や。」 竜崎はそう言うと、立て続けにコインを投入していった。交換した分があっという間に減っていくのを、昭彦が呆れて眺めていると、 「まあ、わしの分はこれで使いきって、終いや。」 と、気にしない大らかな笑顔で言った。が、コインが残り数枚という時になって、とんでもない倍率の絵柄が揃い、コインが溢れ出した。周囲にいた人達が集まり、コインが出続ける竜崎を驚きと羨望の目で眺めていた。 「これを終わらすのもしんどいなぁ。」 と竜崎はコインをチップに替えることにした。精算したら200万円分を稼いでいた。 それから、矢木沢がしているブラックジャックのテーブルを見学に行った。 ルールがわからない昭彦に竜崎が説明するのを、 「済みませんが、気が散るので、離れて説明して貰えませんか?」 と矢木沢が困ったように言った。 「おう。済まん、済まん。まあ、美味い酒でも飲んでや。」 と、自分がとったチップを半分、矢木沢に渡した。矢木沢は40倍に稼いだことに驚いたのか、気前の良さに驚いたのか、一瞬目を丸くしたが、苦笑すると、 「何をされても鮮やかな方ですね。」 と感心して言った。 矢木沢は頭脳を使った駆け引きが好きらしく、けっこう真剣にしていたので、竜崎達はルーレットの台へ行くことにした。昭彦も頭脳を使うゲーム自体は好きだったが、ちょっと見ているだけでは必勝法が見つからなかったので、勘に頼った勝負が好きではない為、ブラックジャックは研究してからでないと出来ないなぁ、と思い、諦めたのだ。 ルーレットの台に来た時、竜崎が、 「ここでチップを使いきってもええし、ホテルに逗留期間中はチップのキープも出来るから、また後日用にキープしてもええ。」 と言った。昭彦は回転するルーレットとディーラーの手元を見ながら、 「うん。」 と、上の空のように返事を返した。昭彦の目が次第に輝きを増していき、全神経を研ぎ澄ませるような雰囲気が漂い始めたのを感じた竜崎は、腕を組み、しばらく様子を見ることにした。昭彦も数字の並ぶテーブルに佇んで、チップを賭けることもなくひたすらじっとしているので、他の客達は不審そうにチラチラと視線を投げていた。 と、しばらくして昭彦の手がふわっと動くと、数字ではなく赤か黒の色選択のマスにチップを置いた。いきなり10万円分のチップを置いた昭彦に、竜崎は内心、おいおい、とツッコミを入れていたが、見事に当てた時、まさか、と背筋に戦慄が走った。 竜崎の懸念通り、昭彦はそれからは立て続けに色を当てだした。しかも二度目の時にはそっくり110万円分を賭け、それからも全額賭け続け、一度も外れることなく当てるので、110→220→440→880→1660→3320→6640→13280と、遂に一億円の大台に乗ってしまった。昭彦が外さないとわかった周りの客も便乗しだしたので、ディーラーは青ざめて手が硬直してしまった。 「昭彦。もうやめとき。」 と竜崎が止めて、チップを精算場所に運んで貰うことにした。 場にはいつの間にか人垣が出来ていた。そして異様な存在を見るように昭彦へ視線が投げられる中、竜崎は庇うように昭彦の肩を抱いて、ルーレットのテーブルを離れた。ディーラーは震えてゲームを続けられなくなっていたが、すかさず代わりのディーラーが来て、またゲームは何事もなかったように再開された。 カジノを出ようとした所で、竜崎と昭彦は数人の男達に行く手を阻まれるようにして呼び止められ、事務所のような場所へと案内された。 ゲーム中だった矢木沢が呼ばれて来た。竜崎も多少英語は話せたが、英語を話そうとすると、自分の言いたいことが言えなくなりそうなので呼んで貰ったのだ。一応、相手は客なので、笑顔を作って待っていたカジノの責任者らしき男は、丁寧な態度は維持したまま、やっと会話出来るようになってため息をこぼした。 『申し訳けありませんが、今、そちらの方がされたルーレットは不正だったと、指摘がございましたので、おいで頂きました。』 「どこが不正やとおっしゃるんでっしゃろのう?」 竜崎は目を眇めて睨み付けた。それまで、竜崎を青年実業家程度に見ていたカジノ側は、その威圧的な雰囲気に唯ならぬものを感じて、焦っているようだった。責任者が一人の男に耳打ちをすると、男が急いで部屋を出て行った。 『いえ。もちろん、そちらの方が極めて勘が鋭い方でいらっしゃるというのはわかります。ただ、問題なのはその年齢でして・・・カジノでは二十歳以下の方はご遠慮頂いておりますので。』 「ほう。そら、知らんかったわ。何しろ、カジノの中はそこら中に子供がおるようやし、スロット回しとる小さい子も見かけてたで、ええもんやと思うとったんやけどな。」 実際カジノの中には昭彦より小さい子も自由に出入りしていたのだ。カジノ側もある程度承知のことだったので、動揺を隠せなかった。 『いえ、ですから、それは・・・ご両親が遊ばれるのについて来られてる御子様なので、追い出す訳にもいかない所でして・・・』 「それやったら、わしはれっきとしたこの子の保護者やで問題あらへんやろ?」 『いえ・・・それがあまりにも賭ける金額が高いと後々取り締まり当局の方でも問題になるといけませんし・・・やはり、あの勝負はなかったことにされるのがベストではないかと・・・』 「アホ抜かせ!」 竜崎は語彙を強めた。それを矢木沢がそのまま伝えたかどうかはわからないが、竜崎の怒りの形相が、訳す必要もないほどに物語っていた。 「問題があると思うたら、勝負する前に注意して賭けさせんようにしたらええがな。一度勝負がついたものを、後からなかったものにせい、なんちゅうお粗末なことを言うてて、恥ずかしくないんか?」 『なにぶん金額が大きいですし・・・』 「おたく等が一晩で稼ぐ金額からしたら、たいしたことないがな。それに話の筋を変えたらあかんで。問題なんは金額やない。年齢がそぐわんちゅうなら、勝負の前に言うべきや、っちゅうとるんや。それに、スロットしとる子にも厳しく注意してやめさしたらええがな。これまで黙認しとったものを、年齢を盾に、勝負をないものにするんは、真剣に勝負しとったこの子が可哀想や。・・・わしはこの子を使うて勝ちに来とる訳やない。負けたかてええと思うて、遊ばしたんや。・・・そしたら、何か?もし、この子が一億円負けたら、この負けは不正でしたから、お金はお返しします、とでも言うとったんか?せやったら、小さい子がスロットでなくした分も全部返したれや。そないなこと出来るんか?え?どないや!」 竜崎の剣幕にカジノ側は返す言葉に苦慮しているようだった。そして、カジノの責任者は先ほど部屋を出ていった男を気にしているようで、竜崎達にちょっと待っていてくれるように言うと、もう一人別の男にまた耳打ちして部屋を出て行かせた。 しばらくして、部屋を出て行った男達の他に数名の男達が入ってきた。その中の一人はカジノの責任者よりも偉い立場の男だったらしく、カジノの責任者は席を立って譲った。そして、後ろに下がった後で、出ていった男から何事かを耳打ちされると、顔を思いっきりしかめ、嫌悪感を露わに竜崎を睨んだ。おそらく、何処かで調べて、竜崎が日本の暴力団組織の人間であることをつかんだのだろう。後から部屋に来た男達の中には明らかにその筋と思える人相の悪い男もいた。特にアジア系の顔立ちをした、まだ若い男は氷のように冷たい目をしていた。 『大変失礼致しました。』 カジノの責任者に代わって座った紳士がそう言って、ホテルの主任マネジャーであることを告げた。そして、だいたいの話の説明を矢木沢に求め、矢木沢は竜崎の言い分を要約して伝えた。マネージャーは笑みを浮かべて頷いた後、 『申し訳ありません。こちら側に落ち度があったのは確かです。』 と言った。それから、 『こうしてはいかがでしょう。勝負は決着がついている以上、もちろんそのお金はお支払い致します。・・・ただ、年齢的にまだ賭け事が向かないのもご理解頂けると思いますし、次回からのご利用はご遠慮頂くということで納得して頂きたいのですが。・・・当方と致しましても、今後は他の御子様方への監視や保護者の方への注意を促して、このようなことがないようにしていきたいと思います。』 と言った。竜崎はそれを聞いて穏やかな表情になり、 「初めからそう言って頂ければ、こちらとしても何も言葉を荒げる必要はなかったんや。」 と、人好きのする笑顔を向けた。 「それに、何も一攫千金を狙ったカジノ目的で、このホテルを利用さして貰うてる訳やない。この子がこの国の歴史に興味があって、もっと知りたい、っちゅうから観光に来てるだけやで、はなから問題起こす気などあるはずもないですわ。」 竜崎の態度が紳士的になり、友好的な雰囲気になったので、さっきまで警戒色に染まっていた部屋の空気も緊張がほぐれたようだった。マネージャーは竜崎の話にほぅ、と納得したようで、昭彦に笑顔を向けた。 「せやから、この子がこちらで稼いだお金はこの国に全部落としていきますわ。取り敢えず、ホテルの部屋はもう少し高めのスィートにして貰うて、買い物やサービスに使わして貰います。・・あ、そうや。あの”バグシーシ”もなるべく煩がらずに答えてやることにしましょう。・・・お金持ちから少し頂戴したものをこの国に還元するて思うて貰えまへんやろか?」 そう言った竜崎の言葉を矢木沢が訳して伝えると、マネージャーは驚いた表情になり、やがて感心したように大きく頷いた。そしてにこやかに手を差し伸べて、 『ミスター・竜崎。あなたのような方と出会えてとても嬉しく思います。』 と握手を求めた。竜崎も、 「あなたが話のわかる方でほっとしました。」 と笑顔で応えた。 『エジプトの滞在が素晴らしい思い出になるよう願っています。もし、分からないことや問題等がありましたら、いつでも声をかけて下さい。何でも協力させていただきます。』 と、マネージャーは改めて自己紹介をした。竜崎も、 「私のことは、そちらはもう調べ済みのようですけど、普段はいたって真面目に小さい商売をさして貰てます。ほんまにプライベートの観光なんは、同行している矢木沢他2名を見て頂いてもわかって頂けると思います。」 と、昭彦のことも簡単に紹介し、矢木沢が自分の元秘書だった関係から、昭彦の家庭教師として同行していることも説明した。そして、矢木沢自身も名刺を出して自己紹介をした。 すっかり和やかなムードになって、主任マネージャーのチャールズ・リッチモンドが、今夜のお詫びにと、ベリーダンスのショーに招待したい、と申し出た。竜崎は、そこまでして頂かなくても、と一度は辞退したが、リッチモンドの方で竜崎の人柄に好感を抱いて、話したがっている様子なのを矢木沢が感じ取り、お受けしましょう、と勧めたこともあって、招待を受けることにした。 リッチモンドは嬉しそうな顔をして、早速席を用意させ、竜崎達を案内した。 ベリーダンスというのは、アラブ民族独特の踊りで、簡単に言ってしまうと、ヘソに宝石を埋め込んだセクシーな衣装で腰を色っぽくくねらせるダンスだった。ナイル・ヒルトンで毎晩開かれているショーなので、わざわざ招待して貰うまでもなかったが、さすがに主任マネージャーが用意した席だけあって、最前列中央の最高の場所に案内された。 席に着こうとした時、昭彦の顔にステージの照明が当たり、薄暗い店内に昭彦の顔がほんの束の間浮き上がった。髪をオールバックに上げた昭彦の顔が青白い照明を浴びて、妖艶な美貌を劇的なまでに演出してしまった。その強烈な印象は、束の間でありながら、観客の目を奪い心を釘付けにしたようで、それからの時間、ダンスよりも昭彦に気を取られる者達が少なからずいたようだった。 リッチモンドが案内した席から少し離れた席にいたアジア系の紳士もその一人で、怪しい光を湛えた冷たそうな眼で舐めるように昭彦を見つめていた。そこに、さっき竜崎達がいた部屋に後からきたアジア系の若い男が忍び足で近付き、アジア系の紳士から座るように指示されて着席すると、何事かを耳打ちしていた。彼等こそ、昭彦と後々深い関わりを持つことになる、周凰明と冥龍である。周はまだ40歳で漲る若さを残していたし、冥龍は二十歳前でまだ用心棒的に控えているだけの青年だった。 リッチモンドは竜崎と矢木沢にワインを勧めながら、エジプトの土地柄や風習、それに民族的性格などを説明したり、昭彦に山盛りの果物を勧めて、博物館の楽しみ方などを教えてくれた。そして、 『私にも昭彦さんと同じ歳の息子が本国のアメリカにいるのです。』 と懐かしそうに言った。 『息子の勉強のこともあって、こちらで生活することを拒否している妻は、この国自体が気に入らないようです。まあ、体がそれほど丈夫ではないので、こちらの気候が合わないと言われれば無理強いは出来ませんが・・・私自身はこの国がとても気に入っています。ですから、昭彦さんがこの国を学ぶ為にいらしたのだとお聞きした時、とても嬉しかったのです。』 『そうですか。ご子息も興味を持たれるとよろしいですね。』 矢木沢が相づちを打つと、 『ええ、そうなんです。慣れない内は不便さや不穏さ、あるいは異質な習慣に戸惑い、反感を覚える人達も多いですが、知れば知るほど魅力のある素敵な国なのだとわかって貰えると思っています。』 と熱心に言ってから苦笑し、 『でも・・・先ほども竜崎さんが仰ったように”バグシーシ”についてはホテル側も苦情を言われることが多いものですから、・・・むしろ、ご自身から恵まれない子供達に施してやりたい、と仰ってくださった時は胸が打たれました。』 と、好意的な視線を竜崎に向けた。そこで矢木沢が空港でのエピソードを話し、自分が注意して止めて貰っていたが、これからはまた取り巻かれて足止めされることに悩まされそうだと、ジョークっぽく言った。 『ハッハハハ。私も人に仕える立場ですから、矢木沢さんのご苦労もよくわかりますよ。ですが、きっと冷酷な上司より、側にいる甲斐があると思います。』 と、言うリッチモンドに矢木沢も頷き、 『私もそう思ってお仕えさせて頂いている訳です。』 と答えた。 『どんなに成功を収めても、恵まれない者達のことを忘れずにいる心を持った方に出会えると、出会えた私としても嬉しくなります。』 リッチモンドの熱い視線に竜崎が照れたように、 「いやぁ、単にわしが、恵まれた恵まれない者だからのことです。」 と、ジョークを入れて、 「わしを助けてくれた人がいるから、今のわしがいる。せやったら、今度はわしが、わしだったかも知れない誰かを助けられたら、わしを助けてくれた誰かへの恩返しにもなるやろし、わしかも知れない誰かがいくらかでも救われるなら、わし自身が嬉しい、っちゅうことになる。・・・唯それだけのことです。」 と明るい笑顔で説明した。リッチモンドは見開いた目を涙で潤ませ、感動に震えながら竜崎を、わざわざ席を立って抱き締めた。 「そない大袈裟なことやあらへんで・・・堪忍してくれや。」 竜崎が困って焦ってしまうほどのリッチモンドのオーバーアクションに、昭彦はクスクスッと笑っていた。竜崎は、ようやく席に戻って落ち着いたリッチモンドに、 「リッチモンドさんも家柄が良ければいいで、大変なご苦労があると思います。ご子息も本当は父親も一緒の暮らしの方がいいでしょうが、家柄にあった教育をと考える母親との板挟みで苦労されてると思いますよ。」 と、同情するように言った。 『私の家柄をご存知なのですか?』 リッチモンドが不思議そうに聞くと、竜崎は、 「いえ。・・けど、名前にリッチ、つまり金持ちと付けるくらいの自信家のご先祖がおられるからには、相当な家柄なのではと思っただけです。」 と答え、とぼけた表情でウィンクしてみせた。これにはリッチモンドも受けたようで、ショーの最中だと言うのに大笑いをして、周囲の注目を浴びてしまっていた。 この日以来、竜崎とリッチモンドの間には深い信頼と友情が芽生え、リッチモンドがやがてヒルトンホテルグループの代表になっても、ずっと続くのだった。 一方、二人の秘書と言えば、竜崎に貰ったチップを使い果たしたのみならず、はまらないようにと注意を受けたにも関わらず、滞在中の為に用意した自分の小遣いを全て投入し、結局それも失って、賭け事の怖さを思い知りつつ、ベッドで悲嘆にくれていたのだった。 翌日になって事情を聞いた竜崎は、 「ったく、しょーもないアホやなぁ。」 と、舌打ちして言った後、 「なくした物は仕方ないやろ?わしがそれを埋めてやったら、せっかく懲りたんも忘れてまうで、損失は自己責任と思うて諦めることや。」 と、厳しく言った。が、青ざめて項垂れる二人の秘書に、 「せやけど、ホテル内での各サービスやショップでの買い物は部屋に付けといたらええ。昭彦の稼いだ分を使わなならんし、協力してや。」 と、優しい笑顔で言ったのだった。 ホテル内にあるショッピング街にはあらゆる店が入っていて、ホテルで生活するには充分だったし、色々あるサービスも好きにしていいと言われた秘書は、地獄から天国に拾われた思いで、感涙に噎び、竜崎に感謝した。厳しく、優しい竜崎の一面がわかる出来事だった。 そして、光には光。闇には闇。それぞれがそれぞれの出会いを果たしていたことを、当人達である竜崎と昭彦は知らずにいたのだった。 |
| <18> 「エジプト旅行記(3)」 |
<18>「エジプト旅行記(3)」 二日目、昼近くなって目が覚めた。 昨夜はあれから、場所をバーに移して更に話し込んでいた。チャールズ・リッチモンドは一回りも年下の竜崎がすっかり気に入ったようで、「今までこんなに心を割って話せる相手がいなかった。」、と仕事の愚痴や家庭の悩みまで打ち明けて話していた。 考えてみれば、山神組の大山組長にしても若頭の神崎にしても、何かと竜崎を相談相手にしている。竜崎にはそんな、普段、人に弱みを見せられない男達が甘えて頼りたくなる、雰囲気や何かを持っているのかも知れない。 そうした思いが頭に浮かびながら、昭彦は穏やかに眠る竜崎を見つめた。竜崎の頬を手の甲でそっと撫でてみるが、ピクリとも反応しなかった。勧められるままにブランディーを飲んでいたが、アルコールに強い欧米人には竜崎でもついていけないようだった。 昭彦にはお酒に酔う感覚がなかった。一度、どれほど飲めば酔うのか試してみたが、一升瓶を空けた時、異常な心拍を感じて中止した。後日、ワインを1ダース空けた時も、酔うより先に体が異常を感じたので、自分にはアルコールは向いてないのだと諦めた。それは、昭彦がまだ小学生の時の経験だったが、以来アルコールは飲んでいなかった。 話に参加出来るほど大人でもないし、そもそも会社経営の話題がわかるはずもなく、ラウンジに置かれてあったパンフレットや雑誌を持ってきて眺めていた。中東の古代からの歴史やピラミッドについて書かれた専門書は読んでいたが、今のエジプトに関する情報は矢木沢に任せっきりだったので、遺跡の町と思っていた昭彦には、あまりの国際的な大都市ぶりに驚いたり、探検気分の気が抜けたりと、困惑していた。 あらゆるレジャー産業がひしめき、世界の富豪達が集い、眠らない夜の歓楽に興じる様は、ソドムの街を思い起こされる。シャワーを浴び、灼熱の太陽から眩しい光が注がれるテラスに出て、ナイル河に浮かぶ大型ヨットを眺めながら、昭彦は、何千年も昔にこの大河を大勢の奴隷が漕ぐ船でクレオパトラがローマへと向かった当時を、偲んでいた。 テラスは神殿の柱を思わせるような白い石の手すりになっていた。昨日の夜の内に、竜崎の申し出を受けたリッチモンドが指示して、二人の部屋を豪華なスィートルームへと移してあったのだ。格段に広くなったテラスに、移動した部屋に初めて入った時も部屋の豪華さに驚いた昭彦だったが、つくづくお金持ちの凄さを思い知らされる気がした。 一方ではお金を欲しがる子供達が溢れ、大人も観光客の懐具合を探りながら用事はないかと顔色を伺ってくる。あまりの貧富の激しさが、”バグシーシ”と叫ぶ子供達を生み出しているのだ。竜崎がお金を渡したくなる気持ちがわかるが、昭彦も心の”バグシーシ”を求めている一人に過ぎないように思えてくる。 誰もが甘えて頼りたくなる竜崎。自分もその中の一人だと思うと寂しくなる。満たされているのに満たされない思いが時々募る。それに、昨日も自分の行為が竜崎に迷惑をかけてしまった。たまたま、リッチモンドという話のわかる人情家がいたから穏便に済んだが、そうした幸運がなければどうなっていたかわからない。自分は竜崎を危険に引き込んでしまう存在なのかと思うと、やりきれなかった。 バスローブの紐を緩く縛って手すりに座る昭彦は、剥き出しの両足や七分の袖から見える両腕にある彫り物を虚しく眺めて、ペットボトルの水を飲んだ。このホテルも何も言わないと、あの不味いバラカという銘柄のミネラルウィーターが出てくる。これは喉につかえる不味さで、どんなに喉が乾いていても一気にはとても飲めない。10倍以上の値がする別の銘柄もこのホテルでは用意しているが、一般のレストランや町中にはバラカしかなかった。それでもカルカデが気に入ったし、瑞々しいフルーツも豊富だから特に困らないだろうとは思うが、やはりホテルでは水が飲みたかった。 「なんちゅう格好しとるんや?」 やっと目を覚ました竜崎が、眩しそうに顔をしかめてテラスに出てきた。昭彦は座っている手すりに片足を上げて、胸元も大きくはだけていたので、鮮やかな彫り物がかなり露出していた。 「ええやん。誰が見てる訳やなし。」 昭彦は視界いっぱいに広がるナイル河畔を、大袈裟に手を横に開いて、さぁ御覧あれ、とばかりの身振りをした。竜崎は額に手をかざし、眩しそうにナイル河畔の景色を眺めた後、点在するヨットに目を眇め、 「ヨットからは見えるやろ。」 と、不機嫌そうに、昭彦の剥き出しの足にバスローブの裾をかけたり、胸元を合わせたりした。昭彦は苦笑し、 「ヨットに乗ってる人達は海の景色を楽しんでるがな。」 と、ちょっと顎を上げて、流し目を竜崎に向けた。 「そうやといいけどな。」 竜崎は誘われるままに昭彦に口づけをした。ゆっくりと甘いキスをしながら、竜崎の腕が昭彦の腰に回されていく。 「・・ん?・・兄さん、もう昼やがな。食事して出掛けようや。」 「昨夜は酔い潰れて抱けんかったでなぁ・・・」 昭彦を抱き上げてベッドへ連れて行きたい素振りを見せる竜崎に、 「昨夜やなくて、今朝方やろ。話が長すぎて疲れてもうたで。」 と、恨めしそうな視線を投げる。 「そやったかのう。よう覚えとらんで・・・済まん。」 「そう思うんやったら、早う支度して出掛けよう。滞在期間は限られてるんや。有効に使わな、もったいないで。」 「クッフフフッ。お前も貧乏性やのう。」 「チッ。・・・リッチモンドとは違うでの。」 昭彦はムッとして、手すりから降りると、竜崎を残してさっさと部屋に入っていった。 「おい。昭彦。・・何を拗ねとるんや?」 竜崎が後を追って部屋に入ってくる。 「早う出掛けたいだけや!」 昭彦が声を荒げたのに、竜崎は少し戸惑い、 「わかった、わかった。すぐ支度するで。」 と言って、バスルームへ向かった。 昭彦が感情的に怒るのは珍しかった。小言を言ったり注意を促すことはしても、不満をぶつけてくることは滅多になかった。昭彦の誰も気付かない本質的な優しさに、自分は甘えていると、竜崎は思う。普段、あんな言い方をしないだけに、たった一言が胸を締め付ける。急に不安が過ぎる。 昭彦に捨てられたら、どうしたらええんや。昭彦のいない生活なんて想像も出来ん。一生、片時も離れず側にいたい。繋がったまま、一つになったままで生きれたらいいのに。目が覚めた時に昭彦がいないだけで、不安になってしまう。昭彦がおらんようになったら、わしは、あの棺を失ったピラミッドと同じや。からんどうの虚しい廃墟や。昭彦の形にそっくり中身がくり抜かれたも同然や。 竜崎はしょげ返ってバスルームから出てきた。昭彦はすでに支度を整え、ソファーで昨日の観光中に買った英語版の本を読んでいる。ページを捲る指が、読みふける横顔が、どことなく自分を拒絶しているように思えてきてしまう。濡れた髪を拭きながら、竜崎は吐息を洩らした。 と、昭彦が本から顔を上げ、竜崎に視線を向けた。 「兄さん?・・・調子悪いんか?」 「いや。・・ちょっと頭痛がするくらいや。」 「あんなに飲むからやでぇ?・・・わしが文句言うんは兄さんの体が心配やからやないか。付き合いも、もう少しうまくせな。・・・矢木沢さんなんて、バーではわしと同じカルカデしか飲まへんかったで。」 「済まん。・・・今度から注意するで・・・」 「薬、飲む?」 「いや。それほどの頭痛やあらへんで、大丈夫や。」 「そうか。」 昭彦は優しい笑みを浮かべると、また本を読み出した。 一瞬の笑みだったが、それだけで竜崎の落ち込んだ気分は浮上した。急に力が漲ってくる。よし、早く支度して、昭彦を行きたがっている所に連れていってやろう。竜崎は勢い良く髪を拭き、胸元の滴を拭った。昭彦の嬉しそうな輝く眼差しが、竜崎は可愛くてたまらなかった。昭彦が喜んでいることがわかるだけで、心が躍った。自分には興味がないものでも、昭彦が楽しそうにしていればそれで満足だった。 鼻歌まじりに鏡で身だしなみの最終チェックを終えた竜崎は、 「おまたせ。」 と、言って昭彦の頬にキスをした。 まずは、ホテルの並びにあるエジプト考古学博物館へ行くことにした。 一万年の歴史を物語る様々な遺物が展示されているが、中でもツタンカーメンの秘宝は黄金が輝く素晴らしい物だった。けれど、ツタンカーメン王自体は歴代のエジプトの王の中では若くして亡くなり、在位期間も短かった。その為、墓も小さく長い間歴史からも姿を隠していた存在だった。むしろそれが幸運だったと言える。 財宝の眠る王の墓は建設された当時から墓泥棒に悩まされてきたのである。どんなにトラップを用意していても、犠牲者が何人出ようとも、人の欲望には敵わなかったようで、ほとんどの墓は考古学者が発見する前に、財宝と言われる物は盗まれてしまった後だった。残ったのは墓泥棒には価値のない棺やミイラばかり。 それで、歴史から姿を消していたツタンカーメン王の墓が近代になって、考古学者の手によって発見されたことで、その財宝を見ることが出来たのである。忘れ去られる程度の王でさえ、これだけの見事な財宝と眠っていたということは、歴史に名を残す王達の埋蔵品がどれほどのものだったかは想像を超えるだろう。 そして、それだけの栄誉栄華の陰で、苦しみの中恨みだけを残して亡くなっていった多くの奴隷や貧しい民衆。悲しみの涙さえ枯れた時、彼等は何に救いを求めたのだろう。 そうした思いが過ぎりながらも、装飾品の微細な技術の素晴らしさには目を奪われ、心がときめいてしまう。中国古来の財宝もそうだし、ヨーロッパの芸術文化もそうだが、お金を湯水のように使える人達が存在するから、こうした生きる為には無駄とも思える芸術も発展する基盤になるのだろう。 後世になって、そうした芸術作品を垣間見ることが出来るようになった一般人は、遺物の素晴らしさに驚嘆し感動する。だが、今もヨーロッパの芸術やブランドと呼ばれる物は王族貴族や富豪に支えられている。伝統が破壊された中国ではもう新しいものは生み出されない。ただ、残された技術や文化によって、発展途上にある経済は支えられている部分が多い。 何が良くて、悪いのか。美しい物や素晴らしい物を、素直にそのまま感動して賞賛する気持ちになれない昭彦は、複雑な思いで展示されているひとつひとつを丁寧に見てまわった。 「そないゆっくり見とったら、日が暮れてまうで。」 と言う竜崎に、誰のせいで時間がなくなったと思うんや、と言いたくなった昭彦だが、ちょっと文句を言っただけでも落ち込む姿を思い出し、言うのはやめにした。エジプトへ来れたのも竜崎のお陰なのだから文句は言えない。 一通り展示物を見終わった昭彦がミイラ室へ行きたがると、 「そこだけは堪忍や。死体なんちゅう物は用がない限りは見たくないで。」 と、竜崎が嫌がったので、後で竜崎がホテルで用事をしている時にでも見に来よう、と思い、次の博物館へ行くことにした。 今日の予定としては、カイロ市内にある博物館とモスクなどを見ることだった。そして、残った時間で昔からの風情を残すハンハリーリ市場を見て、買い物をしようということになっていた。 だが、博物館を見るのに昭彦が時間をかけすぎて、モスクは簡単に見学したものの、市場へ行く前に日が暮れてしまっていた。それでも、夜からの方が人で賑わう街だったので、行ってみることにした。 ”バグシーシ”と言って取り巻く子供達を引き連れるように往来を行く様子は、ハーメルンの笛吹のようだな、と昭彦は笑みを洩らしながら、店を見て回った。が、昭彦が果物ばかりを買うので、 「土産とかも考えなあかんで。」 と竜崎が言った。けれど、そう言う竜崎もスナックや豆コロッケを売ってるとごっそり買い込んでは子供達に配っていて、土産物を選ぶ余裕はないようだった。 「通りの向こうに野外劇場がありましたね。少しそこでゆっくりしませんか?アラブ音楽を演奏しているようですし・・・」 午前中、秘書達と仕事の打ち合わせをしていた矢木沢は、寝不足もあってか疲れが顔に出ていた。昭彦も買った果物を座って食べたかったし、竜崎もせっかく買った食べ物も自分が食べている暇がなかったので、ホテルに戻る前に、星空を楽しみながら少し休もう、ということになった。 だが、いざ通りを渡ろうとしても、車が車線もお構いなしに信号を無視して走っていく。しかもその車は夜だというのにライトも点灯していなかった。と、いうより、ライト自体がなかったり、壊れているような、日本では走ることが許されないような車が多かった。ヘタに道路を渡ろうとすると、けたたましくクラクションを鳴らしながら、猛スピードで走り抜けていく。 「わしは行けるがのう・・・」 竜崎はそう言って矢木沢を見た。昭彦も矢木沢を気にしていた。竜崎と昭彦の目が合って、ニヤッと笑ったと思うと、二人で矢木沢を挟んで腕をそれぞれにつかむと抱えるようにして、車の間を縫うように通りを渡った。 竜崎につきまとっていた子供達が、無理について来ようとして事故に遭わないか心配したが、市場を離れないらしかった。野外劇場の入り口には警備員がいたので、追い払われることがわかってて来なかったのだと納得した。 野外劇場には普通の観光客だけでなく、エジプト人も来ていた。豪華なホテルの贅沢な部屋にいると忘れてしまいそうな、普通の感覚で楽しめる空間がそこにあった。昭彦は果物を囓りながら星空を眺め、ほっとして竜崎の肩にもたれた。 「疲れたんか?」 竜崎がそっと囁いた。 「・・・いや。・・・けど、こうしてると落ち着く。」 昭彦は星を見上げていた目を閉じて、深呼吸した。 「・・・そやな。」 竜崎は昭彦の額にキスをすると、星空を見上げ、アラブ音楽を聴きながら、昭彦から伝わる温もりを愛しく味わっていた。 少しのつもりが、かなりゆっくりしてしまった竜崎達は、野外劇場を後にしてホテルへ戻るタクシーを拾える場所へ行こうとした。と、薄暗い道で、目つきの悪い大柄で髭面の男達が、獲物を狙うように舌なめずりをして近付いてきた。 「昭彦、あかんで。」 竜崎は真っ先に昭彦へクギを刺しておいた。外国で問題を起こしたら、日本のように手を回すことが出来ない。それを思うと、喧嘩に慣れている竜崎も、どうしようかと手をこまねいていた。矢木沢は眉をひそめ、お金で解決するなら、と思案していた。 『お金が必要なら渡してもいい。』 矢木沢が英語で言ったが、通じないのか、薄笑いを浮かべ、徐々に男達が近付いてくる。 昭彦が身構え、それを押さえるように昭彦の腕をつかんだ竜崎が、威嚇の表情を浮かべた時、黒い影が視界を横切り、カンフーの技を繰り出して男達を倒していった。は?、と竜崎達が呆気に取られて眺めている間に、男達はアラブ語で何かを叫びながら逃げて行ってしまった。黒い影は男達の後ろ姿を警戒するように見ていたが、その姿が見えなくなってから竜崎達の方を振り返った。 昭彦には見覚えのある顔だった。それは竜崎も矢木沢も同じだったようだ。男は静かに側へ歩いてきた。 『この辺は警戒が必要です。タクシー乗り場までお送りしましょう。』 丁寧ではあったが、抑揚のない声は冷たい印象があった。 『助けて頂いてありがとう。・・・昨日お会いしましたね?』 竜崎が英語で礼を言った。竜崎も普通の会話なら話せたのだ。だから、バーでリッチモンドの長い話に相づちを打つ時には自分で英語を使っていた。それは置いておいて、助けてくれた若いアジア系の青年は、表情を変えないまま、 『私の主人があのホテルの幹部と友人なので、逗留中には協力することがあります。が、それはあなた方には関係のない話。・・・どうぞ。行きましょう。』 と言うと、先に立って歩き出した。竜崎は肩をすくめると、昭彦の肩を抱いて青年の後について歩き始めた。関係ないと言われた以上、必要のない会話はしないことにしたらしい。 が、矢木沢は気になって、 『どうして私達を助けてくださったのですか?』 と聞いた。 『ホテルの客だから、それだけです。』 青年は顔半分後ろを振り返って、そっけなく答えた。 会話もないまま、3人をタクシーに乗せた青年は、 『私は主人の用事で行く所がありますので、ここで失礼します。』 と言って、タクシーの運転手にホテル名を告げて、ドアを閉めた。 走り出したタクシーの中で、 「あんな奴に助けられんでも、わしに倒せたんや。」 と昭彦が面白くなさそうに言うのを、 「それも困りもんやで。海外ではなるべくおとなしゅうしてくれ。心配でかなわん。」 と、肩を抱き寄せ、髪にキスをした竜崎も、 「けど・・・何か可愛げのないやっちゃな。」 と呟くように言った。矢木沢も腕組みをして頷いていた。 |
| <19> 「エジプト旅行記(4)」 |
<19>「エジプト旅行記(4)」 三日目。今日から3泊の予定でルクソールへ行く。 行きは、砂漠の雄大さを実感しようと、12時間かかる列車での移動をすることに決めていた。二人の秘書はカイロに残り、竜崎と昭彦と矢木沢だけの旅となる。 早朝、秘書の鈴木と沢木に見送られてロビーに降りてくると、リッチモンドが待っていた。 『竜崎さん。楽しいご旅行をしてらして下さい。』 にこやかに言うリッチモンドに、 『ありがとうございます。留守中、秘書が悪さをしないように、目を光らせていて下さい。』 と竜崎がジョークで返した。リッチモンドは愉快そうに笑って、 『ハッハハハッ。承知しました。ルクソールでのご宿泊もヒルトンをご利用頂けると伺ってますので、あちらの支配人に充分なおもてなしをするように話しておきました。もし、失礼なことがあったら、すぐに私に連絡下さい。竜崎さんを煩わせることのないよう、きっちり叱ってやります。』 と言った。その言葉から、ルクソール・ヒルトンの支配人より立場が上なのだとわかる。それほど偉い立場のリッチモンドがわざわざ早朝自ら見送りにくるのだから、竜崎への好意も並々ならぬものがあった。 列車の出発時刻まではまだ少し余裕があったので、ラウンジに座ってリッチモンドとシャイを飲み始めた竜崎達の目に、昨夜暴漢に襲われそうになったのを助けてくれたアジア系の青年の姿が目に入った。ラウンジで新聞を読みながらシャイを飲むアジア系の紳士の後ろに控えるように立っていた。 あれが、彼の言っていた”主人”なのだろうか、と竜崎が視線を向けているのに気付いたリッチモンドが、 『どうしました?』 と尋ねた。 『あの、アジア系の青年に昨夜助けられたのですが・・・確か、カジノの事務所でリッチモンドさんと一緒にきていましたね?』 『ほう?昨夜そんなことが・・・。ええ、あの青年はあちらの周さんの部下の冥龍とかいう者です。とても腕の立つ青年なので、ウチのホテルの支配人と周さんが親しくしている関係上、時々、問題があるお客様への対応を、支配人があの青年に頼むことがあるのです。・・・私はあまり好きではないのですが・・・あの時は支配人が・・・クスッ・・・竜崎さんのバックの組織を知って警戒したものですから、同行するように頼んだのです。』 リッチモンドは竜崎に顔を近付けて囁くように言うと、周達には見えないように、口をへの字に曲げてみせた。竜崎は頷きながら、 『なるほど。・・・ですが、一応、お礼は言っておくべきでしょうね。』 と、苦笑を洩らし、席を立った。それに従って矢木沢と昭彦も席を立ち、周のいる席へと近付いていった。 周の斜め前から竜崎は友好的な笑みを浮かべて近付き、冷たい視線を投げる冥龍に軽く会釈をすると、 『おくつろぎ中、申し訳ありません。』 と、周に声をかけた。 『・・はい?・・・いえ、構いませんが・・・』 周が新聞から顔を上げて、目を細めて笑みを浮かべた。一見、穏やかそうな表情だったが、何故か背筋が寒くなるようなものを竜崎は感じていた。が、それは顔には出さず、昨夜のことを簡単に説明し、改めて冥龍に感謝の言葉を言うと、 『御貴殿の配下の方にお世話になったのを黙っているのも失礼と思いましたので、ご挨拶させて頂きました。』 と、笑顔で軽く頭を下げた。周は穏やかな笑みのまま頷き、 『そうですか。一応、報告は受けていたのですが、たいしたことではないので気にしていませんでした。ですが、わざわざそう言って頂けて、お役に立てたことを嬉しく思います。』 と、ゆっくり席を立つと、竜崎に手を差し伸べて、 『私は中国の周凰明と申します。貴国とは近い国ですので、これを機会に親しくさせて頂ければと思います。今後ともよろしくお願いいたします。』 と、言って笑みを濃くした。竜崎は、 『こちらこそ・・・よろしくお願い致します。』 と、差し出された手を握って握手をした。 よければ御一緒に、と誘われたが、出掛ける所なので、と丁重に辞退して、リッチモンドの待っている席に戻った。実際、駅に行かなければならない時間になっていたので、リッチモンドにも数日間の別れを言うと、ホテルを出発した。 ナイル鉄道のルクソール行きの列車は、エアコンが完備され食堂車もある豪華なものだった。座席もゆったりとしていて、大きな窓からは広大な砂漠を見渡せた。これなら12時間という長い移動も快適に過ごせそうだ、と一室を借り切っていた竜崎達は腰を落ち着けた。 カイロ市内を出るとしばらくナイル河に沿って列車は進み、映画で観るような光景を楽しむことが出来た。昭彦は、飽きないようにと本を数冊用意していたが、読むことも忘れて、その光景をうっとりと眺めていた。 だが、竜崎はずっと浮かない顔をしていた。 「何か気がかりでも?」 矢木沢が竜崎の懸念を察しているような表情で聞いた。 「・・・嵌められたかも知れんな。」 と、腕組みをして呟くように言った竜崎に、矢木沢も頷き、 「やはり、そう思われますか。」 と答えた。竜崎も矢木沢も周に会ってから、昨夜の暴漢に狙われた出来事の全てが仕組まれた演技だったのではないか、と感じ始めていたのだ。 「人の好意を悪意に取るべきやないかも知れんが・・・どうにも気分が悪い。」 「そうですね。あの周とかいう人物には、それくらいのことはやりかねないと、私も感じる雰囲気がありました。・・・第一、助けられた翌朝に会う偶然が不自然です。」 「けど、そうと思っていても挨拶しない訳にはいかへん。・・・手口は単純やが、巧妙やで。しかも、知り合いになってしまった以上、これからは無視も出来んし・・・」 竜崎は眉をひそめてため息をついた。 「何が目的でしょう?」 「問題はそれや。・・・わしを山神組の者と知って、近付こうとしているのか・・・別の目的があるのか・・・」 竜崎の気遣わしげな視線が昭彦の横顔に向けられる。しばらく黙り込んで見つめていたが、昭彦の夢見るように遠くを眺める横顔から、離れなくなった視線を無理矢理引き剥がして、目を閉じ、もう一度深いため息をついた。 「留学時代の亡くなった友人の兄とは連絡が取れますし、周がどのような人物なのか、調べて貰いましょうか?」 「ん?・・マフィアの?」 竜崎が目を開けて矢木沢を見ると、矢木沢は笑みを浮かべて頷いた。 「大森さんの調査力は国内では有効でしょうが、国際的視点になるとまだ届かない部分があると思いますし、アメリカのマフィアならチャイニーズマフィアの情報に詳しいでしょう。」 「やっぱりその系統やろか?」 「あの冥龍という青年の眼はとても一般人とは思えません。」 「そうやのう。・・・目つきくらいなら、ええけど。関わられるのは困りもんやで。・・・ほな、調査して貰おうか。けど、ホテルの電話は使えへんで?支配人と深い繋がりがあるようでは、何もかも筒抜けやと思うとった方がええ。」 「そうですね。今日、早朝に立つことも知っていたようですし、充分な警戒が必要でしょう。・・・となると・・・秘書にも注意を促した方がいいでしょうか?」 「聞かれて困るような大きな仕事はしてへんし、あの秘書等はすぐ顔に出るで、逆にこちらの動きを感付かれてまう。所詮は素人やし、自分等に見合う仕事だけして貰えたらええんや。・・・わし等の商売もまだ外国から狙われるほど、大きゅうもないでの。クッフフッ。」 「わかりました。では、そのように致しましょう。」 「うむ。」 竜崎は、矢木沢と同じ見解の元に、差し当たっての対策を講じたことで、どうにか不快な感情を前向きに出来たようだった。 眉間に刻まれていたシワも消え、昭彦の肩を抱き寄せた。 「昭彦。景色ばかり見とらんと・・・お前かて、ちゃんと聞いて用心せな、あかんのやで?・・ん?」 そう言って、竜崎が額にキスをするので、 「聞くくらい、ちゃんと聞いてるがな。」 と、煩そうに答えてから、矢木沢と視線が合ってしまったので、 「兄さんに迷惑をかけないように、注意します。」 と、言葉と態度を改めてから、 「どんなことがあろうと、兄さんは自分が守ってみせます。」 と、不敵な笑みを浮かべて言った。が、竜崎に、 「アホ!お前が狙われとる可能性が高いんやで。わしがお前を守ろうと必死なんがわからんのか。ボケッ!」 と、叱られてしまった。 「なんでわしが狙われるねーん・・・」 昭彦は思わず、いつもの調子に戻って拗ねた眼差しで上目遣いに竜崎を睨んだ。竜崎は、 「お前が可愛すぎるからやろが!・・・しかも、昨日かて、半裸でテラスに寝そべりおって・・・ちょっとは自覚せい!」 と、半分怒って、半分は甘い口調で言った。 「は・・半裸やないでぇ。・・ちゃんとバスローブ着てたやんかぁ・・・」 「足かて胸かて丸見えやったぞ。・・・しかもちんちんが顔出しとった。」 「・・ち・・・」 昭彦が顔を赤らめて言葉に詰まるのを、矢木沢は、プッ、と吹き出して、 「意外とヨットからホテルを眺めている人は多いですから、ご注意を。」 と、笑顔で言った。 「ほれ、みい!・・・きっと周も見とったに決まっとる。」 「そないな訳あるはずないやん。」 「どっちにせよ、お前の裸を見てええんはわしだけや。」 「そない言うたら、サウナには入れんやろが。」 「・・サウナはサウナや。・・・仕方あらへん。」 「よう、わからん理屈やでぇ。」 「とにかく、ちんちんまで見したらあかんのや!」 「・・・ほんまに・・・見えとった?」 「先っぽが出とったで。」 竜崎に睨まれて、昭彦は耳まで赤くしながら、 「・・・ごめん。」 と、小さく言った。その戸惑っている表情に竜崎は一気に勃起してしまい、矢木沢の目の前であるにも関わらず、抱き締めて熱いキスを始めてしまった。 「あ・・・ちょっと食堂車を覗いて参ります。」 矢木沢がそう言って、席を立ったので、竜崎は、 「済まんが、ちーと長めに休んできてくれや。」 と言った。矢木沢は、 「はい。」 と、承知顔で頷くと通路に出ていった。 座席がベッドにもなる寝台列車だったが、竜崎はワイシャツを着たまま座席に座って、全裸の昭彦を膝の上に座らせていた。もちろん、昭彦のアナルには竜崎の逞しい”暴れ竜”が、狭い蕾を引き裂くように押し広げて深くめり込んでいる。 「…ぁ、、ぁ、、…兄さん…」 昭彦は竜崎にもたれて、その肩に仰け反った頭を置いた。竜崎は愛しそうに、昭彦の頬から顎へとキスをする。 昨夜もたっぷりと愛されて、今朝起きた時も疼きが残っていた。疼きの残る体で”男”であり続けるには、それなりの努力が必要だった。ともすると、疼きに引き込まれて”女”の顔が見え隠れしてしまう。だから、自然と無口になるのだが、列車で移動中に抱かれるとは思っていなかった。 窓の外は、砂の海が波打っているように見える景色が広がっている。遠くで小さな砂が渦を巻いて空に登っていく。あの竜巻のように竜崎に突き上げられ、昭彦は切なく喘ぎ声を洩らす。 「…ん、、、…ぁぁ、、ぁぁぁ、、、…あかん…」 「誰も見てへんやろ?・・・あかんことないがな。感じたらええんや。」 竜崎は頬ずりをしながら、前に回した手で昭彦の胸をさする。突起した乳首を見つけて指先でつまむ。 「ぁぁぁ、、、ん、、んん、、、…兄さん…」 竜崎の突き上げるリズムに列車の振動が加わって、絶妙に昭彦を痺れさせていく。昭彦自身もバウンドをつけて、自ら快感を貪っていく。 「ぁ、、は、、ぁぁ、、、んん、、、」 昭彦のよがり声が一層切なくなって、眉が苦悶に寄せられる。 「あ…ぁぁぁ、、、…いく…ぁ、、、…い…くぅ…ぁぁぁ、、ぁぁぁぁぁっっ、、、」 アナル絶頂に昭彦は恍惚とした表情で、大きく仰け反った。列車の床に触れる足の指先まで反り返っている。 「うぅっ・・・」 竜崎は吼えそうになって、昭彦の肩に噛みついて、声を押し殺した。 「ぐぅぅっっ・・・ぅぅっ・・・ぅっぅっ・・・はぁはぁはぁ・・・」 熱い竜のエキスが昭彦の体の中を満たしていく。 「はぁはぁはぁ・・・この灼熱の大海原を・・お前を乗せた舟になった気分やったでぇ・・・クッフフフッ。」 竜崎はぐったりと放心している昭彦の髪を撫で上げて、汗ばんだ額にキスをした。それから耳を軽く噛んで、うなじから肩へと唇を滑らせて、 「う・・・しもうた・・・」 と、眉をひそめた。昭彦は、うっすらと眼を開き、窓に映る風に舞い上がる砂の景色をぼんやりと眺めた。 「…兄さん…?」 「済まん。・・・さっき噛みすぎて、血ぃ出てしもうた。」 竜崎は昭彦の赤い牡丹にくい込んだ歯形から、滲み出した血を舐め始めた。繋がったままの昭彦のアナルがビクビク痙攣する。 「構へん…気にせんで…」 昭彦が体を起こして離れようとしたが、竜崎が胸と腹部に回した腕で抱き締めて離さなかった。そしてまた、傷口をいたわるように丹念に血を舐める。 昭彦は諦めて、また力を抜いてもたれかかると目を閉じた。竜崎の汗と昭彦の汗が、ワイシャツを通して混じり合う。竜崎は、会社でも時々、わざとワイシャツを脱がないで昭彦を抱くことがあった。香を焚きしめるように、昭彦の移り香を仕事中にも楽しもうという魂胆だった。 「…なぁ……もう、離して?…矢木沢さんが戻るやろ?」 竜崎は昭彦の肩の血を舐める合間に、うなじの汗も舐めている。 「…ぁ…あかんて…」 「大丈夫や。2時間は戻らんで。」 竜崎は再び昭彦の中で固くなっていく肉棒を、根元深く繋がったままでいるように、腰を微妙に調整した。昭彦は体の中で成長する”暴れ竜”を感じて、アナルをきつく収縮させた。広げられたままの皮膚が切れそうなほど張り詰めていて、痛みを伴って元に戻りたがっているのだ。けれど、締め付けた反動で一層太さが増し、前以上に押し広げられてしまった。竜崎の男根の脈動が伝わってくる。 「…ぅ、、、ん、、、…ん、、、」 昭彦が感じ始めてしまったように、竜崎もまた愛しさが昂揚して血が滾ってきていた。 「ん、、いややぁ…ぁ…」 「なにが嫌やねん?」 「だってぇ…こないに感じたら…”女”になったまま…戻れんくなってまうかも知れへん…」 「そうなったかてええでぇ?・・・わしが守ったるさかいなぁ。・・・ええ子や。可愛いわしの秘宝やでぇ。」 竜崎は肩越しに熱いキスをし、昭彦の乳首をきつく摘んだ。 「…ぁぁっ、、、…兄さん、、、」 昭彦も舌を絡め、音を立ててしゃぶり合うように淫らなキスをした。 キスをしながら腰を動かし、昭彦が充分感じる用意が出来たのを見て取った竜崎は、昭彦に前の座席に伏せるようにして、お尻を高く突き出すように指示した。 「この方が思いきり突いてやれるでの。」 と言った竜崎が、狂った欲望をぶつけるように、激しく腰を動かし始めた。視界を奪われた昭彦は、握った両手の中に頭を埋めるようにして、アナルの感覚に集中し、自らも意識を狂った陶酔の世界へと開放させた。 「うぅ…ぅぅ、、、…あぁ…ぁぁぁ、、、」 軽く曲げた膝を屈伸させて、竜崎の突き上げるリズムに合わせて腰を振る。さっき一度満たされた竜崎のミルクが滑りをよくして、淫靡な音を立て続けている。 グッチュ、グッチュ、グッチュ。 列車の音も、ガタン、ゴトン、、、ガタン、ゴトン、、、と繰り返している。 「あぁぁぁ・・・最高やでぇ・・・めちゃめちゃ感じるでぇ・・・」 竜崎も半ば目を閉じ、苦悶の表情で呻く。 ジュップ、ジュップ、ジュップ。 ガタン、ゴトン、、、ガタン、ゴトン、、、。 「ぁぁぁ、、、ぁぁ、、…兄…さ…ん…ぁぁぁ、、、」 昭彦もひたすら竜崎だけを、閉じた瞼の赤くスパークする世界で感じ続けていた。遊牧の神が風に乗ってこの砂漠を通りかかったら、走り抜ける列車の窓から見える、二人の男の激しく交わる姿に、嫉妬したかもしれない。 「ぁぁぁぁぁぁ、、、ぁぁぁぁ、、、イクゥゥゥーーー、、、」 昭彦が大きく痙攣したのに合わせて、竜崎も、 「ぅぅうううぅぅぅ・・・」 と呻き、昭彦の背中に覆い被さると、さっきとは反対の肩に噛みついて、咆吼を噛み殺し、戒めを解き放った。昭彦のミルクも同時に放出されて床に飛び散った。 「・・・はぁはぁ・・・もったいないことをしてもうた・・・はぁはぁ・・・」 竜崎は荒い息をしながら昭彦から離れると、崩れ落ちそうになった昭彦を膝に抱きかかえて座席に座った。昭彦は目を閉じて肩にもたれ、息を整えながら、意識を陶酔の世界から引き戻す努力をしていた。 「はぁ、、はぁ、、……ごめん…」 竜崎が昭彦のミルクを舐めるのを楽しみにしていることを知っていたものの、我慢できないままに出してしまったことを詫びた。 「しゃぁーないわなぁ・・・シーツなら舐めれるけど・・・さすがに床は諦めやなぁ・・・」 と、言ってから、 「まあ、車内のええ香りになるやろ。」 と、笑った。昭彦は眉を曇らせ、 「嫌や・・・掃除するで・・・」 と、まだ陶酔から覚めきらない体を起こして、服を着始めた。 「無理したらあかん。わしがやったるで、休んどれ。」 竜崎は、昭彦のよろけた体を支えて座席に座らせると、手早くズボンを履いて、身支度をした。 竜崎が簡単に掃除を済ませ、昭彦が何とか服を着て落ち着いた頃、矢木沢が食堂から戻ってきた。そして、竜崎には冷えたビール、昭彦には冷たいカルカデを渡してくれた。 「…ありがと…」 小さい声で礼を言った昭彦に矢木沢は優しい笑顔で、 「お疲れ様。」 と言った。昭彦は返す言葉もなく肩をすくめると、氷の浮いたグラスに注がれたカルカデを飲みながら、潤んだ目を窓の外の砂漠に向けた。 夜になって、ルクソールの街に到着した。 ルクソール・ヒルトンでは、ロビーで支配人が笑顔で出迎えてくれた。そして、豪華なスィートに案内されると、そこには見事な花が飾られ、冷えたシャンパンと盛り沢山のフルーツが用意されていた。 『これは?』 いくらなんでも、リッチモンドのサービスにしては過剰に思えて竜崎が尋ねると、自ら部屋に案内した支配人は、 『私からのささやかな贈り物です。どうぞ、お気兼ねなくお召し上がり下さい。』 とにこやかに言った。 『我がヒルトングループ創始者の御一族であるリッチモンド様のお友達でいらしゃるとは・・・素晴らしい。』 と、支配人はひたすら感心して竜崎を眺めていた。竜崎はとんでもない友人が出来たものだと内心苦笑しながら、丁重に礼を述べ、疲れているのでと話を切り上げた。 支配人が部屋を出ていった後、昭彦が、 「我がヒルトングループ創始者の御一族であるリッチモンド様のお友達でいらしゃるとは・・・素晴らしい。」 と、大袈裟な身振りをつけて、支配人の真似をすると、 「ええやないか。金持ちだろうとそうでなかろうと、人は心やっちゅうこっちゃ。なんも引け目を感じる必要はあらへん。」 と、言って、竜崎は大らかに笑った。 |
| <20> 「エジプト旅行記(5)」 |
<20>「エジプト旅行記(5)」 四日目。ルクソールで目覚めた昭彦は部屋のテラスから朝日を浴びる巨大な神殿を眺めながら、祈りほど強い感情はないのかも知れない、と感じていた。憎しみも悲しみも苦しみも越えた先には、ただ祈りだけが残って、浄化された魂は、遙か天空を目指す。 昭彦は朝日に向かって目を閉じ、体中に光を感じながら意識を彼方へと飛ばし、神の門を叩いた。けれど、神の門は、あのカルナック神殿の高層ビルのように巨大な壁のごとく、重く扉を閉ざし開かれることはなかった。 やがて、静かに目を開けた昭彦は、自分の魂が浄化される日は永遠にこないように思いながら、ぼんやりと町並みに目を向けた。 「昭彦。ぼやっとしとらんで、早う支度せいや。」 すでにシャワーを浴びた竜崎が声をかけた。 「あ・・・うん。」 今日は早いやん、と出し抜かれた気分になった昭彦が部屋に入ると、 「今日、矢木沢は別行動になるで、朝食を一緒にしよや、て言うとったんや。」 と、竜崎が説明した。 「え?・・そうなん?」 昭彦はそう言いながら、昨日列車で話していたことを思い出した。そうか、と納得した昭彦は急いで身支度を始めた。 朝食でテーブルについたレストランでは昨日のことに触れる話題は会話されなかった。やはり警戒している為なのだろうが、そうした気配を竜崎も矢木沢も出すことはなかった。ちょっと見は善良の塊のような大人二人だが、どうしてどうして何々のたぬきなのだ。 代わりに矢木沢は昨夜、カルナック神殿を見学してきたことを話した。夜には光でショーアップされると聞いて、一人で見に行ったのだと言う。 「お熱い恋人同士のお二人を夜お誘いするのは失礼かと思いまして、一人で行かせて頂きました。今日はこちらの図書館や博物館で過ごさせて頂きます。お二人はどうぞ、水入らずで楽しんでいらして下さい。」 ふーん、そうゆう理由にして調査しようってことかぁ、と思いつつ、 「はい。ありがとうございます。」 と、昭彦も何喰わぬ笑顔で答えた。 矢木沢が別行動になって、竜崎と二人だけの観光になった昭彦は、本当に二人だけの時間が持てたことに気が付いた。日本にいれば、必ず誰かしらお供がついてくるのだ。それを特に気にすることはなかったが、こうして二人っきりになってみると、恋人としての竜崎の大きさを改めて感じるようだった。 もちろん、ベッドではいつも二人だけなのだが、それとは違う新鮮なものがあった。ルクソール神殿を、入り口で買ったパンフレットを見ながら、見学していた昭彦は、なんとなく竜崎と腕を組みたくなって、無造作にズボンのポケットに手を入れていた竜崎の腕に、そっと腕を絡めた。竜崎は、ん?、と昭彦の顔を見て微笑んだだけで、そのまま見学を続けていた。 しっとりするような恋人気分で神殿を出た昭彦だったが、カルナック神殿までの3キロのスフィンクスが並ぶ参道を歩き始めて、すぐにかき消されてしまった。いつものように”バグシーシ”と叫ぶ少年達に取り囲まれてしまったのだ。 竜崎は気軽にお金を配り、昭彦は転んで泣き出した小さな子を宥めたり、喧嘩を始めた子供同士を仲裁したりと、周辺整理に忙しくなった。ずっと、そうしたことを矢木沢がしていてくれたことに気付いて、やっぱり矢木沢さんがいてくれた方が良かった、とため息をつく昭彦だった。 普通の観光客が”バグシーシ”の声を眉をひそめて無視しながら通り過ぎる中、そうした人達の三倍は有にかかってやっとカルナック神殿へと辿り着いた。 それでも、間近で見るカルナック神殿の雄大さに、感動した。10階建てのビルほどの高さがあるだろうか。クレーン車などあるはずもない古代に、何故これほどの建築物を造り上げたのか、その情熱は計り知れない。何代もの王によって受け継がれ、建造され続けたという神殿には、多くの祈りが籠もっているように感じた。 カルナック神殿から一度ホテルに戻り、遅めの昼食をとっている時に、矢木沢が顔を出した。昭彦が一緒にいてくれた方がいい、と言ったので、それからは矢木沢も同行することになった。竜崎は、 「なんや。せっかくの水入らずやったのに。」 と、残念そうに言うので、昭彦は、どこがやぁー?!、と言ってやりたくなった。が、口には出さず、頬杖をつきながらため息を吐くと、察したように矢木沢が苦笑を洩らした。 翌、五日目。この日はルクソールの西岸をらくだに乗って見学しようということになった。ヒトコブラクダで、台座があるタイプと敷物が掛けられているだけのタイプがあり、竜崎達は敷物だけの方を選んだ。台座があるのはいかにも女性的に思えたのだ。 が、思うよりコブが固く、座り心地が悪かった。特に昭彦は昨夜も激しい愛に翻弄されていたので、慣れるまで苦痛を無視することに専念して思いきり無口にならざるを得なかった。 それでも慣れてくると、昭彦だけでなく竜崎にとっても、墓の見学以上に乗ラクダが気に入ってしまい、必要もないのに走り回って、ムチを振り翳して叫声を上げたりと、遊牧民気分を味わって楽しんだ。始めは呆れ顔で見ているだけだった矢木沢も、その内アラブ人の魂が乗り移ったのか、一緒になって声を上げ、負けじとラクダを走らせていた。 案内で同行していた現地人が、 『来世はアラブにお生まれなさいまし。アラーの神のお恵みがあらんことを。』 と、笑顔で言った。 ルクソール最終日の六日目。今日の夜には飛行機でカイロに戻ることになっている。この日はヘリコプターをチャーターしてあり、アスワンとアブシンベルを見て回ることになっていた。 昨日、調子に乗ってラクダで走りすぎた三人は、赤く腫れたお尻と太腿に腰痛も加わって、疲れた表情でヘリコプターに乗り込んだ。 それでも、上空から見る砂漠の光景は、また違った雄大な趣きがあり、アスワン・ハイダムも見応えがあって、昭彦の目が楽しそうに輝くのを竜崎は嬉しそうに見つめていた。 夜、飛行機で1時間半ほどでカイロに戻った。出迎えてくれたリッチモンドとディナーショーを楽しみながら、ルクソールのホテルでの歓迎に感謝し、見学してきたことやラクダに乗った感想などを話した。リッチモンドは笑顔で頷きながら聞いていたが、ラクダの話の所では声を上げて笑い、自分も一緒に行きたかったと羨ましそうに言った。 今夜も話が長くなりそうだったが、強行スケジュールの疲れが出た昭彦が眠そうにしていたので、竜崎もいとまを告げ、部屋に戻った。 カイロで迎えた七日目。この日は特に前もっての予定は入れてなかった。それでも一応の予定としては、午前中に竜崎と矢木沢は仕事をし、午後にまたピラミッドを見に行くか、博物館を見ようということにはなっていた。 が、矢木沢が先にアレキサンドリアの視察をしてくると言って出掛け、竜崎はリッチモンドからエジプト最大のオアシス地帯のファユームで狩猟をしようと誘われたので、昭彦も同行してそっちへ行くことにした。 竜崎の銃の扱いやその腕前を誉めるリッチモンドは、昭彦も同様の腕前を示すと困惑気味に苦笑した。リッチモンドには昭彦の年齢からか、どうしても息子と同じ感覚の見方をしてしまうようで、親の立場としての懸念を抱くようだった。 夜のディナーでは竜崎が仕留めた獲物を料理したスペシャルメニューだった。竜崎は狩猟自体は楽しんでも、それを自分で食べるという行為に多少の抵抗を感じていたようで、いつもより食欲がなかった。この夜はリッチモンドの方が疲れていたようで、食後、 『やはり若い人の体力には敵いませんね。サウナとマッサージで筋肉をほぐして、寝るとしましょう。』 と、苦笑し、お休みを言って別れた。 部屋に戻った竜崎は気分悪そうにソファーにぐったりと座ると、 「昭彦はよう食べれるなぁ。」 と、文句を言った。 「リッチモンドかて喰うてたがな。」 「・・まあ、欧米人は狩猟民族やからな。・・・けど、お前が骨にしゃぶりついてるのを見たら、余計気分が悪ぅなってもうたで。」 「喰うてやらんで、何の為の殺生やねん。殺しといて喰わん言う方が我が侭や。」 「・・・そら、まあなぁ・・・」 「わしは魚釣りかてちゃんと喰うで。骨もカリカリに炙って囓りついたる。」 「・・・わしは魚釣りは好かん。」 「せやけど、わしが釣ってきて料理した魚は食べるがな。」 「そら、お前の料理が美味いからや。」 「なんや勝手な言い分でようわからんわ。」 「・・・我が侭かも知れん。・・・気分的なもんやでのう。」 竜崎はため息をついて、髪を掻き上げた。そして、ふと思いついて、 「辰巳は昭彦を遊び相手にしすぎるで。」 と、独り言のように呟いた。 「兄さんが遊んでくれん、て愚痴っとったで。」 昭彦は辰巳明の顔を思い出して笑いをこぼした。 「やからって、麻雀やら釣りやら・・」 「パチンコも?クックッ。」 「そうや。何かというとお前を連れて行くで、まったく困り者や。辰巳の仕事嫌いが昭彦に移ると困るがな。」 「そんなん移らん。どんな相手と付き合おうと、ようは自分の心の問題やで、自分の判断で決めとることや。矢木沢さんといても仕事人間にはなれへんし、兄さんといたからって酒飲まんのと一緒や。」 「・・・あぁ・・・そうか・・・」 竜崎はソファーに寝そべり、納得したように頷いた。 昭彦は竜崎の足元に座り、竜崎の靴と靴下を脱がせてやると、足を膝に乗せて足裏マッサージを始めた。 「おぅ・・・気持ちええなぁ・・・」 竜崎は気持ち良さそうに目を閉じて、されるに任せた。 しばらくそうしてやっていると竜崎の穏やかな息遣いが聞こえてきた。昭彦は足の指、一本一本も丁寧に揉んでやり、指の間を擦ってやった。そして、 「・・・辰巳さんの方が・・リッチモンドよりマシや・・・」 と小さく呟いた。 「んー?・・・なんでやぁ?」 眠っていたと思った竜崎が、眠そうな声で聞いてきた。昭彦はドキッとして、返答に困ったが、迷った末に、 「・・・リッチモンドは・・・嫌いや。」 と言った。 「だから、なんでや?」 竜崎は頭の後ろで腕を組むと、昭彦を眇めた目で見た。 「金持ちやとか、家柄がええとかで嫌うのは逆差別やろ?まして、これだけ世話になっとるのに言う言葉やないで。・・ん?」 「そんなんやない。・・・それに・・・リッチモンドかてわしを嫌うてる。」 竜崎は訝しげな表情で体を起こした。 「そんなことないやろ?・・・なんか言われたんか?」 昭彦の膝から足を下ろし、うつむいている昭彦の髪を撫でた。 「言わんかてわかるがな。表情や態度でわかるもんや。」 竜崎は眉を寄せ、これまでのリッチモンドの表情を思い浮かべた。 「・・・そやろかのう?・・・まあ、時々、自分の息子と比べて驚く場合もあるやろけど・・・それは嫌うてる訳やないと思うで?」 「自分の常識の枠に合わんから嫌いなんや。いつだって、誰だってそうなんや。わしを常識の枠には入れたくないで、排除しようとする。」 竜崎は困って眉間に寄るシワを指で押さえた。 「・・・昭彦がこれまでそうした世間の冷たい眼に傷ついてきたことはわかるつもりや。わしかて同じような経験もしとるしのう。・・・けど、人の考えは人それぞれやし、気にしすぎてもどうにもならんで。」 「・・・そう言えるんは、兄さんが常識の枠にいれるからや。・・・むしろ英雄なんかも知れん。常識の枠に拘る人っちゅうんは、立身伝やヒーロー伝説みたいなんが好きやでの。」 昭彦はうつむいたまま遠い目をしていた。 「・・・ようわからん。」 竜崎はため息まじりに首を振った。 「英雄は常識の枠にいれるんや。けど、わしのようにどっか狂っとる者は常識の枠にはいれないんや。」 「アホォ!そないなことあるかい!お前はええ子や!」 「そう思うてくれる兄さんやから・・・今は側におれる。・・・けど・・・」 「わしかて英雄なんかやあらへんで!アホなことばかり言うとるんやない!」 竜崎は昭彦の”けど”の先を聞きたくなかった。が、昭彦は、 「・・・いつか兄さんの枠からも弾き出されるかもしれん。」 と、言葉を続けた。 バシッッ!! 「言うなっちゅうとんのがわからんのか!!」 昭彦の頬を強かに打ち据えると同時に怒声が飛んだ。昭彦の白い頬が見る見る赤く、血が浮き上がるように染まった。 「・・・アホなこと言うなや・・・」 泣き出したのは竜崎の方だった。ボロボロと涙をこぼして昭彦を胸に抱き締めた。 「どんなお前かて愛しとるがな。この先もこの思いは変わらへん。一生、お前だけやで。」 竜崎は涙まみれの顔で昭彦に頬ずりをし、 「もっと、わしを信じてくれや。・・・な?」 と、力なく項垂れている昭彦の顔をあげてキスを貪った。 「昭彦・・・頼むで・・・わしを愛してくれ。・・・尊敬なんてせんでええ。崇拝などして欲しゅうもないわい。・・・惚れんかてええんや。・・・ただ・・・愛してくれ。・・・愛して・・・わしを欲しがってくれ。」 「・・・愛してるがな。」 「なら、わしを自分のもんや、くらい思うてくれや。」 思えなかった。そう思うには竜崎の存在は大きすぎたのだ。竜崎の世界にいる限り、そこは竜崎を慕い求める人達が溢れる場所であり、”バグシーシ”と言って取り囲む少年達の集団の中にいるようなものだった。・・・竜崎を自分のものだと思えたら、もっと楽になるのだろうか。でも、どうすればそう思えるようになるんだろう。・・・昭彦にはわからなかった。 「・・・そやな。」 そう力無く答えた昭彦を竜崎はきつく抱き締めた。昭彦がそう思えないのだということを竜崎もわかっていた。”兄さん”としか呼んでくれない。人前では敬語を使う。そうした態度が言わなくても語っていた。・・・自分が悪いのだろうか。けど、どうすればええんや。・・・それが、竜崎にもわからなかった。 「ちょっとずつでええ。・・・焦ることはないんや。・・・少しずつ、お互いを埋めていけばええんや。・・・のう?」 すでに、いっぱいに昭彦で埋め尽くされている竜崎だったが、これ以上無理を言って、昭彦を困らせたくなかった。どんなに愛していても、追いつめることは出来ない。待つしかないのだ。・・・いつか昭彦が”竜也”と呼んで、甘えてくれる日まで。 |
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