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![]() ★1★『Cat Boy』 ![]() 佐田直人(さだなおと)31歳。 業界ではちょっとは知られた建築デザイナー。 親戚の経営する業界大手の建築会社に所属している。 ・・・と、結婚式の新郎なら華々しく紹介されるだろう。 だが現実は、どこにでもいる普通のサラリーマンだ。 確かに一頃は新進気鋭の若手デザイナーとして持てはやされたこともあった。 いくつかの賞も獲ったし、ある程度の知名度も仕事関係上ならあるだろう。 が、多目的ホールが大小設置されている市民ホールの設計者、と自慢してみても、誰も興味を持たない。 苦心した細かい設計上の心遣いを、丁寧に説明すればするほど女達はシラケていく。 彼女達の興味は、仕事の内容より、それで幾らの収入になるのか、ということだ。 人の財布の中味を覗くような興味は持って貰わなくて結構。 30歳を過ぎて益々女性という存在が苦手になってきた。 唯一の自慢のホールでは、今日もスターが目映いスポットライトを浴びて歌い踊り、喝采を欲しいままにしている。 何年ぶりかの同窓会、美味くもない酒を次々に勧められた。 「独身貴族はいいよなぁ。」と笑いながら注ぎに来る。 「ウチの女房ときたら・・・」と愚痴って結婚しない身を羨ましがりながら、必ず子供の写真を見せつける。 結局は「家族はいいもんだぜ。」と言いたいのだ。 クラスメートの中で一番先に外車を買った相手に、見せつけたい優越意識なのか・・・。 そんな優越意識など、今の自分に向ける必要もないのに・・・。 不況の煽りで開発産業は低迷の一途にある。 業界仲間がドミノ倒しに潰れていく中、どうにか持ち堪えてきたが、一寸先は闇だ。 小さな一戸建てや増改築の仕事まで請け負って、やっと首の皮を繋いでいる状態で、大きな仕事を手掛けた時の個人報奨金は遠い夢となった。 いや。・・・報奨金以上に「やり甲斐」という意欲も失せてしまった。 それでも、最近、大きな公共事業の仕事を取れた。 皆が活気付き、「これで挽回だ!」と一丸となって頑張った。 デザインも斬新かつ機能的な自信作で、依頼主の事業団から「OK!」が出され、何枚もの設計図を寝る間も惜しんで完成させた。 ・・・あれが実現されていたら、今夜の同窓会では小さな優越意識を笑い飛ばしてやれただろうが・・・。 「公共事業の無駄使いを許すな!」とマスコミに叩かれ、計画は永久に凍結されてしまった。 お陰で会社は瀕死寸前だ。 本社のみならず系列まで合わせれば相当な従業員の数だろう。 経営には興味がないから詳しくは知らないが、それでも、その従業員達が全て失業すれば、不況の風はもっと冷たく吹き付けるだろうことぐらい素人目にも判る。 離散する家族もあれば、失業した親を見限り都会に夢を求めて堕ちていく子供達もいるだろう。 家族の責務を放棄して路頭に迷いホームレスになる者もいれば、仲が良いあまりに家族手を取り合って絶望の崖から飛び降りるかも知れない。 ・・・と、そこまで考える責任が自分にある訳じゃないが、気持ちが沈んでいる時は全てを悲観的に見てしまうものらしい。 国家試験がなかなか通らず苦労していた奴が、今はお偉いお医者様だ。 勉強ばかりしてる地味な奴だと思っていたら、大学の助教授で、次期教授候補だという。 「直人はモテ過ぎて選り好みが激しいんだよ。」と、知りもしないで勝手に人を評価する奴は、二度目の結婚をしたばかりだそうだ。 自慢、優越意識、詮索、中傷・・・自分もその中にいたことがあったのだから批判は出来ないが、こんな同窓会など面白くもない。 30代突入記念と言うが、夢を持つには歳を取りすぎ、人生を諦めるにはまだ若すぎる。 上から責められ、下から突き上げに合う会社の立場と同じで、中途半端だけに人と比較して安心したいらしい。 ・・・不味い酒でも飲まずにはいられなかった。 ここ数年、プライベートに一人でいることが多くなり、酒量も減っていたから、酒に弱くなったようだ。 「二次会へ行こう!」と盛り上がった仲間に別れを告げて、ともかくその場を反対方向へと歩き出した。 どこを歩いているのかも判らず、ダブって見えるネオンライトに吐き気がしてきた。 とは言え、いくら何でも表通りの植え込みに吐くのは、微かに残ったプライドが許さない。 直人は喉まで出かかった物を堪えて、狭い路地裏を探した。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 安くない会費で胃袋に納めた物を全て吐き出した。 薄暗くて判別は出来ないが、感触の気持ち悪いビルの壁に片手を着いて、体を屈めて吐けるだけ吐いた。 口の中は不快な味が残るが、吐いた分だけスッキリした。 悪寒と共に視界がはっきりしてくる。 頭痛は残っているが、目眩は治まった。 (・・・情けない・・・) 直人は体を伸ばし、ビルの狭間に見える夜空を見上げた。 ・・・満天の星・・・ 大都会で暮らす夢もあったが、この星空を眺めるたびに、地方都市の生活も悪くない、と思う。 ハァァ〜ッ…… 白く変わる息を星空に向かって吐いて、深呼吸をした。 《ガタンッ!》 暗闇の奥から聞こえた物音に、ビクッ、と身を強ばらせ、顔を向ける。 体半分は表通りの賑わいを聞いているが、もう半分の体はシンとした暗闇の奥の気配を探っている。 《…ガタガタッ……ガタンッ……》 目を凝らしても音の正体が判別出来ないが、どうやら人ではないらしい。 人影ならいくら暗闇でも全く見えないほどの暗さではない。 《ガタガタガタ……ガタッ……》 聞こえてくる音も地面に近い。 直人はゆっくりと音の方に近付いて行った。 結構大きな箱がある。 上の部分が開閉出来る蓋のようになっているところを見ると、ゴミ箱か何かのようだ。 直人が支えに壁を拝借したビルの管理者か誰かが、ゴミの一時保管に使用しているのだろう。 蓋の上には、何処から持ってきたのか、コンクリートの塊が乗せてある。 (何処かで見た形だな・・・) 少し腰を曲げて横から見た時、よくコンビニとかの店先で宣伝の旗を立てるのに使っている物だと気付く。 《…ガタガタッ…ガタッ……》 音はこの箱の中から聞こえる。 直人は一瞬、 (得体の知れない何かを閉じ込めてあるのでは?!) と、不安が脳裏をかすめ、躊躇っていたが、どうにも気になってコンクリートの塊を退かすことにした。 小さく見えてかなり重い。 ずらすようにして端まで移動し、足に注意しながら下に落とした。 そして、そっと蓋を開けると、上まで詰まったゴミ袋の間から黒い影が飛び出してきた。 「ヒュッ!」、と息を飲み、直人は条件反射のように飛び退いた。 黒い影は箱の脇で立ち止まり、忌々しそうに体を舐め始めた。 (・・・何だ・・・猫か・・・・・) 直人は、有りもしない妄想に取り憑かれ極端に怖がっていた自分が、滑稽に思えてきた。 誰かその辺の悪ガキの悪戯で閉じ込められたのだろう。 判ってしまえば、どうとゆうこともない、よくある出来事だ。 「・・・よぅ・・・お前、何をしたんだ?」 直人はホッと安堵の息を吐くのと同時に屈み込んだ。 影と思ったのは全身が濃いグレーだったせいだろう。 猫は青く縁取られたガラスのような目を、チラリ、と直人に向けたが、またすぐに毛繕いに戻った。 暗闇で瞳孔が丸く開き、光を妖しく反射していた。 「・・・お前なぁ・・・助けてやったんだから、礼ぐらい言うもんだぞ。」 猫に言っても仕方がないが、直人は一方的に話し掛ける。 「何、悪さしたんだ?・・・ま・・・悪ガキは理由もなく酷いことをするがな。」 悪ガキに面と向かって説教する気はないが、猫相手につい共感を求めてしまう。 一昨日、お気に入りの愛車に傷を付けられたばかりだ。 ボーナスが50%ダウンになった今、簡単に買い換えられないだけに悔しい。 「・・・ったく・・・社会への不満なんだか知らないが、その腹いせを個人に向けるな、ってなぁ?」 「なぁ?」と言って返事があるはずもないが、猫はまったく無関心に体を舐める。 背中から脇腹へと舐める場所を変えていき、今度は前足の片方を中途半端に上げてお腹の毛を舐め始めた。 ペコリペコリと頭を下げている姿が妙に滑稽だ。 「プッ・・・結構、腹が膨れてるなぁ。毛艶もいいし・・・」 (こんな猫をどこかで見たことあるなぁ・・・血統書付きって奴か?) 「飼い猫だろ?帰る家はわかるのか?」 (・・・警察に届けてやった方がいいかな?) 猫との距離は1メートルほど。 捕まえようと思えば捕まえられる気もするが、こっちの善意をわかってくれるとも思えず、閉じ込められて知らない人間への警戒心を深めたとしたら無理だろう。 「・・・どうしようもないか・・・」 そう呟いた直人は、仕事や恋愛で行き詰まった時の台詞と同じであることに気付き、自嘲的な笑みを浮かべて溜息を吐いた。 と、猫が動きを止めて顔を上げ、直人をジッと見つめた。 反射の加減で今まで判らなかったが、こうして見つめられると、何とも綺麗な目をしていることに驚く。 深みのある青い光彩が妖しいほどの輝きをたたえている。 (・・・・・綺麗だ・・・・・) 直人は魅入られたように、ジッと見つめ返していた。 動物は目を合わせるのが嫌いだというが、この猫は視線を逸らすことなく直人を見据えている。 何かを訴えているのか、見下しているのか・・・。 「・・・お前・・・ウチに来るか?」 直人は怖がらせないように、そろそろと手を伸ばした。 《 《《グゥァッシャァァーーーンッッ!!!》》 》 突然、表通りで激しいクラッシュの音がした。 劈くような悲鳴が上がり、直人も表通りへと顔を向ける。 路地裏から見える通りの景色を、走る男達が何人も通り過ぎていく。 口々に何かを叫んでいるが、いくつも重なって聞き取れない。 (・・・事故か・・・?) 命を落としても助かっても、当事者や家族は大変だろう。 (・・・悲惨な現場は見たくない・・・) 見てどうにかしてやれるのなら別だが、あの激しい音では専門家を呼ぶくらいしか出来ないだろう。 直人は沈んだ気持ちで、視線を猫に戻した。 いや、戻すつもりだったが、そこにはもう猫の姿はなかった。 伸ばしたままで止まっていた自分の手が、一層虚しく見える。 「・・・やれやれ・・・」 直人は力なく首を振ると、立ち上がり腰を伸ばした。 路地から表通りに出ると、少し先で人集りが出来ていて喧噪が飛び交っていた。 直人はコートの衿を立て、事故現場に背中を向けて歩き出した。 ゆっくり歩いて30分。 10階建てのマンションに着く。 普段、机に向かいきりの仕事が多い為、機会があれば歩くことにしている。 悪酔いの後の脱力感から足取りは重いが、キンと冷えた空気が心地いい。 直人は夜の空気を名残惜しむように大きく深呼吸して、マンション玄関に入っていった。 マンションでも直人は階段を登る。 最上階の10階までは、仕事が深夜に及び疲れ切った時など、かなりキツイものがある。 それでも継続してきたお陰で、簡単なストレッチしか出来ない日常でも、躰に弛みはない。 たまに出掛けるスポーツジムで、「時々しかお見かけしないが、いい躰をしてますねぇ。秘訣はなんです?」と、同世代らしき男に言われた。 その男、サウナで別の男とゴルフとカラオケの話ばかりしていた。 到底自分とは話が合いそうもないので、「苦労することですよ。」と冗談で会話をかわした。 (自分を鍛えるのにコツなどない。心掛け一つだ。) 直人はその男のニヤけた顔を思い出し、階段を登る足を速めた。 「へぇ・・・ここがお前の家か・・・」 マンションルームの玄関ドアを開けた途端、背後から声が聞こえ、直人は、ギクッ、と振り返った。 別に後ろめたいことがある訳ではないが、予期せぬ突然の出来事とは、心臓が飛び出しそうに驚くものだ。 見れば年若い少年が、開きかけたドアから中の様子を伺っている。 (・・・誰だ?!コイツは?!) 直人が息を飲んで少年を見ていると、 「ボヤッとしてないで、入ろうぜ。」 と、直人の背中を押して、一緒に玄関の中へ入り込んでしまう。 「・・・・・なッ・・・・・?!」 (押し入り強盗か?!・・・刃物は・・・??) 強盗としたら、ヘタに今騒ぎ立てない方がいいだろう。 直人はしばらく様子を伺うことにした。 少年は、玄関に立ち竦む直人の脇をスルリと通り抜けて、さっさと室内に上がってしまう。 踵を擦り合わせてスニーカーを乱雑に脱ぎ捨て、脱いだ勢いで左右バラバラにとっ散らかして行く。 (・・・人の家に上がる時は、靴くらい揃えろ。) 「・・・ったく、今時の若い奴等は・・・」 小声で呟き、ついスニーカーを揃えてやってから、 (・・・強盗の靴を揃えてやってどうするよ・・・) と、自分の愚かさに気付く。 (・・・しかし・・・強盗がわざわざ靴を脱ぐだろうか・・・?) 眉を寄せ考え込んでいた直人は、奥から聞こえる物音に、ハッ、とし、急いで靴を脱いで揃え、玄関から続くリビングへと向かった。 「なぁー・・・何か喰う物、ないのか?」 少年の声が、カウンターの向こう側、キッチンから聞こえる。 姿は見えないが、大型冷蔵庫の扉が開いている。 「・・・なぁー?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 返事のしようがない。 相手は会ったこともない奴なのだ。 一瞬だけ見えた少年の瞳が青みがかっていたのが、何処かで見たようで気になるが・・・。 形のいい小さなお尻から真っ直ぐに伸びた長い足だけ、冷蔵庫の扉から覗いている。 《…ガサッ…ゴソッ……ガサゴソッ……》 冷蔵庫の中を物色する音が止まり、 「・・・モグッ・・ン・・・このアンパン、いつのだよ?・・・モグモグッ・・・固いぞ。」 と、言いながら、少年が顔を上げた。 (・・・っくぅぅ・・・文句を言うなら喰うなッ。) 明日の朝、レンジで温めて朝食にするつもりだったアンパンだ。 牛乳と一緒に食べるアンパンは、二日酔いの朝には最高に美味い。 アンパンと牛乳がある、と思ったから、コンビニに寄らずに帰ってきたのだ。 しかし、腹の中で忌々しく思うだけで、言葉が出て来ない。 と、少年が1リットルパックの牛乳を鷲掴みし、そのままゴクゴクと喉を鳴らして飲んでいる。 (・・・・・明日の朝食・・・・・) 飲み干され、片手で握り潰された牛乳パックが、シンクの流しに投げ込まれ、《カコンッ…》と寂しく響いた。 少年は口の周りに付いた白い牛乳の名残を手の甲で拭い、満足したように、「ヒュゥ〜ッ・・」と音を立てて息を吐いた。 「なぁー・・・シャワールームはどこだ?」 (・・・はぁ〜?・・・) まさに、呆れて物も言えない。 直人が眉をひそめて睨むと、 「だってさぁ・・・ずっとゴミ箱に閉じ込められてたんだぜ?臭くて嫌んなるよ。・・・クンクン・・・ほらなぁ?お前だって臭い奴は嫌だろ?」 と、キッチンからリビングに出て来て、大股に部屋を横切りあちこち探し始めた。 (・・・えッ??・・・ゴミ箱??) 直人は目を瞬かせ、少年をジッと観察する。 少年の瞳は、あの猫と同じ深みのある青い色をしており、鮮やかなほどに輝きを灯している。 (おいおい・・・何を考えようとしているんだ?) 自分に言い聞かせる。 もう酔いは醒めているはずだ。 (ちゃんと現実的に物を考えろ。) 小さい頃から親や教師に言われ続けてきた言葉だ。 そうは言っても、あの猫の目も滅多に見ない不思議な色をしていた。 この少年の瞳も・・・ (・・・・・綺麗だ・・・・・) 直人は呆然とし、夜の空気で冷え切っていた体が、ポッポと熱くなっていくのを感じた。 直人が現実と夢想に揺れる思考を戦わせている間に、少年はバスルームを探し当て、断りもなく入って行った。 (・・・共通点は目だけじゃないか。) だが、その目があまりにも不思議な色と輝きを放ち、幻想を信じ込ませてしまうほどに魅惑的だった。 バスルームのドアの前まで、引き込まれるように付いて行った直人は、中から聞こえるシャワーの音を聞きながら、 (まぁ、いい。取り敢えず強盗ではないようだ。後は出てきてから聞こう。) と、笑みを浮かべた。 「フゥ〜・・・サッパリしたぁ。」 人のお気に入りのバスタオルを腰に巻き、首にタオルを掛けた姿で少年がリビングに戻ってきた。 大理石のように張りと光沢のある滑らかな肌は、ほんのりピンクに色付いている。 TVなら{{「わぁ〜ぉ♪」}}とエコーのかかった効果音が聞こえてきそうだ。 同性相手だというのに、目の遣り場に困ってしまう。 「あ・・・コホンッ・・・コーヒー入れたけど、飲むか?」 上擦りそうになる声を咳払いで押さえ、さり気なく声を掛ける。 「・・あ〜・・・いいわ。俺、眠いから、もう寝るし・・・」 (・・・・・はぁ??!) 「明日の朝は、スクランブルエッグがいいな。」 (・・・はぁぁ??!!) 「それと牛乳とオレンジジュース。パンは何でもいい。」 (・・・おいおい・・・牛乳はお前が飲んで、もうないぞ・・・) 「じゃぁ、お休みぃー。」 少年は、さっきあちこちのドアを開けて見つけた、ベッドルームへと行ってしまう。 (・・・・・なんなんだぁーーッ・・・・・) 直人は頭を抱えて深い溜息を吐いた。 が、そうそう好き勝手もさせておけない。 眉間にシワを寄せ、リビングのソファーから立ち上がり、ベッドルームのドアを開けた。 少年はすでに毛布にくるまり、顔のほとんどを枕に押し付けている。 ベッド脇の絨毯には濡れたバスタオルとタオルが無造作に置いてある。 直人は鷲掴みに拾い上げると、 「お前なぁ〜・・」 と、怒りを込めて呻るように言った。 「あん・・・眠いんだからさぁ・・・」 「おいッ。お前は誰なんだ?何でここにいるんだ?その説明もなしに寝るとはどーゆーことだ?」 少年は毛布を更に深く被り、 「・・・んー・・・だってお前・・・ウチに来るか?って言ったじゃん。・・・後の説明は明日にさしてくれよぉ・・・アフッ・・・んじゃ、お休みぃ・・・ムニャムニャッ・・・」 と、くぐもった声でやっとのように答え、答え終わった途端に小さな寝息を立て始めてしまった。 ガァァァーーーンッ…… 脳髄に音なき音が響く。 (・・・・・やっぱり・・・・・そうなのか??!) 信じられない。 だが、現実に目の前に見ている少年の寝顔は、どことなくあの猫の顔に似ている。 (いや。・・そう思って見るから似てるように見えるだけだッ。) ・・・・・・・・・・・・・・・・ 直人は濡れたタオルを持って、静かにベッドルームを後にした。 バスルームを覗くと、浴室の前に服が脱ぎ散らかしてある。 確かにあそこのゴミ箱と同じ臭いがする。 (・・・・・・・・・・・・・・・・) ハァァ〜ッ…… どっと疲れたように溜息を吐いた直人は、服とタオルを洗濯機に突っ込み、全自動で乾燥まで機械がしてくれている間に、卵と牛乳とオレンジジュースとパンを買う為、コンビニへと出掛けて行った。 一晩寝て起きて、冷静に考えてみた。 結論は、≪有り得ないッ!!≫。 昨夜の時点で気付くべきだった。 猫が人間の姿に変身したのだとしたら、何でブランドの服を着ているんだ?! ジーンズにスタジャン、と今時の服装で侮るなかれ。 どれもファッションに疎い直人でも知っている有名メーカー品だ。 玄関のスニーカーを確認したが、やはり若者に一番人気の外国製品で、しかも履き慣らしてある。 百歩譲って、仮に猫が人間に変身したとしても、いつ服に着替える暇があったというのだ。 直人は、(もう騙されないぞ。)と、仏頂面で朝食の支度をし、少年を起こした。 「おいッ。起きろッ。」 朝食の支度をする前に、寝室の大きな窓に掛かったカーテンは全開にしておいた。 市街地のマンションとはいっても地方のこと。 近くに視界を遮る建物はない。 当然朝日はストレートに部屋を眩しく満たしている。 だが、それだけの朝日をもろに浴びながら、少年は何とも穏やかな表情で熟睡している。 リビングのソファーで寝返りをうつたびに目が覚めて、変に寝違えて首筋を痛めてしまった身としては、腹立たしさが募る。 「こらッ。起きろと言ってるだろうッ。」 毛布を途中まで剥がして、手が止まる。 朝日の中で見る少年の肌は、あまりにも綺麗過ぎた。 一瞬、自分が少年を襲うような感覚に陥り、焦って毛布を少年の顔に被せた。 (冗談じゃない!生まれてこの方、男に血迷ったことはないぞ!) 直人はわざわざ自分自身に言い訳をしていた。 「・・・んー・・・もう少し寝かせてくれたっていいのにさぁ・・・」 毛布がモゾモゾと動いて、少年が上半身を起こした。 それに伴って毛布も上半身から滑り落ちる。 辛うじて股間は隠しているが、ヘソから下の引き締まった下腹部までが見えてしまう。 「・・あ・・朝飯が出来たから呼びに来てやったんだ。」 少年にも言い訳のように言う。 決着を付けようと意を決したのに、出鼻を挫かれてしまった。 「・・・ふーん・・・そっか・・・」 少年は気にする風でもなく、両手を高々と上げて伸びをし、大きなあくびをしている。 そして、立ち上がろうとしたのか、片足をスルッとベッドから出して、絨毯を踏んだ。 スラリと伸びた長い足。 すね毛の片鱗も見えないツルンとした肌。 直人の血が沸騰しそうに熱くなる。 (・・・な・・・何なんだぁぁ・・・) 自分で自分の反応に戸惑い、少年が腰を浮かせた瞬間、クルリと背中を向けた。 「・・服、洗っておいてやったぞ。・・ほら、そこ。」 直人は背中を向けたまま、ベッド脇のサイドテーブルを指差した。 「・・・あー・・・うん・・・」 まだ眠そうな間延びした少年の声を聞きながら、直人は寝室のドアを閉めた。 朝食は、希望のスクランブルエッグに、野菜サラダと焼いたベーコンが添えてある。 コンビニで買えるメニューでも、皿に盛りつけると見た目もいいし、食欲がそそられる。 牛乳とオレンジジュースも大きめのグラスに注いで、目の前に置いてやった。 少年は食パンが焼けるのを待つ間、テーブルに頬杖をついて窓の外をジッと眺めている。 トーストは焼き立てが美味しいので、少年が起きて席に着くのを待っていたのだ。 が、座る前に一悶着あった。 人がせっかく洗濯しておいてやった服を着ずに、勝手にクローゼットの衣装ケースから引っ張り出したインナーの半ズボンだけを着て、上には何も羽織らずに寝室から出てきたのだ。 「だって、この部屋、暖かいし・・・」というのが理由だ。 (人の服を借りてることを先に断れ!) と、怒りを込めて睨んでやったが、 (・・いや・・着る前に断れ、か?・・・いや、人の服を借りたら礼を言え、か?) と、あまりにも傍若無人な少年に、思考回路がショートしそうになり、文句を言う気力が失せてしまった。 で、溜息を吐いた直人に少年が言った言葉は、 「・・・何だ・・まだパンは焼けてないの?」。 (いっそ窓を全開にしてやろうか・・・) 少年の横顔を見ながら意地悪く思ったりもするが、あまりにも綺麗な瞳に怒りも吸い込まれて消えてしまう。 (・・・きっと周りがチヤホヤと甘やかし過ぎたんだろう・・・) 直人は小さく肩をすくめ、コーヒーカップを口に運んだ。 《ガチャッ!》 トースターがこんがり焼けたパンを押し出した。 「パン、焼けたぞ。」 コーヒーを飲む前に言ってから、一口啜るように飲む。 (いい香りだ・・・) 行きつけの喫茶店で炒って貰った豆を買ってきて、自分で挽いて入れてるだけあって、香りは最高だ。 独身貴族と冷やかされるだけではつまらないから、これくらいの拘りは持っていたい。 どんな朝でもこの香りに癒され、前向きな一日をスタートさせることが出来る。 直人が至福の二口目を飲もうとした時、 「なぁー・・・まだ、バター塗ってくれないの?」 と、我が侭大王が宣った。 (自分で塗れ!) そう思っても我慢することを覚えてしまった大人の悲しさ。 自分でも、(何をやっているんだ・・)と思いつつ、コーヒーカップを置いてパンにバターを塗ってやる。 少年は礼の言葉一つないまま、サクッ、といい音を立てて囓り付き、 「なぁー・・・マーマレードはないのか?」 と、不満顔でスクランブルエッグをフォークですくった。 (・・・・・・・・・・・・・・・・(怒)) 「・・・昨夜、マーマレードが欲しいとは言ってなかっただろ?」 直人は自分のパンにバターを塗りながら、憮然として言った。 「・・けどさぁ・・・バターがあってマーマレードがないウチってあるか?」 (あるぞ、それはいくらだってあるはずだぞ?) 子供相手に議論をしてもつまらない。 直人は黙ってパンに囓り付いた。 「さて・・・それじゃぁ、話を聞かせて貰おうか?」 朝食を済ませ、場所をリビングのソファーに移して、直人はようやく昨夜からの疑問の答えを求めた。 少年はソファーの上であぐらをかき、眠そうなあくびを洩らし、 「・・・アファゥ・・・なぁー・・・お前、仕事に行かなくていいのか?」 と、逆に質問で返してきた。 「出勤には割と自由が利く仕事でね。自宅で内業をする時もある。」 「へぇ・・・いいね。」 少年はたいして関心もないようで、細くて長い足の指を器用に動かし、その動きを眺めている。 そんなことの何が面白いのかは知らないが、今は少年の行動をいちいち気にしている訳にはいかない。 「まぁな。・・・で、お前は?」 少し間があって、 「俺は仕事してないし・・・」 と、当然の答えが返ってくる。 「学校があるだろう?」 また間が空いてから、 「・・・・・どうかなぁ・・・・・」 と、凝ってるはずもない首を回しながら答える。 (首が痛いのはこっちの方だ。) 「学校も行かず、仕事もしてない、なんてことはないだろう?」 (今日はちゃんと説明する約束だぞ。) 直人は強い口調で問い質した。 少年はあぐらの足をフローリングの床に降ろし、ソファーにもたれて溜息を吐くと、 「・・・だって、俺・・・飼われてたし・・・」 と、ボソリと呟いた。 (この期に及んで、まだ嘘を付き通すつもりか?!) 直人は眉間にシワを刻んで、腕組みをした。 「いいか?お前のその嘘はとっくにバレているぞ?ちゃんと本当のことを言わないと、自分が困ることになるぞ。」 目を眇めて睨み付けながら言ってやったのに、 「・・・あ?・・・だって、本当のことだし・・・」 と、キョトンとした顔をしている。 「なにが、飼われている、だ。猫が人に化けたフリをしてても、そんな嘘に騙されるほど、僕は甘くはないぞ。」 「・・・・・は?」 少年はガラス玉のようなキラキラ光る目で、直人を見つめた。 光彩が透けて輝き、人形のようにも思えてきて、何を考えているのか、さっぱり判らない。 (いや。こちら側の言い分はしっかり言っておくべきだ。) 直人は少年の魅惑的瞳に魅入ってしまいそうになる気持ちを引き締めた。 「昨夜はうっかり信じかけたが、あれは悪酔いによる錯覚だ。」 「・・・・・ふーん・・・・・」 少年は直人に視線を固定したまま、しばらく考え込むかのように黙り込んだ。 そして、やっと言った言葉が、 「・・・お前・・・変なクスリでもやってるのか?」 だった。 (違ぁーーう!・・何でそーゆー話に流れるんだ?!) 直人はムッとして、 「・・ちょっと不味い酒を飲み過ぎただけだ。」 と、大人の付き合いの苦労を含ませるように答えた。 すると、少年はすべすべの肌剥き出しのお腹を片手で押さえ、 「クックッ・・・だろうねぇ。クククッ・・・お前、俺が困ってる時に、ゲェーゲェー吐いてたもんなぁ。」 と、腹筋を震わせて笑いながら、昨夜の醜態を見ていたかのように言った。 (うッ・・・何で、それを・・・) あの場所に誰もいないことを確認してから吐いたつもりだった。 (だが、服はあのゴミ箱の臭いだった。・・・ゴミ箱の中・・・) 「・・ゴミ箱の中にいたのか?」 「ああ。で、お前が助けてくれたんじゃないか。忘れたのか?」 (いつ、お前を助けた?!) 「・・僕が助けたのは猫だ。」 「だから・・・ゴニョゴニョ・・・猫だし・・・」 つい今しがた肩まで震わせて笑っていたのに、急にとぼけた顔をして横を向く。 少年が口ごもり聞き取り難い部分はあったが、「猫だし・・」と言い切る所が小憎らしい。 (そのとぼけた化けの皮を剥がしてやる!) 直人は、全てを否定してかかる大人の顔を、自分に張り付けた。 「あのなぁ・・・ハァァ・・・何が面白くないかは知らないが、あまり大人をからかうものじゃないぞ?・・・お前があの猫じゃない、ってことは判っているんだ。だいたい猫が服を着たり脱いだり出来るか?」 直人は膝に肘をつき、前屈みになって、自分が見つけた嘘の証拠を力説する。 「スニーカーだって、かなり履き込んでいるな?猫が靴を履いて歩き回るか?」 「・・・・・へぇ・・・・・」 少年は呆れた様子でマジマジと直人を見ていたが、持たれていたソファーから背中を離すと、 「・・・俺・・・ずっと人間として暮らしているからさ。」 と言って、ニッ!、と唇を引き上げて不敵に笑った。 それから、 「お前が信じようと信じまいと勝手さ。だけど、俺は確かにお前に助けられた。だから、そのお礼に来てやったんじゃないか。」 と、偉そうに言い、 「・・ま・・・猫の恩返し、ってとこか・・・」 と、また妖しい笑みを浮かべた。 これがTVのアニメなら、部屋中を壁から天井まで猛ダッシュで駆け回ったりするのだろう。 それで表現するものが、驚きなのか、怒りなのか、困惑なのか、わからない。 ただ、今の直人はそれほどに様々な感情が一度に噴き上げてきて、自分でも自分の心理状態がわからなくなっていた。 (落ち着け!とにかく、落ち着け!) 直人は気持ちを落ち着かせる為、新しくコーヒーを入れ直した。 いつもと同じお気に入りの香りだ。 夢でも幻でもない、現実にいる自分を実感する。 (・・・冷静になれ。・・・有り得ない夢など信じるな。・・・いつも信じては裏切られてきたじゃないか・・・) ・・・自分にだって色々な柵から逃げたい時がある。 この少年もきっと、口に出しては言えない辛い何かがあって、それが言えずに逃げているだけなのだろう。 直人は何が何でも否定せずに、しばらくは少年の言い分を、そのまま聞いてやることにした。 コーヒーカップの中に小さく溜息を吐いた直人は、顔を上げて少年の姿を観察するように眺めた。 少年は再びソファーの上であぐらをかき、暇そうに窓の外に視線を向けている。 外といっても10階の窓から見える景色は、空か遠い山並みくらいのはず。 窓辺かベランダに立てば、街並みや車が見えるだろうが、何もない空を見ている方が退屈しそうだ。 それでも、雲でもあれば形の変化を楽しんだり出来るが、今日は見事に快晴だった。 (・・・理解出来ないのは世代の相違か?) 直人は掌の中のカップを持ち直し、残りのコーヒーを飲み干した。 そして、カップをテーブルに置きながら、ふと、少年の前のカップを見て、全然手を付けてないことに気付く。 「・・・コーヒーが冷めるぞ。」 (コーヒーが苦手なのか?) もっとも、朝食で牛乳とオレンジジュースを大きなグラス二杯ずつ飲んだのだから、もう水分はいらないだけかも知れないが・・・。 少年はゆっくり顔を直人に向けると、 「なぁー・・・生クリームはないの?」 と、気が利かないなぁ、と言いたげな顔で言った。 これだけ香りに自信のあるコーヒーに、生クリームを入れるなど(邪道だ!)と叫びたい所だが、直人も深夜の仕事でついコーヒーを飲み過ぎてしまう時には生クリームを入れたりする。 冷蔵庫まで取りに行き、小瓶を渡してやると、 「・・・これ・・・もうないじゃん・・・」 と、文句を言いながら、琥珀色のコーヒーがほとんど白い液体になるまで入れてしまった。 (・・・生クリームのことはいい・・・が・・・それは邪道だろぉぉーー!!) 「・・・嫌いならそう言えばいいだろう?無理に飲まなくていいんだぞ?」 大人の余裕を持って、穏やかに言う。 少年はカップを口に持っていき、 「嫌いじゃないぜ。ただ、生クリームを入れた方が好きなんだ。」 と、ゴクゴクと一気に飲み干した。 香りを楽しむ暇も、深い旨味を味わう余裕も、微塵もない。 直人は眉根をわずかに痙攣させ、溜息を吐いた。 「で・・・お前の話だが、お互い名前も知らない同士でいるのも不都合だろう?」 直人は気を取り直して、話を戻した。 「佐田直人・・・」 少年がいきなり直人の名前を口にする。 「・・・・・え?!」 ギクリ・・・としてしまう。 「・・って、玄関の所に表札出てたし・・・」 (・・・表札か・・・字も読める猫・・・) 直人は強ばった肩の力を抜いて、首を振る。 (ないない。) 「じゃぁ、お前の名前を教えてくれ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・いいけど・・・・・」 少年は深くて透明な青い目を上目遣いに向けて、 「・・・前の飼い主が付けた名前がいいか?・・・それともその前の飼い主のがいい?・・・それが嫌ならお前が付けてくれたっていいぜ?」 と、挑むように答えを返した。 直人は半ば口を開けて固まり、しばし言葉を失った。 それから、 「・・・・・お前なぁ・・・名前も言えないのか?」 と、咎める視線を向けながら言った。 少年はガラス玉の目に怒りの青い炎を揺らめかせ、 「・・・チッ。本当のことを言っても信じないんじゃ、話にならないな。」 と、逆ギレしたようにそっぽを向いた。 (怒りたいのはこっちの方だ・・・) 「・・・・・じゃぁ・・・・・タマだ。」 少年が横を向いた状態で、目だけを直人に向ける。 眉を聳やかしている所を見ると、相当「タマ」が気に食わないらしい。 「犬はポチで、猫はタマか?発想が貧しすぎだろ?それに俺は人として暮らしている、と言ったはずだ。それに見合う名前を考えろよ。」 (・・・・・何で僕がそこまで考えなきゃならないんだ・・・・・) 「・・・だったら、一番先に付いた名前でいい。その名前はどうゆうんだ?」 (せっかく考えてやっても、あれこれ文句を言われたくない。) 少年は、直人にそう言われると、うつむいて爪を噛み、しばらく考え込んでいた。 そして、やっと、 「だったら・・・空・・・ソラがいいな。」 と、顔を上げ、窓の外を見ながら言った。 (本名はどうしても言わない訳か・・・) 「わかった。それじゃ、ソラと呼ぼう。」 「あぁ。」 咄嗟に思いついた名前だろうが、自分でも気に入ったのか、少年・・・ソラは直人にニッコリと笑い掛けた。 青い光が目の中で弾けた。 素直に笑うとこんなにも可愛い顔になるのか、と感心してしまう。 直人もつられて笑みを浮かべ、しばし魅入っていた。 「・・・あ・・・それで、恩返しとゆうのは、具体的に何をしてくれるんだ?」 見取れていた自分に、ハッ、とし、気まずさを隠して質問をした。 ソラは、ジィーーーーーッ、と直人を見てから、 「なぁー・・・お前、”猫の手も借りたい”って言葉を知ってるか?」 と、見下すように言う。 (どーして、こっちの質問に、いつも質問で返すんだ。) 直人は、些かソラの相手をしていることに疲れてきてしまった。 出勤時間に制限はなくとも、仕事をサボッてる訳じゃない。 PCを使った仕事は自宅でも出来るからであり、それだけの仕事をこなしているからこそ通用するルールなのだ。 (俺は飼われた猫みたいに暇じゃないんだ。) 「それぐらい知ってるさ。」 苛立った溜息まじりに答えてやる。 「・・・ふーん・・・なら、わかるだろ?」 ソラは大袈裟に両手を広げ、肩を竦めて、 「”猫の手”ってのは、どんなに忙しくても役に立たないのに、そんな手でも欲しいと思ってしまう、ってことだろ?」 と、わざわざ説明する。 「だと思うが?」 (だから、何なんだ?) 「つまりさぁ・・・俺に何か出来る訳がないだろ、ってことさ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 (・・・どうせそんなことだろうと思ってたよ・・・) 何かをわずかでも期待していた自分が、思い切り間抜けに思えてくる。 別に物が欲しい訳でも、願い事を叶えて欲しい訳でもない。 ただ、手品のように、次に何が出てくるのだろう、と思うのと同じ期待感だった。 「けど、”招き猫”の置物があるだろ?」 「・・・あぁ・・・」 直人にはもうマトモに答える気力はない。 頭の中は、今日予定している仕事へと動き出していた。 「だからさ・・・お前が幸せになれるように、俺が見届けてやる。」 (・・・・・・・・・・・・・・・・) 思考が止まった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ??」 「・・ンフッ・・・ほら。・・こんな風に・・・」 ソラは顔の横に丸めた手を当て、クイックイッ、と曲げて見せた。 (・・・・・・・・・・・・・・・・) 直人の頭の中が真っ白になり、その中を、小さな文字がフワフワと浮いて近付いてくる。 (・・・・・買い物リスト・・・・・マーマレードと生クリーム・・・・・) ようするに、自分を見ているだけの都合のいい同居人が出来てしまった、ということだ。 しかも、その理由が、「恩返し」。 とんだ「猫の恩返し」だ。 直人はソファーにグッタリともたれ、天を仰いだ。 (・・・Oh! My God!!・・・What's Cat Boy!!!) 『Cat Boy』......end...... ![]() |
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