|
|
|
![]() ★2★『Bad Boy』 ![]() ネコに構ってる暇はない。 直人は仕事部屋にしている西側の部屋に入っていった。 市街地にあるこの10階建てのマンションも、佐田建設で請け負った仕事である。 5年前、26歳だった直人が設計スタッフのチーフとして、年上の部下をまとめながら苦労して完成させた物だ。 大学当時から建築デザイン部門で名だたる賞に入賞し、最も格のある大賞を取った実力を認められての抜擢だったが、部下の中には「社長の甥っ子だからな。」と、陰口を叩く者もいた。 「社長の甥っ子」であるが故の苦悩を、陰口を叩く者達は知らない。 首都に本社のある最大手企業からの誘いを、「弟のところはお嬢さんだけでしょう?あなたを頼りにしているのよ。」という母親の言葉で断念するしかなかった。 誘ってくれた企業は、「将来は独立出来るよう支援する。」とまで言ってくれたが、丁重に辞退した。 断った自分の代わり、という訳ではないが、よく研究会やシンポジウムなどで顔を合わせていた男が、その企業に入ったと聞いた。 去年、「独立した。」と独立祝賀パーティーへの招待状が届いた。 「顔を売ってこい。」との社長命令で仕方なく出席したが、その男の都会に馴染んだ洗練された姿が、得意げな顔以上に直人の心を寒くした。 もっとも、独立したはいいが、個性を出そうと奇抜なデザインばかりした為、今ではほとんど仕事の受注がなく、元の企業の下請けで細々と暮らしている、と聞く。 この不景気で下請けは厳しいだろう。 人生とは、何がどう転ぶか、わからないものだ。 少なくとも直人は機能性を重視している。 斬新であっても美観を損ねるべきではない。 そこが奇抜なデザインとの違いだ。 このマンションもそこそこ使い勝手がいい。 東と南側に大きな窓があり、直人の使用している部屋で言うなら、キッチンとリビングと寝室は全て光の行き渡る清潔で機能的な造りになっている。 ただ、仕事ではPCや製図機などの精密機械を多く使用する為、直射日光を嫌う理由から、書斎か寝室用にと造った部屋を仕事部屋にしている。 その他にも、今現在使用目的がなく、もっかストレッチルームになっている部屋もあり、一人で暮らすには広すぎるマンションルームだが、設計した報償で手に入れた訳じゃない。 当時、付き合っていた女性との結婚を意識しての購入だった。 寝室のキングサイズのベッドも、その女性が「ベッドは大きい方が好き。」と言った言葉によるものだ。 ・・・なのに、その女性とはベッドを一度も使用することなく別れてしまった。 何が原因なのか、今でも理解出来ない。 一方的に別れを告げた女は、散々嫌味を言った挙げ句に、自分が傷付いてると言いたげな顔をして立ち去っていった。 あれが女性不信の始まりだったかも知れない。 いや・・・自己不審と言うべきか・・・。 自分の何が彼女をそこまで傷付けたか、わからない。 わからないことで、人に対して臆病になった。 無意識に人を傷付けてしまっているのか、と思うと、いつも言葉を飲み込んでしまう。 必要がなければ会話をしない方が気が楽だ。 どうしても必要がある時は、相手に向ける言葉に細心の注意を払う。 ・・・だから、疲れてしまう。 一人暮らしには広すぎる部屋だが、一人でいる要塞としては居心地のいい部屋だ。 設計には自信があるので、大きな地震があっても大丈夫。 壁は厚く遮音性が高いので、他の部屋からの音に悩まされることもない。 室内は常に一定の温度に保たれ、空気清浄されているだけでなく、湿度も好みに設定出来て調整される。 ・・・お陰で今、ほとんど裸に近い少年が部屋中闊歩しているが・・・。 「なぁー・・・ナーオ・・・・・ナァーオ・・・・・」 仕事部屋に付いてきたソラが直人を呼ぶ。 直人を「ナオ」と呼ぶことにしたらしいが、続けて呼ぶと猫の鳴き声のようだ。 PCのキーを打つ手を止めて、 「・・・何だ?」 と、溜息まじりに返事をする。 「ンフッ・・・これ、触っていいか?」 「ダメ。」 即答する。 「なんでぇー?・・・いいじゃぁーん。」 「この辺の機械は全て操作が微妙でデリケートなんだ。変に弄られて狂ったら仕事にならない。だから絶対に触るな。いいな?」 (同居を認めた以上は、最低限のルールは守って貰うぞ。) 「・・・・・チェッ・・・・・つまんないのぉ・・・・・」 と言いつつ、ソラはもう違うことに興味を持ったようで、棚へと近付く。 そして建築関係の分厚い本を手に取り、ページを捲り始めた。 横目でその姿をチラッと確認し、またPCのキーを打ち込む。 (・・・お前にわかるのか?) と思いつつも、それで大人しくしてくれるなら、ありがたいことだ。 が、そう甘くはなかった。 ソラがいきなりPCの画面を間近で覗き込んだのだ。 「ウワッ・・・何、これ?数字ばっかじゃん。」 「・・・・・そーゆー仕事なんだよ。・・いいから退いてくれ。」 突然視界にソラの頭が飛び込んできて手元が狂った。 複雑な計算式の最後で打ち誤ってしまった。 誤って送信した情報に基づいて画面が現れる。 「・・・あれ?・・・これ、何か変な形だなぁ・・・」 (お前のせいだ、お前の!) 「・・・・・画面・・・見えないぞ・・・・・」 不機嫌さを声に響かせて言っても、 「なぁー・・・ナーオ・・・これって絶対おかしいぞ?」 とマジマジと画面を眺め、クルリと顔を直人に向けた。 (自分の興味持ったことにしか反応出来ないのか、お前は?) 「だから・・・お前のせいで狂ったんだ。どう狂ったか・・・僕には確認も出来ないじゃないか。仕事の邪魔をするなら、この部屋は入室禁止だ。いいな?」 キツイ言い方だとは思うが、仕事にならなければどうにもならない。 PCを覗いていた状態で反転した顔は、間近で直人を見つめている。 深みのある青い目が一瞬悲しげに揺れた気がした。 「・・・じゃぁ、TV観てる・・・」 ソラはキーボードに視線を落として呟くと、ゆっくり部屋を出ていった。 (・・・言い過ぎたか・・・) 文句を口にした後は、必ず後味の悪さに気持ちが沈む。 昨夜、路地裏で吐いた時の気分に近い・・・。 苦々しく目を向けた画面には奇妙なギザギザが回転していた。 (・・・まるで・・・心の棘みたいだな・・・) 直人はすぐに画面を消すことが出来ず、手を止め、ぼんやり眺めていた。 《トゥルルルルル……》 横のデスクの電話が鳴り、ハッ、として受話器を取る。 「――はい。直人です。――はい、今仕上げている所ですが・・――はい、わかりました。それでは午後の会議に間に合わせます。――はい。――」 ぼんやりしている暇も、ソラを気にしてやる余裕もなくなった。 直人は気持ちを引き締めてPCに向かった。 図面に起こしたものをレイアウトし会議用の書類にまとめた。 時計を見ればすでに12時近い。 午後1時からの会議までに、会社で人数分をコピーすることを考えると、とても昼食を作っている時間はなさそうだ。 それでも、何か用意してやらないとソラが可哀想だ、と直人は冷蔵庫の中にある物を思い出しながら仕事部屋を出た。 リビングのTVがニュースを流しているが、TVの前のカウチにソラの姿はなかった。 見れば窓際のロングソファーで長々と体を伸ばし、剥き出しの上半身の腹の上に、仕事部屋で手にしていた建築関係の本を乗せている。 ソラの片手は本を持っていた時のように添えられ、片腕はソファーからこぼれ絨毯の床に付いている。 本を読みながら寝入ってしまったらしい。 (本を読むなら読むで、何でTVをつけっ放しにするかな・・・) だいたい本だって専門書だけに安くない。 (値段はともかく・・・分厚い本を腹に乗せてて苦しくないのか?) 寝顔を覗いた直人は、ソラの穏やかな寝顔に何故かホッとして、キッチンに向かった。 (冷凍庫に何かあったか・・・?) 冷凍庫を開けて見つけたのは、半分使った後の冷凍ピラフ。 (これで我慢して貰おう。) 直人は皿に移してレンジに入れ、ボタンを押してから出掛ける支度を始めた。 「ソラ・・・ソラ・・・」 呼び掛けるだけでは起きそうにないので、そっと肩に触れて揺する。 ゾクッ、とする感触は、その肌の冷たさのせいと言うより、触れたことのない滑らかさに指が吸い付けられたからかも知れない。 (・・・見ろ。いくら温度調整された室内だからって服を着ないでいるから、体が冷え切ってるじゃないか・・・) 直人は敢えて感触のことは忘れることにした。 男の肌の感触にドキドキしてる自分を想像するのも恐ろしいものがある。 「・・・んー?」 ソラが目を覚まし、本に添えていた手で目を擦る。 体が動いて本がずり落ちそうになり、直人が受け止めて開いていたページを閉じた。 「昼食はレンジに入ってるから、それを食べてくれ。」 「・・・あー・・・もうお昼なんだぁ・・・」 ソラは起き上がってTVに視線を向ける。 昼時の賑やかな番組が始まっていて、ソラの目が釘付けになっている。 (何もこんな遠くから斜めに眺めなくても・・・) いや、そんなことを気にしている時じゃない。 「僕は仕事で出掛けるからな。・・・昼食が済んだらその辺を適当に掃除しておいてくれ。一日退屈して寝転がっていてもつまらないだろ?少しは体を動かせよ。」 「・・・なぁー・・・帰りは何時になる?」 (先に返事をしろ、返事を!) 「今日はそう遅くならないと思うが・・・」 「・・・んー・・・わかった・・・」 ソラがそう言って伸びをしたので、直人は(やれやれ。)と溜息を吐き、朝の残りの食パンを焼かずにくわえて、大事な書類を持ち急いで会社へと出掛けて行った。 会議の後、社長に呼び止められる。 「直人。なかなかいい案だったな。」 「ありがとうございます。」 「これならクライアントも気に入ってくれるだろう。」 「ハハ・・・だと、いいんですが・・・」 「まぁ、仕事も人間関係が大事だからな。・・と、ゆうことで今夜、席を設けてある。君も出席してくれるね?」 いつもは二つ返事で承諾していることだが、家で待っているソラのことが浮かび返事を躊躇ってしまった。 「おいおい。仕事の相談も含めての接待だ。君が抜けては困るぞ。」 「・・あ・・はい。では、夕方一度戻って服を替えてきます。クリーニングに出した時、そのまま自宅に戻してしまったので、会社に用意がないものですから・・・」 本当はロッカーに、TPOに合わせたスーツが数点、常にセットして用意してある。 内業は楽な服装でしたいが、現場に出向く時や接客時にはそれなりの服も必要で、幹部社員用の大きめのロッカーに備えは充分だった。 だが、会社から直接接待に出掛けるとなると、ソラの夕食を用意してやれない。 人でも猫でもどっちでもいいが、同居人(?)がいる以上は放ってはおけなかった。 「では、ホテルのロビーで待ち合わせしよう。時間には遅れるなよ?」 「はい。承知しました。」 直人は社長に対して、社員として丁寧にお辞儀をした。 社長は目を細めて頷き、直人の肩を数回叩いて、秘書とエレベーターに乗り込んでいった。 マンションの駐車場に車を停めた直人は、両手にスーパーで買い物をしてきた重い荷物を下げて、10階までの階段を登った。 何が重いかと言って、飲み物ほど重い物はない。 朝の様子から考えるに、ソラは牛乳とオレンジジュースを一日1リットルずつは飲むだろう。 なにしろ朝食だけで半分以上を飲んでしまっているのだ。 ミネラルウォーターもストレッチの後には欠かせないし、コーヒー用とソラが飲む分を考え、多目に買ってきた。 仕事は冗談抜きに忙しく、毎日買い物出来るか判らないし、足りなくなるたびに10階までの階段を上り下りするのは大変だ。 そう考えて、直人は数日分をまとめて買ってきた。 ビニールの買い物袋が切れそうなほど伸びて指に食い込む。 やっと10階まで辿り着いて大きく息を吐いた直人は、誰に言われるのでもなく自身で決めたことさえ、守ることに拘ってしまう性分が嫌になった。 強ばった指でポケットのカギを探り、玄関を開ける。 「ただいまー。」 奥に呼び掛けて、少し気恥ずかしさを感じる。 「ただいま。」なんて言葉、何年使ってないだろう。 「ソラー?・・・荷物が多いんだ。キッチンまで運ぶのを手伝えよ。」 呼び掛けても一向に返事はなく、姿も見せない。 (まーた、寝てるのかぁ?) 直人は靴を脱いで揃えて端に置いた時、ソラのスニーカーがないことを不思議に思いながら、重い荷物を持ち直して中へと入っていった。 キッチンテーブルに荷物を置いてから、寝室を覗いてみる。 リビングとキッチンにいなければ寝室だろう、と思ってドアを開けたが、キチンと整ったベッドにも姿がなかった。 (仕事部屋か?!) 悪戯でもしているんじゃないかと焦り、早足で行ってみるがそこでもなかった。 ストレッチルームでもなく、念のためトイレと浴室も覗いたが、ソラは見つけられなかった。 (・・・・・いない・・・・・?) 姿が見えないだけでなく、ソラがこのマンションルームにいた、という痕跡すらない。 読み掛けだった建築の専門書もリビングのテーブルにはなかった。 ベッドも直人が毎朝ベッドメイキングするのと同じ状態になっている。 ハッ、と思い付き、インナーの半ズボンが入っていたクローゼットの衣装ケースを調べると、ソラが履いていたのと同じ物がちゃんとそこに収まっていた。 (・・・・・いないのか?・・・・・それとも初めから存在しないのか?) 直人は呆然と部屋を見回し、それから気が抜けたようにキッチンテーブルのイスにぐったりと座った。 (・・・あれは・・・夢か幻だったのか?) そんなはずはない、と直人は自分の指を眺める。 指先は、ソラに触れた時の感触を、確かに覚えている。 (キツネやタヌキに化かされると昔話にあるが・・・猫に化かされたのか?) 直人は昨夜からの出来事を追うように天井を見上げて考える。 最悪な酔い方をしていただけに、記憶そのものに自信がない。 力無く溜息を吐いて、何のきなしに視線を向けた食器カゴに、ソラの昼食にとピラフを入れた皿が洗って置いてあった。 ドッキィーン…… 直人は唾を飲み込んで立ち上がった。 (夢じゃない。) ドキドキドキドキ、、と鼓動が早くなる。 よく見れば、水垢が気になっていたシンクがピカピカに磨き上げてある。 フードの換気扇も新品のようだ。 確かソラに、「適当に掃除してくれ。」と頼んであった。 (・・・ソラが・・・?) 直人は改めて各部屋を見て回った。 どの部屋も、もちろん浴室もトイレも、まるでプロに頼んだように完璧と言えるほど綺麗に掃除してあった。 ガラス窓もピカピカだし、鳥の糞がこびり付いていたベランダの手摺りまでツルツルだ。 (・・・これをソラが一人で全部掃除したのか?!) あの横柄で我が侭で尊大なソラが・・・ 直人は驚きと感心と微かな疑問を抱え、逆上せた顔でキッチンに戻ってきた。 テーブルには、まだ買い物してきたままの山の荷物が置いてある。 (・・・・・で・・・・・ソラは何処へ行ったんだ?) 立ったまま腕組みをし、荷物を睨む。 (・・・・・・・・・・・・・・・・) これで恩返しが出来たと納得して家に帰ったのだろうか? こんな掃除を強いられる所にはいられない、と逃げ出したのか? 何にせよ、ソラの頭数を考えて買い込んだ食材が、行き場を失い今更ながら重くのし掛かる。 (これがお前の言っていた恩返しか?・・・幸せを招く招き猫じゃないのか?・・・これで僕が幸せだと勝手に決めたのか?) 冷蔵庫の中に買ってきた物を納めながら、次第に腹が立ってきた直人は、心の中で文句を呟いていた。 (幸せになるのを見届けるって言ったじゃないか!) 失望感と裏切られた思いに目頭が熱くなってくる。 (・・・掃除なんて適当でよかったんだ・・・) 元々直人自身、マメに掃除をする方なので、それを人に押し付けようという気持ちはなかった。 (・・・・・仕事部屋で厳しく言い過ぎただろうか・・・・・) 一瞬悲しげに揺れたソラの青い目が脳裏に蘇り、胸がシクシクと痛み出した。 直人は何度も溜息を吐いて、やっと大量の荷物を冷蔵庫に押し込んだ。 脱力感と虚しさに何もする気がしない。 が、急いで支度してホテルに行かなければならない。 どんな時でも仕事に責任を持つのが、大人の男としての義務であり、プライドでもある。 直人は熱いシャワーで気持ちを切り替えて、スーツに着替えると、ホテルに出掛けた。 クライアントの手応えは充分だった。 社長は上機嫌で、「ご安心下さい。何と申しましても、我が社にはこの佐田直人がおりますから。」と自信たっぷりに言ってくれた。 何処から生まれる自信か、わかったものじゃない。 だが、クライアントも、「佐田ブランドですか。頼もしいですね。」などと調子を合わせる。 まあ、市民ホールの設計が気に入って依頼してきてくれた客だけに、「全て、佐田さんにお任せしますよ。」と言って貰えるのは嬉しい。 仕事としては上々といったところで、もっと明るい気分になってもいいはずなのだが、直人は気持ちが沈み込んだまま浮上出来ず、笑顔でいるのがやっとだった。 「祝杯を挙げよう。」と言う社長の誘いを辞退し、直人はマンションに帰ってきた。 昨夜は寝不足だったし、早くベッドに倒れ込みたい気分だった。 それでもエレベーターは使わず、階段を登る。 慣れてしまえば意外と苦労に思うこともなく、三日間徹夜しても軽々と登れるものだ。 重いのは体以上に心なのだと判っている。 (・・・・・ソラはどうしただろう・・・・・) またゴミ箱に押し込められてなければいいが、と心配になる。 そして、あの印象的な青い目を、もう見ることが出来ないのが寂しく思えた。 階段を登りきり、部屋の玄関に近付いた時、直人は玄関ドアに寄り掛かって踞るソラを見つけて愕然となった。 膝を抱えてうつむいているソラの横顔は、寂しげで寒そうだった。 「・・ソラッ・・・」 直人は駆け寄り、ソラの前に屈み込んだ。 「済まない。遅くなったな・・・」 直人が言うと、ソラは怒るでもなくジッと直人を見つめ、 「・・・なぁー・・・お腹空いた・・・」 と言った。 直人は可笑しさが込み上げてきて、 「あぁ。すぐに作ってやるよ。」 と、笑いながら玄関を開けた。 買った食材は無駄にならずに済みそうだ。 育ち盛りだけによく食べる。 牛乳もまた大きなグラスで二杯飲んだ。 だが、オレンジジュースは朝と昼だけに決めているらしい。 「知らないのか?夜にフルーツを摂ると太るんだぞ?」 「ダイエットなんか、気にしてるのか?・・そんな細っこい躰して・・・」 細い、と言うのは正確じゃないかも知れない。 引き締まった躰はしっかりと筋肉が付いていて、鍛えていることが判る。 直人に比べればまだまだ細い、と言えばいいのか、まだ骨が細く成長過程にある、と言う方が正しいのか・・・。 しかし・・・ダイエットを気にする猫がいるのだろうか・・・。 (だいたい、これだけ食べておいて今更じゃないか?) 直人は言い分と行動の食い違いが可笑しくてまた笑った。 それから、 「そういえば、随分綺麗に掃除してくれたんだな。ありがとう。大変だっただろう?・・・もっと適当で良かったのに・・・。それに、暇そうだから言っただけで、強制じゃなかったんだが・・・」 と、感謝を込めて、労うように言った。 「・・・別に大変じゃない・・・」 お腹が膨れたせいか、ソラは眠そうにあくびをする。 大きく口を開けたせいで涙が滲み、ソラはパジャマの袖で目を擦った。 (クスッ・・・猫みたいな仕草だな・・・) どんな仕草でも引き込まれるように目が行ってしまう。 (・・・ソラ用のパジャマを買ってやらないとな・・・) 直人は色々揃えなければならない物を頭に浮かべながら、自分のパジャマを着ているソラを穏やかな笑みを浮かべて眺めていた。 直人が食事を作る間、ソラには熱いシャワーで躰を温めるように指示し、今夜は直人のパジャマを出しておいてやった。 湯上がりにまたバスタオルを巻いて出てきたので、それを渡して着て貰った。 男の裸と判っていても、つい滑らかな肌を見ていると動悸が早くなってしまう。 ・・・と、本音は言えないので、同居するにあたって、そうしたルールにしておいた。 意外に、ソラは指示したことに割と素直に応じる子らしい。 横柄さと素直さが混沌とした変な子だが、人と思わずネコと思えば納得出来てしまう。 「疲れただろうから、早く寝るといい。」 「・・・だから、掃除くらいで疲れない、って言ってるし。・・・・・けど・・・・・」 「・・けど?」 けど、で止まると続きが気になる。 「・・・掃除したゴミを捨てに下へ行って戻ったら・・・カギが閉まってた・・・」 (・・・・・あ・・・・・そうかぁ・・・・・) このマンションはドアが閉まると自動ロックが掛かるのだ。 「済まん。自動ロックだと、教えておけば良かったな。」 「別にいいけどさ。この辺のこと知らなかったから、散歩してけっこう気に入った店とか見つけたし・・・」 「この辺で、かぁ・・・?」 「二つ十字路を抜けた角に、揚げたてのコロッケがあったぜ。それから、そこを曲がって10メートル先には古本屋があった。しばらく立ち読みしてたら、親父に本ごと顔をハタキかけられたけどさ。」 (あぁ・・・言われてみればそうかも知れない・・・) この周辺の昼間の様子はあまり詳しくない。 ジョギングをするのは早朝か深夜で、仕事の外出は書類などがある為自動車で通勤している。 当然、仕事帰りの買い物は車が置けるスーパーでしているし、夜に思いついて買い物へ行くのはコンビニで用が済む。 「・・・揚げたてのコロッケか・・・」 「なぁー?食べたいよなぁ・・・」 「じゃぁ、今度内業でこっちにいる時は、昼食用に買ってきて貰うかな?」 「んー・・・途中で二個、食べていいか?」 「・・・一個にしておけ。」 「・・・チェッ・・・・・ま、いいや。」 ソラは伸びをしてから髪を掻き、 「じゃぁ、先にベッド行ってるけどさぁ・・・お前も遠慮しないでベッドで寝ろよ?あれだけ広いんだから多少寝相が悪くても平気だろ?」 と言った。 (・・・何で自分の家で遠慮しなきゃならない・・・お前が裸で寝てるから側にいけなかったんだぞ。) 「・・・昨夜は・・・お前が嫌かと思ったんだ。」 「全然平気だぜ。俺、雑魚寝には慣れてるし・・・」 「・・・そうだな。今夜はそっちで寝よう。」 ソラは返事の代わりに指でOKサインを出し、寝室へ行った。 心地いい疲労感があった。 今になって、クライアントとの商談がうまくいったことも、嬉しく思えてきた。 心が妙に弾む。 直人は無意識に鼻歌を歌いながらシャワーを浴びた。 キュッ……と蛇口を閉めて、大きめのバスタオルを頭から被る。 乱雑に髪の水気を拭き取りながら、脱衣場の洗面台に出てきて、そこの壁一面の鏡に映る自分の躰を点検する。 (もう少し腹筋の割れにキレが欲しいな。) 明日の朝は少し早く起きて、ソラにもストレッチをさせよう。 直人は顎の髭を手で擦ってから、電気シェーバーを手にした。 いつもは朝だけ剃っているが、手本となるべき大人があまりだらしない恰好は出来ない、と思う。 髭を剃った後にローションを叩き、躰にもボディーローションを擦り込む。 (ククッ・・・まるでデート前だな・・・) 自分自身に言った冗談だったのに、妙に恥ずかしくなる。 (・・・おいおい・・・) 直人はわざと眉をひそめた顔を作り、寝室に向かった。 どうせもう寝ているだろう、と思ってドアを開けると、煌々と明かりが点いている。 ソラはベッドの背もたれに枕を立てて寄り掛かり、本を読んでいる。 あの建築関係の本だ。 「・・・建築に興味があるのか?」 ソラが右寄りなので、直人は左側からベッドに入った。 「・・・いや。・・・けど、この本は面白そうだからさ。」 (・・・意味がわからない・・・) 「僕はもう寝るから、お前が寝る時は電気を消せよ?」 「・・・・・えーーーッ・・・・・」 ソラは慌てて本を閉じ、ベッドに横になると、毛布を掛けて目を閉じた。 「俺、もう寝てるから・・・」 (・・・・・・・・・・・・・・・・そーゆー奴だ、お前は・・・) 直人はリモコンを手に、寝室の照明を落とした。 「・・・え?・・リモコン?」 直人は、フンと鼻で笑い、横になる。 「・・・・・ズッルーッ・・・・・」 ソラのくぐもった呟きが聞こえる。 (クククッ・・・からかうと面白い子だなぁ・・・) 教えなかった自分も相当にいい根性しているが、単純に怒るソラもまだまだ子供だ。 直人はソラに背中を向け、毛布越しに微かに伝わる体温を気持ちよく感じながら、眠りについた・・・つもりだった。 が、毛布がモゾモゾッと動いたかと思うと、 《ボコッ!》 と、尾てい骨に響く膝蹴りを当てられてしまった。 「・・・・・ッくぅ・・・・・」 枕に顔を埋め、膝蹴りの入った尻に手を宛い、呻き声を洩らす。 ネコを構うと、時として痛い引っ掻き傷を貰うことがある。 それに近い反応かも知れないが・・・ (クッソォーッ・・・だから悪ガキは嫌いなんだ!・・・You are Bad Boy!!!) 『Bad Boy』......end...... ![]() |
|
|
|
|
|
|