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![]() ★8★『Crying Boy』 ![]() 三月になり、すっかり春めいてきた。 昼の休憩に会社の外へ出ると、陽射しの眩しさに目を細めてしまう。 昼食はいつも”そこ”と決めている喫茶『MilkyWay』は、通りを挟んで300メートルほど先にある。 二車線のまっすぐな通りで、店の看板は小さく見えるが、歩きでは少しある。 もっと近くにも飲食店があるし、細い路地を入れば定食屋もあるので、直人以外は近場で済ませたり出前を取ったりしている。 もちろん、『MilkyWay』のコーヒーの味は評判が良く、利用する社員もそれなりにいるが、直人のように毎日という客は珍しい。 そんな所が直人の頑固さかも知れないが、一日中会社の中にいると自分が見えなくなりそうで、外気に触れて歩くことも、直人のリラックス法の一つだった。 『MilkyWay』のドアを開け、まずカウンターのいつもの席が空いているかを確認する。 カウンターの奥から二番目が直人の定位置だ。 一番奥はたまに従業員が休憩する時、座ることがあるし、マスターのコーヒーを入れる手元が見えないので、その隣りに決めていた。 「いらっしゃい。」 マスターが笑顔で迎えてくれる。 混んでいても直人の定位置が空いているのは、マスターの心遣いかも知れない。 「ナスのミートソース、出来ますか?」 「ええ、出来ますよ。じゃぁ、それでいいですか?」 「お願いします。」 パスタのメニューもいくつか揃ってるが、時には季節の野菜を特注で頼むことも出来る。 ナスの季節でもないが、昨日スーパーで山積みになっていたので、頼んでみたのだ。 「ナーオってナスが好きだなぁ・・・」 いきなり背後から声がして、直人は飲みかけていた水を吹き零しそうになった。 ……ギギィィィ……と軋む首を後ろに回すと、ソラがウェイターの制服を着込んで立っている。 「・・っなッ・・・何やってんだッ、お前?!」 「ニャハハハ!・・・猫の手ぇ〜。」 ソラは顔の横で握った手を、クイックイッ、と曲げた。 「ソラ君、佐田さんには話してなかったのかい?」 マスターが苦笑して言う。 「フフン。驚かせた方が楽しいだろ?」 (・・・楽しむな・・・ってゆーか・・・どーゆーことだ?) 「・・・あの・・・マスター?」 直人が不審げな顔をマスターに向けると、 「いやぁ、昼間のバイトの子が辞めたもので、次のバイトが見つかるまで手伝ってくれるよう美夜子に頼んだんですが、美夜子も忙しいからダメだと・・・。で、美夜子がメールでソラ君に頼んだらしくて・・・」 と、済まなそうな笑みを浮かべた。 「・・・あ・・・そうだったんですか。・・・お役に立てるといいですが・・・」 直人は、自分が言うセリフでもないな、と思いながらも、後見人としての立場で答えた。 「なんの、なんの。多いに助かってます。」 「所詮は猫の手だから、期待するな、と言ってあるし・・・」 (・・・言うな・・・) 「ハッハッハ。明るくて元気があって、掃除とかも頑張ってくれてますよ。」 (・・・まぁ、掃除の才能はあるが・・・) 「・・・だといいんですが・・・」 直人は曖昧な笑みを片頬に貼り付け、水を静かに飲んだ。 直人が、注文したナスのミートソースを待つ間、ソラは店内を忙しく動き回り、客の注文に応えていた。 多少言葉遣いに”難あり”だが、不思議と気にする客はいなかった。 ソラが役に立つのはいいことだ、と思う。 けれど、蚊帳の外にいた直人は、微かな寂しさを感じ、何となく面白くなかった。 「なぁー・・・ナーオぉ・・・一口くれよぉ・・・」 ソラがパスタを食べ始めた直人を覗き込んでくる。 「・・・働け。僕は客で、お前は従業員だぞ。忘れるな。」 「なぁー・・・それ美味そうだし・・・くれよぉ・・・」 直人に顔を近付け、ソラが口を開ける。 「・・・・・ったく・・・・・他の真面目に仕事している人達に悪いだろうが・・・」 しつこさに負けて、ソラの口に手早く丸めたパスタを押し込んでやる。 「・・・ンフッ・・・モグッ・・・美味い〜・・・モグモグ・・・俺も後で同じのを作って貰ぉっと。」 「だったら人のを欲しがるな。」 「人のじゃない。ナーオのだし・・・」 「どーゆー理屈だ?」 「・・・さぁ・・・・・ま、気にするな。」 ソラは直人の水を飲み干すと、新しく冷えた水を注いでから、また仕事に戻った。 直人は、やれやれ、と首を振り、ソラの注いだ水を飲んだ。 その冷たい水が何気に美味しかったので、直人はフッと表情を綻ばせた。 自分の知らない所で進んだ話に多少の不満はあったが、考え方を変えれば、昼休みにもソラの顔を見られる訳で、楽しみが出来たとも言える。 (・・・そう思うことにしよう。) 直人は諦めの境地で、食後のコーヒーを口に運んだ。 「佐田さん。・・本当に事前のご相談をせずに済みませんでした。」 少し手の空いたマスターが話し掛けてきた。 「いえ。構いませんよ。」 直人は笑って首を振った。 「今日にでも佐田さんにお願いしてから、と思っていたのですが・・・朝、ソラ君が店の前に座っていたものですから・・・」 「ハハッ、そうですか。」 (・・・やはり猫だな・・・) 「なるべく早めにバイトの子を探しますので、それまでよろしくお願いします。」 「・・・あー・・・ソラは臨時雇いってことですか・・・」 「あまり長くお借りしても、佐田さんに申し訳ないですからね。」 フフッ、とマスターが目を細める。 「・・・は?・・・あ、いや・・・」 (・・・マスターも誤解してるのか?) 「それに、ソラ君も色々忙しいようですしね。」 (・・・忙しい?・・・のか?) 直人は首を傾げ、曖昧に笑った。 「なぁー・・・ナーオ・・・クリームソーダ注文しろ。」 「・・・休憩時間に自分で作れよ。僕はもう会社に戻るからな。・・やるからには、ちゃんと真面目に仕事するんだぞ?」 「・・・俺・・・ナーオの猫だし・・・」 直人は、ギクッ、として周囲を見回す。 案の定、カウンター席にいた客の男が、直人とソラを訝しげに見比べている。 「そーゆージョークは誤解を招くぞ。」 「アハッ。俺、招き猫だし・・・」 「招き猫でも猫の手でも何でもいいから、迷惑だけは掛けるなよ?」 直人は溜息を吐いて席から立ち上がった。 「なぁー、ナーオ。俺、待ってるからさぁ、帰りは迎えに来いよ?」 「・・・・・え・・・・・今夜は遅くなる、って言っただろ?その時間までここにいるのか?」 「えー・・・言ってた・・・・・かもな。・・・チッ。」 「適当な所で帰った方がいい。いきなり初日から頑張り過ぎても、後が続かないぞ。夕飯は用意してあるが、帰りに何処かに寄るならそれでもいいし、・・・まぁ、気を付けて帰るんだな。」 「・・・わかった・・・」 不服そうな顔で背を向けて答えるソラの肩を軽く叩き、 「頑張れよ。」 と言うと、直人は精算して店を後にした。 (・・・どうにも気になる・・・) 窓の外に広がる薄闇を眺めながら、直人は温くなったお茶を飲んだ。 (・・・ここで考えていても埒が明かない・・・) 「石田君。ちょっと出てくるから、今焼き付けてる図面が上がったら、三枚コピーしておいてくれ。・・その前には戻れると思うが・・頼むよ。」 「はい、わかりました。・・どちらへ?」 「なに・・・散歩さ。ハハッ・・」 直人は照れ臭そうに誤魔化し笑いをし、急ぎ足にドアに向かった。 怪訝な顔で直人の後ろ姿を見送る石田陽子に、同僚の花村が何事かを耳打ちするのを、直人は気付いていなかった。 陽子は目を瞬かせて聞いていたが、「まさかぁ・・」と笑って肩を竦めてみせた。 直人が向かったのは、ソラが臨時でバイトをすることになった『MilkyWay』。 夕方になり、冷えてきた空気の中を急ぎ足に歩く。 大股に早足すると、ほんの300メートル程度でも額が汗ばんでくる。 喫茶店から零れる灯りが舗道をほの明るく照らしているのを見て、ホッと息を吐く。 深い意味はないが、仕事を抜け出してきた後ろめたさから解放される明るさだった。 直人が店のドアを開けようとした時、ドアが開いて中から一人の紳士が出てきた。 咄嗟に直人が道を譲ると、 「・・失礼。」 と、紳士がチラリと直人を一瞥し、会釈をして通り過ぎて行った。 ……ゾックゥーーッ…… 紳士の、銀髪の奥に見えた眼光の鋭さと、全身に纏った冷気に、直人は一瞬体が硬直して動けなくなった。 振り返って後ろ姿を確認した時には、いつの間にそれほど遠くへ行ったのか、と不思議になるほど姿が小さくなり、すぐに角を曲がって見えなくなった。 ずっと空手で相手の気を読む訓練をしてきた直人には、ご年輩に見える紳士が一寸の隙もない身のこなしであることに気付いていた。 姿が見えなくなるまで、ずっと背中で直人の気をサーチされていたのだ。 武道には、時としてお互いが構えた瞬間に勝敗が見えてしまう勝負がある。 それで言えば、直人は完璧に完敗していた。 ここ数年来、あれほど怖かった父親にも感じることがなくなっていた敗北感に、身の毛のよだつ感覚を覚えた。 (・・・まるで妖怪だな・・・ん?・・・妖怪?) 直人は奇妙な符合に、ハッ、として、急いで店内に入っていった。 「あぁ、佐田さん、いらっしゃい。」 カウンターから声を掛けたのは、源川司。 「いや、客になってる暇はないんだが・・ちょっと気になってね。」 直人は、そう答えながら、店内を見回した。 いれば目立つソラの姿が何処にもない。 「・・・帰ったのか?」 「帰る所ですよ。今、奥で着替えてます。」 「・・そうか・・・」 直人は頷き、カウンター席に軽く腰掛けた。 どうせなら顔を見てから会社に戻ろう、と思ったのだ。 「・・・・・そう言えば・・・今し方、ソラに会いに来た客がいただろ?」 「はい。佐田さんもお知り合いでしたか。じゃぁ、佐田さんもフランス語が堪能とか?」 「・・・ん?・・・何故?」 「なぁーんか、ケフケフカフカフ・・鼻に抜ける単語で話してたようなので。・・ハハ・・俺、英語もどっちもわかんないんすけど・・」 「・・・ほぅ・・・」 「でも、ソラ君は嫌そうな顔して、すぐに奥へ行っちゃったっすけど・・」 (・・・あれがドラキュラか・・・なるほど・・・) 直人は腕組みをして黙って頷いた。 「あッ、なーんだ、ナーオ。やっぱり迎えに来てくれたじゃん。」 ソラの嬉しそうな声がした。 「・・悪いな。ちょっと様子を見に来ただけで、仕事中なんだ。」 直人は苦笑とホッとした笑みが入り交じった顔を向けた。 「・・・ちぇぇ〜〜・・・期待させるなよなぁ・・・」 「そう言うなよ。心配して見に来たんだぞ。・・・夕飯はどうする?・・まっすぐ家に帰るのか?」 ソラが着かけたジャケットの衿を直してやりながら聞くと、 「俺、スポーツジムに寄ってく。明日はダイブスクールだろ?だからちょっと泳いでおこうと思ってさ。フフッ。」 と、一度は膨れた顔を笑顔に変えて答えた。 「そうか・・・んー・・・もし長くいるようなら迎えに行ってやるぞ?」 「マジ?・・じゃ、筋トレもしよう。クフッ・・・サンキュ〜。」 ソラは直人に投げキスをすると、カウンターの司に、「バィ!」と手を挙げて店を飛び出していった。 投げキスに面食らった直人は、見送る形で取り残された。 嬉しさと気恥ずかしさと気まずさが同時に襲ってくる。 「・・・ったく・・・ハハ…ハ・・・」 意味のない言葉と笑いで取り繕うとしたが、司は片眉を上げて、ハッハァ〜ン、と言いたそうな顔でニヤけている。 「さて。・・急いで仕事を片付けないとな。・・邪魔して悪かったね。」 「いえいえ。また、どうぞ〜。」 笑いを含んだ司の声に送られ店の外に出ると、辺りはもう薄闇に包まれていた。 (・・・やれやれ・・・) 直人は、急いで会社へと戻っていった。 夜、ソラをスポーツジムに迎えにいき、マンションに帰る。 直人が風呂から上がってくると、カウチに寝そべっていたソラは、瞼が重そうなトロンとした顔をしていた。 (・・クスッ・・・さすがに疲れたか・・・) 「ほらほら、寝るぞ。」 と言うと、ソラは自分でつけたTVを消しもせずに、寝室に先に行く。 子供っぽいソラ、大人びたソラ。 深い青から燃える紫まで、様々に変化する目の色のように、ソラの心模様もクルクル変わる。 長い睫毛に縁取られたオーロラを眺めるように、心奪われ飽きずに眺める。 憂いを帯びた深い藍、明るく笑う澄んだ空色、怒りに揺らめく妖しい藤色、悲しみを写す青紫。 時に強く、時に優しく、時として儚く、時に脆く・・・ 触れようと手を伸ばしても、見えない心に確かな手応えもなく、常に不安と背中合わせに見守るしかない。 悪戯なソラ、我が侭なソラ、けれど無邪気で無垢なソラ。 どんなソラでもいいから、ずっと側にいて欲しい、と願う。 闇に光を照らし、真実欲しいものを問われれば、迷うことなく「ソラ」と答えるだろう。 ・・・叶うならば・・・永久に共にあれ・・・ 直人は、すれ違った紳士に嫌な胸騒ぎを感じながら、寝室へとゆっくり入っていった。 ソラは半袖短パンのインナー姿で、毛布も掛けずに横になっている。 「腹が冷えるぞ。」 直人が毛布を掛けてやろうとすると、 「まだ熱いから嫌なんだ。」 と、ソラが足で毛布を蹴り落とす。 お坊ちゃま育ちで初体験だったろうバイトと、それに続くトレーニングで、心身共に熱を帯びて冷めきらないのだろう。 (・・仕方ない。寝てから掛けてやろう。) 直人も湯上がりの、まだ火照る体を横たえた。 「・・どうだった?初めてのバイトは?」 「・・・ってゆーか・・・俺、仕事するのは初めてじゃないし・・・」 (話を端折るな。・・・人助けでバイトじゃない、って言いたいなら言えよ。) 直人は眠そうな顔のソラの前髪をつまんで後ろに持っていく。 「ふむ・・・クジラの片付けとかか?」 つまんだ前髪を放すと元に戻って額をくすぐる。 ソラは手の甲で額を擦り、チラッ、と直人を睨む。 「・・・それだけじゃない。・・俺・・12歳頃からは、家族よりパパの仲間といる方が多いから、出来る手伝いはしてたし・・・」 (・・・・・初耳だな・・・・・) 一緒に暮らし始めて二ヶ月弱、まだまだ知らないことが多い。 (それにしても・・・なんでそんな幼い年齢で・・・?) 「その仲間っていうのは、どうゆう人達なんだ?」 「パパの仕事仲間。・・って言っても、普通の仕事じゃないけどな・・・」 普通じゃない、という言葉と怪しげな紳士が重なる。 「そー言えば、今日、ドラキュラさんに会ったぞ。」 「プッ・・・マジ?・・・じゃぁ、俺の言うこともまんざら嘘じゃないってわかっただろ?」 ソラは腹を押さえてクスクス笑う。 「・・・確かに・・・相当怪しい殺気があったなぁ・・・」 「大丈夫だよ。ナーオには絶対手を出すな、って言ってあるし・・・」 「・・・手・・・って、どんな手だ?」 「爺やはあれでも俺を守ってるのさ。・・あのキス魔野郎、最近見てないだろ?・・あばら骨3本と片足を骨折して入院してたんだぜ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「今日来たのは、ソイツが退院したから、お気を付けなされませ、って言いに来たんだぜ。・・・後は、接客の言葉遣いがなってないようですね、って小言。・・・プーンだ・・・口喧しいドラキュラ爺ぃッ。」 ソラは天井を睨み、蹴りやら殴るマネをする。 「おいおい。・・・守って貰ってる上に、親切で注意してるんだから、もっと感謝した方がいいぞ。」 直人はソラのきかん気な鼻っ柱の芯を摘む。 ソラは直人の手を振り払い、 「俺みたいな出来損ない、もう、放っといてくれたらいいんだッ。」 と叫ぶと、クルッ、と体を回して枕に顔を埋めた。 ……ドンッ…… ソラの肩が直人の胸に当たり、そのまま止まる。 触れ合った部分から、ソラの震えが伝わってくる。 「・・・・・ソラ・・・・・」 直人はそっと体を寄せ、ソラの髪を撫でた。 声を出さずに泣いているのがわかる。 (ソラ・・・お前が出来損ないのはずがないだろう?) そう言ってやろうかとも思ったが、直人は黙ってソラの肩を抱くように髪を撫で続けた。 ようやくソラの呼吸が落ち着いてきて、頭を動かして汗ばんだ顔を見せた。 「何か飲むか?」と聞いたら、コクリ、と頷いたので、冷たいミネラルウォーターを持ってきてやった。 ソラは上半身を起こし、直人がコップに注いで渡した水を、ゴクゴク、と喉を鳴らして飲み干した。 もう一杯注いでやると、半分ほど飲んでから、大きく息を吐き、 「・・・俺は・・・どんなに頑張っても・・・パパにはなれないんだ・・・」 と、呟くように言った。 そして、それから少しずつ自分のことを話始めた。 「・・俺の目、って・・この国の人種っぽくないだろ?」 「・・・・・目の色くらい・・・千差万別だろう。そう気にすることじゃない。」 「けど、パパもママもこんな色じゃない。」 「・・・・・それで・・・差別されたのか?」 「いや。パパや周囲の側近達は、パパがパパだけに”さもありなん”って、自然に受け止めたんだって。けど、ママがすっごく気にしてたから、原因を調べたそうなんだけどさ・・・」 「うん?」 「”先祖還り”だろう、って。・・・ママの遙かいにしえの血の中に、ごく稀だけど”空の光を瞳に宿し御子”が生まれてた、とかって古い書物に残ってたらしい。」 「そうか・・・良かったじゃないか。」 直人はホッとして微笑んだ。 だが、ソラの目は悲しみに沈み、紫を帯びる。 「パパの仲間には各々専門の学者も多いから、至れり尽くせりに調べてくれたのさ。・・・で、結果・・・パパ自体が”先祖還り”って言えるほど強い魔力を持った血を受け継いでいて、それがママの血を凝縮させて俺を”先祖還り”にしたんだろう、ってことなんだけどさ・・・」 「理由が判れば安心だろう?」 「・・・・・つまり・・・俺にはママの血が濃いってことなんだ。」 「・・・どっちにしても、いいじゃないか・・・ん?」 「それはナーオがパパを知らないからだよ。パパは滅茶苦茶強いんだぞッ。」 直人は苦笑する。 何だか自分の小さい頃の悩みに思えてくる。 「・・・まぁ・・・子供にとっては、特に父親は越せない高い嶺に思えるものさ。・・・実際、同じ道を進もうと思えば敵わないかも知れない。どんな才能を持って生まれるかは、それこそ千差万別。父親は自分に一番合った道を進んだ。だが、息子も同じって訳じゃない。・・・だから、息子は息子で自分に合った道を邁進すればいいんじゃないか?」 「・・・それじゃダメなんだ・・・」 ソラは悔しそうに唇を噛んだ。 「それじゃ・・・ママを悲しませてしまう・・・」 「・・・何故?」 「だって・・・みんながパパの跡継ぎを望んでいたんだぜ?・・・ママに産めないって烙印を押されたら、ママは自分を責めてしまうじゃないか。だから俺は強くならなきゃいけない。パパを越せなくても、少しでも近付けるくらい強くならなきゃいけないんだッ。」 「・・・・・ソラ・・・・・そう、焦ることはないだろ?」 「・・・いや・・・ダメだ・・・ダメなんだ・・・」 ソラは髪を振り乱して首を振る。 「大器晩成、って言葉もあるぞ。」 「気休めを言うな。・・・パパは15歳で組織を継いで会社を興したんだぞ。・・・俺は未だに守られなきゃ独り立ちも出来やしない・・・」 「・・・・・確かに・・・天才の子は辛いだろうが・・・・・」 「・・・俺に魔力があれば・・・弟を越せるのに・・・」 「・・・・・ぇ・・・・・」 「・・・弟には・・・パパの血が濃いらしい・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・俺なんか・・・もういらない子なんだ・・・」 《バッシィーーンッ!!》 直人が遠慮なく強かにソラの頬を打ち据えた。 「・・・ィ…ッテェーなッ!パパだって俺を殴ったことはないぞッ!」 頬を押さえたソラが涙目で睨む。 ソラの手の下で、頬は見る見る赤く腫れていく。 「そうだろッ?お前が可愛くて可愛くてたまらないから、叩かなきゃわからないような時でも、叩くことも出来ずに可愛がっているんだろッ?」 「・・・パパが叩くと俺が壊れるから・・・」 「まだ憎まれ口をきくのかッ?」 直人が手を挙げると、ソラが頭を押さえて丸くなる。 直人は自分も涙を零しながらソラを胸に抱き寄せた。 抱き寄せて、そのまま体を倒し、胸を合わせるようにソラの体をしっかりと抱き締めた。 ソラは直人の盛り上がった肩の筋肉に顔を押し付け、じっとしている。 直人の鼓動を聞こうとするかのように、目を閉じ耳を付けてくる。 直人はソラの髪に頬ずりをしながら、背中を優しく撫でていた。 「・・・みんな愛してるじゃないか。・・・ん?」 息子に一人旅をさせる父親も、お弁当を持って会いに来る母親も、常に心配で周囲を警戒するドラキュラも・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「”命”って名前が全てを物語ってるじゃないか。・・・授かった大事な大事な命。我が子を”ミコ”(=御子)と呼んで慈しむ。これほどの愛を受けながら・・・言っていいことと、悪いことがあるぞ?」 「・・・我が侭だって・・・わかってる・・・けど・・・」 「・・・・・ん?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・反抗期か?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「確かに、偉大な人物だよな。ソラの父君は。・・・どれほどの基盤があったかは知らないが、今や世界有数の巨大企業にまで成長し・・・国家元首並みの扱いを受けている国家が何ヶ国もあるとか・・・知ってるのは噂くらいだが・・・」 「・・・事実はもっと凄いぜ・・・」 「だろうなぁ・・・そうゆう家庭に生まれた暮らしがどんなものか・・・想像を超えるな・・・」 「・・・俺だって把握してないし・・・」 「そりゃ子供だから当然だろうが・・・」 「・・・・・・・・・・違う・・・・・・・・・・」 ソラが、直人の体に回した腕を、ギュッ、と締める。 そして、猫が額を押し付けて甘えるように、直人の胸に顔を擦り付けた。 「・・・俺が生まれ育った島は、島民全てが組織や会社の仲間で、そこは表明してないだけで・・・一つの独立した国家みたいな所なんだ。」 「・・・・・ほぉぉ・・・・・凄いなぁ・・・・・」 直人は感心して溜息を吐き、ソラの髪を撫でる。 「けど・・・塀とか柵とかは、島に共存する生物の侵入を避ける為とか、子供が勝手に危険地域に入らないようにする為で、住民の間に境はないんだ。」 「・・・・・なるほどぉ・・・他民族の侵略がなければ可能か?・・・いや、信頼関係?」 「・・・パパを崇拝しているからさ。」 「・・・・・・・・・・うーむ・・・・・・・・・・」 「だから当然、俺は大事にされてたよ。ずっと・・・今でも・・・」 「・・何だ・・・判ってるんじゃないか。ん?」 クシャクシャッ、と髪を撫で回す。 「やめろよぉ・・・真面目に話してんだぞ。」 「・・スマン・・・」 「・・・・・俺もそれを当然と思ってた。俺はパパの後を継ぎ、みんなを守っていく。みんなの信頼に応えるのは俺だ。だから、大事にされるものなんだ、ってさ。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 (・・・それはかなり嫌な奴だぞ?) 「嫌な奴だろ?」 「・・・え・・・あー・・・ちょっとなぁ・・・」 「心配するな。・・・俺も、その間違いに気付いた。」 「そうか、そうか。」 よしよし、と髪を撫でてやると、ソラが顔を上げ目を眇めて睨んだ。 「・・・・・パパに到底及ばない自分に気付き始めた頃、ママのお腹に弟が出来たんだ。」 「・・・それが12歳?」 「いや。もう少し前・・・その頃の記憶は曖昧なんだ。心を閉ざして何も見えない聞こえない状態がけっこう続いていたから・・・」 「・・・・・・・・・・えッ・・・」 ……ビクンッ!……と、体が震えた。 ソラにも直人の衝撃が伝わったらしく、胸をそっと掌で撫でて、 「だから・・・心配するなよ。・・・もう平気だから・・・」 と、自嘲的に笑った。 「相当バカだろ?・・・有頂天の王子は、自分でなければ、自分がやるんだ、って思い込んでいた過信から・・・何だ、自分じゃなくてもいいんじゃないか、と思った途端・・・周囲の自分を慕う気持ちがみーんな信じられなくなっていったんだ。」 「・・・・・ソラ・・・・・」 他人事のように話すソラの、胸の痛みを思うと直人はたまらなくなった。 ソラを力強く抱き締めるしか、すべが見つからない。 「・・・どんなに頑張ったってパパのようにはなれない。・・・パパの存在があるからみんなが大事にしてくれているだけで、パパの息子でなければ・・・誰よりも役立たずな出来損ないなんだ。」 「違うッ・・・違うぞッ・・・」 直人はソラの髪に押し当てている首を振る。 「・・・ママの為に、って頑張ってたけど、俺より優秀な弟が出来れば、ママは安心する・・・」 「バカヤロウッ!親ってゆーのはそんなものじゃないぞッ!」 「だから・・・判ってるさ・・・今は・・・・・多分・・・」 「判ってるなら・・・何度も言うな。親の心を踏み躙る言葉だぞッ。」 「・・・そうさ・・・俺は我が侭な・・・しょーもない奴さ・・・」 「ソラッ!」 「判ってたって、自分が嫌でたまらなくなる時があるんだッ!お前には判らないだろうなッ!俺よりずっとマトモにお坊ちゃまで来たんだろッ?」 「それはお前が知らないだけだッ!」 「知るかッ!・・・俺は闇の一族だぞッ!!」 間近で睨み合うソラの瞳が、悲しげに紫の炎を上げて燃えている。 「・・・甘えや泣き言は許されない世界なんだ・・・戦わなきゃ生きていけない場所なんだ・・・弱い俺は弾き出されるしかない・・・弱い俺には・・・そこに居場所がないんだ・・・」 ソラの涙がボタボタと直人の顔に落ちる。 直人もまた涙を溢れさせ、ソラを見つめていた。 「・・・そうか?・・・本当にそうかな?」 ようやく嗚咽を飲み込み、直人が言葉を発した。 「・・・どんな世界かは知らない。・・・だが、過酷な世界なら過酷なほど・・・愛を求めているんじゃないか?」 「・・・・・愛は甘えだ・・・・・」 「そうなのか?・・・それなら何故、お前の父親は鬼のように強い女性を求めなかった?」 「・・・・・ママは可愛いから・・・・・」 「そうだろ?そこに安らぎがあるからだろ?それをみんなに与えられる存在は、果たして本当に弱き者か?そんなに弱いお前の母親は、みんなから疎まれてるのか?」 「・・・・・慕われてる・・・・・」 「それが偽りの心か?父親の栄誉に守られてるからか?・・・違うだろう?」 「・・・・・わからない・・・・・」 「母親を侮辱するな。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「慈しみ愛する存在である母親を、みんな心から大切に思うからこそ慕っているんだろ?」 「・・・・・ぅん・・・・・」 「お前だって・・・お前だからこそ、みんなに愛されているんだ。その気持ちを疑うなよ。」 「・・・・・でも・・・やっぱり・・・俺は強くなりたい・・・・・」 ソラはそう言って直人の胸に顔を埋めた。 直人は毛布を手繰り寄せ、ソラと自分の体を包んだ。 赤ん坊を寝かせるように軽く背中を叩き、優しく歌うように囁く。 「ソラ・・・魔力なんかに憧れるな。・・・お前の父親は・・・お前に人の中で生きて欲しい、と思ってるんじゃないか?」 「・・・・・人・・・・・?」 「それは仲間だったり、たまたま出会う行きずりの人達かも知れない。仲間であれ、人であれ、どう関わっていけるか・・・それが判ってくれば・・・人としても大きくなれるのかも知れない。」 「・・・・・かも?」 「・・・あ・・・・・僕もまだ未熟だからな。有り難い蘊蓄は言えそうにないし、当分悟りの境地には至りそうもないからな。」 「・・・・・悟りたいなら出家しろ。」 「・・・いや・・・そこまでは・・・」 「生きることは戦うことだ。」 「・・・いや。愛することだよ。」 「・・・知らないくせに偉そうに言うな。」 「お前もそうだろ?・・・なら、また議論しようか?お前が納得するまで、とことん話し合うか?」 「・・・・・・・・・・もぉ・・・疲れた・・・・・」 ソラはモゾモゾッ、と柔らかい髪を直人の首筋に擦り付け、目を閉じた。 ほどなく、ソラの寝息が聞こえてくる。 愛おしさが全身を包み込む。 この腕の中に永久に眠らせてしまいたい。 アルテミスがエンディミオンに望んだように・・・。 だが、どれほど辛くても、遠くても・・・その瞳に灯る空の輝きを見ていたい。 ”空の光を瞳に宿し御子”。 愛さないはずがない。 誰もが愛さずにはいられないのに・・・それ以上の何を望むのか・・・”Lucifer”。 (何を嘆くや、光の御子・・・ それでも愛しき……My sweet Crying Boy……) 『Crying Boy』......end...... ![]() |
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