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Boy







★9★『 Mystery Boy』




「ルシファー・・・また一緒に走ろうぜ?なぁ?」
 カウンター席にソラと並んで座っている二十歳くらいの男が、ソラの耳元で息を吹きかけるように言う。
「・・そんなこと言って、まだ足が治ってないじゃん。」
 私服に着替えたソラは、嫌そうに首を竦めながら、男のギブスをしている足を顎で指し示した。
「これくれぇ、どうってことねぇさ。」
「ボルトで止めてんだろ?・・大事にしろよ。」
「お?・・・心配してくれんのか?」
「別に。・・俺には関係ないし・・・」
 ソラはクリームソーダのアイスをスプーンですくって食べる。

「まぁ、今回は退院祝いの集会だから、俺はZに乗るが・・・お前が来るなら俺の愛車を走らせたっていいぜ?」
 男がソラの肩に手を回し、ポンポンと軽く叩いてそのまま乗せる。
 男の大きく骨張った手がソラの筋肉をつかみ、鎖骨を指でまさぐる。
「ヤダよ。事故ったバイクなんか。」
 ソラは肩を回すように動かして嫌がるが、男がつかんだ肩を放さないので、ウンザリ顔で頬杖をつく。
「新品みてぇに直してあるぜ。・・・にしても・・あれは偶発的事故じゃねぇ。誰かが細工しやがったんだ。」
「・・・へぇ・・・」
 ソラは興味なさそうに、ゆっくりと瞬きをする。
「きっと”婆羅門”の奴等だぜ。今度見かけたらただじゃおかねぇ。」
「・・・”婆羅門”?」
 聞かない名前が出てきて、ツイッ、と流し目で男の顔を伺う。
「お前は知らねぇか・・・隣りの県じゃ最大とかぬかしてやがるが、俺達、”火龍会”と比べりゃザコだぜ。それを、デカイツラしてのさばりやがるから、ボコってやったのを逆恨みしやがって・・・。」
「・・・逆恨みじゃないような・・・」
「フン。どっちでもいい。県境の縄張りは俺達のもんだ、彼奴等なんかにゃ絶対ぇ渡せねぇ。なぁ?」
「・・・だから・・・俺、関係ないし・・・」
 眉を聳やかしたソラが、わざとらしく溜息を吐く。

 男はソラの態度を気にすることもなく、座る位置をずらして体を密着させると、肩に乗せていた手を肘まで掛けた。
「・・ぅ〜・・重いぞ・・・」
「お前は俺のマブじゃねぇか。あ〜ん?」
 男の手がソラの襟元からその奥の肌へと滑り込む。
「勝手に決めるな。」
「毎晩、お前の体を綺麗に洗ってやっただろ?・・・俺のこの掌は、まだお前の”モノ”の形も大きさも重さも覚えてるんだぜ?」
「・・あ・・あれは・・・」
 ソラの耳が真っ赤になる。
「アナルの締まり具合だって、この指がちゃーんと覚えてる。」
 男は肌を撫で回している手とは反対の手を、ソラの顔の前に近付けてから、太くて骨張った中指をソラのクリームソーダに突っ込み掻き回す。
 中指の付け根まで泡がつくと、今度は泡を滴らせながらソラに見せつけ、勿体ぶってしゃぶった。
 《…ピチュッ…クチュッ…チュプッ…》
 イヤラシイ湿った音が、カウンターの後ろのテーブル席にまで聞こえる。
 ソラと男の座るカウンター席のすぐ後ろには、見るからにヤンキーとわかる男達が座っている。
 男達は、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて、二人の様子を伺っている。
 悔しそうに真っ赤な顔をするソラは、反論する言葉が浮かばないのか、歯軋りしているのが頬の動きでわかる。

「ルシファー・・・お前だって俺にしがみついて感じてただろ?」
 男はソラの赤くなった耳に唇を押し付けて囁くと、唾液で光る舌を這わせた。
「・・あれは・・お前の・・」
「照れるな。お前は体の方が正直だぜ。」
「違っ・・」
「俺のがデカくて気に入った、って言っただろ?・・俺に抱かれて何度も、”最高”って叫んだじゃねぇか。」
「それは・・・」
「今度は俺のモノをしゃぶらせてやるぜ?」
 カウンターテーブルに置かれたソラの手が、きつく握り締められて震えている。
 うつむいているソラから、
「・・・・・殺すぞ、ゼロ・・・」
 と、掠れた声が絞り出された。
「クックック・・・怒った顔がまた可ぁ愛い〜ぜぇ。」
「うるさい。俺は・・」
 ソラが、ゼロと呼んだ男を睨み付けようと顔を向けた途端、開きかけていた口を男の唇で塞がれてしまった。
 ソラよりふた回りは大きな体躯の男に、ガッチリと押さえ込まれ、抵抗しようと藻掻いても体が動かない。
 ゼロはソラの唇を堪能するように口を動かし、舌を押し込む。
「・・・ンンンーッ・・・・・ンッ・・・・・ァ・・・ャ・・・・・」
 《…カチッ…》
 仰け反りながら抵抗を試みるソラの手に、クリームソーダのグラスが触れる。
 ソラは、ムンズとグラスをつかみ、ゼロの頭の上から、アイスの溶けきったクリームソーダを浴びせかけた。

「ウワッ・・・冷っ・・・ってぇだろッ!」
 ソラに覆い被さるようにしていたので、泡だったクリームソーダが、見事に頭から背中へと流れていった。
 溶けきってなかった氷が背中に入ったゼロは、慌ててイスから立ち上がり、革ジャンと下のシャツをたくし上げ、氷を床に落とした。
 ソラはその隙に飛び退いて、数歩下がった所から、怒りに燃える目でゼロを睨んでいる。
「総長殿ッ、大丈夫ですかッ?!」
 テーブル席にいた男達が、おしぼりを手にゼロを取り囲み、ベトベトに濡れた髪や服を拭く。
「・・ってめぇ、っざけんなよッ!」
「可愛がられてることをいい事に、つけ上がりやがってッ!」
 凄んだ罵声が飛び、店内に恐怖と緊張が走る。
「よせ、よせ。店に迷惑はかけるな。・・それが俺の話を聞く条件だからな。」
「ですが、コイツ・・」
「あ?俺のハニーが何だって?」
「・・・ぇ・・・いえ。失礼しました。」
 ゼロにギロッと睨まれ、男達はスゴスゴと席に戻って行った。

「クックッ。・・・ルシファーはウブな所がまた可愛いのさ。はぁ〜ん?」
 ゼロは、飛び退いた状態で仁王立ちになっているソラに、歯を見せて笑いかけた。
 店内でなければ殴りかかりたい、と言わんばかりの表情のソラは、
「俺も迷惑だ。・・もう帰れッ。」
 と、出口を指差す。
「そう言うな。・・お前だって、本当は好きなんだろ?ん?」
 ゼロは何処から来る自信かわからないが、苦笑して肩を竦めてみせる。
「・・・・・そりゃ・・・・・」
「クックック。・・だろぉ?・・・ま、体が覚えるまでは辛ぇから、逃げたくなるのも判らないじゃないがな・・」
「逃げてなんかいないぞ。」
 ソラの返事に、ゼロが初めて真顔になり、
「・・・・・俺の前からいなくなったじゃねぇか。」
 と、低く暗い声で呻るように言った。
 一瞬、燃える熱い目がソラに注がれた。
 けれど、ソラが視線を逸らすと、またおどけた顔つきに戻り、
「フン。一度味を覚えちまえば、病みつきになるものさ。お前はもう俺から離れられねぇ体なんだぜ?なぁ?」
 と、余裕の笑いを浮かべる。
「・・・勝手なことを・・・」
「俺がちゃーんと怖くねぇように手解きしてやるぜ。」
「怖いんじゃない。お前がすぐにキスとかするから嫌なんだ。」
「キスぐれぇで騒ぐなよ。・・俺とお前がひとつになって感じたあの絶頂感を思えば、当然のことじゃねぇか。・・フフン?・・・Chu!!」
 ゼロの投げキスに、ソラは目を眇め、
「だからぁ・・マシンとお前の妄想と一緒にするな!・・顔洗って出直して来い。」
 と吐き捨てるように言うと、店を飛び出して行った。


 (・・・・・・・・・・マシン・・・・・??)
 カウンターの中で別の用事をしながらも、二人の会話に聞き耳を立てていた源川司は、首を傾げた。
 てっきり、別れた恋人がよりを戻そうと口説いている、と思いながら聞いていたのだ。
 (・・・・・・・・・・けどなぁ・・・・・そうだろぉ?)
 会話を初めから辿って思い出してみても、関係を臭わせる言葉が随所にあった。
 例えば、「体を洗った」とか、「モノを・・」と言った時の手の形は、あきらかに男性のシンボルを包んで扱く様子に見えた。
 まして、「アナル・・」は他の意味を考えようもない。
 司は中指を男と同じように立てて回してみた。

「・・・ありがとうございましたぁ。」
 レジの声に、ハッ、として、司もつられるように「ありがとうございました。」と声で見送った。
 ドアから出ていく後ろ姿は、ギブスをして杖をついている。
 ソラの分もまとめて精算していったゼロが、仲間の男達を引き連れ店を出ていったのだ。
 司は、ドアが閉まりゼロの姿が見えなくなると、中指を立てて唇を押さえ、う〜ん、と考え込んだ。
 が、悩んだり考え込むのが苦手な司は、取り敢えず目の前の汚れたテーブルや床の掃除を始めた。

 この後、司は直人に電話して、聞いた会話をそっくり報告し、自分の中から答えの出ない疑問を追い出してしまう。
 (ま・・・俺が考えることじゃないっすもんね。フフッ・・・)
 ・・・気楽な笑みを浮かべ納得顔の司だが、電話の向こうで顔を強ばらせ、青ざめている直人がいることを、知る由もなかった・・・。


 直人は仕事が手につかなくなってしまった。
 司が声色を真似て、自信たっぷりな「はぁ〜ん」までゼロそっくりに伝えた為、直人の頭の中で「はぁ〜ん」やら「あ〜ん」やらが何度もリプレイして響いている。
 ソラに腹を蹴られても、ゾンビのように起き上がって追い掛けてきた、ジャラジャラ鎖男の顔が浮かぶ。

 (あの男とソラがひとつに・・・・・?)
 ソラの説明では、そんな関係にあるとは聞いていない。
 司も「マシンの話だったかも知れないっすけど・・」と言っていた。
 ソラがマシン好きなのは知っている。
 ドライブした時でも、風を受けると、目を輝かせて喜んでいた。
 趣味が高じて、あの歳でジェット戦闘機にも乗ったらしい。
 (乗りたい、と子供が言ったからと、乗せてやる親も相当な親バカだが・・・)
 さすがに訓練もなしに乗った為、重力がかかった状態のアクロバット飛行に、「最悪ぅ・・」なほど悪酔いしたそうだ。
 それでも、「また乗りたい。」と言っている所をみると、懲りてないようだ。
 ドライブインでも大型バイクを熱心に見ていた。
 ジャラジャラ鎖のキス魔は嫌いでも、バイクへの興味は色褪せてないとしたら・・・。

 直人は「飛び出して行った」というソラが気になって、携帯に電話してみた。
―「俺。・・ナーオか?・・何?」
 いつもと変わらない調子の声が聞こえてくる。
「ああ。・・・どうしたかな、と思ってな。」
―「もう、仕事は終わったぞ。今、スポーツジムの前。ちょっと鬱陶しい奴と話したから、泳いでスッキリしようと思ってさ。」
「・・・鬱陶しい奴?」
―「え?説明するのか?・・チッ、面倒だなぁ・・・足にギブスしたキス魔だよ。人の弱味を握っては強引に寄ってくるんで・・・ウェッ・・・思い出したら腹立ってきた。」
 (・・・弱味?)
「・・何か・・されたのか?」
―「別に・・・たいしたことじゃないけどな・・・」
 (キスされたんだろ?それがたいしたことじゃないのか?)
「・・変な誘惑には乗るなよ?」
―「・・・まぁな。・・・けど、アイツ・・・走りだけは最高なんだよなぁ・・・」
「ソラ。・・暴走族なんていうものは・・」
 直人が語気を強めて言い始めると、
―「あー、後で聞く。んじゃ!」
 …プッ……ツーー……
 一方的に通話を切られてしまった。

 直人は携帯をしまうと、イスから立ち上がった。
 スポーツジムにいるなら、ひとまず安心だが、また帰りを待ち伏せしてない、とは言い切れない。
「・・ぁ・・・悪いが先に帰らせて貰う・・・」
 と言いながら、直人がデザイン課のスタッフの顔を見回すと、すでに皆が直人に注目していた。
 (・・・え・・・何だ?)
 直人は、何事だろうと訪ねるように、石田陽子と視線を合わせた。
「親戚の坊や、暴走族なんですか?」
 陽子が答えの代わりに尋ねる。
 電話でソラに言った言葉を、皆一様に聞いていたようだ。
「バイトしてる姿は真面目そうだったのになぁ・・・」
 花村が、暴走族と結論付けた言い方で、感想を述べる。
 ”親戚の坊や”のソラが『MilkyWay』でバイトしていることは、スタッフ全員知っていて、皆一度はソラの顔を見に行っていた。
 (・・結果論的に言うな、花村・・・)
 言葉尻で全てを悟ったような気で話されるのも困りものだが、やはり電話する場所は考えるべきだな、と直人は反省した。
「いや。・・族の友達が誘ってるらしいが・・・」
 否定しようとして言った言葉に、皆の顔が「やっぱり」と非難めく。
「ソラは断ってるんだ。・・・が、ちょっと様子を見てきたいんで・・・先に帰らせて貰うよ。」
 そう言って、直人が上着を手に取ると、
「・・お大事にぃ・・・」
 と、花村が当てつけがましく言う。
 (・・・僕に恨みでもあるのか、花村ぁ〜!)
 確かに、年度末の連休願いは蹴ってやったが・・・。
 直人は返事の代わりに手を挙げて、愛車の停めてある駐車場へと急いだ。


 ランボルギーニ・ムルシエラゴ、ちょっとは自慢出来る車だ。
 フェラーリほどの派手さはないが、無理なく流れるボディラインと明るい色が気に入っている。
 《…カチリッ…ブロロンブロロロロンッ……》
 スポーツカーならではの重低音の響き。
 沈み込んで体にフィットするシートの感覚も充足感を与えてくれる。
 直人自身がこうした車を走らせることが好きなだけに、風を受けて走りたいソラの気持ちが、まったくわからない訳ではなかった。
 (・・・それでも・・・暴走族は社会悪だ。)
 彼等の類がよく口にする言葉は、「誰にも迷惑かけてねぇだろ?」。
 根拠のない嫌悪感は確かに不当だと思う。
 けれど総体的に、違法なクラクション等の改造、騒音、道交法違反、事故、喧嘩、暴力行為等々、充分迷惑な存在として、疎まれても仕方ない集団なのだ。
 彼等自身、一般人が怖がるのを面白がっている風潮にあるだろう。
 嫌がるのを承知で威嚇するのも、脅迫行為と同じだ。
 そうした迷惑を本当に自覚出来ないとしたら・・・直人の理解を越えている。

 (ただ・・・大人にも自覚のない連中はいくらでもいるが・・・)
 いくらでもいたとしても、それを今、比較して考えることじゃない。
 例え、政治家のモラルが腐敗してようと、警察が見えない壁の内側を治外法権にしようと、大きい企業ほど自己保身を図り無責任に菌をバラ撒こうと・・・今、問題なのは、ソラを悪い連中から守ってやることだ。
 隔離して守るのでは意味がない。
 甘い誘惑には乗らない、という強い意志と自覚を持たせることが重要だ。
 (キッチリ、釘を刺してやろう。)
 直人は気合いを入れて、スポーツジムの駐車場へと車を進めた。


 直人が室内プールを覗くと、ソラが夜間照明にキラキラ輝く水飛沫を上げて、熱心に泳いでいた。
 綺麗にターンしたソラがドルフィンキックで水面下を潜行する。
 25mプールの半分はそれで進めるのだから、選手並みに水泳が上手いと評価するのが普通だと思うが、ソラに言わせると、「俺って島では下手なクラスなんだ・・」らしい。
 スキューバーダイビングスクールの筆記講習で、講師が潜る時の注意として、「海流の流れが早い場所もあり・・」云々という話をした時、「うんうん」と頷きながら一番熱心に聞いていたのがソラだった。
 激しい海流が周囲を取り巻く島で育ったソラだからこそ、その怖さを誰より理解出来るのだろう。

「ナーオ?・・早かったじゃん!」
 ターンしようとして直人に気付いたソラが、《ザバッ!》と勢い良くプールから上がる。
 一切の無駄がなくピンと張った大理石の肌。
 濡れたソラの全身も、キラキラと輝く。
「なぁー、ナーオ。競争しようぜ。」
 ニコニコ笑って、濡れた体を左右に捻る。
 直人の柔軟体操に付き合ってるつもりらしいが、水飛沫が飛んでくるので、まだ水温に馴染んでない直人の肌が、ピシピシと冷たさを感じる。
「急に競争は無理だよ。・・と言うより、練習済みのソラと今来たばかりの僕じゃ、勝負が見えてるじゃないか。ズルイぞ。」
「アハハッ。バレたか。なら平泳ぎで競泳しよう。ほら、早くぅ。」
 電話した時の不機嫌さが嘘のように明るい。
 司から聞いた話で気持ちが鬱いでなければ、直人にとっても楽しいひと時だった。
「腹が減る前に泳ごう。」
 ソラが直人の腕をつかんでグイッと引く。
 (それはどんな理屈だ・・・)
 そう思いつつも自然と笑みが零れてしまう。
 (・・・事情を聞くのは帰ってからでいいか・・・)
 直人も気持ちを切り替え、体をリフレッシュさせることにして、ソラに続いてプールに飛び込んだ。


 ソラの気の済むまで泳ぎに付き合った後、ジム施設の中にあるレストコーナーで、プロテイン強化カレーライスとスタミナ野菜ジュースを夕食にした。
 それからしばらく、筋力を付けるストレッチをしてから、最後にサウナで締め括ることにした。

 サウナ室のドアを開けると、一気に熱気に包まれる。
 息が慣れるまでは見えない空気の圧迫を感じる。
「あ、空いてるぅ〜、ラッキー。」
 ソラには何の抵抗もないのか、いきなり奥のスペースにスキップで進み、タオルを敷いて体を寝かせた。
「ソラ・・もう少し行儀良く出来ないのか?」
「いいじゃん。誰か来たら、その時起きるし・・・」
 頭の後ろに腕を回し、目を閉じて、軽く足を組む。
「ハハッ。ソラ君はいつも元気ですねぇ。」
 たまに顔を合わせる中年の男が、直人に笑顔を向けて言った。
「元気と言いますか、天衣無縫とでも言いますか・・・傍若無人でないといいですが・・」
 直人は苦笑して答え、中年の男に軽く会釈してから、ソラの頭の脇に腰を下ろした。
「天衣無縫、傍若無人、結構、結構。」
 笑みを絶やさず頷く男は、寝そべるソラを舐めるような視線で見ている。
 水着で利用するサウナなので、多少動き回っても全裸にはならないが、”美しい”と形容せずにはいられないソラの体を、隈無く観察出来る場所になってしまっている。
 直人は返事に困り、中途半端な笑みを浮かべてから、腕組みをして目を閉じた。
 あまりよく知らない相手との雑談や世間話が苦手な直人は、一人で利用していた時も、なるべく関わらないように目を閉じていることが多かった。

 中年男は直人と話すのを諦めたようで、他の男に話し掛け、世間話を始めた。
 こうした所で話される会話に、どれほどの意味があるだろう。
 皆、無責任な主観で勝手なことを言い合うだけに思える。
 現に、つい先日まで政権政党批判をしていた男が、対抗政党の相次ぐ不祥事に、「所詮政治には何も期待出来ない。」と愚痴る。
 自分の政治への興味が失せたことを話したからと言ってどうなるのだ。
 聞く方だって相槌を打つだけで聞き流し、男の愚痴が勢いをなくし始めると、「少女の方から誘ってきた」という今時の援助交際の話題に変えた。
「まったく参りましたよ。相場の金を出してやったら、後一万上乗せしたらフェラもサービスするからぁ、なんて幼い顔で言うんですからねぇ。」
「やれやれ、ですなぁ。昔は”据え膳喰わぬは男の恥”などと言ってたものですが、今はヘタに喰うと毒が入ってる場合もありますしね。」
「教師のモラルの低下を羅列し批判してますが、あんな生徒達を日々相手にしていたら、神経が参ってどうかなっても不思議はないですよ。」
 (買ってるお前が偉そうなことを言うな!)
 目を閉じて無視しようとしても、直人の眉が不快そうに寄る。
「小学生に化粧させて派手な衣装を着せ、意味深な歌を歌わせて、ロリータブームを作り上げながら、幼い少女を狙った犯罪が増えてることを嘆くマスコミ。無闇に殺人を繰り返すゲームを次々と売り出していながら、最近の若者は意味もなく簡単に人を殺し過ぎると非難する。そうした乱れた社会を取り締まるべき警察内部が乱れている。社会秩序の乱れを正そうにも政治家自体が腐敗している。困ったものですなぁ。」
 (・・・確かにそうだが・・・)
「ようするに上手く生きた者が勝ち、って世の中じゃないですか?ハハハッ。」
 (・・・嫌な世の中だ・・・)
 直人は、顔に吹き出してきた汗を手で拭いながら、溜息を漏らした。

 目を開けて、ソラに視線を落とすと、玉の汗もそのままに寝てしまっているようだ。
 直人は首にかけていたタオルで、ソラの顔の汗を拭ってやった。
 額に張り付いていた前髪を後ろに撫でつけてやっていると、ソラが目を開け、真っ青に煌めく目を直人に向けた。
「・・・・・ん?」
「・・・喉が乾いたなぁ・・・」
「じゃぁ、そろそろ出るか?」
「・・・んー・・・」
 ソラが体を起こし、長い手足を伸ばす。
 玉状に浮き上がっていた汗が滴となって落ち、ほのかに新緑の薫りが広がる。
 これだけの熱気の中でも、一瞬深い森林に包まれたような清浄感が漂った。
 あちこちで会話の花を咲かせていた人達が、言葉を失って見取れている。
 シン、とした中で、援交男が「ゴクリッ」と喉を鳴らした。
「行くぞ。」
 直人は眉を曇らせ、ソラを促した。
 サウナ室のドアを開け、ソラを先に行かせてから、直人が外に出る。
 背後から、
「・・羨ましい・・あれだけの美少年なら、私も・・」
 と、小声で囁く声が聞こえたが、そのまま聞こえないフリをしてドアを閉めた。


 シャワーで全身を洗い、温風室でドライヤーで乾かしきれなかった髪の湿気を乾燥させ、飲み物を買って駐車場の車に向かう。
 氷の入ったスポーツドリンクを飲むソラを、チラリと見て、直人は車を発進させた。
 《…ズィーーーン…》
「こら。窓を開けるな。」
「・・・・・・・・・・チェッ・・・」
 《…ズィーーーン…》
 窓を閉めたソラは窓ガラスに額を押し付け、煌々と輝く丸い月を見上げた。
 月の光を浴びたソラの頬が、青白く浮き上がって見える。
 深みを帯びた藍の目が妖しく煌めいている。
 (・・・本当に綺麗な子だよな・・・)
 直人は、今、こうしてソラと一緒にいる不思議さを感じていた。
 人から見れば、どうしたって親密な仲を疑いたくなる関係だろう。
 (・・・実際・・・僕はソラに惚れているしな・・・)
 ソラを追い回す男も、援交男とも、たいして変わらないのかも知れない。
 そう思うと、注意しようと思っていた言葉が出てこなくなる。
 ソラも疲れたのか、黙ったまま夜の空を見上げ、時々眠そうな瞬きをしている。
 直人は話すことを諦め、運転に集中した。

「・・・人の心も体も、お金で買えるものじゃない、ってパパが言ってた。」
 しばらくして、ソラが呟くように言った。
「・・・・・え?」
「動物も自然も・・・魂がある存在を金で売買出来るものじゃない、って。」
「・・さっきの会話を聞いてたのか?」
 (てっきり眠っていると思っていた・・・)
「聞かなくたって耳に入ってくるじゃないか。あんな所で懺悔するなんて愚かだぜ。」
「・・・・・あれが懺悔か?」
「自分の侵した罪を人に話したがるのは、魂が苦しいからだ、って言ってたけど?」
「・・苦しんだ上での言葉ならいいがな。」
 直人は苦い笑みを浮かべた。
「あれは自分の罪を棚に上げて、人の罪をあげつらってるだけだろう?」
「・・・・・ふーん・・・・・」
 ソラはちょっと肩を竦めてから、《ズズズゥーーッ…》と、ストローで音を立てた。
 ムッ、として紙コップを振ると、《ガサガサ…》と、氷の音だけがする。
 直人は、フッ、と笑い、
「もうじき着くから・・・」
 と、アクセルを踏んで、車のスピードを上げた。


 マンションの部屋に着くと、ソラは真っ直ぐにキッチンに行って、牛乳をパックのまま飲み干した。
 直人は、朝仕事に出掛ける時、乾燥仕上げまでセットしてあった衣類を取り出し、水着やスポーツウェアやタオルを入れて洗濯乾燥にセットする。
 乾いた衣類を畳んでいる所にソラが来て、歯磨きを始めた。
「・・もう寝るのか?」
「・・・フガッ・・・フん・・・ホォはヒハへた・・・」
 (歯磨きをしている者に話し掛けるべきじゃなかった・・・)
 直人は手早く乾いた洗濯物を畳み終え、自分も歯磨きを始めた。
 ソラはうがいが済んで、洗濯機に寄り掛かるように屈んで待っている。
「・・どうした?」
「・・・・・別に・・・・・」
「暇なら畳んだ物をしまってくれ。」
「・・・・・ぅん・・・・・」
 ソラは仕方なさそうな顔をしながらも、積み重ねて運んで行った。

 直人もそれなりの疲労感があったので、今夜はすぐに眠ることにした。
 神経を使った疲れは、アルコールの酔いで紛らさないと眠れないが、適度に体を動かした疲労感は心地いいものだ。
 髭剃り後の肌にローションを擦り込むと、寝室へ向かった。

 ソラは先にベッドで横になっていたが、直人が入ってくると視線を向けた。
「・・眠れないのか?」
「・・・寝るけど・・・」
「そうか。」
 直人は微笑んで頷き、ベッドに体を伸ばした。
 と、ソラが体を一回転し、ピトッ、と直人に張り付いた。
 直人は腕枕をしてやり、ソラの髪を撫でた。
 何となくそうしてくる予感があった。
 問わずに髪をゆっくり撫でていると、ソラがようやく話し始めた。
「・・・今日、アイツが店に来たんだ・・・」
「・・あぁ・・・そんなことを言ってたな・・・鬱陶しい奴って・・・」
「また一緒に走ろうって誘いに来たんだ・・・」
「・・そうか・・・で、行きたかった?」
「・・・・・ちょっとな・・・・・・」
「ソラ・・・暴走族はどうかと思うぞ?」
「・・・・・だよな・・・やっぱ・・・・・爺やにもそう言われたし・・・」
「16歳になったら免許を取って、ちゃんと道交法を守って走ればいい。」
「・・・けど・・・あれはあれで、面白いんだぜ?」
「自分さえ面白ければ何してもいい、なんて理屈は通らないだろ?・・・お前の育った島のことは知らないが、日本にいる以上は日本の常識や法律を尊重するべきだと思うな。」
「・・・・・ぅん・・・・・」
 残念そうな溜息をこぼす。
 (・・・何だか曖昧な返事だなぁ・・・本当に大丈夫か?)

「・・なぁ、ソラ。・・・彼を好きだったのか?」
 遠回しに関係を探ってみる。
「・・・嫌いじゃないさ。けっこう面白いし・・・ぁ・・・」
「まぁ、人として面白い、っていうならいいとは思うけどね。」
「・・・うん。・・・ただ、強引で一方的で独善的で・・・相手してると疲れる・・・」
「・・・・・相手?」
 直人はギクッ、として聞き返した。
「・・・アイツ・・今日もいきなりキスしてくるんだもん。・・ったく、勝手な奴。・・・クリームソーダをぶっかけてやったけどな。・・クフフッ・・」
「・・仕返しされないか?」
 (そんなことを聞きたいんじゃない。どんな関係だったのか、聞きたいのに・・・)
 一番聞きたいことが聞けない。
 聞いたからといって、どうなるものでもない。
 自分が知りたいだけなら、そしてそれが相手にとって辛いことなら、聞かないでいる方がいいようにも思える。
 自分が納得したいだけ、安心したいだけ、で聞いたことに責任を持てると言い切れないなら、聞かずに全てを受け入れる方がいい。

「・・・ゼロは俺にはいつも優しい・・・」
 甘い溜息のようにソラが呟いた。
「・・・爺やが仕組んだ事故だって、別のグループの仕業だって信じてるし、まだバイクに乗れないはずなのに、俺が後ろに乗りたいなら運転してやる、って無茶言うんだぜ・・・」
「・・・ほぅ・・・」
 直人はソラが別の誰かを誉めるたびに、嫉妬に全身の血が沸騰しそうになる。
 目を閉じ、眉間を指で押さえ、深く息を吸った。
「・・・ゴミ箱の一件は、彼じゃなかったのか?」
「あれは・・・ゼロだけど・・・その前に俺がゼロの股間を思い切り蹴ってやったから。・・痛みが引くまで2〜3時間懲らしめに閉じ込めるつもりだったらしい。・・ククッ・・その前に、ナーオが助けてくれたけど・・・」
「・・・僕が助けたのは猫だよ。」
「あー・・・・・その言い方、意地悪っぽいぞ。」
 ソラが拗ねたように頭を顎に擦り付ける。
「・・・人の姿をした可愛いソラ猫をね。」
 直人も嫉妬から素っ気ない言い方になったと気付き、言い直した。
「・・・・・もぅ、ぃぃ・・・寝る・・・・・」
 ソラは直人のパジャマに顔を半分埋めて、胴に腕を回し、足を絡めてくる。
 何か鬱屈することがあると”抱き枕”代わりにされる直人は、強く抱き締めたい気持ちを押さえ、そっと肩を抱き包み髪に頬ずりをした。
 草原を渡る風のように、そこはかとなくいい香りがする。
 (まぁ、いいか・・・僕も休もう・・・)
 懸念も不安も曖昧のままだった。
 腕の中にあるソラの温もりだけが確かなものなのか・・・それさえも曖昧な存在なのか・・・不安と焦燥が心を騒がせる。
 ソラの髪に鼻先を埋め、香りを深く吸い込み、意識を夢の草原へと飛ばした。



 翌日は定時帰りだったので、直人は『MilkyWay』にソラを迎えに行った。
 ドアを開けると、珍しくヴァイオリンの音色が聞こえてくる。
 しかも、やけにリアルだ・・・と、店内を見ると、ソラが奥のボックス席の前で、見事な演奏を披露している。
 ボックス席には、美夜子と美夜子の友達らしい女子大生が3人座っている。
 直人はカウンターに寄り掛かるようにして聞き入ってしまう。
「いらっしゃい、佐田さん。・・ソラ君、たいしたものですね。」
 司が声を掛けてきたが、
「・・・あぁ・・・」
 とだけ答え、ソラを見ていた。
 他の客も感心して聞き入っている。

 一曲弾き終えたソラが、ヴァイオリンを顎から放すと、自然と拍手が沸き起こった。
 美夜子も女子大生達も頬を染めて拍手する。
「ソラ君、すごいじゃぁーん。」
「ホント。プロみたいだよぉ。」
「よせよ。大袈裟だぞ。」
 ソラは、ヴァイオリンをその持ち主らしい女子大生に返し、隣りの席に座った。
「じゃぁ、今度はフルートをお願い。」
「えー・・・」
「だってぇ、何でも演奏出来るって言ってたじゃない。約束だよぉ?」
「そうだけど・・・ちょっとは休ませろよ。」
 ソラはアイスの溶けてしまったクリームソーダをストローで混ぜながら飲む。

 どうやらすぐには帰れそうにないので、直人はカウンター席に座り、コーヒーを注文した。
 直人の知らない間に、美夜子との付き合いも進んでいるらしい。
 他の女子大生ともすでに知り合いのようで、気安い会話が飛び交っている。
 しかも、ソラが楽器を弾けるなんて、直人は全く知らなかったのだ。
 もっとも直人も、母親の趣味で、ピアノを中学生までは習っていた。
 (・・・ソラも御曹司だからな・・・)
 自分とは桁外れの”お坊ちゃま”であるソラが、上流社会の嗜みとも言うべき音楽を得意としていても、不思議はない。
 普段のソラからは、そうした上流階級特有の臭いを感じることがなかったから、意外に思うだけだ。
 直人がコーヒーを飲もうとした時、今度はフルートの澄んだ音色が聞こえてきた。
 カップを持ったまま振り返り、耳を傾ける。
 司が気を利かせて、演奏が始まると店内に流れていた音楽を止めた。
 フルートの為のシンフォニー・・・
 どこかで聞いたことがあるようなメロディーが、滑らかに奏でられる。
 素人にありがちな迷いもつかえもなく、淀みない旋律が流れていく。
 曲のイメージを強弱や緩急をつけて叙情的に演奏している。
 女子大生が言うように、これだけの才能があればプロでもやっていけそうだ。
 (・・・やはり・・・手の届かない存在だな・・・)
 直人は素直な驚嘆を感じる一方で、取り残されていく寂しさを噛み締めていた。


 拍手の内に演奏を終えても、女子大生達はなかなかソラを放そうとしなかった。
「約束はちゃんと守ったぞ。それ以上の要求は却下だ。」
 ソラは、話を中断させて、直人のいるカウンターへとやってきた。
「ごめん。なんか成り行きで、演奏させられる羽目になっちゃってさ。」
「凄い才能だな。・・知らなかったよ。」
「アハッ。そりゃ、言ってないし・・・」
 ソラはクスクス笑い、
「着替えてくるなぁ。」
 と、店の奥へと走って行った。

 すぐに私服に着替えてきたソラと、一緒に店を出る。
 直人は黙って足を速める。
 ソラは直人に合わせて歩きながら、演奏する羽目になった経緯を話す。
「でさぁ、美夜子が演奏会のピアノが思うように弾けない、って言うから、どんな曲か聞いたら割と簡単な曲だったから、どこが出来ないのか、教えてやろうか、って話が始まりだったんだけどな・・・」
 (・・・何でも勝手に決めればいいさ・・・)
「ポロッ、と大抵の楽器なら弾けるぜ、って言ったら、聞きたい、聞きたい、って・・・俺もそう暇じゃないぞ、って断ってたんだけどさ・・・仕事の後にちょっとだけなら、って・・・」
 (・・・勝手に盛り上がってればいい・・・)
「・・・・・ナーオ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・なぁー・・・ナァーオ・・・・・何か怒ってる?」
「・・・・・怒るも怒らないも・・・僕はソラのことを何も知らない。何をしているかも判らない。干渉どころか、一切口を出せるものなんてないだろ?」
「・・・・・そんな・・・・・ナーオには何だって話してるじゃないか?」
「都合のいい、ごく一部だけだろ?」
「ナーオ・・・・・ナーオには誰にも話さないことだって打ち明けてる。・・・全部話しきれないかも知れないけど、それはナーオが忙しいからじゃないか。」
「悪かったな。一般庶民は一生懸命働かなきゃ、暮らしていけないんでね。」
 冷たい言い方だった。
 ソラに言うようなことでもない、と判っていた。
 それでも、取り残されたような寂しさから、つい口走ってしまったのだ。

 ピタッ、とソラが足を止めた。
 数歩進んで、直人が振り返ると、大きく見開かれたソラの青い目が、悲しげに揺れていた。
「・・・ぁ・・・ソラ・・・」
 直人が戻ろうとした時、
 《ピュゥ〜〜ッ!》
 と、口笛がした。
 ソラが口笛の聞こえてきた方を向く。
 直人も視線を向けると、反対車線に黒いフェアレディーZが、ハザードランプを付けて停車していた。
 後部座席の窓を全開にし、手招きしているのはあの男、ゼロだ。
 ソラはチラリと直人に視線を戻したが、ポロッ、と涙を一粒落とし、道路を渡って行ってしまった。
「ソラッ!・・ダメだッ!」
 叫ぶ直人の前を、大型ダンプが激しいクラクションを鳴らして通り過ぎていく。

 ソラは夕方で混雑する道路をスルリと抜けて、ゼロの乗っている車までアッという間に辿り着く。
 ドアを開けてソラを引き込んだゼロは、そのままソラを抱き締めてキスをする。
 ソラはゼロの腕の中で逆らうことなく、キスを受け入れていた。
 (・・・ソラ・・・ソラ・・・)
 心で呼んでも、ソラは振り返らない。
 窓ガラスが閉まり、黒のZは走り出した。
「ソラーーッ!」
 Zの割り込みに、クラクションがあちこちから鳴らされて、直人の声も掻き消されていった。

 車が見えなくなっても呆然と立ち尽くしていた直人は、大きく溜息を吐くと、肩を落とし項垂れて会社の駐車場へと戻っていった。
 舗道に涙を落としながら、力無く歩く。
 何もかもが夢のようで現実感がない。
 マンションに帰れば、ソラが「お帰りぃ〜」と迎えてくれる気がするが、それは有り得ないことだと判っている。
 何だかソラの存在までが、夢の中の少年に思えてくる。
 が、そう思った時、胸がキリキリと激しく痛んだ。
 その痛みが、確かにソラは存在するのだと訴えている。

 (ソラ・・・ソラ・・・ 戻ってきてくれ・・・ 何処にも行くな・・・
               Where are you going? ..........Mystery Boy..........)

                       『Mystery Boy』......end......