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Mikado







§1§「最悪な奴」


 ここは、帝高校。
 入学式の翌日、生徒会主催の新入生歓迎会が開かれた。


 帝高校は、生徒の自主性を尊重する教育方針を打ち出しており、ゆえに生徒会活動も活発であり、各部活動も盛んだった。
 運動振興の為の特待生制度もなく―――と言うより、特待生の高慢な態度や横暴さに不満を募らせた他生徒達が生徒総会で訴えて、特待生制度が廃止されたのだが―――”好きなら初心者でも歓迎する”という各部活動の勧誘の意味合いもあり、新入生獲得のライバル心剥き出しに、盛り上がる歓迎会だった。

 各部活動は、様々な分野におよび、高校生としての本分と責任を守れる範疇であるなら、少人数でもサークルとしての活動は認められていたが、人数によって毎年度の予算が決まるので、5月の春期生徒総会までに何としても部員を増やしておきたい所なのだ。
 各部の予算は、学校側からの活動支援金以外にも、6月初頭に開催される文化祭での模擬店や演目料なども収入源になっている。
 ただし、文化祭での売上は一度全て生徒会で集められ、不当利益がないかを見当された後、8割程度が各部に戻される。
 残り2割は、生徒会運営資金と応援活動資金として納めなければならなかった。
 もし、そのことに不満があれば、年3回開かれる生徒総会で訴えればいいが、実際に生徒会の活動の大変さも皆が知っているので、一部からの不満も総体的に否決されてしまう。

 生徒総会での決議は、学校側も尊重し、時には校則自体を変えることも可能だった。
 それで、数年に一度は、制服廃止論やデザインの変更などの意見が出されるのだが、面白いことに制服廃止論が可決されることはなく、デザインも今現在のかなり地味な制服が支持されている。
 ―――近年、可愛い制服に替わったこともあったが、翌年には元の制服に戻された。
 何故なら、可愛い制服になってからナンパやストーカーや痴漢の被害が増大し、マニアックな愛好家間でも評判になっていることに、女生徒達の反感を集めたからだ。
 可愛い服で自己主張したいなら、帰宅後か休日の私服で充分、というもっともな意見に落ち着いた、という訳である。
 時代錯誤のように取られがちだが、海外では今、この日本の制服制度が評価され、海外の学校でも制服を導入する所が増えているらしい。―――


 話が逸れたが、こうして自由な気風でありながらも、自立心と自覚が培われる帝高校の歓迎会は、新入生の心を大いに奮い起こし、夢と希望を沸き立たせ、感動の内に終わろうとしていた。
 ―――最後に、生徒会長からの締めの言葉さえ聞かなければ―――

 興奮で騒然とする会場内、整然と厳かな壇上に設定されたステージ中央に、凛とした姿勢で進む男子生徒。
 185cmの身長と、黒い詰め襟の制服を着ていても鍛えた体付きがわかる姿は、それだけでも存在感があったが、何より、秀でた額が白く輝く、鼻筋の通った端麗な顔立ちでありながら、射るような眼光の鋭さは遠目にも背筋が寒くなるほどで、生徒達を圧倒した。
 はらり、と額に掛かる前髪の黒さは白い額と対照的で、そのコントラストが気品を醸し出している。
 黒い睫毛にクッキリと縁取られた瞳は、透明感の強い黒色で、強い輝きの為に銀色に見えることもしばしばだった。
 この男子生徒こそ、第100代生徒会長、および現101代目生徒会長、御門鷹麿(みかどたかまろ)である。

 ―――御門鷹麿が第100代生徒会長になったのは、今から2年前の入学早々の5月改選。
 その年の秋に予定されている創立百年祭の記念式典を、誰よりも間近で”高見の見物がしたい”という不純な動機は隠し、精力的な選挙活動を繰り広げ、姑息な裏工作も駆使した挙げ句に、人望のあった前年度の副会長をうち破り、一年生で生徒会長に納まったという、我が侭な男である。
 だが、生徒会長就任後の活動は、敏腕で叡智に富み、指導力を発揮して改革を押し進め、「清潔で規律正しい校風と生徒の自主性を高めた」との評価もあり、結果的に支持されていた。―――

 マイクの据えられた重厚な台に進みかけて、御門は足を止め、ピクリと眉を上げた。
 視線の先には、先ほどまでステージ上を賑わせていた名残の紙くずが落ちている。
 ステージの端から、不備はないかとハラハラしながら様子を伺っていた歓迎会実行委員は、サッ、と顔色を青くして、慌ててモップ係にステージを走らせ、小さなゴミを回収させた。
 御門はほとんど無表情にマイクの前に立ったが、実行委員は肩を落として溜息を吐いた。
 (ここまで無事にやってきたのに・・・)と、反省会での生徒会長からの厳重注意は避けられない、と落胆していた。
 騒然としていた会場内に緊張が走り、シンと静まり返った。
 上級生達は御門の逆鱗の怖さを先刻承知していたし、新入生達は先輩達の様子から唯ならぬものを感じ取って、息を飲んで様子を見守っていた。
 ただ、沈黙の中でも、熱い視線を注ぐ女生徒達の吐息が漏れ、恐怖と甘い疼きという異様な雰囲気があった。

 マイクの前で御門は一呼吸置いて、
「新入生諸君!入学おめでとう。」
 と、張りのある声を響かせた。
 透明感のある爽やかな声は入学式でも聞いていた新入生達は、誇らしげに胸を張って生徒会長の話に耳を傾けた。
「新入生諸君の輝く眼(まなこ)は、一人一人壇上からも良く見える。晴れて帝高校生となれた喜びに溢れ、期待に胸を膨らませているのがわかる。歓迎会も好評のうちに、無事終了してなによりだ。」
 ここで御門は一度会場内を見回した。
 新入生達は緊張から笑顔に変わっていた。
 が、
「だが、いつまでも浮かれ気分でいて貰っては困る。」
 と、続く御門の言葉に、次第に笑顔が消えていく。
「我々三年生は熾烈な受験バトルロワイヤルを控え、真剣に勉学に励む時期となった。ようやく受験を終えた君達は、一息ついて青春を謳歌したい気分に浸っていることだろうが、羽目を外しすぎて我々に迷惑を掛けないで欲しい。高校生としての本分を忘れず、自己責任を常に念頭に置いて行動したまえ。」
 新入生の中にはムッとして睨む男子もいたが、御門は構わず続ける。
「帝高校では、生徒の退学・転出・転入を随時受け入れている。幸いなことに、帝高校の評判は高く、途中転入でもいいから本校の生徒になりたい、と望む者が後を断たない。よって、本校の風紀を乱したり、やる気もなく席だけ置いてるようなら、いつ出ていって貰っても結構だ。」
 ここまで言うと御門は、フッ、と冷たい笑みを浮かべた。
「三年生をあてにせず、自分達で考え、責任を持って行動出来るようになれ。・・・まぁ、苦労してやっと二年生になれた先輩達が、適切な指導をしてくれるだろう、と思うが・・・」
 御門の視線が二年生に向けられる。
 二年生は、ギクリッと表情を強ばらせ、背筋を伸ばした。
「ただし!三年生あっての二年生、二年生あっての一年生だということを忘れるな!礼儀知らずは容赦なく制裁が下ると思え!・・・以上。」
 ……シーン……
 水をうったように静かだった。
 と、二年生から真っ先に拍手が起こり、続いて三年生も拍手し、その音に驚いて周囲を見回した新入生達も呆然としながら拍手をした。
 御門は小さく頷き、また凛とした姿勢でステージを下がっていった。



「御門・・・お前、いつか闇討ちに合うぞ。」
「フン。いつでも来い。望む所だね。」
 親友の言葉に不敵な笑みを浮かべ、御門は砂糖漬けのレモンが浮いた紅茶を口に含んだ。
 生徒会会長室のソファーにゆったり座る姿は、会社の重役とでもいった雰囲気がある。
「それにしても、去年とは随分言うことが違ってないか?」
 東郷もソファーの向かいに座り、紅茶に付き合っている。
 ―――東郷一樹(とうごうかずき)は、御門とは幼馴染みで、やはり帝高校の三年生であり、生徒会長が指名で個人的に決められる会長補佐を務めている。―――
「去年とは立場も状況も違うだろ?・・・前年度は二年生で改選も控えていたが、今年度は任期も残り少ないし、生徒会長としてもお役ご免になる。人気取りより、会長を辞める前に多少脅しをかけておいた方が得策だろうが?」
「そんなものか?」
「ならば、東郷。お前は煩い一年共にまとわりつかれたいか?」
「・・・まとわりつかれるほど、モテないものでね。御門とは違うさ。」
「バレンタインのチョコをけっこう貰ってただろ?」
「義理チョコだろ。付き合ってくれ、とは誰も言わないしな。」
「クックッ。ニブイ奴だ。」
 御門は呆れたように言って紅茶を飲み干した。

 すると、部屋の隅に控えていた京極沙也香(きょうごくさやか)が、
「御門様。新しい紅茶をお入れしましょうか?」
 と、控え目な態度で近付いてきた。
「いや。もう部活の練習に出るからいい。」
 御門は視線を向けずに答えた。
 東郷は飲みかけのカップの影から、二人の様子を眺める。
 御門と生徒会の書記を務める京極沙也香が、付き合っていることは周知の事実なのだが、沙也香が御門に甘える姿を一度も見たことがない。
 沙也香は清楚で理知的な美貌で、男子生徒達の憧れを集めている。
 一方、御門は多少の傍若無人さがあっても、剣道と弓道の全国大会でそれぞれ優勝する実力もあって、女生徒達の憧れの的だった。
 共に聡明な美男美女のカップルは、理想的だと皆も納得しているが、身近で見ている東郷には理解出来なかった。
 現に、御門は、バレンタインに山と積まれたチョコの中から、数名の気に入った女生徒と浮気をしている。
 東郷の睨んだところ、その中の一人とはまだ付き合ってるらしい。
 それでも、沙也香の態度が変わらない方が、不思議だった。

「東郷、何やってる?行くぞ。」
 御門に声をかけられ、ハッ、と思考を現実に戻した東郷は、
「ご馳走様。」
 と言ってカップをテーブルに置き、鞄とスポーツバッグを持って御門の後に続いた。
 東郷は柔道部の主将もしていて、体も御門より一回り大きな豪傑で、男らしい風貌をしている。
 あだ名がヒグマというだけあり、低い呻り声で相手を威嚇する姿は、一部のマニアックな女生徒達には人気があったが、付き合いを申し込むだけの勇気はないようだった。
 それを”義理チョコ”と思う実直さ、もしくは無骨さが、御門が貶しながらも気に入っているところだった。


 校舎を出た所で、東郷が御門に、
「今日の帰り、一緒に帰れるか?」
 と尋ねた。
「あ?・・・・・何でだ?」
 御門がわずかに眉を寄せて東郷の顔を伺う。
「ああ。お前の言い方はともかく、俺も真面目に受験勉強しないとなぁ、とお前の話で触発されてさ、差し当たってどんな参考書で勉強したらいいか、お前に選んで貰おうかと思ってな。」
 御門は大きく片眉を吊り上げ、
「東郷・・・今頃になってそんなことを言ってるのか?」
 と、非難めいた口調で言った。
「・・・そりゃ・・・そうだが・・・しないよりはマシだろうが・・・」
 東郷は御門より大きな体を縮めながら、低く呟く。
「しょうがない奴だ。・・・まぁ、いい。俺も春のドライブお薦め雑誌を買おうと思っていた所だからな。付き合ってやるか。」
「有り難い。恩に着るよ。・・・って、何だ?その春のドライブ・・・?」
「明後日、4月10日は何の日だ?」
「・・・仏滅・・・」
「東郷・・・お前とは長い付き合いだったが、これまでか・・・」
「ハハハッ。冗談だよ。お前の誕生日だろ?プレゼントはもう用意してあるぞ。」
「フン。つまらん冗談だ。」
「あ、そうか。車の免許が取れるんだったな。」
「そう言うことだ。プレゼントはカーナビにしろ。ディーラーの奴、値切ったらカーナビを外しやがった。ったく、最低だな。」
「・・うーん・・・向こうも商売だろうからなぁ・・・え・・・カーナビって・・・?」
「試乗車を買ってやるんだ。半値にして当然だろうに、ケチな奴等だぜ。あの店はもう潰れるな。」
「コラコラ・・・ほとんど新車が半値なら、いいと思うが・・・って言うより、もうプレゼントは買ったって言っただろ?」
「俺が欲しい物を贈るのがプレゼントだろうが。いいな?カーナビだぞ。」
 御門はそう言い残して、部室に走って行ってしまった。

「・・・春のドライブかぁ・・・クソォ〜・・・どこが熾烈な受験バトルロワイヤルなんだぁ?・・・とは言え、全国模試一位をキープしてる奴だけに、文句も言えないが・・・ハァァ・・・カーナビかよ・・・」
 東郷は溜息まじりに呟き、貯金の残高と手元の小遣いを計算してみる。
 (バイトしないと買えないじゃないか・・・)
 柔道部も春の大会に向けて遅くまで練習をしている時期だ。
 主将として、後輩達を指導し、今年こそ皆で全国大会に出場したい。
 御門の勝手な言い分も、長い付き合いで承知のことだったので、今更嘆いても仕方がないが、お金をどうやって工面しようかと頭を悩ませる東郷だった。


 親分肌で面倒見のいい東郷と違って、御門は剣道部も弓道部も部員として登録してあるだけで、練習メニューは独自に決めていた。
 それでも、幼い頃から武道全般の修練に励んできたこともあり、存在するだけでも手本となり目標となった。
 そもそも二つの部に所属し個人の部で全国大会のタイトルを獲り、生徒会活動も積極的にこなし、勉強でも全国模試一位をキープするといった離れ業は、御門だからこそ出来ることだった。
 多少批判めいた風評も我が侭ぶりも、学校側は目を瞑っている。
 明治時代の創立当時には、かなりの偉人・才人を世に送り出した帝高校も、今は、無難な均一主義の傾向に押され、特出した奇才を発揮する人物が育ち難くなっていた。
 それゆえ、個人尊重主義を基盤にした教育方針を掲げているのだ。
 御門は、そんな学校の期待を背負ったエースでもあった。

 御門はまず弓道部に顔を出し、御門の為に空けられている場所で、黙々と矢を射る。
 一定のリズムで流れるような美しいフォームから放たれる矢は、風を切って的の中心に突き刺さる。
 他の部員達は、その完璧なフォームや間合いを学び取ろうと、熱心に見学している。
 御門の姿見たさに入部した女生徒も少なくない。
 その内何人が御門の”お手つき”になっているか、定かではないが、うっとりと頬を染めている部員あたりが怪しい、と男子部員達は見ている。
 ―――ある日を境に、急に女性らしい恥じらいが見えるようになり、御門を正視出来ずに頬を染める女子部員が、たまたま好意を寄せていた相手だったりした時には、さすがに御門を腹立たしく思うが、格が違いすぎる、と諦めるしかなかった。―――

 ―――それにしても、よく女同士の揉め事が起きないものだ、と不思議に思うのは、東郷だけではなかった。
 普段、女生徒が自分の半径1m以内に入ることを嫌う御門なので、”お手つき”になっても判然とはしないが、勘の鋭い女達なら判りそうなものである。
 それが、女同士の醜い争いが起きないだけでなく、一度だけの関係に終わっても御門を恨んでいない様子で、まったく羨ましい限りだった。
 以前、東郷が聞いた時に、御門は、「俺に抱かれて嬉しくない女がいるか?」とあっさり答えたが、それだけでは納得出来ない。
 好きになれば独占したい、と思うのが当然だろう。
 「俺を独占?・・・この、”俺様”をか?」と、冷たく笑う御門に、返す言葉も見つからなかった。
 だが、考えてみれば、誰も独占出来ないからこそ、一度でも目をかけられたことが”喜び”に思えるのかも知れない。
 そして、どれほど他の女性と関係を持っても、慎ましく側に仕える京極沙也香の存在を、敬意を持って認めている理由なのだろう。
 無理矢理そう納得するしかないが、一方で、(もし、このバランスが崩れたら・・・)と懸念しないわけではなかった。
 もっとも、そこまで心配する義理はなく、気を揉むのはいつも親友の東郷ぐらいだった。―――

 数十本の矢を射た後、御門は弓道の練習を切り上げ、剣道部へと向かった。
 剣道部での練習は、弓道部の”静”とはうって変わり、激しい”動”の様相を呈する。
 御門が顔を出すまで、基本練習で体を解しておいた男子部員達が、次々と打ち込んでいく。
 御門に技を決められると、列を作って待っている最後尾に再び並ぶ。
 弓道部ではほとんど声を発することがないが、剣道部では御門の透明な声が轟き渡る。
「次ッ!おりゃりゃぁぁぁーーッ!!めぇぇぇーーんッ!!構えが甘いぞッ!次ぃッ!」
 といった具合に、厳しく打ち据える。
 男子部員全員が床に這い蹲るか、御門が飽きるまで続く練習は、確かに男子部員達の志気を煽り、実力も上げる反面、怪我人も続出する。
 擦り傷や青痣は日常茶飯事で、勢い余って自分の踏み込みで踵を骨折する者もいる。
 幸いにも今の所、御門が大怪我をさせた相手はいないので、どうにか親からの苦情は出ていない。
 が、さすがに女子部員達は、この練習には参加出来なかった。
 この剣道部の女子部員の中に、はたして”お手つき”がいるのかどうか、は更に謎だ。
 練習せずにぼんやり眺めている部員は女性であろうと、
「練習する気のない奴は出て行けッ!」
 と、御門の罵声が飛ぶので、常に緊迫した空気があり、恥じらってる暇はなかった。


 柔道部の練習を終えた東郷が剣道部を覗いた時には、まだこの練習が続いていた。
「小手ッ、小手ッ、胴ぉぉぉーーーッ!!切り返しがなってないぞッ!次ッ!」
 半数以上の男子部員が床に踞って動けない中、よろけながら代わりの者が向かっていく。
「脇を締めろッ!構えがなってないッ!突きぃぃぃーーッ!!」
 面が弾け飛び、そのまま仰向けで倒れた男子部員は気絶していた。
 面をした姿の御門は、シュゥーシュゥーッ、という音が聞こえそうなほど、鬼気迫る妖気を噴き上げていた。
「御門!それくらいにしろ!」
 頃合いを見て、東郷が声を掛ける。
 構えを解いた御門が、ゆっくりと東郷に面を向ける。
 面の細い隙間から、銀色に輝く目がチラリと見えると、東郷でも背筋が寒くなる。
 (戦国時代に生まれていたら、天下獲りに名乗りを挙げていただろう・・・)
 東郷の脳裏を、鎧兜を装着し馬を馳せる御門と、後に続く自分の姿が絵のように浮かんでくる。
 (それも面白そうだな・・・)
 クスッ、と笑った東郷の頭を、御門が竹刀で軽く叩き、
「ヒグマの一人笑いは不気味だぞ。」
 と、もっと不気味な妖気を漂わせた男が宣う。
「・・・・・チェッ・・・」
 東郷は痛くもないスポーツ刈りの頭を、こそばゆい、とばかりに掻いた。

 胴着から制服に着替えてきた御門と並んで歩く東郷は、いつもより機嫌良さそうに見える。
 御門の皮肉には慣れているし、そんなことより、御門が自分の為に買い物に付き合ってくれることが嬉しいのだ。
 別に特別な好意があるとかではなく、ただの腐れ縁としか言い様がない関係だが、長く付き合う内に、御門がやらかす破天荒な行動を自分の責任として感じるようになってしまい、常にハラハラと見守っている、といった東郷だった。
 それこそ戦国時代の主従関係のようだが、東郷が自分の好きで心配しているだけで、御門がそう望んでいるわけではない。
 御門は御門で、東郷を珍しくも信頼出来る奴、と思っている。
 他人の忠告など聞かない御門も、東郷に諫められると反省したりするらしい。
 その反省が生きているかどうかは、定かではないが・・・。


 すっかり暗くなった校門に、二人が歩いていくと、佇む人影があった。
「・・・御門様、お疲れ様でした。」
 声で沙也香だと判る。
「あぁ・・沙也香。今日の約束はまたにしよう。」
 御門の台詞に、沙也香以上に東郷が驚いてしまった。
「え・・ぁ・・約束があったのか?」
 東郷が頼んだ時、一瞬表情を曇らせた理由がこれだったのか、と焦る。
「いや、いいんだ。そうだな、沙也香?」
「はぃ。」
 沙也香は怒るでもなく素直に頷く。
「よくないぞ!約束があったならそう言ってくれ。俺もそんな無粋なマネはしたくないし・・」
「迷惑な時はハッキリそう言ってるだろ?」
「・・・そりゃ・・・まぁ・・・」
「沙也香。気を付けて帰れよ。夜に電話する。」
 御門はこれ以上東郷が口出ししないようにと、話の決着をつけてしまう。
 沙也香も心得ていて、
「はぃ。お待ちしております。」
 と答え、お辞儀をしてから、
「東郷様もお疲れ様でした。ご機嫌よう。」
 と、笑顔を向けて挨拶すると、背中を向けて帰っていく。
 あんぐりと口を開いて固まっていた東郷は、
「あ・・あぁ、また明日!ご機嫌よう!」
 と、沙也香の背中に言ってしまい、御門から失笑される。

「プッ・・クックックッ・・・東郷が”ご機嫌よう”なんてな・・・」
「煩いッ。だいたい、デートの約束があることを言わないお前が悪いぞ。」
「フン。デートと言っても、こんな時間のデートと言えば、”やる”だけだしな。」
「お・・おぃ・・・」
 御門のストレートな言い方に、ドキッ、として周囲を見回した東郷は、幸い近くに人がいないことを確認し、ホッと息を吐いた。
「気を付けろ、生徒会長。新入生に聞かれたら示しがつかないだろ。」
「・・・今時・・・」
「本音と立て前を使い分けるんだろ?」
「・・・ま、確かに。・・本音は、今頃になって参考書を買おうなんて呑気なバカヤロウの為に、デートをすっぽかしてやったのに、文句を言われるとは、踏んだり蹴ったりだ、と思っていても、言わずにおいてやろう。」
「・・・言ってるぞ。・・・お前、キツイなぁ。マジに泣きたくなる。」
「泣け。」
 御門は言い捨てると、さっさと歩き出す。
「誰が泣くか。」
 東郷も大股に歩いて追いつき、肩を並べる。

 これだけ好きなことが言い合えるのだから、お互いにとって互いは、大事な親友なのだろう。
 御門もケチをつけながらも、東郷に合った参考書を選んでやり、ついでに東郷の家まで行って、受験勉強の方法を教えてやり、スケジュールまで立ててやるのだ。
 もちろん、御門の好意に感謝した東郷の母親が、お風呂を勧めて夕食も御馳走を用意してくれることを、承知している部分はあったが、(見かけより意外と親切な奴)と喜ぶ東郷だった。



 深夜になって、御門は一人暮らしをしているマンションに戻った。
 以前は、銀座のクラブでママをしていた母親と、もっと大きなマンションで暮らしていた。
 けれど、4年前、母親のパトロンが亡くなったことで多少の財産分与をして貰い、それを資金に伊豆の方に料亭宿を開いたので、母親はそこに移ったのだ。
 当時中学2年になったばかりの御門は、すでに帝高校を志望校と決めていた為、一人こちらに残った。
 こぢんまりとしたマンションに移ったのは、一人で暮らすには大きすぎる部屋が負担だったこともあるが、パトロンが通っていた記憶のある部屋に、いつまでもいたくなかったのが正直な気持ちだった。
 ちなみに、そのパトロンが御門の父親であり、御門の姓も父親の認知を受けて籍に入っている為で、戸籍上では御門には親子ほど歳の離れた兄弟がいる。
 つまり、財産分与は母親ではなく御門が受け継いだものだったが、そんなものはどうでもよかった。
 自分には自分で切り開く未来があるが、美貌の衰えた母親にはプライドを保ちつつ安住出来る場所が必要だったのだから。
 幸いなことに、母親の新しい事業は好評で、高校生にしては平均以上の生活費と小遣いを、毎月銀行に振り込んで貰っている。

 御門は、「いい投資が出来たってことだな。」と、東郷に笑って洩らしたことがある。
 ごく一般的な家庭で育った東郷には、御門の本当の気持ちを測り知ることは出来ないが、少なくとも御門に非嫡子としての暗さがないことが救いだった。
 だが、御門の強すぎるプライド意識や、常に勝者でいたい強烈な欲望は、そうした背景が多分に影響しているように思えた。
 「”俺が初代だ!”と後世に誇れるような、サクセスストーリーを歴史に刻んでやるさ。」と、不敵な笑みを浮かべて言う御門に、東郷は(御門なら出来るだろう。)と思う反面、その激しさゆえの危うさに、不安と怖さを覚えてしまう。
 東郷にとって御門は、憧れでもあるが、同時に、支えるよう側にいてやりたい存在だった。
 もっとも常に前を向いて走り続ける御門に、すぐ後ろに続く東郷は見えてない。
 東郷の足音だけを聞き、ついてきて当然だとしか思わないのかも知れない。
 傲りと言えば傲りだが、東郷はそれでいい、と思う。
 風を切って先陣を走り抜けられる男はそうそういるものじゃない。
 それが出来るからこそ御門は御門であり、カリスマとしての魅力を持っているのだ、と。


 東郷の家で、風呂と食事を済ませた御門は、部屋着に着替えて机に向かった。
 鞄から自分が書店で買った物と、携帯を取り出す。

 遅くなったが、約束していた京極沙也香に電話する。
「待たせたな。まだ、起きていた?」
 雑誌を捲りながら話し掛けると、沙也香の嬉しそうな声が返ってくる。
―「はぃ。ずっとお待ちしておりました。」
「美容に悪いだろ?早く寝るようにしろよ?・・ククッ・・」
―「・・・ぁ・・・はぃ。お気遣い、ありがとうございます、御門様。」
「もう風呂には入ったのか?」
―「はぃ。・・・もうすっかり・・・磨き上げて・・・」
 沙也香の声が甘く鼻にかかる。
「俺の声を聞くのを待っていた・・・と?」
―「・・はぃ。サヤは・・・御門様の鞘でございます。」
「クククッ。・・・なら、もう声を聞くだけで、濡れてるだろ?」
―「・・・はぃ・・・御門様を想って・・・疼きます・・・」
「そうか。なら、せっかくだから、送ってもらうか。ん?」
―「・・御門様の思し召すままに・・・」
 そう沙也香が答えてから、少しの間会話が途切れる。
 御門は、雑誌をベッドに放り投げると、もう一つ雑誌と一緒に買った厚い本を開いた。

 と、沙也香から画像が送られてきた。
 ……赤味の強いピンクの貝……
 滴るほどにてらてらと濡れている。
―「お送り致しました。お気に召して頂けたでしょうか?」
 遠慮がちでありながら、ほのかな自信も伺える。
「あぁ。可愛い俺のサヤだ。蜜をこの舌で啜ってやりたいな。」
―「、、、、、ぁぁ、、、嬉しぃ、、、、、お言葉を頂くだけで感じてしまいますぅ、、、ハァン、、、」
「指で触れたくてウズウズしているだろう?」
―「、、ぇぇ、、、御門様のお許しを頂けるなら、、、」
「ククッ。・・・俺が簡単に許すと思うか?」
―「、、ぁ、、、ぃぃぇ、、、申し訳ございません、、、」
「・・・が、今夜はもう遅い。中指の腹でクリトリスを擦ってやるといい。」
―「はぃ、、ありがとうございます、、、ぁぁッ、、、ァァァン、、、」
「いい声だ。・・・さぁ、もっとグリグリと強く擦ってやろう。さぁ・・・グリグリ、グリグリ・・・感じたら躊躇うことなく喘ぎ声を出していい。」
―「ぁぅッ、、、ァァン、、、アァァ、、、いけない、、、蜜が垂れてしまいますぅ、、、」
「いっぱい溢れさせるといい。シーツを濡らすほどに・・・」
―「アァァァ、、、クリトリスがぷっくりと膨れてきますぅ、、、ハァァン、、、ァフッ、、、膣がピクピクしますぅ、、、御門様ぁぁ、、、」
「いい子だ。とても可愛い声だよ。・・・じゃぁ、花陰を押し広げて中指を滑り込ませてごらん。」
―「はぃ、、、ぁ、、ぁぁぁ、、、ハゥゥッ、、、アァァァ、、、襞が指を締め付けてきますぅ、、、」
「指を軽く曲げて・・・襞を擦ってやろう。俺の指と思って・・・さぁ・・・グイグイと・・・グイグイ、グイグイ・・・俺をサヤの中に感じるか?」
―「アァァァァ、、、感じますぅ、、、サヤの中に、、、御門様がいらっしゃるぅぅ、、、」
「もっと、もっと、グリグリ、グイグイ・・・もっと強く早く擦れ。」
―「ハゥゥッ、、、擦ってますぅ、、、アァン、、、アン、、、気持ちいいですぅ、、、」
「指一本で足りるのか?・・・二本にしたいだろう?」
―「ぁぁ、、はぃ、、、御門様の逞しいペニスのように、、、太い刺激に擦られたいですぅ、、、アァァン、、、」
「今夜は許す。中指に薬指を添えてやるといい。」
―「はぃ、、、嬉しいですぅ、、、アァァン、、、アァァ、、、御門様に抱かれているようですぅ、、、」
「よう、じゃない。そこに俺の指があるんだ。そうだな?」
―「ぁ、、、はぃ。御門様がぁぁ、、、アァァァ、、、ハァハァ、、、アァァ、、、感じるゥゥゥ、、、」
「俺がサヤの中で暴れる・・・さぁ、グイグイ、グイグイと擦ってやれ。」
―「アァァ、、、アァァン、、、気持ち、、イィィィーーッ、、、」
 電話を通しても、沙也香のグチュグチュと指を動かす音が聞こえてくる。
 沙也香は、もう言葉を話すより、喘いでいることが多くなった。
 御門は、書店で買い求めた面白そうな問題集を解きながら、時々沙也香に声を掛けてやり、エクスタシーに達するまでのオナニーをサポートしてやる。
―「アァァ、、、イクゥゥゥゥ、、、イキますぅゥゥゥ、、、アァァン、、、アァン、、、アァァァーーッ、、、ハァハァハァ、、、ハァァ、、、」
「・・・いい子だ。とても可愛いかったよ。」
―「、、、ハァハァ、、、ァァ、、、、、御門、、様ァァ、、、、、」
「・・・ぐっすり眠れそうかな?」
―「、、ハァハァ、、、はぃ、、、、、」
「俺が腕枕をしてやろう。さぁ、目を閉じて・・・ゆっくりお休み・・・チュッ。」
―「、、、お休み、、なさいませ、、、御門様、、、チュッ、、、」
 沙也香が通話を切る。
 御門は、フッ、と笑うと、そのまま続けて問題集を解いていく。

 別に沙也香を欺いている訳ではない。
 沙也香は今現在、一番気に入っている彼女だ。
 隷属することに喜びを感じる生まれついてのMで、その資質を見出し開花させたのが御門だった。
 一夜限りの相手に、ここまで望まない。
 性奴隷になる素質があるかどうかを探り、可能性があれば何度か会って、少しずつ試してみる。
 M系にも色々なタイプがあり、中には激しい痛みや自分自身を傷付けることでオルガズムを感じるタイプもいるが、高校在学中にはそうした相手は避けたい。
 沙也香はどんなタイプも受け入れられるだろうが、自制心も強く、御門が望まない行為を勝手にすることはないので、信頼を置いている。
 沙也香を可愛いと思わなければ、こんな電話をわざわざしたりはしなかった。


 母親の仕事柄か、御門の周囲には常に魅力溢れる女性がいた。
 御門もかなりませた子供だったので、女性経験が早い。
 しかも母親が御門を、宝玉を守るように大事に傅いて育てたので、どこか女性はそうゆうものだと勘違いしている所があるようだ。
 これで御門にサクセスストーリーの野望がなければ、とんでもない女たらしになったかも知れない。
 いや、今でもかなりの女たらしだが、野望の為には自分を磨かなければ、という自覚がある分マシだろう。
 だから、東郷に参考書を選びながら見つけた難易度の高い問題集を、さっそく買ってきて鼻歌まじりに解いていくのも、そう悪いことじゃない。
 限られた時間の中で、約束を破った沙也香を慰めてやることと、問題集に取り組むことを同時進行させるしかなかっただけのことだ。
 「そう悪い奴じゃないさ。」と、東郷なら言うだろう。


 だが・・・この御門を「超最悪な奴!」と言ってのける相手が現れることを、まだ誰も予想していなかった。
 御門は、「フフン。これくらい大したことないじゃないか。」と問題集を解く。
 難しければ難しいほど、意欲を燃やし、強ければ強いほど、敵意を剥き出しにする御門に、最悪なライバルが現れようとしていることなど、思いもよらずに・・・。