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mikado







§3§「コアラ」


 帝高校三年生、御門鷹麿。
 18歳の誕生日を迎え、意気揚々と10代の頂点に立った気分に浸っていた。

 ―――剣道と弓道では高校生チャンピオンであり、国体でも大人に混じって準優勝を果たしている。
 去年の国体の弓道大会では、道場の師範に破れはしたものの、今年こそは、とリベンジを誓っている。
 剣道大会は防衛庁の剣豪:若狭京介と二度の引き分けの後、惜しくも敗退した。
 こちらもリベンジはもとより、どうやって若狭京介の不愉快な囁きを封じるかと、策を思案中だ。
 何しろ、若狭京介という男、御門に惚れ込んでいて、竹刀を重ねて詰め寄ると面越しに「うい奴。稚児は無理だが、小姓になれ。」と繰り返すので、冷静な御門が激昂して判断を誤ったという屈辱的な相手だった。―――

 それはともかく、多少の課題は残っているものの、今の御門を脅かす存在は周囲にいなかった。
 理事長のお気に入りの為、教師達でさえ御門の顔色を伺うほどだ。
 つまり、帝高校においては、天下を取ったようなものだった。


 誕生日を迎えた週末は、御門の自尊心を大いに満たしてくれるもので、サクセスストーリーを一歩前進したと思える確かな手応えを感じていた。
 明けて月曜日。
 三時限まではなんとか教師の顔を立てていたが、次の古典はどうにも気分が乗らなかった。
 だいたい漢詩を和訳して読むこと自体、嫌いだった。
 漢詩には漢詩ならではの言葉のリズムがあり、意味だけを漢字にこじつけて訳しても、本当の良さを理解出来るものではない、と御門は思う。
 シェークスピアを原文で読まなければ言葉の響きのマジックを知ることが出来ないように、また、フランス語の詩の韻を踏まえた言葉の美しさを日本語では感じられないようなものだ。
 『三国志』を中国語の原文で読破している御門には、耐えられない授業だった。
 それでもいつもは勝手に読書か瞑想の時間にしていたが、気分が高揚しているせいか、それも面白くなく、保健室へと遊びに来たのだった。

 《…クチュッ…ジュプッ…シュボッ…シュブッ…》
 胸をはだけた保険医の石塚静江は、回転イスを机から反転し、頭を屈めて忙しく上下に動かしている。
 時々、御門の逞しい刀を口から出して、テカテカと光る赤い頭を、巧みに舌で愛撫する。
 静江のフェラチオの上手さは、もう一人の愛奴の京極沙也香より上だ。
 御門は股間にそそり立つ刀を静江に任せ、うっすらと目を閉じて感じていた。
 ……チリリ……
 ふと、首筋に痛みを感じる。
 御門は、肌で相手の気を読むことが出来る。
 背後から視線を向けられていることに気付いた御門は、ギクッ、として、ゆっくりと後ろを振り返った。
 肩と首を回して、読み取った視線の先を伺うと、白いカーテンが少し開いている隙間から、大きな目が覗いていた。
 御門と目が合った途端、カーテンの奥に隠れてしまったが、一瞬の残像から帝高校の女生徒だと判明した。
 目だけでは、誰か、まではわからない。
 御門は、静江の肩を押してフェラチオを中断させると、大きく勃起したままのペニスを無理矢理ズボンの中に押し込んだ。
 それから、カーテンで仕切られている、ベッドの置かれている場所へと足を進めた。
 静江は、ハッ、と我に返り、急いではだけた服を直し、白衣のボタンを留める。
「ぁ・・・・・御門様・・・」
 静江が申し訳なさそうに呼び掛けるのを、御門は手で制して、白いカーテンを開けた。

 ベッドが二つ、間隔を空けて置かれてある。
 その手前のベッドに腰掛けている少女が、憎悪を込めた目で、侵入してきた御門を睨んでいた。
 御門の頭の中で、今年度の新入生7クラス全245名の写真とプロフィールが、忙しく捲られていく。
「・・・君は・・・1年C組の白鳥比奈・・君・・・プッ・・・ぁ、失礼。」
 ―――白鳥比奈(しらとりひな)。
 名前を呼んでから、御門はうっかり、初めて氏名を見た時のことを思い出して、失笑してしまった。
 白鳥のヒナと言えば、”みにくいアヒルの子”だ。
 しかもプロフィールに貼られた写真は、何が気に入らないのか、三白眼に睨んでいた。
 せっかく可愛い顔なのに・・・と、思ったことを思い出したから、余計に可笑しかったのだ。―――
「……最ッ低……」
 ヒナは、ムッ、として、腹の底から絞り出すような声で言った。
 御門が笑った理由を理解したらしい。
 小中学校あたりでは、そうした名前でからかわれることが多い。
「いや・・・可愛い名前だと思ってね。」
 御門は極上の微笑みを浮かべて言った。
「お世辞はけっこうです。…あんなことしてる人がどう思おうと…」
 ヒナには微笑みビームは通用しないようだ。
「あー・・・まぁ、人には色々都合というものがあるものさ。」
 御門は悪びれずに肩を竦めてみせた。
 すると、耳から目元まで真っ赤にしたヒナが、甲高い声で、
「最低ッ、最低ッ、超最低ッ!さも真面目そうな澄まし顔の生徒会長が、保健室で保険の先生と…口にするのも厭らしい行為に耽ってるなんてッ!しかも授業中ッ!入学式でも、歓迎会でも、あれだけ偉ッそうなことを言っておいて、自分のしてる行為を悪いとも思わない根性ッ……呆れて言葉を失っちゃうッ!」
 と、立て板に水の勢いで喋り出した。
 (・・・言葉・・失ってないだろ・・・)
「ぉ・・おい、ちょっと待て。とにかく落ち着け。」
 さすがの御門も焦った。
 これだけ甲高い声で言われたら、廊下まで聞こえてしまう。
「何よ?どう言い訳しようってのよ?やってたことをどう誤魔化そうって言うのッ?」
「言い訳はしないが・・・君にとやかく言われることじゃない。」
「ええ、そうでしょうとも。御立派な生徒会長ですものね。だけど、風紀を乱す者は出て行け、と言ってたのは会長自身じゃないのッ!これをみんなが知ったら、どう思うかしら?それでも支持するかしらねッ?」
 御門は片目を眇めた。
「口の軽い女も最低だぞ。」
「…ヒッドォーーイッ!…最低な奴に最低って言われたぁーーッ!」
「だから、騒ぐな!」
 御門がヒナをどうにか黙らせようと、近付く。
 ヒナは御門を頭から足元まで上下に睨んだが、つま先から頭に視線を反転した時、一点、大きく張り出した股間で止め、恐怖に引きつった表情になった。
「落ち着いて話そう。な?」
 御門が更に歩み寄る。

 ヒッ…と息を飲む音の後、
 《《いや゙ぁ〜ッ!あ゙〜、や゙ぁ〜ッ!いや゙いや゙、あ゙〜ッ!来ないでぇ〜ッ!》》
 と、ヒナが悲鳴をあげた。
 濁音が付くような、動物を思い浮かべてしまう声だった。
 御門は、耳を覆いたくなる声に顔をしかめながら、(・・・どこかで聞いたような・・・)と記憶のデータを辿っていた。
「・・・コアラだ。」
 辿り着いた結論を、つい口にしてしまう。
 たまたま目にした何かのTV番組で、発情期のコアラのオスがメスに近付いた時、そう叫んで拒絶していた。
 興味もなく流し見ていたのだが、「こないでぇ〜」とコアラのメスが叫んだのには、爆笑してしばらく笑いが止まらなかった。
 (何でこんな時にそんなことを思い出さなければならないんだッ?!)
 そう思っても、あまりにもソックリなのだから仕方がない。
 だが、状況はそう悠長に構えてられなかった。

 《ドタドタドタドタッ!》
 廊下を走ってくる足音がする。
 御門は咄嗟にヒナの口を覆い、ベッドの奥の陰に身を伏せた。
 この状況では、御門と言えども分が悪い。
 《ガラッ!》
 保健室のドアが開き、
「石塚先生?どうかしましたか?」
 と、教頭が飛び込んで来た。
 静江は、御門と貧血で休んでいた女生徒との様子をハラハラしながら見守っていたが、足音が聞こえた時、慌ててベッドとの仕切りカーテンを閉め、履いていたスリッパの片方を手に持っていた。
「ぇ・・・あ゛・・・ゴキブリが・・・」
 腰を屈めて、床に視線を凝らしながら答える。
「・・・は?・・・ゴキブリですか?」
 走ってきた教頭が、息を切らして聞き返す。
「ぇ・・えぇ。・・・私、ゴキブリが死ぬほど嫌いなんです・・・」
「・・・はぁ・・・」
 教頭は、叫び声を聞きつけて走ってきたのに、と肩を落として、ポケットから出したハンカチで額に浮かぶ汗を拭く。
「あ゙〜・・・今、教頭先生の足元を・・・いや゙ぁ〜・・・あ゙〜・・・」
 静江は、ヒナの声をマネてみせる。
 驚いた教頭が足を左右交互に上げて、足元を覗き込む。
「・・・えっ?・・・あっ?・・・うぉっ?」
「・・・ぁ・・・違ったかしら・・・」
「い・・石塚先生・・・驚かさないでくださいよ。・・・今日、放課後にバルサンを焚くよう、用務員さんに頼んでおきますから。」
「あら?・・そうして頂けます?良かったわぁ・・・フフッ。」
 静江が笑うと、教頭は、やれやれ、と汗を拭きながら保健室を出ていった。

 一方、ヒナの口を覆って身を潜めていた御門は、中指の付け根の膨らみを思い切りヒナに噛まれて、眉を寄せて目を瞑り、痛みに耐えていた。
 そして、教頭が出ていったのを、廊下を遠離る足音で確認し、
「今度大声を出したら、気絶させるぞ。」
 と、ヒナに釘を刺してから、手を離した。
 けれど、脅す必要もないほど反応がなかった。
 ヒナは真っ青な顔で、床に倒れたまま《…ゼェーハァー…ゲホッ…ゼェーゼェー…》と、荒い息をしている。
「・・・おい?・・・どうした?」
「…ハァハァ…ヒナを殺そうとしたぁ……グシュッ…ゼェー……」
 青い顔の目元だけ赤く、目尻から溢れた涙が床を濡らす。
「え?!・・・いや、そんな・・・」
「…ハァハァ…鼻と口を同時に塞いだら…息…出来ないじゃん…ゥゥゥ…ハァ…」
 (鼻と口?!)
 御門は噛まれた手に視線を落とす。
 中指に赤い歯形がクッキリとついている。
「・・・そんな感触が・・・あったか・・・?」
 つい、そう言ってしまい、ヒナの顔が青ざめているのに赤くなる。
「…ゥ〜…バカにするぅ〜…グシュッ…高くなくても鼻なのにぃ〜…フェグッ……」
「あ、いや、そうゆう意味じゃなく・・・俺も少し焦ってたから、そこまで気が付かなかったんだ。スマン・・・」
 御門は、横たわったまま泣いているヒナをどうしたものか、と傍らに片膝を付いて屈んでいた。
 抱き上げてベッドに寝かせてやりたいが、また、あのコアラの悲鳴をあげられては困る。

「どうしたの?」
 そこに保険医である静江が、カーテンを開けてやってきた。
 御門は顔を上げ、
「叫ばれないように口を押さえたんだが・・・息が出来なかったらしい・・・」
 と、苦笑いをした。
「・・・まぁ・・・白鳥さん?・・・大丈夫?」
 静江がヒナの顔を覗き込んで声を掛けるが、ヒナは口を引き結んで答えず、しゃくり上げている。
「・・・意識があるんですもの、心配ないですわ。」
 静江は御門にそう言って、
「でも、ベッドに寝かせてあげましょう?」
 と、力なくグッタリしているヒナの体を助け起こした。
「・・・そうだな。」
 御門も手を貸すことにして、
「叫んだら、落とすぞ。」
 と言って、抱き上げた。
 ヒナは黙ったまま御門を睨んでいる。
 静江はベッドに寝かせたヒナに毛布を掛けてやり、
「お家の方に迎えに来てくれるよう、連絡してあるから、休んでいてね?」
 と、保険医らしい優しい笑みを浮かべた。
 が、ベッドを離れる時、そっと御門の手を握り、クイッ、と引く。
「ん?・・・あぁ・・・もう少し話があるから・・・」
 (・・・コイツに口止めしておかないと、後々厄介だ・・・)
「・・・わかりました。」
 静江は目礼すると、その場を離れた。

 御門が折りたたみのイスを持ってきて、枕元近くに座った。
 ヒナはまだ、ヒクッ…ヒクッ…と横隔膜を痙攣させて、鼻を啜っている。
 (・・・ったく厄介なお子様だ・・・)
「具合が悪いなら、大人しく寝てれば良かったんだ。」
 御門が背もたれに寄り掛かり、腕組みをして言う。
「……ヒナを殺そうとしたぁ……ヒクッ……」
「だから、違うと言ってるだろ?人の話が聞けないのか?」
「…ゥゥゥ…ヒナが秘密を知ったからぁ…グフッ…事故に見せ掛けてぇ…ヒナを殺すつもりだったんだぁ…グフン…」
「それ以上、余計なお喋りをしてると、本気で首を絞めるぞ。」
 低くドスの効いた声で言う。
 御門の目が冷たく銀色に輝いている。
 冷たい妖気を纏った御門に、ヒナは息を飲んだ。
 大きく見開かれた目が(やっぱり…)と、非難と恐怖に揺れている。
 御門は溜息を吐き、
「いいか?俺はもう18歳で結婚も出来る年齢で、車の免許も持っている大人なんだ。大人には大人の付き合いがある。子供が余計な口出しをするな。」
 と、鋭い眼光で睨みながら言った。
「だいたい、誰だって一度くらいは校則に違反するだろ?・・・それをチクル奴は嫌われるぞ?」
 嫌われる、という言葉にピクッ、とヒナの眉が痙攣し、
「……それが…生徒会長の言う言葉?」
 と、目を眇めた。
「フン。悪いか?」
 御門も負けじと、顎を上げて見下す。
「……超最悪な奴……」
 ヒナはそう呟くと、御門から視線を逸らして横を向き、目を閉じた。
 一瞬、ヒナの視線が動いた時、それまでの敵意とは違う、悲しげな暗い影が差した。
 (・・・え?・・・今のは何だ?)
「・・・何故そんな目をする?」
 気になった御門は、聞かずにいられなかった。
 ―――敵意ならわかる。
 帝高校にも、御門のようなタイプ(―あくまで噂程度の知識で判断している―)の男を”女性の敵だ”と嫌う女生徒はいる。
 だが、理由もわからず悲しい目を向けられるのは苦手だ。
 (調教中の苦悶の表情は好きだが・・・)
 敵意なら無視すればいいが、悲しませている自覚もないのに、そうした顔をされると、どうしても理由が聞きたくなる。―――
 けれど、目を閉じたヒナは何も答えない。
 御門はその場を動けなくなって、じっとヒナの顔を見ていた。

 (人形みたいな子だな・・・)
 透けるような白い肌といい、長い睫毛といい、サラサラの髪といい、まるで作り物のようだ。
 目を開けているより、こうして閉じている時の方が可愛い。
 何しろ、目を開けていると、恐ろしく冷たい眼で睨むのだから・・・。
 (・・・そう言えば、コアラも可愛い顔して、目が怖いよな・・・)
 御門はフッと笑みを浮かべ、
 (俺好みに調教してみたい。・・人形の顔が恐怖に歪むのも面白そうだ。ククッ、鼻を赤くして泣く顔もなかなか可愛いしな。)
 と、静かな瞑想に浸っていた。


 《…リ〜ンゴ〜ン……》
 授業が終了するチャイムが鳴った。
 昼食と昼休みの時間になり、学校中が騒がしくなる。
 保健室前の廊下も生徒が行き来する。
 ・・・と、その中に聞き覚えのある足音がした。
 御門には、すぐにそれが東郷のものであると気付く。

「失礼しますッ。」
 と、廊下で一度声をあげた東郷が、
 《ガラッ…》
 とドアを開けて入ってきた。
「失礼します。三年の東郷です。」
 (え?・・・東郷、何の用だ?)
 御門が訝しく思っていると、
「白鳥比奈はどうしてますか?家の者が出払っていて、迎えに来れないもので、具合が悪いようなら面倒を見てやってくれ、と姉から頼まれたのですが・・・」
 と、御門の疑問に答えるように東郷が保険医の静江に申し出た。
 静江も意外だったようで、
「ぁ・・・あら・・・そうなの?」
 と、戸惑った声で言った。
「姉の義妹(いもうと)なので、自分にとっても妹のようなものですし、必要なら早退して医者に連れて行け、と・・・」
「・・・そう・・・ぇ、、っとぉ・・・今、休んでいるんだけど・・・」
 静江の声がカーテン越しに近付いてくる。
「・・白鳥さん?・・・具合はどうかしら?」
 御門に伺いを立てるように言ってから、カーテンを開けた。
 東郷は静江の後ろから、遠慮がちにカーテンの中の様子を覗き込み、そこに御門の姿を発見して目を丸くする。

「東郷。・・・お前、いつ妹が出来たんだ?」
 東郷の質問を制して、御門が先に言葉を発した。
 すると、その声にウトウトしていたヒナが目を覚まし、
「あ〜…お兄ちゃん〜!」
 と、叫んで体を起こした。
「お兄ちゃん〜、お兄ちゃん〜、お兄ちゃん〜……」
 起き上がった姿勢で両腕を精一杯前に伸ばし、泣きそうな甘え声で呼ぶ。
 東郷は焦って、ヒナの側に進み、
「ヒナちゃん・・・どうしたんだぁ?」
 と、心配そうに聞く。
「あのねぇ〜あのねぇ〜、コイツがヒナを殺そうとしたのぉ〜…フェェ〜ン…」
 (クソコアラッ!)
「ハハハハハハ、参るなぁ・・・誤解だって言ってるんだが・・・いや、この子が具合が悪いのに大人しく寝てないから、寝かせようとしたのを勘違いされてな・・・」
 妙なテンションで御門が言い訳をする。
「……嘘ばっか……」
 ヒナは、東郷に対するのとはうって変わって、冷たい声で呟く。
 ギリッ…と御門が奥歯を軋ませてヒナを睨み付ける。
 ヒナも助っ人が現れたと思ったのか、強気に睨み返す。
 御門とヒナの様子から、何らかのトラブルがあったのだろう、と推察した東郷は、
「まぁ、御門は何かと誤解されやすい奴だから・・・許してやってくれ。・・な、ヒナちゃん?」
 と、苦笑して言った。
 ヒナは東郷が御門の弁明をしたことが面白くなく、頬を思い切り膨らませる。
「怒るなよ。後で俺から御門に注意しておくから・・な?」
「・・・おい・・・」
 今度は御門が片頬をピクピクと痙攣させる。
「ハハ・・って、そんなことより・・・ヒナちゃん、具合はどうなんだ?」
 東郷が高い身長を屈めて、ヒナの顔を覗き込む。
 ヒナは東郷の首に腕を回し、
「…クフン…死にそぉ〜……もぉ…帰るぅ〜…クスン……」
 と、甘えて肩に顔を埋める。
「そっかぁ・・・よし。お兄ちゃんが連れてってやるからな?」
「……ウン……」
 ヒナは顔を埋めたまま、小さく頷いた。
「よしよし。」
 そう言って、ヒナを抱き上げた東郷が腰を伸ばして立つと、まるで大木にコアラが張り付いているようだった。
 (・・・まるっきりコアラだ・・・)
 御門は、訳のわからない展開に眉を寄せ、溜息をもらした。



「……何でコイツが付いて来るの?」
 タクシーの中でも東郷に抱っこされているヒナが、隣りに座っている御門を嫌そうに睨んでいる。
「お前が東郷に張り付いてるから、俺が鞄持ちをしてやってんだろ?有り難く思え。」
「……嬉しくない……」
 ギリッ、ギリッ、と歯軋りする御門の頬が苛立たしげに動く。
 プゥーーンだ…とばかりに、ヒナは窓の方に顔を向け、東郷の肩に頬を押し付けた。


 御門とヒナの間には、見えないバトルが展開されていた。

 御門は自分がSであることを東郷には隠していた。
 当然、保険医の石塚静江との関係も知られてないし、その関係が主人と愛奴などと言えるはずもない。
 京極沙也香が彼女であることは認めていたが、それも主従関係にあるとは言えない。
 そんな、東郷さえ知らない秘密を、白鳥比奈は盗み聞いた会話から知ってしまっている。
 (・・・何とか秘密を守らせないと・・・)
 行動には移さないが、頭の中ではヒナの首を何度も締め上げている。

 ヒナはヒナで、東郷が自分の訴えより、御門を信じてることが面白くない。
 ずっと大好きだった実の兄が、東郷の姉と結婚して、親戚になった”お兄ちゃん”。
 知り合ったばかりの相手なのだから、”そう充てにはならない”とわかっていても、もう兄に甘えられない分、キープしたい”お兄ちゃん”だった。
 とは言え、東郷と御門が親友なのは知っていた。
 中学の頃から憧れていた先輩に、”素敵な御門様”と”御親友の東郷様”のことを聞かされていた。
 憧れの先輩と同じ高校へ行きたくて、他にも素敵な先輩がいると信じて、入った帝高校の実体がこれでは・・・到底、兄を奪われた悲しみを忘れさせてくれる場所にはなりそうもなかった。
 せめて兄を奪った女の弟を、自分のものにしなければ気が済まない。
 そうなると、親友の御門と対立し続けるのは得策ではないのだろうか、と悩んでしまう。


 そして、東郷は東郷で、二人とは違う悩みがあった。

 実は東郷が実際ヒナに合ったのは、つい先日。
 白鳥雄志(しらとりゆうし)と姉:朋子(ともこ)の結婚式は去年の秋だったが、そこではヒナに合ってなかったのだ。
 雄志がかなり妹のヒナを溺愛していたらしく、兄の結婚を認めたくないヒナが、どうしても「結婚式なんて出ないーッ!」と言い張って、親族の顔合わせも蹴っていた。
 それがどうして、こうなったかと言えば、御門がカーナビを欲しがったせいだ。
 すぐにお金の工面がつかず、「夏休みにバイトして返すから・・」と、結婚後も仕事を続けている姉に、前借りを頼んだことが始まりだった。

 ―――ずっと塞ぎ込んで笑顔を見せなくなっていた妹を、雄志は心配していた。
 シスターコンプレックスを承知で射止めた夫なので、朋子は、何かと日常会話に妹の話を出す雄志でも(仕方がない・・・)と諦めていたが、せっかく二人だけのスィートホームでの生活を、出来ればもっと快適にしたい、と内心思っていた。
 それで、雄志の妹が弟の一樹と同じ高校に入学したことを聞いた時から、一樹にヒナの面倒を見させたい、と思案していた。―――
 そこに都合良く、弟からの借金願い。
 「ヒナちゃんが、高校生活を楽しめるようになれば、雄志さんも少しは安心するでしょう?協力してくれるなら、借金をチャラにしてあげてもいいわよ?」と、持ちかけた。
 東郷もその方が嬉しいに決まっている。
 多少気難しい相手でも、御門の気難しさに比べれば楽勝・・・などと思ったのが誤算だった。

 その日の内に、朋子は弟を連れて雄志の実家に挨拶に行き、そっぽを向いているヒナに、「同じ高校の先輩だから、頼りになると思うのよ。・・・だから、仲良くしてね。」と頼んだのだ。
 それから朋子は、自分がいるとヒナが心を閉ざし続けるからと、東郷を残して帰ってしまった。
 取り残された東郷は、黙ったままでいるヒナと一時間以上も向き合っていた。
 一時間が過ぎた頃、ようやく話し始めたヒナは、東郷が感心する勢いで立て続けに兄自慢をし、東郷が頷きながらじっと聞いてくれてることに気をよくして、自分の部屋へも案内し、アルバムを見せながら兄との思い出を吐き出すように話し続けた。
 ヒナの母親が夕食を用意してくれて、ヒナと一緒に食事する時には、東郷はもう”お兄ちゃん”になっていた。
 夕食後も引き留められたが、家電店へ行ってカーナビを買わなければならなかったので、失礼して暇を告げた。
 が、その日から毎晩一時間はヒナと電話で話すようになっていた。

 そういった事情で、東郷は、御門にもヒナと友好的にして欲しかった。
 何があったか知らないが、ヘソを曲げてしまっているヒナにも、御門への誤解を解いて、友好的とまではいかなくても、親友として認めて貰いたかった。
 そうして貰わなければ、同じ高校にいながら、親友の御門と妹分のヒナと、別々に対応しなければならず、それでは困る。
 柔道部で自身の練習以外にも後輩の指導をしなければならないし、生徒会活動も春期総会と改選を前に忙しい。
 御門が立てたスケジュールで受験勉強も始めている。
 どれも疎かには出来ないのだ。
 東郷は、(どうやって仲直りさせよう・・・?)と思案しながら、二人の様子を眺めていた。


 白鳥家にタクシーが着いた。
 ヒナはやっと東郷の膝から降りて、鞄から鍵を取り出した。
「ヒナちゃん。お袋さんは専業主婦じゃなかったっけ?」
「…ぅん。…でも、パパが出張の時は、お友達と旅行に行ったりしてるから…」
「そうか・・・じゃぁ、親父さんも留守か・・・」
「…もう、慣れてるから平気。」
 《…カチャッ…》
 玄関の扉の鍵を開け、
「…でも…お兄ちゃんは少し寄っていって?」
 と、東郷の制服の袖をつかみ、甘える眼差しで首を傾げる。
「・・・そうだな。具合が悪いのに一人で放っておけないよなぁ・・・」
「ぢゃぁ、上がってぇ、上がってぇ〜…」
 ヒナが東郷の腕を引っ張るので、東郷は玄関の扉に体を半分隠しながら、御門を呼ぶ。

「……ソイツもぉ?」
 ヒナが不満も露わに言う。
「お前なぁ、俺をソイツのコイツのと、いい加減にしろよ?俺はお前の先輩なんだぞ。しかも、三年で生徒会長もしている。礼儀を弁えろ。」
「……ヒナもお前と呼ばれる筋合いはないけど?」
「・・・ヒナ!」
「………マロ!」
 玄関の上がり口で睨み合う二人の間に入り、
「・・・御門。頼むから他人様の家で喧嘩するな。お前の言う通り、俺達は三年で先輩だろ?同レベルで喧嘩して・・・らしくないぞ?」
 と、東郷がヒナに見えないように手刀を作り、御門に頼む。
「ヒナちゃんも具合が悪いんだから、休んだ方がいい。」
 そう言って東郷が振り返ると、ヒナが御門にあかんべー、としている所だった。
 東郷は額を押さえ、(御門が激昂する訳だ・・・)と、兄に可愛がられすぎた産物に頭痛を覚えた。
「それだけ元気なら、俺達は帰った方がいいかな?」
「えー……つまんなぁ〜ぃ……クスン……」
 目を伏せて小さく溜息を吐く横顔は、保健室からずっと青ざめたままだ。

「着替えて自室のベッドで寝てろ。食事くらい作っていってやるから、これ以上自虐的になるな。」
 御門が冷静な声で言った。
 ヒナは驚いた顔で御門を見上げる。
 ―――御門も東郷より低くても、185cmの身長があるのだから、ヒナより30cmは高い。―――
 御門は、東郷に諭されたからという訳でもないが、確かに同レベルの口論は御門自身、ヒナのペースに嵌ってしまっていることに気付いた。
 そして、青ざめて具合が悪いのは確かなのに、攻撃的態度を辞めない理由を思い付いた。
 もとよりヒナは自分の保身を考えてないのだ。
 自暴自棄とも言う。
 ヒナは急に冷めた御門に、見下されたと思い、
「…超最悪な奴!」
 と叫ぶと、玄関脇の階段を上がって行ってしまった。

 (・・・訳がわからない・・・)
 東郷は、腕組みをしながら二階への階段を見上げて、首を捻っていたが、(・・・あ・・・)と気付いて、
「なぁ・・・御門。お前って料理は得意だったのか?」
 と、質問した。
 これだけ長い付き合いで、しかも一人暮らしが長い御門なのに、東郷はまだ一度も御門の作った料理を食べたことがない。
「・・・出来なくはないさ。・・・だが、姉貴仕込みのお前が得意なことは知っている。」
 御門はシラッとして答えた。
 自分で作るより、作ってくれる女性が側にいることが多かったのだ。
 東郷は溜息を吐き、
「俺が作るのか?・・・知らない家の台所で?」
 と、困った顔をする。
「やれば出来る。米があれば粥くらい作れるだろ?」
「そりゃ、まぁ・・・で・・・御門は?」
「そうだな・・・冷蔵庫の中を確認して、足らない物を買ってきてやるか。」
 それを聞いて、東郷は納得の笑みを浮かべ頷いたが、
「・・・散歩がてら、な。」
 と、御門が付け足した言葉に眉を寄せた。
「そんな顔をするな。最高級の肉を買ってきてやるから、ステーキでも喰おうぜ。」
「・・・粥には合わんだろ?」
「普通の飯も炊けよ。俺達だって昼飯抜きだろうが?・・・腹が減った。」
 東郷は反論しようとしたが、その前に腹の虫が鳴き、
「そうだな。」
 と、同意した。


 夕方になり、仕事を早めに切り上げた東郷の姉の朋子が、白鳥家にやってきた。
 夜にはヒナの兄で朋子の夫である白鳥雄志も来るという。
 朋子は二人に、
「ありがとー。どうしても抜けられなかったの。助かったわ。」
 と、礼を言い、
「明日は仕事休んで、掛かり付けの病院に連れていくから。」
 と、微妙な笑みを浮かべた。
 困ったような、気遣わしいような、疲れたような、笑みだった。
「・・・姉貴・・・ヒナちゃん、どこが悪いんだ?」
「・・・・・うーん・・・一時、自家中毒が酷くなって、入院してたことがあったのよ。」
「・・やっぱり・・・」
 御門が、わかっていた、とばかりに頷いた。
「そうなの。随分快復してたんだけど、高校生になってストレスが溜まってたのかしらねぇ・・・」
 朋子は頬に手をあてて、小さく首を振った。
 原因が明らかなだけに、加害者的な罪の意識が払拭出来ないのかも知れない。
「・・・そうだったのか・・・まぁ、姉貴も辛いだろうが、そう深刻になるなよ。」
 東郷が姉を励ますように、肩に手を置いた。
「そうですよ、姉君。東郷も俺もついています。すぐに慣れて、元気な笑顔を見せてくれるでしょう。・・・そうなるように、力を尽くしましょう。」
 御門が自信満々に言った。
 朋子は目を輝かせ、
「ありがとう。御門君がそう言ってくれるなら、安心ね。」
 と、信頼の眼差しで御門を見つめた。
 (つくづく女性にモテる奴だ・・・しかし・・・)
 東郷は、不安がよぎり、頭を掻いた。



 その夜、御門は石塚静江のアパートに来ていた。
 学校で中断した行為を続ける為だ。

 シングルの狭いベッドに仰向けに横になっている御門は、股間の刀を静江の舌技で磨かせながら、”どうやって白鳥比奈を落とそうか”と、考えている。
 このまま放置していては、東郷との快適な関係にも響き兼ねない。
 ヒナの握る秘密も、いつ暴露されるか、と不安を抱えていなければならない。
 早い話、自分の支配下に置いて、自分好みに調教してしまえば、この問題は解決する。
 ただ、問題は、これまで好意を向けてくれる相手をチョイスすれば良かったのが、敵意を剥き出しにするコアラをてなづけなければならない、という難題があった。
 (・・・まずは下手からの懐柔作戦か・・・?)
 (まぁ、それからしてみよう。)と、決めた御門は、フッと不敵な笑みを浮かべた。

「、、ァフン、、、御門様?」
 静江が、御門の逞しいペニスを横から唇を滑らせながら舐め上げ、色っぽい視線を投げる。
「・・・フフフ・・・いい女だ・・・」
 御門は静江の頬を指先で撫でてから、長く形のいい指を静江の口に差し込んだ。
 《…チュプッ…ピチャッ…》
 静江が御門の指をしゃぶりながら、
「、、、アァァ、、、御門様の、、、お刀を、、、」
 と、ねだる。
 今夜は御門も中断したままだったので、焦らす気にならなかった。
「いいだろう。・・・馬上の貴婦人となって、駿馬を駆けさせてみろ。」
「あぁ、、、嬉しいぃぃ、、、」
 静江が御門を跨いで勃起しているペニスを握り、自分の体に合わせて腰を下げていく。
「アァァァァ、、、、感じますぅ、、、ハァァン、、、、、」
 ピッタリと御門の股間と自分の股間を密着させた静江は、初めはゆっくり腰をずらせていたが、馴染んでくると少しずつ上下に腰を動かし始めた。
 《…リンリリンリリン…》
 静江の乳首に括られた鈴が鳴る。
 キツク糸で縛られている乳首は、異様に充血して脹らんでいる。

「走りが遅いな・・・」
 御門が手元のスイッチを入れた。
「アッ、、、アァァーーンッ、、、」
 静江の体が、ビクンッ、と弾み、大きく背中を反らせて喘ぎ声をあげた。
 動きの止まった静江の腰がブルブル震えている。
 アナルにハメてあるアナルバイブを、いきなり最強に合わせてスイッチを入れた為だ。
 アナルバイブの振動が、御門の股間にも伝わってくる。
 その振動が、微妙な快感をペニスに与えている。
 御門は冷笑し、
「動きが止まってるぞ。」
 と、叱る。
「、、ク、、、ウァァ、、、ァゥ、、、申し訳ございません、、、」
 静江は苦悶の表情で、再び腰を上下に動かし始めた。
 《…リンリリンリリン…ジュブッジュブッ…リンリリンリリン…》

「ハァァン、、、アァァァ、、、アゥゥ、、、御門様ぁぁぁ、、、」
 《…ズチュッグチュッ…リンリリンリリン…ズップズップズップッ…》
 乳首の痛みと、アナルの快感と、御門に貫かれる喜び・・・この三点責めに、静江は狂った快感に身を任せている。
 何度も大きく仰け反り、髪を振り乱し、豊かな乳房を激しく揺らして、腰を忙しく振る。
「・・・そろそろ危ないか・・・」
 御門は手を伸ばしてサイドテーブルにあったマウスボールを取り、静江の口に装着する。
 アパートだけに、あまり大声をあげられるのは困る。
「ウゥゥーーッ、、、フグッ、、、ウウーッ、、、」
 よがり声が呻き声に変わる。
「ククッ・・・いい顔だ。・・・苦悶に歪む顔の美しさ・・・ゾクゾクする・・・」
 そう言った御門は、体を起こし、騎乗位だった静江をベッドに押し倒して、
「今度は俺が責めてやろう。」
 と、力強く突き上げ始めた。
 静江は激しく身悶え、痙攣しながら絶頂まで登り詰める。
「ウグッ、、、、グゥゥーーッ、、、ウッウーーンッ、、、、、」
 獣のような声をあげて、静江は気絶した。
 御門も静江がイクのと同時に、スペルマを膣の中に放出する。

「・・・フフ・・・これほど激しく性交をするのは人間くらいだろうな。・・・だからこそ・・・芸術的に美しい・・・」
 御門は顔を上げ、汗に濡れた前髪を後ろに撫でつけた。
 (・・・白鳥比奈・・・お前も俺の前に跪かせてみせる・・・)
 と、浮かべた笑みは、禍々しいほどに妖艶だった。