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mikado







§5§「最悪な遭遇」


 生徒会室を飛び出したヒナは、そのまま階段を駆け下り、乱雑に靴を履き替え、校舎を抜け出した。
 校門を出てからも、息が切れるまで走り続けた。
 足を止めると、さっきの生々しい光景が蘇ってきそうだった。
 そうでなくても頭に浮かぶ沙也香の官能的な表情を、吹き消すように全力で走り続けた。
 息苦しく、心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、鼓膜がバクバクと大きな音を響かせている。
 体が発火しそうに熱くなり、ヒナはようやく足を止めた。
 目眩を感じ、胸を押さえて目を閉じると、ガンガンと頭痛がする。
 ヒナは訳もわからず情けなくなって、熱っぽい目に滲み出てくる涙を、手の甲でゴシゴシと拭った。

 逆上せた顔で駅の改札口を抜け、ホームで電車を待つ間も、体の火照りは消えなかった。
 時折、風が吹き抜けて、ヒナのサラサラの髪をなびかせる。
 夜陰を含んだ風は、ゾクッ、として気持ちが悪い。
 火照りを冷ますというより、悪寒を感じてしまう。
 制服の内側は汗ばんで蒸れているし、耳の熱さは風に晒されても冷めそうにない。
 目は熱っぽく充血しているのが、鏡で確認しなくてもわかる。
 (……もぉぉ……最悪ぅ……)
 ヒナは足元に視線を落とし、ずり落ちていた黒いハイソックスを膝まで引き上げた。
 ―――帝高校はルーズソックスは認めていない。
  制服も黒いので、黒いハイソックスか黒に近い物が指定されていた。―――
 鞄を背負ったまま屈めていた腰を伸ばした時、ホームに電車が入ってきた。
 いつの間にか、ヒナの後ろに電車を待つ人達が並んでいた。
 ヒナは鞄を押されるようにして、電車に乗り込んだ。


 携帯を探すのに手間取ったせいか、帰宅ラッシュと重なってしまったらしく、電車は混み合っていた。
 通学の時も電車の中が混み合うのは同じだが、帰宅ラッシュと重なると車内にお酒の臭いが漂うので、ヒナは苦手だった。
 しかも今日は何故か周囲が男性ばかりで、取り囲まれた中心にいるヒナは、視界が閉ざされ身動き出来ない状態になっていた。
 ヒナが降りる駅は五つ目。
 途中に繁華街を通るので、そこを過ぎればいくらか車内も空くだろう。
 ヒナは”おしくらまんじゅう”の鬼になった気分で、じっと我慢していた。

 が、電車が発車してほどなく、モゾモゾと嫌な感触に気付く。
 電車の揺れで体が触れ合うにしては、妙な動きだった。
 (……ぇ……何?)
 これまで一人で電車に乗ることがあまりなかったヒナには、すぐにわからなかった。
 それでも、素足のままの太腿を、ゴツゴツとした太い指で撫でられて、
 (…ぅぁッ……これって…チカンッ?!)
 と、ようやく気付いた。
 感触だけでも男の手だとわかる太い指は、遠慮なしにヒナの太腿の付け根まで撫で上げ、更にその奥へと伸ばしてくる。
 ヒナは、ただでさえ火照っていた顔を真っ赤にして、体を左右に捻り抵抗した。
 (…ぁぅぅーッ……ぃゃぁぁぁッ……)
 だが、周囲からの圧迫が強まり、腕さえも動かせない状態になってしまった。
 (…ぅぅぅ……何で?……何でぇ??)
 ヒナは抗議するように顔を上げ、周囲に視線を巡らせたが、素知らぬ顔で横を向いている男達は、何事もないかのように平然としている。

 ・・・ズルッ・・・ヌチュッ・・・
 ヒナは、ビクンッ、として体を強ばらせた。
 太腿の付け根から、ヒナのパンティの中へと侵入した指が、濡れた割れ目を擦っている。
 (…アッ…アァッ……イッヤァァァーーッ……)
 叫びたいのに声が出ない。
 ・・・ヌュル・・・クチュ・・・ヌルル・・・
 割れ目を擦る太い指に、粘った愛液が絡みついていく。
 ヒナは屈辱感に打ちひしがれ、項垂れると唇を噛んだ。

 自分が濡れていたのは知っていた。
 しかも、トロッと粘りのあるものまでが溢れ出していて、パンティが肌に張り付く嫌な感触に気付いていた。
 ―――目撃してしまった沙也香と御門の性交の現場。
 カエルのように大股を開き、御門に抱きついていた沙也香の、嬉しそうに上気した顔。
 白い太腿を抱え込み、腰を力強く動かす御門の、凛々しい背中、逞しい肩。
 その肩にしがみついて喘ぐ沙也香の甘い息遣い。
 御門の動きに合わせて聞こえる淫靡な音と、保険医が御門の股間に頭を埋めてフェラチオをしていた時の、厭らしい音まで蘇って重なり、耳でこだまする。
 消し去りたくても消えないそれらの記憶が、ヒナの体の何処かに火を点けてしまったらしい。―――
 火照りが消えないのを、走り続けた所為にしたかった。
 自分はあんな穢れた人達とは違う、と思いたかった。
 ・・・それを、痴漢男の指が嘲笑う。

 ・・・クチュ・・・ヌュチュ・・・ズチュ・・・ズブゥゥ・・・
 愛液の粘りを楽しむように、しつこく擦っていた男の指が、グイーッ、と割れ目の中に押し込まれた。
 (…ウアァァァッ……クゥゥゥ…ゥゥゥッ……)
 ヒナは目を瞑って、呻きを堪えた。
 ・・・こんな所を誰にも見られたくない・・・
 ・・・こんな屈辱的な顔を誰にも気付かれたくない・・・
 (…イヤァァ……お兄ちゃまァァァ……)
 心で助けを叫んでも、届くはずもない。
 いつも側で守ってくれていた兄は、もういないのだ。
 瞑っていても込み上げてくる涙が、頬を伝う。
 ・・・クッチュクッチュ・・・クイクイクイッ・・・
 男の太い指が、ヒナの体の中で蠢いている。
 奇妙な感触と違和感に、顔をしかめて耐えながらも、体が震えてきてしまう。
 羞恥心が全身を覆い、血が沸騰しそうに熱くなる。
 目が霞み、意識がボンヤリして、立っている感覚さえわからなくなっていた。
 それなのに、倒れることも踞ることも出来ない。
 ヒナはただひたすらに、電車が駅に着いてくれることを祈った。


 電車が駅のホームに止まる。
 何処の駅かは知らないが、ヒナは、
「ぉ…降りますッ!降ろしてくださいッ!」
 と、叫びながら、体を大きく捻った。
 急に周囲からの圧迫が解かれ、ズルッ、と男の指が抜かれる。
 ヒナは人の柱を掻き分け、電車から転げるようにして降りた。

 フラフラと数歩歩いて、その場にしゃがみ込む。
 ヒナが顔を覆って、堪えきれずに泣き出した時、背後で電車のドアが閉まり、走り去っていった。
 ヒナはその場にペタリとしゃがんだまま動けずに泣いていた。
 泣いているヒナの股間が、夥しく濡れていく。
 恐怖と恥辱と屈辱の緊縛が解かれた途端、腰が抜けて失禁してしまったのだ。
「……アゥゥ…ヒック…グシュ……ウゥゥー…エグッ…グヂュ……」
 恥ずかしいのに立ち上がれず、為す術もなく、顔を覆って泣いた。
 漏らしてしまったオシッコで、スカートがグッショリ濡れる。
 スカートに吸いきれなかったオシッコが、ホームのコンクリートに染み出ていく。
 ホームにいた人達が遠巻きに眺めている。
 ヒナは絶望的に恥ずかしかった。
 異変に気付いた駅員が、すぐに毛布を持って駆け付け、ヒナを隠すように包んでくれた。
 駅員は、二人掛かりで落とさないようにしながらヒナを抱えて、公安室へと連れて行ってくれた。
 公安官はヒナの表情ですぐに痴漢に遭ったことに気付いたが、ヒナが話せる状態ではないので、家に連絡して迎えが必要なことを説明した。


「ヒナッ!!どうしたッ?」
 ヒナが女性公安官に付き添われて待っている部屋に、兄の雄志が飛び込んできた。
「ヒナッ?!・・・あぁぁぁッ・・・ヒナ、ヒナ、ヒナッ・・・」
 毛布にくるまれて泣いているヒナに駆け寄り、毛布と一緒に抱き締める。
「ちょっと・・・あなたは?」
 ヒナの隣りにいた女性公安官が咎める視線を向ける。
「ヒナの兄です!・・連絡を受けた母が、僕にも連絡をくれました。母は車でこちらに向かってますが、道路が混んでいてすぐに着かないだろうから、先に行ってやってくれ、と・・・一体、何があったんですかッ?!」
 雄志が苛立たしげに叫んだ時、雄志の腕の中でヒナが、ビクンッ、と震えた。
「……ぃゃぁぁ…ヒック…お兄ちゃまなんかぁ…エッグ…嫌ぃぃー……」
 ヒナは、しゃくり上げながらそう言うと、また引き攣ったように泣き出した。
「・・・ヒナ?・・・ヒナぁ?・・・どうしたんだよぉ?・・・ん?」
 ヒナの顔を覗き込もうとする雄志の肩を押さえ、女性公安官が首を振る。
「今は興奮状態でお話を聞くのは無理のようです。少し落ち着いてからでないと事情を伺うのは・・・」
「…イヤッ…何でもないのッ!イヤァァッ!……帰るぅ〜…グシュグシュ…お兄ちゃまぁ〜帰るぅ〜……」
 ヒナが激しく首を振って、女性公安官の言葉を遮る。
「・・・・・・・・・・ッ?!」
 この状況とヒナの様子から、雄志にも察しがついたらしい。
 普段は柔和で優しい秀麗な顔が、見る見る険しい形相になっていく。

「お世話になりました。妹は連れて帰ります。」
 そう告げた雄志は、ヒナを毛布ごと抱き上げた。
「え・・・あ・・ちょっと待って下さい。お母様が向かってるんでしょう?」
 女性公安官が慌てた声で言う。
「いつまでも待たせるのは可哀想だ。タクシーで連れて帰ります。」
「・・あ・・でも・・・まだ事情を・・・」
「本人が何でもないと言っている以上、それでいいでしょう。毛布はお借りします。後日、お返しにあがりますので、失礼します。」
 そう言って、ヒナを抱きかかえた雄志がドアを開けようとした時、雄志を部屋まで案内した男性公安官がドアを開けて入ってきた。
 雄志は押し戻される形で一歩後退した。

「お兄さん・・・いえ、白鳥弁護士・・・でしたね。」
 男性公安官が、雄志の渡した名刺を見ながら言う。
「あなたも法に携わるお仕事をされておられるのですから、御協力ください。被害届を出して、悪辣な行為を繰り返す奴等を糾弾して欲しいものです。」
「お断りします。」
 雄志は迷いもなく即答した。
「・・・弁護士でしょう?」
 男性公安官が眉をひそめる。
「今は兄としてここにいます。・・が、弁護士としても、そうした依頼は受けないでしょう。」
 雄志は胸を張って男を見据えながら答えた。
 ヒナは、雄志と公安官が自分の受けた被害について話していることが嫌で、兄の肩に顔を隠すように押し付けた。
 雄志は、「大丈夫」と言うように、ヒナの背中を撫でてやった。
「・・・正義感はないんですか?」
 公安官が皮肉げな口調で言う。
「正義を掲げるのは美しい。・・・ですが、現実はそんな綺麗事じゃ済まされない。・・・勤め先の事務所でもそうした事件を扱ったことがあります。裁判は勝ち、賠償金も支払われた。一見正義の勝利のようですが、誰もその後までは気にしない。相手男性側からと思われる嫌がらせが続き、高校へも行けなくなり、近所で噂されることに耐えられず、勇気を奮って訴えた彼女が自殺してしまったことなど、誰も知らない。・・・被害届を出すことを薦めた弁護士は、責任を感じて弁護士を辞めました。」
 公安官はグッと言葉に詰まる。
「妹を正義の犠牲にする気はありません。」
「・・・いや・・・被害者のプライバシーは保護されるはず・・・」
「相手だって必死でしょう?そして、相手側にも弁護士がいる。検察側に探りを入れて接触しようと試みれば・・・プライバシーは呆気ないほどに露呈する。・・・とにかく、ここであなたと議論しても意味がない。妹を連れて帰りますので、失礼します。」
 雄志はヒナを大事に抱えて、公安官に軽く会釈すると、部屋を出た。


 駅前のタクシー乗り場に並ぼうとした時、母親の車が通りに停まった。
 雄志は周囲の視線から庇うようにヒナを抱き締め、車に乗り込んだ。
 車の中で、ヒナは堰を切ったように、ワァーッと声を出して泣いた。
「・・・可哀想に・・・ヒナ・・・」
 雄志は自分まで涙を流し、抱き締めている妹の髪に頬ずりをしながら、
「悪い夢だ・・・忘れろ。・・・忘れちまえッ!・・・ックショォォォーーーッ!」
 と、叫ぶと、ヒナと一緒に噎び泣いた。

 ―――ヒナより9歳年上の兄、雄志は、幼稚園から小学校まで、手を繋いで妹の通学に付き添ってやっていた。
 出張の多い父と、旅行好きの母の代わりに、兄として以上にヒナへの愛情と責任を感じていた。
 ヒナが中学生になって部活動を始め、それまで一緒にお風呂にも入っていたのを、一人で入るようになり、成長を喜ぶ一方で寂しい思いもした。
 ヒナに女の子らしさが見えてきた時、自分の中に葛藤が生まれた。
 純粋に可愛い妹として愛してきた想いに、違う想いが交差するようになり、(・・・このままでは妹の人生を汚してしまう・・・)と、なるべく距離をとって接するように努力し、自分自身も違う女性に関心を向けるようにした。
 そうして選んだのは、ヒナとはまったく違うタイプの女性だった。
 ヒナに似ている女性では、まるで代用の相手と付き合ってるようで、常に比べては(・・・ヒナの方が可愛い・・・)と思ってしまう。
 まったく比べようがない個性を持っている所が、妻となった朋子の最大の長所だろう。
 結婚を泣いて嫌がったヒナ以上に、自身の秘めた恋慕と決別した雄志の方が、何倍も辛かったことをヒナは知らない。―――

 家に着いて、すぐに母親は風呂の用意をした。
 雄志はずっとヒナを抱いたままで、
「・・ヒナ・・・さぁ、お風呂に入ろうな?・・・僕が綺麗に洗ってやるからな・・・」
 と、一緒に風呂に入ろうとした。
「…ぅ…フェ…グスッ…お兄ちゃまのエッチィーーッ!」
 ヒナは雄志の頬をひっぱたいて、汚れた制服のまま浴室に入り、シャワーのお湯を頭から掛けた。
「・・・ヒナぁ・・・兄妹じゃないかぁ・・・」
 磨りガラス越しに声をかける兄に、ヒナはずぶ濡れの制服を少し開いたドアの間から渡し、
「洗っといて…」
 と言うと、またドアを閉めた。
「・・・生徒手帳まで濡れちゃったぞ・・・」
 雄志は慣れた手つきで制服をネットに入れてから洗濯機に入れ、お洒落着洗い用の洗剤で手揉み洗いにセットした。
 その間にドライヤーで生徒手帳を乾かしてやる。
 (・・・一人で風呂に入れるなら・・・多少はしっかりしてるだろうか・・・)
 けれど、シャワーの音に混じって、ヒナの啜り泣く声が聞こえてくると、胸が押し潰されそうになり、
 (・・・痴漢野郎ぉぉぉッ!・・・今度ヒナに手ぇ出したら・・ぶっ殺してやるッ!)
 と、怒りでドライヤーを持つ手が震えた。

 お風呂から出たヒナは憔悴しきった顔で、母親が用意した夕食も食べずに、二階の自分の部屋に引き篭もってしまった。
 雄志は側にいてやりたいと、朋子に実家に泊まることを連絡し、それから、乾かしたヒナの制服と生徒手帳にアイロンをかけてやった。
 朋子は雄志が急に「実家に泊まる。」と言い出した理由が、ヒナに起因していることくらいわかっていた。
 それで、弟の一樹に電話して「また学校で何かあったの?」と、問い質したが、東郷が理由を知っているはずもなく、結局姉の愚痴を二時間近く聞かされるハメとなった。



 一方・・・・・時間を遡って、御門と沙也香・・・・・

「、、、ン、、、アフッ、、、御門様、、、?」
 動きを止めて振り返った御門に、呼び掛けた沙也香は、指先で御門の顎をなぞり、太く筋の通ったうなじにキスをする。
 御門は眉をしかめたまま沙也香の方に顔を戻した。
 ヒナを追い掛けて捕まえようにも、この状態ではどうにもならない。
 それに、捕まえたところで言い訳のしようもない。
 (・・・そうさ・・・俺は最悪な男さ・・・)
 御門は自らを嘲るように冷たい笑みを浮かべた。

 キスを誘う沙也香の眼差しに誘われるまま唇を重ね、再び、腰を突き動かし始める。
「、、ンンッ、、、、、アァァァ、、、、ア、ア、ア、、、、」
 仰け反った頭を壁に擦り付け、沙也香は苦悶の表情で喘ぐ。
 ・・・ズッチュッズッチュッズブッ・・・
 子宮を突き破らんばかりの勢いで、激しいピストン運動が続く。
「ア、ア、ア、ア、アァァァ、、、ン、ン、ンーーーーッ、、、、、」
 脳天まで響く鈍い痛みと電流のような快感に、宙に浮いたつま先までが痺れてくる。
「ハァハァ、、、あっあぁぁーーッ、、、いくぅぅぅーーッ、、、」
 我を忘れてよがり声を上げてしまう。
 御門はお互いの荒い息を重ねるように唇を重ね、沙也香の声を制御する。
「・・・ハァ・・ハァ・・中へ、出すぞ?」
「、、、はぃ、、、」
 安全日は確認している。
 御門は沙也香を抱え直し、腰に力を入れると、股間の上で跳ね上げるようにして、ペニスを突き上げた。
 沙也香は、御門の肩に両手でつかまり、仰け反った頭を振り乱して、
「、、、ウゥゥ、、、あぁぁん、、、ああん、、、ああぁぁぁぁぁーーーッ、、、、、」
 と、声をあげると、スパイラルな絶頂のオーガズムに達した。
 御門も沙也香のよがり声を飲み込むようにキスで覆い、ビッグガンの引き金を引いて、熱いスペルマを迸らせた。

 御門は、ぐったりとした沙也香を、そのままの状態でしばらく抱いていた。
 放心した沙也香は満たされた顔を御門の肩に乗せている。
 寝入った子供を抱きかかえているような恰好だ。
 御門は天井を仰いで大きく深呼吸してから、沙也香をソファーまで運び、体を寝かせながら、結合を解いた。
 恍惚として意識を手放している沙也香は、ヘソあたりまでスカートが捲れ上がり、剥き出しの下半身を晒した状態でいる。
 片足が床に落ち、ソファーの上の片足は軽く膝が曲げられ、御門に愛され開花した花陰を覗かせている。
 赤く色付いた花弁の隙間から、トロォーリ、と泡だった白濁液が溢れてくる。
 御門は、その欲望の残骸をティッシュで拭ってやると、新しいティッシュを挟んで両足を揃えてやり、スカートを伸ばして覆った。

 乱れた服装を直し、髪を櫛で梳き上げた御門は、会長室に置かれてある小さな冷蔵庫から、スポーツドリンクの缶を出し、プシュッ、と栓を開けてゴクゴクゴクと半分ほど飲んで、大きく息を吐いた。
 ソファーの手摺りに腰を掛けて沙也香を眺め、苦笑しながら冷たい缶を沙也香の頬に押し当てた。
 場所が場所だけに、いつまでも放っておくわけにもいかない。
 沙也香はピクッ、と反応し、ゆっくりと目を開けた。
「そろそろ起きて貰わないと、巡回の教師に訝しがられるからな。」
「・・・ぁ・・・はぃ・・・スミマセン・・・」
 沙也香は慌てて起き上がり、ティッシュの挟まれた股間に気付いて、恥ずかしそうにうつむいた。
「ククッ・・・感じて貰えるのは、俺としても嬉しい限りだが・・・な。」
 御門はそう言って優しく笑いかけ、飲みかけの缶を沙也香に差し出した。
「はぃ・・・ありがとうございます・・・」
 沙也香は嬉しそうに受取り、お茶を飲むように手を添えて飲んだ。
 それから、急いで身支度を整えようと、立ち上がった。

「・・・・・ぁッ・・・・・」
 まだ体内に残っていた御門のザーメンが零れ出て太腿を伝う。
 沙也香はティッシュを数枚丸めて、自らの股間を拭った。
 それをポケットから出したハンカチで包み、鼻に押し当てて息を吸い込み、微笑む顔の艶めかしさに、御門は、
「可愛いサヤ・・・これ以上は誘うなよ?」
 と、クスクス笑いながら言った。
「・・・ぃぃぇ・・・御門様が誘うのです・・・」
 沙也香が艶めかしい微笑みから流し目を送る。
「おいおい・・・」
「フフッ。・・だって・・御門様の眼差しも仕草もお姿も・・全てが私を誘うんですもの。・・・授業中でさえ、前髪を掻き上げる様子にときめいて、感じて濡れてしまうこともあります。」
 沙也香は御門と同じ選抜クラスだった。
「クックックッ・・・それは知らなかったな。たいした才女だ。」
 沙也香は「フフフッ。」と嬉しそうに笑って、身支度を整えていく。
 乱れた髪を梳かす沙也香の姿を眺め、
「・・・そう言えば・・・ヒナは何の用事があったんだ?」
 と、御門が聞くと、
「ぇ・・・ヒナちゃんがどうかしました?」
 と、沙也香が首を傾げた。
「沙也香は気付かなかったのか?アイツが俺達の現場を覗いていたのを・・」
「・・・・・まぁ・・・イヤだわ・・・・・」
 沙也香は目を見開いて驚き、恥ずかしそうに御門に背中を向けた。

 御門に背を向けた沙也香に一瞬、能面のような妖しい笑みが過ぎる。
 もちろん、沙也香は承知していたのだ。
 ヒナが覗いていることを。
 ・・・と、いうより、覗くであろうことを。
 沙也香自身がそう仕組んだのだから・・・。

 ――――――――――
 手芸クラブでのこと。
 ヒナと早坂翔子に、ビーズの本や資料を資材室まで取りに行かせた後、皆と雑談する素振りでテーブルを回り、足元のヒナの鞄を躓いたかのように蹴飛ばしたのだ。
 蹴飛ばす前につま先でロックを外しておいたので、思い通りに中味が床に飛び出した。
「あらぁ・・・こんな所に置いておくなんて・・・」
 と、言い訳しながら、散らばった中味を鞄に入れ、携帯だけをそっと自分のポケットに忍ばせた。
 その後、生徒会の用事を理由にクラブから抜けた。
 クラブが終了したことを副部長が報告に来てから、皆が家庭科教室からいなくなる頃を見計らって戻り、ヒナの携帯をイスに置いて、自分のペンケースを入り口に置いた。
 会議用の小さなペンケースで、ポケットからこぼれ落ちたと言い訳しても不自然はない。
 そうしておいて、三年生の教室から校庭を見下ろして待った。
 携帯がないことに気付いたヒナが戻ってくることを願いながら・・・。
 ヒナは思ったより早く戻ってきた。
 沙也香は急いで生徒会室に移動し、残っていた役員達を追い立てるようにして帰し、会長室の御門に、
「抱いてくださいませ。」
 と、入り口から見える壁を背に立ち、スカートをたくし上げて見せたのだった。

 何故そんなことをする必要があったのか・・・
 それは、中学時代からヒナが嫌いだったからだ。
 ヒナの兄の雄志が、沙也香の家庭教師になったのは、沙也香が中学二年の時だった。
 教授をしている父親が、同じ大学の法学部で最も優秀な学生に、沙也香の勉強を見てやってくれるように頼んだのが、雄志だった。
 成績が優秀でありながら、雄志は眉目秀麗で人当たりも良く、スポーツマンらしい張りのある体躯をしていた。
 将来も有望で外見的にも魅力的な男性に、沙也香は初めての恋をした。
 どうにか勉強以外にも親しくなりたい、と話を持ちかけても、教授のお嬢さんである沙也香に、雄志は礼節を持って接しても、それ以上に親しくなるのを避けていた。
 中学三年になった時、雄志の妹のヒナが沙也香と同じ中学に入学して、ようやく雄志は、
「まだまだ、赤ん坊みたいな子だけど、よろしく頼むよ。」
 と、沙也香に素顔の笑みを向けたのだった。
 沙也香はヒナと親しくなれば、もっと雄志に近付ける、と考えて、積極的にヒナに近付いていった。
 ヒナの家に遊びに行けば、雄志も普段の顔で接してくれる。
 それが嬉しくて、高校へ進んでからも、度々ヒナの家に遊びに行っていた。
 けれど、雄志に会えても、雄志はヒナばかりを可愛がる。
 妹なのだから当然とも思えたが、当然のように愛されているヒナが憎くてたまらなかった。
 そして、ヒナへの憎悪を募らせる自分自身にも、嫌気がさしていた。
 (・・・雄志様を諦めよう・・・)
 そう思った沙也香の目に、鮮烈に飛び込んできたのが、御門だった。
 同じ入学したばかりの一年でありながら、生徒会長になってしまう行動力に圧倒され、強いオーラに引き込まれるように陶酔していった。

 その御門にヒナを近付けたくなかったのだ。
 東郷と御門が午前中で早退した時、事情を調べた沙也香は、二人がヒナを送っていったのだと知っていた。
 だが、御門も東郷も何も言わないので、知らないフリで様子を伺っていた。
 そして、東郷の「あまりイジメるなよ。」という言葉が、沙也香の心に突き刺さったのだ。
 御門がヒナをイジメるとしたら、気に入っているからに違いない、と思ってしまった沙也香は、いてもたってもいられなくなった。
 しかも今度は、”御門の親友である東郷の妹”、という立場が腹立たしい。
 ”御門は自分のものだ”と、宣言してやりたかったのだ。
 ――――――――――

 (これほど上手くいくとは・・・フフフッ・・・)
 沙也香はいつも以上に上機嫌で、身支度を終えた。
「じゃぁ、そろそろ帰ろうか?」
「・・はぃ。」
 御門の呼び掛けに、少女のように微笑む。
 御門も優しく笑みを返してくれる。
 沙也香は積年の恨みを晴らした気分で、甘く激しいひと時と勝利の余韻に浸っていた。


 御門の方は、襲い掛かる殺気は読めても、そんな複雑な女心までは、到底わからず、
 (・・・マズイなぁ・・・)
 と、気が重かった。
 どう考えても、今回のことは保健室の行為以上に「風紀を乱し」ているだろう。
 ヒナが学校に報告し、それが信用されれば、間違いなく自分と沙也香は退学になる。
 もっとも、「えん罪だ!」、と訴えれば、御門と沙也香側が信用されるとは思う。
 何しろ二人とも選抜クラスで、沙也香も女子ではトップの成績だし、生徒会の役員としての信用が高い。
 ヒナは情緒不安定で、一時期入院していたほどなのだから、きっと虚言癖でもあるのだろう、と蹴ってしまえば簡単に帝高校から抹殺出来そうだった。
 だが、東郷の妹分なのだ。
 東郷の姉の朋子も昔からの知り合いで、東郷の家に遊びに行くたび、世話になった恩がある。
 ヒナを貶めて抹殺するなんてことが、出来るはずがない。
 (・・・どうしたものか・・・)
 御門は重い溜息を吐きながら、校門を抜けた。


 夜になり、御門は、東郷に打ち明けようか、どうしようか、と迷いながら何度か電話をした。
 だが、何度掛けても話し中で、いい加減諦めた時、東郷の方から電話が入った。
 東郷は、
「ヒナちゃんの様子が変らしいんだ。姉貴の旦那・・ヒナちゃんの兄さんが、ヒナちゃんに付き添うからと、実家に泊まることを連絡してきた、って・・・俺に文句を言うんだからなぁ・・・」
 と、溜息混じりに話す。
「・・・ほぅ・・・」
 御門は内心の動揺を隠し、素っ気なく聞いていた。
「昼休みにヒナちゃんの様子を見に行った時は普通だったし、クラブで何かあったのかなぁ?」
「・・・俺に聞かれても知る訳がないだろ?」
「沙也香さんが同じクラブの部長だろ?何か知らないか、聞いてみてくれよ。」
「・・・沙也香は途中で抜けて生徒会の役員会に出てたから、知らないと思うぞ。・・・お前、俺の補佐のくせに役員会忘れてただろ?」
「う・・・いや・・・今日はちょっと・・・・・・スマン。」
「まぁ、いい。こう毎日用事があると、部活の練習もなかなか見てやれないしな。」
「ハハ。理解があって助かるよ。」
「・・・で・・・彼女の様子がどう変なんだ?」
「それが姉貴にも何も説明がないそうなんだ。・・・ただ、姉貴が手名付けている事務所の女の子からの情報によると、兄さんは母親からの連絡があって、事務所を早退したらしいから・・・何かあったとしたら放課後だろうなぁ・・・」
「・・・・・そうか・・・・・」
 御門は眉を寄せ、目を閉じた。
「どうやら御門がヒナちゃんをイジメたせいでもないようだ。ハハッ。」
 東郷は冗談のつもりで言い、軽く笑った。
 が、御門はギリリッ、と奥歯を噛み締めた。
 顔に接している携帯だけに、そのわずかな音が伝わったらしい。
「ぉぃ・・・冗談だって・・・」
「俺はいつだって彼女と友好的でいようと思っているぞ。そこの所、誤解するな。」
「あ・・あぁ、わかってる。」
「・・・・・彼女とゆっくり話す時間が欲しいな。」
「・・・ん?」
「彼女もかなり誤解しているだろう?・・・彼女がどうしても、俺を気に入らない、と言うなら、それはそれで構わない。・・・だが、俺は三年で今年度一杯で卒業する。彼女はこれから三年間という学校生活があるじゃないか。気に入らない俺ごときの為に、自分が選んだ高校を嫌うことはない。自身の為に、俺を無視して学校生活をエンジョイした方がいいと思うぞ。」
「・・・うむ・・・」
「そう説明してやりたいんだがな・・・」
「そうか・・・わかった。もし、明日、登校しないようなら、ヒナちゃんの家に行ってきてみるよ。その時、今のお前の言葉を伝えてやってもいいかな?」
「・・・出来れば俺自身で話したい。・・・他にも二三・・話したいことがあるから・・・」
「あ・・・そうだなぁ・・・そかそか・・・なら、御門も一緒に行くか?」
「・・・共をしよう。」
「なら、詳しくは明日決めよう。・・まだ、登校しない、とも言い切れないしな。」
「ああ。」
 御門はそう答え、通話を切った。

 携帯を机に置くと、御門はベランダに出て、曇った闇空を見上げた。
 (・・・ヒナ・・・俺を憎んで楽になるなら、俺を憎め。・・・だが、自分を憎むようなことはするな。)
 ヒナの優しげな可愛い寝顔がふと蘇る。
 (片意地を張った小娘・・・お前の笑顔が見てみたい・・・)
 御門は黒雲に挑むように拳を上げ、不敵に笑う。
 それから、しばらくシャドーボクシングをして体をほぐすと、勉強に戻った。