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mikado







§7§「告白」


 甘く香る柔らかな肌。
 二十代半ばを過ぎて円熟味を増した女性の肌は、しっとりと吸い付くようだ。
「、、、あぁぁ、、、ご主人様ぁ、、、嬉しい、、、、、」
 愛奴の静江が、主人である御門の広い胸に、背中から抱き包まれ、恍惚とした苦悶の表情で身悶えている。
 ぴったりと重なった二人の体は、御門のゆっくりとした腰の動きで、波打つようにうねっている。
「・・・シズ・・・無理はするなよ?・・・辛くはないか?」
 御門が、静江の顔にかかった長いウェーブの髪を、耳にかけて撫でつけてやる。
「、、フゥーッ、、、このなんとも言い様のない痛みが、、、嬉しいの、、、ハァァ、、、」
 静江は、御門に全身を預けきり、うっとりと目を閉じ、小さく震えている。
 赤味の強いふっくらとした唇から、ハァハァ、、と苦しげな息がもれる。
 時々、眉を寄せ、
「、、、ンン〜、、、アァンッンッ、、、ッハァハァ、、、」
 と、押し寄せてくる鈍い痛みに耐えている。
 後ろから、静江のコメカミや耳のラインに、労るようなキスをする御門は、
「この瞬間ほど美しい静江は・・・他にはないな・・・」
 と、優しく囁く。
 すると、苦しげな表情の静江の頬が綻び、微笑んだ睫毛が歓喜に震える。
 真昼の光を浴び、汗ばんだ体が濡れた白磁の輝きを持つ。
 一瞬、妖艶な魔性の白蛇の姿が浮かんで重なる。
「・・・人ならざる悦楽に歓喜するなら・・・美しさもまた人ならざるか・・・麗しき天女よ。」
 御門は静江を、ギュッ、と抱き締めて、香りのいい柔らかな髪に頬ずりをした。

 ―――≪御門と静江はアナルセックスで繋がっている。
 アナルにも性感があることは男性同士の性愛などからも、広く知られていることだが、安易に短絡的な性交を強行しようとしても、無理なので注意しなければいけない。
 少しずつ開発されて、初めて男性のペニスを挿入できるようになる。
 でなければ、肛門は裂け、直腸の内壁も破れかねないし、重傷の場合は出血が止まらないだろうし、悪い菌が入ってしまう場合がある。
 それ故、HIVの感染率が高い、と言われてしまうのだ。
 まして、御門の男性シンボルは、華奢な女性の腕ほどもあり、静江以外の相手とこうした行為は控えていた。
 通常は指の他に、細いアナルバイブや、もっと負担の軽いビーズで愛撫したりする。≫―――

 ――――――――――
 石塚静江が帝高校に赴任したのは去年の春。
 赴任当初は、ウェーブのかかった長い髪を、後ろで緩く結わえ、敢えて縁の太いメガネを掛けて、地味な雰囲気を演出していた。
 だが、御門が本来の美しさを見逃すはずもなく、1ヶ月後には二人の交際は始まっていた。
 そして、すでにMとしての調教を受けたことのある静江が、御門のSとしての素養を一層加速させたとも言える。
 すでに沙也香とは、半年前から普通に付き合っていたが、御門が静江と主従関係を結んだことを知った沙也香が、自ら望んで「Mとしての調教を受けさせて欲しい。」と、性奴隷になることを望んだのだった。
 静江と沙也香、どちらも御門にとって可愛い愛奴である。
 静江には完全なるM女としての妖艶な美があり、沙也香は御門自身がゼロから教えた初めての愛奴としての可愛さがある。
 とは言え、二人に対して、焦がれるほどの執着心は持てないが、それは二人に限らず、人に対して物心ついた時からそうだったのだから仕方がない。
 時々顔を見せていた父親や、御門を宝物のように大事に扱う母親にさえ、ほとんど関心がなかった。
 ただ、クラブ経営をする母親の仕事柄、周囲には常に煌びやかな女性達がいて、幼い頃から恋の手解きを受けていた。
 そして、どれほど意地を張った澄ました女性でも、自分が触れている時には、儚げな姿や脆い心、優しい表情などを見せることに、子供ながら不思議な満足感を抱いた。
 問題は御門を巡って大人の女性でも諍いや争いを起こすことで、そうした煩わしさを分散させるように、御門は多くの女性と関係をもつようになっていった。
 それを「浮気」と責める相手には、「俺にしがみついている手を離せばいい。嫉妬や苦しみから解放され、楽になれるだろ?」と、冷たく嘯くが、御門は付き合っている相手には常に優しい男だった。
 しかも、優柔不断ではなく、弱味を見せて甘えることもせず、10歳以上年上の相手でも一緒にいる時は男性としてリードし、守ろうとする意識を持っていた。
 だから、御門と付き合う女性は、独り占め出来ない寂しさから交際を断念するか、会えた時の喜びだけを心の支えにするか、自分自身で決めるしかなかった。
 それで、御門から別れを切り出すことは滅多になかったが、連絡が途絶えがちになると、女性から静かに去っていく、というのが今日までのパターンになっている。
 別れた女性は、皆一様に、「光り輝く源氏の君のような御門様(ミカド様)。」と、恨むよりも一時でも愛されたことを誇りに思うらしい。
 これまで執念深く恨みがましい女性がいなかった、というのは幸運と言えば言えるだろうが、御門の年齢を思えば、諦めざるをえなかったかも知れない。
 ・・・が、18歳を迎えた御門に、それが通用するかどうかは、断言出来ない。
 御門自身の意識改革の必要性も差し迫っていた。
 ――――――――――

「そろそろ中に出すよ?」
「、、、えぇ、、、私を満たしてくださいまし、、、」
「動きが大きくなるが・・・辛かった俺の腕を噛んでいろ。」
 御門が、背中から回している腕を、静江の口元に持っていく。
「、、、フフッ、、、お優しいご主人様、、、」
 静江はふわりと微笑んで、その腕に口づけをした。
 アナルセックスに慣れている静江でも、御門のクライマックスの時の衝撃は耐え難い苦しみがあった。
 時には美しい顔を歪めて嗚咽することもある。
 だが、一度加速し爆発まで秒読み態勢になると、御門自身でさえ制御出来なかった。
 そんな時は、行為の後で労りながら「済まなかった・・・」と、言う御門に、「どうぞ、、謝ったりなさらないで、、、私が、、望んだことです、、、」と、静江は幸せそうに微笑む。
 今日は前回の時から間隔があまり空いてなかった為、アナルセックスはしないでいようと、普通の行為から始まったのだが、何度もエクスタシーの頂点に達しながら、静江の表情が寂しげに翳るので、結局最後にはアナルへと移っていった。
「・・好きなだけ泣いていいぞ・・」
「、、、えぇ、、、」
 静江は首を後ろに倒し、御門の顎にも口づけをして、覚悟を伝えた。
 御門は大きく深呼吸をしてから、腰を大きく動かして、静江のアナルに埋まっている太い刀を研ぎ始めた。

「、、あッ、、、あぁぁぁッ、、、んッんーーッ、、、ハァハァ、、、あぁぁん、、、」
 静江の背中が緊張して大きく仰け反る。
 御門は片膝を立て、力を込めて大きく突き上げる。
 アロマオイルをたっぷりと塗られた肛門とその周囲が、ピンク色に染まっていく。
 体を上下に揺すられる静江の豊かな胸も、大きく上下に揺れている。
 静江は顎を上げたまま、歯を食いしばって御門の激情を受け止めている。
「、、あッ、、あッ、、、くッ、、、うぅぅーーーッ、、、ハァハァ、、、あぁぁッ、、、」
 息継ぎに口を開くと、どうしても喘ぎ声をあげてしまう。
 日曜日の午後、入居者が独身ばかりのアパートなので留守の所が多いはずだが、確かではない。
 まして、アパートの前は、ちょっとした通りになっていて、車の通行もかなりあった。
 逆にその騒音が声を掻き消してくれていたが、真下を通る通行人なら、きっと聞こえているだろう。
 静江は自分で枕元のタオルを口に押し込み、声が洩れるのを極力抑えた。
「バカッ・・・窒息したらどうする。」
 御門がタオルを外し、体の位置をずらして顔を前に出し、静江を自分の方へ向かせてキスをした。
「愛の営みを嘲笑う奴等こそ嘲笑ってやれ。軽蔑する奴等は、動物的種の保存としての行為しか知らない、哀れな偽善者だ。」
「、、、あぁぁ、、、ハァハァ、、、御門様ぁ、、、」
 静江の目から涙が溢れて頬を伝う。
 御門は涙を啜り、再び熱いキスで口を覆ってやる。
 そして、そのまま御門は一気にクライマックスを迎えた。
「・・・っうぅぅッ・・・・・ぐぅッ・・・・・っあ・・・・・ハァハァ・・・ハァッ・・・」
「あぁぁぁぁッ、、、、、んんーーーッ、、、、、」
 静江も全身を小さく痙攣させて、もう一つのオーガズムを極めた。
 二人の体から緊張が解き放たれていく。
 共にぐったりと力を抜き、御門はまだ繋がったまま、静江を腕に抱きベッドに体を伸ばした。
 静江も御門の存在を体の中に感じながら、満たされて恍惚となった笑みを静かに浮かべていた。


 お互いの息が通常に戻った頃、御門はゆっくりと静江から体を離し、頭の後ろで腕を組み仰向けになった。
 静江は上体を預けるように、御門の胸に凭れかかった。
 御門の肌から離れ難いとばかりに、指先で御門の胸をなぞっている。
 静江の指をぼんやり眺めていた御門が、
「・・・まだ・・前の男が恋しいか?」
 ポツリと呟くように言った。
 静江は、えっ?、と首を傾げてから、御門の胸に頬ずりをし、
「、、、おかしな御門様、、、もぅ、、一年もこうして御門様だけを想ってますのに、、、」
 と、御門の乳首を指先で摘んだ。
「ククッ・・・くすぐったいぞ。」
 御門は腹筋を震わせて笑ってから、小さく息を吐いた。
「・・・シズが比べるようなことを言うからだ。・・・俺が優しいと・・・」
「、、、ぁ、、、あれは、、、」
「シズをMに調教した男は、もっと厳しかったのか?」
「、、、、、ご家庭のある方でしたし、、、もう忘れました。」
 静江はキッパリ言ってから、
「ただ、、、一人になってから、、寂しくて、、、ネットで知り合った人と関係を持ったこともあります。、、、でも、、Sを気取っただけの、、乱暴で攻撃的な言葉を浴びせる人ばかりで、、、もっと惨めで悲しい気持ちになりました、、、」
 と、思い出すのも嫌そうに御門の胸に顔を埋めた。
「・・・そんな奴等と俺を比べるな。」
 御門は不愉快そうに顔を曇らせたが、
「ま、俺もサディズムの何たるか、は解らないがな。奴隷制度が本当にあった時の性奴隷は、それこそ人以下の扱いを受けていたらしいし、人を切り刻むだけを楽しんだサディズムも横行していたそうだ。・・・SもMも、本来の意味のサディズムやマゾヒズムとは違っているのかも知れないな。・・・少なくとも俺は、人ならではの愛欲の深みを探索したいだけだし・・・女性を傷付けたいとは思わないさ。」
 と言って、大きく溜息を吐いた。
 静江は自分の言葉が御門を傷付けてしまったと思い、謝ろうと顔を上げて御門を見たが、御門はカーテンを少し開けて外の通りを眺めているので、声を掛けることを遠慮した。

 御門は、しばらくボンヤリと通りを眺めていた。
 御門のマンションからは地上が遠くて、こうしてのんびり通行人を眺めることもないので、静江の借りているアパートからの眺めがけっこう気に入っていた。
 このアパートの隣りは大家のクリーニング店があり、その隣りは床屋。
 向かいの通りのすぐ目の前は、配達専用のピザ屋で、その隣りが蕎麦屋というある意味恵まれた場所だった。
 帝高校に赴任するにあたって借りたアパートなので、学校も近く徒歩でも10分はかからないだろう。
 それが逆に、二人連れで外を歩けないという不便さはあったが、たまにホテルを予約して街へ遊びに行くこともあるので、静江が不満を感じることはなかった。
 (・・・・・ん?)
 少し先にある不動産屋から、遠目にも目立つ男が出てきた。
 頭抜けた体躯の東郷である。
 (・・・・・アイツ・・・こんな所で何をやってんだぁ??)
 御門が体を起こし、窓に顔を近付けて目を凝らすと、東郷は、通りに停まっていた車の前で立ち止まり後ろを振り返った。
 ほどなく不動産屋から白鳥比奈が現れ、続いてすぐ後に、ヒナの兄と東郷の姉が並んで姿を現した。
「、、、、、御門様?」
「シーッ!」
 御門の様子を訝しそうに見ていた静江が声を掛けるのを、短く制して、御門はカーテンの隙間を狭めた。
 何となく後ろめたさを感じるのが、自分自身許容出来ないものの、ヒナの兄のピシッとしたスーツ姿が、全裸でいる御門からは腹立たしいほど爽やかに見えた。
 世の中には屈折を知らずに生きる者もいるのだ、と無言の圧力をかけられるような屈辱感があった。
 彼等が車に乗り込んでから、すぐに車は走り去ったが、「何故だ?」という疑問と忌々しい感情が御門の心に残っていた。



 夕方になり、東郷が自宅に戻っていることを確認した御門が、東郷の家にやって来た。
 ―――静江のアパートから東郷の姿を見かけた後、早めにアパートを出た御門は、東郷に知らないフリをして電話を掛けてみた。
 東郷は―「姉貴の買い物に付き合ってるから・・」と言葉を濁して、帰りが遅くなるようなことを言っていた。
 そこで御門は、「どうしても内密な相談があるのに、聞く気がないのか?」と文句を言ってやると、慌てて―「なるべく早く帰るよ。」と答えたのだ。―――

「内密な相談って何なんだ?」
 東郷は自分のベッドで胡座をかいて座り、短い髪を掻いた。
 表情が浮かないのは、本格レストランの豪華ステーキを食べ損ねたからだ。
「・・・俺も色々悩みがあってな・・・」
 御門は適当に言い繕いながら、東郷の机の前に座った。
 そして、ベッドの東郷と向き合うようにイスを回転させてから、左右に揺らす。
「お前が悩み?」
 東郷は意外そうに目を丸め、目を瞬かせる。
「・・・とゆーか・・・東郷。お前、今日、どこで何をしていた?」
「はぁ?・・・お前の話が見えないぞ・・・?」
「ちゃんと答えろ。」
 強い口調で言われ、東郷は眉を寄せた。
 相談がある、と言うから夕食への招待を辞退して早く帰ってみれば、人の行動を問い質される。
 まして、今日のことは人には話したくないことだった。

 ―――昨日の夜、新婚のスィートホームに帰った雄志が、朋子と日曜日に約束していた買い物を、「取り止めにする。」と言い出したことが始まりだった。
 弁護士には日曜も休日もない。
 むしろ、仕事が休みになる日に相談したいという顧客も多い。
 だから、日曜日が仕事休みの朋子が、雄志とデートがてらの買い物が出来ることは、滅多になかった。
 それだけに、今度の日曜日の予定がないとわかって約束したのを、ずっと楽しみにしていたのだ。
 いくら物分かりが良くても、さすがに怒り出した。
 仕方なく、雄志は前日事務所を早退しなければならなかった理由と、「ヒナが電車通学しないでいい距離の家かマンションを借りるのに、自由のきく日に探したいんだ。」と、説明した。
 事実を知れば、朋子も納得出来る。
 「どうせ探すなら女性の視点からも使いやすい物件を選んだ方がいい。」と、一緒に探すことを申し出た。
 だが、今度は、それを聞いたヒナが怒ってしまった。
 雄志が、「引っ越すとなれば身内には事情を隠しきれない。」と説得し、「朋子も善意で協力すると言ってるのだから。」と宥めた。
 雄志と朋子のツーショットが面白くないヒナは、「東郷のお兄ちゃんも一緒なら…」と譲歩して、兄の提案を受け入れたのだ。―――

 東郷が困った顔で黙っているので、
「今日、○○町の不動産屋に行っただろ?・・ヒナや朋子さん夫婦と・・」
 と、見ていた事実を突き付けた。
「・・・え?・・・どうしてそれを・・・?」
 御門は、困ったり驚くばかりで話が進まない東郷に、小さく舌打ちすると、
「そこの通りに、保険医の石塚静江が借りているアパートがある。その部屋からお前の姿を見かけたのさ。」
 と、遂に静江との関係を暴露した。
 東郷は絶句して、目が点、状態だった。
「俺もずっと黙っていた秘密を話してやったんだ。東郷も俺がわかるように説明しろ。」
 そう詰め寄る御門に、東郷は「うーーん・・・」と呻って腕組みをし、目を閉じて考え込んでしまった。
 ―――(男として、純潔を尊ぶ乙女の恥辱を軽々しく口にするべきではない、と思うし、ヒナも毛嫌いしている御門に知られることを屈辱と感じ、益々学校嫌いになってしまうかも知れない。
 だが、親友として東郷は御門を信頼している。
 保険医との関係はそれなりにショックではあるが、”英雄、色を好む”とも言うように、血気盛んであれば、あの石塚静江は落としたくなる相手であることは間違いない。
 それは今は脇に置いておくとして、今後のヒナの高校生としての生活を、余計な噂や干渉から守るには、御門の協力があった方がいいようにも思える。)―――
 東郷は悩んだ末に、御門に話すことにした。


 一通りの話を黙って聞いていた御門は、東郷が説明の言葉を切った時、
「卑劣だッ!」
 と、呻るように叫び、奥歯をギリギリと鳴らした。
 (どこのどいつだッ!か弱き乙女の純潔の花園を、土足で踏み荒らしやがってッ!簀巻きにして深夜の線路に放置してやるッ!)
 御門は握り拳で机を、判決を下す判事のように、三度叩いた。
「まったく酷い奴等だよな。・・・俺も初めて姉貴から聞いた時は、血が沸騰しそうになったよ。こんなことなら、俺が送り迎えしてやってれば良かった・・・」
 東郷も胡座の膝に置いた手を握り締める。
「・・・電車の方角が違うだろうが。・・それに過ぎたことを悔やんでも仕方がない。これから何が出来るかを考えてやるべきだ。」
 御門が目を怒りに燃え上がらせながらも、冷静な口調で咎める。
 東郷は、ハッ、として、(さすが御門・・・打ち明けて良かった。)と、感心するように頷いた。
「電車通学の生徒が使用している駅の隣り駅となると、帝高校でも目撃している生徒がいる可能性は高いな。」
「あぁ・・・運動部なら帰りが遅いしなぁ・・・」
「土曜日はまだそうした噂が浮上してなかったが、その内故意に悪質な噂を流布する不心得者が出ないとも限らない。充分注意して観察し、悪戯に個人を貶めることがないようにしよう。」
「ああ。わかった。」
 東郷が大きく頷く。
「・・・後はヒナの心のケアか・・・腰を抜かすほどのショックの上に、駅ホームでの失禁がどれほどの傷になっているか・・・可哀想に・・・」
 御門は目を閉じて、眉間を指で押さえて深い溜息を吐いた。
 ―――(排泄行為は日本では忌むものと捉えられている感がある。
 だから不浄と呼び、幼少の頃の”おもらし”でさえ、後々までイジメの対象となっているのだ。
 調教で、敢えて目の前でそれを強いるのは、そうした恥辱を承知しながら、絶対服従の愛を主人に捧げる証の行為であり、見守る主人がいればこそ、価値を見出せるものなのだ。
 得体の知れない輩から受けていいようなものではない。
 直接的に強要したものでなくとも、そこまでに追い詰めた原因が痴漢男にはある。
 抗いようもない状況で陵辱し、心をズタズタに切り裂いたからだ。
 体内から流れ出た液体は、ヒナの心の血だったのだろう。
 それを思うと、昨日の朝、心配する兄を振りきり、ツンと意地っ張りな顔を上げて登校してきたヒナの姿が、痛々しく思える。)―――
 そして、痛々しさと同時に、愛おしさが込み上げてくるのを、御門ははっきりと自覚した。

 (それにしても、金曜日の放課後、何故あれほど遅い時間まで残っていたんだ?)
 御門は、沙也香との行為中に、生徒会室に来たヒナの行動がわからなかった。
「今更だが・・・下校が遅い時くらいは、東郷に送ってくれるよう、頼めば良かったのにな・・・」
 (・・・もっとも、あの状況では、目撃してしまったことが恥ずかしくて、人と顔を合わせ難かっただろうが・・・)
 御門は自分にも責任があるように思えて、机に向かい、肘を付いた手で額を覆った。
「そうだよなぁ・・・普通ならクラブをしても、そこまで遅くはならないのに・・・何でも携帯が見つからなくて、探しに戻ったらしい。」
「・・・携帯が?」
 御門は、顔を上げ、頬杖をしながら東郷に視線を向けた。
「あぁ・・・メールをしたのが昼休みだけだったから、教室に戻って探したそうなんだ。だが結局見つからず、クラブのあった家庭科教室に戻ったって言ってたな。」
「・・・ふーん・・・」
 (・・・お前には何でも話すんだな・・・)
 御門は面白くなく、目を眇めて東郷を一瞥すると、机の上に視線を向けた。
 今、この状況で、東郷に嫉妬していることが、自分でも不謹慎に思えて、気持ちを紛らすように机の上や棚を眺めていた。
 (ん?・・これは??)
 見覚えはあるが、そこにあることが理解出来ない物を見つけて、御門は棚に手を伸ばし、手にとって確認してみた。
 革製の小さなペンケースで、裏側の隅に小さく”Sayaka.K”のシールが貼られている。
「あ、そうそう。それをヒナちゃんから頼まれたんだ。」
「・・・ヒナ?・・・って、これは沙也香のだろう?」
「うむ。携帯を探しに戻った時に、見つけたそうだ。昨日昼休みに一度、三年の教室まで行って、渡そうと思ったらしいが、沙也香さんの姿を見つけられなかったとか。・・・で、三年の大人びた男子にジロジロ見られて怖かったらしく、もう行けない、って・・・俺から渡してくれるように頼まれたんだ。」
 東郷は、ヒナが男性恐怖症になりそうなことを懸念する顔で、訳を話した。
「・・・どいつだ?」
「・・え?」
「ヒナをジロジロ見やがった三年は?・・・一発ぶん殴ってやる。」
 御門が指をバキバキ鳴らして、呻る。
「・・・知るかッ。」
 東郷は御門のジョークにムッとして、首を回した。
 長い間同じ姿勢でいたので、肩が凝ったようだ。

 御門は口元だけ、フッと笑みを浮かべたが、心中穏やかならざるものがあった。
 頭の中で、様々な矛盾点が交差し絡まり、一つの疑問を浮かび上がらせていく。
 (・・・何故、携帯をクラブの教室で落とすんだ?たまたまポケットからずり落ちたとしても、すぐに気付くだろう?)
 (・・・何故、途中でクラブを抜けた沙也香のペンケースが、ヒナが戻るまでそこに落ちてたんだ?)
 (・・・何故、あの日、沙也香は自分から俺を誘った?)
 気になり出すと、答えが見つかるまで追求したくなる御門は、
「東郷。生徒名簿を持ってるよな?」
 と、聞いた。
「あぁ・・・?」
 東郷は御門の目的がわからないまま、生徒名簿を本棚から出してきて、御門に提示した。
 御門は生徒の名前を見れば、どのクラブに所属しているかがわかる。
 そして、手芸クラブに所属している沙也香以外の三年の女生徒を見つけ、名簿の電話で連絡をとった。
 女生徒は御門からの突然の電話に緊張しながらも、金曜日のクラブでの様子を、御門に促されるまま話した。
 それによって、「沙也香部長がヒナの鞄に躓いた」こと、「鞄の中味が散らばってそこに携帯もあった気がする。」といったことが判明した。

 (・・・故意だったんだ・・・)
 御門は両手で額と目元を覆い、苦渋に歪んだ顔を、机に肘をついた腕の中に隠した。
 (・・・沙也香・・・何故だ?・・・何故ヒナに俺達の関係を見せつける必要があった?
 ・・・純粋に憧れを向けていた後輩だろうに・・・何故?
 ・・・嫉妬なのか?・・・だが、いつ俺が嫉妬させるような態度を見せた?)
 心当たりがないだけに、沙也香の行動が納得出来ない。
 納得は出来ないが、ヒナが遅い下校になった原因は沙也香にあり、御門自身にも責任がない、とは言い切れない。
 (・・・新しく羊子を奴隷にしたばかりだからな。・・・顔に出さなくても、沙也香の中に苛立ちや葛藤があったとしても無理はないか・・・
 ・・・そう言えば、静江は「沙也香が怖い。」と言って、一度も俺の部屋には来ようとしない・・・
 ・・・だが、俺への不満をヒナに向けることはないだろうに・・・)
 御門は自分自身の傲りと甘さを痛感していた。
 (・・・主人を気取っても、俺にはまだ女心を支配しきれないということか・・・)
 しかも、ヒナが男という存在を嫌悪する一因は自分にもある。
 だから、ヒナは遅い時間に不安を感じていても、男ばかりの柔道の稽古場に、東郷を訪ねることも出来なかったのだ。
 そして、最悪な結果を招いてしまった。

 御門は己の未熟さを呪い、打ちひしがれていた。
「・・・おい・・・御門?」
 東郷は、これまで見たこともない御門の様子に、どこか具合でも悪くなったのだろうか、と不安になり、呼び掛けた。
 御門は、ビクッ、と肩を震わせてから、ゆっくりと顔を上げた。
 青ざめて強ばった顔に、東郷が息を飲む。
「・・・どうしたんだ、一体?」
 東郷にとっても、ヒナが受けた被害はショックだったが、何があっても不動明王の如く動じず、泰然自若とした御門が、ここまで憔悴した顔をしていることに驚きを隠せなかった。
「・・・俺を笑ってくれ・・・東郷・・・」
「御門・・・なぁ、比喩はやめてくれ。俺はお前ほど頭が回らん。」
「・・・携帯とペンケース・・・沙也香が仕組んだんだ。」
「・・・・・えぇ?!・・・まさか・・・」
「あの日の放課後・・・すでに日が落ちて外は暗闇に包まれていた。俺は沙也香に誘われるまま、会長室で沙也香を抱いていたんだ。」
 東郷は返事の代わりに顔をしかめた。
「そこにヒナが出会してしまった。」
「・・・ッ・・な・・・にッ・・・?!」
「多分、ペンケースを沙也香に届けたかったんだろう。薄暗く慣れない校舎で、生徒会室を探すのは大変だったろうに・・・それで、余計に帰るのが遅れてしまったんだろうな・・・」
「・・・そんな話は聞いてないぞッ。」
 東郷が抗議するかのように、怒った声で言う。
 御門は、ゆっくり瞬きをしながら、小さく頷いた。
「・・・ヒナは・・・言う子じゃなかったんだ。・・・誤解していたのは俺の方だったらしい。」
「誤解って・・・」
「・・・実は・・・あの保健室でお前と会った日・・・」
「お前と俺でヒナちゃんを送って行った日か?」
「そう。・・・あの時も、授業を自主勉強にした俺は、ヒナが休んでいることに気付かず、静江に俺のモノをしゃぶらせていたんだ。」
 東郷は一瞬目の前が真っ暗になり、目を閉じた。
「不審な物音に不安になったんだろうな。・・・ヒナがカーテンから俺達の様子を見てしまった。俺はヒナにそのことを話されてはマズイと思い、近付き・・・悲鳴をあげられてしまった。」
「御門ッ!」
「いや、何かしようとした訳じゃないが、あんまり興奮した声で非難するから、少し落ち着かせたかったんだ。・・だが、それが逆効果になって、怖がらせてしまった。」
「当たり前だッ。誰も彼もお前に夢中な訳じゃないぞ。」
「その通りだ。・・・で、教頭が駆け付けてくる足音が聞こえて、俺は焦ってヒナの口を塞いだ。」
「・・・ヒナちゃんが言ってたのは本当だったのか・・・」
 東郷は御門を睨みながら呻った。
「あぁ・・・口だけのつもりが鼻まで覆っていたらしい。・・・真っ青になってグッタリしているヒナに、俺は・・・二人の関係を暴露されることだけを心配していたんだ。」
「・・・御門。・・・ヒナちゃんは、強がって見せても、悪意のある子じゃないぞ?だから、姉貴だってヒナちゃんが可愛いんだ。・・・そのペンケースのことも、きっと大事な物だろうから、って言ってた。・・・カケラも故意だったなんて疑ってないぞ。・・・一体・・・お前等は・・・ヒナちゃんをどうしようっていうんだ?」
 東郷は、頬を伝う涙に気付かずに訴えた。
「・・・・・済まん。・・・・・本当に申し訳なかった。」
 御門はイスから立ち上がり、絨毯の張ってある床に正座すると、土下座して床に頭を押し付けた。
「・・・俺に謝っても仕方ないだろうが・・・」
 東郷は、床に落ちた涙で、自分が泣いていることに気付き、手の甲で頬を拭いながら、そう言った。

 しばらくの沈黙の後、東郷が、
「それでも俺は御門が好きだ。」
 と、口を開いた。
「女好きなのは責めることじゃないとも思うしな。」
「・・・東郷・・・」
「だが、今回のことは黙って水に流せない。・・・ヒナちゃんがお前を許すか許さないか、それは俺が言えることじゃないが・・・俺さえ騙していた・・いや、信用してくれなかったお前の心が悲しい。」
「・・・そうだな。・・・俺は最低な奴だ。」
「最低なんて言ってないだろ?・・人を信じられないお前の心が悲しい、って言ってるんだぞ?」
「・・・お前は信じてるさ。ただ、俺の醜さをお前に見せたくなかっただけだ。」
「醜いのか?・・・バカ言うなよ。それだけの美貌を誇りながら・・・」
「・・・心が、ってことさ。」
「俺はお前の心、魂に惚れてるぞ?熱く激しく燃える男魂は、男から見ても惚れ惚れする。・・・そう思っているってことを、お前が信じない、って言ってるんだ。」
「・・・・・告白はやめてくれよ?」
「んなんじゃねぇーッ!」
 東郷が、カッ、と目元を赤くする。
 御門は疑わしげに目を眇め、片眉を上げる。
「み〜〜か〜〜ど〜〜〜・・・それが、反省してる奴の態度か?」
「・・チッ。あーもぉー・・・お前の話は要領を得ない。一体、何が言いたいんだ?」
「だから・・・一発殴らせろ。」
「・・・俺の頭がバカになっても、お前が生涯責任持ってくれるならいいが・・・」
 今度は両方の眉を吊り上げて言う。
 そう言われると、東郷も握った拳を思わず隠してしまう。
「・・・・・なら・・・腹にでも・・・・・」
「反撃していいか?」
「・・・・・・・・・・もう、いい。」
 東郷の脳裏に、反撃でボコボコにされる自分の姿が浮かび、やる気が失せてしまった。
 (・・・こんな奴さ・・御門は・・・)
 東郷は、クスッと苦笑を洩らした。
 打ちひしがれている時さえ、”俺様”な奴なのだ。
 (・・・そこがいいんだから、しょうがない・・・)
 御門も自分の因業を承知しているのか、冷ややかでありつつ自嘲的な笑みを浮かべてイスに戻った。



 月曜日の朝早く、御門と東郷は、御門の車で白鳥家を訪れた。
 パジャマ姿のヒナが、玄関先のプランターにジョウロで水をやっていた所で、車から降りてきた二人の姿に、ヒナは呆然と立ち尽くした。
 フワフワのパジャマにはたくさんの柔らかな花がついていて、桜の花を纏ったかのような愛らしさだった。
 御門は珍しく顔を赤らめ、眩しそうにヒナの姿を眺めている。

「おはよう、ヒナちゃん。」
 東郷が照れた笑顔で挨拶すると、「あ?!」と、ヒナは目と口を丸くした。
「お兄ちゃん…どうして…?……それに…ソイツも……」
「おはよう、ヒナ。しかし、ソイツはないだろう?迎えにきたナイトに向かって。ん?」
 御門が昇ったばかりの朝日を浴びて、爽やかに微笑む。
 ヒナは思いっきり眉をひそめ、
「……ナイトって……」
 と、御門を睨む。
「東郷から、ヒナが体調が悪くて通学が大変だと聞いたから、ならば車を持っている俺が協力してやろう、と申し出た訳だ。」
 御門が電車のことに触れないように、そう説明すると、ヒナは東郷へ抗議する視線を向けた。
「え・・いや・・御門も悪気はないんだ。・・・まぁ、保健室で知り合ったのも何かの縁だろうと・・・なぁ?」
「そう。・・あの時は済まなかったと、ずっと気になっていたし、・・・東郷は俺の大事な親友だ。その妹となれば、俺にも妹のように思えるし・・・ね。」
 御門がニッコリと微笑む。
「……思わなくていいのに……」
 ヒナはムスッとして呟く。
 そこに母親が玄関から顔を出し、
「あら、一樹さん。それとお友達の方?・・・ここでは何ですから、どうぞお入りになって下さいな。・・・ヒナちゃんも、そんな格好で・・・早く着替えてらっしゃい。」
 と、声を掛けた。
 御門と東郷は”渡りに船”とばかりに、
「そうですか?では、お邪魔致します。」
 と、声を揃えて答えた。


「まぁ・・・本当によろしいの?」
「もちろんです。どうぞ、ご心配なくお任せください。」
 御門が自信満々に答えると、白鳥夫人は頬を少し赤らめ、ホゥ、っと吐息をもらした。
 東郷は、(・・・まったくマダムキラーな奴だ・・・)と、感心しながら笑顔を維持している。
「そうして頂けると助かりますわぁ。何と言っても、独立した息子の家はここから遠いですし、仕事にも差し支えるのを心配してましたの。」
「そうですとも。社会人はまず仕事に責任を持つべきですし、その点私達なら自由がききます。・・多少、生徒会の仕事もあって、送ってくるのが遅くなることもありますが、その時は必ず連絡を致しますし、ヒナさんには側にいて貰って常に注意を払いますから、ご安心ください。」
「まぁぁ・・・そんなに気を使って頂いて・・・」
「生徒会長としての責任です。・・親友の為でもありますし。」
「ありがとうございます。それじゃぁ、お言葉に甘えようかしら・・・」
「はい。承ります。」
 と、ヒナが制服に着替えてくる間に、すっかり話は出来上がってしまっていた。

「……何でこーなるのぉ?」
 御門の車に渋々乗り込んだヒナは、膨れっ面で窓の外を見ている。
「だけど、ヒナちゃん。・・今日は雄志兄さんの都合で、タクシーで登校するはずだったんだろ?ちょうど良かったじゃないか。ね?」
 ヒナと並んで後部座席に座っている東郷が、宥めるようにヒナの髪を撫でた。
「東郷ッ。気が散るから、ヒナに触るな。」
 運転席からバックミラー越しに御門が睨む。
「ヒナ、ヒナ、言うな。マロ。」
 ヒナが運転席の後ろを軽く蹴って文句を言う。
「あ〜こらこら・・・ヒナちゃん・・・何でそう目の敵にするかなぁ・・・」
「……知らない。…プン……」
「はいはい。・・・まぁ、御門から色々な経緯の話は聞いてるから、ヒナちゃんの気持ちはわからなくもないけど・・・」
「……ぇ……」
 ヒナが意外そうな顔で東郷を見上げるので、東郷は頷いてみせた。
「……フーーン……」
「だけど、こうして一緒に通学することになったんだし、仲良くしようじゃないか。な?」
「……ブゥーー……」
「・・・ブタヒナ・・・」
 運転席の御門が小声で呟く。
「アホマロォ…」
「御門・・・何でお前まで・・・ヒナちゃんもキリがなくなるから・・・」
 東郷は大きく溜息を吐いてから、
「ハァァ・・・けどね、ヒナちゃん・・・御門はたまに口が悪い時もあるが、根は真っ直ぐないい奴なんだよ。・・・きっとヒナちゃんにもわかる時がくるから、取り敢えず仲良くしよう。いいね?」
 と、言い含めるように言った。
「…お兄ちゃんが…そぅ言うならぁ……」
 ヒナは拗ねた口を尖らせて承諾すると、
「…………ネムゥ…………」
 と、小さな声で言ってから、東郷に凭れて目を閉じてしまった。
 御門は、(・・・帰りは東郷は助手席に座らせるぞ・・・)と、沸々と煮える腹を抑え、運転に集中するように言い聞かせた。