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<46> 「期末試験」 |
§46§「期末試験」 一年間の総括りとも言うべき、三学期の期末試験。 日程は三日間。 月曜日の初日、午前中で家に戻ってきたミルクは項垂れたまま玄関を開けた。 「お嬢様、お帰りなさいませ。」 通い家政婦の40歳前後の女性がすぐに出迎える。 「…ただいまぁ……」 ミルクが溜息まじりに返事をすると、 「お嬢様にお客様がいらしてます。居間の方でお待ちですけど・・・着替えてらっしゃいますか?」 と、家政婦の静江が言った。 「お客様?…って、どなた?」 「あ、はい。・・景山様と・・・」 名前を聞いてミルクは目を輝かせて、 「ご挨拶してくるぅー!」 と言った時には居間へと走っていた。 入り口にぶつかりそうになりながら居間に飛び込んだミルクは、 「景山さんッ、いらっしゃいませぇ。…どぉしたのぉ?」 と、座って文庫本を読んでいた景山に声を掛けた。 景山は本をゆっくり閉じて、 「会長よりアリス様の試験のお手伝いをするようにと申しつかりまして、伺いました。」 と、ミルクに笑顔を向けた。 「…ぁ……期末テストかぁ……もぉ…諦めたぁー……」 「まだ二日残ってますよ。時間もまだ充分あるじゃないですか。諦めてしまっては、勝負する前に敗北宣言してしまうのと同じです。」 ……おわッ…… ……お兄ちゃんと同じこと言ってるぅ…… ただ、同じセリフでも景山が言うと素直に聞けてしまうのが不思議だ。 「……だってぇ……もぉ…頭が痛いもん……」 ミルクが景山の前に座ってうつむきがちに唇を尖らせた。 「クスッ。・・・頭痛に効くかどうかはわかりませんが、・・こちらに伺う前に母君のケーキショップにご挨拶に寄らせて頂きました時、ちょうどマフィンが焼き上がって出されましたので、頂いて参りました。」 ミルクが嬉しそうに顔を上げる。 「勉強の区切りがついたおやつにでもいかがでしょうか?」 「…おやつぅ?……焼きたてなのにぃ?」 「そうですねぇ・・では、昼食後に一つ。おやつにはシャロンのアイスクリームを添えて・・ということで。」 「シャロンのアイスクリームもあるのぉ?…わぁーぃ!」 景山は目を細めて、うんうん、と頷く。 ――猫には鰹節―― やはりミルクの扱いを一番心得ている景山だった。 景山は夕方までミルクの勉強に付き合い、帰ってきた母親の琉美江に勧められて夕食を一緒にしてから帰っていった。 ミルクは食後ゆっくりとお風呂に入ってから自分の部屋に上がり、マサトと電話で少し話す間に眠くなってっしまったので、その日はそのまま眠った。 朝、早めに起きて今日勉強したものを復習するといい、と景山からもアドバイスされていたので悩まずに熟睡出来た。 前日よりはテストの出来が自分で判断しても良さそうなので、ミルクは機嫌良く学校から帰ってきた。 景山はまた来てくれていて、同じように夕方まで各教科のポイントや要点をまとめて教えてくれた。 そして三日目のテストも無事終了し、追試は初日の幾つかで済みそうだったので、ミルクはようやくマサトに会いに出掛けることが出来た。 マサトが「会社の仕事を終わらせてアジトに行く」、と言っていたので、ミルクは先に地下アジトに行ってることにした。 学校への送迎にボディーガードとして付いていた星野も、ミルクの着替えを待って一緒に地下アジトに戻ってきた。 竜二のお見舞いをしたい気持ちはあったが、ミルク単独での見舞いは禁止されていたので、マサトを待つ間参謀室の景山の所へ行くことにした。 {「どーしてそうゆーことになるんだ?」 ミルクがドアをノックしようとして顔を近付けた時、景山の低く冷たい声が聞こえた。 {「何でもかんでも上の責任にするなッ。」 景山が誰かを叱っているようだったが、相手の声は聞こえない。 景山の声がしない間があるのは電話だろうか。 {「だから、島田は別の件で動いている以上、問題があった時に速やかに判断して対処するのはお前の責任だろうがッ!それぐらいの機転が働かないで部下に偉そうな事を言うなッ!」 厳しい罵声にミルクは首を竦める。 {「上に立つ者はその責務を果たして上司たると思えッ。・・上の指示がない、下が動いてくれない、と文句しか言えないのなら首をすげ替えるぞ。スパッ、とその生首を切ってすげ替えてやろうか?・・えッ!」 ……きょぇぇ〜〜〜…… ミルクはドアに寄り掛かってズルズルと下にしゃがみ込んでしまった。 ……お兄ちゃんより怖いかもぉ…… それから景山は声のトーンを低め、なにやらの指示をしているようだったが、ミルクにはもう聞こえなかった。 静かに背中を押されてドアが開く。 「アリス様。驚かせてしまいましたか?・・申し訳ありません。」 景山が屈み込んでミルクの前にポップキャンディーを差し出しながら優しく笑いかけた。 ミルクはそのまま棒付きの飴を口に入れて貰うと、 「…別にぃ……お仕事だもん。……お邪魔しちゃった?」 と、飴で頬を丸くさせて首を傾げた。 「いえ。大丈夫ですよ。さ、中へどうぞ。すぐレモンティーを入れてこさせましょう。」 ミルクに手を貸して立たせた景山は、いつもの温厚な人物のままだった。 「景山さんがマサトさんの家庭教師だったのって正解だよねぇ。」 ミルクは参謀室の長椅子に腹這いになって、景山のコレクションであるファッション誌を眺めながら言った。 景山はデスクで仕事をこなす一方で、ミルクの話し相手をしている。 「いいえ。私は何を学ぶべきか、の指針を示すだけで、会長は教える必要もないほどに私以上の知識を吸収されていかれましたから・・・一緒に走り始めたつもりが、追いつくのに必死でしたよ。」 「……へぇ……そっかぁ……」 ミルクはヨダレが垂れそうになってポップキャンディーを口から出して、唇を舐めて頷いた。 「…お兄ちゃんもねぇ、先生が家庭訪問の時に、教えることがないほどです、って苦笑してたぁ。」 景山は、フッ、と視線を上げてミツルの顔を思い浮かべ、 「優秀な方というのは、そーしたものなのでしょうね。」 と、穏やかな笑みを浮かべて答えた。 「……でも……性格は正反対だけどぉ……フフフッ。」 「そうでもないでしょう。求めるものが違うだけで、より高くより強くより完璧に・・・と向上の為の弛まぬ努力をすることでは、とても似てらっしゃると思いますよ。」 「……ふーん……」 ミルクは腹這いに疲れたので、肘掛け部分を枕にして仰向けになる。 ファッション誌はテーブルに置き、ポップキャンディーの棒をつまんで口から出して、小さくなった飴を天井に向ける。 「お兄ちゃんがねぇ……マサトさんに相応しい女性になる為に、今高校生である自分を大切にして、自分を高める努力をするべきだ、って……言うのぉ……」 「・・クスッ。・・そうですね。」 「…ぇ……そぉーなのぉー?」 ミルクが体を少し起こして景山の顔に目を向ける。 景山は優しく微笑み、 「兄君も、何もトップになれ、とはおっしゃらないでしょう?・・アリス様がお忙しい会長に引きずられるように流されてしまって、ご自分自身を見失われることを心配されているのだと思います。」 と、やんわりと言った。 「……ミル自身かぁ……」 ミルクはまた肘掛けに頭を乗せて、ぼんやり天井を眺め溜息を吐いた。 「……ミルが何かしようとする度にマサトさんが反対するのにぃ?」 これには景山も苦笑を洩らした。 「・・確かに・・・会長もアリス様に関しては心配性ですからね。」 「でしょう?……ママのお店だって手伝いたいのになぁ……」 「竜二君のことがありますから・・・ほとぼりが冷めれば、学期間の長期のお休みとかには会長もお許しになるでしょう。・・・高校生活での楽しみとかはないのですか?」 「……勉強は苦手だしぃ……クラブも今は昼休みに顔出ししてるだけ。…元部長の麗子さんが引退してから活気がなくなっちゃったの。…麗子さん、創始者だし……」 「高校は三年間ですからね。卒業していくのは仕方ないことです。だからこそ、先人の功績を受け継ぐ後輩が頑張って盛り立てていくことが、旅立っていかれる先輩への餞になるでしょう。」 「……ぅん……」 「アリス様も今度は二年生ですし、三年生は受験を控えてますから、アリス様を含めた二年生の皆さんがクラブを魅力ある場所にしていくことが大切でしょうね。」 「……そっか……そうだよね……」 「その為には・・・試験の度に赤点や追試に悩んでいては後輩を引っ張って行けないでしょうし、多少の努力は必要でしょう。」 「……ぁぅ……結局そこに辿り着く訳ね……」 「・・クスッ。・・はい。」 「……頭ごなしに勉強しろ、って言う先生より…説得力あるぅ……」 ……やっぱ景山さんって先生向きかも…… 不平不満を並べるよりも、今自分の出来ることを考える・・・という定義が頭に浮かんだ時、さっきの電話を思い出した。 ……スパッ、と首をすげ替えられなくて良かったぁ…… ミルクはペロッと甘い飴を舐め、小さくなった塊を噛み砕いた。 マサトが参謀室にミルクを迎えに来て、長椅子に寝そべっているミルクを抱き上げた。 「ミルク・・・お前、景山のペット化してるぞ。」 そう言って苦笑するマサトに、 「違うもん。人生相談してたんだもぉーん。」 と、頬を膨らませて抗議する。 「寝転がってかぁ?・・・ったく、景山も甘くなったもんだぜ。俺なんてなぁ、3時間正座で説教されたぜ。」 「…プッ……ミルは正座出来ないにゃぁ〜ん……」 ミルクはマサトの腕の中で、丸めた手で顔を擦るマネをした。 「・・・やっぱ猫じゃねぇか・・・」 マサトは呆れたように言ったが、顔は目一杯笑みを浮かべ、愛おしそうにミルクを見つめている。 そして、 「世話になったな。」 と、景山に言うと、ミルクを二人の部屋に連れていった。 『アリス姫の部屋』。 抱き上げて連れてきたミルクをベッドに寝かせた途端、マサトのキスが降り注ぐ。 「、、、ぁん、、、ここは、、、ダメぇ、、、」 ミルクはまだ竜二のことを気にしていた。 「俺のアジトで誰に遠慮の必要がある?・・アイツも仲間になる以上、ミルクを俺の妻と認めるのは当然だろう。」 「、、、そぉだけどぉ、、、」 「いちいちマンションに呼ぶのも不都合の時があるんだぜ。」 「、、、ぅん、、、」 「慣れていくしかねぇだろ?」 「、、、ぁぃ、、、」 ミルクがコクリと頷き、マサトが、よしよし、と頷いた。 「、、、、、ぁ、、、、、ん、、、、、」 声をあげてしまうのを極力堪えてマサトを受け入れる。 ボイラーも直った暖かい部屋で、全裸になってマサトと肌を重ねる。 ――地下アジトの修復に合わせて、『アリス姫の部屋』も一段と可愛らしく模様替えがされた。 この部屋でならどんな可愛い服でも似合うだろう。 全裸でいてさえ、妖精か天使と信じてしまいそうだ。 マサトは改装が終わった部屋を見て、「俺に聖職者になれ、とでも言う気か。」と責任者の景山を睨んだが、「我々にはボスこそが神ですから。」とトボケられてしまった。―― ・・・何だろうとかまわん! ・・・ミルクは俺の女だ! マサトは、エデンの園でイブを唆した蛇のように、暴れ蛇でミルクを快感へと誘う。 「、、、ぁ、、、ぁぁ、、、、ぁぁん、、、」 ミルクはマサトの首に白い腕を巻き付け、自らも腰を擦り付けて、よがり声を唇からこぼれさせた。 それでも高い声が我慢出来なくなる時は、マサトの肩に口を押しつけて声を殺した。 それが竜二の為だと思うと、マサトは激しい嫉妬を感じてしまう。 ・・・くそっ! ・・・早く傷を治させて、蛇窟島に行かせねぇと、今度こそ首を締め上げたくなっちまうぜ。 マサトはムキになって激しくミルクを突き上げ続けた。 会えない日を二日おいて抱かれた後の気怠さは、満たされた喜びと染みるように広がる快感の余韻で、言葉では言い尽くせないほどに気持ちがいい。 「、、、ンフッ、、、、、」 ミルクは、 ……試験の御褒美がこれなら、また頑張ろうかなぁ…… と、思って笑みをこぼした。 何気なく腕枕に当たる場所を変えるだけでも、ちょっとした動作だけでも、可愛さが滲み出してマサトの心をくすぐる。 潤んだ目に恥じらいを漂わせ、全身で甘えてくる姿は、 ・・・俺の女だぜーー! と、歓喜に踊り出したくなるほど愛おしい。 試しに指先で、ツン、とつついてみると、 「、、ぁん、、、ぃゃぁん、、、」 と、体をくねらせる。 ムクムクムクゥ〜っと伸び上がった蛇竿をミルクの手に握らせる。 ミルクは、ミルクの愛蜜でまだベトベトしている蛇の胴体を、ちょっと躊躇ったが、すぐに指先で撫で始めた。 鼻が付くほど間近で見つめ合い、二人だけの世界に浸る。 マサトが舌の先で、ミルクの唇の形をなぞるように舐めていき、先だけ唇の間に差し込む。 ミルクもそれに応えて、舌先でマサトの舌をくすぐるように舐める。 その間もミルクの片手は蛇竿を握って、撫で回している。 舌の先でマサトの舌の先を舐める時、指先で同じように蛇頭のてっぺんを擦る。 マサトの舌の横側を根元まで唇で擦る時には、指も蛇の胴体の両脇を擦り、舌の裏側を舐めるのに合わせて、指でも蛇の腹の裏筋を擦る。 ミルクがフェラチオをするようにマサトの舌を愛撫していることに、マサトも気付き、舌を伸ばして好きにさせる。 舌の愛撫と手の動きの絶妙な交錯に、脳が犯されるようにマサトの感覚が痺れていく。 ・・・危険な淫魔・・・ ・・・猛毒の蛇を飼うより危険な存在・・・ こんな時のミルクの愛らしさは人外としか思えない。 だが、マサトは籠絡される自分を楽しんでいた。 研ぎ澄まされた感覚を麻痺させられるのも心地いい。 酒でも酔えない魂が、だらしないほど酔ってスライム状になり、誘惑の天使に貼り付こうとする。 スライムはいつしか魅惑の淫魔を覆い尽くし、窒息しそうな激愛で包み込み、結局気が付けばマサトがミルクを支配しているのだから、ミルクにしてみればマサトの言い分が理解できなかったりもするのだが・・・。 「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁぁぁぁん、、、」 ベッドに腰掛けるように座ったマサトに、後ろ座りで抱っこされたミルクは、マサトの足を跨いで前屈みになり、ベッドのクッションを利用して細かく突き上げられ、声も細かく震わせてしまう。 前に何もない状態で頼りない姿勢に、視線も何処に向けていいのか、わからない。 「ぁぁん、、、マサトぉ、、、ぁ、ぁ、ぁ、、、ぁん、、、」 マサトがミルクの姿勢を自分に寄り掛かるように起こして、プルン、、プルン、、と揺れる胸を前に回した手で強く揉み始めた。 今、誰かがドアを開けて入ってきたら、もの凄い光景を目にするだろう。 ミルクの大きく開かれた両足を辿った先に、赤く咲き綻んだ秘密の花園が露わになり、赤黒い蛇が太い胴体をドクンドクンと脈打たせながら埋没させているのだ。 ジュル、、ジュル、、ジュル、、、と蜜でテカる蛇が胴体を上下させて蜜壺を蹂躙している。 侵略された姫は恍惚と歓喜に仰け反り、胸を鷲掴みにされて、苦悶の表情に悦楽の笑みを浮かべている。 それでも妖しく美しい光景・・・。 罪を犯してでも天使を手に入れたくなってしまう程の誘惑がそこにあった。 マサトはふと視線をドアに向けると、繋がったまま立ち上がった。 ミルクの体を蛇を支点に片手で支え、ドアまで歩いていくと鍵をロックした。 ミルクは足の着かないブラブラの状態で、深く突き刺さった蛇に眉を寄せて呻く。 「・・・いや・・・鍵を掛けてなかったからな・・・」 マサトが片頬で笑い、ベッドに戻る。 そして今度はその状態のミルクをベッドに四つん這いにさせ、立った状態でミルクを突き上げて責め始めた。 ズンズンズンズンッ、、、 「あぁぁ、、、ぁぁぁぁ、、、」 内臓まで押し上げられるほどの激しい突き上げに、もう声を我慢することが出来ず、ミルクはベッドに顔を埋めて喘ぎ声を上げた。 パシパシパシパシッ、、、パンパンパンパンッ、、、 肌がぶつかり合う音もドアの向こうまで聞こえそうに響く。 「あぁぁぁぁぁ、、、んんんぅぅぅ、、、あぁぅぅぅぅん、、、」 ミルクはシーツに歯を立てて、痛いほどの激情を受け入れていた。 体が燃えそうに熱くなり、脳天から蒸気が噴き出しそうだった。 前のめりになる体を肘で必死に支え、尻を突き出し膝で踏ん張って、愛の嵐に耐え続ける。 繰り返されるオルガズムの波も絶頂の痙攣も、マサトが満足するまでは意識を飛ばして陶酔に浸ることは許されない。 背骨に響く痛みが意識を繋ぎ止めている。 ズチュズチュズチュズチュッ、、、ビシュビシュビシュッ、、、 蜜を飛ばして蛇は忙しく胴体を前後させている。 熱くコチコチに固まった胴体が繰り返すピストン運動に、蜜壺も肉襞を焦げ付かせるほど熱くなる。 「ううぅぅぅぅーーッ、、ハァハァハァ、、、あぅぅぅん、、、ハァハァハァ、、、」 息遣いも早くなり、お互いの汗も蜜に入り交じって飛び散る。 体中に痛みを伴った快感が駆け巡り、つま先から指先、脳天まで痺れさせていく。 それでも終わらない・・・ ミルクはよがり声の合間に啜り泣き出してしまう。 ……これが…ミル…… ……マサトの…性奴隷の…ミル…… ……これこそが……ミルのあるべき姿…… ミルクは夢と現の境界線がわからなくなりながら、マサトに支配される喜びを噛み締めていた。 ほとんど動けない・・・。 ほとんど意識もない・・・。 それでもミルクは、横隔膜を痙攣させて泣きじゃくりながら、マサトが体を優しく洗ってくれる自分を、ぼんやりと見ていた。 シャワーが体にあたっているのに、その感覚がよくわからない。 ただ、異様に熱い股の奥が、ジワァーン、と痺れているのを感じる。 「・・・辛いなら眠っていいぞ。」 マサトが気遣うように優しい声で言う。 「…………ぁぃ……」 どうにか返事が出来た。 「多少眠っていく時間もあるから・・無理するな。」 …………ぁ……今日は半日だったんだっけ…… ミルクはようやく思い出して、小さく頷いた。 「・・・ちと・・・ハード過ぎたか・・・」 マサトはミルクの涙顔を柔らかい海綿でそっと撫で、 「・・・悪ぃ・・・けど・・・愛してるぜ、ミルク。」 と言うと、チュッ!と濡れた唇にキスをした。 ミルクは笑みを浮かべ、 「……ミル…モ……」 と答えて、スゥーッ、と意識をマサトの腕の中に投げ出した。 |
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<47> 「マサトの女」 |
§47§「マサトの女」 「一緒に中国に行かねぇか?」 マサトがベッドに起き上がり、枕を背中に当てて、煙草の煙を吐き出しながら言った。 「、、、ん?、、、中国ぅ、、、?」 ミルクはうつ伏せになって枕に顔を押し当ててぐったりしていたが、ゆっくり寝返りをうって仰向けになる。 顔にかかった髪を手で後ろに梳き上げ、そのまま手を怠そうに頭の上に投げ出す。 ――追試も終わった週末。 金曜の夜からマンションに泊まり、ずっと愛欲に溺れる怠惰な時間を過ごしている。 ミルクにとってはマンションがやはり一番くつろげる場所だった。―― 「、、、でも、、、マサトはお仕事でしょう?、、、裏の、、、」 「裏の顔としては島田を行かせてある。俺はS商事の取引で行くから、別に女房同伴でも構わないさ。」 マサトは片手に持った灰皿に灰を落とし、片膝を立てた上に肘を置いてまた煙草を吸う。 煙草の黒くなっている先端が吸った時だけ赤く燃え上がる。 ・・・ん?・・・と、ミルクの視線に気付き、 「・・吸ってみるか?」 と、煙草をミルクの口元に差し出す。 ミルクは見様見真似で煙草の先を唇で挟んだ。 「、、、、、ゥッ、、、ケホッ、、、、、」 吸いかけて途中で咳き込み、顔をしかめる。 「、、、苦ぁーぃ、、、」 ……匂いは嫌いじゃないのになぁ…… ミルクは不味くなった舌を口から突き出した。 マサトは見えていた結果に喉で笑い、煙草を灰皿に消し捨てると、ペットボトルのスポーツドリンクを一口飲んでから口に含み、体を屈めてミルクに口移しで飲ませた。 「もっと飲むか?」 ミルクの口から零れて伝う滴を舐めて、優しく囁く。 「、、、ぅん、、、」 ミルクは熱い陶酔の時間で失った水分を補給して貰う。 一口飲ませる度にキスを楽しむので、だんだん甘いムードが蘇ってくる。 一口ごとのキスの時間も長くなる。 マサトはすっかりミルクと添うように横になり、ペットボトルを持ち替えると、自由の利く手でミルクの胸を撫で回し始めた。 「、、、ぁん、、、、、もっとぉ、、、、、」 ミルクは潤んだ目を上目遣いにしてマサトに甘える。 マサトはスポーツドリンクを口に含み、ゆっくりと口移しに飲ませながら、柔らかく弾力のある胸を回すように揉む。 チュッ、、、 ドリンクで冷えた唇でピンクの乳首を吸われたミルクが、ピクンッ、と肩を震わせた。 「クックッ・・・可愛いぜ。」 チュッ、、、チュチュッ、、、 「、、、ぁ、、ぁん、、、冷たいのが、、、気持ちぃぃ、、、」 ミルクはうっとりと目を細める。 ――ずっと愛撫され続けている乳首は、薄いピンクから赤く色付き、ぷっくらと脹らんでいる。 揉まれ過ぎた胸は、ほんのりピンクがかって、痺れる感覚がずっと消えない。 ……マサトの女…… 色々あって最近ようやく自覚し始めた。 恋人とは少し意味合いが違う。 マサトが「俺の妻だ。」と拘る意味がわかってきた気がする。 恋人は自立した個と個の関係でなければバランスが崩れてしまう。 一つの個が崩壊し別の個と溶け合って支配されたら、もうそれは自分であって自分ではないのかも知れない。 ……それでいい…… ……ぅぅん……むしろ…それが嬉しい…… 支配されるのを嬉しいと感じた時、彼の女になれるように思う。 だから、 ……マサトが望むことは拒まない…… ミルクは、熱病にかかったように火照り続ける体で、マサトの愛撫に応え続ける。―― 「、、、ぁッ、、、んッ、、、ぁぁぁ、、、んん、、、」 マサトが、ペットボトルを冷やしていたワインクーラーから、氷を一つ口に含んでミルクの肌の上を滑らせる。 火照っていても氷の冷たさにはゾクッと鳥肌立ってしまう。 特に脇腹を、ツッツゥーーーッ、、と擦られた時には、背中を浮かせて仰け反ってしまった。 「ククッ・・・感じる?」 ……わからなぃ…… ……でも……氷の洗礼を受けてるみたい…… マサトは小さくなった氷を噛み砕いて飲み込むと、新しい塊をまた口に含んだ。 今度はミルクの足を曲げて広げさせ、太腿から股間へと氷を滑らせていく。 スゥゥーーーッ、、、とミルクが冷たそうに息を吸う。 ゾクゾクするし、溶けた冷たい滴がお尻に回って、オシッコでも洩らした気分になる。 「、、ぁん、、、ぅぅ、、、ぁぁぁ、、、ぁー、、、」 赤く膨れたクリトリスに氷を押しつけられ、痛みのような快感がジーンと広がっていく。 熱を持った花弁も擦られて、 ……気持ちいいかも…… と、思った時、クッチュルンッ、、と花弁の奥に押し込まれてしまった。 「、、、、、ぁ、、、、、ぁ、、、、、」 マサトはニヤッとして、 「冷やしてからするのも気持ちいいらしいぜ。」 と言うと、更に氷を口に入れて角張った所がなくなるように舐めてから、蜜壺へと押し込んだ。 「・・・どう?」 「、、、、、ぅ、、、溶けたのが、、、オシッコみたいに、、、出ちゃうよぉ、、、」 「じゃぁ、おしめするか?・・クックックッ。」 ミルクが小さく口を尖らせると、 「冗談じゃねぇか。・・タオルを尻に敷いておけばいいだろ?」 と、厚手のタオルを折り畳んでミルクの尻に下に敷いた。 そして、もう一つ氷を入れると、ミルクに両足をピッタリ合わせて閉じさせた。 それから今度はミルクに氷をくわえさせて、 「コイツの頭もちょっと冷やしてやってくれ、」 と、真っ赤な顔で天を睨みつけている蛇を擦るように言った。 ミルクは言われた通り両足は閉じたまま、上半身を起こしてマサトの蛇を口に含んだ氷で擦り始めた。 氷が溶けてなくなると、また新しい氷をくわえさせる。 「・・・そろそろ溶けたかな?」 マサトが指を蜜壺に差し込んで塊が残ってないかを確認する。 奥まで二本の指を突っ込まれ、隅々を調べるように掻き回すのを、ミルクは息を貯め込んで堪えた。 「・・ん・・・大丈夫だな。」 マサトはまだ指を動かし続けたまま、そう言って笑みを浮かべた。 クッチュックッチュッ、、チュプッチュプッ、、、 いつもより水っぽい音をさせて掻き回しながら、ミルクをじっと見つめる。 「・・・俺が欲しいか?」 ミルクは泣きそうに眉を寄せ、 「……ぅん……」 と、頷く。 マサトは満足そうに目を細め、ググッ、と顔を近付けて唇を重ねると、ミルクに覆い被さり抱き締めた。 そして片手で蛇を花弁に合わせて、グゥゥッ、と頭をめり込ませて、後は一気に奥まで押し込んだ。 ジワァーーンッ、、、と冷たさが広がる気がする。 それでも熱を取り戻している熱い蛇が、冷え切った膣壁を温める。 冷たいような熱いような、でも未知の気持ちよさにミルクはマサトにつかまって、大きく仰け反った。 「あっぁぁぁぁぁーッ、、、ハァァ、、、あぁぁぁぁん、、、」 「・・・クスッ。・・・いいだろ?」 マサトはからかうようにミルクにウィンクしてみせた。 「、、、ぅぅ、、、多分、、、」 「まぁ、いつもって訳にはいかねぇが・・・あんまり熱くなり過ぎた時には冷やすのも気持ちいいだろ?」 「、、、ぅん、、、」 マサト以外の物が、体に入ってくるのが怖い。 そうした気持ちがわかっているマサトも無理はさせない。 バイブなんて二人には必要なかった。 マサトだけでもハード過ぎて、時々蜜壺が悲鳴を上げているのだから・・・。 「愛してるぜ、ミルク。」 「、、、ミルもぉ、、、愛してるぅぅ、、、」 ズンズンズンズンッ、、、ズンズンズンズンッ、、、 「あぁぁぁぁ、、、ハァハァ、、、あぁぁぁ、、、気持ちぃぃぃ、、、あぁぁん、、、」 腰骨が広げられるように軋む。 背骨も突き上げられる衝撃が響く。 胃が裏返りそうなほど押し上げられる。 強烈な快感が襲い掛かり、ミルクはめいっぱいに足を広げて受け止めていた。 ……マサト……の……女……だもん…… 切ない痛みを噛み締めて、ミルクは女の喜びに漂っていた。 「・・・で・・・中国には一緒に来ねぇのか?」 ミルクの意識が戻ると、中断していた話を始めた。 まだ逆上せ顔のミルクは怠そうにマサトを見上げる。 「、、、、、いつぅ、、、、、?」 「今度の週半ば・・水曜日あたりか・・・一週間から十日前後ってとこだな。」 「、、、先月海外に行ったばかりなのにぃ、、、」 ミルクは体を起こして、マサトのように背中に枕を当てて寄り掛かる。 マサトが水を渡してくれたので、コクンコクン、と喉を鳴らして飲む。 目を閉じて、ホゥッ、と息を吐くミルクを、マサトは愛しそうに見つめていたが、フッ、と目を逸らし、 「・・・ちょっと問題が起きててな・・・」 と、眉をひそめて低い声で言った。 仕事のことは聞いていいのか、悪いのか、判断がつかずに首を傾げるしか出来ない。 「99%決まっていた取引を保留にしてくれ、と言われた。・・・何か裏があるぜ・・・」 「、、、そなんだぁ、、、」 「中国市場は巨大だからな。裏にも根回しして、日系二世の華僑の部下に中国籍を取らせて潜入させて、企業家として成功させたんだが・・・最近、ソイツが暗殺されちまった。」 ミルクは目を丸めて口を押さえた。 「政府との関係は悪くねぇのに、どこかが狂い始めている。裏か表かはっきりしてなくて・・・本当はそんな危険な時に連れて行くのもどうかと思うんだが・・・」 「、、、だったら、、、お留守番してるぅ。、、、マサトだって危険なのに、、、ミルが足を引っ張ったら、、、」 マサトだけならどんな危険も回避できると信じている。 けれど、自分がいたら庇おうとするだけ負担だろう。 「・・・けど、約束だったしなぁ・・・それに、寂しくなると浮気するじゃねぇか?」 マサトが頭の後ろで腕を組み、目を閉じて溜息を吐いてから、片目を開けてチラリとミルクに視線を投げる。 「、、、う、、浮気じゃないもん!」 ミルクが唇を尖らせて抗議したが、ちょっぴり後ろめたさもあってうつむいてしまった。 マサトはミルクを胸に抱き寄せ、キスをした髪に頬ずりをする。 「・・・いい子で待っててくれるか?」 「、、ぅん。待ってる。」 「ハァァ・・・あまり電話もしてやれなくなるが・・・」 「、、、ぅん。大丈夫。」 「・・・悪ぃな・・・」 マサトはミルクの顔を上げてキスをした。 優しく労るようなキスに、ミルクの胸がキュンと切なく疼く。 「、、、寂しいけど、、、大丈夫、、、、、ミルは、、、マサトの女だもん、、、、、」 目を閉じたまま小さく囁くように言う。 マサトは感極まったようにミルクをギュッと抱き締めた。 「、、、だから、、、帰ってきてね、、?、、、ちゃんと、、、無事に帰ってきて、、、」 「ああ。俺は心配ないぜ。・・俺を信じて待ってればいい。」 「、、、ぅん、、、」 ミルクの閉じた目から涙が一滴落ちる。 マサトは涙を別れの杯のように吸って、ほのかに花の香りのする涙を味わった。 マサトが、 「俺にも料理くれぇ出来るぜ。」 と言って、作り始めたのはどうやらピザらしい。 ピザの生地は出来ている物を使うから、確かに野菜やハムを刻めばいいだけなのだが、包丁は使わず、恐ろしげなナイフで、シュッ…シュッ…と飛ばすように刻む。 ミルクが恐々後ろから覗いていると、 「心配すんなって。ちゃんと洗剤で洗ってから使ってるから油臭くならねぇぜ。」 と、自信満々に言う。 刃先が鋭すぎて指でも削ぎそうなのが怖いのだが、マサトもミルクより器用そうだった。 こんもりと盛り上がった野菜の上に、更にこんもりとチーズを乗せる。 オーブンの天井につきそうな山盛りのピザが、クッキングシートを敷いた鉄板で、ピザなのかチーズグラタンなのかわからない状況になったのは言うまでもない。 「…アッツぅぅ……」 シートごとお皿に移し、テーブルで銘々皿に取り分けると、チーズの香ばしい匂いが食欲をそそる。 フォークで野菜をチーズと一緒に食べようとして、ミルクは熱さで唇を押さえた。 「上品に喰え、上品に。がっつくから火傷するんだぞ。」 「……ぁぅぅ…だってぇ、チーズフォンデューみたいにチーズが途切れないんだもぉーん……」 ミルクは、フーフーフー、と息を吹きかけ、歯を立てるようにして口に運び、口の中でもハヒハヒさせながらどうにか噛んで飲み込んだ。 「・・・美味いか?」 「…うん。けっこう味は美味ちぃ〜。…フフッ。」 ミルクはにっこり笑って頷く。 「だろぉ?・・・こーゆーのは形より、美味けりゃいいんだ。」 ……どこが上品なのぉ? と、ツッコミたい所だったが、せっかく作ってくれたので文句は言わずに食べることにした。 「……あ…このチーズが焦げた所が…お煎餅みたいで美味しいかもぉ……」 「・・・うむ。・・・確かにいけるな。」 マサトも焦げて固くなったチーズを噛みながら頷く。 「一枚なのにすっごいボリュームぅ……」 「ボリューム満点、栄養満点。これぞ、男の料理だろ?」 「……ぅ…ん……かも……」 ミルクはクスクス笑ってコーラで口の中を冷やした。 「チーズが胃で固まるとヤバイから、あまり冷たい物は飲むなよ。」 「…そっか……でも、チーズにはコーラが合うなぁ……」 「俺はワインがいいぜ。」 マサトが、ガキだなぁ、と言わんばかりに片頬で笑うので、ミルクはムッとして、 「じゃぁ、一口ぃ〜……」 と、ワイングラスを持ってきてマサトの前に出す。 マサトが少しだけワインを注いでやると、どこかで見たのを真似して、ワインを回転させてグラスに鼻を突っ込んで嗅いだり、色を透かして見たりする。 それから、さて、とワインを口に含んだ途端、顔をしかめて嫌そうな表情になった。 「・・どうかな?・・・80年物の逸品だぜ?」 「…………美味しい…よ……」 「無理するなよ。・・つーか、そんな顔で飲まれたら、ワインが泣くぜ。クックックッ。」 マサトがミルクからワイングラスを取り上げ、残っていた分を飲み干してしまう。 「……いいもん……コーラで……」 そう答えたミルクは再びピザに取り掛かった。 八等分したピザをどうにか二切れ食べる間に、マサトは残り六切れを食べきってしまった。 「お腹いっぱぁーぃ……」 「まあまあかな・・・」 「……体力が違う訳だよなぁ……」 「ミルクももう少し食べた方がいいぜ。足りなければまた作ろうと思ってたのに・・・」 「もぉ、充分ですぅ。……食休みしてから片付けしよぉ〜っと……」 ミルクは伸びをして胃を伸ばすと、リビングフロアのソファーに行って寝そべった。 マサトはミルクの向かい側に座り、ノートPCを開く。 「・・ちょっといいか?」 「ん?……ぁ、ぅん。いいよぉ。」 ミルクはクッションを枕にして目を閉じた。 マサトが気が付いたように立ち上がり、寝室から毛布を持ってきてミルクに掛けてやる。 「…ぁりがとぉ……」 ミルクはすぐに眠くなってしまい、甘い吐息で礼を言った。 ……カチャカチャカチャ…… PCのキーを叩く音が子守歌のように聞こえる。 ……幸せ…… ミルクは笑みを浮かべて、静かに眠りに落ちていった。 |
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<48> 「上海」 |
§48§「上海」 中国最大の都市、上海。 中央直轄市として繁栄を欲しいままにしているこの大都市は、今や東京より活気がある。 桁外れの億万長者がひしめき合い、世界中からも大富豪が観光や仕事で訪れる。 一夜で動くお金も桁外れであり、寒村で生きる人々が一生かかっても得られない大金が、個人の懐からいとも容易く散財される。 当然、闇に暗躍する組織も根を張り、無尽蔵に零れる大金を吸い上げて肥えていく。 マサトの配下だった黄長仁も、ここ上海を拠点に幾つものビルを所有し、ホテルやレストランも経営する億万長者として成功した一人だった。 中国政府からも五つ星を貰うホテルは、北京在住の高官達の保養施設にも指定されている。 黄長仁は、華僑の連盟にも加盟し、”清濁併せ呑む”温厚な性格は、中国人仲間からも好感と信頼を得ていた人物で、恨みを買うようには思えなかった。 それに、中国の闇組織の中でも最大の勢力を持つ天龍(テンロン)の首領:李白龍(リーパイロン)とも親しく、マサトの組織とのパイプ役も果たしていた。 マサト自身も李白龍とは親しく、何度も自宅に招かれて、酒を酌み交わし胸の内を語り合う仲だった。 そしてマサトと李白龍は、お互いを認め合い、各々の領域を侵さず、各々の立場を守った上で協力出来ることは協力していこう、と手を結んでいたのだ。 李白龍は、身内にも厳しい、と恐れられる人格者で、用心深さも尋常ではなかったので、マサトのように心を許して付き合う人間は中国国内でも少なかった。 マサトもその信頼に応え、極力李白龍の為に力を尽くした。 配下である黄長仁に対しても、「俺の部下である前に自分に流れる血を大切にしろ。」と言って、正当な取引の相手として活用はしたが、黄長仁個人の利潤や財産は中国の為に使うようにと指示していた。 マサトには「お金ならいくらでも仕事で稼げる。大事なのは人脈と信頼だ。」という考えがあって、築いた人間関係を大事にしていた。 そうした姿勢が殊更李白龍の寵愛を受ける原因にもなっていた。 とはいえ、李白龍の寵愛を受けても利用する男ではなく、マサト自身の目標は別途にあることを常に前面に出していたので、天龍の組織内で敵を作ることもなかった。 だからこそ・・・・・黄長仁の暗殺など考えられなかったのだ。 南京路歩道街。 上海でもっとも賑わう繁華街。 一日に訪れる人々は100万人を越える。 そこにも黄長仁のビルがあり、見晴らしのいい展望レストランからは黄浦江のゆったりとした流れと、両岸に広がる華やかな街並みを眺めることが出来る。 展望レストランのVIP室。 マサトと若松、SSSからワード(毛利葉:言語のスペシャリスト))とメンテ(八木守:メカニックのスペシャリスト)、そして田代が、丸いテーブルで難しい顔を向き合わせている。 マサトはテーブルに肘をついて頬杖をし、窓の外の眼下に視線を投げている。 「・・・もう、1時間以上ですね。」 若松が腕時計を見て、マサトに指示を仰ぐように話し掛けた。 「・・島田ほどの男が約束に1時間以上遅れるとは思えませんが・・・」 ワードがひまわりの種を噛みながら眉をひそめて言う。 「・・・うーん・・・ホテルは朝にチェックアウトしているそうですし、島田と同行の福島両方の携帯が通じないというのは、問題ですね。」 メンテも太い腕を腕組みさせてテーブルを睨む。 田代は幹部クラスの面々に言葉を差し挟む余地もなく黙っていたが、心配する思いは同じだった。 マサトは溜息を吐いて、視線を皆の方へ戻すと、 「仕方ねぇな。・・俺は午後、取引先と会う約束があるから、・・ワードとメンテは島田の泊まったホテル周辺と足取りを追ってくれ。ただし、状況を把握するまでは深追いするな。場合によっては応援を要請して、詳細な策を練ろう。・・田代は俺の部屋で、電話番をしてろ。島田から連絡が入るかも知れねぇしな。」 と、指示を出した。 田代は顔を緊張に強ばらせ、 「了解ッ。」 と敬礼した。 「バーカ。お前も今回は表の顔でいろ。」 「あ・・はいッ。」 マサトもS商事会長として上海に滞在している。 ただ、怪しい空気を感じていたので、会社のみの部下は連れて来れず、普段組織の仕事が多い田代を同行した。 今朝、日本を発つ前までは島田とも連絡が取れていた。 島田は「もう少し調べたいことがありますので、結果はお会いした時に。」と言っていた。 その島田が、約束してあった場所に現れない。 同行した福島の姿も消えた。 何かあった、と思うしかない。 黄長仁の暗殺といい、見えない敵が忍び寄っていることは間違いないようだ。 それでも、取引先との商談を蹴る訳にはいかない。 黄長仁を失った今、抱えている取引を成立させなければ、上海での基盤が揺らぎ、会社のみならず組織にとっても手痛いダメージとなる。 マサトは深呼吸して表の顔に戻ると、 「では、頼んだぞ。」 と言って、若松と先にレストランを後にした。 公華中央商社。 政府からの開発事業を幅広く請け負っているグループの総合本社。 営業内容は開発に留まらず、産業から販売まで業績は高い。 これまでもS商事とはいい関係で取引をしてきた相手だった。 マサトも本社に直接訪れて商談をまとめたこともあって、馴染みの深い会社だった。 だが、案内された会長専用来賓室は、すっかり様変わりしていた。 内装も雰囲気も全てが変わり、まだ新しい匂いが満ちている。 以前来た時にはなかった二階へ通じる優美な螺旋階段があって、何の為に必要なのかわからないピアノまでが置かれてある。 ミニバーのような一角まであり、ソファーも体が沈むように柔らかくゆったりとしている。 このままクラブでも通用しそうな雰囲気は、とても商談の場所とは思えなかった。 『こちらでお待ち下さい。只今、会長をお呼びしてまいります。』 そう言った会長付き秘書も、知らない顔だった。 男が螺旋階段を上がっていった所をみると、上は会長の私室になっているようだ。 「・・・どーゆーことでしょう?」 若松が声を潜めて聞くので、 「・・ま・・オーナーが替わったということだろう。」 と、マサトは無表情に答えた。 こうした場所で余計なことは話せない。 若松も、なるほど、と頷くと、後は口を噤んだ。 ほどなく、螺旋階段に足音がして、タイトな裾が長く足首まで覆い、裾の端が絨毯張りの床を擦るドレスに身を包んだ女性が降りてきた。 マサトはソファーから立ち上がって、女性を迎える。 若松もマサトに習って立ち上がり、見事なドレスを着こなした美女の出現に目を見張った。 20代前半に見える美しい女性。 『マサト・・・お久しぶりね。』 若い女性は優雅に微笑んで、マサトに長い腕を伸ばした。 『これはこれは・・・白鈴嬢。すっかり大人になられて、益々お美しい。』 マサトは白鈴(パイリン)の手を取って恭しく甲にキスをした。 白鈴はマサトがキスをして顔を上げるのを待ってから、マサトの手を両手で握り、自分の顔まで誘導するように上げて頬ずりをした。 『・・ちっとも驚いてくださらないのね?』 『いえ。驚いて腰を抜かしそうですよ。』 『あら・・・クスクス・・・嘘ばっかり。そんな肝の小さな男じゃないくせに。』 白鈴は甘えるようにマサトの手に顔を押しつけて笑う。 『白鈴嬢の買い被りでないといいですが。・・・父君はお元気にしてらっしゃいますか?』 白鈴から、フッ、と一瞬笑みが消えたが、 『相変わらず、お忙しいみたいよ。・・今はロシアに行ってますの。』 と答えて、マサトの手を放すと、改めて座るようにと促した。 白鈴の父親こそ、かの李白龍である。 『そちらの方は・・初めてお会いするわね。』 白鈴は、再会の乾杯の為に開けたシャンパンを、細長いグラスで半分ほど飲んでから、マサトに聞いた。 『あぁ・・白鈴嬢に最後にお会いした5年前は宮司悟が一緒でしたね。・・・宮司は郷に戻ったので、今は彼、若松司が私の補佐をしております。』 若松はマサトの紹介に頭を下げた。 『そうでしたの。』 白鈴はあまり興味なさそうに頷いた。 若松も、どこか人を見下すような眼差しの白鈴に、苦手意識を感じて視線を合わせず黙っていることにした。 マサトは舐めるように飲んでいたシャンパングラスをテーブルに置き、 『それで・・・白鈴嬢。貴女がここの会長ということですか?』 と、沈みがちのソファーで姿勢を正して尋ねた。 『あら。・・ホホッ。楊がそう言わなかったかしら?』 白鈴は、チラリと脇に控えている男、楊(ヤン)を見上げた。 『会長をお呼びする、と言ってましたから、そうだとは思ったのですが、あまりにも意外でしたので・・・』 『意外かしら?・・そうね。腰を抜かす所だったんですものねぇ?』 白鈴はしなやかな流し目をマサトに送り、またクスクスと笑った。 『こちらと取引させて頂けるようにご紹介くださったのは、白鈴嬢の父君ですが、オーナーが父君だという話は聞いておりませんでしたので・・・』 『前のオーナーは父ではなくてよ。』 『・・・ですよね。』 『でも、私ももう自立した方がいい、って仰って、ここを任せて貰えるようにしてくださったの。』 『・・・それはそれは・・・』 マサトは、なるほど、と感心したように目を細めて頷いた。 ――だが、内心では・・・ ・・・まだ24歳の女性にこなせる仕事ではないはず・・・ ・・・まして、あの李白龍がそんな身内贔屓をする人物とは思えない・・・ と怪訝に思っていた。 勿論、一粒種の愛娘を可愛がっているのは知っていたし、病気にでもなって後の不安を感じた時に娘の将来を考えたということもあるし、完全に否定は出来なかった。―― 『白鈴嬢にお目にかかれて、私も懐かしい郷愁を感じますが・・・私共がこちらの会社に伺ったのは商談の為ですので、貴女のこともこちらの会長としてお話させて頂きたいのですが・・・』 『もちろんですわ。』 マサトの言葉に白鈴も当然と頷く。 『ここでお会いする以上、マサトも”ジャック”の総帥ではなく、S商事会長として仕事のお話を進めましてよ。』 『・・・よろしくお願い致します。』 ・・・やはり令嬢は甘い。 ――マサトは内心溜息を吐いた。 マサトは天龍のことも、白鈴の父親の名前も出してはいない。 例えその場が見知った者同士だけの席であっても、表の顔でいる時には裏のことを口にしないのは常識だった。 今し方そう断ったにも関わらず、闇組織の名前を出すなど言語道断だ。 その辺がわかっていない令嬢を、公華中央商社という中国経済の担い手である大企業の会長に据えるということは、マサトの知る李白龍ではあり得なかった。―― 『白鈴嬢がこちらの会長に就任されたとお聞きしていれば、すぐにもお祝いに駆け付けましたが・・・存じ上げず失礼致しました。』 『まだ最近のことなので、公にはしてないの。足元と周囲を固めて離反分子を処分してからでないと、気分が悪いでしょう?・・・何事も初めが肝心ですもの。』 『・・なるほど。・・・それで取引も全て白紙から、ということでしょうか?』 『ええ。海外の取引先の皆さんは、まだ面識がない方達ばかりですから・・・一度お会いしてからでないと、大きな商談はまとめられませんわ。』 大上段に構えた態度で、白鈴はシャンパングラスを傾けた。 『我が社がお眼鏡に適うといいのですが・・・』 マサトは軽く頭を下げた。 『もちろん、マサトとは公私共にずっといい関係を続けたいわ。・・父もマサトの組織とは仲良くしていくように、って常々言ってましたもの。』 ・・・言ってました・・・か・・・ ――マサトは白鈴の言葉や態度に感じるものがあったが、敢えて聞かずにいた。 言わない、ということは、言いたくない、ということであり、知られないように「父は今ロシアにいる」と嘘まで付いたのだから。 もし、李白龍が公言出来るほどの表向きの仕事でロシアに行っているなら、李白龍に会いに来ている島田にそう言わないはずはなく、それを聞いた島田がマサトに報告しないはずもなかった。 この辺の矛盾が、一連の事件と関わりがあるように思える。―― 『でも、せっかくマサトに会えたのですもの。そうすぐに仕事の話ばかりしたくないわ。』 白鈴が甘えるように流し目をする。 切れ長の色っぽい目が妖艶な輝きを灯している。 『父君にお叱りを受けないといいのですが・・・』 『フフッ。その心配はなくてよ。・・もう、私も子供ではありませんもの。』 ・・・心配ない・・・だろうな。 『ハハハッ。お美しいだけでなく、頼もしくなられましたね。レディー。』 『あら、懐かしい。フフフッ。その呼び方をされると、いつも頬を撫でてくださった掌の温もりを思い出してしまうわ。』 『あの頃は私も大人しいヒツジでしたから。』 『まぁ・・・では、今は?』 『さぁ、どうでしょう。・・・狼か蛇か・・・』 マサトも白鈴の誘惑的な視線に応えるように色気の漂う眼差しを向け、ゆっくりとシャンパンを喉に流し込んだ。 『でしたら蛇がいいわ。』 白鈴はスーツ姿のマサトの襟元から覗く、細い蛇をうっとりと見つめた。 その首を辿った下にはうねる大蛇が巻き付いていることを承知していた。 そして、逞しい肉体の中央にそびえる蛇がいることも・・・。 『今夜はマサトの歓迎の席を用意しましたの。私が個人的に運営しているレストランですので、気兼ねなくお話出来ましてよ。懐かしい積もり話をさせてくださいませね?』 『では、一度ホテルに戻り、適当な時間に伺いましょう。レディーに相応しい服に着替える必要もありますし。』 『フフ。けっこうよ。・・では、私の方から迎えの車を伺わせますわ。それでよろしくて?』 『ご厚情痛み入ります。』 マサトはソファーから立ち上がり、白鈴の近くに歩み寄って再び手の甲にキスをしてから、 『それでは後ほど。・・・失礼致します。』 と挨拶をした。 若松も、 『失礼致します。』 と、恭しく頭を下げ、マサトの後に従って会長来賓室を退室した。 ホテルに戻る車の中で、マサトと若松は一言も会話をしなかった。 だが、後部座席に並んで座った若松の手の上に、マサトはずっと手を重ねていた。 よく見ない限りわからないが、マサトの重ねた手の人差し指が微かに動いている。 ……トントン…トトン…ツートトン……トンツー…トントトン…… いわゆるモールス信号である。 車中、シートに座った膝に置かれている手の動きまで、観察出来る存在はないだろう。 ――ハイテクが進む中であっても、モールス信号や手話といったコミュニケーション手段は、マサト達にとって多いに利用価値があった。―― ホテルで一緒に降りたマサトと若松だったが、マサトは部屋に戻り、若松は何処へか出掛けていった。 龍華酒家。 整然とした門構えを抜けると静かな庭園が広がる。 更に二番目の豪奢な門を抜けて、ようやく建物が見えてくるという広い庭園に囲まれたレストランだった。 ホテルに迎えに来た白鈴の秘書、楊が、 『元は寺院だった所をレストランに造り直しました。まだ完成して日は浅いですが、政府高官の皆様や海外のVIPの皆様に大変ご好評頂いております。』 と説明した。 マサトは、ほぅ、と感心しながら、王宮風の建物を見上げた。 『ご予約頂ければどなたにもご利用して頂けます。』 とは言うが、外国向け料金になっていて、物価が安いといわれる中国でも到底一般の観光客に利用出来る料金ではないだろうことは想像がつく。 マサトに同行してきた若松と毛利(ワード)も、豪華で重厚な趣のある建物や手の込んだ内装に、感嘆の溜息を漏らした。 楊は満足そうに目を細め、 『皆様方は池の畔の離宮へどうぞ。離宮は、特別なお客様のみ、ご招待しております。』 と、もっと驚かせようという魂胆が見え見えの言い方をして、マサト一同を案内した。 「ご招待」・・・つまりVIPが予約しようとしても、招待されない限り利用出来ない特別な席ということだ。 怪しい秘密めいた響きがある。 それでも相手の目的がつかめるまでは、策に乗っているしかない。 離宮は竜宮城と間違えそうなほどに荘厳華麗な建物だった。 昼間なら湖に映った様子が、さぞかし美しいだろうと思われる。 夜でも軒先に揺れる灯籠の灯りが、湖面に反射して幻想的な空間を演出している。 離宮に一歩踏み込むと、そこはまさに異世界だった。 入り口には大きな壺があり、紅梅白梅が生けられて、甘い香りを漂わせている。 その壺の後ろには、一枚絵の鮮やかな屏風が飾られ、天女が空を舞う桃源郷の様子が描かれている。 そして、マサト一行に傅いて出迎えた美女達もまた、天女のような恰好をしている。 キチッ、と服の前は合わされているが、薄布を通してふくよかな胸や丸い尻が露わになっているので、あまり意味がないように思えた。 マサトが微かに眉を寄せた時、 『お待ちしておりましたわ。』 と、白鈴が姿を見せた。 白鈴は昼間より更に豪華で露出の多いドレスを着ていた。 胸元と背中が大きく切り込まれたドレスは、間近で覗けば胸も尻も丸見えになりそうだ。 『竜宮城の乙姫様のようですね。レディー。・・・あぁ、もうレディーとお呼びするより、マダムと呼ぶ方がお似合いだ。・・・マダム。』 マサトは差し出された手に軽くキスをする。 『私、マサトより年下ですのよ?』 『歳では勝てそうですが、貫禄負けしてます。』 『・・それって・・嬉しくない誉め言葉だわ。・・・特に、マサトからの言葉としては・・・』 『ハハッ。申し訳ない。女心に疎い無粋者ですので、ご容赦を。』 白鈴は上目遣いにマサトを睨んでいたが、 『そこがマサトの魅力なの。』 と、優美に微笑み、マサトの腕に肩まで露わになっているしなやかな腕をスルリと滑り込ませた。 そして、片方の掌を上向きにして前へ流し、 『どうぞ。』 と、奥の部屋へと案内した。 絨毯が敷き詰められた広いフロア――と言っても、普通の話し声が隅まで届く程度の広さだが――には、2〜3人掛けのローソファーが中央を開けて向き合うように置かれてある。 ローソファーの横には各々テーブルが置かれ、銀の器に飾られた果物やグラスが用意されている。 マサト、若松、毛利はそれぞれ別のローソファーに座るように促され、若松と毛利それぞれの両側に天女が並んで座り、足元にもう一人膝を折って座り込んだ。 一番幅の広いローソファーに座ったマサトの隣りには白鈴が座り、白鈴とマサトの両脇に天女が侍り、それぞれの足元に傅く天女が座り込む。 理由はすぐにわかった。 並んで座った一人の天女は、しなだれ掛かってネクタイを緩めたり、おしぼりで手を丁寧に拭いたり、と身の回りの世話をし、もう一人の天女はグラスにシャンパンを注いだりと飲み物係りで、足元の天女は料理を給仕する役割のようだった。 胡弓の妙なる調べが流れる中、天女に奉仕されると、益々現実感がなくなりそうだ。 もっともマサト達はこうした席には慣れているので、取り立てて驚きも感激もしなかったが、表面上は、戸惑いながらも喜んでいるように振る舞っていた。 『それでは、改めて・・・再会の乾杯をしましょう?』 マサトにしなだれ掛かる白鈴の合図で乾杯をする。 料理が次々と運ばれ、足元で給仕する天女にあれこれと勧められる。 並んで座った天女は、グラスが空になることがないようにと、注ぐタイミングを待っている。 『・・マサト・・・あまり飲まないのね?』 『シャンパンはそう量を飲むものではないでしょう。』 『・・・あぁ・・・そうね。では、老酒がいいかしら?』 『そうして頂けると・・・』 『いいわ。・・老酒を。』 白鈴はそう注文してから、 『雰囲気も変えましょうね。』 と、妖しい笑みを浮かべて、楊に何やら指示をした。 胡弓の静かな音色が止み、替わりにムーディックな音楽が流れ出した。 照明が少し落とされて、中央スペースに淡いピンクの光がライティングされた。 中央スペースが大きく空いていた理由はこれだった。 絨毯の上に白い毛足の長いムートンが敷かれていたのは、そこでショーが演じられる為だったのだ。 天女とは別の女性が6名、薄絹のガウンを羽織って現れ、身をくねらせながらガウンを脱ぎ捨てて、見事なボディーを晒した。 全裸の女性達はしばらく思い思いの踊りを踊っていたが、その内二人ずつ組んでムートンに寝そべると、女性同士で絡み合い始めた。 濃厚なキスを交わし、お互いの胸をまさぐり合い、交互に吸っては仰け反ってよがり声を上げる。 更にお互いの股間へと手を伸ばし、指で膣を掻き回し始めた。 リードする女性がもう一人の女性の足を大きく開かせ、三人の客によく見えるようにして愛撫する。 音楽が流れていても、蜜壺を掻き回す淫靡な音が聞こえるくらい間近でのショーに、さすがに三人は眉をひそめた。 『ウフッ・・・遠慮はなさらないで。』 白鈴はマサトの腕に腕を絡め、片方の手を股間へと伸ばす。 『ここは別世界。いにしえの桃源郷。・・・心を自由に開放なさってね。』 そう言って、マサトのズボンの前に触れた。 だが、触れた途端、訝しそうにマサトを見上げ、 『あらぁ・・・ペニスホルダーなんて装着してるの?』 と、拳で、コンコン、と股間を叩いた。 マサトは苦笑し、 『夜の上海は物騒だと聞いてますから。』 と答えた。 『物騒だなんて・・・マサトのセリフとは思えないわ。』 『闇に生息しても用心深さは必要でしょう?・・私も常々、白鈴嬢の父君にお会いする度、注意されましたよ。』 『・・・そうね。・・・確かに父は用心深い人よね。』 白鈴は口の端で小さく笑うと、もたれていた体を起こし、天女に煙草を要求した。 マサトは自分も煙草をくわえ、白鈴のくわえた煙草に火を点けてやってから、自分の煙草にも火を点けた。 『・・・同志として、父君を尊敬しております。』 マサトが細く煙りを吐き出して言うと、白鈴は視線を逸らして、 『でも、約束は破ったわ。』 と、冷たく言った。 『・・・ほぅ・・・?』 『あん。マサトも覚えてなくて?』 『私も関係ある約束ですか?』 『そうよ。・・・父は以前、マサトと私を結婚させる、って言ってたじゃないの。』 白鈴が上目遣いにマサトを睨む。 マサトは、あぁ、と頷いてから苦笑し、 『あれは、もし・・・という仮定の話だったはすですよ?』 と、宥めるように白鈴の頬をそっと撫でた。 白鈴は、…ぁ…、と感じてしまったように一瞬目を閉じた。 唇から吐息をこぼし、マサトの肩に寄り掛かり、しばらくそのまま感じ入って体を微かに震わせていた。 肩に顔を押しつけたまま、ようやく顔を上げた時、白鈴の目は熱く潤んで、まさに恋する女そのものだった。 『・・・レディー・・・私達は生きる道が違うのです。』 『・・同じ東洋人だわ。・・そして、同じ闇に生きる者。』 『ですが、お互いに守るべき対象が違います。・・・仮に、世界を二分するような戦いが起こった時には共に手を取り合い、アジアの権利を守ろうと約束はしました。』 『そうよ。その時に、私とマサトが結婚すれば、二つの組織を巨大な一つの組織に出来る、って・・・』 『・・・それは、戦争が起これば、という仮定であり、私達は・・父君も・・戦争など起きないことが最善である、と考えております。・・・戦争を起こしたがる神々の戦士は、何かと因縁をつけては火種を撒く。我々は火種をどうにか消すように奔走しながら、戦争を回避させようと努力してきました。』 『・・戦っても負けるからでしょう?』 白鈴が冷笑を浮かべる。 『確かにアジアには、発展途上国や後進国が多く、圧倒的軍事力の前には到底及ばない。』 『マサトが尽力しているアフリカ大陸もね。』 『・・・そうですね。・・・いつも弱い立場の者達が、最も被害を受ける。”我等こそ正義”という理論で押し進む神の軍隊に踏みにじられるしかない。・・・ただ、彼等も絶対ではないし、総体的意志でもない。そこに喰らい付き、闇から地盤を揺るがせれば、対抗手段にも成り得るでしょう。・・・そう父君と話し、決意を新たにしました。』 『・・・だから?』 『最悪な事態になれば力を合わせなければなりませんし、お互いの組織が納得のいく方法は、私と貴女の結婚かも知れない、とは話しましたが、・・・私達は最悪な事態を避けることこそ大事と思ってますので、・・・結婚はあり得ない、という結論です。』 『・・・つまらないお話。』 白鈴は煙草を捨て、老酒を煽るように飲んだ。 『戦争がなくたって・・・手を組み、巨大組織として世界を牛耳ればいいじゃないの。』 『お互いに利害が一致する時もあれば、相反する時もあります。』 『私なら、マサトに全面的に協力を惜しまないわ。』 『・・・守る対象もお互いの主義も違うのです。主義を曲げ、守ることを忘れたら、組織の存在する目的そのものを失います。目的を失った集団は、迷走するしかありません。・・・迷走する集団は誰も守れない。・・・破滅するしかなくなります。』 『マサトなら、私も、私の組織も守れるわ。』 ・・・私の組織・・・ついに白状したか・・・ マサトは深い溜息を吐いた。 『・・・白鈴嬢。・・・聞き間違いでしょうか?・・・今、貴女の組織と聞こえましたが?』 白鈴は、ハッ、として顔を強ばらせると、 『・・いずれは・・・と言う事よ。』 と、マサトを睨んだ。 『それが李白龍率いる天龍のことだとしたら・・・貴女が首領になるとは思えませんね。』 『あら・・・どうして?』 『天龍は世襲制ではないはずです。・・・それに父君は貴女が組織に関わり過ぎることを懸念しておられた。』 『ええ。ロシアの大学に入らされて、どんなに窮屈だったか・・・。卒業して戻っても、マサト以外の男との結婚を勧めるし、それが嫌なら花嫁修業をしろ、と外資企業の秘書としての仕事に就かされて・・・もう、ウンザリだったわ。』 白鈴は新しい煙草を吸い始め、しばらくマサトとの会話が途切れた。 目の前のショーは相変わらず続き、汗まみれになって乱れた女性が、苦悶の表情で喘いでいる。 ・・・これ以上の追求は避けるべきだろうか・・・ マサトは悶える女性を冷たく見下ろしながら、考えを巡らせていた。 ・・・だが、白鈴が組織を手中に収める為、父親である李白龍を殺害したことは明白だ。 ・・・黄長仁は李白龍と親しかっただけに何かの切っ掛けでその事実を知ってしまい、暗殺されたのだろう。 ・・・島田もそれに気付いて拉致された? ・・・手を組むなら返そうという気はあるのかも知れない。 ・・・俺を怒らせない為に、まだ殺害はしていないはずだ。 ・・・だが・・・白鈴の誘いを拒めば・・・ ・・・島田や福島の命のみならず、巨大な組織を敵に回すことになるか・・・ ・・・白鈴が李白龍の遺志を受け継ぐ器量があればいいが・・・ ・・・私物化傾向が強すぎるようにも思える。 ・・・どうしたものか・・・ マサトは注がれた老酒を飲み干し、熱い息を吐いた。 スゥーッ…と膝から股へと手が滑る。 『・・・ねぇ・・・マサト・・・もっと、楽しいお話をしましょう?』 白鈴が顔を近付けて、誘うように瞬きをする。 『・・・ふむ・・・』 マサトがもう一度ゆっくり頬を撫でると、うっとりと目を細め、甘い息をマサトの顔にふわっと吐いた。 白鈴はマサトの手に自分の手をそっと重ね、それからマサトの手を大きく開いた胸元へと誘導した。 マサトの手が尖った乳首に触れると、……ぁ、、ぁ、、……と小さく声を洩らす。 マサトは白鈴を抱き寄せ、唇を重ねて熱いキスをしてやった。 『・・・あぁぁ・・・マサト・・・ずっと愛してたわ。』 そう囁いて白鈴もマサトの舌を求めて唇を吸った。 若松とワードは居たたまれない気持ちを堪え、沈黙しているしかなかった。 |
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<49> 「盲愛・妄執」 |
§49§「盲愛・妄執」 地下アジトに、マサトが若松に託したメッセージが届いた。 メンテが独自に開発した傍受されない専用回線による通信文。 それはワードの暗号解読コードがなければ内容を知ることの出来ない数字とアルファベットの乱数表。 アジトの通信室には文章に変換する装置があるので、すぐに解読出来るのだが、その内容を読んだ景山の顔色が変わった。 ◆―――――――――――― 1)天龍内にクーデターあり。 首謀者は李白龍の娘、白鈴。 李白龍はすでに殺害されていると推察される。 2)島田、福島、両名が行方不明。 黄長仁暗殺も含め、1)に起因していると考えられる。 3)白鈴は公華中央商社:会長として接近。 S(マサト)、ジャッキー(若松)、ワード(毛利)は龍華酒家へ出向く。 メンテと田代は帰国させる予定。 だが、いずれも連絡不能となった場合、拘束されたとみていい。 4)よって、ここに指令する。 天龍のNo.2〜No.13までの所在と動向を探れ。 反白鈴派と連絡を取り、危険が迫っている場合は保護すべし。 尚かつ、内紛や暴動は抑えるように説得を頼む。 「他組織内への干渉は極力避けたい。 白鈴も盟友の娘だけに処遇は天龍自身に任せたい。」 と、Sの意向を伝えよ。 5)戒を隊長として編成した小部隊を中国に潜入させよ。 但し、戒へは「白鈴には手を出すな。」と言明しておくべし。 景山は本部にて天龍幹部の保護と説得にあたれ。 以上、速やかに行動起こすべし。 ◆―――――――――――― ・・・・・戒・・・・・ その名前に事態の尋常でないことを景山は理解した。 ――景山戒(かい)…俗名:キラー ――景山勲の双子の弟であり、闇のNo.3。―― 景山がマサトの教育管として付いていた時、マサトのガードとして付いていた景山の弟。 ”マサトへの崇拝と忠誠で右に出る者はいない。” そう言われているが、実際にはマサトしか見えてない危険な人物なのだ。 マサトに仇なす者、害を及ぼす者、誘惑する者、全て抹殺してきた。 マサト自身、「戒。・・・お前は人を殺し過ぎる。」と、蛇窟島に隔離しなければならない程の狂信者だった。 ただし、才能はずば抜けている。 闇よりも密やかに、蛇よりも自在に、悪魔のような狡猾さで、鉄壁の城塞でも忍び込んでしまう。 完全に守られた要塞で寝首を掻かれる瞬間まで、誰も自分に危険が迫っていることを知ることは出来ないだろう。 それだけに危険過ぎた。 戒はマサトを恐怖の独裁者にしかねない存在だった。 マサトの存在だけが全てであり、マサトの為ならどんな手段も、どんな卑劣さも厭わない。 主義主張などクソ喰らえであり、愛や夢などヘドロに投げ捨て、仁義など小賢しい雑音でしかないのだ。 ミルクの純粋さなど通用するはずもなく、むしろマサトを惑わす害悪としか受け取らないだろう。 それでも、マサトが「手を出すな。」と命令すれば、当座は従う。 兄の景山の命令にも忠実な弟ではあった。 だが、狡猾だけに把握しきれない部分がある。 盲愛ともいえるマサトへの執着が、何をするかわからない怖さとなる。 ミルクが蛇窟島に滞在していた時、「ミルクに手を出したら、お前を100遍八つ裂きにしても許さねぇぞッ!」とマサトからキツク言われ、拗ねて挨拶の顔出しもしなかった、という変わり種である。 その戒を使うというのは余程のことだ。 戒の率いる部隊は別名”殺人部隊”。 景山は眉間にシワを刻み天を仰いだ。 そして、深い溜息を吐くと、地下アジトの更に下にある司令部へと降りていった。 龍華酒家の離宮。 白鈴に熱いキスをしたマサトは、 『さて・・・今夜はこの辺で失礼しよう。』 と言って立ち上がった。 うっとりとマサトにもたれていた白鈴は、体を突き放されてローソファーに体を沈めた。 『・・ッな・・・何故ッ?・・・宴はこれからじゃないのッ!』 悲しげな顔でマサトをなじる白鈴の目に、苛立ちの色が浮かぶ。 『私共は商用で来ているのです。・・・このような席で取引先相手に正体がなくなるほど飲むとお思いか?』 『仕事は仕事。プライベートはプライベートでいいじゃないの。』 『プライベートでは尚更に、恩師とも言うべき貴女の父君の許可もなく、このように戯れる訳には参りません。・・出来れば後日、父君も交えて歓談させて頂きたい。』 白鈴は、グッ、と奥歯を噛んだ。 それから表情のない白い顔で、スックと立ち上がった。 『宴は終わりよッ!』 白鈴が目をつり上げてヒステリックに叫ぶと、それまで……あはん、、、うふん、、、……と絡み合っていた女達が驚いた顔を上げ、ローブを胸につかんで部屋を飛び出していった。 天女達も恐ろしげに顔を伏せて部屋を出ていく。 『楊!入り口を封鎖なさい!』 そう白鈴に言われた楊は、部下を呼び命令を伝える。 ムーディックな音楽が止んで、照明も普通に戻り、宴会の場に白けた空気が流れている。 主である白鈴が、若い女性には似合わない腕組みをして仁王立ちになった姿は、桃源郷を気取った嘘臭さを物語っている。 マサトは若松とワードに片頬で笑って見せた。 若松とワードは事態の急変よりも、ようやく狂宴から開放された安堵感に笑みを返した。 『・・どーゆーことかな?』 マサトは白鈴に向けていた背中を、正面に向き直り尋ねた。 白鈴は腕組みをしたまま、背中を反らせ気味に顎を上げ、 『あなた達を帰す訳にはいかないわ。』 と、告げた。 『・・おやおや。・・何が気に障られたのか、わからないな。』 『とぼけないで。・・・もう、わかっているんでしょう?』 『・・・ほぅ?・・・・・何を?』 マサトの声と表情が変わる。 グッ、と低くなった声は闇の響きを持ち、瞳に紅蓮の炎が燃え上がった。 ――正面から真っ直ぐ見据えられ、白鈴は息を飲む。 息を飲み切なく恋しい男を眩しそうに見つめる。 ・・・どれほど憧れたか知れない。 一人の女として向き合ったら敵うはずもない、真の闇の覇王。 李白龍をして『魔郷こそ闇の支配者たる男。』と言わしめた圧倒的存在。 ・・・マサトの側に行かせてくれ、と何度懇願したことか・・・。 ・・・天龍の首領の娘。 ・・・磨き上げた美貌と体は誰にも負けない。 ・・・美と権力を兼ね備えた闇に咲く大輪の華。 ・・・私ほどマサトに相応しい女はいないわ。 ・・・なのに・・・父はマサトも組織も私にくれない・・・。 ・・・与えられないなら奪い取るまでよ。 白鈴はマサトの闇の視線を浴びて疼く体と心を引き締めた。―― 『あなたはもう私が何をしたか、知っている。・・・だから誘いに乗ろうとしないんでしょう?』 白鈴の言葉にマサトは口の端を上げ、冷たい笑みを浮かべた。 『貴女が何をしたか、はともかく・・・こんなバカげた狂宴に乗るのは、闇を知らないか、権力に溺れて思慮を無くした男共くらいだろう?』 『・・・あら・・・何がお気に召さないの?』 『桃源郷とは笑止。酒池肉林のソドムの園。・・・闇に生きる者なら、利用するものであって溺れる場所ではない。闇にあってソドムの虜となる者は堕落し朽ちるのみ。』 『そうかしら?・・歓楽街を作っても自分では遊ばないなんてバカげてるわ。・・そんな人がいるかしら?』 『・・・理解出来ない者に説明する価値なし。・・・だが、これだけは忠告しよう。真の盟友を得たければ、荒野で向き合え。遊興に狂った精神で何を語り合える?・・・こんな狂宴に喜ぶ男は信じる価値もない。そして、心から貴女を思う男は、侮辱としか受け止めないだろう。』 『違うッ!・・・私はマサトを侮辱したりしないわ。』 白鈴は恋する女心で訴えた。 ――哀れな恋する女。 ・・・それが盟友を死に追い込んだというのか? ・・・いや。・・・一途に想うだけなら罪はない。 ・・・だが、闇の力を得ることと恋する心を同一視するべきではない。 ・・・結果として闇の力を駆使する場合もあるにせよ、それが闇の力を得る目的であってはならないはず。 ・・・闇はそれほど甘い場所ではない。 ・・・自身を厳しく律してこそ、闇の力は真価を発揮するものだ。 ・・・あぁ・・・ミルク・・・ ・・・闇にあっても淡く光り、闇の力を求めも恐れもしない無垢の天使・・・ ・・・その出会いがなければ・・・俺は誰も愛しはしなかった。 マサトは目の前の女が愚かで哀れにしか思えなかった。―― 『では何故?・・・何故、一言相談してくれなかった?』 『・・・あなたは父の味方でしょ。』 白鈴はフッと視線を逸らして冷たい声で答えた。 『愚かな・・・。白龍殿ほど、貴女を愛しておられた人はいないのに・・・』 『父にはいつも組織こそが大事だったわ!・・・そして娘より・・・マサトを信じていた。』 『それは違う。父親だからこそ、娘を厳しい世界に踏み込ませたくなかったのでしょう。・・それでも、貴女が闇で生きることを望むなら、その厳しさを教えるしかなかった。』 『・・・ほぉーら、やっぱり。』 『父君以外に貴女に間違いを正せる人物はいないでしょう?それすらもわからないのか?』 『間違い?・・・あなたを愛することも間違いなの?・・・あなただって・・・恋人には随分甘いそうじゃないの。』 白鈴は激しい嫉妬に目を怒らせてマサトを睨んだ。 マサトは大きく溜息を吐いた。 それから、気迫の籠もった視線を白鈴に向けた。 『だからどうした?それが何だ?・・・・・と言いたい所だが、今、私のプライベートに触れることはやめて貰おう。』 『私には関係あるのよ。』 『冗談じゃない。勝手に関係を作らないで欲しいな。・・・貴女が恩ある盟友の令嬢だからこそ、こうして話もすれば心配もし、忠告もしてるのだ。貴女を敵と思ったら、とうの昔に見離している。』 『ホホホホッ。・・・随分、高飛車に出たものね。』 白鈴は体をくねらせて嘲笑した。 『何故わからない?』 マサトは眉間に苦悩のシワを寄せた。 『闇にも人の心にも悪魔は存在する。悪魔は常に甘言で誘惑する。力を得られよ、富を得られよ、敵を消せよ、と囁き続ける。・・・おうとも!力を得、富を得、敵を消滅せん!だが、我が目的を果たす時まで魂は渡さぬ!我が死を持って全ての罪を天の御前に晒し裁きを受けようぞ!・・・そう覚悟して初めて闇の力を自在に操れるようになるのだ。・・・目的を私事だけに悪魔の力を弄ぶ時、悪魔は容赦なく魂を奪い去るだろう。』 闇から響く悪魔の声そのものだった。 白鈴は思わす背筋が凍り付いた。 ――闇のオーラを雄々しく纏う闇の聖騎士。 振り下ろす剣が体を二つに裂こうとも、恋しさが消えることはない。 白鈴は恐れ戦きながら、熱い恋心を燃え上がらせた。 だが、マサトにその想いは届かない。 闇のオーラは激情の炎など撥ね除け寄せ付けない。 闇を抜けるものは透明な光だけなのだ。―― 『白鈴嬢。貴女がそれを理解出来たら、父君は貴女に遺志を託しただろうに・・・』 マサトは深い哀悼を込めて静かにそう言った。 『もう、けっこうよ。』 白鈴は口の両端を吊り上げて、冷酷な笑みを浮かべた。 『講釈はたくさんだわ。・・・どんなに御立派な事を言っても、今のあなたは私に逆らえないのよ?』 ・・・やはりそう来たか。 ・・・牙を剥き、戦いを挑んで来る者は誰であろうと敵。 ・・・敵に容赦のない俺を知っていながら自滅への坂を転げ落ちるか。 マサトは冷笑を返した。 『そうかな?』 『あなたは仲間を見捨てない。・・そうでしょう?』 『ふむ。・・島田と福島を拉致したのは貴女でしたか・・・』 『それだけではなくてよ?・・・先に部下を帰国させ、応援を呼ぶつもりだったようだけど、・・・残念ね。空港にいた二人も捕縛させて頂いたわ。』 『なるほど。・・・全て抜かりはない、ということか?』 『天龍を見くびらないことね。』 『・・・クックックッ。天龍?・・・さぁ、それはどうかな?』 マサトは肩を竦めてみせる。 『勿体付けた言い方はやめなさい!』 白鈴は弱みを悟られないとするように叫んだ。 それがむしろ弱点を晒しているのだが・・・。 『私の部下を捕まえたのはともかく、・・何故、黄長仁まで殺した?彼は中国にも華僑にも貢献し、天龍を尊重していたはずだが?』 『私に従わない者は粛正するしかないわ。その為にはまだ中央の動きを外に漏らす訳にはいかないのよ。』 『理由を聞いたんじゃない。同じ血が流れる同胞を自己利益の為に簡単に殺せてしまう人間を誰が信じる?・・・李白龍に続く黄長仁の暗殺は、貴女を一層孤立させてしまうだろう。』 『力があれば誰でも従うわ!力こそ全てよ!現にあなただって、私に逆らえないじゃないの!』 白鈴はそう言って、高らかに笑った。 そして、 『あなたにも、じっくり時間を掛けて、そのことを教えてあげるわ。・・・ホホホッ。私に縋って泣きを入れるまで、ジワジワと切り刻んであげてよ?・・・ホホホッ・・・アハハッ・・・いい気味よッ!』 と、言ってから、 『楊!連行しなさい!』 と、命令した。 |
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<50> 「監禁」 |
§50§「監禁」 ……ウフッ……ウフフフッ…… くすぐったくなるような笑い声・・・ ……ネェ……マサト……ネェネェ…… 頬杖をついて覗き込んでいるミルクの顔が、間近に見えながら霞んで見える。 ……マサトォ……オキナイノォ?…… クルンと明るい目を輝かせ、日溜まりの花のようにふんわりと笑う。 ……オキナイトォ……ツマンナァーイ……アソンデコヨォーット…… 微笑んだままミルクの顔が遠離る。 ・・・おい・・・ ・・・こら・・・待てよ・・・ マサトはミルクをつかまえようと手を伸ばそうとする。 なのに腕がなかなか上げられず、ようやく指先を動かした。 指が動いて、意識が戻った。 マサトは目を閉じたまま深呼吸し、それから状況を確認する。 香りのいいベッドに寝かせられている。 体の沈み具合から、柔らかめのマットレスのようだ。 しかも、ムートンの滑らかな毛足が肌をくすぐる。 全身にムートンの毛が触れる感触があるということは、全裸の状態のようだ。 マサトはここに至るまでの記憶を辿る。 ・・・宴の後・・・若松、ワードとは別の車に乗せられた。 車が動き出す前に、隣りに座った楊が、「しばらく眠って頂きます。」と言って上着を脱がせ、Yシャツを捲り上げた腕に注射を打った。 ・・・針が刺さると同時に痺れがくるような強い睡眠薬・・・ ――もっとも注射を打たれた瞬間、ネクタイピンに仕込んであった針を胸にチクリと刺した。 どんな強い睡眠薬でも2時間は眠らずに動ける毒を塗ってある。 まさに、毒をもって毒を征す。 眠らせた相手方は、睡眠薬を打って薬が効いたと思った時に油断することが多い為、隙が出やすいのだ。 多少の痺れと意識に霞みがかかる状態にはなっても、通常が研ぎ澄まされた感覚のマサトなら普通に動ける。 ただ、今回は若松やワード以外に、島田、福島、メンテ、田代が人質に取られていて、行動を起こす訳にはいかなかったのだが・・・。 人質を取っているのにわざわざ睡眠薬を使うのは、連れて行く場所を知られたくないからだろう。 どんな場所かと期待したが、乗り物を乗り換えることもなく、2時間もしないで到着した。 運転手が窓を少し開けていたのも、寝たフリをしながら状況を把握する役に立った。 都会の匂いから土の匂いに替わり、広葉樹から針葉樹の匂いに移り、やがて潮の香りがしばらく続いた後、鉄の臭いが充満するエリアに侵入した。 音の反響や車のクッション、そして動くコースから、闇夜でも製鉄工場と推察出来た。 公華中央商社の傘下に製鉄工場もあるが、ここは、上海から北へ100kmほど上がった海沿いにある工場だろう。 工場エリアを抜けた先にある建物の駐車場に入ったくらいで、意識を繋いでいた毒の効果が切れてしまった。―― ・・・目が覚めたら、これか・・・ マサトは表情を動かさずに苦笑した。 ・・・もう少し、夢の中でいいから、ミルクの顔を見ていたかったぜ。 マサトは部下を人質に取られた状況で、相手の為すがままでいる怒りを、静かな呼吸を繰り返して意識の底に沈めた。 複数の足音が近付き、部屋から少し離れた所で、 『何か動きはあって?』 と尋ねる白鈴の声が聞こえた。 『異常ありません!』 緊張した声が答える。 『まだ薬は切れないでしょう。薬効時間は丸一日ありますから。』 楊の声と同時に、ガチャッ、とドアの開く音がする。 隣りの部屋が廊下に面しているようで、まだ壁を隔てたくぐもった声で、 『だって、マサトですもの。一般のデータなんて役に立たないわ。・・あぁ、楊はここで待機してなさい。』 と、白鈴が言う。 『・・・ですが、”白鈴様”お一人で部屋に入られるのは危険です。』 『大丈夫よ。こっちには切り札があるんですもの。しかも6枚もね。フフッ。・・マサトが刃向かったら一人ずつ殺していけばいいのよ。殺した部下の体の一部でも切り取って見せつければ、従うしかない、と諦めるでしょう?・・ホホホッ。』 『・・・では、何かありましたらお呼び下さい。くれぐれもご注意を・・・』 『わかってるわ。』 煩そうに答えた白鈴が、マサトの寝かされている部屋のドアを開けた。 『・・・フフフッ・・・私の男。・・・やっと手に入れたわ。』 ドアを閉めた白鈴は、忍び笑いを洩らして呟いた。 それから、すぐにベッドには近付かず、ベッドの足元の壁際に行って、…カチャ…カチッ…、と機械を操作した。 と、部屋の四隅からアップテンポの音楽が流れ出す。 ……ギシッ…… 微かにベッドが軋み、マサトの剥き出しの脇腹にシルクドレスの布地が触れる。 ・・・毛布を胸まで掛けておけば良かった。 マサトはヘソまでしか毛布が掛けられていないことを悔やんだが、監視カメラが動きを観察していることを警戒して、動かずに寝たフリを続けていたのだから仕方がない。 『・・・美しい体・・・美しい蛇・・・』 白鈴の手がマサトの胸に触れて、蛇をなぞるように指を滑らせる。 片手で撫でていたのを両手で撫で始めた白鈴は、体を傾けてマサトの胸に上半身を預けるようにした。 ・・・どうやら監視カメラは付いてないらしいな。 ・・・いくら露出趣味があっても、誰が見るか知れない監視カメラのある部屋で、ラブシーンはしないだろう。 ・・・いや、いるかも知れないが、白鈴ほどプライドが高い女はしない。 マサトがそうした考えを巡らせている間も、白鈴は肩や胸に頬ずりをしてはキスを繰り返す。 スゥーッ、と白鈴の手が脇腹を通ってヘソの下へ伸び、毛布の中へ滑り込もうと動いた。 グキッ! 『アゥッ!!』 白鈴が悲鳴を上げて体を跳ね上げた。 『いかがされましたッ?』 悲鳴を聞きつけた楊が部屋に飛び込んで来る。 『あんまり行儀の悪いレディーなので、お仕置きをしたまでのこと。気にするな。クククッ。』 マサトは、苦痛に顔を歪めた白鈴の手首を握り、ゆっくり体を起こした。 『貴様に聞いてないッ!』 楊が胸から拳銃を取り出し、マサトに向けて怒鳴る。 『楊ッ、撃ってはダメよッ!』 『・・と言うより撃てるのか?・・この位置でなら、俺は白鈴嬢を盾に出来るぞ?』 楊は拳銃をかまえ、死角を探してジリジリと場所を移動するが、どう動いても手首をつかまれている白鈴がマサトに重なる。 マサトほどの男なら、引き金が引かれた瞬間に照準から外れてしまうだろう、と思うと楊には引き金を引けなかった。 『クックックッ。未熟な男だな。・・・白鈴嬢も敵にするには未熟過ぎる。・・・ったく、愚かだ。』 マサトが吐き捨てるように言うと、 『マサトも甘いじゃないのッ。こっちには人質がいるのよッ?』 と、苦痛と怒りを込めて白鈴がマサトを睨んだ。 『楊ッ。人質を一人連れて来て。マサトの目の前で処刑してやるわ。』 『はい。』 楊が拳銃を胸にしまいかけた時、 『おっと、楊よ。動けるのか?』 と、マサトが動きを征するように言った。 キッ、とマサトを睨んだ楊は、目を丸くして動きを止めた。 マサトの手が白鈴の首をつかんでいたのだ。 『何もナイフや拳銃だけが武器じゃねぇんだぜ?片手で首をへし折るくらい容易いことだ。つまり、俺も人質を手に入れたって訳だ。』 楊は青ざめて唇を噛んだ。 『・・・マサトに・・・私は殺せないわ。』 『甘えたことを言ってんじゃねぇぜ。てめぇで殺した親の威光を借りようとでもいうのか?』 『・・・でも・・・マサトはそーゆー男だもの。』 『俺を知ったように言うなら、俺をこれ以上怒らせて無事でいられると思わねぇことだ。・・・はっきり言う。俺は確かに盟友を大事にしたいと思っているが、盟友を殺したその娘より、俺に命をかけて付いて来てくれる部下の方がよっぽど大事だぜッ!』 次の言葉を失った白鈴の喉がゴクリと鳴る。 『俺が邪魔なら今この場で殺しておくべきだろうな。・・・ただし、俺を殺した時には、天龍の残党が一人残らず地上から姿を消すまで、復讐を止めない”殺人部隊”がいるってことを覚えておけッ。』 ”殺人部隊”。 ――誰もその姿を知る者はいない。 当然だろう。 姿を見た者は生きてはいないのだから・・・。 だが、彼等が通り過ぎた後は延々と続く死臭でわかる、と言われる。 かつて一部族を地上から消し去ったこともある、という噂もある。 証拠を残さないので誰も真実はわからないが・・・。 ただ、悪魔の所業と誰もが恐れている。―― 白鈴も噂は聞いたことがあった。 全身が鳥肌立ち、足元から寒気が這い上がってくる。 『・・・マサトがこちらの指示に従ってくれるなら・・・命まで奪う気はないわ。もちろん、あなたの部下も・・・。』 白鈴がカラカラに乾いた喉に何度か唾を飲み込んで声を絞り出した。 『たった今、処刑すると言わなかったか?』 『マサトが乱暴するから・・・』 『俺に触れるな。部下にも指一本触れるな。火の中に手を突っ込めば火傷ぐれぇするぜ。』 『・・・わかった。約束するわ。』 『それと服を返して貰おう。』 『・・・あの服はダメよ。服を調べていた者がうっかり針を指に刺して・・・命を落としたわ。』 『クックッ。・・・それは気の毒に。狙った訳じゃねぇぜ。』 『他の服を用意します。それでいいでしょう?』 『いいだろう。』 マサトは白鈴から手を放してやった。 白鈴は苦痛に顔をしかめて、マサトに折られた手首を、反対の手で包み胸に押し当てた。 『・・・天龍を掌握するまで邪魔して欲しくないのよ。』 『そんなことだろうと思ったぜ。』 『・・・私だってマサトが危険な男だってわかってる。だから人質が必要だったし、人質は二箇所に分けて監禁してあるの。・・・父の要塞ではない場所を選んだのも、父の要塞ではマサトの方が私より詳しいからよ。・・・どこに監禁されているかわからないあなたに、同時に二箇所の人質は救えないわ。そうでしょう?』 『・・・確かに。』 ――と言うより、白鈴の人質としての価値に疑問があった。 白鈴を人質に取って行動すれば、監禁場所まで案内させることも出来るだろうか、と考えはしたが、それが敵の思う壺かも知れない、と気付いた。 楊が隣の部屋に入ってきた時、白鈴を”白鈴様”と呼んだのだ。 ・・・楊が会社で白鈴を”会長”と呼ぶのはわかる。 ・・・が、アジトで”白鈴様”と名前で呼ぶのは変だ。 ・・・”ボス”と呼ぶ他の誰かがいると見ていい。 ・・・ソイツこそが一連の黒幕としたら、白鈴を人質に取って行動するのは早計だろう。 ・・・黒幕が、白鈴を前面に出して、天龍を乗っ取る為に利用しているとしたら、いずれ白鈴も邪魔になるはず。 ・・・白鈴に俺を怒らせるよう仕向け、俺が白鈴を殺せば一石二鳥か? ・・・それどころか、勝手に俺を李白龍暗殺の共犯に仕立て、天龍の憎悪を俺と”蛇窟”に向けさせるのが狙い、とも考えられる。 ・・・天龍が結束したら、”蛇窟”にも手強い。 ・・・しかも大義名分が天龍にあったら、他の組織も”蛇窟”に背を向けるだろう。 ・・・”殺人部隊”くらいでは、到底敵わない。 ・・・本当の黒幕を炙り出さなければ、簡単に動けないぜ。 そう結論に至ったマサトは、部下に手を出させない程度の脅しをしつつ、白鈴の策に巧く嵌ってっしまった役を演じることに決めたのだった。―― 提供された服は冴えない寸足らずのスウェット上下。 マサトの長い手足が中途半端にはみ出している。 ・・・チッ。 ・・・しまらねぇ恰好だぜ。 『では、目隠しをして場所を移動して貰う。』 不機嫌な顔のマサトに楊が命令した。 『ほぅ。・・・この部屋は牢屋じゃなかったのか?』 『ふざけるなッ!ここは白鈴様の私室だッ!・・・私は初めから、あの男は危険だから窓のない鉄扉の部屋に監禁するようにと、御忠告申し上げたのに・・・』 『我が侭なお嬢様の面倒も大変だなぁ?え?』 マサトは楊の部下に目隠しされながら喉で笑った。 『仕方がないさ。”我等”には白鈴様が必要なのだ。』 ・・・”我等?” ・・・楊と肩を並べる程度の首謀者? ・・・ここ数年で勢力を伸ばした若手か? 『・・・”お前等”。白鈴嬢をシンボルに仕立てて何をするつもりだ?』 楊は、ハッ、として、 『黙れッ!余計な事を言うと命令なしでも貴様を撃ち殺すぞッ!』 と、マサトの額に銃口を押しつけた。 スッ、とマサトの体が沈み、次の瞬間、足を振り払われた楊が床に叩きのめされ、拳銃を握った手を思い切り踏み潰された。 『アガッ!!・・グゥェェェッ・・・』 目隠しをされ、後ろ手に縛られている男の信じられない動きに、楊の部下数名が拳銃を向けて引き金を引いた。 ズガァーンッ!ズキュンッ!ガガンッ! グキッ!!バキッ!!ゴキッ!! 銃声と同時に骨の砕ける鈍い音が、床に這い蹲る楊の耳に聞こえた。 恐る恐る顔を上げた楊は、静寂の戻った室内に一人平然と佇んでいるマサトの姿を見出した。 三人の部下はマサトの放射状に床に倒れ込んでいる。 首をあらぬ方向に向けて泡を吹いている者、仲間の撃った弾に撃ち抜かれてしまっている者、頭蓋骨が異様に凹んで目が飛び出している者、全てもう息がない。 楊は、マサトという男のあまりの凄まじさに、全身総毛立ち失禁していた。 格が違う、レベルが違う、などという生易しいものではなかった。 ”俺に触れるな”という警告を守らなかった者への制裁は”瞬殺”で裁きが下る。 まさに・・・”悪魔”・・・そのもの。 蒼白になった楊はガタガタと震え、髪が真っ白く変色していった。 押さえてなくても恐怖で固まり動けなくなっている楊から離れたマサトは、後ろ手に縛られた両手を前に抜いて紐を解き、目隠しを上げて周囲を見回した。 ・・・たく、・・・余計なことをしなければ大人しくしているものを。 舌打ちした時、慌ただしく駆けつける足音がした。 バタンッ! 『何をッ・・・ウッ・・・これは・・・』 ドアを勢い良く開けて入ってきた男が、室内の惨状に顔をしかめて後ずさる。 『どうしたのッ?』 左手首に包帯を巻いた白鈴が男の脇を抜けて部屋に飛び込んでくる。 『マサトッ?・・・マサトはどこッ?』 ・・・ま、このくれぇにしておくか・・・ 入り口付近の天井に縁を利用して張り付いていたマサトが、白鈴の前に音もなく飛び降りた。 『ここにいるぜ。』 マサトが白鈴の後ろにいる男を睨みながら言うと、 『あぁ・・・マサト。無事だったのね。』 と、白鈴がマサトの胸に縋るように抱きついた。 自分の配下の者より恋しいマサトの身を案じてしまう女心の愚かさに、皮肉げな冷笑を浮かべたマサトを、新顔の男が忌々しそうに睨んだ。 『随分派手なことをしますね?・・ジャック総帥殿。』 『銃を向けられ引き金を引かれて、大人しくしてるほど、俺はお人好しじゃねぇぜ。』 それを聞いた白鈴は、 『楊ッ!マサトに手は出すなと言ったでしょうッ!』 と、床で変わり果てた姿で正気を失っている楊を、ヒステリックになじった。 『白鈴様、もう言っても無駄です。楊は使い物になりませんよ。』 そう冷たく見離したように言う男も”我等”と呼ばれるには相応しくない卑劣な男らしい。 ・・・一番まともだったのが楊か? ・・・楊も哀れな男だぜ。 マサトは寒々とした思いで、卑劣な男と哀れな女を蔑むように見下ろした。 『お前が白鈴嬢を唆した張本人か?』 マサトの問いに男は姑息な笑みを浮かべ、 『私は白鈴様のご心情に共感して御協力させて頂いているだけです。』 と、肩を竦めながら答えた。 『公華中央商社、社長付き秘書をしていた桂だったな?』 『これはこれは、覚えていて頂けましたか。・・光栄ですね。』 光栄と言いながら、桂の笑みがひきつる。 『フン。・・・で?・・・俺に何をさせたい?』 『何をって?・・とんでも無い。出来れば関わって頂きたくありませんでしたよ。関係もないのに、首を突っ込んでくるのはあなた方でしょう?・・黄長仁も余計な詮索をしなければいいものを・・』 マサトと歳が近く見えるが中身は自己中心的な子供だった。 マサトは話をする気が失せ、視線を逸らした。 『桂ッ。マサトを怒らせないでッ。マサトはいずれ私の男になるんだからッ。』 ・・・おいおい。 『私が仕掛けたことじゃないですよ。この者達が愚かだっただけです。』 ・・・てめぇが一番愚劣だぜッ! マサトは聞いてられなくなり、溜息を吐くと、 『とにかく!・・扱いさえ間違えなければ俺は大人しくしててやるぜ。牢屋に放り込みたければそうしたらいい。』 と言って、中途半端な袖を肘まで上げた。 『ただし、何度も言うが、俺や俺の部下に手を出したら、100倍にして報復してやるから覚えておけッ!』 『・・わ・・わかった。約束する。』 桂は思わず首を竦めて答え、厄介なものを抱え込んだと言いたそうな暗い顔で溜息を吐いた。 窓のない鉄扉の部屋は、鉄扉の上に覗き窓と下に食事を差し込む窓が開いているだけだった。 時々、扉の外に灯りがついて、監視係りが部屋を覗く。 監視係りが立ち去ると、灯りが消され、また部屋は暗闇に戻る。 灯りがついた時に部屋の様子を観察したが、隅にバケツが置かれてあるだけの何もない部屋だった。 ・・・あのバケツがトイレか? マサトは、フッ、と片頬で笑った。 ・・・いいさ。 ・・・あんな連中の臭いが充満する部屋にいるより余程マシだぜ。 マサトは冷たいコンクリートの壁に寄り掛かり、暗闇に目を向けて夢の続きを追う。 ・・・ミルク・・・ ・・・・・・いい子で待ってろよ・・・・・ ミルクの甘く香る涙を思い出す。 切なく優しい声で、「無事で帰って、、、」と祈るように呟いたミルク・・・。 ・・・チックショォーーーッ!! ・・・絶対帰ってやるぜッ!! ・・・仲間みんな引き連れ、日本に凱旋してやるぜッ!! ・・・待ってろよ!ミルク! マサトは、こんな所で死んでたまるか、と強い意志で誓った。 |
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