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<71>
「婚姻届」
§71§「婚姻届」

 ――時間は少し遡る。――


 マサトとミルクが覇羅蛇村から本宅に戻ってきた日。
 マサトが仕事の確認と指示をする為、その足で出掛けてしまったので、ミルクは有栖川家から引っ越した”自分の部屋”の様子を見ることにした。
 ミルクがずっと使っていた部屋の物を、そのままの状態でこっちの本宅に移してくれるということだった。

 その部屋に入って、ミルクは一瞬目を疑った。
 空間を抜けて家に帰ったような錯覚を感じたのだ。
 よくよく見れば、窓の位置や大きさ等、微妙な違いはあるが、それでも壁紙やカーテンまで新品になってはいても同じ柄だった。
「ほぇ〜……スゴーイ……」
 ミルクは感嘆の吐息をもらして眺め回す。
 一応、人が入っても恥ずかしくない程度に整理はしたが、机の上には鉛筆立てや可愛い文房具類が細々と並べてあった。
 それもそのままの状態で置かれてある。
 壁に貼ったアニメキャラのポスターも同じ位置。
 ベッドの上のクッションやぬいぐるみも同じ角度で置かれてある。
 この完璧さは、戒から命を受けたキラー部隊ならではかも知れない。
 元々が広めの部屋だったので、置かれてある位置感や奥行きもほぼ同じだった。
 ただ、クローゼットの扉が大きく、そこを開けてみて再び驚いた。
 元の部屋とは比べようもないほど広いクローゼットの内部は、物を整理する棚スペースと衣類を置くスペースに分かれていて、衣装棚には景山が揃えた普段着用の可愛い服がぎっしりと詰まっていた。
 ――確か、ミルクの為に”奥様の部屋”もマサトの寝室以外に用意されていて、そこにも可愛いドレス類がたくさんあったはずである。
 また、正装の為の衣装部屋もあって、そこではあるレベルを越えたパーティー以外では着れそうもないほどに、豪華なドレスが用意されているのを見たことがある。――

 ……ミルって…そんなに見窄らしかったかなぁ……
 ポリポリとコメカミを掻いて、ミルクは苦笑した。
 ……こんなに洋服あっても、当分お出掛け出来ないのにぃ……
 ……頑張って着てあげないと…洋服さんにも悪いよなぁ……
 ミルクが一着を選んで手に取ると、掛かっていたハンガーには”このワンピースにはC棚12番ケースの小物を合わせましょう。”と但し書きのカードが下がっていた。
 ……え…C棚12番?
 ミルクが焦って探すと、服と同じ素材の可愛い髪飾りと小さなアクセサリーまでセットになっていた。
 ……か…景山さんって…一体……
 仕事に厳しい普段の真面目な顔と、ミルクへの優しい顔の違いくらいはわかっていたが、この徹底したファンシーなこだわりが、ミルクには何だか可笑しくて楽しかった。
 ……そー言えばお耳をピンクに染めて毛皮着てるワンちゃんがいたなぁ……
 ……フフッ。……なら、ミルもペット気分で可愛くしちゃお♪
 そう思える所が、ミルクが兄のミツルと違うとこだろう。

 さっそく着替えて鏡に写してみる。
 まんざらでもなく、ミルクは鏡に向かって微笑んだ。
 ……でもぉ……体型変わったら着れなくなっちゃいそう……
 ……もう少し身長は欲しいけどぉ……胸はこれ以上大きくならないで欲しいよなぁ……
 ……あ…でも…着れない服はバザーに出せるなぁ……
 ミルクは壁のボードに飾ってあるスナップ写真を眺めて、親友の香織を思い出す。
 お互いの時間が合わなくて、最近会ってないが、落ち着いたらこっちにも遊びに来て貰おう、と思ったが、特殊な家だけに呼べないだろうと気付き、溜息を吐いた。
 本棚の下の段にあるアルバムを取り出し、ベッドに寝転がって眺め始める。
 そこには、もう会えなくなった友達やバラバラになった家族の笑顔が詰まっていた。
 ……パパぁ………美佳………
 幸せな花嫁になれたはずなのに、胸が痛い。
 新しく得るものもあれば、失うものもある。
 それくらい、わかっている。
 わかっていても、涙が込み上げてきてしまう。
 ミルクは、風に涙を乗せて心に溜まった悲しみと一緒に吹き流そう、とベッドから起き上がり窓を開けた。

 ビービービー!
 ……え?……え?え?……
 ミルクは慌てて窓から離れ、部屋の中を上下左右見回した。
「姫ッ!いかがなさいました?」
 戒がノックなしに部屋に飛び込んでくる。
「……わかんなぃ……」
 ミルクが困りきった顔で唇を尖らせる。
 戒は開いている窓に気付いて、ツカツカツカと窓まで進み、
「窓を開けられる時は、ドアの外に控えておりますガードに一言申してください。」
と言って、閉めた。
 それから小さなマイクで、「異常なし。警報を切ってよし。」と小さく告げた。
 それでようやく警戒音が止み、ミルクはホッと胸を撫で下ろした。
「……ごめんなさぃ……」
 ミルクが項垂れて言うと、
「いえ。初めにご説明申し上げるべきでした。・・・外の空気に触れたい時は庭を散歩されるのもいいですよ?今日は陽射しも暖かいですから、テラスでお茶に致しましょう。」
と、片眉を上げて微かに笑った。
 一見冷たそうに見える表情だが、その奥に温かさを感じる。
 一見穏やかそうで、穏和な笑みの奥に厳しさが垣間見える、景山とは対照的かも知れない。
 ミルクは、どちらも好きだなぁ、と景山兄弟のことを思った。


 午後1時を過ぎた時、マサトが慌ただしく戻ってきた。
 ミルクはサロンで海園麗が奏でるピアノの調べを聞きながら、毛利葉にチェスの手ほどきを受けていた。
 マサトはサロンに入るなり、イスに座っているミルクに、
「ただいま、奥様。」
と言って、キスをした。
 ミルクも、
「お帰りなさい、旦那様。」
と、頬を染めて応える。
 式を挙げてから、ママゴトのような会話を楽しむのが、マサトとミルクのプチマイブームになっていた。
「はいはい。では、お邪魔虫は退散致しましょう。」
 毛利葉(ワード)がそう言って席を立とうとすると、
「ちょっと待て。」
と、マサトが言って、空いてるイスに座ると、キュキュッ、とネクタイを緩めてワイシャツのボタンを外しながら大きく息を吐いた。
「坊ちゃま。随分お疲れのようですが・・・」
 それまでどこかに行っていた戒が、いきなりミルクの背後からマサトに声を掛けた。
 これにはミルクの方が驚いて、思わずビクッとして戒を振り返った。
「ああ。朝から会議の連続で、怒鳴りたいのを押さえてたからな。ストレスが溜まっちまったぜ。」
「怒鳴ってやればよろしいものを。」
 戒は冷たい笑みを浮かべ、眉を聳やかす。
 マサトは苦笑して首を振り、
「外部の人間もいるからそうはいかねぇのさ。・・だが、こっちの用事もあるし、時間が間に合わなくなると困るから、会議を抜けてきたんだ。毛利、ミルクの手助けをしてやってくれ。」
と、引き留めた毛利にそう言った。
「は?・・・手助けですか?」
「婚姻届を出しておかないとな。まだ、書いてなかったから・・・」
 マサトが指を、クイッ、とさせると、若松がマサト用のバッグから薄い紙を取り出した。
「こちらが予備の物です。」
 毛利がチェス台を端にズラしたのを、海園麗(ドルフィン)が壁際の棚にしまってくる。
 そして、
「会長。僕は失礼してもいいですね?後輩達の気合いが籠もった掛け声に刺激されて、体を動かしたくなっていた所です。」
と言うと、窓の外を指差した。
 ――庭を挟んだ対面には、訓練生達のトレーニングルームがある。
 完全な防音にはなっていないサロンなので、耳を済ませれば訓練生達の声がわずかに聞こえてくる。
 ミルクには海園の弾くピアノの音しか聞こえなかったのだが、演奏しながらも聞こえる海園の耳はレーダー並みなのかも知れない。――
「ああ。世話になったな。」
 マサトは海園に軽く手を挙げた。
「では・・・アリス姫もご機嫌麗しゅう。」
 優雅にお辞儀をしてサロンを出ていく海園の方が、余程高貴な姫君に見えてしまう。
「あ…麗さん。ありがとぉ。」
 ミルクは見取れながら手を振った。

 予備の婚姻届に若松の提示する資料を見ながら、必要事項を毛利が書き込む。
 それを見て、ミルクに書き写させようということらしい。
「この手の書類に書き込むのは、離婚届け以来ですね。」
 書き間違いはないかをチェックしながら毛利が言った。
「え?…葉さんって結婚してたのぉ?」
「はい。3年前に別れましたが。」
 毛利は、書き終わった婚姻届けをミルクに提示して見せながら、サラリと答えた。
「ミルク。それじゃ、毛利のを見ながら間違えないように書けよ?」
 マサトが若松に合図して、マサトがすでに書き込んだ婚姻届をミルクの前に置いた。
「あ…うん。」
 ミルクは渡されたペンで、眉を寄せながら書き始めた。
 その様子を見ながら、
「毛利の息子は7歳になったのかな?」
と、マサトが毛利と話し始めた。
 ――毛利葉(ワード)は37歳。
 SSの頃、同じSS隊員の女性と結婚した。
 毛利がSSSになってから、それまで以上に忙しくなったことぐらいでは、元隊員の妻が不満をこぼすはずがない。
 妻から離婚を申し出た原因は、休暇中でさえ書物に向かって一日過ごしたり、研究の為に出掛けてしまう夫を、夫や父親として感じられなくなった為だった。
 妻が「家族を選ぶか、研究を取るか、どちらかにしてください。」と詰め寄った時、毛利は「・・・済まない。」とだけ返したのだった。
 子供は男の子が一人で、今、妻子はイギリスで暮らしている。――
 毛利はフッと微笑み、
「はい。イギリスだけにジェームス・ボンドに憧れてましてね、時々顔を出してくれる若林支社長にモデルガンを強請るそうです。」
と、答えた。
「ククッ。若林は子供の目から見ると、そのままボンドらしいからな。・・・いや、女性達から見てもそうか?・・・俺も今度ご子息の様子を見てこよう。」
「ありがとうございます。喜びます。息子には会長もヒーローらしいですから。」
「ほぅ?」
「何でも雰囲気がバットマンだそうです。」
 それにはマサトも苦笑し、若松も笑いを噛み殺した。

「あーん……笑わせないでよぉ……字が震えちゃうじゃぁーん……」
 ミルクが紙に顔を伏せて笑いを堪えている。
 離婚したことが毛利の辛い過去だったなら、触れてしまって悪かったと思っていたが、今でも交流があり、他のメンバーのフォローもあることで、安心したミルクは、マサトがバットマンだという子供の素直な意見が、笑いのツボにハマってしまったのだ。
「・・・というより・・・ミルク。何で自分の名前をカタカナで書くんだ?」
 マサトは思い切り眉をひそめて言った。
「え……だってぇ…試験だってカタカナ……」
「毛利がちゃんと漢字で書いてるだろ!」
「そんな怒んなくてもぉ……じゃぁ……こうすれば……」
 ミルクがカタカナを横線で消して脇に小さく漢字で書き込む。
「バッカだなぁ。婚姻届は修正出来ねぇんだぞ!」
「ぅぅ〜〜〜……」
 ミルクが涙目で睨む。
 マサトは舌打ちして、
「若松。まだ予備があったな。」
と、新しい紙を出させ、
「今度は間違えないように確認しながら書けよ?」
と、念を押した。
「……ぁぃ……」
 ミルクは目を擦って、頬を膨らませながら、また書き始めた。

 三度目の正直、でようやく書き上げた婚姻届を持って、マサトは席を立った。
「…マサトぉ…もぅ、行っちゃうのぉ?」
「役場で母上と高藤が待っているんだ。俺も会議を待たせてるしな。」
「御夕食は一緒に出来る?」
「いや。会食がセッティングされてて無理だな。」
「……そぉなんだ……」
「済まない。なるべく早く帰るよ。・・・明日は朝が早いから、今夜くらいは俺もゆっくりしたいさ。」
 マサトはそう言って、
「じゃぁ、留守番を頼むよ。奥様。」
と、ミルクにキスをし、ミルクは、
「いってらっしゃいませ。…旦那様。」
と、小さな声で答えた。
 明日が早い理由は、マサトが海外へ旅立つからだ。
 ミルクは、マサトが若松とサロンを出て行っても、ぼんやりイスに座っていた。
 毛利は、・・・今なら妻の寂しさが理解出来る・・・と、ミルクの白い頬を痛々しく眺めながら思った。

 と、そこにマサトを見送ってきた戒が戻ってきて、
「アリス姫。姫も少しトレーニングをされるとよろしいでしょう。」
と、声を掛けた。
「……したくないもん……」
 ミルクが丸いアンティークなテーブルの足を蹴飛ばしながら言う。
「ここのトレーニングルームにはトランポリンや一輪車もあります。姫がやってみたい遊具があればすぐに用意させましょう。」
「……トランポリン?……怖くない?」
「少しずつ慣れていけば、大丈夫です。」
 戒が胸を張り、顎を上げて言う。
 そう言われると、ミルクも何だか出来そうな気がしてくる。
「あ…後ねぇ、リボン体操もしてみたいんだけどぉ……」
「用意させましょう。・・では、姫。お着替えを。」
「はーぃ。」
 ミルクは気持ちを替えることにして、元気にイスから立ち上がり、
「お世話になりました。…チェスも楽しかったです。どうも、ありがとう。」
と、毛利に頭を下げた。
 そして、急ぎ足でサロンを後にして、若松から貰ったトレーニングウェアに着替える為に”自分の部屋”へと向かった。


 夜、11時近くになって、マサトが帰宅した。
 ミルクは夕方まで色々体を動かしていたので、お風呂で汗を流して夕食を食べてから”自分の部屋”でお気に入りの音楽を聴いている内に眠ってしまっていた。
 マサトは仕事の汗を流してから、眠っているミルクを抱き上げ、二人の寝室へと連れていった。

 ベッドに寝かされ、キスを繰り返される内に、ミルクの目が覚めてきた。
「、、、ん、、、ンァ、、、マサト?」
 睫毛の長い重そうな瞼をゆっくり開けるミルクを、マサトは愛おしそうに見つめ、
「ただいま。・・・可愛い奥様。」
と、舌を絡めてキスをした。
「、、、ぁ、、、ん、、、お帰りなさぃ、、、素敵な旦那様ぁ、、、」
 ミルクは甘えてマサトの首に腕を回す。
 すでにお互いが一糸纏わぬ姿で、肌を合わせている。
「・・・遅くなってごめん。・・・寂しかっただろ?」
 ミルクのふっくらした胸を優しく撫でて、耳元で囁く。
「、、、ん、、、でも、、戒さんが遊んでくれたから、、、」
 マサトの愛撫に感じて背中を浮かせながら、ミルクが答える。
「それならいいが・・・今し方、玄関で毛利に叱られたよ。」
「、、、葉さんが?、、、何?」
「・・・私の轍を踏まれませんように、だとさ。」
 マサトはそう言って、眉を曇らせると、ミルクの乳首をキツク吸った。
「、、ぁ、、ぁん、、、鉄を踏むとどなるの?」
 ミルクはマサトの髪を撫でながら首を傾げた。
「ククッ。自分のようにはならないように、って言う忠告だろう。」
 マサトはあどけないミルクが可愛くて、胸に頬ずりをして教える。
 ミルクの甘い花の香りに、意識が陶酔していく。
「だが・・俺はお前を手放さないぜ。未来永劫、ミルクは俺のものだ。」
 マサトはキッパリと断言して、反対側の乳房を掴み乳首を噛んだ。
「あ、、、んんっ、、、」
 ミルクは目を閉じて仰け反る。
「ぁぁ、、、ハァ、、、ミルもぉ、、、ずっとマサトといるぅ、、、ハァ、、、」
「ミルク・・・俺の天使・・・愛しているぜ。」
「ミルもぉ、、、ミルの素敵な聖騎士様、、マサトを愛してるぅ、、、」
 マサトとミルクは見つめ合い、頬を擦り合わせ、熱く唇を重ねた。

「もう、誰が何と言おうと、ミルクは俺の奥様だぜ。」
 マサトはミルクの蜜壺に指を差し込み、クチュクチュ、、と音を立てて掻き回しながら言う。
「あぁ、、、ぁぁぁん、、、あぁぁん、、、熱ゅぅ、、、」
 ミルクは感じるあまり腰を浮かせ、身悶える。
「法律でも認めさせた。もう誰にも文句は言わせねぇ。」
 クチュクチュクチュッ、、、
 指の動きが早くなり、ミルクは自分の胸をつかんで顔を左右に振る。
「あぁぁぁ、、、感じるぅ、、、あぁぁん、、、蜜と一緒にとろけちゃうぅぅ、、、」
「いっぱい感じさせてやるぜ。お前を俺でいっぱいにしてやる。」
 マサトは指や掌だけでなく、手の甲まで蜜で濡らしている。
「あぁん、、、マサトの蛇シャン、、、欲ちぃぃ、、、」
 ミルクが手探りでマサトの逞しくそびえ立つ蛇竿を握る。
 マサトの勃起した蛇は、ミルクの指が回りきらず、両手で握っても蛇頭を覗かせるほどに首を伸ばしている。
「、、あぁぁ、、、ドクン、、ドクン、、、してるぅぅ、、、」
 ミルクがうっとりと撫で上げる。
「ミルクの中に入りたがってるぜ。」
 マサトは蜜壺から指を抜いて、蛇に手の蜜を塗りたくる。
「ほら。・・・自分で入れてやれ。」
「、、、ぅん、、、」
 ミルクは上半身を少し起こし、マサトの蛇を自分の膣口に宛った。
「、、、入ってぇ、、、」
「よぉし。侵入するぞ。」
 マサトが腰を前に押し出していく。
 ズブリ、、、ズブズブズブゥゥゥ、、、
「あぁ、、、あぁぁぁ、、、入るぅぅぅ、、、あぁん、、、おっきな蛇シャンがぁぁ、、、あぁぁぁん、、、入ってくるぅぅぅ、、、」
 ミルクはめり込んでいく蛇の赤黒い胴体を撫でながら、見えなくなるまで観察していた。
 そして蜜壺の奥に当たった時、
「あぁぁぁ、、、当たるのぉぉぉ、、、たまらないよぉぉぉ、、、」
と、反り返ってベッドに倒れ込んだ。
 まだ、埋まりきらない根元が見えている。
 マサトはゆっくりと腰を動かし、膣壁を押し広げていく。
「あぁ、、、あぁぁ、、、あぅぅぅ、、、」
「・・・まだ痛む?」
「、、、少しぃぃ、、、ん、、でもぉ、、、気持ちいいよぉぉぉ、、、」
 マサトの逞しい蛇に慣らしても、ミルクの幼い膣は離れている期間が長いと収縮してしまう。
 その為、久々の逢瀬には、丁寧に大事に扱いながら慣らしていく手順を毎回踏まなければならない。
 またしばらく離れることになる。
 ・・・いつか俺の形を覚え込みピッタリと嵌るようにしてやるぜ。
 マサトは焦れったく腰を動かしながら、ミルクを突き上げた。
「あぁぁぁぁ、、、くるぅぅぅ、、、めちゃめちゃくるよぉぉぉ、、、」
 ズンッズンッズンッ、、、
 脳天に響く刺激が突き刺さる。
 ジュップッジュップッジュップッ、、、
 押し広げられて強く擦られる膣襞が、裂けそうになりながら甘い疼きを全身に伝える。
「ハァァ・・・気持ちいいか?」
「、、うん、、気持ちいいぃぃ、、、ハァハァ、、、」
「アァァ・・・俺を愛しているか?」
「、、うん、、愛してるぅぅぅ、、、アフッ、、、ハァァ、、、」
「ウゥゥ・・・俺も気持ちいいぜぇ。」
 マサトはようやく根元までピッタリと収まった蛇を膣の中で回転させる。
「あぁぁぁぁ、、、マサトがいっぱぁぁぁいぃぃぃ、、、」
 ミルクは激しく身を捩り、快感に悶え狂う。
「お前を俺でいっぱいにして・・・俺を刻み込んでやるぜぇぇ!」
 マサトは腰を浮かせると大きく前後に動かし始めた。
 ズズンッ!ズズンッ!ズズンッ!
 グッチュッ、、グッチュッ、、グッチュッ、、、
 力強く突き上げられ、ミルクは意識が目映い虹色の世界へと昇っていく。
「あぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ、、、、、」
 立て続けの絶頂に体が痙攣する。
「俺のエナジーを吸い尽くせぇぇぇ!ぐぅぅぅっっっっっっっ!!」
 マサトも背中が焼け付くような熱さの中で、大量のスペルマをミルクの中へと迸らせた。

 しばらくはお互いの息遣いだけが聞こえていた。
「ハァァァ・・・ミルク・・・愛してるぜ。・・・泣きたいほどに愛しい・・・」
 マサトはまだ意識の飛んでいるミルクを抱き締め、ベッドに静かに横たわった。
 ミルクの前髪を撫で上げ、唇を押し当てる。
 ミルクの甘く香る汗を吸うように、額から頬へ顎へとキスを繰り返す。
 明日からまたしばらく顔を見れなくなると思うと、このまま大きなトランクにしまい込みたくなる。
 一緒に連れていけたら、と思っても、今回はそうもいかなかった。
 マサトはミルクの長い睫毛にキスをして、その白い頬に熱い涙を一滴落とした。
 それは、誰も知ることのない熱い涙だった。

<72>
「朝までの夢」
§72§「朝までの夢」

 ……フフ……ウフ……フフフ……
 ・・・ククッ・・・・・こらこら・・・・・クックックッ・・・
 ……クスクス……アン…イヤァン……クスクス……
 密やかな囁きが夜陰に響く。
 甘く優しく切ない響き。
 誰はばかることもない二人だけの秘め事。
 それでも声を忍ばせ、笑いをそっと洩らす。
 見つめ合う目と目は熱く潤んで、零れる甘い息が混じり合う。
 しっとりと湿った肌から靄が上がるほどに、熱い繋がり。
 溶け合う魂を確かめるように、肌を重ね、深い結びつきを感じ合う。

 ミルクはマサトと向き合って、絶対的支配者にして暴君の蛇を体内に抱き、ゆっくりと前後に体を揺らしている。
「、、ハァ、、、あぁん、、、蛇シャンがぁ、、、」
「・・んー?・・・蛇シャンが?」
「、、、ミルの中でぇ、、、熱々になってぇ、、、ドクンドクンってしてるのぉ、、、」
「そうだなぁ・・・ドクンドクンてしてるなぁ・・・クククッ・・・」
 マサトは片腕をミルクの腰に回して体を支えてやり、片腕は額の汗を拭ってやったり胸を撫で回してやっている。
「、、あぁぁ、、、熱ゅくてぇ、、、火傷しちゃうかもぉ、、、」
「蛇はとっくに火傷してるらしいぜ?」
「、、、ぇー、、、何でぇ、、、?」
 ミルクは恍惚とした顔で、絶え間なく続く快感に意識を奪われそうになりながら、首を傾げてマサトを見つめる。
「ミルクの花園に恋い焦がれて真っ赤々だろ?」
「、、、ぁー、、、いやぁ〜ん、、、クスクス、、、旦那様ってエッチィ、、、」
「その蛇を・・キュウキュウ締め上げてる奥様もエッチだぞぉ?」
「、、、そぉ、、、?」
「可愛くて素敵で・・・かなりエッチな奥様ミルク。」
「、、、ウフン、、、マサトのせいじゃぁ〜ん、、、」
「クックックッ・・・そうかぁ?」
「、、そぉ〜だもぉ〜ん、、、ウフフフ、、、」
「ククッ・・・なら、もっとエッチにしよう・・・」
 マサトは枕の下から細長いコードの付いた小さな物を取り出した。
 ミルクはマサトの手元に顔を近付け覗き込む。
「、、、、、なぁにぃ?」
「・・フフン。使えばすぐにわかるぜ。」
 マサトはそう言って、コードの片方に付いているスイッチをONにした。

 …ビィィィィン…ヴィィィィィィィンン……
 小さな音をさせている一方の細長い球体をミルクの乳首の回りに押しつけた。
「あぁッ、、、」
 ミルクの体が、ビクンッ、と反応する。
「あ、、、ぁぁぁ、、、こ、、ぁぁぁー、、、な、、な、、んー、、、」
 これは何?と聞きたいのだが、ミルクはあまりの刺激で言葉が出てこない。
 顎を上向け、大きく仰け反って体を震わせている。
「これはローターっていうヤツさ。小さいが、けっこうバイブレーションが効いてるだろ?」
 マサトはミルクの乳輪をローターで擦る。
 ミルクの乳首が異様に突起してくる。
「あぁぁ、、、あぁん、、、うぅぅ〜ん、、、」
 ミルクは初めての感覚に戸惑いながらも、感じて涙ぐんでいる。
 マサトと繋がっている腰までが小刻みに震えてくる。
 乳首で感じる快感が、腰を無意識に動かしてしまっているのだ。
「クククッ。・・・ほぉら・・・淫らな腰つきになってきたぞ?」
「、、、ぅぅ、、、ぁぁぁん、、、マ、、サト、、、ぁぁぅ、、、いじわるぅぅ、、、はぅぅ、、、」
 ミルクはたまらず、腰を上下にホッピングさせ始めた。
 背中を反り返らせるミルクの片腕をしっかり掴み、ローターを一方の手で擦り続ける。
「あぁぁぁぁぁ、、、ハァハァ、、、あぁぁん、、、ハァハァ、、、」
 息遣いが荒くなり、汗が噴き出してくる。
 仰け反った頭を振ると、湿った柔らかな髪が大きく波打ち、汗を飛ばす。
 ミルクの中で何かが切れてしまったように、花弁をマサトの股間に擦り付け、蜜を溢れさせる。
 擦り付けながら上下に跳ね続け、肉襞はギュウギュウ、、と蛇を締め付け続ける。
 ミルク自身の反応が、ミルクの内側に反射して返ってくる。
 快感が過剰にミルクを襲い、思考を奪い感性を狂わせていく。
 もう感じ取るという感覚が麻痺して、激流のような快感の渦で全身が覆われてしまっていた。

「・・・ここまで反応があるとは・・・」
 マサトの方もミルクの過剰な反応に少なからず驚いていた。
 これ以上は危険を感じ、
「今夜はここまでにしような。」
と、ミルクを抱き締め、宥めるようにキスをする。
 けれど、ミルクは聞こえてないように体を震わせている。
「あぁぅ、、、ぁぁぅぅぅ、、、あぁぁぁん、、、ハァァ、、ハァァ、、、」
「よしよし。・・・いかせてやるから・・・シー・・・大丈夫・・・大丈夫・・・」
 マサトはミルクを抱えるようにしてベッドに寝かせ、痙攣して喘いでいるミルクを優しく抱き包むと、腰を動かして突き上げ始めた。
「、、ハァハァハァ、、、あぁぁぁあぁぁぁん、、、アフッ、、、ハァハァハァ、、、」
 ミルクは、もう何が何だかわからずに、激しく首を振り、よがり声をあげ続けている。
 それでもマサトの突き上げに、いつもの快感が体を満たしていって安心したのか、啜り泣きながらマサトにしがみついて、何度も絶頂に甘く切ない声を上げた。
「あぁぁぁぁぁぁーーっっっ、、、あぅん、、、あぁぁぁぁぁーーん、、、」
 ひときわ高い声が寝室に響き、ミルクは意識を失った。
 マサトは少し遅れてミルクの中に射精した。

 ゆっくりと体の結合を解くと、勇ましかった蛇が、茹で上がったタコのような情けない顔で現れた。
 熱い蜜に浸り過ぎて、蛇グラッセのようだ。
 ほのかに甘い芳しい匂いまで漂わせている。
「・・チッ。・・・生意気だぞ。」
 マサトは蛇の項垂れた頭を軽く指で弾いてから、おもむろにティッシュを取り、ミルクの足を広げて溢れてくる白濁液を拭き取ってやった。
 それから、どさくさに紛れて投げ出されていたローターを手に取り、
「・・・こいつは使えるぜ。」
と、ニヤリと笑った。
 ・・・フッフッフッ・・・
 ・・・ミルクが今度、愚図って我が侭を言ったら、コレで責めてやろう・・・
 感じやすいことは知っていたが、ここまでの反応があるとは予想外だったマサトは、先が楽しみだ、と満足そうな笑みを浮かべて、ミルクを腕枕してやった。


「……ンン……熱ゅっ……フゥゥ……」
 高いよがり声をあげ続けたせいか、喉の乾きを覚えたミルクが目を覚ました。
 マサトもミルクの寝返りで目覚めていた。
「・・・どうした?」
 マサトがうつ伏せになったミルクの頬を撫でる。
「……喉ぉ……カラカラぁ……」
「そっか。じゃぁ、レモネード飲むか?」
 マサトが体を起こして、サイドボードに置かれた水差しに手を伸ばす。
 コップに半分ほど注いで、ミルクの前に持っていってやると、ミルクはマサトの手ごと掴んでコップに口を付けた。
 が、一口飲んで眉を寄せ、
「…ぅぅ……ぬるくてヤァァ……」
と、頬を膨らませながらマサトの手を押し戻した。
 それから思いついたように、頭を上げると、
「…そー言えばぁ……夕食の時に飲んだカシスジュースぅ…美味ちかったなぁ……」
と、呟いた。
「カシスジュース?」
 マサトは夕食を一緒にしてなかったので知らなかった。
 両手で頬杖をついたミルクは、フフッ、と笑顔になり、
「うん。麗さんのリクエストでねぇ、御夕食の時に出てたのぉ。真っ赤でねぇ、透明感があって綺麗なジュースぅ。」
と、嬉しそうに話す。
「ほぅ。・・・まだ、あるかな?」
「…うーん…どうかなぁ?……でもぉ、大きな水差しいっぱいに用意されてたしぃ…まだ半分くらい残ってたんだけどぉ……」
「まぁ、あればいいが・・・取り敢えず聞いてみよう。」
 マサトが電話の受話器を取って、内線のボタンを押そうとする。
「あッ、ダメッ!」
 ミルクがマサトの腕にしがみついて押さえる。
 マサトは怪訝な顔で、
「何なんだ?・・・飲みてぇんだろ?」
と、少し、ムッ、として言った。

「こんな時間だもん。もう、みんな寝ちゃってるじゃん。」
「起きてる奴もいるさ。」
「でも…それはお仕事で起きてるんでしょう?…だったら余計な事をお願いしちゃダメじゃん。」
 ミルクはそう言って起き上がった。
「自分の飲みたい物くらい、自分で持ってこなきゃ。」
 マサトは夜中だろうと明け方だろうと、周囲に使用人がいる状況では、自分で動くことはなかった。
 一方ミルクは、自分のことは出来る限り自分でする、という環境で育ってきたので、マサトとは意識のズレがあった。
「あのなぁ・・・使用人がいるんだから呼べばいいじゃねぇか。あ?」
 マサトが溜息まじりに言うと、
「それって横暴ぉ。」
と、ミルクがベッドから起き出し、ガウンを羽織りながら睨んだ。
「なっ・・・クソッ。・・・俺だってなぁ、潜伏先じゃ何でも自分でやってるぜ。」
 マサトが苛立って言い返すが、
「じゃぁ、行こぉ?……厨房へ突入ぅー!…フフフッ。」
と、無邪気な笑顔を向けられ、一気にクールダウンしてしまった。
「・・・ったく・・・しょーがねぇなぁ・・・」
 マサトもベッドから下りて、ガウンを羽織り、帯紐をきっちりと結んだ。
 そして、ドアの方へ歩いて行こうとしているミルクを、
「おいッ。」
と、呼び止める。
 ん?、とミルクが振り返ると、
「パンツぐれぇ履け。・・いや、ナイティーもちゃんと着てからにしろ。」
と、目を眇めて注意した。
 ミルクは、ハッ、と気付いて赤面し、コソコソと素肌に掛けたガウンを脱いで、ナイティーを着てパンツを履いた。
 それからガウンを羽織り直して、
「用意出来ました。」
と、マサトに敬礼してみせた。
「・・・よし。・・・行くぞ?」
「ラジャー。」
 マサトは・・・何なんだ、そのラジャーは・・・どこで覚えたんだ?・・・と内心ブツブツと文句を呟きながら、ミルクの手を握って寝室をコソッと抜け出した。


 何故か足音を忍ばせて歩く。
 階段の手摺り付近では身を屈ませて、周囲を警戒してから一段ずつ静かに下りていく。
 廊下に出る時は、手前の壁から人影がないかを探ってから進む。
 敢えて電気も点けず、足元の非常灯だけで薄暗がりを注意深く歩いていく。
 こうしてみると、ミルクの家とは比較にならないほど、大きなお屋敷だと実感する。
 暖房も廊下までは効いてないのか、足元が寒くて鳥肌立ってしまう。
「ヘクチッ!!……ンン……」
「シィーーッ。」
 ミルクのクシャミに、マサトが人差し指を口の前に立てて、眉をヒクヒクさせて注意を促す。
「…ぁ…ご……」
 マサトに睨まれ、ミルクは口を押さえ、それから、「ごめんなさい」、と唇を動かしただけで伝えた。
 マサトも「後少しだ。油断するな。」とゆっくり唇を動かしてやる。
 ミルクは首を捻り、…うどん、喰うか?…へ?…と悩み出す。
 ミルクがキョトンとしているので、マサトは・・・ミルクに読唇術くれぇ教えねぇと・・・戒に言っておこう・・・と、肩を落とし、あまりにも頼りない相棒のミルクの手をしっかりと握り直した。

 警備室のモニター係からの連絡で、戒がモニター室にやってくる。
 いくつも小さな画面が屋敷内を写し出しているが、そこにしっかり”コソコソ歩く二人連れ”をサーチしていた。
「・・・あの・・・如何致しましょう?」
 部下の問いに、戒は呆れ顔で、
「何て稚拙な探偵ごっこだ。・・・いっそ姫を救出する王子役でもなされば宜しいものを。」
と、言ってから、
「ボスが明日からしばらく留守にされるから、姫と遊んで差し上げてるのだろう。好きにして頂けばいい。」
と、イスに座って二人の様子を眺め始めた。
「キラー将軍。コーヒーをお持ちしました。」
 別の部下が湯気の立つコーヒーを戒に差し出す。
「うむ。ご苦労。」
 戒はコーヒーカップを手に取り、湯気の向こうの小さなモニター画面を、楽しそうに見つめた。

 ようやく辿り着いた厨房は、廊下よりも薄暗かった。
 広い調理場の奥に、銀色に冷たく光る大きな壁が見えた。
 よく見ると、それは壁ではなく、いくつもの扉が並ぶ冷蔵庫のようだった。
「…きっとあの中にあるね?」
 ミルクが目を輝かせて息だけで囁いた。
「・・うむ。おそらく・・・」
 マサトが真剣な顔で頷く。
 ミルクは、わーい、と指先で音を出さずに拍手すると、ススッ、と冷蔵庫に向かって歩きだした。
「待て。用心しろ。」
 マサトが腕を掴むと、唇を尖らせたミルクが振り向き、
「だってぇ…喉乾いちゃったんだもん。」
と、拗ねたように答える。
「どの扉にあるか、わかってるのか?」
「……知らないけどぉ……きっとどれかでしょ?」
「・・・まぁな・・・」
 ミルクは、ニパッ、と笑って見せ、冷蔵庫まで歩いていった。
 そして、適当に扉を開けた途端、
「……っ…キャァァァーーッ!」
と、叫んだ。
 マサトはミルクの声に驚き、咄嗟にミルクを後ろから抱き締めた。
「どうした?!」
「…し…死体……」
 マサトは、サッ、と顔色を変えた。
 ・・・戒の奴か?
 ・・・こんな所に死体を転がしておくなよなぁ・・・
 と、ミルクの開けた扉を確認の為に覗き込んだ。
 一瞬固まる。
 いきなり目の前に、ブタの顔が現れたのだ。
 ・・・ブタ?
 ・・・って、食材じゃねぇか?
「・・・おい。・・・奥様。」
 マサトは胸に顔を埋めてしがみついているミルクの頭を撫でた。
「・・・ブタだぞ?」
 ミルクは顔を上げず、いやいや、と首を振る。
「ぅぇぇ〜ん……だってぇ…顔だもぉ〜ん……」
 マサトは困って、
「あー・・・これはブタの皮で作ったお面だ。料理の飾りにな。」
と、適当に説明した。
「……お面なのぉ?」
 ミルクはおずおずと顔を覗かせ、マサトを見上げた。
 マサトは、うんうん、と自信たっぷりに頷いてやる。
 子供騙しだろうが、嘘だろうが、ミルクが納得して安心すればそれでいい。
「……そぅ……」
 ミルクはマサトから離れないものの、どうにか納得したらしい。
 が、考えてみれば、ブタの皮で作ろうと、そのままブタの顔の皮だろうと、ブタはブタなのだ。
 ブタの顔は怖いが、ブタの皮のお面は怖くない、というのも変な話だったが、所詮は子供、と口の端で笑うに留めた。

 貼り付いて動けなくなったミルクの代わりに、マサトが扉を開けて確認していく。
 そして、容器に入った赤い液体をやっと発見した。
 ・・・血じゃねぇのかよ?
 マサトは綺麗とは思えずに容器を取り出して、
「これか?」
と、ミルクに見せた。
「…あ!…それそれぇ〜。」
 ミルクが嬉しそうに返事をする。
 マサトはコップを探して、注いでやる。
 甘い香りは確かに果実のものだった。
 念の為、マサトが先に味見をしてからミルクに渡した。
 ミルクは、コクッコクッ、と二口飲んで、
「はぁぁん……美味ちぃ……」
と、満足した笑顔で息を吐いた。
「…ウフッ……ありがとぉ、旦那様ぁ。」
「どう致しまして、奥様。」
 しゃがみ込んで調理台を背にもたれかかり、念願のカシスジュースを飲むミルク。
 マサトはミルクに並んで座り、肩を抱き寄せた。

 パチパチパチ・・・
 拍手の音と共に、厨房の明かりがつく。
「見事ルビーの液体は盗み出せたようですね。」
 入り口から戒が声を掛けた。
 マサトは、フッ、と片頬で笑い、やれやれ、と首を振る。
 マサトにも行動を把握されているだろうことは、当初から判っていたことだった。
「…あれ?……戒さん、どぉしたのぉ?」
 ミルクだけは作戦が成功したと信じきっていた。
「姫。そのルビーの液体を私にも頂けますでしょうか?」
「ぁ…これ?カシスジュースだけど、いい?」
 ミルクはそう言って注いであった分を飲み干して、戒の為に新しくジュースを注ぐと、零さないように気を付けながら持っていき手渡した。
「頂きます。」
 戒は乾杯をする仕草をしてから、ゆっくりと飲み干し、
「御馳走様でした。」
と、ミルクに笑みを向けてコップを戻した。
 マサトも立ち上がり、ミルクのすぐ後ろまで歩いてくると、背中からミルクを抱き締め、
「戒。起こして悪かったな。」
と、言った。
「…ぇ?……起こしたのぉ?…誰が?」
 ミルクは真上を見上げてマサトの顔を覗き込む。
「俺達に決まってるだろ。」
 マサトは苦笑してミルクの鼻にキスをした。
「…ぇー……そうなのぉ?」
「ガードの者が、怪しいねずみが二匹、・・いえ、そうは申しませんが・・動き回ってらっしゃるのですが、と報告して参りましたので、拝見させて頂いておりました。」
「……拝見?」
「屋敷や庭はモニターで常にサーチされてるんだぜ?」
「……えー?……じゃぁ、バレバレ?」
「ま、そーゆーことだな。」
「……ぅぅぅ……苦労したのにぃ……」
 ミルクはガッカリして、マサトに寄り掛かった。
「なかなかに見事な・・・とは言い難いですが、素敵なドラマを楽しませて頂きました。・・・ですが、アリス姫。」
「……ぁぃ?」
「これからは、飲み物が欲しい時には使用人をお呼びくださいますよう。」
 戒に恭しくお辞儀されて、そう言われ、
「……ぁぃ。」
と、ミルクは小さく頷いた。

「さて。すっかり体が冷えちまったな。・・・飲み物も確保したし、ネクストラウンドに挑戦しようぜ。お・く・さ・ま。」
 マサトがミルクを抱き上げて、不敵に笑う。
 ミルクは目を丸くして、
「…本気?……旦那様ぁ……」
と、頬を染める。
「朝までは、まだまだ時間があるじゃないか、ハニー。」
 マサトがわざとらしく高いトーンで言う。
「…ぁ……ぁん……だってぇ……」
 ミルクは恥ずかしそうに、マサトの肩に顔を隠す。
「・・・お好きなように。では、私は失礼致します。」
 戒は眉を聳やかして背を向け、足音もなく立ち去っていった。
「ほぉーら、怖い魔法使いは消えてしまったよ、ハニー。」
「…んっもぉ……旦那様ったらぁ……戒さんに失礼だよぉ……」
 そう言いながらも、ミルクはクスクスと笑いを零した。
 マサトは愛しさを込めてミルクを見つめ、
「・・・愛してるぜ、ミルク。」
と言って、熱いキスをした。
 そして、
「時間が惜しい。」
と、ミルクを抱き上げたまま、急ぎ足に階段を駆け上がって行った。

<73>
「籠の鳥?」
§73§「籠の鳥?」

 マサトが外国へ行って、寂しがる暇もなく、新学期が始まった。
 ミルクは香蘭学園の二年生となった。

 始業式の翌日の朝礼で、ミルクは体育館の壇上に呼ばれ、学園長からのお話として、
「有栖川美琉玖さんは、この度、原田雅人氏とご縁があって婚姻されました。これは御両家の御都合により時期が早まったということだそうですが、ミルクさんが本校の生徒であることは何ら変わりません。これまでのように、皆さんと机を並べて勉学に励まれますので、皆さんも騒ぎ立てることなく、これまで通りの友情を育んでください。」
と、マサトとの結婚を紹介された。
 歓声、拍手、一部男子生徒達からのブーイング、女生徒達の溜息など、反応は様々だったが、概ね好感をもって受け入れられた。
 そして、一時は騒然となった一同も、その後に学園長の長々とした講話を聞かされ、騒ぐ気力が失せてしまった。
 ただ、ミルクが新しいクラスの教室に入った時には、皆が遠巻きに囁き合う姿も見られ、すぐには受け入れられない空気が漂っていたのも、仕方ないことだった。
 二年では一条小百合とは別クラスになり、一年の時に親しくなっていたクラスメートも、今回のことでミルクとの違和感を感じてしまったようで、話し掛けてこなかった。


 それでもチャレンジクラブの皆は祝福し歓迎してくれたので、ミルクはホッとし、初めて笑顔になることが出来た。
 そうしたこともあり、ミルクが部室にいる時間がこれまでより多くなっていった。

「まったく・・・去年と同じ顔してるぜ、アリス。」
 新しく部長となった上杉謙也が、うつむきがちなミルクの肩を軽く叩いて苦笑した。
 ――上杉はミルクの親友、橘香織の彼氏だった。
 上杉の親族で運営するボランティア活動に香織も参加していて、二人は将来一緒になることを約束していた。
 一度別れていた期間があって、再びお互いをお互いに必要なパートナーだと認め合っただけに、仲のいい恋人同士なので、ミルクがあてられることもしばしばあった。――
 ぼんやりと窓の外を眺めていたミルクは、
「…ぇ……あ、上杉部長。…ミルはもう”アリス”じゃないと思うんですけどぉ……」
と、唇を尖らせた。
「ハハッ。アリスはアリスだよ。」
「……でもぉ……」
「もちろん、名字に因んで生まれた愛称だけどさ。でも、それだけじゃ、みんながアリスとは呼ばないぜ。」
「……そぉーですかぁ?」
 ミルクが首を捻ると、
「香織も言ってるけどさ、アリスの明るい目にはどんな世界が写ってるんだろう、って不思議な気がしてしまう時がある。・・・何もないのに、優しい笑みを浮かべたりしてさ。・・・そんな姿を目にする度に、きっと夢の世界に迷い込んでいるんだろう、って・・・」
と、クスクス笑い出した。
「あー……何かぁ…バカにしてません?」
 ミルクが頬を膨らませると、
「してない。してない。むしろ誉めてるんだよ。」
と、上杉は耳の後ろを掻いた。
「……は?……誉める?」
「うーん・・・誉めるって言うのも誤解あるかぁ。・・・何と言うか、アリスを眺めてるだけで気持ちがほんわりと優しくなれる、・・・とは、香織のセリフだけどさぁ。ハハハッ。」
 上杉はもう、説明すると言うより、香織のことを言いたいだけのように、顔を赤くして照れている。
「…クスッ。…どうも、御馳走様ですぅ。」
 ミルクは、ほわっ、と笑ってペコリと頭を下げた。

 束の間の穏やかな時間だったが、周囲から奇異な視線を向けられてしまうミルクにとって、チャレンジクラブは安らぎの場所だった。


 屋敷に戻れば戻ったで、マサトのいないその”お屋敷”は、実際の大きさ以上にミルクの心に重くのし掛かっていた。
 皆が以前と同じに”アリス姫”と呼ぶので、それは”一族の首領の妻”という立場の代名詞として受け止めていた。
 マサト以外に名前を呼ばせない為でもあったし、そう呼ぶ人々もミルクを個人と捉えない言い方として、呼びやすいようだった。
 言うなれば、”姫”はミルクでなくてもいいのだ。
 マサトが愛した対象だからこその”姫”だった。

 ただ、戒にとっての”姫”は、すでにミルクでなければならなかった。
 自分が責任を持って”姫”としての教育をし、躾ているミルク以外には考えられないことだった。
 ミルクが”姫”として相応しくなければ、それは自分の恥であり、屈辱でもあった。
 然るべくして、かつてマサトに向けた情熱が、このどうにも頼りないミルクを”一人前の姫”に成長させることへと向かっていた。
 ミルクにも、それは有り難いことだったが、マサト以上に過保護になりつつある戒は、厳しい時よりも脅威になりつつあった。
 厳しく注意されても、自分が反省して改善する努力をすればいい。
 けれど、保護欲が異様に過敏になる時には、自分のせいで誰かが傷付かないか、と心配になる。
 マサトが戒を理解し大切に思う反面、遠ざけるしかなかった気持ちが、わかってしまうほどだった。
 それでも、「ミルが悪かったのぉ…」と言えば、納得してくれる分、ミルクの方が安全とも言えた。
 何しろ、戒にとってマサトは”完全”であり、”絶対”であり、万一にも非があるはずがなかったからだ。
 それが、ミルクに「ミルが悪い」と言われれば、結局は、自分の教育がまだまだ行き届かない為、と戒自身を責めるしかない。
 景山が「アリス様なら大丈夫でしょう。」と穏やかに笑って言った由縁がそこにあった。


 スポーツ新聞でのスクープがまだ出ていない、ある日。
 ミルクは戒とガード二人に守られて、デパートに買い物に来ていた。
 ミルク自身が買わなければならない物はほどんどなかったが、それでも学用品や参考書以外にも必要な小物類を、自分で選んで買いたいのは女の子としては当然だった。
 そして、デパートに足を運んだ以上、全階を網羅してチェックしたいのも当然の欲求だった。

「あ…ねぇ、このワイシャツぅ…戒さんに似合いそぉ……」
 紳士服のコーナーで、ミルクが嬉しそうに言う。
 戒の胸にわざわざ当てて合わせてみて、
「うん。似合う、似合う〜。」
と言うワイシャツは、ベビーピンク。
「こっちのペールグリーンはお兄様に合いそうじゃない?」
 ――ミルクがここで言う”お兄様”は景山のことである。
 戒も名字が景山なので、戒に対してだけは”お兄様”という言い方をしていた。――
 戒は、その目に染みるようなワイシャツを、眉をひそめてしばらく見ていたが、やがてゆっくり片眉を上げると、
「そうでしょうか?」
と、まんざらでもなさそうに言った。
「うんッ。絶対似合うよぉ。それに春なんだもん。これくらい明るい色を着てる方が、春だなぁ〜って気持ちがして楽しいと思うけどぉ?」
「・・・そうですねぇ。・・・ですが、合うネクタイがあるかどうか・・・」
「あッ、ならネクタイも合わせよぉ?」
 ミルクはベビーピンクとペールグリーンのワイシャツを手にして、ネクタイの並んだコーナーへと向かう。
「…ん〜…ピンクにはやっぱ茶系よねぇ……」
 ミルクが、茶系のネクタイをワイシャツに合わせてみながら独り言のように言うと、後ろから覗き込んだ戒が、
「・・・ふむ・・・?」
と、顎に手を当てた。
「ほら、桜餅も葉っぱが茶色でしょう?フフッ。」
「・・・私は・・・桜餅ですか?」
 戒の押し殺した声に、ミルクが振り向くと、戒が頬をヒクヒクとさせている。
 ミルクは、ん?、と首を傾げてから、
「…ってゆーよりぃ…満開の桜のイメージかなぁ。…で、お兄様は桜が散った後の新緑の葉桜。…ね?…そんな感じしない?」
と、少し離れて見ているガードに同意を求める。
 ガードは戒の顔色を伺ってから、何となく戒が嬉しそうな表情をしているので、同意するように頷いた。
「あ、やっぱりぃ?フフッ…フフフッ。」
 ミルクは楽しそうに笑いながら、ネクタイを選ぶ。
 そして、
 ベビーピンクには明るめの茶色を、ペールグリーンには濃いめの茶色をそれぞれ選んで、
「これぇ…買ってぇ?」
と、戒に頼んだ。
 もちろん、戒が反対する理由もなく、即決で購入した。

 そうした調子で、ミルクの”お買い物”は、偶々目にした物が誰それに合いそう、という理由で欲しがる、単純でささやかな衝動買いだった。
 戒がそれに特に反対することはなかったが、おもちゃ用品売り場では、ゲームを欲しがるミルクとあまりゲームを良く思わない戒との押し問答となり、戒の組んだトレーニングを休まない、という条件でようやく買って貰えた。

「アリス姫。そろそろ戻りましょう。」
 戒が腕組みをして溜息を吐きながら言ったのが、動物コーナー。
「ぁーん……もぉ、ちょっとだけぇ……」
 ガラス越しに見える子犬や子猫の愛らしさに、ミルクの足は釘付けになってしまっていた。
 ――ミルクの家では、母親が「先に死なれるのが悲しいから。」と飼うことに反対していたので、ペットを飼ったことがなかった。
 一度マサトが可愛いミルクスネークをプレゼントしてくれたが、地下アジトの修復の時に蛇神に預け、それが縁となって蛇神の息子に嫁いでいった。
 今は、蛇神の息子が蛇窟島の主となるべく渡航したのに従い、南洋の島で穏やかに暮らしているらしい。――
「あまり真剣に御覧になっては、余計に執着が湧いてしまいます。会長がお認めにならない限り、生き物は飼えません。・・・さぁ、もう参りましょう?」
「……だってぇ……」
「いけません。」
「……ケチ。」
 ミルクは、チラッ、と戒を睨んで渋々張り付いていたガラス窓から離れたが、
「あれ?…あっちに可愛いのがいるぅ〜。」
と、小さいペットの方へ行ってしまった。
 そして、インコのヒナを食い入るように眺め始めた。
 まだ羽が濡れたように見窄らしく、喉の下にエサ袋が脹らんでいる。
 この状態から飼えば手乗りになる、と店員の説明を聞いて、どうしても欲しくなってしまったのだ。
「……買ってぇ?」
 ミルクがうるうるとしながら訴えるように言う。
 戒が無言に首を振ると、ミルクは鼻を赤くして頬を膨らませ、
「…いいもん。自分のお小遣いで買うもん。」
と、小さなバッグから財布を取り出した。
「姫。会長がお認めになられませんよ?」
「……マサトさんには…帰ってきたらお願いするもん。…誰にも迷惑は掛けない。自分のお部屋でミル一人で育てるもん。」
 ミルクはそうキッパリ言うと、店員の説明を聞きながら必要な物を買い揃えていった。
 ヒナ自体はそう高くはなかったが、保温器や寝床に敷く細かいチップや飼育餌などを全部揃えると、かなりの出費となった。
 財布の中に残っていた実家で貰ったお小遣いは、それで底をついてしまった。
 ミルクが使うお小遣いのことは、まだマサトと相談していなかった。
 結婚してもお小遣いが貰えるものかどうかもわからない。
 もしかして貰えないのでは、という懸念もある。
 ……バイトしたいなぁ……
 ミルクは支払いを済ませ、軽くなった財布をバッグにしまいながら、小さく溜息を吐いた。

 それでも、ヒナを入れてもらったケースを胸に抱くミルクは、本当に嬉しそうだった。
 帰りの車の中でもずっと膝に抱き、冷えないかと心配して、体で覆うようにしていた。
 その姿を見ていると、戒も・・・会長のお留守でお寂しいのか・・・と哀れに思えてきて、マサトへの口添えをしてやろう、という気持ちに傾いていた。


 ミルクがインコのヒナを飼い始めて、ほどなく、スポーツ新聞にマサトとミルクの結婚の話題が取り上げられ、周辺が騒がしくなった。

 ミルクが真っ先に心配したのは母親のことだったが、
「ちゃんとガードされてますからご心配なく。」
と、戒が言うように、母親はマスコミが集中して家に押し掛けてきていた間、ホテルに移って大事をとっていた。
 そして、これを機に家の改装をすることにして、高藤と一緒に業者との打ち合わせをしたりと、ミルクが心配するよりずっと楽しく前向きに過ごしていた。

 問題だったのはミツルの方で、ミルクが呆れるほどマスコミで騒がれてしまっていた。
 学校へ行っている間のTV番組は録画しておいて貰い、ミツルの特集を扱っている週刊誌は買ってきて貰った。
 剣道で高校生チャンピオンになった時の映像が見れた時は、…なんだかラッキー…と思ってしまったミルクだったが、見る度にやつれていくようで心配が募っていった。
 海外を飛び回っているマサトに電話で、
「どうにか出来ないのぉ?」
と訴えたが、
「自分で勝手に飛び出したんだッ。頭を下げて泣きついてくるまで放っとけッ。」
と、冷たく突き放されてしまった。
 ミルクが、せめて差し入れをしたいと願っても、
「姫が出向かれることは、騒ぎの火に油を注ぐことにしかなりません。」
と言われ、連れて行って貰えなかった。
 現実的に自分一人で動くことも出来ず、ミツルを心配しながらも何も出来ないでいた。


「……籠の鳥と同じ……」
 良く晴れた穏やかな日、ミルクは随分大きくなったヒナと、庭の芝生で日向ぼっこをしていた。
 部屋の中ばかりでは強くなれないだろうと、暖かな休日に日光浴をさせることにしたのだ。
 思わず呟いた独り言に、ミツルがずっと昔に言っていたことを、ふと思い出した。

 ――――――――――
 ミツルは、切実な必要がない限り、動物をペットとして飼うことを好まなかった。
 ――「なぁ、ミルク。どんなに厳しい自然環境であろうと、その為に命を失う仲間がいようと、動物は自然のままに生きるのが一番幸せなんだと思うよ。」――
 ミツルはそうミルクに話した。
 幼いミルクは、
 ……「でも、お兄たん。お店にいる子達はぁ?…飼われないとどうなるぅ?」……
 と、幼い疑問を投げ掛けた。
 ――「確かにね、飼ってやらなければ生きようがない状態にある動物は多いね。・・・あの子達は、大事に育ててくれる人との出会いを信じて待つしかないのかも知れないね。」――
 ……「ミルたんも大事するぅ…」……
 ――「飼うことは責任を担うことでもあるんだよ?・・・それは一つの命の生き様を見つめることでもあるんだ。」――
 幼いミルクには理解出来ない言葉だった。
 ――「例えば鳥を飼うとしよう。鳥を籠に入れても、お日様に当ててやらないと弱ってしまう。だけど窓際に置いたら、仲間と思った自然に生きている小鳥が近付いてくるかも知れない。・・・大空を自由に飛び回れる鳥を見て、籠の鳥はどう思うだろうね?・・・今度は仲間がいない独りぼっちが寂しくて、飛べない空を見るのが悲しくて、心を病んで弱ってしまうだろう。・・・そんな鳥を見たいと思う?・・・愛するということは、時に傲慢な場合があるんだよ。」――
 ――――――――――

 幼い心では理解出来なかったが、優しく語るミツルの言葉は記憶されていた。
 そして、今のミルクになら、ミツルの言いたかったことが理解出来た。
 ……でも、お兄ちゃん……
 ……もう守られなければ生きれない命が存在する以上、せめて目の前の命を愛することくらい…いいでしょう?
 ミルクは微風そよぐ暖かい芝生に、ヒナを出してやった。
 ミルクも芝生に寝転がり、チョンチョン、と芝をつつきながら小さく跳ねるヒナを間近で眺めた。
 ……ミルも一人では生きれない……
 ……籠の鳥でも…籠の外が怖い鳥だっているんだもん……
 ミルクは、ぼんやり考えながらヒナを眺める内に、段々眠くなってきてしまっていた。

 眠ったつもりはない。
 高い小枝からの自然界の鳥のさえずりは、ずっと聞こえていた。
 けれど、視界からヒナの姿が消えていた。
「ぇ……ルビー?」
 インコの小さな丸い目が、あまり綺麗な赤色だったので、そう名前を付けていた。
 ミルクが起き上がって周囲を見回すと、植え込みの近くで跳ねているヒナを見つけた。
「ルビー……そんなに遠くに行っちゃダメだよぉ……」
 ミルクがヒナを脅かさないようにゆっくり近付いていった、その時、影が視界を過ぎった。
 一瞬、何が起こったのか判らなかったミルクが、
「いやぁぁぁぁぁーーーっっっっっ!!」
と、叫んだ時にはもう遅かった。
 ヒナは、大きな口を開いて飛び掛かった蛇に、飲み込まれてしまったのだ。
 ……嘘ッ……うそうそうそぉーーッ……
 ミルクは信じられずに蛇のシッポをつかんでいた。
「・・・?!っわぁぁぁーーー!!アリス様、お止めください!お放し下さい!」
 ガードが真っ青になって叫ぶ。
 それでもミルクは蛇を逆さまにして振っていた。
 そうすれば口から、ポロッ、と零れ出て、オオカミに食べられた赤ずきんのように助かるのではないか、と。
 ガードは後ろから羽交い締めにしてミルクの両腕をつかみ、蛇を無理矢理放させた。
 強硬手段もやむおえない。
 その蛇は、マサト愛用の猛毒を持った蛇だったのだ。
 蛇はヒナに満足したのか、反撃することもなく、胴体の一部を脹らませ、サッサと姿を眩ませてしまった。

 所用で出掛けていた戒が、連絡を受けて戻ってきた。
 戒は激昂して蛇の飼育係を責め立てた。
 いくら蛇を崇める一族でも、猛毒を持った蛇を放し飼いにはしない。
 以前はマサトの部屋で自由に放していた為、たまに迷い出てくる蛇もいたが、今はちゃんとした飼育用の部屋で管理されていたのだ。
「・・す・・・済みません。防護服がほつれていたのに気を取られて・・・ゲージが緩んだままだったことに気付けませんでした。」
 土下座して謝罪する飼育係に、
「言い訳無用。お前の過失は許されざる罪だ。」
と、戒は凍り付くほどに冷たい声で宣告した。
「それほど防護服が大事なら、スズメバチの大群をその中に入れてやろうじゃないか。え?・・・防護服に守られて、のたうち回り苦しむがいい。」
 苦しむどころではない。
 命が危ぶまれる。
 だが、戒は本気で言っていた。
 戒の決定を覆せる存在は二人しかいない。
 一人は当然マサトだが、今は留守にしているし、もう一人景山参謀はそこまで弟に干渉はしなかった。
「……戒さん……」
 部屋で泣いていたミルクが、戒が帰宅したことを聞いて、探して飼育室まで来ていた。
 ミルクは戒の胸に抱きついて、
「ごめんなさい。ミルが目を離しちゃったのがいけないのぉ。だから、ミルが悪いのぉ。」
と訴えた。
「姫。飼育係の罪は罪。見逃す訳にはいきません。」
「……じゃぁ……ミルもスズメバチの刑ぃ?」
 ミルクはしゃくり上げながら戒を見上げる。
「姫が自由に快適に過ごされるように配慮するのが我々の務めです。それが損なわれたのですから、姫が悪い訳ではありません。」
「……でも……ルビーの責任はミルが持つって言ったのに…目を離したのはミルの責任でしょう?……本当に…ミルが悪かったのぉぉぉ……」
 ミルクはそう言って、戒の胸に顔を埋め、服にしがみついて泣きじゃくる。
「・・・・・姫・・・・・」
 戒はミルクの髪を撫でながら溜息を吐き、
「わかりました。今回の処分は、会長がお戻りになるまで保留に致しましょう。・・・私にも留守にしていた責任がございますから。」
と静かに言って、怒りを納めた。
 そして、この件は以後、取り沙汰されることはなかった。


 連休も間近い暖かな日、戒は、部屋に籠もりがちなミルクに、庭で日光浴をするようにと勧めた。
 芝生に座ってぼんやりと空を眺める。
 もう陽射しは暑いくらいで、ミルクは羽織っていたカーディガンを脱いで、白い肩を剥き出しにした。
 ミルクの肌は日焼けしない不思議な体質をしていた。
 風が吹き抜けるとまだ涼しかったが、火照る肌には気持ちが良かった。
 ミルクが目を閉じて、風の音を聞いていると、
「ただいま、奥様。」
と、優しい声が聞こえた。
 目を開けて顔を向けた時には、もうミルクの目にいっぱいの涙が溢れていた。
 言葉も出ずに、ミルクは手を伸ばす。
 マサトは芝生からミルクを抱き上げて、額をくっつけ合わせると、
「今、帰ったよ。」
と、囁いて優しいキスをした。
 ゆっくりと優しい、慈しむようなキスの後で、ミルクはようやく、
「お帰りなさい、旦那様。」
と、涙いっぱいの笑顔で言った。

 マサトはそのまま芝生に座り、ミルクを膝に抱えてキスを繰り返した。
 そして、何度もミルクの顔を見つめ頬ずりをしてから、
「お土産があるぜ。」
と、若松が持っているピクニックバスケットをミルクの前に置かせた。
「フタを開けてごらん。」
 と言われ、片側のホックを外してバスケットのフタを開けると、ぬいぐるみが顔を出した。
 キラキラと光る丸い目と赤い小さな舌が、生きているように愛らしい。
 ……しかも動くぬいぐるみ……
 ミルクがそう思った時に、ぬいぐるみが籠から飛び出してきた。
「……え……えぇ?!」
 ミルクが呆気に取られていると、
「トイプードルって種類のれっきとした生きている犬だぜ?」
と、マサトがクスクス笑いながら言った。
「えぇぇぇぇーー…可愛いぃぃぃーー!」
 ミルクはぬいぐるみにしか見えない子犬を抱き上げた。
「……でも……いいのぉ?」
「フッ。・・・まぁ、俺のいない所で可愛がるんだな。・・・でないと、嫉妬しても・・・俺は責任は負わないぜ。」
 マサトはそう言ってウィンクしてみせた。
 おそらく戒がインコのヒナの一件を話していたのだろう。
 そして、ミルクがペットを飼えるようにと、進言してくれたのだろう。
 ミルクはトイプードルの子犬に頬ずりをしながら、
「ありがとぉ、マサト。」
と言って、マサトの頬に感謝のキスをし、
「戒さんも、ありがとぉ。」
と、マサトの後ろで見守っていた戒に、感謝の笑みを向けて言った。
 戒は、澄まし顔で片眉を上げただけだったが、どことなく満足そうに見えた。

<74>
「花嵐」
§74§「花嵐」

 入籍したものの離れ離れだったマサトとミルク。
 ようやく甘いひと時が訪れようとしていた。
 けれど・・・

「・・・おい。・・・ミルク。・・・早くこっちに来いよ。」
 ミルクが寝室のドアを少し開け、廊下に顔だけ出しているのを、マサトが苛々しながら呼ぶ。
「…だってぇ……ねぇ…鳴いてない?」
 と、振り返ったミルクに、
「聞こえねぇよッ。・・・仮に鳴いてようがなぁ・・・」
と、マサトは文句を続けようとするが、
「あぁー……やっぱり鳴いてるんだぁ……」
と、口を尖らせたミルクが、マサトを睨んで抗議するように言う。
 そして、また廊下に顔を出す。
 マサトがお土産として連れてきたトイプードルの子犬は、飼うにあたって、夜はミルクの”自分の部屋”に寝かせる約束をした。
 マサトが留守の時ならミルクと一緒に寝るのもかまわないが、夫婦の寝室に割り込ませる訳にはいかない、と言うのがマサトの主張だった。
 せっかくの甘いムードの時を、子犬の鳴き声で邪魔されたくない、と思うマサトの気持ちも無理はない。
「そりゃ犬なんだから鳴くくれぇするだろ?」
「寂しいから鳴くんだよ。安心してたら鳴かないもん。…多分…きっと…」
 ・・・俺が泣きてぇぜ。
 マサトはベッドの上であぐらを掻き、眉間に寄ったシワを指で押さえる。
「…ねぇ……」
「ダメだ。」
「…ぅ…まだ、何も言ってないじゃん。」
「どーせ、連れて来ていい?とかって聞くんだろ?」
「……ダメぇ?」
「連れてきてどーするんだ?え?一晩中抱いてようってゆーのか?じゃぁ、俺は何を抱いてりゃいいんだ?」
「……ドリーを抱っこしたミル……」
「・・・・・・・・・・ドリー・・・って?」
 判っていても敢えて聞く。
 唯でさえ、”お預け”状態に焦れているのに、ドリーとは・・・。

 ――――――――――
 今を遡ること三時間前。
 夕食の時間に、その場の皆で子犬の名前を考えることにした。
 マサトとミルクの他に、戒と若松、そして景山もマサトとの話があって本宅に来ていた。
 マサトは、
「サクラ、モモ、ツツジ、レンゲ、サツキ、ユリ、ウメ・・・」
と、花の名前を並べていった。
 戒は、
「ハイネ、デシャン、ヘッセ、バイロン、リルケ、ヴェルレェーヌ、ランボー・・・」
と、ミルクにはさっぱりわからない詩人らしい名前を挙げる。
 景山は、
「ヨーゼフ、パトラッシュ、・・・ペーター、ネルロ、・・・マルロ・・・ポチ・・・」
と、苦し紛れに名前を出していく。
 若松は、
「・・・・・・・・・・・・・・・・タロー・・・・・ジロー・・・・・ハチ公・・・・・・・・・・・・・・・・」
とだけ言って、後は考え込んでしまった。
「何でそーなるのぉ?」
 ミルクは、男達に聞くものじゃなかった、と溜息を吐いた。
「…女の子だって言ってるのにぃ……」
「だろ?だから、花の名前を言ってやってる俺のが一番だぜ。」
 マサトが得意げに片頬で笑う。
「……ぇー……何だかなぁ……」
「じゃぁ、ボタン、なんてどうだ?可愛いだろぉ?」
「……いまいちピンとこないしぃ…やっぱミルが考えるぅ。」
 ミルクはそこで名前の話題を引っ込めたのだった。
 ――――――――――

 その後、マサトが景山達と書斎で密談をしている間に決めたのが”ドリー”らしい。
「プードルだからドリーか?ボタンの方が可愛いじゃねぇか。レンゲもいいなぁ。モモも捨てがたい所だが・・・」
「ドリーに決めたのぉ。…それに、ドリームのドリーだもん。」
「・・・ドングリー・・・みてぇだぜ。」
「違うもん!ドリーなのぉ。」
 ミルクはマサトがからかうので、ムキになって言いながらマサトの側まで近付いた。
 マサトはすかさずミルクの手首をつかみ、
「じゃぁ、ドリーでいいから・・・おいで、ハニー。」
と、誘うように優しく言って、掌にキスをする。
 ミルクは目を眇め、
「……やっぱ…ハニーって付けようかな……」
と、皮肉っぽく呟いた。
 マサトは大きく溜息を吐き、
「・・・ミルク・・・頼むから、今は俺の方を向いてくれ。ずっと離れていたんだぜ?どんなにお前をこの腕に抱きたかったか知れない。・・・お前は違うのか?」
と、切なく訴える。
 ミルクは、シュン、と項垂れて目に涙を溜める。
「……ミルだって……」
「だろぉ?」
 マサトが布団を上げて、おいで、と腕を引く。
「……でも……ドリーは今、もっと寂しくて心細い思いをしてるはずだもん。…あんなに小さいのに…ママから引き離しちゃった責任があるでしょう?……お願い……」
 ポトポト、とミルクの目から大粒の涙が零れ落ちた。
 マサトはミルクの手首を放して、髪の毛を乱暴に掻きむしった。
「・・・わかったよッ!」
 そう言うなり、電話を取ってボタンをおし、
「――俺だ。今すぐドリーを連れてきてくれ。――ドリーはドリーだッ!ハイネでもリルケでもねぇ、ドリーだッ!――ああ。頼んだぞ。」
と、受話器を置いて、
「今、戒が連れてくるから、お前はここにいろ。」
と、ベッドの自分の横を叩いた。
 ミルクはフニャ〜と笑みを浮かべ、
「うんッ。」
と、マサトの横に這い上がった。

「失礼します。」
 戒が子犬を抱えて寝室に入ってきた。
「ぁ…ドリィ〜…」
 ミルクが嬉しそうに手を伸ばすが、マサトはミルクの腰に腕を回して動きを封じる。
 …クゥ〜ン…キャンキャン…クゥクゥゥ〜ン…
 トイプードルの子犬は体を震わせて、戒の掌の中で丸まっている。
「あぁ〜ん…マサトぉ……」
「顔が見れたんだからいいだろ?」
 マサトはそうミルクに言ってから、戒に向かって、
「そのドリーとミルクが名付けた子犬を、夜の間、鳴かねぇように面倒見てやってくれ。」
と宣告した。
「・・・は?」
「だから、戒の部屋で面倒見てやれ、って言ってんだよ。」
「・・・・・私が・・・・・」
 戒は毒蛇なら慣れていたが、これほどひ弱な対象を扱ったことがなく、マサトの命令ながら戸惑いを隠せなかった。
「若い連中には頼めねぇだろ?・・・アイツ等からデートや夜遊びの楽しみを奪ったら、命張って仕事する気力もなくなるぜ。」
「・・・はぁ・・・ですが、私の部下は魂全てをボスに捧げておりますが・・・」
「戒。嫌なのか?」
「いえ。私は夜寝るまでの時間は書物に親しんでおりますので・・嫌とかではありませんが・・・」
「ならいいじゃねぇか。膝に抱えててやりゃ、ソイツも落ち着くだろ。」
「・・・畏まりました。」
 戒はそう答えると、手の中の生き物を恐々と抱えてお辞儀をし、寝室を立ち去った。

 ミルクは、キョトン、と呆気に取られ、言葉を発するチャンスを失っていた。
「これで気が済んだだろ?」
 マサトにそう言われて、ハッ、と気付き、
「バカバカバカバカァ……」
と、マサトの胸を叩いた。
 マサトは軽々とミルクを押さえ込み、熱く濃厚なキスで声と動きを奪った。

 キュゥゥゥーーーン!
 全身に甘い痺れが駆け抜ける。
 ……ぁ……ぁぁ……そんな…キス……ダメェ……
 ミルクは強烈な刺激に喘ぐように首を振り体を反らせるが、マサトは容赦なく濃厚なキスを続ける。
 一気に発汗し、芳醇な甘い香りがミルクから沸き立った。
 ライチのように固い殻を剥いてしまえば、熟れた果実の蜜が零れ出す。
 寂しさを意地の鎧で固めた、たおやかな姫。
 マサトは愛しい妻の健気な意地を、優しく剥がしていく。
「、、、ン、、、ぁぁ、、、ぃゃ、、、、、」
「愛してる、ミルク。・・・愛している。」
 純潔の乙女のような恥じらいが愛おしい。
 マサト恋しい想いを、よほど意識の奥底に沈めて、童女のような日々を過ごしていたのだろう。
 ゆっくりと可愛いナイティーを脱がせながら、心の鎧も解いていく。
 戸惑いも恥じらいも全て受け止めて、包み込んで溶かしていく。
「、、、ぁ、、ぁ、ぁ、、、マサトぉ、、、、、」
 蕾のように紅い唇が小さく開き、甘い吐息を洩らす。
 綻んだ蕾は一気に開花する。
「いい子だ。・・・それでこそ、俺の妻。」
 マサトは再び熱いキスをし、肌と肌を重ね合わせた。

 シルクよりもきめ細やかな肌に指先を滑らせる。
「、、、ぁ、、ぁぁん、、、、、」
 敏感に反応して体を大きく仰け反らせると、今にも真っ白な翼が生えて羽ばたきそうに見える。
 滑らかで柔らかな肌は甘く優しい香りに包まれ、淡い光を体内に灯しているかのようだ。
 薄闇でさえ白く滲む妖艶な天使。
「、、、イタズラ蛇シャンにぃ、、、チュゥ〜〜、、、フフフッ、、、」
 あどけなく笑い、しなやかに身をくねらせ、絡みついてくる。
 子犬への執着もどこへやら・・・今は赤黒く醜悪な蛇に夢中となってしゃぶりつく。
 強靱な肉体と不屈の闘志の現れであり、絶対的支配欲の源ではあるが、マサトは長い間、永久凍土並みの冷たい心で冬眠させてきた。
 日溜まりの天使に、ぽっかりとそこだけ溶かされるとは思いもしなかったが、目覚めた蛇の暴君ぶりに、マサト自身が呆れてしまう。
 凍土の奥深く、地獄の底で灼熱の炎を滾らせていた魂が、出口を見つけて噴き出してくる。
 ・・・《俺のものだ!誰にもやらねぇ!》・・・
 吠える魂が、些細なことでも嫉妬を生み出す。
「あぁ・・・ミルク・・・お前の鞘に、俺の禍々しい剣を納めてくれ。・・・魔の剣・・・魔界の毒蛇を・・・天上の花園で眠らせてくれ。」
「ぁん、、、こんなに可愛い蛇シャンなのにぃ、、、」
 ミルクは、マサトの首に腕を絡めてキスを求めつつ、蛇を蜜が溢れる花弁で捉える。
「、、、ン、、、ンン、、、ん、、、、、」
 舌を絡め合わせながら、蛇を捉えた腰を落としていく。
「、、、、、ンン、、、ぁ、、、ぁぁ、、、、、」
 唇を離したミルクの眉が苦悶に歪む。
「ゆっくりでいい。・・・ゆっくり・・・そう・・・」
 今度はマサトがミルクに甘いキスを繰り返して、励ますように囁く。
「、、、ぁぁぁ、、、、、大きぃ、、よぉ、、、、、」
 唇を重ねたまま、ミルクが切なく訴える。
「あぁ・・・悪い蛇だな。お前を苦しめる。」
 マサトも唇を触れ合わせて答える。
「、、、でも、、、、、好きぃ、、、、、」
「・・・・・ククッ。・・・知ってる。」
 マサトはニヤリと笑い、ミルクの腰を掴んで、グイッ、と下へ押す。
「ぁッ、、、あぁぁぁっっっ、、、、、」
 急激な挿入に脳天まで痛みが走る。
「あぁぁぁぁぁーーっっっ、、、、、あぁっ、、、あぁぁぁっ、、、、、」
 まるで杭打ちでもするハンマーのように扱われ、グイグイとめり込む逞しい蛇に、花弁が攣れる。
 それでも甘い痺れが全身に広がっていき、快感の熱風が嵐を巻き起こす。
 乱れ飛ぶ花びら・・・香り立つ風の渦・・・まさに、春爛漫の花嵐。

「あぁぁぁぁぁ〜〜〜、、、、、狂いそぉぉぉ、、、、、」
「狂え、狂え。俺の腕の中で、いくらでも狂え。」
 魔性を剥き出しにしたマサトは、繋がったままのミルクをベッドに押し倒した。
 覆い被さるマサトの目が異様に光る。
「狂え、狂え。俺に狂え。俺しか見えなくなるまで・・・泣き叫べッ!」
 ミルクは一瞬目を大きく見開き息を飲んだ。
 が、次の瞬間には、目を閉じマサトの背中に爪を立ててしがみついた。
 つかまっていないと弾き飛ばされそうなほど、激しい突き上げに揉みくちゃにされる。
「あっあぁぁぁぁーーーーーっっっ!!」
 絶叫が寝室に響き渡る。

 ・・・こうして、この夜、一晩中狂ったような叫び声が続いた。
 時に啜り泣き、時に脅えた叫びになり、それでも甘く切ないよがり声となって、夜を桜吹雪の薄紅色に染めていった。
 ・・・そして朝が訪れたが、ミルクはマサトが仕事で出掛けた後も眠り続け、午後の陽射しが弱まった頃に、やっとベッドから起き上がることが出来た。


「お目覚めですか?」
 泣き腫らした顔のミルクの元へ、戒がドリーを抱っこして挨拶に現れた。
「……ドリー……」
 ミルクが手を伸ばすが、震える腕はすぐに力を失い、膝に落ちてしまう。
「大丈夫です。とてもいい子にしておりますよ。」
 戒はドリーの毛並みを撫でながら、そっとミルクの膝に置いてやった。
「それに、とても元気で、よく食べ、よく遊び、よく眠る子です。」
「……そぉ……」
 ミルクは嬉しそうに戒に微笑んでから、小首を少し傾げてドリーの頭を撫でた。
 クルクルの体毛に触れると、小さな震えが伝わってくる。
「……何だか……ミルより戒さんに懐きそうねぇ……」
 独り言のように呟いて、クスッ、と笑いを零す。
「・・・コホン・・・それは、困ります。」
 戒は威厳のある表情で咳払いをしたが、口元が今にも緩みそうだった。
「……きっと賢くなるだろなぁ。・・・ねぇ、ドリー?」
 ミルクはクスクス笑って、子犬を抱き上げ頬ずりをした。

<75>
「前途多難」


§75§「前途多難」

 ミルクの”自分の部屋”で、マサトが仁王立ちして腕組みをしている。
 一点をじっと睨んだまま微動だにしない。
 視線の先では、これ以上小さくなれないだろうと思われるほど小さくなって震えている子犬。
 フワフワの薄いクリーム色の毛糸玉と間違いそうな子犬。
 長い耳の先とシッポの先端、それと前後4本の足の先もオレンジがかっている、クルクルの巻き毛で、本当に動かなければぬいぐるみと思ってしまいそうだ。
「あ〜……マサトぉ…何、ドリーをイジメてるのぉ?」
 クローゼットから小物を出してきたミルクがドリーを抱き上げる。
「イジメじゃねぇ。ソイツに誰が一番かを覚え込ませていた所だ。」
「…へ?……一番って?」
「犬ってのは集団行動をする習性から、飼われた家でも自分の順位を決めるんだぜ。だから、絶対俺が一番だって、教えてたんじゃねぇか。」
「…ふーん…そぉなんだぁ。でも、戒さんが躾てるからぁ、マサトが一番だってちゃんとわかってると思うけどぉ?」
「いや。タイマンで教え込むのが一番だぜ。」
「……それって……怖いよぉ……」
 少し眉を寄せたミルクは、ドリーを膝に抱えてドレッサーの前に座り、お出掛けの服に合わせた髪留めとアクセサリーを付けた。

 今日はホテルで結婚式の最終打ち合わせ。
 マサトが顔出しするのは初めてだったが、景山は招待客の歓迎と接客の責任を負っている為、最終打ち合わせに顔を出すことになっていた。
 戒も警備の最終確認の為に当然同行する。

 玄関ホールで待っていた景山兄弟の元へ、支度を終えたミルクと、ドリーを威嚇して暇潰しをしていたマサト、そしてマサトの威嚇ですっかり脅えてしまったドリーが現れた。
 闇の総帥:マサト、閻魔大王:景山参謀、キラー将軍:戒。
 この蒼々たるメンバーが揃うと、明るい陽射しの中でも漆黒のオーラが立ちのぼる。
 が、今日はミルクもいるので、闇のオーラが消えそうなほどに淡くなり、パステルカラーのシャボン玉が似合いそうな光景となっている。
 三人の大甘に甘いミルクへの愛情がそうしているとも言えるが、ミルクから滲み出す光の粒子が、闇のオーラを包んでしまうせいでもあった。
 同行する部下も見送りの者達も、玄関から現れた彼等のあまりの爽やかさに、目を瞬かせた。

 車の前で待機していた若松が、ボーッ、としていた福島に小声で注意する。
 それから、マサトに恭しく挨拶し、景山と戒に向かい、
「お早うございます。警備に抜かりはありません。」
と、軽く頭を下げた。
「さっきの奴の弛んだ顔は何だ?緊張感が足らんぞ。」
 戒が抜け目なく注意をする。
 福島が背中に戒の冷たい視線を感じて首を竦める。
「きっと、参謀と将軍のお召し物が春らしくて見取れたんッスよ。」
 車を磨いていた田代が、うっかり軽い調子で言ってしまい、若松に睨まれ失言に気付く。
 いつもなら戒の厳しい小言が飛び出す所だが、
「そうか?・・フフン。そうだろう?このワイシャツとネクタイは姫のお見立てだからな。勿論兄さんのもだ。・・・私は満開の桜、兄さんは新緑の葉桜のようだから、と仰られてな。」
と、機嫌良く答えた。
「・・・・・何ぃッ?!」
 眉間にシワを寄せたのはマサト。
 マサトは景山と戒を見比べてから、ミルクに視線を向け、
「・・・・・俺には?」
と、目を眇めて質問した。
「…ぇ……だってぇ…マサトっていつも日本のは合わない、って言ってぇ、若林さんに頼んでるんでしょう?」
「コイツ等だってそうだぞッ!」
 パステルカラーの皮膜を破って、どす黒いオーラが沸き上がる。
 ドリーが、キュゥ〜ン、とミルクの腕の中に顔を隠そうと藻掻く。
 ミルクは目を丸くしてから、クスクスッ、と笑い、
「それじゃぁ、今度お買い物する時はマサトのも選ぶね。そうそう、ドリーにも小物が欲しいしぃ…」
と、ドリーを宥めるように撫でた。
「・・・・・俺は犬と一緒か?」
 呻るように言うマサトに、
「ボス。子犬相手に張り合ってもつまりませんよ。さぁ、時間に遅れます。」
と、景山が静かに諭した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・チッ!」
 マサトは面白くなさそうに舌打ちして車に向かいかけるが、
「・・・満開の桜だって?・・・知ってるか?桜の花が見事なほど、花びらの色が鮮やかなほど、その木の根元には・・・が埋まってる、って言うぜ。」
と、戒に向かって言った。
「ええ、勿論ですとも、坊ちゃま。勿論、存じております。ですからこそ、満開の桜に例えて頂くことは、最高の讃辞の言葉として喜んでおります。」
 目を輝かせて答える戒には、マサトの皮肉がわからない。
 他のことでは鋭敏な神経を研ぎ澄ませているのに、マサトの言動は全て心地のいい響きで伝わってしまうらしい。
 景山は、フッ、と軽く笑みをもらし、弟の激しい思い込みをそのまま放置する。
 本気で怒るマサトに、盲目的崇拝ゆえに馬耳東風の戒と、達観して二人を眺める景山。
 これまではそれで済んだ。
 けれど、ここに一人、問題児が参入した。
「…木の根元?……何が埋まってるのぉ?」
 聞きそびれてしまった、と思ったミルクが、真剣な顔で聞き返す。
 マサトは、しまった、と顔をしかめ、景山は眉を曇らせた。
「おや?姫はご存知なかったのですか?」
 戒は意外そうに片眉を上げた。
「ぇー?なぁに、なぁにぃ?…それって常識ぃ?」
 ミルクは自分だけが知らないのかと不安になり、益々ムキになって追求する。
 周囲に気まずい空気が流れた時、
「・・・おそらく・・・精霊の卵でしょう。」
と、景山が言った。
「……精霊の卵ぉ?」
 ミルクの明るい目がキラキラと輝きだす。
「はい。・・・樹齢を重ねた桜には精霊が宿っている、と言われますから。」
 景山は穏やかに説明し、優しく微笑んでみせた。
「そぉなんだぁ……」
 ミルクは何だかロマンティックな言い伝えが嬉しくなって、うっすらと頬を染めて頷いた。

 納得したミルクを乗せた車が、ようやく本宅を出発した。
 無事見送った者達は、「景山参謀は最近童話や児童書を読み漁っている。」という噂が本当だったらしい、と囁き合った。
 いくら何でも、”桜の木の下には死体が埋まっている”などと聞いたら、単なる言い伝えにしても、戒を比喩してしまったミルクが、自分の言葉で傷付いたかも知れない。
 皆、「さすがは景山参謀。」と感心すると共に、これまでのような大人の会話に注意する必要があることを痛感した。


 一難去ってまた一難、という訳でもないが、マサトにとって今日は厄日かも知れない。
 ホテルの特別応接室。
 各マネージャーが顔を揃えて、説明にあたる。
 すでに打ち合わせの段階は終了し、マサトへの説明といった内容だった。
 初めの内、事務的に聞いていたマサトは、自分の知らない企画があれこれと盛り込まれている事に、次第に腹を立て始めていたが、出掛けの一件もあり、どうにか怒りを爆発させないようにと、口数少なく説明を聞いていた。
 けれど、
「ちょっと待て。・・・この麗のピアノ演奏はいいとしても、その後に続く有志一同によるロック演奏とは何だ?しかも、ボーカルに新郎とあるが、まさか俺に歌を歌えとでも言うのか?・・・俺は絶対にこんなものはやらないぞ。」
と、表向きの言葉で、説明を中断させた。
「は?・・・あ、ですが、もう段取りを変更するのは・・・」
 マサトから伝わる重苦しい雰囲気に、緊張し通しだったイベント担当マネージャーが、ビクッ、として額に滲んだ脂汗をハンカチで拭いた。
「ぇ…何でぇ?」
 ミルクが首を傾げて隣りに座っているマサトの顔を見上げる。
「何でという問題か?何で新郎が自分の結婚式で歌うんだ?」
「……だってぇ……それはお客様に来て頂いたお礼とぉ……ミルが聞きたかったからぁ……」
 ミルクが拗ねて口を尖らせる。
 マサトは怒りかけた矛先を見失い、額を手で覆う。
「ホテル側から、プログラムにオリジナルな企画を入れたいなら、と話があった時、それなら一度聞いて忘れられない会長の歌を是非もう一度と、アリス様が仰られたのです。」
 景山が経過説明をする。
「…いけなかったぁ?……ごめんなさい……」
「新郎自ら披露宴を彩られるのは素敵な提案だと思いましたが・・・会長がお気に召さないのであれば、藤沢慎吾氏にでも代役に立って頂きましょう。」
「あー…それでもいいかもぉ。フフフッ。」
 ミルクが嬉しそうに笑う。
 藤沢慎吾はマサトのシルバーアクセサリーの個人的ファンで、時々注文を受ける間に交友を持つようになった、人気俳優である。
 元アイドル出身だけに歌も得意で、個人のバンドを持っているし、ヒット曲もいくつかあって代役としては充分だった。
 マサトは以前にミルクが藤沢慎吾を感激して見ていたことを思い出し、
「・・・ミルクの希望なら、まあいい。俺が歌ってやるぜ。」
と、代役の話を却下した。

「で・・・この景山勲・戒兄弟によるジャグラーとは?染○介・染○郎兄弟の真似でもする気か?」
「いえ。本当はもっと派手なイリュージョンをしたかったのですが、各国要人が顔を揃える場所では、警備上問題があると言われましたので、仕方なく・・・」
 景山が残念そうに言うと、
「私はカードマジックが元々得意ですし、カードの扱いでは誰にも負けないと自負しておりますので、この機会に披露させて頂こうかと。」
と、戒が得意そうに言い添えた。
「・・・・・いっそ、この機会に、宴会芸に兄弟コンビでデビューしろ。」
 マサトが溜息まじりに首を振ると、
「デビュー!いいかもぉ〜!人気出そうだねぇ。」
と、皮肉がわからないミルクが手を叩いて喜ぶ。
「では、クリスマスの宴会に予定しておきましょう。」
 戒はいかにも得意げだ。
 だが、カードを凶器として飛ばす戒の正体を知っているマサトは、付き合いでも笑う気になれなかった。

 いい加減、終わってくれ、とマサトの限界がピークになった頃、ようやくプログラムの説明が終わった。
 けれど、次は招待客や参列者の席順をチェックしなければならなかった。
 もっともその辺は景山も心得ているので、特に問題はなかったが、全く別次元の問題が突然発生した。
 ミルクの膝で大人しくしていたドリーが、忙しなく動き始めてしまったのだ。
 ミルクでは押さえきれず、紅茶やケーキが出されているテーブルに飛び乗ろうとしたので、マサトが両手でフワフワ毛玉の胴体らしき部分を挟んで引き寄せた。
 その結果、ドリーはマサトのスーツに、オシッコを浴びせてしまったのだった。
 マサトの髪の毛が怒りの静電気で浮き上がる。
 ドリーを挟んでいる手が小刻みに震えている。
「ぁ…ぁ……ドリー、ごめんねぇ。オシッコしたかったのぉ?」
 ミルクがマサトからドリーを引き取り、バッグから出したハンカチでドリーのお尻を拭く。
 それから気付いたようにマサトのスーツも拭こうとしたが、出されていたおしぼりで拭いているマサトが、
「・・・もういい。」
と、絶対零度の低い声で呟いた。

 よく握り潰さなかったものである。
 戒は・・・坊ちゃまも大人になられて・・・と笑みを浮かべ、
 景山は・・・ボスもまだまだ子供でいらっしゃる・・・と、感情を剥き出しにするマサトに、内心溜息を吐いた。
 ホテル側の人達は、噂では聞いていたものの、S商事会長の原田氏がこれほどまでに恐ろしい人物であることを、思い知らされた心地だった。
 説明を続けなければならないマネージャーの、企画書を捲る指が震えている。
 他の者達も息をするのさえ憚られて、心拍が耳に響いている状況だった。
 そして総合マネージャーは、万に一つのミスも起こしてはならない、と胸に刻み込んだ。

「あ・・・奥様・・・最後に確認をしておきたいのですが・・・」
「…ぇ……ぁ…はぃ?」
 奥様と呼ばれて、ミルクは恥ずかしそうに返事をする。
「サムシング・フォーのご用意はお済みでしょうか?」
 ――サムシング・フォー。――
 欧米の古い言い伝えで、これを花嫁が身に着けると幸せになれると言われているらしい。
 サムシングニュー(新しい物)。
 …これは、ウェディングドレスを作る場合はそれでいい。
 サムシングオールド(古い物)。
 …母親の結婚式に使用された物があればベストだが、思い出の品でもいい。
 サムシングブルー(青い物)。
 …何か小物に青い物を選んで身に着ける。
 サムシングボロー(借り物)。
 …すでに結婚した友人からベールやパンプスを借りるのがベストだが、状況に応じて未婚の友人や兄弟からでもいい。
 ――((ウェディングコンサルタント:万里様情報))――
 その質問にミルクは口ごもりながら、
「…えぇ……何とか……」
と、頷いた。
 ”サムシングニュー”は、当然”ウェディングドレス”なので大丈夫。
 ”サムシングオールド”は、離婚したばかりの母親の物では縁起が悪いからと、景山に言われて、ミルクが大事にしていた”リボン”を、白い手袋の手首部分に飾り付けることになった。
 ”サムシングブルー”は、ローランド伯爵から結婚のお祝いに贈られた、”ブルーダイヤのネックレスとイヤリング”を着けることにした。
 ”サムシングボロー”は、結婚した友人のいないミルクにとって、一番の課題だった。
 悩んだ末、兄ミツルの部屋に飾ってあった”ガラスの薔薇”を借りて、髪飾りにする予定である。
 予定というのは、まだミツルの許可を貰ってないからだ。
 ……もし、お兄ちゃんがダメって言ったらどうしよう……
 その不安がミルクにあって、はっきりとした返事が出来なかったのだ。
「では、大丈夫ですね。・・・当日は余裕をもってこちらにお出で下さいますよう、お願い致します。」
 マネージャーは段取りを終えて、ホッとしたように小さく息を吐いた。

 これでホテル側として、マサトとミルクへの確認は終了した。
 ただ、裏方の確認が景山と戒にはあったので、ホテルにまだ残ることになっていた。
 予定では、この後マサトとミルクは、ミツルが移ったマンションへ行くはずだった。
 ミルクにはミツルが入院したことは秘密にされていて、騒ぎを避ける為にマンションに移ったことだけを話してあった。
 だが、ドリーのオシッコがかかったスーツでは行けない、とマサトが言い出したので、本宅に戻ってから出直すことになってしまった。
「・・・ったく・・・どいつもこいつも・・・」
 すっかり気分を害したマサトは、そう言ったきり車の中で無言を通した。
「……マサトぉ……そんなに怒らないでぇ……」
 ミルクがマサトの胸に縋るように顔を埋めても、マサトはミルクの肩を抱き寄せて髪に頬ずりをしただけだった。


 そして、屋敷に戻ったマサトは、シャワーを浴びて着替えると、予定を変更して仕事に出掛けてしまった。
 ミルクは、ミツルから”ガラスの薔薇”を借りられず、見えない前途に不安を感じながら、ベッドでドリーと丸くなっていた。