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S





<76>〜<80>



              

   Ti amo. Ti voglio bene.
   Amore mio, miruku
   出逢った瞬間 世界に色がついた
   その瞳の中に俺を映して

   この手の中に落ちてきた宝石
   すり抜ける前に抱きしめて
   Ti amo, miruku

   君がいるから 笑顔がもれる
   君がいるから 世界が変わる
   何処にいても心の中に
   君がいる場所が 俺の帰る場所
   Ti amo. Ti voglio bene.
   Amore mio,miruku・・・・・

              

          作詞by万里様
          作曲by皆様 (///∇//)ゞ


<76>
「ミツルのマンション」
§76§「ミツルのマンション」

 戒がホテルから戻って、”自分の部屋”で拗ねているミルクの元にやって来た。
 ミルクはベッドに横になったまま、うろんな視線を投げたが、
「ボスのご指示で、ミツル殿の所へご案内するようにと申しつかりました。」
と言う戒の言葉に飛び起きた。
「ホント?」
「このような嘘を言っても意味ないでしょう?」
 戒が眉を寄せて片眉を上げる。
 どうも片眉を上げるのは戒の癖らしい。
 慣れない頃は、何か意味があるのか、と不安になったが、癖と思えば気にならなくなる。
 ミルクは急いで乱れた髪を直して、ドリーを抱き上げた。
「…ぁ…ドリーも連れていっていい?」
 ホテルで粗相をしてしまったので、外出禁止扱いになるかと心配になったミルクが聞くと、
「私の用意が不充分だったのです。どうぞ、お気になさらずに。色々備品を用意致しましたので、もう大丈夫です。」
と、戒が言った。

 ……備品って何だろう?
 そう思ったミルクの疑問は車に乗って、すぐに答えが判った。
 後部座席半分に大きなシートが足元にも座席にも敷かれてあり、更にその上には室内トイレにも使用しているトイレシートも置かれてあった。
 ペット用水飲みボトルも足元近くに取り付けられていて、他にティッシュやウェットティシュ、小さなおもちゃまで用意されていた。
「…わぁ…スゴぉイ〜!…戒さん、ありがとぉですぅ。」
 感激したミルクがお礼を言うと、
「いいえ、当然の装備でしょう。」
と、事も無げに戒が答えた。
「ですが・・・まだ、躾や訓練を始めたばかりで、すぐに行儀良く、という訳にはいきませんので、しばらくはボスとの外出にはお連れしない方がいいですね。」
「はぃ。そうします。躾や訓練までして頂けるなんて、本当にありがとうございます。」
「お任せ下さい。きっと警察犬よりも役に立つ有能な補佐犬にしてみせます。」
 戒は自信満々に頷いた。
 ――恐れられている部分ばかりが特出して噂されているが、戒は本来、奉仕好きで教育熱心な男だった。
 ただ、求めるものが完璧過ぎて、ついていけない脱落者に厳しい為に、誤解されることも多かった。
 それと、マサトへの”絶対崇拝”。
 だが、それも組織員であれば当然と見るべきものなのかも知れない。
 身内の裏切りほど景山兄弟が忌み嫌う行為はなかった。
 二人の両親はそれ故に命を落としたのだから・・・。
 戒にとって信じられる存在は、ずっと、兄とマサトだけだった。
 けれどマサトがミルクを必要とするなら、マサトの一部として受け入れる他はない。
 受け入れた以上、ミルクが健やかであることがマサトにも最善であり、その為の努力は当然の義務と心得ていた。――


 ミツルのマンションは、マサトが話していたように、シティータウンのような環境のいい場所に建てられている高層ビルだった。
 ミツルの通う大学に近く、またJRや地下鉄の駅も近いので、バイトに出るにも便利だった。

 ミツルが退院してマンションに移った頃には、TVや雑誌の取材も嘘のようになくなっていた。
 それでも追っかけの女の子達はまだアパートや大学付近を取り巻いていて、アパートからの引っ越しはマサトの部下がミツルの代わりに済ませていた。
 ミツルが引っ越したことを知ったファンは大半が諦めてくれたようだが、大学から後を付けるストーカーまがいのファンもいた。
 ただ、今度のマンションは敷地内を徘徊するだけで警備員が注意してくれるし、それでも帰らないでいると巡回パトロールの警官が来て職務質問をする。
 ・・・警察も権力志向で、守る相手さえ選ぶのかッ?
 と、小さな怒りを覚えたミツルだが、今回ばかりは心身共に疲れ切っていたので、矛盾に目を瞑り、マサトに恭順の姿勢を取るしかなかった。

 納得出来ない思いもあったが、取り敢えず広いマンションに移ったことで、自宅にあった荷物をかなり持ってくることが出来た。
 ミルクが借りようと思っている”ガラスの薔薇”も、新しい寝室に飾られた。
 その横には、大きく引き伸ばした小さな頃のミルクの写真が填め込まれた、透明なガラスの写真立てがある。
 枕元にはほつれたマフラーで作ったクッション。
 全ての思い出を振り切って家を飛び出してみたが、やはり思い出は、消すことも否定することも出来なかった。
 ミツルは、積み重ねられた過去があって、今の自分があるのだ、と思い直して、全ての自分を認めてやってから、新しい自分の道をスタートさせることにした。

 そして、神聖な思い出を飾る寝室も、神聖な自分だけの場所となった。
 この部屋で眠る時、意識は遙か彼方の宇宙へと舞い上がる気がした。
 光目映き懐かしい楽園・・・。
 ・・・正しき道を・・・宇宙の真理を・・・
 ミツルは不思議と懐かしい夢を見ることがあり、その度、闇に屈せずに強く生きよう、と心に誓った。
 けれど、本当に汚いものは闇ではないのかも知れない、とも思うようになっていた。
 暗い影は常に己自身にさえ付きまとう。
 碁石のように白と黒とがはっきり分かれている世界はない。
 真っ白に塗りつけた裏側はどす黒かったりする。
 逆に漆黒の闇に、真実の輝きが瞬いていることもある。
 遠く瞬く小さな煌めきの美しさに、時に魅了される。
 それでも・・・
 清流のせせらぎのような透明さが愛おしい。
 ・・・光あれ・・・光よ・・・闇にこそ光あれ・・・
 思わず夢の中で手を伸ばしたミツルは、マサトがミルクを愛した理由を理解してしまった。
 いや・・・もう判っていたことだ。
 マサトが憎むべき対象ではないことを。
 ミツルはミルクとマサトの結婚を、祝福してやろう、と思い始めていた。


 戒がアポイントを取っていたので、ミルクがミツルのマンションを尋ねた時に、ミツルは待っていてくれた。
「元気そうだな。・・・良かった。」
 そう言って、ミツルはミルクを部屋に迎え入れた。
「お兄ちゃんは…少し痩せた?…ちゃんと食べてる?」
 ミルクは部屋を見回すより、ミツルの顔を心配そうにじっと見つめていた。
 思えばミツルがアパートにいた時も、ミルクは部屋にほとんど関心を示さなかった。
 窓が開けにくい、とか、テーブルがない、とか言っていたのも、ミツルの生活を心配しての言葉だった。
 引っ越しを手伝ってくれた先輩や、大抵のことは気にしない麗子でさえ、部屋の古さに呆れていたことを思うと、本当にミルクの目には違う物が写っているとしか思えない。
 ミツルは愛しい妹を、眩しそうに目を細めて見つめ返し、
「しっかり食べているから心配ないよ。」
と、笑ってみせた。
「それならいいけどぉ……あ、でね、…今日は作った料理を持って来れなかったからぁ、途中で材料買ってきたのぉ。」
 ミルクは抱っこしていたドリーを床に下ろし、玄関まで送ってくれた戒が上がり口に置いていった買い物袋を取りにいった。
 と、それまでぬいぐるみだと思っていた子犬がミルクの後を追っていく。
「う・・・ちょっ・・と待て・・・」
 ミツルがあまりの驚きに動けずにいる間に、ミルクはすぐに戻ってきた。
 ぬいぐるみも・・いや、子犬も戻ってきてミルクの足元にすり寄る。
「・・・それは・・・生き物か?」
 ドリーをじっと観察しながらミツルが聞くので、
「クスッ。ちゃんとした子犬だよ。トイプードルってゆー種類なんだってぇ。ミルも初めて見た時はぬいぐるみだと思っちゃったぁ。フフッ。」
と、ミルクが笑って説明した。
「・・・お前なぁ・・・マサトさんが甘いからって何でもねだるなよなぁ?」
 ミツルは溜息を吐いて首を振る。
「違うもん。この子はマサトさんのお土産だもん。」
 ミルクはそう言ってから、キッチンに向かい、そこで料理の準備をしながら、小鳥を買ってしまった所からその後の経緯を説明した。

「だからねぇ…戒さんって本当はすっごく優しい方なんだと思うのぉ。」
「・・・へぇ・・・・・」
 ミツルはキッチンテーブルでドリーを抱き上げ、眺め回しながら聞いていた。
 ドリーはミツルの手にじゃれついて、細くしなやかな指を甘噛みしている。
 ミツルの、剣士とは思えないほど綺麗で長い指が、気に入ったようだ。
 ミツルも動物が嫌いな訳ではないので、優しくあやしている。
 ――ミツルは別に動物を愛する心を否定しているのではない。
 ただ、その愛したい気持ちを満足させる為の行為や手段が、時に傲慢ではないか、ということを懸念するのだ。
 売られている対象を買い求める人々には、何の罪の意識もないだろうし、善意であることはわかっている。
 けれど、需要を満たす為に、違法な売買がされたり、乱獲や無理な繁殖が繰り返されているのも、事実なのだ。
 犬や猫など、歴史の中で動物から人に近付き、培われた友情の対象はまだしも、明らかに自然界から強引に持ち込んだ動物が、慣れない環境で結局は命を縮めてしまう状況に胸が痛んだ。
 自然に生きていれば、恋もし結婚して家族も持てただろう。
 そう思う気持ちは、昆虫採集をけっしてしなかった態度にも表れている。――
「ま・・・人に対してだけ厳しい人間も多い中で、自分にも厳しく、相手にも厳しさを求める、といった人を俺としては尊敬するしね。」
 硬派らしくミツルは戒を評価した。
「そうした人物の優しさを見つけるより、厳しさの中から何を学び取れるか、を見つける方が有意義だと思うぞ。」
「…はーぃ。」
 振り返って返事をしたミルクは、流しに顔を戻してから小さく肩を竦めた。
「とにかく、飼う以上はきちんと責任を持って、人をアテにせず、面倒見てやれよ。」
「……はーぃ。」
 ミルクは背中を向けたまま返事を返した。
 そして、
「ねぇ…料理、時間掛かるから、他の用事してていいよ。」
と、ミツルをキッチンから追い払うように言った。
 料理する間中、お説教が続いたら、料理の味付けまで辛くなりそうだ。
 ミツルは、
「そうだな。予習しておきたい講義があるから、書斎にいってるわ。」
と、あっさり納得して、ドリーを床に放してやり、キッチンテーブルから立ち上がった。
 …クゥ〜ン…
 ドリーが付いていこうとするので、ミツルは屈み込み、
「チッチッチッ。ダメだよ、おチビちゃん。ミルママの側にいてやってくれな。」
と、小声で言い聞かせて、ドリーのフワフワの頭を撫でた。
 どりーは首を傾げるようにしたが、立ち上がって、クルッ、と背中を向けたミツルには付いて来させない意志が感じ取られて、そのままお座りをしていた。


 ミツルの書斎。
 そこはもう勉強部屋という趣より、まさに書斎だった。
 両側の壁全てが書棚となっていて、重厚な机と、機能的なPC用の机がL型に並んでいる。
 それでもまだスペースがあるので、将来的にはもっと書棚が置けそうだった。
 4年間の勉学の為というより、独身でいる間はミツルの拠点となりそうである。
 しかも、まったく不使用となっている部屋があり、友人にその部屋を見られたら転がりこまれそうだ。
 友情は大事にしているミツルだったが、一人の時間も大切にしているので、友達はまだ招待していない。
 用がある時は自分から出向けば済むので、当面誰も呼ばないでおこう、と決めていた。
 つまり、そうした性格のミツルには、まさに好都合なマンションだった。

「ねぇ〜…お料理出来たよぉ?」
 ミルクが廊下でドアをノックする。
「ああ。今、行く。」
 ミツルがそう言って書斎のドアを開けた途端、ドリーが足元を走り抜けていった。
「ぁ…ドリー…ダメだってばぁ……」
 ドリーを追い掛けてミルクも書斎に入ってしまった。
 ミツルは・・・寝室でなくて良かった・・・と溜息まじりに、内心ホッとしていた。
 ――ミルクの為を思うからこそ、厳しくも言ってしまうが、引き伸ばした写真を飾っていることを知られたら、説得力がなくなりそうな気がしたのだ。
 それに、貶したマフラーがクッションになっていることも、ミルクには秘密だった。――
「もぉ〜……ドリー、おいたはダメよ。」
 ミルクがドリーを捕まえて抱き上げた。
 そして、ふと顔を上げた目の前に、本がズラリと並んでいた。
「……ほぇぇ……」
 どれも難しそうな題名で、中にはミルクが読むことさえ出来ない物まである。
 ミルクは感心しながら本を眺めていった。
「…この辺の本って、みんな新しいみたいねぇ……」
「ん?・・・ああ、そこのは大学で受講している教授が執筆された物や、授業で勧められた本だからな。」
「…ふーん…やっぱねぇ……」
 本を見上げるミルクの声が思わずヒソヒソと小さくなる。
 別に兄の書斎で遠慮することもないが、これほど難しい本を眺めるのは図書館くらいなので、無意識の習性となっているようだ。

 が、ある数冊の本を見て、ミルクは思わず叫びそうになり、息を飲んで口を押さえた。
 『数理学の神秘......毛利葉』『数理学の謎......毛利葉』『幾何学の法則......毛利葉』『哲学の法則......毛利葉』etc......
 ミルクは分厚い本を一冊手に取ってみる。
 薄い枝折りが何ヶ所も挟んであるのは、ミツルがすでに読破しているからだろう。
 中の文章やら記号やらは、案の定、さっぱりわからない。
 それ以前に文字を拾う気すら起こらない。
 頭がグラグラしてきて、これを読めるのは宇宙人じゃないかと思ってしまう。
「・・・何やってんだ?」
 ミルクがクラクラとしながら本を見ているので、ミツルが声を掛けた。
「……お兄ちゃん……何でこの本を読んでるのぉ?」
 ミルクは本を書棚に戻して聞いてみた。
「何でって・・・毛利教授の授業を取ってるからさ。講義の関連資料として提示されてた本も読んでみたかったんだ。」
 ……毛利教授?
 ……それって……同姓同名の別人かなぁ??
「……スッゴイ難しいんで……ビックリしちゃったぁ……」
 ミルクは疑問を聞けずに、別の理由で動揺を隠した。
「そうか?読んでみると面白くて、つい時間を忘れて読み耽ってしまうけどなぁ。」
 ミツルは明るい顔でそう言うと、
「ビックリと言えば、俺もビックリしたよ。」
と、笑った。
「え…何?何?」
 ……やっぱり同一人物なのだろうか?
 ……ミツルはそれを承知しているのだろうか?
 ミルクの胸がドキドキしてくる。
「最近になってわかったんだけどな、毛利教授もこのマンションの住人なんだ。」
 ………………?!
「ずっとイギリスの大学の研究室におられたそうだけど、今年度からTK大学の教授になられたそうで、日本での生活が慣れない、とこぼしてらしたよ。」
 ……イギリス…………
「……そぉ……」
「あ、そうだ。毛利教授も食事にご招待しようか?・・自炊は得意らしく料理はご自分でされるそうで、何度か食事に呼んで頂いたしな。どう、いいかな?」
「……えぇぇ〜〜……」
 ミルクが嫌そうに頬を膨らませる。
 本当は、どんな態度をとればいいのか、わからないで困るからだった。
「何だ、相変わらず引っ込み思案だなぁ。」
 ミツルはガッカリしたように言ってから、
「まぁ、料理を小分けしておいて、後で届ければいいか。」
と、呟いて一人納得したように頷いた。
 その様子から想像するに、ミツルは毛利葉がマサトの部下だとは知らないと思われる。
 会ってみなければ同一人物だとは断言出来ないが、99%あの暗号解読のスペシャリストの”ワード”だろうと思うと、別の目眩を感じる。
 ミルクはドリーに頬ずりをしながら、項垂れて書斎を後にした。


 SSSのメンバーは海外の様々な分野で活躍している。
 とは言え、ほとんどS商事関連か、完全に闇組織のみの仕事に就いている人達が多い中、本物のレーサーをしているレーサー(飛雄勇)とか、ドイツで開業しているタブ(磯谷融)や、研究室を持っているワード(毛利葉)は特殊だろう。

 ……でも…どうして?
 ……ぅぅん…まだ、決まった訳じゃない。
 ミルクは屋敷に戻る車の中でずっと考え込んでいた。
「…ねぇ、戒さん。」
「はい?何でしょう?」
「戒さんは、毛利さんがTK大学の教授になったことを知ってた?」
 カマを掛けてみる。
「は?・・・何のことでしょう?」
「お兄ちゃんが毛利さんの本を持ってたんだけどぉ……」
「本ですか?・・・SSSでありながら?・・・そのような不謹慎な行為は断固許せませんね。」
 ……ぃゃ…なんか、論点が違う……
「そうじゃなくってぇ……」
「どのような本かは存じませんが、個を主張し過ぎるSSSは私としては容認出来かねます。」
「じゃなくぅ……まだ、そうだとは断定出来ないけどぉ……」
「・・・そうですか。では、私にはお答えしようがありません。会長に直接ご確認下さい。」
「……はーぃ。」
 箸にも棒にもかからない答えに、ミルクは肩を落として息を吐いた。


 だが、意外にもマサトは簡単に事実を認めた。
「アッハハハ。もう、そんなに親しくなったって?・・・クックククッ。ミツルも単純な奴だなぁ。」
「…ぅぅぅ……マサトぉ……」
 ミルクはマサトの胸に抱かれながら、指でタトゥーの蛇をつついた。
「勘違いするなよ?別に悪意があってのことじゃねぇぜ。」
 マサトはミルクの頬を撫でて、髪にキスをする。
「大学って所は色々な思想の連中が入り込んでいるから、おかしな奴等に取り込まれたりして危険なんだ。・・・ワードはいい奴だぜ?ミツルを守りつつ、良きアドバイザーとして指導してくれるだろう。・・・別に洗脳する気はねぇよ。」
「……でもぉ……秘密にしてるのって……お兄ちゃん、きっと怒るよぉ?」
「怒るか・・・ワードの人間性を評価出来るか・・・ま、そこがミツルの真価も問われる所だろうな。」
 ……ここにも厳しい人物がいる……
「…ミルぅ……真価ないしぃ……」
 ミルクが悲しそうに頬ずりをすると、マサトがミルクの体を引き上げて甘く優しいキスをした。
「・・・バーカ・・・天使は天使のままでいるのが一番なんだぜ?」
 マサトはそっと囁き、再び熱いキスで、ミルクを熱い夢へと誘うのだった。

<77>
「思い出を抱えて…」
§77§「思い出を抱えて…」

 駅からタクシーに乗ったミツルは、途中からまったく前へ進まなくなった車中で、時計を見ながら苛々としていた。
「運転手さん。どうにかならないですか?・・・約束している時間があるので・・・」
「済みませんねぇ。・・・ほら、今日はあの話題の結婚式でしょう?詰めかける報道陣だけじゃなく、VIPのゲストが多いそうで警備の数もハンパじゃないんスよ。」
「・・・脇道とかは?」
「ホテルから周囲1q以内を走行する車は、全て車内検査してますからねぇ。脇道でも同じでしょう。」
「・・・そうですか・・・」
 ミツルは溜息を吐いて、フロントガラス前方と横の舗道を眺めた。
 タクシー運転手は、チラチラと後部座席のミツルをミラー越しに見ていたが、
「お客さん・・・ミツルさんですね?ミルクちゃんのお兄さんの?」
と、渋滞の暇潰しなのか、声を掛けてきた。
 ミツルは答える気がしないで窓の外を見ていた。
 初対面の相手に名前を名指しされるのは、気分が悪い。
 まして妹まで、”ちゃん”付けで気安く呼ぶな、と言ってやりたかった。
「・・・済みません。ここで降ります。・・走った方が早そうだ。」
「あ・・・そうですか?」
 タクシー運転手は、渋滞に置き去りにされるのが不服そうな顔で振り返ったが、ミツルが多目に料金を渡したので、
「毎度ぉー。」
と、機嫌良くドアを開けた。

 停車状態の車の間を縫って舗道に辿り着いたミツルは、新聞紙に包んでから袋に入れた小さな荷物を、脇にしっかりと抱えて走り出した。
 荷物は、密やかな思い出が込められている”ガラスの薔薇”。
 ミツルとミルクの大事な思い出の記念にと、作って貰った物だけに、マサトとの結婚式で使用されるのが気に入らない。
 思い出まで奪うな、と言ってやりたい所だったが、マサトに言っても冷笑されるのがオチだ。
 ミルクはその”ガラスの薔薇”に思い出が込められていることを知らない。
 ただ、それを借りないと予定しているウェディングベールが付けられない、と半べそで頼んできた。
 だいたい、マンションまで借りに来ておいて、借りることを忘れるのがどうかしてる、と思っても今更である。
 仕方なく、ミルクが支度する時間までに届けることになった。
 時間にもキッチリとしているミツルは、予定所要時間を多めに考えた上で早めにマンションを出たのだが、これほどの渋滞は予想出来なかったことが悔やまれた。

 反復横飛びのように障害物を避けながら走るミツルの前に、突然横道から二人連れが現れ、ぶつかりそうになった。
 ミツルは加速を利用して高くジャンプし、クルッと宙返りして舗道に着地した。
「ヒュゥ〜。」
 二人連れの一人が口笛を吹く。
「済みませんでした。急ぎますので、失礼します。」
 振り返ってそう言ったミツルは、相手の返事を待たずに走り出していた。
 チラリと視界の端に写った一人の若者が、ニヤリとしながら”グッドラック”と親指を立てていた。
 そんなミツルの後ろ姿を見送りながら、
「何だ?ハッカー、知ってるのか?」
と、レーサーが聞く。
「なッ・・・お前なぁ、車ばっか見てねぇで、たまには新聞見ろよ。」
「ニュースなら最新情報を毎晩チェックしてるぞ。」
 レーサーこと飛雄勇(ひゆういさむ)が、ムッとして答える。
「そーゆー意味じゃねぇよ。・・・チェッ。どうせお前も表舞台で脚光浴びてるスターレーサーだもんな。芸能ニュースなんて興味もねぇか。あーそうかよ。」
 ハッカーこと水瀬伸(みなせしん)が、手にしたワインボトルをラッパ飲みして、口をGジャンで拭う。
「飲みすぎだぞ。・・・ホテルに戻って将軍に睨まれても知らないぞ?」
 レーサーの言葉にハッカーは思わず身震いする。
「い・・言うなよ。だからこそ飲まねぇといらんねぇんだろーが。」
 ハッカーはキラー将軍の怖さを嫌というほど思い知らされていた。
「承知してればいいさ。・・・それより、質問の答えがないぞ。あのピューマみたいな奴は誰なんだ?」
 青ざめていたハッカーの顔が、フニャリとにやける。
「顔見て察しがつかねぇかなぁ?・・・あの方はアリス姫の兄君だぜ。」
「え・・・あーー・・・そうか、そうか。」
 レーサーは、なるほど、と頷き、さすがは兄君、と感心して笑みを浮かべた。
 ヨーロッパのF1で活躍するレーサーは、日本の話題に疎かったが、アリス姫や兄君の噂は他のSSSメンバーから散々聞かされていた。
 それでも実際目にするまでは内心、大袈裟な、と冷めた思いもあったが、ドルフィンとは異種の美貌を持つしなやかな青年に、みんなが噂するのも無理ない、と納得した。
 そんな噂話も知らず、ミツルは”ガラスの薔薇”を割らないようにと注意しながら、ホテルへと急いでいた。


 一方、式場とレセプション会場となるホテルでは・・・。
「……お兄ちゃん……遅ぃ……」
 すでにウェディングドレスを着たミルクが大きな姿見鏡の前に座って、不安そうに俯いていた。
「あらあら。幸せの絶頂にある花嫁がそんな顔をしてちゃダメよ?・・・ミツル様なら大丈夫。だって、ミツル様ですもの。フフッ。」
 メイドオブオーナー役のアザミが優雅に微笑んだ。
 ※――メイドオブオーナー。
  これは、ベストマンのパートナーであり、ブライズメイドの中で1番の代表のことである。
 役目としては、花嫁のドレスのすそを持ったり、花嫁の身の周りのお世話をする。
 ベストマンが新郎に対してするのと同じように、準備の段階から挙式、レセプションまで新婦のサポートをする重要な役所だった。――(万里様情報※以後同様)――
 ミルクは顔を上げ、鏡を通してアザミに視線を向ける。
「……幸せの絶頂なのぉ?」
 今が絶頂では、この先は落ちていくばかりに思えてしまう。
「あら・・・ごめんなさい。言い方が悪かったかしら。」
 アザミが苦笑してミルクの髪を櫛で手直しする。
「先のことは二人の努力次第よね。・・でも、愛する人とのスタートですもの。笑顔で踏み出さないと、晴れ渡った空も曇ってしまうわよ。・・・私、日本の花嫁の歌って好きじゃないわ。ほら、あの”金襴緞子の帯しめながら…”って歌う童謡?」
「……”花嫁御寮は何故泣くのだろぅ…”ですね?」
「そう。親の決めた相手に無理矢理嫁がされる時代の歌かどうかは知らないけど、今は泣くほど嫌なら結婚しなきゃいいのよ。ねぇ?」
 マサトの薦める結婚話を蹴って、自ら娼婦になったアザミらしい発言だった。
 ――体力でどうしても男に劣る女性が、組織の為に役に立ちたい、と願った時に思いつくのは、女であることを武器にした戦略の道具となること。
 女を磨き、話術・教養・マナー・美貌・秘め事のテクニックなど、男を魅了する女の武器を最高レベルまで高めていく。
 それは一見すると最高の女性のようであり、実際そう見えるのだが、内面は自身の女を女として利用出来る冷めた心があるからだ。
 女の幸せを願うなら、誰もそうした生き方は望まない。
 けれど、女の幸せ以上の意義を、そうした生き方に見出せるのも、別の幸福感があるのだろう。
 いずれにしても、自ら決めた生き方に、アザミは何の後悔もない。
 だからこそ、これほどに輝いているのだろう。――
 ミルクは、そうした”主”が常に自分にある強い生き方も素敵だなぁ、と思い、知らずのうちに微笑んでいた。

「あぁ〜ん!ミツル様ぁ〜!」
 花嫁の支度部屋の前で、ミツルの到着を待っていた小百合が、小さくジャンプを繰り返して手を振る。
 今回、ブライズメイドの一人になっている小百合は、他のブライズメイドとお揃いのドレスを着ている。
 薄いピンク色の透けるシルクを幾重にも重ねた可愛いドレスで、ブライズメイドの少女達が並んでいると、花の妖精のパーティーのようである。
 ※――ブライズメイド。
  アメリカの結婚式では仲人がいないかわりに、証人となる人を最低一人、そして付き添い人を男女各数人ずつ、友人や兄弟の中から選び、挙式をバックアップして貰う。
 これに選ばれると言うことは、本物の友人であるしるしであり、とても名誉なことである。
 アメリカの結婚式の上で「ウエディングパーティー」と言えば、いわゆる日本語の”パーティー”ではなく、新郎新婦の付き添い人である、「アッシャー&ブライズメイドたち (グループ)」のことを指す。――※――
「ミルクさんが心配してましたのよぉ?私もですけどぉ・・・」
 小百合がヒラヒラのスカートを揺らすようにして、向かってくるミツルに言うと、
「悪い。渋滞で遅くなった。」
と、息を切らせて、ミツルが支度部屋の前に到着した。
 ミツルのサラサラの前髪が、汗の滲んだ秀でた額に掛かる。
「まだ時間あるから大丈夫なのに。礼服で走るのは大変だったでしょう?」
 麗子がハンカチでミツルの額の汗を拭く。
 思い切り眉を寄せた小百合も、ハンカチを取り出してミツルの汗を奪い合うように拭き出した。
 ミツルの汗は不思議と爽やかな新緑の薫りがするのだ。
「・・お・・おい・・・」
 ミツルは片手で小百合と麗子の攻撃を避けながら、
「あ、香織ちゃん。これをミルクに・・・」
と、小脇に抱えていた小さな包みを、同じくブライズメイドの香織に手渡した。
「はい。フフッ。お兄様、お疲れ様です。」
 香織は別の意味も含めてそう言って受取り、支度部屋へと入っていった。
「・・・香織・・ちゃん?」
 小百合が小さく呟いて、目を眇めて香織の後ろ姿を見送る。
 麗子はクスッと笑いを洩らし、
「小百合さんはご存知なかった?彼女、上杉君のフィアンセよ。」
と、香織のことを教えた。
 小百合は、へぇ〜、と目を見開き、
「それでは、当面のライバルは篠原先輩だけですわね。私、絶対負けませんわ。」
と、ライバル宣言をした。
 麗子は困ったように、ちょっと肩を竦めて、
「そう思って頂けると嬉しいけれど・・・もう大学にファンクラブが出来ているから・・・どうかしら?」
と、口元を押さえて笑いを噛み殺した。
「まぁぁ・・・何て不公平ですの?・・・ねぇ〜ミツル様ぁ。私もそのファンクラブに入れて頂きたいですわぁ〜。」
「・・・・・俺はそんなクラブ知らないぞ。」
 ミツルは冷ややかに答え、
「ちょっとお世話になる方々へ、ご挨拶してくるから・・・失礼。」
と、背中を向けてサッサとその場を離れていった。

 新郎の支度部屋にミツルが向かう時、ブライズメイドのドレスを着た二人の少女とすれ違った。
 ミツルは軽く会釈をして、急ぎ足に通りすぎていった。
 ミルクとはクラブで一緒の花梨と、1年の時にクラスメートだった成美である。
 二人はミルクの家に来たことがなかったので、ミツルも二人も初対面だった為、挨拶しにくかったこともある。
「・・・ねぇねぇ・・・今のお兄様よね?」
 成美が小声で言うので、
「うん。絶対そうね。」
と、花梨も頷いた。
「週刊誌の写真よりずっと素敵じゃない。あぁ〜・・・いい男ばかりで、何だか逆上せてきちゃったわ。」
「シーッ。ミツル様はダメよ。あの小百合さんがご執心の方だもの。」
 二人は新郎の準備の様子を確認に行く、と言って、その実パートナーを組むアッシャーの顔ぶれを観察してきた所だった。
 ※――アッシャー。(又は、グルームズメン)
  ベストマン以外の男性の付き添い人をこう呼ぶ。
 参列者のエスコート、ブライズメイドのエスコート、挙式中、新郎の横に立つことなどがその役目である。
 規模の大きな結婚式では10人以上ものアッシャーがいたりして、全員おそろいのタキシードをきて、ブライズメイドとセットになる。(この場合、ブライズメイドの数の方が少なくても構わない。)
 ブライズメイドのブーケとおそろいのブート二アをつけている。――※――

「麗子部長。」
 新婦の支度部屋の前に戻った花梨が、一人で廊下にいた麗子に呼び掛けた。
「クスッ。だからね、花梨ちゃん。部長はもう上杉君でしょ?」
「アゥチッ。そうですぅ。」
 麗子にアップにした額を指でつつかれ、花梨は耳を赤くして小さく舌を出した。
「あら?・・・小百合さんは?」
 成美が首を傾げると、
「髪飾りにする薔薇が届いたから、いよいよベールを被るそうなの。それで、小百合さんが様子を見たいからって中に入ったのよ。成美さんも覗いてみる?」
と、麗子が言った。
「あ、そっか。・・でも、いいです。全部支度出来てから見せて頂くから。」
「ん。そうね。・・・私も、あの方はちょっと苦手。」
 麗子は、アザミの華やかな大輪の華である影に、微かな毒の匂いを感じ取っていた。
 ミツルがマサトの闇の匂いを嫌っていたように、麗子もそうしたものに敏感らしい。
「香織も嫌がってたのに、中に?」
 高校は違ってもミルクとの縁で知り合い、香織と友達付き合いをしている花梨が心配そうに聞く。
「有栖川君が香織さんに頼まれた物を渡したから。・・・それに、やっぱり一番の親友だから、アリスちゃんも側にいて欲しいでしょうしね。」
「・・・そっかぁ・・・香織ってお姉さん気質だものねぇ。」
 花梨もつい香織に甘えがちになるので、うんうん、と頷いた。
 ただ、花梨は香織がアザミを嫌う本当の理由は知らない。
 アザミと自殺した美佳の関わりは、ミルクとミツルと香織の胸の内深くに沈められたものだった。
 それ故に香織は、マサトとの結婚がけっして世間で騒がれるほど羨ましい玉の輿ではないことを、知っていた。
 そして、それでもマサトについていきたいミルクの心情を思い、アザミへの反感を押さえてミルクの側にいてやりたかったのだ。

「それより、アッシャーの顔ぶれはどうだったの?」
 話題を逸らすように麗子が聞いた。
 成美が目を輝かせ、
「超ぉ〜美形がいらしたのぉ〜。」
と、待ってました、とばかりに答えた。
 おそらく、ドルフィンのことだろうが、花梨は考え込むように、
「でも、成美さん。美形って外国では・・・危ないのよ?」
と、横から口を挟んだ。
「え?なぁに?危ないってぇ・・・」
「美形で清潔で指が綺麗な男性って・・・大概あっち系が多い、って言われているわ。」
「・・・やだぁ・・・そんなの決まってないわよぉ。」
 成美は、ムッとして花梨を睨んだ。
「だったら、花梨さんはあの恐ろしく大きな方とペアになってね。」
 ボムもアッシャーになれたらしい。
「こらぁ、喧嘩しないでよ?アリスちゃんのお祝いなんだから、二人とも笑顔でね?」
 麗子は、聞かない方が良かった、と溜息を吐きながら、口論が始まりそうな二人を止めた。
 と、その時、支度部屋のドアが開き、アザミがにこやかに顔を出した。
「アリス様のお支度が整いましてよ?お嬢様方。」
 アザミはそう言って、花の妖精のような少女達を部屋に招き入れた。
 アザミのドレスは、同じ素材を使っていたが、セミロングで脹らんだスカートの少女達とは違い、スラリとしたラインが美しいロングドレスになっていた。
 胸も谷間が覗き、背中が大きく開いている姿は、輝く肌の美しさが栄えて、まるで妖精を従える女神の風情があった。

 麗子達が部屋に入ると、鏡の前にいたミルクが立ち上がり、ゆっくりと振り返った。
「…どぉ?」
 ミルクは恥ずかしそうな上目遣いで瞬きした。
 麗子も花梨も成美も息を飲む。
 見慣れているミルクなのに、純白のウェディングドレスを着て白いベールに包まれている姿は、例えようのない神聖な存在に思えた。
 ふんわりとしたドレス全体を包むベールと、ガラスの薔薇を白いリボンで結わえて頭のベールに合わせたミルクは、まるで天界の花園に佇む天使そのものだった。
「…ぅ……へんかなぁ?」
 みんなが黙っているので、ミルクが拗ねて唇を尖らせる。
「違う、違う。あんまり素敵で言葉が出なかったの。」
 いつものミルクの表情が、天使を甘えん坊の少女に戻す。
 そんなミルクを優しく見守るように微笑んで麗子が言うと、
「うんうん。すっごく綺麗よぉ。」
「フワフワで、超似合ってるし、バッチリじゃん。」
と、花梨も成美も目を潤ませて感激しながら誉めた。
「…ホントぉ?…えへへ…テレちゃぅ〜……」
 ミルクの耳が赤らんで初々しい。
 サムシングフォーを身に着けた純白の花嫁。
 手袋に縫いつけたリボンには小さな鈴が付いていて、動きに合わせて微かに響く。
 ローランド伯爵から贈られたブルーダイヤのネックレスとイヤリングは、値段を聞くのが恐ろしいほど豪華な輝きを放っている。
 そしてベールのポイントとなっている透明な”ガラスの薔薇”。
 華奢なミルクのそこはかとない脆さと、透明な魂をそのまま現すように、美しく煌めいている。
「クスッ。会長の鼻の下が伸びそうで、楽しみね。」
 アザミは目を細めて妖艶な笑みを浮かべた。




 その頃、新郎の支度部屋を訪ねたミツルは、思いがけない人物と顔を合わせてしまい、不機嫌に眉をひそめていた。
「やぁ・・・ミツル。元気そうだな。」
 そう声を掛けたのは、離婚して旧姓の神崎に戻った、ミツルとミルクの父親だった。
 やはり花嫁の付き添いには父親がいいだろう、とのマサトの意向でニューヨークから呼ばれて来ていたのだ。
 そのことに感謝し、礼を述べる為にマサトの支度部屋を訪れていた所に、出くわしてしまった。
「ミツル様。父君にそのような顔をなさるものではありませんよ。」
 景山が穏やかに話し掛ける。
「社会的礼儀を弁えられない内は、大人とは言えませんね。」
 戒が厳しく評価する。
「まぁまぁ、いいじゃないですか。ここはまだ楽屋裏ですから。ミツル殿もご存知なかったのなら無理もありません。」
 ベストマンの若林が、場を和ませるように快活に言った。
 ※――ベストマン。
  挙式とレセプションを通しての1番の責任者である。
 アッシャーと同じタキシードを着て、挙式中は新郎の横に立ち、マリッジライセンスに婚姻の証人としてサインをし、指輪を当日交換するまで管理し、レセプションでは乾杯の音頭とスピーチをし、レセプションを取りしきるという大変重要な役割を果たし、挙式が始まり、レセプションの 全てが終わるまで新郎をサポートする。
 新郎の親友がなることが多いが、このベストマンに選ばれるということは、とても名誉のあることだった。――※――
 この役割を引き受けたせいか、戒を前にしても、いつもより堂々とした雰囲気がある。
 戒は、小さく「チッ。」と舌打ちをすると、
「じゃぁ、兄さん。警備の状況を確認してくるよ。」
と、衿を正して言い、若松に目配せして一緒に部屋を出ていった。
「それでは私も、すでにホテルに滞在されておられるゲストの皆様へのご挨拶がありますので、これで失礼いたします。また後ほど・・・。」
 景山もそう言って、戒に続いて部屋を出た。
「くぅ・・・肩が凝るぜ。けどまぁ、これで少しは言いたいことが話せるかな?」
 若林が首の凝りをほぐしながら言うと、
「ミツルだって、何が一番ミルクの為になるか、ちゃんとわかってるさ。なぁ、ミツル?」
と、すでに白銀のスーツを着込んで白い手袋を手に持ったマサトが、ミツルにウィンクした。
「・・・・・そうですね。」
 ミツルは父親を見ないようにして、抑揚のない声で答えた。
 父親はこれも自業自得と、寂しげな笑みを浮かべ、
「ミルクの方はどうだろう?」
と、成長してスーツが似合う息子を眩しそうに眺めながら聞いた。
「・・・もうそろそろ支度が出来ると思いますが・・・」
 ミツルは相変わらず視線を合わせない。
「そうか。では、花嫁の姿を見て来ようかな。・・・原田会長。どうぞ娘をよろしくお願い致します。何度お礼を申し上げても言葉では伝えきれませんが・・・」
 父親はそう言って、マサトに丁寧に頭を下げてから、ミツルの肩に軽く手を置いて、
「済まなかったな。」
と言い残し、静かに部屋を後にした。


「…?!…パパぁ〜!」
 甘えん坊のミルクは花嫁衣装で父親に飛び付く。
 首にぶら下がるように抱きついて、父親の顔を見上げる。
「あぁ・・・ミルク・・・何て可愛いプリンセスだろう。」
 父親も愛しさを込めて優しく抱き締める。
「…パパぁ……来てくれてありがとぉ……」
 ミルクが涙を溜めて言うと、父親が娘の瞼にキスをし、
「離れていようと、お前が可愛い娘であることは変わらないんだよ。マイスィートプリンセス。」
と、父親も涙を零した。
「…ぅん。……ねぇ、パパぁ…覚えてる?」
 ミルクが手袋に付いているリボンを見せると、父親は目を見開き、それからワナワナと震えて顔を両手で覆った。
 小さな鈴が付いたリボンは、ミルクが7歳の誕生日に父親が贈ってくれた靴に付いていた物だった。
 微かに響く鈴の音が好きで、履くのがもったいない、とずっと部屋に飾ったままで、一度か二度履いたきりで小さくなってしまった靴だった。
 父親はその時のミルクの愛らしい姿が浮かんできて、顔を覆って号泣してしまった。
「……パパぁ……」
 ミルクもボロボロと泣いてしまう。
 父親は胸の白いハンカチで顔を拭い、
「・・・大事にしていてくれたんだね。」
と、掠れた声で言った。
 失ったものは帰らない。
 それでも思い出は消えることはない。
 父親の思い出も一緒に胸に抱えて嫁いでいく娘の想いが、嬉しかった。

 しばらく離れた場所で遠慮していたアザミが、
「まぁ、真っ赤っ赤なお顔の花嫁さんじゃ、新郎が盗賊にでもなった気になって困ってしまってよ?」
と、軽いジョークを言ってミルクの側に歩いてきた。
 そして、化粧水をコットンに含ませてミルクの顔を整えてやりながら、
「でも・・・こんな涙なら・・・好きかも。」
と、小声でミルクに囁いた。
 そして、背筋を伸ばし、
「そろそろ、お式の時間になるわね。」
と、花の妖精達を振り返って毅然と告げた。

<78>
「ウェディング」
§78§「ウェディング」

 いよいよ結婚式が始まる。


 すでに、式への参列者は教会の中の席に着いている。
 母親の琉美江とミツルは新婦側の最前列に並んで座った。
 父親の孝司は、新婦のミルクを新郎に渡した後、琉美江の横に座ることになっている。
 その為、高藤は遠慮して、新郎側の最後尾の席にそっと座った。

 ホテルの敷地内に建てられた教会だったが、かなり立派で広い造りになっていて、招待客も500名全員に参列して貰えた。
 マサトの社会的地位や世界各国から招待されているゲストを思えば、500という人数は少ないだろう。
 ただ、マサトの本当の意味での身内(一族)や仲間内(組織員達)だけの式は、すでに覇羅蛇の郷で挙げられているので、このホテルでの結婚式及びレセプションは、表の顔の為のデモンストレーションのようなものだった。
 その為、招待されているゲストはマサトの仕事関係の繋がり、もしくは表の顔での交友関係がほとんどで、ミルクの父親の関係者は皆無であり、母親の知り合いもケーキショップなどの関係がわずかに参加している程度だった。
 ミルクの友人もブライズメイドになって貰った彼女達だけだった。
 その代わりでもないが、香蘭学園からは学園長やPTA会長といった肩書きのある人物が数名招待され、ミルクの小中学校卒業時の恩師も招待を受けていた。
 実際ゲストの顔ぶれが豪華すぎて、社交界を知らない人達が参加しても、気後れして肩身の狭い思いをしかねないほどだった。

 マサトを『救世主』と讃えるアフリカの某国からは国王と首相が共に参列し、何かと親密な関係にあるアラブ諸国からは王子や皇族が多数来日した。
 欧州の大富豪で『鉱石王』の異名を持つローランド伯爵や、各国の皇族・貴族。
 中国からも副主席が参列するとあって、脅威を感じた日本政府からも首相や大臣が慌てて参列したい意向を申し出てきた。
 そして、世界の皇族貴族が多数来日するにあたり、皇室も驚き宮家に参加するようお願いするといった具合だった。
 こうなってみて、日本の狭い視野しかなかった政府や官僚のみならず皇族までも、”原田雅人”という人物の大きさを初めて思い知らされた。
 マスコミでは何度か「原田氏は海外での評価が高い」と噂されてきたが、実際の実力を把握していた日本人は極わずかだったろう。
 それ故、日本からのゲストは戦々恐々とし、緊張の面持ちで、地の底から沸き上がるような恐ろしさを噛み締めていた。
 もっとも、そこまで深読みする必要は、実のところなかったのだが・・・。

 社交ベタな日本人の感覚と違って、欧米では国家間を行き来する交流も軽い気持ちからだったりする。
 ローランド伯爵が友人の貴族に声を掛け、気軽に同行してきた程度の関係しかないゲストも含まれていた。
 そうした気軽さが、社交界のスキャンダラスな関係を生み出す、土壌にもなっている。
 それでも、マサトには日本より海外の気風があっていた。
 日本の気質を嫌うという訳ではないが、実力を認めれば民族・宗教・地位・名誉・年齢差といった固定観念に囚われず、友情を示してくれる相手に対して、マサトも信頼をもって応えてきた。
 それが、この人脈となっているのだ。
 逆に言えば、固定観念に囚われるような皇族貴族は参列していないので、変わり種ばかりが揃ったとも言えた。
 ちなみに、海外の気風が合うということでは、組織の代表格が若林だろう。
 若林のファンも欧州社交界には多く、親密な交友のある某国王女が、若林にお強請りして参列していたりもする。
 そんな内情を、日本政府が知らないだけなのだ。


 教会のバージンロードを行進する人達が控え室に集まっていた。
 アッシャーになっているハッカーとレーサーが少し遅れて駆け込んできたので、ベストマンの若林が、
「バカ者ッ。」
と小声で注意した。
 若林も普段は快活でジョーク好きな顔を見せているが、怒れば怖い副隊長なのだ。

 マサトは先に教会の祭壇の前で待機しなければならないので、
「それじゃ、ミルク。先に行って待ってるよ。」
と、不安げな顔のミルクを抱き寄せた。
「……ぅん……」
 ミルクは心臓が口から飛び出しそうなほどにドキドキしている。
「何も恐れることはない。パパもいるし、みんなも一緒だろ?」
 マサトは宥めるようにミルクの顔に掛かったベール越しにキスをした。
 と、ほろ酔い気分のハッカーが、
「あー・・・先にキスしていいんですかぁ?」
と、からかい気味に口走ってしまう。
「ぅぁッ・・バカ・・・済みません。ちょっと前祝いのワインが合わなかったようで・・・」
 昨夜から行動を共にしていたレーサーが慌ててフォローする。
 マサトは、構ってられない、とばかりに無視して、
「ミルクが転ばないようにお願いします。」
と、父親に挨拶し、もう一度ミルクの頬にキスをすると、先に控え室を出ていった。

 若林は大きく溜息を吐くと、
「伸。酒に飲まれるなら飲む資格はないぞ。とっとと顔を洗って酔いを醒まして来い。でないとホテルのプールに投げ込むぞ。」
と、ハッカーの尻を膝で蹴った。
 ハッカーは半べそで駆け出し、若林の隣りで笑いを噛み殺している星野を、恨めしそうに睨みながら部屋を出ていった。
 ――これまでSSSで一番若かったハッカーは24歳。
 そこに22歳でしっかり者の星野が入ってきたことで、何かと若さを言い訳にしてきたのが通用しなくなってしまった。
 ハッカーにしてみれば、若林副隊長はこれまで庇ってくれることの方が多かったように思える。
 ・・・星野のせいで俺の立場が悪くなった・・・
 と思い込むハッカーと、単に実直なだけの星野との間に、波風が立ちそうな不穏な空気が漂っていた。――

 目聡くハッカーの視線の意味に気付いたアザミが、若林の耳元で何事かを囁いた。
 ――アッシャーと同じタキシードを着ているのに、別格の威厳と華やかさが感じられる若林と、ブライズメイドと同じ素材がこうも妖艶な色気を醸し出すドレスになるのか、と思うほどに魅惑的なアザミ。
 若林とアザミが並んで立っていると、別世界の妖しい雰囲気が漂う。
 そのまま映画に溶け込めそうな、アガ○・クリスティーの映画のワンシーンを観ているようなカップルである。――
 若林はアザミの囁きにおどけたように肩を竦め、グイッ、とアザミの腰を抱き寄せると、
「今の俺には、お前しか見えてないぜ。」
と、甘い声で囁き、大胆なキスをしてしまう。
 その場にいた人々は、目が点・・・
 ドルフィンがクスクスと笑い出し、みんなも顔を赤くしながら笑い出した。
 どうやら、緊張していた皆の肩が解れて軽くなったようだ。
 ――けれど、某国王女が見ていたら、泣き出して大騒ぎになっていたかも知れない。
 若林と王女との間に何があるのか・・・それは謎である。――
「冗談じゃないわ。あなたと恋の駆け引きなんてお断り。」
 アザミはやんわりと若林の胸を押し、口紅の付いた若林の唇を持っていたハンカチで拭った。
「支社長。アザミママを口説くには、命懸けでないといけませんよ。」
 アッシャーの役目を仰せ付かった島田が控え目に進言した。
「それは困る。この命は一つ、すでに捧げた相手がいるからな。」
 若林は不敵で意味深な笑みを浮かべて、大袈裟に後ずさってみせた。
 それで、再び笑いが起こったが、相手が女ではなくマサトであることは、組織員ならすぐに察しがついた。

 笑いが収まった頃、
「では、入場致しますので、よろしくお願いします。」
と、ホテルのマネージャーが声を掛けた。
 緊張が解れた一同は、気持ちを引き締めてマネージャーの後に続いた。


 教会の扉が開かれる。
 荘厳に鳴り響くパイプオルガンと、透明な賛美歌の歌声。
 神父のいる祭壇まで、真紅の長い絨毯が敷かれている。
 神父の手前では、神妙な面持ちのマサトが待っている。

 入場は先にアッシャーとブライズメイドから進んでいく。
 アッシャーの先頭は美貌の海園麗…見栄えがいいからと若林が決めた。
 海園麗がエスコートするのは篠田麗子…一番年上ということで選ばれた。
 次がレース界の貴公子飛雄勇…お相手は一条小百合。
 更に、矢上準と橘香織、雷音轟と松下花梨、星野優と香坂成美、と続いた。
 そして、パートナーのいないアッシャー、島田衛、水瀬伸、田代直、福島厳、戒の部下、と続いて進んだ。
 本当はレーサーが女性をエスコートするのを嫌がっていたので、ハッカーがペアになるはずだったが、控え室での失敗で後ろに回されてしまったのだ。
 小百合は「ミツル様でなければ誰でも同じですわ。」と言っていたが、麗子が神秘的な美貌のドルフィンと組んだことが面白くないようだった。

 次に、リングベアラーとフラワーガールの入場。
 ※――リングベアラー。
  4-10歳の男の子がつとめる役で、フラワーガールのエスコートをし、リングをリングピローの上に乗せて運ぶ役をする。
 ベストマン、アッシャーとおそろいのタキシードを着る。――(万里様情報※以後同様)――
 ※――フラワーガール。
  4-10歳の女の子がつとめる役で、花嫁の入場の直前に、花びらをまきながら入場する。
 ウエディングドレスに合わせた白のドレス、もしくはブライズメイドのドレスの色に合わせたドレスを着る。――※――
 可愛らしい紳士淑女の登場に、参列者から思わず「まぁ。」「可愛い。」と囁く声が洩れる。
 この小さな紳士淑女は、いずれも子沢山の本郷の子供達で、新郎側に座っている本郷は、子供達の一歩一歩を心配そうに見守りながらも、目を細めて自慢げな様子だった。

 そして、ベストマンとメイドオブオーナーの入場。
 若林の腕に軽くつかまって優雅に歩くアザミに、参列者の男性数名から投げキスとウィンクが投げ掛けられた。
 若林が片眉を寄せ、周囲に気付かれない程度にアザミの顔を覗き込むと、アザミが応えるように笑みを深めた。
 無言の会話は、「君のパトロン達か?」「さぁ、どうかしら。」といった感じだろう。
 マサトは澄ました表情をしていたが、その様子を冷ややかな目の奥で、「てめぇ等!俺とミルクの神聖な式で遊んでんじゃねぇッ!」と叫ぶ、怒りの炎が灯っていた。
 ・・・とかく厳かな式とは、そんなものだ・・・。

 最後にいよいよ花嫁の入場となる。
 ミルクは父親の腕につかまり、大きく深呼吸をして一歩を踏み出した。
 宙を踏むようで、何だか足が地に着かない感覚に、体がふらついてしまう。
 父親が腕に通したミルクの手を握り、優しく励ますようにエスコートする。
 参列者達は、あまりに幼く頼りなげな花嫁に唖然としていた。
 それでも半ば半信半疑に見つめていると、不思議とミルクの姿が白く輝きだして見えてくる。
 初々しい白い頬をポッと薄紅く染め、俯きがちにゆっくり進む様は、汚れを知らない天使のようだった。
 手折ってしまうには痛々しいほどの可憐な花。
 永遠の聖女であって欲しい、と思わず願ってしまうのは、ミツルだけではなかった。
 だが、この純白の乙女が、あの『マサト』が選んだ花嫁なのだ。
 ミルクがマサトの目の前に辿り着くまでに、何度溜息が漏れただろう。
 そして、父親からマサトの手に、ミルクが引き渡された時、人々は言葉には出来ない感銘を受けていた。


 全ての人々が定位置に着き、音楽が止んで静寂が訪れると、神父のお説教が始まる。
 神父の声は何故かよく通る。
 張りのある声でありながら優しく、独特の抑揚が威厳と崇高さを感じさせる。
 ただし、舞い上がっているミルクには、何を言っているのか、サッパリ判らなかった。

 ミルクがボーッとしていると、マサトが軽く袖を引っ張った。
 誓約と誓いの言葉を言わなければならないらしい。
 と言うより、すでに練習して覚えていたはずの段取りが、ミルクの頭からすっかり消えてしまっていた。
「アナタは彼を一生の夫とし、生涯愛することを誓いますか?」
 ……いきなりそう言われても……
 ミルクはふと不安になり、マサトの顔を見上げた。
 30cm以上の身長差が、この時ほど遠くに感じたことはない。
 マサトはじっと見つめ返し、「はい、だ。はい。」と唇を動かす。
 ハッ、としたミルクがようやく思い出し、
「はぃ。」
と、小さな声で答えた。
 マサトは、・・・戒に読唇術を教えるように言っておいて良かった・・・と、ホッと胸を撫でおろした。

 指輪の交換はマサトがリードしたので、滞りなくおこなわれた。
 ミルクはマサトと自分の指に輝くプラチナリングを不思議そうに眺め、…これが一生外さない指輪なんだぁ…と、感慨深く吐息をもらした。

 と、マサトがミルクの顔を覆っていたベールを上げて後ろに折るように被せた。
 誓いのキスである。
 ミルクはあまりにも大勢の参列者から視線を向けられ、逃げ出したくなった。
 人前でキスをしたこともあるとは言え、じっと注視される中で、しかもその時を待たれてるなんて……と体が震えた。
 が、あっさりと感触を確かめる間もないほどにキスは終了した。
 ……ぇ……えぇッ?
 ……あれぇ??
 ……今ので終わりぃ?
 ……そんなぁ……全然わかんなかったよぉ………
 ミルクは気が抜けてガッカリと項垂れたのだが、周囲の人々は花嫁が恥ずかしがっていると思い、微笑ましい光景に写ったようだった。

 神父がマサトとミルクの結婚の成立を宣言し、マサトとミルクは結婚証明書へ署名した。
 この署名の為に、手が痛くなるほど英語のサインを練習したので、どうにか間違えずに書き込むことが出来た。


 全ての決まり事が終了すると、再び高らかにパイプオルガンが鳴り響き、新郎新婦の退場になった。
 ミルクは今度はマサトに支えられ、真紅の絨毯の上を歩いた。
 途中、マサトに顔を向けると、
「愛してるぜ、ミルク。」
と、マサトが顔を近付けて囁き、優しく頬にキスをしてくれた。
 ミルクは何だか急に嬉しくなって、満面の笑みで、
「ミルもマサトを愛してるぅ。」
と、答えた。

<79>
「レセプション&記者会見」
§79§「レセプション&記者会見」

 5月初頭、爽やかに晴れ渡った庭園に、木々を吹き抜けた風が白いテーブルクロスを微かに揺らしている。
 庭園の中央には芝生の広場があり、今日の祝典の為に前方と左サイドにステージが設けられていた。
 左サイドのステージでは、管弦楽団の演奏が華やかに奏でられている。

 教会からレセプション会場である庭園広場に移ったゲスト達は、思い思いのテーブルに着いていた。
 一応、立食パーティーの形式を取って、多種多様な御馳走が用意されたテーブルやドリンクバーが何ヶ所かに設置されていたが、座れるテーブル席もかなり用意されている。
 ゲスト同士の自由な交流を楽しめるようにと配慮しつつ、ゲストの年齢層が高いことも考慮してのことだ。


  ◆レセプション(一部)

 ◎ベストマンの挨拶
「お集まりの紳士淑女の皆様。本日はお忙しい中、ようこそお出で下さいました。」
 扇状に並ぶテーブルの前方に少し広い空間があり、その奥に前ステージがある。
 その前ステージでマイクを握った若林が、堂々とした様子で司会進行を務めている。
 後でダンスホールの代わりとなるスペースには、シャンパングラスを片手に持った女性ゲストがかなり集まっていた。
 SSSで鍛えられている上に教養と洗練された雰囲気のあるアッシャー達を、間近で見ようということらしい。
 人気はもちろん、若林と海園(ドルフィン)と飛雄(レーサー)に集中していたが、中にはクールな島田に興味をそそられているマダムや、雷音(ボム)の2m近い大男ぶりに目を輝かせているレディーもいる。
 また、アッシャーではないが、マサトと親族になったミルクの兄ミツルに、熱い視線を送る女性陣もいた。
 もっとも、SSSになるほどのメンバーは、女性への関心以上に自分の得意とする分野への探求心が強く、内心迷惑な視線にウンザリしていたし、ミツルもまったく視線を無視していた。
 ただ、露骨に嫌な顔も出来ずに、彼等の視線は若林の頭より上、光降り注ぐ空へと向けられていた。
 新米の星野や、未熟さを自覚する田代、福島などは、こんな所で冷や汗をかくより、早くトレーニングルームで思う存分汗をかきたいと念じていた。
 水瀬(ハッカー)や矢上(スナイパー)はご婦人方より、ドリンクバーへとチラチラ視線が泳いでいる。
 そんな彼等をアッシャーに参加した戒の部下は、失態がないようにと見張っていた。
 若林は日本語と英語と仏語で、同じ言葉を繰り返すので、簡単な挨拶でも時間が掛かる。
 しかも勿体を付けた言い回しをするので、大物ゲストの間を気遣うように回っている景山が、ステージ上の若林に眉をひそめて人差し指を回してみせた。
 遠目にも感じる景山の厳しい視線に、
「・・コホン・・・では、あらためて新郎・新婦をご紹介致しましょう。」
と、若林がステージ後方を振り返り、片手を広げた。

 ◎新郎の挨拶
 待たされていたマサトは、小さく溜息を吐き、ミルクの手を取ってステージの前方に進んだ。
「本日、この爽やかな青空のもと、私、覇羅蛇魔郷は、生涯のパートナーである運命の女性、美琉玖を、妻として迎えることが出来ました。」
 そう言ってマサトがミルクに顔を向ける。
 ミルクは、とても人前で声を発せないだろう、ということで、お辞儀だけすればいいと言われていた。
 ただし、日本式の頭を下げるお辞儀ではなく、背筋は伸ばしたまま膝を曲げて姿勢を低くするお辞儀をしなければならず、これも戒によってキッチリ教えられていた。
 戒は庭園をゆっくり移動しながらガード達とコンタクトを取ったり、他(ホテル側、警察側)の警備員に不審な動きはないか、警備に不備はないか、と目を光らせている。
 けれど、ステージでマサトが挨拶する時には、コンパクトな双眼鏡で凛々しい姿を眺め、満足そうな笑みを浮かべた。
 ・・・あぁ・・・坊ちゃまの何と御立派なことか。
 ・・・坊ちゃまほど、この青空が似合う方はおられまい。
 多分、違う。
 マサトには漆黒の闇こそ似合う。
 だが、戒にはそう思えてしまうのだから仕方がない。
 と、その時、膝を曲げて挨拶をしたミルクの体がグラリと揺れた。
 ・・・うあぁぁぁーーッ!
 ・・・姫ぇぇぇーーッ!
 マサトがすぐにミルクの腰に手を添えたので、倒れることはなかったが、戒には冷や汗ものだった。
 ・・・練習では完璧に出来ていたものをッ・・・くぅぅ・・・
 ・・・坊ちゃま・・申し訳ありません。
 ・・・姫の精神的弱さをもっと計算しておくべきでした。
 ・・・全ては私の教育不足・・・
 ・・・あぁぁ・・・いっそ催眠術で、スムーズなお辞儀が出来るように、インプットしておくべきだったか・・・
 戒、恐るべし。
 一切表情を見せない冷ややかな澄まし顔で、これだけの感情の高ぶりや思惑を巡らせていた。
 ステージではマサトが、
「妻は私の半身であり、私自身でもあります。これからの生涯は常に妻と共に手を取り合い、心を一つにして歩んでいきます。」
と宣言した。
 ごく普通の熱愛期間にありがちな甘いセリフのようである。
 が、マサトの威圧的な視線や陽炎揺らめくおどろおどろしいオーラは、
 ・・・いいか、てめぇ等。
 ・・・ミルクをバカにしやがったり、軽く見てやがると唯じゃ置かねぇぜッ!
 と、脅迫まがいに響く。
 参列者はシーンとして、ゴクリ、と唾を飲み込む人々もいた。
「礼には礼を持って返し、義には義を持って応え、恩には孝を持って尽くすのが、私の理念。今日お出での皆様の御好意には心より感謝しております。」
 そう言って会場を見回したマサトは、
「目には目を。歯には歯を。裏切りには制裁を。不遜には怒りを。罪には罰を。・・と、言わずに済むお付き合いが、これからも出来きますように努力したいものです。」
と、言ってのけた。
 アラーの教えをマサトが口にしたことで、アラブ諸国からの参列者が多いテーブルからは、歓声と拍手が起こった。
 義理で参列したゲストはますます萎縮する。
 若林は急いでマサトからマイクを奪うと、
「実に正義感溢れるお言葉でした。」
と、マサトの挨拶を打ち切った。

 ◎新婦の父の挨拶
「では、アリス姫の父君から、お言葉を頂きましょう。」
 若林はそう言って、ミルクの父親を手招きしたが、父親にマイクを渡す前に、
「あぁ、そうそう、ご説明しておきましょう。私共、S商事グループに携わる者や会長のご友人の間では、新婦を”アリス姫”と愛称で呼んでおります。これは新婦の旧姓から頂いた呼称ですが、宜しければ皆様もどうぞご使用ください。」
と、おどけた顔で言った。
「何しろ、ミルク一杯注文するだけで、嫉妬にかられた新郎に睨まれ、誤解を解くのにも一苦労なので、奥方は違う呼び方にしておくのが安全なのです。」
 本気とも冗談ともつかない若林の説明に、会場が爆笑に包まれる。
 もちろん、冗談めかしながら本気で注意しているのだが、ジョークと受け取った人達でも、周囲につられて”アリス姫”と呼ぶようになるだろう。
「では、アリス姫の父君です。」
 若林はにっこりと笑ってマイクを渡した。
 ミルクの父親は、
「・・・実に・・・感無量です。」
と言って、大きく深呼吸した。
「・・・愛しい娘の思い出はいくら話しても語りきれないほどです。・・・まだまだ父親としてするべきことがあったようにも思え・・・父としての不甲斐なさに赤面の思いです。」
 父親はすっかり濡れてしまっているハンカチで再び目を拭った。
「ですが・・・このように素晴らしい皆様から祝福して頂ける、人望厚き原田氏の、娘への深い愛情に、感銘と感謝を致しております。私のやり残したことも、きっと原田氏なら・・・と信じるに至りました。・・・今日は本当にありがとうございました。」
 そう言って、父親は深々と頭を下げた。
 若林が後から通訳した内容に、同じように娘を持つ父親は、大きく頷いていた。
 高藤も感ずる所があるようで、じっと目を閉じ、神妙な面持ちで聞いていた。
 父親はステージ前方から後ろに下がり、伏し目がちに静かに佇んでいるミルクの母親に並んだ。
 母親の琉美江は軽く頭を下げ、黙っていた。

 ◎乾杯
「いやぁ、ご信頼を頂けて、親友の私と致しましても嬉しい限りです。短い言葉の中に、父君の情愛を切々と感じることが出来ました。アリス姫のお心にも深く刻まれたことでしょう。」
 若林は勿体ぶってお辞儀をし、
「では、次に乾杯の音頭を・・・私共の恩師であり、良き相談役でもあります景山勲様にお願い致しましょう。」
と、ステージの階段を振り返った。
 景山は各テーブルへの挨拶を終えて、ステージに上がってきた所だった。
 田代と福島がステージ上の皆にグラスを配り、雷音が次々と栓を抜くシャンパンを、海園と矢上と星野が注いで回った。
 シャンパンが行き渡ったところで、若林が、
「では景山殿、お願い致します。」
と、マイクを向けた。
 景山は、
「私も、アリス姫の父君と同じ思いを抱いており、感無量です。我等が会長に、このように素晴らしい姫君を奥方としてお迎え出来たこと・・・感謝に堪えません。・・・思えば幼き会長と初めてお会いした時の、あの神と見まごうばかりに輝いておられるお姿が今もまざまざと浮かび・・・」
と、グラスを掲げたまま話し始めた。
 若林はマイクを外し、
「申し訳ありませんが、乾杯の音頭だけで・・・」
と、小声で耳打ちする。
 景山はわずかに眉を寄せ、
「・・・そうだったな。」
と渋い声で返し、溜息を吐いてから、シャンパングラスをステージと会場に掲げてみせた。
 そして、若林があらためて向けたマイクに、
「それでは・・・会長とアリス姫の前途を祝して・・・乾杯ッ!!」
と、歯切れ良く発した。
  《《《《《カンパーーイッ!!》》》》》
 何ヶ国語かで乾杯が交わされる声が会場に響いた。
 ミルクもちょっと舐めるように口を付け、ニコッ、とマサトに微笑みかけた。
 そして残りを飲み干そうとしたので、マサトがミルクの手をつかんで自分の口に持っていった。
 舞い上がった状態で更に酔っぱらわれたら、後に控えている記者会見が不安だったからだ。

「皆様、ありがとうございます。」
 若林は飲み干したグラスを置いて礼を述べると、
「この後、新郎新婦は記者会見へと臨み、お色直しをしてからこの会場へと戻ることになります。・・・本来ですと、お二方の馴れ初め等をお話する所ですが、それはもう散々マスコミなどで憶測を含めてあれこれ騒がれておりますので、本人達も皆様方も充分ではないかと存じます。・・・ですので、新郎新婦が戻るまでのお時間、私共からのお祝い企画と致しまして、ささやかな芸を披露させて頂こうと思います。」
と、異例な企画の説明をした。
 渡されたプログラムを見た時から楽しみにしていたゲスト達から、一斉に拍手が起こった。
 プログラムには、
 ○ブライスメイドによるお祝いの歌
 ○ベストマン+アッシャーによる燃焼系的アクロバット披露
 ○景山兄弟によるジャグラー
 ○海園麗のピアノ演奏
が、二人の戻るまでの出し物として書かれてあったのだ。
 着替えたマサトとミルクが戻ってからの出し物は、番号だけあって内容は秘密だった。
 ホテルを借り切ってのウェディングなので、終了時間が特に決められてなく、退席するのも自由だったし、お祭り騒ぎへと移行しそうなレセプションを存分に楽しむのも自由だった。
 若林の、
「それでは、皆様の暖かい拍手をもって、新しくご夫婦となられました原田ご夫妻を、お見送りください。」
と言う挨拶で、拍手が鳴り響き、マサトとミルクはステージを降りて、ホテルの中へと入っていった。
 ――記者会見場は『飛天の間』に設置されている。
 そこで、着替える前に30分程度の取材に応えることを、マスコミと約束していた。――
「さぁ、皆様。これからは賑やかな祝典です。料理も飲み物もふんだんに用意してありますので、時間を気にせず、存分に楽しんでいかれてください。」
 そう言った若林は、いつの間にか注がれていたシャンパンで、司会という大役を果たした喉を美味しそうに潤した。


  ◆『飛天の間』記者会見

 マサトがミルクをエスコートして会場に現れると、一斉にフラッシュが焚かれる。
 白いクロスと豪華な花が飾られた会見用のテーブルに座る前に、ウェディングドレスの立ち姿を撮影する為に用意された金屏風の前に立たされる。
「は〜い、ミルクちゃん〜、こっちに顔向けてぇ〜。」
 カメラマンの一人がヤケに馴れ馴れしく声を掛ける。
 マサトは、ギリッ、と奥歯を噛み締めた。
 ――景山から念入りに注意されている。
 「ボス。生意気な記者がいようと、何があろうと、その場は無視なさいませ。全てビデオで撮っておりますので、我慢ならない相手へは、後で必ず闇の手で仕置き致します。」
 こと、ミルクに関しては暴走しかねないマサトを心配しての忠告だった。――

 あれこれと注文をつけられながらの写真撮影が終わり、ようやくテーブル席に着いたが、フラッシュは止まず、ミルクはまともに正面を見ていられなかった。
 心拍が上がり、緊張と目眩で吐き気がしてくる。
 唯一の救いは、マサトがずっと励ますように手を握っていてくれてることだ。
 二人のガードをする為同行していた若松が、質問時にはフラッシュ撮影を極力控えてくれるように注意した。
 寡黙で控え目な若松でも、カメラマンを見回す視線には有無を言わせぬ迫力があった。
 それでどうにかミルクも目を開けていられる状態になった。

 会見は、まずマサトからの結婚報告で始まった。
 次にミルクの簡単な紹介と、諸事情から式を早めたが、噂されるような”出来ちゃった婚”ではないことを明言した。
 その後、質問を受けることになったが、ホテル側司会者の指名式で、質問者は社名と名前を告げてから質問をする約束になっていた。
 芸能人扱いして欲しくない、というマサト側の意向と、質問や発言に対して記者自身にも責任を自覚して貰う為でもある。

記者(K=以後記者&レポーター総称)がまず名乗り、
K「えー・・・プロポーズの言葉はどのようなものでしたか?」
と、決まり文句のように聞いてくる。
「いつのどの言葉を切り取ればいいのかわからないな。・・・私と彼女の出会いは運命だと思っています。出会う前から愛していた。だから付き合おうと決めてからは、常にプロポーズしていたようなものだったかも知れませんね。」
 マサトはそう答えてミルクに視線を向ける。
 ミルクも答えるマサトの横顔をじっと見守っていたので、ふわっと微笑み見つめ返す。
 視線が絡み合い、お互いの信頼感が滲み出るような笑みが零れる。
 その瞬間を再びフラッシュがとらえた。
 この場合は仕方ないだろう。
 マサトがこれほど優しく笑う姿を、マスコミは滅多に見ることが出来ないのだから・・・。
K「あー・・・出会う前から愛していた、と仰る意味がわからないのですが・・・」
 記者はあてられ気分で追求する。
「私の趣味に、世界各国の様々な人種や環境にある人々を写真でとらえる、というものがあります。直接出会う半年前に、私のカメラは彼女をとらえていました。」
 オォーー・・・っと記者からどよめきが起こる。
 マサトは続ける。
「何処の誰かも知りませんし、追求するつもりもありませんでした。ただ、パネルに引き伸ばして飾っていた中で一番気に入っていた写真だったので、特別な場所に飾り眺めていました。・・・今思えば、その頃から恋していたのだと思います。」
 女性のレポーターから溜息がもれる。
K「それではどのようにして直接出会われたのでしょうか?」
「・・・それは秘密です。」
K「写真の女性に恋されてたんですよね?探したんじゃないですか?」
「いえ。それはしません。当初は付き合えるとも思えず、諦めていましたから。」
 エェーー・・・と、意外な答えに質問の挙手が一斉にされる。
K「やり手と評判の原田会長が、何故諦めようと思われたのですか?」
「仕事と恋愛は別でしょう?・・・というより、ずっと仕事だけに邁進してきたので、こと恋愛に関しては苦手でしたからね。・・・それに、どう見ても年齢差がありすぎる。」
 マサトは、ミルクと手を繋いでない方の肩を、大袈裟に竦めて手を広げてみせた。

K「ミルクさんはその写真のことはご存知でしたか?」
 ミルクに質問が投げ掛けられ、ドキッ、と目を丸くする。
 戒からは、「自信を持って堂々と答えられますように。」と言われていたが、いざとなるとドキドキして焦ってしまう。
 それでも、「頑張れよ。」と言うように、強く手を握ってきたマサトの手を握り返して、勇気を奮い起こす。
「……ぃぃぇ……」
 ミルクは、蚊の鳴くような声でやっと答えると、恥ずかしそうに顔を伏せてしまった。
K「では、初めて出会われた時の原田会長の印象は?」
「……ナイト様…です……」
K「は?・・・その意味は?騎士の恰好でもされておられたとか?」
「…ぇ?…ぃぇ……困っていた所を助けてくださったので……」
 顔を真っ赤にしたミルクは、テーブルに額がつきそうなほど頭を下げてしまう。
 これ以上質問を浴びせられたら、テーブルの下に隠れてしまいそうだった。
 マサトはミルクを庇って、
「あまり追求するような質問は遠慮して頂きたい。二人だけの思い出にしておきたいこともありますし・・・」
と、わずかに眉を寄せた。
 記者やレポーターがギクリとする。
 会社の上司やもっと上の方から、「くれぐれも失礼のないように質問しろ。」と、警告されてきていたのだ。

 ただ、記者魂が、これまでベールに隠されてきた二人の関係に迫りたいと思ったらしく、
K「それで助けられた時に、好きだ、と告白されたのですか?」
と、質問を続けた。
 マサトの、カリッ、という歯軋りがミルクの耳に届き、ハッとして顔を上げる。
 自分があまりにも質問に答えられずにいると、マサトの怒りを記者に向けてしまうことになる。
 ……それじゃ妻として失格だよね……
 ミルクは意を決して背筋を伸ばし、
「いいえ。マサトさんは助けて下さった後、傷口をご自分の真っ白なハンカチで縛って、そのまま名乗っても下さらずに立ち去りました。…ですので、後日ハンカチをお返ししたいとミルが…私がマサトさんを探しました。…それでようやく見つけられて…ハンカチをお返ししたら、バカだって叱られました。」
と、頬を膨らませた。
 その表情の可愛さに、男性記者から笑いが起こる。
K「どうして、バカと?」
「きっと遅い時間だったから。……暴漢にあったのもコンサート帰りの遅い時間だったのに、また遅くまで街を探してたからだと思います。…で、家の前まで送ってくださいました。」
 これには女性リポーターも頷いた。
 一方的な片思いを隠して、素っ気なく注意し、それでも心配で送り届ける、マサトの誠意が理解出来たらしい。
K「では、いつ告白されて、お付き合いを始められたのでしょう?」
「…ぇ…っとぉ……」
 ミルクが思い出そうと人差し指を頬に当て小首を傾げる。
「…その半年前の写真を見せて頂いた時にぃ…かなぁ?」
 ミルクがマサトに確認しようと視線を流すと、マサトが、
「そんな所だ。・・・が、それ以上は俺達の思い出のアルバムを閉じておけよ。もったいねぇだろ?」
と、いつもの調子で言ってしまう。
 言ってから、ウッ、と自分で固まるマサトに、ミルクが、ふにゃぁ〜、と溶けそうな笑みを照れた赤い顔に浮かべ、
「ぅん。」
と、頷いたので、マサトの発言以上にあてられた記者団は、力無い笑いで内心の「ケッ!」と言う呟きを誤魔化した。

 結婚の記者会見の質問はだいたい決まっている。
−−−−−−−−−−
K「お互いのどんな所に魅力を感じますか?」
「透明で柔らかな、日溜まりのように優しい魂が、仕事で疲れた心を癒してくれる所・・かな。」
「…強くて、逞しくて、自信があってぇ…厳しい所はあっても、優しくてぇ…とにかく素敵な所がいっぱいでぇ、全部はお話しきれないですぅ。」
「だから全部話す必要はないんだ。それを言い出したら、俺だってお前の魅力をもっと言わなきゃならないだろ?」
「…ぇー…無理に見つけなくていいもん……」
「違う。・・・自分がやっとの思いで手に入れた女をそこら中で自慢してどうする?戦乱の世なら攫われちまうぞ?」
「…ぁー…それで日本男性ってぇ結婚すると奥様を誉めないのぉ?」
「それは別だろ。俺はお前にはいつも可愛いって言ってるだろ?」
「……ぅん。…ウフッ。」
K「はいはい。どうもぉ・・・」
−−−−−−−−−−
K「お子様の予定は?」
 この質問にはマサトとミルクが見つめ合ってなかなか答えない。
 …欲しい?…と聞くようにミルクが首を傾げると、マサトは・・・さて、どうしよう・・・と困惑気味に眉を寄せる。
 結婚するまでは、・・・子供が出来れば早く一緒に暮らせるだろうか・・・とも思ったが、もう結婚出来た今は、子供に愛情を奪われたくないようにも思えてくる。
「・・・まだ、彼女が子供の領域を出ない内は・・・お互いの愛情をゆっくり育てていくことにします。」
と、マサトがようやく答えを出した。
 ミルクは、うつむいて脹らんだ頬を隠しながら、…マサトだってぇ…と拗ねていた。
−−−−−−−−−−
K「お互いをどのように呼び合われてるのですか?」
「まぁ色々状況に応じて・・・今は、マイブームで”奥様”と呼ぶこともしばしば・・・だな?」
「はぃ。”旦那様”。…クスッ。」
K「・・・・・・・・・・・・・・・・結構なことで・・・・・」
−−−−−−−−−−
 甘い、甘すぎる会見だった。
 しかも、原田会長の厳しさや怖さを知る人々にとって、ミルクのような少女を妻に娶ったことへの疑惑があったのが、蓋を開けてみれば、純愛路線まっしぐらの熱愛だと判明。
 きっちりした話し方のマサトだけを見てきた人々には、マサトの飾らない素顔の意外なほど純情な部分が、新鮮で好感が持て、それだけ妻となったミルクへの愛情の深さも感じられて、やっかみと嫉妬が湧いてしまうほどだった。
 シンデレラと言われていたミルクへの社会的経済的羨望ではなく、愛し合う人と運命的に巡り逢い、愛を育んでいることへの、嫉妬に変わりそうな空気が、女性リポーターの間に漂っていた。
 そのせいか、どうか、
K「原田会長は海外でのお仕事も多いようですが、浮気の心配はされますか?もし、浮気が発覚したらどうなさいます?」
と、いささか意地悪な質問を投げ掛けた。
 ミルクは驚いて見開いた目で瞬きを繰り返し、質問の答えを困ったように考え始めた。
 が、ミルクが答えを見つける前に、マサトが怒りに肩を震わせていることに、周囲が気付いた。
 穏やかで優しかったマサトの表情が険しくなっていく。
 そして、ついに、
「・・・俺がミルクに惚れたのは、貴様のような無神経な質問を絶対にしない子だからだ。・・・不穏で騒がしい世界情勢の今、海外を飛び回る危険は当然あるが、それを気にしていたら仕事にならない。だから、留守中、なるべく不安を感じさせないようにと気を使っているのに、何が浮気だ?!冗談じゃない!」
と、怒鳴ってしまった。
 一分一秒でも長くミルクと一緒にいたいマサトの前で、言うべき質問ではなかった。
 これが若林あたりなら、ジョークまじりに適当にあしらっていただろう。
 だが、恋愛には疎いマサトには笑い飛ばせなかった。
 しかも、「発覚したら」と言ったリポーターの言葉が、マサトを余計怒らせてしまっていた。
 まるですでに浮気しているがバレていないだけ、とでも言っているように聞こえかねない。
 マサトの怒りは治まりそうもなく、若松とホテル側司会者は、約束の時間が過ぎていることを理由に会見を打ち切った。

 マサトはミルクと手を繋いだまま大股に会見場を出ていった。
「…マサトぉ……」
 ミルクが不安そうにマサトの顔を見上げながら小走りについていく。
 そして、着替えの為の控え室までミルクを送ったマサトは、一緒に中に入って鍵を閉めてしまった。
 純白のドレスのミルクを抱き締め、唇を重ねる。
 誓いのキスよりも熱く激しく、息が出来ないほどに狂おしいキスだった。
「……ン……アフッ……マサトぉ……」
 ようやく少しだけ顔を離したマサトは、ミルクと額をくっつけ、
「・・・済まん。・・・あんな会見は二度とさせねぇ。」
と、呻くような苦しげな息で言った。
「……そんなに怒んなくても良かったのに……だって…ミルはマサトを信じてるもん。」
 ミルクは切なそうにマサトを見つめて、そっと頬を撫でた。
 手袋を通してもミルクのヒンヤリとした清涼な魂が伝わってくる。
「・・・そうか。・・・そうだったな。・・・どうかしてたかな・・・」
 そう言ったマサトの頬に一筋の涙が伝う。
 愛しい女性を守りきれなかった不甲斐なさと屈辱を、マサトは初めて味わったのかも知れない。
「……でも…マサトの気持ちが…すっごく嬉しかったぁ……」
 ミルクはマサトの背中に腕を回して、ギュッ、と抱き締めた。
 マサトもミルクを腕の中に包み込むように抱き締める。
「・・・ミルク・・・ミルク・・・ミルク・・・・・可愛い俺の”奥様”・・・・・」
「……大好きで大好きで大好きなマサトは……やっぱり素敵な”旦那様”……」
 誰もいない所で見つめ合う二人は、その時、一番幸福な顔をしていた。
「・・・早く二人っきりになりてぇ・・・」
「……ミルもぉ……」
 皆に祝って貰いながら勝手な言い分だったが、体をぴったりと寄せ合う二人は、甘い疼きに熱く目を潤ませていた。
 それでも待っている人達の所へ戻らなければならない。
 マサトはもう一度、甘く優しいキスをすると、
「後でゆっくり・・・な。」
と、ウィンクして、自分も着替える為に新郎用の支度部屋へと向かった。


  ◆レセプション(二部)

 ◎新郎新婦再入場
 ドルフィンが短めの曲で時間を繋いでいる所に、マサト達の準備が整った連絡が入った。
 記者会見での騒ぎを聞いていた若林は、取り敢えずホッとして、ドルフィンに合図を送った。
 合図に頷いたドルフィンが、短めの曲を多少アップテンポにしてピアノ演奏を終了させると、替わって管弦楽団が華々しい曲を奏でた。
 革ジャン革パンツ姿のマサトと、膝丈の可愛いパーティードレスを着たミルクが、仲良く手を繋いで現れる。
 ゲストは多少マサトの恰好に驚きながらも、拍手で迎えた。
 若林はマサトに駆け寄ると、小声で、
「何やってるんだ?・・ったく熱くなって損をするのはご自身でしょう?」
と、兄貴分としての小言を言った。
 ボスとは言え、”悪友”と呼ばれるSSSの策士。
 しかも若林の方が5歳年上だけに、マサトも軽く肩を竦めて反論はしなかった。
 ――会見の騒ぎは景山が駆け付けて事なきを得た。
 生放送ではなかったので、マサトが怒り出した部分は放送しないことで、TV局側とも即座に話を付けた。――
「…ごめんなさぃ……」
 ミルクがマサトの代わりのように頭を下げて言うと、
「いえ。アリス姫のせいでは・・・」
と、言いかけた若林が、ニヤリと笑い、
「もっとも、これほど可愛らしい奥方へ嫌味を言われては・・・私も理性がぶっ飛んでたかも知れないですね。」
と、またマサトに囁いた。

 それから若林は、ミルクをブライズメイド役の友達の座る席へと案内し、マサトと各テーブルへ挨拶を兼ねて回り始めた。
 レセプションもここまでくると、スケジュールの忙しいゲストは先に退席していたし、ホテルに部屋が用意されているゲストはかなりお酒が入っていた。
 各テーブルでは、それぞれの国の言葉で会話されるので、ミルクが一緒に付いて回るのは辛いだろう、という配慮だった。
 ミルクの父親は高藤に遠慮して、二人の入場前に出入り口で、
「後はよろしくお願いします。」
と言って立ち去ったので、母親は高藤と並んで座っていた。
 ミツルは星野から声を掛けられ、いつの間にかSSSのテーブルに座っている。
 ミルクが席に座ると、
「お疲れ様ぁ。大変だったでしょう?」
と皆が声を掛け、香織と花梨が料理と飲み物を運んできてくれた。
 こうして、レセプション(二部)は、あまり気を使わなくて済むラフな雰囲気の中で進められた。


 ◎プログラム(二部)
 番号だけが記された出し物が始まった。

 ○アフリカの某国の首相自ら歌う祖国の歌
 そこで会場の皆を驚嘆させたのは、上半身裸で色鮮やかな腰布を巻いた一団だった。
「えー・・・では・・・日頃より友好なお付き合いをさせて頂いてます、アフリカ某国のカラカラダ首相に歌って頂きましょう。」
 二部からは、司会進行が本郷に替わっていた。
 ――本郷は、リングベアラーとフラワーガールを務めた子供達以外にも郷の子供達が来ていたので、皆に御馳走を食べさせてから、ホテルの近くの遊園地に遊びに行かせてあった。
 SSSでは”神の手”を自負する名医だったが、子供達の前では甘い父親らしい。――
 民族衣装の一団は手に手に楽器を携え、高くジャンプしながら踊り、首相の歌を盛り立てた。
 ほとんどの人達は言葉を理解出来なかったが、首相の祖国愛が伝わってくると同時に、奇妙な踊りに愉快になって、歌が終わって一同がお辞儀をした時には拍手喝采となった。

 ○アラブ友好国の王子による剣舞
 マサトと親しい王子が、国宝級の剣を持参して、勇猛果敢に踊って見せた。
 が、キラキラと光を弾く刀の鋭い切っ先がビュンビュン回転する度に、ステージ前から人々が後ずさりして、恐々と眺めていた。
 それでも汗を光らせる王子は満足そうで、ステージ上からマサトにお辞儀をすると、
「これは、我が友マサトに捧げる踊りです。・・皆様方には、もっと魅惑溢れる踊りをプレゼントいたしましょう。」
と言って、後ろに控えていた妖艶な美女数人に合図した。
 独特なアラブ民謡が流れ出すと、美女達はそれぞれに腰をくねらせ、ベリーダンスを踊り始めた。
 初めは眉をひそめていたご婦人方も、艶めかしさの一方で技術を要する見事な踊りに感心し、いつしか身振り手振りを始めて、興奮しているようだった。

 ○ローランド伯爵によるタンゴ
 闘牛士のような扮装をしたローランド伯爵が、エスコートしてステージに上がったお相手は、カルメンに扮装したアザミだった。
 アザミの登場に、会場に口笛が飛び交った。
 アザミの華麗なタンゴは、組織の忘年会の時に披露されていたが、ローランド伯爵というダンスの名手を得て、更に美しく艶やかな踊りとなった。
 女性は伯爵に、男性はアザミに、うっとりと魅了されて、お酒の酔いが一層増したようだった。

 ○中国胡弓楽団による演奏&舞踊団の演舞
 副主席の参列に敬意を表して、呼ばれていた楽団だった。
 チャイナドレスを着て、美しい扇子を広げて踊る舞踊団の姿は、タンゴとは別の華麗さがあって、副主席を多いに満足させただけでなく、他のゲストからも惜しみない拍手が向けられた。

 ○有志一同
 予定された出し物が終了すると、ステージ上のセットがまた急いで替えられた。
 そして、いつの間にか、若林、ドルフィン、ボム、スナイパーも革ジャン革パンツ姿になって登場した。
 ミルクが・・いよいよだぁ〜♪…と目を輝かせていると、マサトがステージに登場し、マイクを持って、
「お集まりの皆様。皆様の心よりの祝福に、いくら感謝しても言葉が足りません。ですので、・・まぁ、趣味の域は出ませんが、私共の歌と演奏を披露させて頂き、会を盛り立てられたらと思います。」
と、すっかりロッカーに変身した様子で挨拶をした。
 ドラムにボム、ギターにスナイパー、キーボードにドルフィン、ベースに若林、マサトのボーカルは、忘年会での担当と同じだ。
 ゲストの中にはマサトの変身ぶりに唖然としている人達もいたが、嬉しそうな歓声をあげる女性陣もいた。
 ボムがカウントをとって、ベースの重低音とギターのマシンガンのような音が繰り出され、キーボードが旋律を奏でると、マサトが艶のある声で聞いたことのある曲を歌い出す。
 ”趣味の域”と言い訳するだけあって、数曲続けて歌ったものは、皆が知っているようなヒット曲だった。
 それでも、
「では、最後に・・・愛する妻へ捧げるバラードです。」
と言って、マサトが歌い出した曲は、若林がマサトの意見を入れて作詞し、ドルフィンが作曲したものだった。(※章冒頭で紹介※)
 ミルクはその話は聞いてなかったので、感激して泣きながら聴いていた。
 マサトの姿が涙で滲むので、何度も目を拭いながら・・・。


 ◎ファーストダンス
 ステージから降りてきたマサトは、感激の涙が乾かないミルクの手をとって、ダンスを始めた。
 休んでいた管弦楽団が慌てて左サイドのステージに上がり、ワルツの演奏を始めた。
 本郷から合図があるのを待って、某国王女が若林の腕をつかんで引っ張りダンスを強請る。
 他にも次々とダンスに参加していき、お目当ての相手とダンスをしようと、女性陣がドレスの裾を翻してあちらこちらへと飛び交った。

 ◎ケーキカット
 ミルクが母親のケーキショップの工房を借りて手作りしたケーキだった。
 あまり大きくなかったが、マサトでも食べられるようにと、極力クリームを控えて甘さを抑えたケーキを作ったのだ。
 ――※そのケーキをお互いに相手の口へ運んで食べる行為を、ファーストバイトと呼ぶ。――※――
 ただ、あまりにもマサト好みにしてしまった為、戒には不評で、ケーキ好きのレディーも一口だけで遠慮してしまっていた。
 最も、ミルク自身が、マサトに食べさせて貰った時顔をしかめたので、皆の反応に文句も言えなかった。

 ◎ブーケトス
 ミルクが後ろ向きで投げたブーケを受け取ったのは、ミツルにダンスをお願いしていた北欧のレディーだった。
 薄い金色の髪がサラサラと風になびく姿が可憐な貴族の令嬢で、水色の大きな目は人形のようだった。
 彼女がブーケをつかんだ時、嬉しそうにミツルに微笑んだのが、余程悔しかったらしい小百合は、後々まで「ミルクさんの投げ方がいけないのよ。」と愚痴ることになる。


 こうしてレセプションは一応終了したが、まだ料理もたくさんあって、これからが本番とばかりに飲み出す者達もいて、これまで以上に各国の国境を越えた交流が盛んになっていった。
 中国副主席とローランド伯爵は気が合って話し込んでいるし、アラブの王子はSSSと冗談を飛ばし合っている。
 アフリカのゲストも欧州貴族に取り巻かれて、興味深く質問されたりしている。
 疲れたゲストは退席していったが、日が暮れるまで楽しいパーティーは続いていた。


 この盛大なウェディングで話題になったのは、ゲストの豪華さだけでなく、この日の為に作られた特別な引き出物の素晴らしさも、人々の感嘆の溜息を誘った。
 若林も愛用する名ブランドのMIKAN製で、陶器の馬車の形をした宝石箱とガラスの靴がセットになって、銀のトレーに乗せられている物だった。
 馬車型の宝石箱の裏蓋には写真を挟み込めるようになっていて、渡された時にはマサトとミルクの写真が入っていた。
 そして宝石の代わりに一口サイズのカボチャケーキが入っていたのも、お洒落だと評判が良かった。
 掌に乗る小さなガラスの靴は、金の飾りが施された美しいクリスタルで、小物入れにもなるようにできていた。
 マサトとミルクの名前は、控え目に銀のトレーの裏側に刻まれていた。
 そして、リンゴを丸々一個包んだアップルパイの箱には、
「皆様のそれぞれのお話もハッピーエンドになりますように☆」と書かれたカードが添えられていた。


     (このマサトとミルクのウェディングでは万里様からの
      詳しい情報提供があって書き上げることが出来ました。
      この場をお借りして感謝させて頂きます☆m(_ _)mペコリ☆
      また、皆様のアドバイスやご意見にも感謝致します☆)

<80>
「初夜…??」
§80§「初夜…??」

 ホテルから本宅の屋敷に戻ったマサトは、車から降りたミルクを抱え上げた。
「…ぅぇ?……なぁに?」
「ここまで欧米式にしたことだし、家の中に花嫁を連れて入る時も、真似してみようかと思ってさ。クククッ。」
 マサトはキョトンとしているミルクの頬にキスをして、玄関から中に入った。
「「お帰りなさいませ。旦那様、奥様。」」
 執事とメイドが出迎える。
 留守のガードをしていた者達も、
「「お帰りなさいませ、会長。お疲れ様でした、姫様。」」
と、いつもと変わらない挨拶をする。
「…ただいまぁ……」
 ミルクはマサトに抱えられた状態で、恥ずかしそうに答えた。
「…ほらぁ…恥ずかしいからぁ、もう下ろしてぇ……」
 ミルクが足をバタつかせると、
「いや。このまま寝室まで連れていく。」
と、マサトが笑って階段を駆け上がる。
「…ぁん……だってぇ…もぉ結婚式って済んでたでしょぉ?……今日のはぁ、デモンストレーションだって言ってたじゃない……」
 マサトが二段飛びに階段を上るので、ユサユサと揺れるミルクの声も揺れる。
「いいじゃねぇか。せっかくの初夜気分を楽しもうぜ。」
「…………初夜って…………」
 ミルクは真っ赤になって、喉で笑っているマサトの肩に顔を押しつけた。

 マサトがミルクを運んだ寝室は”奥様の部屋”だった。
 いつもは”マサトの寝室”で、二人で寝ている。
 ミルクが一人の時は”自分の部屋”に寝るので、この”奥様の部屋”はほとんど使うことがなかった。
 白を基調とした欧州王侯風な内装の部屋は、煌びやかすぎてミルクには落ち着けなかった。
 置かれている家具調度品は、柔らかな曲線が美しく、所々に金の装飾が施されているし、ベッドにしても薔薇の刺繍の豪華さに、触ることさえ憚られるようだった。
「なぁ?・・・今夜の初夜に最高だろ?」
 ミルクをふかふかの布団の上に寝かせ、並んで横になったマサトは、間近にミルクを見つめて囁いた。
「……今夜の初夜ねぇ……」
 ミルクは困った顔で小さく溜息を吐いた。
「何だぁ?嫌なのかよ?」
 マサトが指先でミルクの鼻をつまむ。
「…フグッ……っもぉ……嫌とかじゃなくぅ……初夜って言うのかなぁ?ってぇ……」
 ミルクが拗ねて唇を尖らせる。
 昨夜もめいっぱい抱かれているのに、と思ってしまう。
「同じワインでも、栓を抜く度に、新たな芳香で心を酔わせてくれるもんだろ?」
 と、マサトは情熱的に見つめてくる。
「熟成されたワインほど、発酵して練られた味わいが深まり、香りに気品が漂うもんだぜ?・・・ま、ミルクはようやく瓶詰めされてラベルを貼られたボージョレ・ヌーボーってとこだな。」
 そう言って、マサトはミルクの尖った唇にキスをする。
「んー・・・糖度の高い果実とふくよかな花の香りの調和した、実に余韻のある味わいだ。」
「…マサトぉ……」
 ミルクはワインに例えられて苦笑する。
 マサトは微笑み、
「これほどの気品と完成度の高い出来映えは、まさに100年に一度・・いや、1000年に一度の奇跡だ。・・・まだ寝かすのが足りないが、ヌーボーにはヌーボーの良さがある。フルーティーで爽やかな香りと味を、今夜はゆっくり堪能しよう。」
と、ミルクの首筋にキスをした。
「…ぁん……クスクスッ……マサトぉ…変……」
 ミルクはくすぐったくて首を竦めるが、マサトはますます顔を擦り付けキスを繰り返す。
 そして、ミルクの零していた笑いが甘い吐息に変わった時、
「俺の中でゆっくり発酵して熟成しろ。」
と、熱い眼差しで優しく囁いた。
「寝かされて闇に抱かれて・・・最高のワインになれ。」
「……でぇ……飲まれちゃうのぉ?」
 ミルクが甘えた上目遣いで瞬きする。
「そう。俺が飲む。誰にもやらねぇ。」
「……やらないもなにもぉ……熟成前に飲み過ぎたらぁ…カラッポになっちゃいそぉ……」
「心配するな。去年も今年も豊作らしい。」
「ぁー…クスクスッ…勝手なこと言ってるぅ…フフフッ……」
 ミルクはまた笑い出してしまう。
 若林の入れ知恵かは知らないが、ムードを出そうと努力している風に見えてしまうのだ。
 しかも初夜の話が、すっかりワインの話になってしまっている。
 それでも、どうでもいいようなこじつけでも、愛し合う二人には楽しい会話だった。
 なにより、マサトの熱い思いが伝わってきて、ミルクはマサトの剥き出しの情熱に酔っていた。


 ただ、二人とも朝早くから出掛けて支度し、一日中賑やかな大勢の人々に囲まれていたので、興奮と疲労を同時に感じていた。
 特にミルクの疲労度は大きく、すでに半分寝かけている状態だった。
 それで、すぐにメイクラブともいかず、一日の疲れと汗をお風呂で洗い流すことにした。

 マサトはミルクの為に、バスタブに大量の薔薇の花びらを浮かべた。
 お湯が見えないほど山盛りの色とりどりの花びらに、咽せそうになる。
「いくら頂いた花束がいっぱいあったからってぇ…入れすぎぃ……」
「いいじゃねぇか。薔薇の精霊みてぇで可愛いぜ。」
 マサトがミルクを自分の体の上に乗せるようにして、二人で湯船に浸かる。
 ミルクは目を閉じてマサトに寄り掛かり、薔薇の甘い香りと幸福感に包まれる。
 と、その時、ふとアザミの言った言葉を思い出した。
「…ねぇ……」
「ん?」
 マサトはミルクの肩や頬に湯をかけてやり、白い肌につく紅い花びらを剥がしている。
「…今ってぇ…最高の幸せ?」
「・・・今か?」
「…てゆーか…今日…かなぁ?」
 マサトは湯をかける手を休め、ミルクの腹部に湯の中で腕を回して、ミルクの髪に頬を押しあてた。
「今の気分を聞かれれば、”最高!”と答えるだろうが・・・これが”最高の幸せ”なのか、と聞かれたら・・・これが?・・・と思うぜ。」
「……ン?」
 ミルクはよく判らなくて首を傾げた。
「こんなのが幸せでいいなら、毎日だってさせてやるぜ?毎日パーティーをして、毎日御馳走を用意し、毎日薔薇を浮かべた風呂に入れてやるさ。・・・だが、それが幸せか?」
「……わかんないよぉ……」
 ミルクはマサトの上で体の向きを変え、マサトの顔が見られるようにした。

 マサトはミルクの頬を優しく撫でる。
「ミルクの母上は、今、不幸せだろうか?」
「ぇ……幸せだと思うけどぉ?」
「だが、夫に裏切られ、どれほど辛い涙を流したか知れない。」
「…それはそうだけどぉ…でもぉ、今は愛する人と一緒にいれるしぃ、赤ちゃんだってぇ……」
「そうだな。・・けど、赤ん坊が生まれるのが幸せなら、ミルクとミツルを生んだ時はもっと幸せだっただろう?」
「そんなぁ……それは比べられることじゃないと思うけどなぁ……」
 ミルクが眉を曇らせてマサトを睨むと、
「ククッ。・・つまり、そーゆーことだ。」
と、マサトは静かに笑った。
「幸せに基準がある訳じゃない。幸せを比較出来るものでもない。・・・その人にとって、その時その瞬間に幸せと思えることが、本当に幸せなんじゃないか?」
 ミルクは、やっとマサトの言いたいことが見えてきて、
「…ぁー……そうかもぉ……」
と、頷いた。
「そして、これこれこうすれば幸せなんだ、という定義もない。だから、毎日パーティーをして贅沢に過ごしていようと、そこに幸せと感じられる心がなければ、その人は不幸だろうぜ。」
「……ぅん。」
「なら、何が幸せか?・・・これも人それぞれだな。」
「……恋愛はぁ?」
 ミルクはマサトの話についていこうと必死に考えて、思いついたことを聞いてみた。
「クックッ。コウメイが言うには、”恋は天にも昇るが地獄にも堕ちる。愛は強ければ強いほど、自分も相手も傷付ける。”らしいぜ。」
「…ふーん……」
 ミルクはガッカリして、マサトの肩に頭を乗せた。
 マサトは、フッ、と笑みを浮かべ、ミルクの湿った髪に頬ずりをして言った。
「それに、恋愛が最高の幸せなら、100歳の長寿を祝われた人は不幸ってことになるぜ?・・・SSSの連中にしても、不幸な連中ばかりってことになっちまう。」
「……ぅぅ……」
「・・・俺は、魂の共鳴こそ”天上の奏でる最高の音楽”じゃないかって思うな。」
「…共鳴?」
「相手は何だっていい。人間同士でなくても・・・ワードのように書物だっていい。・・・全身全霊で共鳴の響きを感じる時、そこに沸き上がる喜びが・・・幸せなのかも知れない・・・と思うようになった。」
「……いつから?」
 なった、と言われると聞きたくなる。
 マサトは満面の笑みを浮かべ、
「お前と出会ってからさ。」
と、答え、逆上せて赤くなってきたミルクの額に、優しくキスをした。


 マサトに体の隅々まで綺麗に洗って貰ったミルクは、
「ハァァ……逆上せたぁ……」
と、ベッドに横になった。
 バスローブを纏ったマサトは格調高い長椅子に座り、テーブルに用意されていたワインの栓を抜いた。
 大きなワイングラスに少し注いで味を確かめてから、
「ん・・・まずまずだな。」
と言って、二つのワイングラスに注いだ。
「奥様。・・乾杯しようぜ?」
 ミルクは冷たいシーツに頬を付け、火照りを冷ましている所で、
「……眠ぅ-ぃ……」
と、怠そうな声で返事をした。
「・・・ほらな?・・・共鳴したくても相手がそれじゃぁ・・・はぁぁ・・・俺は不幸だ。」
「乾杯しますぅ!」
 ミルクは慌ててベッドから飛び起きた。

 マサトはクスクス笑いながら、ワイングラスをミルクに渡し、
「二人の結婚と初夜に・・・乾杯。」
と、グラスを軽く合わせて、チンッ、と音を鳴らした。
「……乾杯……」
 ミルクは腑に落ちない顔で言うと、一口含むように飲んだ。
「美味いだろ?・・・これはミルクが生まれた年のワインだぜ。」
「…ふーん……」
 ミルクはグラスを掲げ、シャンデリアの光に透かして赤い色を眺める。
 マサトはミルクを見守るようにして、ゆっくりグラスを傾けている。
「・・・これでやっと、ミルクが俺の妻になったんだ、と実感できそうだよ。」
「……ぇ……ぁ……ぅーん……」
 ミルクはワインからマサトに視線を向けて、首を傾げた。
「ミルクはもう実感してた?」
 唇の端を上げて笑いを浮かべたマサトが、ミルクの目を覗き込む。
「……わかんないけどぉ……何度もマサトと結婚した気分……」
「ほぅ?」
「だってぇ…去年の儀式とかぁ…あの時だって、村の人達がお祝いしてくれたしぃ……今回も村での結婚式があったしぃ…今日も結婚式だったしぃ……夢でも何度か結婚式の夢を見ちゃったしぃ……」
「プッ・・・クククッ。そりゃいい。過去・現在・未来永劫、俺達は結婚を繰り返すのさ。その生まれ変わってする分も式を挙げときゃ、面倒でなくていいだろ?」
「??……それって未来のミルが可哀想かもぉ……」
「アッハハハ。そうか。」
「……でも……二人だけで、真実の愛を誓い合う…ってゆーのもいいかもねぇ。…シンとした空間に二人だけ…見つめ合った魂の共鳴は、きっと透明で澄んだ響きなんだろなぁ。」
「・・・だろ?」
「……ぅん。」
 そしてここにも、見つめ合った魂を共鳴させて、全身全霊で喜びを感じている二人がいる。
「愛している・・・ミルク・・・」
「…ぅん……ミルもぉ……」
 もう言葉はいらない。
 見つめ合ったままワインを飲み干し、まだ濡れた唇で、痺れるほど甘く芳醇なキスを交わした。


 抱かれてベッドに運ばれ、スルリとナイティーを脱がされる。
 シルクのナイティーを手繰って下へ脱がせながら、そこに現れる白い肌にキスをしていく。
 何度も愛されてきたのに、マサトの触れる唇が、新鮮な喜びを与える。
 喜びと共に恥じらいが生まれ、全裸にされたミルクは、膝を曲げて胎児のように丸くなってしまう。
 ミルクの肌に触れるマサトも、新鮮な感慨が込み上げてきて、愛おしく新妻を包み込む。
 無理強いではなく、温もりで蕾が綻ぶのを見守るように、優しくミルクを見つめている。
 マサトの肌から伝わる熱に、ミルクの心と体が開花していく。
 ミルクはうっとりとマサトを見つめ返し、熱い吐息を洩らした。
 甘く清純な花の香りを味わうように、マサトは唇を重ねる。
 目を閉じて応えるミルクは、マサトの熱い肌に手を滑らせ、逞しい筋肉の隆起をなぞっていく。
 掌の感触だけの闇に浮かぶマサトの肉体は、目で捉えた時以上に屈強で大きく感じる。
 闇の支配者たる創造物と納得してしまえるほど、見事な逞しさと頑丈な造りをしている。
 背中に腕を回されて抱き締められると、ベッドに横たわっているはずなのに、体が宙に浮く気がする。
「ん、、、、、マサトぉ、、、、、」
 不安を感じて、目を開けたミルクの目に映るのは、優しく見つめるマサトの澄んだ眼差し。
 敵に向けられる鋭い眼光も、今は木陰の木漏れ日のように柔らかく、一切の不安を消し去ってくれる。
「より強い共鳴の為に、ひとつになろう。」
 マサトはミルクの片足を軽く押し上げると、燃え上がりそうな蛇頭を花園の入り口へと押し当てた。
 ……共鳴の為に……
 ミルクはその言葉が嬉しくて、頬を染めた潤んだ目で、小さく頷いた。
「、、、キテ、、、、、」
 やっと掠れそうに甘える声で答え、ミルクは自分からも両足を広げた。
「・・・あぁ。」
 言葉少なく、マサトは蛇を蜜が滴る花弁の奥へと侵入させた。
「、、ぁ、、ぁぁぁぁぁぁ、、、、、」
 ウェディングベルが鳴り響く。
 教会で聞いたあの高らかに華やかなウェディングベル。
「ぁ、、ぁぁ、、、聞こえる、、、ミルの中で、、、マサトが響いてるぅ、、、、、」
「あぁ・・・俺にも聞こえるぜ。・・・俺の全身にミルクが共鳴している・・・」
 マサトは目を閉じ、しっかりとミルクを抱き包みながら、静かに体を沈めていった。
 お互いを慈しみつつ求め合う心。
 愛し見つめ合う真っ直ぐな魂。
 打ち鳴らされる喜びという鐘の音。
 二人を今、至福の共鳴が包み込んでいた。