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<91>〜<95>





<91>
「兄貴分」
§91§「兄貴分」

―「……モゥ…ィィ……」
「え?・・・何て言ったんだ?良く聞けねぇんだよ。・・・おい?」
 ガタガタと煩い騒音で聞き取りにくく、ヘッドホン式の通信機を装着しているマサトは、耳の装置を手で押さえる。
―......ツー......ツー......ツー......
「ぅあッ・・・ミルクの奴、勝手に切っちまいやがった・・・」
 マサトはもう一度掛け直す為に、蛇窟島へ通じる暗証コードを打ち込んだ。
 が、今度はまったく音がしない。
「おい、メンテ。通信機の調子が悪いぞ。」
 マサトがメンテを怒りの形相で睨んだ時、
{「ボス、済みませんが、しばらく音を出さないでください。<X態勢>に入ります。」}
と、マイクからドルフィンの声がした。
 マサトは(しまったぁ・・・)と額を押さえたが、コンテナの壁に背を付けて物音を立てないように息を潜めた。
 <X態勢>は、国境付近や警戒地域を偽装車が通過する時、コンテナの中が積み荷だけでないことを覚られないように、注意する状態のことを言う。
 当然通信も出来ない。
 マサトは歯軋りが漏れないように口元を手で覆い、コンテナ内の蒸し風呂のような熱さに耐えていた。

 今回、急遽決まった取引に出向くのは、マサト,ジャッキー,ボム,ドルフィン,スナイパー,メンテの6名。
 取引先は、内乱や権力闘争の激しい国家で、マサト本人でないと取引出来ない、という条件があった。
 マサトの信頼度は裏社会でも別格で、国家の代表という非常にデリケートな地位にあり、機密性が重要な取引では、使命されることも多々あった。
 その為、マサトがこうした偽装輸送トラックで移動することも珍しくなかった。
 今回の運転はボム、ナビゲーターをドルフィンが務めている。
 残りの4名は、狭い空間に膝をつき合わせて目的地まで耐えるしかない。
 こうした時の為に、手話の修得は必須だった。
 だが、今は誰も手話での会話をする者はいない。
 ミルクとの会話が中途半端に終わってしまったマサトの不機嫌さは、蒸し風呂状態以上に息苦しかった。


 取引先の国家と隣接する某国のホテル。
 先に若林がお供の星野を連れてホテルにチェックインし、任務に就いている他のメンバー達の部屋を用意していた。
 ここから数q先にある民営の小さな飛行場にジェット機で乗り付けて来たのは、そのジェット機をマサトに渡す為だ。
 取引を終えたマサト達は、若林が予約した部屋で、危険と背中合わせの過酷な仕事の汗を流し、一泊して解散することになっている。
 翌朝には、マサトは勿論、待たせてしまっているミルクの元へと飛び立つ予定だ。
 ジェット機を運んできた若林と星野は、普通に鉄道を乗り継いでフランスに戻る。
 マサトの護衛の若松はマサトに同行するが、他のメンバーは若林が用意しておいたチケットでイタリアに飛び、レーサーが出場するレースを観戦する予定を立てていた。

 途中で入った連絡で、取引の成功を知っていた若林も、マサト達の姿を見るまでは完全に安心出来ない心境で待っていた。
 それで、ロビーでマサト達を見つけた時は、若林も星野もホッと笑顔になった。
 だが、皆の表情が尋常ではなかった。
 特にマサトは珍しく蒼白な強ばった顔をしていた。
 人目のある場所での会話も憚られ、若林は取り敢えず部屋へとマサトを案内した。

「ジェット機のキーを渡せ。これからすぐに飛び立つ。」
 部屋に入るなり、マサトが呻くように言った。
「あ・・ですが、夜間に対応してない小さな空港で危険です。」
「レーサーの出来ることが俺に出来ないと思うのか?」
 マサトは苛立たしげに若林の胸を小突いた。
「いえ。・・ただ、この三日間ほとんど休まれてない状態ではどうかと・・・必要なら私が操縦しましょう。」
「お前にはお前の仕事があるだろ?いいから、キーを寄越せ。」
 若林は腕組みをし、目を眇めて、
「ボスに無茶をさせないのも、俺の務めですから。」
と、キーを渡そうとしない。
「力尽くで奪ってやるぜ?・・若松。」
 マサトが声を掛けると、若松がススッと若林に近付く。
 若林は両手を上げて一歩後ずさると、
「ボス。一体何があったんです。取引で何か支障が生じたんですか?・・あなたらしくもない。」
と、マサトの姿を上下に眺め回した。
 今回の仕事の過酷さを物語るヨレヨレの姿だ。
 三流の安ホテルでなければ門前払いだったろう。
 煤けた服は微かに硝煙の臭いが染みついているし、珍しくうっすらと髭も伸びている。
 戦場でさえ髭剃りを欠かさず、身嗜みも整えるマサトが、着替えもせずに先を急ぐというのは正に尋常ではない。
「・・・クソッ・・・」
 マサトもようやく自分が冷静さを欠いていることに気付き、
「着替えを用意しておけ。」
と言って、シャワールームへと飛び込んだ。


 ・・・チクショォー!
 ・・・・・俺は何をやっているんだ・・・・・
 冷たいシャワーを勢いよく出して、頭から浴びながら心で叫ぶ。
 中途半端に途切れた会話・・・
 そのまま予断を許さぬ状況となり、取引を終えるまで連絡しようもなかった。
 いつも以上に疲れを感じた今回の仕事。
 それでもどうにかこなして取引を成立させた後、このホテルに向かう途中で、やっと蛇窟島との通信が可能になった。
 が、ミルクは会話拒否をしているらしい。
 「何があったんだ?」と戒に問い質して、一条竜二とのことを知らされた。
 愕然・・・としか言いようがない。
 ショックで思考が止まることを、初めて経験したように思う。
 ・・・待たせた俺が悪い・・・
 どうにか動き始めた頭に浮かんだのは、ミルクの寂しげな微笑み・・・
 責める気持ちは一つもなかった。
 「姫はやり場のない思いを流そうとするかのように海に入っていかれました。」と戒が説明する。
 「何ですぐに助けねぇんだッ!」
 そう叫んだマサトに、「訓練生が駆け寄るのが見えてましたので、様子を見ることにしました。私ではかえって姫を追い詰めそうでしたので。」と、冷静に言う。
 そうかも知れないが、その訓練生がよりにもよって”竜二”とは・・・
 ”所詮人間”と嘲笑う神の下した天罰のようだ。
 思い上がったことは一度もないが、常に宿命に逆らう生き方をしてきたかも知れない。
 あまりにも禍々しい存在であるが故に、神は母親の手を借りて命を絶とうとした。
 だが、八百万の神の血を分かつ蛇神と心を合わせて、強い生き方を猛進してきた。
 神が見捨て賜う者達の、命の輝きを見出し、天に見せつける為に・・・。
 自分自身を省みる余裕もなく突き進んできて、ようやく安らぎの場所を見つけることが出来た。
 それが、月明かりの中でひっそりと輝く、透明な翼を震わせていた天使・・・
 弱すぎる心に脅えながら、懸命に儚い命を燃やし、蜻蛉ほどに脆い翼で傷付いた魂を包もうとする、闇に落ちた天使・・・
 天使を、自分が欲しいと望んだことが、それほど罪なのか?
 罪を重ねる自分には、安らぐ場所を持つ資格がないと宣われるか?
 ・・・・・いや・・・・・
 ・・・全て俺自身の責任だ・・・
 マサトはボディブラシに石鹸を泡立て、冷たい水飛沫に湯気が上がる体を洗った。

 若松は、マサトが汗を流して着替えることにしたので、自分もそうしようと急いで自分の部屋へと向かった。
 若林はマサトの様子が異様な訳を聞こうと、若松を追う。
「おい、ジャッキー!待てよ!」
 若林に構わずシャワーを浴びようとする若松に、怒鳴りつける。
 若松は煩そうに横目で睨み、シャワーの蛇口を捻った。
「ボスが決めたことに俺は従う。ボスがお急ぎなら、俺もそれに合わせる。」
 若松は忙しく体を洗い始める。
 泡が飛び散ってドアを開けている若林にも掛かってしまうが、若林は、
「それはわかってるさ。だが、理由を独り占めするな。」
と、言葉を続ける。
 若松はムスッと口を引き結び、一点をじっと見ながら、体を洗うことに専念している。
「お前一人で対処出来るのか?何の為の仲間だ?」
 引かない若林に、仕方なく、
「・・・・・アリス姫のことだ・・・・・」
と、ボソリと告げた。
「・・・?!姫がどうかされたのか?」
「・・・・・海で溺れそうになった所を、一条竜二に助けられたそうだ。」
「・・・竜二ッ・・・ってアイツか・・・」
「・・・・・竜二は・・・今でも姫を想っていることを告白したらしい。」
「・・・う〜〜む・・・」
 若林は呻って入り口の壁に腕組みしてもたれ掛かる。
「まぁ、俺達は心まで支配しねぇし、そうそう好きな相手を忘れるなんて出来ねぇだろうが・・・何でそうした状況をキラー将軍が放っておくんだ?・・・いや、その前に・・・何で姫が溺れるような状況にする?」
「・・・・・姫が制御出来ないほどにキレてらしたそうだ。」
「・・・切れた?」
「・・・・・キラー将軍の推察される所によれば、アリス姫は結婚式や舞踏会などの精神的プレッシャーが掛かる行事が重なり、フリーの一件もあって精神的不安定に陥っていらしたようだ、ということだ。」
「・・・そうか。」
 眉間にシワを寄せた若林が、腕組みをしたまま、うんうん、と頷き、
「・・・しかも新婚旅行に一人にさせてしまったしなぁ・・・」
と、納得したように呟いた。
「・・・・・おそらく姫も無意識にされた行動で、ご自身も判ってらっしゃらないだろうから、とタブを呼ぶことにしたそうだが・・・ボスも急いで戻ると仰られたんだ。・・判ったか?」
 若松はそう言うと、キュッと蛇口を締め、
「もういいだろ?急がないとボスに置き去りにされる。」
と言って、シャワールームを出て体を拭き始めた。
 若林は、
「食事くらい摂って行け。今、星野に用意させているから。」
と、考え込んだ表情で素っ気なく伝えると、マサトの部屋に戻って行った。

 部屋に戻ると、マサトはすでにほとんど着替えを済ませていた。
「ボス。今、食事を持ってきますから、食べてらしてください。」
 若林は引き留めるのが無理だと判断し、そう願い出た。
「・・俺のことはいい。他の連中を労ってやってくれ。」
 ブーツの紐を片手で素早く編み上げ、ギュッと結ぶマサトは、汚れを洗い流してスッキリしたせいか、疲れも見せずにいつものボスとしての顔に戻っていた。
「思いの外キツイ仕事だったようですね。」
「まぁ、いつものことと言えばそれまでだが、当初の話とは状況が違っていたからな。いきなり爆弾テロと遭遇して、護衛する用事まで頼まれちまったぜ。クックッ。」
「その分はしっかり上乗せして請求してやりましょう。」
「ああ。後の交渉はお前に任せた。」
 軽く笑って背筋を伸ばしたマサトは、
「・・事情は聞いたんだろ?引き延ばしてねぇで、さっさと鍵を渡せ。」
と、手を出した。
 そこに星野がワゴンで料理を運んできた。
「”急いては事をし損じる”です。取り敢えず、腹ごしらえを。」
 若林は片頬で笑い、テーブルをマサトに勧めた。
 マサトは仕方なさそうに溜息を吐くと、乱暴にイスに座った。

「キラー将軍がタブを呼んだとか・・」
「ミルクの精神状態が良くないらしいからな。」
 答えながら、小さく切った肉にソースを絡めて口に運ぶ。
 苛立ちはあっても、キチンとしたマナーでナイフとフォークを使うのは、身に付いた習慣だからだろう。
 ナプキンで口の端を押さえ、
「だが、精神科医がいればいい、ってもんじゃねぇだろ。」
と、若林に抗議する視線を向ける。
「まぁなぁ・・・薬より肌の温もりが特効薬になる時もあるさ。・・ただし、拒絶しなければ、だがな。」
 若林はこの場は年上の友人として話すことにしたらしい。
 敬語から普通の言葉に変わっていた。
 マサトは若林のセリフにギロッと目を剥き、小さく舌打ちすると、またステーキにナイフを入れる。
「怒りに任せて竜二を処分すると、そうなる可能性も高いぞ。」
 マサトは若林の話し方はどうでも良かったが、兄貴面の忠告が気に障った。
「・・一度は許した・・・が、二度目は許さんと警告しておいた。」
 低い声で、口出しするな、と言いたげな視線を向ける。
「だが、今度の場合、奴の立場が不利になればなるほど、アリス姫の気持ちは竜二に引かれちまうぜ?」
「・・クッ・・・知ったようなことを言うな。」
 吐き捨てるように言っても、上品に小さくカットした肉は静かに咀嚼する。
 その優雅さには、若林でもいつも感心してしまう。
 どれほど厳しい状況でも、姿勢を崩さないボスの姿に、何度勇気付けられたか知れない。
 が、今は感心している時じゃない。
 マサトが誤った暴走をしないように、注意しなければ・・・。
「女性に関しては、俺の方が幾分理解度が上だぜ。」
 若林は顎をツイと上げて見せた。

 ジッと睨んでいたマサトは、
「・・・なら・・・何故ミルクは死のうとした?・・俺を残して・・・教えてくれ。」
と言って、ゆっくり水を飲み、それからグラスの水を問うように見つめた。
 若林は水のグラスに手を添え、首を振った。
「そうした意識はなかったんだろうさ。・・ただ、全てを投げ出したくなっちまったのかも知れねぇが・・それもストレスとかで脳内の分泌が狂って起こる衝動のようなものだから、あまり追求はしない方がいいと思うぜ。・・まださほど深刻でもなさそうだし、そうした状況は薬で抑えられる。ボスが島に戻る頃には落ち着ついてるだろう。・・問題は・・・」
「・・・竜二か・・・」
「いや。・・・それもあるが、それ以上にボスの気持ちが大事じゃねぇか?」
「俺はいつだってミルクを思ってるぜ!その気持ちは誰にも負けねぇ!」
 マサトは声を荒げて、テーブルを叩いた。
「判ってるさ。・・・ただ、アリス姫には見えなくなっちまったんだろうな。」
 痛い所を突かれて、マサトは歯軋りする。
「・・・そうさ・・・俺が悪い。俺の妻としての責任ばかりを背負わせて、要求ばかりを押しつけて、フォローしてやれなかった。・・・いつだって我慢して俺に合わせてくれてたのはミルクの方だったのに・・・」
 マサトが悔しそうに吐露すると、
「ああ。16歳になられたばかりの、意識はまだ少女のままだ。どれほど感性が気高く貴いものとしても、そうそう大人の世界で一人で耐えられるはずがねぇよな。」
と、腕組みをした若林が大きく頷いた。
「・・・もっと側で守ってやるべきだった。」
「そうだな。・・・それに関しては俺達にも責任はある。ボスが主軸で動かなければならないことが続いてたし、出来る限り、時間が空く時は姫のお側にいられるよう、配慮すべきだったと思う。」
「とは言え、反省ばかりしてても仕方ねぇ。」
 マサトは肩を竦め、食事を終わらせると、イスから立ち上がった。

「とにかく、俺は急いでミルクの所に戻ってやりてぇんだ。もう邪魔はするな。」
 マサトは革手袋をはめながら、話に終止符を打つように命令口調で言った。
「・・・ラジャー、ボス。」
 若林もこれ以上引き留められないと感じ、ジェット機のキーを渡した。
 が、これだけは言っておこうと言葉を続ける。
「アリス姫にもう一度ボスの想いをわかって頂く為には、ボス自身も心に余裕を持たれなければ、姫が辛くなられるばかりだぞ。」
「・・・だから?」
「姫に恋する男共を責めるのではなく、勝てばいいのさ。あれほどの魅力を持たれる姫に、恋する男は竜二に限らないだろ?」
「全て叩きのめしてやるさ。」
 マサトは腕を曲げて筋肉に力を入れる。
 一見スリムに見えていた腕が、革の袖がはち切れんばかりに盛り上がるのが判る。
 若林は兄貴分らしく、はいはい、と頷いてから、
「けどな、ボクシングの試合じゃねぇぜ?女心は複雑だ。力で勝っても心で負けちまうこともあるんだぜ。」
と、人差し指を振る。
 マサトは不服そうに眉をひそめる。
「・・・勝って悪いのか?」
「勝つならハートで勝てってことさ。」
「・・・ハート・・・」
「いつも自分に夢中にさせろ。他の男が目に入らねぇくらい、自分に惚れさせろ。そうすりゃ、誰が姫に惚れてようが気にならねぇだろ?」
 目を眇めて若林のセリフを聞いていたマサトは、フッと笑みを浮かべ、
「・・・確かにな。」
と、答えると、親指を立てて、
「いいアドバイスだ、コウメイ。感謝する。」
と、軽くウィンクをした。
「Good Luck,ボス。」
 若林は姿勢を正して、敬礼した。

 タメ口で話そうと、若林のマサトへの崇拝心は、決して他に負けるものではなかった。
 激情に駆られてジェット機を操縦するのが心配だった。
 だが、笑みを浮かべたマサトの顔は、神々しいいつものオーラが輝いていた。
 ・・・これなら無事に蛇窟島まで行かれるだろう。
 ・・・キラー将軍に憎まれようと、これが俺の天命でもあるのさ。
 若林は一つの仕事を終えた気分で、満足そうに笑みを零した。

 ドアの外で待機していた若松は、寡黙にマサトの後に従う。
 若林には若林の務めがあるように、自分は自分の務めを果たせばいい、と熱い視線をマサトの背に向ける。
 崇拝心で決して誰にも負けない、と寡黙に自負する男がここにもいた。
 と、マサトが大股に歩きながら背後に顔を向け、
「疲れているのに付き合わせて悪いな。」
と、若松に声を掛けた。
「いえ・・・」
「後ろで寝てっていいぞ。年寄りは大事にしねぇとな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ククククッ。冗談だぜ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 若松はピクピクと眉を痙攣させ、いつものボスらしくなったことを・・・喜んでいた。

<92>
「罪深き者」
§92§「罪深き者」

 戒に連れ戻されたミルクは、人形のように心を失っているようだった。
 ミルクの世話をするように呼ばれたSSの女性メンバーが、ミルクを入浴させて新しい服に着替えさせた。
 悲しげに青ざめたミルクの瞳には、何も映らないかのように虚ろだった。
 食事を勧めても、飲み物を出しても、手を付けようとしない。
 仕方なく女性ガードを一人付けて、そっと様子をみることにした。

 午後のティータイムに合わせてドリーが調教から戻ってきた。
 ドリーは無邪気にミルクに駆け寄り、シッポを振って甘える。
 いつもティータイムには、お菓子を貰えるのだ。
 けれど、ミルクは何も反応せず、ドリーを見ているのか、ドリーを透かして遠くを見ているのか、わからない視線を向けていた。
「…クゥ〜ン…クゥ〜ン…ワンワンッ……」
 ドリーが甘えてミルクの膝に乗る。
 その重みと温もりに、ミルクの表情が動いた。
「……ぁ……ドリー……帰ってきたの?」
 ミルクは手近にあった菓子皿からビスケットを一つ摘み、ドリーに食べさせた。
 ドリーは嬉しそうに頬張り、アッと言う間に食べて、また、ねだるようにミルクの手を舐めた。
「もっと?……お腹空いてたの?」
 ミルクは小声で話し掛けながら、もう一枚ビスケットを手に取った。
 が、手に取ったまま動きが止まり、やがて手が震えてビスケットを落としてしまう。
「……リュウは?」
 何かを思い出したようにソファーから立ち上がったミルクが、部屋を見回す。
「姫様・・いかがなさいました?」
 女性ガードがそっと近付いて声を掛ける。
「……リュウ……ぁ……戒さんは?」
「キラー将軍でしたら本部へ出向かれておりますが、すぐにお呼び致します。」
 そう答えた女性ガードは急ぎ戒に連絡した。

 ミルクが落ち着かない様子で部屋を行ったり来たりと歩き回っていると、ドアが静かにスライドして開かれ、戒が現れた。
「姫。ご気分はいかがですか?」
 マサトの状況を掴もうと本部で指示していた戒は、黒い軍服を着ていた。
「戒さん。」
 ミルクは戒に駆け寄り、軍服の胸に手を伸ばす。
「…ねぇ…竜二さんは?」
 戒は眉をひそめ、
「彼は規律を乱した者が反省する為の懲戒房に入っております。姫が気にすることではありません。」
と、厳しい口調で答えた。
 戒にしてみれば、連絡が取れなくなったマサトの状況が心配だった。
 もし何かがあれば、すぐにキラー部隊を出動させる準備を整えていた最中だった。
 だが、万一の時の緊急サインは届いていない。
 無事を祈るしかない現状に内心苛々しながら待っている時に、一訓練生の話題は戒にとって無用だった。
「…懲戒房って食事出来るの?…酷い仕打ちをされてない?」
「・・・姫・・・」
 戒は大きく溜息を吐き、
「ボスが危険な仕事をされている時に、訓練生の処遇がそれほど気になるのですか?」
と、咎める視線を向けた。
「…………ぇ…………マサトさん……危険なの?」
 今朝の電話では一言もそんな事を言わなかった。
「・・・はっきりとは断言出来ません。が、連絡が取れなくなっているので、警戒している所です。」
 ミルクは青ざめて、戒の胸から手を放し、口を両手で覆った。
 一方的に切った電話。
 マサトから何も返って来なかったのは、”しなかった”のではなく”出来なかった”からなのだろうか。
 そうした事情も判らずに、勝手に寂しがって怒っていたとするなら、あまりにも愚か過ぎる。
 ミルクは自分がマサトを二重に裏切ってしまったような絶望感に打ちひしがれた。
 それでも、竜二のことも心配でたまらなかった。
 マサトならどんな難関でも突破出来る気がする。
 それほど危険だったなら、ちゃんと話してくれるはずだ。
 そう約束したのだから……。
 仲間も一緒にいるし、何かあれば必ず何らかの手段で連絡があり、すぐに応援も駆け付けるだろう。
 ……もし……本当に何かあったら……ミルの命で償います……
 ……何の値打ちもないけれど……償いにもならないだろうけど……
 ……それで……許してくれる?
 ……………マサト……………?
 ミルクは開かれた窓から見える海をぼんやりと眺めた。
「……それなら…戒さんは戻ってマサトさんの連絡を待ってください。……ミルは…竜二さんの様子を見に行ってもいいでしょう?」
 力なく呟くミルクの言葉に、戒は悲しげに顔を歪めた。
 ・・・姫のお心はご病気なのだ。
 ・・・闇に囚われ何もわからなくなっておられる。
 ・・・タブの到着は夜中になるだろうし、それまでは様子を見るしかない。
「お好きになさいませ。」
 戒はそう答えて頭を下げると、クルッ、と背中を向けて部屋を出て行った。


 訓練センターは騒然となった。
 突然、総帥夫人が訪ねて来たのだから無理もない。
 教官達は慌てて、ズラッと整列し、敬礼して迎える。
 訓練生達も階段や窓から顔や身を乗り出して、”アリス姫”を見ようとしている。
 こんな大袈裟な出迎えになると思わなかったミルクは、困惑して挨拶をするのがやっとだった。
 代わりにガードが用件を伝えてくれたので、怪訝に首を傾げながらも教官の一人が懲戒房まで案内してくれた。

 懲戒房の一室。
 扉が開けられると、中は真っ暗だった。
 外のスイッチで部屋に灯りがつくと、拘禁服で手足の自由を奪われた竜二が正座していた。
 部屋の中は暗視カメラで監視されていて、正座を崩すと拘留期間を延長されてしまうのだ。
 暗闇の中で正座し、闇で生きる者達の苦しみを味わい、自由の為に戦う同胞の辛苦を思って、自己反省を求めるものらしい。
「…?!…竜二さん……ヒドイ……」
 ミルクが両腕を包まれ後ろに固定された竜二に駆け寄る。
「・・・・・アリス姫・・・・・」
 眩しそうに眉を寄せた竜二が、戸惑いを隠せず辛そうに首を振る。
「来てはダメだ。・・俺は平気だから・・・」
「…どうして?……どうして竜二さんばかりが……」
 ミルクは言葉にならずに、ポロポロと涙を零す。
「直ちに拘禁を解きなさい。」
 ミルクに付いて来たガードが教官に指示する。
「え・・・ですが・・・これはキラー将軍のご命令だったはずでは?」
「アリス姫のご要望通りにするように、と新しい命令です。」
「・・あ・・はい!直ちに!」
 教官は驚いた顔で懲戒房の監視員に竜二を解放するように命令した。

 ミルクの要望があって、竜二は海洋科学研究所に招待されることになった。
 懲戒房に入れられるという厳しい処分を受けていた竜二が、いきなり”アリス姫”の招待を受けることに、また訓練生達は騒然となった。
 だが、竜二と同じグループだった訓練生が、「アリス姫を海で助けたから、そのお礼じゃないか?」と推測で説明したので、皆は「運がいいな。」と多少の嫉妬混じりに納得した。


「ねぇ…ここってイルカとかカメがいるんだよぉ。知ってたぁ?」
 ミルクは研究所の食堂で竜二に食事を勧め、それを眺めながら話をする。
 すでに日は傾き、夕日が射し込んでいる。
「・・あぁ。水族館は見にきたことがあるぜ。調教や研究の手伝いや施設の掃除とかも、当番が回ってくればすることになってる。・・まだそっちの経験はねぇけどな。」
「…ふーん……そぉーなんだぁ……」
 竜二は昼食が抜かれていたので、出される物を次々と食べてはいたが、茜色の光に包まれたミルクの姿がどことなく危なげで、不安を感じていた。
「…ここの生活…辛くない?」
「いや。・・・楽とは言えねぇが、やり甲斐があるし面白れぇぜ。」
「そっかぁ…それならいいけどぉ……ほら、小百合さんが心配してるしぃ……ぁ…手紙とか出してあげてる?」
「・・・妹には一度手紙を出したぜ。元気でいるから心配するな、ってな。あー、その時に水族館で売ってたキーホルダーを入れたんだが・・届いたかな?」
「それって、小さなヒトデがガラスの中に入ってるの?」
「ああ。そうだったかな。」
「小百合さんのポーチに付いてるのを見たことあるぅ。…フフッ。届いてたみたいねぇ。良かったぁ。」
 まるでどこかの喫茶店で話しているような雰囲気だ。
 ただ、ミルクが霞みそうなほどに儚げで、あどけなく話している顔を見ているだけで胸が痛くなる。
 何故そんな感傷を抱くのか竜二にもわからない。
 鍾乳洞の出来事が夢だったのかと思えてきたり、ここで話してることが夢なのかと自分の意識を疑ってみたり、懲戒房の暗闇で見ている夢のような気もする。
 ミルクは取り留めもなく話し続け、次々と料理を注文する。
 竜二が、
「もう、そんなには喰えねぇよ。」
と、ギブアップすると、
「じゃぁ、散歩しよっかぁ?…調教されてるイルカのプールに行ってみよぉ?」
と、甘えて首を傾げる。
「・・・いいけど・・・もう暗くなるから何も見えなくなるんじゃねぇか?足元も危なくなるし・・・」
「ぇー……そぉーなのぉ?……つまんなぁーぃ……」
「イルカくれぇいつでも見れるだろ?」
「…ぅーん……ぁ、じゃぁ…ここの展望室に行ってみよぉ?」
 ミルクはイスから立ち上がって竜二の所まで行き、手をつかんで引っ張った。
 竜二が引かれるままに立ち上がると、指を絡めて手を握ってくる。
 指と指が絡み合い、華奢で細い指のヒンヤリとした感触に、抱き締めたい衝動に駆られる。
 ガードのいちいちチェックするような視線に見据えられてなければ、そうしていたかも知れない。
 と言うより、何故ボディガードが黙って見ているだけなのか、判らない。
 竜二は煙に包まれた奇妙な空間の中にいるようだった。


 展望室は海洋科学研究所の最上階にあり、三方が大きなガラス張りになっている。
 ミルクが竜二の手を引いて入って来た時、ちょうど真正面に見える海に夕日が沈む所だった。
 展望室全体が夕焼けに染まっている。
「…わぁ〜……綺麗ねぇ〜……」
 ミルクは竜二と手を繋いだまま窓辺に駆け寄った。
 夕日を映す波が黄金色に輝いている。
 その輝きがミルクの瞳を一層美しく輝かせていた。
 竜二は夕焼けの海をしばらく眺めていたが、視線をミルクに移して横顔をジッと見つめた。
 透けそうに白い肌も明るい瞳も黄金色に輝いているように見える。
 少し開きかけた唇が柔らかそうで、赤く艶やかだ。
 竜二はたまらなくなって唇を重ねた。
 唇だけそっと触れ合わせただけだったが、ミルクはそのまま竜二を受け止めていた。
 何度か小さな唇を包むように吸ってから、舌先を伸ばすとミルクも吸い返してくる。
 ドクンッ、、ドクンッ、、、と胸の鼓動が高鳴り、竜二は考える前にミルクを抱き締め、熱いキスをしていた。
 貪るように舌を絡め、ミルクの甘い息と唾液を吸った。
 花の蜜を啜るような甘い香りがする。
 愛おしくて愛おしくて狂うほどに恋した少女。
 何故これほどに恋い焦がれてしまうのか判らない。
 破滅しかない叶わぬ恋と百も承知で、愛している。
 ・・・いつしか竜二の頬に涙が伝っていた。

「……泣かないで……一人にしないから……」
 長い口づけの後、ミルクは竜二の頬を掌で撫でた。
 日はすでに海に沈んでいた。
 海も展望室の中も、徐々に薄闇に包まれていく。
 だが、入り口付近にいるはずのガードは気配を消し、展望室の明かりを灯そうとしなかった。
「・・・ミルク・・・・・」
 攫えるものなら攫いたい、と思っても、南海の孤島では逃げ出す手段もない。
 闇雲に海に飛び込んでも、自分にはミルクを守ってやれる術が何もないのだ。
 竜二は自分の無力さを思い知る。
 何度も何度もマサトとの差を思い知らされてきた。
 それでも募る想いを消し去ることは出来なかった。
 マサトへの崇拝とミルクへの恋慕は常に隣り合わせにあり、不思議と相反する存在ではなかった。
 厳しく辛い訓練も、マサトを目標とすることがミルクへ近付く道でもあるように思え、弱音を吐かずに頑張ってこれた。
 むしろ自分から求めて、よりハードな特訓メニューをこなしてきた。
 全てに投げ遣りだった頃を思うと、自分も変わったものだと感心する。
 仲間も出来たし、訓練の合間には冗談を言い合って笑っていたりする。
 弱音を吐く仲間を励ましたり、庇って支えたりもする自分がいる。
 マサトとミルクという存在があったからこそ、竜二は自分の命を輝かせられるのだと思っていた。
 その意識は今も変わらない。
 だからこそ、輝きを取り戻した命をミルクに捧げたかった。
 ・・・死ぬのではなく、永久に共に生きる為に命を切り取って捧げるだけ・・・
 なのにミルクは辛そうに拒絶した。
 ・・・俺の想いは今も一方的でしかないのか?
 竜二はいつまでも見ていたいミルクから視線を剥ぎ取ると、闇に沈んでいく海に顔を向けた。

「…ぁ…そうだ…ドリーにビスケットあげそこねちゃったぁ……」
 唐突にミルクが呟く。
「・・・ドリー?」
「ぅん……子犬なの。トイプードルって小型犬の子犬だから、まだホントにちっちゃくて可愛いんだぁ。」
「・・・へぇ・・・」
「戒さんがねぇ、すっごく可愛がって面倒見てくれるから、とってもお利口さんなの。フリーに気付けたのもドリーのお陰だもの。フフッ。」
「・・・フリー?」
 いきなり知らない名前が飛び出してくるので、竜二は戸惑ってしまう。
「今日は訓練センターに行ったはずなんだけどぉ、会わなかったぁ?…ぁ…そー言えば、ミルも会わなかったけどぉ、どうしたんだろぉ?…もう戻って来たのかなぁ?」
 まったく話が見えない。
 全ての説明を聞いていく訳にもいかず、
「俺は今日は外活動の日だったからな。そんな奴は知らねぇぜ。」
と、自分の判る範囲で答えた。
「ぁん。フリーは奴じゃないよぉ。まだ10歳の子だもん。大人びて見せたくて、そーゆー話し方をするけどぉ、すっごく優しいいい子なのぉ。」
「・・・ふーん・・・」
「本当はフランソワって名前なんだけどぉ、みんながね、フリー…自由って呼ぶんですってぇ。その自由って意味がフリーも好きだから、って、ミルにもそう呼んでくれって言うの。ゥフッ。」
 ミルクはフリーがどんな少年か、ドリーとの関わりとかを、単発的に前後しながら話し続ける。
 竜二は時々相槌を入れながら、聞き役に徹していた。
 すでに展望室は暗闇に沈み、わずかな月明かりでどうにかお互いの顔を確認することが出来る状態になっていた。
 それでもミルクは、高藤と結婚した母親や大学生になったミツルのことまで、あれこれと話す。
 竜二はどこかでそんな姿を見た気がした。
 そして、かつて自分もそうして話し続けることでミルクとの繋がりを求めていたことを思い出した。
 やりきれない寂しさを誰にも向けられず、ケーキショップを訪ねては、孤独を隠すように話し続けていた。
 相手の反応を見ている余裕もなく、そうやって話すことで縋るように繋がりを求めていたが、ミルクは何時間でも真剣に聞いてくれていた。
 今のミルクにかつての自分を見出してしまい、竜二はずっと胸が痛かった理由を理解した。

「それにしても、ボスはつくづく凄い人だよなぁ。」
 ミルクが疲れたのか、話を途切れさせた時、竜二は夜の海を眺めながら言った。
「……ぅん……」
「誰も寄せ付けなかった無人島を、ここまでにしちまえるんだもんな。ここは言ってみれば、一つの独立国家だぜ。大したもんだよ。」
「……そぉだね……」
「しかも島本来の自然は80%以上をそのままで保護している。訓練の一環で密林に入ることもあるが、噎せ返るほどの自然に圧倒されるぜ。毒蛇や毒虫、毒植物もあって危険なのは確かだが、高い木々を飛び交う極彩色の鳥や蝶、たわわに実った果実とそれに集まる動物・・・本来の自然がこんなにも迫力のある美しさだってことを初めて知ったぜ。」
「……そぉなんだぁ……」
「・・・ボスはすげぇよ。・・・商才とか身体能力とか指導力とか、見えてる部分の卓越した才能を褒め讃えるのに枚挙の暇もないが、俺はそれ以上にボスの魂に惚れるね。・・・まったく男でも惚れ惚れする。」
「……ぅん……」
「・・・けど・・・偉大過ぎるってのも、近い者にとっては辛ぇよな。」
「……ミルが……我が侭なだけ……」
「・・・本当は好きでたまんねぇんだろ?」
「……もぅ……いいの……」
「ミルクの話を聞いててよく判ったぜ。どれだけボスに惚れてるかってな。・・ったく、何度ボスの名前が出てきたか知れねぇ。ノロケかよ、って言いたくなっちまったぞ。ハハハッ。」
 竜二は悲しみに引きつる頬を闇に隠して、明るく笑った。
 けれどミルクは項垂れて、力無く首を振る。
「・・・愛してるなら、素直に甘えろよ。・・・ボスならきっといつだって包み込んでくれるぜ?」
「……もぉ……ぃぃ……もぉ……無理なの……」
「何が?俺が一方的に惚れてるだけで、ミルクの責任じゃねぇさ。」
「……違ぅ……」
「ん?」
「……竜二さんだって……みんなが好きだったじゃない。本当はいつだってみんなを愛してたじゃない。」
「あ?・・アハッ・・・家族のことか?・・・仕方ねぇよ。俺は期待に応えられねぇ出来損ないだしな・・・」
「……ミルもそぅ……」
「え・・いや。お前は違うだろーが?俺なんか、いっつも迷惑ばっか掛けてたから、気持ちばっかで思ってようとどうしょーもなかったのさ。」
「……ミルもぉ……」
「バッカだなぁ。絶対ぇ違うって。俺とお前じゃ全然・・」
「同じだもん!……同じなの……ミルも……」
 ミルクは竜二の胸にコツンとおでこをぶつけた。
 胸に触れる額から、ミルクの震えが伝わってきて、竜二は抱き締めずにはいられなかった。

「バカ言うなよ。みんなお前を慕ってるぜ?みんなお前を好きだって言ってるぞ?」
 竜二はミルクの髪に頬を強く擦り付け、愛しさを込めてそっと髪にキスをした。
「……それは……マサトさんの彼女だからだもん……」
「そぉかぁ?・・・俺は嫌だぜ。もし、生意気で人を見下したような女が彼女だったら、いくらボスを崇拝してたって、好きにはなれねぇぜ。」
「……いないよ・・・そんな女の子……好きな人の前では、みんな可愛くなれるもん……優しい気持ちにもなれるもん……」
「ぅ・・・けど、ボスはミルクを選んだ・・・つーか、ミルクだから惚れたんじゃねぇか。俺達のボスを惚れさせたのはミルクだぜ?」
「……よく……わかんない……」
「・・・確かに、ボスが背負っているのは大きな責任だし、たくさんの命を抱えて、険しい道を登っていく苦難の多い生き方だ。多くのものがボスに守られているし、そのお陰で俺を含めた皆が輝きを取り戻せた。」
「……ぅん……」
「だから、みんなボスに辛い試練の道を歩くだけでない、安らぎのひと時を持って欲しい、って願っているのさ。・・・その安らぎがミルクの中にあるんだぜ?それってスゲェことじゃねぇか。そうだろ?」
「………………」
「・・・だから・・・もっと自分に自信持てよ。・・な?」
「……ぃゃ……」
「いや、ってなぁ・・・」
「きっとマサトさんにはもっと素敵な彼女が出来るよ。……ミルなんて、もうどうでもいいのぉ。」
 竜二の胸に押しつけられているミルクの頬が膨れるのが、感触でわかる。
 そんなミルクが可愛くてたまらない竜二の恋心が疼く。
 胸の中にしまい込むように抱き締めて、何度もミルクの髪に頬を押しつけては、苦しい息を洩らす。
 ミルクと一緒に生きられたら、どんなにいいか・・・

「・・・そんなに簡単じゃねぇだろーが・・・」
 竜二は自分に言い聞かせるように言った。
「……なんか……竜二さん、マサトさんの肩ばっか持ってるぅ……」
「俺は・・・お前が幸せに笑ってくれるのが一番なんだ。・・・それだけだよ。」
 そう言って竜二は、ミルクを抱き締めたまま固まってしまっている腕を、どうにか緩めた。
 そして、深呼吸してからミルクの顔を両手で包み込んだ。
 腰を屈め、顔を近付け鼻を擦り合わせる。
「・・・だからな・・・お前が自分に自信が持てなくて、本当は好きでたまらないアイツに背中を向けちまうんだったら、・・・俺がお前の魂に溶け込んで、いつも側にいてやりてぇのさ。・・・ん?・・わかるか?」
 唇が触れ合うほど間近で囁く。
「……どうして……すぐ…そーゆーのぉ……」
 震える息で返した言葉は、悲しげに掠れた。
 竜二の手の中で、ミルクは微かに首を振る。
「・・・他にどうしてやれる?・・・一緒にいてやりてぇが、現実にはそう出来ねぇだろ?・・・俺だってお前を守って、いつも側にいてやりてぇよ。・・・本当に・・・想いが届くなら死んだっていい。」
 答える竜二の声も掠れて震えている。
 間近で見つめ合い、わずかに唇も触れ合う。
 どちらの涙なのか、二人の涙が混ざり合って伝うのか、濡れた唇を重ね合わせた。

 ゆっくりと感触を確かめ合うような優しいキス。
 ミルクは竜二の腰に腕を回して、自分の体をピッタリと寄せた。
 切なく甘いキスをしながら、腰を押しつけ左右に擦る。
 そして、竜二の熱い固まりを見つけると、ミルクは下腹部を更に押し付け、固まりを中心に静かに回転させた。
 ドッキィーーンッ!とした竜二は、思わず目を開いてミルクの顔を確認してしまった。
 確かにミルクだが、妖しいほどに白く淡く闇に浮かぶ、妖艶な少女の顔がそこにあった。
 しかも、スゥーッ、、と動きを感じるたびに、確実に固まりが反応して膨張していく。
 服の上からとはいえ、吸い付いたように離れない下腹部の柔らかな感触が、思考力を破壊していく。
 ・・・どぅッわぁぁぁぁーーーーッッ!!
 ・・・なんだ、これはッ??!
 ドック、、ドック、、ドック、、ドック、、、心拍と股間の熱いモノの脈動が直結したようだ。
 ・・・マ・・マズイッ・・・
 かろうじて頭で鳴り響く警鐘が暴走を踏み留めているが、それも後どれほど持つか判らない。
 ・・・こんな快感・・・媚薬でもねぇぞぉぉーー・・・
 街で流布するドラッグや媚薬の類なら一通り経験していたが、こんな・・・こんな・・・と、竜二の思考はそこで崩壊した。

 ミルクを抱え込み、甘く魅惑的な口を貪る。
「俺の女だッ!俺のものだッ!抱いてやるぜぇぇぇーーッッ!!」
 叫んでミルクをその場に押し倒した竜二の体が、いきなり宙に浮かんで数m先に転がった。
「…やぁ〜〜ん!……リュウぅぅぅ〜〜っ!」
 ミルクが這いながら竜二の側に行こうとするが、軽々と抱え上げられてしまう。
「姫。ボスとの連絡が取れました。なるべく早くこちらに戻られるそうです。」
 暴れるミルクを肩に担ぎ上げたのは、戒だった。
「やぁ〜〜っ!いやぁぁぁ〜〜〜っ!!」
 手足をバタつかせ暴れるが、戒はよろけもせずに背筋を伸ばしている。
「今は何を申し上げてもおわかりにならないようですね。仕方ありません。このまま寝室にお連れ致します。タブもようやく到着致しましたので、すぐお心も安らかになられるでしょう。」
 戒はそう言って、歩き始めた。
「あぁぁ〜〜〜ん……リュウぅぅぅ〜〜〜〜〜……」
 気絶した竜二にはミルクの悲痛な呼び声が届かなかった。
「キラー将軍。この者はいかが致しましょう?」
「急所を蹴ったが手加減はしてある。気が付いたら寮に送ってやれ。」
「姫様に無礼を働いた処分は?」
「ボスがお戻りになって判断されるだろう。今は放っておけ。」
「了解!」
 戒はガードの敬礼に頷くと、泣き叫ぶミルクを担ぎ、展望室を後にした。

<93>
「眠り姫」
§93§「眠り姫」

 大きな真白い真珠貝を、虹色のオーロラのように薄いベールが取り巻いている。
 少し開かれた窓から潮風がそよいで、ベールの裾を揺らしている。
 外はすでに日が高く、眩しい太陽の光が降り注いで暑くなっているが、寝室は暑くもなく涼しくもなく清涼な空気に満たされている。

 マサトはゆっくりと静かに進み、ベールを片手で避けると、真珠貝の中で眠る愛しい妻の脇に佇んだ。
 透けるように白い幼顔は微かに青ざめ、目の周囲が窪んで影を作っている。
 元々あまり血色のいい方ではなかったが、いつも明るい眼差しでカバーしていたのだと気付く。
 夢見るような明るい瞳は、時に甘えて揺らめき、時に悪戯っぽく煌めいて、見る者を引き込む。
 悲しみに沈む時も、戸惑い不安に影をさしても、透明な輝きは変わらなかった。
 その瞳の輝きこそ、ミルクの生命力が燃える証だったのだと、マサトは改めて気付かされた。
 こうして瞼を閉じていると、あまりにも華奢で儚い存在であることに恐れ戦いてしまう。
 掌にそっと乗った空気の結晶のような命。
 簡単に握り潰せてしまうからこそ、大事で愛おしい。
 そう思ってきたはずなのに、いつしか自分の方が甘えてしまっていた。
 マサトは目に熱いものが込み上げてきて、震える息で大きく深呼吸した。

 胸いっぱいに広がる甘い香り。
 心を酔わせる魅惑の媚薬を含んだ天上の花の香。
 嫌がおうにも脳天からつま先まで痺れさせる。
 股間に熱い血潮が凝結していく。
 凍土に眠る魔界の蛇が目覚めてカマ首を上げる。
「・・・あぁ・・・・・」
 マサトは目を閉じて熱い吐息を洩らした。
 それからおもむろにズボンの前を開き、禍々しい蛇の封印を解き放ってやった。
 グゥ〜ィィ〜ンッ!!
 大きく揺れて蛇が飛び出してくる。
 赤黒い胴体はすでに硬直を始め、太く走った筋が、ドクンッ、、ドクンッ、、と脈打つたびに体を伸ばしていく。
 湯気が出そうなほど真っ赤になった顔は、「どうだ!」と言わんばかりにエラを張り出し、天を睨んでいる。
 マサトはまた熱く甘い吐息を洩らすと、自分の手で蛇を掴んで、根元から先端へと撫で上げた。

 しばらく、スヤスヤと眠るミルクを見つめながら、怒りを爆発させそうな蛇を撫で上げ宥めていたが、赤黒い蛇は「俺の辛さがわからねぇのかよぉ!」と訴えるように透明な涙を浮かべる。
 マサトは眉を寄せて躊躇っていたが、
「チェッ・・・しょーがねぇなぁ・・・」
と呟き、ミルクに掛かっていた肌掛けをずらして、ベッドに腰を下ろした。
 眠るミルクの手は力無くお腹あたりに置かれていたが、マサトはその手をそっと手に取り、頭を屈めてキスをすると、自分の股間に持っていった。
 ミルクが自然に手を伸ばせる位置に尻をずらして、股間の蛇を握らせる。
 もちろん、意識のないミルクが握るはずもなく、マサトがミルクの手の上から自分の手を重ねて握らせた。
 ・・・あぁぁ・・・和むなぁ・・・・・
 ヒンヤリとした感触に包まれるだけで、心が満たされる。
 それでも握った以上は扱いて欲しくなる。
 ミルクの手を包み込み、上下させて蛇の胴体を撫でるように動かす。
 何度か繰り返していると、不思議なことに、ミルクの手が蛇をギュッと握るようになった。
 ・・・起きたのか?
 マサトがミルクの顔を眺め、小さな寝息に耳を澄ます。
 けれど一定のリズムで上下する胸も、わずかに開いた唇も、目覚めの兆候は見せなかった。
 よく眠っている赤ん坊が、無意識に手を握るようなものらしい。
 ・・・・・チッ・・・・・
 起きてこの状況を見られるのも気恥ずかしいが、起きないとなると、それはそれで面白くない。
 マサトは少しムキになって、ミルクの手に蛇を扱かせ始めた。

 蛇は涙を溢れさせ、コチコチに膨張した胴体を粘りながら伝う。
 トロトロと尽きることなく溢れてきて、扱くミルクの手も滑りが良くなる。
 クチュッ、、、クチュッ、、、クチュッ、、、
 潮騒だけが遠くに聞こえる空間に、湿った音が響く。
 マサトは、根元から先端までを撫で上げるだけではつまらなくなり、ミルクの指を摘んで先端の窪みや縫い目を擦るように動かした。
 いつもミルクがしてくれているのに、いざ自分で動かしてみると、なかなか思うようにならず難しい。
 張り出したカリ顎も撫でて欲しいし、裏筋もいつものように刺激して欲しい。
「・・・巧くいかねぇもんだなぁ・・・」
 焦れったさに思わず呟いて、溜息を吐いてしまう。
 こうなるとマサトも意地になり、片方の手でミルクの手首を掴んでスナップを利かせ、もう片方の手で指を摘んで巧みな愛撫に挑む。
 自分の股間から伸び上がった異様なほどに恐ろしげな蛇と、こうして睨み合っているのも奇妙なものだ。
 大抵の蛇はどれほど猛毒だろうと大人しく言うことを聞くが、この蛇はいつも暴走して困らせる。
 とは言え、ミルクに出会うまでは、単なる抜け殻だったのだ。
 ぞんざいに扱ってきたツケが回ってきたのかも知れねぇな、とマサトは苦笑する。

 けれど、”習うより慣れろ”と言うように、かなり指の動きがスムーズになってきた。
 指先がカリの切り込みを擦って、ゾクゾクする刺激を生む。
 先端をグルリと包むように回転し、裏筋を親指の腹で擦られると、体中に甘い疼きが走る。
 ・・・はぁぁ・・・たまらねぇ・・・・・
 マサトは顎を上げて思わず喘いだ。
 と、そこで、ハタと気が付く。
 あまりの快感に手を動かすことを忘れているのに、甘酸っぱくなるような刺激と快感が続いている。
 指先が巧みに動いて愛撫を続けている。
 マサトは、まず股間に視線を落として、勝手に動いているミルクの手を確認してから、ミルクの方へ顔を向けた。
 クルンッ、と煌めく明るい目がマサトを見ている。
「・・・・・あ・・・・・やぁ・・・・・」
 何とも間の抜けた挨拶だが、
「………ぅん……おはよぉ………」
と、ミルクものんびりした返事を返した。
 そして、手の動きとは裏腹に、まだ眠そうに瞬きをゆっくりと繰り返した。


 ――――――――――
 薬学博士であり精神科医でもあるタブ(磯谷融)が到着したのは昨夜のこと。
 ドイツで連絡を受けた時は、蛇窟島までの距離を思って「夜中になるでしょう。」と答えたが、ちょうど都合良く某国までの便に乗ることができた。
 マサトと親交の厚い某国には『蛇窟』専用の空港があり、一般の空港に到着したタブを軍用ヘリでジェット機の待つ空港に送ってくれた。

 それで予定より早く島に到着出来たのだが、着いて早々、錯乱状態のミルクと対面することになってしまった。
 取り敢えず鎮静剤を打ったが、それでも泣きじゃくって治まりそうにない。
 まだ成長過程にある華奢な少女に強い薬も使えず、点滴で体力の回復を図りつつ、対話を続けて心の痛みをとるように努力した。
 そして、ミルクの痛みが自分自身以上に竜二という青年の悲しみに連動しているのだと理解し、「彼にも会ってみましょう。必要ならば私の責任に於いて、その若者を保護し治療も致します。どうか、ご安心を。」と説得して、ようやく気持ちを落ち着かせることが出来たかと思った・・・。

 だが、そうなると今度は自分の罪深さを訴え、「もう、マサトに会えない。」とまた泣きじゃくる。
 「そんなことはありません。」と言っても、こればかりはタブの権限を越える内容で、あまり勝手なことも言えない。
 ただ、”ボスがとれほどアリス姫を愛されているか”は、ことある事に感じていたので、それを伝えることにした。
 けれど、逆にミルクを泣かせる結果になってしまった。
 ”愛されていると判っていても、愛されているのに応えられない自分の弱さや非力さが、愛されるほどに辛くなっていくのだ”と、納得した。
 それで、”力なく弱い存在”が、本当に”必要とされない者”なのだろうか、という話を簡単な例え話をしながら、話して聞かせた。

 例えば、畑のあぜ道に咲く小さな花・・・
 例えば、月明かりの中でしか咲けない花・・・
 例えば、生まれてきた意味を問う前に踏み潰されてしまった名も無き虫達・・・
 それでも生まれてきたことに、何の意味も価値もない命などあろうはずもない。
 小さな花でも誰かの心にひと時の安らぎを与えているかも知れない。
 夜しか咲けない花でも、夜に生きるもの達に愛を届けているかも知れない。
 踏み潰された虫は、次の命を育てる大地の養分となって、次の命を生かすだろう。

 「そのことを誰よりも理解し大切にしておられる我等のボスが、姫を愛されたのは当然ではないかと推察致します。」と、タブは静かに語った。
 (・・・もっともそれを承知した上で、”戦い”という無情の生き方を選び、踏み潰せてしまえるのが、我等が崇拝してやまないボスの真実であり、我等が盲目的に恭順する由縁なんだが・・・)と思う部分は、話す必要はないだろう。

 「……でも…ミルは……」と疲れた息遣いで弱々しく首を振る状態が好ましくない、と判断したタブは、精神安定剤を投与することにした。
 眠れず思い悩むだけでも体力と気力を消耗してしまう。
 幾分落ち着きを取り戻していたミルクは、すぐに薬が効いてきて眠りについた。
 「薬の効果はもう切れていますが、よくお休みなので朝に点滴で栄養補充して、そのままお休み頂いてます。」
 ・・・と、到着したマサトはタブからの報告を聞いたのだった。
 ――――――――――


 ミルクはほとんど無意識に手を動かしている。
 そうしたい、とか、してやろう、という考えもなく、そこにあるから、といった感じの眠そうな顔。
 なのに甘く痺れる快感が、マサトの心を焦れったく悩ませる。
 若林は、「惚れさせろ。」と言った。
 が、この状況では今更カッコつけても間抜けでしかない。
 「夢中にさせればいい。」とも言うが、マサトの方がミルクのテクニックの虜になってしまっている。
 そう言えば以前に「恋の駆け引きは惚れた方が負けさ。」と、若林が不敵に笑ってみせたことがある。
 ・・・だったら、ミルクにどっぷりと惚れちまってる俺は、とっくに白旗を揚げてるんじゃねぇかッ!
 マサトは、・・・所詮、俺には恋の駆け引きなんて出来ねぇ・・・と、溜息を漏らした。

「・・・なぁ・・・」
「……ん?」
 首を傾げるミルクは、あまりにもあどけなく無防備なままの透明な心を映し出している。
 ・・・ミルクが悪い訳じゃねぇ・・・
 ・・・惚れる男が悪いんでもねぇ・・・
 ・・・しっかり守ってねぇ俺自身が悪いんだ!
 マサトはミルクの魔性を罪と問うことは出来なかった。
「・・・手より・・・お前の中に入りてぇ、って・・・コイツが悶えながら怒ってるんだが・・・」
「……ぅん……来てぇ……」
 ゾクゾクゾクゥゥ〜〜〜ッ、、、
 目眩を起こしそうな歓喜が背筋を走り抜ける。
 ドクンッ、、ドクンッ、、ドクンッ、、、
 赤黒い蛇は嬉しそうなヨダレを垂らし、ブルン、、ブルン、、と武者震いする。
「・・・そっか・・・じゃぁ・・・・・」
 マサトは手早くズボンを下ろし、服を脱ぎ捨てて、ベッドに上がった。

 ミルクが頭を乗せている枕に鼻先を埋め、ミルクに頬ずりをして抱き締める。
 微かな寝汗が魅惑の香りを凝縮して、一層甘く淫らに香り立つ。
 触れる頬は剥いたゆで卵よりもスベスベで、柔らかな感触をしている。
「んー・・・可愛いなぁ・・・・・」
 マサトはグリグリと顔を擦り付けてから顔を上げ、間近にミルクを見つめた。
「、、、ンぁ、、、、、」
 ミルクは胸を掴まれ、うっすらと瞼を閉じる。
 甘い吐息が零れて、赤い唇から小さな白い歯が見える。
 マサトは力強く唇を押し付け、乱暴に舌を押し込むと、歯列を舐め舌を吸い唾液を貪った。
 ミルクを抱き寄せた腕で胸を揉み回し、もう一方の手でミルクのナイティーを脱がしながら乳首を摘んで愛撫する。
「、、、、、ンンンッ、、、、、」
 ミルクがつま先をピンと伸ばして快感に体を反らせる。
 マサトは放さないようにして覆い被さり、更に熱いキスを続ける。
 ミルクも求めるように唇を動かし、しゃぶり合うキスがぶつかり合う。
 やがて、ミルクも全裸となって、マサトの逞しい背中に腕を回してきた。
 ・・・時は満ちた・・・
 と、マサトは待ちかねた蛇を、足で割ったミルクの股間に押し込んだ。

「、、ッ、、あぁぁぁぁぁッ、、、、、んんッ、、、、、」
 咲き綻んだ花びらは甘い蜜が溢れていた。
 が、蛇が突撃した途端、キュゥゥゥ〜〜ッッ、、、と締め付けてきた。
 まるで、虫が飛び込んだ途端に口を閉じる、食虫植物のようだ。
 キュウゥ〜キュウゥ〜キュウゥ〜〜ッ、、、
 と、締め付けられ、マサトは腰と股間に強烈な熱さを感じた。
 背骨が焼け爛れていくような快感が突き抜ける。
「あぁぁ・・・たまんねぇぇ・・・・・」
 マサトは目を閉じて腰を突き動かす。
 銅線を巻き付けられたコイルの心境かも知れない。
 螺旋に渦巻く襞が締め付けながら煽動する。
 痛烈な電流が起きて全身を暴走し、たまらなく甘い疼きに痺れさせる。
 一言で言えば・・・
「はぁぁ・・・気持ちいいぜぇ・・・・・」

 寝惚けていたミルクも、ようやくこれが夢でないとわかってきた。
 夢でこんなに熱い快感が全身を覆うはずがない。
 甘い疼きに悶えて目が覚める一人の夜はあっても、これほど激しく、脳天に響く快感は一人寝の夜にはあり得なかった。
 第一、マサトの熱い肌をこれほど密着して感じているではないか。
 重さ、と言うより、キツク抱き締められた圧倒的存在感。
 押し広げられた股間の中の熱い塊。
 ズズンズズンッ、、ズンズンズンズンッ、、、
 圧迫される内臓と痛みを伴ったムズ痒いような快感。
「、、あぁッ、、、んぁぁぁぁッ、、、あぁぁん、、、マサトぉぉ、、、、、」
 ミルクは目の前にいる現実のマサトにしがみついた。
 足を大きく広げて高く腰に巻き付ける。
 マサトの股間と自分の股間を一層密着させて、もっと深くまで蛇を引っ張り込む。
 腰を振りぶつかり合う感触までも貪るように楽しむ。
「あぁぁぁッ、、、んッんんーーッ、、、気持ちいいぃぃぃーーッ、、、」

 全身でマサトを受け止めながらマサトを見つめる。
 マサトも腰を激しく動かし突き上げながらミルクを見つめる。
 お互いの熱く潤んだ目が生々しく絡まり合う。
 感じ合っている快感をお互いに伝え合うかのように、見つめ合ったまま喘ぎ声を洩らす。
「・・はぁ・・・いいかぁ?・・・」
「、、ぁぁん、、、すごくぅ、、、いぃぃ、、、」
「・・俺も・・・クゥッ・・・感じてたまんねぇぜッ・・・」
「、、ぅん、、、ぁぁぁッ、、、とろけるぅぅぅ、、、」
「・・あぁ・・・俺も熱いぜぇぇ・・・」
 マサトは額から流れ落ちる汗を拭い、前髪を指先で梳き上げる。
 束の間オールバックになった髪も、動きに伴いすぐに落ちてくる。
「・・・熱いか?」
「、、、ぅ、、ん、、、熱ぅ、、、、、」
 感じて顔を左右に振るので、ミルクの顔にも汗で髪が張り付いている。
 マサトは腰のピストン運動は続けたまま、ミルクの顔や額を撫で上げ、優しく髪を除いてやる。

 ミルクは何度もエクスタシーに襲われ、体中を震わせて陶酔に浸り、恍惚とした快感から意識を戻すと、余韻を味わう暇もなく、まだ続く情熱の渦に取り込まれていく。
 マサトは我慢できず一度すぐに放出したが、勢いを失わない蛇が「まだまだッ!」と怒るので、そのまま続けている。
 次の充填までの間隔がなく、すぐに発射させたい衝動に突き動かされるが、我が侭な蛇が真っ赤になって「この焦れったさが最高だぜッ!」と豪語し、頭を伸ばして奥へと突進していくので、眉間に苦悶のシワを刻みながらも耐え続けている。
 一番危険なのが、エクスタシーの強烈な締め付けの後で、トロリと溶解した瞬間だ。
 「さぁ、どうぞ。」と誘う禁断の瞬間に、何度誘い込まれたか知れない。
 緊縛を解きほぐしつつ、密着して吸引する膣壁の甘い誘惑は、全ての精気を吸い取られそうなほどの悪魔の囁きだ。
 そこを乗り切れば更なる快感で再び締め付ける肉襞が、「まだダメ、まだよ、まだイッっちゃいやぁ〜ん♪」とばかりにしがみついてくる。
 その可愛さ、愛しさは、経験した者でなければ想像もつかないだろう。
 心ある者なら抗いようがない。
 それがミルクの背負った十字架、闇に落ちた魔性なのだと、マサトは実感する。

「あぁん、、、あぁぁぁ、、、ぁん、、ぁん、、ぁぁん、、、」
 ミルクの視線が彷徨い意識がはっきりしなくなる。
 マサトに巻き付いていた足にも力が入らなくなって、ベッドに大きく開かれた状態になってしまった。
 マサトは、ミルクの片足を、繋がったまま体の前を通して反対側に動かし、体を横向きにしてやった。
 横向きになったミルクを上から覆い被さって優しく抱く。
 揃えた両足の付け根から、赤黒い蛇は進退を繰り返す。
「・・・いい子だ・・・愛しているぜ。ミルク・・・」
 マサトは、すでに目を閉じて荒い息に喘いでいるミルクの、顔中にキスを降り注ぐ。
 どんな時でも忘れたことはない。
 離れていても、共に同じ時に生き、魂は結ばれていると信じている。
 が、過信が油断となって、油断が甘えになり、孤独へと追い詰めてしまったのだと、今ならわかる。
 どこかにミルクを愛し過ぎる己への戒めがあったのも確かだ。
 自分を甘やかしてはいけない。
 それが多くの命を掌握するリーダーとしての自覚であり、責務だった。
 だが、ミルクを失って自分を保てるとも思えない。
 すでにお互いの一部なのだ。
 ミルクにとってもそうであるはず・・・。
 マサトはミルクが寂しさだけで他の男に思いを向けたのではないことを理解していた。
「、、、ぁぁぁ、、、マサトぉ、、、マサトぉぉ、、、」
 掠れた甘い声で名前を呼ぶ。
「あぁ・・・ここにいる。・・・ここにいるぜ、ミルク。」
 マサトはミルクをしっかりと抱き締め、全身を震わせて愛の滴を迸らせた。

 再び眠りに落ちたミルクを腕の中に抱き締めたマサトもまた、大きく安息の息を吐いて眠りに引き込まれていった。
 蛇窟島へ飛び立つミルクに手を振って見送ってから、ほとんど睡眠らしい睡眠をとれなかった。
 舞い込んだ依頼に応えるべく手配し計画を即座に決行したが、突発的な事故が重なり思いの外苦難続きとなってしまった。
 それでも、ミルクのいる場所に帰ろうと飛び続けた暗闇の空。
 夜明けの海の輝きが、ミルクの瞳に思えた。
 今、楽園の花園の甘い香りに包まれて、疲れた魂を解き放つ。
 ・・・あぁ・・・何とも言い難い安らぎだ・・・
 ・・・気持ちいいぜ・・・ミルク・・・
 マサトは花園を天使が舞う夢を見ながら、ミルクの髪に頬ずりをしていた。


 ・・・それにしても・・・腹が減ったなぁ・・・
「・・・漁に行くか・・・」
 寝言を呟いて、マサトは目を覚ました。
「……漁って……お魚を捕りに行くのぉ?」
 ミルクがキョトンと明るい目を向けている。
 マサトは珍しく自分が寝惚けてしまったことに苦笑し、ジッと自分を見つめているミルクの頬を撫でた。
「・・・ただいま、奥様・・・」
 指先を滑らせるミルクの頬は薄く上気している。
「……お帰りなさぃ……旦那様……」
 ミルクは恥じらいながら笑みを浮かべる。
「……でも……いつ帰ってきたのぉ?」
「・・・・・ん?」
「…だってぇ……気付いたらマサトが寝てるんだもん……」
「・・・・・あ?」
 マサトは片眉をひそめてミルクを訝しそうに見つめる。
「・・・寝る前に・・・愛し合ったじゃねぇか。・・・だろ?」
「……ぅーん……そぉーだよねぇ……やっぱ夢じゃないよねぇ……」
「・・・・・おい・・・・・」
「えへッ…」
 ミルクが照れ臭そうにマサトの胸に顔を埋める。
 マサトは考え込みながら、ミルクの髪を撫でた。
 そして、
「・・・お前・・・俺と気付かずに抱かれたのか?」
と聞いてみる。
 ミルクは顔を隠すように埋めたまま、
「………………よく……わかんない……………」
と、くぐもった声で答えた。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・ッ??!!
 ガバッ!!
 ベッドから跳ね起きたマサトは、
「今後一切ッ!寝ているミルクに男を近付けるなぁーーッ!!」
と、叫んでいた。

<94>
「組織の中で…」
§94§「組織の中で…」

「取り敢えず、SSの女性隊員を三名選びました。」
 そう報告した戒が、虹色のベールの向こう側で恭しく頭を下げた。
「うむ。これからは、ミルクの周囲に近付く男共に注意するよう、よく指示しておいてくれ。・・・特に寝ている時はな。」
 マサトは枕にもたれ掛かって上半身を起こし、ミルクに蛇をくわえさせている。
「畏まりました。・・三名の者、挨拶させましょうか?」
「後でいいだろう。ミルクも直接顔合わせしたいだろうからな。ククッ。」
 マサトに髪を撫でられ、ミルクは上目遣いに睨む。
「……税金の無駄遣いじゃん……」
 ミルクは、マサトの股間から天を向いて伸び上がっている赤ら顔の蛇を、チュルン、と口から出して文句を言った。
「はぁ?・・・税金?」
 マサトはミルクに続けるように、手でミルクの顎を掴んで蛇に口を押し付け、促す。
 ミルクは素直に横から蛇の胴体を上下にしゃぶり始めたが、
「…チュプ…だってぇ…チュプッ…今だってボディーガード…多いくらいだしぃ…チュップチュップ…メイドさんだっているのにぃ…クチュッ……」
と、拗ね顔で抗議する。
 舌を巧みに使って舐める顔は、ソフトクリームを舐めながら教師への文句を言い合う普通の高校生、といった感じだ。
「ボディーガードもメイドも役割が違うだろ?・・ボディーガードは周囲の安全を図り、メイドは周辺の環境を整える。女性ガードは主にミルクの身の回りをケアして身近に付いているのが任務。」
 マサトが説明すると、
「はい。常に姫のお側にあって、尽くすのが使命となります。三名の内、すでに二名は昨日からお側に上がっております。お気付きではありませんでしたか?」
と、戒が補足する。
「…ピチャ…ぁ…ぅん、わかるけどぉ…チュプックチュ…でもぉ……」
「三名と申しましても、同時ではありません。三交代ということになりますので、お側にいるのは常に一名です。」
「俺が留守の時は、特に・・注意して警戒して貰わねぇとな。」
 マサトは蛇頭の窪みを舌先でつつかれ、sweee----!!、と音を立てて息を吸った。
 虹色の薄いベールが海風に揺れている。
 おそらくは透けてある程度中の様子がわかっていると思われるが、戒は微動だにしない。
「よく言い聞かせておきましょう。女性と言っても、SS。心技体共に並みの組織員以上のレベルですので、ご安心を。」
 戒は静かな声でマサトに答えた。
「……だけどぉ…チュプ…それだけの才能があるならぁ…もっとやり甲斐のある仕事がしたいでしょう?…ミルなんてぇ……」
 ミルクは上手く言いたいことが伝えられないもどかしさに、唇を窄ませて蛇頭を撫でた。
「何でそこで、ミルなんて、ってなるんだ?」
 マサトはミルクのフェラチオが疎かになっているので、不満げに眉を寄せた。
 そして、あろう事か、ミルクの体を引き上げると、アッと言う間に、自分と向き合いになるよう跨がせてしまった。

「……ぇ……ぁッ、、、、、」
 ミルクの戸惑いをよそに、マサトはミルクの体を自分の股間に座らせる。
 柔らかく解けた花園は、蜜を絶やさずに溢れさせていた。
 逞しい蛇の大きく広かったカリ顎に、幾分かの抵抗はあったが、難なくミルクの小さなお尻に埋没していく。
 ズルッ、、ズズズッ、、ズブブブゥゥーッ、、、
「、、、、、ンンッ、、、、、ンッンーッ、、、、、」
 ミルクは唇を噛んで喘ぎ声をこらえた。
 それでも、蛇が奥へと直進し膣壁を圧迫すると、否が応にも口が開いて、甘い吐息を洩らしてしまう。
 震える息遣いが荒くなり、潤んだ目でマサトを恨みがましく睨んでも、繋がった部分から込み上げる快感が全身を甘い陶酔に痺れさせていく。
 ミルクはマサトの首元に顔を押し付け、肩にしがみついて切なさに耐えた。
 喉まで出かかっているよがり声を、どうにかしまい込む。
「俺の前で、ミルなんて、って言葉を言うんじゃねぇぜ?」
 マサトは膝を立てて、微妙に腰を動かす。
 擦られる肉襞から快感が全身に走り抜ける。
 つま先までがムズムズと痺れて、気持ち良くてたまらない。
「、、、、、ぁぃ、、、、、」
 ミルクは掠れる声でそう答えるのがやっとだ。
 震える息がいつしか啜り泣きに変わる。
 感じ過ぎて感情のコントロールがつかなくなってしまう。

「・・おそらく・・姫は坊ちゃまに憧れるお気持ちが強く、またタブの申す通り、ご自分がボスへの支障になることを恐れておいでなのでしょう。それが、そのようなお言葉に・・・」
 戒が、ミルクの気持ちを思い遣るように言った。
「なら尚のこと、俺がミルクを守ろうとすることに反対するな。・・ん?」
 マサトはミルクの顔を上げさせ、額を付け合って瞳を覗く。
「、、、ぁ、、、ぃ、、、」
 ミルクは感じながらスンと鼻を鳴らした。
 マサトの蛇がキュゥゥ〜ッ、と締め付けられる。
「はぁぁ・・・いい子だ・・・」
 マサトも感じて熱い息を吐く。
「・・姫の仰る、税金の無駄遣い、と言うのは、つまり・・人を使うにもお金が懸かり、そのお金は組織の者達の働きによってもたらされるものであって、無為に使うのは厳しい職務にある者達に申し訳ない、と仰りたいのでしょう。」
 ミルクはベールの外から聞こえてくる戒の言葉に、うんうん、と頷いた。
 マサトは汗ばんできた額に掛かる前髪を後ろに撫でつけ、
「あのなぁ、ミルク。俺が一番稼いでんだぜぇ?しかも留守中の憂いがないように、って配慮じゃねぇか。留守でも安心出来れば俺だっていい仕事が出来る。無駄じゃねぇさ。」
と、諭すように言うと、腰の動きを早めて大きく突き上げ始めた。
「、、ぁぁッ、、、ンンンッ、、、、、」
 ミルクは押さえきれずに喘ぎ声を洩らし、またマサトの首の付け根に顔を押し付ける。
 唇に当たったマサトの鎖骨に歯を立て、チュッ、と吸うと、マサトは愛おしげにミルクの髪を撫でた。
「坊ちゃまの仰る通りです。それに選ばれたSS女性隊員の三名は、姫に付いて日本に渡れることを喜んでおります。」
「クックッ。そうなのか?」
「はい。この島での生活に不満はなくても、休暇以外で街に出ることも出来ませんし、任務中の移動では買い物もそうそう楽しめないようですし・・・」
「何だ?郷愁とかじゃねぇのか?」
「二名はこの島での生活の方が長いですから、ここが彼女達の故郷でしょう。」
「あぁ・・・そうか。」
 マサトはミルクへの愛撫を続け、反応を楽しみながら、相槌を打つ。
「もう一名はボムの妹ですから、元々がアリス姫ファンですし。」
「あぁ、ボムの・・・そりゃ頼もしい。クククッ。」
 マサトは肩を震わせて心底可笑しそうに笑いを零した。
 兄弟姉妹親子といった家族での組織員は珍しくないが、ボムとその妹の印象は強い。
 巨体のボムとは全然似つかず、たおやかな女性ではあるが、その性格はボムとそっくりで豪放磊落。
 初対面の者なら誰でも容姿との落差に戸惑うだろう。

「それにもう一つ、日本行きを喜んでいる理由があります。」
「・・ほぅ?」
「この島の男達は、ボスへの崇拝が強すぎるせいか、あるいは鍛錬を重ねる為の施設が整っている為か、恋愛を疎んじる傾向にありますので、日本の組織員との出会いを楽しみにしているようです。」
「アッハハハ。と言うより、その三名。優秀なSS隊員でありすぎて、その怖さが知れ渡っちまってるんじゃねぇか?」
「・・・ま、確かに。そうとも言えるでしょう。」
 戒もそっと苦笑する。
「まぁ、いいさ。・・・な?わかっただろ、ミルク?嫌々ミルクの付き人になる訳じゃねぇんだ。もう、気にするな。」
 マサトはホッピングしながらミルクにキスをする。
 ミルクは上下に揺れる乳房をマサトの胸に押し当て、逆上せ顔でどうにか頷いた。
 熱を帯びて潤んだ瞳は、トロンと視線が定まらず、口は半ば開いた状態で荒い息を繰り返す。
 声を我慢しなければ、という思いから、感じているのに押さえ込もうと努力するが、それが苦悶の啜り泣きとなって余計に色っぽい表情にしている。
「なら、そうゆうことで、夕食後にでも顔合わせしよう。」
 マサトもミルクとの行為に本腰を入れたくなったので、話を打ち切るように言った。
「畏まりました。」
 戒はまた恭しくお辞儀をすると、静かに寝室を出ていった。

「、、、ぁぁん、、、マサトの意地悪ぅ、、、」
 ミルクはようやく甘えた声で、戒の前で行為に及んだマサトの仕打ちに文句を言った。
「いいじゃねぇか。やっと帰れたのに、戒相手に話してるだけじゃ、勿体ねぇだろ。」
「、、、ぅぅ、、、だってぇ、、、、、」
「あぁ、わかった、わかった。」
 ・・・本当にわかったのか、怪しいものだ。
 景山や若松の前でも抱かれていたことがある。
 緊急の連絡で仕方なかったのだが、その時は抗いようもなく没頭していて、声さえ押さえられなかった。
 マサトが普通の立場でない以上、ミルクもある程度は納得するしかないが、まだ羞恥心を捨て去ることは出来ない。
 ……いつになったら慣れるだろう……
 と思っても、マサトが恥ずかしがるミルクをどこかで楽しんでいるような気がする。
 あまり平気な顔をすると、もっと恥ずかしいことをさせられそうで、一応釘を刺しておきたかった。
「、、、でもね、、、ぅぁッ、、、あぅぅッ、、、、、」
 ミルクが言葉を続けようとした時、体を横倒しにされ、思い切り足を開かれた。
 ミルクの片方の足を抱え上げ、マサトが十文字に足を交差させる。
 抱っこしたままでは動きに制限があるので、態勢を変えてミルクの文句を封じ込める作戦に出たようだ。
「あッ、、、あぁぁぁぁぁッ、、、」
 わかっていても引きずり込まれていく。
 激しい突き上げの前に、ミルクは考えることを放棄した。
「くぅぅ・・・いいぜぇ・・・ミルクの中は渦潮みてぇだ。・・・俺の魂まで吸い込んでいくぜ・・・」
 マサトは目を閉じ、快感に酔いしれる。
 リズムをとるように腰を激しく動かし続け、抱え上げた足をしゃぶる。
「あぁぁぁぁぁぁぁッ、、、」
 ミルク自身も快感の渦に引き込まれていく。
 マサトという大海原に漂う小舟のように、潮の流れに任せて大きな渦に意識を沈める。
 海が懐に抱くのは見果てぬ夢か・・・
 熱い嵐の中で、ミルクはマサトの夢に触れる。
 嵐の向こうにマサトが見えてくる。
 「一緒に行こうぜ。」と、言葉にならない意識が伝わってくる。
 ミルクは見失いかけたマサトとの赤い綱を手繰り寄せた。
「あぁぁぁ、、、ぁぁん、、、愛してるぅぅ、、、マサトぉぉぉ、、、」
「・・・わかってるさ・・・ったく・・・バカヤロォ・・・」
 瞼を閉じて天を仰ぐマサトの目から、一筋の涙が零れて頬を伝った。
「はぅぅ・・・俺は絶対ぇお前を放さねぇ。・・・誰にも渡さねぇぇぇーッ!」
 叫んだマサトは熱い激情のスペルマをミルクの中へと迸らせた。

 ぐったりと横たわったマサトとミルクに、若松が遠慮がちに、夕食に皆が揃ったことを告げる。
 気配がなく、いきなり声を掛けられると、ドキッ、とする。
 ……ぁん……また見られちゃったかもぉ……
 ミルクは怠い体を起こして、ガウンを胸に引き寄せると、恥ずかしくて真っ赤になった顔を埋めた。


 今日の夕食のテーブルは賑やかだった。
 いつもの戒とフリーの他に、若松とタブ(磯谷融:いそがいゆう)もいる。
 そして、マサトがいて、ミルクは嬉しさに微笑んで席に着いた。
 ただ、戒と若松とは視線を合わせにくい。
 うつむきがちに挨拶をして、テーブルに視線を落としたまま食事が始まった。

 マサトは特別気にすることもなく、久々に顔を合わせたタブに労いの言葉を掛けてから、ドイツの政治経済の情勢などを話し始めた。
 マサトがいるだけで、テーブルがいつもより明るく見え、華やいだ場となる。
 と同時に、背筋を伸ばして緊張してしまう空気も流れるようだ。
 いつもは楽しい会話でミルクを笑顔にしてくれるフリーの声がまったく聞こえない。
 戒や若松も加わって大人の会話をしているのだから、無理もないが・・・。

 食事が進み、追加するワインをマサトが選んだ時、少し会話が途切れたので、
「ねぇ、フリー。蛇窟島は馴染めそう?」
と、ミルクが声を掛けた。
 フリーは口の中の物を急いで飲み込んで、真っ赤な顔で胸を叩きながら、
「はい。すごくステキな島で、大好きになりそうです。」
と答えた。
「そぅ…良かったぁ……」
 ミルクがフワッと微笑むと、フリーもホッとしたような笑顔を返した。
 ――フリーは昨日一度もミルクと顔を合わせることが出来ず、騒がしく大人達が行き交う中、任せられたドリーと客間で眠れぬ夜を、身を寄せ合って明かしたのだ。
 今日もずっと寝室には近付けず、ミルクには会えないし、総帥の帰還に緊張したものの挨拶する機会もなく、ドリー相手に不安な一日を過ごしていただけに、やっと顔が見れたミルクの落ち着いた様子に、子供心でもホッと安堵の息を吐いた。――
 ミルクはフリーのホッとした顔の意味がわからず、自分の聞いたことがどこか変だろうか、と首を傾げた。
 数日前も同じことをフリーに聞いた気はしたが、昨日は訓練センターや色々な施設を回ってきたということだったので、少し心配になっていたのだ。
 ……昨日は……
 ミルクはそこで、自分の記憶が途切れている部分があることに気付いた。
 ……昨日の朝……竜二さんと海で会った……?
 ハッ!として息を飲んだミルクは、顔を強ばらせ途切れた記憶を思い出そうと記憶を辿り始めた。

「なぁに。フリーならすぐに友達も出来て、ガキ大将になれるぜ。なぁ?」
 ミルクの顔色が変わったことに気付いたマサトが、フリーに話し掛ける。
「・・えっとぉ・・・ガキ大将って何ですか?」
 語学の天才でも知らない言葉もある。
「子供仲間のボスってことさ。」
「・・・え・・・ぅあ・・・は、はい!頑張ります!」
 訓練生が憧れ、島民全てが崇拝して已まない総帥直々の言葉には、フリーも緊張して答える。
「親父さんの経過も良好らしい。少しの間、寂しいかも知れないが、日焼けして逞しくなった顔を見せれば、親父さんも負けてられねぇ、ってすぐに元気になれるぜ。」
「・・はい。・・・ありがとうございます。」
 フリーは心からの感謝を込めて、マサトにお辞儀した。
 ――マサトには圧倒される。
 いつもその存在に緊張してしまうが、緊張だけでない魅入られるような力強いオーラを感じる。
 オーラに全身を包まれると、血が沸騰して逆上せてきて、身も心も捧げたくなる幻覚に陥りそうな心理状態になる。
 荘厳で華麗で厳粛な教会で、賛美歌を聴いた時の興奮に近いものかも知れない。
 フリーはミルクの「知り合い」が物凄い人物であり、それでミルクが「姫」と呼ばれるのだと納得した。――
 が、当のミルクは、心ここにあらず、といった感じで考え込んでしまっている。
 マサトはフリーでミルクの気を引こうとしたことが失敗に終わり、小さく舌打ちをするとタブに無言の問いを掛けた。

「アリス姫?・・・食事が進まないようですが、いかがされました?」
 マサトの視線を受けて、タブが静かに語りかけた。
 ミルクはタブの声に反応して顔を上げた。
「……ぁ……ぃぇ……」
「食事が出来ないようでしたら、お嫌いな注射をすることになりますよ?」
 タブは穏やかに微笑みながら、軽い雰囲気でミルクの心を引き寄せる。
 注射と聞いて眉を寄せたミルクは、
「……昨日のことが……よく思い出せないの……」
と、力無く答えた。
「それはご心配には及びません。疲れてストレスが溜まっていたり、心に過度な負担が掛かった時には、そうしたこともよく起こる現象です。」
「……でも……どんなことがあっても……忘れちゃいけないことがあるでしょう?」
 ミルクは更に表情を暗くして、記憶の底を覗き込もうとするようだった。
 タブは、わかりますよ、と言うように頷いて見せ、
「では、お休みになられる前に、一度診察致しましょう。・・・今はどうぞ、少しでも食事を摂られて、体を元気になさいませ。」
と、優しく言った。
 ――精神科医とはこうも優しい声をしているものか、と感心してしまうほど、穏やかで落ち着いた響きのある声をしている。
 風が草原を渡り、大地に水が浸透するように、スゥーッ、と心に届く声だ。
 その一方で、強烈な薬剤や毒を自在に操り、口を割らない敵の捕虜を冷たい顔で眉一つ動かさずに責めることも出来る、本郷以上に恐ろしいドクターらしい。
 その為、SSSの中でも孤立した存在で、必要な時以外は他のメンバーと合流することもなく、ドイツで開業医として裏の顔を完璧に消して暮らしている。
 それで何故SSSかと言えば、マサトへの盲信と忠誠が戒クラスであり、マサトだけには唯一心を開いて話をするので、マサトも結構重宝がっている所為だった。
 若松と違う所は、マサト崇拝が排他的になりすぎて、景山や戒でも反目してしまう時があることだろう。
 ただ表向きは非常に穏やかで、理性的な会話をするので、同じアクの強い戒でも直接ぶつかり合うことはない。
 と言うのが、マサトのタブへの評価だった。――
 ミルクにはさっぱり判らない。
 これだけ親身に優しく話してくれる人が、誰よりも冷たい心を持っている、と言われても、一概に信じられないし納得出来ない。
「……そぉします。」
 ミルクは混乱する頭に目眩を覚えながら、小さい声で答えた。

 マサトはミルクが竜二のことを気にしているのだと判っていた。
 ・・・一度竜二とは直接話す必要があるようだな・・・
 ワイングラスを傾けて、ゆっくりと芳醇な香りを味わいながら、ミルクの憂い顔を見つめるマサトは、竜二の扱いをどうするか、思案を巡らせていた。

<95>
「聖騎士」
§95§「聖騎士」

 マサトが蛇窟島に戻った翌日。

 朝食を済ませたマサトが、
「ミルクにミルミルと会わせる約束をしてたっけな。」
と言った。
 ミルクは、パッと目を輝かせ、
「うんッ。…ぁ…でも、ミルミルとジュニア様にはもう会えたよぉ〜。ミルミルねぇ、ジュニア様の頭にちょこんと乗ってて〜すっごく仲が良さそうだったなぁ。」
と、夕焼けの海から上がってきた、銀色に輝く白蛇神の息子とミルクスネークのミルミルに、会えた時のことを話した。
「…でも何で銀色に変わっちゃったんだろぉ?」
「さぁな。・・・食べ物の違いか・・・環境の違いだろうが・・・。電気クラゲやホタルイカを喰い過ぎたとか・・・クックックッ。」
「こぉーんなに大きくなっててビックリしちゃったぁ。さすがにフリーも唖然としてたなぁ。」
 ミルクは腕を伸ばして輪を作り、ジュニアの胴体の太さを伝えようとする。
 その仕草が可愛くて、マサトは笑いながら頷いた。
「そりゃそうだろうぜ。あれだけの大蛇はアナコンダでも滅多に見ねぇからな。いくら根性座ってたって、驚くだろうさ。」
「…だよねぇ?…フフッ。」
 ミルクも明るい笑顔で頷いた。

 フリーは、食事をミルク達と一緒に摂った後、ドリーと訓練センターに出掛けて行った。
 戒は、上級クラスの者達だけが受ける特殊訓練施設の方で、今日一日指導に専念することにしたらしい。
 若松も、「今日は好きにしていい。」とマサトから言われ、戒の訓練に参加することにした。
 タブは、まだミルクの状態が不安定なのでドイツに帰る訳にいかず、待機しているのも退屈のようで、戒や若松とは違う施設でトレーニングをすることにした。
 そんな訳で、今日は久々に二人だけの時間が持てそうだったが、戒の部下のガードが一人、警護というより雑用係として残った。
 何かの緊急時には、戒にすぐ連絡を取る為なのだろうが、それくらいならミルクも気にならなかったので、マサトと一緒の時間を楽しもう、と思っていた所でのマサトの提案だった。
 ミルミルの元気な姿を見ることは出来たが、あれ以来会ってなかったし、鍾乳洞の中に入るらしいので、ミルクはピクニック気分でお出掛けの支度をした。


 5月中旬、日本では春爛漫の陽気だろうが、蛇窟島はすでに真夏。
 ただ、鍾乳洞の中は涼しいので、ミルクはノースリーブの薄い装いに、軽いジャケットを一枚持って出掛けた。

 マサトはまず、海洋科学研究所の地下から要塞へと繋がっている、トンネルを通って蛇窟島基地本部へと出向いた。
 ミルクは少し拗ねた顔で、
「…先にお仕事するのぉ?」
と聞いた。
「いや。けど、まぁ・・ミルクが顔を出すのは久し振りだから、挨拶くらいはして行こうぜ?」
「……ぃぃけどぉ……」
「そう膨れるなって。鍾乳洞には要塞内部から直接エレベーターで降りられるんだ。そこまで来て本部を素通りってゆーのも、皆がガッカリしちまうぜ?」
「ぁ…ぅん。……へぇ…直接行けるんだぁ……」
「ミルクも知ってる潜水艦が出入りする洞窟湖とは反対側にね。」
「…そっか。」
 ミルクは基地本部へ向かう意味を理解して、ホッと笑みを浮かべた。
 と、その時、入り江の岩礁にある、水飛沫に虹が映る洞穴を思い出した。
「…入り江の岩礁から行くのかと思った……」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 マサトは地下トンネルを走る車を運転しながら、チラッ、とミルクの横顔に視線を投げる。
 オレンジの照明の中で見るミルクは、目の前にいながら遠くに感じる。
「・・・あそこはミルクには危険過ぎるぜ。」
 マサトは溜息まじりに言って、小さく首を振った。
「奥へ行くほど道が険しくなって、毒蛇が潜んでいるんだぞ。・・ジュニアは海に出る通路にしているが、人が無闇に近付く場所じゃない。」
「……そぉーなんだぁ……」
 マサトの口調が厳しかったので、ミルクは叱られた気分になって項垂れた。
 マサトはミルクの手を握り、
「怒って言ってるんじゃねぇ。お前が大事だから心配して注意したんだぜ?」
と、優しく言うと、運転で前を向いたまま、ミルクの指先にキスをした。
 手を握るマサトの手の温もり、指先に感じるマサトの温かい唇。
 それだけで、マサトの愛が伝わってくる。
 ……なのに…どうしてこんなに胸がざわつくの……?
 ミルクは胸に重苦しさを感じて、口を噤んだ。


 本部での挨拶は、ほんの顔見せ程度の軽いもので済んだ。
 そして、ミルクはマサトに肩を抱かれてドキドキしながら、鍾乳洞へ降りるエレベーターにと乗り込んだ。

 降下したエレベーターが止まり扉が開くと、そこはもう鍾乳洞の中だった。
 ゾクッ、とするほどヒンヤリとした空気に、ミルクは手に持っていたジャケットを着込んだ。
 エレベーター付近は明るい照明が灯されていて、うねる白濁の襞が艶々と妖しく光を反射している。
 と、その時、人の動く気配がして、
「ご苦労。異常はないかな?」
と、マサトが誰かに話し掛けた。
 鍾乳洞の天井や壁に目が行って、エレベーターの降り口に人が立っていることに気付かなかったミルクは、少しビクッとして顔を向けた。
「異常ありませんッ。」
 黒や緑の迷彩服とは違う、オレンジ一色の軍服を着た青年が二人、緊張に体をガチガチにして敬礼していた。
 ――ちなみに、SS隊員は緑の迷彩服、SSS隊員は黒の迷彩服、戒の率いるキラー部隊員は全身影のような黒い軍服を着用している。――
 ……どの部隊の人だろぉ……?
 ミルクが不安そうにマサトの腕にしがみついて、そっと様子を伺っているので、
「ククッ。コイツ等は地獄の門番なんかじゃねぇぜ?」
と、からかうように言う。
 オレンジの軍服の青年二人は、え?、とお互いの顔を見合わせたが、またすぐに姿勢を正して敬礼を続ける。
 マサトの冗談にツッコミを入れるのは、SSSくらいだろう。
 ミルクもどう返事をしていいか困ってしまう。
 マサトは少し張り合いなさそうな笑みを片頬に浮かべると、
「コイツ等はまだ訓練生なのさ。訓練生でも当番で実地訓練を兼ねた実務に就く。・・・って言えば聞こえはいいが・・・何しろ組織員だけの島でいつも人手不足だ。だから、訓練を兼ねて仕事も手伝って貰ってるのさ。」
と、説明した。
「…ふぅ〜ん……」
 ……そう言えば、竜二さんが着てた作業着もオレンジだったかも……
 ミルクは相手が自分とたいして歳が違わないことを知り、…偉いなぁ…大変だろなぁ…と感心して、青年二人の顔を眺めた。
 訓練生二人は、「仕事を手伝って貰っている」と言ったマサトの言葉に感激したようで、頬を紅潮させて目を輝かせながら、敬礼の手に力を込めた。
「…大変ですね。…頑張ってください。」
 ミルクが感謝を込めてお礼を言い、ペコッと頭を下げると、
「・・・・・こ・・・光栄でありますッ。」
と、更に顔を赤らめて答えた。
 ミルクはキョトンとして、
「…ぇ……ミルも、お会い出来て嬉しいです。」
と、遠慮がちに言ってから、マサトの腕に顔を隠した。
 マサトは、訓練生とミルクのウブな姿に、眩しそうに目を細めて、
「クックッ。じゃぁ、頑張れよ。」
と、軽く手を挙げた。
「はいッ。」
 訓練生二人は、卒倒するのではないか、と心配になるほど硬直して答えた。

 エレベーター付近の明るさとは対照的に、そこから奥へと続く洞窟は暗闇に沈んでいた。
 けれど、マサトがスイッチを入れた途端、淡い照明に鍾乳石と進む道がライトアップされた。
「じゃぁ、行こうか。」
「…ぅん。」
 シンと静かな空間に声が響く。
 ミルクはマサトと手を繋いで奥へと進んで行った。

 鍾乳洞の中は時々道が枝分かれするが、ライトアップされた道に進めば、ジュニアとミルミルの根城に辿り着ける。
 その道筋だけは通りやすいように整備されているようだ。
 軽装のミルクでも、そう苦労することなく根城に到着出来た。

 マサトが足を止めた場所には、少し広めの空間があり、鍾乳石の柱が左右に林立している。
 そこから奥へと続く穴蔵は照明がなく暗い。
 多分そこがジュニアとミルミルのスィートホームなのだろう。
 マサトは、蛇神山の祠でもしたように、特殊な口笛を吹いた。
 ・・・・・シーン・・・・・
 もう一度口笛を吹く。
 ・・・・・シィーーーン・・・・・
「・・・このスットコドッコイッ!とっとと姿を現せッ!!」
 マサトが鍾乳洞に響き渡る声で怒鳴ると、
 ズルッズッ、、ズルッズッ、、
 と、持ち上げた首を忙しく前後に動かし、焦った様子で穴蔵ではない脇道からジュニアが現れた。
 どうやらこの空間から海へと続く抜け道があるらしい。
 全身が銀色に輝いているだけでなく、濡れた白い胴体がテラテラと光り、微かに磯の香りがする。
 マサトは目を眇め、
「ジュニア・・・てめぇ・・・俺が今日ここに来ることぐれぇ神眼で察知しろッ。親父に笑われるぞッ。」
と、”親父”蛇神の親友らしく半人前の息子を叱咤する。
 ジュニアはミルミルを乗せた頭を、ペコペコ、と申し訳なさそうに下げて謝っているようだった。
 ジュニアの頭の上でミルミルも同じように頭を下げている。
「…ぃぃじゃん……まだ若いんだしぃ……」
 ミルミルが可哀想になって口出ししてしまい、
「・・・ぉぃ・・・嫌味か?」
と、ミルクまで睨まれてしまった。
「…ぇ……べつにぃ……」
 ミルクは口を尖らせ、ジュニアの頭の上にいるミルミルに手を伸ばした。

 ミルミルはスルスルゥ〜と滑り下りてきて、ミルクの手首に巻き付く。
 紅白の縞柄という珍種ではあるが、かつてはどこにでもいる普通のミルクスネークだった。
 けれど、今は微かに光を纏い、首の曲げ方一つをとっても気品が滲み出ている気がする。
 巨大過ぎる相手との結婚。
 誰が見てもきっと無理だと思うだろう。
 ……なんだかミルとミルミルって同じだね……
 ミルクにもマサトはそれほどに偉大で大きな存在だった。
 ……違いは…ミルミルには少しの迷いも躊躇いもないことかも……
 それが、自分とは違う気品を醸し出しているように思える。
「……ミルミルぅ……ここは寂しくない?」
 ミルクがミルミルの小さな頭を撫でると、ミルミルは首を左右に振ってから、夫であるジュニアの方へ顔を向けた。
 ジュニアはマサトに何度か頭を小突かれ、
「よし。お前がナマってねぇか、相手をしてやるぜ。」
と言い出したマサトと、取っ組み合い(......と言うだろうか......)の格闘を始めた。
 激しい海流が渦巻く海原を自在に泳ぐジュニアが鈍っているはずもない。
 自信溢れる笑みを浮かべ、マサトとの対決を楽しんでいるようだ。
 マサトも半分は遊びのようで、本気は出しきっていない。
「……男って……ねぇ〜?」
 ミルクがミルミルにそっと囁くと、ミルミルも小さく、うんうん、と頷いた。
 ………………ん?
「……てゆーか……ミルミル…いつから言葉が判るようになったのぉ?」
 ミルクは今更のように気付いた。
 以前は懐いてくれていることは判っても、ミルミルの気持ちまでは判りようがなかった。
 ミルミルが変わったのか、ミルクがマサトの影響を受けているのか……
 どちらにしても、お互いの変化が嬉しかった。
 変わることは怖いけど、変わることで得られるものもある。
 ……少しずつ変わり……少しずつ近付ける……
 ミルクはそのことをミルミルから教えられた気がした。
「ミルミルぅ…だぁーぃ好き。」
 ミルクがミルミルの額に、チュッ、とキスをすると、ミルミルも、チロチロッ、と赤い舌で唇の端を舐めた。

 それから1時間ほど、マサトとジュニアの格闘をおしゃべりをしながら眺めていた。
 今日のマサトはカジュアルな服を着ていた。
 マサトにしては珍しいと思っていたが、どうやら初めから、こうして遊ぶ気でいたようだ。
 小さい頃に蛇神とそうしていたように・・・。
 湿った地面に転がり、すでに泥まみれ状態だったが、大蛇相手に大立ち回りを繰り広げ、何とも楽しそうなマサトだった。
「……クシュンッ……」
 ミルクが寒くなってクシャミをしたので、
「お・・・悪ぃ。つい、夢中になっちまったぜ。」
と苦笑したマサトが、押さえつけていたジュニアを放して立ち上がり、
「ジュニア。まだまだ締めが甘いぜ。精進しろよ。」
と不敵に笑って宣い、勝利宣言をした。
 ジュニアは幾分不服そうで、まだまだやる気充分だったが、ミルミルに視線を向けると鼻の下を伸ばし、すり寄ってきた。
 ミルクはミルミルをジュニアの頭に戻してやり、泥まみれのマサトと手を繋いで、
「またねぇ。」
と言って、鍾乳洞を後にした。


 自然の要塞である基地本部にも、総帥マサトの私室がある。
 マサトはそこの浴室で泥と汗を流し、今度はキチッとしたスーツに着替えた。
「……なんでスーツなのぉ?」
 エンジェルビーチに行きたかったミルクが頬を膨らませて、マサトのスーツ姿を上下に眺める。
「……かき氷が食べたいのにぃ……」
「さっきクシャミしてただろ?腹壊すぞ?」
「もう平気ですぅ。……ねぇ…食べたい〜……」
 ミルクはベッドに座って足をバタつかせる。
「海は午後にしようぜ。・・・ちょっと客を待たせてるから、そっちを済ませてからだ。」
 マサトは腰を屈めてミルクにキスをした。
 ミルクの顎に手を添え、鼻先を擦り合わせて、優しいキスを繰り返す。
「……ン……お仕事……しない……って……」
 ミルクはキスの合間に囁くように愚痴をこぼす。
「・・・仕事じゃねぇよ。・・・プライベートな客だ。」
 マサトも溜息のように答えると、腰を伸ばし、
「ミルクもおいで。」
と、ミルクの手を握ってベッドから立たせた。
「ぇー……ミルぅ…こんな恰好だよぉ?」
「そんな気取って話す相手じゃないさ。」
 マサトはそう言うと、私室を出て総帥の部屋に向かった。


 総帥室は基地内部とは思えないほど綺麗で荘厳な造りになっている。
 総帥の大きな机の後ろには、『蛇窟』のシンボルである蛇を金糸で刺繍した、旗が掲げられている。
 ミルクでもこの部屋に入ると緊張して足が竦んでしまう。
 ミルクはミルミルほどに身を細め、息を潜めて室内を見回したが、誰もいなかった。
 見回したついでに机の上にも視線を向けると、写真立てが置いてある。
 興味が沸いて、写真が見える位置に回り込み確認すると、笑顔のミルクがそこにいた。
 ミルクは嬉しさと恥ずかしさで耳が熱くなった。
 耳が赤くなるのが見えなくてもわかる。
 透けるような白い肌だけに赤くなった耳が目立つので、ミルクはサラサラの髪を留めていた髪留めを外して耳を隠した。
「いい表情してるだろ?」
 ガードと小声で話をしていたマサトが話を終えたようで、ミルクに近付き、肩に手を置いて言った。
「……普段着じゃん……」
 ミルクは照れ隠しに口を尖らせた。
「ん?・・あぁ。けど、俺は普段のミルクが一番好きなんだからいいだろ。・・結婚式や舞踏会でのドレス姿は、景山が大きなパネルにして飾るつもりらしいぜ。クククッ。」
「……ぅ……それも恥ずかしいかも……」
「いいじゃねぇか。あれはあれで・・・着てるドレスに価値があるしな。」
「…プゥゥゥーーッ……」
「アッハハハ。だろ?・・・だから、普段のままのお前でいいのさ。」
 マサトはそう言って優しくミルクの頬にキスをすると、
「・・・じゃぁ・・・応接室に来てるそうだから・・・行こう。」
と、ミルクの手を握った。
 何故か握る力がいつもより強い。
 微かな不安を覚えたミルクは、ゆっくりと深呼吸をして、マサトに付いて行った。


 ゲストを招くというより、個人的な話をする為の部屋といった印象がする、割と小さめの応接室。
 ドアを開けて入ると、すぐに客の顔がわかる。
 ソファーに座っていた客、一条竜二はドアが開くと同時に立ち上がり、敬礼をしてマサトを迎えた。
 ミルクは目を見開き、足が竦んで動けなくなった。
 ……何?
 ……これって……どーゆーこと?
 マサトは戸惑うミルクの肩を抱き、コメカミにキスをすると、
「おいで。」
と、優しく囁いた。
 そして、
「待たせて悪かったな。・・まぁ、そう畏まらねぇで話そうぜ。」
と、竜二に言って、向かい側のソファーに腰を下ろした。
 ミルクも誘導されるまま力なく腰掛ける。
 ……何を話すの?
 ミルクは顔を上げて竜二を見ることが出来なかった。
 揃えた膝の上で両手を組み合わせて握り締め、震える息を吐いた。

「上下関係は抜きにして、腹を割って話そうじゃねぇか。」
 マサトは、竜二が座り直すのを待って、そう切り出した。
「お互い同じ女に惚れた同士だし・・・ミルクが世話になっちまったし・・・その礼と言ってはなんだが、この際、お互いに思うところをぶつけてみようぜ?・・なぁ?」
 竜二は突然の提案に眉を寄せ、マサトとミルクの顔を見比べた。
 自分がミルクにしたことを思えば、マサトが怒っても当然だと思うが、見る限りでは怒った様子もない。
 ただ、ミルクの脅えた様子が痛々しくて、本当に言いたいことを言ってもいいものか、迷いがあった。
 竜二が答えられずにいると、ガードがアイスレモンティーを入れたグラスを三つトレーで運んできて、それぞれの前に置き、また静かに下がって行った。
 マサトは一口飲んでから、
「・・・甘ぇな・・・」
と苦笑して、テーブルに置いてあった煙草に手を伸ばした。
 竜二も緊張でカラカラになった喉に、冷たいアイスレモンティーを流し込んだ。
 半分ほど飲んでからテーブルにグラスを戻し、落ち着こう、と深呼吸をした。

「・・・おめぇ、ミルクに”死んで命をくれてやる”って言ったそうだな?」
 待っていても話し出しそうにないので、大きく煙を吐いたマサトは、煙草を灰皿に捨て腕組みをすると、いきなり本題に入った。
 竜二は黙ったまま、チラッ、とミルクに視線を投げた。
「ミルクは何も言っちゃいねぇよ。戒・・おめぇも知ってるだろ?ここじゃ、キラー将軍と呼ばれて恐れられてるしな?」
「・・・はい。」
「アイツは地獄耳だぜ。島での出来事で知らねぇことはねぇ。」
 (......というより、息を潜めて聞いていながら、自分が介入するタイミングを図ってたのだが......)
「・・・そうですか。・・・でも、正確ではないようですね。」
 竜二は意を決して話し始めた。
「俺は・・・命を捧げて魂となってミルクと共に生きたい、と言ったんです。魂となって常にミルクの側にいて、愛し続けたい、と。」
「フン。くだらねぇな。成仏出来ねぇ魂は、蛇神がみんな喰っちまうぜ?」
 小馬鹿にするように言われ、竜二は唇を噛む。
「・・・ですが・・・記憶は残るでしょう?・・・俺が永久に愛していると誓った記憶が・・・」
「バーカ。・・・ったく、おめぇはバカだなぁ。そんな辛ぇ記憶をミルクに背負わせてどうなる?かえって苦しめるだけだって、わかんねぇのか?」
「・・・裏切るよりはマシでしょう。」
「裏切る?」
 マサトの眉がピクリと動く。
「誰が裏切るって?てめぇか?そんなのはてめぇで勝手に考えてろ。裏切り者は記憶からも切り捨てるだけだぜ。俺は裏切りは絶対ぇ許さねぇし、自分自身でも嫌ぇだからな。」
 ……裏切りは絶対許さない……
 ミルクは首をすぼめて目を閉じた。

「・・あ・・・いや・・・あのな・・・」
 自分の言葉がミルクを責めてるように聞こえてしまったことで、マサトは焦って言い訳をする。
「ミルクのは・・・なんだ・・・裏切りとかってことじゃなくだな・・・あー・・・つまり気持ちが不安定になってて・・・」
 困った様子で言葉を探すマサトの姿に、竜二は思わず失笑してしまう。
 ギロリ、、とマサトの視線が竜二に動く。
 背筋が凍り付くほど凄味のある視線だが、竜二は奥歯を噛み締めて受け止め、
「そうです。あなたが姫君を放ったらかしにするから・・・俺が一生心に封印しておこうと決めていた想いを吐き出すことになってしまったのです。」
と、真っ直ぐに見つめ返した。
「・・・そうかよ。・・・あーそりゃ悪かったな。」
 マサトは怒るというより、開き直って罪を認める態度に出た。
 激怒し罵倒されるのを覚悟していた竜二は、意外な反応に目を瞬かせた。
「・・・そうさ。俺が悪い。・・・ミルクを追い詰めていたことに気付いてやれなかった。・・・情けねぇ・・・」
 マサトは目頭を指で押さえ、溜息を吐いた。
「・・・・・ボス・・・・・」
 竜二は胸が痛くなった。
 崇拝し敬愛する総帥であり、憧れでもあるマサト。
 常に強い一面でしか見る機会がなかっただけに、マサトのミルクを想うがゆえの心痛が、竜二にも伝わってくるようだった。

 しばらく沈黙が続き、ようやく顔を上げたマサトは、気持ちを落ち着かせるかのように、また煙草を吸い始めた。
「・・・竜二。おめぇも随分変わったな。」
「・・え・・・そうでしょうか?・・・喜んでいいのか、どうか・・・」
「バッカだなぁ。誉めてやってんだぜ。でなきゃ、こうして話なんかする訳ねぇだろーが。」
 マサトは片頬に笑みを浮かべ、煙を吐き出した。
「以前のおめぇは自分しか見えてなかった。自分が可哀想でたまらねぇから、全ての責任を周りに押し付けてた。・・・俺は自分に責任が持てねぇ奴は嫌ぇなんだ。だから性根を叩きのめしてやったのさ。」
「・・はい。承知してます。」
「・・・今のおめぇは自分の為じゃなく、ミルクを想って・・・俺にさえ意見する。いい根性になった、と誉めてるのさ。」
「・・あ・・・申し訳ありません。」
「だから、今回は叩き潰さずに、話し合いてぇんだ。」
「・・・・・はい。」
 竜二は深呼吸して姿勢を正した。

「・・・おめぇがミルクを好きだと思うなら、その気持ちを大事にすりゃいい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
 …………ぇ?
 ミルクは顔を上げてマサトの横顔を見つめた。
 マサトは煙草の煙を細く吐き出し、
「ただし、本気で好きなら、とことん生き抜け。」
と、語気を強めて言った。
「・・・自分のせいで死なせちまった時、残された者達の思いがどれほど悔しく辛いか・・・おめぇはまだ知らねぇ。」
 そう言って煙草を煙そうに吸ったマサトは、灰皿で丁寧に揉み消した。
「俺達は生きる為に戦ってんだぜ?」
 マサトはソファーにもたれて、長い足を組んだ。
「・・・・・はい。」
 竜二も蛇窟島に来てから、組織の意義を充分教え込まれてきた。
 組織憲章は全て暗唱出来る。
「その目的の為に皆必死で訓練し、自分を高める努力をしている。」
「・・・はい。」
「けど、真剣勝負だ。甘かねぇ。・・・時には傭兵まがいの仕事をする時もある。それこそ実戦で、遊びじゃねぇ。・・・だから、犠牲者も出ちまうことがある。・・・命令を下したのは俺だ。心が痛まねぇはずがねぇ。」
 竜二はうつむきがちに頷いた。
「そりゃぁ敵にだって戦う理由もあるだろうし、無事に帰ることを待つ家族もいるだろうが、指導者が戦場でそれを考えて尻込みしてりゃ部隊は全滅だ。非情な命令だって下すこともしばしばあるさ。」
「当然です。」
 竜二は今度は力強く頷く。
「・・・だがな・・・俺は仲間の誰であろうと、いつも”生きてくれ”と祈っているんだ。」
 竜二の体に電撃が走った。
 ミルクも感動に目を潤ませ、ジッとマサトを見つめ続けている。
「いいか?俺は絶対ぇ無駄死にはさせねぇ。俺達の魂の叫びを、簡単に命を弄び踏み潰せる奴等に、突き付けてやる為の戦いなんだぜ?生きる為の生きてる者達の戦いの中で、命を捧げるなんて傲慢なことを言うんじゃねぇッ!」

 竜二は心臓を鷲掴みにされたようで、息がつまりそうになった。
 返事が出来ずに、涙が溢れてくる。
 ・・・やっぱりボスは俺達のボスだ・・・崇拝してやまない・・・道標・・・
 これだけの想いを背負って前に突き進む。
 失った命を胸に刻みつけ、弱音を吐くことも許されず、皆を率いていく。
 ミルクへの想いでは負けない、と何処かで思い込んでいた過ちを、竜二は思い知らされていた。
 そして、一見まるで正反対に見えるマサトとミルクが、実は同じ魂を持っていることに気付かされた。
 全ての命を慈しみ愛するミルク。
 放置された命の残骸を抱き締め、悲しむしか出来ないやるせなさ。
 守りたいと願っても祈ることしか出来ないミルクだからこそ、守れる強い力を持ったマサトを愛したのだと。
 ミルクの、死なないでくれ、と縋る眼差し。
 命を吸い取るかのように重ねた唇。
 絡めた指から伝わる切ない願い。
 そんなミルクの、祈りの全てを包み込んで抱き締め、ミルクのナイト(聖騎士)になれるのは、この人しかいないのだと思う。
「・・・自分が間違っていました。・・・申し訳ありませんッ。」
 竜二は膝に頭がつくまで体を折り曲げて、叫んでいた。

「・・わかって貰えたかな?」
「はいッ。」
 竜二はまだ太腿を抱えるようにして頭を膝に付けている。
 マサトは前髪を指で後ろに撫でつけ、ミルクに視線を向けると、軽くウィンクした。
 ミルクは頬を染め、ホッとした笑顔で応えた。
「おめぇも俺達の家族だ。命を大事にしろよ?」
「はいッ。ありがとうございますッ。」
「・・・誰に惚れてようとかまわねぇさ。それが生きる力になるならな。男なら側にいてやりてぇ、守ってやりてぇ、と思うのも当然だろう。・・・もっとも・・・そうしてやりてぇのに、一番身近な存在を疎かにしちまったバカヤロウが・・・ここにいるがな。」
 ポロリと零れたマサトの心・・・
 ミルクへの深い愛が静かに広がり、重苦しい部屋の空気を優しく包み込んだ。
「・・・にしても・・・おめぇも辛ぇな。」
 マサトが優しく竜二に語り掛けた。
 竜二はマサトの声に哀愁の響きを感じて顔を上げた。
「ミルクは魔性の女だ。いつもはフニャァ〜ッとしてるから、ほとんどの奴等は気付かねぇが・・・本当は脳みそがトロけちまうくれぇ強烈な媚薬を放ってるんだぜ。」
 マサトが眉を聳やかし、口元を引き上げる。
 本気とも冗談ともとれる言葉だが、ジッと目を見ていた竜二は、
「・・・・・わかります。」
と、ゆっくり頷いた。

「えぇぇぇぇぇ〜〜〜ッ??!」
 ミルクは、聞き捨てならない、とばかりに頬を膨らませる。
 マサトの言う意味がよく理解出来ずに、ジョークで嫌味を言われたのだと思ったらしい。
「なぁ?・・・本人は全く自覚なしだぜ?」
「・・・はい。」
 マサトと竜二は目線を交わし合ってから、笑い出した。
「なぁ〜にぃ〜?……ぅぅ〜……すーぐ男同士で判ったような顔をするんだからぁ……」
 ミルクは頬を膨らませたまま目を眇め、マサトと竜二を交互に睨んだ。
「そりゃぁ・・・男でなきゃ判らねぇ悩みだってあるさ。なぁ?」
 マサトは愛おしげにミルクを見つめて肩を竦めて見せる。
「・・はい。」
 竜二もクスクスと笑いながらミルクを眩しげに見ている。
「…ずっるいんだぁ……」
 ミルクは怒って文句を言いながらも、マサトが竜二を認めてくれたことが嬉しかった。
 そして思い詰めた顔をしていた竜二が、明るく笑ってくれていることも嬉しかった。
 ずっと重く心にのし掛かっていたものが、スゥーッ、と消えていくのがわかる。
 ミルクは感謝と愛情を込めて、二人を睨んでいた。


 ……シャクシャクシャクシャク……
 浜風が心地よいエンジェルビーチ。
 ……シャクシャクシャクシャク……
「・・・それ・・・三杯目だろ?・・・マジに腹壊すなよ?」
 かき氷をスプーンでつつくミルクを、浜辺で寝転がっているマサトが呆れ顔で眺めている。
「大丈夫だもん。……それにもうすぐ日本に帰るんだもん。……ぁぁぁ〜〜補習が怖いぃ〜〜……」
 ……シャクシャクシャクシャク……
 かき氷と補習の関係はわからないが、ミルクはかき氷に八つ当たりする。
「・・・ぉぃぉぃ・・・ミツルに教えて貰え。こんな時には賢い兄貴を目一杯利用しろ。」
 言われて気付いたミルクは、パッ、と目を輝かせ、
「そぉーーだよねぇ?…わぁ〜ぃ!」
と、嬉しそうにかき氷をすくって口に入れた。
「ん〜〜……おいちぃ〜……」
 マサトはフッと優しく笑い、
「じゃぁ、その溶けかけのを俺にも・・・」
と、キスをねだる。
 ミルクは小首を傾げて、
「……ん…っとぉ……大きなお魚さんを獲って来れたらぁ…あ…げ…りゅ…フフッ。」
と、笑ってウィンクをした。
 どうも反抗的な態度は、さっきの仕返しのようだ。
「よぉーしッ!デカイのを獲ってきてやるぜぇーッ!」
 マサトは海に向かって叫ぶと、波に向かって駆け出した。
 きっとマサトなら、素手でも大物を仕留めて来るだろう。
「行ってらっしゃぁ〜い!頑張ってねぇ〜!」
 ミルクは蛇が踊る背中に向かって笑顔で手を振った。

byゆう様