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<6> 「愛に包まれて…」 |
§6§「愛に包まれて…」 …ウフッ…ウフフッ……クスクスクスッ…… くすぐったくなるような密やかな笑い声。 「、、、でね、、でね、、、あのね、、、」 言葉として意味をなさない接続語ばかりの話し方。 部下がこんな話し方をしたら、誰であろうと問答無用にぶっ飛ばしているだろう。 けれど今は、そんなミルクが愛おしく可愛くて堪らない。 「なんだぁ?・・じゃぁ、その上杉って奴と友達の熱いキスシーンを見なきゃ、俺を恋しがってなかったって言うのか?」 ベッドでの甘い会話。 言葉では怒ってみせても、顔は緩みっぱなしだ。 離れていた時間を取り戻すように話し続けるミルクを、大きなクッションを背にもたれ、聞き役にまわっている。 ミルクの話すことは大抵承知している事実だったが、ミルクの甘えた話し方と透明な声に、音楽でも楽しんでいる気になる。 「、、そうじゃないけどぉ、、、」 ミルクは、満足感に浸っている蛇を手遊びのおもちゃにして、時々舐めたりキスをして弄ぶ。 蛇竿の真っ赤な顔にキスをしながらマサトに向ける流し目が、悶絶するほど悩ましく、男をオオカミに変えてしまう魔性を含んでいると本人は気付かない。 魅惑の甘い香りに誘われて近寄ろうとする男共を、ミルクに気付かれないように追い払うのに、どれだけ苦心したことか。 色香に惑わされることはない、と思っていた自分でさえ理性をコントロール出来なくなる。 今すぐにでも話に夢中のミルクを押し倒し、赤味の強い唇に蛇頭を突っ込んでやろうか、などと妄想しながら笑みを絶やさず聞いてやるのも修行の内、と苦笑を洩らす。 ・・・もう決して離さない魂の半身。 ・・・急ぐことはない。 ・・・ゆっくりと手を繋いで生きていけばいい。 と言うより、心と同時に封印されたミルクの体は、まだこれ以上の激しい行為を受け入れられないだろう、と思えた。 無理をさせるより、今はミルクの凍えた心を包み込んで温めてやりたかった。 「あ、、、そうだぁ、、、ママのケーキショップのオープンに、田代さんとか福島さんとか、応援に来てくれたの。」 「あぁ。・・シフォン、美味かったぜ。」 「、、ウフッ、、食べてくれたんだぁ、、ウフフッ、、、良かったぁ。、、、あ、、でねぇ、、お花がいっぱぁーいなのぉ。、、もぉぉ、、ビックリしちゃったぁ、、、」 「ローランド伯爵やフランネル夫妻からのもあっただろ?」 「えーっ?!、、、そぉなのぉ?、、、あぁん、、、よく見れなかったぁ、、、」 「忙しかったみたいだからな・・・」 「、、、ぅん、、、」 ミルクの表情が微かに曇る。 マサトに高藤のことを聞いてみたかったが、再会したばかりの今夜はそのことに触れたくなかった。 ミルクは嫌なことを忘れようとするかのように、蛇頭をしゃぶりだした。 甘えて吸い付く唇が、充血してビンビンに張った蛇顎を強烈に刺激する。 「、、ンチュ、、、フフッ、、、マサトの蛇しゃん、、、美味ちぃ、、、」 「・・いきなり無理するなよ?・・疲れてるだろ?」 と、口では言っても、気持ち良さに腰を前へずらして目を閉じる。 「・・なぁ・・・お前さぁ・・ソフトクリーム舐めるのが得意だろ?」 「、、ふぁひぃ?、、いふぃふぁひぃ?」 「・・つーか・・・物をくわえてしゃべるな。行儀が悪ぃぜ。」 「、、、ぷぅぅぅ、、、」 ミルクは頬を膨らませ息を吹きながら蛇竿を扱く。 普通は吸い付きながら扱くのが、甘い息で擦られる感覚に、 「ククッ・・くすぐってぇぞッ、こらッ。」 と、ミルクの前髪をつかむ。 「、、プププッ、、、クスクスクスッ、、、」 ミルクが蛇竿から口を離し、転がりながら笑いを洩らすので、マサトもベッドに体を伸ばして転がりながらミルクを腕の中に捕まえる。 じゃれ合う時間でさえ楽しくてたまらない。 ミルクを捕まえたマサトは熱いキスでミルクの動きを封じる。 「、、、ぁ、、、ん、、、ァフッ、、、」 「・・あんまり誘惑してっと、襲いたくなるぞ?」 マサトの腕の中でミルクはわずかに小首を傾げ、 「、、、襲っていいよぉ?、、、クスクスッ、、、」 と、上目遣いのまま目を細めて笑う。 妖艶な少女。 魂の半身としては危なすぎる存在。 ・・・俺の気も知らねぇで・・・ ・・・きっと前世でも、俺は翻弄されて手を焼いてたんだろうな。 そんな想像に自分でも可笑しくなって失笑する。 「久し振りで体がキツイだろ?」 マサトに聞かれ、ミルクはちょっと視線を虚空に逸らして確認するように考え込む。 それからマサトに視線を戻すと、 「、、んー、、、熱くってぇ、、、ジンジンするぅ、、、」 と、恥ずかしそうに言って、胸に顔を擦り付けた。 ・・・くわぁぁッ・・・吠えるぞ・・小悪魔め・・・ この天使が闇に落とされた理由を納得してしまう。 こんな魅惑的な天使が天界にいたら、平和であるべき楽園に争いが絶えなくなってしまうだろう。 力と狂気が支配する魔の闇でなら、有無を言わせぬ圧倒的支配力と権限で独占することも出来る。 表向きの立て前として常に平等と友愛を謳う光の世界では、たった一人を守ることは許されないに違いない。 光の中で愛し愛されるよりも、闇の狭い視界の中で守られ愛されるのが似合う堕天使。 けれど、闇に落ちてなお穢れなき清浄な天使。 無垢で無心の魂が無限の翼を広げて俺を包み込む。 捕らえられたのは俺の魂か・・・? 弱いからこそ強く、強い故に弱く、冷たいほどに温かく、熱い故に凍える矛盾。 矛盾に満ちた闇の中で、透明に明るく発光し続ける純白のオーブ。 怒れる龍が握って離さない玉は、そんなオーブかも知れない。 ただ一つの真実さえあれば、恐れられ忌み嫌われても構わない。 より強靱な魔王と化して、鉄壁の闇で矛盾を神に問う。 平等と友愛を唱えながら何故に世界は殺戮と差別と矛盾に満ちているのかと。 神が望みたもう真実は何処にあるのか。 初めから全てを承知していたのなら、闇の底で喘ぐ我等は戦うのみ。 ”愛”というたった一つの真実を握り締め、降り注ぐ光の矢に立ち向かおう。 皮膚が焼け爛れても、肉が抉られようとも、”愛”だけは守り抜く。 ”愛”・・だけは・・・ ・・・うッ・・うぅ・・・くぅぅぅ・・・小悪魔ぁぁ・・・ マサトが想像を膨らませている間に、ミルクが再び体を折り曲げ、マサトの股間の蛇竿をくわえて扱き始めていた。 考えるのは苦手とばかりに、愛の時を貪る。 マサトも思考が目まぐるしく飛び交う脳に休息を与える為、享受される愛に心を委ねることにした。 「・・そんなに俺のスペルマを飲みてぇのか?」 「、、、スペぇ?」 蛇頭を口から出して、裏筋を下から舐め上げながら聞き返す。 ゾクゾクゾクゥッ、、と背筋に熱い快感が走る。 マサトはわずかに腰を捻って激情に耐え、平常心を装って教えてやる。 「ザーメン。・・精液って意味。」 「、、、なんかぁ、、、ウルトラマンの光線みたいだぁ、、、クスクスッ、、、」 ミルクは楽しそうに蛇の胴へ鼻を押しつけて笑う。 「あれはスペシウム光線だろ。」 「ホヨッ?、、、知ってたぁ?、、、ウフッ、、、マサトもウルトラマン知ってるんだぁ、、、」 「忘年会の隠し芸のコントで、飽きもせずに毎年やる奴がいるからな。」 俺は興味ない、とばかりにマサトは肩を竦める。 「あー、、忘年会ぃ、、、いいなぁ、、、」 「今年はミルクも参加するといい。・・みんな喜ぶぜ。」 「わぁぃ!、、、じゃぁ、、ミルも隠し芸ぃ、、考えよぉっと、、、うふん、、、」 「・・フラダンス、ベリーダンスみてぇな露出の多いものは禁止だぞ。」 「しませんー。、、、ってゆーか、、出来ないしぃ、、、やっぱ手品かなぁ?」 「・・手品は景山の十八番だぜ。・・しかもタネがバレバレの奴。」 マサトは眉をしかめて首を振る。 「、、ぉぉぉ、、、でぇ、、マサトは何をするのぉ?」 「せっかく覚えた歌でも歌うか・・・」 「うんうん、、、かっこいいもんねぇ、、、ミルも聞きたいぃ、、、」 ミルクはマサトの熱唱ぶりを思い出し、蛇に頬ずりをする。 「だろー?・・フフン・・・」 マサトは片眉を上げて不敵な笑みを浮かべる。 「ぅぅ、、、特技があるっていいなぁ、、、ミルは何しよぉぉ、、、」 ミルクは蛇竿の根元を掌で擦りながら、蛇頭と睨めっこして悩んでいる。 悩みてぇのはこっちだぜ、とマサトは言いたくなる。 散々弄ってその気にさせながら、焦らし続けている。 涙のように浮かぶ我慢汁を蛇頭の先端に塗りたくる指の感触が、堪らなく悩ましい。 ムズムズと甘痒い快感が股間から全身に広がっていき、欲望を疼かせる。 「・・まだ時間はあるし・・後で考えろよ。」 マサトが熱い息で話を切り上げる。 「、、、うん、、、」 ミルクは思案中なのか、中途半端な視線を向けて頷く。 夢見るような淡い輝きの瞳、微かに開いた唇、上気した頬、全てが妖艶な甘さを漂わせている。 「・・降参だ。・・・も一回、やらせろ。」 ミルクは意味がわからず不思議そうに瞬きをする。 「・・ったく・・・ワザとじゃねぇ所が・・・」 ・・・お前の背負っちまった罪か・・・ マサトはそう思った言葉を飲み込んで、ミルクを抱き寄せた。 ミルクを背中から抱き包み、腰を上げるように支えて蛇竿を挿入させる。 最初の時よりは抵抗感は和らいでいる。 「はぅッ、、、ぁぁぁ、、、」 ミルクは頭を反らせ目を閉じ、熱い繋がりを味わう。 圧倒的存在感。 グィーン、、グゥィーンッ、、と子宮を押し上げ、腸や胃まで圧迫してくる。 擦られる肉襞が熱さと固さに痙攣し、絡まるように吸い付く。 「あふん、、、とろけちゃぅぅぅ、、、あぁぁん、、、」 「俺もとろけそうだぜ。」 マサトはなるべく肌を密着して腰を動かす。 シーツをつかむミルクの手に、腕と腕を添わせて手を重ねる。 30cm近い身長差を生かしてすっぽりとミルクを包み込む。 「あぁぁ、、、マサトぉぉ、、、好きぃぃぃ、、、」 マサトの腹筋の動きが密着した肌から伝わってくる。 お互いの噴き出す汗が重なり合う肌で捏ねられる。 「愛してるぜ・・ミルク・・・もう絶対ぇ離さねぇ・・・」 「ぅん、、、離さないでぇ、、、捕まえていてぇぇ、、、あぁぁぁん、、、」 空っぽの心が埋まっていく。 孤独の闇が消えていく。 悲しみが溶けて流れ出す。 熱く満たされて喜びが快感と共に沸き上がってくる。 「ハァハァ、、、あぁぁ、、、気持ちぃぃよぉぉ、、、」 マサトの熱く滾る想いが流れ込んでくる。 体も心も熱い快感に酔いしれる。 甘い痺れに全身が包まれ、快感が渦となって噴き上げてくる。 「あぁぁ、、、ぁぁん、、、たまらないぃぃ、、、」 「体も・・心も・・魂も・・・溶けて俺の中へ流れて来い・・・」 「ぁぁぁ、、、マサトぉ、、、溶けるよぉぉ、、、あぁぁぁぁ、、、マサトの中に、、、いくぅぅぅ、、、」 「はぁぁ・・俺もミルクの中へ・・・」 ひとつの塊となった魂が熱く昇華する。 マサトは動きを早め、勢いをつけてミルクを突き上げ始めた。 「あぁぁぁぁぁ、、、あぁぁん、、、あん、、あん、、あん、、、」 ミルクの体も大きく揺れる。 前のめりになって枕にしがみつく。 「あぁぁぁ、、、いく、、、いくぅ、、、あぁぁ、、、いくぅぅぅぅ、、、」 「うぅぅ・・・俺もいくぜぇぇぇ・・・はぅぅッうぁぁぁぁぁぁ・・・」 マサトは熱いスペルマを迸らせた。 ミルクの痙攣が動きを止めたマサトにも伝わり、マサトも快感に体を震わせ、ミルクを抱き締める。 そのままゆっくりと横になり、荒い息を整えながら目を閉じた。 心地いい睡魔に引き込まれる。 ミルクも恍惚として意識を手放している。 マサトは大きく息を吐き、甘い陶酔に浸りながら眠りについた。 「、、、お腹ぁ、、、空いたねぇ、、、」 シャワーを浴びてきたミルクが冷蔵庫を覗き込む。 「、、、ぅぅー、、、何にもなぁーい、、、」 「あちこち飛び回ってたからな。」 「、、忙しかったんだぁ、、、」 ミルクは数ヶ月前の食べかけのアーモンドチョコを見つけて、一粒口に放った。 「・・んなもん喰うなよ。」 「別に腐ってないもん。」 「どっか喰いに行こうぜ。24時間営業の店もあるし、お菓子で誤魔化してたら体に悪いぜ。」 「今からぁ?」 ミルクはキッチンの小さな時計を見て眉を寄せる。 もう夜中の2時を回っていた。 「明日は、、って、今日か、、朝から忙しいもん。」 「バザーか?・・準備に出なかった奴等に任せりゃいいだろ。」 「、、多分そうなるだろうけどぉ、、、一応顔は出さないと、、、」 「まさか全部これまで通りに活動していくつもりじゃねぇだろうな?」 「、、、へ?」 「俺との時間がなくなっちまうじゃねぇか。」 「ぁ、、、そっか、、、ぅーん、、、」 マサトのいない時間を埋めようと、チャレンジクラブもボランティアも一生懸命していた部分がある。 それに母親に代わって任される家事が増え、このままではマサトとようやく復活しても会う時間が取れそうもなかった。 「だから俺だって、会えない時間に外の仕事を進めちまおうと、海外飛び回ってたし・・・」 「、、、そぉなんだぁ、、、」 「人それぞれにするべきことがあるもんだぜ?」 ミルクは困った顔でわからないと訴える。 「ミルクには一番に俺の女であることが大事だ、って言ってんだよ。」 どんな難しいことを言い出すかと思ったら、相変わらず自分本位の発想に、ミルクは吹き出して笑ってしまった。 「笑い事じゃねぇッ。・・忘れんなよ。・・な?」 「、、うん。」 ミルクはまだクスクスと笑っている。 「だから・・・明日は俺の婚約者としてコンサートに行こうぜ。」 「、、、コンサート?」 「やるんだろ?・・チャリティーコンサート。招待状が来てるから、お前も同伴しろ。」 「、、、ほぇぇ、、、」 ミルクはマサトの立場というものを改めて実感し、感心しながら頷いた。 「ってことで、飯ぃ喰いに出掛けようぜ。」 「、、、ぁぃ、、、」 ミルクは強引なマサトに圧倒されながらも、引っ張って貰える力強さにドキドキとする嬉しさを感じていた。 これからは一人で悩みを抱える必要はないのだ。 一歩下がって付いて行けばいい。 ミルクはマサトの女である喜びが胸いっぱいに広がっていた。 |
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<7> 「チャリティー」 |
§7§「チャリティー」 冬晴れの陽射しが暖かい日。 クリスマスイベントの開催されている会館前の広場には、ボランティアサークルによる大道芸や屋台も出店されていて、協賛するメーカーからも宣伝と販売を兼ねたワゴンが出ている。 チャリティーコンサートが開かれる午後2時から4時までは、会館内への入場規制がされたが、コンサートに参加するミュージシャンやグループのファンは姿だけでも見ようと、チケットが取れなかった人達が入り口に集まり待機していた。 特に人気グループのファンの数が多く、ロープを張って警備員が配置されていても足らずに、各ボランティアグループの男性達も腕章をして整理にあたっていた。 マスコミも取材許可を取って会館内で待ち受ける報道陣以外にも、入り口の外でその状況をレポートする人達が集まっていた。 30分前ぐらいから次々と参加する芸能人が到着し、入り口付近は歓声の嵐となった。 フラッシュが焚かれ、レポーターも声を張り上げてアピールしてコメントを求める。 インタビューはコンサート後、という約束も忘れてしまったかのように殺到するマスコミを、香織は呆れ顔で眺めていた。 それでも出場者全員が会場入りし、控え室に入ったので、どうにか喧噪とした騒ぎは収まったようだった。 やれやれ、といった表情でバザーコーナーへ戻ってきた上杉に、香織は水筒で持参したコーヒーを差し出した。 「ご苦労様。・・大変ねぇ・・」 「ん、サンキュ。・・けっこうイベントとしては有名らしいな。去年もこんな感じだったからさ。」 「そーなんだぁ・・・全然知らなかったぁ。」 「もっともどんな人気グループが出るかってことで有名なだけで、マスコミもチャリティーの主旨より、そういったスターへの取材がほとんどだけどね。」 「まぁ、そんなもんでしょ。」 香織は苦笑して肩を竦めた。 「今年は特に人気が急上昇したグループの参加で、ファンの数が凄いよ。・・去年も同じグループが出てたのに、げんきんなものだな。」 「フフッ、ヒットがあると違うよねぇ。」 入場が規制されるのでバザーの方も開店休業状態で、上杉も香織も割とのんびりと話し込んでいた。 そこにコンサートが終わるまでの時間を持て余した取材記者がバザーの出し物を眺めにきた。 午前中はシンポジウムがメインで、好意的な参加者が買っていってくれたので、出店物はすでに半分以下になっていた。 「あー・・ちょっと聞かせて貰える?」 取材記者に声を掛けられ、 「はい?」 と、香織は接客スマイルを作った。 品物への質問かバザーを取材したいのだろうか、と思って態度には注意を払った。 けれど記者は、 「このバザーをやってるボランティアグループに、有栖川美琉玖さんが参加してるそうだけど、知ってる?」 と、いきなり不躾に聞いてきた。 「・・は?」 一体誰がそーゆー余計なことを流すのだろうと、内心ムカつきながら知らないフリをした。 「知らないはずないよねぇ?・・君は彼女とは友達なんだろ?・・そっちの彼も高校が一緒とか聞いてるけど?」 「済みませんが、そのような質問は今日の主旨に反しておりますので、答えるつもりはありません。」 上杉は香織の肩に手を置いて庇うようにしながら答えた。 「チャリティーに協力だけ求めるってのは勝手じゃないのか?」 記者は強気に上杉を睨み付けた。 マスコミへはイベントの主旨を扱って貰うことで、取材許可を出している手前、本部の役員をしている上杉にはあからさまに拒絶も出来なかった。 そんな上杉の表情を読み取って、記者は、ヘッ、と口の端を上げて冷笑した。 「で、どうなんだろうねぇ?・・一部で美琉玖さんとS商事会長の原田氏との破局説が噂されているんだけど・・何か聞いてないかなぁ?」 「そんなことッ・・・有り得ません。」 香織は思い切り睨み返して言った。 「どーかなぁ?・・最近二人のツーショットとか見たことある?」 「存じません。」 「ないだろぉ?・・変だと思わないかい?」 ない、とも答えてないのに勝手に話を進められてしまう。 香織は、こうした粘着質で強引で私的見解だけで記事を作り上げてしまう、マスコミの怖さをつくづく感じていた。 「失礼ですが、僕はあなたの私生活を知りません。あなたとは接点がないのですから。・・誰であろうと接点がなければ知る機会はない、ということです。取材されてもお答え出来ることはありませんので、もうお引き取りください。」 上杉は一応礼儀正しい態度で、これ以上の質問を断ろうとした。 「友達なら相談とかしてるんじゃないのか?」 記者は余程退屈なのか、諦めようとしない。 と、その時、静まっていた入り口が騒然となった。 黒塗りでピカピカの豪華リムジンが入り口に横付けされたのだ。 後ろから付いてきたベンツから先に数名、黒いスーツをビシッと着込んだ男達が下りてきた。 ガードするようにリムジンのドアの両側に並ぶ。 そうしてから運転手が恭しくドアを開けた。 見守る人々は一体誰が来たのかと、ドアに注目している。 ガラス越しに香織や上杉、そして記者も視線を奪われて見つめていた。 スラリとした長い足が見え、続いて引き締まった体躯に仕立てのいいスーツを着た男が姿を現した。 「原田会長ッ・・・」 記者が目を見開かせ頬を引きつらせた。 マサトは外に降り立つと車の中へ手を差し出した。 その手にシルクの手袋をした華奢な手が乗せられる。 香織は一瞬ミルク以外の女性でないことを祈った。 ミルクへの裏切りを目撃したくなかった。 だが、次の瞬間にはホッとした笑顔になった。 マサトのエスコートで車から降りてきたのは、幸せそうな笑みを零すミルク本人だったのだ。 昨日までの感情の抜けた人形ではない、生き生きと輝く目をしたミルクがそこにいた。 「チッ。」 記者はつまらなそうに舌打ちしてその場から立ち去っていった。 香織は、フフン、と記者の背を冷笑で見送った。 上杉が香織の肩を、ポンポン、と軽く叩き、視線を向けた香織にウィンクしてみせた。 「みんなの幸せを願う場所に、他人の不幸が大好物なハイエナはそぐわないってことだな。」 「ええ。ホント・・・良かったぁ。」 香織は肩に置かれた上杉の手の温もりを感じながら、滲んだ涙を指先で拭った。 昨日、一緒に帰れなかったことが気になっていた香織は、ミルクが今日来ていないのが自分達のせいじゃないか、と不安だった。 あの事件以来、人形となって心を閉ざしたミルクにも、自分の責任を感じていた。 さっきの記者が抱いた疑問は、香織の疑問でもあったが、ミルクに聞くことさえ出来ずにいた。 だから、ミルクが人形のままでは、自分が上杉と復活したことも素直に喜べない気持ちだったのだ。 香織は祝福の笑顔で、ミルクを見つめた。 小春日和の暖かな陽射しを浴びたミルクは、春を纏ったように可憐に輝いている。 時折マサトと視線を合わせて零れる笑みは、控え目でありながらも見守る人達の笑みを誘うような優しさに溢れている。 ミルクをエスコートするマサトも、力強い愛を感じさせる姿が輝いて見える。 ミルクを見つめる眼差しは穏やかで優しく、眩しそうに目を細めるのが印象的だ。 とても世間の評判のような冷徹な男には見えない。 もっとも初めて香織がマサトに会った時は、美佳がミルクを泣かせた時だったせいか、もっと禍々しい闇を纏っているように感じたのだが。 けれど、その美佳をマサトが助けてくれた。 香織は時の経過をふと感じながら、会館に入ってくる二人を眺めていた。 玄関ロビーのバザーコーナーに、ミルクがマサトの手を引いて小走りに駆け寄ってきた。 「ごめんね、香織。連絡しようと思ったんだけどぉ、携帯がバッテリー切れでぇ・・・」 「シーッ。」 香織は指を立ててミルクの言葉を制した。 そして小声で、 「さっき、ミルクのことを聞きにきた記者がいたし、プライベートなことは言わない方がいいよ。」 と耳打ちした。 「ぇー・・そぉーなんだぁ・・・」 ミルクは眉を寄せてマサトを見上げる。 「ふん。どこにでも煩い蠅はいるもんだぜ。」 マサトはミルクの肩をギュッと抱き寄せ、額にキスをする。 こんなに大勢の視線がある所でのキスにミルクは、ポッ、と頬を赤らめてうつむく。 「ふふっ。もっともその記者、お二人を見て退散したけどぉ・・・良かったね、ミルク。」 「・・うん。ありがと。・・手伝えなくてごめんね。」 「大丈夫。人手は足りてるから。・・コンサート?」 「ぁ、ぅん・・・彼に招待状が来てたからってお供なの。」 「じゃぁ、時間もないから行こう。・・・では、後ほど。」 マサトは上杉と香織に軽く会釈してミルクをコンサートホールの方へと促した。 ミルクは振り返って香織に小さく手を振り、マサトの腕につかまった。 香織も手を振ってから、 「招待状、出したの?」 と、上杉に聞いた。 「学園の理事長してる叔母の要望でね。アリスと婚約した時、騒がせた詫びに、ってかなり学園に寄付をしてくれたらしいから。」 「・・へぇぇ・・・さすが、お金持ちぃ。」 「それも桁外れのな。・・・香織は・・学園長夫人じゃ、物足りないか?」 「・・・・・えっ・・・・・?!」 いきなりの上杉の言葉に動揺して、普段冷静な香織が珍しく真っ赤になってしまった。 「桁外れの人生はきっと苦労や心労も桁外れだと思うぜ。・・・俺達は・・地道に緩やかな坂を一緒に歩いていけたらいいな、って思うんだ。」 「・・・うん。」 香織は真っ赤になったまま頷いた。 確かにミルクを見ていると、時代の先端を破竹の勢いで駆け上がり、自由奔放唯我独尊的に生きる男に添うことの、難しさを感じる時がある。 あの記者にしても、すぐ騒ぎたがるマスコミにしてもそうだが、ボディーガードで守られなければ安心して街も歩けない暮らしは、自分には息苦しくて耐えられないと思う。 それより、尊敬出来る上杉をサポートしながら二人三脚で生きる方が、自分には向いていると感じていた。 「あはっ。・・良かった。」 上杉が陳列テーブルに隠れた場所で、そっと香織の手を握ってきた。 香織もうつむいた顔に笑みを浮かべて、そっと上杉の手を握り返した。 コンサートが始まったようで、音楽がわずかに漏れて聞こえてくる。 香織は頬の火照りがなかなか引かず、誤魔化すようにバザーの品物を整えていた。 と、そこへ、マサトとミルクの後ろに従っていた男の一人が、近付いてきた。 男は小声で、 「あの・・アリス様が作られた物があるとか・・?」 と、周囲を気にしながら聞く。 「ぇ・・ぁ、はい。こちらのマスコット人形ですが・・全部ってことではないので・・」 「そーですか、これが。・・で、どれか判りますか?」 「えー・・そー言われてもぉ・・・」 「あ、いいです。自分で探します。」 男はマスコット人形を手にしてクンクンと匂いを嗅ぎ始めた。 香織は笑っていいものか、困って眉をひそめながら口元を押さえた。 上杉が、何?、と目で聞いている。 香織は苦笑しながら、何でもない、と首を振った。 男がどれにしようかと迷っている所に別の男がやってきた。 「田代。持ち場を離れて・・・ぁッ・・・アリス様の作品を独り占めする気か?」 「ち・・違うッス。・・・これはバザーへの協力です。」 「何が協力だ。三つも四つも持ってるじゃないか。」 「これは・・・今日、来れなかった奴等に頼まれたッス。」 「いいのかなぁ?・・会長や景山さんに知られたら・・絞られるぞぉ?」 「うッ・・・若松さん・・・そりゃないッスよ。」 「じゃぁ・・俺の分も買っておけ。お守りにしよう。」 若松はにっこりして田代の肩を叩き、ホールへと戻っていった。 田代は溜息を吐くと、更にマスコット人形を匂いで選んでいた。 男は会計を済ませると、袋に入れてやった人形を大事そうに抱えて立ち去った。 香織は不思議になって人形を手に取って匂いを嗅いでみた。 香織には中に詰めた綿と一緒に入れた削った石鹸の香りしかしなかった。 「どうしたんだ?」 「・・うん・・・ねぇ、匂いでミルクのってわかる?」 上杉も試しにマスコット人形を嗅ぐ。 が、怪訝な顔で首を傾げる。 「よっぽど嗅覚がいいんじゃないか?・・犬並みとか。ははっ。」 「そっかぁ・・・原田氏の会社の人って・・・おかしな人達が多いのね。」 「会長自身が破天荒らしいからなぁ。」 「ふーん。・・・ん、でも・・何だか皆さん、ミルクを好きみたいで良かったぁ。」 「そうだな。」 香織は笑みを浮かべてしばらくマスコット人形の香りを楽しんでいたが、ふと上杉を斜に見上げ、 「上杉君はどうなの?・・ミルクって可愛いでしょ?」 と、聞いてみる。 「可愛いねぇ。・・ウチの猫にそっくりな子がいるよ。どこか抜けてて、いつも寂しげな顔してる甘えん坊さんが。」 「え?・・・犬飼ってたでしょう?」 「その犬がさ、散歩の途中で逃げ出したと思ったら、死にそうな仔猫をくわえてきたんだよ。・・兄貴達は捨てろって言ったんだけど、助けてやりたくて三日徹夜した。・・ははっ。今じゃ俺の部屋の住人になってるぜ。・・今度見に来いよ。」 「うん。そうする。ふふっ。」 上杉が、弱ってたり寂しげだと放っておけないのは、人に限らず動物へもそうなのだ、と納得した香織は嫉妬することが意味ないように思えた。 後ろから見ているのではなく、並んで同じ物を見たら、きっと見方も違ってくるような気がする。 きっと上杉も、そうして共に並んで歩いて欲しいのだろう、と香織は感じた。 だから、香織にも率直に「可愛い」と言えるのだろう。 以前の自分はそれが許せなかった。 けれど、今は「そうだね」と頷ける自分がいる。 香織も上杉と同じに誰かの役に立てることが嬉しかった。 そして、ミルクほど守ってやりたくなる子はそうそういなかった。 弱いのに、みんなを優しい気持ちにさせてくれるミルク。 無防備な笑顔が心に染み込んでくる。 だから、マスコット人形を買っていった男性や他の人達も、ミルクを慕っているのだろう。 香織は自分の幸せと同時にミルクの幸せも祈らずにはいられなかった。 そんな気持ちを広げたい。 それが上杉のボランティアにおける考えなのだろうと、一回り大きく感じる上杉に共感の笑顔を向けた。 上杉は香織の視線に照れ臭そうにしていた。 コンサートが終了するより少し早く、帰りの混雑を避けたマサトとミルクがホールから出てきた。 車を入り口に呼ぶまでの間、マサトもやはりミルクの作ったマスコット人形に興味があるらしく、籠の中を覗き込んだ。 「・・・かなり減ってないか?」 マサトが眉をひそめて呟く。 ミルクが覗き込んで、 「ぁ・・けっこう売れたんだぁ。フフッ。」 と、嬉しそうに笑う。 「いや。さっきより・・・」 マサトはそう言いかけて一つを取り上げた。 「一つミルクのが残ってるぜ。・・ま、これでいいか。」 「え?・・何でミルのってわかるのぉ?」 「クックッ。他のと違って、これだけ目が不揃いだろ。」 マサトが喉で笑って言う。 「・・・ぁぅ・・・」 「なるほど。そーゆー見分け方もあるんですね。先ほどは匂いで区別してる方がいましたよ。」 上杉が笑いを洩らしてそう言うと、マサトは眉をピクリと上げて後ろに視線を投げた。 田代がギクリと膨らみのある腹部を押さえる。 車がすぐに外に横付けされたので、マサトはそれ以上は何も言わず、一つ分のお金を払って胸ポケットに納めた。 ミルクは香織や上杉に手伝えないことを詫びて、マサトに従い車に乗り込んだ。 車に乗り込んだマサトは、 「・・ったく、アイツ等・・すっかりミルクをアイドル扱いにして。」 と、怒った顔で言った。 それから、ニヤッ、とすると、 「これは俺の分だし・・」 と、胸ポケットを叩き、 「景山への土産分がない、と言ってやろう。・・ククッ。景山が怒って田代をいびるだろうぜ。」 と、ミルクにほくそ笑んでみせた。 「何でぇ?・・ミルのヘタっぴので良ければ、いくらでも作るのにぃ・・」 ミルクは拗ねながら目を眇めて言った。 「まして景山さんなら、今日のドレスだって見立てて用意しておいてくれたし、スペシャルで作ってもいいよぉ?」 今日、別の用事で同行出来ない景山のガッカリする様子を想像すると気の毒に思えた。 「いーや。景山にいびらせる。」 「それって意地悪くない?」 「俺に隠れてコソコソしやがるからだ。・・・クククッ。それに、景山のいびりもある意味、愛情の一種らしいから、いいんじゃねぇか?」 「えー・・・そぉなのぉ?」 「景山もいいストレス発散になるらしいし、相互ボランティアってもんだろうぜ。」 「・・それって・・・違うような・・・」 ミルクは男社会の不思議さが理解出来ず、納得いかないまま首を傾げていた。 リムジンはミルクの母親のケーキショップへ立ち寄った。 マサトが来店したことを聞き、工房にいた母親が慌てて顔を見せ、嬉しそうに挨拶をした。 そしてミルクが一緒にいることを心から喜んでいる様子だった。 マサトはケーキを大量に買い込み、屋敷へと向かった。 リムジンで地下アジトには行けないので、車を乗り換える為だった。 ミルクはまだ覇羅蛇村の研修生がいる屋敷は苦手で、マサトも正式な戸籍上の結婚をするまでは、無理な要求はしないように気を使っていた。 覇羅蛇村ではすでにミルクは”奥方様”で、それがミルクのプレッシャーになっているとわかっていたのだ。 その一方で、早く籍を入れ常に側にミルクを置いておけたら、という思いもあり、ミルクの親離れを促したいマサトだった。 もうミツルには何の問題もなかった。 ミツルはすでにマサトをミルクの聖騎士と認めていたし、マサトとしては、いずれミツルを仲間に引き込みたいと考えていた。 密かな手を回し着実に自分の意志を反映させていく闇の手腕は、マサトに敵う者はいなかった。 ミルクを追い込むのは可哀想だったが、計画通り取り戻すことが出来た。 マサトは、久し振りの地下アジトへ行くのを素直に嬉しがる、ミルクの上気した顔を愛おしく見つめながら、また思案を巡らせていた。 |
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<8> 「地下アジト再び」 |
§8§「地下アジト再び」 久し振りの地下アジト。 剥き出しの鉄筋やコンクリートが慣れるまでは恐ろしげだったのに、今では懐かしく安心出来る場所になっていた。 トレーニング中の人も仮眠中だった人も、通路に出てきてアリス姫の帰還を喜んでいる。 「こんにちわぁ。お久しぶりですぅ。」 ミルクが笑顔を向けながら軽やかな声で挨拶すると、皆も誘われるように自然と顔が綻んで笑顔になる。 「お帰りなさい、アリス様。」 「お待ちしてましたよ、アリス様。お風邪など召されてませんか?」 財前や本郷も迎えに出てきた。 「めちゃ元気ですぅ。フフッ。」 小さな笑い声をミルクが零すだけで逆上せた顔になった財前の額を、マサトが指で弾く。 「屋敷にいねぇと思ったら、こっちに来てたのか?」 「あ・・済みません。午後の指導も済ませましたし、こちらならアリス様のお顔も拝見出来るかと・・」 「何も今日でなくとも、これからはいつだって会えるじゃねぇか。」 マサトは溜息まじりに言うと、通路が混雑しているので大股に歩いて総裁室へ向かった。 マサトと手を繋いでいるミルクは遅れまいと小走りになってしまう。 実力のある者が優位に立つ地下世界で、まだミルクを見ていたそうな部下達を押し退け、マサトの側近達が後に続いていく。 財前と本郷も田代を挟み込んで何かをヒソヒソと話しながら総裁室に同行した。 「取り敢えず、ミルクの顔見せは出来たな。・・後は景山か・・」 総裁のイスに座ったマサトは膝にミルクを抱きかかえている。 「直に戻られると思いますが・・」 マサトにコーヒー、ミルクにレモンティーを出しながら福島が答えた。 「・・ふむ。」 マサトはミルクにカップを持たせ、自分も熱いコーヒーを啜る。 ミルクは未だに男の人に飲み物を出して貰うことに慣れず、 「済みません。・・頂きます。」 と、マサトの膝の上で恐縮して紅茶に口をつけた。 「いぇ・・この前はホットサンド、ご馳走様でした。とても美味かったです。」 福島は会釈をして総裁デスクを離れると、田代の側にいく。 田代はマサトの視線を気にしながら気まずそうに肩をすぼめている。 と、そこへ、 「あぁ、もうお着きでしたか。一足遅れてしまいました。」 と、景山が開け放してあったドアから入ってきた。 そして、ミルクを見つけると、 「これはこれは・・アリス姫。・・うむ。そのドレス、よくお似合いですよ。」 と、嬉しそうな笑みを浮かべた。 ミルクはカップを置いてマサトの膝から下り、 「いつもありがとうございます。・・冬のドレスがなかったので、用意して頂いていたと伺い感激しました。・・可愛くて・・本当に感謝です。」 と言うと、襞たっぷりのフレアスカートを広げるようにクルリと回転して見せた。 景山は笑みを深め、うんうん、と頷いた。 「それで・・バザーはいかがでした?」 「ぁ、はい。・・ミルは今日はお手伝いが出来なかったの。・・でも、イベントがすっごく盛況みたいで、コンサートは盛り上がるし、ファンは入りきれずに外までいっぱいだったし、バザーの提供品もよく売れてるみたいでした。」 ミルクが笑顔で報告する。 「ミルクの作った作品もよく売れてたぜ。・・これが最後の一つで・・景山の分までは買ってこれなかった。・・済まん。」 済まん、と言いながらマサトはポケットから出したマスコット人形を見せびらかし、片頬に冷笑を浮かべている。 「・・そーですか・・・残念ですねぇ・・・」 景山が溜息を漏らす。 「何でも・・犬みてぇに嗅覚の働く奴が買い占めちまったらしいぜ。・・クックッ。」 景山は、ピン、ときて、ヒソヒソと顔を付き合わせていた男達の中心にいる田代に視線を向けた。 「・・ほぉぉぉ・・・」 背筋を伸ばし、腕組みをした景山は、改めて田代を囲む集団を目を眇めて睨み付ける。 「ぁ・・あの・・景山さん。」 ミルクが胸の前で手を組んで声を掛ける。 「いえ。アリス様はお気遣いなく。・・ちょっとこのおふざけ五人衆に仕置きが必要のようですので、お構いなく。」 景山は背中越しに顔半分だけ見せ、ミルク側には笑みを浮かべ、五人衆には睨みを効かせて言った。 五人と言われて、部外者の顔をしていた若松が、ビクンッ、と体を緊張させた。 田代を囲むのは、財前、本郷、福島、で合計しても四人。 若松は確認するように自分を指差して景山を伺い見る。 景山は眉を聳やかせ、大きく頷いた。 アタァーッ、見抜かれていた、とばかりに若松は項垂れて田代達の隣りに並んだ。 「あのッ・・・景山さんには何か手作りでクリスマスプレゼントをしようかと思ってますぅ。」 ミルクは景山の不機嫌を直したくて言ったのだが、 「景山にかッ?」 と、今度はマサトが不機嫌な声をあげた。 へッ?、とミルクがマサトを振り返ると、 「何で俺じゃなく、景山なんだッ?!」 と、マサトがイスから腰を浮かせ、本気で怒っている。 「ぁ・・・ゃ・・・もちろんマサトにも考えてるよぉ。」 「・・・そうか?」 「うんうん。」 「・・・なら・・ま、いいが。」 マサトがイスに座り直すと、今度は、 「ぅえぇぇーー?!・・・ボスと参謀だけッスかぁぁ・・・?」 と、田代が泣きそうな声で訴える。 ほょ?、と田代達の方へ振り返ると、五人衆がガッカリした様子で項垂れている。 「ぁ・・ぇ・・・ぁの・・・ミルので良ければ・・・皆さんへも・・・」 「アリス様のが最高に欲しいッス・・・」 「・・・でもぉ・・彼女がいたら悪いなぁって思ったんだけどぉ・・・」 「自分にはボスとアリス様が命ッス。・・彼女なんて命張った男には邪魔なだけッス。」 田代が目を潤ませて訴える。 「おいッ。俺だって命張って生きてるぞ。」 マサトが、嫌味か?、とばかりに睨む。 「え・・いえ、そんなつもりじゃ・・・ただ、ボスが命張るのは自分達全員が全滅してからにしてくださいッ。それまでは自分達がいついかなる時でも捨て石になりますからッ。」 田代の勢い込んだ言い方に、マサトは片眉をひそめ、 「・・バカ。この俺がついていて全滅させるか。」 と、窘めた。 けれど、田代の気持ちが五人衆にも感染したようで、 「自分もですッ。」 と、福島も目を熱く滾らせて言った。 そして財前も、 「・・俺は鍛錬がライフワークですが、それもボスのお役に立ちたいからです。いつでもこの身を盾としてお使いください。」 と、熊のような体に気合いを入れて力強く断言する。 「ボスは我等の生きる活力の源です。アリス様がボスの活力の源であればこそ、我等はお慕いしているのです。そしてボスがアリス様の生きる支えでいらっしゃいます。・・お二方あってこそ、郷の子供達も安心して暮らせるというものです。」 子沢山の本郷がしみじみと言う。 それを聞いて、プッ、と吹き出した若松が、 「私はボスに命を捧げております。ボスの影として、アリス様を大切に思っております。」 と、控え目に言った。 結局みんなマサトが好きで堪らない五人衆なのだ。 ただ、好きでもなかなか近付けない。 彼等でさえ、マサトの強大なオーラは熾烈に熱く、纏った闇はあまりにも暗く、孤独な魂は凍えそうに冷たく、迂闊に近付くことも出来なかったのだ。 唯一、マサトの側に立てるのが景山で、景山と自分達の落差は大きすぎた。 そんな時に現れたミルクは、仔猫が何にでもじゃれつくように、そこここに光をまき散らす。 零れた光を拾っていたら、いつの間にかマサトにも近付いていることに気付いた。 ボスの純粋な魂に触れられる。 ボスの真実の愛に気付かされる。 ボスの決して屈しない意志の源を知ることが出来る。 気付けたのは、アリス様が光を灯して見せてくれたから、と彼等はミルクに感謝し慕うのだ。 景山は怒る機会を失い、やれやれ、と大袈裟に首を振る。 景山にいびらせようと悪戯心を起こしていたマサトも、肩すかしにあって溜息を吐く。 「・・では・・アリス様のクリスマスプレゼントを楽しみに、今は私を含めた全員、良い子で待つことにしましょう。」 景山がこの騒ぎを締めるように穏やかに言った。 「ククッ。良い子で仕事になるのか?」 「・・・勿論。自分に都合の良い・・狐・・の場合もありますし・・」 「ふん。お前らしい詭弁だぜ。・・ま、いい。・・それと、今年の忘年会はミルクも参加するから、プレゼントが欲しけりゃ、芸を磨くんだな。」 「「「「「おぉぉぉ!」」」」」 五人衆は急に元気になって、嬉しそうに小躍りする。 景山も目を輝かせ、 「アリス様も隠し芸をなさいますか?・・今年は暮れが楽しみですねぇ。」 と、にこやかに言う。 「ぁ・・・はぃ。・・ミルも楽しみです。」 ミルクはクリスマスまで10日しかない上に、隠し芸もまだ思いつかず、大変なことになったなぁ、と焦りながらも笑顔を振りまいていた。 ミルクの顔見せも終わり、”アリス姫のお部屋”でマサトと二人きりになったミルクは、興奮で火照った顔をマサトの首筋に擦り付けた。 マサトはミルクの額から鼻、唇へとキスをしていく。 重なった唇が舌を求めて吸い合う。 ミルクはベッドに座っている体をマサトにもたれかけさせ、うっとりと目を閉じる。 マサトはミルクのドレスをゆっくり脱がしていき、スルリと絨毯に落として、ミルクの体をベッドに倒した。 枕もシーツも洗い立ての匂いがする。 地下は地上より暖房が弱いので、羽毛布団も用意されてあった。 マサトはミルクの下着も全て脱がせると、布団を肩まで引き上げ、腕の中のミルクを包み込むようにした。 「・・寒くねぇか?」 「、、ぅん、、、あったかぁーい、、、」 ミルクも自分からマサトの顔中にキスをする。 「、、マサトもぉ、、早く脱いでぇ、、、」 ボタンに手を掛け、外しながら熱い肌を欲しがる。 「あぁ・・待ってろ。」 マサトはキスに応えながら、モゾモゾと手早く服を脱ぎ捨てた。 体温の低いヒンヤリとする肌に熱い肌がピッタリと重なり合う。 「、、、ハァァ、、、気持ちいい、、、」 ミルクがマサトの胸にすりすりと顔を擦り付けて甘える。 密着した肌の間をぬって蛇が頭を擡げてくる。 下腹部にゴリゴリと固い蛇竿が当たり、ミルクは腰をくねらせるように動かして下腹部の肌で擦る。 「ぅぅ・・・やっぱ、お前・・ベリーダンスが得意げだぜ?」 「、、ぇ、、そぉ?」 「ククッ。・・この腰の振りが・・何とも悩ましい・・・」 「、、、ふぅん、、、腰ぃ、、、ぇ、、、じゃぁ、、腰だけ動かすダンスってエッチなのぉ?」 「エッチなんじゃねぇのか?・・特に女が腰を振ると誘ってるみてぇだぞ。」 なるほどぉ、と頷いたミルクは、 「、、、ミルはぁ、、、誘ってるけどぉ、、、ウフン、、、」 と、流し目で瞬きをしてみせる。 「・・・おい。他の男は誘うなよな。」 愛おしそうに見つめながらも、釘を刺す。 「プゥゥ、、、ミルが欲しいのはぁ、、、マ、サ、ト、だけぇぇ、、、」 ミルクはマサトの首に腕を回してつかまり、固い蛇竿に肌を押しつけ、更に大きく腰をくねらせた。 「はぁ・・・ゾクゾクするぜぇ・・・」 マサトは熱い息を吐いて、ミルクの肌を撫でる。 脇から腰の窪んだ滑らかなラインを尻まで撫でていき、尻を撫で回してからまた脇まで撫で上げて胸を揉む。 「、、ぁ、、ぁぁ、、、あふっ、、ん、、、」 「・・・お前がどんどん色っぽくなるから・・心配でたまんねぇ。」 「、、フフッ、、、ウフッ、、、ホントぉ?」 ミルクが嬉しそうに目を輝かせ、上目遣いにゆっくりと瞬きをして妖艶に微笑む。 「・・マジだぜ。・・・いつも手の届く所に置いとかねぇと・・気がきじゃねぇ。」 マサトは鼻と鼻を摺り合わせ、頬と頬を撫でるように擦る。 スベスベで柔らかな感触と甘い肌の匂いに欲情を駆り立てられる。 「うぅぅ・・・我慢出来ねぇ。・・ミルク・・俺をお前の中へ導け。」 「、、ぁ、、、ぅん、、、」 ミルクは足を広げ、蛇竿をつかむと蛇頭を花陰に合わせた。 「、、ん、、、いいよぉ、、、来てぇ、、、」 「入れるぜ?」 「、、ぅん、、、」 マサトがグィッ、、と腰を押して沈めていく。 ミルクは蛇竿の胴体に手を添えて入ってくる感触を確かめながら、 「ぁぁぁ、、、入ってきたぁぁ、、、」 と、切なそうに息を吐いた。 途中で固い蛇竿に蜜を馴染ませるように動かして膣口を擦り、それからズブゥゥ、、っと奥までめり込ませた。 「あぁぁ、、、ぁぁぁん、、、」 ミルクは手をマサトの首に戻し、膝を曲げた足を自分で高く上げる。 マサトが体を上下させ腰を突き上げるにつれ、布団がずり落ちていく。 それでも、もうマサトの熱に包まれて寒さは感じなかった。 ただ、熱い繋がりと熱い快感だけ。 ミルクは布団を足で蹴ってベッドの下に落とすと、 「、、んんー、、、気持ちいいよぉぉ、、、ぁぁん、、、」 と、うねる肉襞でマサトの蛇を締め付けた。 「うぅぅ・・ハァァ・・・そんなに気持ちいいか?」 「、、ぅん、、、すっごくぅ、、、あぁぁぁ、、、ぁん、、、」 ヒクヒクヒク、、と細かく微動する襞が蛇の根元から裏筋を刺激していく。 吸い込まれそうに吸着してくる力に抵抗しながら、腰を動かし蛇竿で襞を擦る。 腰の甘い疼きが次第に熱くなり、マサトの背骨を焦がすように駆け上がってくる。 「あぁぁ・・・俺も最高に気持ちいいぜぇ・・・」 マサトは時々目を閉じて頭を仰け反らせ、腰を振り、ミルクの子宮を突き上げ続ける。 「あぁん、、、マサトぉぉ、、、感じるぅぅ、、、」 ズッチュッ、、ズッチュッ、、ズッチュッ、、、 蛇頭がカリ顎を張り出して、猛烈な勢いで蜜壺を奥へ奥へと押し広げていく。 突き当たった天井の細かい粒々に頭を刺激され、更に躍起となって突き上げる。 「、、あんッ、、あんッ、、あんッ、、、壊れちゃうよぉぉ、、、」 ミルクは痛みを抱き締めるようにマサトにしがみつく。 マサトはまだ続けていたい思いもあったが、 「・・じゃぁ・・そろそろいくぜ?」 と言って、上半身を起こした。 「両足伸ばして前に出せるか?」 「、、、ぁ、、、ぁぃ、、、」 ミルクは繋がったまま注意深く、人形のように華奢な白い足を伸ばして、マサトの両肩につま先を乗せた。 マサトは膝下あたりを両腕で抱え、腰を上げてミルクの尻も浮かせ、その状態でピストン運動を始めた。 ミルクの中への当たり具合が浅くなるが、太腿でも根元を擦られて気持ちがいい。 ミルクも閉じた太腿で一層マサトの蛇の太さを実感して、熱い繋がりに喜びが湧いてくる。 「あぁぁぁ、、、ぁぁぁん、、、熱いぃぃ、、、」 ふっくらとした白い胸も大きく揺れ、喘ぎ声も揺れて震える。 「いくぜッ。」 「あぁん、、、いってぇぇ、、、あぁぁぁぁぁ、、、」 マサトは激しく腰を動かし狙いを定めてエナジーを充填していく。 パシパシパシッ、、、 蜜と汗で濡れた肌がぶつかり合って鳴っている。 グチュッビチュックチュッ、、、 蜜を飛ばして膣が捏ねられる淫靡な音がしている。 「うぅぅぅ・・・あぁぁぅぅぅ・・・ぐぅぅぅッッ・・・」 「あ、、あ、あ、あ、あ、、ぁぁぁぁぁ、、、」 マサトが熱い精液を発射させて子宮に注ぎ込むと同時に、ミルクも絶頂に達してエクスタシーの痙攣に体を震わせる。 マサトは開放感と目眩く快感に大きく息を吐いてから、込み上げる切なさに寝かせてやったミルクを抱き寄せた。 ミルクは恍惚と意識を飛ばしている。 このまま寝かせては寒いだろうと、落ちた布団を拾い上げて、もう一度腕枕してやりながら布団を掛けてやる。 「・・・愛してる、ミルク・・・」 マサトは過激な生き方を悔いてはいないし変えるつもりもなかったが、ミルクに平坦で穏やかな生き方をさせてやれないと思うと、胸が切なさで疼く。 ・・・ついて来い・・ミルク・・・俺のミルク・・・ ・・・もう・・・つかんだ手を離さねぇ・・・ ・・・無理に引っ張るのは俺も辛ぇ・・・ ・・・だから・・・ついて来い・・・俺の天使・・・ マサトは愛し子を抱くように優しく抱き締め、目を閉じてミルクの甘い髪に頬ずりをした。 |
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<9> 「親友」 |
§9§「親友」 マサトとの熱いひと時の後、ミルクはマサトの買い換えた新型のフェラーリに送られて家に戻った。 母親はすでに帰宅していて、優しい笑顔でミルクを迎えた。 地下の”アリス姫のお部屋”にもシャワールームがあって、甘い疼きの残る体を流してきたが、やはりお湯に浸かりたいのが日本人なのか、勧められるままにお風呂に入った。 お風呂から上がってパジャマに着替えたミルクは、ダイニングで母親の入れてくれたココアを飲みホッと満たされた息を零した。 「マサトさん、お元気そうね。」 母親もミルクの向かい側に座り、熱いお茶を啜っている。 「うん。・・ずっと忙しくて海外を飛び回ってたんだって。・・でも、全然元気で、マサトには時差とかないみたいよぉ。フフッ。」 「あぁ・・・そーだったのぉ。・・最近、見かけないから、どうしたのかなぁ、って少し心配だったのよ。」 「全然。・・心配なんかしなくていいのにぃ。・・ママだって忙しくて大変なのに、お手伝いがあまり出来なくてごめんなさい。」 「フフッ。ママの方も大丈夫。やっと慣れてきて、あれもこれもって抱え込まずに、ゆとりを持って出来るようになったから。」 「そっか・・・ママもいっぱい抱えてて・・大変だったんだよね。」 ミルクは一方的に母親を怒っていたことを反省した。 「喫茶店と料理教室の運営の方は、全部高藤さんが管理してくれるし、ケーキショップの方も皆が手際を覚えてくれるようになったから、これからは家のこともママが出来るようになると思うの。・・ミルちゃんに甘えてて、ごめんなさい。」 「ううん。そんなの当たり前じゃん。・・・それに・・お店を手伝うって言っておいて、なかなか行けなかったし・・・せめて家のことくらいはミルがするぅ。」 「ありがとぅ。」 母親が溜息を吐くと疲れた顔になる。 ”慣れたから大丈夫”とは言っても、やはり一日仕事をして帰ると、主婦だけの疲れとは違うのだろう。 「本当に家のことはミルにさせて?・・ママみたいには出来ないけど・・お兄ちゃんのお夜食とかお弁当もミルが作るぅ。・・・それくらいしないと・・ミルも辛くなっちゃうよぉ。」 「・・ミルちゃん・・ありがとぉ。・・じゃぁ、甘えさせて貰うわね?」 「うんッ。」 ミルクは嬉しそうに笑って頷いた。 自分にも何か出来る、と思う時、そこに自分の居場所を見つけることが出来る。 母親を支えるには小さすぎる手でも、そっと添えるくらいの役には立てる、と思えることが嬉しかった。 「・・お兄ちゃんのことも、試験が近いのに・・ちっとも見てあげられなくて・・・」 「お兄ちゃんなら大丈夫だよ。賢い奴ってのは特別な受験勉強なんてしなくても、行きたい大学に入れるもんなんだって。」 「・・あら・・?」 「・・って、マサトが言ってたもん。マサトも賢いから、わかるみたいよ。」 「あらあら・・・ま・・ホホホッ。」 母親から久々に明るい笑い声が零れた。 それが嬉しくて、ミルクも一緒になって笑い出していた。 ミツルが受験勉強を理由に部屋に籠もっているのも、一種の反抗期らしい。 大好きで自慢の母親も可愛い妹も、他の男達に奪われて、男としての自分の居場所が見つけられなくなったのだろう、とマサトは含み笑いでミルクに教えた。 お兄ちゃんはお兄ちゃんなのに、とミルクが不思議そうに首を傾げるのを、マサトは苦笑して眺めていた。 男同士でなければわからない共感でもあるのかも知れない。 わからないことを追求するのが苦手なミルクは、”そーゆーもの”として納得することにした。 二階の自分の部屋に上がったミルクは、時間を気にしながらも香織にメールしてみた。 今日のバザーの手伝いが出来なかったことを詫びる気持ちもあったが、それ以上に相談したいことがあった。 不器用なミルクにでもすぐ作れて喜んで貰える物。 マサトにもみんなへのとは別に、特別なプレゼントをしたい。 けれど、どんなにお小遣いを叩いても、マサトが買う物に敵うはずもなく、自分にプレゼント出来る物があるのかどうか。 それと、もう一つの課題。 隠し芸で披露出来るような何か・・・ そうした悩み事の相談は友達にしか出来ない。 ―∈ビーズの携帯ストラップなんてどう?・・バザーにも出てて、けっこう人気があったでしょう?∋― ∈あーね・・でもぉ・・ミルに作れるかなぁ?∋ ―∈大丈夫!マスコット人形を作るより簡単だから。・・ただ、予算はかかっちゃうかも。今、綺麗なビーズがいっぱい出ているけど、意外と値が張るからさぁ。∋― ∈出来たのを買うよりは安いでしょう?∋ ―∈うーん・・どーだろぉ?・・見てみないとわからないなぁ。・・時間もないから、明日一緒に見に行こうか?∋― ∈えー・・いいのぉ?∋ ―∈私も上杉君へのプレゼントにセーター編もうって思ってるから、丁度良かったんだ。えへ。∋― ∈・・・セーターぁぁぁ??!!・・って、間に合うのぉ??∋ ―∈色柄の編み込み模様とかまでは出来ないけどぉ、単色の模様編みくらいなら頑張れば出来るからさ。∋― ∈いいなぁ・・・香織って器用だもんねぇ・・・(溜息)∋ ―∈ミルクみたいに欲張らずに一人だけだもーん♪(笑)∋― ∈ぷぅぅぅーーー!∋ ―∈あはは。冗談だって。・・ミルクは家の用事もあるんでしょう?・・それじゃ、どんなに頑張っても私だって無理だよ。∋― ∈はぅぅ。。マサトにはどーしよぉ・・・∋ ―∈でもマフラーとかなら編めると思うよ。∋― ∈マフラー?・・一昨年のクリスマス・・お兄ちゃんに笑われた記憶が・・あぅぅぅー;;∋ ―∈だけど、去年だってそのマフラーしてたじゃん。(笑)・・気持ちが籠もってれば目の不揃いも模様の内だって。∋― ∈そっかぁ・・・あ・・お兄ちゃんとママへのプレゼントも考えなきゃなぁ。∋ ―∈こらぁ!そこまで欲張らないのぉ!(笑)・・この際家族には、手作りの代わりに気持ちでカバーしなさい。∋― ∈・・ぁーぃ。。・・・つーか・・みんな気持ちだけでカバーかも^^;∋ ―∈いいの、いいの。ミルクは気持ちいい子だから。∋― ∈ほぇ?∋ ―∈すべすべぇ〜で、ぷにぷにぃ〜で、食べたくなっちゃう子ー☆(爆笑)∋― ∈ぷに?・・・ぅぅ・・・マシュマロみたいじゃんー;;;∋ ―∈とにかく、明日買い物に行こう?・・行ける?∋― ∈うん。絶対行くッ!・・じゃないと間に合わないーー!(泣)∋ ―∈私はどこで編んでも同じだし時間あるから、またミルクの所で一緒に作ろ?∋― ∈おおぉぉぉーー!心の友よぉぉぉーー☆∋ ―∈はいはい。(ジャイアンですか、君は?笑)・・それじゃ、明日学校終わったらメールしてね?∋― ∈うん!ありがとー!∋ ミルクは悩んでいたことが楽しみに変わって、ニマニマと笑みを浮かべて携帯を置いた。 布団に入っても気持ちがふっくら脹らんでいる。 お日様に干した布団のように、心も友達の明るい光でふっくら膨らみ、日溜まりの匂いがするようだった。 ・・・今度のお休みが晴れてたら、布団干したいな。 ・・・ママとお兄ちゃんのお布団も干そう。 と、楽しく思いながら、ミルクは眠りに吸い込まれていった。 朝は6時に起きる。 後30分早く起きようと挑戦してみたが、そうすると授業中が眠くなってしまうので、続けられなかった。 その代わり、洗濯物は夜の内にタイマーをセットしておいて朝の手間を省き、朝食も母親ほどのおかずは作れないのは仕方ないと諦め、せめて栄養のバランスだけは考えるようにした。 と言うことで、具沢山の味噌汁と納豆、それに目玉焼きやサラダと果物を添える朝食が定番になりつつあった。 今の所、母親はもちろん、兄のミツルも文句は言わないで食べてくれる。 お弁当にはなるべく魚とお肉を入れるようにして、煮物は夜に煮た物を温め直して入れた。 これまでミルクは、朝はパンの方が好きだったが、お弁当を作るようになって、朝にご飯を炊く方が楽なことに気付いた。 母親はお弁当にご飯を詰めても、朝食にはクロワッサンを焼いてくれていたことを思うと、本当に子供に甘い母親だったことを改めて実感した。 そうしたことを母親に感謝しているつもりでも、どこかに甘えに慣れた自分勝手さがあったように思う。 母親の笑顔で許されていたから、”ありがとう”と言うべき言葉も忘れがちだったかも知れない。 実際自分が家事をするようになり、スムーズに日々が送れるのも母親あってこそだったのだと、母親の口に出さない見えない努力に頭が下がる。 ミツルが口癖のように”母さんの手伝いをしろよ。”と言っていたのも、今なら素直に頷ける。 主婦が家事をするのは当然の義務のように世間的にも思われているが、愛のない義務だけだったら、ここまで完璧にこなせないだろう。 誉めて貰えることは少なく、手の込んだ料理もアイロンのかかった洗濯物も一日で消えてしまい、家計の遣り繰りに頭を悩ませれば自分の欲しい物より家族の物を買ってしまう。 見返りを何で求めればいいかと言えば、それは家族の笑顔しかないように思える。 それさえも返らなくなったら、こんなに報われない立場はないだろう。 家事がどれほど大変でも、料理教室で趣味のお菓子作りを教えるようになった母親の心境を思うと、無理のないことと思う。 もう支えてくれるべき夫の存在もなく、崩れそうな自分を自身で支えるには、誰かの誉めてくれる一言が必要だったのかも知れない。 そこに現れた高藤に母親が縋ったとして、どんな罪があると言えるだろう。 ミルクは時々は母親の外泊も”いいよぉ”と明るく認めてあげたいと思った。 けれど、ムスッ、として味噌汁を啜るミツルには、断じて許せない行為、なのだろうか。 潔癖な兄の清潔感溢れる清々しさが好きなのも確かだけれど、弱い女性は弾き飛ばされそうだ。 ・・・お兄ちゃんにはどんな女性が合うんだろう。 ぼんやり顔を眺めながら考えていると、 「ミルクはもう朝食を食べたのか?・・時間がなくなるぞ。」 と、目を眇めて言った。 「それと門限破りはするな。昨夜も遅かったようだが、門限を守る気がない奴にはいくら時間を引き上げても無意味だ。門限の意味をよく考えて、ちゃんと守るようにしろよ?」 「・・はーぃ。」 口論で兄に勝てる訳もなく、疲れて休んでいる母親を起こしたくなかったので、喧嘩に持ち込むのもやめた。 「・・ぁ・・今日ねぇ、香織と買い物してくるの。門限には間に合うけどぉ・・御夕飯はデパチカのにする?それとも、簡単なパスタとか・・」 「なら塾前にうどんでも喰うから、ご飯だけあればいいぜ。帰って勉強前に茶漬けでも喰うからさ。」 「・・そっか。・・じゃぁ、鮭焼いておこっか?・・たらこがいい?」 「鮭・・と、しば漬け。」 「鮭としば漬け・・ね。」 ミルクがメモ帳に書き込む。 「・・・あんまり制服で変な所には行くなよ?」 「アハッ。行く訳ないじゃぁーん。」 「ん。・・ま、気を付けてな。・・・ご馳走様。」 ミツルは牛乳を飲み干すとテーブルを離れた。 「ミルクも遅れないようにしろよ?」 「はーい。いってらっしゃい。」 ミルクはミツルに手を振ってから、簡単に朝食の片付けを済ませると、自分も出掛ける準備に取りかかった。 学校帰り、香織と待ち合わせして手芸品を扱っている店に寄る。 ビーズと一口に言っても、大きさも形も様々で、中には一個だけでも高価な物もあった。 ただ、携帯のストラップには邪魔にならずに軽い方が向いているので、ポイントに金色で”S”のアルファベットビーズを使い、後は小さい粒を色のグラデーションで選んだ。 マサトには輝きの強い金色の濃淡で纏めることにした。 景山には銀色、若松には若緑、財前には深緑、本郷はドクターらしく白っぽいグラデーションにしてみた。 福島には濃い青で、田代はよく泣くので水色にした。 あの場にいなかったけれど一応、島田にはオレンジ、アザミには赤いビーズを選んで作ることにした。 そして、ミツルにはクリアクリスタルを、母親にはパールビーズ、高藤にも母とお揃いの物を、と考え、最後に自分へもピンクのビーズを買った。 もし時間があれば他の人達の分も作ろう、と他にも色々同系色の濃淡のビーズを買ってから、マサトへのマフラー用に黒い毛糸を選んだ。 ミツルにも二年前の失敗作よりもう少しマシなマフラーを贈ろう、と白い毛糸も買った。 ただミツルのマフラーはクリスマスに間に合いそうもないので、暮れまでには完成させようと心に誓った。 「そんなに買うのぉ?」 香織は欲張ってあれもこれもと手を出すミルクを、クスクス笑って眺めていた。 「セーター編む思いをすればマフラー二本作る方が楽だもん。セーターだと本と睨めっこして、模様を左右間違えないようにしたり、目を増やしたり減らしたり・・・ミルには出来そうもないよぉ。」 「ミルクだって時間を掛ければきっと出来るって。」 「そーかなぁ?・・・ぅーん・・・じゃぁ、来年は早めに取り掛かってセーターに挑戦してみよぉっと。」 「そうそう。・・でも、来年もバザー用に何か考えて作らないとね。」 「あ・・それもあったねぇ。」 「こらぁ、忘れるなぁ。フフッ。」 「ぉぅぉぅ・・・すっかり上杉夫人ぶりを発揮しちゃってぇ〜。アハッ。」 ミルクがからかうと香織が頬を染める。 「・・もぉ・・ミルの高校では内緒にしてよぉ?」 「それは大丈夫。・・だって、上杉先輩ってボランティアのことだって誰にも言ってないもん。」 「うん。何か押しつけになりたくないからって周囲には言わないんですって。」 「そーなんだぁ。・・ふーん・・でもぉ、彼女がいるってことまで隠す必要ってあるぅ?」 「上杉君は隠すつもりないって言ってるけどぉ・・まだ・・恥ずかしいから・・」 「ウフフッ。香織ってぇ・・・」 「あ・・なぁにぃ?」 「フフッ。・・カ・ワ・イ・イ〜!」 「ミルクぅ!」 香織はちょっと怒った顔をしてみせたが、すぐに笑い出した。 ミルクもクスクスと笑いを零す。 お互い彼氏がいても、友達同士の時間が楽しい。 一緒に買い物をしたり、お喋りをするのも、友達同士の打ち解けた気安さがあった。 きっと男同士にも少し違うかも知れないが、女性には分かり難い仲間意識というものがあるのだろう。 マサトと一緒にいる時が一番安心出来るし、満たされて幸せなのは変わらない。 けれど、どんなに一緒にいたい相手でも、お互いの離れた時間を認め合うことが、会っている時を一層充実させてくれるように思えた。 ミルクと香織は一旦それぞれの自宅に戻り用事を済ませてから、ミルクの家の二階フロアで編み物を一緒にすることにした。 ミルクは家に帰ると、朝干した洗濯物を取り込んで夕食の用意をした後、キッチンで煮物をしながらアイロン掛けをした。 お弁当用に煮物は欠かせないので夕食には必ず作るようにしていたが、目が離せないのでアイロン掛けはダイニングテーブルでするようにしていた。 そこに香織がやってきて玄関から声を掛けた。 「今行けないから入ってきてぇー。」 「わかったぁー。・・お邪魔しまぁーす。」 香織もマスコット人形を一緒に作っていた時から、ミルクのそんな様子を見ていたので心得ていた。 「頑張ってますねぇ。・・ほぅほぅ。今夜は鮭ですかぁ。」 「うん。・・ちょっと見てくれるぅ?」 「いいよ。・・どれどれ・・・」 香織がオーブンの中を覗く。 「もうそろそろいいかもよ。皮が少し焦げてるし。」 「お兄ちゃん、皮はパリパリが好きなの。」 「アハハッ。ウチのパパと同じだねぇ。・・じゃぁ、もう少しかな。」 香織は箸を持つと、焦げ具合を見ながらオーブンの前で待っている。 言わなくても手伝ってくれる本当に気持ちのいい親友だった。 ミルクはアイロンを掛けたワイシャツをたたみながら、 「香織も・・マシュマロぉ。」 と、言ってみた。 「え?・・・何ぃ?」 「・・ぅぅん。・・・ありがと。」 ミルクはふんわりと笑みを浮かべると、乾きの遅いトレーナーにもアイロンをかけ始めた。
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<10> 「闇深き時…」 |
§10§「闇深き時…」 ”風俗界のドン”と恐れられる島田が、地下アジトの参謀室を訪ねてきた。 組織の闇金融で貸したまま焦げ付いている一件についての報告を、景山に求められたからだ。 金融部門は景山の腹心が任されている。 何故なら、俗に言われる闇金融とは違い、組織の莫大な資産を有効利用する為に、特定の相手にだけ融通している真の闇金融、別名”悪魔との契約”と呼ばれる物だからだ。 ”悪魔との契約”をしている人達は、社会的な地位や名誉がある人達ばかりで、これによってマサトは政治へも介入出来るほどの発言力を握っていた。 だから、組織の金融部門は庶民への介入はしていない。 年金で暮らす老人を騙したり、慎ましく生活する庶民を陥れるようなこともしていない。 それが、某暴力集団と一線を引いている所だった。 島田が統括する風俗部門が必要なのも、単に水商売や売春で利益を得る為だけではなかった。 そこから上がる利益もそれなりに組織への貢献はあるが、マサトが生み出す膨大な利益には到底及ばない。 組織に従順な奴隷と化した女性達に、一見紳士顔の男達の醜い欲望を引き出させ籠絡することで、男達から貴重な情報を得たり、”悪魔との契約”を取り交わして懐柔した男達を人形のように操ることが真の目的だった。 魂を売り渡す。 だからこそ、”悪魔との契約”と呼ばれているのだ。 悪魔の囁きは密やかに甘く、艶やかに妖しい蜜を含んでいる。 男心をくすぐり有頂天にさせてから、じわじわと剥き出した本性に闇の毒を染み込ませていく。 闇の毒は毒と気付かぬほどに甘く優しい。 誘い込まれて闇の淀みに嵌っても、男達は自分が闇に取り込まれていることさえ気付けない。 むしろ自分が魔力を持った気分で高揚し、易々と”悪魔との契約”を結んでしまう。 男に利用価値がある内はいい。 悪魔さえも優しい下僕に見えるだろう。 男は己を鼓舞し、居丈高に悪魔を使う。 そうした姿を垣間見た他の男達は”悪魔との契約”に憧れさえする。 だが、利用価値がなくなった男の顛末まで知ることはない。 見えていても、認識出来ない。 単純に男が失敗しただけ、と見下す程度だろう。 裏の顔が露見してマスコミの餌食になった姿を見ても、気紛れな国家権力の見せしめに選ばれた不運な奴と嘲り、火の粉が自分にはかからないようにと懸念するくらいだ。 ”悪魔との契約”はそれほどに甘い魅力があった。 ・・・だが・・・ マサトには、もう日本は眼中になかった。 日本はあまりにもひ弱なのだ。 ”怪物”と言われる巨大な海外資本が、日本をバブルで湧かせ、図に乗って浮き足立った所で脹らんだバブルをチョンとつついて割った。 政治家はわかっていても言えない。 踊らされた国民もお祭り騒ぎに興じて、終焉となった後には思考力も停止し呆けるばかり。 そうしてようやく撒き散らしたゴミや壊れたやぐらに気付いた時、後始末は実行委員がやれ、と文句を募らせた。 祭の主催者は誰かも知らず、目の前の責任者に不平ばかりを並べる。 それしか暗い気持ちのやり場がないとしても、悲しい姿だ。 嘲笑う声は、もっと遠くから響いてくるというのに。 ”怪物”の勝ち誇った笑い声。 聞こえない人々には屈辱感もないのかも知れないが、耳を塞いでも聞こえてしまう者には喧しくて不愉快極まりない。 歴史を弄ぶ傲りを叩きのめしてやりたくなる。 とは言え、”怪物”への道のりは遠く、相手は巨大過ぎる。 けれど、マサトは一歩一歩地盤を固め、傾かないピサの斜塔を築こうとしていた。 ”挑む敵が、天を見上げて仰ぐほどに巨大な相手なら、天へ届く塔を築き上げてやる!”と・・・。 そんなマサトを誰よりも理解している景山は、なるべく日本での負担を掛けまいと、日本国内の組織の運営を一手に引き受けていたのだ。 呼ばれた島田が苦渋の顔で景山に頭を下げた。 「・・・申し訳ありません。若輩の私では判断が付かず、参謀まで煩わせてしまいました。」 景山はデスクに頬杖をつき、溜息まじりに島田の下げた頭を眺めていた。 そして、島田が顔を上げた時、 「私に謝っても仕方ないだろう。・・ただ、ボスはいつも、”ケジメのないマネはするな”、と仰っておられるのを忘れないで欲しいな。」 と、静かな声で諭すように言った。 「・・・はい。・・・その件につきましては、参謀にご相談申し上げようかと迷っていた所でした。」 島田の顔が苦しげに歪む。 マサトと景山以外には見せることのない、未熟な自分を責めて落ち込む島田の姿がそこにあった。 景山は、ただ事ではない様子に腕組みをして、眉を寄せた。 「・・何か問題があるのか?・・というより、何が問題なんだ?」 「・・・はい。・・・実は・・・」 島田は”判断がつかない”と言った一件の説明を始めた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−− 自分から進んで”悪魔との契約”を結んだ男がいた。 闇資金を後ろ盾にし、政界にコネを作り、低迷する自社企業を立て直そうとした男。 男の謀略も初めの頃は成功を収めていた。 企業が活性化すれば、そこで働く人々も生活が安定する。 それで満足していれば何も問題はなかった。 しかし、男はあまりにも容易く闇の毒に染まってしまった。 企業利益を着服して私腹を肥やし、贅沢三昧をするようになった上、秘密クラブでの遊びに興じた挙げ句に、そこで知り合った女に金品を湯水のごとく注ぎ込んだ。 もっとも、そこの女が受け取る金品の大半は組織で吸い上げるだけなのだが・・。 そうした中で、一度は立ち直った企業も再び活力を失っていき、オーナー社長の独裁ぶりが暴かれた株主総会で、男は社長の座を剥奪されてしまった。 妻は愛想を尽かして離婚し、妻の実家からの圧力で財産も分与の名目で半分奪われた。 残った資産を整理しても、返済が追いつかなくなった男は、娘を組織に売り渡したのだ。 いや、正しくは売り渡そうとしていた。 けれど、そんな父親に絶縁状を叩き付けて長女は海外へ恋人と逃亡。 途方に暮れた男は、まだ未成年で逃げることの出来ない次女を組織に渡すと言ってきた。 それが島田を躊躇わせていた。 ・・・娘を売る時の条件。 それは、闇の者達が見守る中で、娘本人に売られた立場を自覚させること。 そして男自身にも、娘を売った罪の意識を自覚させる。 つまり・・・売られた女に男を選ぶ権利はなく、どんな相手でも受け入れる覚悟を見せる為に、父親に衆目の中で抱かれなければならない、という掟があった。 父親に売られて風俗の奴隷となった女達の中には、父親を慕って自ら望んだ娘もいたが、大抵は無理矢理承諾させた父親を永遠に恨み続け、その恨みを生きるバネにしている娘がほとんどだった。 勿論、風俗で働く女達の中には、自ら闇に落ちた末に辿り着く場合もあったが、それは今度の場合は論外だ。 自業自得なら誰を恨むより、自分の愚かさを嘆くしかない。 だが、もっと深い闇世界には、何の罪もない娘が父親に売られる、という時代錯誤のような現実が息づいているのだ。 島田も闇の深さは理解している。 罪があろうとなかろうと、地獄の闇は理不尽に降りかかるものなのだと・・・。 ・・・しかし・・・今回の場合・・・ −−−−−−−−−−−−−−−−−− 「・・・次女は・・・アリス様と同じ年齢なのです。」 そう、島田が呻くように言った時、景山の眉がピクリと動いた。 景山はこめかみにドクドクと脈打つ痛みを感じたが、 「・・娘を差し出す条件には、父親が娘を納得させる、という項目もあるだろう?・・それはどうなんだ?」 と、厳しい口調で言った。 「・・・はい。・・・承知させた、と申しております。」 「・・ならば迷う必要はない。・・それが闇の掟。”悪魔との契約”に私的情を差し挟む余地はない。」 「・・・承知しました。」 島田は口を引き結び姿勢を正すと、腰を真っ直ぐに折って頭を下げた。 再び上げた島田の顔は”風俗のドン”としての冷酷な仮面を、ピッタリと素肌のように被っていた。 「お前だけに苦痛は与えない。・・いや・・お前は命令に忠実なだけ。全ての罪は決定を下した私にある。・・・その現場を私も裏で見届けよう。」 眉間に刻まれたシワは深まったが、穏やかな口調で景山が言った。 「・・・参謀・・・」 島田は目を熱く潤ませ、深々とお辞儀をしてから、 「どこまでも参謀について参ります。」 と、胸を張って答えた。 もう、島田がここへ来た時の暗い表情はなく、凛とした使命感を感じさせる潔い顔になっていた。 そして闇の影を誇らしげに纏って部屋を立ち去る島田の後ろ姿を見送った景山は、 「・・ボスをこのような事で煩わせてしまう訳にはいかない。・・ボスは私の夢であり、希望。・・ボスが天井へと駆け上がる雄々しき姿をこの目にする以上の喜びはない。・・その為なら、私はどんな罪でもこの身に纏おう。・・基盤を揺るがせてはならない。積み上げた石を崩す訳にはいかないのだ。」 と呟き、深い溜息を吐いた。 クラブ『蛇窟』の裏の顔である秘密クラブ。 特殊会員のみが利用出来る”ソドムの部屋”。 ここではあらゆる欲望が叶えられた。 言葉で表現することの出来ないおぞましい欲望さえ叶えてしまう”ソドムの部屋”の虜となった男達は、悪魔にでもなれた気分で闇の魔力という毒に溺れていく。 特殊会員として利用する人達の中にも、洒脱の範疇で遊ぶだけで逸脱することを嫌う会員も多かったが、闇の毒に脳神経を犯され歯止めが効かなくなる者もいた。 今ここに、娘の腕をつかんで入ってきた男も、悪魔に魂を吸い尽くされてしまった末期の中毒者と言えた。 娘は部屋の異様な雰囲気に、キョロキョロと不安げな視線を投げている。 「・・・パパぁ・・・ここって何?」 「フフ。・・お前をお披露目するステージさ。」 父親の顔にはすでに嫌らしげな笑いが浮かんでいる。 その表情からは到底、苦渋の決断で娘を差し出す、思い悩んだ父親の姿が見えてこない。 むしろ禁忌を犯し続けた最終局に、もっとも大罪と言われる行為を楽しもうとする様子さえ伺い見える。 {「チッ。・・・何て奴だ。」 { 鏡張りの壁の裏に設けてある組織幹部だけの為の観覧室で、島田が舌打ちをしながら言った。 { ミルクも一度ここでSMのショーを見学したことがある。 { その時はソフトなSMショーだったが、それでもミルクの意識レベルでは苦痛だったようだ。 { ミルクには、こんな状況があるとは想像も付かないだろう。 {「・・娘が承諾しているというのは本当だろうな?」 { 島田に並んで座っている景山が腕組みをしながら顰め顔で聞く。 {「・・・男は絶対大丈夫だと言っておりますが・・・」 {「問題はどう話してあるか、だわね。あのお嬢さんの表情からは納得ずくとも思えませんわ。」 { 島田の反対隣りに座ったアザミが冷めた目で観察しながら言う。 { アザミも、娘を預かる立場になる者として同席していた。 { 娘への行為をその場で見届けるのはアザミの部下達で、組織幹部が目の前で立ち会うことはない。 { 娼婦となる女達が、幹部の顔まで知る必要はないからだ。 「いつまで待たせる気だッ。」 「さっさと始めろッ。」 丸いステージを囲んで座っているアザミの部下達が苛立たしそうに怒鳴る。 「は・・はい。」 ペコペコと頭を下げた男が、娘の腕をつかんでマットが敷かれたステージに上がった。 「・・パパ?・・・ここって本当にオーディション会場なの?」 「ああ。・・お前を高く買い取って頂く為の立派なオーディションだ。」 「・・買う?・・・って、何のこと?」 「お前だって、買い物が好きだろう?・・贅沢も好きだろう?・・人が持ってない物を手に入れて見せびらかすのが自慢だろう?・・・だが、その為にはお金が必要なんだ。」 男は娘の両腕をキツクつかむと、マットへと押し倒した。 娘は呆気に取られて父親の顔を凝視している。 男はお構いなく娘の腕を膝で押さえつけながら、娘の服を脱がせ始めた。 「・・ッ・・・パパッ?!」 「パパも辛いんだ。・・お前に贅沢をさせる為に、お金を使いすぎてしまったんだよ。」 嘘である。 男は自分への贖罪の為に娘の浪費癖を言い訳にしているだけだ。 「ママはパパのお金を巻き上げて、お前のことも捨てて、出て行ってしまった。」 これも嘘だ。 財産分与を受け取る代わりに娘の親権を男に渡したとは言え、母親が娘の辿る地獄を知っていた訳ではない。 「もう、パパにはこうするしかないんだよ。」 自分勝手な言い訳だ。 「・・・パパ?!」 娘はどうしてこんな状況で、父親から今更のように叱られているのか、理解出来ずにいた。 父親が娘のブラジャーを剥ぎ取っても、理由がわからずに両腕で隠そうとするのが精一杯だった。 男は押し倒した娘を跨いで動けないようにし、男の腕力で娘の腕を払い除けると、まだ膨らみの小さな胸を鷲掴みにした。 「ヒッ・・・ぃ・・・イヤァァーーッ!!」 娘は父親のしている行為が何かもわからずに、激しく首を振って抗議している。 「・・姉さんも薄情なヒドイ女だよな?」 男は卑屈な薄ら笑いで言うと、娘の胸にしゃぶりついた。 「ヤァァァァーーーッ!!」 娘は溢れる涙を飛ばして壊れたように首を振り続けている。 「散々可愛がって育ててやったんだ。・・今度はお前がパパを助けておくれ。」 「ヤメテェェェーーッ!パパァァァーッ!」 娘は激しく体を捩り、何とか父親から逃れようとしている。 バシッ!! 男が娘の頬を叩いた。 娘は頬を手で押さえ、信じられない、と自分にのし掛かっている男を呆然と見つめた。 その目が、・・誰?・・誰?・・・こんな男・・パパじゃないッ!・・・と叫んでいる。 「パパも苦しいんだッ。こうするしか、もう方法はないんだッ。」 術はあるだろう。 全ての責任を自分で全うすれば済むだけのこと。 娘を巻き込まず、自分の始末は自分でつければいい。 「悪いのはママだッ!悪いのは姉さんだッ!恨むならアイツ等を恨めッ!」 それが、父親が娘に言う言葉なのだろうか。 だが、現実とはそんなものだ。 状況こそ違っても、こうした自分の責任を自分で取れない大人はいくらでもいる。 自分優位な自己弁護だけを並べ立て、全ての責任を人に押しつける。 信じていた父親に裏切られた娘は、服を全て剥ぎ取られ全裸を晒した時になって、ようやく状況をおぼろげながら把握してきたようだった。 男は娘の体を音を立ててしゃぶりながら、手を娘の股間へと伸ばした。 いくら状況が見えてきても、だからと言って納得出来るはずがない。 信じたくない、信じられない、こんな現実があるはずない、と見開かれた目で訴えながら、娘は悲痛な叫び声を上げた。 「ィッ・・イッヤァァァァーーーッッ!!!」 {「ダメよッ!やめさせなさいッ!」 { アザミがイスから立ち上がって叫んだ。 { 島田は唇を噛んで頬を痙攣させている。 { 判断が景山に委ねられている状況で、景山は奥歯を噛み締めて思案していた。 {「娘に納得させるのが条件だったはずでしょッ?」 { アザミは何も答えない男達を睨み付けながら抗議する。 {「このままでは、あの娘の神経が持たないわッ!」 {「・・・う…む・・・」 { 景山も迷い始めていた。 { 当初の約束が守られていない以上、中止させるべきかどうか・・・。 {「クッ・・誰も止めないなら私がやめさせますッ!」 { 吐き捨てるように言ったアザミがイスから移動しようとした時、 {「アザミ、座っていろ。」 { と、低いけれど響きのある冷酷な声が背後から聞こえた。 { えっ?!・・・と、一同が振り返ると、そこには闇のオーラを纏ったマサトがいた。 { 閲覧室の後ろの壁に腕組みをして寄り掛かり、口の端を上げたマサトは、片頬に笑みを浮かべながらも、ゾクッ、と鳥肌立つほどの冷気を漂わせている。 { 一同は立ち上がり、頭を下げた。 {「俺が命令する。行為は中止しない。あの男の狂態ぶりを楽しませて貰おう。クククッ。」 { マサトはゆっくりと前に歩いてくると、景山の隣りに座り、スラリとした長い足を組んだ。 {「でもッ・・・ぃぇ・・ですが、ボス。娘には事前に納得させる約束のはずです。」 { アザミはまだ座ることが出来ずに、島田と景山の頭越しにマサトへ訴えた。 {「どこに本心から納得してここへ来られる娘がいる?」 { マサトは声だけでも威圧的な冷気を醸し出している。 {「そんなものは俺達自身への言い訳にすぎない。これは俺の命令だと言っただろう?・・座れッ!」 { マサトの命令は絶対だった。 { アザミは血の気の引いた顔で、ストン、とイスに腰を落とした。 {「・・むしろ納得させる方が酷というものだろうぜ。どんなに嫌でも悲鳴すら上げられずに、信じたくない現実を自分自身に向けて耐えなければならない。・・フンッ。いっそのこと思い切り叫んで父親を呪うといい。」 { マサトは冷たい視線をステージの親子に向けながら煙草を取り出した。 { 景山がそっと火を差し伸べる。 { マサトは煙草に火をつけ、煙を吸い込んでから、 {「俺が日本にいる時は俺を通せと言ってるだろうが。」 { と、厳しい口調で景山を叱責した。 { そして、 {「お前にはこの罪は背負えねぇよ。・・お前は守りてぇと願う盾だ。だが、地獄の灼熱に耐えられるのは戦う剣の意志。・・お前が俺を気取るこたぁねぇんだぜ。」 { と、小声で添えた。 {「・・・若・・・申し訳ございません。」 { 景山は静かに黙礼をし、崇拝してやまない若い覇王を熱い眼差しで見つめた。 {「憎悪が強ければ強いほど、生きようとするエネルギーは燃焼する。・・実に綺麗な子じゃねぇか。なぁ、アザミ?・・クックッ。お前を凌ぐ娼婦になれるかも知れねぇぜ。」 {「・・・はい。」 {「こんな不幸はそこら中に転がっている。生き地獄ってものを見せてやりゃ、根性もすわるだろうぜ。・・・ま、たまには狂ったままの女もいるがな。」 { ボソッ、と付け足した言葉に景山は、ハッ、とする。 { マサトの母親も、両親を殺され財産の全てを奪われた男に息子の目の前で犯され続けたのだ。 { 肩に深々と抉り込まれたナイフの傷痕は、全ての悲しみと全ての罪を吸い込もうとするブラックホールなのだろうか。 { 憎しみを浴び、憎しみに燃え、灼熱地獄の熱さの中で、生きんと欲する剣の意志。 { されど真実の姿は、愛に飢え孤独を抱え込みながら、愛する郷や愛する同胞を守る為に戦う心優しき純潔の戦士。 { 常に側にあっても、景山にはマサトの孤独を包むことは出来なかった。 「キャァァァァァーーーッッ!!!」 父親が娘の体に欲望を滾らせたペニスを押し込んだ。 「あぁぁ・・・可愛い娘。・・誰よりも愛している私の宝。」 血走った目を熱く滾らせ、男がうそぶく。 小刻みに動く腰が、己の欲望に興じている醜い本性を晒している。 愛しているなら娘の幸せを願うものだろう。 自分の勝手な都合で娘を売り込み、己の欲望の餌食にする父親のどこに、真実の愛があると言うのだ。 {「ケッ。・・吐き気がするほど見事な父親像だぜ。」 {「・・愛と言う言葉を隠れ蓑に、欲望の言い訳をする。どこまでも狡い男ですね。」 { 景山も冷たい視線をステージに向けながら相槌をした。 {「あの男・・我々を欺いた以上・・始末いたしましょうか?」 { マサトの登場で冷静さを取り戻した島田が進言する。 {「いや。こちら側は約束を守ってやろうじゃねぇか。・・当分は好きな所で好きにさせておけ。・・・娘の正気が戻って、ちゃんと考えられるようになった時、娘に選択させればいい。命乞いをするもよし、消えてしまえと呪うもよし。」 {「は。・・承知しました。」 {「生かしておいて、憎み続ける方が楽しいぜ。・・その方が女も利用価値が高いってもんだ。クックックッ。」 {「・・男が自滅しないといいけど。」 { ずっと黙っていたアザミが冷笑して言った。 {「あの様子じゃ、娘のヒモに成り下がっても、自分に都合のいい生き方をしそうじゃねぇか。」 {「ホンット。・・あのタヌキ親父ッ。あんな奴の汚いお尻を見ても、全然楽しくないわ。」 { アザミもどうやらいつもの調子を取り戻したようだ。 {「まったくだ。アッハハハッ。」 { 島田が可笑しそうに笑い出す。 {「クククッ。・・アザミにゃぁ、敵わねぇなぁ?」 {「男揃ってタジタジですね。」 { 景山も含み笑いで頷く。 { マサトが来た時からずっと後ろで黙ったまま控えていた若松は、四匹の自分に都合のいい狐達の談笑に力ない笑みを浮かべながら、闇の覇王マサトの魔力にビリビリと痺れていた。 後味の悪いショーを見た後、マサトは同席していた者達を食事に誘った。 とても食欲が湧くとは思えなかったが、すでにテーブルも予約してあるというので、皆でレストランへ向かった。 一同が奥の席に案内されると、広いテーブルにちょこんと座って待っているミルクがいた。 ミルクの後ろにはボディーガードを買って出た田代と福島が控えている。 「何だ、早かったじゃねぇか。」 マサトは承知していたようで、そう声を掛けてミルクの隣りに座ると、すべすべの頬にキスをした。 「うんッ。クリスマス前だから、まだそんなに忙しくないみたい。」 ミルクは恥ずかしそうに首をちょっと竦めながら笑みを零す。 「あぁ。今日はお店の手伝いをなさってらしたのですか。」 景山もミルクの隣りに座り、笑みを浮かべて頷いた。 「そぉーなのぉ。ウフッ。今日は授業が午前中だけだったからぁ。」 透明な声が蜜のように甘くとろける。 「島田とアザミも立ってねぇで早く座れよ。」 マサトに促されて、気まずそうに立っていた島田とアザミが遠慮がちに席に着いた。 「お久しぶりです。島田さん、アザミさん。」 ミルクは屈託のない笑顔で挨拶をする。 島田は頬を微かに震わせ、 「お久しぶりです、アリス様。お元気そうでなによりです。」 と、緊張した面持ちで頭を下げた。 アザミもどうにか笑みを保ちつつ、 「お久しぶりね、アリス様。・・すっかり綺麗になられて。」 と、控え目なトーンで言った。 日本に帰国したミルクが、マサトを拒絶しているという組織内の噂は、アザミや島田の耳にも届いていた。 親友の死から立ち直れずに人形のように表情が消えてしまった、とも聞いていた。 マサトの命令だったとはいえ、関わった二人にとっては姿を見せることも憚られていたのだ。 香織がアザミに会った以上、ミルクがアザミの関与を知らないはずはない。 けれど、目の前にいるミルクからは二人への怒りというものが感じられなかった。 それどころか、アザミのお世辞に照れまくっている。 アザミは心に暖かい光が流れ込んでくるのを感じて、何故か切なくなり、泣きそうな笑みを浮かべた。 島田も同じようで、細めた目がいつもより潤んで見える。 「そのモヘアのツーピース、マンションの方にご用意させて頂いた物でしょうか?」 「うんッ。見つけちゃったぁ〜。フフッ。いつもありがとぉですぅ。景山さん。」 「どう致しまして。アリス様にピッタリで、私も嬉しいです。」 「このウサギさんのシッポもぉ〜・・超可愛い〜!」 ミルクはフワフワの毛玉の髪留めで、髪を耳の上あたりで左右二つに縛っていた。 それを、今日はスカートを広げられない代わりに、首を振って縛った髪を揺らして見せた。 「・・おい。ガキじゃねぇんだから、ウサギのシッポぐれぇで騒いでんじゃねぇよ。しかも偽物だし。」 マサトが片目を眇めてミルクの額を小突く。 「だってぇー・・可愛いんだもぉーん。・・ねぇ〜?」 「ねぇ〜。」 マサトの方を向いて頬を膨らませながら言い返したミルクが、いきなり振り返って景山に”ねぇ〜?”と言ったので、思わず景山もつられて”ねぇ〜。”と答えてしまった。 見てはいけない物を見てしまったように、一瞬、場が白くなった。 そして、初めにアザミが、プッ!、と吹き出すと、周囲の者達は堪らずに笑い出してしまった。 ミルクの後ろに控えている田代や福島も、体を捻って壁の方に向きながら、笑いを堪えて肩を震わせている。 首筋を赤らめた景山が、取り敢えず後ろの二人を斜に睨み上げ、照れ隠しに目を眇めた。 「ま、いいじゃねぇか。・・景山は猫好きだしな。」 マサトが言った言葉が、妙に皆のツボにハマってしまい、終いには景山まで口元を握った拳で押さえながら笑いを零していた。 日溜まり猫はお日様の匂い。 猫可愛がりせずにはいられない景山の気持ちを揶揄したマサトの言葉が、ミルクといる時に感じる不思議な安心感が何であるかを皆に実感させたらしい。 そして、それはそのまま、マサトがミルクを愛する理由に違いない。 そこにいてくれるだけで、暗い闇の中でも日溜まりの温もりを感じられるのだ。 全ての存在を静かに包み込む穏やかな光。 その一時だけでも、罪を忘れることが出来た。 罪を背負って生きるからこそ、日溜まり猫をそっと寝かせておいてやりたい、と思う。 過激な聖騎士は、姫を小脇に抱えながら剣を振り戦うこともあるだろう。 断末魔とともに倒れる者達の血飛沫が姫にも浴びせられるだろう。 それでも、姫は穏やかな笑みを失わずに、日溜まりの温もりを分け与えてくれる。 皆は、笑いながら泣きたいほど胸に熱いものが込み上げていた。 そして、気乗りがしないと思えた食事は、すっかりパーティーのような賑わいとなり、田代と福島も許されて席に着き、忘年会の話題で盛り上がった。 これまでの忘年会は見ているだけだったマサトも隠し芸に参加を表明し、景山も手品を披露すると自慢げにミルクに報告し、隠し芸なら誰にも負けないと田代と福島が言い出して皆の冷笑を浴びた。 「で?・・・ミルクは出し物は決まったのか?」 機嫌良く聞いたマサトだったが、ミルクが、 「それはぁ・・・ヒ…ミ…チュッ!」 と、最後に投げキスをしながら周囲に言ったので、 「・・・ミルクの投げキスも禁止だぁー!」 と、怒って叫んだ。 怒号するのとは違うじゃれるような怒り方に、皆の笑顔が途切れることはなく、ミルクはキョトンと瞬きをしながらも、 「…ぁーぃ…」 と、唇を尖らせて答えた後、皆と一緒になって笑った。 マサトが皆の為に用意したささやかな食事会も和やかなまま終わり、それぞれの帰路に着いた者達は、総裁であるマサトのボスとしての大きさを感じて、部下でいることの誇りと満足感に満たされていた。 |
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