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<96> 「祈りは共に…」 |
§96§「祈りは共に…」 束の間、蛇窟島で新婚旅行らしい時間を持てたマサトとミルクは、5月下旬にしてすでに真夏のような日本に戻ってきた。 暑かったのは陽気だけでなく、取材攻勢も過熱気味だった。 何しろ、海外滞在中に、日本では”現代のシンデレラ”と、好奇心いっぱいにマスコミに取り上げられ、舞踏会についてもあれこれと細かい所まで取材報道されていたのだ。 その為、帰国して降り立った空港にもマスコミが殺到していて、正式に原田雅人の妻となったミルクは、向けられるカメラのレンズから隠れることも許されなかった。 それに、あまりにも隠れようとすれば、マサトが”16歳の少女と結婚した”という一部の批判を黙認してしまうようで、ミルクは敢えて毅然と胸を張り、笑顔で応えた。 舞踏会でのミルクの評判が高かったこともあり、マスコミはミルクの笑顔を”小さな貴婦人”と好意的に扱ってくれた。 そして、マサトの方から「まだ学業を続けている立場なので、ご理解を・・」と頼んだこともあり、屋敷の周囲や学校への取材は申し合わせでしないことにして貰えた。 いくら原田雅人という人物が公的立場に立つことが多くても、ミルク本人が活動している訳ではないので、公の場所に同伴したり招待されて表に出る時以外は、取材するのも報道モラルとしてまずいだろう、という考えも出てきた所だった。 こうして、ようやく帰国後の騒ぎが静まった頃、ミルクは香蘭学園に戻ることが出来た。 6月になり、季節は梅雨となった。 勉強の遅れは兄のミツルや戒が教えてくれるので、どうにか進んだ授業も理解出来るようになった。 S商事の仕事と経団連関係の会議に追われていたマサトも、ここ数日は一緒に夕食の席に着けるようになっていた。 ちなみに、子犬のドリーは、フリーになついていたこともあり、フリーの最初の任務として「ドリーのことをよろしくね。」と預けてきた。 父親と離れて一人で、蛇窟島で訓練をしながら生活するのは、まだ10歳の少年には寂しいだろう、との思いからだ。
フリーからの手紙が届き、ミルクは窓辺の長椅子に座って、英和辞書を片手に解読を試みていた。 「・・・何だ、まだ読んでいたのか?」 浴室から出てきたマサトが、髪の滴を拭き取りながら呆れたように言う。 「…………ぅん……」 「ククッ・・訳してやろう。」 マサトが側に来て、手紙に手を伸ばすと、ミルクは、 「…ダメぇ……」 と、胸に押し付けた。 「フリーだって頑張っているんだもん。ミルだって、その手紙が読めるようにならなきゃ……ちゃんと自分で読みたいの。」 「ふむ・・・それはいい心掛けだが・・・意味はわかったのか?」 「…んっとね……訓練センターでフリーもドリーも頑張って訓練してる、って。…で、夜一緒に寝てるから、友達が甘えん坊だって笑うって…多分…」 「・・・おいおい・・・多分なのか?」 マサトは長椅子の片側に腰を下ろして苦笑する。 「ムッ…ぃぃのぉ。……それとね、フリーのパパももうすぐ島に来れるって。」 ミルクがどうにかそこまで読み取れた、と目を輝かせてマサトに視線を投げると、マサトも微笑んで頷いた。 「やっぱり言葉って大事だねぇ……ミルももう少し頑張って勉強しなきゃなぁ……」 「その前に、フリーが日本語で手紙を送ってくれるようになるだろうぜ。彼の言語能力はワードも太鼓判を押してるしな。」 からかうように言われ、ミルクはプーッと膨れる。 けれど、膨れた頬にマサトがキスをしたので、すぐに嬉しそうに笑ってしまう。 ……結婚しても、やっぱり好きでたまらないマサト…… ミルクはほんのりムスクが香るマサトのバスローブに顔を埋めた。 目を閉じて耳を澄ませると、マサトの鼓動が聞こえてくる。 半分開けた窓からは雨音が聞こえている。 湯上がりの熱気がマサトから伝わり、微かな冷気が窓から流れてくる。 ……急がない静かな時間…… ミルクはマサトの妻になれた実感と喜びに包まれていた。 マサトはミルクの髪を撫でていたが、白いナイティーから覗いている腕が白過ぎる気がして、そっと触れてみた。 案の定、冷たくなっている。 「・・・ミルク・・・窓を開けてたら、せっかく除湿して温度調節もしているのに、役に立たねぇじゃねぇか・・・ん?」 「……だってぇ……雨の音が好きなんだもん。」 屋根に当たる音、窓枠に打ち付ける音、地面の水溜まりに落ちる音、木々の葉に当たる音……その全てが心地いい。 「…雨の匂いも…好き……」 都会に降る雨でも、しっとりとした空気は、汚れを洗い流す清浄感に満ちている。 マサトも目を閉じて、雨音に耳を澄まし、静かに深呼吸をする。 「・・・・・そうだな・・・」 大きく息を吐いて目を開けたマサトは、そう言ってミルクを優しく抱き締めた。 髪に頬ずりをし、額にキスをする。 額から鼻筋へと唇を滑らせ、甘く香る赤い唇へと重ねる。 ・・・愛しい妻・・・ かつて、自分がこれほど誰かを愛せるとは思わなかった。 愛しさが胸に広がると同時に、甘酸っぱい郷愁に駆られる。 何処から来る郷愁なのかはわからない。 それは、命の根源かも知れない。 マサトはミルクを愛して、初めて神へ感謝する敬虔な思いに至った。 「…あ…ねぇ……」 甘いキスをしようと舌を滑り込ませようとした時、ふいにミルクがマサトの胸から離れてマサトを見つめた。 マサトは舌を出したまま目を眇め、 「・・・あ?」 と、片眉を上げた。 マサトもミルク相手には拗ねることもある。 それはミルクにも伝わったが、気になったことを気になった時に聞いておかないと、忘れてしまうミルクは、 「…あのね…毛利さんのことなんだけどぉ……」 と、上目遣いに甘えて瞬きをする。 「ワードが何?」 マサトはキスを諦め、長椅子の横に置かれている小さめのテーブルに用意された、ワインをグラスに注いだ。 「…いつまで、お兄ちゃんに秘密にしておくの?」 「・・・・・気付くまで放っておけばいいさ。」 マサトは素っ気ない顔でワイングラスを傾ける。 「でもなぁ……あんなに親密になっちゃってぇ…尊敬しまくってるんだもん。……マサトの部下だった、って知ったら…きっとショックだと思うけどなぁ……」 ミルクはうつむいて爪を噛む。 「・・・まぁ・・・俺もあそこまでミツルが単純な奴だとは思わなかったが・・・クックックッ・・・だが、ワードは教授としても得る所の多い優秀な人物だし、人間としても信頼出来る男だ。相談相手として慕って貰えれば、ワードも真摯に応えるだろう。・・・それでいいんじゃねぇか?」 「……けどなぁ……お兄ちゃん、へそ曲がりなトコあるし……」 「その時は、俺の身内である以上、俺の気遣いに感謝しろ、って言ってやるさ。・・実際、大学って所は優秀な奴ほどおかしな団体が目を付ける。親元を離れていて・・と言うより、親に反発して家を出ている時に、変な連中に極端な考えを植え付けられて、親の目も届かないのは危険だろうが、ん?」 「……そーなんだぁ……」 「そりゃそうだろ。大抵は親が子供の変化を察知して、道を逸れる前に注意するもんだろ?・・・俺でさえ、親父が亡くなるまでは親の意見を尊重してたぜ?・・・もっとも、俺の場合は・・・逆とも言えるがな。クックックッ。」 「……うん……」 マサトの父親が残虐非道だったと聞いたことがある。 ただ、そうした父親の冷酷さを知るからこそ、”非情なまでに冷静沈着な男”と評されながらも、マサトは熱いのかも知れない。 「俺の方からは、何かを働きかけようなんて思っちゃいねぇ。ワードにも教授としてのアドバイスに徹しろ、と言ってある。」 「……そっか……」 ミルクは頷きながら、まだ手に持っていたフリーからの手紙をたたんで封筒にしまった。 マサトはその様子にニンマリと笑い、 「だから・・・俺達も俺達の時間を俺達の為に使おうぜ?」 と言って、ワインを飲み干すと、開いていた窓を閉めた。 ミルクはポッと頬を赤らめ、コクリと頷き、 「…マサトぉ……」 と甘えて、マサトの胸に凭れ掛かった。 胸の中で見上げるミルクに、マサトがキスの雨を降らせる。 そして、今度はお互い心を一つにして、唇を重ね合わせた。 マサトに抱き上げられ、ベッドへ運ばれる。 マサトがバスローブを脱ぐと、盛り上がった逞しい筋肉に恐々しい蛇が踊る。 威嚇するような蛇を怖いと思ったのが、遠い記憶となった。 今は美しいとさえ思う。 マサトがミルクのナイティーを脱がせる間、ミルクは蛇を指先で愛撫するようになぞっていた。 「・・・可愛い俺の天使・・・」 優しいキスをしながら、肌をピッタリと重ね合わせてくる。 雨の冷気に冷えていた体が温められて、魂がとろけるようだ。 「、、ン、、アフッ、、、マサトぉ、、、大好きぃ、、、」 唇を離したミルクが甘い吐息で囁くと、全身を抱き締められる。 宙に舞い上がるほどに嬉しい瞬間に、ミルクも目を閉じてマサトの背中に腕を回した。 「、、、愛してるぅ、、、マサトぉ、、、」 肌に触れながら唇を動かす。 「・・・その言葉が・・・慈雨となって、俺の心を満たしてくれるぜ・・・」 マサトはミルクの髪の生え際にキスをしていく。 「・・・この髪の一本一本までが愛しくてたまらない・・・」 「、、、ミルは、、、マサトの抱える全て、、見つめる物全て、、触れる全てが、、大好きぃ、、、」 ミルクはうっとりと夢見るようにマサトを見つめる。 マサトも熱く潤んだ眼差しで見つめる。 「ミルク・・・・・お前の愛は・・・悲しいほど広いぜ・・・」 「、、、マサトの夢は、、、切ないほど果てしないね、、、」 「お前がいれば・・・俺は追い続けられる。」 「、、、うん、、、ミルはその腕の中にそっと隠れるように、、息づいているだけ、、、」 「あぁ。・・それでいい。それで充分すぎるくれぇ、俺は・・・幸せだ。」 ・・・幸せ・・・ どこかでそう思うことを封印してきたように思う。 満たされてしまったら、求めなくなるのではないか、と魂に鞭打つ日々だったかも知れない。 けれど、幸せを感じても、求めるものはある。 問い続け、戦って勝ち抜かなければならないものがある。 ミルクの愛がそれを教えてくれる。 マサトの抱えるもの、全てを包み込もうと、精一杯に魂の翼を広げるミルク・・・ ・・・あぁ・・・守ってやるぜ・・・ ・・・大事な仲間・・・大事な故郷・・・大事な全ての命・・・俺達のソウルプライド・・・ ・・・俺の真っ黒い闇の翼でも守れるものがあるなら・・・ ・・・ミルク・・・ ・・・お前の真っ白な翼と重ね合わせて・・・共に守っていこうな・・・ マサトは溢れ出す想いを、ミルクに注ぐように、体を一つに結んだ。 「、、ァ、、ァァァ、、、ハァァ、、、マサトぉ、、、」 マサトの腕の中でゆっくりと仰け反り、マサトを受け入れる。 確かな存在感が体を押し広げていく。 襞を掻き分けてグイグイと奥まで体を伸ばしてくる蛇。 蛇の息遣いまでが襞に伝わってくるように感じる。 「はぁぁ・・・柔らかいぜ・・・たまらないこの感触・・・しっとりと包み込まれて・・・吸い付いてくる・・・」 マサトも、襞の細かい煽動と奥へ奥へと吸い込まれるスパイラルな刺激に、目を閉じて喘ぎ声を洩らす。 帰国してからは激しい行為を控えて、ゆっくりとしたペースで愛し合うことが多い。 好奇心旺盛なクラスメートの視線に晒される日々では、夜の疲れを朝まで引きずれない事情もあった。 香蘭学園で、男子生徒達が「昨夜はアレをやったか、どうか」という噂話をしているのを耳にして、ミルクが泣いて愚図ったこともあった。 それで、休み以外の時は、お互いを確かめ合うような優しい行為を心掛けていた。 ただ、優しい動きに制限しているせいか、マサトのクライマックスが時間が掛かって、いつも一時間以上一つになった状態でいることになる。 更にもう一度、もう一度、と望まれると、二時間、三時間と増えていく。 結局、激しい行為を控えても寝不足がちになるミルクだった。 ミルクの母親(今は高藤夫人)は、8月初頭が出産予定日だった。 手伝いに行ったり様子を知りたい思いもあったが、まだマスコミに騒がれたばかりで人目が気になるし、大事な時期の母親に何かあっても困る、という配慮もあり、会いに行くことは控えていた。 もちろん電話ではよく話をしているし、順調そうなので安心している。 ミツルはその話題には触れたくないようだが、生まれてきた赤ちゃんを抱っこすれば、きっと可愛さが湧くだろう。 ―――命の尊さはミルク以上にわかっている兄なのだ。 「魂をお空の神様に返してあげようね。」と一緒に子猫の亡骸を埋めた幼い記憶を忘れない。 ミルクは自分以上に、兄ミツルに信頼を置いていた。 ……真っ直ぐな気性・・・純粋だからこそ、裏切られたと思う心の傷は深いのだろう、と。 ……そして・・・この世に生まれた命をきっと真っ直ぐに愛してくれるだろう、と。 大天使ミカエルのように光のオーラを放つ真っ直ぐな横顔を見るたびに、ミルクはそう感じていた。――― ある日の休日。 騒ぎや混乱を避けて、登校する以外はほとんど屋敷に籠もっていることの多いミルクを、マサトは地下アジトへ連れて行ってやった。 屋敷に出入りできない部下達が、ミルクの笑顔を恋しがっている、という理由もあった。 だから、ミルクが、 「こんにちわぁ〜…」 と、以前と少しも変わらない笑顔で挨拶するだけで、緊張し真っ赤になった顔で、 「・・お・・お・・お久しぶりでございますッス。」 「アリス姫・・・お元気そうで・・・嬉しいッスぅ・・ぅぅ・・・」 と、感激しながら口々に挨拶を返してくれた。 ミルクは”アリス姫の部屋”に立ち寄ったものの、マサトが仕事をする間、談話室で編み物をしながら、訪れる蛇窟組織員達と談笑して過ごした。 「何を編んでるんですか?」 トレーニングの合間に顔を出している組織員が聞くと、 「ウフッ…ママの赤ちゃんの産着ぃ〜。」 と、ミルクは楽しそうに答え、編みかけの小さな靴下を見せる。 今日は、ミルクがアジトを訪ねるのも久し振りなので、多少長い休憩も大目に見られていたこともあり、入れ替わり立ち替わりしながら談話室は組織員達で混み合っている。 ミルクは結婚しても取り立てて変わることもなく、包帯を腕に巻いている相手を見かけると、 「怪我をされたのぉ?…大丈夫ぅ?」 と、心配そうに顔を曇らせる。 「あ・・いえ・・・ちょっと仕事中にミスって・・・今はリハビリ中なんす。大したことはないっすよ。」 そう説明を聞かされると、 「…そぉ……お仕事をするのは大変ですものねぇ……でも、どうか無茶はしないでね?……ゆっくり怪我を治して、大事にしてください。」 と、じっと相手の目を見つめて言う。 キラキラと輝く瞳は明るく澄み、祈るような優しさに溢れているので、そう言われた組織員は、ミルクに母親のような柔らかな温もりを感じ、柄にもなく涙ぐんでしまう。 聞いている皆もジワァ〜ンと胸が温かくなり、談話室は日溜まりのように穏やかで心地いい場所となった。 ミルクは特に意識してそうしている訳ではなかったし、本を難しい顔をして眺めながら編み物を続けているだけなのだが、その場にいる皆は、ミルクが一目一目を編み込む姿を見ているだけで幸せな気分になった。 そして、ミルクは、なかなか蛇窟島にも行けないだろうから、と島の様子や新しく仲間に加わったフリーのことを楽しく話した。 更に、マサトが蛇神のジュニアと格闘した話は、大いに盛り上がり皆を喜ばせた。 「そりゃぁ、ボスに勝とうなんて百年早いっすよ。」 「ジュニアもまだまだ遊びたい年頃なんだろなぁ、ハハハッ。」 「しっかし・・・見たかったですねぇ、その格闘シーン・・・」 「大スペクタクル映画ばりっすね。」 「いや・・・ホラー映画じゃないか?」 「アッハハハ。・・・つーか、有り得そうで怖いぞ・・・」 「まぁ、そこがボスの凄い所さ。」 そう囃し立てる皆の顔が輝いている。 そこには、心からボスであるマサトを崇拝する心が滲み出ていて、ミルクは嬉しさと共に感謝を込めて聞いていた。 「ミルミルもねぇ、話がわかるみたいに相槌を打つのぉ〜…フフッ…」 地下アジトで飼っていたので、皆にも記憶があり、 「それはスゴイっすね。」 と、感心して頷いた。 「今度、会う機会があったら、皆さんも話し掛けてあげてね。」 と、何気なく言えるミルクもまた、ホラー映画女優の資格充分だろう。 摩訶不思議が罷り通る世界の一員に、いつしかなっていながらも、幼さを残したような甘える話し方はそのままで、皆の心をくすぐる。 特に春風のような笑い声が、その場にいる全ての男達を魅了していた。 幹部との会議を終え、景山の示す書類にも目を通したマサトは、しばらく総統室でミルクが戻るのを待っていたが、一向に戻って来ないので、様子を見に談話室へと足を運んだ。 すっかりミルクの取り巻きとなった皆の逆上せた顔に、次第に寛容な心が苛立ちに変わり、 「くぉるるぁぁぁーーーっ!いつまでサボってやがるんだぁーーっ!!」 と、怒鳴りつけた。 親父の雷、といった具合に、皆が蜘蛛の子を散らすように談話室から消えた。 「……もぉぉ…マサトったらぁぁ……」 ミルクがちょっと睨んで膨れると、 「あれでいいんですよ。」 と、景山が穏やかな笑みを浮かべて言った。 それに続けて戒が、 「そもそも、姫がここで時間を過ごされることをお許しになられた、ボスのお気持ちは、皆承知しているでしょうからね。」 と、自信たっぷりに片眉を上げて言い添えた。 「アリス様が甘くてらっしゃるから、ボスは厳しくてちょうどいいんです。」 と、珍しく若松も含み笑いを漏らす。 首を傾げて考えるミルクに、 「ミルク・・お前は俺が捕まえた天使なんだぜ?他の奴等に手ぇ出されてたまるか。」 と、マサトが宣う。 景山と戒と若松は、それぞれに笑いを噛み殺し、マサトのまだまだ若い情熱に、夢を失わない強さを感じて頼もしく思うのだった。 長雨が続く梅雨空でも、ミルクの周囲は明るく穏やかな日々だった。 けれど、やはりそうした日々は長く続かない。 世界情勢が荒れ、ニュースを見るマサトの表情が次第に浮かなくなっていった。 S商事という表の仕事だけでなく、地下アジトでの闇の仕事も増え、帰宅も深夜になってから、という日々が続くようになった。 ミルクは帰国してから体調がすっきりせず、熱っぽくて怠い時も多い為、戒からはマサトの帰りを待たずに休むように言われていた。 仕方なくベッドに入って横になるものの、ミルクは眠ることが出来ず、マサトを待ってしまうのもいつものことだったが・・・。 この日も遅くなってからマサトがそっとベッドに入ってきた。 ミルクは体を反転して、マサトの胸に顔を埋めて甘える。 「ミルク・・・そんなに心配するな。」 マサトは宥めるように髪を撫で、頬ずりをする。 「……マサトぉ……」 「・・・俺はどこにも行かない・・・ここにいるだろ?」 マサトがミルクの頬から顎へと指を滑らせ、隠れている顔を上げさせると、優しくキスをした。 静かに微笑むマサトの瞳は憂いを含み、深い悲しみに翳っている。 「……だって…行きたいんでしょう?」 ミルクにはわかっていた。 マサトが苦しむ同胞の悲痛な魂の叫びに、駆け付けたいと思っていることを。 「・・・いや。・・・若林に支援物資を送るように指示してある。」 「でも……今は現地に入るのも難しいって……」 「それは個人や表の活動家達の話で、俺達には秘密のルートもあるし、何より指導者達とは親密な信頼関係を築いている。個人のボランティアレベルじゃないから、問題はないさ。・・・もっとも某国の標的にはなる可能性もあるが・・・」 「……え?!……支援物資を届けるのだって…復興支援でしょう?」 「フン。・・・某国に都合の悪い援助は敵対行為らしい。」 「…そんなぁ……ヒドイ……」 「正義の面の裏側なんて、そんなものさ。」 「……ミルには…難しいことはわからない……」 「クスッ。ミルクが、政治家達の醜い利権が絡んだ汚い正義論なんかを、気にするこたぁねぇさ。」 マサトが話を切り上げるように言って、キスを続けようとする。 けれどミルクは首を振って嫌がってしまう。 「・・・ミルク・・・これは個人レベルで議論出来る問題じゃない。報道を見るのも辛いだろうが、現実は報道されないもっと悲惨な地獄絵図の世界だ。・・・俺はそんな現実をミルクには見せたくねぇ・・・」 「……心を置いていかないで。……個人じゃ何も出来ないけど…せめて考えるくらいしたい。事実をちゃんと見つめたい。せめて祈るくらい、したいもの……」 「・・・ふーむ・・・」 マサトは大きく溜息を吐いて、しばらくミルクの顔を見つめていた。 やがて、 「新聞やニュースだけでは報道されない裏の事実も、ちゃんとリサーチしないと真実は見えて来ない。」 と、説明を始めた。 「某国の正義論は嘘ばかりだ。・・・独裁者支配をうち倒し、民主主義=国民の為の政治を打ち立てる、と銘打っているが・・・現実は自分達に都合のいい政府にしたいだけさ。・・・何故なら、兵士と共に民間企業が復興支援の名目で現地に入り込んでいるが、兵隊が引き上げた後、つまり民主主義の政権が出来てからは、その民間企業がその国のあらゆる利権を独占しようとしている。・・・つまり、治療と騙して菌を植え付け、最終的に末端までも菌を蔓延らせ、内側から支配しようとする利権菌。利権菌に邪魔な、心=宗教的支配力が強い指導者の排除をしようとするから、心=魂の拠り所を奪われたくないと肉体の本来の持ち主が抵抗している訳だ。つまり、菌を植えて洗脳しようとしているのは某国側であり、何千年と守ってきた魂の根源を守ろうと苦しんでいるのが・・・我が同胞なんだ。・・・報道では某国寄りの情報ばかり流され、爆弾や銃を持って攻撃行動をしている兵士達の死者数ばかりを報じてるが、・・・その土地で生まれ育ち実際に生活している、幼子の犠牲者数は、封印されてしまっている。・・・何百人と子供達が殺されているんだ。悲しまない親はいないだろう?仇を討ちたいと叫ぶ父親達を・・・本当にテロと呼べるのか?・・・一方的過ぎやしないか?・・・俺は悔しくてたまらない。」 「……うん……」 ミルクは怖くなって、マサトにしがみついた。 愛される為に生まれてきたはずの命を、奪われたくない。 ……いつかは自分も母となる日が来るかも知れない。 そう思うと、その悲しみは他人事ではないように、胸を抉った。 「……行っていいよ……」 ミルクは小声でそっと呟いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 マサトは聞こえないフリをしていた。 「……マサトなら……大きな力を持ってるし……逃げ惑う力なき人々の盾になれるもん。…怪我をしても治療も出来ない人達を助けてあげられるもん。……ねぇ…そうなんでしょう?」 ミルクの声は震えている。 「・・・危険かも知れないぞ?」 「……うん。……わかってる。」 わかってはいるが、信頼もしている。 「・・・一度向こうへ行けば、なかなか連絡も取れないし・・・今回は長くなるだろうぜ。」 部下を引き連れて行く責任上、可能な限りの安全策を配備しなければならない。 全ての責任がマサトに掛かってくる。 またミルクに寂しく不安な思いをさせてしまう、と思うことが、マサトの決意を鈍らせていた。 「……信じて…待ってるから……」 個人レベルで何かが出来るような現状ではないなら、組織力のあるマサトが動くしかないのだろう、と……総帥の妻として思う。 武器を手にして戦い合う人達は、それなりのバックもついているが、一般市民を守れるほど、戦いで荒れた土地の人々には、その力がなかった。 「・・・いいのか?」 「……うん……」 頷いたミルクはもう涙を堪えられなかった。 「……だけど……今夜だけは……泣いてもいい?」 「・・・ミルク・・・ありがとう・・・」 マサトは恭しくミルクの涙に口づけをし、そっと抱き締めると、 「お前の涙に込められた・・愛・・を、届けてくるよ。」 と、優しく囁いた。 「……うん。」 「どんなに離れていても、想いは一つ。・・・祈りは共にある。」 「…うん。」 ミルクは絶対的信頼を寄せる聖騎士を見つめ、しゃくり上げながら笑みを浮かべた。 「我が天使・・・愛しき我が妻・・・」 マサトはいつの間にか、頼もしき総帥夫人としての強さを持った妻を、敬虔な面持ちで見つめていた。 |
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<97> 「青天の霹靂」 |
§97§「青天の霹靂」 マサトと共に、戒もキラー部隊を率いる為に日本を旅立って行った。 ミルクのガードは常時二人の屈強な男達が周囲を警戒するようになり、また、ミルクの身の回りの世話も兼ねて蛇窟島から来たSSの女性メンバーが、三交代で常時に側に付くようになった。 マサトの裏の顔を知る者は少ないが、それでもマサトに動いて欲しくない反対勢力の手が、忍び寄ることも警戒しなければならなかったのだ。 マサトも戒も留守にしているし、景山は一日一回は挨拶に屋敷を訪れるとはいえ、地下アジトで組織全体をまとめなければならず、忙しかった。 賑やかなSSSメンバーもおそらく各自の任務で忙しくしているだろう。 ガードは増えても、屋敷の中は不安と緊張を押し隠すように、静寂に沈んでいた。 出産を間近に控えた母親へのプレゼントである産着は、もうすっかり編み上がって綺麗に箱詰めされていた。 後は夏場用に新生児用の産着などを揃えたい所だったが、ミルクはまだ人が大勢いる場所に出掛けることは避けていた。 ガードをあまり煩わせたくないという思いもあったが、ずっと微熱が続き、怠さが抜けないので、気分が優れなかったせいもある。 長梅雨で7月に入っても肌寒い日が続き、重く空を覆う雲は、一層心を重くするようだった。 景山がマサトの無事を知らせる伝言を、ミルクに伝えた。 色々な制約や危険回避の為に、直接連絡を取り合うことが出来ずにいたので、ミルクはひとまず安堵の息を吐いた。 「アリス様・・・あまり心配し過ぎては、体までまいってしまいますよ?」 この所、学校も休みがちのミルクを、景山も気にしていた。 もっとも、もう期末試験も済んでいるので、後は夏休みを待つばかりなのだが、天候のせいもあるのか、ミルクの元気がなかった。 「…ミルは大丈夫。…でも…悲しいニュースばかりが続いているでしょう?」 「クスッ。それはアリス様のせいではありませんよ?」 景山は穏やかに微笑んで、軽く肩を竦めてみせる。 「アン…そぉだけどぉ……」 「生きることは常に理不尽に満ちているものです。」 「……マサトさんは…少しでも犠牲になる命がなくなるようにと頑張ってるのに…ミルは何も出来ずにじっと待っているだけ……」 「ボスが自由に動けるのも、アリス様が健やかに待っておられるからです。」 「…ミルにも何か出来ない?」 「そうですねぇ・・・今はまだ時期が悪過ぎます。S商事も国際○十字協会や人道支援協会などに加盟しておりますし、そちらでの支援活動への寄付も当然しておりますから、そうしたレセプションやバザーなどへ参加されるのも、会長夫人としては宜しいかと思われますが・・・」 「…ぇ゙〜〜……」 「何も腕まくりして労働するだけが、援助ではないでしょう?」 「…そだけどぉ……」 「立場立場で出来ることをすればいいのです。・・・ただ、まだアリス様は高校生ですし、ボスの留守をしっかり守っておられるだけで充分ではありませんか?・・・暗いニュースばかりを御覧にならずに、楽しいことを考えても罪にはならないと思いますが・・・」 景山は自分自身、ボスの為にお側で動けたら、と思っていることを心の奥にしまい込み、穏やかな笑みでミルクの気持ちを和ませようと、務めて明るく振る舞っていた。 ミルクは、景山に父親のような温もりを感じ、 「……楽しいことかぁ……」 と、暗くなりがちの思考を他へと向ける努力をした。 「デパートまで出向かれるのがお嫌でしたら、外商を呼びましょう。母君と新しく誕生されるお子様へのプレゼントをお選びになるのも宜しいでしょう。」 「…そうねぇ……」 「アリス様も夏用に新しいお召し物を選ばれては如何ですか?今年はフェミニンなファッションが流行りらしいですよ。フフフ。」 ミルクのファッションコーディネーターを自任する景山は、ことミルクの服装のことになると本気で意気揚々となり、目を輝かせる。 「ホントぉ?…景山さんの趣味じゃなくてぇ?」 ミルクは、景山がかなりのメルヘン愛好家で、コスプレにミルクをマネキンとして使っているような気がしてならない。 「夏と言えば白ですね。やはりパフスリーブで、レースを幾重にも重ねて使い、フレアは襞をたっぷりと・・・」 「プッ…クスクスッ…ほらぁ、やっぱり景山さんの趣味じゃなぁ〜い。」 「いえ。・・・これが流行りだと言った者勝ちです。何でしたら、TV番組でも雑誌でも使って情報を流してしまいましょうか?」 いくら何でも、景山の趣味の為にマスコミを動かして欲しくない。 ミルクは、 「作られた流行なんて全然楽しくないと思うけどなぁ……」 と、わずかに眉を寄せて首を傾げてみせる。 「流行なんてそんなものです。・・・ですが、私と致しましては・・・似合う方に似合う物を・・・が一番ですね。アリス様にはやはり、可愛いドレスがお似合いですよ。」 胸を張って自信満々に主張する景山には敵わない。 「…はぃはぃ。ミルの着る物はお任せしますぅ。…ウフッ。」 と、クスクス笑いながら、降参するミルクだった。 こうして、ミルクは景山との会話で、ようやく委縮していた気持ちが、ゆったりとくつろげた気がした。 一学期の終業式を済ませて、屋敷に帰ると、景山が来ていて、 「アリス様、すぐに病院へいらして下さい。」 と、多少の動揺を見せて言った。 何があっても動じないことではマサト以上の景山なのに、とミルクは顔色を変える。 「マサトさんに何か?!」 「いえ。ボスでは・・・アリス様の母君が、ご出産されたと・・・」 「……えッ……」 聞いていた予定より半月は早いのではないか? そう思うと、急に不安が過ぎる。 ミルクは急いで制服を着替え、病院へ向かった。 琉美江は階段を数段滑って落ちてしまい、尻餅をついたショックで破水し、救急車で運ばれたということだった。 それでも、出産日が間近だったこともあり、取り上げた赤ちゃんは元気だった。 「もぉぉ〜…ママったらぁ…心配しちゃったじゃない……」 「ごめんなさいね、ミルちゃん・・・」 「申し訳ありません、アリス様。私の配慮が足りずに・・・」 高藤が恐縮して頭を下げる。 母親の夫である以上、ミルクには義理の父親になるのだが、高藤にはミルクを娘と思うより、崇拝する総帥夫人として見てしまう。 「まぁ、母子共に御無事でしたのですから。何はともあれ、ご出産、おめでとうございます。」 一緒に来ていた景山が、恭しくミルクの母親に挨拶する。 点滴を替えに来ていた看護士は、奇妙な人間関係に不思議そうな顔をしている。 「あ〜そうだったぁ……ママ、おめでとぉ〜。」 「・・ウフッ。ありがと、ミルちゃん。」 母親は疲れた様子だったが、表情は喜びに溢れ輝いている。 化粧もせず、少し赤らんだ顔でありながら、ミルクは自分の知る限り、もっとも綺麗な母親の笑顔に思えた。 「…ママが…ママになるなんて…何だか不思議……」 「あら・・・ママはミルちゃんやミツルさんのママでもあるのよ?」 「…え…あ……そーだよねぇ……」 改まって言われると、何となく気恥ずかしくなってしまう。 「それで…赤ちゃんは?」 母親から視線を逸らしたミルクが病室内を見回すと、 「今、新生児室の酸素ケースの中で眠ってますよ。」 と、看護士が説明した。 多少予定日より産まれたのが早かったことと、母親が尻餅をついた影響がないか、ということで、様子を見ているらしい。 「それじゃ、まだ会えないのぉ?」 「数日もすれば、こちらの病室にお連れ出来ますので、お待ちくださいね。」 看護士はそう笑顔で言うと、病室を出て行った。 「…数日後かぁ……」 「すぐに抱っこ出来るわよ。フフッ。・・・ミルちゃんはもう夏休みでしょう?・・マサトさんはまだ海外?」 「……ぅん……」 「それなら、たまには実家に泊まりで遊びにいらっしゃいな。・・ねぇ?」 琉美江が夫である高藤に同意を求める。 高藤は即答出来ずに、景山に伺う視線を向ける。 「申し訳ございませんが、アリス様は体調が優れないこともあり、外出を控えてらっしゃいますので・・・」 景山が外泊は出来ない、と説明する。 体調だけでなく、ミルクの立場上の危険性も考えてのことだったが、そこまでは母親の琉美江相手でも話せなかった。 「・・・え・・・ミルちゃん・・・どこか悪いの?」 母親が心配そうにベッドから体を起こそうとする。 「ううん、たしたことないのぉ。ちょっと熱っぽくて怠いだけ。」 ミルクが母親に寝ているように、手振りで制して苦笑してみせる。 「・・・そぅ・・・風邪かしら?」 「どうかなぁ……食欲ない割には最近太ったような……」 「顔色は悪くないけど・・太ってはいないでしょう?」 「顔には出ないけどぉ…ちょこっとお腹が脹らんだ気が……あぅッ…マサトさんが帰って来るまでに、ウェスト絞らなきゃ…エヘヘ……」 ミルクが照れたように笑うが、母親はじっとミルクを見つめて目を瞬かせていた。 やがて、 「ねぇ・・・ミルちゃん。・・・毎月のは・・・あるの?」 と、質問する。 ミルクは困った顔で、 「……不規則だもん。…ない時だってあるし…わかんない……」 と答える。 その手の会話は母親相手でも苦手だった。 「わかんない、じゃなくて・・・いつからないの?」 母親は真剣な表情で尋ねる。 景山や高藤も琉美江の質問の意図がわかったらしい。 目を丸めて、ミルクの顔を凝視している。 ミルクは顔を真っ赤にして、頬を膨らませ、 「……日本に帰ってから…ないかも……」 と、小声で不機嫌そうに答えた。 「・・・ミルちゃん・・・それって・・・妊娠してるのかも・・・・・」 「………………へ?」 「・・・ぉぉぉ・・・うぉおおおおおおーーーーーーッ!!」 あろうことか、景山が叫んだ。 「………………ほぇ?」 ミルクはすぐに事態を飲み込めない。 「あぁぁぁぁーーーーーーーブラボォォォォォーーーーーッ!!」 天上に向かって両手を広げ、景山が叫び続ける。 と、先ほど出ていった看護士がドアを開け、 「お静かにッ!」 と、注意した。 母親は看護士に謝ってから事情を説明し、ミルクが検査して貰えるようにと頼んだ。 尿検査の結果、ミルクの妊娠は確定した。 更なる検査は、ようやく落ち着きを取り戻した景山が、慎重の上に慎重を期したい、と申し出た為、そこの病院では実施されなかった。 景山達、組織の者達にとっては、他の誰の跡継ぎが生まれるより、重大な出来事だったのだ。 その為、病院から屋敷に戻るだけでも護衛を増やしたりと、秘密裏ながらも大騒動となっていた。 「アリス様。宜しいですね?絶対に階段を使ってはいけません。それから、部屋を出られる時は必ず護衛とお側女をお連れくださいますよう、お願い致します。」 ミルクにあれこれと事細かく注意した後、ガード達には更に詳細な注意を指示し、執事や屋敷で働く者達にも厳しく注意してから、今後の対策の為に地下アジトへと向かった。 ミルクは呆然と他人事のように動かされるままに動いていたが、自分の部屋のベッドに横になると、 (……もしかして…ミルが…ママになるの……?) と、少しずつ現実味を帯びて感じるようになった。 マサトの留守の間は、実家からそっくり運んだ部屋で生活していた。 何も知らない子供だった頃から馴染んだ部屋。 その部屋で、自分が母親になるという不思議さを噛み締める。 (……ママが赤ちゃんを産んだのだって…急だったのに……ミルが…ママに……?) 事実として認識しても、実感が湧かない。 ミルクはベッドの上でゴロゴロと転がりながら溜息を吐いた。 「姫様。お休みになられますなら、着替えられて布団にお入りください。」 お付きの役目をしているSSの女性が気遣わしそうに言う。 「…ぁ…ごめんなさい。…でも、眠いんじゃないの。」 「では、せめて毛布を掛けてください。横になっていると体温が下がりますから。」 そう言って、肩まで毛布を掛けてくれる。 「……ねぇ……」 「はい?」 「……ミルが…もし妊娠してたら…マサトさん、喜んでくれるかなぁ?」 「そんな・・・勿論ですとも!」 質問自体が愚問と言いたそうに目を輝かせて答える。 「…他の皆さんも?」 「当然です!あぁ・・どんなに喜ばしいことか・・・どれほどこの日を待ち望んでおりましたか・・・上手くお伝え出来ないほどに感激しております。」 「…待つって…結婚したばかりなのにぃ……」 ミルクは毛布で顔半分隠し、拗ねた顔をする。 「済みません。・・ですが・・・ボス・・会長は、ずっと孤高でいらっしゃったので、どなたもお側に寄せ付けないのでは・・・と・・・兄が心配そうに話していたこともありましたから・・・」 「あ、そっかぁ……」 ミルクの側付きとなったSSの女性の一人、雷音燐(らいねりん)はボムの妹だった。 ボムの妹とは思えないほど綺麗でたおやかな女性なので、普段は忘れているが、ふとした時に似ている部分を発見して驚くことがあった。 「リンさんのお兄様は、マサトさんとは近いSSSですものねぇ…」 「近いなんて恐れ多いお言葉です。お側近くで務めることが多い立場ではありますが、・・・会長は・・本当に長い間、孤高な方でおられたのです。常に厳しい表情で、前を睨み突き進んで行かれ、その後を追うのも必死で・・・そのお心に近付けることもなかったそうです。」 「……マサトさん…背中ではきっと皆さんの思いを感じ、感謝していると思うけど……」 「はい。ことに姫様と知り合われてからの会長は、感情を表に出されることも増え、私達にもその熱く深い想いを感じられるようになりました。」 リンは年長でありながら、ミルクへの敬意を払って話をする。 慣れなければ、と思いながらも、時々重く感じてしまう。 (……マサトさんを支えてくださってる皆さんだもの……感謝の気持ちは忘れないようにしなきゃ……) ミルクは体以上に精神的疲れを感じて目を閉じた。 「アリス様はお休みか・・・」 「御加減が悪いのでしょうか?」 「会長がどう思われるか、と心配されてましたし、気疲れされたのでは?」 「奥様のお部屋の方は、看護婦が付き添えるように致しましたが・・・」 「そうだな。あちらの部屋の方が、寝室以外にもご静養向きのお部屋が整っているし、出来ればそちらで生活して頂いた方がいいだろう。」 人の話し声で、ミルクは目を覚ました。 「……景山さん?」 呼び掛けると、少し離れた場所で相談していた景山が、 「お目覚めになられましたか?」 と、ベッドに近付いてきた。 「…ごめんなさい。…寝るつもりなかったんだけど……」 「いえいえ。ゆっくり休まれるのが一番です。どうぞ、お気遣いなく。」 景山はいつも以上に恭しい態度で話す。 「…っもぉ……今日はママの出産のお祝いをしようと思ってたのにぃ……」 ミルクは不機嫌さをついぶつけてしまう。 「それはご心配ありません。母君には高藤もついております。ケーキショップの方から、お祝いのケーキも届けられたそうですよ。」 「…そぉーなんだぁ……」 ミルクはわずかに笑みを浮かべ、頷く。 「確か…男の子よねぇ?」 「はい。高藤の話では、目元が高藤似だそうです。」 「わぁ…早く見てみたいなぁ。きっと凛々しい顔立ちなんだろうなぁ……」 「ボスの御子なら、もっと凛々しいでしょう。」 「…………まだ産まれてないじゃん……」 話を自分のことから逸らそうとしていたミルクは、話をそっちに戻されて、プンッ、と膨れる。 「……それに……まだはっきりしないんでしょう?」 尿検査以外の検査もあると聞いて、恐々と確かめる。 「女性の産婦人科医を呼んであります。」 景山がまだ少女とも言えるミルクを怖がらせないように、穏やかな笑みを浮かべて説明する。 マサト以外の男性が、ミルクに触れることは、絶対的に許されないことだったので、急遽腕のいい女性産婦人科医を捜してきたのだ。 ミルクは半べそ状態で、渋々検査を受けることにした。 そして、再び景山の歓喜の絶叫が屋敷に響き渡った。 ミルクは確かに懐妊しており、出産予定が来年の1月ということまで判明した。 景山だけでなく、屋敷中から歓声が沸き起こり、窓の外では訓練生達の万歳を唱える声が繰り返し聞こえた。 ミルクは、その重い事実を一人でどう受け止めていいかわからず、 (……マサトぉ……) と、心の中で呼び続けた。 24時間体制で看護士が付けられることになり、ミルクの側には常にSSのガードと看護士が付き添っている。 部屋は豪華過ぎて敬遠していた”奥様の部屋”に移ることになり、廊下で待機するガードも二人になった。 恵まれた環境と言えば言えるのだが、一番側にいて欲しい相手は、遠く危険な場所で命懸けの仕事をしている。 (……これが…マサトの妻になるということ……) ずっとそう言い聞かせてきたが、喜び以上の不安が心にのし掛かってしまう。 我慢しなければ…耐えなければ…と思うあまり、ミルクはマタニティーブルーに嵌り込んでいた。 |
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<98> 「命(いのち)」 |
§98§「命(いのち)」 深い闇の中・・・聞こえるのは、空気を地上の通風口から取り入れ循環させている、装置の音だけ・・・。 大地を揺るがす激しい爆音は、今は途切れている。 何の為の戦いなのか・・・ ―――すでに大義名分も崩れ、意地だけで殺戮を繰り返す。 町を取り囲んでの攻撃の理由とは・・・ 抵抗勢力の拠点だからと言うには、犠牲になる女子供が哀れ過ぎる。 財力や男手がある人々は、戦渦を逃れ町から非難も出来るが、夫を失っても働くことも出来ずに細々と子供を育てている親子には逃げ場もない。 どうにか避難壕を造り、集中爆撃に耐えた。 だが、地鳴りと共に大きく揺れた大地は、すでに限界にきている。 これ以上の空爆が続くなら、地上に戻って這いずるように逃れるしかない。 地上には動く全ての存在を照準にするべく、マシンガンが銃口を向けている。――― マサトは、闇の中で母親の胸に顔を埋めた幼子の、脅えた息遣いを聞きながら、次なる対策を練っていた。 (・・・すでに二人の子供を失っている母親に、せめてその腕の中の愛し子だけは残してやりたい・・・) 避難壕の中は血の臭いが充満している。 もう魂が肉体を離れた赤ん坊を、手放せずに抱いている若い母親も、そこにはいた。 爆風で飛んだ瓦礫の直撃を受けてしまった赤ん坊・・・ 一体、どんな罪があったというのだろう。 マサトは悔しさに歯軋りする。 が、怒りを飲み込み、不屈の反骨魂のエネルギーへと変える。 (・・・無意味な戦いはしたくない。が、戦渦の命を守る権利くらいあるだろう。) マサトが思案する中、小さなペンライトの明かりが近付いてきた。 「ボス・・・通信を傍受しました。」 近付いてきたのは、ジャッキーこと若松。 発信は居場所を知られる危険があって出来ないが、敵の情報は常に注意深く収集していた。 「どうした?」 爆撃が止んだことと関係があるのかも知れない。 「はい。敵の軍隊が撤退を表明する模様です。」 「・・ガセじゃないだろうな?」 コウメイが懸念を口にする。 今回はワードが日本に残っている為、コウメイが暗号解読の為に同行している。 「まだ最前線の部隊までは命令が届いてないようですが・・・」 「それじゃ、意味ねぇな。」 「・・・もう少し待つとしよう。事実なら首都に潜入しているキラーから連絡があるだろう。」 「そうだな。」 「はい。」 マサトの意見にコウメイもジャッキーも頷く。 男達の大半を失った女子供達だけに、無理は出来なかった。 やがて、侵略軍の撤退が確かな情報と判明し、マサト達は廃墟となった地上へと戻った。 廃墟の町は砂埃を巻き上げているが、見上げる先はどこまでも青い空だった。 (・・・神よ・・・そこにおわしましたか・・・) マサトは皮肉を心の中で呟いた。 とは言え、侵略軍が撤退せざるを得ない状況へと追い込まれたのは、世界中の人々の非難が、この攻撃に向けられた為なのだ。 一つの空で繋がっている世界中の魂が、真実の正義を示してくれたのだと、マサトは感じていた。 その真実の正義こそが、神という存在の証と思えば、真っ青に澄んだ空は神の光に溢れているのかも知れない。 闇に生息しながらも、神に問い、神を求めて手を伸ばす思いは、常に日の光の中にいる者達より強いとも言える。 闇にあるからこそ、光を求め、光を恋し、光を追う。 マサトは澄み渡る青空に両手を伸ばして、束の間、神の光を手の中に取り込む夢を追っていた。 「ボス、キラー将軍から、直接報告したいと通信が入っております。」 そう呼ばれて、マサトは空から地上へと視線を戻した。 (・・・伝言で充分なのに・・・ったく・・・) 何かにつけてコウメイ(若林)を嫌うキラー(戒)なので、些細な連絡でもマサトが相手をしなければならない時があった。 先刻、「敵軍が撤退を始めた以上、差し迫った危険は回避出来たし、キラーといるドクター(本郷)を医薬品と一緒に輸送しろ。」、と連絡したばかりだった。 医薬品も食料も港の倉庫で止まっている、と文句を言っていたので、どやしつけたことへの抗議だろうか、とマサトは渋面で受信器を耳に押し当てた。 「一体何なんだ?援助の上前を刎ねようなんて、愛国心も同胞愛もねぇ奴等は、叩きのめして物資をかっさらって来い!ウチ(S商事)で送った援助物資だってあるだろうが?え!」 キラーの長い文句を聞く前に言ってやった。 と、眉間にシワを寄せていたマサトが、キツネに鼻を摘まれたような、唖然とした表情になっていく。 「・・・本当なのか?」 ―「間違いありません。私も兄に三度確認致しました。」 「・・・てめぇ、後で冗談なんてぬかしやがったら、首を本気でへし折ってやるぜ?」 ―「私が嘘偽りを申していたなら、ご随意に。」 「・・・信じていいんだな?」 ―「天地神明に掛けて。」 側にいたコウメイは、マサトの表情と言葉を怪訝な様子で見ていた。 が、突然マサトが受信器を放り投げて立ち上がり、両手を大空に向かって伸ばした。 そして開いていた掌を、ギュッと握り締めると、その両拳を胸に強く押し当てた。 「・・・ボ・・・」 コウメイは呼び掛けようとして、言葉を飲み込んだ。 拳を見つめているマサトの両目から、大粒の涙がこぼれ落ちていたのだ。 止め処なく溢れてくる涙に拳が濡れる。 血と汗と埃に煤けた手が、洗い流されていく。 「・・・・・うぅぅ・・・・・」 呻いたかと思うと、マサトは地面に踞り、顔を拳に押し付けて号泣した。 「・・・うおぉぉぉぉーーーーーーーッ!!!」 腕で阻まれくぐもった声だが、地面を這って振動が伝わってくるようだった。 体を丸めたマサトの全身が震えている。 SSS達はマサトを凝視したまま固まっていた。 常に側近くにいる彼等でさえ、初めて見るマサトの姿だったのだ。 コウメイが放り投げられたままになっている受信器を取り、キラーに事態の説明を求めた。 「・・えッ?!・・・本当ですかッ?!」 コウメイにまで聞き返されたキラーが激怒して怒鳴る。 コウメイは受信器を耳から遠ざけ、 「ス・・スミマセン・・・あまりにも、突然な朗報でしたので・・・」 と、思い付く限りの謝罪の言葉を並べると、返事を待たずに通信を切った。 そして、いきなり嬉々とした顔で誰彼なく抱きつきながら、 「アリス姫がご懐妊されたぞ!」 と、小声で耳打ちをして回った。 ボムとスナイパーは腕を組んで踊り出し、メンテも泣きながら何度も頷いて皆の体を叩いて回り、ドルフィンは祝杯の為のワインを探しに駆け出した。 ハッカーは思わず高い瓦礫の塔によじ登り、旗を振ろうとしたので、慌ててコウメイとジャッキーに押さえ込まれた。 ドルフィンがやっとワインを探してきた頃、マサトもどうにか落ち着いて、涙と埃まみれだった顔をわずかな水で拭い、いつもの顔に戻っていた。 温いワインで味もなにもあったものではなかったが、皆の喉を甘露に潤してくれる祝い酒だった。 と言っても、一口ずつをボトルごと廻し飲みしただけのものだったが、今はまだ、彼等にはしなければならない急務があった。 マサトも喜びを噛み締めながら、瓦礫の片付けをする。 「ボス・・・ここはいいですから、姫に連絡をして差し上げたらどうですか?」 コウメイが気を使って言う。 「早く日本に戻る為にも、今すべきことをしなければ、俺自身のケジメがつかねぇだろ?」 マサトは黙々と作業を続けながら、コウメイを胡乱に睨む。 「・・・ですが・・・姫もまだ母君になられるには若く、おそらくは不安でおられるでしょう。」 「あそこで踞っている彼女は、ミルクと同じ歳ですでに母となり、しかも、その授かった赤子を、戦いで失い悲しみに耐えている。・・・ここでの責務を果たさない限り、俺には・・・産まれてくる我が子を抱く資格がない。」 「ご自身の御子ではないですか?!」 「・・・命に区別はない。・・・ミルクなら、わかってくれる。」 「・・・・・ボスの御子は・・・我々にとっては特別の命です。」 コウメイは、自分も瓦礫を片付ける為に体を動かしながら、抗議する。 「・・・お前は亡くなった赤子を抱く母親の前で、同じことを言えるか?」 「そんなことを言うほど愚かではありません。」 「ならば黙って働け。・・・今、俺達にはそれ以外出来ないだろうが。」 「・・・・・わかりました。」 こんな時、いくらマサトの親友としての位置にいるコウメイでも、それ以上の意見は出来なかった。 辺りが夕闇に包まれる頃、キラーが調達してきた物資が空から落とされた。 食料を配り、怪我人の応急的手当を施した後、何処からともなく聞こえてくる、コーランを唱えて祈りを捧げる声を聞きながら、マサト達は長かった一日の休息を迎えた。 ドルフィンが作った温かいスープを持って、コウメイは、離れた所に一人座っているマサトに近付いた。 「ボス。明日の鋭気を養う為に、食事をきちんと摂るのも、今、俺達が出来ることですよ?」 コウメイがそう言って差し出したスープを受取り、 「・・・さっきは悪かったな。」 と、マサトが苦笑した。 「いえ。ボスのボスとしてのお気持ちは、わからなくもないですから・・・」 コウメイはマサトに並んで腰を下ろす。 「・・・そうか?・・・俺は自分に戸惑っているが・・・」 マサトは照れ臭そうに言うと、器に突っ込んであったスプーンで、スープを啜る。 コウメイは、フッ、と笑みを浮かべ、星空を見上げた。 そして、マサトの言葉を待つように黙っていた。 「・・・何でこんなに嬉しいんだ?」 コウメイは益々口元を緩めながら、黙っている。 「・・・何で・・・涙が溢れたんだ?」 マサトが自問するように言う言葉が、楽しくて仕方ないコウメイは、ニヤニヤとしながら眉をピクピクさせている。 「・・・何か可笑しいか?」 「いえ。私共も嬉しく思っております。」 「・・・郷の者達ならそうかも知れない。・・・覇羅蛇家は特殊な家系だからな。」 「勿論、跡継ぎとなられる御子の誕生は喜ばしいことですが、それだけでなく、単純にボスの御子が出来たことが嬉しいんです。」 「・・・俺も・・・いずれは子供も出来るだろうとは思っていたぜ。・・・けどなぁ・・・それがこれほど嬉しいものとは想像も出来なかった。・・・何しろ、俺は母親に疎まれた子だったからな。」 「・・・・・ボスは・・いにしえの血を濃く受け継がれた方でしたから・・・」 この時ばかりは、コウメイからも笑みが消える。 ―――人並みの幸せを知らずに突き進んできた一族の長。 どれほどの高みに登っても、闇の慟哭を忘れない。 常に熱い魂で、一族の悲しみを背負い、同胞の痛みを受け止め、弱き者達の叫びを天に示してきた。 戦い続け駆け上ってきた魂の傷は、誰よりも深いのだろう。 だからこそ、人並みの幸せを掴んで欲しいと願う。 そう思うのは、コウメイだけではなかった。――― 「・・・神に背いてきたつもりだったが・・・命は神が与えたもう宝珠・・・とするなら・・・俺もまた神の御許に生きる一人なのかも知れない。」 ポツリとマサトが呟いた。 コウメイは、ふとマサトが変わってしまうのだろうか、と満たされて輝く横顔を見つめた。 と、マサトが視線をコウメイに向け、 「・・・お前もな。・・・クククッ。」 と、不敵に笑った。 神を意識することと、闇の悲痛な叫びを忘れることは別なのだと、熱い眼差しが語っている。 「俺はまだまだ強くならなければならない。」 「・・・ボス・・・」 「皆を守り、妻を守り、我が子を守る為にもな。」 「クスッ。・・・それでこそ、我が魂を捧げし闇の総統であらせられる。」 「クックックッ。コウメイ、お前・・最近、言うことがキラーに毒されてないか?」 「ゲホッ・・・やめてくれぇ〜・・・」 コウメイは身震いして、大袈裟に肩を竦めた。 一方、ミルクは・・・。 朝からすることが思い付かず、景山が胎教にいいから、と持ってきたビデオをぼんやりと眺めていた。 胎教にいいのだろうが、すぐに眠くなってしまう。 妊娠していると判ってから、寝てばかりいるような気がする。 夏休みの宿題をすればいいのかも知れないが、子供がお腹にいるのに学校へ通えるのだろうか、という疑問と不安に落ち込んでしまうので、机に向かう気がしなかった。 景山は、「そのことについては、ボスが帰られてから相談致しましょう。」と言う。 徐々にお腹が脹らんでくれば、内緒にしておくのは無理だろう。 その状態で学校に行けば、また好奇な目を向けられ、中傷まじりの噂を囁かれる。 しかも、それは学校だけに収まらず、世間に知れてしまえば、再び批判めいた記事を書かれてしまうに決まってる。 ……そう思うと気が重い。 マサトの子供が産めるのは、嬉しいことなのに、手放しでは喜べない自分の迷いも、ミルクを苦しめていた。 午後になり、病院を退院した母親が、高藤と共に赤ん坊を伴い、覇羅蛇家の屋敷を訪ねて来た。 マタニティーブルーで浮かない表情をしていたミルクも、赤ん坊の顔を見ると目を輝かせて喜んだ。 高藤の腕に抱っこされた赤ん坊は、小さくて柔らかそうで、ミルクの匂いがする。 「…可愛い〜……」 覗き込むと、時々目を開ける。 確かにどことなく高藤に似ている気もする。 何より、フサフサの黒髪が、ミルクやミツルとは違っているようだった。 「わぁぁ……ホント…パパ似ですねぇ?」 ミルクがそう言って高藤を見上げると、「えぇ、まぁ・・」と照れ臭そうに笑みを零す。 (……あぁ……パパの顔してるぅ〜……) ミルクは嬉しくなって、 「ねぇ、ママぁ…ミルも赤ちゃん、抱っこしていい?」 と、聞いた。 「いいわよぉ。ぁ、でも、首が据わってないから、腕で首を支えてあげてね。」 琉美江が高藤から赤ん坊を受取り、ミルクに抱き方を教える。 フワァ〜ッ、と強烈なミルクの匂いがして、ミルクは思わず笑ってしまう。 「おっぱいくさい〜……フフッ…」 「あらぁ、だって赤ちゃんですものぉ。フフフッ。」 「そうだよねぇ……あったかいんだねぇ……」 ミルクはそっと遠慮がちに頬ずりをしてみた。 フワフワととろけそうな感触に、また笑う。 「…赤ちゃんて…不思議……」 ずっと抱いたまま赤ん坊を見つめているミルクが、感慨深そうに言った。 ―――奥様の部屋は、寝室以外に書斎を兼ねた部屋、音楽や映画などを楽しむ部屋、客を招き入れる部屋などが並んでいる。 それぞれがゆったりとしたスペースがとられているので、ミルクが家具などでお腹をぶつけないでいいだろう、とこちらで生活するようになった。――― 母乳に影響しないようにと、香りのいいハーブティーを出され、琉美江は穏やかに微笑んでミルクと赤ん坊を眺めながら、ゆっくりと味わっていた。 「そうねぇ・・・不思議かしらねぇ・・・」 母である琉美江には、ミルクの言いたいことがわかるらしい。 高藤は、うーん・・・と考え込んでいる。 「…だってぇ……見ているだけで、こんなに幸せにしてくれるんだものぉ……」 「えぇ・・・ホント、そうねぇ。」 今度は高藤も、ああ、と頷いた。 「・・・ミルちゃんも、もうじきママになるわね。」 琉美江はミルクの母として、初めての赤ん坊に戸惑っているだろう娘のことも、気になっていた。 「……ぅん……」 表情が一瞬曇ったミルクは、高藤に目で合図して、眠った赤ん坊を渡した。 それから大きく溜息を吐き、 「……ミルも…ママになれるかなぁ……」 と、不安を口にした。 「なれるわよ。・・・って言うより、なっていくものだと思うのよ?」 「……なっていく?」 「そう。赤ちゃんと一緒に。」 ミルクにはわからない。 「赤ちゃんを産んだからって、すぐに完璧なママになれるってことじゃないもの。悩んだり困ったり焦ったりしながらも、赤ちゃんの可愛い寝顔に癒されて、少しずつママになっていくのよ。」 「……そぉ……」 「それと・・・まだ、産まれてくるまでに時間があるでしょう?・・フフッ。ママの赤ちゃんだけに産着をプレゼントして、自分の赤ちゃんへの物を忘れてちゃいけないわねぇ?」 母親が戯けたように笑う。 ミルクの暗くなりがちな気持ちを引き上げてやりたかったのだ。 「…ぁ……そっかぁ……」 「このおくるみはママが作ったのよ。どう?」 「そーなんだぁ〜…どうりで可愛いと思ったぁ〜。」 ミルクが笑みを浮かべて頷く。 「教えてあげるから、ミルちゃんも、これから産まれてくる可愛い赤ちゃんの為に、色々作ってあげましょう?・・愛しさを込めて・・心静かに産まれてくる時を待ちながら、ね?」 「…うん。やってみる。」 ミルクも暗く思い悩むより、誕生を迎える準備をした方がいいと思えた。 「じゃぁ、材料とか揃えなきゃ。」 ミルクがそう言っていきなりソファーから立ち上がったので、 「あらあら。まだ、時間はたっぷりとあってよ?」 と、母親が笑い、ミルクも高藤もつられるように笑い出した。 高藤は笑い声を抑えていたが、体が揺れて目を覚まされた赤ん坊が泣き出した。 「ぁ…ぁ…どぉーしよぉ……」 「大丈夫よ。赤ちゃんが泣くのは、言葉の代わりのサイン。・・・そろそろ、お腹を空かせたみたいね。」 琉美江は三人の子供の母親らしい余裕で、赤ん坊を高藤から受け取ると、豊かな胸を開いて乳を含ませた。 ミルクは急に恥ずかしくなって、視線を逸らしていたが、やがて懸命に口を動かして吸い付いている赤ちゃんに見取れて、じっと眺めていた。 それから数日後。 マサトから直接ミルクに電話が掛かってきた。 1ヶ月以上、マサトの声も聞くことが出来なかったミルクは、受話器が壊れるのではないか、と思うほどキツク握り締めて耳に押し当てた。 「…マサトぉ……」 (……無事で良かったぁ……) そう思っても、言葉が出てこない。 ―「ミルク・・・元気にしてるか?」 「……ぅん…マサトは?」 ―「俺の方は皆元気だから心配ない。」 「…ハァァ……良かったぁ……」 ―「・・・なぁ・・・俺達の赤ちゃんが出来たって・・・」 「……ぁ……ぅん……」 電話の向こうでマサトが大きく息をするのが伝わった。 「……マサト?」 ―「・・・ありがとう。・・・ミルク・・・本当にありがとう。」 「…………ぇ……?」 ―「俺の子供を・・・その小さな体に宿してくれて・・・本当にありがとう。」 ミルクは電撃を受けたように体が痺れて、体温が上昇する。 「……そんな……お礼なんて……」 ミルクはマサトが「ありがとう」を繰り返すほど、喜んでくれていることが嬉しかった。 ―「側にいてやれなくて・・・ごめんな?」 「……ぁ……ぅぅん……」 ―「なるべく早く戻るから。・・・早く戻ってお前を思いっきり抱き締めてやるからな。」 {―「坊ちゃま、それはいけません。母体が壊れます。」} 電話の向こうで、戒が苦言を呈している。 ミルクは、その懐かしい声も嬉しくて、笑みを零しながら、涙も零れてきた。 ―「・・っせぇ!それくれぇ、わかってるッ!」 戒に拗ねたように文句を言うマサトが懐かしい。 ―「・・ミルク。」 「うん。」 ―「・・・すぐに戻るから・・・体を冷やさねぇように・・・大事にしてくれ。」 「……うんッ。」 ミルクは噎び泣きそうになるのを堪えて答えた。 ―「・・・愛・・してるぜ・・・」 そう言うマサトも涙声のようだった。 「……うん。わかってる。……ミルもマサトを…愛してるもん。」 ―「あぁ・・・わかってるさ。・・・俺の愛しいミルク。」 マサトの優しい声に包まれて、ミルクは初めて心の底から、お腹の命を愛おしいと思えてくる自分を感じていた。 |
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<99> 「命の輝き」 |
§99§「命の輝き」 長かった梅雨が明け、一気に真夏の陽気となった。 最近早起きになったミルクは、早朝のまだ涼しい時間に、庭の一角に作った花壇へ水を撒く。 重い物を持たないように言われているが、小さめのジョウロで何度も水を汲み、一週間前に植えたひまわりの苗に優しく水を降り注ぐ。 植えるのが遅かったけれど、ある程度育っていた苗なので、真夏の青い空に花を咲かせてくれるだろう。 「…ほぉら……ねぇ?……こうやって、お水をあげると…ぐんぐんと育っていくのよぉ〜……ウフッ…」 ミルクのすぐ近くにはSSとガードが付いている。 けれど、ミルクが話し掛けているのは、お腹の中で育っている命(いのち)に対してだった。 「…葉っぱがキラキラして綺麗ねぇ?……美味しい、美味しい…って喜んでるねぇ……」 微笑んで語り掛けるミルクの瞳も、弾ける光に輝いている。 ―――この時期は毎年、ミルクの家でも様々な花が咲き乱れていた。 きっと今でも咲いているだろう。 昨日、母が赤ちゃんを連れて、赤ちゃん用小物集の本を届けてくれた時、株分けした小花の鉢を持って来てくれた。 ……命を育むことの大切さ、素晴らしさを、自然な形で教えてくれていたのだと思う。 だから、ミルクも伝えてやりたい。 命を愛することの素晴らしさ。 命を育めることの幸せ。 小さな花も人の命も、光のもとに生きていることに変わらない。 どんな命も変わらずに大事なこと…そして、美しいこと。 煌めく命の輝きは、全ての生命ある存在から放たれ、世界を満たしている。 もっともマサトなら笑うだろう。 「雑草は?・・害虫は?・・・雑草を刈らずに野放しにしたら荒れ放題になる。害虫の中には人の命を奪う物もある。・・・同じ草でさえ、餞別される。同じ昆虫でも愛でられる存在と忌み嫌われる存在に別れる。・・・それを決めるのは誰だ?・・・愛でられる存在はそれでいいかも知れないが、嫌われる存在は勝ち残らなければならない。・・・生きることは戦いなんだ。」 そう言われてしまえば、確かにそうかも知れない。 綺麗事では済まないほどに、マサトが見つめてきた地獄は深いのだろう。 けれど、今はそのことを教える時ではないと思う。 いずれば、様々な人生の苦しみと出会い、立ち止まって悩んだり、悲しみに打ちひしがれて踞る時もあるだろう。 だからこそ、今は愛情を注ぎたい。 太い幹になれば、嵐にも立ち向かえるはず。 逞しい根を地面深く生やして、力強く枝を伸ばし光を求めて欲しい。 ……母親に出来ることは、そこまでだから…… 生きる厳しさは父親に学び、人生の矛盾や悲哀は出会う人々から学べばいい。 母として、ただひたすらに愛そう。 愛する想いを伝えよう。 母がそうしてくれたように……。――― 涼やかな風が微かにそよいでいる。 それでも、何度もジョウロに水を汲むと、額が汗ばんでくる。 特別に散歩しなくても、充分な運動にもなる。 「姫様・・・あまり無理はなさいませぬよう・・・」 「後は私共で致します。」 SSとガードがミルクの息遣いを気にして申し出る。 「大丈夫ぅ。…もう少しだから……」 妊娠に気付かなかった頃に比べれば、心配する必要もない程度のことだった。 それに普通の主婦なら家事全般もこなし、買い物だって自分でするはずなのだ。 あまり大事にされ過ぎてると、申し訳ない気分になってくる。 「どうぞ御子様を一番にお考えくださいませ。」 SSは気が気でない様子で言い募る。 ふと、…こんなに大事にされて、世間がまったく見えない子になったらどうしよう…と思ってしまう。 けれど、総帥の留守の間に何かあっては一大事、と思い込んでいる彼等の気持ちも判らなくはない。 「…じゃぁ、これで最後にしますね。」 ミルクは穏やかに微笑んで答えた。 屋敷の中に戻って、朝食を摂り、それからの時間は音楽を聴きながら、母に教えて貰った産着作りに精を出す。 針仕事は苦手だったけれど、一針一針に想いを込めて縫っていくと、意外と進んでいくものである。 「…ホントにこんなに小さいのかなぁ…?」 仕上がった肌着を目の高さに翳して見ると、あまりの小ささに可笑しくなる。 マサトの子だけに、もしかしたらとんでもなく大きな赤ちゃんかも…… ミルクは眉を寄せて首を傾げる。 「…でも…赤ちゃんだもんね…まぁ、1ヶ月だけでも着れればいいとしよ、っと。」 ミルクは出来上がった一枚を完成品に重ね、また新しい肌着に取り掛かる。 ケープやベビー服を編むのは、秋になってからに予定している。 体を冷やさないようにと、空調が高めなので、じっとしていても昼間は汗ばんでくるので、とても毛糸の編み物は出来そうもなかった。 冬生まれの子だから、本当はいっぱい毛糸で作ってあげたい。 靴下もベストもズボンもセーターも、赤ちゃんサイズの編み物は楽しい。 母親の産んだ赤ちゃんへの贈り物で、その可愛さは体験済みだった。 ただ、琉惟(るい)君は、日々健やかに成長し、オッパイもいっぱい飲むそうで、もしかしたら贈った物を着る季節には、小さくなってしまっている可能性もあった。 それはそれで、成長を喜びつつ、笑い話になるだろう。 ミルクは高藤の緩みっぱなしの笑顔を思い出して笑った時、イギリスにいる琉惟の異母兄姉を思い出し、二人へも何か編んで贈ろう、と胸で両手を合わせた。 そろそろ昼近くなり、肩と首が凝ってきた。 ミルクは針仕事をやめて、昼食になるまでの時間、少し横になって休むことにした。 目を閉じているだけだと思っていたが、不意にベッドの端が沈んだように感じた時になって、眠っていたことに気が付いた。 「クククッ・・・目覚めておくれ。俺の可愛い眠り姫。」 ミルクが目を開けるより先に、間近でそう囁かれ、額に暖かい唇を感じた。 ……マサト?! ミルクは顔をクシャクシャにして、溢れ出す涙に目がうまく開けられず、瞬きを繰り返した。 マサトはミルクの涙を吸うようにキスを降り注ぎ、やがて頬ずりをして、そっとミルクの体を抱き包んだ。 逞しい腕を腰と背中に回されて、ミルクはようやく目を開いて、確かにそこにいるマサトに、腕を伸ばして抱きついた。 やっと、やっと、やっと、会えたマサト。 ミルクは名前を呼ぼうと口を開くが、唇が震えて声にならなかった。 「……ぁ……サ……ぉ……」 「ミルク・・・あぁ・・・俺の愛しいミルク・・・」 マサトが顔を少しだけ離して、ミルクの顔をじっと見つめる。 ミルクも瞬きをして涙を落としながら、マサトを見つめた。 「……マ……サト……オカ……エリ……」 掠れてほとんど声にならなかったが、マサトはゆっくり頷き、 「ただいま・・・ミルク。」 と答えて、そっと唇を触れ合わせた。 優しい温もり、懐かしい感触。 ミルクはそれからしばらくの間、ただ、ただ、しゃくり上げて泣いていた。 どうにかミルクが落ち着くのを待って、皆で昼食のテーブルを囲むことになった。 席には、マサトと同行していた戒と若松もいた。 戒と若松は開口一番、 「ご懐妊、おめでとうございます。」 と、心から嬉しそうに言った。 ミルクは、戒も若松も家族なのだと、改めて実感して、暖かい思いに包まれていることに感謝した。 ―――もちろん、この場にはいないが、景山やSSSのメンバーや組織の人達も含め、新しい命を祝福して迎え入れてくれる皆に感謝していた。 特に景山は、初孫でも出来るかのような喜びようで、毎日日参しているのだが、珍しく遅れている。 マサト達が帰国したことで、提出する書類に追われているのかも知れない。――― 戒はすでに育児書を何冊も読破し、妊娠中の心得や注意といった説明が載っている本も隈無く読み、ミルクの食事に、 「まだカルシウムが足りませんね。テーブルに並べてあるだけでは意味がありません。きちんと摂取することが大切なのですよ?」 と、苦言を呈した。 「…はーぃ……」 ミルクは、何だか姑がいきなり現れたような心境になったが、ミルクとお腹の子を想って言ってくれてるのだと思うと、苦言もまた嬉しかった。 マサトは妙に緊張した様子で、いつもより言葉数が少なく、代わりのように無口な若松があれこれと雄弁になっていた。 久々に賑やかで楽しい食事に、ミルクは笑い過ぎてお腹が痛くなり、マサトを慌てさせた。 あれほど蘊蓄を並べていた戒までが顔色を変え、 「医者はどうしたッ?救急車を呼べ!」 と、騒いで看護士に叱られたりしたもので、余計ミルクは笑いが治まらなくなってしまい、マサトにキスで口を塞がれる始末となった。 「御子様を宿されておられるという御自覚を持たれなさいませ。」 戒にマサトの背後から睨まれ、キスをした状態で頷き、また吹き出して笑う。 「・・・まぁ・・・御子様は、きっと明るいお子様になられるかと・・・」 若松が笑いを堪えながら、フォローするように言う。 マサトは、 「どんな子でも・・・無事に産まれてくれさえすれば、それでいい。」 と、ミルクを労るように見つめて言った。 そうなると今度は、またミルクが、ジュワッ、と涙ぐみ、 「え?!・・・お??・・・違うか??」 と、マサトが慌て、・・・遅れて来た景山が、事態の収拾を図るまで、大騒ぎの昼食となった。 夜になり、ミルクは久し振りのマサトの腕枕に、満たされる喜びに浸っていた。 髪を梳くように撫でるマサトの指の感触も、くすぐったくなるほど優しい。 愛されているのだと全身で感じられる嬉しさに、心もとろけそうになる。 「ミルク・・・寒くないか?」 マサトがタオルケットをミルクの肩に掛けて言う。 体が冷えないようにとナイティを着せられているミルクは、 「今は体温がいつもより高いからぁ…暑ぅいのぉ……」 と、拗ねて口を尖らせる。 マサトは元々体温が高いので、一糸纏わぬ姿で横たわり、うねる蛇が薄明かりでも鮮やかに浮かび上がっている。 ミルクは蛇を愛おしむように指先でなぞる。 「・・・う・・・なぁ、ミルク・・・そう誘惑するな。まかり間違ってミルクを襲いそうになったら、戒に縄でグルグル巻きにされちまうぜ。」 「クスッ……襲っちゃダメなのぉ?」 「・・・そりゃ・・・今は・・・マズイだろ?」 「……フーーーン……つまんないね……」 「うむぅ・・・いや・・・これも、俺達の愛の結晶を、無事にこの世界に誕生させる為だ。・・・我慢・・・我慢・・・」 「……ゴメンネ……」 「バーカ。・・・何言ってるんだ?・・・俺はむしろ楽しいぞ?」 「……我慢が楽しいの?」 「そう。我慢してることも楽しい。ミルクを見ているだけでも楽しい。生まれてくる命との出会いを待っていることも楽しい。・・・クククッ・・・俺らしくもないか?・・・だがな、本当に楽しいんだぜ。・・・俺は俺がここに生きてきた意味を、やがて生まれる我が子に教えられるだろう。」 「……よく…わかんない……」 ミルクは首を傾げ、瞬きをする。 マサトはふんわりと微笑みを浮かべ、 「俺がいなきゃ、俺の子は存在しなかった。だから、生まれてきた命が輝けば輝くほど、俺自身を照らす光となる。・・・闇に沈んで生きてきた俺を、目映い光で包んでくれる。」 と、目を輝かせて言った。 ミルクは何となくわかってきて、コクリと頷いた。 「・・・けどなぁ・・・まだ半熟でここにいるんだもんなぁ・・・」 そう言って、マサトは頼りなさそうにミルクのお腹を撫でた。 「・・・くそぉ〜〜・・・焦れったくてたまんねぇぜ。」 マサトはミルクの肩を抱き寄せ、グリグリと顔をミルクの頬に押し付け、擦り付ける。 ……厳しさを教える父親より、大甘に甘い父親になりそう…… ミルクはとんでもない王子様になりそうな我が子の行く末に微かな不安と、そこまで皆から愛されて生まれてくる命の幸運に感謝する気持ちと、ごちゃ混ぜになりながら、母親の言っていた「案ずるより産むが安し」という言葉を思い出していた。 マサトが帰国したことで、ミルクは大きな安心感に包まれたが、頭を悩ませる問題もあった。 まだ、高校2年生、という現状をどうするか・・・。 それはマサトも考えていたことで、景山と戒も含めて検討していた。 マスコミが嗅ぎ付けたら、どんな誹謗中傷が飛び交うか知れない。 「精神的ストレスも母体に悪影響を与える。」と、戒が主張したこともあり、ミルクさえ承知してくれるなら、高校は諦めて、蛇窟島で出産と育児に専念する方がいいだろう、ということになった。 ミルクは母親や兄と遠く離れることに心細さを感じたが、今でさえミルクの外出もままならないような生活の中で、子供を伸び伸びと育てられるだろうか、という懸念も強く、マサト達の提案を呑むことにした。 そして、8月末、新学期が始まる前にミルクは、母親と兄と小さな弟に見送られて、日本を旅立った。 一時期アイドル以上に騒がれたミルクだったが、これ以降、まったくマスコミの前に姿を現すことなく、マサトに守られた蛇窟島で、ひっそりと穏やかに母親と妻としての日々を送ることとなる。 (もっとも、仕事で日本に戻るマサトに伴って、時々里帰りも出来るし、日本からも地下アジトで親しくなった人達が蛇窟島に訓練と称して顔を見せに来てくれるので、孤島であっても孤独ではなかった。 むしろ、活気を増した蛇窟島の日々は、光溢れ、喜びに満ちていた。) 悲しみの涙雨は、優しい光を受けて、慈しみの虹へと変わっていく。 マサトの魂の慟哭も、ミルクとの出会いによって、大きな愛へと変わり、・・・・・ミルクの行き場のない悲しみも、闇の聖騎士:マサトの愛のマントが包み込み、深い安らぎを与えてくれた。 闇の聖騎士の燃えるような真紅のマントは、マサトの生き続ける限り、苦しみの根源に挑み続けるだろう。 そして、マサトの愛がある限り、ミルクはマサトの見つめる全ての存在に、祈りと愛を捧げ続けるだろう。 二人の意志を継ぐ御子として、組織の全ての人々から愛される少年が、どう成長するのか・・・・・それは、虹の彼方に・・・まだ眠っている。(笑) |
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<100> 「命・誕生秘話」 |
§100§「命:誕生秘話」 南海の孤島、蛇窟島。 四方を荒波に囲まれたその島は、マサトが入植するまで、太古からの自然そのままに、誰も踏み入れなかった島だった。 まだ大地が安定しない遙か昔、固い岩盤を押し上げて巨大な山が海に出現した。 やがてマグマが移動し、山の内部は迷路のような空洞となった。 その後、何千年とかけて塵が積もり土地が生まれ、風や鳥に運ばれた種が育って草木が大地を覆った。 そして、茂っては枯れていく樹木が腐葉土となり、土壌は肥え、たわわに果実を実らせるようになり、生命が何処から発生したのかは不明だが、多くの生命も育まれるようになった。 問題は、噴火の後に生じた有毒ガスや堆積物により、体内や分泌物に毒を有する生命が多く育ったことだった。 大地の毒素は長い時間をかけて植物が浄化したが、毒蛇、毒蛾、毒蜘蛛、有毒植物などといった存在が、長い間、人々を島に踏み込ませなかった。 更に、海流がぶつかり合う海域の為、常に波が荒く、潮の流れが早かったことも、人々が近付けない原因でもあった。 けれど、厳しい自然環境は、豊かな自然を育む宝庫ともなる。 交差する海流は、様々な種類の海洋生物をもたらしてくれる。 また、荒波が打ち付ける飛沫を含んだ潮風は、海岸沿いから有毒な生命を遠ざける役目も果たしている。 マサトはそのことに目を付け、風の通りを良くして海岸沿い一体に、人々が暮らせる領域を創り出した。 太古からの自然は80%そのままに残しても、充分人々が豊かに暮らせる島となった。 空洞だった岩山を、固い岩盤を利用して要塞とし、岩盤の下に地下道を張り巡らせて秘密基地も建設した。 表面的には海洋科学研究所と、S商事グループの保養施設と、漁をしながら日々を暮らす漁師達の島のように見えるが、その実、NASA並みの施設を有する一大基地に成長した。 島独自の法規もあり、他国の干渉も届かず、蛇窟島はまさに独立国家とも言える島となっていた。 南洋の島で、季節の移り変わりはあまりなく、冬と呼ばれる時期でも気温は22℃を下回ることはない。 と言って真夏でも冷たい海流が流れ込むせいか、40℃を越えることも少ない。 嵐やスコールはあるが、普段は湿度も少な目で、種類豊富な果実と海産物にも恵まれ、安全圏内においては生活しやすい環境である。 ”君子、危うきに近寄らず”・・・と、暮らしてさえいれば、島での日々は快適だ。 ”虎穴に入らずんば、虎児を得ず”・・・と、奥地や荒海に挑むのは、日頃から訓練を受けている勇猛果敢な戦士に任せればいい。 華奢で愛らしいミルクが戦士になれるはずもない。 けれど、時にはマサトさえうち砕けない強い意志を持ち、無意識にも深い慈愛を、島民全てに向けて注ぐ。 ミルクの可憐な微笑みは、出会う人々を自然と明るい気持ちにしていた。 もちろん”闇の聖騎士”マサトが支えてこその存在ではあったが、それでも島民のみならず、全組織員が慕う”アリス姫”であった。 蛇窟島で暮らすようになって数ヶ月、マサトの御子を宿した”アリス姫”は、いつしか”母姫”と呼ばれるようになり、御子の誕生が待ち望まれていた。 ある冬の夜・・・空に異変が起こった。 雲一つなく澄み切った夜の空は、満天の星が輝いていた。 ・・・が、…ひとつ…ふたつ…と星が流れ始め、やがて数え切れないほどに、星が降り注ぎだしたのだ。 半円球に空を覆う数多の星々から零れてくるような流星群。 満天の星は見慣れている島民でも、その崇高なまでの光景に、外に出て空を見上げ、見取れていた。 ビカビカビカ〜〜〜ッ!! 長く尾を引いて目映い閃光が空を駆け抜けた。 くねった光の残光は、まるで虹色に輝く蛇のように見えた。 目に焼き付くほどに眩しい残光が、しばらく空にも焼き付いていた。 「…ゥ…ホギャァ…ホギャァ…ホギャァ……」 病院の窓から空の異変を眺めていたマサトの耳に、待ち望んでいた泣き声が届いた。 同じように目映い閃光に目を細めていた景山も、 「おおッ!!」 と、顔を輝かせて病室を振り返った。 ドアが開き、 「御子様が・・・男の御子様が・・・無事誕生されました!」 と、一人の看護士が叫んだ。 目を見開いたマサトは声も出ずに感激に打ち震え、病室に駆け込んだ。 赤ん坊は赤いから”赤ちゃん”と言うのだと聞いていたが、マサトに恭しく差し出された赤ん坊は、輝くほどに白い子だった。 唇の赤味がなければ、死産だったのかと思ってしまうような白さで、細くて小さな指は白魚のように透明に近い白さだった。 マサトはしばらくどう扱っていいのか判らず、呆然と掌の中に収まっている我が子を見つめていた。 覗き込んだ景山が、 「・・・なんと・・神々しい御子であらせられる・・・」 と言ってから、 「・・・先生・・・特に異常はないのでしょうね?」 と、思わず小声で聞いてしまった。 女性産婦人科医は、 「心配ございません。五体満足で健康な男の御子様でいらっしゃいます。」 と、自信を持って頷いた。 「……マサトぉ?」 汗だくな顔をしたミルクが不安そうに呼ぶ。 「あ・・ミルク・・・」 マサトが赤ん坊をミルクの顔の側に近付けてやり、 「ありがとう、ミルク。よく頑張ったなぁ・・・」 と、汗ばんだ額にキスをした。 「…ウン……赤ちゃん…元気?」 「ああ。元気で可愛い男の子だ。・・肌の白さはきっとミルク似なんだな。」 「…ミルに…?」 「俺は嬉しいぞ。めちゃめちゃ可愛いのに、壊れそうで抱いてるのもドキドキしちまう。抱き締めたら、きっと壊しちまうだろな。ククッ・・・」 「クスッ…赤ちゃんだもん……」 「あぁ・・・俺達の赤ん坊だ。・・・もぉ・・・胸が感動で詰まって・・うまく言葉が出てこないが・・・ミルク・・・本当にありがとう。」 マサトの目が涙で濡れていた。 ミルクはマサトに喜んで貰えたことが嬉しくて、ホッと笑みを浮かべ、 「……うん。」 と、一筋の涙を零した。 産みの苦しみ、という試練を乗り越え、母となったミルクの顔は、優しい微笑みの中に母としての強さと達成感が感じられるほどに、輝いていた。 一つの役目を果たしたミルクは、一晩ぐっすりと熟睡した。 目を覚ますと、傍らのベビーベッドで御子はスヤスヤと眠っていて、ベッドの側には乳母が赤ん坊を見守っていた。 生まれた赤ん坊には母乳が一番だろうと、一歳を過ぎた子供の母親が乳母として仕えることになっていた。 もちろんミルク自身も母乳で育てるつもりでいるが、初産でもあり「乳が足らないと困る」という周囲の心配もあって、前々から準備されていた。 それに、母親として未経験なミルクの相談相手としても、必要だろうというマサトの思い遣りだった。 本来なら、ミルクの母親が一番の相談相手になるはずだが、遠い日本では細かい所までは気付けないだろう。 ミルクも、「お誕生日を迎えたお嬢様が、お寂しくないように、隔てなく仲良くさせて頂けるなら…どうか色々教えてくださいね。」と、出産前に対面は済ませてあった。 「…ぁ…聡美さん……」 目を覚ましたミルクは、体を起こして乳母の豊川聡美(とよかわさとみ)に声を掛けた。 「母姫様?・・・お目覚めになられましたか?」 三人の子供を持つ聡美は、ふくよかで穏やかそうな笑みをミルクに向けた。 「えぇ…坊やは…眠ってるの?」 「はい。お乳を飲まれてからずっと、よく眠っておいでです。」 「…そぅ……ぁ…お乳をあげてくださって、ありがとう。」 「いいえ。それが私の務めですから。」 いくらでも乳が出そうな豊かに張った胸は、母親としての自信に溢れているように見える。 ミルクは母親としてどうすればいいのかと迷い、曖昧な笑みを浮かべた。 そして、気になってたまらない我が子の寝顔を、首を伸ばして覗き込む。 聡美は人生の先輩らしい風格ある笑顔で、 「・・そろそろ、次のお乳を差し上げる頃ですね。母姫様のお乳を差し上げてくださいませ。」 と、気を利かせて言った。 「……ぇ……ミルが?」 「まぁ・・ホホホッ・・・赤ちゃんにはお母様のお乳が一番なんですよ?」 「…ぁ…えぇ……そうですよね。」 ミルクは頬を赤らめて、恥ずかしそうに頷いた。 ちょうど頃合い良く、赤ちゃんが泣き出した。 聡美は、オムツを替えてから、ミルクに抱き方やお乳の与え方を教えながら、ミルクの腕に赤ちゃんを託した。 薄目を開けてミルクの乳首を口に含んだ赤ん坊は、口を上手に動かしてお乳を吸い始めた。 「…ぁ…フフフッ…飲んでるのがわかるぅ……」 ミルクが小声で嬉しそうに言うと、 「ええ。元気のいい赤ちゃんで、飲み方もとっても上手なんですよ。」 と、聡美も嬉しそうに答えた。 そうして、暫く順調に初めての授乳をしていると、 「おお?・・・もう初授乳を始められてましたか・・・」 と、景山が撮影用小型カメラを持って病室に入ってきた。 「御子様が成長された時に、是非見せて差し上げたいのです。どうか、撮影するご許可を・・」 そう言われて、ミルクは益々顔を赤らめながらも、 「…飲んでる時だけね?」 と、注文をつけて承諾した。 「ありがとうございますッ。では、早速・・・」 言うが早いが、景山が最新式のカメラで撮影を始める。 動画も写真も自由自在というタイプらしい。 「・・・うーん・・・もう少し明るくして頂けますか?」 景山が乳母に、カーテンを少し開くように言った。 乳母はミルクと赤ん坊に直射日光が当たらないように気を付けながら、室内が明るくなるようにカーテンをずらした。 ・・・と、乳を無心に飲んでいた赤ん坊が、光を反射している天上に顔を向けて、大きく目を見開いた。 「……え……」 ミルクは息を飲んで固まった。 腕に抱く赤ん坊の目が、真っ青に輝いていたのだ。 晴れ渡った抜けるような空の色。 透明感が強くキラキラと輝いている。 これほど青く美しい目を見たことがない。 長い睫毛に縁取られ、青い光を弾く白い顔は、天使と見まごう美しさだった。 ・・・が、ミルクに喜べるはずもない。 「……ど…どうゆうこと?……有り得ない……」 赤ん坊を抱くミルクの手が震え出した。 景山は目を瞬かせ、 「乳母殿・・・まだ、お教えしてなかったのか?」 と、撮影を止めて言った。 聡美は、ハッ、として顔色を変え、黙って俯いてしまう。 「……景山さんッ…どーゆうことなのッ?!」 ミルクが思わず叫んでしまい、驚いた赤ん坊は乳を飲むのをやめて泣き出した。 「乳母殿・・取り敢えず御子様をあちらに・・・」 景山はミルクからそっと赤ん坊を抱き上げると、乳母に渡した。 ミルクは青ざめて全身をガタガタ震わせている。 無理もないだろう。 普通、日本人同士の結婚で、青い目の赤ん坊は絶対に産まれないのだ。 景山は、自分では対処出来ないと感じ、すぐに要塞で仕事中のマサトを呼んだ。 「ミルクが驚くのは当然だ・・・」 ベッドに腰を下ろし、ミルクの肩を抱き寄せたマサトは、額や頬にキスを繰り返して宥めた。 「……マサトぉ…クスン……」 「俺も初めてその事実を知った時は、さすがに驚いたぜ。」 ミルクはマサトの胸に、ギュッ、としがみついて、顔を押し付けた。 マサトはミルクの髪を撫で、 「だが、俺達の息子であることは間違いない。俺は一瞬たりとも疑うことはなかったぞ?」 と、優しく穏やかな声で言った。 「……グスッ……でもぉ……」 「何しろ、俺自身がかなり人としての基準から外れていたからな・・・さもありなん・・・って感じか・・・クスッ。」 「……ミルの…赤ちゃん?」 「おまッ・・・・・お前なぁ〜・・・・・」 マサトはやれやれと溜息を吐く。 生んだ本人が疑うのも変な話だが、確かに生んでから眠っていただけに、不安になったのだろう。 「・・・本郷の見解は、おそらく”先祖還り”だろう、と言うことだ。」 「……先祖?……マサトの?」 「いや。俺じゃなく、ミルクの方さ。・・前に話しただろ?ミルクのいにしえの血の由来。まだ日本に属してなかった小さな独立国家だった頃の話。」 「…ぁ……ぅん……」 「それも・・・悲劇の末路を辿った一族。」 「……ぅん……」 「ワードが以前、その頃の文献を調べていたが、それによれば、その一族にはごく稀に、鮮やかな青い目をした子が産まれたらしい。」 そう言われても、ミルクにはピンと来ない。 ただ呆然とマサトの説明を聞いている。 「交易が盛んだったから、そのせいかも知れないが、王家の一族だけに生まれるその命を、人々はとても大切にしたそうだ。」 「……そぅ……」 「単に青いというのではなく、感情などで色が変わるとか、それがまるで空の色を移したように綺麗だったとか・・・」 「……信じらんない……」 マサトがまるで見てきたように言うので、ミルクは拗ねて口を尖らせた。 慰める為にそう言ってるのだと思ったのだ。 だが、マサトは真剣な顔で、 「確かだぞ。文献には、”空の光を瞳に宿し御子”と記されている。その御子の誕生した日は国民の祭典として、皆でお祝いをしたそうだ。」 と、片眉を上げて、得意げに言った。 ミルクは、どうにか落ち着いてきて、大きく息を吐いた。 「…ハァァ……そぅなんだぁ……」 「だから、命(みこと)は俺とミルクの大事な息子に間違いないんだ。・・・わかったか?」 「……ぅ?……ミコ……ミコト?」 「ああ。命(いのち)という漢字で、”みこと”と読む。いい名だろう?」 「…いのち……みこと……」 「ひとつの命・・・数多の命と等しく輝くひとつの命。・・・だが、掛け替えのないたったひとつの命。・・・神から授かりし、大事な大事な命。・・・俺達の愛の結晶として生まれた命。・・・俺達の息子・・・名前は命(みこと)。」 優しく歌うように囁かれ、ミルクは大きな愛に包まれていく暖かさを感じていた。 そして、マサトが「命(みこと)」と言った時、熱い涙が零れ、ミルクは静かに頷いた。 「…そうね……素敵な名前……ありがとぉ、マサト。」 マサトは涙が伝うミルクの頬にキスをすると、不敵な笑みを濡れた唇に浮かべ、 「ま、皆が御子(みこ)様と呼ぶし、都合いいだろ?」 と、冗談めかして言った。 「……ぇ……」 「クククッ・・・さて、島民の祭典にするのに、どうしたものか・・・そうだなぁ、俺にはどんな祝日より目出度いし、この際だから元旦を祝典の日としよう。」 「………………」 ミルクは目を何度も瞬かせ、マサトの神をも恐れぬ図太い根性に、改めて驚かされていた。 一年後、元旦。 エンジェルビーチの海岸通りは、この島一番のメインストリート。 先陣をきって美しい隊列で行進するのは、キラー将軍率いるキラー部隊の騎馬隊。 房や飾り綱で華やかに装飾された白馬の一群である。 「御子様の祝典であるこの良き日!皆も多いに祝うがいいぞ!」 マイクもないのに良く通るキラー将軍の声は、歓声を一瞬沈黙に変える威力がある。 が、それも束の間、後に続くSSSの面々が、ヒトコブラクダに跨り音楽を奏でながら、大袈裟なパフォーマンスで曲乗りを披露する。 観衆はやんやの喝采で、特に女性達の甲高い歓声は、いずこも同じ、といった感がある。 コウメイにしろ、ドルフィンにしろ、レーサーにしろ、美男が多い軍隊である。 そして、真打ち登場。 大きなゾウは華麗に彩色され、金銀サンゴで飾り立てられている。 そのゾウの上には、命を抱いたマサトと寄りそうミルク。 「御子様、おめでとうございます!総帥、万歳!母姫様、万歳!」 観衆が口々に叫ぶ。 後ろに続くゾウもやはり綺麗に飾られ、その上のやぐらから景山が丸い餅を撒く。 「祝い餅だ!御子様のお誕生を祝う餅だ!まだまだ、あるぞ!浜に集まれ!」 景山が嬉々として餅を撒く。 パレードの後では、浜辺で盛大な祝宴となる。 浜焼きには、様々な食材が用意されていて、餅を焼いて食べることも出来る。 (・・・何故か、この年以降、「撒かれた餅を浜で焼いて食べると、一年間無病息災で過ごせる」とありがたがられるようになってしまったが、それは単に島育ちの人々が健康だということなのだが・・・) 島をあげてのお祭り騒ぎ。 浜では篝火が赤々と空を焼く夜まで、祝宴が続く。 ”空の光を瞳に宿し御子”はSSSの引っ張りだこにあっても、にこにこと天使の微笑みを絶やさない。 満一歳の誕生日を迎えて、そろそろ言葉を話し出したから、余計可愛くてたまらないらしい。 「ボムおじちゃんだぞぉー!」 酔った赤ら顔を近付けて、大きな声で言うものだから、命は青い目を丸くして驚いている。 と、スレンダーな美女がツカツカと近付き、ボムの頭を思い切り叩く。 「兄さん!御子様を威嚇するんじゃないの!まるっきりナマハゲじゃない!」 兄のボムに負けずと声が大きい妹、燐(りん)。 「・・・チェッ・・・マナハゲじゃないぞぉ・・・」 妹に叱られ、すごすごと腰を屈めてまた酒を探しに行く。 「……ナマ…アゲ……?」 命が大きな目のまま首を傾げる。 「ねぇ〜御子様・・・リンは美人・・・リンは美人・・・」 「……リン…リン……」 「リンは・・美人・・・よ?」 燐が小声でそう繰り返している所に、 「洗脳はいけないなぁ・・・」 と、命を取り上げたのは、麗しのドルフィン。 「美とは個々の心に発生する感動なのだと、ボスは言われた。・・故に、美は我にあり。」 やはり酔っているドルフィンも言うことがアブナイ。 「酔って御子様に触れるでない!」 キラー将軍が眉を吊り上げてSSSの陣営から命を攫って行く。 「…ジィ…ポッポ……」 ほとんど感情の見えない顔で、命を抱っこしていた戒は、一瞬眉を寄せて困った表情をしたが、 「・・・では・・・少しだけ・・・」 と、命を肩車して走り出す。 「キャハハハ…ジィ〜ヤァ…ポッポー…ポッポー…」 キャッキャと喜ぶので、なかなか止められず、走り回るキラー将軍を皆はなるべく見ないようにしている。 (・・・何しろ、後のとばっちりが怖い・・・) 篝火を赤々と照り返す夜の浜辺、波打ち際を戒が走る姿は異様なものがある。 それでも暗闇に紛れてフッと笑みを漏らしていることに気付いているのは、兄である景山とマサトくらいだろう。 皆に愛嬌を振りまいて、手元に戻った我が子を、愛しそうに抱いて頬ずりをするマサト。 いきなり鼻をキツク掴まれても、笑顔のままで、すっかりパパの顔をしている。 ミルクはクスクスと少女のように笑いながら見守っている。 この幸せが永久に続きますように☆ |
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長い物語にお付き合い下さって本当にありがとうございました☆ 最後にゆう様と菫様から頂いた 絵とショートストーリーをご紹介させて頂きます☆ |
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あまりの可愛さにソラ君誘拐事件発生! 組織が一丸となってソラ君の救出に向かいます! マサト「ソラ!大丈夫か!?助けに来たぞ!!」 (本名はソラじゃないけど何となくこっちの方がなじんでるので…) ソラ「あ…パァ〜パ♪パァ〜パも一緒に遊びましょ♪♪」 マサト「…は?お前どこも怪我とかしてないな?変なことされてないな??」 ソラ「パァ〜パ〜あのねぇ〜このおじちゃんたちが遊んでくれたから寂しくないんだよ〜?」 (にっこり必殺悩殺スマイル) マサト「あん?…おじちゃんたちだと?…お前達か?ソラを攫ったのは…!」 おじさん「は…いやいや…なかなかどうして可愛らしいお子さんをお持ちで…いやはや羨ましい限りですな…」 参謀「それはそうでしょう。何せこの方の可愛らしさときたら…ほら…」 (写真をささっとどこからか取り出す) おじさん「ほほぅ…これはまた…こんなに可愛らしくてはさぞ心配も多いでしょう…」 (自分が誘拐したことは既に遙か宇宙の彼方に捨て去った) 参謀「それはもう…何せこの間なんか…」 と以下延々と世間話を交えたのろけ話が続くのでした。 マサト「あ〜、何で景山が先頭きってんだ?」 (マサトよ、疑問はそこか) ソラ「パァ〜パ〜!!!あ〜そ〜ぼ〜!」 (ソラ少年大人の会話に入っていけずに退屈)
参謀「………」 マサト「…で?この問題はどうするつもりだ?」 参謀「まぁ…そうでしょうね…とりあえず証拠は潰すにしても、やはり一人残らず口封じをした方が安全性は増すかと思われますが…」 マサト「そうなんだがなぁ…」 一同、深刻に顔を付き合わせ辺りを暗い空気が漂う。 とたとたとた。 がちゃっ! ソラ「パァ〜パ〜!見てみて〜!クロネコさん貰ったの〜!!!」 にこにこにこ(キラキラフィルターつき) マサト「ソラ?今パパはお仕事中だから…」 ソラ「ね〜じいやも見て〜!猫さんかぁいいでしょ〜?」 にこにこにこにこにこ。 参謀「えぇ。随分可愛らしい猫をお連れなのですね」 ソラ「うん〜僕の友達なの〜」 にこにこにこ。 マサト「ソラ…後少しだけ待てないか?パパは今お仕事中…」 ソラ「パァ〜パ…僕の猫さんキライ?」 うるうる。(上目遣い+涙目) マサト「(うぐっ!この目で見られると適わないんだよなぁ…)わ、分かった分かった。隣の部屋で遊ぼうな?」 ソラ「わぁ〜い!パァパ大好き〜!猫さん良かったねぇ〜」 にこにこにこ。 たたたっ!(隣室へ駆け抜ける) 参謀「ボス?この件はどうなさるおつもりで?」 マサト「…適当に処理しとけ」 参謀「は…ぁ…」 ソラの無敵笑顔には誰も適わないのであった。 |
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これまで色々な作品でイラストやお話をご提供くださった 万里様、へなそうる様、Simon様、かるる様 そして、出会えた 全ての皆様 に心からの御礼を申し上げます☆ 夢宮愛里m≦(_ _)≧m
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