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娘がお城に向かっている最中、お城では華やかな舞踏会と称した、その実盛大なお見合いパーティーが催されておりました。 王子様は非常に不機嫌な様子で椅子にどっかりと座ったまま腰を上げようとはしません。その王子の頑なな態度に重臣達は困り果てておりました。 しかし、王子が不機嫌なのには正当な理由があったのです。 元々、王子様には結婚する気はありませんでした。しかし、早くに母親を亡くし、国王も数年前から病床にある為、若くしてこの国を背負って立つ運命に晒された王子様は、それでも周りの重圧をものともせずに立派に国を繁栄させてきました。 ご自分の立場が分からない王子様ではありません。 その為、婚姻を結び、跡継ぎを誕生させなければならないことは百も承知しておりました。 それがこの国の将来を安定させることに繋がるのですから。 重臣達の不安が理解出来ない訳では無い王子様は、渋々ですがこの舞踏会を開く事に賛同したのでした。 しかし。しかしです。 王子様はどうしても心に引っかかるものを覚えておりました。 自分の立場は十分に理解しております。 いい加減に適齢期を過ぎていることも分かっています。むしろ今まで独身でいたことの方が不自然な程に。 隣国の王子なんかは15で正妃を迎えたと聞きます。 それに比べればもうすぐ30にもなろうかという自分は異例なのでしょう。 もうそろそろ潮時なのも分かってはいました。 それでも。 王子様にはどうしても一人だけ忘れられない少女がいたのです。 もう随分昔のことになります。 まだまだ若かった王子様は、父親が病に倒れた後、突如自分が背負うことになった立場とそれに伴う責任の重みに耐えられずに、城をこっそりと抜け出して森に狩りに出かけました。 そこで出会った少女。 まだまだ年の頃は4〜5歳といったところでしょうか。 無邪気に森の中を走り回っては眩しいほどの笑顔を振りまき、声を上げて喜んでいた少女。 彼女の内側から溢れる光に惹かれて、普段は人を警戒して姿を隠している動物たちも姿を現し始め、彼女の周りに集まって来ました。 無心に動物たちと戯れる少女を見て、王子様はその日の狩りを中止することにしました。 自分が動物たちを狩れば、少女が悲しむと思ったのです。 そして何故だか、少女を悲しませたくないと思った自分が居たのです。 自分が狩らなくとも、動物たちは人が生きていく為に狩られてしまいます。 矛盾した行為であったことは分かっていましたが、少なくとも少女の目の前で動物たちの命を奪わなくても良いと思ったのでした。 彼女から笑顔を奪いたくなかったのです。 「名前は?」 王子様は少女と知り合いになりたくて、しかし流石に自分がこの国の王子だと名乗ることは憚られたので、せめて少女の名前を覚えておきたくて少女に尋ねました。 「な…え?ミ…ゥクって、ぅ〜の」 まだ上手に舌が回らない少女は、それでも一生懸命、自分の名前を伝えようとしました。 そんな姿にまた王子様は顔が微笑んでしまうのを助けられません。 「ミク?って言うのか?可愛い名前だな」 「ミ〜、ミ…ぅ、ミ……ゥク」 少女は両手を王子様の方に伸ばして名前を口にしようと頑張りました。 何とも可愛らしくて、思わず王子様は少女を抱っこして少女の体を自分の頭よりも高い位置に持ち上げました。いわゆる高い高いの状態です。 「ミク、か。お兄ちゃんはマサトって言うんだ。言える?」 「ま〜?まぁ…と。マァト!」 「違う違う。マサトだよ。言ってごらん?」 「マ〜ト!!」 少女はまだサ行が上手く言えないらしく、自分はご機嫌でマ〜ト、マ〜トと繰り返しました。 王子様も、ま、良いか、と思ってそのままにしておきました。 その後、少女を迎えに来た父親らしき人物の声に、少女は駆け出して行ってしまったので、王子様は少女の背中を見送ってお城に戻りました。 それからというもの、王子様は積極的に政務をこなすようになりました。 王子様の逃亡劇に嘆いていた重臣達もこの王子様の変身ぶりに驚き、お城から抜け出したその日、何があったのかと王子様にさり気なく聞いてはみますが、王子様は微笑むだけでいつもはぐらかしておりました。 王子様がそんなに柔らかく微笑んだところを見たことがない重臣達は、更に興味が深くなっただけでしたが、こうなったらどうあっても話そうとしないであろう王子様の性格を良く知っていたので、王子様が国王としての義務をこなすようになったことを喜ぶに留めておきました。 王子様は、あの日会った少女が笑って過ごせる様に、国を平和に保ちたいと願っていたのです。 ほんの数刻の間、一緒に居ただけですが、少女の持つ優しさや、その内側の清らかさは充分に見て取れました。もし、この国の内政が荒れ、戦でも起こったら、少女はその笑顔を失い、きっと涙に暮れる日々を送るだろうと思った王子様は、少女が心穏やかに過ごせる国を創りたかったのです。 それ故、例えどんなに辛いことがあっても少女の笑顔を思い出せば乗り越えることが出来ました。 勿論、政務の傍ら、少女がどこの家の者か密かに調べさせておりました。 しかし、どこの家にも該当すると思われる少女は居なかったのです。 その当時で考えて4〜5歳の少女達の中に、ミクという名の少女は一人も居ませんでした。 そんな筈は無いと、どんなに調べさせてもやはり該当する人物は出て来ません。 ミクという名は自分の記憶違いかとも思いましたが、父親が彼女を「ミー」と呼んでいたのです。間違いは無いでしょう。その時「子猫の鳴き声のようだな…」と思ったことだって覚えているのですから。 おかしい。 何故見つからないのでしょうか? そんなことも手伝って、舞踏会など気が進まない王子様ではありましたが、ひょっとしたら少女が見つかるかもしれないという期待もあって、この舞踏会を承諾したのです。 果たして、少女はやって来るのでしょうか? 舞踏会が始まりました。 しかしどうやら、あの少女は居ない様です。 成長した少女がどの様になっているかなんて、王子様には到底分かる筈も無いのですが、王子様には分かりました。何故なら、彼女が内側に秘めていたあの輝きがこの会場のどこにも見られないからです。 王子様は内心がっかりしました。 やはり、彼女はあの森が見せた幻だったのかと、本気で思うようにすらなりました。 あれは夢では無いと信じたいですが、こうも少女に関する情報が無いと、あれが現実のものだったのかどうか疑いたくなってしまっても無理はありませんでした。 そうなるともはや舞踏会に興味はありません。 ただぼ〜っとお城の大広間を眺めているだけです。 少女が居ないのなら、誰と結婚しようと同じでしょう。 自分の為に婚姻を結ぶことが出来ないのなら、国の為に婚姻を結ぶしかありません。 なるべくこの国にとって有力な縁談を結ぶ以外に道は無いのでしょう。 それはきっと自分の優秀な重臣達が審議するでしょうから、もはや舞踏会が早く終われば良いのに…とすら王子様は思っていました。 舞踏会が始まって少し経った時でした。 不機嫌に椅子に座ったままの王子様を余所に、重臣達は鋭く眼を光らせて大広間に集められた娘達を吟味していました。 どの娘は気品がある、教養がある、作法が美しい…等々、厳しく採点していたのです。 しかし流石は王子様の花嫁候補に集められた娘達です。 なかなかに教育が施され、皆優雅に舞踏会を慎んでおりました。 そうなると残りの決め手はやはり外見が少々と、家柄がものを言う様になりましょう。 中には隣国から招かれた姫君などもおりました。 外交政策にとって、隣国と親戚関係を結ぶことはこの上なく有利になります。 重臣達の腹の中では徐々に王子様に相応しいと思われる娘が絞られて行きました。 そんな時でした。 門番が来客の到着を告げたのです。 王子様は相変わらず興味が無いようで、何も動じませんでした。 重臣達はまだ招待された客が居たか?と記憶を捻っておりました。 娘達はまた誰かライバルが増えるのか…遅れて来たくせに…と心の中で毒づきながらそんなことは少しも表情に出さず、にこやかにまぁ誰でしょう、ほほほ…と微笑んでおります。 …女の戦いはいつでも怖いものなのです。 そんな中で、王子様の側近中の側近であり、この国の参謀を務めている男が王子様に歩み寄り、耳元で何かを囁きました。 「そういえば、お一方、遅れて来るという知らせが届いておりました。その方でしょう」 「…そうか」 王子様は大した興味も見せずに返事をしました。 本当にどうでも良いと思っていたのでしょう。誰が今更来たところで何が変わるでも無いと思っていたからです。 そんな王子様の様子を見て参謀である男はくすりと笑いを零しました。この男には王子様の心の中がどの様な状態になっているのか分かっていたのです。 王子様は知りませんでしたが、王子様が昔お城を抜け出したその日、実は一人だけ王子様の行動を見張っていた男が居たのです。 その男の名は若松と言い、いつも影の様にひっそりと王子様に付き従い、護衛を務めて居る者でした。 勿論、王子様がお城を抜け出した日も王子様の後を追って付いて行きました。 そこで見た王子様と少女の束の間の逢瀬。 あんなにも柔らかく微笑まれる王子様を初めて見た護衛の男は、その事をこの参謀に告げたのです。 参謀の命令で護衛の男は密かに少女の居場所を突き止めました。 何のことは無い、またあの森に赴き、少女が現れるのを待っていた護衛は、少女の後をつけて少女がどこの家に住む者か突き止め、参謀に報告したのです。 そして、少女が成長した今、王子様と引き合わせるべく、少女の家に招待状を送りました。 実は舞踏会というのは単なる名目に過ぎなかったのです。 この参謀は結婚を嫌がる王子様を唯一、他の重臣達から庇っていたのですから。 数年越しの再会をどうしたら感動的なものに出来るか。 参謀として男は考えました。 そして出た結論は、少女が遅れて入って来たらどうか、というものでした。 悪くありません。 到着した客はまず始めに主賓である王子様のところまでやって来て、挨拶をしなければならないからです。 少女はきっとあの正面玄関からこちらまで真っ直ぐに向かって来ることでしょう。 周りの客は少女の為に道を譲らなければなりません。 王子様にご挨拶に行く者が、ふらふらと蛇行しては失礼にあたるからです。 少女の為に出来る人壁の道。 王子様の元に辿り着くまでには流石に王子様も気が付くことでしょう。 あの少女に違いない…!と。 そして王子様に挨拶を済ませた少女の手を王子様は恭しくお取りになり、二人は中央に進み出て華麗な踊りを披露する…。 周囲の人間はきっと王子様から溢れ出る生命力豊かなオーラと、少女から滲み出す清らかなオーラに、感嘆の溜息をつくことでしょう。 そうすれば、王子様に誰が相応しいか、嫌でも認めざるを得ません。 ―――完璧です。 参謀は余りにも完璧な自分の計画にしばしの間酔いしれました。 しかしそれも、全ては王子様の喜ぶ顔を見たいが為です。 国の為に全てを捧げて来た王子様に安らぎをもたらす少女。彼女と王子様をどうしても引き合わせて差し上げたかったのです。 王子様と少女を引き合わせると同時に、少女を王子様の相手として認めさせる事を同時にやってのけようとした結果、舞踏会を開くのが一番手っ取り早く、効率が良かったのです。 周りが文句を言わないようにとの参謀の配慮でした。 そろそろ、少女が扉をくぐる頃でしょう。 果たして、参謀の企みは上手く行くのでしょうか? |
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