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<1> 「恋の予感」 |
§1§「恋の予感」 あ・・・見つけたぁ! 有栖川美琉玖は頬を赤らめて微笑んだ。 視線の先には、人が行き交う通りの隅で、道路に布を広げてアクセサリーを売っている男がいる。 ボロボロのジーンズに薄汚れたGジャンを羽織り、帽子を目深に被った男は、あぐらをかいて座っている。 「こんにちわぁ。」 ミルクが声をかけると、目線ギリギリまで顔を上げた。 ゾクッ、としそうな冷たい眼が一瞬だけ見える。 けれどミルクは目が合うと一層嬉しそうに微笑んだ。 「先日はありがとうございました。これ、お借りしていたハンカチです。」 ミルクはそう言って、一週間前、擦り剥いたミルクの膝を男が縛ってくれたハンカチを差し出した。 「・・・別に返さなくても良かったんだ。・・・こんな遅い時間にフラついてると、また変な奴に絡まれるぜ。」 男は面倒臭そうにハンカチを受け取った。 「・・ごめんなさい・・・」 ミルクは布を挟んで男の前に膝を抱えるように座り込んだ。 ハンカチを返すという目的は果たしたものの、すぐには立ち去りがたいし、とは言っても何を話せばいいかわからず、目の前のアクセサリーを眺めている。 「で、怪我はもう治った?」 ハンカチをズボンのポケットにねじ込んだ男が聞いた。 ミルクはパッと表情を明るくして顔を男に向けると頷いた。 「うん。・・ほら・・ね?」 膝を覆っていたスカートをたくし上げて膝を出して見せる。 「・・バカッ。パンツまで見えてるぞ。」 「え・・?!」 ミルクは慌ててスカートを元に戻し、真っ赤になった顔でまたアクセサリーを眺め始めた。 アクセサリーといっても普通のジュエリーショップでは売ってないようなデザインの物ばかりで、ミルクが身につけるには重量感がありすぎるように見える。 値段も路上で売っているにしては高かった。 「興味あるのか?」 「・・少し・・・」 「けど、お前には似合いそうもねぇな。」 男の口元が苦笑を洩らす。 表情は帽子で鼻先まで隠れていてつかめない。 ミルクは唇を尖らせ、銀細工のブローチを手に取って見てみる。 「こーゆうのをバッグにつけるとおしゃれかも。」 「クックッ。その辺の缶バッジと一緒にされたくねぇなぁ。子供は子供らしく、文具の並びで売ってる缶バッジをつけてりゃいいんだよ。」 ミルクは頬を膨らませ、ブローチを元の場所に戻した。 「・・もう高校生になるんだもん。子供じゃないですぅ。」 「別に年齢で子供って言ってんじゃねぇ。」 「・・見た目?」 「いや。」 「・・じゃぁ、精神年齢?」 「つーか、子供でいちゃ悪いのか?・・俺は背伸びしてる奴や妙にフケ込んだ奴より、年相応に子供らしい方がずっとマシだと思うがな。」 「・・ふーん。・・そーなんだぁ・・・」 「それに俺が扱ってるアクセサリーは特殊だろ?・・男ならともかく、こーゆーのが似合うような女は・・普通の感覚した男なら敬遠するぜ。」 男はまた苦笑した。 ミルクは目を丸くして瞬きを繰り返した。 「・・売ってて・・そんなことを言っていいのぉ?」 「商売と俺自身の好みは別物さ。」 「・・そっかぁ・・・」 ミルクは何となく不思議に思いながらも頷いた。 それでも、まだアクセサリーを眺めているミルクの隣りに、二人連れの女の子が屈み込んだ。 二人とも髪をワックスで立て、ジーンズの上下にはすでに、いくつものシルバーアクセサリーが重そうに垂れ下がっている。 「この前さぁ、ここで買ったのが仲間の評判になってさ・・・」 「へぇ・・・」 「今日は友達も連れて来たんだから、オマケしてよぉ。」 一人の女がいかにも馴染みといった態度で話しかけ、友達を紹介しながらけたたましく笑う。 ミルクは取り残された気分で、ブレスレットを細い手首にあててみたりしている。 二人連れは賑やかに話をしながら何点かアクセサリーを選び、値切り始める。 男は渋々値引きした金額を告げる。 「えー・・いいじゃん。もっと、安くしてよぉ。」 「そうは言ってもなぁ、わざわざヨーロッパ行って仕入れてきてんだぜ。原価割ってまで売れねぇだろうが。」 「そこを何とか・・・お願ぁーい。」 女は派手な付け爪の手を拝むように合わせて、甘えた顔を傾げてみせる。 「今度GXのコンサートチケット手に入れたら譲るしぃ・・・ね?」 「しょーがねぇなぁ。」 男は溜息を吐いて、更に一割程度の値引きをした。 女の子達は、キャッキャ、と嬉しそうに笑って万札を男に渡した。 男はウェストポーチのチャックを少し開けて万札を押し込み、おつりの千円札を引っ張り出した。 チラッと見えた感じでは百枚近くの万札がポーチに納まっている。 二人連れは早速買ったアクセサリーを身につけ、お互いに感想を言い合ったり男にも意見を聞いたりして、すぐには立ち去りそうもなかった。 二人連れの女の子達もきっとミルクとそう歳は違わないだろうと思う。 けれど何万もするアクセサリーをいくつも身につけ、好きなことをしたいように生きて、青春を謳歌しているように見える。 街はすでにネオン煌めく夜となり、銀色のアクセサリーがネオンを反射して一層妖しげに輝きを増していた。 春の宵の暖かみのある風が、屈んでいる足元のスカートを揺らせて通り過ぎる。 はしゃぐ女の子達のすぐ横で、取り残された寂しさを感付かれまいと、熱心にアクセサリーを選ぶ素振りをしていたミルクは、意識がぼんやりしてくる目眩を感じ、フワッと立ち上がった。 「あ・・おい!ちょっと待てよ。」 男の声に女の子達の声が途切れる。 立ち去りかけたミルクが何となく振り返ると、男が手招きしている。 「・・・私?」 「夕飯喰ったか?」 「え・・・ううん。まだだけどぉ・・・」 「なら付き合えよ。奢ってやるから・・な?」 「・・・うん。」 ミルクはまた布の前に戻ったが、立ったままでいた。 二人連れの女の子達は何かを思い出したように、 「じゃぁ、またね。」 と言い残して、忙しそうに立ち去って行った。 「今、店をたたむから・・ちょっと待ってろよ。」 「・・・うん。」 「座らないのか?」 「・・・足が痺れちゃった。」 「クックッ。ひ弱な足だなぁ。・・じゃぁ、これに座ってろ。」 男は自分が座っていた丸いクッションを引き抜いてミルクに勧めた。 ミルクは言われるままにフワッとスカートを広げて座った。 お尻と太腿に今まで座っていた男の温もりが伝わってくる。 「こーゆう販売って夜がメインじゃないの?」 店仕舞いをする男にミルクが聞くと、男は笑って、 「そうだけど・・・クスッ。お前って危なっかしくて放っとけねぇ。」 と答えた。 「・・ふーん・・・」 ミルクはそっけない反応を返したが、内心は寂しかった心がほんわりと温かくなるのを感じていた。 すると、そこへ一人の学生っぽい青年が近付いてきて、腰を屈めると小声で、 「なぁ・・・ドラッグねぇか?」 と言ってきた。 アクセサリーを包みながらリュックに仕舞う男は顔も上げずに、 「ここにはねぇよ。」 と、不機嫌に答えた。 「普通置いてんだろぉ?」 「他は知らねぇが、ここにはねぇんだよ。」 「ケチなこと言うなよぉ。・・ホントはあんだろぉ?」 酔った口調の青年はしつこく食い下がる。 「ねぇもんはねぇんだよ。」 男は店仕舞いを告げるように広げていた布をたたんでリュックに収めた。 「チェッ。しけてやがるぜ。」 酔った勢いか、青年が男に軽く蹴りを入れた。 リュックを肩に掛けようとしていた男が、リュックを置いて立ち上がった。 あぐらをかいて座っていた時より、身長の高さを感じる。 男は青年の胸倉をつかみ、顔間近に引き寄せると、 「世間知らずの坊ちゃんがいきがってんじゃねぇぜ。」 と、凍り付きそうなほど冷たい眼で睨みつけながら、低い声で言った。 「なッ・・なんだよッ・・」 青年は男の手を放そうとする一方で言い返そうと試みたが、男から漂うただならぬ殺気に青ざめて体を硬直させた。 「ツッパんなら、もう少し実力つけてから、命懸けでやれよ。な、坊や。」 男はそう言って手を放した。 青年は足が縺れて転びそうになりながら逃げて行った。 ミルクは膝を抱え込んでうつむいていたが、青年の姿が見えなくなると、目を輝かせて嬉しそうに微笑んだ。 「強いっていいなぁ。」 「・・あ?・・・やれやれ。ここにも困ったお嬢ちゃんがいるぜ。」 男は一度帽子を脱いで、前髪を長い指で後ろに梳いてから、また被り直し、リュックを肩に掛けた。 「ほら。行くぜ。」 「うん。」 ミルクは男の差し出した手につかまって立ち上がった。 丸いクッションはリュックと背中の間に挟み込み、ミルクの手を握って男が歩き始める。 ミルクは少し遅れがちで、手を引かれて歩きながら、クスクス笑っている。 「今度は何だよ?」 「・・・だって・・・丸いクッション・・・亀みたい。」 ミルクは言葉に出して言ってから、余計可笑しさが込み上げてきて、吹き出してしまった。 「・・チェッ。・・こうするのが一番邪魔にならなくていいんだ。」 「そっかぁ・・・」 ミルクは真面目な顔で、うんうんと頷いたが、まだ口元には笑みがこぼれていた。 男に手を引かれるまま、どこに行くかもわからず付いて来たミルクは、騒音のようなハードロックの曲が流れる薄暗い店に入って戸惑っていた。 「こんな・・・も・・・は・・・」 向き合って座った男が言った言葉が聞き取れず、 「え?何?・・聞こえないの・・」 と、身を乗り出す。 男は顔を近付けて、 「こんな店でもパスタはけっこうイケるぜ。」 と、耳元で言い直してくれた。 それから、メニューを見ながらミルクの好みを聞いてウェイターに注文をする。 先に頼んだ飲み物はすぐに運ばれてきて、男は帽子を傍らのリュックの上に置くと、ジョッキのビールを美味しそうに半分まで一気に飲んだ。 「プハッ・・・うめぇ・・・」 口に付いた泡を親指の根元で拭って、男が笑みを浮かべる。 「こーゆー店は初めてか?」 「・・・うん。」 「クックッ。だろうな。・・いいことだ。」 「・・・変なのぉ。」 「何が?」 「だってぇ・・・自分の売ってるアクセサリーを買うなって言うし、自分でこの店に連れて来ておいて、来ない方がいい、って言うし・・・」 ミルクはアイスティーのレモンをストローで突っつきながら、上目遣いに男の顔を見つめた。 相手の声が聞こえるように顔を近付け合っているので、男の一見怖そうな目を間近で見ることになる。 切れ長の目が少しつり上がっているせいか、眼光の鋭さのせいか、普通にしていても睨まれている気がする。 けれど、ミルクは男が笑った時の目が、目を閉じた猫のくっきりしたラインに似ているようで気に入っていた。 「そりゃ、お嬢ちゃん向きの店じゃねぇからさ。」 「お嬢ちゃんじゃないもん。」 「つーか・・・お前、名前は?」 「有栖川美琉玖・・・美琉玖は・・・こーゆー字を書くの。」 指先に水をつけてテーブルに書いてみせる。 「へぇ・・琉球の琉に・・同じ王に久しいか・・・沖縄出身?」 「ママのお祖父ちゃまがそうらしいけどぉ、もう近い親戚はいないみたい。だからミルはまだ沖縄って行ったことがないしぃ・・・」 「曾祖父さんの出身じゃぁなぁ。クックッ。」 「きっとママが沖縄が好きなのかも。お兄ちゃんは美都琉・・美しい都の琉球・・だもん。フフ。」 「そっか。・・・琉球王国の王一族の流れだったりしてな。」 「あはは。まっさかぁ。」 「アリスガワミルクか・・可愛い名前だな。・・ミルク。」 「・・ありがとぉ。」 ミルクは恥ずかしそうにアイスティーを一口飲む。 「俺はハラダマサト。漢字で書くと・・・こうなる。」 男はミルクがしたようにテーブルに字を書いてみせた。 覇羅蛇 魔郷 そう書かれた文字に、ミルクは思わず寒気を覚えた。 「・・・う・・そ・・・」 「ハッハッ。戸籍には原田雅人って普通の漢字で登録されてるさ。」 「あー・・・なぁんだぁ・・・もぉ、ビックリしちゃったじゃん。」 「表の顔は普通にしてないとな。」 「・・・表?」 マサトは、さぁ、とばかりに肩をすくめると、ジョッキのビールを飲み干した。 料理が運ばれてきた時、マサトはビールを追加注文した。 「そんなに飲むのぉ?」 「これぐらいじゃ酔わねぇぜ。今日はミルクを送ってく責任があるから、酔う訳にはいかないだろ?」 「え・・・大丈夫なのに・・・」 「こんな時間に一人でフラフラ街を歩いてたら、ナンパしてくれ、って誘ってるようにしか見えないぞ。」 「えー・・・」 ミルクは抗議するように唇を尖らせた。 「そうした自覚のなさがあるから、この前だってあんな目に合うんだろうが。」 「・・・あれは・・・友達がコンサートに誘ってくれたから・・・友達だって一緒だったもん。」 「連れがいても襲われてるんじゃ意味ねぇな。」 「・・・ごめんなさい。」 「だから、今夜は俺が送ってやる。いいな?」 「・・・うん。」 ミルクは叱られたものの、送って貰えるのが嬉しかったので、耳を赤くして頷いた。 「門限とかあるのか?」 「・・まぁ、一応・・・でも、その時の状況で違うから。」 ミルクは笑って誤魔化し、フォークでまとめたパスタを口に運ぶ。 さり気なく腕時計を見ると、すでに夜8時を過ぎている。 友達と出掛ける時でも、夜7時までには帰るように言われているので、帰宅してお説教が待っているのは必至だった。 それでも今は目の前の男、覇羅蛇魔郷と名乗る不思議な男といたかった。 ミルクはパスタを少しずつ口に運んでは、マサトを観察するように見つめる。 首に細い蛇が巻き付いたようなタトゥーがある。 確か右手の甲にも蛇のタトゥーが顔を覗かせていたはずだが、今日は指先だけ出る皮の手袋をしていて見えない。 名前にも蛇が使ってあるし、余程蛇が好きなのだろうか。 「マサトさんは・・・」 蛇のタトゥーをしている理由を聞こうと思ったが、聞くことに意味があるのか迷い、言葉に詰まった。 「ん?」 「・・あの・・・歳はいくつなんですか?」 「いくつに見える?」 咄嗟に質問を変えたが、反対に聞かれて考え込んでしまった。 服装とかの見た目で判断するなら若いようにも見えるが、学生を子供扱いしていたことを思うとそれ以上だろう。 「んー・・・20ぅ・・・2?・・3?」 「おしいな。」 「じゃぁ・・24歳?」 「残念。正解は・・・28歳。」 「全然おしくないじゃん。・・・ふーん・・でも、そっかぁ。けっこうおじさんなんだぁ。」 「30前でおじさんとは呼ばれたくないぜ。」 「別に悪い意味で言ってないのに。・・人生経験が豊富そうで・・いいと思うけどぉ?」 「さぁ・・・それはどうかな。・・・人より裏を知っている分、あまり表の人生は知らないかも知れない。」 「・・・裏?」 ミルクが小首を傾げて聞くと、マサトは含み笑いを洩らし、黙ったままビールのジョッキを傾けた。 食事を終え店を出ると、 「送る前にマンション寄って、荷物置いてきていいかな?」 と、マサトが言った。 「・・遠いの?」 「いや。・・あそこのビル。」 マサトは夜陰に浮かぶ大きな黒い影を指した。 ミルクはその建物の大きさと近さに驚いて絶句していた。 「歩いて10分くらいかかるけど、いいかな?」 「・・うん。」 マサトはまたミルクと手を繋いで歩き始めた。 街の中心地にあるマンションはそれだけで値が張るだろう。 ボロボロのジーンズを履いているのに。 ミルクは益々訳がわからなくなりながらも、マサトに惹かれている自分を感じていた。 「じゃ、ここで待ってろな。」 マンションに入ると、マサトは警備員がいるロビーでミルクに待つようにと言った。 「・・・どうしてぇ?」 「ここなら安全だからさ。荷物を置いてくるだけだから5分もかからないよ。」 確かにマンションの玄関にも警備員が立っていた。 街中だけに人の出入りには厳しいらしい。 「だってぇ・・・寂しいもん。」 ミルクが不安そうな顔で訴えるように見つめる。 思っていた以上に高級な雰囲気のマンションに怖じ気づいてしまって、一人で待っているのが心許なかったのだ。 「しょーがねぇなぁ。」 マサトはミルクの手をつかむとエレベーターに向かった。 ミルクがほっと嬉しそうに笑うので、 「お前なぁ、俺のことは警戒しねぇのか?」 と、マサトが呆れ気味に言った。 「え・・どうして?」 「会ったばかりのよく知りもしねぇ男だぞ?」 「でもぉ、ミルを助けてくれたしぃ・・送ってくれるしぃ・・」 「送りオオカミって言葉もあるぜ?」 「フフ。・・マサトがオオカミなら・・ミルを食べてもいいよ。」 「・・・ッ・・・バカッ。」 マサトは小さい声で叱咤した。 「・・・ぅ・・・ふぇ〜ん・・・」 ミルクは目元に手をあてて泣きマネをする。 「あー・・もぉー・・・泣くなよ。」 マサトは焦りながら開いたエレベーターにミルクを乗せた。 マサトが押したボタンは最上階だった。 ミルクは泣きマネのフリを忘れてマジマジと階を刻む表示を眺めた。 半ば口を開いて表示を見ているミルクの額にマサトが指を弾いた。 「・・痛ッ・・・」 「泣きマネで大人をからかう子にはお仕置きしないとな。」 マサトが苦笑しながら言うので、ミルクは額を撫でながら頬を膨らませた。 「・・ったく・・・あんまり惚れた弱みをイジメるなよ。」 マサトがボソッと呟く。 ミルクは、えっ?、と耳を疑った。 出来ればもう一度聞き直したかったが、エレベーターが最上階に着いてしまったので、手を引かれて降りた。 部屋の玄関を開けたマサトは靴を脱がないまま、荷物を入り口近くに置くと、すぐに部屋を出てしまった。 ドアの外に立っていたミルクは抗議するように頬を膨らませている。 「今日はもう遅いだろ?・・ミルクを送るのが今の目的なんだ。部屋に入れたくねぇ訳じゃねぇぜ。」 マサトは宥めるようにミルクの髪を撫でた。 「今度時間がある時に、ゆっくり遊びに来たらいい。俺が趣味で撮ってる写真も見せたいしな。」 「写真?・・見たいー。」 「昼間来いよ。今夜はもう遅いから。」 「・・じゃぁ、明日来てもいい?」 「昼間来れるのか?」 「まだ春休み中だもん。」 「あ、そっか。・・・そうだな。じゃぁ、明日見せてやるよ。」 「わぁい!ありがとぉ。」 ミルクはマサトの腕にしがみつき、感激したように頬ずりをした。 猫の目で笑いを洩らすマサトの頬が、少し赤らんで見えるのは思い過ごしだろうか。 ミルクは高校入学を前に、恋の予感に胸をときめかせていた。 |
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<2> 「趣味の部屋」 |
§2§「趣味の部屋」 駅の出口で待ち合わせしたミルクは、待っているマサトの姿に唖然としてしまった。 「よッ。」 ミルクに気付いて手を上げたマサトは、ラフな格好ながら、あまりにも普通の服装をしていたのだ。 「・・・どうしたのぉ?」 「何が?」 「だって・・・服が・・・ジミ。」 ミルクはそう言って、クスクス笑った。 濃紺のジーンズにボタンダウンのシャツ、袖無しのフード付きベストを着たマサトは、学生と言っても通りそうな外見だった。 指なしの手袋と帽子が個性とも言えたが、それでもそう珍しくはないだろう。 「昨日みたいな支度じゃ、ミルクをファミレスとかに連れてってやれないだろ?・・ファーストフード店だって倦厭されるぜ。俺一人なら気にしないが、ミルクが嫌な思いするようじゃ、俺も気分悪いしな。」 「・・・別に・・いいのに・・・」 「いや。TPOってゆーのはちゃんとしないとね。」 「ミルがマサトさんに合わせてもいいけどぉ?」 ミルクが悪戯っぽく笑って言う。 いつもはフレアスカートやフェミニンな服装が好きなミルクだったが、ハジケてみたい願望も密かにあった。 「・・ま、その内な。」 マサトは猫笑いを洩らし、ミルクの手を取って歩き始めた。 昨日約束したように、今日はマサトの部屋で写真を見ることになっている。 マサトが住んでいるマンションは昼間見ると余計豪華に見える。 「・・きっと、こーゆーのがオクションなんだろなぁ。」 ミルクが感心してマンションの入り口近くで上を見上げていると、 「口開いて見てると鳩がフンをするぞ。」 と、マサトがからかう。 「それに足元をちゃんと見ないと転ぶだろ。」 「あ・・うん。」 「後、ここの警備員が顔を覚えるまで、ちゃんと挨拶しろよ。」 「はーい。」 ミルクは言われる通り、マンション玄関に入る時、警備員に挨拶をして頭を下げた。 警備員はにこやかに挨拶を返してくれた。 少し抵抗感があった豪華マンションの玄関が入りやすくなったような気がした。 「そっか・・・挨拶すればいいんだぁ。」 警備員の仏頂面が怖かったミルクは納得して頷いた。 「そうそう。それに何度も来るなら第一印象がいい方がいいだろ?」 「うん。」 ミルクは手を引かれながら嬉しそうに微笑んだ。 かなり子供扱いされているなぁ、と思わないではなかったが、13歳も年上なら仕方ないようにも思えた。 最上階のマサトの部屋。 「お邪魔しまぁーす。」 ミルクは奥を覗きながら遠慮がちに言う。 「ここは俺一人だから、気楽にしてて大丈夫だよ。」 帽子と指なし手袋を外しながらマサトが笑う。 「はーい。失礼しまぁーす。」 ミルクは緊張を隠して明るく返事をした。 内装の豪華な造りに目を見張るミルクは、案内されたリビングの広さに開いた口を両手で押さえ、瞬きを繰り返した。 「・・・スッゴイ・・・」 「何にもないから広く感じるだろうけど・・たいしたことないさ。」 確かに生活してるにしては家具も少なく殺風景かも知れない。 ただ、壁一面に大きな写真のパネルが飾られていて、写真展でも見ている趣がある。 「これ・・全部マサトさんが撮ったの?」 「ああ、ここのはね。」 「他のお部屋にも飾ってあるんですか?」 「あ・・いや、そーゆー意味じゃないけど。ここは、後、寝室にお気に入りの写真を飾ってあるだけだよ。」 「・・・ふーん・・・」 「今、飲み物を入れるから、ソファーに座って待っててくれる?」 「うん。・・・あ、でも、そこのパネル見てちゃダメ?」 飾りきれないパネルが壁際に無造作に立てかけてある。 「それでもいいよ。」 猫の目で笑うマサトは優しい声で言うと、キッチンへと行ったようだ。 街で会った時のマサトと微妙に言葉遣いが違う。 服装に合わせて言葉も変えるのだろうか。 言葉だけでなくトーンも幾分高く明るい感じがする。 睨んでいるような冷たい眼差しは変わらないが、よく笑う。 笑う度に猫の目になるのが、何となく可愛く思えてきてしまう。 変なのぉ・・・ ミルクはパネルを眺めながら、得体の知れない所のあるマサトを不思議に感じていた。 ミルクの好きなレモンティーを入れてきたマサトは、早速いくつものアルバムを棚から持ってきて見せ始めた。 マサトの写真は街並みや人が対象になっている物が多いようだった。 外国で撮影したらしい写真も多数ある。 「色んな国へ行ってるんだぁ。」 「仕事関係で行くことがけっこうあるからな。ヨーロッパの国は全部回ったよ。」 「仕事?・・あ、シルバーアクセサリー?」 「クックッ。あれはどちらかと言えば趣味だろうな。」 「え・・・趣味なの?」 「ああ。・・俺のもう一つの趣味、見せてやろうか?」 「うん。」 「じゃぁ、おいで。」 マサトはミルクの手を取ってソファーから立ち上がると、一つの部屋に案内した。 ミルクは部屋に入ると言葉をなくした。 まるでジュエリーショップのように部屋中に煌めく光が満ちている。 ショーケースがズラリと並び、壁一面にも様々な銀細工のアクセサリーが飾られている。 窓は昼間でも閉ざされている代わりに、特殊な照明が銀色の光沢を虹色に反射させている。 「ここに飾ってあるのは超レア物だから、売る気はないんだ。」 ミルクは声が出ないまま頷いた。 「とは言っても、人と同じ物を売ってもつまらないから、機械で大量生産するような物は売らない。みんな彫金師を目指してる連中が、腕を磨く為に試作している一点物なんだぜ。」 マサトはショーケースの下から、ごっそりとシルバーアクセサリーの入っている箱を引っ張り出して、ミルクに見せた。 これが路上で販売している物だと説明した。 「・・これって・・・ひとつひとつが何万もする物なんでしょう?」 「飾ってある超レア物は10万100万単位の物がザラだがな。・・この販売用のはそう高価な物はないよ。ヨーロッパでは日本の平均的価格よりは安く買える。だから商売になるのさ。それだって個人で旅費出して買おうとしたら、到底売値じゃ行って来れないし、第一特殊な人間関係がないとこうした手の込んだ一点物はなかなか手に入らないんだぜ。」 「・・そうなんだぁ。」 ミルクは圧倒されてひたすら感心していた。 飾られている超レア物だけでも数百点はあるように思える。 単純計算しても、ざっと一億は越えるのではないだろうか。 「えー・・・でも・・・あのお仕事って、そんなに儲かるの?」 「クックッ。だから、あれも趣味だって言ってるだろ。」 「路上販売が?・・趣味なの?」 「俺がこの銀の輝きに惚れたように、同じ趣味を持つ人達に、その辺で売ってるインチキ臭い物じゃない本物を提供してやりたいと思ってね。」 「・・・へぇ・・・」 「それに日本のシルバーアクセサリーの歴史は浅くて、レプリカな没個性な物が多いだろ?」 そう言われてもミルクにはわからない。 マサトは専門的な話はミルクにはわからないことに気付き、 「ま、人混みが好きってこともあるかな。暇な時間がある時に気軽に何処へでも行けるし、店を開きながら通りを行き交う人達の写真とかも撮れるしな。」 と、別の理由を言った。 「・・・そっか・・・何かスゴイねぇ。」 ミルクは逆上せた顔で頷いた。 シルバーアクセサリーの飾られた部屋からリビングに戻ったミルクは、言葉数少なく冷めたレモンティーを啜っていた。 「レモンティー入れ直してくるよ。」 マサトが気遣って言うが、ミルクは力なく首を振る。 上気した頬とは対照的に沈んだ目をしている。 「どうした?」 「・・・何か・・・違い過ぎて・・・圧倒されちゃった。」 ミルクの声が悲しげに震える。 マサトは眉を曇らせ、 「見せない方が良かったのかな。」 と、溜息を吐いた。 「あの部屋に入ったのは、俺の側近でも極近い者数名だけだ。部外者で入れたのはミルクだけだよ。」 側近?・・部外者? マサトとの会話には時々理解出来ない言葉が混じる。 路上販売をしている人だと思っていたのに、あれは趣味だと言う。 あのボロボロのジーンズも路上というTPOに合わせた服装だったのかも知れない。 そうしたら本当のマサトはどんな人なんだろう。 趣味に何億も注ぎ込め、趣味の為だけのマンションを持てる人。 マサトが言っていた”ここ”の意味がようやくわかった気がした。 ”ここ”はマサトの趣味を飾るマンションなのだ。 市街地の中心にあるのも、あの路上販売の趣味に出るのに便利だからなのだろう。 生活臭のしない理由がわかった。 何か、違い過ぎる。 ミルクの心に芽生えていた恋心が萎れていく気がしていた。 「・・ミルク?」 「・・・マサトさんって・・・スッゴイお金持ちなんですね。」 「仕事柄、大金は動かしてるけどね。・・あまり一般的な仕事じゃないから人との交流も特定されるし、リスクも大きいし、楽な仕事じゃない分・・・ま、収入だけは多いだろうな。」 15歳になったばかりのミルクには理解出来ない言葉だった。 「・・ごめんなさい。・・・よくわかんない。」 「んー・・っと・・・つまり、親の稼業を継いでるんだけどさ、親の築いた資産を食い潰すようなバカ息子にならない為には、人の数倍の努力がいるってことさ。・・わかる?」 「・・何となく・・・」 「しかも特殊な稼業だから、一般的な人達が普通だと思うことは俺には普通じゃなく、俺にとっての普通が一般的には普通じゃない。」 またわからなくなって、ミルクは眉を寄せて首を傾げた。 「この歳になるまで、映画館で映画を観たことがない。」 「・・・え?」 「遊園地やテーマパークといった所にも行ったことがない。」 「・・・えぇー・・?!」 「つーか・・デートする暇もないくらい忙しかったんだぜぇ?・・参るよなぁ。」 「・・・嘘ぉ・・・」 「マジだって。・・15年前、13歳でいきなり親父の後を継ぐことになって、大人社会での生活がメインになった。それまでも、稼業に相応しい教育は施されてきたが、そんな知識や技術じゃ追いつけない程、任された仕事は重く大きかった。・・・仕事の合間に写真を撮ったり、仕事で出向いた先で見つけた銀細工を買うくらいしか、楽しみもなく・・・やっと最近になって自分の時間を持てる余裕が出来てきた所さ。」 苦笑するマサトの横顔を見ていたミルクの胸がキュンと疼く。 「特殊な稼業だけに人との接触も避けてきた。・・触れ合えないからこそ、普通の人達の色々な表情やそこに映し出される人生を感じたくて、写真を撮るようになったのかもな。」 ミルクは胸が痛くなってきて、うんうん、と頷くしか出来なかった。 そこまで話したマサトに、 「ちょっと来て。」 と言われて、連れて行かれたのは寝室だった。 厚いカーテンが閉まった薄暗い部屋にある、大きなベッドが目に入った時、ミルクはドキッとして体を強ばらせた。 マサトはミルクをドアの所に残して部屋に入っていくと、カーテンを開けた。 大きな窓から春の陽光が飛び込んでくる。 ミルクは眩しさに目を細めた。 「俺の一番のお気に入りだよ。」 そう言って手招きするマサトの側にいくと、そこには大きな写真のパネルがあった。 「・・・これ・・・ミル?」 「可愛いだろ?・・・半年前・・・街でミルクを見かけた時、思わずシャッターを切っていた。」 「半年前?・・・何してたっけ・・・」 パネルの中のミルクは微かに笑って空を見上げている。 「変わった形の雲に気を取られてたみたいだぜ。・・クックッ。この後、コケて転びそうになってた。」 「あー・・・」 何となく思い出したミルクだったが、友達にも笑われたことを改めて笑われて、頬を膨らませた。 「無邪気であどけなくて・・透明な澄んだ目をしていて・・・」 マサトはパネルを眺めながら呟くように言う。 「俺のいる世界にはいない女の子だった。」 「・・・そうなの?」 「断言はしないが・・・まだ出会ったことがないな。」 「・・・ふーん・・・マサトさんのいる世界ってどんな所?・・上流階級?」 「クックックッ。重なる部分がないとも言えないが、微妙だな。・・光の当たる影と言うべきか・・」 「・・・影?」 「いずれにしても、ミルクにはあまり教えたくない世界だよ。」 「・・・すぐ子供扱いするぅ・・・」 「いや。危険で醜い世界だからさ。・・・付き合うようになれば、嫌でも見えてきてしまうだろうけどな。」 付き合う、と聞いてミルクの耳が熱くなる。 「・・・付き合うの?」 「・・嫌か?」 「ううん。・・・でも、ミルクでいいのかなぁ、って思っちゃう。」 「それは俺の台詞だぜ。・・だから一度は諦めて・・・こうして写真に俺の想いを閉じ込めたんだ。」 「・・・どうして?」 「俺が近付けば・・・ミルクを傷つけるかも知れない。」 マサトはミルクをじっと見つめた後、甲に蛇のタトゥーをした手で、そっとミルクの柔らかな頬を撫でた。 「だが・・・襲われそうになっているミルクを見た時、俺の中で封じ込めていた想いが堰を切って溢れ出した。」 「・・・マサトさん・・・」 「付き合ってくれるか?」 「うん。」 ミルクは頬を赤らめて頷いた。 「良かった。・・・ありがとう。」 マサトはほっとしたように笑って、もう一度ミルクの頬を撫でた。 「つーか・・腹が減ったな。もう昼になるし、出掛けよう。」 「あ、うん。」 「この服、昨日ミルクを送った帰りにわざわざ買ったんだぜ。」 「え・・マジ?」 「ダッセェ服探すのも大変だよ。」 マサトが肩をすくめて言うので、ミルクは声を出して笑ってしまった。 告白された緊張感が、フッと解かれていく。 「それってミルに合わせてるって意味ぃ?」 ミルクが唇を尖らせる。 「ミルクは何を着ても可愛い。」 「・・ぅぅぅ・・・慰めっぽく聞こえるぅ・・・」 「普通にして普通に付き合うのが俺の夢なんだ。・・ミルクとファミレスに行きてぇんだよ。なるべく目立たないようにしてさ。」 「そんなに気にしなくていいのにぃ・・」 「俺が目立つとみんながミルクに注目しちまうだろ?・・あまりミルクを他の奴等に見られたくねぇ。」 変わった発想だと、ミルクは首を傾げて意味を考え込む。 ・・・ってことは、ミルク自身は没個性ってことなのだろうか。 誉められてみたり、貶されてる気になったり、複雑な心境だった。 確かにマサトは強烈な印象で、それを隠すのは大変だろうとは思うが。 「ほーら、またボンヤリしてる。早く行こうぜ。」 マサトはミルクの手をつかんで寝室を後にした。 街に出る時、マサトはシャツのボタンを上まできっちり留めて、首のタトゥーが見えないようにした。 指なしの手袋も手のタトゥーを隠す為で、帽子は冷たく鋭い眼差しを目立たなくさせる為だったらしい。 どうして蛇のタトゥーをしているのか、きっと理由があるのだろうが、ミルクはマサトが話してくれる時を待とうと思った。 マサトとの付き合いはまだ始まったばかりなのだ。 春の爽やかな風が、ミルクの火照る頬を吹き抜けていく。 心地良さに足取りも軽く、雲の上を歩いている気分のミルクは、何度となく転びそうになってはマサトを苦笑させていた。 |
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<3> 「金のブレスレット」 |
§3§「金のブレスレット」 最近お気に入りのボディーソープ。 きめ細かな泡立ちで、薔薇の薫りがする。 体中、肌が見えなくなるまで泡だらけのアワアワ星人になって、真っ白な泡の細かい一粒一粒に虹色の光が煌めくのを眺めたり、わざわざ洗面器にソープを入れて泡立てシャボン玉を作ろうとしたり・・・。 遊び時間が長くて、時には2時間近くお風呂を独占してしまっていることがある。 「ミルク!いい加減、出ろよな!」 塾から帰った兄の美都琉がガラス戸を掌で叩く。 「あー・・来ないでよぉ!お兄ちゃんのエッチィー!」 「・・ッバカ!だったら早く出ろよ!俺だって忙しいんだぞ!」 「今、出るとこですぅー!」 「チッ。」 ミツルは舌打ちをして浴室の戸を蹴った。 その拍子にドアが開いて、泡だらけになった浴室とその中心でアワアワ星人になっているミルクの姿が現れた。 目を丸くしたミルクと同じように目を丸くしているミツル。 「・・・イヤァー!・・・ママァー!お兄ちゃんが覗いたぁー!」 ミツルは慌てて廊下に飛び出し、 「ちゃんとドア閉めてないからだろ!ちょっと蹴っただけじゃんかよぉー!」 と、廊下から叫ぶ。 ミルクより2歳年上の兄、美都琉は今年度から高校三年生になる。 国立の法学部を狙っているらしく、近頃益々勉強に取り憑かれている。 こんな兄でもミルクと顔立ちが似ていて、巷では美少年などと言われて憧れられているのだから、ミルクには信じられない。 その兄と似ているのに、ミルクは美少女と呼ばれたことがないのも不思議であるが、どうにも抜けた性格が”美少女”の響きにそぐわないらしい。 それを言えば、兄の美都琉だってガサツな性格なのに、男は得だ、などと思ってしまう。 「なぁに?どうしたの?」 二人の母とすぐわかる、同じような顔のおっとりした母親が浴室に声をかける。 「お兄ちゃんが覗いたんだもん。」 「ミルクがいつまでも出ないから注意しただけだよ。」 廊下でミツルがふてくされたように言う。 「あらあら・・・」 母親は浴室のミルクを見て苦笑を洩らし、 「大丈夫。ミルちゃんは泡のドレスを着てるもの。・・ね?」 と宥めてから、 「でも、そろそろドレスを脱いで、出てらっしゃい。オレンジのシャーベットがあるわよ。」 と微笑んだ。 この母はお菓子作り教室を開いている。 当然、シャーベットも手作りで、甘みを抑えた爽やかな食感が他にはない美味しさだった。 口でサーッと溶ける甘酸っぱいオレンジの香りが浮かんで、ミルクは機嫌を直し、 「はーい。」 と答えた。 ガラスの器に盛られた淡いオレンジ色のシャーベット。 金色の小さなスプーンですくって口に運ぶ。 「ん〜・・・美味ちぃ〜・・・」 目を閉じてプルプルッと震えるミルクに、母親は満足そうな笑みを浮かべる。 ミルクは一口すくっては口の中で溶ける感覚を楽しんでいるので、器の下の方がジュースになってきている。 「・・ったく、トロい奴。」 背後でいきなり声がしたと思うと、ミツルが横を通り過ぎ、冷蔵庫から牛乳パックを出して飲み始める。 「お兄ちゃん、もう出たのぉ?・・ってか、直接パックに口つけて飲まないでよぉ!」 「俺はお前みたいに暇じゃねぇんだよ。これ全部飲みきりゃ文句ないだろ!」 ミツルは牛乳パックを持ったままダイニングを後にし、二階の自分の部屋へと行ってしまった。 母親は、やれやれ、とばかりに溜息を吐く。 「どうしてすぐ喧嘩になっちゃうの?・・・前はあんなに仲が良かったのに・・・」 「だってぇ・・・お兄ちゃん、すぐ文句言ったり、ミルをバカにするんだもん。ママだって、今のお兄ちゃんの言いよう、聞いてたでしょう?」 「・・そうねぇ。・・・受験勉強で気持ちに余裕がないのかしら。」 「まだ春休みなのにぃ・・・今からそれじゃ、先がもたないんじゃない?」 「・・そうよねぇ。・・・もう少し、気持ちに余裕を持つように、後でママから話しておくわね。だから、ミルちゃんも、少しのことは我慢してあげてね?」 「・・・はーい。」 ミルクは頬を膨らませて返事をした。 「ミルちゃんは、もう高校の準備は全部出来てるの?」 「・・・多分。・・制服も鞄も靴もあるしぃ・・・後は入学してからじゃないとわからないもん。」 「渡された資料の用意する物の所、チェックしておいてよ。」 「うん。」 「本当はママも一緒にお買い物出来るといいんだけど・・・」 一年前から始めたお菓子教室の評判が良く、四月から教室数が増えた為、準備や雑用で忙しいらしい。 「大丈夫だって。友達も自分で買い物してるもん。」 「でも、仲が良かったお友達は違う高校でしょう?」 「用意する物は大体同じじゃん。下着も友達と買う方が楽しいし。フフ。」 「学校から注意されるようなのは選ばないでね。」 「学校用と普段の私服用は別にするもん。それならいいでしょ?」 「そうねぇ。・・・春のお洋服も買ってあげたいけど・・・お金足りてる?」 「うん。そんな高い服は買わないもん。」 ミルクはにっこり笑って、シャーベットの最後の汁を飲み干した。 母親は、ガラスの器を持ち上げるミルクの手首に光る金のブレスレットが、さっきから気になっていた。 「・・で・・・そのブレスレットはどうしたの?」 ミルクは咽せそうになって、器をテーブルに置くと、口元を押さえた。 「準備の為にあげたお金、無駄遣いしてないでしょうねぇ?」 「これは・・・お小遣いで買ったから・・・」 「だって、それって本物の金でしょう?」 「・・うん。・・あ、でも、高校入学のお祝いで貰ったお小遣いもあったから・・・記念に買ったのぉ。」 「そう。・・・ならいいけど。」 まだ、母親は何かを言いたそうにしていたが、ミルクは、 「ご馳走様ぁ。」 と言って、器を流しに片付けると、自分の部屋に急いだ。 二階へ上がると、ステンドグラスの大きな窓があるフロアになっている。 10畳ほどのフローリングの中央に絨毯が敷かれてあるので、友達が遊びにきた時はここで話をすることも多い。 そのフロアを挟んでミルクとミツルの部屋があるので、ボリュームを小さくすれば音楽を聴いていても、お互いの部屋まで聞こえることはなかった。 ミルクはお気に入りの曲をかけてベッドに寝転がると、金のブレスレットが煌めく左腕を上げたり下げたりして眺めた。 母親には自分で買ったと言ってしまったが、本当はマサトが、「付き合い始めた日の記念が欲しいね。」と言って、プレゼントしてくれたのだ。 「細くて白いミルクの手首には、細い金の鎖が似合うよ。」と、選んでくれたブレスレット。 舞い上がりそうな嬉しさに、まだ胸がドキドキしている。 鎖ごと手首を握って胸に押し当て、目を閉じたミルクは、マサトの猫目の笑みを思い浮かべていた。 その時、携帯の着信音が鳴り響く。 ミルクは慌てて飛び起き、携帯をつかむと布団に潜り込んだ。 夜はマナーモードにしておかないと、ミツルが文句を言ってくるのだ。 携帯を見ると、友達からのメールだった。 ミルクはマナーモードに切り替え、布団から出て友達とのメールを始めた。 中学で仲の良かった友達である。 明日、映画を観に行こう。・・と誘ってきた。 けれど、すでに明日はマサトとの約束があった。 残りわずかな春休み。 高校に入学すれば、また学生として忙しい毎日が始まってしまう。 マサトを優先してしまう自分に後ろめたさを感じながらも、スタートしたばかりの交際を大事にしたかった。 まだ、友達には彼氏が出来たことを打ち明けられなかったが、これまで友達の恋の悩みをずっと聞くばかりだったミルクを、きっと応援してくれるだろうと思う。 ミルク自身が夢心地で信じられず、自信もなかったので、友達には話せないのだが、もう少し実感が湧いたら打ち明けようと思うミルクだった。 友達とのメールを終えたミルクは、不意にマサトにメールしてみたくなった。 アドレスは昼間教えて貰って、すでに登録してある。 でも、何て言葉を綴ればいいのだろう。 考えても、いい言葉が浮かばない。 時間はまだ10時前だし、起きているとは思うけれど・・・。 @「起きてる?」 結局、何のひねりもなく愛想もない短い単語になってしまった。 意を決して送信してから、・・あー、違う言葉にすれば良かったぁ。・・と後悔している。 と、すぐに返事が返ってきた。 ―@「起きてるよ。ミルクはまだ寝ないの?」 @「ドキドキしてて眠れない。」 ―@「笑 夜更かしして明日の約束、忘れるなよ?」 @「7時に○○駅前でしょ?大丈夫…多分。・・なんてね。」 ―@「夜は何時までOK?出来ればミルクの言ってたラストの花火を一緒に見たいな。」 @「あ・・・まだ、聞いてなかった。」 ―@「ちゃんと話しておけよ?誘拐犯に間違えられたら困るぞ。笑」 @「うん。でも、大丈夫。・・・あ・・・あのね・・・」 ―@「ん?何?」 @「ブレスレットのこと、ママに聞かれて・・・自分で買ったって言っちゃったの。・・ごめんなさい。」 ―@「いいよ。ミルクと俺自身の為だけに買った物なんだから。俺が自分を宣伝するならもっと派手にさせて貰うぜ。」 @「宣伝って?・・・って言うより、宣伝しなくていいよぉ。」 ―@「まだ親には話せないんだろ?わかってるさ。だから、時期がきたら、って意味でさ。」 @「時期?」 ―@「例えば、俺が結婚を申し込むとか。笑」 @「あん・・・すーぐ、からかうんだからぁ・・・」 ―@「バーカ。・・・冗談じゃなくさ・・・俺はミルクと真面目に付き合いたいって思っているんだぞ。だから、ミルクが俺との交際で困ることがあれば、俺はいつでもミルクのご両親に俺の気持ちをきちんと話す気でいる、ってことだよ。」 @「マサトさん・・・ありがとぉ。」 ―@「マサト、でいいって言っただろ?」 @「うん。・・・ねぇ・・・でも、知り合ったばかりで、話・・重くない?」 ―@「そうなのか?・・・正直言って、俺は女の子と付き合うってことがなかったから、よくわからないけど。」 @「本当に一度もないのぉ?」 ―@「だから、マジにそーゆー環境にいなかった、って言っただろ?」 @「だってぇ・・・アクセサリーを扱ってれば、女性とも知り合う機会くらいありそうだもん。」 ―@「近付いてくる女は沢山いるけどな。」 @「あー・・・やっぱりー!」 ―@「着飾って自分を売り込む女も大勢いる。媚びてすがってくる少女もいる。・・けど、どこかに計算高さが見え隠れしていて、俺はそうした女達を商品としてしか見ることが出来ないんだ。」 @「???・・・商品???」 ―@「売り込もうとすれば、人だって商品になるさ。それが俺のいる世界だ。」 @「・・・よくわかんないけど・・・そうなんだぁ・・・」 ―@「笑 だからミルクは知らなくていいよ。」 @「うん。・・・でもね・・・そしたら、ミルクとの出会いだって、マサトの勘違いかも知れないじゃん?」 ―@「ん?・・・勘違いって?」 @「どこを好きになってくれたのか、よくわかんないけどぉ・・・でも、付き合う内に、ちょっと違うなぁ、って思っちゃうかも知れないじゃん。」 ―@「それはないな。」 @「どうして言い切れるのぉ?」 ―@「それは・・・ミルクと俺との出会いが運命だからさ。」 @「・・・・・ちょこっと・・・・・恥ずかしくない?・・その台詞・・・笑」 ―@「全然!・・・いつかミルクにも、そう思わせてみせるよ。」 @「・・・ミルは・・・マサトが好きだもん。・・・でも、マサトに好かれる自信ない。」 ―@「・・っとに・・・バカだなぁ。俺が惚れた子なんだから、自信持てよ。」 @「だから・・・それが勘違いかも知れない、って思っちゃうんだもん。」 ―@「・・・あー・・・メールはもどかしい!・・・電話出来ない?」 @「夜は無理・・・ごめんなさい。」 ―@「・・・ミルクの声が聞きたい。ほんの少しでもダメ?」 @「お兄ちゃんが今、神経質になってるから夜に電話してると怒るの。」 ―@「そっか。・・・あんまり悲しいことを言うから、声で抱き締めてやりたかったんだ。・・・でも、無理はさせたくないから、我慢するよ。明日も会えるしな。」 @「うん。・・・ごめんね。」 ―@「そう謝るなって。・・・俺がそう言わせてると思うと、泣きたくなるぜ。苦笑」 @「うん。・・・あのね・・・ミル、マサトに嫌われないように努力するから、・・・もし、失敗しちゃう時があっても・・・許してくれる?」 ―@「今から会いに行っていいか?・・・って、言いたくなっちまうだろ!・・っとに、あんまり可愛いこと言って、俺を狂わせるなよ。歯止めが効かなくなるぜ?爆笑」 @「???・・・わかんないよぉ・・・真面目に聞いただけなのにぃ・・・」 ―@「だからさ。・・・そんなミルクにめちゃ惚れなんだ!・・・お前は俺が守ってやる。・・・な?」 @「マサト・・・ありがと。・・・感激して・・・何て返事していいか、わかんない。」 ―@「言葉なんていらないさ。俺の気持ちを受け止めてくれれば、それでいい。・・・だから・・・」 @「だから?」 ―@「俺を裏切らないでくれ。・・・俺は俺の持っている力が怖い。俺自身と俺のバックにある力が・・・」 @「???・・・マサトは本当は優しいじゃん。どうしてそんなことを言うの?」 ―@「いや。・・いいんだ。・・・そろそろ休んだ方がいいんじゃないか?明日は朝が早いから、寝不足になるぞ。」 @「・・うん・・・ずっと、マサトとメールしていたいけどぉ・・・」 ―@「それは俺だって同じだよ。いつでもミルクと繋がっていたいぜ。」 @「・・指が疲れてきちゃったけどぉ・・フフ。」 ―@「俺も・・・携帯でメールするのは慣れてないから・・・攣れそうだぜ。苦笑」 @「じゃぁ・・・そろそろ寝よっかな・・・寂しいけど・・・」 ―@「ミルクがメールしたいなら付き合うよ。明日、駅でなくても・・ミルクの家まで迎えに行ってもいいしな。」 @「車で?・・・ううん。車だと混んで大変だもん。やっぱ電車がいいよぉ。・・・もう、寝るから、心配しないで。」 ―@「わかった。・・・でも、いつでも寂しいって感じる前に連絡しろよ?メールくらいなら、風呂からでもトイレでも、すぐに返事するから。ハッハッ!」 @「・・今・・・お風呂?」 ―@「いや。ちょっと仕事の会議中。」 @「えー?!・・・早く言ってよぉ。・・・ふぇ〜ん・・・ごめんなさぁ〜い・・・」 ―@「気にしなくていい。・・ミルク、好きだよ。」 @「ミルも・・・マサトが大好き。・・・マサト仕事してるのに・・・寝るの悪いみたいだけど・・・起きてると、もっと邪魔しちゃいそうだから・・・お休みなさい。」 ―@「気にするな、って言ってるだろ?・・・いい夢を見て、お休み。」 @「うん。・・今度こそ本当に・・お休みなさい。・・マサトも早く休んでね?」 ―@「ああ。・・・お休み、俺のミルク。」 メールを終えたミルクは携帯を胸に抱いて、フゥーッ、と長い息を吐いた。 夢心地は醒めることなくミルクを酔わせている。 ミルクはもう一度携帯を開くと、マサトのメールを初めから読み直していった。 二人の出会いを運命だ、って言ってくれた。 マサトの優しさが詰まった言葉ばかり。 声を聞くのもいいけど、後から読み返せるメールもいいなぁ、と、ミルクは上気した顔で微笑んだ。 微笑みながら、何故か涙が溢れてきてしまった。 寂しいのでも悲しいのでもないのに、涙が止まらない。 マサトと出会えたことを神様に感謝したくなった。 ミルクは涙を拭いながら、何度もメールを読み返していた。 が、いきなり電源が切れてしまった。 バッテリーが切れたのだ。 ミルクはプッと頬を膨らませ、渋々携帯を充電器に置いた。 明日はいつもより早く起きなければ、と目覚ましを合わせる。 布団にもぐったミルクは左手首の金のブレスレットに、 「お休みなさい。・・マサト。」 と言って、キスをしてから目を閉じた。 |
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<4> 「ファーストキス」 |
§4§「ファーストキス」 全身総皮尽くめの男が、縁の太いサングラスをかけて、早朝の駅前に立っている。 体にピッタリとしたライダースーツに、膝で折れたブーツを履き、重そうなシルバーアクセサリーを散りばめた革ジャンまで羽織っている。 手には勿論、指だけが出る皮手袋をして、首には気取ったスカーフを巻いているのだ。 手袋とスカーフの理由は知っているミルクだったが、それにしても目立たない格好をすると、昨日言っていた男とは思えない服装だった。 だから、 「・・どうしたのぉ?・・思いっ切り目立ってるよぉ。」 が、ミルクのその日初めての言葉になってしまった。 「いや。・・・色々考えたんだが、ミルクとツーショットの写真を撮るなら、少しはキメた方がいいと思ってさ。・・・それに、乗るって言えば、やっぱりこれだろう。」 マサトの口に笑みが浮かぶ。 けれど、猫笑いになる目が隠れていると、笑っても威圧的な雰囲気がしてしまうマサトだった。 「乗るって言っても、バイクじゃないのにぃ・・・」 「テーマパークなんて初めてなんだから、わかんねぇよ。気合い入れてキメてきたつもりなんだぜ?」 「充分カッコいいのはわかるけどぉ・・・だったら、ミルクももう少し大人っぽい服にすれば良かったなぁ。」 ミルクが拗ねて唇を尖らせる。 「だから、ミルクは何を着ても可愛いって。・・特に今日のワンピース、さり気ないレースと刺繍が超イケてるぜ。」 「・・・ホント?」 「ああ。ベィビーピンクが良く似合うよ。・・それに、ほら、・・黒をバックにすると一層栄えるだろ?」 「そっか・・・」 ミルクは機嫌を直して、にっこり微笑んだ。 「後ね・・・これ。ウフッ。」 そう言って、ミルクは左腕の金のブレスレットを揺らせてみせた。 「気に入って貰えて、俺も嬉しいよ。」 マサトはまた笑みを浮かべて頷いた。 端から見れば不敵な笑いにしか見えないだろう。 駅から出てくる人波が微妙に二人の周辺を避けて流れていく。 本当は優しいのにな。 と、思うミルクだったが、ミルクはマサトの優しさが、誰に対しても同じではないことをまだ知らなかった。 マサトを避ける人達は、君子危うきに近寄らず、を実行している賢い人達だと言えた。 「じゃぁ、行こうか。」 「うん。」 マサトに手を引かれ、スキップでもしそうな軽い足取りで付いていくミルクは、オオカミに騙されている赤ずきんに見えているのかも知れない。 ただ、ミルクには、そんな奇異の視線も気にならなかった。 マサトはミルクにとって、勇敢で強固なナイトだったのだ。 どこが境界線か、わからないが、ある線を越えた人達はマサトに眉をひそめる。 だが、その境界線までの世代は、むしろ憧れの視線でマサトをとらえる。 そして、多くの女の子達は”何であんな子が”と言いたそうに、ミルクを蔑視する。 テーマパーク。 マサトの姿はキャラクターに負けないくらい注目を浴びていた。 単にその格好が目立っているのではなく、スターでもなかなか持てない強烈な”カリスマ”というオーラを発しているようだった。 特に順番待ちの退屈な行列の中にあって、マサトは鑑賞する価値を見出されていた。 マサトの姿を、こっそり写真に収めているのは女性ばかりではなかった。 行列に並んだ待ち時間や移動中に、マサトは何度も近くの人に自分のデジカメを渡して、ミルクとのツーショットを撮ってくれるように頼んでいた。 マサトが頼む相手はほとんど男性だったが、大抵の男性は声を掛けられたことが嬉しそうで、少し緊張した赤らんだ笑顔で快諾してくれた。 マサトが、デジカメの使い方がわからない相手に説明してやると、それがまた相手には嬉しいらしく、真剣に頷いて聞いている。 そして、写真を撮った後は、声を掛けられたことが特別なことでもあるかのように、少し得意げな顔で別れていくのである。 これがカリスマ性というものだろうか。 ミルクはひたすら感心していた。 幾つかの乗り物に乗った後、二人はレストランで昼食を摂ることにした。 初デートの緊張感もあったが、笑顔でいることに疲れてきてしまったミルクは、席に座るなり思わず溜息を吐いていた。 「疲れた?・・平日なのにこんな混んでるとは思わなかったなぁ。」 「だって春休みだもん。」 ミルクはジュースをストローでかき混ぜながらそっけなく答えた。 「ま、そうだな。ハハッ。」 マサトはサングラスをしたまま笑った。 「疲れただろう?・・ゆっくり食事しよう。」 ミルクが何となく不機嫌なのを気にしているらしく、優しい声で言う。 マサトが悪い訳じゃない。 ただ、マサトが注目を浴びるほど、ミルクは自分がつまらない子に思えてきてしまう。 こうした場所は初めてだと言うマサとを、案内するぞ、と張り切っていただけに、そんな気負いも必要ない堂々としたマサトの陰で、自分の存在がかすれて見えたのだ。 単純に我が侭と言ってしまえば、それまでだ。 ミルクは頬杖をつきながら、フォークで料理を口に運んでいた。 「ミルク。その食べ方は可愛くないぞ。」 何気ない注意が、イジケたミルクの心に刺さる。 「・・どうせ・・・可愛くないですよぉ〜だッ。」 「あ?・・何言ってるんだ?・・食べ方のことを言っただけだろ?」 「いいんだもん。・・・どうせ、マサトには不釣り合いな子なんだから。」 「ミルク・・・」 マサトは手にしていたナイフとフォークを皿に乱暴に投げ出した。 ガチャン!・・と音がして周囲が思わず息を飲んだ。 ミルクもフォークですくったライスを口元まで運んだ状態で固まってしまった。 マサトは腕組みをして溜息を吐く。 「ここは喧嘩をする場所なのか?・・だったら今すぐ帰った方がマシだぜ。」 ミルクはフォークを皿に戻すと、両手を膝の上に置いて肩をすくめた。 「俺はミルクと楽しみたいから、ここにいるんだ。他の誰も関係ない。何百何千の人がいようが、俺が見ているのはミルクだけだ。・・二人だけの時間の中にいると俺は思っているのに・・不釣り合いだ、何だ、は関係ないだろ?」 「・・・ごめんなさい。」 「俺はミルクといられるだけで楽しい。・・ミルクは俺といることが苦痛なのか?」 「ううん・・・」 「食べ方を注意したのだって、可愛いミルクには似合わないから言っただけだぜ。」 「・・・うん。」 「ミルクの笑顔を見ると、ほっとするんだ。だから、ミルクにはいつも笑顔でいて欲しい。ミルクが笑えなくなる場所に、俺は何の魅力も感じない。」 マサトの言葉は、テーマパークが重要なのではないことを教えてくれる。 テーマパークを二人で楽しむことが大切なのだと、忘れかけていた本来の目的を思い出させてくれる。 どこを見て回るか、何に乗るか、そういったことは重要ではないのだ。 そして、周りの人達がどう思おうと関係なかった。 ミルクがマサトと一緒にいられることを楽しめればそれで良かったのだ。 うつむいているミルクの目から涙が、ポロッ、と落ちた。 「ウッ・・・ごめん。言い過ぎた。・・・泣くなよ・・・」 マサトは焦って革ジャンのあちこちに手を当てて、ハンカチを探す。 シルバーアクセサリーが、ガチャガチャ、と音を立てる。 ようやく内ポケットからハンカチを引っ張り出し、ミルクの前に差し出した。 ミルクは渡されたハンカチで涙を拭うと、顔を上げて、 「・・このハンカチ・・・皮臭い・・・」 と言って、笑った。 「あ・・皮の匂いは嫌いなのか?」 「・・少し・・苦手かも・・・」 「あちゃ・・・それで気分悪くなってたのか?」 マサトは腕や襟ぐりの匂いを嗅いで確かめる。 「ううん。・・大丈夫。・・慣れてきたし・・」 「もし嫌だったら、その辺で売ってる服を買って着替えてもいいぞ?」 「アハッ。・・キャラクターの服ぅ?・・マサトに似合うかなぁ?」 「どうせならミルクとペアルックにしようか?」 「・・んー・・・」 ミルクは首を傾げて想像する。 「それも悪くないけど、今日はこのままでいいよ。・・でも、ペアルックもいいなぁ。フフッ。」 「なら、帰りに買って帰ろう。」 「うん。」 「他にもいっぱいお土産買って帰ろうな?」 「うん。」 ミルクは笑顔で頷いた。 マサトもほっとしたように笑みを浮かべ、うんうん、と頷いた。 午後から夜にかけては、ミルクも気持ちを入れ替えて楽しむことが出来た。 早めにお土産も買って宅急便で送ることにした。 何しろマサトがペアルックという発想が気に入って、あれもこれもと買ってまわるので、到底持って帰れる量ではなかったのだ。 夜のパレードは大きなグルグルキャンディーを舐めながら、マサトに寄りかかって見ていた。 そして、締めくくるように、花火が夜空を飾った。 「んー・・・綺麗ぃ・・・久し振りだなぁ。」 「ミルクでもそうなの?」 「だって友達同士で来る時は、まだ中学生だったから夜までいらなかったんだもん。」 「なるほど。」 「・・二年前、パパが海外に単身赴任で行っちゃったし、その前の一年間はお兄ちゃんの高校受験で家族の外出も控えてたから・・結局、家族で出掛けたのって小学生までなの。」 「そっか。・・・パパが留守で寂しい?」 「どうかなぁ。・・初めの頃は寂しかったけど、慣れちゃったし・・」 「クックッ。その台詞、パパが聞いたら泣くぞ。」 「・・それも・・どうかなぁ。」 「ん?」 「だって、前はよく電話や手紙が来てたし、休みには帰ってきたけど・・ここ一年近く、帰って来ないんだもん。」 「・・・忙しいんだろうな。」 「・・かなぁ?・・・ママも仕事するようになって忙しいみたいだし、お兄ちゃんはミルに冷たくなったし・・・みんな、少しずつ変わってきちゃった。」 ミルクは夜空を見上げながら、悲しげに呟いた。 マサトはミルクを背中から包むように抱き締めた。 「・・でも、マサトはもっと小さい頃にお父様を亡くされてるんだもの。こんな話って、ただの我が侭にしか聞こえないでしょう?」 「そんなことないさ。・・それに俺の場合は特殊な環境だから・・親父が死んだ時も、さほど悲しくもなかったしな。・・クックッ。比較する気はないよ。」 「・・・え?」 ミルクは後ろを振り返ってマサトの顔を見つめた。 親の死を悲しまない環境なんて、あるのだろうか? マサトは優しくミルクの頬を撫でた。 「・・・ミルクが寂しいと感じる時、・・俺の心も寂しくなる。」 頬を撫でていた指がミルクの唇にそっと触れた。 「・・・ミルクが楽しいと感じる時、・・俺の心も楽しくなる。」 そう言ったマサトの顔が、スッと近付き、ミルクの顔に重なった。 指先よりもっと柔らかい感触が唇に触れる。 軽く触れたまま、体の向きを変えられる。 向き合ってから一度唇を離したマサトは、じっとミルクを見つめ、 「・・・唇がこんなに柔らかくて・・暖かいって・・・初めて知ったよ。」 と、優しく囁いた。 そして、また優しく唇を重ね、ミルクをそっと抱き締めた。 最後の花火が華々しく閃光を煌めかせ、盛大な音を響かせた。 ミルクにとって、優しい優しいファーストキスだった。 マサトにとっては、甘い・・甘過ぎるファーストキスだったらしい。 ミルクがずっとグルグルキャンディーを舐めていたのだから仕方ない。 「まさか、俺のファーストキスが、こんなに甘い思い出になるとは・・・」 と、マサトがからかう。 「ま、いいさ。いい記念だ。甘い甘いファーストキス。」 ミルクは何となく恥ずかしさもあって、頬を膨らませていた。 けれど、ふと疑問が浮かんだ。 「ねぇ・・・マサトもファーストキスだったのぉ?」 「ああ。」 「・・・ホントに?」 「・・悪いか?」 「え・・・悪くないけど・・・不思議ぃ・・・」 「惚れてもいない女と唇を触れ合うなんてキモイこと出来るかよ。そんなことをするくらいなら蛇とキスした方がいいぜ。」 「・・・蛇?・・・まさか・・・」 「例えば、ってことだよ。」 「・・・・・ふーん・・・・・」 ミルクは眉を寄せて唇を尖らせた。 その唇にマサトが、チュッ、と軽くキスをする。 「・・あッ・・・」 ミルクは目を丸くして口を手で押さえた。 入り口近くまで来ていて、明るい照明が照らされ、周囲には帰る人達で溢れているのだ。 ミルクは真っ赤になってうつむいた。 「ミルクの唇、超気に入ったぜ。」 マサトは恥ずかしげもなく言って笑う。 「・・もぉ・・・だからって、人前でぇ・・・」 「ミルク以外見えてないんだから仕方ねぇじゃん。・・恋は盲目、って言うだろ?ハッハッハッ。」 本気なのか、からかっているのか。 今だに掴み所のないマサトだった。 けれど、マサトがこれまでキスをしたことがなかった、と言うのは本当のようだった。 すっかりキスを気に入ったマサトは、周囲の状況にお構いなく、やたらとキスをしたがるようになってしまった。 ただ、舌を絡ませるようなディープなキスではなく、軽く唇を触れ合うキスだったが、ミルクがふと顔を上げた瞬間にキスをすることもあって、恥ずかしさで顔を赤らめることも度々だった。 知らず知らずの内に、マサトという存在が絡みつき、先が二つに割れた赤く長い舌で、チロチロと舐める。 ミルクはそんな囚われの身になっていく自分に気付いていなかった。 |
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<5> 「マイプリンセス」 |
§5§「マイプリンセス」 「いつまで寝てんだよ。」 ミルクの部屋のカーテンを勢い良く開けたミツルが言った。 急に差し込んできた明るい陽射しに、ミルクは布団を被る。 「・・お兄ちゃん・・・人の部屋に勝手に入んないでよぉ。」 「何言ってんだ。ちゃんとドアをノックしたし、入るぞ、って断ったぞ。」 ミツルは窓も開け放って、外の空気を入れる。 「・・ったく。・・昨日、あんな遅い時間に帰ってくるから、起きれないんだろ?」 「だって、テーマパークだもん。仕方ないじゃん。」 やっと明るさに慣れてきたミルクが、布団から顔を出して目を擦る。 「もうじき高校生になるんだから、いつまでも春休み気分でいると、勉強についていけなくなるぞ。」 「お兄ちゃんみたいに国立目指さないからいいのぉ。」 「バッカだなぁ。誰がお前なんかに国立を期待するよ。・・けどな、中学と違って高校は成績が悪けりゃ留年することもあるんだぞ。高校を中退するなんて、みっともないマネはするなよな。」 「・・・ひっどぉーい・・・」 ミルクは、ガバッ、とベッドに起きあがった。 「起きたら顔洗ってちゃんと支度しろよ。お袋はもう出掛けてるし、俺もこれから図書館まわって、春の特別講習に行くから、人が来たら困るだろ?」 「鍵かけて行ってくれればいいじゃん。」 「何か昼頃荷物が届くらしい。判子はダイニングテーブルに用意してあるから、ちゃんと受け取っておいてくれ、だってさ。」 「えーっ・・・」 「・・ってことで、用件は伝えたぞ。・・じゃぁな。」 言うことだけ言い終わると、ミツルは部屋を出て行った。 「・・・最悪ぅ・・・」 ミルクは独り言を呟いて溜息を吐いた。 独りぼっちの留守番は苦手だった。 音のない家の中は、いつもより広く感じる。 見る目的もなくTVをつけて、リビングのソファーに寝転がったミルクは、マサトに午後まで出掛けられないことをメールで伝えた。 今日はマサトのマンションに昨日買ったお土産が届くはずである。 届いたら、早速、ペアで買った服を着て街へ出よう、と約束していたのだ。 マサトは、寂しかったら電話で話をしようか、と言ってきてくれたが、そろそろ友達に彼氏が出来たことを話しておこう、と思ったミルクは、大丈夫、と返事をした。 中学時代に仲のいい友達は二人いた。 角田美佳と橘香織。 二人にメールで、彼氏が出来たの。・・と伝えると、詳しく聞きたいからと、ミルクの家まで自転車で駆けつけてきた。 「誰?誰?・・私達の知ってる人?」 「あ・・んー・・・知ってると言えば知ってるかなぁ・・・」 「高木君?・・松本君?」 「違う、違う。そーゆー知ってるって意味じゃなくぅ・・・」 「じゃぁ、誰なのぉ?」 「ほら・・コンサートの夜、絡まれたじゃん?・・で、一人で5人の不良をボコボコにして助けてくれた人がいたでしょう?」 「うん。・・・え?・・・って、その彼?」 「・・実は・・・そうなの。」 「・・・えぇぇぇーー?!」 美佳と香織が同時に叫んだ。 「何でまた・・・彼って道端でアクセサリー売ってる人でしょう?・・何か怖そうで、ヤバイ感じの・・・」 「ある意味、危険な魅力は感じるけどねぇ。・・でも、かなり年上じゃない?」 矢継ぎ早に質問されて、ミルクは返事が追いつかない。 取り敢えず、マサトが見た目よりずっと優しいことと、アクセサリー販売は趣味だということと、28歳だということを話した。 それから、付き合うきっかけは、ハンカチを返した時に食事を奢ってくれて、気が合って付き合うことになったのだと説明した。 それ以上の詳しいことは、ミルク自身まだわからないことが多かったし、マンションのこととかは話すべきではないように感じて黙っていた。 「へぇ・・・ミルクって、あーゆー感じの人がタイプだったんだぁ。」 「あーゆーって?」 「かなり危なくない?・・喧嘩慣れしてるみたいだし、13も年上なんて・・遊んでそうじゃん。」 「そんなことないもん。」 「じゃぁ、アクセサリー販売が趣味なら、何してる人なの?」 「・・・まだ、そこまでは・・・付き合い始めたばっかりだもん。そんなに詳しく聞けないじゃん。」 「えー?普通、大人なら付き合う前に職業とか言うんじゃない?」 「そうだよねぇ?・・言わないなんて怪しいかも。」 「だからぁ、まだ話題に出てないだけだってば。」 「ミルクって騙され易いからなぁ。」 「遊ばれた挙げ句にいかがわしいバイトとかさせられちゃうんじゃない?」 「・・ぅぅ・・・それって、あんまりだよぉ・・・」 美佳と香織は、思いつく限りの悪い結果を並べ立てる。 どう考えても、あの夜の男が普通の付き合いの出来る男には見えなかったのだ。 ハンカチを返した日からまだ四日しか経っていないミルクに、反論出来る材料はなかった。 ただ、マサトは優しい信頼出来る人だ、という直感に近い思いしかなかった。 それが間違っている、と世間一般の常識で判断されたら、何も言い返せなくなる。 ミルクはだんだん落ち込んで、悲しくなってきてしまった。 「新手のホストかも。」 「あー、有り得るねぇ。ホストって初めの内はずっごく優しいって言うし。」 「もぉ・・・二人共ぉ、ひどいよぉ。・・・応援して貰えると思って打ち明けたのにぃ・・・」 「心配してるから言ってるんでしょう?」 「騙されて泣いてからじゃ、遅いじゃん。」 「絶対そんなことないもん。会って話してみれば、二人だってマサトが信用出来る人だって納得すると思うけどぉ。」 美佳と香織が顔を見合わせる。 「会わせてくれるんだ?」 「あ・・・えっと・・・」 「ミルクがそう言うなら、会って判断してあげましょう。」 香織が澄まし顔で、うんうん、と頷く。 「それは・・・もう少し待ってて。」 ミルクはうつむいてモジモジする。 「なぁにぃ?・・ミルクがそう言ったんじゃん。」 美佳が面白くなさそうにムクれる。 「・・・だってぇ・・・まだデートを一回しただけだよぉ?・・・それでいきなり友達に会ってなんて言えないよぉ。」 「なら、合コンにしよう!」 美佳が思いついたように言う。 「合コン?」 「私達三人と、マサトさんの方も友達二人連れて来て貰ってさ。」 「あ、いいね。面白そう〜!」 香織も目を輝かせて賛成する。 「・・合コンって・・・お酒飲むんでしょう?・・・マズイよぉ・・・」 「別に私達は飲まなくたっていいじゃん。」 「そうそう。ようはグループ交際みたいな感じでさ。」 「・・美佳ぁ・・・上田先輩が怒るんじゃない?」 美佳は中学2年の時から、一つ上の先輩と交際をしていたのだ。 だが、美佳は上田の名前が出た途端、表情を暗くする。 「・・・ヒロの奴・・・浮気したんだ。」 「嘘ぉ?!」 今度は香織とミルクが同時に叫んだ。 いつもラブラブで自慢していた美佳だった。 「・・・信じてたのに・・・男なんて、最ッ低ッ!」 「・・あの上田先輩が・・・」 「・・ショックだねぇ・・・」 三人は揃って溜息を吐く。 「ヒロは謝ってるけど・・・今は顔も見たくない。だって、その顔に浮気相手の顔が重なって、余計悲しくなっちゃうんだもん。」 「・・知ってる人なの?」 「・・・うん。・・・ヒロのバイト先で何度か見たことあるから・・・」 「うわぁ・・・最悪だねぇ・・・」 「・・・ずっと・・優しくて誠実な人だって・・それが一番の良い所だって、思ってたんだよぉ。」 香織もミルクも言葉なく頷いた。 「あ・・だけど、謝ってるってことは、やっぱり上田先輩は美佳の方が好きってことじゃない?」 「・・・もう、わかんない。・・・私の気持ちの方がダメかも・・・」 「・・そっかぁ・・・」 「でも、美佳・・・あんなに好きだったのに・・・」 「好きだから余計許せないんじゃん。だったら、二人は彼が浮気しても許す?」 二人とも考え込んでしまう。 「つーか・・・私はそこまで深い交際ってないからなぁ・・・」 香織が首を振って、そう答える。 ミルクも、まだ相手の浮気を怒れるほど自信がなかった。 愛されていると思えた時、浮気されたら・・・信じることが怖くなるだろう。 重苦しい沈黙が続いた。 「ずっとヒロのことばかり考えてきたけど、今は何も考えたくない。・・だから、ミルクが騙されないように、しっかりチェックしてあげるからね。」 美佳は気持ちを変えるように、務めて明るくそう言った。 ・・・それって・・とばっちりかも?! ミルクは内心、溜息を漏らした。 それからの話は、すっかり合コンが決定したかのような展開になってしまった。 そして、三人でお昼にスパゲッティを作って食べる頃には、相手が大人のグループだからと着ていく服で悩み始めていた。 食事を終えた時になってようやく荷物が届いた。 送り主はニューヨークにいるミルクの父だった。 ミルクは母親に電話して、荷物を開いていいか、許可を取ってから開けてみた。 ミルクの中学卒業のお祝いと高校入学のお祝いを兼ねたプレゼントがメインだった。 後はミツルへの洋書数冊と、母への香水があった。 ミルクへのプレゼントは可愛いパーティードレスと靴とバッグ、そして香水も添えられてあった。 そして、父からのカードに、 『愛しい私のお姫様へ 式典に出られなくて済まない。 仕事を言い訳にしたくないが、 それでもどうしても抜けられない会議が詰まっているんだ。 だが、仕事に追われていても、いつも愛しい美琉玖を想っているよ。 高校生になれば、そろそろパティーに招待されることもあるだろう。 ママにサイズを確認してあるから、きっと丁度いいと思うよ。 でも・・・マイプリンセス・・・ 急がずに、少しずつ、ゆっくりとレディーになるんだよ? 帰国した時、まだ抱っこ出来るようにね。ははは。 愛を込めて、父より。』 と、メッセージが綴られていた。 「マイプリンセスーー!」 覗き込んでいた美佳が笑いながら叫んだ。 「ほんっと、ミルクのパパって素敵ねぇ。いいなぁ、羨ましい。」 香織は吐息まじりに呟く。 「こんなに過保護なパパがいるから、ミルクが世間知らずになっちゃうんだよ。」 「・・ぁぅ・・・」 「しかも甘えん坊で我が侭ぁー。アハハハッ。」 「美佳、言いすぎ。・・ミルクだって本当は寂しいんだから・・・ねぇ?」 「・・うん。」 「もう2年だっけ?・・海外じゃ、なかなか帰れないもんねぇ。」 「だけどさぁ、お兄さんだってカッコいいし、やっぱ羨ましいよ。」 「お兄ちゃんなんて文句ばっか言って、自分勝手で、最低だもん。」 「ウチの姉貴よりは絶対マシだって。」 「どっちも、兄弟のいない私から見れば羨ましいよぉ。」 一人っ子の香織がしんみり言うので、美佳とミルクは、そうかぁ、と頷いた。 荷物が届いたので、ミルクは出掛けることにした。 美佳と香織は、 「絶対、合コンの約束、取ってきてよ。」 と、念を押して帰っていった。 マサトにメールで、これから行く、と伝えておいたので、駅まで迎えにきてくれていた。 「昨日ぶり。会いたかったぜ。」 と、いきなりキスをする。 一瞬の軽いキスとはいえ、人混みの中では恥ずかしい。 「あん・・・人前じゃ・・・ぃゃ・・・」 ミルクは口元を手で押さえ、頬を染める。 「チェッ。・・なら、早く部屋に行こう。」 マサトはミルクの手を握って、さっさと歩き始めた。 マサトの歩き方は大股でツカツカと歩くので、ミルクはいつも遅れがちに引かれていくようだった。 歩幅も小さいミルクは早足で合わせるしかない。 だから、信号などで立ち止まると、ほっとして、マサトの腕にもたれ掛かってしまう。 「・・そうやって誘うくせにな。」 「・・・え?」 「いや。」 マサトは苦笑を洩らし、青になった信号を見て、またツカツカと歩き始めた。 マンションの部屋に着くなり、キスが降り注ぐ。 唇だけでなく、頬や額や鼻の先までキスをする。 「あーん・・・お土産見たいー!」 身動き取れなくなったミルクが、恥ずかしさから嫌々をすると、 「・・駄々っ子だなぁ。」 と、肩をすくめて、箱を持ってきた。 「さて、今日はどのペアにしよう?」 「・・ん・・っとぉ・・・まだTシャツは早いからぁ・・・これは?」 ペア始めに、無難な白いトレーナーを選んだ。 ミルクはブルーグリーンのチェック柄の襞スカートを履いていたので、白との相性もいいと思えたのだ。 「ああ。いいんじゃないか。」 マサトも笑顔で頷く。 早速、お互い着てみることになり、ミルクはマサトの寝室を借りて着替えてきた。 ミルクがリビングに戻ると、すでにトレーナーを着たマサトが広いソファーの中央に座っていた。 マサトは手振りでミルクに回ってみるように指示した。 ミルクは顔を赤らめながらも、二回ターンして見せた。 「クックッ。・・っ可愛いなぁ。・・超イケてるぜ。」 マサトは親指を立てて、そう言うと、両手を広げ、 「お、い、で。」 と、区切るようにゆっくり言った。 ミルクは、ドキッ、として息を飲む。 急に緊張して、心臓がドキドキと高鳴りだす。 さぁ。・・と、声に出さず、唇だけでマサトが促す。 ミルクは見えない力に引かれるようにゆっくりと近付いていった。 ミルクがマサトの前に立つと、マサトはミルクの手を引いて膝に抱きかかえた。 マサトの腕にすっぽりと包まれ、ミルクは繭にでもなった気持ちだった。 そして、もう言葉はなく、マサトの唇がミルクの唇にゆっくりと重なる。 重なったまま、静かに吸われ、やがて温かなマサトの舌が侵入してきた。 初めて知る感触だった。 生暖かく湿った物が口の中を動き回るのだ。 マサトの舌は微かに苦みがあった。 ミルクは震えながら息苦しさを我慢して、マサトに体を預けていた。 いつ終わるのか、長い長いディープキスだった。 ミルクの意識が遠退きそうにかすれてきた頃、ようやくキスから開放された。 「クスッ。・・大丈夫か?」 マサトが蛇のタトゥーのある手でミルクの頬を撫でる。 「・・・ん・・・」 ミルクはぼうっとマサトの肩にもたれたまま、小さく頷いた。 「今度はミルクが舌を入れてきて。」 「・・・ぇ・・・」 「クックッ。噛んだりしないから、大丈夫だよ。・・ね?」 「・・・ぅぅ・・・」 ミルクが返事に困っていると、マサトがまた唇を重ねた。 ミルクの舌を誘って、マサトの舌がチロチロと出入りする。 勇気を奮って、少しだけ舌を伸ばした時、強く吸われ絡め取られた。 「・・ん・・・んん・・・」 怖くなったミルクが離れようとしたが、体もきつく抱き締められ、身動きが取れなかった。 絡み合う舌と舌。 深く結合された口はもう、どこまでがお互いの中かもわからなくなっていた。 生まれて初めて知る得体の知れない感覚に戸惑いながら、ミルクの中でウズウズと疼き、痺れてくるような快感が沸き上がってきた。 「・・ん・・・ぅふぁ・・・んぅ・・・」 いつしかミルクは自分でも意識しない内に、鼻を甘く鳴らしてしまっていた。 「・・可愛いよ・・・ミルク・・・いい子だ・・・」 唇を触れたままマサトが湿った声で囁き、またミルクの口を捕らえて吸う。 「・・ぅふっ・・・んぁ・・・」 疼きがどこからくるのか。 わからないまま、もどかしく甘える。 熱をもった体が震える。 ふと気付くと、乳首が痛いほど固く突起している気がする。 ああ、どうしよう。・・と思っていると、柔らかなトレーナーの上からそっと揉まれる。 「んっ・・・んんっ・・・ぁぁぅ・・・」 ミルクは微かに首を振って拒むが、マサトの掌は丸みを捕らえたまま離れない。 「・・愛している・・・俺のミルク・・・」 甘い囁きに体の力が抜けていってしまう。 なすがままに任せるしかないのだと、ミルクは抵抗をやめた。 ディープキスと胸の愛撫でますます疼きが強くなる。 「・・んぁっ・・・ぁぁっ・・・」 固くなった先を摘まれ、電気が体中を駆け巡った。 思わず背中を反らせるミルクに、 「・・感じやすいんだね。素敵だよ。」 と、顔中にキスをしながらマサトが言った。 ミルクはようやくキスから開放され、マサトの胸に顔を埋めるようにして息を整えていた。 マサトはミルクが落ち着くまで、そっと髪を撫で続けていた。 「合コンだって?」 煙草に火をつけたマサトは、眉をひそめながら煙を細く吐き出した。 「・・・だって・・・」 ミルクは簡単に友達との話を説明した。 マサトは眉をひそめたまま聞いていたが、溜息のように煙草の煙を吐くと、 「俺は、あまりミルクの周囲の人間とは、接触しない方がいいと思っている。」 と、抑揚のないトーンで言った。 「・・・でも・・・」 「まして、ミルクの友達といったら、まだ子供じゃないか。大人を遊び相手にするもんじゃないぜ。」 「・・・だったらミルクも子供じゃん。」 「わかってるさ。」 「・・・ぁぅ・・・」 「惚れてなきゃ相手にするかよ。・・俺は真剣に惚れてるからいい。だが、俺の連れていく男達が同じように真剣に惚れるか、と言えば・・・無理だろうな。」 「・・・それはそうだろうけどぉ・・・」 「大人である以上は、友達に手を出さない、とは言い切れないしな。・・・つーか・・・俺の知り合いなんてなぁ、その日の内に犯っちまうぞ。」 「・・・え?!」 「しかも一番食べ頃の女子高生。犯っちまって、男の味をたっぷり覚えさせ、薬漬けにしたら、裏ビデオのスターにしちまうだろうな。」 「・・・えぇぇぇー?!」 何の話だろう? ミルクは理解を越えて、頭がパニックになり、目の前がチカチカした。 「だから言っただろ?・・・俺のいる世界は光の影。闇を司る者だって。」 「・・・そうなの?」 ミルクは困惑気味に首を傾げる。 「ミルクを俺のいる世界に引き込むつもりはないよ。だから、普通に付き合いたい、って言っただろ?」 コクリ、と頷く。 「ただ、ミルクの友達までは知ったこっちゃない。・・・一応、手を出すな、と命令することは出来ても、友達の方で好奇心を滾らせて近付いてくるのまでは止めようがねぇだろ?」 また、コクン、と頷く。 「闇なんてなぁ・・・ヘタに興味持って近付いたら、容赦なく喰っちまうもんなんだぜ。」 ミルクは青ざめて体が震えてきた。 マサトは苦笑して、もう一度ミルクを膝に抱きかかえた。 それでも震えの止まらないミルクの髪を優しく撫でる。 「俺はお前だけいればいい。・・・ミルクの友達とは付き合ってやれないが、それが俺のミルクへの誠意だと思ってくれないか?」 ミルクはどう返事していいか、わからずに固まっていた。 ミルク自身、マサトとの交際に不安を感じてしまっていたのだ。 「ダメだ。」 マサトが囁く。 「もう、ダメだぜ。・・・俺は、もう引けない。・・・俺は、もうミルクを手放せない。・・・お前が俺から離れる時は・・・」 そこまで言うと、フッ、と笑みを零し、 「いや。仮定の話はやめよう。・・・愛してるぜ、ミルク。」 と言って、再びディープキスを始めた。 マサトの舌から、苦い煙草の香りが伝わってきた。 |
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