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「相応しさとは…」
§56§「相応しさとは…」

 3日間の日程の期末試験。
 最終日は試験教科が少なく半日で終了した。
「ウッキュゥ〜!・・試験終わったぁ!」
 ミルクは試験が終わった開放感に包まれ、帰りの車の中からマサトに電話した。
―「お疲れ。・・手応えはどうかな?」
「ぅー・・・多分、赤点はないと思うけどなぁ。・・数学と地理が怪しいかも・・」
―「クスッ。それくらい仕方ないさ。誰にでも苦手教科はあるものだよ。」
「・・マサト、お仕事中?」
―「ああ。・・でも、気にしないで会社の方に顔を出すといい。」
「え・・・どうしよぉ・・・邪魔したくないもん。」
―「大丈夫。みんなミルクに会いたがってるよ。たまには顔が見たいそうだ。・・俺も会いたいし・・おいで。」
「ぁ・・うん。じゃぁ、帰って着替えてから行くね。」
―「お昼はまだだろう?」
「うん。」
―「じゃぁ、一緒にしよう。食べないで出てくるといい。」
「はーい。それじゃぁ、また後でねぇ。」
 ミルクは、電話して悪かったかな、と少し思ったが、早く会いたい気持ちの方が勝っていた。
 マサトが会社にいるのは、微妙な言葉の違いでわかる。
 会社は本宅の次に苦手だったが、婚約者となった以上、あまり苦手がるのもマズイだろう。
 ミルクはどの服を着ようか、と家に着くまで悩んでいた。

 朝方降っていた雨は上がったものの、また降り出しそうな厚い雲が低く空を覆っている。
 それでも、マサトと一緒の時は、ほとんど車での移動で、舗道を歩く必要がなかったので、ミルクは木綿の白いワンピースを着ることにした。
 絞りのように初めからシワシワの生地なので着心地が楽なのと、三段に切り替えしがついているたっぷりとした襞のフレアスカートが気に入っていた。
 それに、さり気なく縁取りで使われているレースに小さな刺繍が施されていて、年相応の可愛らしさを演出してくれる。
 これに赤い靴とバッグにベルトも同じ色で揃え、金のイヤリングとネックレス、そして普段用のルビーのついた指輪を身に着けた。
 一応、傘も赤いお洒落な物を持ってお出掛け。
 今のミルクに出来る精一杯の支度だった。

 会社の玄関に車が停まり、ミルクが中に入ると、マサトが1Fロビーですでに待っていた。
 マサトはミルクを抱き上げるように抱き締め、軽くキスをしてから、ミルクの足を床に戻した。
「近場で悪いがレストランを予約してあるから、そこへ行こう。」
「・・忙しいの?」
「少しね。・・午後も抜けられない会議があるんだ。」
「・・そーなんだぁ。・・・だったら、無理しなくても良かったのにぃ・・・」
「だって、会いたいだろ?・・キスも出来たじゃないか。・・ん?」
「・・それは・・そーだけどぉ・・・」
「会議も二時間程度だから、その後はゆっくり出来るし、拗ねるなよ?」
「・・うん。」
 ミルクは仕方なく笑みを作って頷いた。

 どんなレストランでも料理でも、マサトと向き合って話をしながら食事出来るのは楽しかった。
 マサトもわかっていて、会話もはばかられそうなレストランは避けてくれていた。
 明るい音楽と適度なざわめきのあるイタリアンレストラン。
 客層も気取らない格好の若者が多かった。
「・・ほぅ・・夏休みまで半月以上もあるのかぁ。」
 卒業証書はあるけれど、中学・高校を実際には経験していないマサトが、試験後の日程を聞いて呆れたように笑う。
「体育系の部活動だと、地区や県の大会があるから、練習に集中出来るようにって、試験が早いみたいよ。」
「なるほどね。・・クスッ。けど、体育系じゃない生徒にとっては、試験には関係ない授業でだれそうだな。」
「二学期の期始めテストの範囲にはなるから、だれてもいられないんだけどぉ・・やっぱ気が抜けちゃうよね。ふふっ。」
「そうか。・・で、ミルクの入ってるクラブは夏休みとかその前に何も予定はないのか?」
「夏休み前は、みんなで海水浴に行くことになってるの。・・それと、夏休みは、まだ日程は調整中だけど一泊二日で軽井沢へ行くみたい。」
「・・海水浴?・・・泊まり?」
 マサトが眉をひそめる。
「軽井沢の方は希望者だけだから・・」
 ミルクがちょっと肩をすくめて笑う。
「夏休み中の方は無理だろうな。」
「えー・・・何でぇ?」
 泊まりと聞いて反対しているのだと思ったミルクが頬を膨らませる。
 マサトは笑みを洩らし、優しくミルクを見つめると、
「8月に三週間くらいの予定で、一緒に海外へ行こうと思っているんだ。」
と言った。
 ミルクは、へ?、と目を丸くする。
「半分は仕事も兼ねてだが、ミルクの行きたい国や場所があれば立ち寄れるし、俺が仕事している間に色々なショッピングや観光も出来る。・・どう?」
 ミルクは目を輝かせて、嬉しそうに頬を上気させた。
「すごぉーい。・・・ぁ・・でも、ママが許可してくれるかなぁ?」
「それは心配ないだろう。」
 マサトは余裕の笑みでウィンクしてみせた。
「わぁ・・・何だかワクワクしてきちゃった。ふふふっ。」
「だから、7月中に夏休みの宿題とかは済ませておけよ?」
「・・ぁぅ・・・それがあったかぁ・・・」
「俺も協力出来る物は協力するから。・・宿題持って、出社するといい。俺のデスクの横に、ミルク用のデスクも用意させよう。」
「・・・マジ?」
 マサトは目を細めて頷いた。
「・・でもぉ・・・一緒にいられるのは嬉しいけど、会社の人達に迷惑でしょう?・・そんな公の場所にプライベートなことを持ち込んだら、お仕事してる人達に申し訳ないじゃん。」
「言っただろ?・・趣味でしている会社だって。・・楽しめなきゃ、会社やってる意味がないぜ。クックックッ。」
 ミルクは怪訝な顔で上目遣いにマサトを睨み、
「お仕事は戦いだって、言ってなかった?」
と、問いただす。
「そう。戦いが俺の趣味さ。・・アッハハッ。」
 マサトが楽しそうに笑う。
 そこに、秘書が済まなそうに近付いてきた。
「会長。・・申し訳ありませんが、かなりお時間が押しておりますので、そろそろ・・」
「・・チッ。まだミルクの食事が終わってないだろうが?」
 ドキッ、とするほど厳しい顔になったマサトが、一瞥もせずに舌打ちをする。
「申し訳ありませんッ。」
 秘書が深々と頭を下げる。
「あ・・もう、お腹いっぱいなの。・・ごめんなさい。言えば良かったのに・・つい、話に夢中になっちゃって。」
「・・ちゃんと食べたのか?」
「うん。もう、いっぱい。・・ご馳走様ぁ。」
 ミルクはにっこり笑って頷いた。
 マサトは溜息を吐くと、席を立ってミルクの手をとり、エスコートして店を出た。
 ヒンヤリとする華奢な手が、マサトの怒りを静めていく。
 会社までの短い移動中、マサトは握った白い手に、愛おしそうにキスをした。

 会社に戻ると、マサトの言っていたように、重役達や秘書達が満面の笑みでミルクに挨拶をした。
 それから、忙しく話す間もないままマサトは会議室に向かった。
 会長室には、若松とミルク専属のガードマンが残っていたので、ミルクは暇潰しに二人とトランプを始めた。
 けれど、二時間は待たされる方にとっては、トランプくらいで待てるような長さではなかった。
「・・ぁー・・・やっぱり雨が降ってきちゃったね。」
 ミルクが暗さを増した窓の外に視線を向けて言った。
 昼間から薄暗いと気分も沈みがちになる。
「そうですねぇ。・・・次、アリス様の番ですよ。」
 若松は相槌を打ちながら、けっこう真剣にカードを見ている。
「ぁ・・はい。・・・ねぇ、若松さんは会社のお仕事はしないの?」
「する時もありますが、仕事の為に会長から離れることがあっては、会長のガード兼補佐としての役目が疎かになりますから、お手伝い程度の仕事くらいです。」
「え・・・ガードなのぉ?・・・知らなかったぁ。」
 若松は照れたように笑う。
「いえ。会長の方が勿論強いですが、何かの時には自分が盾になれますし、会長自ら攻撃することのないよう気をつけています。会長は大切なお方ですから、経歴に傷がつかないようにしなければなりません。」
 あぁ・・・とミルクは頷いた。
 闇では多分マサト自身が攻撃する場合もあるだろうが、表の顔のマサトがヘタに手を出せば、軽く叩いたくらいでも騒ぎ立てられてしまう。
 その為の布石としての存在なのだと、ミルクにも何となくだが、理解出来た。
「それじゃ、こうした会議の時とか、待ってる時間が大変でしょう?」
「自分も会議に出席することはあります。必要がない場合は、昼寝したり・・ハハッ。」
「そっか。・・時間が不規則だから、夜も寝れない時あるもんねぇ。」
 若松が人差し指をそっと唇に当ててみせる。
 会社では、闇の話題は厳禁だった。
 ミルクは首をすくめて、ペコッ、と謝罪の頭を下げた。
 いえいえ、と言うように、若松は優しく笑って首を振った。
 ミルクは、マサトと同い年か少し年上に見える若松が、マサトを心から崇拝し大切に思っている所が好きだった。
 郷や組織の人達は、皆一様にマサトを崇拝し敬愛しているのだろうが、中でも若松の滅私奉公的姿は尊敬してしまう。
 好きになったらとことん尽くす性格なのだろうか。
 そして、好きな相手がマサトなのだとわかる。
 恋ではなくても、他の誰も目に入らないほど好きなのだから、似てるかも知れない。
 きっと、あの景山という人物もそうなのだろう。
 幼少の時から側について教育し、一生を捧げる。
 ミルクは、ふと、『ヘレン・ケラー』のサリバン先生を思い浮かべ、景山さんと重なるなぁ、と思った。

 トランプも30分もしないで飽きてしまった。
 いまいち盛り上がらない理由は、ミルクのガードの男がほとんど話さず、黙々と機械のようにカードを出しているからだった。
 ガードは挨拶以外必要がない限りミルクとは言葉を交わさない。
 常に側にいるだけに、親しくなりすぎないようにという配慮なのはわかるが、あまり無口でいられると寂しくなってしまう。
「・・そう言えばねぇ、ミルの高校の先輩が将来はここの会社に入りたいって言ってたの。」
 ミルクは次のゲームをする気になれず、しばらく窓際で外を眺めていた時、不意に思い出して言った。
 振り返ると、若松が当然とばかりの笑みを浮かべて頷いた。
「そうでしょうね。創立以来13年、常に最先端を目指し成長株のトップを走り続けていますから。・・それに、実力主義ですので、会社への貢献度に見合った収入もあります。多少才能を自負される方なら、挑戦したくなるのは当然でしょう。」
「そっか。・・だから、ミルに推薦されるより自分の実力で入りたい、って言ってたんだぁ。」
 ミルクは、こくりこくり、と頷いた。
「・・ミル、この会長室しか知らないけど・・職場ってどんな雰囲気なのかなぁ?・・見学したらいけない?」
 ほんの退屈しのぎの思い付きだったが、言葉にして出したら本当に興味が沸いてきた。
「構わないでしょう。・・見学なさいますか?」
「うんッ。」
 ミルクは小さく手を叩いて、嬉しそうに笑った。

 若松は会社の中を知り尽くしているようで、ミルクに並んで案内してくれる。
 ガードは寡黙に二人の後を付いて来る。
 上から順に色々な部屋を覗いていく。
 最初に覗いた秘書室では、皆仕事中だったが、笑顔で歓迎して仕事内容等を説明してくれた。
 使用されてない会議室は、荘厳な趣があった。
「うわぁ・・・ドラマみたいな会議室って本当にあるんだぁ。」
 ミルクは妙な所で感心してしまう。
「なかったら、困りますよ。」
 若松は苦笑を洩らして、さり気なくツッコミをする。
 こんな人情味のある雰囲気が親しみを感じさせてくれる。
 若松のそんな所が、あくまでもミルクから一歩身を引いている景山との違いだろうか。
 階段を下りて次のフロアに行くと、ガラリと雰囲気が変わる。
 忙しそうに廊下を歩いていく人もいれば、重そうな書類を抱えている人もいる。
 このフロアにも会議室はあったが、少し部屋は小さく機能重視型の部屋になっていた。
 さすがに職場の中にまでは入るのがはばかられたので、入り口から気付かれないようにそっと覗くだけにした。
 それでもミルクに気付いた人達は、緊張した面持ちで会釈をしてくれた。
 ミルクも申し訳なさそうに会釈を返すと、早々に顔を引っ込めて、次へと進んだ。
 また階段で下のフロアへと行くと、もっと忙しそうな人達ばかりだった。
 ここから見れば、まだ上のフロアの方が落ち着いた雰囲気があったことに気付く。
 更に階段を下りて次のフロアへ行こうとした時、制服を着たOLが二人、書類を抱えて昇ってくる所だった。
 ミルクは壁際に避けて道を譲ったが、前が見えなかったのか、一人のOLがミルクにぶつかりそうな程近付いた。
 それで、ガードが後ろから手を伸ばして、そのOLを突き飛ばしてしまった。
「キャッ!」
 OLは小さく叫んで書類を階段にバラ撒いてしまった。
「何するのよッ?」
「ぁッ・・ごめんなさいッ。大丈夫ですか?」
 ミルクはよろけたOLに手を添えて支えてから、書類を拾い始めた。
 ムッ、として見下ろしていたOLはミルクがマサトのフィアンセであることに気付き、
「あ・・済みません。」
と言って、慌てて自分も書類を拾い出した。
 見る限り書類はもう落ちていないようだったので、ミルクは、
「お仕事の邪魔をしてしまって、済みませんでした。」
と、頭を下げ、
「書類、全部揃ってますか?」
と、心配そうにOLに聞いた。
 OLは少し不機嫌そうに書類の埃を払う素振りをしながら、
「大丈夫です。・・失礼します。」
と言って、儀礼的に頭を下げると階段を上って行った。
 ミルクを守るのが務めのガードを責める訳にもいかず、ミルクは項垂れて階段を下りた。
 と、下りた所に書類の一部らしい紙が落ちていた。
「・・残ってたんだぁ。」
 ミルクは拾い上げると、OLを追って、また階段を上がって行った。

 すぐに追いかけたはずなのに、OLの姿はもう廊下にはなかった。
「・・どうしよう・・?」
 ミルクが書類に目を落として唇を噛む。
「誰かに渡しておけば大丈夫ですよ。」
 若松がミルクから書類を預かろうとした時、階段脇の休憩室からさっきのOLの声が聞こえてきた。
 ミルクは、パッ、と明るい顔をして若松に、いる?、と言う視線を向けた。
 若松も、そうですね、と答えるように頷いた。
 ミルクは書類を渡そうと休憩室へ一歩入ったが、そこで足が止まってしまった。
「でもさぁ、会長のフィアンセって普通の子よねぇ。」
 誰かがそう言ったのだ。
「ちょっと可愛いかも知れないけど、会長とは全然釣り合わないーって感じぃ。」
 他の女性の声もする。
「そっれが偉っそうにガードマンなんか引き連れてさぁ・・・あー、まだ腕が痛いわよぉ。」
 さっきのOLの声だ。
「なーんで会社にまで乗り込んで来るんだろね。」
「億万長者の玉の輿になれて、自慢したいんじゃないのぉ?」
「最っ低ぇッ。・・豪華な婚約指輪をしてなかったら、全然冴えない子のくせにねぇ。キャハハッ。」
「服だってあんなロリータでさぁ・・どこがいいんだか、悪趣味ぃ。・・クスクスッ。」
「意外と夜が凄かったりして?」
「えー・・・やっだぁー。あんな赤ちゃん顔でぇ?」
「あり得るよぉ。今時の若い子って、可愛い顔して遊んでるもん。」
「やぁーねぇー。そんな子が会長夫人なんてさぁ。」
 若松が堪りかねた渋面で踏み込もうとするのを、ミルクが腕をつかんで首を振って止めた。
 それから、黙ってその場を離れると、通りがかった人に、書類を拾ったので、とOLの特徴を話して渡してくれるように頼んだ。
 そして、静かなかすれる声で、
「会長室に戻ろう。」
と、若松に言った。

 会長室に戻ったミルクは、ずっと窓の外を眺めていた。
 泣きそうな顔を見られたくなかった。
 そして、マサトが戻るまでに、零れそうな涙を押し込めなきゃいけない。
 ・・・悪いのは自分・・・。
 ミルクは、マサトの自分への甘さに、遠慮なく甘え過ぎてしまっていたことを、恥ずかしく思っていた。
 OLが文句の一つも言いたくなる気持ちがわかる。
 会社という公の場所には、やはりいるべきではなかったのだ。
 少なくともマサトに保護された領域である会長室から出るべきではなかった。
 遊園地でも美術館でもない。
 彼女達にとって、会社はやはりマサトと同じ戦う領域なのだ。
 ・・・お兄ちゃんの言う通りだった。
 ミルクがちゃんとしなければ、マサトまで笑われるのだ、と言われたことが身に染みる。
 ポロン、と涙が零れ頬を伝ってしまう。
 ミルクは慌てて手で拭い、空を見上げた。

 どれくらいそうしていただろう。
「お待たせ。」
 優しい声と同時に、背中から抱き締められた。
 マサトは頬を重ねるようにしてスリスリ頬ずりをする。
「・・マサト・・お疲れ様ぁ。」
 肩越しに振り返り、ミルクは明るく笑い掛けた。
 そんなミルクをマサトはじっと見つめる。
「・・ミルクは本当に優しい子だな。」
 微かに目を細めたマサトの眼差しは、どこか悲しげにさえ見えた。
 ミルクは首を傾げ、瞬きをした。
「・・フッ。・・若松が何も報告しないでいると思うかい?」
 そう言われてミルクは、ハッ、とすると、体をマサトの方へ向け、少し離れた所に控えている若松へ目を眇めて頬を膨らませた。
 ミルクが落ち込んでいる間に会長室を抜け出した若松が、会議を終えたマサトに先に報告してしまったらしい。
 ミルクが若松を口止めすることは出来ないのは承知していた。
 若松の唯一絶対の主人はマサトなのだから、他の者が指示したりお願いすることは出来なくて当たり前。
 でも、マサトに貼り付いて違う話題をすれば報告するチャンスがないだろう、とミルクなりの計算があった。
 自分の過ちで他の人に迷惑を掛けたくなかったのだ。
 若松をちょっと睨んだものの、ミルクはすぐに項垂れて、
「ごめんなさい。・・ミルがいけなかったの。」
と言って、マサトに抱きついた。
「・・ったく。何でも自分を責めるな、って言ってるだろ?」
「ん・・でも・・・」
「仕事の途中でサボって煙草を吸いながら、上司やその関係者の悪口を言ってるような不謹慎な奴等は必要ない。即刻クビにしてやりたい所だ。」
「ダメぇぇ・・・」
 ミルクはマサトの胸に顔を擦り付けながら首を振った。
 マサトは大きく溜息を吐いて、もう一度ミルクを抱き締めると、
「・・今回はミルクに免じて、注意だけにしておこう。」
と言って、ミルクの髪を撫でた。
 ミルクが困惑顔でマサトを見上げると、
「いいかい?・・見過ごしにしても、そうした離反分子は反省しない所か、増長するものだよ。注意を促すことは会社の為にも大切なんだ。」
と、言い聞かせるように言った。
 ミルクはそれ以上言えずに、仕方なく頷いた。

 会議が終了した後、30分ほど書類にサインをしたり、連絡事項を聞いたりして、マサトは仕事を終わらせた。
 そして、降りしきる雨の中、愛車のフェラーリを走らせ、ミルクとマンションへ向かった。
 ミルクは、忙しく動くワイパーとフロントガラスに打ち付ける雨を、ぼんやり眺めていた。
 泣けない心の涙のように、雨は降り続いていた。

 マンションに着いて、部屋でマサトに求められるままに抱かれても、今日は素直に感じることが出来なかった。
 それでも、抱かれた後の火照りは甘く、マサトの温もりは優しい。
 ミルクはマサトのタトゥーの蛇を撫でながら、気怠い余韻に浸っていた。
 マサトは気遣うように、ずっと髪を撫でてくれている。
 ミルクは目を閉じて、マサトの心臓の鼓動を聞く。
 ・・・マサトがいれば何もいらない。
 ・・何も望まないし、何もこだわらない。
 ・・二人でさえいられれば、どんな暮らしだって出来る。
 ・・・だけど・・・
 ・・そう思うことが、マサトのいる社会的地位には、相応しくないのだろうか。
 ・・もっと社会性を身に着け、順応出来る大人にならなければいけないの?
 ・・それとも、もっと気品とか風格とかが、醸し出されるような女性にならなきゃいけない?
 ミルクは深く静かな溜息を吐いた。
「・・・ミルク・・・まだ、気にしてるのか?」
「、、ううん。、、何でもない。」
 マサトは眉を曇らせる。
「なぁ・・・俺にまで無理するなよ。悪口言われたら、もっと怒っていいんだぜ。」
「、、ミルの変わりに、マサトや、、若松さんまで、、怒ってくれたから、もういいの。、、これ以上、ミルが泣いたりしたら、きっと相手の方が辛いだろうから、、、」
「俺の胸で泣かないで、どこで泣く気だよ?・・一人では泣かせない。泣くならここで泣けッ!」
「、、ぅぅ、、、泣きたくないもん、、、」
 ミルクは唇を尖らせ、滲んできた涙をマサトの胸に擦り付けた。
「・・・バーカ・・・あんまり綺麗すぎて・・・こっちが胸が痛くなっちまうぜ。」
 マサトは切なそうに言うと、ミルクを、ギュゥッ、と抱いて、髪にキスをした。
「・・・だから惚れたんだ。・・わかるか?」
「、、、綺麗じゃないよ、、、」
「俺が綺麗だと言ったら、綺麗なんだッ!」
 マサトはミルクに覆い被さると乱暴に唇を重ね、熱い想いを伝えるようにキスをした。
「・・自分を傷つけた相手を思って、泣くことも出来ないミルクが・・痛くてたまんねぇ。・・ったく・・損な生き方しか出来ねぇ姫様だぜ。・・いいか?・・俺は戦うぜ。お前を傷つけたり、苦しめる奴は容赦しねぇ。みすみす泣き寝入りなんて、してられるかッ!」
 叫ぶように言ったマサトと、鼻がくっつきそうなほど近くで見つめ合う。
 ミルクは、ふわっ、と可憐な花のような微笑みを浮かべると、
「、、、すっごい、、、ナイト様ぁ、、、」
と、甘い息で囁いた。

<57>
「野に咲く花」
§57§「野に咲く花」

 お風呂上がりに、ダイニングテーブルでスイカを食べながら、母親と話をしているミルクの斜め前に、風呂から上がったばかりのミツルが座る。
「あー・・ダッサッ・・甚平着てるぅ。」
 ミルクは、スイカの種を吹き飛ばしながら笑った。
「汗が引かない内は、パジャマなんて着れねぇだろ。」
 ミツルは左手でうちわを扇ぎ、右手で首に掛けたタオルの端をつかみ吹き出す汗を拭く。
 まだ梅雨明けはしていなかったが、7月に入ると雨が降っていても一日蒸し暑さが続く。
 風が吹けば少しは涼しいのだろうが、今夜は軒下の風鈴がチリンとも鳴らない。
「ねぇ、ママぁ。お部屋冷房入れていい?」
「あら・・除湿でいいんじゃないの?」
「だってぇ、暑いんだもん。」
「今から冷房入れてたら、体が暑さに順応しなくなるぞ。」
 ミツルはスイカに手を伸ばして一切れ取ると、そう言って囓りついた。
 手元には小皿が用意されていたので、種を、ププッ、と出す。
「暑いと寝らんなぁーい。」
「じゃぁ、お部屋の温度が少し下がるまでにしなさい。お兄ちゃん、一時間くらいしたら、見てあげてね。」
「・・ったく・・我が侭だなぁ。体温低いんだから、せっかく風呂で温まった体を冷やすなよ。除湿で我慢しろ。」
「ママがいいって言ったもん。」
 ミルクは、プッ、と膨れる。
「剣道なんて真夏でも蒸し風呂みたいな体育館で、胴着に袴、防具までつけて練習や試合をするんだぞ。」
「だって、ミル、剣道部じゃないもん。」
「だからなぁ・・心頭滅却すれば火もまた涼し、って言葉があるように、我慢しようと思えば我慢出来る、って言ってるんだ。」
「・・・それで丸焦げになって死んじゃったら?」
「意味が違うだろッ。」
「・・ミル・・わかんない。」
「あのな・・・」
 ミツルは溜息を吐いて首を振る。
 ミツルはエアコンをあまり好まないので部屋にもエアコンを取り付けてなく、母親もミツルから注意されるので、一階も夜は自然の換気にするようにしていた。
「・・南国の先祖が嘆いてるぞ。」
「うーっわッ・・・何、その理由・・・」
「ミルクの大事な誰かさんが、南国のいにしえの姫、って恋してる実体がこれじゃなぁ・・」
 ミツルがとぼけた口調で言う。
「ぅぅぅ・・・海の暑さなら平気だもん。」
 ミルクはミツルを睨んでから、べぇッ、と舌を出す。
「だから、我が侭だって言うんだよ。何処だって暑さには変わらないだろ?」
「・・・きっと・・・変わるはず・・・多分・・・」
 ミルクは口ごもりながら三切れ目のスイカを囓る。
 母親は苦笑して、
「今日はずっと出掛けてて熱気が籠もっちゃってるから、仕方ないわ。帰って窓開けたけど風がないから湿気しか入らないのよ。お部屋が少し涼しくなるまでなら大丈夫でしょう?」
と、相変わらず口喧嘩する兄妹を仲裁した。
 それでも、以前よりミツルが言葉を気遣うようになり、兄として多少寛大になっているように思える。
 ミルクにもそれがわかっているようで、反発しながらも兄の意見はちゃんと聞いているようだった。
「母さんも甘いなぁ。・・仕方ない。30分だけ冷房を許す。後は除湿で充分。いいな?」
「・・・はーぃ・・・」
 ミルクはつまらなそうに返事を返した。

 母親はどうにか落ち着いた話し合いに微笑むと、
「あ・・ねぇ、ミルちゃん。それで、宿題とかはもうしているの?」
と、ミツルが風呂から出てくる前にしていた話に、話題を戻した。
「まだ半月授業あるもん。来週にならないと宿題のことはわかんないの。」
「そう。・・・なるべく早めに始めないとねぇ。」
「・・うん。」
 ミツルは話が見えずに、眉を寄せて様子を伺っている。
 母親がそれに気付いて、ミルクがマサトと海外旅行へ出掛ける話をした。
 母親も今日、高藤から聞いたばかりだった。
 高藤との逢瀬は、週に一、二回のペースで続いていた。
 高藤と会うことは子供達に秘密にしていることが多かったが、今日はお店の開店準備の話し合いで会った、と説明した。
「三週間の海外旅行ッ?!」
 いつもは母親の口から高藤の名前が出るのを嫌がるミツルも、それを気にしていられないほど、その話に驚いていた。
「・・・ったく・・・どうしてみんなミルクを甘やかすかなぁ・・・」
 ミツルは眉をひそめて溜息を吐く。
「マサトはお仕事も兼ねてって言ってたもん。」
 ミルクは三切れのスイカでかなりお腹がきつくなったので、おしぼりで手と口のまわりを拭きながら言う。
「仕事だけならそんなに日程はかからないんだろ?」
「・・・かも・・・」
「マサトさん、向こうのお知り合いにも、婚約者としてのミルクを紹介したいそうなのよ。」
「・・へぇ・・・どんな知り合いに?」
「それは海外にあるマサトさんの会社の方とか、取引をしているような方々でしょう?・・あ、それと婚約指輪を作って頂いた宝石店のオーナーとお友達なんですって。あちらでは、かなり有名なお店だそうよ。・・そうした関係のお知り合いもいらっしゃるんでしょうねぇ。」
 母親は別世界のことのように、ほぅっ、と吐息を洩らす。
「・・・それじゃミルクも大変だな。」
 ミツルはちょっと肩をすくめて苦い笑みを浮かべた。
 どうやら紹介されるのは、表の知り合いらしいので少し安心したが、表は表でそれなりに厄介な相手だろう。
 華やかな世界で産まれ育った根っからのお嬢様ならともかく、ミルクは極めて普通の家庭の子供なのだ。
「へ?・・・何が大変なのぉ?」
 ミルクはわからずに首を傾げた。
「あっちは社交界の本場だろ?・・立ち居振る舞いとか、マナーとか、もっと勉強してからの方がいいんじゃねぇか?」
「・・・う・・そ・・・」
 ミルクは固まって瞬きだけを繰り返す。
「向こうのお嬢様だって、社交界デビューするには色々と勉強するらしいぜ。」
「えー・・・デビューなんかしないもん。マサトは、仕事してる間は観光とかショッピングすればいい、って言ってたもん。」
「・・ふーん・・・」
「いくら何でも、社交界デビューはねぇ・・・まだ、歳だって子供だもの。」
 母親も苦笑しながら首を振る。
「でも、母さん。将来的には考えなきゃならないかも知れないよ。マサトさんの評価は海外での方が高いらしいから。・・デビューはともかく、その婚約者ともなれば注目されることは必至だろうな。・・だから、ミルクにボディーガード付けて送迎するくらい用心してる訳だし。」
「あら・・・そうなのぉ。」
 母親はテーブルに頬杖をついて、心配そうな顔になる。
 けれどミルクは、もっと深刻に不安そうな顔をしていた。
「・・・そんなの・・・ミル・・・無理・・・」
「ま、玉の輿に乗るのも楽じゃないってことだな。」
 ミツルの言葉がミルクの心の傷を刺激してしまった。
「玉の輿なんて言わないでッ!」
 ミルクは悲鳴のように叫んで、わッ、と泣き出しながら二階へと走っていってしまった。
 ミツルは取り残されたように呆然としていた。
 それほど酷い言葉だったのだろうか。
 あまりいい言葉ではなかったかも知れない、と自戒しながらも、広く一般的に使われる言葉として定着しているし、泣くほどの理由が見つからず、ミツルは眉間にシワを寄せて親指の爪を噛んだ。

 ミルクの様子を見てきた母親に、
「どうだった?」
と、ミツルが聞くと、
「何も話したくないから一人にしてくれ、って・・・」
と、母親も心配そうに溜息を吐いた。
「・・・玉の輿、って普通の言葉じゃないのか?・・・中には自分で、将来は玉の輿になる、って言う奴だっているだろ?」
「ええ。・・でも、それって相手のお金や資産が目当てみたいな言い方でしょう?・・ミルちゃんはマサトさんが好きなのだから、そう言われるのは本意ではないでしょうね。」
「・・・そっか。」
 確かに、ミルクが出会って好きになったのは、街で出会ったマサトであり、会社を経営している等の肩書きは好きになった後から知ったことだった。
 マサトが偉大であればあるほど、それを知って怖くなったり心が萎縮してしまうのも無理はない。
「・・・無神経だったな。・・謝ろう。」
「そうね。・・でも、少し落ち着いてからにした方がいいわ。・・ミルちゃん、真っ赤になって汗だくで泣いてるから、冷房を入れてきたの。お部屋が涼しくなれば気持ちも落ち着くでしょう。もう少ししたら様子を見てあげてね?」
「ん、わかった。・・・じゃぁ、部屋へ行くよ。ご馳走様。」
 ミツルは静かにそう言うと、席を立った。

 自分の部屋へ戻っても、ミツルは勉強する気になれずにいた。
 マサトから、厳しすぎる態度が相手を傷つけることもある、と言われて、気を付けるようにしていたつもりだったが、つい心配が先行して言い過ぎてしまう。
 部屋に入る前、ミルクの部屋のドアの所で様子を伺ったが、啜り泣く声しか聞こえなかった。
 マサトに泣きつかなかったのか、と怪訝に思う。
 家族として兄として、悔しい気持ちはあるが、今一番ミルクを慰められる存在はマサトだった。
 ミツルはしばらく考え込んでいたが、マサトから聞いていた番号に電話してみることにした。
―「ほほぅ?・・君から電話を貰えるとはね。」
 マサトは意外そうに軽く笑ってから、声のトーンを落とし、
―「何かあったのか?」
と、凄味のある声で言った。
 ミツルが簡単に状況を説明すると、
―「手前ぇッ、いつか殺すぞッ!」
 グァッシャンッ!!
と、凄まじい罵声と同時に、何かが砕け散った音がした。
「・・・済みません。」
 ミツルは返す言葉もなく、謝るしかなかった。
―「ただでさえ周囲から揶揄する中傷がされやすい時期に、兄貴の手前ぇがその先鋒担いでどうするッ!しかも、いらんプレッシャーまでかけてッ!」
「・・・はい。」
―「俺を誰だと思ってんだッ!そんな社交界だ、上流階級だ、なんてくだらねぇものを相手にすると思ってんのかッ?えッ?」
「・・・あなたはそれで通るでしょう。でも、妹は常識の世界で生きてきているんです。・・妹に周囲を無視出来る強さはありません。・・だから、兄として、妹が将来的に困らないようにと思ってしまうんです。・・・ただ、本当に今回のことは失言でした。あそこまで傷付く言葉と思わず言ってしまった。・・妹は泣くばかりであなたへの電話もしない。・・妹を慰めてやって下さい。」
―「・・そうだな。・・今、君と議論している暇はない。」
 そう言ったマサトから、苛立たしそうな溜息が聞こえる。
―「・・昨日、会社にミルクを呼んだ時、女子事務員達の陰口を聞いてしまったんだ。女ってのは残酷なほど、相手が傷付くポイントを心得ていて、そこを抉るように攻撃するからな。相当傷付いていながら、自分のせいでそいつ等を俺の逆鱗に触れさせたくねぇって必死で我慢してたんだ。・・だから、今夜も電話出来なかったんだろう。・・手前ぇの言ったことは、そいつ等と同じなんだぜ?兄貴として悔しくねぇのか?」
「・・・反省してます。」
―「・・チッ。俺にも責任はあるがな。・・・連絡には感謝する。いずれ、じっくり話し合おう。」
 マサトはそう言って、話を終わらせた。
 ミツルは、ふぅッ、と肩の力を抜き、首を回した。
 知らず知らずに緊張していたようだ。
 けれど、怒鳴られたのに、気分は悪くなかった。
 それだけミルクを思う気持ちが強いのだと感じられて、どこか微妙に嬉しくさえあった。
 それに、ミルクが急に泣き出した理由も、暇がないといいつつ話してくれた。
 そして、自身の非も認めた上で、連絡したことに礼を言う。
 マサトという人間が、恐れられながらも信頼され、崇拝されているのも頷ける気がした。
 地位や身分が信頼や尊敬を集めるのではない、と言うことを、実力で示しているように思える。
 ミルクが好きになった気持ちが、ようやく見えてきたように、ミツルは感じていた。

 一方、ミルクは・・・
 マサトを好きになったことを後悔するより前に、自分が生まれてきたことを呪いたいほど、追い詰められた気持ちになっていた。
 好きになった相手の為なら、どんな努力だって出来るはず、と思いながらも、いくら頑張っても届かない世界があるように思えてきてしまう。
 そして、最大限の努力を続けるだけの耐久性にも欠けていると、自分のことを思う。
 それが一番悔しくて、悲しくて、嫌いだった。
 悔しさをバネにする人もいる。
 でも、そうしようと思っても、空気の抜けたゴムボールみたいにヘタレてしまう。
 ・・・何でこんな子なんだろう。
 ・・こんなどうしようもない子、いない方がマシじゃん。
 ・・努力もしない内から諦めて、出来ないって愚図るなら、いない方がいい。
 ・・・だけど、花にだって色んな種類がある。
 ・・豪華な花瓶でも映える大輪の薔薇もあれば、小さな水差しが似合う水仙や、野に咲くからこそ可愛い蓮花やタンポポもある。
 ・・タンポポは頑張っても、やっぱりタンポポなのだ。
 そんなミルクが相応しくないと言われたら、もう存在する意味がないように思えてしまう。
 ミルクは止め処なく溢れてくる涙に咽せながら、もう何もかも投げ出して、終わらせてしまいたいほど落ち込んでいた。
 と、携帯の小さなライトが点滅していることに気付いた。
 夕方、マサトと話をした後で、マナーモードにしていたのだ。
 表示を見ると、そのマサトからの電話だった。
 ミルクはしばらくじっと眺めていた。
 今電話に出たら、きっと泣いてることに気付かれてしまう。
 もう寝てしまって気付かないことにしてしまおう。
 そう思っても、点滅するライトを見る内に、どうしてもマサトの声が聞きたくなってしまった。
 ようやくミルクが携帯を手に取って、通話ボタンを押した。
「・・・はぃ。」
―「ミルク。・・愛しているよ。」
「・・・マサト・・・」
―「ったく。・・一人で泣くな、って言っただろ?」
「・・・泣いてないもん。・・お兄ちゃんが帰ってるから電話出来ない・・」
―「その兄貴が心配して、俺に電話してやってくれ、って言ってきたんだぜ?」
「・・・え?」
―「無神経だった、って落ち込んでたぜ。・・ククッ。俺に電話してくるくらいだから、相当痛かったようだな。」
「・・・そうなんだ・・・」
 ミルクは力無く言葉を返した。
―「なぁ。・・・わかってくれ。・・俺が必要としているのはミルクなんだ。今のまま、そのまんまのミルクなんだぜ?・・いい加減、俺を信じろよ。情けなくなるぞ。」
「・・・ごめんなさい・・・」
―「そうじゃねぇだろ?・・俺は謝って貰いたくなんかねぇぞ?」
「・・・だって・・・」
―「情けなくなるのは、俺自身だよ。・・ミルクにそんなに辛い思いをさせちまってるのかと思うと、自分が嫌で情けなくなる、って言ってんだ。」
「・・ぇ・・・マサトも?」
―「世界中でたった一人、命をかけて守ると誓った愛しい相手を・・俺が泣かせちまってると思うとな。」
「・・・マサトじゃない。・・・ミルが・・・」
―「同じだろうが。・・思い上がった連中が選民意識から勝手に決めたような常識やらマナーって奴に、俺がこだわってミルクを追い詰めると思われてるってことだろ?」
「・・・違うよぉ・・・」
―「俺がどんな男か、ミルクならわかってるだろう?」
「・・・ぅぅ・・・わかんない。」
―「おいおいおい・・・」
「だって・・・マサト・・・いっぱい色んな肩書きあるから・・・ミル、わかんないもん・・・」
―「お前が好きになった男は?」
「・・・マサト。」
―「だろ?・・それだけで充分じゃねぇか。・・俺が好きになったのも、ミルク。それだけだ。ん?」
「・・・ぅ・・ん・・・」
―「将来ああして欲しい、こうして欲しい、ミルクじゃねぇんだぜ?・・色んなことを頑張って欲しいミルクじゃねぇ。・・側にいるだけで、生まれてきたことを素直に喜べる、そんな気持ちになれる、今のミルクを愛しているんだ。」
「・・・でも・・・」
―「ミルクが辛いって思うことは俺だって嫌なんだ。ミルクが嫌だって思うことは俺も苦手だぜ。・・何でそんなことを俺がミルクにさせなきゃならねぇ?・・俺にとっては戦場だから、嫌でも紳士面もしよう。・・だが、大事な惚れた女を戦場に立たせやしねぇ。草っ原で昼寝する時に膝枕でもして貰った方が、よっぽど幸せだぜ。・・だろ?」
「・・・ぅん・・・」
―「俺のフルネーム。・・お前だけに教えた漢字を思い浮かべながら言ってみろ。」
「・・・覇羅蛇 魔郷・・・?」
―「・・・わかるな?・・・それが俺なんだぜ?」
「・・ぁ・・・うん。」
 ミルクは涙をシーツで拭って頷いた。
 権力に虐げられ続けてきた覇羅蛇の郷の、恨みや悲しみに沈む闇を背負った魔郷。
 エリート意識などあろうはずもない。
 血を流し続ける魂が、華やかな煌めきの世界で癒されるはずもなかった。
 だから、マサトにとっては仕事でさえ戦場なのだ。
 ミルクはマサトを信じて、ついて行けばいい。
 そう思っていたはずなのに、いつの間にか周囲の騒ぎに巻き込まれて、お互いを求め合った本当の意味を見失いそうになっていた。
「・・・ごめんなさい。」
―「だから、謝るなッ!」
「うん。・・でも・・・マサトが戦うなら・・ミルも戦う。」
―「バーカ。・・・肩を並べる戦士はいくらでもいる。・・・ミルは俺の心の闇を照らしてくれる女神みたいなもんなんだぞ。大事すぎて人前に出したくねぇくらいだぜ。ククッ。・・女神を担ぎ出すような戦場じゃぁ先が見えてる。そんな戦いはしねぇ。勝ってこその戦なんだ。」
「・・・ぅぅ・・・女神なんかじゃないもぉーん・・・」
―「・・じゃぁ・・そうだなぁ・・・お前はあの蛇神に似てる。・・ってのはどうだ?」
「ぇ・・・似てるの?」
―「ああ。・・クックックッ。・・白くてヒンヤリしてて・・抜けてるとこがな。」
「ぁぅ・・・蛇神様って抜けてるんだぁ・・・」
―「可愛いだろ?」
 そう言ったマサトの声が、あんまり優しかったので、ミルクは何だか可笑しくなって、クスリッ、と笑って、
「・・うん。」
と、頷いていた。

<58>
「水着」
§58§「水着」

 期末試験が終わると、学園内は一気に活気づく。
 梅雨も明けない内から、気分はもう夏休みへと舞い上がっている。
「それでは、来週の土曜か日曜。金曜の天気予報でいずれかに決定しますから、なるべく参加出来るように予定を開けておいてね。」
 チャレンジクラブ部長の篠田麗子が、海水浴の日取りについてそう言った。
 持っていく物の用意は今度の週末に揃えておかなきゃなぁ、と考えながら昇降口で靴に履き替えていると、
「アリス。」
と、同じチャレンジクラブの松下花梨が声を掛けてきた。
「あ、花梨?・・何?」
「アリスはもう水着ある?」
「え・・水着かぁ・・・去年のしかなかった。・・着れるかな・・」
「去年のを着るの?」
 花梨が不思議そうな顔をする。
「やっぱ、無理かな?・・えへ・・」
「もし、これから買うなら、花梨も一緒に行かせて。日本のお店、まだよくわからないの。それにどんなのがいいのかも。」
「あ、そっかぁ。」
 花梨は今年の三月にオーストラリアから帰国したばかりのハーフだった。
 父親が日本人なので、オーストラリアでは日本人学校に通っていた為、会話には困らなかったが、まだ買い物は母親まかせで慣れてないのだろう。
「明日の午前中で良ければ、一緒に水着や他に必要な物を買いに行こうか?」
「OK!・・ありがとう。」
 ミルクと花梨は待ち合わせの場所と時間を決めて、別れた。
 明日は土曜日。
 マサトは午前中、仕事があるらしいので丁度良かった。
 ただ、可愛い水着のあるお店、となると、ミルクにもよくわからなかった。

 家に帰ったミルクは、久し振りに中学時代の友達の橘香織に電話した。
 春休みに角田美佳と喧嘩して以来、仲良し同士だった三人の関係が崩れ、美佳と香織が同じ高校で同じクラスの為、ミルクの方で二人に会うことを避けてきたこともある。
 それでも、香織はミルクの婚約を知って、お祝いの電話をしてくれたり、香蘭学園の学園祭にも来てくれたりして、友情は細々と続いていた。
「・・でね、香織ならデパート以外に可愛い水着の置いてるお店とか、知ってるかなぁ、って・・」
―「うーん・・・ちょっと気に入ってるお店ならあるけどぉ・・ミルクだけじゃ、きっと場所わかんないと思うよ。」
 香織はクスクス笑って言う。
 いつも三人で街へ行き買い物をしていた時、ミルクは道を覚えず付いて行くだけだった。
 ミルクは方向音痴の所があって、覚えたと思っていても目的地に辿り着けたことがなかったのだ。
「・・ぅぅ・・・カーナビじゃ探せない?」
―「無理無理。それに車は進入禁止の通りだもん。」
「・・そっかぁ・・・」
―「一緒に行ってあげてもいいけど?」
「ホント?・・わぁ・・・あ、でも・・クラブの友達もいるし・・」
―「私なら構わないよ。その子だって、可愛い水着が欲しいから聞いてきたんだろうし、デートじゃないんだから気にしないと思うよ。」
「・・そだね。・・・じゃぁ・・美佳も?」
―「・・・美佳とは最近付き合いないんだ。」
「え?・・だって、同じクラスでしょう?」
―「お互いに付き合う友達が全然違うから、休み時間に一緒になることもないし、全然話もしないなぁ。」
「えー・・・」
 中学時代、あれほど仲が良かった三人なのだ。
 高校が違ってしまったミルクは別としても、クラスが同じで話もしない、というのは信じられなかった。
「・・喧嘩したの?」
―「・・・喧嘩かぁ・・・どうなんだろ。・・・美佳があんまり生活が荒れてきてたから、何度か注意はしたんだけど、煩がるだけで余計疎遠になった、ってことはあるけどぉ・・」
 と、ここで香織が声を落として、小さな声で、
―「美佳さぁ・・結局上田先輩と別れちゃって、夜遅くまで街で遊ぶようになってたんだけどね・・援交してるらしいの。」
と言った。
「・・援交?」
―「援助交際。早く言っちゃえば売春よね、街で知り合ったおじさんと付き合ってお金貰うんだから。」
「そんなぁ・・?!」
―「マジだよ。お小遣い稼ぎでこんな楽な方法ってない、って一度誘われたくらいだもん。もちろん断ったけど、そしたら今度は親にチクったら仲間に報復させるから、って言われちゃってさ・・友達だと思うから注意してたのに、裏切られた気がして・・もう放っといてるの。」
「・・・そーなんだぁ・・・」
 無邪気に笑いこけていた中学時代が、遠い昔のように感じてしまう。
 ほんの三ヶ月程度の高校生活で、こうも変わってしまうのだろうか。
 けれど、ミルク自身、婚約までしている彼がいる。
 中学を卒業する時には、考えられなかったことだ。
「・・みんな変わっちゃうんだねぇ・・・」
―「私は変わってないつもりだけどぉ?・・ふふっ。ミルクだって素敵な恋人が出来て、もう彼中心の生活なんでしょう?」
「・・・かもぉ・・・」
―「ミルクの場合は、結果がいい方向へ行ったからいいけどね。・・彼に初めて会った時は、すっごい危険な人に思えたけど、青年実業家だったなんてねぇ。」
「あ・・・うん。」
―「大事にしてくれてる?」
「うん。」
―「優しい?」
「うん。」
―「プッププッ。ご馳走様だわよ。・・この幸せ者めッ。ふふっ。」
「あはっ・・・ありがと。」
 以前と変わらない香織の話ぶりに、ミルクは少しほっとして笑った。
 話し出すと止まらなくなる。
 ミルクはマサトと付き合うようになって、知らない世界を知ったりもしたが、逆にマサトと過ごす時間を優先してきたことで、世間から疎くなってしまった。
 中学のクラスメートの話題から、巷の噂や情報まで、話すネタが尽きないままに二時間以上も話し込み、母親に厳しい口調で呼ばれてようやく一階の食卓へと向かった。


 土曜日。
 ミルクの家まで来た香織と連れ立って、花梨と待ち合わせの場所に向かう。
 ミルクの数メートル後ろをボディーガードが付いてくる。
「ふーん・・これが噂のボディーガードねぇ。」
 香織は面白そうに、チラチラ、と後ろを振り返って言った。
「・・噂?」
「ママが一度、強面のマッチョな男が、ミルクの後を付いて来てるのを見たんですって。・・まだ、婚約発表してない頃だったから、有栖川家のお嬢さんは悪い男にストーカーされているんじゃないか?って商店街で噂になってたらしいよぉ。」
「うぇぇッ・・・ヤダァ・・・」
「でも、あの前代未聞のパーティーが新聞に出て、みんな、”そーだったのかぁ!”って納得したんだって。」
「・・買い物へ出るのは控えてたのになぁ・・」
「気にしないで堂々として、ドンドン出掛ければいいじゃん。本人が気にしないで普通にしてれば、その内周囲だってそれが普通だって思うようになるもんだよ。・・たまにしか姿が見れないから、余計興味が引かれちゃうんだから。」
「・・香織は相変わらず、しっかりしてて・・いいなぁ。・・ミル、時々めげちゃうから、情けなくって・・」
「強く見られるのも、可愛げがない、って言われて、損な時もあるものなのよ。・・私にしたら、ミルクってつい守りたくなる可愛さがあって、いいなぁって思うもん。」
 香織はミルクの肩を、ギュッ、と抱いて、頭を撫で撫でした。
「ミルクくらい面倒見たくなる子って、まだ会えないから寂しいぞ。」
「あははっ。じゃぁ、ミルの面倒見てくれぇ。」
 ミルクは以前のように、香織の肩にスリスリと顔を擦り付けた。
 香織も笑って、
「フィアンセが妬かない程度にね。」
と言って、ウィンクをした。
 途絶えがちだった友情が復活して、ミルクは、ずっと落ち込みがちだった気分が晴れるように感じた。

 花梨には、中学の時の友達が案内してくれるからと、電話で話してあった。
 花梨はハーフ特有の可愛さがあり、性格も大らかだったので、すぐに香織とも仲良くなれた。
 香織の案内してくれた店であれこれ迷いながらも、それぞれ水着を選び、サマーバッグやビーチサンダルを購入した。
 香織は色々な店を知っていて、他にもあれこれと必要な物に応じた店へと案内してくれた。
 ついでにアクセサリーや化粧品も買ったりして時間が過ぎ、すっかりお昼になっていたので、ミルクと香織と花梨の三人は、バーガーショップの二階でランチにすることにした。
「香織が色んなお店を知っていて、助かりました。ありがとう。」
 花梨が嬉しそうにお礼を言った。
「どういたしまして。ふふっ。・・これからも、良かったら誘ってね、花梨。」
 お互いを名前で呼び合うほど気が合った二人は、電話番号を教え合った。
「中学の時から、香織ってお店に詳しかったよね。で、香織が案内してくれるお店って、いっつも可愛い物が揃ってて。・・どうやって情報を手に入れるのぉ?」
「別にたいしたことじゃないけどぉ・・雑誌とかで気に入ったり興味がある物があると、そこに紹介されてるお店へ行ってみたり・・可愛い小物を持ってる子に、何処で買ったのか聞いたり・・ね。」
「へぇ・・・でも、その割に香織自身はサッパリ系が好きなのにね。」
「私じゃ似合わないもん。だから、可愛くて似合いそうな子に教えてあげるのが、けっこう楽しみなのよ。」
 香織はバーガーに囓りついて、にっこり笑った。
「そーなんだぁ・・」
 ミルクは感心して瞬きしながら頷いた。
 中学の頃は当然のように付いて行っていたので、そこまで気にすることもなかった。
 それが、高校に入って友達と買い物する機会がなくなってみると、自分一人で行ける店がほとんどないことに気付いた。
 流行りにも疎いし、何が自分に合うかもわからない。
 マサトが連れて行ってくれるお店は、高級ブランドか、極端に趣味に走った過激な店かのどちらかだった。
 女友達のありがたさを、離れてみると実感する。
「アリスは、フィアンセがお店に連れて行ってくれたり、買ってくれたりするんでしょう?」
「・・ん・・たまにね。・・・でも、普段着れないような服とかで・・普段着が欲しい、って言うと、すっごいパンクなお店とか行っちゃう。」
 ミルクは苦笑しながらシェークを吸った。
「パンク?」
 花梨がナゲットを頬張って、目を丸くする。
「革製の服とか迷彩服とか・・ドクロの絵のTシャツとか・・」
 ミルクが顔をしかめて首を振るので、花梨も香織もクスクスと笑った。
「それじゃぁ可哀想だよねぇ。ミルクはやっぱり可愛い方が似合うもん。」
 香織がミルクの肩に手を掛けて、軽く頬にキスをした。
 ミルクはくすぐったそうに首をすくめ笑う。
 別に中学時代からそれくらいは普通だったので、ボディーガードが近付いて咳払いをする必要はなかったが、香織は苦笑して肩の手を離した。
 花梨がその様子に眉をひそめ、
「あまり大事にされ過ぎても、大変ね。アリス。」
と、小声で言った。
「ミルクはそーゆーのは気にしない子だから。・・それに、ほんっと放っとけない所あるし、彼氏の気持ちもわからなくはないわね。ふふっ。」
 香織はそう言って、バーガーを囓ると、コーラを飲みながら窓の外を何気なく眺めた。
「あ・・・美佳ったら・・・」
 香織の言葉にミルクも体を伸ばして外を眺める。
「ホントだぁ。・・・けっこう若い彼氏がいるんじゃん。」
 20代前半くらいの前髪の長いシャレた男と並んで歩いている美佳を見て、ミルクが言うと、
「あれって、多分ホストだよ。」
と、香織が声を潜めて囁いた。
「え?・・・嘘ぉ・・・」
「噂は聞いてたの。・・でも、こうやって見るまでは半信半疑だったけど・・あの派手さはやっぱりホストっぽいじゃん。」
 言われて、ミルクはもう一度よく眺めてみる。
 前髪を掻き上げた男の腕にはめられた時計が、薄曇りの合間から零れてくる陽射しに眩しく輝いた。
「・・・あれがホストってものなんだぁ。」
 ミルクは、ふーん、と頷き、体を戻して、ポテトをつまむ。
「あそこまでお洒落に気を使って、高級品を見せびらかすように着けてるのは、普通あの歳ではいないでしょう?」
「・・・そーなんだぁ。・・でも、ホストを職業にしている人が彼氏だと、何かマズイの?」
「あー・・これだもんねぇ。やっぱミルクってしっかりガードして貰わなきゃ、危なっかしくて・・」
 香織が呆れたように首を振る。
「あれは彼氏なんてものじゃないわよ。・・お店で高いお金払ってお酒飲んで、高級な貢ぎ物をさせる為に、女の子の機嫌を取ってるだけだもん。」
「・・・美佳がホストクラブに?・・・ほぇ・・・?」
「どこがいいのか、私にはわからない。・・・だけど、ハマっちゃう子って、けっこういるらしいよ。」
 ミルクはポテトをくわえたまま、考え込んでしまった。
「ま、ミルクはホストなんて存在とは縁がないだろうけどね。・・しょうがないから、また喧嘩覚悟で美佳に注意してみるよ。ホストに深入りしていいことなんてあるはずないもん。」
「・・うん。・・・ごめんね。ミル、何にも知らなくて・・」
「ほーらッ。ミルクの責任じゃないでしょう?・・そんな顔しないの。・・・美佳って前から大人の世界を知りたがるとこあったじゃん。中2で彼氏作ったりさ。」
「ローティーンで恋人いるのは普通でしょう?」
 ずっと聞き役に回って黙っていた花梨がそう言った。
「んー?・・外国ってそうなの?」
「友達とかに聞くと初体験は早いみたい。・・でも、飲酒とかに関しては、日本よりも厳しいと思うけど。身分証明がないと、そーゆーお店には入れないから。」
「へぇ・・・日本は若い子のセックスとかには批判多いのに、お酒とか夜の店なんて一応禁止しててもいい加減なのにねぇ。」
「人を好きになる、っていう気持ちは子供でも大切にしてくれるの。・・でも、日本みたいに、知らない同士が出会い系サイトとかで簡単に会って関係する、なんてことは信じられない。・・お金で関係が成り立つなんて犯罪だ、って、ママが怒ってたもの。そうした情報が誰でもすぐに手に入る雑誌とか、年齢関係なく売ってるでしょう?・・だから、携帯電話も買って貰えないのよぉ。」
「なるほどぉ。・・・でも、それが正しいのよ。日本ってどうかしてる。」
 香織は、うんうん、と納得しながら頷いていた。

 仕事を終えたマサトから、迎えに行く、と電話があったので、三人は話をしながらマサトが来るのを待った。
 香織と花梨はマサトに挨拶をすると、すっかり仲良しになっていたので、これから二人で映画に行くから、と言って、ミルクと別れていった。

 マンションでミルクが買ってきた水着を着させたマサトは、思い切り顔をしかめて、
「そんな露出が多いのを着るのか?」
と、怒り出してしまった。
「え・・・でも、上に薄い服を羽織るし・・・」
「許さんッ!」
「えー・・・せっかく買ったんだからぁ・・・花梨だって、色違いで同じのを買ったもん。」
「他の女はどうでもいい。ミルクは俺のフィアンセなんだぞ。恋人募集中の女じゃあるまいし、そんなに可愛さをアピールするこたねぇだろッ?」
「・・・だって・・・これくらい普通だよぉ。中にはもっとハイレグだったり、露出するのもあったもん。」
「上下が繋がってる奴だってあるだろ?」
「そんなの友達に笑われちゃうよぉ。・・ビキニタイプの方が、着替えとかトイレとか楽だしぃ・・」
「とにかく、それは許さんッ。・・買い直しにいくぞッ。」
 マサトは怖い顔でそう言うと、ミルクが服に着替えるのを待って、デパートへと車を走らせた。
 そして、タンキニというタンクトップとパンツの組み合わせの水着を、
「これくらいならいいだろう。」
と言って、買ってしまった。
 パンツも股まで隠すタイプで、そのまま街を歩けそうなほど、服に近いデザインの水着だった。
 マンションに戻る車の中で、
「・・せっかくお揃いで可愛い水着買ったのにぃ・・・」
と、ミルクが唇を尖らせて拗ねていると、
「そっちのは旅行に持っていけばいい。クルーザーで海に出た時に着ればいいだろ?・・ククッ。俺の前だけなら、いくらでも露出していいぜ。」
と、マサトが笑った。
 ミルクも、そうかも、と納得して、やっと笑顔になって頷いた。

 マンションのベッドで、マサトに抱かれながら、ミルクはふと美佳のことを考えてしまった。
「・・どうした?」
 浮かない表情になったミルクに、マサトがキスをしながら聞く。
「・・まだ水着のことが気に入らないのか?」
「、、ぅぅん、、、そうじゃないの、、、」
 ミルクは熱く目を潤ませながら、香織から聞いた美佳のことを話した。
 繋がったまま、ゆっくりとマサトが体を上下させる。
「、、ぁぁ、、、ん、、、」
 時々、たまらずに感じて仰け反るミルクの髪を優しく撫であげて、マサトは話の先を促しながら聞いていた。
「・・ふん。・・ホストにハマったら、ガキの遊び程度の売春じゃ追いつかねぇだろうぜ。」
「、、、そしたら、、、お店に行けなくなるから、、、別れる?」
「クックッ。そんな甘いホストクラブなんてねぇよ。・・ツケで散々遊ばせておいて、払えないほど貯まってから請求する。」
「、、ぇ、、、何でぇ?」
「親に言われたくなければ、どんなことをしてでも払え、って半ば強迫して、稼ぎのいい仕事をさせるのさ。」
「、、、そんなぁ、、、」
 キュゥゥッ、、とミルクの膣壁が収縮して締め付ける。
 マサトはちょっと眉間にシワを寄せ、呻いて息を吐く。
「・・ミルクが気にすることじゃねぇだろ?・・自分でそうした世界に落ちていったんだ。その結果の責任は自分で取らなきゃなぁ。クククッ。」
「、、、でも、、、香織だって心配してるし、、、」
「それで聞くような奴なら、とっくに引き返してるだろうが。・・友達を脅すようになったら、もう友情なんて終わりだぜ。」
 マサトは冷たく言ってから、泣きそうになっているミルクに熱いキスをしながら、萎縮してしまった体を解すように愛撫した。
 ミルクはマサトにしがみつき、体を走る快感に意識を絡め取られそうになりながら、明と暗に別れてしまった運命の過酷さを思った。
 美佳が付き合っているホストとマサトと、どちらが深い闇にいるかと言えば、マサトだろう。
 ミルクも闇に潜む悪を承知で、マサトの全てを愛しているのだ。
 危険を承知で愛していることでは、美佳と変わらないように思えた。
 それでも、ミルクはマサトといられれば、それが幸せだった。
 ・・・美佳は幸せ?
 ミルクは、何も出来ないかわりに、美佳が幸せでありますように、と祈っていた。

<59>
「地下デート」
§59§「地下デート」

 日曜日、マサトが組織の仕事がある為、朝から地下アジトへと出向いていた。
 総裁室の隣りにあるミルクの為に用意された部屋には、”アリス姫のお部屋”と書かれたプレートが掛かっている。
 部屋の内装はほとんど以前と変わらないメルヘンチックなものだったが、その奥にシャワールームが新たに設置されていた。
 マサトが海外へ仕事で出掛けている間を利用して、リニュアルしたらしいが、地下では部屋を一つ増やすだけでも大変だろうと思ってしまう。
 初めてシャワールームを見た時は、思わず「掘ったの?」と聞いてしまった。
 景山は詳しくは話さなかったが、総裁室から抜けられる通路が壁の向こうにあって、その通路を少し移動してシャワールームの為の空間を確保したらしい。
 一体地下がどのような構造になっているのか、ミルクにはさっぱりわからない。
 未だに案内されないと、迷ってしまう。
 病院のように目的地までのカラーラインでも廊下に引かれていればいいが、外部の者が万一侵入しても奥まですぐに辿り着けないようになっているので、道標など書かれてあるはずもなかった。
 地下アジトの広さに驚くミルクに、マサトは、これでも小さい方だ、と言って笑った。
 日本では本格的な訓練が出来ないので、海外の一つの島を買い取って秘密基地にしていると言う。
 今度の旅行では、そこへも連れて行ってくれるらしい。
 それを聞いたミルクは、退屈しないといいけど、と吐息まじりに思い、荷物にゲームや面白そうな本も詰めよう、と考えていた。

 地下アジトに来ると、マサトの表情が生き生きと輝いてくる。
 押さえ込んでいたオーラが、メラメラと音を立てて燃え盛っているように思える。
 それはマサトだけでなく、若松や他の人達も生き生きとして楽しそうな顔になるのだ。
 ミルクも、会社や外でマサトと会う時みたいに緊張しないでいられるので、地下で過ごす時間がけっこう好きになっていた。
 マサトは仕事で側にいないことが多かったが、変わりに遊び相手をしてくれる人達がいたし、ゲームも本もビデオも豊富に揃っていて退屈することがなかった。
 ミルクスネークのミルミルとも、お互いに慣れてきたようで、アクセサリーのように首に巻き付いてご機嫌そうにチロチロと赤い舌を出したりする。
 マサトのように不思議な口笛で蛇を操ることは出来なかったが、話し掛けていると何だかわかってくれるような気がした。
 ただ、何時間も部屋に籠もっていると体が鈍ってしまうので、時々広い地下を探検がてら散歩したりした。

 今日は若松もマサトにずっと付いているので、ミルクの相手は田代と福島が任され、後ろにはいつものボディーガードが控えていた。
 ボディーガードは数人が交代制でしている上、ほとんど会話しないので一応紹介された時には名前を聞いていたが、すっかりミルクの記憶から氏名が消え去っていた。
 だから、必要があってミルクが呼ぶ時も、”ガードさん”になってしまっていた。
 田代と福島は、以前マサトが怒りに激昂していた時、ミルクに助けられて以来、ミルクへの忠誠を心で誓うほど心酔していたので、どんな遊びでも嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれる。
 ミルクが些細なことで笑っても一緒に笑ってくれるし、しょーもないママゴトの真似事をしても楽しそうに相手をしてくれる。
 真剣な表情をしたら、どちらかと言えば怖く感じる顔つきをしていたが、目尻を下げて笑う顔を見ていると、とても犯罪に手を染めているように思えない。
 マサトもそうだが、皆、笑顔が優しげなのは覇羅蛇の郷の特徴なのだろうか。
 多分、強面の奥に隠した素朴で純朴な心が、警戒しない笑みから零れ出すからだろう。
 だからミルクは、彼等がどんな犯罪を犯していようと、誰一人捕まって欲しくなかったし、危険な仕事で命をなくして欲しくなかった。
 そうした思いが、自然とミルクの態度からも滲み出し、ミルクと向き合う人々の心がそれだけで癒されていることを、ミルク自身は知らなかった。

 昼時になって、ようやくマサトが顔を出した。
「キャァーッ!・・ダメダメェェーッ!・・そこッ、しゃがんでッ・・ジャァーンプッ!」
 ドアを開けた途端にミルクの叫び声が聞こえたので、若松が、ビクッ、と身構え、屈み込んでからジャンプした。
 マサトが眇めた横目で、シラーッ、と若松を一瞥し、
「・・バカ者。」
と、小声で言ってから、TVに向かって叫んでいるミルクに、
「何やってんだ?」
と、声を掛けた。
 それでやっと気付いたミルクは、笑顔をマサトに向け、
「あ・・今ねぇ、どうしてもクリア出来ないダンジョンを、田代さんにやって貰ってるのぉ。」
と、嬉しそうに答えた。
「後少しだから、待っててね。」
 そうミルクは言ったが、総裁を待たせることの恐れ多さに、田代の手元が狂ってしまった。
「あーッ・・・・・何でぇ?・・・後少しだったのにぃ・・・」
 ミルクが残念そうに口を突き出すと、田代は、
「す・・済いません。・・・ボスッ、お疲れ様ですッ。」
と、ミルクとマサトに交互に頭を下げた。
「ククッ。また午後にでも再チャレンジして貰えばいい。・・田代、ミルクの相手、ご苦労。休憩していいぞ。」
「はいッ。・・では、失礼します。」
 ムートンから立ち上がった田代は、後ろのソファーでゲームを眺めていた福島と共に姿勢を正して頭を下げると、ミルクの部屋を出ていった。
 警備の男は若松に顎で指示され、廊下に出て入り口に立った。
「今日は待たせてばかりで悪いな。」
 マサトはミルクを抱き上げてソファーに座ると、優しく囁いてキスをした。
「ううん、大丈夫。・・ここってマサトの腕の中にいるみたいに落ち着けるから・・」
 そう言いながらも、ミルクは甘えて唇を重ねる。
「お昼の後は、少し室内運動をしよう。」
「・・ぇ・・ぁ・・・」
「特盛りのうなぎ弁当が届いているから、ガンガンに精力つきそうだぜ。クククッ。」
「・・・エッチィ・・・」
 ミルクはクスクス笑って、マサトの首に鼻を擦りつけた。
 微かに血の臭いがする。
 どんな仕事をしているのかは聞かない。
 今、ここにいてくれるマサトだけで充分だった。

 約束の言葉通り、お昼を食べた後、マサトはミルクを激しく責め立てた。
 ベッドのフレームにつかまっていなければ、体が前に押し倒されてしまうほど、後ろから激しく突き上げられる。
 石のように固くなった蛇竿が、グイグイ、とめり込んでは膣壁を強く擦り上げる。
「、、ぁぁ、、、あぁッ、、、ぁぁん、、、」
 ミルクは目を閉じて仰け反り、よがり声をあげる。
 瞼の裏側が眩しいほどの光りにスパークしている。
「ぁぁぁ、、、ぁぁん、、、めちゃめちゃ感じちゃうぅぅ、、、」
 腰をくねらせて、自分からも当たる場所を微妙にズラしていく。
「あッ、、、あぁん、、、あぁぁ、、、イク、、、ぁぁ、、、イクッ、、、イクゥッ、、、あぁぁぁ、、、」
 ミルクが体を緊張させ、ぷるぷる、と痙攣する。
 マサトはミルクを引き寄せて膝に座らせると、後ろからしっかり抱き締めて、絶頂の痙攣が治まるのを待ってやった。
「、、、スゥゥ、、、ハァァッ、、、マサトぉ、、、」
 熱い息を吐いて、ようやくミルクが声を出した。
 肉襞が、まだヒクヒクと痙攣を続けている。
「、、、ぁ、、、マサト、、、まだ、、、?」
 繋がった部分にまだ固い存在を感じて、ミルクが不思議そうな顔になる。
「安全日じゃないから、中出しはやめておこう。」
「、、、ぅ、、ん、、、」
 ミルクは自分だけがイッたことに少し残念そうに頷いた。
「変わりに・・・ミルクの胸でいかせてくれ。」
「、、、胸、、、??」
 ミルクは意味がわからず、首を傾げる。
 マサトは、ズルッ、と長い蛇の胴体を蜜壺から抜き出すと、ミルクを仰向けに寝かせた。
 それから、バスタオルをシャワールームから持ってきて背中の下に広げて敷くと、同じく持ってきたボトルからヌルヌルとするローションをミルクの胸にかけ始めた。
「、、、な、、、に、、、?」
 ヒヤッ、とした感触にミルクがビックリしていると、
「クックックッ。すぐにわかるよ。」
と、熱い掌でローションを胸全体に万遍なく塗る。
 ミルクの白い二つの山が、テカテカ、と光る。
「・・これぐらいでいいだろう。・・じゃぁ、ミルクは胸を両側から中央へ押し上げて。」
「、、、え、、、」
 マサトがミルクの手を取って、
「こうやるんだ。」
と教える。
 ヌルヌルとして滑りやすく、あまり気持ちのいい感触ではなかった。
「、、ぅぅ、、、どぉーするのぉ?」
 マサトはニヤリと片頬で笑うと、真っ赤な顔で硬直している蛇を、山の谷間に滑り込ませた。
「、、、ぅぅぅ、、、こんなの、、、ヤぁぁ、、、」
 ミルクが目をうるうるさせて抗議する。
 マサトはゆっくり腰を動かして、蛇の胴体を上下させながら、
「・・命令だぞ。・・ん?」
と、人差し指でミルクの鼻の頭を軽く叩いた。
 ミルクは、クスン、と鼻を啜り、
「、、、はぃ、、、」
と答えた。
「顎を引いて・・頭が近付いたら、舌で穴や縫い目を舐めるんだ。・・いいな?」
「、、、はぃ、、、」
 ミルクは言われた通り、胸の谷間を突き抜けてきた先端を舌先で舐めて刺激する。
 手が滑って押し上げていた山が崩れると、マサトのシッペが胸の膨らみに容赦なく飛ぶ。
「、、ぁぅぅ、、、ごめんなしゃぃぃ、、、」
 ミルクはすぐにまた胸を押し上げ、マサトの蛇竿を包み込む。
 ズルッ、、、ズルズルッ、、、
 蛇は次第に速度を上げて、谷間を上下に動く。
 白い山だった肌が擦られて、ピンク色に染まっていく。
 蛇の熱さと擦られる熱で、谷間も熱くなっていく。
 マサトがローションを継ぎ足したので、更にヌルヌルと滑ってしまう。
 ビシッ!ビシッ!
 数度続けて叩かれ、胸の赤い指痕から血が滲む。
「、、クフンッ、、、ごめんなしゃぃぃぃ、、、ぁぅぅ、、、」
 ミルクは滑る胸を必死に押し上げる。
「もっと舌を動かせ。」
「、、ぁぃ、、、」
 ローションまみれになった蛇の頭を舌で忙しく舐め回す。
 ほんのりイチゴの味がする所をみると、食べられる原料らしい。
 それでも、溢れてくる我慢汁と入り交じって、微妙に生臭い。
 マサトは押しつけるようにして、更に早く動かし始めた。
 グチュッ、、ズルッ、、ズルッ、、グチュッ、、、
 眉間に苦悶のシワを寄せ、腰を振るマサトから、
「・・あぁぁ・・・うぅぅ・・・」
と、喘ぎ声が洩れ出す。
「はぁぁ・・・気持ちいいぜぇ・・ミルク・・もうちょっと我慢しろよぉ・・」
「、、ぁぃ、、、」
 ズルズルッ、、グチュグチュッ、、、
 ドクン、、ドクン、、と熱い鼓動まで伝わってくる。
 ミルクは何故か膣が収縮して、感じてきている自分に気付いた。
「、、ぁ、、、ぁぁ、、、マサトぉ、、、」
 両足をキツク閉じて、太腿をピッタリと重ね合わせると、子宮の奥まで快感が駆け上っていく。
 ビクンビクン、、と痙攣し始める肉襞を感じながら、懸命にマサトの蛇を押し包む。
「、、ん、、、ぁぁぁ、、、」
 ミルクの表情が恍惚としてくるのを見て、
「・・いい子だ。・・お前も感じてくれて嬉しいぜ。」
と、マサトが愛しそうに熱い眼差しを注ぐ。
「、、ぁぃ、、、ぁぁ、、、ぁん、、、」
「よしッ。・・一緒にイケるか?」
「、、、ぁぃ、、、」
 マサトは小刻みに腰を振り始める。
 ミルクも息を詰めて、股間に力を込める。
「、、あ、、、ぁぁぁ、、、あぁ、、、あぁぁぁ、、、」
「くぅぅぅぅ・・・うぁぁぁぁ・・・あ・・・はぁぁ・・・」
 ミルクの顔と胸に、思い切り白濁液が放出された。
 マサトは最後の一滴まで絞り出し、大きく深呼吸をした。
 それから、目を閉じて荒い息をしているミルクの胸をタオルで拭ってやり、髪を撫でて頬にキスをしながら、
「・・よしよし。・・・上手だったよ。」
と、満足そうに囁いた。
 ミルクは目を閉じたまま、小さく頷いた。
「御褒美にもっと高みまでイかせてやるぜ。」
 そう言ったマサトは、中指と薬指を蜜壺に差し込み、ポイントを責め始めた。
「、、あ、、、ぁぁッ、、、ぁぁぁッ、、、」
 ミルクが大きく仰け反り、腰を浮かせる。
 女の射精とも言うべき潮吹きをさせようとしているのだとわかる。
「、、、んー、、、マサトぉぉ、、、」
「感じていろ。」
 マサトは忙しく膣壁を擦り続ける。
 手を返して、反対側の裏Gスポットも丹念に擦って刺激する。
「あ、、、あぁぁッ、、、あぁぁぁぁッ、、、漏れちゃうぅぅぅ、、、」
 ピュッ、、、ピュピュッ、、、ピュゥゥーーッ、、、
 勢い良く、透明な液体が飛び散る。
 勢いが余った飛沫が腕に反射して、マサトの顔にまでかかる。
「、、、ぁぅぅ、、、」
 ミルクが泣きそうに呻くのを、マサトは簡単にタオルで顔を拭ってから、優しく抱き締めた。
「愛してるぜ。・・可愛い俺のミルク。」
 そうして、ミルクの興奮と痙攣が治まるまで、キスをしながら待ってやってから、新しい大判のタオルを持ってきてミルクを包んで抱き上げた。
「、、、ぇ?」
 ミルクは陶酔から醒めきらないぼんやりした顔で首を傾げる。
「少し寝るといい。・・が、ベッドがあの状態じゃ、ゆっくり寝れねぇだろ?」
 マサトは苦笑して、ドアの外の若松を呼び入れた。
 ミルクは恥ずかしさで真っ赤になり、マサトの胸に顔を埋めて隠れていた。
 若松は心得ていて、すぐにシーツを新しく敷き直してくれた。
 真新しいシーツはパリッとしていて、しかもヒンヤリとして気持ち良かった。
 マサトの温もりを感じながら髪を撫でられる内に、ミルクはすぐに深い眠りに誘われていった。
 ミルクが熟睡したのを確認して、マサトはそっとベッドを離れると、シャワーを浴びて、また仕事に戻っていった。

 たっぷり二時間は寝た後、ミルクはシャワーを浴びて、服を着た。
 けれど、服を着たものの、気恥ずかしくて外に声を掛けられなかった。
 仕方なく一人でゲームをしていると、ドアをノックして田代が顔を出した。
「そろそろお目覚めじゃないかと・・・」
 そう言って、さり気なく笑いかけてくる。
「あ・・・うん・・・」
「今度はちゃんとクリアさせますからね。」
 田代は手で操作する仕草をして見せる。
「・・うんッ。」
 ミルクはまだ微かな気まずさはあったが、にっこりと微笑んで頷いた。

<60>
「クラブの海水浴」
§60§「クラブの海水浴」

 翌週の土曜日。
 まだ梅雨明けはしていなかったが、麗子の判断でチャレンジクラブの海水浴が決行された。
 晴れ間を待ち侘びていた人々が一斉に海へと繰り出したのか、混み合う電車に乗って海水浴場へと向かった。

 海の家の使用料を払って、着替え室に行く。
「アリス?・・どーしたのぉ?」
 花梨がアリスの水着を見て、目を丸くする。
「あらぁ・・・洋服と変わらないわねぇ。」
「アリス、色違いで花梨と同じ水着を買ったのに・・・」
「・・ぅん・・ごめん。・・・彼があの水着じゃダメって言うんで、変えたの。」
 そう言って、ミルクはその水着の上に、更に薄地のアロハを羽織り、裾をハイウェストで縛った。
「クスクスッ。海の家のバイトさんみたいね。」
 麗子が苦笑して言う。
「アリスの彼って独占欲強いみたいね。」
 花梨はちょっと肩をすくめて溜息を吐く。
「まぁ、いいじゃないの。それだけ思われたら幸せよ。」
 麗子がイジケそうなミルクの肩を軽く叩く。
「・・はい。」
 ミルクは恥ずかしそうに小さく頷いた。

 浜辺へ女子部員達が行くと、着替えの早い男子達がシートを広げて場所取りをしていた。
 麗子や花梨の水着姿に口笛を吹いた男子も、ミルクの格好に、
「決定!・・アリスは買い物担当な。」
と言った。
「えー・・・何でですかぁ?」
「だってなぁ?」
「そうだ、そうだ。その格好じゃビーチバレーで思わず胸がポロリ、なんてことは絶対ねぇしなぁ・・」
「そうそう。走っても、胸が揺れないし・・つまんねぇじゃん。」
「・・ぅぅぅ・・・」
「こらッ!何を期待してるのッ!・・不心得者の男子はかき氷を女子に奢ることッ!」
 麗子に怒鳴られ、
「うぃーっすッ!」
と、男子は苦笑いを浮かべて走り出した。

 晴れ渡った空に輝く海原。
 音楽の流れる有線が、梅雨明け宣言が出たとニュースを報じていた。
「やっぱり今日にして正解だったわね。明日はもっと混むわよぉ。」
 麗子がかき氷を、シャクシャク、とつつきながら満足そうに言った。
 男子は、まずは日焼け、とばかりにオイルを塗って寝そべっている。
 ミルクは日に当たってもあまり赤くもならず、日焼けもしなかったので、陽射しのピリピリ感から保護する日焼け止めクリームを塗っていた。
「海風って気持ちがいいですね。」
 ミルクもかき氷を、シャクシャク、つついて、目を細めて水平線を眺めた。
 遊泳禁止の沖合ではジェットスキーをする人達やバナナボードに跨って波乗りをしている人達がいる。
 更にその向こうには白いヨットが浮かんでいた。

「・・・おい。・・・もっと近付けねぇのか?」
 白いヨットから双眼鏡で浜辺を観察しているマサトが言う。
「遠浅の海岸ですから、これ以上は無理でしょう。」
 釣り糸を垂らす景山が答える。
「チッ。・・ゴムボートにすれば良かったぜ。」
「それではあまりにも不自然で、保安員に目を付けられてしまいます。・・そんなにご心配なら、海水浴に参加されるのをお止めになればよろしかったものを・・」
 景山は忍び笑いを洩らし、巻き上げた糸のエサを替えると、また釣り竿を振って遠くへ飛ばす。
「・・そこまで雁字搦めに締め付けたら、ミルクが煩がるだろうが。」
 他人事のように取り合わない景山を横目で睨み、マサトは舌打ちをして双眼鏡を覗く。
 ミルクが心配でたまらず、丁度時間的にも余裕があったこともあり、聞いていた目的地にヨットで先回りして、苛立ちながら様子を見ているマサトは、どこか子供っぽい。
 そんな事を口が滑って言ってしまっては、どんな怒りを買うか知れないので、一応返事だけは真面目に返す景山だった。
 若松はなるべく関わらないように船尾でマストの調整をしている。
「アリス様なら素直にお聞き入れなさると思いますが・・」
「・・あまり嫉妬深いと思われてもな。・・・あ・・・」
「何か?」
「帽子被ってねぇじゃねぇか。ちゃんと持って行け、って言ったのに・・。こんなに晴れてると日射病になっちまうぜ。サングラスだってしねぇと、目が紫外線で腫れちまう。・・クソッ。」
 マサトは携帯電話をヨットパーカーのポケットから出して番号を押す。
 景山は、やれやれ、と苦笑を噛み殺し、釣り糸の浮きをのんびりと眺めた。

 電話で指示を受けたボディーガードが、ミルクに近付き、
「アリス様。・・帽子とサングラスをお召しになられた方が、よろしいかと存じますが。」
と、低い声でボソリと言う。
「えー・・・海風が気持ちいいんだもん。もう少し暑くなったら被るから・・」
「いえ。帽子とサングラスを。」
 ガードの男が顔を近付けて念を押す。
 ミルクは、プゥッ、と膨れて睨んでみせるが、男の頑なな態度に諦めて、帽子を被りサングラスをした。
 ボディーガードは納得したようにお辞儀をすると、また後ろの方へ下がっていった。
 ミルクはふと気が付いて、後ろを振り返り、
「ねぇ。・・ガードさんは帽子被らないのぉ?」
と、声を掛けた。
 一応アロハシャツに短パンという、浜辺で浮かない格好をしてくれているのは良かったが、マッチョな男がじっと座り込んでいるのは、それだけで充分怪しかった。
 ミルクに言われて、帽子がない男は困ったように固まってしまったが、首に掛けていたタオルに気付き、頭に巻いて縛った。
 ミルクは、ふーん、と頷きながら、また海に視線を戻した。
 麗子と花梨はこんがり小麦肌派らしく、シートに寝そべってクスクス笑っている。
 ミルクはぼんやり海を眺めながら、小さくあくびをした。
 退屈というのではないが、昨夜遅くまで本を読んでいたこともあり、寝不足と暑さで眠くなってきてしまった。
 今週になって、夏休みの宿題や課題が出されたが、ミルクはあまりの多さに目眩を感じた。
 内容も難しいものが多く、中学の頃のワークとは格段の差だった。
 そうは言っても嘆いても仕方ないので、読書感想文を書こう、と本を読み始めた所なのだ。
 ・・・本、持ってくれば良かったかも・・・
 ミルクはまた手で隠しながらあくびを洩らした。
 ・・・眠い・・・
 ミルクはそのまま後ろに倒れ、脱げかけた帽子を顔に被せて目を閉じた。
 ・・・スピーカーの音、うるさい・・・
 ミルクは打ち寄せる波の音に意識を集中する。
 すると潮騒だけが耳に響き始める。
 優しく穏やかな静寂、とも言える潮騒だけの世界。
 もうスピーカーから流れる音楽も、はしゃぐ声も耳に入らなかった。
 ・・・気持ちいい・・・
 そう思った時には、睡魔に引き込まれていた。

 ヨットでは、ミルクが帽子を被ったので、マサトが、うんうん、と頷いていた。
「よしよし。・・あのサングラス、ミルクによく似合ってるぜ。」
「そうですね。・・肌がお白い方ですから・・黒も一層映えられます。」
「だろう?・・あぁ・・可愛いなぁ。・・・ん?何ガードの奴と話してんだぁ?・・・ククッ。注意するなら自分も被れってか?・・帽子代わりにタオルを巻いたぞ。」
「アリス様らしいですね。いつも周りの者達まで気遣ってくださいます。」
「ああ。・・・優し過ぎて・・自分を守る術を知らない。・・・だから、どうしても心配になっちまうんだ。」
「・・・確かに。」
 それには景山も同感のようで、眉を寄せて頷いた。
「あッ!・・・ミルクが倒れたッ。」
「は?」
 景山が自分の手元の双眼鏡を覗く。
「・・・横になられただけでしょう。」
「・・・・・何で人前で寝るんだ・・・・・」
「・・・そう仰られても・・・海ですし・・・」
「あの足・・・あぁぁ・・・悩まし過ぎるぞ。・・・おいッ!目の前に立つんじゃねぇッ!・・あのガキぃ・・ミルクの前をどきやがれッ!」
 景山は溜息を吐いて双眼鏡を置く。
 ツンツン、と浮きに反応があり、おッ、と目を輝かせ、リールを巻く。
 15cmほどのアジがかかっていた。
 景山が目を細めて嬉しそうにするのを、冷たい視線で眺め、
「そんな小せぇのをどうする気だ?」
と、マサトが言う。
「天日干しにすれば、酒の肴にピッタリですよ。」
 景山は脇の荷物から包丁を取り出すと、手早く捌いて、開いたアジを海水で洗ってから塩をふり、細い綱を張った所に洗濯バサミで止めて干した。
「・・・気楽でいいな。」
 マサトの皮肉を込めた低い声に、
「はい。お陰様で、いい休日をさせて頂いてます。」
と、景山は答えた。
 苛立つマサトの前で、冷静でいられるのは景山くらいだろう。
 マサトは舌打ちをして、煙草に火を点けた。

「ウーーッ・・・暑ぃーッ。・・ちょっと冷やして来ようぜ。」
「・・ん・・・そうだな。」
 響木と川島が起きあがって、砂の上を熱そうに歩いて海へと入っていった。
「私達も行こうか?・・アリス?」
 花梨に揺すられて目を覚ましたミルクは、ムックリ起きあがってボーッとしている。
「たまに体冷やさないと、熱射病になっちゃうよ。」
「・・ぁ・・・はい。」
 ミルクは鼻を擦りながら返事をすると、ビーチバッグからまだ脹らませていない浮き輪を引っ張り出した。
「アリス、泳げないの?」
 麗子が心配そうな顔をする。
「泳げますけどぉ・・フゥゥ・・泳ぐより浮いてたいから・・フゥゥ・・」
 ミルクはそう言って、息を吹き入れ脹らませながら笑う。
「自分で脹らませるのは大変でしょう?・・海の家でエアー入れてくれるわよ。」
「あ・・そっか。じゃぁ、先に行っててください。空気入れてきますから。」
「一人で大丈夫?」
「はい。・・てゆーか・・一人じゃないですし・・」
「あはん。それもそうね。・・じゃぁ、すぐ来てね。」
「はーい。」
 ミルクは浮き輪を持って立ち上がると、サンダルを履いて海の家へと慎重に歩いていく。
 寝そべっている人達に砂をかけないようにしつつ、サンダルに熱い砂が入らないように歩かなければならない。
 踏ん張れないとこうも歩きにくいものなのか、ミルクはよろけながらゆっくりと歩いた。
 ミルクの目の前を横切るように、超セクシーギャルが体中を金色に光らせて通り過ぎた。
 花に群がる蜂のような男達が後をついていく。
 ミルクは咄嗟に数歩後ろに下がったが、ボディーガードにぶつかって転げそうになり腕の中で抱き留められた。
「ぅぁッ・・し・・失礼しました。」
 ボディーガードは何度も頭を下げてミルクに謝る。
 マッチョな怪しい男がペコペコ頭を下げる姿は益々怪しい。
「助けてくれたんだから、謝ることないのにぃ・・」
 ミルクは赤面して、その場から逃げるように歩き出した。
 海の家の入り口辺りに浮き輪やボールにエアーを入れてくれる場所があった。
 エアーはすぐに入るが、順番待ちの行列が出来ていた。
 ミルクが行列に並び、順番を待っていると、また後ろで、
「済みません。・・済みません。」
と言う声がする。
 ミルクは、もういいのに、とムッとして振り返ったが、ボディーガードが謝ってるのは携帯電話の相手だった。
 ・・・へ?・・・どーゆーこと??
 ミルクは怪訝に思いながら首を傾げた。
 と、その時、
「すげぇーッ。綺麗な肌してるなぁ。・・ねぇ、君。」
と、かなり日焼けした茶髪の男がミルクの横に立ち止まって言った。
 ミルクはサングラス越しに男の視線を確認する。
 どうやら間違いなくミルクを見て言ってるらしい。
「へぇ・・イカしたグラサンしてんじゃん。・・ヒュゥ〜ッ。シャネルとはイケてるねぇ。」
 ・・・だからどうだと言うのだろう。
 ミルクはどう返事をしていいのか、わからずに黙っていた。
「カズ。何やってんだ?」
 焼きそばを両手に持った男が、ミルクに話し掛けている男に、声を掛けて近付いて来る。
「この子、かぁーわいーぜぇー。」
「ん?・・・ガキじゃねぇのか?」
「いやぁ・・意外に胸がデカいし・・肌の白さったらねぇぜ。こんな綺麗な子、見たことねぇ。」
 カズと呼ばれた男はミルクのアロハシャツの胸元を覗き込みながら、ニヤニヤしている。
「ハハッ。カズは肌フェチ+おっぱい星人だからな。」
「何とでも言え。俺はこの子に一目惚れだぜッ。・・なぁ、ちょっとグラサン外して顔見せてくれねぇかぁ?」
 カズという男がミルクの顔に手を伸ばした瞬間、手首をつかまれて捻り上げられた。
「イテテテテテッ!・・は・・放せぇッ!」
「この方に手を出すな。」
 ボディーガードが凄味を効かせた声で言う。
「わ・・かった・・・テテテッ・・・放してくれッ。」
 ボディーガードが手を放すと、男は痛そうに腕をさすりながら、
「・・な・・何だよッ?・・男がいるなら、いるって早く言えよッ!」
と、舌打ちしながら立ち去っていった。
 ミルクはホッと溜息を吐き、
「ありがとう。」
と言うと、ボディーガードはスーツを着ている時のように、きっちりとしたお辞儀をして、また後ろに控えた。
 周りにいた人達が、何事?、とばかりにヒソヒソ話しながら注目する。
 ミルクは気まずさの中、やっと順番がきて、浮き輪に空気を入れて貰った。
 浜辺に戻ろうとすると、またボディーガードが携帯で話している。
「・・いえ。・・ただのナンパです。・・いえ。大丈夫でした。」
 ミルクが指先で、マッチョな男の腕をつつく。
「ぅぅぁッ・・・あ、いえ。何でも・・・今、マズイので切ります。」
「誰と話してるのぉ?」
 ミルクが下から顔を覗くように見上げる。
 ボディーガードは姿勢を正して、どうぞ、と言うように手を前に差し出し、ミルクに浜辺へ戻るように勧める。
 問いただしても言いそうもないので、ミルクは諦めて浜辺へと戻っていった。

 シートに戻ると、先に泳いできた響木と川島が戻って来た所だった。
「アリスは泳がないのか?」
「今、空気を入れて貰ってきたの。」
「そっか。・・アッハハッ。あのヨット、面白いぜぇ。なぁ?」
「あぁ。ずっとあそこに停まったままだし、何やってんのかと思ったら、干物作ってたんだ。」
「干物?」
「釣りしながら、釣った魚を開いて干してんだぜ。笑って泳げなくなりそうだったぜ。」
「ヨットの所まで行ったの?」
「いや。・・でも、ブイの所まで行くとけっこう見えるよ。」
「ふーん・・・釣りかぁ。この辺でも釣れるんだぁ。」
「そりゃ海だからな。」
「それにしても、男ばっかみたいだし、釣りをしてたのは一人だし・・何やってんだろな?」
「なぁ。・・一人は双眼鏡でずっと浜辺を眺めてるしなぁ。」
「ナンパするには遠過ぎるだろう?・・アハハハッ。可笑しいよなぁ。」
 ミルクは嫌ぁな予感がして、ボディーガードに視線を向ける。
 ボディーガードは強面でじっと海を眺めている。
 ・・・怪しい・・・
 海を眺めていること自体変なのだ。
 さっきまでは、浜辺の人達の様子をそれとなく注意しながら見ていたのだから。
 ミルクに質問されないように、無理して石のように固まっているとしか思えない。
 ミルクは帽子とサングラスをバッグに入れると、浮き輪を持って海へと走っていった。
「アリスゥーッ!こっちよぉーッ!」
 麗子が手を振っている。
「ちょっと沖まで泳いできまーす。」
 ミルクも手を振って応えた。
 少し深くなってきた所で浮き輪をして、ブイのある遊泳禁止の境を目指す。
 足もつかないほど深くなってくると、混雑していた人も疎らになる。
 ミルクがブイを目指していることに気付いたのか、ヨットから人が飛び込んだ。

 必死に足をバタつかせて前へと進む。
 盛り上がってくる波に押し戻されそうになりながらも懸命に進む。
 人影も疎らになると、やたらと海の大きさを感じ始めて、不安になってくる。
 水温もグッと下がって一層寂しさを感じさせる。
 どれくらい泳いだのか、いきなり目の前に、ザバッ、と頭が飛び出してきた。
 ビックリして息を飲んだ後、ミルクは大きく息を吐いた。
「・・・マサトぉ・・・」
「・・やぁ、ミルク。・・・偶然だなぁ。」
 マサトは前髪を後ろに撫でつけて、にっこりと笑った。
「・・・偶然?」
「・・ああ。・・・俺達も慰安がてら海に遊びに来てたのさ。」
「・・・ふーん・・・」
 ミルクは唇を尖らせてから、クスッ、と笑ってマサトに抱きついた。
 が、浮き輪が邪魔をしている。
 マサトは一緒に浮き輪につかまって体を浮かせると、浮き輪越しにミルクを抱いて唇を合わせた。
 波に漂いながらキスをしていると、クラゲになったような気がする。
 ふうわり、と気持ち良くなり、力の抜けた足が海中に、ゆらゆら揺らめく。
「、、マサトぉ、、、愛してるぅ、、、」
「ミルク・・・俺はもっと愛してるぜ・・・」
 マサトが切なそうに顔を押しつけてくる。
「、、ミルはマサトのものだよ。、、、だから、そんなに心配しないで、、」
「あぁぁ・・・このままさらっちまいたい・・・」
「ミルの心は、、とっくにさらわれてるじゃん、、、」
「体も早く戻って来い。」
「、、、エッチィ、、、」
「バーカ・・・んな意味じゃねぇ・・・」
 マサトとミルクは何度もキスをし、名残惜しそうにゆっくりと離れると、マサトはヨットに、ミルクは浜辺へと戻っていった。