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<86> 「闇の覇王」 |
§86§「闇の覇王」 テラスのある部屋に戻ると、若松もマサトと同じ黒っぽい迷彩服に着替えていた。 廊下では、同じ迷彩服の本郷と、緑っぽい迷彩服を着込んだ景山他数名の男達が、マサトを待っていた。 「・・あれ?・・景山さんもその服?」 マサトの腕に腕を絡ませて、まだ逆上せ顔のミルクが眉を寄せて尋ねた。 景山は残る、とマサトは言っていたのに、とミルクは唇を尖らせる。 その表情から察した景山は、 「この島では、スーツより迷彩服の方が活動しやすいのです。それに私のはメッシュなので、見た目より着心地が涼しいものですから。」 と、穏やかな笑みで答えた。 「・・へぇ・・・」 ミルクはそっと手を伸ばして、景山の服に触ってみた。 「あ・・ホントだぁ。」 景山が残ることで少しだけ安心したミルクは、微かな笑みを口元に浮かべたが、それでもマサトが行ってしまう、とすぐまた悲しげに表情を曇らせ、つかんでいるマサトの腕に頬ずりをした。 「ミルク。見送りに涙を見せるんじゃねぇぜ?」 マサトはミルクの頬を、掌で愛しそうに撫でて言った。 そう言われると余計涙が滲んできてしまうが、マサトの服の袖に瞼を擦り付けて拭うと、 「・・・うん。」 と、小さく答えた。 エレベーターに乗り込むと、緑の迷彩服の男がプッシュホンのような数字盤を数回押した。 すると、3F+展望台しかないはずのエレベーターが、グゥーンと更に地下へ下りていった。 「え・・・ここにも地下があるのぉ?」 「今時、何処にだって核シェルターぐれぇあるさ。・・とは言っても、今打ち込んだナンバーはその下の地下道行きだがな。」 「地下道・・」 ミルクが言いかけた時、エレベーターが止まり扉が開いた。 ここでも待機していた男達が、敬礼してマサト達を出迎える。 殺風景な駐車場のような空間で、数台の自動車が置いてあった。 「地下に自動車?!」 ミルクが驚いて声を上げると、空間に響いてしまい、慌てて口を押さえた。 「ここの車は全て電動で、排気ガスは出さねぇから、空気は汚れてねぇぜ?」 マサトが、からかうような笑みを浮かべて言う。 ミルクは手で口を押さえたまま、頬を膨らませた。 「乗ったら説明してやるから。」 と、マサトに促され、電気自動車に乗った。 他の人達も数台に分かれて乗り込んだ。 電気自動車は静かで滑らかな走りだった。 マサトは走る車の中で話し始めた。 「この地下道は各セクションに通じている。南の居住区、北の発電所、東の訓練所、北東の山にある要塞、そして研究所、って訳さ。」 「どうしてわざわざ地下に道路造るの?」 「前にも言ったと思うが、地上の行動は衛星で全て把握される。ピンポイントの衛星写真は、例えば地上にいる男が手に煙草の箱を持ってるとしたら、その銘柄までわかっちまうんだ。・・・もっとも常にピンポイントで狙ってる訳じゃねぇし、要は怪しまれなきゃいいんだけどな。・・けど、研究所以外の設備が地表にあれば、すぐに変だと思われちまうだろ?・・怪しまれる前に用心するのが常道ってもんだぜ。」 「・・・ふーん・・・」 「海底地層研究なんて、地下を掘る為の言い訳みてぇなもんさ。掘った土がどこから出たかなんて、空から見るだけじゃわからねぇからな。」 「・・・そこまで考えてるんだぁ。」 「海洋深層水も、言い訳で掘った副産物ってとこだな。ククッ。・・ここは高い山があるし、森林で覆われているから、かなりの水が地下に蓄えられてる。森には湧き水で出来た泉もあるし、清流も流れている。居住区で使う水は、その湧き水を利用しているんだ。」 「・・・へぇ・・・」 ミルクは感心して頷くしかなかった。 が、ふと疑問が湧く。 「ねぇ・・・そんなに水があって、しかも四方が海に囲まれている地下って・・危なくない?」 「いい質問だな。」 マサトはミルクの頭を撫でてから、 「この島は見た目より大きいんだぜ。岩礁があるって言ったが、島の周囲数qを囲んでいる。・・その岩礁の下が固い岩盤の地層になっていて、島の地下にも当然その地層が通っている。その岩盤の下に核シェルターと通路を造っているから、より安全で浸水からも守られているって訳だ。・・俺がこの島を気に入ったのも、その強固の岩盤故ってとこだな。地下で爆発するスカットミサイルでも、岩盤は突き破れねぇぜ。」 と、説明した。 「・・・何か・・・凄過ぎて・・・もぉ、わかんない。」 ミルクはマサトの腕に顔を押しつけて、溜息を吐いた。 「そう言わず、もう少し聞けよ。今、向かっている、北東にある要塞のことを話してやるから。・・あれは、火山活動が盛んだった太古の時代に、岩盤を吹き上げて出来た山なんだ。だが、今はもうマグマが他へ移動して空洞になっちまった死火山で、噴火の心配はねぇ。そして岩盤の山の中は、溶岩の通り道だった空洞が縦横に走っている。それが長い年月で地表は覆われ、鳥達が運んだ種で森林となり、発見されずにきた。まさに自然の要塞と言ったとこだな。」 「・・・なんか・・・コウモリが出そうじゃん・・・」 「洞窟にいるコウモリは、果物が好きなフルーツバットだから危険はねぇし、島の住民には貴重な食料にもなるんだぜ。」 「ゥェッ・・・コウモリ・・食べたくないぃぃ・・・」 「ククッ。魚に飽きたら喰いたくなるさ。」 「・・・絶対いらない。」 「ならサメを食うか?」 「嫌。」 「バーカ。サメのヒレはフカヒレだろうが。サメの卵はキャビアだし。・・まぁ、最高級の品種ってのは無理だろうが、なかなかイケるぜ?」 「・・・ぅぅぅ・・・みんな食べちゃうんだ・・・」 「そう。・・結局、一番怖ぇのは人間かもな。」 「・・・でも、やっぱコウモリは怖い・・・」 「まぁ、要塞として使ってる場所は、手を加えてあるから、普通の建物と大して変わんねぇよ。・・ただ、海蛇・・潜水艦が普段浮上している洞窟湖は、海底に洞穴があって海と繋がってる場所で、剥き出しの岩盤が天井になってるから、多少薄暗くて不気味かもな。」 「・・・そうなんだ・・・」 潜水艦と聞いて、それでマサトが行ってしまうことを思い出し、ミルクはマサトの腕に、ギュゥッ、としがみついた。 もう説明なんてどうでもいい。 刻々と迫る別れの時に、ミルクは息が詰まる思いでいた。 マサトもそれがわかるから、話で気を紛らせてやっていたが、もう誤魔化しようがないことを感じた。 「・・すぐ帰ってくるから、心配するなよ。・・な?」 マサトはそう言って、返事もなく震えているミルクの顔をすくい上げ、唇を重ねた。 マサトの熱い舌を感じて、ミルクの中に残っていたマサトの精液が、コポッ、と蜜と絡まって出てきた。 激しく愛された秘部に沁みる。 股間の熱さが一層切なく悲しかった。 「、、マサトぉ、、、ホントに、、早く戻ってね?」 「ああ。・・ベストを尽くすぜ。」 「、、絶対、、、無事でね?」 「大丈夫。俺を信じろ。な?」 「、、ぅん。」 二人は再び熱いキスを交わし、車が停まるまでしっかり抱き合っていた。 地下駐車場で電動自動車を降りて、再び合流した一行がエレベーターに乗り込む。 ここでも乗降口に緑の迷彩服を着た男達がいて、敬礼して挨拶をした。 エレベーターを上がった先は、すでに要塞の中らしかったが、本当に普通の建物の内部に見えた。 違うのはどの部屋にも窓がないことだが、窓のない部屋は地下アジトでも慣れていたので、気にならなかった。 要塞本部は、色々なコンピューター器材が設置されていて、大画面に世界地図が映し出されているものや、数カ国のニュース番組を同時に監視できるもの等様々で、まるで軍事施設そのものといった感じだった。 仕事をしている人達の中に女性の姿もあり、皆一様に軍服を着ているので、ワンピースを着ているミルクの方が恥ずかしくなった。 しかもマサトに気付くと皆が立って敬礼するので、腕にしがみついていたミルクは気が引けて、そっと腕から手を離し、一歩後ろに下がった。 マサトがミルクを振り返ろうした時、 「ボス。失礼致します。」 と、黒い迷彩服の男が、敬礼してマサトの前に進んだ。 「今回ご同行致します者達のリストと、積載した物のリストです。ご確認頂けますでしょうか?」 「・・うむ。」 マサトは、板にクリップで挟まれたリストを受取り、流すように確認した後、 「干し肉とハムの缶詰が少ないな。俺達の分はなくとも、差し入れを多くしてやりたい。」 と言ってから、 「医療品は本郷が確認しろ。」 と、後ろに控えていた本郷に渡した。 「はい。」 本郷はリストをじっと睨み始め、ちょっと唇を噛んでから、 「・・今回、緊急な出動なのはわかっておりますが、出来ればワクチンと粉ミルクをお願い出来ませんでしょうか?・・事が起こった時に、苦しむのは戦士だけではありません。子供達のことが気懸かりです。」 と、真剣な表情で言った。 「わかった。・・以上の物、用意出来るか?」 マサトがリストを見せた男に聞くと、 「申し訳ありませんが、ここではすぐに調達するのは難しいかと。・・飛行場で乗り換える際に、用意させておきます。」 と、答えた。 「それでいい。必ず間に合うよう手配しろ。」 「承知しました。」 男は敬礼して下がり、急いで一人の女性に指示をした。 マイク付きのヘッドホンをしているその女性は、パソコンを操作し文字が打ち込まれてくる画面を見ながら、何語かわからない言葉をマイクに喋っていたが、ニッコリと笑うと、 「手配出来ました。こちらの到着前に、積み込んでおくそうです。」 と、報告した。 どうしてそんな事が出来るのか、ミルクにはさっぱりわからなかったし、それより”飛行場で乗り換える”という言葉が気になった。 一体どこへ行こうとしているのか、不安が募るばかりだった。 マサトは報告した女性の肩を労うように軽く叩いてから、他の部下達にいくつか確認と指示をして回った。 ミルクは小さく溜息を吐いて、 「・・景山さん。・・・マサトさん、何処へ行くの?」 と聞いてみた。 景山は、 「ご友人を訪ねられるだけです。ご心配なく。」 と、答えた。 それ以上は聞けそうもなく、ミルクはじっとマサトを見つめていた。 「・・では、行こう。」 マサトがそう言うと、 「御意。・・皆がお待ちしております。」 と、敬礼して景山が答えた。 マサトはミルクの手を握って司令部を出て、上がってきたのとは違うエレベーターに乗り込んだ。 下りた部屋は広いフロアになっていて、その先に張り出したテラスのような場所があった。 扉は開かれてテラスが見えているのに、そこにある空は薄暗い闇の色をしていた。 マサトがミルクの手を握ったまま、そのテラスに進んだ。 マサトについてテラスに出たミルクは、思わず息を飲んだ。 巨大な洞窟。 そして初めて生で見る潜水艦が、湖面に浮かび上がっている。 ミルクは足がガクガクと震え出してしまった。 「みんな、わざわざ見送りに来てくれて悪いな。」 マサトが明るい声で言うと、洞窟内に響いてエコーがかかったように聞こえた。 「せっかくだから、俺の妻を紹介するぜ。」 エコーがかかっている割に、何とも軽い話し方だった。 けれど、それに応える歓声が、ワァッ!と響き渡った。 え?・・え?・・ミルクは、暗い洞窟の壁と静かな湖面の潜水艦しか見えてなかったので、戸惑って立ち竦んでいた。 「ほら。もっとこっちに来て、顔を見せてやれよ。」 マサトがそう言ってミルクの手を引いたが、足が動かないミルクは前のめりに倒れそうになってしまった。 「ぉ・・ぉぃ・・・」 マサトが慌ててミルクを抱き上げた。 そして手摺りの所までミルクを運ぶと、 「俺の妻のミルクだ。ここで皆と留守居するから、何かあったら手助けしてやってくれ。」 と、大きな声で言った。 更に大きな歓声と拍手が沸き上がる。 ミルクが、マサトに抱きかかえられた姿勢のまま下を覗くと、数百人はいるだろうと思える人々が洞窟湖の前の広場に集まっていた。 ミルクは目を丸くした後、マサトの胸に顔を隠してしまった。 「ただぁーしッ!」 歓声を押さえるように、マサトが声を上げる。 と、歓声が一斉に静まり返った。 「・・男共は、ミルクの半径2m以内に近付くなよ。」 マサトが冗談ぽく言ったので、ドワッ、と笑いが起こり、また歓声が飛び交った。 歓声の中、マサトが小声でミルクの耳元に、 「怖かねぇよ。・・この島で一番怖ぇ俺が言うんだから、間違いねぇぜ。」 と囁き、震える顔を上げたミルクにキスをした。 マサトはテラスから下へ続く階段をミルクを抱き上げたまま下りていった。 無地の軍服や緑の迷彩服を着た人々が道を空けた先に、黒い迷彩服を着た人達がいた。 本郷もマサトの後ろから進んで、列に加わった。 リストをマサトに見せていた男も列の中にいた。 マサトはもう一度ミルクにキスをしてから、 「行ってくるぜ。」 と言って、ミルクを下ろした。 ミルクは震える足で懸命に立ち、 「・・・ぅん。」 と、頷いて、涙が零れないように唇を噛んでいた。 「俺の大事なミルクを傷つけんなよ。」 マサトは指で下唇を押して、赤くなった部分に軽くキスをし、 「いつも愛しているぜ。」 と言うと、背筋を伸ばし、橋桁を渡って潜水艦に乗り込んでいった。 船舶のようにテープを握り合い見つめ合って別れることもなく、潜水艦の丸い入り口の蓋が閉められると、やがて静かに湖水へと沈んで行ってしまった。 ミルクは崩れるように座り込み、潜水艦の影を追って、湖をじっと覗き込んでいた。 透明に澄んだ海水がゆらゆらと揺れている。 どれほどそうしていただろうか。 「アリス様。・・ボスはもう行かれました。」 景山がそう声を掛けた時には、あれほどいた人々の姿はもうなく、警備に立っている数名の男達が残っているだけだった。 ミルクは手を伸ばして海水に触れてみた。 この海水がマサトに繋がっている、と思うと、飛び込みたくなる。 「アリス様。」 景山がまた声を掛けた。 「・・・ぅぅぅぅー・・・」 ミルクは座り込んでしまっている両膝を抱え込んで丸くなると、声を殺して泣き出した。 ”見送りでは泣かない”という約束は守ったのだ。 見送った後くらい泣かせて欲しい。 ミルクは不安と寂しさを抱き締めるように丸くなって、嗚咽を洩らしていた。 景山もしばらくの間、そっと見守っていた。 そして、ミルクの噎び泣く声が弱々しくなってきた時、 「ここは冷えますから・・・もう、上へ参りましょう。」 と言って、ミルクの肩を支えて立ち上がらせた。 景山はミルクを待つ間に、大きなシルクのショールを用意させていた。 それを広げてミルクを包み込むと、 「失礼致します。」 と言って、ミルクを抱き上げた。 ミルクの肌に直接触れない為の配慮らしい。 ミルクは小さく丸まったまま、しゃくり上げていた。 景山は、あまりにも幼い覇王の妃を、恭しく抱えて、光の降り注ぐ地上へと向かった。 |
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<87> 「マサトの行方」 |
§87§「マサトの行方」 夜まで寝室に閉じ籠もっていたミルクだったが、景山に夕食を摂るように言われ、泣き腫らした顔でダイニングに現れた。 細長く大きなダイニングテーブルの端の方に、向かい合わせで席が用意されていた。 ミルクの性格がわかる景山が、敢えて形式にとらわれない場所に、セッティングしていたのだ。 ミルクが席に座ると、 「食が進まれないのはわかりますが、少しでも召し上がらないと、陽射しの強さに負けてしまいますよ。」 と、景山が静かに微笑んで言った。 「・・・はぃ。」 ミルクはうつむいたまま頷いた。 「料理の味付けは和食に近いので、お気に召すと思います。島民の半数以上が日本人ですから。」 「・・・はぃ。・・頂きます。」 ミルクは両手を合わせて頭を下げてから、箸を持った。 「土壌が稲作に向かないので、魚と芋と果物が主食ですが、今夜は日本から取り寄せている米を炊きました。やはり日本人には、米のない食事は物足りなさを感じてしまいますからね。・・ただ、ここでは、米はキャビアより貴重です。」 景山はそう言って苦笑した。 「そうなんですかぁ・・・」 ミルクは、箸でつまんだ白いご飯をじっと見てから、口に入れた。 「・・美味しい・・・」 味わって噛み締めながら、ミルクは弱々しく笑みを浮かべた。 「海流が近いので獲れる魚の種類は豊富ですし、岩礁にはウニやアワビもたくさん住み着いています。」 「・・・サメがいるんでしょう?・・どうやって獲っているの?」 「ハハッ。ボスが随分大袈裟に話されたようですね。・・サメも飢えていなければ、そう危険な生物ではありませんし、サメが飢える心配がないほど、魚が豊富な海です。・・ボスはよく素潜りでウニやアワビを捕ってこられすよ。あ、・・タコとかもね。」 「えー・・・ミルをからかったんだぁ。」 「と言うより、ビーチには若い男達が多いですから、アリス様の水着姿を見せたくなかったのでしょう。」 「・・・ふーん・・・じゃぁ、森に毒蛇や毒蛾がいる、って言うのは?」 「あぁ。それは本当です。・・それに、海にサメが多いのも、嘘ではありませんし。」 「・・・そっか。」 ミルクは、クスッ、と笑って頷いた。 景山の穏やかな口調の話し方は耳に心地よく、ミルクは幾分明るさを取り戻して、食事することが出来た。 デザートにはキンキンに冷えた果物が出され、食後の清涼感を与えてくれた。 「・・今頃、コウモリさん達も果物を食べているのかなぁ?」 「そうですね。・・無人島だった当初に比べると、かなり少なくなりましたが。」 「・・それって・・・食べちゃったってこと?」 「ええ。臭味のない鶏肉のような味で、微かに甘い香りがするので、島民達の大好物なんです。」 「・・・ミルはいらない。」 「はい。メイドに注意しておきましょう。」 「・・・毒蛇も大好物だったら良かったのに。・・好物なんて言うのはマサトさんくらいだよねぇ。」 「そうでもないですよ。フグと同じで、毒のある場所を外してしまえば害はありません。・・ただ、味が生臭いので、干物にして滋養強壮の非常食にしてます。」 「・・じゃぁ、あのリストの中にあったかも?」 「あったでしょうね。」 景山は、クスリ、と笑みを零した。 ミルクは景山の顔をじっと見つめていたが、思い切って、 「マサトさんが、何処に何の目的で出掛けたのか、教えて下さい。」 と、質問をぶつけた。 「・・・アリス様・・・それは・・・」 「マサトさんは説明する時間がない、って言ってた。・・それと、多分心配させたくないから、言わなかったんだと思うけど・・・知らない方がもっと不安になるもん。」 「・・それだけではないでしょう。・・まだ、アリス様にご理解頂くのは難しい、と思われてのことだと思います。」 「あーー・・・」 ミルクは、プッ、と頬を膨らませた。 「いえ。頭での理解ではなく・・心での理解が・・・」 「ミルはマサトさんのことなら、どんなことでも受け容れるって決めてるもん。」 「・・・そうでしたね。」 景山は二度ほど溜息を吐いて、頷いた。 そして、しばらく考え込んでから、 「・・・では・・・テラスの部屋へ移動しましょう。」 と、重々しい口調で言った。 打ち寄せる波の音が、開け放った扉の向こうから聞こえている。 海との境が霞む地平線から真上まで、漆黒の空に満天の星が輝いている。 「アリス様は、正義とはどのようなものだと思われますか?」 ソファーに座り、テラスの向こうの星空を眺めている景山が、ワインで喉を湿らせて切り出した。 「・・ぅ?・・・わかんない。」 「では、神とは?」 「・・ぇ?・・・ぅぅぅー・・・わかんない。」 ミルクは、眉を寄せ唇を尖らせる。 景山は優しく微笑み、 「簡単に、わかる、と言ってしまえる人より、ずっと好きですよ。」 と、慰めるように言った。 「そう。単純に答えの出るものではありません。・・・けれど、世の中には、これこそ正義だ、と言い、自分達の神こそが絶対だと主張し、卑怯なほど圧倒的軍事力で自分達の考えを押しつける人達もいるのです。」 ミルクは固まって瞬きを繰り返している。 「たかだか数百年の歴史しか持たない国が・・その国自身、他の民族の歴史を潰して打ち立てた国家でありながら・・数千年の歴史を大切に生きてきた人々を否定するのです。」 景山はワイングラスをテーブルに置くと、両手を強く握り合わせた。 「そんな正義があるでしょうか?」 ミルクは無意識に首を振っていた。 「戦争に勝ち、敗戦国を植民地化して利益を吸い上げ、軍事力を一層強めた強大国。国民は栄華を誇り、自分達こそ最も優れた人種であると自負し、繁栄も富も全てを手中に収めないと気が済まない。・・・民主主義を掲げながら、自分達だけは違反しても許されると信じている。」 景山の頬が怒りに震える。 「国連の負担金を一切払わなかった奴等。環境汚染を防ぐ為の基準値を自分達だけは守ろうともしない。・・そのくせ、自然愛護だ、動物愛護だの団体は、他国の事情も理解せずに責め立てる。・・あまりにも傲慢な大国。」 ミルクは息を飲んで、じっと聞いている。 「・・・ですが、初めから敵対していたのではありません。・・最先端の科学を極めた豊かな繁栄は、目映く、憧れでさえあった。・・近付いて協力すれば、自分達も豊かになれるだろうか、と願って協力していた時期もあったのです。」 うんうん、とミルクは頷く。 「それを裏切ったのは彼等なのです。・・・信じて裏切られた人々とその指導者は、怒りを表現する場すら与えられない。他国の土地を爆弾や化学兵器で汚染させ、その国の人々が苦しんでいようと、罪の意識も持たず、むしろ、劣等民族のくせに、と嘲笑する。」 ミルクは涙を浮かべて顔を歪めた。 「指導者は苦しみました。国民に良かれと思って信じた結果が裏切られ、殺伐とした国土には戦争の犠牲者と飢えと貧しさしか残らなかったのです。」 ミルクは堪えられずに涙を溢れさせた。 「・・他国の事情と思ってしまうと、他人事でしょう。けれど、これが自分達の家族に起こったことだったら、所詮相手は強い奴等で仕方がない、と諦められるでしょうか?・・例え罪を背負ってでも、意趣返しをしてやろう、と思うのではないでしょうか?」 それは、ミルクにはわからなかった。 爪を噛み、首を傾げ考え込む。 「・・そう。・・・テロは犯罪です。犠牲者に何の罪もない。・・・けれど、戦争で死んでいった子供達にも罪はありませんでした。・・・彼等の怒りは、自分達の平和の楽園に起こったからでしょう。他国は戦地にしても平気なのに、自国は平和でなければならない、という根拠は何です?・・それこそ思い上がりとしか思えません。」 景山の言いたいことは、ミルクにもわかるものの、テロは悲しいとしか思えなかった。 「お気持ちはわかりますよ。人の命を奪う行為に、どんな正当性もあり得ない。・・だからこそ、罪と承知で・・悲しみと怒りを表現しているのです。・・・罪なら罪でいい。けれど、罪を裁くのは自分達の神であって、正義の仮面を被った悪魔ではない。・・・と、ボスのご友人である指導者は言ったそうです。」 ミルクは驚いて目を丸くした。 「・・けれど、テロは毒です。毒は扱いを誤れば、自身の命をも奪いかねないものです。・・怒りに囚われ、全体が見えなくなって暴走するのは危険です。耐えるしかない時は、耐えてチャンスを待つべきです。・・そう説得する為に、ボスはご友人の所へ出向かれたのです。」 ミルクは唖然と開いた口を手で押さえた。 「自国を汚されたと強大国は、指導者を狙い、受けた被害を百倍にして返そうと計画を進めています。・・ボスは指導者に、逃げ延びて時期を待つように、と援助に向かわれました。・・・様々な意見はあるでしょう。ですが、その指導者は国家の独裁者ではありません。私財をなげうって、自分達の歴史と神を守ろうとしているだけです。・・・私もお会いしたことがありますが、とても静かに話される明晰な方でした。ご家族をとても愛してらっしゃいますし、穏やかに微笑まれたのを忘れらません。」 ミルクは、景山の話す指導者が誰なのか、想像がついた。 頭の中がグルグルと回っていて目眩がする。 あまりにも恐ろしい光景は、今でも目に焼き付いているし、テロは絶対に許されるべきではない、と思うが、一方で、それをミルクに批判する資格もないようにも思えた。 胸が締め付けられる。 そして、その痛みの中で浮かぶのは、マサトの無事を祈る思いだけだった。 所詮、人は自分に近い存在が大事なのだと、ミルクは自分の心の狭さを責めた。 マサトは、同じ裏切られ虐げられた悲しみを持つ同士として、自分の危険をおしても助けに行ったのだ。 何も知らず、我が侭をぶつけるミルクを、あやすように抱き締めて。 ミルクは祈る思いで、顔を両手で覆った。 「私で代役が務まれば行きたかったのですが、指導者は裏切られて以来、心を頑なにし、神への忠誠という殻に籠もってしまわれ、側近以外の言葉を信じません。・・ボスでなければ、何を話しても聞く耳を持たないでしょう。」 ミルクには何も返事が出来なかった。 「・・・怖い話をしてしまいましたね。・・申し訳ありません。」 景山は気を落ち着かせようと深呼吸し、テーブルのワイングラスを手に取った。 「・・明日はこの島をご案内致しましょう。研究所にはイルカの研究をしている水槽もあって、よく慣れたイルカ達が芸を披露しますよ。」 ミルクは顔を上げ、涙を拭うと、頷いた。 話して欲しい、と願ったのはミルクなのだ。 心配する気持ちや不安は、ミルクだけのものではないだろう。 何も出来ないミルクに、せめて出来ることがあるとしたら、マサトを信じて待つことと、これ以上他の人達の負担にならないようにすることぐらいしか、思いつかなかった。 「TVは衛星放送なら日本の放送も見ることが出来ます。放送時間は当然違いますので、一度受信して録画した物を、番組内容に合った時間に放送している島専用チャンネルもあります。・・昼の料理番組が深夜に流れても意味ありませんから。」 「・・ぁ・・・ぅん・・」 ミルクはかすれた声でようやく返事をした。 景山は穏やかな表情の奥に、苦悩する思いを押し隠し、微笑んだ。 「島民は全て、家族も含めて組織員ですが、日本人以外の人種もおりますので、日本語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語・英語の5カ国語を公用語にしております。・・ですが、大抵日本語で大丈夫ですので、お気兼ねなくお話ください。」 「・・はぃ。」 「全て組織員とは言っても、家族があれば当然子供もいますし、学校や病院、食料品店・衣料品店・日用雑貨店等も居住区にはあります。・・さすがにお土産は売ってませんが、買い物を楽しまれることも出来ますので、島に詳しい者を一人付けましょう。」 「ぁ・・はぃ。」 景山にも仕事があって当然だった。 マサトをバックアップするべく、要塞本部で神経を研ぎ澄ませていたいだろうし、留守を預かるNo.2として、他にも仕事は山積みだろう。 ミルクはもう寂しいと言わないことにした。 笑顔でいることが信じることであり、無事を信じていたい祈りなのだと、景山を見ているとそう思う。 「ゆっくりお休みなさいませ。」 景山はそう言って、ソファーから立ち上がった。 「あ・・もしTVに好きな番組がなければ、島の放送局でラジオ放送をしておりますので、お聞きになってみてください。」 「え?・・どこで聞けばいいの?」 「お聞きになられますか?」 「・・ぅん。」 寂しがらないようにしよう、とは思っても、今夜は寝付けそうになかった。 TVを見るほどの気力はないが、誰かの話し声を聞いていたかった。 「確かベッドの枕元に、ラジオのスイッチがあると思います。放送は一局だけですので、スイッチを入れれば他の操作は必要ないはずです。ボリュームの調節はありますが・・」 「確かめてみるぅ。」 ミルクは寝室のドアを開けたままベッドに昇って枕元を探す。 手元が暗くてよくわからず、取り敢えず触れたスイッチを入れると、貝の蓋がぽわっとピンク色の照明を灯した。 「ぇ・・・」 ミルクは急に恥ずかしくなって、慌てて別のスイッチを入れた。 グィーンと蓋が角度を変え、ベッドと水平になる。 ミルクが怪訝そうに上を見上げると、蓋の内側が一面鏡になっていた。 斜めだったので、鏡には蓋からベッドを覆うカーテンが映っていて、気付かなかったのだ。 「・・ぅぇッ・・・」 ミルクは益々焦って、別のスイッチを入れた。 ∇――「ということで、トマトさんからのリクエスト、”セロリ”をお届けしました。…次のリクエストは…ペンネーム、エンゼルフィッシュさん。んー、初めまして、ドルフィン様。アハハ、様じゃなくていいよぉ。初めまして、エンゼルフィッシュさん。えー、夢が叶ってSS隊員になれたのは嬉しいのですが、厳しい訓練を励ましてくれる教官を好きになってしまいました。教官も私を好きだと言ってくれてます。でも、日本で待っている彼を思うと気持ちが揺れてしまいます。日本にいる彼ももちろん組織員ですし、どうしたらいいのか悩んでいます。って…おいおい、恋の相談かよ。俺は無責任な答えしか言わないぜ?…そうだなぁ…教官ならセックスも上手に指導してくれるぜ。経験豊富なのは職業柄当然だろうからな。クククッ。ま、日本に帰って、彼氏を教官から教えられたテクニックで喜ばせるのもいいんじゃねぇの?アッハッハーッ。…じゃぁ、リクエスト曲”アゲハ蝶”。」 曲が流れ始め、ミルクは、 「これがそうですね?」 と、笑みを浮かべて景山を振り返った。 景山は、気まずそうに咳払いをし、 「子供も聞く放送なのに・・ったく、しょうがない奴で、済みません。」 と、苦笑した。 「でも、日本の曲が聴けるし、お話も楽しくて面白そう。」 ミルクが明るい声で言うのを聞いて、景山は安心したように頷くと、 「それでは、私はこれで失礼いたします。何かありましたら、電話1111で要塞司令部を呼び出してください。すぐに伺います。」 と言って、頭を下げた。 「・・はぃ。・・ぁ・・色々、ありがとうございました。」 ミルクもベッドの上で頭を下げた。 「いいえ。・・お休みなさいませ。」 「お休みなさい。」 景山は軽く笑みを残して、寝室のドアを閉めた。 ミルクはベッドに横になり、ラジオに耳を傾けた。 と、水平のままになっている鏡の蓋に気付き、急に赤面すると、スイッチを押した。 いきなり寝室の灯りが消えて、蓋の縁を飾るように灯るピンクの灯りだけになってっしまった。 闇の中にピンクのホタテ貝が浮き上がり、妖しい雰囲気を醸し出す。 「ぁぁーもぉぉ・・・」 ミルクは手探りだけでスイッチに触るのをやめて、じっくりスイッチの脇にある小さな文字を観察し始めた。 そして、どうにかピンクの照明を、アンコウの提灯くらいの小さな灯りに替え、蓋を元の位置に戻すと、やれやれ、と溜息を吐いて横になった。 ラジオは新しいリクエスト曲を流し始めていた。 曲名は”プライド”。 ∇――♪私は今ぁ〜♪・・・と流れ出す。 何となくミルクの気持ちに重なる部分があるようで、聞いている内に涙がポロポロ零れ出した。 ただ、その涙は、夕食前まで流していた涙とは違うものだった。 ・・・強くなろう。 ミルクはそう自分に言い聞かせ、笑顔で待っていよう、と心に誓った。 |
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<88> 「緊急事態」 |
§88§「緊急事態」 『これは聖戦なのだ。』 男はここ数日、繰り返してきた言葉を静かに言った。 そして、 『ほどなく、ここは戦渦にまみれるだろう。・・君の友情には感謝している。君達が運んでくれた物資は、我々の空腹だけでなく、心も満たしてくれた。・・本当にありがとう。』 と言って、あぐらに座っている頭を下げた。 仏像を思わせる端正な顔は、静かなる決意を漂わせ、重く沈んだ眼差しは、明るい未来ではなく、神の門を叩く時を待っている雰囲気があった。 『・・ラムール。・・君を失えば、君達の民は心の希望さえ見失ってしまうだろう?・・一時的にも安全な場所へ非難しろ。』 『私は私の愛する民と共に戦う。』 『勝ち目のない戦いで無駄に命を落とすな!・・いつか、理不尽さに気付く人々も現れるだろう。その時を待って、大きな渦の中心になるべきじゃないか。』 『・・何度も呼び掛けた。・・何度も苦渋に耐えてきた。・・だが、悪魔は、我々の存在そのものを地上から消し去るべく、神の雷を手にしたのは己とばかりに正義を翳して侵略してくる。・・このままでは、最後の意地を見せる前に、我々は過去に葬られてしまうだろう。・・もう、やれるところまで戦うしかないのだ。』 『無駄死にだッ!』 『・・無駄かどうか、・・それは”神のみぞ知りたもうなり”。』 『ラムールッ!』 マサトは険しい表情を悲しげに歪ませ、ラムールの肩をつかんだ。 ラムールはマサトの手を握り、軽く宥めるように叩いてから、そっと払い除けた。 『マサト。君達はもう退却したまえ。・・君にも守る人々と、戦う相手がいるだろう。私の敵は、君の戦う相手ではないはず。このような私心で目的を見失うべきではないのは、君の方だ。・・さぁ。もう行きたまえ。』 『君を置いては行けない。』 『クッ。君らしくもない。・・私は、我々アラーの神と、アラブの民とともにある。どうやって連れて行けると思っているのだ?』 『君が地上に存在する限り、アラブの魂は地上に生き続ける。』 『神が私を必要とされるなら、私は生き続けるだろう。神が”もう、よい。”と思われるなら、私は神の御許へと向かおう。』 『・・・ラムール。・・・共に生き抜いて、歴史の影に埋もれた悲哀と憤怒を、光の楽園の者達に知らしめようと誓ったじゃないか。・・頼む。一緒に来てくれ。』 『聖戦に背を向ける訳にはいかない。』 『敵が狡賢いなら、こちらも狡賢さの上を行けばいい。敵が巨大すぎて、棘にしかなれないなら、猛毒の棘になって相手の急所を狙えばいい。・・その体内に忍び込み、心臓だけを狙う針になってもいい。・・方法はいくらでもあるはずだ。』 ラムールは、フッ、と静かに微笑んだ。 『君は若いな。・・君になら、天地を逆転させることが出来るかも知れない。・・・だが、それは君の戦いだ。私は私の血肉を分けた土地と民と共に戦う。』 『・・・理屈じゃない。・・・君が好きだから、君を失いたくないんだ。・・それは君を慕う人々も同じじゃないのか?』 『もう、いい。・・君は君のいるべき場所に帰りなさい。君にも、君を待っている人達がいるだろう?・・あぁ・・結婚をされるらしいな。おめでとう。いいことだ。子を儲け、愛しむことだ。子供は神からの授かりもの。未来への希望の光だ。』 ラムールは、戦いにおける厳しい指令とは裏腹に、穏やかで優しい目を、遙か彼方を見るように細め、微笑んだ。 『・・・ラムール・・・』 マサトは、静かな光に包まれた横顔をじっと見つめながら、もう無理なのだろうか、と奥歯を噛み締めた。 と、その時。 ≪≪≪ガッガァァァァーーーンッッッ!!!≫≫≫ 鼓膜を劈くばかりの音が鳴り響くと同時に、大地が上下左右に激震した。 微かに灯っていた照明が消え、辺りは漆黒の闇に包まれた。 南海の孤島、蛇窟島。 ここに来て一週間が過ぎたミルクは、島での生活にすっかり慣れて、一人で研究所や居住区を行き来出来るようになっていた。 もちろんボディーガードは付いて来るが、研究所で借りた自転車で、海岸沿いの道路を走るのは気持ちが良かった。 「こんにちわぁー。」 商店の並びにバーガーショップがあって、いつもここに立ち寄ってかき氷を食べるのが、ミルクの楽しみになっていた。 「はーい。こんにちは、アリス様。」 30歳前後の女性が笑顔で窓口に顔を出す。 「イチゴシロップのかき氷、お願いします。」 「はいはい。いつものですね。」 女性は研究所職員と結婚して、この島で暮らすようになったそうだ。 人口の少ないこの島では、結婚をしていても働いてる主婦が多く、子供は保育園に預けられ英才教育を受けている。 マサトがこの島を手に入れてから十数年で、ここまで完成させた手腕に驚愕の思いだが、幸運や才能だけではない、並々ならぬ努力の賜だろう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 行方不明になったマサトの父親を捜索していた時に、この島を発見したマサトは、あそこは悪魔島で人の住める所じゃない、と忠告する管轄する国の役人の言葉を聞き流し、その国の開発援助をする約束を条件に、島と周辺の海域を買い取ってしまった。 開発途上の貧しい国とはいえ、援助するには莫大な資金を投入しなければならない。 それでもマサトは約束を守り、発電所や道路、水道、といった設備を施工し、水産業を近代化して発展させ、地質調査をして膨大なエメラルドの鉱脈を発見した。 貧しい国は一躍、近隣諸国でも抜きん出た国家となった。 加速がつけば、援助が利潤で還ってくるまでに発展するのに、時間は掛からなかった。 地下基地の建設の為に、ボーリング技術が欲しかったマサトが、巧みに近付いて信頼関係を結んだローランド伯爵も、マサトとの繋がりでエメラルドの採掘権を独占することが出来、親から受け継いだ”鉱石王”の地位を不動のものとした。 約束を果たす為に、島自体の開発は遅れたが、それでも数年前には、蛇窟島を今の状態に完成させることが出来た。 マサトの援助で発展した国では、マサトはまさに英雄だったし、ローランド伯爵がマサトの婚約者であるミルクにまで恭しく接する理由も、そこにあった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ そうした事情は知らないミルクだったが、島の人々が皆、マサトを崇拝するだけでなく慕っていることが感じられて、嬉しかった。 「あ、そうそう。昨日の放送も楽しかったですよ。」 店の女性が、氷を削りながら言った。 「ぇ・・・ぁ・・・ありがとうございます。」 ミルクは顔を赤らめ、財布と一緒に握っていたハンカチで額の汗を拭った。 景山に島の施設を案内して貰った時、ラジオの放送局も見学し、昼間の放送に新しい企画が欲しかったスタッフから、2時間でいいから番組を担当して欲しい、と頼まれたのだ。 放送局といっても、局長がプロデューサーもディレクターも兼ねているような小さな放送局だったので、ミルクで役に立てるなら、と引き受けて以来、毎日午後1時から3時までの放送に参加していた。 旅行中の暇潰しにと持ってきたCDも役に立ち、今の日本の流行や芸能界の話題、高校生としての生活などを話していた。 「なんだかまとまりのない話で、あれでいいのかなぁ、って不安なんですけどぉ・・」 ミルクはかき氷の代金を払いながら、照れ臭そうに言った。 「ううん。日本のことが聞けて嬉しい。・・もう三年、帰ってないもの。懐かしいわぁ・・」 「・・帰れないんですか?」 「主人が研究所職員でしょう?・・それにフランス人だしねぇ。私だけ帰っても、つまらないもの。・・だけど、この前の休暇には主人と子供連れてパリに行ったのよ。楽しかったぁ。」 「そうですか。」 ミルクはほっとして笑顔で頷いた。 かき氷をシャクシャクとつついて食べながら、ビーチまで歩いていく。 昼間でも交替要員で休日になっている人達が、サーフィンを楽しんでいる。 マサトが、波が荒い、と言ってたのも事実だったようだ。 それでもこの白浜は海岸に手を加え、島民が楽しめる場所になっている。 厳しさと容赦のない冷酷さを持ったマサトだったが、誰よりも自身に厳しく、それも目的を完遂させる為であって、決して残虐行為を楽しむ暴君ではなかった。 信じて付いて行けば夢が見られる、と言った景山の言葉は、組織員達全員の思いかも知れない。 ミルクは、海岸に下りる階段の途中に座って、目映く煌めく海を眺めながら、マサトの熱く燃える眼差しを思い出していた。 「アリス様。泳がれないのですか?」 サーフボードを抱えて通りかかった若い男性が声を掛けてきた。 「波が荒そうだから、ミルには泳げないみたい。」 「サーフィン、教えましょうか?」 「えー・・無理無理ぃ、絶対無理ぃ。」 「ボディボードなら簡単ですよ。波打ち際の波が小さい所でも出来ますから。」 「そーなんだぁ。・・じゃぁ、マサトさんが戻ったら教えて貰おーっと。」 「アハハッ。あてられるなぁ。でも、それが一番ですね。・・ボスが無事に早くお帰りになるといいですね。」 「ホント。・・・ありがとう。」 「今日は、放送はないんですか?・・アリス様があんまり可愛いので、同僚達の間で評判ですよ。」 「あはっ・・・恥ずかしいですぅ。」 「ハハッ。本当ですよ。職場で聞いてるのがバレると、上司に睨まれますが、その実、上司も聞いてたりしているんです。」 「・・そんなぁ・・・お仕事の邪魔にならない?」 「いえ。・・何か嬉しくなるんですよね。アリス様を知るほどに、ボスが見えてくるようで。」 「・・へ?」 「ボスは俺達には雲の上・・神に近い方ですから、お姿は拝見してもなかなか近付けませんし、会う機会があっても挨拶をさせて頂くのがやっとです。・・ボスの功績は俺達の誇りでもありますし、心から崇拝しています。・・ただ、もっと怖い方かと思っていたので、・・ぁ・・済みません。・・何だか、こーゆー女性を好きになられたボスの人柄が、今更に好きになった感じで・・・」 ミルクは、こーゆーって、どーゆー女性?・・と思いつつ、益々恥ずかしさで顔を赤くした。 「今度、放送で出会いのエピソードとか、聞かせてください。楽しみにしてますから。」 「・・ぅ?・・・ぁ・・ハハ・・・」 男は日焼けした顔に白い歯を輝かせ、 「じゃぁ。失礼します。」 と言って、海に向かって走って行った。 ミルクは腕時計を見て、 「ぁぅ・・遅刻しちゃぅぅぅ・・・」 と、焦って立ち上がると、自転車を置いてきた店先へと駆け出した。 時間ギリギリに、汗だくになったミルクが、スタジオに飛び込んできた。 あまり打ち合わせも出来ないまま、放送が始まり、曲をかけている間に次の曲を頼むという、慌ただしい状況での放送となってしまった。 ♪〜♪ ∇「では、次の曲・・ぇ・・まだ?・・・ぁ、ぇっとぉ・・ごめんなさいですぅ。今日はミルが遅刻しちゃいまして、選曲をして貰う時間がなかったものだから、スタッフの皆さんを困らせちゃってますぅ。・・ぁ、用意出来たみたいなので、”HANABI”をお届けします。」 ♪〜♪ ∇「どうして遅刻したかって言うとぉ、あんまり海が綺麗で・・つーか・・海のキラキラ光る輝きがマサトさんの瞳の輝きに見えてぇ・・きゃはは・・ちょこっと恋しくなってましたぁ。通りかかった人が声掛けてくれなかったら、完璧に穴開けてたかもぉ。・・やっぱ、社会人になるには、まだまだ自覚が足りないみたい。マサトさんも、例えバイトでも仕事では責任を持つのが当然、って普段言ってるしぃ、ダメだなぁ、なんてデコパッチンされちゃうかもね。えへっ。・・んとぉ、次の曲は”Voyage”です。」 ♪〜♪ ∇「そー言えばねぇ、声掛けてくれた人が、マサトさんとの出会いが聞きたい、って言ってたけど・・ぅぇッ?・・スタッフの皆さんが手を叩いてるぅ。えー・・マジっすか?・・それほど劇的な出会いって訳じゃないですよぉ?・・いいんですかぁ?・・じゃぁ。・・・それはですねぇ、高校生になる前の春休みでした。友達とコンサート行った帰り道、夜遅かったから酔ってる人達がけっこういて、その中の数人に絡まれちゃったの。で、腕をつかまれて無理矢理引っ張られたから転んじゃって、怖いし悲しいし痛いしで困ってたら、マサトさんが颯爽と現れてぇ、助けてくれた、って感じですぅ。・・ん?・・それだけですよぉ。普通でしょ?なぁーに期待しちゃってたんですかぁ。・・もぉ。次の曲行ってください。”Heartplace”です。」 ♪〜♪ ∇「でも、マサトさんが傷口を縛ってくれたハンカチを、返しに行かなかったら、そのままだったかも。・・ハンカチ返すなんて口実。・・本当は、会いたくて、会いたくて、堪らなかったの。・・その頃のミルは、霞んで消えちゃいそうなほど寂しくて、心が暗く沈んで落ち込んでいたから・・傷口を舐めてくれたマサトさんの温かさと、愛想ないくせに優しい眼差しと、有無を言わせぬ強さに・・ときめいちゃったから。きゃはははっ。あーん、照れちゃうぅぅ。曲、お願いします。”independent”。」 ♪〜♪ ∇「どーして落ち込んでたか、って言うのはぁ・・色々なことが複雑に絡まっちゃってなんだけど・・パパがずっと家に帰ってきてくれない、とか・・ママがお部屋に籠もることが多くなった、とか・・お兄ちゃんに怒られて貶される事が増えた、とか・・受験に失敗して友達と同じ高校へ行けなかった、とか・・色々。・・何だかね、ミルなんていなくてもいいような子に思えてた。・・友達と会えば笑ってたけど、本当は消えかけてた。・・頭良くないし、失敗ばっかするし、自分の意見とか主張とかも出来ない子だし、黙ってると人の輪からいつの間にか弾かれてるような、それでもいなくても気付かれないような・・そんな子だもん。いなくても同じじゃん、なんて思ってた。・・・マサトさんが写真撮るのが好きなの、知ってる?・・色んな国の人達の自然な姿を撮ってるの。人が好きなんだって。ふふっ。きっと、みんなならミルよりわかってるかもね。・・マサトさんが、その写真を見せてくれる、って言ったの。で、パネルを飾ってるお部屋を見せて貰ったんだけどね・・・その中に・・ミルの写真があったの。数ヶ月前のミルがそこにいたの。・・あぁぁ・・ミルを見てくれる人がいたんだぁ、って思って感激しちゃった。・・もっともその写真って、ミルがコケて友達に笑われる直前の写真だったから、恥ずかしくて感激の涙が引っ込んじゃったけどぉ。あははっ。・・その時、付き合おう、って言われたにょぉ〜ん。やぁ〜もぉ〜恥ずかしいぃぃ。曲ぅ、”Ciose to you”。」 ♪〜♪ ∇「マサトさんって、本当はすっごく優しいんだよね。・・つーか・・人が好き、って言う時のマサトさんねぇ、猫みたいな目をして笑うのぉ。人も好き、自然も好き、蛇も好きぃ。あはっ。好きなのがいっぱいだから、それだけ守りたい存在もいっぱいで、だから頑張ろう、って魂を燃焼させてるみたい。だから熱くて苦しくて、悲しくて悔しくて、・・それが厳しさになったり、激しさになるのかなぁ。・・でも、景山さんが、マサトさんがいる限り夢を信じられる、って言ってた言葉が忘れられない。・・きっと、みんながそう思い、願ってるんだなぁ、って思うと・・ミルは邪魔にならないように、マサトさんの影になって、そっと生きていけたらいいなぁ、って思うの。・・皆様の大切なマサトさんの側にいることを、どうか許してくださいませ。お願いしますぅぅ。・・じゃぁ、”WE WISH”。」 ♪〜♪ ∇「えー・・えへへ・・ってことで、今日はあゆシリーズでお送りしておりますがぁ・・あゆ様の好きな所ってやっぱ詩がいいよねぇ。しかも超美人でお人形みたいに可愛いぃぃ。日本でのCMでねぇ、鶴の恩返し風の着物着たりして・・」 と、その時。 《《ビィーッ!ビィーッ!ビィーッ!》》 ――《緊急事態発生ッ!各自、緊急態勢を取れッ!》―― 島中にサイレンが響き、緊迫した声のアナウンスがいきなり飛び込んできた。 「アリス様。緊急事態ですので、放送は中止です。要塞へ参りますので、こちらへ。」 ボディーガードがそう言って、ミルクを促した。 ミルクは青ざめながら、ボディーガードに連れられるまま、要塞へと向かった。 司令部は騒然とし、皆強ばった顔をしていた。 ミルクは声も掛けられず、立ち尽くしていた。 「アリス様。」 忙しく指示を出していた景山が、早足でミルクの側に来ると、 「強大国が攻撃を仕掛けてきました。予想より三日早かった。」 と、苦悩に歪めた顔で、呻くように言った。 ミルクには事態がわからず、困惑して何も言えなかった。 「攻撃されたのは、ボスが行っていると思われる場所に極めて近く・・」 ミルクは大きく音を立てて息を吸い、呼吸を止めた。 「連絡が取れない状況です。・・ボスは万が一攻撃があっても、24時間は待機しろ、との命令を残していかれましたのですが、いつでも応援に向かえるように準備しなければなりません。・・我が組織の友好国に、組織専用の飛行場がありますので、私はそちらに参ります。」 ミルクは目の前が真っ暗になっていた。 それでも踏ん張らなければと足に力を入れ、震える息を吐いた。 「こちらにまで攻撃は及ばないとは思いますが、念の為、アリス様も要塞のボスの部屋で待機していらしてください。」 景山はそう言って、部下の一人にミルクをマサト用の部屋へ案内するように言った。 ミルクもこの場にいたかった。 マサトに通じるマイクがあるなら、ミルクが呼び掛けたかった。 「SSS、応答願いますッ!」 そう呼び掛けている女性は、数カ国語で何事かをマイクに向かって話している。 マサトと連絡を取るにも、専門知識と資格がいるらしい。 ここにミルクがいても、邪魔でしかないだろう。 ・・・ここにいたいッ、ここにいさせてッ! と、心で叫びながら、ミルクは震える足で部下の案内する方へと向かうしかなかった。 |
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<89> 「祈り」 |
§89§「祈り」 ≪≪≪ガッガァァァァーーーンッッッ!!!≫≫≫ 大地の激震。 その揺れが収まらない内に、再び・・・ ≪≪≪ドッガァァァァーーーンッッッ!!!≫≫≫ 地中に穴を掘っただけの簡単な地下壕は、地面に潜って爆発する攻撃に耐えられない。 マサトは暗闇の中で、左足に土砂の重みを感じながら、胸ポケットからペンライトを出して、辺りの様子を伺った。 『ラムールッ!・・大丈夫かッ?』 頭と肩しか見えてないラムールに返事はなかった。 『クソッ!』 マサトはペンライトを歯でくわえ、自分の左足を土砂の中から掘り出した。 ズキッ! 左足を引き抜いた時、痛みが走った。 裂傷はたいしたことないが、脛の骨が折れるかヒビが入ったらしい。 袖ポケットに差してあった折り畳みナイフを脛に宛い、首に巻いたスカーフできつく縛り上げた。 補強しておけば、取り敢えず動ける。 マサトはラムールを急いで掘り出し始めた。 『ボスッ!大丈夫ですかッ?』 隣りの部屋との入り口にも土砂が半分ほど埋まっていたが、掻き分けよじ登ってきた部下が海中電気で室内を照らす。 『そっちの被害は?』 『器材を置いた場所が潰され・・渡部が・・姿が見えません。他の隊員は無事で、出口までの道を確保に行きました。』 『・・渡部・・クソッ・・・親衛隊の連中はどうした?』 『慌てふためいて統制が取れません。』 『ラムールがかなり土砂で埋まってる。土砂を支える鉄板とジャッキを用意して、すぐ来させろッ!』 『了解ッ!』 マサトは服の胸元をつかみ、目を閉じた。 完全に埋まってしまった部下を、すぐにでも救出してやりたいと思っても、ラムールを放っては置けない。 左足より痛む胸を押さえて、キッ、と目を開けたマサトは、再び掘れる部分の土砂を手で必死に掻き出した。 攻撃が収まるのを待って、部隊を分けて急いで移動する。 ラムールと共にいた彼の側近も土砂に埋まってしまい、救出出来なかった。 無理に土砂を崩せば、地下壕全てが崩れかねない。 攻撃の成果を観察する偵察機が、直やって来るだろう。 その前に移動して隠れなければならない。 マサトは、指揮官を失い統制の取れないラムールの部隊に檄を飛ばし、指示を出した。 本郷が応急処置をしたラムールを担架に乗せ、険しい山を奥へと進んだ。 奥地には、ラムールの次に位置する、副司令官が指揮する部隊が潜んでいるのだ。 その別動部隊は、ラムールの潜伏先への攻撃に驚き、途中まで救出隊を向かわせていた。 そして、別動部隊とようやく合流した時、マサトと部下達は銃を突き付けられ、取り囲まれてしまった。 副司令官が怒りに狂った目でマサトを睨み、 『貴様等ッ!敵の回し者だったなッ!』 と、叫んだ。 『・・心外だな。』 『黙れッ!言い訳は聞かぬッ!直ちに処刑してやるッ!』 副司令官は今にも引き金を引く合図を出す素振りでいる。 『・・まて。』 それまで、ずっと目を閉じていたラムールが声を発した。 副司令官は、ハッ、として担架に駆け寄り、跪いてラムールの手にキスをした。 ラムールは乾いた唇を舐めてから、 『同志と敵を見誤るな。・・彼等も部下を失った。・・危険はマサトも共にあったのだ。』 と、弱々しいながらも、ハッキリとした口調で言った。 『くっ・・しかし・・』 『我等の情報は以前から漏れていた。・・そうだろう?』 『敵の間者と思われる者達は処刑しました。』 『・・だが、・・地下壕の位置は掴まれていたのだろう。・・マサト達のせいではない。』 『・・・わかりました。』 彼等にはラムールの言葉は絶対だった。 『マサト。』 ラムールに呼ばれ、マサトが側へ行く。 『部下が失礼をして済まん。・・しばし、休息を取られるがいい。そして、君達は自国へ戻ってくれ。・・部下達に、私の目が行き届かなくなる場合もあるし、・・そうなれば、君達の好意に、恩を仇で返しかねない。・・君は君の天与の使命を果たしたまえ。』 マサトは唇を噛んだ。 もう、どう説得しても聞かないだろう。 『・・わかった。・・だが、ラムール。君も無駄に命を捨てないでくれ。』 『アッサアラーム・・・全て、神の思し召すままに・・・』 ラムールはそう言うと、手を天に向かって掲げた。 『・・私は・・何を望んでいたのだろう。・・・そして得られた物は・・・。 アラブの民の豊かな平和を願っただけだった。 侵略に継ぐ侵略。・・・終わらない戦争・・・ 何千年もはるか昔には・・・富と栄華に、夜も空へ輝きを映した我が民族。 我等が・・・生きる為に戦ってきた荒涼とした大地・・・ ・・だが・・・そこに眠る資源を・・・他国が競って奪い合う。 ・・・アラブの民は嘲られ・・・退けられ・・・幼子にさえ笑みが消えた・・・。』 ラムールは静かに溜息を吐いた。 『ラムール。もう休んだ方がいい。』 『いや。・・・聞いてくれ、マサト。・・・そして、私の愛する同胞達よ。』 副司令官や部隊の者達も跪き、頭を下げた。 『成功した強い部族はいい。 ・・・だが、少数部族を成功者は振り向かない。 我等は我等自身で少数部族の誇りを守るしかなかった。 異国の侵略者達は、私を悪魔の使者のように呼ぶ。 ・・・奴等に私の胸の痛みがわかるのか? 繰り返される侵略と戦争で・・・倒れた子供を抱き上げ・・・ 傷付きながら私に精一杯の笑みを見せてくれる子の小さな手を握り・・・ 生きてくれ、と祈った・・・。 ・・・だが、小さな手は私の腕の中で・・・冷たくなっていった・・・。 守ってやりたかった・・・無垢な笑顔・・・信じて差し伸べた幼い手・・・。 けれど・・・守ってやれなかった・・・。 我等が望んだものは、富や栄華ではない。 ・・・ささやかな平和・・・ささやかな幸せ・・・平凡という夢の楽園・・・』 皆が肩を震わせ、声を殺して噎び泣く。 『・・・力が欲しいと望んだ。・・・ ・・・愛する民を・・・愛する土地を・・・信じる神の導きのままに守る為・・・。 我等が神こそを敵と狙う、異教の徒。 その陰謀を、正義の名の元に隠し攻撃を仕掛けてくる・・・十字軍。 何が正義なのだ? ・・・我等の罪は何だと言うのだ? 他国に侵略し、占領していく者達の言う、正義とは何だ? ・・・そう、叫んでも・・・勝ち誇った奴等の心には届かない・・・。 我等の血を流し続ける心の叫びを、誰が聞いてくれるのだ? ・・・戦うしかないではないか・・・』 『そうだ。共に戦おう。』 マサトはラムールの手を握って言った。 『・・・君は君の同胞と戦うことだ。・・・さぁ、もう、ここを立ち去りなさい。』 ラムールはそう言うと、 『・・・少し疲れた。・・・しばし休息しよう。・・・中へ・・・』 と、呟くように言い、目を閉じた。 副司令官は部下に命令し、担架をそっと運ばせる。 そして、 『先ほどは失礼致しました。我等が指導者の御意志を、どうか汲み取って頂きたい。・・脱出の援助は出来ませんが、山の案内を付けましょう。』 と、丁寧に頭を下げた。 『・・ラムール司令官の怪我が心配です。』 『我等の中にも医者はおります。どうか、これ以上は我等に関わらないで頂きたい。』 副司令官は、覚悟を決めたようなキッパリとした口調で言うと、もう一度頭を下げてから背中を向けた。 マサトは立ち尽くして見送るしかなかった。 マサトは砂埃に煙る空を見上げ、真っ赤に染まって血を流す心で叫んだ。 ・・・心などいらぬ! ・・・力を! ・・・優しさなどいらぬ! ・・・力を! ・・・情けなどいらぬ! ・・・力を! ・・・・・愛する者達、大切な存在を、守れるだけの揺るぎない力が欲しい。 ・・・・・守れずして言葉に出来る愛などないのだ。 ・・・・・戦うしか守れないなら・・・戦う道を俺は選ぶ。 ・・・・・それを罪というなら・・・罪は我が一身で受けようじゃないか。 ・・・・・我が同胞に罪を問うな。 ・・・神よ!・・・悪魔よ! ・・・我が問いかけに答えを返せ! マサトの目から赤い血の涙が零れた。 「ボスッ?!」 本郷が驚いて駆け寄る。 マサトは手の甲で赤い涙を拭い、軽く笑った。 「・・・瞼を少し切っただけだ。心配ない。・・・渡部を置いていくのは忍びないが、他の部下達を無事に戻すには、急いで撤退するしかない。」 「はい。・・残念ですが・・渡部の生存の確立は見込まれません。」 「怪我をした部下達の様子を診てやれ。・・処置が出来次第、出立する。」 「了解。・・ですが、ボスの手当も・・」 「俺はいい。これくらい明日までに治るさ。」 「足の骨は・・ボスでも明日というわけには・・」 「命令だ。ぐずぐずするな。」 「・・御意。」 本郷は渋々、だが迅速に部下達の様子を診て回った。 蛇窟島。 要塞のマサトの部屋には、小さな明かり取りの窓があった。 ミルクは細く差し込む光に両手を合わせて跪き、祈り続けた。 日が沈み、やがて月の明かりが淡く差し込んでくる。 部屋の灯りは灯さずに、ミルクは時々小さな窓から見える星に願うように見つめ、そして再び祈り続けた。 組織員達は皆優れた才能を持っている。 特に、SS隊員は選りすぐりの者達で、マサトと同行したSSS隊員ともなると、各分野のスペシャリスト達ばかりだった。 SSS隊員一人で、小部隊一個分の働きがあると言われているらしい。 それだけの人達が一緒なのだから、万が一のこともあるはずがない、と景山は言う。 けれど、そう言いながら、蒼白な顔を引き締めて、部下に指示を飛ばしているのだ。 部下達も普段の陽気さは消え、真剣に指示に応えている。 その場にいるだけでも邪魔になってしまうミルクに出来ることは、ただ祈ることしかなかった。 ミルクの世話を任された部下が、食事を勧めても、横になって休むように言っても、 「お願いです。・・せめて祈らせてください。・・・こうしていないと・・息をするのも苦しいの。」 と言って、祈り続けた。 ミルクは神を知らない。 神社へも教会へも祈りを捧げたことはない。 それでも、心に神の姿があった。 はっきりとした形ではないが、光に包まれたその存在は、究極の真理とでもいうものだろうか。 空があり、海があり、大地があり、生き物達が存在するように、神は存在すると思う。 そして、風が波を起こし、木々を鳴らすように、神は人々の心を吹き抜けていく。 ・・・出来ることなら、風になり、空を駆けて、マサトのもとへ行きたい。 ・・・叶わないなら、せめて祈りを届けて。 ・・・愛していると。・・・待っていると。 ・・・マサトとマサトと共にある人達を・・・どうか無事にお返しください。 いずこの神か、物語でしか知らないが、神は初めに、闇の中で 『光あれ!』 と言ったという。 そう。・・・闇にこそ、光あるべきなのだ。 目映い光の楽園だけに降り注ぐものではないはず。 苦しみ喘ぎ、藻掻き足掻き、血の闇に心を沈めて、手を伸ばす人々にこそ、神の光を届けて欲しい。 一条の光が部屋に差し込んだ。 月の軌道がちょうど小さな窓を通りかかったのだ。 月の眩しいほどの光に、ミルクの姿が溶け込み、全体が白く滲むように輝いた。 ミルクの青白い頬が真珠のように輝く。 「・・・神様・・・どうかマサトさん達を、お守りください。」 囁くように祈る。 ミルクの様子を伺いにきた部下は、その光景に息を飲み、無意識の内に跪いていた。 鳥肌立つほどに、神々しい光景だった。 ボディーガードも跪き、両手を合わせている。 様子を見に行った部下がなかなか戻らないので、気になった景山がミルクのいる部屋までやってきた。 景山も、息を吸ったまま、しばらく吐くのを忘れて見入っていた。 それから静かに息を吐き出すと、そっと部下の肩を叩き、もういいから、と合図した。 部下は、肩を叩かれて初めて、自分の頬が涙に濡れていることに気付いた。 景山の渡したハンカチで涙を拭った部下は、促されてそっとミルクの部屋を後にした。 「・・・参謀・・・あの方は一体・・・」 部屋から離れた時、部下が小声で景山に聞いた。 景山は静かな笑みを浮かべ、 「以前、ボスが言われた。・・・彼女を見ていると何故か涙が込み上げてくる、とな。・・・何故かは・・・私にもわからないさ。」 と言うと、顔を背けて瞼を指で拭った。 そして、 「・・あの方は・・闇に咲く月下美人。・・闇に光を灯す天使かも知れないな。」 と、苦笑して言った。 「フッ。・・こんな感傷は私には似合わないが・・・たまには夢を持ってもいいだろうさ。」 「はい。・・ぁ、いいえ。・・私も、そう思います。」 「ボスが惚れただけのことはあるだろ?」 「はい。・・感動で・・まだ震えが止まりません。」 「クスッ。・・お前は武者震いしてればいい。ほら、行くぞ。」 「・・はぃ。」 部下は景山のハンカチで、もう一度顔を拭き、鼻水をかんでポケットに突っ込んだ。 おいおい、と溜息を吐き、景山は再び気持ちを引き締めた顔で司令部に戻った。 夜が明け、景山が数名の部下を引きつれて、島を飛び立とうとしていた時、マサトからの連絡が入った。 急ぎ司令部に戻り呼び掛けると、 ―「あまり話は出来ない。・・通信機が壊れ、連絡が遅れたが、これから帰還する。・・心配せずに通常業務に戻ってくれ。」 と、確かにマサトの声で、そう言った。 「お迎えにあがろうかと・・」 ―「いや。怪我人は少ないから、こちらの人員だけで大丈夫だ。」 「了解。何よりです。」 ―「・・・だが・・・渡部を失った。」 マサトの沈痛な声に、景山も他の一同も硬直した。 ―「・・・連れて・・帰れる余裕がなかった。」 「・・はい。・・お気を落とされませぬよう・・・」 ―「うむ。・・渡部の家族には・・俺から詫びる。」 「・・承知しました。」 ―「では・・・以上だ。」 「了解。」 通信が切れると、女性の啜り泣く声が静まり返った司令部の中で洩れてきた。 景山は厳しい顔になり、 「泣くのは早いぞッ。無事のご帰還をお待ちするのだッ。」 と、叱咤し、業務に戻るように指示を始めた。 そして、一通りの指示を出してから、景山はミルクにマサトの無事を伝えに行った。 一晩中、同じ姿勢で祈り続けていたミルクは、喜びで全身を震わせると、崩れるように床に倒れた。 景山が助け起こした時には、糸の切れた操り人形のように、気を失ってぐったりとしていた。 余程、張り詰めていたのだろう。 景山はミルクをそっとベッドに寝かせ、一礼をして部屋を後にした。 《万里様の詩を引用させて頂きました☆》 |
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<90> 「帰還」 |
§90§「帰還」 マサトからの連絡が入った二日後の朝。 洞窟湖の水が沸き立ち、潜水艦はゆっくりと浮上した。 出迎えの人々が固唾を飲んで見守る中、丸い蓋が開き、橋桁が掛けられた。 初めにマサトの姿が見えた。 景山達は敬礼し、広場の人々に歓声と拍手が沸き起こった。 けれど、マサトが血まみれの左足を微かに引きずっているのと、険しい表情をしていることに気付き、静まっていった。 次々と隊員達が艦から姿を現すが、怪我人も怪我をしてない者達も、疲労の色を隠せなかった。 沈黙して見守る人々は、かの地で受けた攻撃の激しさと、そこからの脱出が、容易ならざるものだったことを、改めて感じ取っていた。 「ボス・・・お疲れ様でした。すぐに怪我の手当を・・・」 「俺はいい。・・他の者達を見てやれ。」 「・・はい。」 景山は部下に、怪我をしている隊員達に手を貸して病院へ連れて行くよう、指示した。 そして、マサトが出迎えの人々に視線を泳がせていることに気付き、 「アリス様は研究所の方においでです。」 と、顔を近付け小声で言った。 マサトが怪訝な顔をする。 「喜んで出迎えることが出来なかった人もいるのに、皆の前で、感激して抱きつくような醜態を見せたくないから、と・・・渡部の子供達を預かって、待機されてます。」 「・・渡部の子供を?」 「はい。この島で一番、手が空いているのは自分だからと、落ち着くまでは子供を見れないだろうからと仰られて・・」 「・・そうか。・・・それで、渡部の奥方は?」 「司令部の応接室で待たせてあります。」 「わかった。・・すぐ会おう。」 「お怪我の手当をされてからでも・・」 「・・奥方と・・皆に詫びるまでは、このままでいい。」 「ボスッ。・・いいえ、総裁ッ。貴方が倒れられたら、皆が倒れるのです。感傷だけで、ご自身を痛めつけてることに意味はありません。」 「景山。ムキになるな。・・艦の中で消毒と簡単な処置はしているぜ。・・治療を拒否してると、神の手を自負する本郷と保護者気取りの若松が喧しくてな。」 マサトは片頬に自嘲の笑みを浮かべ、景山の肩を叩いた。 マサトが司令部の応接室に入っていくと、渡部の妻がソファーから立ち上がり、敬礼してマサトを迎えた。 渡部の妻はSS隊員で、訓練所で二カ国語の授業を受け持っていた。 マサトが座るように勧めても、マサトが座るまでは、敬礼の姿勢を崩さなかった。 向かい側のソファーに座ったマサトは、状況を説明した後、 「済まなかった。信頼に応えられず、預かった命を守ってやれなかった。」 と、沈鬱な顔で陳謝した。 渡部の妻は、膝で手を握り締め、 「・・主人共々、常日頃から申しておりました。私達の命は、お預けするのではなく、捧げるのだと。・・選ばれた隊員である以上、いつ何があろうとも覚悟の上です。・・特に夫は、SSS隊員になれた時、最もお側でお仕え出来ることを、心底喜んでおりました。・・どうぞ、夫の為にも、ご自身を責められずに、私達同志をお導きくださいますよう、お願い致します。」 と、毅然とした態度で言った。 「ありがとう。・・だが、この島でこの先暮らすのは辛いだろう?・・覇羅蛇の郷に戻ってはどうだ?」 渡部の妻は、顔を上げてマサトの顔をじっと見つめた。 見つめる内に、その目から涙がこぼれ落ちた。 「・・・お舘様・・・」 「渡部のご両親にも、いずれ詫びに伺うつもりだ。・・君も、母君の元で子供を育てた方が、いいだろう?・・一人暮らしの母君にも、君が側にいる方が安心だろうからな。・・渡部の子供達を、渡部と君が育った故郷で育てるといい。」 渡部の妻は顔を覆って泣き出すと、 「・・わかりました。・・お言葉に従います。・・お心遣い、ありがとうございます。」 と、答えた。 それからマサトは、本郷以上に喧しい景山に根負けし、病院での治療を受けた。 あまり聞き流していると、無傷の若松が、景山から懇々と説教され、挙げ句にいびられるので、堪らずに懇願してきたこともある。 そして、病院から再び司令部に戻り、ラムールのいる国の戦況を探ったり、留守中の諸問題をチェックして指示を出したり、日本で留守を預かる財前や島田とも連絡を取り合った。 深夜になって、ようやくマサトは研究所の自室へ帰った。 寝室で二人の幼子の寝顔を飽きることなく眺めていたミルクは、メイドに呼ばれてテラスの部屋へそっと駆けて行った。 「ミルクッ・・・」 マサトはミルクの姿を見るなり、帰還して初めての優しい笑みを浮かべた。 「マサトぉ・・・」 駆け寄ったミルクが、マサトの胸に飛び込もうとして、寸前で踏み止まった。 マサトの左足の膝から下に、補強のスチールパイプが取り付けられているのが目に入ったのだ。 「・・・マサト・・・足・・・」 ミルクが今更のように恐怖に引きつった顔で、マサトを見上げた。 「バーカ。素直に飛び込んで来い。これぐれぇ、たいしたことじゃねぇぜ。」 と、マサトの方でミルクを、グィッ、と引っ張り、胸に抱き締めた。 ミルクの髪に鼻と唇を押し当て、甘い花の香りを胸一杯に吸い込む。 「・・あぁ・・・いい匂いだぜ。・・俺の楽園の匂いだな。」 「、、、マサトぉ、、、」 ミルクの目から、我慢に我慢して押さえ込んでいた涙が、一気に溢れ出した。 マサトはミルクの顎に手を添えて、顔を上げさせると、唇を重ねた。 熱いマサトの唇が、冷たいミルクの唇を溶かしていく。 ミルクの涙が止まらず、唇が震えている。 マサトの胸に、甘酸っぱく切ない痛みが走った。 「・・ミルク・・・ミルク・・・」 苦しげに名前を繰り返す。 「、、、マサト、、?」 「・・ミルク・・・俺は非力だ。・・・同志の友を救うことも出来ず、・・・仲間まで失った。・・・一人躍起になっても、攻撃を回避させることも出来ない。・・・圧倒的暴力の前では、俺の意地も風前の灯火。・・・嵐の中で・・俺にはもう・・道標とする星が見えない。」 マサトに痛いほどきつく抱き締められる。 骨が軋むほどの痛みが、マサトの魂の慟哭を伝えてくる。 ・・・これほどに悲しい人だったのだ。 ・・・これほどに苦しい人だったのだ。 ミルクはマサトの背中に腕を回し、慈しむように抱き包んだ。 ミルクの細い腕では、包みきれない大きな躰だったが、精一杯に心の翼を広げて包み込む。 「、、マサト、、、マサトがみんなの星だもん。、、、熱く燃える星には、自分の姿が見えなくても、、、こんなにも強く、雄々しく、崇高な光を放って輝いてるよ。、、、だって、、、マサトの魂は、、、こんなにも、、熱い、、、」 ミルクは、マサトの魂を愛撫するように、マサトの胸に頬ずりをした。 「・・・ミルク・・・」 マサトの目からも、熱い涙が溢れてきた。 涙が干涸らびた心に染み込んでいく。 ミルクのヒンヤリとした慈雨の涙と、マサトの熱い魂が息づく涙が、挫けそうな心を暖かく潤していく。 熱い抱擁と熱い口づけ。 ミルクの好きな冷たいレモンティーを入れてきたメイドは、声も掛けられず、しばらく立ち尽くしていた。 「えっ・・・じゃぁ、あのホタテベッドに、渡部の子供達が寝てるのか?」 マサトはレモンティーに咽せそうになりながら、聞き返した。 「うん。、、やっぱり、小さいながらも周りの唯ならない雰囲気を感じるみたいで、怖がって落ち着かなかったんだけど、、、あのベッドが気に入ったみたいで、、、浦島太郎とか人魚姫のお話をしたら、寝てくれたの。、、ふふっ。」 ミルクが嬉しそうに微笑むのを、マサトは胡乱な目で眺め、溜息を吐く。 「ふふ、ってなぁ・・・俺達はどこで寝るんだ?」 「このソファー、、大きいから横になれるよ?、、、毛布と枕、持ってこようか?」 「いや・・・そうゆーことじゃなくてだなぁ・・・」 「明日、渡部さんの追悼式があるんでしょう?、、数日は人の出入りや奥様にも色々用事があるようだから、、、落ち着くまでは、お預かりすることにしたの。、、もちろん、お父様が御立派に職務を全うされた式だから、明日の追悼式には参加するらしいけど、一歳と三歳じゃ、、意味もわからないでしょう?、、、せめて、、それ以外の時は、不安のないようにさせてあげたいの。」 「・・・まぁなぁ・・・」 そう言われたら反対も出来ない。 「・・・けどなぁ・・・部下を死なせて、どの面下げておめおめと帰れるかと言ったら・・・ミルクを思いっきり抱き締めて、ひとつになりたいからじゃねぇか。」 今度はミルクが咽せそうになる。 「、、ケホッ、、、それって、、、違くない?」 「いいだろッ。・・・ケッ!」 「、、なぁーんだか、、拗ねてないぃぃ、、?」 「いーだろーがよッ。・・俺が甘えられるのは、お前ぇくれぇなんだから。」 ポッ、、とミルクの頬が赤くなる。 それからアイスティーのグラスを置き、一度うつむくと、申し訳なさそうな上目遣いで、マサトに視線を向けた。 「・・ん?・・・どうした?」 「、、、あのねぇ、、、」 「・・うん?」 「、、、ぁのぉ、、、」 「・・だから、何だ?」 「ミル、、、お薬飲むのを忘れちゃって、、、に、、なっちゃった、、、」 ズルッ・・・と、マサトの体がソファーを滑る。 「ぁぅぅ、、、ごめんなしゃぃぃぃ、、、」 ミルクが掌を合わせて、顔に押しつける。 マサトは溜息を吐き、 「・・・アッサアラーム・・・全て神の思し召すままに・・か・・・」 と、呟いたが、 「チッ!・・俺はそんな大人しい玉じゃねぇぜッ!」 と言って、ミルクの腕をつかんだ。 「、、ぁ、、、やぁ〜ん、、、怪我してるのにぃぃ、、、」 「うっせぇッ。こんなのはかすり傷だぜッ。」 「ぃゃぃゃぁぁ、、、何するのぉぉぉ?」 「ケツ、ひん剥いて、俺の蛇を突っ込んでやるッ。」 「もぉぉ、、、ぜんぜん、、元気じゃぁーん、、、」 「当たり前ぇだろッ。・・俺は、泣く子も黙る、魔郷様だぞッ。」 「何ぃ、、それぇ、、?」 「俺のやることに、いちいち神様の顔色なんか伺ってられっかッ、ってことだぜッ。」 「あぁぁ〜ん、、、遙か蛇神山の蛇神様ぁぁ、、、マサトが無茶苦茶、言ってるぅぅ、、、」 「アイツは俺の性格は百も承知してるぜッ。ハッハァーッ!」 「もぉぉ、、、わかったからぁぁ、、、ミルの口で、、してあげるからぁぁ、、、」 ソファーに押し倒され、マサトに押さえ込まれたミルクが、喘ぐように言う。 マサトは片眉を上げ、ニヤリとほくそ笑むと、 「・・ふむ。・・・それも悪くないな。」 と、つかんでいた手を離し、ソファーに寄り掛かって、腰を前の方にズラした。 カチャカチャ、と楽しそうにベルトを外し、ズボンの前を開けて、トランクスのテントを張っている蛇をつかみ出し、 「ほら。・・久し振りのご対面だろ?」 と、胴体をつかんで蛇頭を振り回す。 「、、、ぅん、、、」 ミルクはテーブルを押して移動させ、絨毯に膝で立つと、そのまま膝で歩いてマサトの両足の間に座った。 「、、、マサト様の御神体を、、舐めさせてくださいませ。」 冗談っぽく言って、クスッ、と笑い、マサトを見上げる。 「苦しゅうない。好きにいたせ。」 マサトも不敵な笑みで答える。 「でわぁ、、、頂きますぅ、、、」 ミルクは両手を合わせてお辞儀してから、腰を上げてマサトの股間に頭を埋める。 真っ赤になった蛇頭の先端から、丁寧に舐めていく。 先端からカリ顎へ、くぼみからまた先端へと、焦らしながら繰り返し舐める。 溜まりすぎた欲望の我慢汁が、蛇のヨダレのように溢れてくる。 ミルクは舌で丁寧に舐め取りながら、舌を回転させカリ顎まで、ミルクのヨダレと蛇のヨダレを混ぜ合わせながら塗りたくる。 「うぅぅぅぅ・・・たまらねぇぜぇ・・・ミルクぅ・・・」 マサトはミルクの髪をクシャクシャと撫で回し、 「・・ずっと我慢してたんだぜぇ・・・焦らさねぇでくれぇ・・・」 と、呻く。 「、、、ぅん、、、」 ようやくミルクは蛇頭を、カポッ、と口にくわえ込み、顔を上下させて裏筋を擦り始めた。 「あぁぁぁ・・・そこだッ・・そこが・・グッとくるぜッ・・・」 マサトは、ソファーにもたれた背中を浮かせて、目を閉じて喘ぎ声を洩らす。 ミルクは、蛇の胴体の生えている根元を手で握り、頭の動きに合わせて扱き上げる。 「くぅぅぅ・・・めちゃめちゃ最高だぁ・・・あぁぁ・・・生きている実感が湧いてくるぜ・・・」 そう言って熱い息を吐いたマサトは、目を閉じた頭を反らせ、ソファーに擦り付けるように左右に揺らす。 蛇竿をくわえるミルクは、初めはゆっくりと擦り上げていたが、徐々にスピードを上げ、深く飲み込むように頭を上下させていく。 ジュブッ、、ジュブッ、、ジュブッ、、 次第に吸い上げて擦る音が大きくなっていく。 ジュプジュプジュプジュプッ、、、 「はぁぁぁ・・・いいぜぇ・・・萎えかけた魂が燃え滾ってくるぜッ・・・お前こそ・・俺の情熱の源だッ・・・あぁぁぁ・・・もっと・・もっと・・・俺を熱くしろッ・・・もっと・・もっと・・・」 マサトは魘されたように呟く。 だが、それは悪夢ではなかった。 閉じた瞼の裏を、真白い翼を羽ばたかせる妖しい天使が、時々振り返っては妖艶に微笑み、魅惑する。 マサトの魂は、真白い天使を追い求め、漆黒の翼で熱風を起こし、力強く羽ばたく。 戦地のわずかな仮眠で見る夢は、いつも伸ばした手が届きそうで届かない。 「あぁぅぅぅ・・・手に入れる・・・野望全てを・・・手に入れてやるぜッ・・・」 マサトは真白い翼をつかみ、熱く燃える腕で抱き締めた。 「ぐぅぅぅ・・・うぅぁぁぁ・・・あぁぁぁぁぁッ!」 マサトはミルクの頭を、グゥッ、と押さえ込み、喉の奥で激しく射精した。 噴き出してくる熱い迸りに咽せながら、ミルクは濃厚なザーメンを飲み干した。 真白の天使を抱き締め、虹色にスパークする世界で、マサトは心地良い冷たさに、燃やした体を浸す。 マサトの熱く滾る魂と凍り付く冷たい心に、ミルクの熱く滾らせる妖艶さと癒すような冷たい感触が、入り交じり溶け合ってひとつになる。 矛盾と融和の甘い陶酔。 「ハァハァ・・・お前がいる限り・・俺は生き続け・・この身を燃やして輝き続ける・・・お前がいてくれる限り・・俺は神へさえ戦いを挑み続けるだろう・・・ハァァ・・・お前を失わない為・・・愛する全てを守る為・・・」 「、、、マサト、、、」 ミルクが小さな声で呼ぶ。 マサトは頭を起こして目を開けると、ミルクを膝に抱き上げ、 「愛しているぜ・・・俺のミルク・・・」 と、甘く囁き、優しいキスを繰り返した。 翌日、亡くなった渡部の追悼式が行われた。 ミルクが一歳の子を抱き、景山が三歳の子を抱いて、渡部の妻の後ろに付き従った。 マサトは壇上で宣言する。 「志を同じくする同胞の死は、我が心を抉られる思いだ。・・だが、我等は悲しみに打ち沈んでいるわけにはいかない。勇敢なる渡部の死に報いる為にも、我等は果敢に前進する。・・俺は戦い続ける。・・矛盾に満ち、差別が横行し、理不尽さが罷り通る、腐った支配者の圧制をうち倒すまで・・”命、ここにあり!”・・と叫び続けてやるッ!」 《オオオォォォーーーッ!!!》 怒濤のような歓声が上がる。 「神を騙る偽善者共ッ!・・俺を悪魔と誹るがいいッ!・・俺は地獄へ堕ちても、お前等を呪い続けてやるぜッ! 悪魔と蔑んだ者達の恐ろしさを思い知るがいいッ!!」 《オオオォォォーーーッ!!!》 再び、歓声と拍手が起こる。 ミルクは戦慄に鳥肌立ち、これがマサトの生きる険しい道なのだと、噛み締める。 一歳の子が大音響に泣き出しそうになる。 「よしよし・・よしよし・・大丈夫よ。・・・あなたを愛し、守る人達なんだもの・・・」 ミルクは、庇うように頬ずりをし、優しく揺すってあやしていた。 |
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