|
|
|
|
|
<6> 「高校入学」 |
§6§「高校入学」 香蘭学園、入学式。 満開の桜が一陣の風に花吹雪を降らせる。 「お天気が良くて、良かったわね。」 着物を着込んだ母が微笑む。 ミルクは入学式の後に、教室で渡された教科書の重みが肩に食い込んで、気分が重い。 気が重い理由は他にもあった。 幼稚園から大学までの一貫教育をしている香蘭学園は、生徒の8割は中等部から上がってきた人達で、高等部から入学する生徒は少なかった。 しかも、ミルクの中学から入ったのはミルクだけだったのだ。 もう一人入ると聞いていたが、その人は結局、三次志望のあった公立に進んだらしい。 友達付き合いはなかったが、ミルク一人と思うと心細さに落ち込んでしまう。 「そんな顔しないで。ミルちゃんなら、すぐにお友達が出来るわよ。」 母親はミルクの浮かない顔に、気持ちを察して励ました。 拗ねても仕方がない。 「同じ高校へ行こう。」と、美佳と香織の三人で受けた公立に、受からなかったミルク自身が悪いのだ。 美佳は、「香蘭って言ったら名門じゃん。スポーツでも有名だし、そっちの方が羨ましいよ。」と言うが、入学金免除で集められたスポーツ特待生が活躍しているだけのこと。 偏差値も特待生が平均数値を上げているだけで、そうした一部の優秀な生徒を、お金持ちの落ちこぼれが納める高額の入学金及び寄付金、授業料等で賄っているのだ。 友達のいない落ちこぼれには辛い環境に思えた。 ミルクが母親に少し遅れて、香蘭高校の校門を抜けようとした時、 「アリスー!」 と、後ろから呼ぶ声がした。 ミルクは中学時代、男子からは”アリス”と呼ばれていた。 ミルクが振り返ると、 「やぁ、アリス。入学おめでとう。」 と、駆け寄ってきた男がにこやかに言った。 「・・上杉先輩?!・・・ここの高校だったんですかぁ?」 ミルクの顔が明るくなる。 「ああ。叔母が学長している関係で、父も理事をしてるしね。」 「御親族かぁ。・・・すごぉーい。」 「兄貴達みたいに公立受かってりゃ、そっちに行ったけどな。」 上杉は肩をすくめてウィンクしてみせた。 ミルクは、プッ、と吹き出した口元を押さえ、 「何でですかぁ?・・ここだって、有名私立じゃないですかぁ。」 と、フォローした。 「ここから医学部を目指すのはキツイだろ?」 「あ、そっか。先輩の家って病院だっけ。じゃぁ、先輩も将来はお医者様?」 「諦めた。」 「・・ほぇ?」 「アハハッ。つーか、叔母には子供いないから、俺に後を継げってさ。」 「そーなんだぁ。・・・スゴイなぁ。もう、将来が決まってるなんて・・・」 「夢を語れるのは中学までだよ。高校になると現実が見えてくるものさ。」 「えー・・・ミルはまだ、何にも見えないですぅ。」 「入ったばかりじゃ、そうだろな。・・なんなら、俺の花嫁になる?」 「・・・は?」 「アハハハッ。冗談、冗談。・・・ってことにしておこう。」 「もぉぉぉ・・・相変わらずですね、上杉先輩。そーやって、何人の後輩を騙してきたか・・・」 「騙すッ・・・って、人聞きの悪い。」 上杉はミルクの額を人差し指で軽く押すと、陽気に笑った。 ミルクも、少しだけ香蘭学園が好きになってきたので、一緒にクスクスと笑った。 しばらくミルクと上杉の様子を眺めていたミルクの母は、腕時計を見ると、 「ねぇ、ミルちゃん。」 と、声を掛けた。 「ママ、午後から出掛けなきゃならないの。そろそろ家に帰らないと・・・」 「あ、うん。・・先に行って。すぐ走って追いつくから。」 ミルクが振り返って言う。 「じゃぁ、通りでタクシー拾うから、すぐに来てね?」 「はーい。」 「呼び止めてしまって、済みませんでした。」 上杉がミルクに並んで、母親に頭を下げる。 母親は嬉しそうな笑顔で、 「いいえ。知ってる方がいらして安心しました。どうぞ、ミルクをよろしくお願いしますね。」 と、お辞儀を返した。 「はい。お任せください。」 胸を張る上杉に微笑んで、ミルクの母は通りへと向かった。 「じゃぁ、細かいことは、また後で話をしよう。」 「あ・・はい。それじゃぁ・・・」 「アリスも同じクラブに入れよ。中等部から上がってきてる連中に囲まれてると、けっこうキツイだろ?」 「・・うん。」 「俺も去年経験してるから、アリスの気持ちはわかるよ。」 「え・・・先輩もぉ?」 「そりゃそうさぁ。大人の事情なんて、友達同士には関係ないもんな。」 「そっかぁ・・」 「知ってる人間がほとんどいなけりゃ寂しくて当然さ。」 「・・うん。」 「けど、そんな連中ばっかで作ってるクラブだから、すぐに友達が出来るよ。」 「そうなの?・・わぁい!」 ミルクの顔が嬉しさに輝く。 「明日、クラブに案内するね。詳しい話はその時にしよう。」 「はいッ。」 ミルクは笑顔で頷くと、上杉に別れを言って、母親の後を追った。 重かった鞄がいくらか軽くなった気がした。 「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉー!・・それって、どーゆーことよぉ?」 美佳がミルクを睨んで言う。 同じように入学式を終えた美佳と香織が、ミルクの家に遊びにきていた。 ミルクの家同様、入学のお祝いは夜にするらしい。 それまでの時間を、お互いの報告会にしようと集まってきたのだ。 「なんで美佳が怒るのぉ?・・合格組のくせにぃ・・・」 「だって、なんで落ちたミルクがいい思いするのよぉ!」 「・・・え?」 ミルクは一瞬息を飲んだ。 「美佳・・・言い方がマズくない?」 香織が眉を顰めて注意する。 「・・ぁ・・・ごめん。・・・でもさぁ、上杉先輩って、ちょっと軽いけど、けっこう人気あったじゃん。なんでミルクの周りにばっか、美味しい男が集まるのよぉ。」 「そんなぁ・・・美佳は上田先輩と同じ高校に入れたんじゃない。香織とだって、一緒のクラスになれてぇ。・・・ミル、独りぼっちで心細かったから、知ってる先輩がいて良かった、って言っただけなのにぃ・・・クフンッ・・・」 「そうだよねぇ?・・・よしよし。」 香織が泣きそうなミルクの頭を撫でる。 「美佳、最近ミルクに絡みすぎ。」 そう言われて言葉を噤んだ美佳だったが、面白くなさそうに頬を膨らませ、頬杖をついている。 「・・上杉先輩って一時香織と付き合ってた相手だしぃ・・・」 ミルクが口を尖らせて言うと、香織が笑いながら、 「アハハハッ。・・そんなこともあったっけ。」 と言った。 「・・二ヶ月もしないで、趣味じゃない、って、香織から別れたんだよね?」 「アハハッ。もう随分前の話じゃん。忘れよう。」 「・・うん。・・・だけど、一時的にでも友達の彼氏だった相手に、特別な感情持つ訳ないじゃん。」 「わかってるって。ミルクはそーゆー子だよね。」 香織がまたミルクの頭を撫でる。 「フンッ。学長が叔母さんなんて、ラッキーじゃん。そーゆー先輩がいれば、ミルクは守って貰えるでしょ?」 「・・上杉先輩は・・友達同士に大人の事情は関係ない、って言ってたもん。・・・じゃぁ、美佳は・・・ミルが友達も出来ずにイジメられればいい、って思ってたの?」 ミルクはさっきの美佳の言った言葉に、まだ傷ついていた。 「まぁまぁ・・・美佳も上田先輩と気まずいままで、苛立ってるのよ。」 香織が取りなすように言った。 「・・そうなんだぁ・・・」 ミルクは溜息を吐いて頷いたが、内心では納得出来なかった。 自分がハッピーじゃないから、自分より不幸な人間が見たい、って思ってるのだろうか。 ミルクがどんなに寂しくて不安な気持ちで入学式の席にいたか。 そのままの気持ちで暗い顔をしていれば良かったとでもいうのか。 美佳は頬杖をついてそっぽを向いているし、ミルクはうつむいてしまっている。 気まずい沈黙が流れていた。 その時、ミルクの携帯が鳴った。 マサトからの電話だった。 「・・はい・・・」 ―「やぁ。入学式は無事に済んだかい?」 「・・うん。」 ―「そっか。おめでとう。」 「・・ありがと。」 ―「入学のお祝いしたいなぁ。出て来られる?」 「・・今日はママとお兄ちゃんと食事に出掛けるの。」 ―「夕方だろ?・・それまでには送ってくから。」 「・・でも・・・今日は無理。」 ―「・・・・・ミルクッ!」 マサトが不機嫌に声を荒気たので、ミルクはビクッと緊張する。 香織がミルクの表情に、ん?、と首を傾げてみせる。 ミルクはぎこちなく笑って首を振る。 ―「お前、俺を避けてないか?」 「違うよぉ。・・今、友達が家に来てるのぉ。」 ミルクはそう答えたものの、あの日から今日までの三日間、マサトの誘いを色々言い訳して断ってきたのである。 マサトを好きだという気持ちは変わっていなかったが、陰とか闇とか、ミルクにはさっぱりわからなかったし、得体の知れないマサトに、憧れだけでは済まない怖さを感じてしまっていた。 そして、それでも惹かれていく自分が一番怖かった。 ―「友達?・・本当に?」 「本当だもん。」 ミルクが苦しそうに言った時、ミルクの携帯を美佳がかすめ取った。 「あ・・美佳ぁ・・・」 美佳は立ち上がって、数歩ミルク達から離れると、 「もしもし?マサトさん?・・ミルクの友人の美佳ですけどぉ・・」 と、マサトに話し掛けた。 ―「・・・ぅ・・・マジかよ・・・」 マサトが息を吐き出すように呟いた。 「どうして合コンがダメなんですかぁ?」 ―「・・・夜は仕事が忙しいんだ。悪いな。」 「だったら、昼間でもいいですけどぉ?」 ―「・・・昼は眠い。・・・つーか、ミルクに代われ。」 「あのッ・・・シルバーアクセサリーって、いつ、どこで売ってるんですか?・・私、欲しいなって思って、あの喧嘩の夜に会った場所に何度も行ってるんですけどぉ・・・」 えっ?! ミルクは凍り付いた顔で美佳を見上げた。 香織は片手で顔を覆った。 ―「あれは趣味だから決まっちゃいねぇよ。・・いいから、ミルクに代われ。あんたと話すことは何もないぜ。」 「あら、そんなこと言っていいのぉ?・・ミルクのママに言っちゃうかもよぉ?」 「美佳ッ!・・ヒドイーッ!」 たまらず、ミルクが涙まじりに叫ぶ。 「なにさ!お嬢様ぶって!・・親にチクられたくないような男と付き合ってるくせに、何がマイプリンセスよ?!何が香蘭学園よ?!」 美佳も泣きながら叫ぶと、携帯を壁に思い切り投げつけた。 そしてそのまま階段を駆け下りて、帰って行ってしまった。 携帯を拾ったミルクは耳にそっとあててみる。 「・・・もしもし?」 ―「・・ルク・・・い・・ぶか?」 雑音が入るが、まだ繋がっているようだ。 「・・・マサトぉ・・・」 ―「今・・ら・・・かえに・・く。」 マサトの方にも雑音が入るようだ。 マサトは、何度か繰り返し、「今から迎えに行く。」と言って通話を切った。 ミルクは携帯を胸に抱えて泣きじゃくっていた。 香織はミルクを宥めながら出掛ける支度を手伝ってくれた。 それから、泣いているミルクに代わって、戸締まりの確認をし、玄関に鍵を掛けると、マサトの車が来るまで、ミルクを励ますように肩を抱いて一緒に待っていてくれた。 通話を切ってから15分ほどで、マサトがミルクの家の前に車を停めた。 真っ赤なフェラーリが停車するなり、降りてきたマサトがミルクを抱き締める。 「あんたは?」 「え・・あ・・ミルクの友人の香織です。」 「そうか。美佳って名でなくて良かったな。・・俺は女でも殴る男なんでな。」 「・・はぁ・・・」 香織はマサトの剣幕に苦笑いを洩らした。 「じゃぁ、ミルクのことお任せしました。・・美佳には意見しておきますので・・・済みませんでした。」 「あんたが謝ることじゃないだろ?」 「・・そうですが・・友人として、こうなる前に止めなかったことを反省してます。」 「・・・ふーん。あんたは賢い子だな。・・・なら、俺がミルクの友達と付き合いたくない理由もわかるだろ?」 「・・多分、わかると思います。」 「俺が守れるのはミルクだけだ。・・俺に近付いてもいいことはないぜ。そう言っておいてくれ。」 「はい。そうします。」 マサトはにこりともせず頷くと、ミルクを助手席に座らせた。 そして運転席にさっさと座って、車を発進させた。 呆然と見送った香織は、車が見えなくなってから溜息を吐いた。 危険だけれど惹かれてしまう魅力溢れた男。 優しいけれど優しくない、優しくないのに優しい、不可思議な男。 白馬ならぬ真っ赤なフェラーリで颯爽と現れる。 美佳でなくても、ミルクを羨み妬んでしまう気持ちは、わからないでもなかった。 「・・でも・・趣味じゃないし・・・」 香織はフッと笑みを洩らすと、自分の家へと帰っていった。 マサトのフェラーリはマンションではなく、別のビルへと入っていった。 そこに着くまで、マサトに手を握られ優しく慰められていたミルクは、赤い目をしていたものの、どうにか涙は収めていた。 車が停止する前に、すでに数人の男が待機していた。 マサトが車を降りると、 「ご苦労様です。」 と、男達が頭を下げる。 一人の男が助手席のドアも開けようと手を伸ばした時、 「手ぇ出すんじゃねぇ!」 と、マサトが怒鳴った。 「はぅっ・・失礼しました。」 マサトは自分でドアを開け、ミルクに手を貸して助手席から降ろした。 「・・・ここは?」 「俺の会社。・・クックッ。普通の会社だから心配するな。駐車場まで来たのは、この車を他の奴に運転させたくないからさ。慣れない奴が運転すると、すぐ擦っちまうんだ。」 「・・・ふーん・・・え・・じゃぁ、お仕事があったの?」 「いや。仕事はいつもあるといえばあるし、ないといえばない。クックックッ。・・つーか、携帯を壊されちまっただろ?買い換えさせるから、それまで俺の部屋で待ってようぜ?」 「・・・あ・・・うん。・・・ありがとぉ。」 「話が出来ないと俺の精神が乱されちまうからな。ハハッ。」 マサトは軽く笑ってから、ミルクを促して建物の中へと入っていった。 一人の男がマサトの車番で残り、他の男達はマサトの後に従った。 重厚な扉には金のプレートで『会長室』とあった。 荘厳な趣のある室内に、ミルクはキョロキョロと落ち着かず見回していた。 マサトはミルクの手を引いて奥の大きなデスクに回り込み、ゆったりとした革張りのイスに座ってミルクを膝の上に抱いた。 「・・・ぇ・・・ぁ・・・」 ミルクがなにか言おうとする前に、マサトに唇を塞がれる。 まだ、駐車場から付いてきた男達がいるのに・・・。 秘書らしい男が書類を持ってデスクの前に立っているのに・・・。 女性の秘書が飲み物の好みを聞いているのに・・・。 マサトはお構いなくキスを続けている。 時々、唇を離した合間に、指示を出す。 ミルクの壊れた携帯を部下の一人に渡して、最新の機種に替えるように言い、女性秘書には冷たいレモンティーを持ってくるように注文し、男の秘書には書類を読み上げさせる。 キスを繰り返し、秘書の書類を読む声をBGMのように聞き流し、ミルクの頬を手で優しく撫でる。 そう言えば、今日のマサトはスーツを着ている。 「・・・ん・・・ぁふっ・・・ねぇ、マサト・・・お仕事していいよぉ?」 ミルクがマサトのネクタイを触りながら言う。 「ん?・・ああ、これか?・・入学祝にアクセサリー買ってやろうと思って、スーツにしたんだよ。宝石店に入るにはスーツじゃないとな。」 「宝石?!」 「パパがドレスをプレゼントしてくれたんだろ?・・だったら、ジュエリーも身につけた方がいい。」 「・・ブレスレットがあるもん。」 マサトは猫笑いをすると、ミルクの耳と首もとに触れた。 「・・あ・・・」 「ミルクはどんな宝石が好き?」 「・・んー・・・」 ミルクが考える間も、キスをしてくる。 「・・ぇっとぉ・・・ダイアモンドはもちろん綺麗だと思うけどぉ・・ルビーも赤くて可愛いなぁ。」 「クスッ。そうだな。ミルクの白い肌には真っ赤なルビーが栄えるぜ。」 マサトは丁度飲み物を運んできた女性秘書に宝石商を呼ぶように指示した。 「本当は店の方に行った方が色々選べると思ったんだが、携帯が届くのを待ってなきゃならねぇし、時間がないから、仕方ねぇな。」 マサトは美佳のことを思い出したようで、忌々しそうに言った。 「俺はこーゆー表の顔も持ってるんだ。ミルクの両親の前にだって、堂々と出てやるさ。・・・だから、友達が何を言っても、気にするんじゃねぞ?・・ん?」 「・・・うん。」 それから、マサトはミルクにレモンティーを勧め、その間に秘書が読み上げた書類にサインをしたり、問題のある物には再考するように告げた。 聞き流していると思ったが、内容はしっかり聞いていたらしい。 秘書が下がった時、ミルクはマサトにそっと耳打ちした。 「ねぇ・・ちゃんと会社で仕事してるのに、どうして陰なの?」 マサトは苦笑して、囁き返した。 「いくら大金を動かそうと、会社の純利益なんてたかが知れてるし、個人に割り当てられる報酬なんてカスみたいなものだぜ。・・俺の親父は闇の組織の総裁だった。俺が引き継いだのはそっちで、この会社も趣味で始めたようなものさ。・・つーか、時代が変わったからな。闇に生息していても、表の顔も必要って訳さ。」 ミルクは眉を寄せて唇を尖らせる。 その唇にキスをして、マサトが、 「どうした?」 と聞く。 「だって・・・ミル・・滑り止めに行くしかなかった落ちこぼれの子だって・・・わかって付き合ってる?」 ようするに、ミルクにはわからない説明だったのだ。 マサトは優しく笑って、 「・・そこが、可愛いんだ。」 と、抱き締め、長いディープキスをした。 |
|
<7> 「兄の威光」 |
§7§「兄の威光」 こーゆー人を本当の”お嬢様”って言うんだろなぁ。 ミルクは窓枠に寄りかかって、クラスの人だかりの中心にいる少女を眺めていた。 話の合間に時々、”ばあや””ねえや””運転手”という言葉が出てくる。 彼女の名前は一条小百合。 父親は華族の血を引く財閥の一門で、大企業の重役をしている。 その妻となった小百合の母は、若い頃はスター女優で、今はTV番組の司会をしている。 美人女優の娘だけに、小百合も華のある美人だ。 バイオリンにピアノにクラシックバレエも習い、英語と仏語も堪能だという。 そんな小百合は、幼稚舎から香蘭学園に入っている為、長年来の取り巻きがいて、更にその周囲を親衛隊が囲んでいる。 ここまでくると、もう、「御立派。」としか言いようがない。 ミルクは校庭に視線を移して、小さく溜息を吐いた。 春の微風が髪を揺らして首もとをすぎていく。 陽射しは暖かく、朝から眠気を誘う。 体操着に着替え、渡されたカードを持って、身体測定に呼ばれるのを待っているミルクは、窓にもたれて目を閉じている間に、うっかり睡魔に引き込まれていた。 微かに校庭で体力測定の準備をしている声が聞こえている。 が、不思議に教室のざわつきは、耳から遠ざかっていった。 花の香りを含んだそよ風が心地いい。 髪が頬をくすぐる感触も優しい。 ミルクは無意識に微笑んでいた。 陽射しを浴びたミルクの肌は透明感を帯びて白く輝いている。 長いまつげが影を差し、開きかけた唇が柔らかな膨らみをもって紅い。 穏やかな息遣いが微かに上下する胸の膨らみでわかる。 この、春に溶け込むような情景に引き込まれて、ミルクに視線を奪われたのは、男子だけではなかった。 けれど、そんな自分をミルクは知るよしもない。 幸せそうな微睡みに、ゆっくりとした時間が流れていった。 カクッ・・・ と、力の抜けた膝が折れ、態勢を崩しながら目を覚ましたミルクに、教室にいた人達から失笑が起きた。 完璧に眠ってしまっていたのか、記憶が飛んでいるミルクは、ハッ、と教室を見渡して、さっきまでの人だかりがないことに気付いた。 失笑した人達も急いで教室を出ていく。 どうやら身体測定の順番がミルク達のクラスになったようだった。 ミルクは慌てて教室を後にしながら、誰も声をかけてくれなかったことに、改めて部外者の寂しさを感じていた。 身体測定が終わり、体力測定になると、学年もクラスも関係なく、各自で空いている所を選んで並ぶ。 そうなると友達同士数人がグループになって回ることになる。 ミルクは一人でカードを眺めながら、楽な種目からがいいなぁ、と蠢く集団を力なく見ていた。 「アリス!」 不意に肩を叩かれて振り向くと、上杉が笑顔で立っていた。 「ぼんやりしてると遅れるよ。さぁ。」 上杉がミルクの手をとって一つの列の後ろにつく。 「どこがいいか、なんて選ぶ前に並ぶ。それが早く終わらせるコツさ。」 「・・だってぇ・・・反復横飛び、嫌ぁーい。」 「嫌いだって、どうせやらなきゃならないだろ?」 「・・そうだけどぉ・・・」 「楽しみながらやれば、大変なことでもすぐ終わるものだよ。」 「・・楽しくない。」 「こらこら。そう言わずに。」 上杉はクスクス笑ってから、 「いい機会だから友達を紹介するよ。こうやって話してれば待ってる時間も楽しくなるだろ?」 と言って、側にいた男子二人に、 「彼女が白川2中の”アリス”こと有栖川美琉玖ちゃん。慶京高校、有栖川美都琉の妹だよ。」 と、紹介した。 ミルクはその時になって、初めて二人の男子も一緒だったことに気付いた。 これだけ人が集まっていたら、声を掛けなければ一緒にいる友達なのか、判断するのは難しかった。 「なるほどぉ・・・よろしく、アリス。俺は川島大介。」 「確かに。・・あ、俺は響木渡。よろしくね、アリス。」 川島と響木は、何かを納得するように頷きながら、自己紹介をした。 「あ・・は・・初めまして。よ・・よろしくお願いします。」 ミルクは顔を真っ赤にしながら、直角に頭を下げた。 上杉だけだと思っていて、つい愚痴ってしまっていたことが恥ずかしくなったのだ。 それでも、ミルクは浮かんだ疑問を上杉に聞かずにはいられなかった。 「上杉先輩。・・どうして、なるほど、と、確かに、なんですかぁ?・・それにお兄ちゃんの名前まで出すなんてぇ・・・」 「有栖川先輩って、かなり有名人なんだよ。」 「・・ほぇっ?・・・そんな悪いことしてるんですかぁ?」 ミルクの言葉に三人の男子が笑い出す。 「ププッ・・・逆だよ、逆。・・有栖川先輩、模試では常に全国ランクトップテンだし、女子高生の間では密かなアイドルだしね。」 「それで上杉が、有栖川美都琉は同じ中学の先輩だったって言ってたんだ。」 「そうそう。で、彼の妹の”アリス”って可愛い子が、後輩だったって。」 川島と響木が上杉の後を引き継いで説明した。 けれど、妙に可笑しそうに笑いをこらえながら言う。 ミルクは眉を寄せ、斜に上杉を見上げた。 「・・・もしかして・・・笑い話のネタにしてました?」 「え・・いや、違うって。可愛い子って響木も言っただろぉ?」 上杉がぎこちなく笑う。 「・・・怪すぃ〜・・・」 ミルクは思い切り頬を膨らませ目を眇めた。 すると、また三人が笑い出す。 「だからさ・・ハハッ・・普通、可愛い子はそこまで顔を崩さないって・・」 川島が、笑いが止まらないまま言う。 「感情をあまり表に出さない有栖川美都琉の妹は、そっくりな顔なのに、兄とは対象的に感情のデパートだってさ。」 「しかも、授業中、外を見ているアリスを注意した先生に、”パパぁ”って・・・」 「そ・・それはッ・・・ちょこっと違うことを考えてて・・頭の中が現実に戻るのが追いつかなかったからですぅ!」 ミルクはカードを胸に抱えて、足踏みをする。 「けどさぁ、クックッ・・その先生、真っ赤になって、それ以来アリスと目が合う度に顔を赤らめるようになったんだろ?」 「・・・香織から聞いたんだぁ・・・」 上杉は香織の名前が出ると、一瞬目を伏せ、肩をすくめてみせた。 「別にそれだけじゃなく・・”アリス”は白川2中じゃ有名だったもんな。面白い逸話が豊富で、男子の間じゃアイドル並みに噂されてたんだよ。」 「・・・面白い・・・。・・・それって・・・アイドルと違くありません?」 「アハハッ。まぁ、いいじゃん。人気があったってことなんだからさ。」 「・・・ぅぅ・・・お兄ちゃんには、ボケの天然記念物だって言われるし・・・最悪だぁ。」 「へぇ。あの有栖川先輩がそんなことを言うんだ。」 上杉が意外そうな顔をする。 「お兄ちゃん、家では超ガサツで無神経で・・怒りんぼですよぉ。」 「ハッハッハッ。内情暴露?・・憧れてる女子高生が聞いたら・・アリスの方が怒られるぞ。」 「えー・・・クフン・・・お兄ちゃんって得なんだよなぁ。」 「けど、有栖川先輩ってアリスを超可愛がってたじゃないか?」 「・・・そうですかぁ?」 「みんなが”アリス”って呼ぶようになったのも、先輩が”俺の許可なく名前を呼ぶな。”って言った一言から始まったんだよ。」 ミルクはキョトンとして、目を瞬かせた。 「しかも、”俺と勝負して勝てないような奴は付き合う資格なし。”って睨みを効かせてて、誰も告白出来なかったって・・有名な話さ。」 「・・・ふーん・・・」 「いねぇよなぁ?・・有栖川美都琉に勝てる奴はそうそう・・」 「剣道だって代表になって全国三位だしなぁ。」 「・・・そーなんだぁ・・・」 ミルクの知らない兄の一面を聞いて、妙な気分のミルクだった。 上杉のお陰で、気の重かった体力測定も楽しく終えることが出来、上杉が自分と親しい相手が側に来る度にミルクを紹介したので、知り合いも増えた。 そのことには感謝したミルクだったが、上杉の紹介する相手が男子ばかりなので、いつの間にか男子ばかりに取り巻かれてしまっていたことに、戸惑っていた。 女の子同士で行動している人達から、冷たい視線が向けられる。 ミルクは友達関係の難しさを実感した。 そしてこの日、上杉達が”アリス”を連呼していたことで、ミルクはこの香蘭学園でも”アリス”と呼ばれるようになる。 中学時代に”アリス”という愛称が出来た理由を初めて知ったミルクだが、男子が好んで”アリス”と呼ぶ本当の理由は知らなかった。 ミルクが、ぼんやり考え事をしている時の表情が、夢見るようにふんわりと柔らかなので、”不思議の国のウサギを追いかけている”ように見えるらしい。 だから、”不思議の国のウサギを追いかけているアリス”という意味を含んで”アリス”と呼ぶのだった。 男子に限らず、そうした柔らかな印象のミルクに好意を持つ人達は少なくなかったが、ミルク本人にしてみると、失敗する度に笑われるので、自己嫌悪に陥ることも度々だった。 帰りのHRが終わった時、上杉がミルクを迎えに来た。 上杉のクラブに案内する為である。 ミルクは、昨日の美佳との喧嘩で、すっかりその約束を忘れてしまっていて、マサトと会う約束をしていた。 「あ・・そっか・・・どうしよぉ・・・」 「どうしよう、って・・もう、みんなにアリスを紹介するって言ってあるんだからさ。」 「そうなのぉ?・・・明日じゃダメ?」 「今日都合が悪かった奴も、それならって残ってるんだよ?・・明日用事がある奴だっているし・・・何かあったの?」 「・・え・・・あ・・・か・・・」 ミルクは、彼氏との約束が、と言おうとして口ごもった。 昨日の美佳が言った、「親にチクられたくない相手と付き合ってるくせに。」という台詞が蘇ってきたのだ。 まだ親しい友達もいない香蘭学園で、勝手な噂を流されたら、今よりもっと悲惨な学園生活になりそうな気がした。 ミルクの奇妙に途切れた言葉に上杉が首を傾げる。 「・・帰りに友達と落ち合う約束しちゃって・・・」 ミルクが、えへへ、と耳の後ろを掻く。 「うーん・・友達、携帯持ってるだろ?一時間でいいからさ、約束遅らせて貰えないか?」 「あ、はい。じゃぁ、そうします。」 ミルクは鞄から昨日買い換えて貰った携帯を取り出すと、マサトにメールした。 @「ごめんなさい。放課後、クラブ見学があったの。少し遅れちゃうけど、ごめんね。」 ―@「学校の都合なら仕方ないな。だったら、終わる頃迎えに行くよ。」 @「えー?!あのフェラーリで?・・それってマズイよぉ!」 ―@「何が?・・ま、いいさ。他のお迎えと変わらない地味に黒い車で行けばいいんだろ?」 @「でも・・ミルの家は、お迎えが来るほどお金持ちじゃないもん。」 ―@「校門から少し離れて停めておくから、大丈夫さ。」 ミルクは迷っていた。 だが、上杉が待っている前で、あまりメールに時間をかけられなかった。 仕方なく、了解してメールを終わらせ、 「お待たせしました。」 と、上杉に笑顔を向けた。 案内されたクラブは、『チャレンジクラブ』。 ミルクは部室に下げられた名称を見上げて、眉を寄せた。 チャレンジ、なんて言葉は、ミルクの性格からは出てきそうもなかったのだ。 ドアを開けた上杉は、不安に足が止まっているミルクの背中を軽く押し、中へと招いた。 「いらっしゃい、アリス。」 「ようこそ、アリス。」 「歓迎するよ、アリス。」 ざっと見回して10人くらいだろうか。 半分が女子だったので、ミルクはひとまず安心した。 「初めまして。有栖川美琉玖です。よろしくお願いします。」 「そんなに緊張しないで、気楽にしてね。」 フフッ、と笑って、上級生らしい女子がミルクにイスを勧めた。 「覚えてないかなぁ?・・私も同じ中学だったのよ。有栖川君とは違うクラスだったけど。・・でも、委員会とかではよく話したりしてたの。」 「そうなんですかぁ。」 ミルクは嬉しくなって、目を輝かせて頷いた。 彼女は篠田麗子、『チャレンジクラブ』の部長をしている三年生。 積極的で明るい性格の彼女は、入学した当時、既存のクラブが中等部から上がってきた人達中心のクラブだったことに反発し、新しくこのクラブを作ってしまったというパワーの持ち主だった。 『チャレンジクラブ』は、月二回ペースで色々なレジャーやイベントに参加するクラブで、季節やテーマによって毎回やることは違うらしい。 春なら花見、夏なら海へ、時にはボランティア活動に参加したりと、とにかくみんなで楽しく行動して友好を深めよう、という趣旨だと麗子が説明してくれた。 「でも、一番の目的は、一人で悩まない、ってことなの。」 「どうしても高等部から入学してくる者にとっては、すでに力関係が出来てて仲間意識の強い他の人達に溶け込みにくいだろ?」 「そうそう。だから、教室にいるのが辛くなったら、この部室に来てみんなで楽しく話したりして元気を出そう、ってクラブなんだ。」 川島と響木がにこにこと笑って言う。 「一年生で誘ったのは、まだアリスが最初だけど、クラスの仲間になれない子とか見つけたら誘うつもりだから、その内きっと一年生同士でも友達が出来るからね。」 上杉が優しく言った。 「お昼にはお弁当持ってきて、ここでみんなと一緒に食べましょう?・・フフッ。上杉君のお陰で、こんなに広い部室を借りられてるし、ね。」 麗子が上杉に軽くウィンクする。 「ま、ま、いいじゃないっすか。」 上杉が照れたように顔を赤らめて笑う。 「ここなら食後のコーヒーも飲めるし、最高だよ。」 「アリスがココアがいいなら、明日用意しておくからね。」 「おいッ。川島、抜け駆けするなよッ。」 身を乗り出して言う川島の頭を響木が小突いた。 それを見た上杉は笑いながら、 「ダメダメ。まだ、有栖川先輩の認可はおりてないだろ?」 と、釘を刺す。 「それは中学時代の話だろぉ?」 「そうでもないらしいよ。ね、麗子さん?」 上杉をはじめ、他のみんなも部長である麗子を名前で呼ぶ。 学年を意識せずに仲間感覚で付き合おう、ということらしい。 「ええ。有栖川君から、久々に電話が来たと思ったら、”妹をよろしく。”だもの。やっぱり過保護なお兄様のままだわぁ、って感心しちゃった。フフッ。」 「えー・・・そうなんですかぁ?」 ミルクが目を丸くすると、麗子は、うんうん、と頷く。 「しかも、”いつでも勝負する、とそちらの男子に伝えておいてくれ。”ですって。」 麗子がこらえきれずに、アッハッハ、とお腹を抱えて笑い出す。 「チェーッ。・・遠隔睨みかよ。」 「・・・だから、勝てねぇって・・・ハァ・・・」 川島と響木はガックリとテーブルに額をつけた。 ジョークのフリだとはわかっていたが、みんな可笑しそうに笑う。 ミルクはそんな二人より、最近冷たいと思っていた兄のミツルが、内緒で気にしていてくれたことが嬉しくて、頬を赤くしていた。 楽しく会話していたので、すっかり時間を忘れて話し込んでいたミルクは、上杉に友達との待ち合わせのことを聞かれて、慌てて席を立った。 まだ、話していたい気持ちもあったが、明日からはお昼にも顔を出せる。 ミルクは先に帰ることを詫びて、クラブを後にした。 校門を出て辺りを見回したミルクは、黒塗りのベンツを見て、ギクリとした。 まさか?!と思っていると、助手席から降りた男が、ミルクに一礼して後部座席のドアを開ける。 ミルクはこんな光景を他の人達に見られないように、焦って車に走り寄り、後部座席に飛び込んだ。 「クックックッ。そんなに会いたかった?」 ミルクを抱き留めたマサトが、ミルクの髪を撫でながらキスをしてくる。 「・・ぅんッ・・・違うーッ。全然地味じゃないじゃんッ。」 「この学園なら、こんな車は珍しくもないぜ。・・だろ?」 「だって、ミルクの家のレベルじゃ、あり得ないもん。」 「わかりゃしない、って。」 マサトは気にせず、またキスをする。 車は静かに走り出している。 キスをされるうちに、ミルクの拘りもとろけて消えていくようだった。 「・・んん・・・ぁ・・・ぅふ・・ん・・・」 車でのキスにドキドキしながら、ミルクはいつしかマサトの体に腕を回していた。 キスの合間に、マサトの肩に頬をすりすりとする。 ぼんやり流れる外の景色に、時々制服姿の陰が過ぎる。 学校帰りに男の腕の中でキスをしている。 悪い子になった気分だけれど、何だかくすぐったい快感があった。 ふと、お兄ちゃんが知ったら怒るだろうか、とミツルの顔が浮かぶ。 ミツルとマサトが勝負したら・・・マサトが勝つだろなぁ、と思う。 でも、勝負はして欲しくなかった。 マサトに恋していても、最近冷たいと感じていても、やっぱり兄が好きなミルクだった。 今夜兄が帰ったら、クラブのことを話してお礼を言おう、と思いながら、マサトの甘いキスにうっとりと意識を絡め取られていった。 |
|
<8> 「喧嘩の後で」 |
§8§「喧嘩の後で」 ―「俺を裏切るのかッ!!?」 電話に出た途端、マサトが怒鳴った。 お風呂から上がってきたばかりのミルクは、思わず携帯を耳から遠ざけた。 それから、恐る恐るまた耳に近付けると、怒ったままのマサトが文句を羅列している。 ミルクには訳がわからなかった。 ―「ずっと電話してるのに、どうしてすぐに出ないッ?」 「だってぇ・・今、お風呂から出てきたんだもん。」 せっかく電話に出たのに、とミルクは見えない相手に頬を膨らませる。 夜の電話はしない約束だったのだ。 たまたま兄がまだ帰らないから出てあげたけど、下には母親がいるのに・・・ 「そんなに怒ってもミルにはわかんないよぉ。」 あまり大きな声では話が出来なかった。 ―「他の男と付き合ってるなんて聞いてないぞッ!」 「・・・はぁ?」 一体誰のことを言ってるのだろう。 「誰が誰と付き合ってるのぉ?」 ―「俺がミルク以外の誰の話をすると思ってるんだッ?」 「だって・・・それってミル知らないもん。」 ―「なら、この写真はどーゆーことなんだッ?」 「写真?・・・どんな?」 ―「めちゃめちゃ可愛い写真だよッ!」 「・・・それじゃ、わかんないじゃん。・・・てゆーか・・・メールにして?そろそろお兄ちゃんも帰ってくるし・・・」 ―「こんな腹が立ってる時に、もどかしくメールなんてしてられねぇぜッ!話は明日会った時にするッ!」 一方的にそう言ったマサトは通話を切ってしまった。 ミルクは、取り残された気分で、呆然と携帯を見つめていた。 今日も放課後のひと時をマサトと過ごしていたのだ。 その時には、マサトが怒るような気配は何もなかった。 家の近くまでフェラーリで送ってくれて、明日土曜日のデートの約束を確認して別れたのだ。 一体何があったのだろう。 訳がわからないまま悲しくなってきたミルクは、ベッドに突っ伏して泣きじゃくり出した。 頭の中は色々原因を探している。 クラブのことも、上杉のことも、もう話してあったし、マサトも理解してくれていたのだ。 そして、週二日までなら、放課後に『チャレンジクラブ』に顔を出していい、という許可も貰っている。 クラブに参加する日は、放課後、マサトに会えなくなるので寂しかったが、学園生活での孤独感も怖かったミルクは、クラブの人間関係も大切にしたかった。 けれど、それをマサトが怒ってるとは思えなかった。 まして、”裏切る”という言葉は出てこないはずだった。 いくら考えてもわからないミルクは、布団を頭から被って、言いようのない不安に襲われながら、泣きじゃくり続けた。 胸に抱き締めた携帯は、もう何も伝えてはくれない。 ミルクは泣き疲れて、いつしか眠りの中に引き込まれていった。 翌、土曜日。 ミルクはペアで買ったトレーナーを着て、約束の場所へ向かった。 昨日、着ていけるように、家に持ち帰っていたのだ。 ペアルックで映画を観て食事しよう、というのが昨日別れた時点での約束だった。 けれど、昨夜のマサトの怒り方は尋常でない気がした。 マサトは怒った状態でペアのトレーナーも着てないかも知れない。 それでも、ミルクは着ずにいられなかった。 ミルクの気持ちに後ろめたい所はないのだ。 それをわかってくれるだろうか。 ミルクが不安顔で約束の駐車場に行くと、すでにマサトの真っ赤なフェラーリが停まっていた。 「マサト・・」 ミルクが運転席のマサトに手を振る。 マサトもペアのトレーナーを着ていてくれた。 ミルクは、ホッとして笑顔になった。 だが、車から降りたマサトは、ムスッとしたままミルクを助手席に座らせた。 車に乗って発進させても不機嫌に黙っている。 「マサトぉ?」 「・・運転中に喧嘩したくない。・・ちょっとマンションの部屋で話をしよう。」 ミルクはマサトの抑揚のない言い方に息を飲んだ。 まだ完璧に怒っているのだ。 悲しさと怖さで胸が痛くなってくる。 「・・・うん。」 ミルクはそう答えるのがやっとだった。 マンションの部屋に入るまで、マサトは無言のままだった。 そして、居たたまれない気持ちのミルクがソファーに座ると、その前のテーブルに一冊の雑誌を投げてよこした。 「・・これ・・・何?」 ミルクが手に取って、表紙を眺める。 「写真マニア向けの雑誌『FFF』。写真家の紹介とか活動とか、他にもイベントや写真展なんかの紹介もしてる。」 「・・ふーん・・・」 「素人投稿写真のコンテストなんかもしてるんだぜ。」 「あ・・マサトも応募したの?」 「バーカ。俺の会社がスポンサーで出してる雑誌に、俺の写真なんか出すかよ。」 「・・ぷぅ・・・だって、そんなの知らないもん。」 「で、機種やテーマでコンテストも色々あるが、その中のデジカメ写真の投稿部門で募集してた”春のナイスショット”ってテーマの所に・・・お前の写真が出てんだよ。」 「えぇーッ?!」 ミルクは目が点になって一瞬凝固した。 それから、 「どこ、どこぉ?」 と、雑誌を捲りだした。 マサトは溜息をついて、ミルクから雑誌を取り上げると、問題のページを開いて見せた。 一ページを埋めてしまうほどの大きさで、その写真は載っていた。 写真の上部には確かに「今週のテーマ”春のナイスショット”大賞!」と書いてある。 写真は窓辺に立つミルクのドアップで、下に撮影者の名前と、題名が出ていた。 『夢見るアリス。春風になって、君の唇を奪いたい。』 早川優司 ミルクは顔から火が噴きそうなほど真っ赤になった。 「・・・なんでぇ?・・・なんでこんな写真があるのぉ?」 「それは俺が聞きたいぜ。」 「だって、知らないもぉーん!」 「撮られた記憶がない、とでも言う気かよ?」 「だって、マジにないもん。」 「よく思い出してみろよ。窓の様子からすると教室で撮ったんじゃないのか?」 「・・まだクラスに友達も出来ないのに・・・撮る訳ないじゃん。」 「早川優司って名前に記憶はないのか?」 「・・・あ・・・あるかも・・・」 「ほら見ろ。」 「だけど、誰が早川優司って人か、わかんない。・・・ミル・・顔と名前、覚えるの・・苦手ぇ・・・」 眉を寄せたマサトが固まった。 ミルクなら有り得る、と思ってしまったのだ。 一度両手で顔を覆い、眉間を指先で押さえ、冷静さを取り戻そう、と深い息を吐いた。 それから、 「写真をよく見て、いつ撮ったのか、思い出してみろよ。」 と、静かに言った。 「・・・だって、ホントに記憶にないんだもん。・・早川って人は、先生が出席をとる時に聞いた覚えがあるから、クラスにいるんだろうけど・・・一々返事する人の顔なんて見ないじゃん。」 「・・まあな。」 「学校にデジカメなんて持ってっていいのぉ?」 「俺に聞くな。・・けど、高校にだってフォトクラブとかはあるだろ?」 「・・・ふーん・・・」 「あのなぁ・・・ったく・・・この写真は制服じゃないだろ?・・白い・・体操着じゃねぇのか?」 「・・そうみたい。」 「だから教室で体操着で窓際にいたことは?」 ミルクは写真から視線を外すと、うーん、と考え込んだ。 「・・・あ・・・あの時かなぁ?」 ミルクは身体測定の時のことを思い出し、マサトに説明した。 「けどさ・・・ミルのこと・・・誰も起こしてくれなかったんだよぉ。・・しかも、寝コケたら笑われたぁ。・・・ぐふん・・・超ぉー寂しかったんだからぁ。」 ミルクの中で話題は写真から逸れてしまっていた。 マサトは頭を掻いて、溜息を吐くと、 「わかった。よしよし。寂しかったんだな。」 と、ミルクの肩を抱いて、髪を撫でてやる。 宥めるように軽いキスをして落ち着かせると、 「じゃぁ、そのうたた寝してる時に勝手に撮りやがったんだな。」 と、歯ぎしりしながら呟いた。 ミルクはマサトの胸に顔を擦りつけながら、 「ミル・・裏切ってないのにぃ・・・ぐしゅ・・・ふぇ〜ん・・・」 と、泣き出してしまった。 誤解だったことがわかって貰えたのは良かった。 けれど、昨夜からずっと締め付けられるように痛かった胸が、我慢出来なくなったのだ。 「アゥッ・・悪かった。・・・泣くなよ・・・」 「・・えぐっ・・・ぐふん・・・だってぇ・・・マサト、怖かったんだもぉ〜ん・・」 「ごめん。俺が悪かった。・・許してくれよ、な?」 マサトは涙を吸い取りながらキスを繰り返す。 ひとしきり泣いたミルクはようやく落ち着いて、ヒクつく息をしていた。 マサトがもう一度ゆっくりキスをすると、 「・・・しょっぱい・・・」 と、ミルクが唇を舐めた。 目も鼻も真っ赤に泣き腫らしたミルクの台詞に、 「・・そうだな。」 と答えるマサトは苦笑を噛み殺した。 ミルクが落ち着いてから、マサトはレモンティーを入れてきた。 レモンティーを飲む間、しばらくの沈黙があった。 誤解は解けたはずなのに、マサトの横顔には厳しいものがあった。 「・・・まだ・・ミルのこと、怒ってるの?」 「いや。・・・ただ・・・ミルクの写真を勝手に撮った奴は許せねぇ。」 「・・・そう・・・」 「凹ってやるか・・指を詰めさせるか・・・」 「マサト?!・・やめてよぉ。クラスメートなんだからぁ。」 「お前は俺のものだ!写真を撮っていいのは俺だけだぜ!」 「・・・そんなこと言ったって・・・ミルが学園にいられなくなっちゃうじゃん。」 「なら、どうすりゃいいんだ?・・みんな、お前を狙ってくるのを、黙って見過ごせって言うのか?」 「・・・ミル、そんなモテないよぉ。・・・たまたま居眠りしてる姿が春っぽかったから撮っただけだよ、きっと。・・・だって、全然お話したことないもん。」 「こんな可愛い写真が世間に出ちまったんだぞ?・・しかも全国に。・・・っくしょぉぉーーッ!!」 マサトが雑誌を丸めて捻り潰す。 ミルクは呆気に取られて、視線を凍らせた。 丸めた雑誌をここまで潰せる握力はどれほどのものなのだろう。 と、いうより、この腕力でマジに殴られたら、顔が潰れそうである。 ミルクは取りなすように笑みを向けた。 「・・・すぐ忘れちゃうって。毎週色んな写真紹介してるんでしょう?」 「たった一度しか見ない写真でも、一生忘れられないもの、ってのはあるんだぜ。・・俺が写真に興味を持つようになったのも、そんな写真だった。」 「それは・・プロの写真でしょ?・・・ミルのなんて・・・アハッ・・アホっぽいだけだよ。」 「お前なぁ・・・自分の魅力が全ッ然ッ・・わかってねぇ。」 マサトはタトゥーの入った手でミルクの頬を優しく撫でた。 そして、ミルクを抱き寄せると、熱く激しいキスをした。 「・・んん・・・ぁふぁ・・・」 息が出来ないほどの激しく深いキスに、体の芯から痺れてくる。 「ミルク・・・ミルク・・・俺だけのミルク・・・」 ミルクを抱き締めるマサトの腕に力が入り、ミルクの骨が軋んでくる。 「・・ぁ・・・ん・・・マサト・・・痛い・・・」 「ミルク。・・お前が欲しい。・・俺だけのものだという確かな証が欲しい。」 え・・・ 「・・そうさ。写真なんて誰でも撮ろうと思えば、勝手に撮れちまう。誰も見えない所にしまっておきたくても、出来ねぇしな。・・・学園の中まで俺が乗り込む訳にもいかねぇ。」 そう訴えるマサトの目は熱く潤んでいる。 「だから・・・俺だけが知ることの出来る・・・ミルクが見たい。」 あ・・・ ミルクは段々意味がわかってきた。 けれど、わかってくる一方で、頭の中が真っ白になってしまった。 どう答えればいいのか、わからなかった。 マサトが、 「ミルク。・・お前を抱いていいか?」 と、キスをしながら言う。 ミルクは緊張で体を強ばらせ、小さく頷くのがやっとだった。 抱き上げられ、寝室のベッドまで運ばれる。 厚いカーテンの閉まった部屋は昼間でもかなり薄暗い。 それでもお互いの顔ははっきり見える。 ミルクは恥ずかしさで目を閉じた。 抵抗する気はない。 力を抜いて、マサトの為すがままに任せる。 マサトはキスを繰り返しながら、ミルクの服を少しずつ脱がせていった。 下着に手がかかった時は、さすがに震えて体が固くなってしまったが、マサトが背中や肩を撫でて緊張を解してくれた。 ミルクは一糸纏わぬ姿になって、胎児のようにベッドで体を丸めた。 そして、一旦ベッドを離れたマサトが、自分も服を脱いでから、ミルクを包むように抱いた。 「・・・ぁ、、、・・・」 マサトの温かい肌が触れる。 少しずつ緊張を解しながら、体を重ねてくる。 肌の触れ合う部分が広がっていく。 すっかり重なり合った時、ミルクもマサトの背中に腕を回した。 唇が重ねられ、ゆっくりと優しいキスをする。 長いキスの後、唇が離れた時、ミルクはようやく目を開けた。 そこにはミルクを見つめるマサトの熱い眼差しがあった。 「後悔はさせない。・・一生大事にするからな。」 「・・うん。」 ミルクは見つめ合って、頷くと、また目を閉じた。 とても目を開けていられない。 恥ずかしさで頭が爆発しそうなのだ。 何をどうすればいいかもわからない。 マサトを信じて、全てを委ねるしかなかった。 キスをしながらマサトの手がミルクの体を愛撫していく。 遠慮がちに優しく、雑誌を握り潰したのと同じ手とは思えない繊細さで、ミルクが怖がらないようにゆっくりと愛撫する。 それは感じさせるというより、なるべく緊張しないように、という労りのようだった。 だから、ミルクも素直に反応することが出来た。 どんなことでも受け入れよう、という気持ちになってくる。 そして、ミルクのもっとも恥ずかしい部分に、手が伸びる。 足が強ばって動けないミルクの膝を、マサトの手が撫でて押し開く。 少し開いた間にマサトの膝が入ってくる。 もう、閉じることは出来ない。 手が股を滑り、恥毛もまばらな幼い丘を捕らえ撫で回す。 「・・ぁッ、、、ぁぁッ、、、・・・」 指先が割れ目に滑り込んでいく。 徐々に下へと滑り、湿った部分に触れる。 「・・んッ、、、んーッ、、、・・・」 ミルクは泣きそうになってマサトにしがみついた。 「怖くない。・・とっても可愛いぜ。・・俺を信じろ。」 「・・ぅ、、、ん、、、・・・」 マサトはキスをしながら、ミルクの膣の中へと指を侵入させ、ゆっくり動かし始めた。 「・・・ん、、、ぁぁ、、、ぅ、、、ぁッ、、、・・・」 込み上げてくる不思議な感覚に、無意識にミルクの体が身悶える。 「・・こんなに温かくて・・柔らかいんだな・・・」 マサトが吐息まじりに呟く。 「・・・マサトも・・・初めて?」 ミルクはうっすらと目を開けて、マサトを見た。 「・・ったりめぇだろ。・・心配するな。知識だけはその辺のガキよりあるぜ。」 「・・・うん。」 ミルクは何だか嬉しくなって、マサトの肩に顔を擦り付けた。 と、そこに得体の知れないものがある。 ミルクは驚いて顔を離すと、マサトの肩から胸へと視線を移していった。 見える範囲は少なかったが、マサトの体中を取り巻くように蛇がいるのはわかった。 「・・ヘ・・・ビ・・・」 「ん?・・ああ、ただのタトゥーだよ。・・噛みついたりしねぇから、怖がるなって。」 マサトは苦笑すると、ミルクの顔中にキスを降り注ぎ、泣きそうになっている表情を和らげようと宥めた。 「蛇は嫌いじゃねぇだろ?」 「・・・わかんない。」 「俺の手は嫌がらなかっただろ?」 「・・・うん。」 「慣れりゃ平気になるさ。・・ここにいる一匹もな。」 マサトはそう言って、ミルクの手を自分の股間に誘導した。 ヌルッとした感触にミルクが手を引こうとする。 「これはお前のものなんだぞ。ちゃんと触れないでどうするよ?」 「・・・ぅぅ・・・」 ミルクは恐る恐る触ってみる。 熱く体を硬直させた蛇がいた。 ヌルヌルッ、とした粘液は、先端の小さな口から溢れ出ているものらしい。 「どうする?・・嫌か?・・お前のものにはしたくねぇのか?」 マサトはミルクに決めさせるように、じっと見つめている。 「・・・する。」 「ん?」 「・・ミルクのものにするぅ・・・」 「よしよし。」 マサトは満足そうに頷くと、キスをしたまま体をミルクの中心に埋めていった。 「・・ああッ、、、、、んッんーッ、、、、、・・・」 強烈な痛みにミルクは顔を歪ませ、マサトにしがみついた。 大きな蛇が体の中に侵入してくる。 グリグリと頭を捻って強引に押し入ってくる。 「あぁ、、、ぃ、、、ぃ、、やぁ、、、あぅぅッ、、、」 泣くまいと思っていたが、涙が溢れてきてしまう。 何が何だか、もうわからない。 体が上へ上へと押し上げられる。 上下に体が揺れて、痛みが続く。 「・・あぅ、、、ぁぅ、、、ぁぅぅ、、、あぁぁん、、、あぅ、、、・・・」 恐ろしいほど熱くて痛い。 痛いのに、奥から違う感覚が込み上げてきた。 痺れるような、ムズムズするような、生まれて初めて知る感覚だった。 言いようのない快感が体中に広がりだす。 「あぁぁぁぁぁ、、、マサトぉ・・・」 「ミルク・・・俺のミルク・・・愛しているぜ。」 マサトも夢中で体を動かしている。 時々、目を閉じて快感に背中を反らせている。 「あぁ・・・気持ちいいぜぇ・・・ミルクぅ・・・」 マサトは力強く、何度もミルクを突き上げる。 「・・ぁん、、、ぁぁん、、、ぅぅ、、、ぁぁぁッ、、、・・・」 痛みは消えないのに、快感に溺れていってしまう。 「・・っく・・・もう・・もたねぇ・・・うぅぅッ・・はぁぁぁぁぅぅーッ・・・」 マサトがミルクの中で弾けた。 ドクドクドクッ、と熱いものが流れ込んでくる。 「・・・悪ぃ・・・中出ししちまった。」 マサトは体をミルクから引き離しながら言った。 ミルクには意味がわからず、ぼぉーっと聞いていた。 「あんまり気持ちが良くて・・タイミングがわからなかったぜ。」 マサトはミルクを腕枕するように抱き寄せて、キスを繰り返す。 「・・・んぁ・・・ぅふん・・・」 嵐が過ぎ去り、ミルクは興奮の醒めない火照りを、目を閉じて落ち着かせていた。 「・・大丈夫か?」 髪を撫でながら聞くマサトの声は優しく穏やかだった。 「・・・うん・・・」 目眩を感じるミルクは、目を閉じたまま微かに頷く。 「・・もし、子供が出来たら、結婚しちまおうぜ。」 「・・・え?」 「・・お互い初めてだし・・可能性は少ないと思うけどな。」 「・・・何?」 ミルクは目を怠そうに開けて、マサトの顔を不思議そうに見る。 「だから、ミルクの中に俺の精子を出しちまった、って言っただろ?」 何秒かして、ミルクは気付いたらしく、 「・・・ぁッ・・・」 と、小さく叫んだ。 「俺はガキが出来たっていいんだぜ。もう大人だし、稼ぎもあるからな。」 ミルクは眉を寄せて涙ぐんでいる。 「・・っと・・・だから、可能性は少ない・・と思う。・・・たださ、何があっても俺がついていりゃ、心配ないって話さ。・・な?」 「・・・ホント?」 「ああ。・・次からは、ちゃんと考えるから・・・」 「・・・うん。」 ミルクはまた目を閉じて、マサトにもたれた。 マサトは優しく髪を撫でている。 信じよう。 ミルクは、全てをマサトに捧げてもいい、と思った。 |
|
<9> 「春の嵐」 |
§9§「春の嵐」 週明けの月曜日は怠い。 特に、今日は一日やる気が起きなかった。 初めてマサトに抱かれた土曜日は、マサトがミルクの体に負担がかかることを気遣って、それ以上を求めることはなく、外出も歩くのが辛いだろうからと、映画を観るのは延期して、一日マンションでゆっくりした時間を過ごした。 次の日の日曜日は、約束の映画を観た後、昼食を摂ってからマンションに行った。 前日の土曜日、火照りと目眩がいくらか続いていたミルクは、マサトがピザや寿司の出前を取ってくれても、ほとんど食べられなかった。 それを気にして、先に食事を済ませたのだ。 マンションの部屋に入ると、マサトはずっと我慢していたようにミルクを抱き締めた。 そして、ミルクを抱き上げ、キスをしながら寝室へと向かった。 まだ、素肌を全て晒すことに躊躇いと羞恥心を感じてしまうミルクが、服を脱がされて体を小さく丸めていると、唯一身につけている金のブレスレットに重ねるように、もう一本同じブレスレットをつけてくれた。 「二人の記念日の度に増やしていこう。・・これは、二人が初めて一つになった記念だよ。」 マサトは優しい静かな声で、耳にキスをしながら囁いた。 避妊具はマサトが用意していた。 そして心配していたミルクに、ミルクの生理日と周期を聞いたマサトが調べて、 「安全日だったようだから、大丈夫だよ。」 と言った。 それでも、ミルクが不安にならないようにと、避妊具を装着して愛し合うことにした。 ミルクには、まだどうしていいかわからず、受け身のままだったが、 「ミルクはそれでいい。・・無理をするより、少しずつ覚えていく方が楽しいだろ?」 と、慈しむように頬を撫でた。 ただ、マサトは「その辺のガキより知識がある。」と言っていた言葉通り、初めてとは思えない巧みさで、慣れないミルクをリードし、ミルクに初めて”イク”感覚を覚えさせた。 「マサトだって初めてなのに・・どうして色々知っているの?」 マサトの魔術にでもかかったように翻弄されたミルクは、むしろ不安になって聞いた。 すると、マサトは含み笑いを洩らし、 「言っただろ?・・女は商品だって。・・そんな現場はいくらでも見てきているぜ。」 と、事も無げに言ったのだった。 「・・・現場?」 「ま、色々あるけどな。・・例えば、裏ビデオの撮影現場や目の前で本番をショーとして見せる秘密クラブもあるし、・・もっと醜い現場もあるが、・・これ以上はミルクには話せないな。」 ミルクは、夢の中にまだ残してきたように現実味のない火照る体の熱に包まれながら、現実的な想像を超えた話を聞かされて、ただ言葉を無くしていた。 そんなミルクに、 「抱きたい、俺のものにしたい、と思った女はミルクだけだぜ。信じてくれるな?」 と、マサトが切なげに言った。 ミルクは頷いてみせた後、答えを言葉にする代わりに、蛇の巻き付くマサトの体を抱き締めた。 胸や腹、背中だけでなく、両腕両足にも、大小の蛇が巻き付いている。 特に背中の二匹の蛇は体をくねらせながら入り組んで、何か意味があるのか不思議な形を作っている。 首に巻き付く細い蛇が可愛らしく思えるほど、マサトの体に巻き付く蛇は恐ろしげだった。 それでも、ミルクには恋しい男なのだ。 全てを受け入れる。 それが、ミルクの返した答えだった。 ミルクにとって、これまでの人生で最も過激な週末だった。 だから、今回の週明けの月曜日は、いつになく怠さが残る一日で、授業に身が入らず、休憩時間になる度、溜息を漏らしてしまっていた。 それもようやく終わる。 帰りのHRが後少しで終わり下校になるのだ。 帰ったら、すぐ寝よう。 ミルクはぼんやり机に視線を落として、挨拶の号令がかかるのを待っていた。 「早川優司という者、いるかぁー!」 帰りのHRで静まりかえっていた全校舎に、その声は響き渡った。 ミルクのクラスでも、全員が窓へ顔を向けて、怪訝な表情を浮かべた。 「早川優司はいるかぁー!」 再び声が響く。 「いるならば、速やかに俺の前に姿を見せよー!」 声に覚えがある。 ミルクはスイッチが入ったように席から立ち上がると、窓辺へと走った。 やはり兄のミツルだった。 誰もいない校庭で、校舎に向かって仁王立ちをしている。 紺の胴着に紺袴、手には木刀らしきものを握っている。 他の生徒も窓辺に集まってきた。 「早川優司、出て来ぉーいッ!」 ミツルは待ちかねるとばかりに、竹刀をブンブンと振り下ろす。 ミルクは担任の許可を貰うのも忘れて、教室を飛び出していった。 「お兄ちゃんッ!何やってるのぉ?」 駆け寄りながらミルクが言うと、その横を上杉が走り抜けながら、 「有栖川先輩、どうされたのですか?」 と声をかけた。 「有栖川君。・・一体どうしたのよ?」 ミルクの後ろから、やはり走ってくる篠田麗子の姿があった。 教師も数人駆けつけている。 「一体、君は何者だね?暴力を振るうなら警察を呼ぶぞ!」 生活指導もしている副教頭が、怒った顔で叫んだ。 「待ってください。彼は慶京高校の生徒で、俺の先輩です。理由なく暴力を振るう人ではありません。」 上杉が掴みかかろうとしていた教師を止めながら説明する。 「・・ほう。・・慶京高校の生徒が何でまた・・・」 超有名進学校の名だけに、教師達は怯んだ。 ミツルは表情をほとんど変えない涼しげな顔に、言いようのない怒りを纏っている。 「こちらに早川優司という者がいるはずです。」 教師達は顔を見合わせる。 人数が多いだけに生徒の全ての名前を覚えているのは無理だろう。 「・・ぁ・・・クラスメートだけど・・・何で?お兄ちゃん・・」 「アリスのクラスメート?」 上杉が目を丸くする。 ミツルが後ろをちょっと振り返り、手を出すと、後ろにいた男がミツルに雑誌を渡す。 「・・あッ・・・」 ミルクは思わず声を洩らし、口を押さえた。 「この雑誌に俺の妹の写真を勝手に載せた早川優司だ。・・しかも体操着を着ている所からして、この学園内で撮影さたものだろう。・・こんな全国に出回ってる雑誌に、本人や家族の承諾なしに載せていいと思っているのか?・・妹はまだ15歳という幼さなんだぞ!」 ミツルの差し出した雑誌を上杉と麗子が覗いて頷き、更に教師達へと渡した。 「妹が塞ぎ込んでいるから心配していたら、こんな目に合っていたとは・・こちらの学園を信頼して預けている家族としては、抗議せずにはいられないだろう?・・特に、本人には制裁を下さなければ、兄としての気持ちが収まらない。」 「・・お兄ちゃん・・・やめてよぉ・・・」 ミルクは真っ赤になって困惑していた。 この写真がショックだったのは本当だが、すでにミルクの中では終わっていることだった。 兄のミツルが”塞ぎ込んでいる”と勘違いしたのは、単に、初体験をして家族と顔を合わせるのが恥ずかしかったからだ。 「食事も食べれないほどショックだったじゃないか!」 いや・・・だから、違うって・・・ ミルクは説明出来ない事情に、ただ赤面するしかなかった。 「・・確かに・・・これは問題ですね。」 上杉が眉を曇らせた。 「アリスは写真が載るって知ってたの?」 「ぁ・・いいえ。・・でも、友達が・・雑誌を見せてくれて・・・」 ミルクはうつむいて口ごもる。 「教頭。本人に謝罪させましょう。学園内での撮影ですし、学園側の監督不行届の責任が問われても仕方のない問題です。・・身内の人間が抗議するのも当然と思われますし・・」 上杉が腕組みをしていた教頭に言う。 「・・しかし・・暴力は・・・」 「それは俺が先輩を説得します。」 「・・ふむ。」 「そうよ。謝罪はするべきだわ。・・でも、ねぇ・・有栖川君。・・あなた自身の為にも、制裁とかって行為は避けるべきよ。」 「先輩、お願いします。・・先輩自身の将来も考えてください。」 麗子と上杉がミツルを必死に宥めている。 その間に教師が早川優司を呼びに走った。 早川はすぐに連れられて来た。 おとなしそうな顔の小柄な少年だった。 うつむいて首をすくめている。 ミツルは早川が目の前にくると、竹刀をブンッと一振りした。 周囲を囲んでいた人達は焦って飛び退いた。 「有栖川君!」 「先輩!」 だが、竹刀は早川の肩数ミリの所で止まっていた。 青ざめた早川は腰が抜けて、地面にヘタり込んでしまった。 「貴様ッ!・・どーゆー了見で妹の写真を撮った?しかも勝手に雑誌に載せて、いいと思っているのかッ!」 「・・・ぼ・・僕はただ・・・アリスがあんまり可愛いから・・・」 「可愛いのは当たり前だ!俺の妹なんだからな!」 ・・お兄ちゃん・・・恥ずかしい台詞を言わないでよぉ・・・ ミルクはたまらず、膝を抱えて座りこみ、膝に顔を隠した。 麗子が気遣ってミルクの肩を抱く。 「だが、モデルでもないのに写真を出されたら、どんな変質者に狙われるか、わからないだろうが!しかも、当人には覚えのない相手からも好奇な視線を向けられるようになるんだぞ!・・そうしたことも考えて載せたのか?」 「・・・違います。」 「自分本位の勝手な行動は、時には人を傷つけるのだということを、よく覚えておけ!」 「・・・はい。」 早川は地面に正座すると、両手をついて頭をさげた。 「済みませんでした。」 ミツルはその姿を、竹刀を杖に仁王立ちになって睨みつけている。 と、後ろにいた男がミツルの肩に手を置き、 「ま、そんなとこでいいだろ。矛を収めてやれ。」 と諭すように言った。 どうやらミツルと同じ高校の友人らしい。 「フンッ!」 ミツルがまた竹刀を一振りした。 ブンッ、という音と風を切る音がして、早川の頭寸前で止まる。 顔を伏せていても、その音と殺気が伝わったらしい。 早川の髪が恐怖で逆立っていた。 平伏する体がガタガタと小刻みに震えている。 「先輩。どうか許してやってください。・・今後は学園側としても、こんなことがないように厳重に注意しますので・・お願いします。」 上杉が深々と頭を下げた。 「・・そうだな。・・・上杉。」 「はい。」 「・・妹はトロいが、それだけに優しい子なんだ。利用されないように、気をつけてやってくれ。」 「はい。わかってます。」 ・・またトロいって言ったぁ・・・ ミルクは顔を伏せながら頬を膨らませた。 「では・・」 そう言って、ミツルは呆気に取られている教師達に向かって姿勢を正した。 「お騒がせしました。今回のことは俺の一存ですので、妹は何も関与してません。・・失礼しました。」 ミツルは竹刀を収めた型をとって礼をすると、踵を返し、紺袴の裾を翻しながら学園を去っていった。 ミルクは頭に血が上り過ぎて貧血を起こしていた。 教師が慌てて担架を持ってきてミルクを保健室へと運んだ。 騒ぎは過ぎ去り、保健室でしばらく休んでいたミルクが、ようやく落ち着いてきた時、更に驚く出来事があった。 あの一条小百合が、ミルクの鞄を保健室まで持ってきてくれたのだ。 しかも取り巻きも連れず、一人で。 「・・ミルクさん・・・大丈夫?」 小百合がミルクの顔を覗き込む。 カールした長い髪がミルクの顔に触れてくすぐる。 「・・ぇ・・あ・・はい。」 「教室に戻るのが大変だと思って、持ってきましたのよ。」 「・・済みません。ありがとうございます。」 意外に親切なんだなぁ、とミルクが感心していると、小百合はニコッと微笑んでから顔を上げ、 「ミルクさんのお兄様って・・素敵ですのね。」 と言った。 小百合の目は心なしか潤んでいるように見える。 「・・・そうですか?」 「あんなに妹思いでいらっしゃる方、そうはおりませんわ。」 「・・・はぁ・・・」 「しかも・・男らしくて颯爽としてらして・・・私の周囲でも、あんなに素敵な方はいらっしゃらなくてよ。」 「・・・そうですか。」 「私・・・好きになってしまいましたわ。」 「・・・は?」 「美都琉さんておっしゃるのでしょう?・・何て優雅なお名前なんでしょう。」 ミルクはもう返す言葉が見つからなかった。 ここで兄の悪口をいう訳にもいかない。 「私、ついぞ存知ませんでしたけど、美都琉さん、とても優秀でいらっしゃるそうですね?・・あの凛々しいお姿を拝見すれば、噂など知らなくてもわかりますけど・・・宏子さんがそう言ってましたわ。」 小百合がまたミルクの顔に視線を向ける。 「ねぇ、ミルクさん。・・私をお兄様に紹介して頂けないかしら?」 ミルクは目を丸くして、ベッドから起きあがった。 「あら、もうよろしくて?」 小百合はミルクの額から落ちたタオルを拾い上げ、ミルクに渡した。 「・・ぁ・・どうも・・・」 ミルクはタオルで顔を軽く拭いた。 いきなりの小百合の台詞に、また逆上せてきそうだったのだ。 と、小百合がクスクス笑う。 「ミルクさん。・・それって”おやじ”っぽいですわよ。」 ミルクは、あッと顔を赤らめる。 「それで・・どうかしら?」 「え?・・・あ、紹介ですか?」 「ええ。」 「・・・んー・・・紹介っていっても・・・お兄ちゃん、今、受験勉強でカリカリしてるし、付き合う余裕はないと思うんですけどぉ・・・」 「私の存在を知って貰えるだけでもいいのだけれど・・・」 「・・・じゃぁ・・・話しておきます。」 「本当?絶対よ?」 「はい。」 「わぁ・・嬉しい。ありがとう、ミルクさん。」 小百合は頬を染めて目を輝かせる。 どうやら本気でミツルに恋してしまっているらしい。 恋する切なさはミルクにもよくわかる。 ハンカチを返そうとマサトを探していた時の自分を思い出す。 だから、こんな顔を見ると、応援したくなる。 ただ、ミツルがどう思うかはミルクには何とも言えない。 「ねぇ、ミルクさん。」 「はい?」 「私達、お友達になりましょう?」 「え・・ええ。いいですけどぉ・・・」 「だって、私がミルクさんの姉になるかもしれないでしょう?」 ミルクは絶句した。 小百合はいくらか思い込みが激しいのだろうか。 まだ会ってもいないのに、そこまで考えるのは危ないような気がする。 「・・・兄に会って・・失望するかも知れませんよぉ?」 「あら。そんなことは絶対にありませんわ。」 「・・・それと、さっきも言ったように、今の兄には女性と付き合う時間ってないと思うんです。」 「私、気は長い方ですのよ。合格されるまで、待つくらい何でもありませんわ。」 ・・・それは、付き合うという前提で言ってるのだろうか? ミルクは兄の素っ気なさを知っているだけに不安になってきた。 「・・今度、家に遊びに来ます?・・狭い家ですけど・・・」 「え・・よろしいの?」 小百合の顔がますます嬉しそうになる。 「・・会え、って言っても、兄がどう返事するか、わからないし・・・家に来て、兄の普段の顔とか態度とか見れば・・・」 夢描くほど理想的でもないと気付くかも・・・。 「まぁ・・・それって何て素敵なんでしょう。」 小百合は胸の前で手を握り合わせ、夢見る顔をしている。 ・・う?・・・マズかっただろうか・・・? 「他の方の知らないミツル様を拝見できますのね?・・・あぁ、ドキドキしてしまいますわ。」 様付きになった?・・・はぅぅ・・・困った・・・ 小百合が親切になったのは、クラスで孤独だったミルクには歓迎することのようにも思えたが、兄の態度如何ではどうなるかわからないし、小百合がミツルに失望しても逆でも問題の解決にはなりそうもなかった。 小百合は取り巻きの一人が、迎えの車が待っている、と呼びにきたので、ミルクに約束の確認をして保健室を出ていった。 ミルクは大きく溜息を吐くと、クラブには寄らず、帰宅することにした。 不安と混乱で、校門を抜けるミルクの足取りは重かった。 |
|
<10> 「兄…妹」 |
§10§「兄…妹」 暗い部屋でミルクは目を覚ました。 カーテンが閉まっていなかったので、月明かりが窓から差し込んでいる。 真っ暗な部屋が苦手なミルクは、少しだけほっとしてベッドから起きあがった。 部屋の明かりをつけようかと思ったが、まだ夕食を食べてないことを思い出して、そのまま下へ降りることにした。 保健室から家に帰り、在宅していた母がおやつを勧めるのを、 「眠いからいらない。」 と言って、すぐに二階に上がり、部屋着に着替えるなりベッドに潜り込んでしまった。 週末の疲れが残っていたこともあるが、ミルクは頭がパニクると、すぐに眠くなってしまう。 テスト中、やたらと眠くなるのと同じで、難しいことを考えようとしても答えは見つからず、脳が思考を拒否するらしい。 それでも好きな本だと夢中になって、明け方近くまで時間を忘れて読みふける。 なのに教科書を開くと数ページも進まない内に眠くなる。 兄に言わせると「我が侭な脳」らしい。 だけど、兄の言うように、「努力で治せる。」ものでもないと思う。 小さい頃は「双子のようだ。」と近所の人に笑顔で言われた似た顔なのに、どうしてこうも性格と頭の中身が違ってしまったのだろう。 兄を慕うだけに、自分の不甲斐なさに落ち込んでしまう。 自分が情けない子だから兄が冷たくなったのだと思っていた。 けれど、兄は前のまま”妹思い”の兄だった。 ミツルの行動は過激で無謀で思い違いも加わっているだけに、ミルクは穴があったら入りたいほど恥ずかしかった。 ただ、恥ずかしさの中に嬉しさも確かにあった。 やっぱりお兄ちゃんが大好き。 そう思うミルクだった。 階段を降りてリビングへ行く途中、風呂場のドアが少し開いていて明かりがもれていた。 通りすがりにミルクが覗くと、全裸のミツルの後ろ姿があった。 ミツルは洗面台のある壁一面の大きな鏡に、自分の姿を映して観察しているようだった。 肩まで上げた腕を曲げては筋肉の張り具合を確かめたり、お腹に力を入れて腹筋の盛り上がり具合を見ている。 服を着ているとスリムに見えるミツルが、意外に男らしい体型をしていることにミルクは驚いて、見入ってしまった。 マサトよりは華奢だが、それでも筋肉はしっかりついている。 そもそも幼少時から鍛え上げているマサトの体と比較するのが無理がある。 マサトの腕はミルクの両手でも指が回らないくらい太いし、筋肉の盛り上がった太腿なんてミルクのウェストほどもあるのだ。 それでも、兄の引き締まった体は無駄がなく、固そうなお尻の張りが男性美を感じる。 しかもミツルの肌は大理石の白さで、妹の目から見ても綺麗だと感心してしまう。 小百合がこんな姿を見てしまったら、「ドキドキですわぁ。」と言うのだろうか。 それとも、「クラクラですわぁ。」とますますミツルにメロメロになるだろうか。 何故か、小百合が顔を赤くして逃げ出す所は想像出来なかった。 と、鏡の中のミツルと目が合ってしまった。 「バカ!何見てんだ!」 洗面台の上にあったバスタオルが飛んでくる。 ミルクはドアを閉めながら、 「ドアが開いてたんだもん!・・お兄ちゃんだってミルを覗いたくせにぃ!」 と抗議した。 「泡の塊を見ただけだぞ!鏡が曇るから蒸気を逃がしてたんじゃないか!ガキのくせに覗きなんかするな!」 ドアの向こうでミツルが反論する。 「お兄ちゃんのヌードなんか、全然嬉しくないよぉーだ!」 「嬉しがられてたまるか!・・それより、休みに出掛けてばっかいないで、少しは家の手伝いをしろ!曇り止めを塗るくらい、ミルクにも出来るだろ!」 「何でミルにばっか言うのぉ?お兄ちゃんが自分ですればいいじゃん!」 「俺は受験生で勉強が忙しいんだぞ!」 「もぉぉー!すーぐそれなんだからぁ!」 ミルクはドアを蹴る。 「あッ・・つぅぅッ・・・」 つま先が当たってミルク自身が痛い思いをしてしまった。 ミルクが痛めたつま先を手で揉んでいると、 「また喧嘩しているの?」 と、騒ぎを聞きつけ母親が顔を出す。 「ミルちゃん、起きたのね。御夕飯、食べるでしょう?・・スープ温めてるから、いらっしゃい。」 「・・はーい。」 ミルクは顔をしかめたまま返事をした。 どうにか痛みが去ったミルクがキッチンに向かおうとすると、 「・・おい、ミルク。」 と、ドアを開けてミツルが呼び止めた。 ミルクが眉を寄せて振り返ると、腰にバスタオルを巻いたミツルが手招きする。 「・・・何?」 ミルクが側に言って声をひそめながら聞く。 「ミルク。今日のこと、お袋には言うなよ。」 「・・あ・・・そんなのわかってるよぉ。ママに話したら、ミルまでお説教されそうだもん。」 「わかってるならいい。」 「ぁぅッ・・」 ミルクの鼻先でドアが閉まり、ミルクは思い切り頬を膨らませた。 またドアを蹴ってやりたくなったが、まだつま先に痛みが残っていたのでグッと我慢した。 食事を終えた後、ミルクはリビングで、夕方食べ損ねたおやつをTVを見ながら食べていた。 「どうかしら?・・新作のミルフィーユ。」 「超ぉぉ〜美味しいよぉ〜。」 ミルクは目を細めてニッコリ笑う。 「お兄ちゃんは食べにくいって言ってたけど・・」 「このサクサクッてしてるのがいいんじゃん。あまり甘くないからカロリー低めかな、って思うしぃ・・パイ生地のバターの風味が・・なんか香ばしい感じ。」 「あら、わかる?・・フフッ。やっぱり女の子は違うわね。」 母親は嬉しそうに微笑んだ。 「しかも、このクリームのふわっと感がたまらない〜。ママ、お店出せちゃうかも。」 「・・そうねぇ。その内、考えようかしら・・・」 そう言った時、母親の顔に微かな翳りが見えた。 「でも、まだミルちゃんが高校卒業しない内は、色々家の用事が放っとけないし・・子離れした時の夢、ってことにしておくわ。」 「あん・・そんな言い方すると寂しいよぉ。・・ミル、お店のお手伝いだってちゃんとするのにぃ。」 「はいはい。期待してるわね。」 母親はそう言うと、ミルクにお風呂をどうするか、聞いた。 ミルクはTVが面白い所だったので、先に入ってくれるように言った。 二階のミルクの部屋にもTVはあったが、ヘッドホンで音を聞くのは疲れてしまう。 「じゃぁ、先に入るわね。」 「うん。」 ミルクは漫才師のナイスツッコミに笑いながら頷いた。 母親に続いてお風呂に入ったミルクは、湯気の立ちそうな真っ赤な顔で、 「暑いー・・・」 と言いながらキッチンに来ると、冷蔵庫からスポーツドリンクを出して、 「お休みなさい、ママ。」 と言って二階に上がった。 自分の部屋のドアの前まで来て、ミルクは、まだ窓にカーテンが閉まってないことに気付いた。 仕方なく、フロアの反対側にあるミツルの部屋をノックした。 トンットンッ・・と遠慮がちに叩くと、 「はい?」 と、返事がすぐに返ってきた。 カチッ、と鍵が開き、ミツルがドアから顔を出した。 「何だ、ミルクか。どうした?」 「・・あのねぇ・・・カーテン閉めて欲しいの。」 「あ?・・また閉め忘れたのか?」 「だってぇ・・・寝ちゃったんだもん。」 「・・ったく。・・もう、高校生になったんだから、窓を怖がるなよ。」 「・・・そんなこと言ったってぇ・・怖いものは、怖いんだもん。」 「そんな簡単にお化けなんか出やしないって。」 ミツルは文句を言いながらも、いつものことだったので、ミルクの部屋に先に入って明かりを点けると窓のカーテンを閉めてくれた。 部屋に入れず入り口で待っていたミルクは、カーテンの閉まる音にほっとして部屋に入ってきた。 「ありがと。」 と言うミルクの言葉に、ムスッとしたままミツルは部屋を出ていこうとしていた。 「あ・・お兄ちゃん、待って。」 「・・何だよ?」 「ちょっとお話したいのぉ・・・」 ミルクはベッドに座って上目遣いに瞬きをする。 ミツルは溜息を吐くと、ミルクの勉強机のイスに座った。 「写真のことか?・・まさか、お前、あいつに了解してたとかって言うんじゃないだろうな?」 「違うよぉ。」 「なら何であんな写真を撮らせたんだ?」 「お兄ちゃんまでそーゆー言い方するぅ。」 「・・俺・・まで?」 唇を尖らせたミルクをミツルは怪訝な顔で見る。 ミルクは、 「ぁ・・友達も・・誤解してたから・・」 と言ってから、マサトに話したのと同じ説明をした。 「・・・ふーん。・・香蘭はもっといい所だと思っていたが・・ミルクも大変だな。」 腕組みをしながら聞いていたミツルは、眉を曇らせて言った。 「・・うん。」 「友達・・出来そうもないのか?」 「・・まだ、よくわかんない。」 「まぁ、始まったばかりだからな。慣れてくれば、相性の合う相手も見つかるさ。」 「・・相性以前の問題だと思うけど・・・」 ミルクはそこまで言うと、手に持っていたスポーツドリンクのフタを開けて喉を潤した。 「・・それ・・・俺が買った奴だぞ。」 「いいじゃん。」 ミツルは立ち上がって手を伸ばし、ミルクからボトルを取り上げると、半分まで一気に飲んだ。 「あーッ・・・」 「・・っせぇなぁ。」 ミツルはイスにまた座り、キャップを閉めたボトルをミルクに投げてよこした。 「とにかく、なるべく暗くならずに頑張ってみろよ。怒鳴りつけたって友達は出来ねぇしな。その内、ミルクの良さをわかってくれる子も出来るさ。な?」 ミツルは話を切り上げようとしていた。 けれど、ミルクにとってはこれからが本題なのだ。 「・・お兄ちゃんの良さなら・・もうわかってる人もいるみたい。」 「は?・・・誰が?」 「クラスメート。・・一条小百合って超お嬢様なんだけどぉ・・お兄ちゃんに惚れたって。」 「バーカ。興味ねぇよ。」 「でも美人だよぉ?」 「あのな・・俺は受験生なんだ。勉強以外で興味あるのは剣道ぐらいで、その両立だって大変なのに、それ以上のことが出来るかよ。」 「・・ミルもそう言ったんだけどさ。・・・だって・・・一条さんって、クラスの中心で・・取り巻きいるし、親衛隊もいるし、・・だから・・・」 「ん?」 「お兄ちゃんが家にいる時、家に来れば見れるから、って・・・」 「・・人を動物園の珍獣みたいに・・・ったく。」 「呼んじゃダメ?」 「友達呼ぶのは勝手だけどな、俺の邪魔はして欲しくないぞ。」 「・・うん。」 「・・・けど、まぁ・・・それでお前に友達が出来るなら、仕方ない。挨拶くらいならしてやるよ。」 「ホント?・・ありがとぉ!」 ミルクは思わず両手を合わせて、小さく手を叩いた。 ミツルは大きく息を吐いてイスから立ち上がり、 「話は済んだな?・・早く寝ろよ。」 と言って、ミルクの頭を軽く撫でると、部屋を出ていった。 「お休みぃ。」 ミルクはミツルの背中にそう声をかけてから、一人になると、嬉しさにボトルを胸に抱いてベッドを転がった。 湯上がりの暑さか、嬉しさに上気しているのか、火照る頬にドリンクのボトルを押し当てる。 ヒンヤリ感が気持ちいい。 兄に嫌われていた訳ではなかった。 ミルクもそうであるように、何故か素直になれないだけなのだ。 いつも後をついていった小さい頃を思い出す。 やっぱりお兄ちゃんは頼りになるなぁ、と浮かんでくる笑顔が止まらなかった。 その時、ミルクはハッと我に返った。 今日、帰宅途中のバスの中で、@「怠いから、帰ったら寝ちゃいそう。」と、マサトにメールしたきりだった。 鞄から携帯を取り出して着信を確認する。 マサトからのメールが十数通来ていた。 初めは、 ―@「昨日、無理をさせすぎたかな?・・ゆっくりお休み。目が覚めたらメールしてくれ。」 という優しい言葉だったが、 ―@「そろそろ起きたかな?」 ―@「眠り姫に目覚めのキスを。Chu!」 ―@「って・・・ミルク?・・お前、いつまで寝てんだよ?」 ―@「飯も喰わずに、朝まで寝てる気か?」 ―@「おい!起きろ!・・まだ、お休みのキスがないぞ!」 と、段々怒りモードになってきていた。 そして、最後に、 ―@「何時でもいいから、目が覚めたらメールしろ!」 と、命令で終わっている。 っだぁぁぁー・・・また怒らせちゃったのぉ? @「ごめんなさい。寝すぎちゃって、それから色々用事してたから、メール出来なかったの。」 ミルクは急いでメールを送った。 返信はすぐに届いた。 ―@「何かあったんじゃないかって心配してたんだぜ?・・用事って何だ?」 @「色々なのぉ。」 小百合のことを話す前に、ミツルが学校に乗り込んできたことも話さなければならない。 メールで説明するもどかしさに、マサトがこの前怒って言ったことを納得した。 マサトにもそれがわかるようで、詳しくは明日会って話そう、ということになった。 ミルクはメールを終えた携帯に、 「ごめんね。」 と、小さく囁いて、チュッ、とキスをした。 |
|
|
|