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<31> 「普通の日」 |
§31§「普通の日」 連休明けの学園は、いつもより落ち着かない雰囲気だ。 旅行やデート、映画やショッピングの話題が飛び交う一方で、時間を気にせず過ごした日々から分刻みで時間に追われる感覚が取り戻せず、怠そうにぼんやりしている人達もいる。 そうならないようにと学校側は宿題をたっぷりと出していて、遊びに休日を費やした生徒達は提出期限を教師から突き付けられ、休み時間も机に囓りついている。 ミルクもその一人で、当分放課後デートはお預けの状態だった。 そんな慌ただしさと怠さの交錯した週もようやく過ぎ、休日の土曜日、ミルクはマサトのマンションへと向かった。 ずっと会えなかったので、どこかに出掛けるよりも、二人だけのゆっくりした時間を持ちたかったのだ。 「んー・・・会いたかったぜ。」 駅まで迎えにきてくれたマサトがミルクを抱き締めた。 そのままキスをしそうな勢いに、ミルクは、 「キスはお部屋にいってからぁ。」 と、上目遣いに睨んだ。 こんなに混雑した所では抵抗がある。 マサトは残念そうに首を傾けると、 「ほっぺくらいならいいだろ?・・んー…チュッ!」 と、答えを待たずに顔を押しつけた。 更に首筋にもキスをしたので、ミルクはくすぐったさに首をすくめてクスクスと笑った。 「ぁん、、、恥ずかしいってばぁ、、、」 「はぁ・・いい匂いだ。・・・ミルクに会えない日が三日続くと禁断症状がひどくなるんだぜ。せめて匂いくらい胸いっぱい吸わせてくれ。」 「、、、その言い方って、、、Hっぽい、、、」 ミルクは顔を赤らめてうつむき加減にマサトの腕につかまった。 「クックックッ。・・ミルクの肌は甘い花の香り。・・ミルクの蜜は甘酸っぱい果実の香り。」 「あん、、もぉぉ、、、ストップゥー!」 ミルクはマサトの腕を引っ張るようにして駅から通りへと出た。 マンションへ向かう方角へミルクが行こうとすると、 「あ、ちょっと書店寄って行こう。もう、開くだろう。」 と、マサトが腕時計をチラッと見て言った。 「え?本買うの?」 「少し調べたいことがあってね。頼んでおいた本が届いてるはずだからさ。」 「へぇ・・・お仕事、忙しいの?」 「いや。仕事じゃないけどな。・・ミルクも欲しい本があったら買うといい。」 「本かぁ・・・本より可愛いシャーペンとメモ帳が欲しいなぁ。」 「両方とも連休前に買ったばかりだろ?そんなにメモすることがあるのか?」 「たまには使うけどぉ・・・持ってるのが楽しいのぉ。」 「クスッ。ま、いいさ。それくらいで気分がハッピーになれるなら、好きなだけ買えばいいよ。」 「迷って悩んで一つに決めるのがいいんじゃん。」 「おい。・・・あまり時間かけるなよ?・・キスもお預けされたままなんだからな。」 「・・・うん。」 ミルクはマサトの腕につかまりながら恥ずかしそうに頷いた。 ミルクも早くマサトの腕の中で甘えたい気持ちは同じだった。 それでも結局可愛い文具を目にすると、あれもこれも欲しくなって、なかなか選べず、 「今すぐ決められねぇって言うなら、ここの商品全部買い占めちまうぞ。」 と、マサトが苛立って言うので、仕方なく最終的に残った二種類をセットで買うことにした。 やっとレジに行ったマサトが名前を言うと、店員はすぐにお取り寄せの本をカウンターに置いた。 分厚いハードカバーの本が数冊、会計の金額はミルクには信じられないほどの高額だった。 紙の手提げ袋に入れてくれたが、破けそうで、マサトは脇に抱えて店を出た。 「そんなに厚い本・・図書館で借りればいいのにぃ・・・」 「専門書ってゆーのは図書館でも置いてない場合があるんだ。探し回る暇はねぇし、ネットで調べて注文しておいたのさ。」 「・・ふーん・・・何の本なのぉ?」 「今はまだ秘密。・・ククッ。読んで面白そうだったらミルクにやるよ。」 「えー・・いらなぁーい。」 「クックッ。答えが早すぎ。」 「もぉ当分、漢字ばっかの本は見たくなぁーい。・・宿題を山のようにしてたんだからぁ、熱出そうになっちゃったよぉ。」 「ん?・・どれどれ。」 マサトが立ち止まり、ミルクの額に自分の額を押しつける。 「・・大丈夫だな。・・ヒンヤリして気持ちいい。・・チュッ!」 額を離した瞬間、マサトが軽く唇へキスをした。 「ぁ、、、ズルゥーイ、、、」 「アハハッ。ミルクが待たせるからだぞ。」 マサトは笑いながら走り出す。 「あーん、、、待ってぇ、、、」 ミルクが小走りに追いかける。 マサトは時々振り返りながら、ミルクが付いて来れる速度でゆっくり走った。 ミルクも笑いをこぼして追いかけていく。 何でもないことなのに、楽しくてたまらない。 途中からは、マサトがミルクの手を握り、二人で走っていた。 マンションに着いたミルクは思い切り息が切れて、マサトが部屋の鍵を開ける間、壁にもたれて波打つ胸を手で押さえていた。 目を閉じて待っていたら、いきなり腰にまわされた腕に抱き上げられ、ドアの中に引き込まれた。 玄関に入るなり、ドアが閉まりきるのも待たずに、マサトが抱き締めて唇を重ねてきた。 「ん、、、はぁはぁ、、、まだ、、、んん、、、息が、、、はぁはぁ、、、」 「ミルク・・・離れてると・・・気が変になっちまいそうだぜ。」 息ひとつ乱れないマサトがミルクの唇にしゃぶりつく。 唇だけでなく、耳にも首筋にも、首の付け根にも吸い付いてくる。 「はぁはぁ、、、ぁぁッ、、、首には、、痕付けちゃ、、、いや、、、ん、、、」 連休中についたキスマークがようやく薄くなった所なのだ。 首の所のキスマークが体操着を着ると見えそうで、テープを貼って誤魔化していたが、今度はテープに気付いた友達に聞かれ、「お灸してたら火傷しちゃったの。」と苦しい言い訳をした。 そのことはメールでマサトにも話してあった。 「クソォ・・・露出の大きい体操着ってのも問題だな。」 ミルクの白くて細いうなじが、他の男の目に触れることがマサトには腹立たしかった。 「そぉ?・・普通だよぉ。」 透明感のある肌の滑らかさとその華奢なラインが、どんなに欲情をそそるか、本人が気付いてない所が怖い。 例の投稿写真事件以来、学園内では部活動と広報活動以外のカメラ撮影は禁止されたが、ミルクの通学路には密かなファンが待ち伏せしていてシャッターチャンスを狙ってるらしい。 身辺警護で監視させている部下からの報告が入る度に腹が立って、射撃練習の量が増える。 「早くベッドへ行こうぜ。」 マサトはミルクが靴を脱ぐのが待ちきれずに、抱き上げる。 「あん〜、、、靴ぅ、、、」 ミルクは足をバタつかせ、どうにか脱ぎ捨てたが、玄関に届かず廊下に落ちてしまった。 キスをしながら服を脱ぎ、全裸になった二人は、肌をピッタリと合わせてその感触を味わった。 肌と肌を合わせてするキスは、服を着ている時のキスとは全然違う甘さがある。 軽く唇が触れ合うだけでもドキドキしてくる。 ゆっくり舌を絡め合っていると、全身が甘酸っぱく疼く。 少し前まで、乳首が固く立ってきてしまうのが恥ずかしかったが、今は摘んで愛撫されるのが待ち遠しい。 お腹に当たるマサトの固いヘビの感触も気持ち良かった。 マサトは首から肩へとキスをしていき、ふっくらと丸い丘を登ってピンクの突起を口に含んだ。 「ぁ、、、ん、、、ぁぁん、、、」 乳輪を舌を回転させてくすぐり、乳首を強く吸いながら先端を舌先でつつき、時々歯を立てて甘噛みする。 巧みな愛撫に背中が反り返ってきてしまい、蜜が滴るほどに溢れ出すのを感じる。 微かな気付かないほどの香りを嗅ぎ付け、マサトの啜りたい欲望を駆り立てる。 「ぁ、、ぁ、、ぁぁ、、、ぁー、、、んー、、、」 両足を開かされて、マサトの舌を受け入れる。 まだ気持ち良さより羞恥心が勝ってしまうが、押さえようのない快感が脳天まで走り抜ける。 「あぁぁ、、、んん、、、マサトぉ、、、我慢出来なぁい、、、」 ミルクが身を捩って言うと、顔をあげたマサトも、 「俺もだぜ。」 と言って、そそり立つ赤黒いヘビをミルクの中へと突き立てた。 「あぁぁぁ、、、ぁぁぁぁん、、、マサトぉ、、、」 ミルクが快感に体を震わせ手を伸ばす。 「あぁ・・・ミルクの中は最高だぜ。」 マサトがミルクを腕に抱き包む。 しっかりと抱いてキスをしながら、腰を波打たせて子宮を突き上げる。 体だけでなく心も満たされる熱い抱擁のセックス。 動きは大きくなくても満たされた快感に全身が甘く痺れていく。 「、、あぁん、、、あぁん、、、マサトぉ、、、好きぃ、、、」 「ミルク・・・はぁぁ・・・めちゃめちゃ可愛いぜぇ。」 会えなかった時間が一層切なく蘇る。 「ぁぁぁん、、、マサトぉ、、、寂しかったのぉ、、、」 「あぁ・・・ミルク・・・俺も夜中に忍び込みたくなるのを我慢してたんだぜ。」 「、、ぅん、、、ミルもぉ、、、あぁぁん、、、はぁはぁ、、、感じるぅぅ、、、」 「ミルクに・・いっぱい俺を・・充填しなきゃな。」 「うん、、、いっぱい、、、いっぱぁい、、、あぁ、、あぁ、、ぁぁぁ、、、」 甘く優しく、長く続くメイクラブ。 いつ終わるとも知れない目眩く陶酔。 マサトの腕の中、ミルクが絶頂を繰り返し、恍惚と意識を失うまで、マサトの腕が解かれることはなかった。 大きく息を吐いて寝返りを打ったミルクが、目を閉じたまま手を伸ばして頬ずりをする。 抱かれた後で軽く眠ったミルクが眼を覚ました時にする癖だった。 「、、、、、ん?」 いつもと伸ばした手に当たる感触が違う。 まだハッキリしない意識で感触を確かめると、握れるものがある。 何となく握っていると、段々固く大きくなっていく。 「、、、、、え?」 「クックッ。起きたばっかりで、もう欲しいのか?」 頭の上からマサトの声がする。 「、、、あれ?」 目を開けたミルクは目を擦りながらマサトを見上げた。 マサトは上半身起きあがって、買ってきた本を読んでいたのだ。 「オレンジジュース飲む?」 「ぁ、、うん。」 マサトは膝に本を置くと、ワゴンを引き寄せて、大きなグラスに氷とジュースを入れた。 その間にミルクも起きあがって、マサトの膝の本の題名を覗き込む。 「はい。・・零すなよ。」 「うん。ありがと。・・・『語り継がれた民話と伝承』?」 「ああ。」 「・・・面白いの?」 「けっこうね。」 「・・・ふーん・・・」 ミルクは両手で大きなコップを持って、コクンッ、と一口ジュースを飲んだ。 「あッ・・美味しぃ〜!スッゴイ新鮮な味がするぅ。」 「そりゃ、本物を絞ったからな。ジューサーも買ったことだし、ミルクが来る前に作っておいたんだぜ。フフン。」 「ありがとぉ〜!・・・そかそか、調理器具揃えたんだもんねぇ。・・あ、じゃぁ、ミルがお昼作るね。」 「材料あるかなぁ・・・」 「だって、パスタとか買っといたじゃん。ソースは缶詰のがあるし・・・今回は簡単だけどぉ・・・」 「そうか、うんうん。・・簡単でも嬉しいよ。俺も手伝おうか?」 「大丈夫ぅ。・・・マサトは本を読んでていいよぉ。フフッ。」 ミルクはゴクゴクとジュースを飲み干すと、 「プフゥ〜ッ・・美味ちぃ・・・ご馳走様ぁ。」 と、口を手の甲で拭い、ベッドから抜け出た。 シルクのガウンを羽織り、 「シャワー浴びてからでいい?」 と、時計を気にしながら聞く。 すでに午後1時を回っている。 「ゆっくりでいいから・・・怪我しないでくれよ?」 「あぅぅ・・・スパゲティくらいで怪我しないもぉーん。」 ミルクが頬を膨らませると、マサトが、 「クックッ。・・一応、念のためだよ。」 と、笑い、唇を指差した。 ミルクは伸びをしてマサトの唇にキスをした後、 「出来たら呼びにくるね。」 と、ウィンクして寝室を後にした。 シャワーを浴びてバスローブを纏ったミルクは、その上にお揃いで買ったエプロンをつけて、早速昼食の準備に取りかかった。 冷蔵庫を開けてみると、野菜室にトマトとナスがあったので、缶詰のミートソースをアレンジすることにした。 ナスとトマトのミートスパゲティに、鉢植えのバジルの葉を洗って水気を拭いてから千切って乗せて出来上がり。 飲み物は、マサトの作ったオレンジジュースがまだあったな、とミルクは満足そうに頷いた。 お腹空かせて待ってるかなぁ、と寝室を覗くと、意外なほどに真剣な顔で本を読み耽っているマサトがいた。 「お昼ぅ・・・出来たけどぉ・・・」 ミルクが遠慮がちに声を掛けると、マサトが顔をあげて微笑んだ。 「サンキュ。・・お腹が空いて、待ち遠しかったぜぇ。」 「・・ホントぉ?」 ミルクが疑わしそうに目を眇める。 「マジだって。腹の虫が鳴いてる。クックッ。」 「ぁぅ・・・イジワルゥ〜・・・」 マサトのお腹が鳴るのを聞いたことがない。 マサトの実家でのミルクをからかっているのだと、ニブイミルクでもわかる。 「ジュース、持ってきてね。」 ミルクはシルクガウンを羽織るマサトに言って、寝室のドアを閉めた。 「おッ。・・美味そうじゃねぇか。」 食卓のテーブルを見て、マサトが目を輝かせる。 「そぉ?・・フフッ。」 「こんなミートソース買ったっけ?」 「野菜室のを使っちゃったんだけどぉ・・・いけなかった?」 「いや。・・そうかぁ、アレンジしたんだぁ。」 「ママも忙しい時は缶詰使うけど、いつもアレンジしてるから・・」 ミルクはジュースをグラスに注いで、イスに座る。 「頂きます。・・・ん・・・ウマイッ!」 「良かったぁ。ウフッ。・・・ミルも頂きます。・・・熱ぅッ・・・マサト、熱くなかった?」 ミルクはフォークに巻き付けたスパゲティを、一度食べかけてから慌てて息を吹きかける。 「クスッ。ミルクは猫舌だからな。」 「んー・・・そう言えば辛いのも苦手ぇ。・・マサトは好き?」 「好きな方かな・・・味覚が麻痺しない程度に控えてるが・・」 「そーなんだぁ。・・メモっとこぉ。」 ミルクが買ってきたメモ帳を持ってきて、買ったばかりのシャーペンで書き始める。 「クックッ。早速役に立ったな。・・後でいいのに・・」 「後になると忘れちゃうんだもん。」 「はいはい。」 マサトは笑いながら、大盛りのスパゲティをあっと言う間に平らげてしまった。 ミルクが小盛りのスパゲティを食べ終わるのを待って、マサトは煙草に火を点けた。 ミルクはジュースをおかわりして、ゆっくり飲む。 食後のくつろぎの時間も幸せをジワーンと感じる。 特別なことじゃないのに、マサトといると普通のことも特別に思える。 居心地のいい空間。 居心地のいい食卓。 ずっと変わらないと思っていたミルクの家でも、父親がニューヨークに長期出張になってからは、どことなく寂しさの漂う空間になってしまっていた。 「・・・ねぇ・・・マサトは・・・浮気しない?」 ふと表情を曇らせたミルクが小さな声で聞くと、 「バカだなぁ。」 と、マサトが優しくミルクの頬を撫でた。 「元々俺は恋愛ってものには興味ねぇしな・・・ただ、好きになったものはとことん好きになる。」 マサトらしいと言えば、マサトらしいが・・・。 「それって・・・ミルにも恋愛感情がないって聞こえるぅ・・・」 ミルクは拗ねて頬を膨らませた。 「これだけ惚れさせといて何言ってんだよ?・・そうじゃねぇって。」 マサトは煙を細く吐いて笑う。 「・・だってぇ・・・」 「恋愛に興味があるって言うのは、人を好きになったドキドキ感がいい、とか・・いつもワクワクしててぇ、とか・・好きになる相手以上に刺激を求めてるって意味だぜ。」 「・・・ほぇ?」 「だから、あんまり馴染んでくると飽きちまって、別の誰かに興味を持つようになるのさ。」 「・・ぁ・・そっか・・・」 「中には恋愛感情さえどうでもよくて、ただ刺激的な快楽のみを求める奴もいる。」 「・・そうなんだぁ。・・・それって・・悲しい・・・」 「だろ?」 マサトは短くなった煙草を一口吸って、灰皿に捨てた。 そして、煙を吐き出してから、 「俺は一生、お前一人でいい。」 と言って、ミルクの髪を撫でた。 機嫌を直したミルクは嬉しそうに笑って頷く。 「じゃぁ、ずっと仲良くしなきゃ、ね。フフッ。」 「どんなに頑張っても、せいぜい百年。喧嘩してる暇はねぇぜ。クックックッ。」 「・・・ぅぅ・・・その言い方も悲しい・・・」 「あ・・悪ぃ。・・・つい、古い話を読んでて、歴史の長さを感じちまったから・・・」 「あの本?・・どんなことが書かれてるのぉ?」 「昔話や言い伝えとか・・・そういった物には、意外と真実が隠されてたりするんだぜ。」 「えー・・じゃぁ、かぐや姫とか浦島太郎もぉ?」 「ククッ。かもな。・・・当時の常識では考えられないことや表現する言葉がない場合、身近な物に例えたり置き換えたりして、伝えようとすることもあるだろうしな。重要な事実を隠す為にわざと誇張した話にしながら、後世に何かを伝えようとしてるのさ。」 「・・・ふーん・・・プッ・・クスクスクスッ・・」 ミルクは何だか可笑しくなって笑い出した。 「何だよ?」 「やっぱ、蛇神様と仲良しだと、発想が違うなぁって感心しちゃったのぉ。フフッ。」 「チェッ。・・思考が古いって?・・フンッ。」 「あーッ。喧嘩してる暇はないんじゃないのぉ?」 「喧嘩じゃねぇッ。・・人が真剣に話してんのによぉ。」 「はーい。・・ごめんなさぁーい。」 ミルクはグラスの中で小さくなった氷を口に含むと、席を立って後片付けを始めた。 マサトは苦笑して、新しい煙草に火を点けると、ミルクの背中を愛しそうに眺めるのだった。 |
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<32> 「写真」 |
§32§「写真」 ミルクが片付けをする間に、シャワーで汗を流してきたマサトが、リビングにミルクを呼んだ。 「あ、写真が出来てるんだぁ。」 連休中の旅行で撮影した写真がテーブルに置いてあった。 「けっこういっぱいあるねぇ。」 「気に入ったのがあったら、持って帰っていいぜ。」 「うん。」 笑顔で頷いたミルクは手に取って楽しそうに眺め始めた。 「あ・・若松さんー。先にヘリコプターで行っちゃうなんて言わないでぇ・・・でも、この顔、ちょっと秘密ありって表情してない?」 「ククッ。俺が秘密にしとけ、って言ったから、得意げなんだろ。」 「そっか。フフッ。・・・この電車はさすがに混んでたよねぇ。」 「グリーン車にも立ってる客がいて・・お前、子供に席を譲っちまって参ったぜ。」 「だってぇ・・・目が合ったら、可哀想になっちゃったんだもん。」 「倒れそうな年寄りならまだしも、子供ってのは大人より元気に出来てるんだぞ。郷では子供は親以上に働くってゆーのが常識だぜ。そうやって自然と小さい頃から足腰を鍛えるんだ。」 「・・ふーん・・・お年寄りばっかの村ってそうなのかも。・・・でも、ミルクも子供に近いし、いいじゃん。」 「クックッ。その半分は俺の膝で寝てた赤ちゃんだもんなぁ。」 「・・ぅッ・・・」 「お陰で蛇が元気になって起き出すから、我慢させるのが大変だったんだよなぁ。」 「・・ぅぅッ・・・もぉ、いいじゃぁーん。」 ミルクは唇を尖らせて別の写真を見る。 「この電車はマジに超揺れたねぇ。」 「乗ったことなかったから、これほどボロい電車とは思わなかったぜ。」 「え?・・全然一度も?」 「細いが一応車の通れる道はあるし、俺は10歳からバイクに乗ってたから、近くの所なら電車を使う必要ねぇしな。遠い所はヘリを飛ばしてたし。」 「・・・まさか、自分の操縦で?」 「ああ。その頃は免許はなかったけどな。」 「やだぁ・・・危ないじゃぁーん。」 ミルクが泣きそうになって言う。 「今は免許あるぜ。」 「そうじゃなくぅぅぅ・・・危険なことはしないでよぉぉぉ・・・」 ミルクがムキになって言うので、マサトは苦笑してミルクの頭を撫でる。 「もう、しねぇって。・・ミルクを泣かせたくねぇもんな。」 「約束してね?」 「ああ。・・約束。」 ミルクが出した小指にマサトも小指を絡める。 「・・何で小指なんだ?」 「知らなぁーい。」 「キスの方がいいのに・・・」 「・・・友達とか親子でキス出来ないじゃん。」 「あ・・なる・・・」 マサトは小指を見ながら、ふんふん、と頷いた。 ほんの数日前のことなのに、懐かしく思い出す。 思い出を話ながら写真を見るのが、こんなに楽しいことだと、マサトは知らなかった。 ミルクの嬉しそうな顔を見ているだけでも心が満たされてくる。 その上に記憶を共有出来ることが幸せだった。 「・・ぇ・・・これ・・・やだぁ・・・キモイ・・・」 ミルクの表情が曇る。 手にしている写真を覗き込んで、マサトは、ああ、と納得した。 蛇神山で撮影した写真には全て複雑な光が飛び交っているのだ。 「心配ねぇよ。あの山で撮るとみんなこうなるんだ。」 「えー・・・何でぇ?」 「常に高い樹木に覆われ、霧が撒いてるせいか、霊魂とかが集まりやすいらしいぜ。」 「・・うっそぉ・・・やぁだぁ・・・」 「悪い霊は蛇神が喰っちまうから心配ねぇって。昇天した蛇神も霊体になって遊びにくるらしいし、悪い奴等じゃねぇよ。・・ミルクに興味持って、見に来てたんだろう。」 「・・・ぅぅぅ・・・お化け・・・怖いぃ・・・」 「クックックッ。あれだけビシビシ霊気が舞ってるのに、ケロッとして笑ってられりゃ大丈夫だよ。」 「え・・・いつぅ?」 「いつって山に入った時からずっとさ。・・クスッ。ミルクが狐見つけて、可愛ぃー、って叫んでた時もな。」 ミルクは黙って頬を膨らませると、光の写っている写真をはじいていった。 マサトは含み笑いを噛み殺す。 暗い場所が怖いのは、寂しがりやだからで、霊感にはニブイ所も可愛くてたまらない。 思えば、マサトが纏う闇の影を、普通は無意識にも怖がるのに、ミルクは全然感じていないようだった。 ミルクに似た母親も同じで、霊や魔といったものの影響を受けにくい体質なのかも知れない。 「・・・これじゃ、ママに巫女姿見せらんなぁい。」 「庭で撮ったのがあるだろ?」 「どれどれ?・・・あ、これかぁ。」 「なかなか可愛く撮れてるだろ?」 「・・・うん。ウフッ。良かったぁ。」 ミルクは満足そうに笑って、持ち帰る方に置いた。 テーブルの前で絨毯に座って写真を見ていたミルクは、写真を見終わると、マサトに並んでソファーに座った。 マサトは、待ってました、とばかりにミルクを膝に抱き上げる。 「膝がこんなに冷えちまってるぜ。」 マサトはバスローブの裾から手を滑り込ませて、膝から太腿までゆっくり撫でる。 「、、ぁん、、、」 ミルクはマサトに寄り掛かり、やはりバスローブを着ているマサトの胸元に手を忍ばせる。 「、、温かぁぁい、、、」 額から鼻をマサトの首筋に擦り付けて甘える。 「ミルクは自分で体温を作りにくいんだから、気をつけなきゃダメだぞ。」 足を撫でるマサトの手がお尻や内股にも伸びてくる。 「、、ぅん、、、ぁ、、、ぁぁ、、、」 ミルクの薄い恥毛を軽く掻き回していた指が、クリトリスを擦り始めた。 ミルクは膝を少し開いて、マサトの肩に腕をかける。 マサトの顎や頬にキスを繰り返しながら、下から駆け上がる快感に浸っている。 「ぁ、、ぁ、、ぁぁん、、、んん、、、」 膣に指が侵入すると思わず膝を閉じてしまう。 マサトはミルクの背中に回した腕を引き寄せ、唇を重ねてキスをする。 キスに緊張を解され、ミルクはまた膝を開く。 膣の中のマサトの指とキスをする舌が同じように動く。 「、、、ん、、、んぁ、、、ん、、、」 ミルクは鼻を鳴らし、体を小さく揺らせて感じている。 「ここでしよっか?」 「、、、ここ?」 マサトは説明はぜず、腰を少し前にずらせると、バスローブの紐を解いて前をはだけた。 真っ赤な顔の蛇がヘソに付きそうなほど直下立っている。 ミルクが手でそっと握ってさする間に、マサトはミルクのバスローブも前をはだけていた。 ミルクに膝を跨がせて、抱っこするように腰を抱え、蛇の頭をミルクの花弁に合わせると、ゆっくりと腰を下げていく。 「あ、、、あぁぁ、、、あぁぁん、、、あぅぅ、、、」 ズッポリと奥まで潜り込んだ蛇が、嬉しそうにドクンドクンと脈打っている。 「はぁぁ・・・ここだけはいつも温けぇなぁ。クックックッ。」 マサトはミルクを抱き締めて頬ずりをしながら言う。 ミルクはマサトと胸を合わせて、体を左右に揺らせる。 一度たっぷりとこなされて、柔らかくなっている襞が吸い付いていく。 「あぁぁぁぁ、、、気持ちいい、、、あぁぁん、、、」 大木につかまっているコアラのような状態に、ミルクは安心したように目を閉じて大きく息を吐いた。 「・・赤ちゃんみたいに可愛い顔してるぜ。ククッ。」 「、、マサトが、、、温かくてぇ、、、気持ちいいんだもん、、、」 「このまま寝んねするか?・・・それとも、もっと気持ち良くなる?」 「、、、ぅー、、、」 ミルクの膣壁が、ビクビクッ、とヒクつき、ビクン、ビクン、と蠢く度に、キュッ、キュゥッ、と硬直している蛇を締め付ける。 「アッハ・・・たまんねぇなぁ。・・・体が答えを出してるぜ。」 マサトは片頬で笑って、ミルクにキスをする。 それから、腰を突き出すようにして、蛇の体を、ズプッ、ズプッ、と動かし始めた。 「あぁぁぁ、、、トロケちゃうぅぅ、、、」 ミルクが背中を仰け反らせるので、マサトは両腕でミルクを支える。 ミルクはしばらく快感に震えていたが、体を起こすと、自分から腰をホッピングさせた。 「あん、、あん、、あぁん、、、あ、、あん、、、」 ミルクの腰が大きく上下して、蛇が頭近くまで胴体を見せる。 それがまた、ズブゥゥッ、とめり込んでいく。 「あぁ・・・いいぜ。・・・ふぅぅ・・・上手くなったなぁ・・・」 マサトはミルクの体を支えながら、時々目を閉じて天井に顔を向ける。 「はぁ、、、ぁぁぁ、、、ぁぁぁん、、、ぁぁん、、、」 大きくホッピングすると、ミルクの歳のわりにふっくらとした白い胸も揺れる。 それでもミルクは一心不乱に腰を動かし、よがり声をあげる。 肉と肉が激しく擦れ合って蜜壺が煮えたぎってくる。 そうなるともっと奥へ奥へと強い刺激が欲しくなる。 「あぁぁ、、、あぁぁぁん、、、」 ミルクはたまらずマサトにしがみついた。 「いい子だ。・・・最高だぜ。」 マサトが誉めてキスをする。 それから、 「御褒美をあげるから、ワンちゃんなってごらん。」 と、ミルクを膝から降ろし、ソファーの上で犬のような姿勢をさせた。 「、、、え?」 「肘掛けの所にしっかりつかまってろよ。」 「、、、ぁ、、、ぅん、、、」 ミルクは馬から振り落とされないようにつかまっていた時を思い出した。 と、後ろに回ったマサトが腰をつかんでいきなり蛇を押し込んできた。 「あぅッ、、」 ガンガンと体をぶつけるようにして、子宮をグイグイと突き上げる。 「あぅ、、、あぁ、、、あん、、あん、、あぅぅ、、、」 ミルクはお尻を突き上げたまま、必死にソファーにしがみついている。 快感というより、強烈な痛みが続く。 「あぁ、、ぁ、、あ、あ、あ、あ、あぁ、、、マサトぉ、、、壊れちゃうぅぅ、、、」 「心配ねぇって。・・もう、充分柔軟性がついてきたし、俺の大きさにも慣れてきてる。・・・まだちょっとキツ過ぎるが、俺ぴったりのオマンコにしてやるぜ。」 「あぁぁぁ、、、マサトぉぉ、、、」 ミルクは顔をしかめ、苦しそうに息継ぎしながら、腰骨まで痛くなる激しい突き上げに耐えていた。 「あぁぁ・・・うぅぅ・・・イキそうだ。・・・ミルク、くわえろ。」 ミルクの腕を引いて頭を股間に寄せたマサトは朦朧としているミルクの口に蛇を突っ込んだ。 「はぅぅッ・・・あ・・あぁぁぁ・・・うぅぅぅっっ・・・」 マサトの熱く迸るザーメンを飲み込む。 朦朧としていたのでタイミングがずれて、少し口からこぼしてしまった。 「、、、ぁぅ、、、ごめんなしゃぃ、、、」 「ククッ。・・・気にするなよ。」 マサトはミルクを抱っこすると、バスローブの袖で口回りを拭いてやり、よしよし、と満足そうに髪を撫でた。 ミルクは目を閉じて胸にもたれている。 「・・・怖かったか?」 「、、はぁはぁ、、、ぅぅん、、、はぁ、、、平気、、、」 「クックックッ。・・・お前って・・・ほんっと・・不思議なくらい俺を怖がらねぇなぁ?」 「、、、だって、、、はぁ、、、好きなんだもん、、、」 「・・・そうか・・・なるほど・・・」 マサトは愛おしくてたまらず、ミルクをギュゥゥッと抱き締め、髪にキスを繰り返した。 「んー・・・最高に嬉しい言葉だぜ。・・・俺のミルク。」 ミルクは逆上せて目眩を感じながらも、微笑んで応えた。 マサトの力強い心拍が子守歌のように聞こえる。 「、、、もぉ、、、寝んね、、するぅ、、、」 そう言ったミルクは体の力を完全に抜いて、意識を手放した。 ベッドで本を読んでいたマサトに起こされて、ミルクは目を覚ました。 マサトはボォーッと放心状態のミルクを抱き上げ、浴室で体を洗ってやる。 もっと寝かせてやりたかったが、門限に間に合わせる為には仕方がなかった。 洋服はなんとか自分で着たミルクだったが、フラフラとしている。 「一緒に暮らせるようになれば、いくらでも寝かせといてやれるのにな。」 「・・んー・・・高校生の内は無理だよぉ・・・」 「はぁ・・先の長い話だぜ。」 「一緒に暮らしたら、Hのことしか考えられなくなっちゃいそぉだもん。・・ますます勉強がわかんなくなっちゃう。」 「・・それでも・・可愛いけどな。・・ん?」 「いやぁ〜ん・・・ミル・・賢くないから・・ちゃんと勉強しなきゃ・・・ケーキ屋さんになれないもん。」 「クスッ。そうだったな。」 マサトは優しく笑って、ミルクの額にキスをした。 「しょーがねぇ。・・ミルクをセックス中毒にするのは、結婚するまで待つとしよう。クククッ。」 「・・・ぅぅ・・・もぉ、なってるかもぉ・・・」 「クッ。・・こんなもんじゃねぇぜ。」 マサトは片頬で笑うと、謎めいたウィンクをした。 ミルクは目を瞬かせ、キョトン、とする。 「さて。時間がなくなるぜ。・・出掛けよう。」 「・・ぁ・・うん。」 ミルクはマサトに手を引かれて玄関へ向かう。 廊下に転がっていた靴を拾って、玄関で履きかけ、 「あ・・メモ帳ぉー・・・」 と、慌ててキッチンへ走っていった。 「シャーペンと・・写真も忘れるなよ。」 ミルクに声を掛けながら、マサトはこみ上げる笑いに口元を押さえていた。 マサトのフェラーリで送られて家に帰ったミルクは、迎えに出た母親から、フワッ、といい匂いがするのに気付いた。 大人の女性らしい品のいい香りだが、いつもは香水をつけない母にしては珍しい。 料理教室をしている関係で、普段は卵やバニラの香りがしている。 「どこかにお出かけしたの?」 「あ、ええ。・・高藤さんと御一緒に、少し街を見学したの。」 母親が頬を染めて答える。 「見学?」 「ほら、お店を開く土地を選ぶにも、色んな所を見ないとわからないでしょう?」 「あぁ、そっか。」 ミルクは納得して頷いた。 高藤英はマサトが紹介した弁護士で、ミルクの母親の相談相手になっている。 マサトのことは手放しで誉めていた母が、あまり高藤のことは話さなかったので、つい存在を忘れてしまうが、母親の様子からけっこう頼りにしているのがわかって、ミルクは少し安心した。 マサトがミルクの家を訪問するのを控えることは、受験期のミツルを刺激したくないので、と伝えてあった。 初めは残念がっていた母だったが、やはり母親としてもその方がいいと思うようになったようで、無理に誘うことはなかった。 夕食の後で、ミルクがマサトの実家に行った時の写真を母親に見せた。 「まぁぁ・・・立派なお屋敷なのねぇ。」 「うん。すっごく広いの。・・お庭も綺麗なんだよぉ。」 「そぅ・・・やっぱり由緒正しい家柄の方なのねぇ。」 母親が感心して言うので、ミルクは、由緒正しいかぁ・・、と少し悩んだ。 古い家系ではあったが、もっと背負っているものが重いようにも感じたのだ。 けれど、それを母親に説明するつもりもなかったので、ま、いっか、と頷いた。 「あら?・・・あらあら・・・」 母親が一枚の写真に眉をひそめた。 「・・え?・・なぁに?」 「・・・ミルちゃん・・・どうして巫女さんの着物なんて着ているの?」 「マサトの村の神社にお参りするのに着せて貰ったの。フフッ。」 珍しい格好なので、母親も喜んでくれると思っていた。 けれど、母親は眉をひそめたまま、重い溜息を吐いた。 「神社なんて・・・お参りしちゃいけないのよ。・・・知らなかったの?」 母親の言葉にミルクは目を丸くした。 「えー・・・何でぇ?」 「・・・ママのお祖父様の遺言なのよ。・・・ミルちゃんにはまだ言ってなかったわねぇ。」 「・・・そんなぁ・・・どうしてなのぉ?」 「ママもよくわからなけど・・・ヤマトの神には傅かない、って・・・そうご先祖様が決めたんですって。」 「・・・へぇ・・・知らなかったぁ。・・・つーか・・・ヤマトの神様ってどんな神様なのぉ?」 「それは・・天照大神様でしょう?」 「ふーん。・・でも、それなら大丈夫だよ。だって、全然違う神様を奉ってるんだもん。」 「あら・・違うの?」 「うん。・・・蛇っぽかったかなぁ・・・」 はっきりとは言えないので、曖昧に言った。 「あぁー・・・それで、マサトさんは蛇のタトゥーをしてるのかしら?・・おまじないみたいに・・?」 「そうなのかなぁ?・・聞いたことないからわかんないけどぉ・・そうかもねぇ。」 母親はほっとしたように微笑んだ。 それから違う写真を見て、違う感想を言うので、その話はそこまでになったが、ミルクはずっと神社にお参りすることのなかった理由を初めて知って、ますます不思議に感じていた。 マサトのご先祖様も変わってるけど、ミルクのご先祖様も変わってるなぁ、と母親の話に相槌を打ったり、説明しながら、思うミルクだった。 |
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<33> 「対策会議」 |
§33§「対策会議」 日曜日。 朝、高藤が本宅に呼ばれて来ていた。 高藤は、覇羅蛇家の抱える弁護士事務所に所属する三人の弁護士の一人だった。 マサトの会社にも専属の弁護士事務所があったが、そちらは会社関連の仕事をしているので、組織とは係わりがなかった。 だが、覇羅蛇家の弁護士は組織の一員でもあった。 高藤も郷の出身で、物心ついた時から覇羅蛇家への忠誠心は培われてきた。 ただ、それだけでなく、高藤はマサトのカリスマ性や凄まじいオーラに心酔していた。 マサトの強烈な自我は幼少の頃から発揮されて数々の逸話を残してきたが、マサトの父の独裁者的傲慢さや残忍性とは違う、天上の神にも引けを取らない神々しさを感じていた。 それは高藤だけではなく、マサトに仕える部下達の全てが一様に持っている畏敬の念だった。 高藤が応接室で待っていると、格闘着を着たマサトが首にスポーツタオルを掛けて現れた。 「おはようございます。」 高藤が立ち上がって挨拶すると、 「待たせて済まなかったな。つい財前との組み手に熱が入っちまって。」 と、高藤に座るよう手を差し出し、自分も向かい側に座った。 「財前さんがお相手ということは柔道ですね。そちらへ伺ってもよろしかったのですが・・」 「いや。研修生達の相手もしていたし、・・お前との話はごく内輪にしたいからな。」 「あ、はい。そうですね。」 「時間もないから、手短に話そう。ミルクの母親とはどこまで話が進んでいる?」 「はい。」 高藤は言われた通り、簡潔に報告をした。 「・・・ふむ。・・じゃぁ、店を出すことはかなり本気になってるんだな。浮気夫とも離婚する方向に気持ちが傾いている所か。」 「ええ。ですが、離婚する時期については迷いがあるようです。」 「いいさ。そう簡単に離婚してやることはない。生活が安定して、気持ちが前向きになっていれば、強いのは妻の方なんだからな。・・本当は浮気相手に一切財産がいかないように二人揃って始末しちまいたい所だが、どんなに不実な親でもミルクには父親だ。ミルクが望まない限りは手は出せねぇし・・・せめて、出来るだけ多くふんだくってやらねぇとな。」 「はい。相手の女性への慰謝料請求も勧めるつもりです。夫人としてはそこまで主張したくないようですが・・当然の権利であり、相手へ謝罪請求をきちんとした形でしなければ、思い上がらせるばかりですから。」 「そうだな。そう進めてくれ。」 「はい。」 「不安や迷いで悩むことも多いだろうから、精神的な部分のフォローも忘れるなよ?」 「心得ております。」 「浮気した夫より魅力を感じる男が身近で親身に接してくれれば、気持ちも落ち着くだろう。」 「はい。・・どの程度、親身になればよろしいでしょう?」 「あ?・・相手の求めるままに・・ってとこだな。適当に察してやって、リードするくらいはしてやった方がいいが、ずっと貞淑な妻でいた女性に露骨に迫っても反感を買っちまうぜ。そこん所は注意しろ。・・・出来れば精神的だけでなく、肉体的にも充実した方がいいだろうが・・・子供から見れば嫌悪感もあるだろうし、ヘタに手は出せねぇよな。」 「そうですね。」 「お前にも家庭があるしな。」 「・・別れた方がよろしければ、そのように致します。」 「で、ミルクの母親と結婚するって?」 「将来的にその方がよろしければ・・・」 「おいおい。お前が俺の未来の父親かぁ?・・クックックッ。よしてくれ。・・自立した女に夫はいらねぇ。信頼出来て甘えられるパートナーでいればいい。」 「はい。」 「子供達にはあくまで仕事のパートナー的立場を崩さねぇことだ。で、母親にだけ男を意識させればいい。」 「承知しました。」 精悍な顔立ちの高藤は35歳。 ミルクの母親より3歳年下だが、知的で落ち着いた風貌は充分信頼の置ける男性と映るはずだ。 マサトがどんなに親身に接しても、所詮娘の恋人。 夫に裏切られた寂しさを埋めることは出来ない。 家庭はあっても恋心をそそられる男の方がいいだろう。 マサトはそう計算していた。 高藤も自分の役割はよく承知していたし、マサトの為なら自分を犠牲にすることさえ厭わなかった。 それに、ミルクの母親は年上といっても若く美しく、かなり魅力的で惹かれる部分も大きかったので、むしろマサトの歯止めがなければ口説いてみたい女性だった。 高藤は今日も有栖川夫人と会う予定になっていることを報告して、退室していった。 マサトは、これで母親の方は大丈夫だろう、と片頬に不敵な笑みを浮かべ、 「問題はミツルだな。」 と呟き、虚空を睨むのだった。 ミツルの身辺調査報告はすでに上がってきている。 慶京高校三年、剣道部主将で、六月の改選まで生徒会長も務めている。 学校の成績は中学時代から全国十指から落ちたことがない。 剣道は道場にも通っていて、全国三位の実力だった。 二日に一度は道場で稽古するかたわら、学習塾にも週四日通い、生徒会活動と剣道部の主将としての後輩指導も手を抜かない日々は、恋などしてる暇もないほど忙しいだろう。 ミツルの通う道場の師範や先輩には警察関係に従事している者も多い。 その為、ミツルに将来は警察庁へと誘う声も多いようだ。 ミツルの親しい友人は、剣道部副主将の海堂、生徒会副会長の水瀬、塾で交流のある川端、同じ道場に通う幼馴染みの清水。 いずれも文武両道に秀でた硬派である。 ミツル本人にも友人にも、付け入る隙がないのはさすがと言えた。 面白い情報としては、川端の一番上の兄が弁護士として『世界人権擁護団体』の活動をしており、それに興味を持ったミツルが何度か会って話をしていること。 そして、水瀬の幼馴染みが付き合っている、彼女の父親が経営する会社が、借金の返済が滞り倒産寸前だということ。 この二件を利用出来るかどうか。 『世界人権擁護団体』という言葉に興味が引かれる。 昨日ミルクからのメールで、ミルクの母親の家系に伝わる”ヤマトの神には傅かない”という決め事があることを知った。 それまでは漠然とした印象でしかなかったことが、事実としてくっきりと浮上してきたように思えた。 ミルクの母親の家系が、かつては独立国家として繁栄を極めた南国の島の出身だとするなら、苦難の歴史を辿った民族の恨みやプライドを持っていても不思議ではない。 形だけでも王国としての系統を残してきた属国である島国が、明治政府の武力を投入しての強行な介入によって、完全に日本国に合併吸収された時、島国から強制的に本国へ転居させられた人々がいる。 王族や神官、王国政府の高官など、島国に対して影響力の強い人々である。 その中に曾祖父も名を連ねているかもしれない。 そうした事実をミツルが知っていて、権力の有無を言わせぬ迫害への怒りが、人としての権利を訴える団体の活動への関心になっているなら、マサト達一族の心情も察する余地はあるはずだ。 水瀬の方は、水瀬自身ではなく、幼馴染みで中学まで一緒に学んだ親友の抱えている悩みであり、その彼女が風俗で働こうとしているからといって、ミツルにまで関わってくるかどうかはわからない。 幼馴染みが親友の水瀬に相談し、水瀬が法律に詳しいミツルに相談する可能性もあるが、その幼馴染みが彼女と別れてしまえば、まったくの他人事でしかなくなる。 一応根回しはしてあるが、どう動くかはまだ見えていなかった。 ミツル攻略も重要な課題ではあったが、取り敢えず、今日は別の問題を抱えていた。 某国の麻薬組織が次の取引を渋っているという。 マサトの組織とは別の組織団体が割り込もうとしてきているらしい。 マサトが盟約を交わした麻薬組織のボスが引退し、新しいボスになった人物は信頼関係より金が大事と思っているようだ。 別の組織団体にこの大口取引を奪われたら、これまでマサト達組織が敷いてきたルールが掻き乱されてしまう。 マサトの組織では、麻薬への勧誘や強制的使用はしていない。 欲しいと手を伸ばす連中にだけ、供給しているだけなのだ。 だが、金に汚い組織団体が販売ルートを広げたら、今よりもっと弱者や若年層にまで浸透していってしまうだろう。 マサト自身が切り開いた取引でもあり、そうした勝手を許す訳にはいかなかった。 その対策の打ち合わせを午前中に済ませ、ミルクを家に迎えにいく。 ミルクと昼食を摂ったら、この前のレモンティー事件の容疑者に会わせなければならない。 ミルクは、特に田村美里と話がしたいらしい。 田村は折れた鼻を整形し、腫れ上がった顔もかなり良くなっていたが、まだ顔中に包帯を巻いていた。 治療は地下アジトの医療室で本郷が処置し、簡単ではあったが病室のような場所に収容している。 本郷はちゃんと医師免許を持った医師であり、他にも資格を持った看護士が常に待機していた。 一般の病院には行けない怪我をする部下もいるし、時には捕縛した敵の自白を促したり、拷問後の治療をすることもあるので、手術も可能な医療施設が整えられていた。 そうした施設をミルクに見せて抵抗感を持たないか心配はあったが、その後を懸念しているミルクを納得させるには仕方がない。 ミルクを狙うような者を組織に置いておきたくないマサトだったが、ミルクが忘れた頃にでも処刑しようと、今は煮えくり返る腸を押さえ込んでいた。 ミルクの意向で、”裏切り者は死を持って償え!”という組織の掟を実行出来ない現状を、景山は、 「よろしいんじゃないですか。」 と言って、目を細めた。 「アリス様は、ご自身の自覚なしに、組織に関わられた。若松や田代も、今はまだ単に遊び相手にすぎないでしょう。けれど、意識しない内に、組織と関わり馴染んでいかれれば、いずれは組織とご自身の関わりを認識されるでしょう。」 「・・俺はミルクを組織と関わらせたくない。」 「それは無理というものです。心の通わない夫婦やいつわりの愛ならば可能かも知れませんが、我等のように結束の固い組織を統括されるボスの、奥方であるアリス様を関わらないようにと隔離されたら、むしろ疎外感を持たれるのではありませんか?」 「だからといって、ミルクに全てを教えることは出来ない。」 「その必要はないでしょう。私共でも担当するものが違えば互いに知らない事実もあります。ただ、関わっている、という現実があればいいのです。ほんの些細なことでも。そうすることで、アリス様にもボスの奥方としての自覚が芽生え、部下達も親しみを持つことが出来ます。」 「・・親しみ・・ね。」 「我等組織の者一同、郷出身にかかわらず、ボスを崇拝しお慕い申しております。その奥方があまりにも気高すぎて遠い存在では、寂しい限りです。・・多少なりとも関わっていけば、アリス様への忠誠心も生まれるでしょう。」 「ふむ。」 「現に、田代はアリス様をお守りする為なら命を懸けてもいいとさえ申しております。」 「おい。・・惚れられても困るぞ。」 「とんでもない。ボスの大切な方へ邪な想いを抱くような不届き者はおりません。」 「ならいいがな。」 「なんでしたら、この地下アジトに、アリス様が遊ばれるお部屋をご用意致しましょうか?」 「あン?・・本気で言ってるのか?」 「もちろんです。ボスがお仕事をされる間、いつも上の応接室で待たれるのでは退屈でしょうし、充分安全管理のされたお部屋でくつろいで頂く方が、ボスもご安心なのでは?」 「・・・確かにな。・・いいだろう。お前に任せる。」 「はい。承知致しました。」 マサトは苦笑まじりの溜息を漏らした。 元教育係だっただけに、景山はマサトをまだ子供扱いしてる気がする。 だが、それだけにマサトには景山が心許せる相談相手でもあった。 そして、ミルクを歓迎してくれていることが、マサトにも嬉しかった。 ミルクの存在は、暗く淀む地獄の闇に、花の香りのする風と共に差し込む柔らかな陽射しのようだった。 景山でなくても、ミルクが望むなら、多少、掟が緩む程度は認めてもいいのかも知れない。 全てに関わってくるのでもなく、全ての掟のたがが外れる訳でもない。 恩赦か徳政令程度の効果があればいいのだ。 それを認めることによって、ミルクの組織での地位も確立されるだろう。 地獄の覇者に乳離れしない天使。 初めていちご大福を食べた時のような、甘いと思って囓った途端意外な甘酸っぱさが口に広がる、そんな関係かも知れない。 ふと浮かんだ発想に、マサト自身が失笑してしまった。 対策会議でそのことを思い出し、いきなり笑いをもらしたマサトを、不思議そうに見た景山にそう話すと、 「私はむしろ、ブラックのアイスコーヒーにバニラアイスが乗っている、コーヒーフロートのような調和だと思いますが。」 と言い、側で聞いていた若松は、 「あんパンに生クリームが入っているのも、意外ですが美味しいですよ。」 と言い、更に財前は、 「なんと言ってもカツカレーが抜群の相性です。」 と言い出した。 マサトが呆れて、 「お前の食の好みは聞いてないぞ。」 と言うと、 「いや、ですから・・カツはなんと言ってもボスで、アリス様がカレー、そしてその下にいる米粒のひとつひとつが我々ということで・・どうでしょう?」 と、汗を掻きながら説明した。 カレーという響きには家庭料理の香りがする。 「ふーむ・・・意外性はないが、いいね。」 マサトが納得して頷くと、 「アリス様が辛いカレーなんて、俺は反対っす。」 と、田代が抗議した。 「アリス様はなんと言っても甘い香りの食べ物が相応しいですし、俺はボスが熱く煮えたぎる油でアリス様がバニラアイスの、アイスの天ぷらがいいかと思います。」 例えが合う合わない以前に、アイスの天ぷらと聞いて、一同げんなりした顔になった。 「同じ意外性の天ぷらなら、私は天むすが好きですね。」 「若松さん、あなたの方が好みを言ってないですか?」 財前が目を眇めて指摘する。 他にも、 「オムスパってご存知ですか?ライスのかわりにスパゲティが卵焼きでくるまれているんですが、かなり美味いっす。」 とか、 「包んである料理でいうなら、餃子にチーズが入っているのはドキッとしますが美味しいです。」 と、すっかり話題が食べ物のことになってしまった。 組織団体への対策会議が・・・ と、溜息をこぼすマサトだったが、自分が言い出しっぺなので文句も言えず、景山と目が合った時に、しょーがねぇな、と肩をすくめた。 結局対策会議は、結論も名案もなく、時間に追われて打ち切りとなった。 ただ景山が、某国へ部下を数人行かせて、麻薬組織のボスとその背後関係の調査をさせると提案したので、それを手配することにした。 そして、ミルクとの約束の時間が少し遅れてしまったマサトは、愛車のフェラーリをミルクの自宅へと走らせた。 |
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<34> 「美しい郷里」 |
§34§「美しい郷里」 ミルクは初め福島の病室を訪れた。 お見舞いには、籠に花が生けてある花籠とミルクの母親が作ったケーキを持ってきた。 「ミルのせいで・・ごめんなさい。」 そう言うと、ベッドに起きあがった福島は首を大きく振って、ミイラのように顔中包帯を巻き付けた隙間から覗く目いっぱいに涙を溜めて、 「俺が・・不注意・・でした。」 と、息の漏れる舌がよく回らない喋り方で言った。 「マサトさんって、ミルを守るって決めてるらしくて、それであんなに厳しくなっちゃったのかも・・・」 「あ・・ボスはいつでも・・厳しいっす。・・・アリス様が・・ご無事で・・本当に良かったと・・思ってます。」 やっぱり毒を入れたのはこの人じゃないんだ、とミルクは思った。 「ゆっくり静養して、早く良くなってね?」 「ありがとう・・ございます。」 福島は膝に頭がつくほど下げて感謝を示した。 ミルクの後ろに控えていたマサトにも、同じように挨拶をする福島は、あんなに酷いことをされたにもかかわらず忠誠心をなくしてないように見えた。 絶対的崇拝とはこーゆーものなのだろうか、とミルクは感心しながら福島の病室を出た。 問題は田村美里である。 「こんにちわ。・・御加減はいかがですか?」 ミルクが挨拶しても、顔を背けたまま横になっている。 お見舞いを渡そうにも受け取る意志がないようで、力無くそっぽを向いているので、脇のテーブルに置いた。 「あの・・・ミルのせいで、ごめんなさい。」 福島に言ったのと同じ言葉をかけたが、何の反応も示さない。 「・・お怪我は・・痛みますか?」 ミルクはそっと包帯だらけの顔を覗き込むようにしてみた。 虚ろな目がぼんやりと壁に向けられている。 地下の部屋なので窓がなく、殺風景な部屋だった。 「・・ごめんなさい。・・痛いに決まってますよね。」 ミルクは項垂れて小さい声で言った。 「ミルク。もう気が済んだだろう?・・いつまでもここにいても仕方ない。もう、行こう。」 マサトがミルクの肩に手をかけて言った。 その時、毛布から覗いていた美里の手が、ギュッ、と握られたのを、ミルクは気付いた。 「ぁ・・・マサト・・・もう少し、お話させて。・・出来れば二人だけで。」 「バカなことを。・・顔にダメージはあっても、体は何でもねぇんだ。二人きりにした途端、ミルクに飛び掛かって首を絞めかねねぇ奴なんだぞ?」 マサトも犯人が美里だとわかっているようだった。 「なら、ドアの所に監視の人に立ってて貰っていいから。・・マサトはお仕事してていいよ。」 ミルクの駄々っ子が始まった。 ここで言い争いをしたくなかった。 マサトは溜息を吐くと、承諾することにした。 監視には若松をつけた。 ミルクは若松をマサトの命令を何でも聞く従者のように思い込んでいるようだが、組織の者なら若松が殺人技も習得したカンフーの達人であることは誰でも知っていた。 ヘタにミルクに手を出せば、手が触れる前に絶命するだろう、ぐらいはわかるはずである。 「じゃぁ、頼んだぞ。」 「はい。」 心得ています、とばかりに頷く若松に後を任せて、マサトは総裁室で景山と細かい打ち合わせをすることにした。 マサトが部屋を出ると、ミルクは壁際にあったイスをベッドに寄せて座った。 それから、静かに話し始めた。 「この前、覇羅蛇村へ行ったんですよ。・・深い渓谷の鉄橋を渡って・・なぁーんにもない駅に降りたの。それで、迎えに来たのが、四角い箱が付いてる荷馬車。トンネルみたいに木々が茂る道をずっと登っていったの。」 ミルクは、顔を背けたまま放心したように動かない美里に、一方的に話し続けた。 「森を抜けた途端、明るい光が降り注ぐ・・まるで桃源郷のようだったなぁ。・・道沿いの土手には紫菜花が咲き乱れ、野道には桜草やシロツメクサ、花壇にはスミレやパンジー、田んぼの畦にはレンゲ草もいっぱい咲いてたの。梅や桃の木も満開で・・赤やピンクや白い花が入り乱れて咲いてて、すっごく綺麗だったぁ。・・あ、そうそう。黄色いミモザが垣根いっぱいに垂れ下がっている家もあったの。・・田んぼではカエルが鳴いているし、鳥が高く空を舞いながらピーヒョロロォーって・・・」 ミルクは見てきた光景をなるべく詳しく話した。 初めの内はまったく無視していた美里だったが、その内天井へ顔を向け、遠くを見つめるような目をするようになった。 そして、ミルクの話が進めば進むほど懐かしそうな表情になって、目を閉じて思い出すようにしていた。 ミルクもなるべく正確に細かく、郷の様子を伝えようとしたので、1時間以上もひとりで語り続けることになった。 「村を見渡せる小高い丘から見ると、絵巻物のようで・・・一件一件の家を眺めている内に、本当にみんなが愛してる郷なんだなぁ、って感じたの。」 ミルクがそう言うと、美里の閉じた目から涙が零れ落ちた。 「村の人達はみんな穏やかで優しい顔をしてた。特にマサトさんの乳母だったっていう方は本当に綺麗で優しい顔だったなぁ。・・・辛い迫害を受けてきた影を見せずに、じっと耐えてきたのかなぁって。・・・あ・・ミルね・・本当はいっぱい仲間を殺されてきたんだって・・ちょこっと聞いちゃったの。」 ミルクは小さく溜息を吐いた。 「結束固いのは・・きっと、それだけ悲しい思いを分かち合ってきたからなんだよね。・・そして、恨みをはらすとかだけでなく、差別や迫害をはね除けて、自分達だって生きてるんだぞッ、て主張してくれるシンボルがマサトさんなんでしょう?・・よく、わかんないけど、そんな気がする。」 美里は包帯の巻かれた顔を両手で覆った。 肩や腕が微かに震えているのは、泣いているからだろう。 「社会はマサトさんや組織を忌み嫌っても、郷の人達にとっては英雄なんだよね。・・・そんな人の花嫁が・・ミルなんて・・許せないよね。」 ミルクの目尻にも涙が溜まっている。 「特別な美人でもないし・・抜群のプロポーションでもないし・・全然賢い訳でもなく・・取り柄の一つもない・・つまんない子だもん。・・・そんなの認められないよね。」 ミルクから涙が零れ落ちた。 「一緒に悲しみを分かち、人の何倍も努力して、一緒に戦っているのに・・・ミルみたいに、何の役にも立たない子・・いらないよね。・・・マサトさんを好きになっちゃって・・ごめんなさい。」 ミルクの頬を幾筋も涙が伝う。 若松がいつの間にか側にきて、スッ、とハンカチを差し出した。 「ぇ・・ぁ・・ありがとぉ。」 ミルクが少し驚いて顔を見上げると、労るような笑みを浮かべて頷き、またドアの所へ戻った。 ミルクはハンカチで涙を拭うと溜息を吐いた。 「本当に綺麗な故郷・・ミルも大好き。・・・でも・・ミルがどんなに願っても、ミルなりに頑張っても、郷の人にはなれないんだろなぁ。・・・何十年、マサトさんと一緒にいたとしても、ミルの故郷はミルの生まれ育った所だもん。・・・ミルがどんなに愛しても・・マサトさんと痛みを分かち合える人って・・仲間なんだろなぁって思う。・・・だから、ちょっぴりね・・・焼き餅妬いちゃった。えへっ・・・」 ミルクは額に滲んできた汗も拭く。 「・・マサトさんの存在って・・ミルにも大きすぎて・・つかまえきれない。・・・だから、きっと・・マサトさんがミルをつかまえてくれたのかも。・・・なんて・・・」 ミルクは笑みを浮かべたものの、すぐ涙が溢れてきてしまう。 ハンカチでまた涙を拭い、それから、ハンカチを指で押したり、雑巾のように絞ってみたりして、言葉を探した。 それでも、いくらハンカチを絞っても何も出ないように、ミルクももう言葉が見つからなかった。 「本当に・・ごめんなさい。・・・こんな子で・・ごめんなさい。」 ミルクは美里に深く頭を下げると、イスから立ち上がった。 「あ・・あの・・・」 ミルクが背中を向けた時、美里が起きあがってミルクに声を掛けた。 ミルクは体半分振り返り首を傾げた。 「あの・・・蛇は・・地面を這って進みますが・・野花を避けて決して花を散らせません。・・・我が物顔で歩く人間は・・野花を見向きもせずに踏み潰します。・・・野花の本当の美しさを・・蛇は知っているのだと思います。・・・お舘様が、愛された方が・・あなたで良かった。・・・今はそう思います。・・・申し訳・・ありませんでした。」 美里はそう言ってベッドの上に正座すると、深々と頭を下げた。 ミルクは目を見開き、美里の側に行った。 「まだ起きるのは辛いでしょう?・・どうか寝て休んで下さい。」 「いいえ。・・いいんです。・・・私はとんでもないことをしてしまいました。」 「もう、そのことは終わってるの。・・今は早く治るように・・」 「いえ。私が許されることはありません。・・それだけの罪を犯したのですから仕方ないことです。・・・思い上がりが招いた罰です。」 「・・そんな・・・」 「母を誉めてくださってありがとうございます。・・お舘様の乳母をしていたのは・・私の母です。」 「・・え?!・・・じゃぁ・・・乳兄妹?」 「いいえ。・・お舘様は・・郷の者には近寄りがたいほどに神々しい方ですし・・私が5歳の時には郷を出られましたから・・ほとんどお話することもありませんでした。」 「でも・・乳兄妹は乳兄妹なんだもん。・・・もっと大切にしなきゃ・・・」 「ありがとうございます。・・ですが、その普通より・・近くにいたことが・・思い上がりになっていました。・・・時々お見かけする度に・・・いつもお側にいられたらと願うようになり・・・」 後は言葉が続かず、美里は正座したままベッドに泣き崩れた。 女同士なら言葉にしなくてもわかる。 美里はマサトをずっと恋慕ってきたのだ。 「・・マサトさん・・言ってた。・・自分は変わらないって。・・マサトさんは、ずっと・・みんなのマサトさんなんだと思う。・・・ミル・・邪魔はしないから・・・ミルにも・・愛させてください。」 ミルクは小さな声で囁くように言うと、 「美里さん・・・早く体を治してね。・・・蛇と野花のお話・・とっても嬉しかったです。」 と、微笑んだ。 そして、これ以上ここにいても、美里が休めないだろうと、ミルクは病室を後にした。 病室を出ると、ミルクは怒ったように、ズンズン、と歩き出した。 ミルクが黙っているので、若松もしばらく黙って後に従った。 ズンズン、と歩くミルクの足が止まったのは、廊下が行き止まりになっていたからだった。 小さな非常用みたいに見えるドアはついているが、そこを普段出入りしているようには見えない。 「あの・・アリス様。どちらへ向かわれてるのですか?」 「・・・ぅ・・マサトのとこ。」 「でしたら、方角が逆ですが・・・」 若松は口元を手で押さえて言った。 笑いそうになるのをこらえているのだろうが、目がすでに笑っている。 ミルクは頬を膨らませて、クルッ、と方向転換をすると、また、ズンズンズン、と前より前屈みで歩き出した。 今度は迷わないように、若松が角に来る度、 「右です。」 「左です。」 と、小声で教えた。 そして、マサトの総裁室へと辿り着いた。 ドアをノックすると、景山がドアを開けて、どうぞ、と身振りでミルクを部屋に招き入れた。 マサトは机で厳しい顔をして、ミルクが聞いたこともないような言葉で電話していた。 ただ、マサトの低く冷たい声で、難しい相手なのだろうと思えた。 ミルクは、乳兄妹である美里へのマサトの態度があまりにも厳し過ぎるように思えて、抗議しようと意気込んできたのだが、出鼻を挫かれてしまった。 仕方なくソファーの方に行って座り、若松が入れてくれたお茶を啜って、話し続けて乾いていた喉を潤した。 なぜか煎餅も出されたので、カリカリ、とリスのように小さく囓り始めた。 丸い煎餅を半分食べた所でまたお茶を飲み、フゥッ、と息を吐いた時、電話を終えたマサトが隣りに座った。 ミルクの肩に腕を回し、 「随分話し込んでたんだな。寂しかったぜ。」 と、頬にキスをした。 更に唇へとキスをしようとするので、ミルクは食べかけの煎餅をマサトの口に押し込んだ。 「・・んグァ・・・」 マサトは片眉をひそめ、バリバリ、と音を立てて煎餅を噛み砕き、飲み込んだ。 「何だ?・・・機嫌が悪いのか?・・・アイツに酷いことでも言われたか?」 「・・酷いのはマサトじゃん。」 「は?」 「美里さん、乳母さんのお嬢さんだって知らなかった。」 「・・あぁ・・・だから?」 「乳兄妹なのにッ。・・何であんな酷いことするの?」 「関係ねぇよ。裏切りは裏切りだぜ。」 「美里さんは・・マサトを裏切ろうとしたんじゃなく・・ただ・・ミルを許せなかっただけだもんッ。」 「俺が選んだ相手を認めねぇっていうのが、もう裏切りなんだよッ!」 「だってッ・・・それは・・・マサトを・・・」 ミルクが言うべきではないと、口を噤んだ。 「あの時、俺が側にいなかったらどうなってた?・・俺が微妙な色の違いに気付かなかったら、お前は確実に殺されてたんだぞ?・・しかも、俺の血に解毒作用があることはトップメンバーしか知らねぇんだ。もちろん、美里が知るはずもねぇ。・・・俺の目の前で、俺の一番大切なものを奪う行為を、乳兄妹だ何だので許せるかッ!」 「・・・でも・・・ミルは何でもなかったんだもん。・・・それでいいじゃん。」 「よくねぇーッ!お前のその発想がわかんねぇよッ!」 「・・・ミルにも・・・わかんない・・・」 ミルクはうつむいてお茶を、ズズゥーッ、と啜った。 「・・・でも・・・美里さん・・・ミルを認めてくれたの。だから、マサトももう美里さんのことを怒らないでね?」 ミルクに真っ直ぐな目を向けられて、マサトはたじろいだ。 が、眉を曇らせ、 「・・一度裏切った者は組織には置けねぇよ。」 と、言い聞かせるように静かに言った。 「なら、ママの所へ帰してあげればいいじゃん。」 「・・あのなぁ・・・」 「恩を忘れないで。・・・あんなに尽くしてくれる乳母さんなのに・・・」 「・・郷の者だからって、特別扱いは出来ねぇぜ。」 「それじゃ、組織そのものの意味がなくない?」 「裏切れば、郷でも村八分だ。帰った所で居場所はねぇよ。」 「そんなことないよぉ。乳母さんだっているし・・・それに、あの豊かな自然が受け入れて、傷ついた心を包んでくれると思う。」 「アイツがいたら、もうミルクを郷へは連れていけなくなるぞ?・・いつ、また狙ってくるか・・」 「それはもうないと思うの。・・だって・・美里さん、蛇と野花のお話してくれて、マサトが好きになったのがミルで良かったって、言ってくれたもん。」 「蛇と野花?」 「うん。」 ミルクは恥ずかしそうに、美里が言ってくれた言葉をそのまま口にした。 マサトは聞いてから少しの間、物思いに耽るようにミルクを見つめていた。 それから大きく溜息を吐くと、 「・・わかった。・・・美里は郷へ帰そう。」 と呟き、景山に顔を向けて、 「それでいいな?」 と言った。 景山も、 「よろしいでしょう。」 と、笑みを浮かべて頷いた。 |
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<35> 「昔話」 |
§35§「昔話」 マサトに抱かれた余韻に浸るミルクの横顔が、どことなく寂しげだった。 「どうした?」 マサトは、ミルクの湿った髪を後ろに撫で上げ、汗ばむ額にキスをした。 「、、う、、ん、、ミルの故郷って、、やっぱ、この都会なのかなぁ、、って、、、」 「・・ミルクの生まれ育った町にだって、懐かしい風景はあるだろ?・・ほら、あの商店街とか・・」 「うん、、でも、小学校の前は全然変わっちゃったもん。道が広がって、小さな文房具店とかパン屋さんだったのが、マンションになっちゃったし、、歯医者さんだったのがビル建って美容院とか学習塾が入ってる。」 「小さな変化はどこにでもあるさ。」 「、、商店街でもお店閉めちゃった所もあるし、、、変わらない故郷ってないのかなぁ、、、」 「あるんじゃないか?・・小さく変わっても、大きな何かが・・魂には存在するような気がするな。」 「うーん、、、わかんなぁーい、、、」 ミルクは唇を尖らせてマサトを見上げる。 「初めての場所でも懐かしいって感じる所があるだろ?」 ミルクは眉を寄せて首を傾げる。 「いや・・ある人もいるんだよ。」 マサトは苦笑して言った。 「ふーん、、、そぉーなんだぁ、、、」 「・・ミルクにも、そんな魂の故郷があるかも知れないな。」 ミルクは眉を寄せたまま、少し思い巡らせてみたが、 「なぁーい。」 と、頬を膨らませた。 「だから・・・まだ、出会ってないとしても、ってことだよ。・・・例えば、全然知らない昔話でも、聞いてると当時の光景が浮かんできて、懐かしいな、って感じることがあるんじゃないか?」 「うー、、、プテラノドンが空を飛んでるとか?」 「いや、それは・・・多分、ミルクの場合、TVの影響だろうが・・・」 「、、、ぅ、、、」 「じゃぁ、俺が読んでいた本に載っていた昔話を聞かせてやろうか?」 「あ、、うんうん。聞きたぁーい。フフッ。」 ミルクはマサトの肩にもたれ、頬ずりをした。 マサトの胸の蛇を撫でながら、聞く態勢を整えたらしい。 マサトは、笑いを洩らして髪を撫でると、話し始めた。 §§§§§§§§§§ 昔々、南の小さな島国に、花の咲き乱れるとても綺麗な王国がありました。 小さな島々が集まって形成されるその王国は、海運に優れ貿易が盛んで遠い異国からも交易船が訪れる等、とても繁栄していました。 優しい人柄の国王は人々から慕われ、富も分かち合う豊かで平和な王国だったので、特別な軍隊を持つ必要もありませんでした。 ところが、その王国のすぐ隣りには閉鎖的で武力的には強大な国家がありました。 強大な隣国は、閉鎖的で排他的で猜疑心の強い国なので、海外との交易も禁止されていました。 ただ、その国家には、異国で珍重される金が豊富にありました。 それで、常々、小さな王国でありながら豊かに暮らす人々を羨ましく思っていた隣国は、自分達も金と異国の品々を交換して豊かになりたい、と考えました。 けれど、鎖国している隣国には交易の手段もなく方法もわかりません。 時々、この島国と友好の使者を交わす程度です。 そこで、隣国の使者は王国の高官と懇意になり、 「あなたのように知恵に長けた方は知りません。あなたこそが国王に相応しい。」 と、唆したのです。 優しいけれど人の良すぎる国王は、全てを官吏に任せすぎていました。 唆された高官も、自分の努力が評価されてないような気がしてきました。 何故なら国王はあまりにも平等に富みを分けてしまっていたからです。 軍隊を持たない国王を倒すことは容易いことでした。 高官は国王と皇太子を殺め、新たな国王として島国を支配しました。 そして、武力の強大な隣国と力を合わせる同盟を結びました。 しかしその同盟は、その王国が隣国の属国として、支配される内容でした。 王国の国民は怒り反乱を起こしましたが、武器らしい武器もなく漁業や農業に従事してきた人達ですから、戦う術もなくすぐに鎮圧されてしまいました。 そして、属国となった為の重税が課せられ、人々は次第に貧しく飢えるようになりました。 盛んだった交易も、国王が変わってからの欲深く狡賢い取引に、信頼関係が崩れ、交易を断つ国も出てくるといった状況になりました。 それでも、金に群がる商人もいて、王国は国民の重税や利益を王族と隣国で分け合い、表面的繁栄は続きました。 南国の島国の明るく前向きな性格もあり、度重なる飢饉や天災で何度も苦しめられ王国民の半数が亡くなってしまう程の危機さえも乗り越えて、王国としてのプライドは持ち続けました。 そして近代文明の波が押し寄せる中、王国の島国の一つである小島出身の官吏が、優れた才能を発揮して王国に再び活気と繁栄をもたらせました。 これで王国も安定すると喜んだのも束の間、隣国でのクーデターにより政権が大きく変わり、それまで属国ではあっても独立国家として認めてきた王国を、隣国の一部として合併吸収しようという意向に変わってしまいました。 国王も官吏達も、もちろん王国の人々も反対し抵抗しましたが、貿易で更に強大な武力を持った隣国は、軍隊を送り込み鎮圧してしまいました。 そしてそこに、ひとつの王国は消滅してしまいました。 §§§§§§§§§§ ミルクは大きく溜息を吐いた。 「何か、、、全然、、、楽しくない。」 「いや。ここまでは、俺が歴史書から拾った事実を話にした部分だから・・・これからだよ。」 「えー・・・事実って・・・え・・・?」 マサトは傍らのミネラルウィーターで喉を潤すと、 「この話に関連するような昔話があるんだぜ。」 と、笑いかけた。 「、、そぉ、、、」 「面白いから聞けって。・・寝るなよ。」 「、、ぁーぃ、、、」 §§§§§§§§§§ いくつもの島からなる南の王国。 その王国の首都からは、遠く離れた小さな島のお話です。 昔々、小さな離れ小島に、都を逃れた姫宮が訪れました。 他の島から伝え聞いた噂では、姫宮の両親も兄弟も家臣の裏切りによって抹殺されたらしいというのです。 すでに国王は変わり、王族としての権威もない姫宮を、かくまうことに反対する島民も多数いました。 けれど、姫宮が都から持ってきた花には、当時島民を悩ませていた毒蛇が近寄らない不思議な効果があることがわかりました。 姫宮は持ってきた花の種を快く島民に配りました。 島民が家の回りに種を蒔き、花が咲くと、確かに毒蛇が家まで上がってこなくなりました。 島民は感謝して姫宮をそのまま島に受け入れることにしました。 姫宮は島の若者と結婚し、二人の子供にも恵まれ、穏やかに幸せに暮らしました。 二人の子供はすくすくと成長し、兄は眉目秀麗で精悍な若者に、妹は花のように愛らしい娘になりました。 毒蛇と共存する離れ小島は、毒蛇を恐れて他の島からはあまり人が訪れず、王国の影響もそれほど受けずに平和に暮らしていました。 けれど、時々海蛇が暴れて、島にも被害が出るようになりました。 兄は島の若者達を集めて海蛇退治に出向きましたが、とても敵わず船は大破し、行方知れずになってしまいました。 妹は兄を想って毎日海へ向かって、無事を祈り続けました。 その姿を見初めた海蛇が、 「娘よ。お前が我妻になるなら、今後島民に危害は加えまい。」 と言うので、娘は海蛇の花嫁となりました。 命からがら島に戻った兄は、その事実に衝撃を受け、単身海蛇へと戦いを挑みました。 けれど、敵うはずもなく、 「いつかお前を倒してやる。」 と言い残し、島を出ていきました。 今よりもっと強い力を持つ為に、修行の旅へと出たのです。 一方、妹は初めこそ恐れていたものの、海蛇との生活は意外なほどに快適で、共に楽しく暮らす中で、兄のことも記憶の隅へと置かれていました。 けれど、数年が過ぎた頃から、信じられない噂を聞くようになりました。 あの聡明で優しかった兄が、鬼となって人々を食べているというのです。 妹には到底信じられません。 自分の目で確かめなければ、何を聞いても兄とは思えない妹は、兄を捜しました。 ようやく、兄が潜んでいるという岩壁にある洞窟を見つけました。 そっと様子を伺うと、岩壁近くの囲炉裏の大釜で、人らしきものが煮られていました。 バリバリと音を立てて、人を喰らう姿は鬼そのものでした。 妹は涙ながらに服を脱ぎ捨て、大釜の近くに座っている兄の前へと進みました。 「妹よ。なぜそのような姿でそこにいるのだ?」 兄は妹を覚えていました。 妹は愛しい兄を想って涙を流しながら言いました。 「兄様。お優しい兄様が人を喰らうのは余程のことでございましょう。それでしたら、どうぞ、私も喰らってくださいませ。」 妹の言葉に鬼と化していた兄の目から涙が零れました。 そして、人の心を取り戻した兄は自分の罪を恥じて、断崖絶壁の上から怒濤の打ち付ける海へと身を投げたのです。 妹は三日三晩泣き続け、涙が染みた地面には零した涙の数の花が咲き乱れました。 その咲いた花は、なんと姫宮がかつて島へと持ってきた花でした。 島では今でも鬼が身を投げたと言われる日に、島の花を海に投げて、厄災のお祓いをする祭が行われています。 §§§§§§§§§§ 「、、ぅぅぅー、、、なんか、、、可哀想すぎない?」 ミルクが涙ぐんで、口をへの字に結ぶ。 「まぁ、民話なんてそんなものさ。」 マサトは慈しむようにミルクを抱き締めて、キスをした。 「、、ぅぅ、、、だってぇ、、、お話なんだもん。、、もっとハッピーエンドにして欲しいよぉー、、、ふぇぇ〜ん、、、」 「・・事実を織り込んでるなら・・仕方ないだろ?」 「どこが事実ぅ?、、、こんな話、ある訳ないじゃん。、、海蛇と人が結婚出来るはずないしぃ、、、ぐしゅッ、、、」 「海蛇ってゆーのは・・・多分、当時暴れていた海賊じゃねぇかな。南国で暴れていた海賊は自分を鼓舞する為、体に入れ墨をする風習があったらしいから、当時の島民にはそれが鱗のように思えたのかも知れねぇな。」 「、、、ふーん、、、でも、、、兄様が鬼になって人を食うなんてぇ、、、」 「鬼のような冷酷な、って意味だろ。・・で、人を捕まえては処刑する残忍な権力の僕にでもなっちまったんじゃねぇか?・・当時の処刑には釜ゆでの刑とかもあったからな。」 ミルクは眉を寄せ、爪を噛む。 「、、じゃぁ、、、妹は、、、それを止めようとしたの?」 「結局、姫宮を庇った島民だろ?・・しかも、離れ小島で王国の影響をあまり受けてない、つまり、あまり指示に従わず税も納めない。それを取り締まる役人が兄だったのかもな。・・それで、海賊を倒す為に権力という強い力を得た兄に対して、妹は、自分も島民であり、征伐すべき海賊の妻なのだから、まず自分を裁いてくれ、って言ったんじゃねぇかなぁ。」 「、、、そぉなんだぁ、、、」 ミルクはマサトの胸に顔を擦り付けて、涙を拭った。 「・・・実はこの話には続きがある。」 「、、、もぉ、、、いいよぉ、、、ぐふん、、、」 「いや、悪い話じゃねぇって。・・・海賊の妻になった妹には子供がいたんだな。」 「、、、そぅ、、、」 ミルクはもう聞く気力がなくなっていた。 「先に話した物語の中で、”小島出身の官吏が、優れた才能を発揮して王国に再び活気と繁栄をもたらせた。”って話したのを覚えてるか?」 「、、、ぅー、、、なんとなくぅ、、、」 「この小島こそ、姫宮が逃れた島であり、この官吏こそが妹の子孫なんだぜ。」 「、、、へぇ、、、」 「名前を・・有栖川隼人、ミルクの曾祖父の父親だ。」 「、、、、、えッ?!」 ミルクは目を何度も瞬かせ、頭の中がグルグルと訳がわからないパニック状態になってしまった。 「有栖川隼人の息子、つまりミルクの曾祖父さんも父親と同じ王政府高官となって、明治政府の王国崩壊に抵抗した。・・それで、武力で鎮圧され合併吸収された時に、島国を追い出されて監視付きで本国で暮らすように強制されたのさ。」 「、、、うっそぉぉぉ、、、」 「”ヤマトの神には傅かない”理由がそれなんだろうなぁ。」 「、、、何で、、、マサトがそんなこと知ってるのぉ?」 「だからさ、色んな文献で調べてたんだよ。・・あの本も、そのひとつ。」 「、、、ほぇぇ、、、」 ミルクはしばらく呆然としていたが、 「あーん、、、もぉぉぉ、、、わかんなぁーい、、、うぇぇぇぇーーんッ、、、」 と、泣き出してしまった。 そして、頭を両手で抱えると、 「いやいやいやいやいやぁぁぁぁーーッ!」 と、激しく体を揺さぶり、息遣いも荒く震え出してしまった。 「ミルク?・・・ミルクッ!」 「やぁーん、、やぁーん、、あぁぁぁぁーーんッ、、、」 マサトはミルクを抱き締め、落ち着かせようと髪を撫でたりキスをしようとするが、ミルクの震えは止まらなかった。 「昔話だ。・・もう、怖くないから・・・な?」 「やぁやぁやぁ、、、みんな、、、みんな、、、可哀想すぎて、、、やぁぁぁーッ!」 「そうだよな。・・いくら遠い昔話でも・・哀れな話だよな。」 マサトは頬ずりをしてキスを繰り返し、慰める。 「あーんあんあんあん、、、あぁーんあんあんあん、、、」 ミルクは赤ん坊のように泣きじゃくった。 「・・ごめんな。・・・怖がらせちまったな。」 マサトはミルクが泣き疲れて、横隔膜を痙攣させながら、疲れすぎで眠るまで、ずっとキスをしながら謝り続けていた。 |
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