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<46>
「嘆きの壁」
<46>「嘆きの壁」

 朝、唯がラウールの部屋から、自分達の借りている部屋に戻って来ると、入り口のドア近くで壁にもたれて座っている大河の姿があった。
「・・大河?・・・何やってるんだ?」
 項垂れているが、眠っているようにも見えない。
 ふと、大河の服装が昨夜、出掛けた時のままなのに気付いて、
「まさか、こんな所で寝ちゃったんじゃないだろなぁ?」
と、唯が呆れ気味に言った。
「・・・・・一睡もしてねぇ。」
 大河が呟くような低い声で言った。
 唯はシャワーを浴びようと、浴室に向かいかけていたが、立ち止まって大河を見つめた。
「・・どうして?」
 唯の問いに、大河が顔を上げた。
 泣き腫らした顔で、充血した目は虚ろだった。
「・・大河・・・」
「唯・・・何で俺じゃダメなんだ?」
 もう、枯れきっているはずだった涙がまた込み上げてきた。
 下唇を噛む大河の頬を涙が伝う。
 唯は何を答えていいか、わからず黙っていた。
「俺の気持ち・・・わかってんだろ?」
 唯は大河が何を言い出すか、危険を感じて、大河の側に屈み込むと、指先で大河の唇を押さえた。
{大河。落ち着けよ。}
 唯が唇で話しかけるのを、大河は恨めしそうに見つめた。
{昨夜は取り乱して悪かったと思ってる。}
「・・・あいつに抱かれたのか?」
 大河が低い声で聞いた。
 唯は心外だと言わんばかりに首を振った。
「ラウール殿下には奥様もお子様もいらっしゃる。だから、父親的感覚で、俺に泣き場所を提供してくださっただけさ。」
「・・・他人なのに、何でそんな余計な親切をしてくれたりするんだ?」
 大河は半信半疑に唯を睨む。
「この国では自分達アラブ民族が、軽蔑や敵意を向けられていることに、心を痛めてらしたみたいだな。アメリカと反目し敵対しているアラブの国は一部にすぎないし、殿下の国はアメリカと友好関係にありながら、同じアラブというだけで敵対する国と同じ憎しみを向けられてしまう。・・・それがどこにいても感じられて、人と接することが嫌になっていたらしい。」
「・・・で?」
 大河はそれが何の関係がある、と言いたそうに胡乱な目で言った。
「だから、純粋な憧れを向けられて、嬉しかったって。・・・メッカには”嘆きの壁”っていう場所があるんだって。多くの信者が訪れて、懺悔したり悲しみや苦しみを訴えたりするんだって。・・・殿下も若い頃、身分を隠して訪れたことがあって、その時、特に嘆くこともないと思っていた自分が、壁に頭をつけると悲しみが溢れ出してきたそうなんだ。」
「何を嘆くことがある?」
「遙か昔、夢のような繁栄を遂げながら、長い間虐げられ続けてきた民族の悲しみの魂が自分の中に流れ込んできたそうなんだ。」
「・・・へぇ・・・」
「そしてまた、近代になって石油という資源が埋まっている土地として、欲に取り憑かれた他国の支配権を争う戦いに巻き込まれてしまった。ようやく、支配権を自分達の国に取り戻したら、また別の問題が起きてしまう。・・・砂漠という過酷な環境で生活の為の戦いが、欲の絡んだ亡者同士の争いになってしまっている。・・・そうした歴史とともにある哀れな民族の悲しみを実感したんだって。」
「・・・ふーん・・・」
 だから、何なんだ、と言いたい大河が気のない返事をする。
「・・・だから・・・そんな話をしながら・・・泣きたい時は泣いた方がいい、って・・・それだけだよ。あはっ。何か話しがわかんなくなっちゃったね。ごめん。」
 唯は自分でも説明がつかなくなって、照れ笑いをすると、立ち上がろうとした。
 だが、大河が唯の腕をつかんで引き寄せた。
「俺は・・・一睡も出来なかったんだぞ。」
 そう言って唇を重ねたキスはしょっぱい味がした。
 長いキスだった。
 そして、唇を離しても、大河は顔を唯の顔に押しつけてきた。
 涙でベタつき、火照った顔だった。
「泣きたいなら、何で俺の胸で泣いてくれねぇんだ?」
「・・・だって・・・大河の胸は”嘆きの壁”じゃないじゃん。」
 大河はムスッとして、
「意味、わかんねぇ。」
と言った。
「Hが先行する壁はヤなんだよ。・・・それより、時間なくなるぞ。」
 唯は、大河が爆発するのをどうにか押さえられたかと、溜息を吐いて立ち上がった。
「・・・ガキー!」
「あのな・・・慰められない魂がある、ってことなんだ。どんな相手の、優しい言葉や態度も、届かない悲しみがあるんだ。答えが欲しいんじゃない。ただ、泣きたいだけなんだ、って感じた殿下が、自らを”嘆きの壁”にしてくれたんだよ。」
 唯はこれ以上付き合いきれない、とばかりに、大河を残して浴室へと向かった。

 大河はそれでも気持ちがモヤモヤしていた。
 それで、唯の後を追って浴室へ行き、服を脱いで中に入ると、シャワーを浴び始めていた唯を背中から抱き締めた。
「本当に抱かれてないんだな?」
「その言葉は俺より、殿下に失礼だぞ。」
 大河はどう言われても、眠れずに泣き明かした胸の苦しみが拭えなかった。
 唯の首筋から肩に顔を押しつけるようにしてキスをした。
「痛ッ・・・」
 赤く痕がつくほど吸われて、唯が体を捻る。
「いい加減にしろよ。・・どっちがガキだ。」
 大河は唯の耳をしゃぶりながら、
「何と言われたって、お前が好きなんだから仕方ねぇ。」
と囁いて、
「俺が納得出来る証拠を見せてくれ。」
と、片手を唯の丸みのある尻へと滑らせた。
「・・証拠って?」
 唯が眉を寄せて聞く。
 大河は、手の指を唯の尻の丸みから谷間へと滑り込ませ、小さく収縮している部分に押し当てた。
「ここを見せろ。」
 唯は思わず赤面したが、見て納得するならと、大腸検査をすると思えばいい、と覚悟を決めて、シャワーを掛ける取っ手につかまり、足を開いて尻を突き出した。
 大河は唯の尻の前に屈み込み、両手で尻の丸みを撫でた。
「・・確認するならするで、早くしてくれ。」
 唯は恥ずかしさで呻くように言った。
 大河はしばらく尻の感触に浸っていたが、両方の親指で谷間を押し広げ、憧れの固い蕾と対面した。
 小さく窄んだ薄紅色の愛しい蕾。
 緊張しているのか、ビクッビクッと収縮する。
 大河はうっとりと観察していたが、我慢出来なくなって唇を押しつけた。
「あ・・・バカッ・・・」
 唯が腰を引こうとしたが、大河は、唯の両太腿を両手でしっかりつかんで離さなかった。
 唇を蕾に押し当てたまま、舌の先でシワを舐める。
「・・・ぅぅ、、、よせってばぁ・・・」
 唯が小さな声で抗議するが、シャワーの音に掻き消されそうな声だった。
 大河は舌を細かく動かしながら、蕾の奥へと舌先を侵入させる。
 蕾はまだ固く入り口を閉ざしていたが、舌先で繰り返される愛撫に少しずつ綻ばしていくようだった。
 男の匂いはしない。
 魅惑的な甘い花の香りがするように大河は感じた。
 啜りながら舌をもっと奥へと強く侵入させていく。
「・・・くっ・・・ぁぁぁ、、、ん、、、」
 声を出すまいと、唯が自分の腕に顔を押しつける。
 大河は舌を出し入れして舐め回し、次第に楽に奥まで侵入出来るようになると、蕾の中で内側を擦るように舌を動かした。
「ぁ、、、ぁぁ、、、」
 唯の足が震えてくる。
 大河は蕾への愛撫を続けながら、片手で唯の下半身を支えるようにし、もう一方の手を前に回して、唯の男根を愛撫し始めた。
 まだ精力の回復は無理かとも思ったが、根気よく愛撫する内に固さが出て、勃起してきた。
「あぁぁ、、、んん、、、ぅぅ、、、」
 唯が頭をたまらなそうに反らし始めた。
 大河は調度目に付いたベビーオイルに手を伸ばし、中指と一指し指にたっぷりつけると、唇を離すと同時に指を蕾へと押し込んだ。
「痛ぅぅぅッ、、、、」
 唯が体を起こして足を閉じようとする。
 だが、一度付け根まで食い込んだ指は、アナルの奥深くまで突き刺さり、動いても抜くことが出来なかった。
 大河は屈んでいた体を起こし、立った姿勢の唯を壁に押しつけた。
 二本の指を力強く動かして蕾を強引に押し広げていく。
 唯は浴室の壁に頭を擦りつけ、握りしめた手で壁を押した。
「この壁で嘆いてみるか?」
 大河は唯のアナルと男根を愛撫しながら、唯のうなじに顔を押しつけて囁く。
 唯は壁に頭を押しつけたまま、首を振る。
「嫌か?」
 唯はコクリと頷く。
「・・・そうか・・・」
 大河は指の動きを止め、ゆっくりと指を抜いていった。
 唯は、顔を上げてホッと息を吐いた。
 が、次の瞬間、体を切り裂かれるような激痛に足が浮き上がった。
「あ、、ぐぅっ・・・」
 唯は叫びそうになった悲鳴を両手で押さえ込んだ。
 仰け反った体が大河の肉棒に引っ掛かっている。
 大河は唯の体を固い竿のような肉棒に引っ掛けたまま上下に揺さぶる。
「うっ・・・ぅぐっ・・・」
 鼻から口を両手で押さえながらも、激痛に呻きが洩れる。
 何とか足を着いて逃れようとするが、つま先を伸ばしても床に届かなかった。
 上下に揺さぶられる度に、大河の太い男根が奥まで突き刺さっていく。
「・・・ぅぅ、、、痛いよ、、、大河ぁ、、、」
 唯はかすれる声で囁き、痛さに膝を曲げて、大河の足に擦りつけた。
「俺な・・・昨夜ずっと思ってた。」
 大河は唯の体を両腕で支えながら、唯の中にある肉棒の感触を味わっている。
「お前を、もう誰にも奪われたくねぇ。もう、俺の前で他の奴に甘えられてたまるか、ってな。・・・お前を大事に思うから待ってたのに・・・次々と男共が群がってきやがる。」
 唯は大河の肩にもたれかけた頭を振る。
「違っ・・・うぅっ・・・」
 大河がまたググッと押し込んできた。
 大河のゴワゴワッとする陰毛が唯の尻の柔らかい肌に擦りつけられる。
「お前がいねぇと、俺、生きててもつまんねぇ。」
 大河は唯を愛しそうに抱き締め、肩に頬ずりをした。
「だから・・・殺されてもいいから、お前を抱きたいって・・・一晩中、思ってた。」
 大河はそう言うと、唯の足を床に着くようしてやった。
 唯は足を着いたものの、激痛で身動き出来なかった。
 大河は、唯を壁に押しつけるようにして腰を抱え込み、一度根元まで突き刺した肉棒をピストンのように動かし始めた。
 引いては突き上げられ、唯は壁に縋り付いて痛みに耐えた。
 ヌルヌルと温かいものが太腿を伝い、肩越しに流れるシャワーが伝って洗い流していく。
 足元が赤く滲むのは、出血しているせいだろう。
 大河も承知していたが、取り憑かれたように腰を動かし続けた。
 そして、ようやく思いの丈を唯の中に放出し、唯が力尽きて床に踞るのを抱き上げると、寝室に運んで傷の手当てをした。

「今日・・・仕事休むか?」
 大河が、体を丸めるようにして横になっている、唯の髪にキスをしながら聞く。
 唯は黙ったまま首を振る。
「・・・無理するなよ。」
 大河が労るように髪を撫でる。
 唯はその手を振り払うと、体を起こし、
「お前が無理させてるんだろ?」
と言ってから、
「当分、お前をこき使ってやる。」
と、睨みながら言い放った。
 まだ、下半身の感覚が麻痺してるように感じる。
 痛み止めと傷薬は、いくらか体を楽にしてくれたが、それでも歩く度に痛みが走り抜けていく。
「くっ・・・」
 唯が眉を寄せて痛みを堪えていると、
「だから・・・なぁ、唯・・・」
と、大河が庇って手を差し伸べようとする。
「うるさい!触るな!」
 唯はキッと睨み付けて、出掛ける支度を始めた。
 もう、朝食を摂る時間はなかったので、食堂には寄らずに職場へ向かうことにした。
 とても自転車に座れる状態ではなかったが、立ち漕ぎでどうにか乗っていった。
 大河は、当分機嫌が悪いだろうな、と思いつつ、それでも唯と一つになれた喜びを噛みしめながら、後に続いてのんびり自転車を漕いでいった。

 仕事場では唯はいつもと変わらないように努めていた。
 大河にも外科医として普通に接していたが、必要以外の会話はしようとはしなかった。
 昼食も大河とは時間をズラして、スタッフ用の食堂へ行った。
 食欲はなかったが、軽い物を選んでテーブルに座ると、ロバートがいつの間にか姿を見せ、隣りに座った。
「今日は一人なんですか?」
 唯はロバートに気付かれているだろうか、と警戒しながらも、笑みを浮かべて、
「交代制にした方が緊急時に備えられると思ったので、今週から別々に食事することにしました。」
と答えた。
「ああ、そうですか。」
 ロバートは笑顔で頷いた。
 それから、ふと表情を曇らせると、
「昨夜はずっと彼の部屋だったのですか?」
と、聞いてきた。
 彼と言うのはラウールのことだろう。
「ご心配をおかけして済みませんでした。少し取り乱してしまって、感情に押し流されてしまいました。・・・殿下には、泣き場所を提供して頂いて感謝しています。・・・泣きながら寝込んでしまうなんて、私もまだまだ子供ですね。」
「子供でいいでしょう?・・抱えてる仕事が大変過ぎるのでしょうね。無理はなさらないでくださいよ。」
 ロバートはまた笑顔に戻って、唯の頬を撫でた。
 唯は微かに笑みを返し、サンドイッチを囓った。
「今朝は朝食に来られなかったのですね?・・・どうかされましたか?」
「いえ、別に。・・昨夜が御馳走だったので、食欲が出なかっただけです。」
 ああ、とロバートは納得したように頷いた。
 表情からして、大河との一件は気付かれていないようだった。
 唯は内輪もめを晒して弱みを握られたくなかったのだ。
 唯と大河が対立したり分裂したら、付け入られるのは心が純粋な大河の方だろう。
 また、大河が利用されるような状況にはさせたくなかった。
「皆さん、食欲が旺盛で圧倒されてます。」
 唯はにっこりと微笑んで、自分のサンドイッチを一つロバートに差し出した。
 ロバートは、おお、と嬉しそうに笑みをこぼして受け取ると、さも美味しそうに食べた。
 自分も唯と同じメニューを自分のトレイに乗せていながら、唯から貰うと味わいが違うと言わんばかりだった。
 唯が、ふふっ、と笑って見せると、ロバートは動揺が隠せないほどに顔を赤らめた。
 唯の中で、一つの楔が外されたように、妖しく魅惑的な色香を醸し出していた。

<47>
「プレリュード」
<47>「プレリュード」

 軽く昼食を済ませた唯を、ロバートが散歩に誘った。
 諸々の事情で、あまり動きたくはなかった唯だったが、普段と変わらないように振る舞わなければと、ロバートの誘いに乗ることにした。
 真夏でも23℃ほどにしか気温は上がらず、爽やかな風が吹き抜けるシアトルは、ゆっくりと木々を愛でながら、日光浴を兼ねた散歩をする人達が多かった。
 病院のエリア内にも、ジョギングコースやストレッチ広場や花が咲き乱れる散歩コースが設置されていた。
 あまり遠出出来ない入院患者の為にも、広い中庭が花壇を巡りながら散歩出来るようになっていた。
 唯は、緊急の呼び出しアナウンスが聞こえないと困るから、と言い訳して、この中庭を散歩することにした。

 バイトでこの病院に勤務するようになって一週間。
 大河ほどのセンセーショナルなデビューではなかったが、18歳の天才医学博士は、その美貌と供に患者達の間でも評判になりつつあった。
 昼食後のひと時とあって、散歩している患者も多く、皆が声をかけてくる相手に丁寧に挨拶を返し体調を気遣う唯の姿を、ロバートはまるで自分の恋人のように誇らしく目を細めて見守っていた。
 しばらく談笑しながら歩いていたが、唯がふと耳を澄ませるようにして立ち止まり、上を見上げた。
 病院の建物の上の方から、軽やかなチェンバロの音が聞こえてきたのだ。
「ああ、あれは5Fのサロンですね。」
 ロバートはすでに病院内のことは大抵把握しているようで、訳知り顔に言った。
「サロン?」
「ええ。入院患者の為に毎日、午後のひと時、生の演奏を提供しているそうです。今日は月曜ですから・・・ああ、一応音楽ライセンスを持って活動している女性ですね。主にボランティアでの演奏が多いのかぁ・・・」
 ロバートは手帳を見ながら唯に説明した。
 病院に出入りする人物はこまめにチェックしているらしい。
 唯は感心して頷き、また耳を澄ませてじっと零れてくる曲に聴き入っている。
 明るい陽射しが唯の肌を一層白く輝かせ、微風が軽く柔らかな髪をそよがせている。
「クラシックがお好きですか?」
 ロバートは唯の容姿こそ最高の芸術だと見取れながら、甘い声で聞いた。
 唯は5Fの開かれた窓に顔を向けたまま、
「・・・最近好きになりました。」
と答えた。
「よろしかったら、サロンを覗いてみますか?」
 ロバートの提案に、えっ、と顔を向けると、ロバートが眩しそうに唯を見ながら微笑んだ。
「忙し過ぎて、まだ病院内のこともよくご存知ないのでしょう?」
「ええ。実は・・・」
 唯も恥ずかしそうに笑みを返した。
「サロンでは毎日違う楽器の演奏がされています。それに月に一度は、プロとして活躍する方を招いて本格的な演奏も披露されるそうですよ。」
「素晴らしい環境ですね。」
「最先端の医療、最先端の看護を最高の環境で。・・・学ぶ者にとっても、働く者にとっても、もちろん患者にとっても、シアトルは最高の場所でしょうね。」
「クスッ。そうですね。」
 ことアメリカに関しては自慢したがるロバートも、愛国心の強さの現れなのだと思うと、そう嫌味にも聞こえない。
 好きなのだから誉めて当然、と聞こえてくる。
 唯はロバートも、政府の命令で監視していると言っても、悪い人ではないよな、と思い、微笑みが自然とこぼれるのだった。

 ロバートに案内されて5Fのサロンという場所に行ってみる。
 内科の病棟になっている階のエレベーター前が広いフロアになっていて、普段は面会人と話をする談話室として使われている雰囲気の場所だった。
 幾つかの丸テーブルを囲んで座る人々の後ろにも、イスが用意されて何列か並び、その後ろには立って聞いている人達が並んでいた。
 エレベーターを降りた唯は、通行の邪魔にならない程度に前へ進んだが、それ以上は遠慮して立ち止まっていた。
 ロバートは、
「こちらの方がよく見えますよ。」
と耳元で囁き、唯の肩を抱いて隅の人垣の空いてる場所に誘導した。
 177cmの身長だと、アメリカ人の中では小振りに見えるのだろう。
 大河と同じ192cmはあると思えるロバートは、唯の為に演奏が見える場所を探してくれたのだ。
 やっと人垣の内側を覗くことが出来た唯は、窓際でチェンバロを演奏している女性の楽しそうな表情に目を奪われた。
 何故かずっと目を閉じたままだったが、明るい笑みを浮かべて弾いている姿は、音楽は楽しむものなのだ、という原点を思い出させてくれるようだった。
 チェンバロの優しい音色と、優しいメロディー、そして奏者の優しい微笑みに、唯は感動で胸が熱くなり、目を見開いて聞き入っていた。
 唯が白い頬をうっすらと上気させ、嬉しそうに聞き入っている様子に、案内したロバートも満足そうだった。
 けれど、魂を奪われたように立ち尽くして耳を傾けているので、
「時間の方は大丈夫なのですか?」
と、少し不安になって声をかけた。
 唯はせっかく聞いているのに、と拗ねた顔になり、
「今日はそれほど緊迫した患者さんがいないから、ちょっとくらい遅れても大丈夫です。」
と、ロバートの耳に触れそうなほど近くで囁いた。
 唯の甘い息が耳をくすぐり、ロバートは耳を赤らめて頷いた。
 唯の肩に置いたままの手に力がこもる。
 あれほど警戒心を見せて不遜に話していたロバートは、もうここにはいなかった。
 いるのは、唯の魔性ともいうべき魅力の虜となった崇拝者だった。

 唯達がサロンに来てから30分ほどで演奏は終了した。
 1時間の演奏だったらしいが、途中から気付いてこの場所に来たので、30分しか聞けなかった唯にとっては、あっと言う間に思えて、もっと早く気付けば良かった、と悔いが残りそうだった。
「また、彼女の演奏が聴けるかな?」
 唯が残念そうに聞くので、
「ええ、聴けますよ。毎週月曜日が彼女の担当ですから。」
と、ロバートは意外そうに答えた。
 ロバートにとっては、彼女の演奏はさほど技術的にズバ抜けているとは思えなかったのだ。  手帳にメモした経歴を見ても、目立った活動はしていない。
 セミプロ程度の演奏よりも、もっと素晴らしいコンサートはシアトルでは毎日のように開催されているのだ。
「チェンバロの音色がお好きですか?」
 ロバートは唯が望みさえすれば、いつでもコンサートチケットを手に入れてやろうと考えた。
「んー・・・チェンバロもいいけど、彼女の演奏がいいな。」
「ほう・・・そうですか?」
「すごく澄んだ響きがあって、明るい波長が伝わってくる素敵な演奏でした。彼女の魂がそのまま感じられるような・・・」
 唯がポゥッと逆上せたような顔で言うので、ロバートは、そんなもんだろうか、と少し嫉妬を感じながら、
「・・・そうですね。」
と、一応同意しておいた。
 集まっていた患者達が病室に戻り始め、別の階から来ている患者でエレベーター前が混雑し始めた。
 唯は患者優先にしよう、とロバートに言って、人が引けるのを待つことにした。
 演奏を終えた女性は、馴染みになっている患者とにこやかに会話しながら、チェンバロの手入れをして、カバーを掛けたりしていた。
 唯は素晴らしい演奏への感謝が伝えたくて、彼女の側へと近付いていった。
「こんにちは。・・突然済みません。・・どうしても素敵な演奏にお礼が言いたくて、声をかけずにはいられませんでした。」
 唯に声をかけられて、手荷物をまとめていた女性が振り返った。
 え・・・?!
 唯は一瞬、固まってしまい、握手しようと差し出しかけた手が途中で止まってしまった。
「気に入って頂けて嬉しいです。」
 女性は演奏の時と同じように目を閉じたまま、頬を恥ずかしそうに染めて言った。
 唯はぎこちない笑みを青ざめた顔に張り付けていたが、動揺を気付かれないようにと注意しながら、
「あなたに出会えた感動に・・・握手させて頂けますか?」
と言った。
「ええ、喜んで。」
 そう言って女性が前に伸ばした手を、唯はそっと包むように握って、
「ありがとうございます。」
と、言ってから手をゆっくりと離した。
 女性はクスッと笑って、
「お声がお若いのね?・・新しく入られた患者さんかしら?」
と、閉じた目で小首を傾げた。
「いえ。夏の間だけのバイトですが、ここで医師として勤務しています。」
「あら!・・ごめんなさい。」
 女性が開きかけた口もとを両手で押さえた拍子に、手に持っていた白い杖を床に倒してしまった。
 唯はすかざず拾って、女性の手に持たせてやった。
「ありがとうございます。私ってほんっとうっかり者で。」
 女性が益々恥ずかしそうに頬を赤らめるので、唯は言葉にならずに首を振ったが、その唯の仕草は女性には見えていなかった。
 唯は改めて、
「私が突然、声をかけてしまったからです。済みません。」
と、静かに言った。
「いいえ。紐を手首にかけておく物なんですけど、リュックを背負ってからと思ってて、・・・あなたの声があまり綺麗で聞き入ってしまって忘れちゃったの。」
「聞き入っていたのは、私の方です。本当に心が洗われるような素晴らしい演奏でした。」
「そんな大袈裟に誉められたら、恥ずかしいです。」
 女性は手荷物をまとめたリュックを背負いながら言った。
「演奏する機会が欲しくて、ボランティア協会の紹介で、ここで演奏させて貰ってるんですけど、まだまだ勉強不足だもの。」
 杖の輪になってる紐を手首に通した彼女は軽く肩をすくめた。
「そんなに謙遜していると、損をしますよ。」
 唯が軽くジョークのように言うと、女性はまたクスクスと笑った。
 盲目というハンデがあっても、暗さは微塵もなく、よく笑う、素顔が綺麗な女性だった。
 当初、戸惑いを感じていた唯も、女性の明るい笑顔に誘われるように笑みを浮かべ、相手が盲目であることを意識しないで話が出来るようになっていた。
 唯が自己紹介で、日本からアメリカの最先端の医療を学ぶことも兼ねた、バイトをする為にきているのだと話すと、
「私も日本人なんですよ。」
と、女性は嬉しそうに微笑み、澪(みお)という名前を教えてくれた。
 唯はいつまでも澪と話していたかったが、
 ≡≡Dr.ユイ、Dr.ユイ。大至急、内線999にご連絡下さい。≡≡
と、緊急の呼び出しがかかり、エレベーター近くにあった内線用の電話で緊急処置科に通じる999に繋げた。
 看護婦が緊急の手術が入ったと告げたので、
「来週の演奏、楽しみに待っています。」
と言って、まだそこにいたい気持ちを残し、緊急処置センターへと急いで向かった。
 すっかり蚊帳の外だったロバートは、やれやれ、と澪へ冷たい一瞥を向けて、唯の後に従った。

「休憩時間、オーバーしているぞ。」
 大河は唯が体がキツイのは自分の責任だという思いがあったので、あまり強くは言えなかったが、看護婦達の手前、そう小言を言うと、
「ごめん、ごめん。」
と、唯が明るい笑顔で返事してきた。
 大河は、は?、とキョトンとした顔で瞬きしながら唯を見た。
 昼食に向かうまでは必要以外、口もきかないほどに不機嫌だったのだ。
 それが、ケロッと忘れてしまったかのように嬉しそうにしている。
「・・・唯・・・何かいいことあったのか?」
「別に。」
 唯は、フフン、と鼻で笑い、大河に準備を急ぐように促した。
 大河は腹の中で、チェッ、と舌打ちして手術の用意に取りかかった。

<48>
「レクイエム」
<48>「レクイエム」

 唯が仕事を終えて部屋に戻ると、先に帰っていた大河が夕食を作って待っていた。
 食堂付きの宿舎だったが、週末は食堂も休みになるので、部屋ごとにキッチンは設置されていた。
 マンションほどの設備はなかったが、簡単な料理くらいなら充分作れた。
 肉のような固形物は排便が辛いだろうと、大河は帰ってすぐにダウンタウンで材料や鍋を買い込んできたのだ。
 ロバートの監視の照準はやはり唯だったようで、特に何の問題もなく買い物をしてこられた。
 野菜もトロトロにとろけるまで煮込んだ雑炊を出されて、唯はもう大河を許してやろうと思った。
 唯には友情と恋の違いがまだわかってない部分があって、こんなに大事にしてるのに何の不満があるのだろう、と思っていたが、大河が望むなら大抵のことは叶えてやりたかった。
 ただ、これを頻繁に要求されるようだと困る、とは正直思った。
 もともと、そうした行為用には造られていない器官なのだから、無理矢理大河の巨根を押し込めば肉が裂けるのは当然なのだ。
 とは言え昔からアナルセックスがあったのも事実で、そうした行為を望む場合、徐々に拡張していったと何かの本に書かれてあった。
 大河に望まれて徐々に拡張させることに協力したかは疑問だったが、痛ければ腹も立つのだと初めて理解した気がする。
 これまで、大きな怪我も病気もしたことがなかった。
 一度だけ泣いたことがある怪我は、ラーガが父親の迎えが来るまで舐め続けてくれた。
 ずっと忘れていたが、その時の痛みを思い出した。
 心の痛みの方が辛いと思うこともあったが、体の痛みは確実に痛くて腹の立つものなのだと、わかって良かったのかも知れない。
 我が侭な患者にも、これからはもっと優しく対応出来ると思う。

 そんなことを考えながら食事を終えた唯を、大河は優しく介護しながら入浴させ、傷の手当てをした。
 傷口に塗った薬がジワーンと効いてきて、体を温めてくれるようだった。
 痛みが引いていくのと同時に眠くなった。
「お休み、唯。」
 大河が唯の額にキスをする。
 いくら何でも意識が遠くなるのが早い気がする。
 まだ、パジャマも着ていないのだ。
 唯は言葉にしようとしたが、吸い込まれていく意識の中で唇だけを動かした。
「大丈夫。俺に任せておけ。」
 大河がそう言うのが、目の前に霞む姿が見えているのに、遠くから聞こえるようだった。

 翌朝、唯が目を覚ますと、大河がすでに着替えて、枕元にイスを寄せて座っていた。
「おはよう、唯。」
 大河に声をかけられ、体を起こそうとした唯は、下半身がまったく動かないことにようやく気付いた。
 手を下半身に伸ばして感触を確かめる。
 パジャマは着ている。
 だが、妙な違和感があって、唯は布団を上げて中を覗いた。
「ちょっと治療したから、紙おむつにしてある。」
 大河はにこやかに言った。
 唯はマジマジと大河の顔を見つめた。
「・・・紙おむつ?」
 昨日、傷の手当てをした時はそんな物はしなかったはずなのだ。
「・・・治療って?」
 唯は嫌ぁーな予感がして、眉をひそめて低い声で聞いた。
 大河は上半身をようやく起こしている唯を寝かしつけ、布団をかけてやり、
「今日は動くのは無理だから休めよ。な?」
と言ってから、顔を唯の耳元に近付けた。
 そして、優しく労るように唯の髪を撫でながら、
「俺はお前も認める天才外科医だぞ。・・お前を苦しめたり辛い思いをさせるような行為を出来ると思うか?」
と、甘く囁き、鼻を耳に擦り付けた。
 唯は唾を飲み込み、静かに息を吐いた。
「・・・で?・・・一体、何をしたんだ?」
 枕に頭を乗せたまま横目で大河を睨むと、大河は苦しそうな表情で唯の耳たぶにキスをした。
「なぁ・・・唯のペニスって割礼してあるよな?」
「・・・だから?」
「それだって・・・包茎だと困るからだろ?」
「・・・・・さぁ・・・・・」
「唯のアナルもさ・・・そのままだと、抱く度に肉が裂けて困るだろ?」
 大河は甘えるように耳たぶをしゃぶり、
「だから・・・ちょこっとな・・・襞をつけてやった。」
と、告白した。
「・・・ひっ・・・?!」
 唯は叫びそうになって、言葉を飲み込んだ。
{襞って何だ?!}
 盗聴器がないとわかっていても、隣りの部屋が気になる唯は、口の動きだけで叫んだ。
 大河も一層声を小さくして、ほとんど息だけで説明した。
 どうやら、一箇所だけが深く亀裂が入ると困るので、円筒を万遍なく裂け目を入れて、伸縮性の高いアナルに改造してしまったらしい。
 唯は呆れて言葉を失った。
「大丈夫。外見的にはそう変わらないし、日常生活でも不便はないはずだから。本来は何度も裂けるのを繰り返して、そうした襞が出来るのを、人工的に造っただけだから、心配するな。」
 大河は自信満々に言って、笑みを浮かべた。
 唯は胡乱な目で大河を眺めていた。
「今日一杯は動けないだろうけど、麻酔が取れれば足は動かせるし、俺がいつでも側にいて補助してやるから任せておけ。」
 そーゆー問題か、と言ってやりたかったが、
{道具はどうしたんだ?}
と、素朴な疑問を投げかけた。
「ああ。ちょっと借りといた。」
{明日には動けるのか?}
「ん。まぁ、多少は痛むだろうが、部分的な麻酔も可能だしな、歩く程度なら問題ないよ。ほら、ちょっと痔の手術をしたと思えば気が楽だろ?」
 唯は目を閉じて深い深呼吸を繰り返した。
 今更怒った所で、もうしてしまったことは仕方がない。
 確かに、アナルの割礼をしたと思えばいい。
「・・・今日の仕事はどうすればいいんだ?」
 ふと現実的な問題に意識が戻って、目を開けた唯が言った。
「お前、日曜日も仕事してるだろ?だから、ハードワークで風邪気味だからって代休にしといたよ。俺も非常出動が多いし、手術が必要な時だけ呼んでくれるように言ってあるんだ。」
「・・・また、俺を病弱にして・・・」
 唯は顔をしかめて舌打ちしたが、怒る所が違ってるような気がして、バカらしくなってきた。
「・・・もう、いい。」
 唯は、これが俺の選んだ親友なんだ、と自分を納得させて目を閉じた。
「お粥、作ってあるぞ。・・喰うか?」
「・・・今はいい。寝かせてくれ。」
「ん、わかった。食べる時には温め直してやるからな。」
 大河はまた髪を撫でて、額にキスをした。

 目を閉じた唯の耳に、昨日サロンで聞いたチェンバロの音色が蘇ってきた。
 午後の陽射しが降り注ぐ、明るく温かなサロンに、響く優しい音色。
 奏者や曲目によって、暗くも荘厳にもなるチェンバロの音色だったが、澪という盲目の女性が奏でる音色がこれまで聞いた中で一番好きだと思った。
 闇しか捉えることの出来ない彼女に、あれだけ澄んだ明るい音が出せるのは、まさに彼女そのものの魂の音色と言えた。
 楽しそうに笑みを浮かべて奏でる姿も、優しさに溢れていた。
 飾り気のない服装に、化粧しない素顔だったが、どんなに着飾った女性より綺麗だった。
 次の演奏は来週の月曜日かぁ、と待ち遠しく感じる。
 彼女の演奏で癒される人々は多いだろう。
 光の中にあっても心は闇に沈む自分と、闇の中にあっても心は光が溢れている彼女。
 唯は、自分には誰も救えない気がしてきて胸が痛くなった。
 大河を追い詰めたのは自分だと思う。
 好きだから一緒にいたい、と思いながら、相手の感情は無視してきたのだ。
 ペットではないのだから、自分に都合のいい付き合いを押しつけるのは無理なのだと、もっと理解するべきだった。
 ラーガと遠出しすぎて、帰り道がわからなくなった時、”もし、何日も彷徨い続けてラーガが空腹で死にそうになったら、自分を食べてもいい。”と本気で思ったことがあった。
 もっとも、その時もラーガは、ヨダレを垂らしながら寄ってくる野性の獣達から、唯を命懸けで守り続け、父親の迎えがくるまで唯を支え続けたのだが。
 大河にも、自分が欲しいならそれでもいい、と何処かで思っていた。
 九条にもそう思っていた。
 九条に対して、どうして自分から求めてあげなかったのだろう、と今になって悔やまれる。
 あの悲しい魂は、唯を壊すことを恐れて、悲しい心のまま旅立って行ってしまったのだ。
 悔いばかりが残る。
 自分がチェンバロを弾いたとしたら、どんな明るい曲を選んでも、レクイエムにしか聞こえないだろう。
 闇こそが相応しい人間だと思う。
 闇に灯る妖しい光に群がる魂を、喰う魔物かも知れない。
 大河は光が似合う男なのだ。
 だからこそ好きでたまらない。
 自分が大河の魂を壊していくなら、その罪は全て自分にある。
 その魂を欲しいと切望しているのは、実は自分なのだと大河は知らない。
 闇に取り込み離さないのは自分なのだ。
 九条へも、拓磨や冬馬にも同じ思いがある。
 自分へ向けてくれる愛情を思うと、守らなければと切に思う。
 だが、現実は守られてばかりいる。
 唯はそんな自分のひ弱さが憎かった。
 パパァ・・・ママァ・・・ラーガァ・・・
 心で流れ続けるレクイエム。
 唯は闇の底まで落ちていきそうに感じて、澪の明るいメロディーを反芻するように思い出していた。

<49>
「エチュード」
<49>「エチュード」

 唯は一日休んだだけで仕事に復帰した。
 ロバートは、唯が体調を崩していたことに気付はなかったと、心から済まなそうに言って、診察室にまで顔を出して付きまとうので、唯はかえって弱みを見せられず、気を張ってハードワークをこなしていた。
 麻酔が切れて気付いたのは、傷口が癒着しないように特殊な器具が装着されていたことだった。
 その為、排便は夜に強制的にさせられてから、洗浄と治療が施されるという毎日だった。
 病気に対して抵抗力の高い唯は、傷の快復も早い方だった。
 かすり傷程度ならその日のうちに綺麗に治ってしまう。
 それは昔からのことで、獣の血が濃いのだと小さい頃、同じ血を持つ父親が教えてくれたことがある。
 父親の父親も医者だったこともあり、父親は自分が特殊な遺伝子組み替えで生まれた魔物だと思っている節があった。
 痛みに対しても、普通に人と同じ痛みは感じても、諦めなのか精神力なのか、耐えてしまえるらしい。
 どんな肉体改造をしたのか知らないが、嬉々として治療し、唯の体を管理している大河は、
「世界にたった一つしかない最高の薔薇の蕾を造ってやったからな。」
と、さも自慢そうに言う。
「愛し合う時にだけ咲き誇る神秘の薔薇。きっと最高の快楽を、お前にも俺にももたらしてくれるだろう。」
と、使える日が待ち遠しいように言う。
 魔性の血と改造された肉体。
 闇の秘密結社を統べる者には相応しい勲章かも知れない。
 唯は自嘲気味に、悟りでも開いたかのような微笑みを浮かべた。

 週末、ロバートがコンサートに誘ってきたが、責任者不在にはしたくないから、と断った。
 副主任のDr.ジョンソンは6週間という長い休暇の1週目を過ごしている所でアテにはならなかったが、まだ会っていない主任のDr.ヒギンズは後2週間で戻ってくる予定のはずである。
 それで、Dr.ヒギンズに責任者としての役目を返したら、喜んで誘いに乗るから、とロバートには説明した。
 大河は付き合い始めたキャシーに、唯の体調が不安なことを理由にデートは控えていたが、唯に、
「普段と変わらない日常を心掛けろ。」
と言われて、週末はキャシーとのデートに出掛けていった。
 大河は、
「キャシーと別れてもいいんだぜ。」
と、唯がキャシーとの関係を認める発言をしたことに不満を漏らしたが、
「どうせ俺は病弱だからな。体がもたないよ。」
と、唯に眇めた目を向けられながら皮肉られて、唯の不機嫌さが爆発しない内にと退散したのだった。

 そして月曜日。
 朝から何故か機嫌のいい唯は、時々時間を気にしながら妙にソワソワとしていた。
 大河と交替で取るようになった昼食の休憩時間も、いつもなら大河の都合を優先させていたのに、今日に限っては唯が時間を決めて、
「総合医療センターの5F、内科病棟のサロンにいるから、緊急の時には、呼び出しの放送は流さないで、直接呼びにきてくれ。」
と言って、足取りも軽く行ってしまった。
 緊急処置科の呼び出しは、どんな時でも最優先されるので、演奏の妨げになることを心配したのだ。
 唯は時間がもったいないので食堂には行かず、バーガーショップでホットドッグを買ってその場で立ち食いし、大きな牛乳パックを飲み干して、内科病棟のサロンへと向かった。

 エレベーターを降りると、調度演奏が始まる所で、もう人が集まってきていたが、唯は何とか壁際の中が覗ける場所を確保した。
 澪の姿を見ると心が和んだ。
 唯は壁にもたれて腕組みをすると、じっとチェンバロの音色に耳を傾けた。
 一週間蓄積した心身の痛みが、スゥーッと消えていく気がする。
 そして、澪のいかにも楽しそうな演奏ぶりを、何て愛しいのだろうと思った。
 うっとりと目を細めて演奏に聴き入っている唯の姿もまた、端から見ると天使と見まごうほどに優美で端麗だったが、唯は周囲から視線が集まっているのもまったく気付かなかった。
 澪から溢れ出す光のオーラに包まれるようで、体が重力を感じないほどに軽くなっていた。
 彼女と手を繋いで、光満ちた空を自由に飛べたら、どんなに素敵だろう、などと夢想した。
 だが、演奏はまだ続けられているのに、唯の幸せな夢は中断されてしまった。
 ふいに腕をつかまれて軽く引かれたのだ。
 眉を寄せて視線を向けると、そこには緊急さを語る目と好奇心を隠せずにいる目が入り交じったキャシーがいた。
 キャシーが手を口の横に当てて、何かを言いたそうにするので、唯は腕組みをしたままで、キャシーの方に軽く体を傾けた。
 キャシーが、
「容態が急変した患者さんへの対処を指示して欲しいそうです。」
と言うので、眉をひそめながらも溜息をつき、仕方なく緊急処置センターに戻ることにした。
 他にも医師がいるのに、と内心思う唯だったが、こと患者の生命に関わることである以上、文句は言えなかった。
 仕事の不手際さや不備な点については注意を促しもする唯だったが、どんなに過密スケジュールであろうとハードワークであろうと、必要である以上は愚痴や文句を言わないのが医師としてのモラルだと、父から学んでいた。

 治療に手抜きやミスは許されない。
 そうした唯の態度は、不平や愚痴のるつぼだった緊急処置センターの雰囲気を変えていた。
 待遇が悪いからと言っても、それは医師に命を預けている患者にとっては関係のないことなのだ。
 唯も演奏を最後まで聴けなかった未練を断ち切って、治療にあたった。
 患者の担当医が、あーだこーだと文句を言いながら指示するのを聞いてやりながら、細かい処置の説明を丁寧にして理解を求め、どうにか危険な状態を脱することが出来た。
 どうもこの担当医がことある毎に処置科へ文句を言って煩い上に、助からなかった責任は全て処置科に押しつけるので、在来の医師達は用事を見つけて逃げ出してしまったらしい。
「まったく、ここの医者はなってない。」
 担当医は患者が安定してベッドに運ばれてもまだ、診療室に居座って文句を言い続けていた。
「何かあった時には責任は君達にあることを、よく承知しておきたまえよ。」
とくどいほどに言うので、
「出来る限りの手を尽くしても助からないのなら、その責任は神様にあると思えば気が楽ですよ。」
と、唯は20歳以上も年上の医師に諭すように言った。
「ハハッ。神様だって?・・オーマイガッ!ってことか?・・最低だな。」
 担当医がバカにして笑った。
 だが、唯はいたって真面目な表情で、
「命というものをこの世に創造されたのは神様ですから。しかも永遠の命ではなく、消えてしまう命を。・・・初めからなければ失われることもなかったのに・・・と、思うしかないでしょう?」
と答えた。
 担当医が思いきり顔をしかめ、
「それが君の結論か?・・・随分評判がいいが、結局は逃げ口上だけの男か。」
と言うので、
「あなたは何人の死をその心に抱いてこられましたか?・・・少なくても私は失われた命の重さを一人一人感じています。だからこそ、一人一人の命を救いたいと真剣に死と向かい合っているのです。責任が誰にあるか、など議論するより、まずどうすれば救えるのかを考えるべきでしょう。・・・”人事を尽くして天命を待つ”しかないじゃないですか。・・・それでも、天に望まれる命なら、静かに見送るしかないとは思われませんか?」
と、天使の微笑みで答えた。
 担当医は言葉をなくしたように唇を振るわせ、自分の持ち場へと帰っていった。

 唯は、大きく息を吐くと、時計を見た。
 すでに演奏は終わっているだろう。
 それでも、まだ残って誰かと話し込んでるかも知れない。
 そう思うと急に澪に会いたくなって、
「ちょっと外の空気を吸ってくる。」
と言い、すぐ戻るからと付け足して、サロンへ向かった。
「唯の奴、何か変じゃないか?」
 大河が不審そうに呟くので、キャシーが、
「恋・・かしら。ふふっ。」
と笑った。
「恋ぃぃ?!・・・誰にだ?」
 大河の驚いた顔に、キャシーは悪戯っぽい笑顔を向け、サロンでの演奏会の説明と、奏者を見ていた時の唯の表情がまるで恋でもしてるようだったと話した。
 大河は、唯の奴ぅ〜性懲りもなくぅ〜、と腹立たしく聞いていたが、キャシーには気付かれないように、その奏者がどんな女性かを尋ねた。
「確か年齢は私より2〜3歳年上だと思うけど・・・小柄な日本人だから若く見えるみたい。」
「日本人?・・・何でまた・・・」
「さぁ、詳しくは知らないけどぉ・・・でも、もうこの病院で演奏するようになって2年くらいになるんじゃないかなぁ。私がまだ、ここでの仕事に慣れないで友達も出来なかった頃に、よく話し相手になってくれてて、その時ボランティアで演奏するようになって1年くらいだって言ってたから。」
「キャシーの友達だなんて聞いてないぞ。」
「あん。・・・だって、慣れてきてからは、やっぱり彼女とは行動範囲とか、遊びに行く場所とか違うから、話が合わなくなっちゃったんだもの。」
「・・・日本人だからか?」
「違う、違う。・・・彼女、盲目なのよ。」
「え・・・盲目?」
「ええ。先天性で、生まれた時から光の世界ってゆーものを知らないんですって。」
 大河は、これだからなぁ、と額に手をあてた。
「タイガ?」
「・・ったく、唯ってのは、そーゆー可哀想な相手だと、すーぐ気になって仕方がない奴なんだよなぁ。」
「そうねぇ・・・可哀想なのかなぁ。・・・でも、彼女って、とっても明るくて、そんなハンデがあるって雰囲気ないけどぉ・・・」
「そーゆーのも余計健気だろ?」
「うーん・・・そう言えなくもないけど・・・だけど、そうした気持ちで彼女を見てるとしたら、彼女とは友達にはなれないわよ。ミオってけっこう気の強い所あるし、ハンデはハンデとして見られるのは仕方ないけど、それも個性の一つとして捉えて欲しい、って言ってたもの。同情で親切にされるより、対等に話せる相手がいい、って。」
「へぇ・・・」
 大河は、唯がフラれればいいのに、と密かに思いながら頷いた。
 目が見えないなら、唯のあの美貌も、天使のようだと誰もが惹かれる微笑みも、通用しないのだ。
 優しく甘い声と、何とも言えない芳香も、魅惑的ではあったが、女性から見れば中性的イメージが強く、男性としての魅力は感じないかも知れない。
 相手がどんな人間でも、やっと一つに結ばれた唯を取られてたまるか、と大河の中に敵意が芽生え始めていた。
 ただ、それを露骨に出すことの危険性を、九条で嫌というほど味わった。
 反対すればするほど、唯は反対する者を拒絶してしまうのだ。
 あの拓磨でさえ、結局は折れるしかなかった。
 唯のいない所で拓磨が洩らした言葉。
 ”唯様ほど恐ろしく意志の強い方は他にいらっしゃらないでしょう。ご自分では自覚されてないようですが、折れるように見えて折れず、曲がるように見えて曲がらず、倒れるように見えて倒れない方ですから。・・・私の力も到底及びません。”
 どんな力だ、と突っ込みたいのを我慢して、聞いていたのを思い出す。
 ここは冷静に様子見だな、と大河は自分に言い聞かせた。

 思いの外、唯は早く戻ってきた。
 見るからにガッカリした表情なのは彼女に会えなかったからだろう。
 だが、手にはメモのような物を持っていた。
「何処行ってたんだ?」
 大河は両手に持ってきたコーヒーの一つを唯に渡して聞いた。
「サンキュ。・・気分転換だよ。」
「内科病棟のサロンだったりしてな。」
 大河がコーヒーを啜りながら聞くと、唯はギクリと上目遣いに大河を見てから、目を伏せてコーヒーを含むように飲んだ。
「キャシーに聞いたぞ。彼女、キャシーの知り合いだってさ。」
「え?・・・そうなんだぁ。」
 大河の探りに唯は呆気なく引っ掛かった。
 急に嬉しそうな顔になる。
「・・と言っても、最近は付き合いがないらしいが・・・」
「・・・ふーん・・・」
 今度は溜息をコーヒーに落として、頬を膨らませる。
 どうやら、キャシーの推測は当たっているようだ。
「・・で?・・・会えたのか?」
「いや。・・・演奏が終わって30分以上経ってるし、居るわけないよな。」
「それは残念だったな。また来週の月曜日、ってことか。」
 なるべく普通に話そうとしても、大河の口元に笑みが浮かぶ。
「だけど、彼女と親しい老婦人の患者さんが、彼女の出ているラジオ番組を教えてくれたんだ。」
「ラジオに?・・・じゃぁ、けっこう有名人なんだな。」
「うん。そうだろうね。」
 唯がまた嬉しそうに頷く。
 それから、
「ラジオ、持ってこなかったなぁ。やっぱり、買うしかないか。」
と、独り言のように呟いた。
「おいおい。ホテルのチップ代を節約しといて、ラジオは買うのか?」
「だって・・・」
「どこかその辺にあったんじゃないか?」
 二人の話を何気なく聞いていたキャシーが、
「ラジオならDr.ジョンソンのデスクにありましたね。」
と、会話に参加してきた。
「よし。それを借りよう。」
「えー・・・人の物を勝手に使用するのはマズイよ。」
「なら、諦めろ。」
 大河は残っていたコーヒーを飲み干して、冷たく言った。
「夜勤の人も聞いてたりするし、大丈夫ですよぉ。・・・彼女、夕方5時から6時までのクラシック番組でアシスタントしてるんですよね。」
 キャシーは唯にウィンクしながら言った。
「あ、知ってるんだ?」
「ええ。何度か聞いたことあります。・・・でも、私、クラシックって苦手で・・・」
 キャシーは肩をすくめて見せてから、澪の出ているラジオ番組の説明をした。
 その番組は毎日月曜から金曜まで放送されているもので、大がかりなコンサートの曲を流すような専門的な番組とは違って、趣味として楽しむ人達の投稿を紹介したり、小曲のリクエストに応える、トーク半分曲半分といった内容の番組だという。
「その時間は、まだユイはここにいるでしょう?」
「そうだけど・・・」
「持ち出すのでなかったら構わないわよ。」
 キャシーは、ふふっと楽しそうに笑った。
「・・・じゃぁ、取り敢えず今日だけは借りるかな。」
 唯はそう言って時計を見ると、コーヒーをゆっくり飲んだ。

 その後、慌ただしく緊急手術が立て続けに2件入り、ようやく手術室から引き上げてくると、キャシーが診療室の唯のデスクの上にラジオを用意してくれていた。
「始まってますよ。」
と、言ったキャシーが唯の為に音量を上げた。
「サンキュ、キャシー。」
 手術の時の冷静さとはうって変わって、急に頬を赤らめた唯は、照れ笑いをしながらデスクに向かった。
 ラジオからはショパンの「エチュード」作品25の1変イ長調 が流れていた。
 唯は手術の報告書とカルテへの書き込みをしながら、澪の笑みをたたえて演奏する優しい横顔を思い浮かべて曲を聴いていた。
 演奏されている楽器はピアノだったし、澪の雰囲気とは違うタッチで、別の人の演奏だというのはわかっていたが、この曲の流れてくる先に澪がいると思うだけで嬉しかった。
 曲が終わるとメインアナウンサーらしき男性の声が、曲名と奏者を告げた。
 有名なピアニストのCDから拾った曲らしい。
 男性の声に応えるように、女性の声が聞こえた。
 澪の声だ。
 唯は思わず書き込む手を止めて耳を傾けた。
 ≡ショパンのエチュードは練習曲と言っても、どれも高度な技術が要求される難しい作品が多いですよね。でも、この作品25の1は別名エオリアン・ハーブとも言われる綺麗なメロディーで好きな曲の一つです。≡
 へぇ、そうなんだぁ、と唯はラジオに向かって頷いてしまう。
 後ろから、クスクスと笑い声が洩れてくる。
 ん?、と唯が振り返ると、部屋の隅にあるソファーで、くつろいでいる大河の隣りに座っているキャシーが、
「何もラジオに頷かなくても・・」
と言って、また笑った。
 唯は耳を真っ赤にすると、
「大河。休むなら休憩室か仮眠室へ行けよ。職場でいちゃついてると他の看護婦に失礼だぞ。」
と言って、またデスクに向かい、カルテへの書き込みを始めた。
「キャシーがラジオを用意してくれたのに、その言い草はないだろ。」
 大河が不機嫌に言うと、
「だから、キャシーには何も言ってないだろ。」
と、唯は振り向かないまま返事をした。
「言ってるも同じじゃないか?」
 大河が更に続けて言うのを、キャシーが小声で、
「お邪魔しちゃったみたいだから、・・・いきましょう?」
と、含みを持たせた色っぽい眼差しで言った。
 大河は軽く舌打ちをすると、唯の後頭部を小突いて、
「お前は声とデートしてろ。」
と言い残して、キャシーと部屋を出ていった。
 鍵を掛けた仮眠室から、逆上せた顔のキャシーが戻ってきたのは、それから1時間後のことだった。

 夜、宿舎に戻った唯を、いつものように世話してやった大河は、傷口を確認してから、
「俺達もエチュード、始めようぜ。」
と、耳元で甘く囁いた。
「・・・エチュードって・・・」
 唯が意味がわからずにいると、
「少しずつ慣らしていくってことさ。」
と、手当の為に全裸でベッドに横たわっていた唯の上に覆い被さってきた。
「あ・・・まだ・・・」
 唯は戸惑って身動いだが、大河は、
「なんでも練習しないとな。」
と、体重をかけて押さえ込み、唯の薔薇の蕾に肉棒を挿入してきた。
 まだ、麻酔効果のある痛み止めの薬を使用しているので、痛みはなかったが、体の内側を押し広げられる感覚はあった。
 そして、体の中を大蛇が這い回るような感覚が続くうちに、唯の中に不思議な快感が芽生えてきてしまった。
「ぁ、、、ぁぁ、、、」
 困惑しながらも快感に身悶えてしまう。
「なぁ?・・・いいだろう?」
 大河は背中越しにキスを繰り返し、
「これで、蕾の感覚が戻ると、もっと最高なんだぜ。」
と、愛しそうに囁いてくる。
 唯はいつしか大河と呼吸を合わせ、しなやかな獣のように均整の取れた四肢を、仰け反らせて喘ぎ始めた。
 大河の行為を許した時から、こうした関係になるのは承知していたし、受け入れると決めた以上、嫌がるべきではない。
 むしろ、今、問題なのは、大河との関係を誰にも気付かれないようにすることなのだ。
「ぁぁ、、、ん、、、」
 感じて洩れる喘ぎ声をなるべく枕で押し殺し、獣になっていく意識を忍びやかに開放した。

 大河の腕に抱かれて余韻に浸る。
 大河は唯の髪を撫でながらゆっくりとキスを繰り返している。
「どうだった?」
 労るように大河が聞いた。
 唯は視線を虚ろに漂わせていたが、
「・・・自分が黒豹になったみたいだった。」
と、答えた。
「・・ラーガ?」
「・・・さぁ・・・そうかも知れないし、違うかも知れない。・・・ただ・・・」
「・・ん?」
「・・・自分が獣になった姿で・・・サバンナを駆ける夢を見ていた気がする。」
「そっか。・・・それはいいな。」
 大河は満足そうに笑みを浮かべ、唯と鼻を擦り合わせた。
 そして、
「もっと慣れれば、もっと早く、もっと遠くまで駆けていけるぜ。」
と、優しく言った。
「・・・そうだな。」
 唯は小さく息を吐くと、目を閉じて、
「疲れたから、もう寝る。」
と言い終わると同時に寝息を立て始めた。
 大河は肩まで布団で覆ってやり、唯を腕に抱いたまま、自分も眠りに落ちていった。

<50>
「ボランティアの心」
<50>「ボランティアの心」

 朝、宿舎の食堂へ向かう途中でも、唯は大河にごねていた。
「なぁ・・・いいだろう?」
「ある物をわざわざ買う無駄遣いを、俺達は出来るのか?」
「あるって言っても、勝手に借りてるだけだし、気分悪いじゃん。」
「5時から6時だけでいいんだから、買う必要はないだろうが。」
「・・・ケチ。」
 大河は大股にさっさと歩いていく。
 唯は細かく歩を刻んで急ぎ足に歩く。
「おはよう。ユイ。・・タイガ。」
 食堂の前でいつものように二人を待っていたロバートは、朝の挨拶をした後、唯の困ったような顔の訳を尋ねた。
 唯は簡単に事情を話して、
「ねぇ、小型のラジオっていくらくらいだと思う?」
と聞いた。
「性能によっても、メーカー品によっても様々でしょうね。」
「ラジオだけ聴ければいいんだ。」
「それなら30〜50$もあれば買えるでしょう。ステレオタイプとかになると、もう少しするかな。」
「そこまで贅沢は言わないよ。」
 唯はにっこり笑って、スグランブルエッグをフォークで口に運んだ。
 ロバートは唯の愛らしい表情に目を細め、
「よければ私がプレゼントしますよ。」
と、提案した。
 大河はムッとして眇めた目でロバートを斜に睨んだ。
「へ?・・何で?」
 唯がキョトンとして目を瞬かせた。
「さぁ・・・何となく・・・まぁ、友人としての贈り物です。」
 ロバートが照れくさそうに言うので、唯は嬉しそうに微笑んだ。
 けれど、微笑みながら首を振り、
「自分で買いたいんだ。彼女の声を人の物で聞きたくない。自分のラジオで聞きたいんだもん。」
と、唯は子供のような言い分を真面目に言った。
 ロバートはそこで初めて、唯があの澪という女性に惹かれているのだ、と気が付いた。
 応援してやりたいような、邪魔したいような複雑な心境で、
「ユイ。・・・あなたでも手に入らないものがあるんですね。」
と、苦笑した。
 唯は肩をすくめ、
「一応、カードは使えるんだけどさ、大河が認めない物は買っちゃダメ、って言われてるんだ。」
と、頬を膨らませた。
「そりゃ、当然だろう?・・俺のバイト代も借金返済に回されるんだからな。」
「だからぁ、大河もキャシーへのプレゼントを買えばいいだろ?」
「まだバイト始めて2週間だぞ。今からそんなに例外を認めてったら、バイトが終わる頃には借金を減らす所か、新しい借金が増えてる羽目になるぞ。」
「ケチ〜〜・・・」
 唯は目を潤ませて、大河を恨めしそうに見た。
 その様子は、とても職場での大人びた表情からは、想像出来ない子供っぽさだった。
 ロバートはこれが唯の素顔なのだと思うと、可愛さが募ってしまう。
「タイガ。お二方のバイト代はかなりのものですよ。それに手術の度に、特別手当も出ているはずです。・・・ラジオくらい、たいした買い物ではないでしょう?」
「だよねぇ?・・ほらぁ。」
 唯は味方を得たとばかりに、にんまりとした。
「お前ぇ・・・こんな時ばっか可愛子ぶりっ子して・・・みんな騙されてるとも知らずに、いっつも俺が悪くなるんだよなぁ。」
 大河は周囲にわからないように日本語で言った。
「ふふん。大河はバカ正直すぎるんだよ。」
 唯も日本語で答えた。
「その台詞。お前を天使と崇めてる奴等に聞かせてやりたいぜ。」
「俺はお前と違って、外面の良さには自信があるんだ。」
「クゥ〜〜ッ・・・憎たらしげによく言うなぁ。」
「本音と立て前くらい使い分けられなきゃ、御曹司なんてやってられるか。」
「チェッ。拓磨さんに言い付けてやるからな。」
「バーカ。拓磨さんに仕込まれてるんだ。第三者には感情をぶつけるな、ってな。」
「ふん。たいした教育係だぜ。」
 喧嘩を始めてしまった二人に戸惑っていたロバートは、ふと会話が気になって、
「Mr.タクマがお二方の教育係なんですか?」
と、流暢な日本語で聞いてきた。
 唯と大河は、ギクッ、として会話を中断した。
 それから顔を見合わせて、唯達の監視を担当するだけあって、やっぱりロバートは日本語にも精通してたな、と瞬間的に目で話した。
「俺達、じゃなく、唯の教育係だぜ。」
 大河は会話を英語に戻して言った。
「あ・・・ズルイぞぉ・・・お前だって一緒だろ。」
 唯も英語に戻した。
「それが、何か?・・別に不思議なことじゃないだろ?」
 大河は唯には答えず、ロバートに質問した。
 ロバートも英語で、
「あ、いえ。そうですね。ただ、あまりにも大物の名前が出たので、驚きました。」
と、小声で言い訳のように言った。
「・・・へぇ・・・大物なんだぁ・・・」
 唯も小声で他人事のように感想を洩らした。
「Rカンパニーの会長の右腕ともなれば、大物と申し上げても不都合はないでしょう?」
 ロバートが苦笑する。
「本当にお二方と話していると、調子が狂ってしまいますね。」
「どうして?」
「今時、ラジオも買えないと嘆く御曹司に、デート代にも事欠く天才外科医。すでにRカンパニーその他諸々を支配していると噂のある人物が教育係だと言うし。」
「・・・へぇ・・・そうなの?・・・ダディーは退職したっけ?」
 また唯が見当違いのことを大河に聞く。
「親父さんもいい歳だからな。もう、隠居じゃねぇのか?」
 大河もとぼけて答える。
「いえ・・そうではなく・・・」
 ロバートは困ったように言い淀んでから、
「済みません。お二方供、学問に専念されてこられたのですね。世間に疎くても仕方ありません。・・私が申し上げたことは気になさらないでください。」
と言って、話題を終了させた。
 唯と大河も、出勤まで時間がもうないことに気付き、会話は中断して急いで食事を終わらせた。

 昼休み、大河はキャシーと昼食に出掛けた。
 少し休憩時間をオーバーしていたが、
「キャシーが電気製品が安い店を知ってるって言うから、買ってきてやったぞ。」
と、ラジオを唯の前に差し出したので、
「サンキュー、キャシー!ありがと、大河!」
と、唯の口からは小言の代わりに感謝の言葉が溢れ出した。
 頬を赤くして目を輝かせる唯は、嬉しそうに文庫本ほどの大きさのラジオを、胸に抱き締めた。
 そして夕方5時には、自分のラジオから流れる澪の声を、時々物思いに耽るように、うっとりと目を細めて聞いていた。
 大河は、嫉妬の炎がチリチリと心の内側を焦がしていたが、憧れるくらいなら認めてやろうと思うことにした。
 澪が25歳ということや、地元のラジオ局とは言ってもラジオに出るくらいの知名度はある女性なら、もう彼氏くらいいるだろう、と考えたのだ。
 仮にいなくても、7歳も年下の唯のことはファンの一人くらいにしか思わないのではないか、と思えた。
 それなら、ラジオを聞いて喜んでいる程度のことは認めてやればいい。
 唯に好意を持つ周囲の者達への牽制にもなるだろう。
 その間に、自分が欲しくてたまらない体に仕込んでしまおう。
 大河は先に仕事から上がり、キャシーと連れ立って帰った宿舎で、キャシーを抱きながら考えを巡らせていた。

 とは言っても、唯の体はまだ完全に治癒しておらず、慣らす為に抱くのも三日に一度くらいが限度だった。
 キャシーとはほとんど毎日、時には一日に複数回、体を重ねていたので、職場でも大河とキャシーの関係は公然の事実となっていた。
 唯がカルテや書類の整理で夜遅くまで病院に残るので、宿舎の大河の部屋で関係を持つのが日課になりつつあったが、時には病院の仮眠室でも行為が行われていた。
 それでも、他の科からも依頼されるほど、大河の外科医としての才能は評価されていたので、誰も文句は言えないようだった。
 周囲の目には、純情な唯と絶倫の大河、と映っていた。

 そして、唯が澪と出会って三度目の月曜日。
 仕事が立て込んでいた為、サロンでの演奏を聴けたのは途中からだったが、最後までチェンバロの演奏に聴き入っていた唯は、澪に声をかけ、病院エリア入り口まで送っていくことにした。
 腕を貸そうとしたが、澪は慣れた道だから、と断った。
 それで、杖をついて歩く澪の歩調に合わせて、唯もゆっくりと歩きながら話をした。
 唯はラジオ番組のことを、患者の老婦人とキャシーから聞いて、放送を毎日聞くようになったことを話した。
 澪は恥ずかしそうに頬を染めて、
「ありがとうございます。聞いて頂けて嬉しいです。」
と、言った。
「大学生の時に、多くの人と交流出来る仕事が経験したくて、放送局のバイトを知り合いに紹介して頂いたのが切っ掛けなの。ラジオって目に障害がある人がよく聞いてるから、点字のお便りとかも届いたりするでしょう?ふふっ。初めはそれを他のスタッフがわかるようにタイピングする裏方の仕事だったの。まさか、自分が番組に出るようになるなんて思ってなかったから、慣れるまではドキドキの連続だったのよ。」
「そうですかぁ。・・・でも、いつも楽しそうなコメントで、聞いている方まで明るい気分になります。」
「そう言って貰えると嬉しい。うふっ。」
 澪は閉じた目を光へ向けて微笑んだ。
 風が肩にかかる髪を揺らして抜けていく。
 唯は抱き締めたい衝動に駆られるのをどうにか押さえ込んだが、赤面しながら体が汗ばむのを感じた。
「・・甘い香り・・・薔薇に近いけど・・もっとソフトで神秘的・・・何ていう香水?」
「え・・・あ・・・いえ、香水じゃないんです。」
 唯は益々緊張と恥ずかしさで汗をかいてしまった。
「・・・体臭がキツイらしくて・・・済みません。」
「え?・・・そうなんだぁ・・・ごめんなさい。あんまり素敵な香りだったから、名前がわかれば買ってみようか、なんて思っちゃったの。」
「澪さんはシャボンの香りが爽やかで素敵ですよ。」
「普段は犬と行動を共にしているから、香水はつけられないの。でも、デートとかする時にはちょっとおしゃれしたくて・・。ふふふっ。」
 唯は、息を飲んで言葉に詰まってしまった。
 これだけ素敵な女性なら、恋人がいても不思議ではない、と思いながらも、急に距離を感じたような寂しさに囚われた。
「・・犬を飼っているんですか・・・」
 唯は何とか会話を続けようと、気落ちしながらも話題を見つけるように聞いた。
 すると、澪がクスクスと笑い出した。
「飼ってると言うより、パートナーって言って欲しいな。だって、私の目の代わりをしてくれている盲導犬だもの。」
「盲導犬?・・・あ、済みません。え・・・でも・・・」
「病院には入れないことにしてるの。だから、ここの入り口に守衛さんのいるボックスがあるでしょう?そこで預かって貰ってるのよ。」
「そうだったんですかぁ・・・」
「アメリカはハンデに対する理解が深いから、病院内でも連れて行こうと思えば可能なんだけど・・・」
 澪はそう言うと、少し悲しそうな表情を浮かべて、一つの出来事を話し始めた。
 それは、この病院と同じようにボランティアで演奏をすることになった施設でのことだった。
 心身にハンデがあり、親とは離れて暮らしている子供達の養護施設で、諸事情から動物は飼えない環境だったらしい。
 家で犬を飼っていた一人の少女が、澪の盲導犬を撫でたり抱き締めたりしていた為、演奏に集中出来ず、施設の先生も再三注意していたのだという。
 すると、少女が、「ズルイよ。何で大好きな犬に触っちゃいけないの?何で一番したいことが出来ないの?何でこんな我慢しながら演奏を聴かされなきゃいけないの?」と、泣き出してしまったという。
 澪は、盲導犬には他人が触ってはいけないという規則を説明することが出来なかったそうだ。
 自分がハンデを持っているから、そうして当然と思っている行為でも、ボランティアとして演奏に来ているのに、悲しい思いをさせてしまっていた、と反省した、と溜息を吐いた。
「犬好きの子供にとっては、演奏を聴くより犬と触れ合いたかったのよね。・・・それなのに、触っちゃダメ、って叱りながら、あなた達の為だって演奏を聴かされる。そんな行為はボランティアなんて言えないわ。・・・優しい音楽に触れて欲しい、って気持ちはあっても、一方では一番したいことを我慢させてるんだもの。・・・本当に可哀想なことをしてしまったわ。」
「・・・そっか・・・」
「ボランティアで演奏に行く場所って、大抵が家を長く離れている人達の所でしょう?」
「うん。」
「だから、家でペットを飼っていた人達は、動物と触れ合いたい、って気持ちを我慢して生活してるから、自由に動き回れる人以上に動物を飼ってる人が羨ましいのよね。」
「・・・盲導犬はペットじゃないだろ?」
「そうだけど・・・むしろ、盲導犬としての規制が、私達には必要なことでも、人によっては傷つけてしまう場合があるんだなぁって教えられたの。それに、それは犬好きの人の場合だけど、中には犬が怖くてたまらない、って人もいるでしょう?・・・音楽を通じて心を触れ合いたいのが目的なのに、自分のハンデを押しつけてたら、ボランティアをする資格ないんじゃないか、って思うようになって、施設には犬は連れて入らないことにしたの。」
「・・・偉いなぁ・・・」
 唯は胸が熱くなるのを感じながら言った。
「そんなんじゃないわ。ふふっ。」
 澪はまた明るい表情に戻って笑った。
 入り口まで来ると、守衛ボックスには澪のパートナーが待っていた。
「ボビーって言うの。」
「やあ、初めまして、ボビー。よろしくね。」
 唯は少し腰を屈めて、ボビーの顔を見ながら挨拶をした。
 だが、手は出さなかった。
 盲導犬には触れないのが基本なのだ。
 何があっても声を出さずに動揺しないように訓練されているとはいっても、色々な人が触ってくるとストレスを貯めてしまう。
 それに、もし悪意を持って近付いた相手が悪戯をしたとしたら、パートナーとしての人間にも危険が及ぶからだ。
 目が見えない者には相手を見た目で判断出来ないし、触れていい人と悪い人を区別も出来ない。
 そうした色々な配慮から、どんなに犬好きでも、盲導犬を撫でたりしてはいけないのだ。
 子供でも、そうした理屈を理解させることは必要だとも思えたが、それは日常的な教育の場ですることで、心を癒すべき場で押しつけたくない、と言う澪の気持ちもわかる気がした。
「あら・・・ボビーもDr.ユイが好きですって。」
「ホント?」
「こんなにシッポを振って喜んでいるもの。」
 澪の足にボビーのシッポが当たっている。
「あはは。良かった。」
「ふふっ。・・それじゃぁ・・・送ってくださってありがとうございます。」
「気を付けて。・・・また、放送、楽しみに聞きます。」
「ありがと。良かったら、リクエストしてね。」
「うん。・・でも、まだ、あまり曲を知らないんだ。」
 澪は、そっか、と笑顔を向けて、唯に手を差し出した。
 唯は大事そうにそっと握って握手した。
 唯が澪の後ろ姿をずっと眺めていると、ロバートが駆けつけて来て、
「外は危険だと言ったでしょう?」
と、唯の肩を抱くようにして病院へ戻るようにと促した。

 夜、唯はベッドに入ってきた大河に、澪から聞いた話をした。
「しっかりしてるよなぁ。ハンデだけでも大変なはずなのに・・・人への愛情が溢れているんだもん。」
「・・・そうだな。」
 大河は唯の顔にキスをしながら聞いていたが、唯の溜息を止めるように唇を重ねた。
 唯の目がトロンとして、キスに応える。
 舌を絡め合わせて口を吸い合う。
 昨日、抱かれたばかりなので、今日はアナルセックスはしないはずである。
 それでも、大河は夜に肌を触れ合う時間を持つようにしていた。
 唯もこの一週間で随分愛撫に慣れてきて、素直に反応するようになっていた。
 体中を万遍なく舐めるようにキスをされ、舌でくすぐられる。
 思わず洩れる熱い吐息と喘ぎ声を指を噛んで我慢すると、
「指が赤くなるぞ。」
と、大河に指を離され、またディープキス。
「ん、、、はぁ・・・澪さんって・・・ホント、素敵だよなぁ。」
 唯は愛撫に反応しながらも、上の空で澪の事ばかり話している。
「彼氏がいるんだろ?・・もう、諦めろよ。」
 大河の言葉に唯は頬を膨らませ、
「そーゆー次元の話じゃないんだ。」
と言ったが、大河は唯の股間のモノをつかむと、
「ここで欲しがれば同じことだろうが。」
と、勃起した男根を、ギュッ、ときつく握った。
「ぅぅ、、、意地悪ぅ、、、」
「俺が愛してるってことを忘れるなよ。」
 大河は体を曲げて、唯の股間に覆い被さる。
「ぁ、、、んん、、、」
 唯の男根を大河がくわえてしゃぶり始め、唯は体を仰け反らせた。
「ぁぁ、、、ぁ、、、」
 唯はクッションを顔に押し当て声を塞ぐ。
 何度も大きく仰け反りながら、大河の口の中に香りのいいミルクを放出する。
 大河は味わいながら飲み干し、綺麗に舐めてから体を起こして唯にキスをする。
「・・俺は・・・何のハンデもないのに・・・守られてばかりいる。」
「高級宝石店に行けば、ただの石ころがもっと厳重に守られてるぜ。」
 大河はクスッと笑いを洩らし、愛しそうに唯の顔を指でなぞった。
 唯は眉を寄せ、
「それって・・どーゆー比較だよ。」
と、怒ったように言った。
「ただの石ころでも、価値を感じる人間がいて、欲しがる人達も多くなれば、守る存在も出てくる。そうなったら、もうただの石ころとは言えないが、石ころは石ころだ。」
「・・・ダイヤのこと?」
「名前なんてどうでもいい。石ころが自分で名乗りを上げた訳じゃないからな。」
「・・・で?」
「つまり、お前も自分では一人の人間だとしか思ってなくても、価値を見出し欲しがる者がいれば、守ろうと思う者も出てくる。仕方ないだろう、ってことさ。」
「・・・わかってるよ。」
「わかってるなら、守られてることに文句は言うなよ。」
「・・・文句じゃない。」
「自分への文句もだ。」
「・・・そうだな。」
「それに、彼女には彼女を守りたいと思ってる男がちゃんといるんだ。お前が心配する必要なんて全然ないのさ。」
「うぅぅ・・・嫌味な言い方。」
 唯は舌打ちをして寝返りをうつと大河に背中を向けた。
 大河は背中から唯を抱き締めて、
「もう、寝ろ。」
と言って、肩にキスをした。