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<21> 「外科医」 |
<21>「外科医」 大河が彩香を家に送って、マンションに戻ると、唯がいつもの窓際のソファーで本を読んでいた。 「ただいま。・・冬馬さんは?」 大河が自分の部屋へ向かいながら軽く聞くと、 「部屋で休んでるよ。」 と唯が答えた。 「もう?・・早いじゃん。久々に張り切り過ぎて疲れちまったのかな?」 大河が笑ってそう言い、唯を見た時、ドキッとした。 唯が、本を閉じて大河を真っ直ぐに見つめていたのだ。 普段なら本を読んだまま返事を返す唯なのだ。 「大河と二人だけで話がしたいから、遠慮して貰ったんだよ。」 (・・・やっぱり・・・) 「冬馬さんがいたら、大河も言いたいことが言いにくいだろ?」 「・・・何だよ?」 大河は舌打ちをして、唯の斜向かいのソファーに座った。 「彩香ちゃんとのデートが悪いとは言わない。だけど、まだ玲奈ちゃんとのことをきちんとしてないんだから、少しは自重しろよ。」 「んなこと言っても、帰りに玲奈に話そうと思ってたのが、帰っちまったんじゃ、話しようがねぇだろうが。」 「・・それだけショックで、悲しかったんだろうな。・・・可哀想に・・・」 「お前、何だってあいつの味方ばかりするんだ?玲奈が好きなのか?」 「味方?」 「梨香の時もそうだったろ?・・今度は彩香を目の敵にするのか?」 「・・・大河・・・話がズレてるよ。・・・梨香さんの恋愛をゲーム感覚のように見てる所が苦手だったのは認めるが、それでも大河が好きだって言うなら、玲奈ちゃんと区別するつもりはなかったぞ。」 「へぇ・・・」 大河が目を眇めて唯を見る。 「彩香ちゃんのことはいい子だって言ってるし、大河が付き合うことに反対はしてないだろ?」 「今、文句を言ってるだろうが。」 「大河にけじめがないから注意を促してるんだよ。」 「チッ。お坊ちゃまは随分お偉いことで。」 大河の皮肉に唯は溜息を漏らした。 大河も、言うつもりもない攻撃的言葉が、口から飛び出してしまう自分に苛立っていた。 (だから今は唯と話したくねぇんだ。) 「玲奈ちゃんのことだって、仕方ないと思ってるよ。やり直せ、なんて言う気はないし、玲奈ちゃんにも、気持ちを変えて新しい出会いを見つけて欲しい、って・・・」 「なら、それでいいだろ?」 大河は肩をすくめて見せた。 「信じられないし、諦めない、って言ってたよ。」 「その内、俺が本気だってわかるさ。」 「・・・その内って・・・それより、電話してやるなり、何らかの気持ちのフォローをしてやるべきなんじゃないか?」 「ははっ・・・」 大河が思わず苦笑する。 唯は怪訝な顔で大河を見つめる。 「あ・・いや。・・・唯の話し方が何か患者への対処を議論してるみたいでさ。」 唯は戸惑った顔になり、それからゆっくり目を伏せていく。 目を伏せるに従って、表情が悲しげに雲っていく。 大河は失言したかと焦り、腕組みをした手で顎から口にかけて覆った。 「・・・そうさ。・・・俺には恋愛感情がわからない。・・・だから、何もわかってはいないし、何のアドバイスだって出来るわけない。偉そうに言う資格はないことくらいわかってるよ。」 「いや。そんなつもりじゃ・・・」 「だから・・・俺は冷たい奴なんだ。」 「そうじゃないって・・・唯、俺が悪かった。・・・自分が悪いってわかってるのさ。だから、余計都合が悪く感じて、言い方とか態度が攻撃的になっちまうんだ。・・・済まなかった。」 「・・・俺じゃダメなんだ。」 「うん、わかったよ。明日にもちゃんと玲奈に話をする。な?」 大河の言葉に唯は視線を大河に戻した。 唯の目は迷子の子供のように頼りなげで、どこか寂しげに見えた。 (そんな目をするなよ。・・抱いちまうだろが・・・) 大河は愛しさに駆られる想いに警鐘を鳴らしながらも、唯の甘い優美な顔から視線を外すことが出来ずにいた。 唯の瞳の奥に、淡く小さな炎が灯り始めている。 最近、唯の目が紫に光ることが多くなっていた。 (くっそぉー・・・俺が唯の心を引っ掻き回して、唯の優しい気持ちを傷つけちまってるからなぁぁぁ・・・) 唯は勉学や研究の苦難や試練はいとわなかった。 ただ、それが非道ではないかと魂の尊厳に関わる時、思い悩むこともあったが、時には必要悪もあるのだと納得させて、研究に邁進することで贖罪を果たしてきたこともある。 だが、恋愛のように理解出来ない分野では、正しい答えが見つからず、思い悩むばかりで、見つからない答えを自己に問うことが多く、それが唯を苦しめていた。 そうさせているのが自分だと承知している大河にも、どうすればいいのか、わからずにいた。 唯は自分でも視界に淡い紫のベールがかかってきたことに気付き、瞼を閉じて目頭を指で押さえた。 それからソファーにぐったりともたれると大きく息を吐いた。 この所、疲れているように見える。 紫の炎が燃える時、唯の精気を消耗してしまうらしい。 性欲など持ちようがなかった。 大河のように、有り余る精気が爆発しそうで、押さえられない性欲に苦慮することもない。 (いいのか、悪いのか。・・・せめて俺だけに感じてくれたら・・・) ただただ大河には唯が愛しくてたまらなかった。 「・・・唯・・・」 引き込まれるように立ち上がった大河が唯の前に跪く。 唯を見上げる眼差しは熱に浮かされているように潤んでいる。 「・・・大丈夫か?」 唯の太腿をさすってやりながら、膝頭に頬ずりをする。 目を閉じ、つれない愛しい人の甘い匂いに浸る。 ワン!! どこからか、凄まじい勢いで飛び出してきたレイドが、大河に思い切り蹴りを入れた。 「・・ってぇぇっっ!・・何すんだよ!」 調度脇腹に当たり、大河は痛さで顔をしかめた。 「いやぁ、ワンちゃん達が喉が乾いたらしくてなぁ・・・水を飲ませようと思ったんだが・・・ん?大河、どうかしたのか?」 冬馬がにこやかに言った。 犬達も一緒に冬馬の部屋にいたらしい。 「チェッ。何でもねぇよ。」 大河は脇腹をさすりながら立ち上がった。 「ちょっと唯が怠そうだから、様子を見てただけだぜ。」 「唯様が?」 冬馬が心配して側までくる。 唯はレイドが蹴りを入れた時から目を開けて起きあがっていたので、 「何でもないよ。」 と、言って微笑んだ。 「そうですか・・・それなら、いいのですが。・・・もう、お休みください。本は読まずに。」 「そうですね。そうします。」 唯はソファーから立ち上がり、冬馬と大河に、 「お休みなさい。」 と言って、ルルとレイドを連れて寝室へと引き上げていった。 唯の姿がドアの向こうに消えた時、冬馬が大河の頭をひっぱたいた。 「・・ってぇぇ・・・」 大河がムッとして睨んだが、冬馬の眇めた目が、見え見えなんだよ、と言っていたので、 「チッ。」 と、舌打ちして、自分の部屋にさっさと向かった。 次の日。 いつもなら校舎の入り口で落ち合おうと玲奈が待っているのだが、玲奈の姿はなかった。 もちろん待ってるとも思えなかったが、大学を休んでしまっているのかと不安がよぎる。 だが、教室に入ると玲奈がすでに席に座っていた。 さすがに隣りには座れない唯と大河は離れた席に座った。 授業が終わって、先に廊下に出た唯と大河は玲奈が出てくるのを待った。 玲奈は大河が待っていることに気付いて一瞬笑みを浮かべたが、大河の厳しい視線と目が合って悲しげな表情になり目を伏せた。 「玲奈。・・ちょっと話があるんだけどな。」 大河が声をかけると、玲奈は目を伏せたまま、 「知らない。玲奈には話すことない。」 と言って、顔を背けた。 それから、唯の腕をつかんで、大河から離すように引っ張った。 「おい。玲奈。」 「唯君。ちょっと・・・」 大河が声をかけても無視をして更に唯を引っ張っている。 唯が大河に待つように手で合図して、玲奈に引かれるまま大河から離れた。 玲奈は唯に、顔を近付けて欲しい、とジェスチャーをする。 唯が腰を屈めると、玲奈が唯の耳に何かを耳打ちした。 唯は何度か頷き、体を起こすと、 「うん。いいよ。じゃぁ、お昼に門の所でね。」 と言った。 玲奈は寂しさの漂う笑い方をして、 「ありがとう。」 と、言って、背を向けると小走りに立ち去ってしまった。 大河は唯に歩み寄り、 「唯。何なんだ?」 と、憮然として言った。 「大河のいない所で相談したいことがあるらしい。昼食時間に聞いてみるよ。」 そう言って唯は微笑みを浮かべた。 「・・・あのな・・・」 今度は大河が呆れた顔をして唯の腕をつかみ、人気のない隅へと促した。 それから顔を近付け、小声で言った。 「よく考えろ。玲奈は普通じゃねぇんだ。何企んでるかわかんねぇだろが。」 「話を聞くだけだよ。」 「俺と別行動をして、変な店に連れ込まれ、誘拐されたらどうするんだ?」 唯は苦笑した。 「昨日だってお昼は別だっただろ?・・・今日も別々に昼食をとるだけのこと。大河は彩香ちゃんと好きにすればいいじゃない。」 「昨日は大学から出ない、って言ったから任せたけどな。門で待ち合わせしたんだろ?」 「いつも利用する店に行くさ。それに何処に入ったって、この近辺なら大抵ここの学生がいるだろ?何も心配することはないよ。」 唯は穏やかに微笑んで、 「ほら。次の教室行かないと。」 と、まだ納得できない大河を促して、次の教室へと向かった。 お昼になり、唯は玲奈と食事に行った。 大河は彩香にメールで昼食の約束を断って、こっそり二人の後を尾行した。 こっそりと言っても身長の高い大河が隠れる場所がある訳ではなかったが、気付かれないように姿を見失わない程度の距離を持って尾行したのだ。 玲奈は、大河達はあまり利用しないが、女の子達には人気のある店に唯を誘った。 大河は二人が店に入るのを確認した後、店の周囲を調べ、抜け道がないかを確かめてから、近くの店で買ったパンを囓りながら見張ることにした。 午後の授業にやっと間に合うくらいの時間になって、ようやく唯と玲奈が店から出てきた。 玲奈は恋人気取りに唯の腕につかまり、朝よりずっと明るい表情になって唯と話している。 唯も微笑みを絶やさず、頷いたり何かを答えたりしていた。 何も知らない人が見れば、充分に恋人同士だろう。 (あのバカ。何を考えてんだ?) 大河は唯に腹が立っていた。 (こっちがこんなに心配しているのに、女に甘えられてデレデレしやがって。) 建物の陰に隠れて、二人が離れるのを待ちながら、言葉には出さずに文句を言い続けた。 (やっぱり唯は玲奈に惹かれてるのか?ルルが警告してるのに、俺やみんなが心配してるのに、お前は玲奈を取るつもりなのか?) 嫉妬で思考が飛躍してしまう。 大河はそんなことがあるはずないと思い、嫉妬で見境がなくなる自分を戒めた。 そして、すでに玲奈が自分の気持ちの中から綺麗に消えてしまっていることを、改めて実感した。 今や玲奈は唯を誘惑する敵のスパイにしか見えていなかった。 敵と言っても、拓磨の調査結果はまだ聞いていなかったし、どんな問題を抱えているのかもわからなかったが、唯を奪おうとする相手は大河にとって、それだけで敵だった。 玲奈を心から可愛いと思っていた頃があったはずなのに、それがつい数日前のことだというのに、大河にはそれがどんな感情かも思い出せなくなっていた。 大河はつくづく自分が冷たい男だと思う。 割り切ることに関しては唯が呆れて賞賛するほどだった。 延命治療に心血を注いでいた幼い子を、研究の為に切り刻むことにも何の躊躇いも感じなかった。 外科医に情けはいらない。 確かな技術さえあればいいのだ。 そう考える大河はどんな執刀でも手先が震えることはなかった。 メスを振るうのに感情は邪魔なだけだった。 好きな患者なら努力し、嫌いな患者には手を抜く、というようなことがあって良いはずもなかったし、助けてやりたい、という強い思いが逆にプレッシャーとなって、手元を狂わせてしまう場合もある。 執刀する相手に意識を向けるより、必要なのは、己の全知全能をフルに発揮し、より正確で迅速な処置を施すことなのだ。 そうした点において大河は唯より優れていた。 だから、教授達は必要なオペは大河にさせることが多かった。 そうして、大河は外科医としてのスペシャリストとして認められたのだった。 割り切れる心と割り切れない心。 大河は唯だけは絶対に誰にも渡したくなかった。 唯を奪う者は誰であろうと許せなかったし、唯を自分の手の中に握っている為ならどんな悪辣非道な所業でも出来る自信があった。 そう思うと、やはりそれも割り切れてしまう冷たさだろうか。 大河は唯と玲奈の姿が遠くになったのを確かめ、また後をついて行くのだった。 |
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<22> 「玲奈の招待」 |
<22>「玲奈の招待」 玲奈の話が何だったのか、大河はすぐにも聞き出したかったが、唯に、帰る時に話す、と言われて苛立ちながらも午後の授業を受けた。 「そんなにイライラしてたら事故になりかねないよ。」 そう言って、帰りは唯が珍しく運転することになった。 冬馬さんが買い物をしてくれるので、スーパーに寄らなくて済む。 駐車場への止め方を一々大河に文句を言われなくていいだけ気が楽だった。 「帰ったら拓磨さんにも話そうと思ってたんだけど・・・」 と、唯は玲奈からの話を大河に説明し始めた。 玲奈は大河が急に変わった原因を知りたがっていたが、それには唯は答えられなかった。 玲奈は、大河が自分のことも見てくれるなら、彩香との付き合いには口出ししないつもりだ、と言っていた。 同じ学部で同じ授業を受けることが多いのに、このままでは辛すぎる、とも言った。 だから、一度、唯も含めてホームパーティーに招待したい、と。 大河に両親を紹介したいと思っていたが、ダメになってしまった、と玲奈が悲しそうに言って、大学の友達を呼ぶと言っておいたのに誰も呼べないのが寂しい、と涙ぐんでいた。 せめて唯だけでもパーティーに来てくれないか、というのが玲奈の話だった。 「それでお前は承諾しちまったってゆーのか?」 「うん。」 「バカヤロー!何考えてんだ!」 唯のスポーツカーの狭い車内が大河の声でいっぱいになった。 「叫ばなくても聞こえるよ。」 唯はちょっと眉をひそめ耳を撫でた。 「そのパーティーってゆーのはいつなんだ?」 「今度の日曜日だって。」 「はぁ?・・・そんな話は一度も聞いてないぜ。俺を招待したいって言うなら、先に俺に言ってるはずだろうが。」 「だって・・・言えないじゃん。」 「そうじゃなくて、だ。・・ったく・・もっと推理してみろよ。・・・いいか?今度の日曜日のパーティーが前から予定されていたものなら、玲奈はとっくに俺に話してるって言ってるんだ。まして親に紹介するとか、大学の友達を呼ぶってゆーなら、用意する料理を何人分にするとか、色々都合ってもんがあるだろ?突発的に何日か前に決まるってもんじゃないだろうが。」 「・・・ふむ・・・」 「ふむ、じゃねぇ!」 「そんなに叫ぶなよ。・・・耳が痛くなる。」 「俺との関係がマズクなったから焦ってパーティーなんかを考えついたんじゃないのか?」 「・・・そうかなぁ?」 「お前だけでもいい、ってゆーのが第一変だろうが。」 「どうせ大河も一緒に行くだろ?」 「行かねぇよ。つーか、お前も行かせねぇに決まってんだろ。」 「俺は行くよ。約束しちゃったしさ。」 「アホォォォーー!」 唯は耳に手を当てて大河の叫びを防いだ。 「・・・大河・・・その内窓ガラスが割れるぞ。」 「絶対そのパーティーは怪しいぜ。彼奴等が何か仕組んでるに決まってる。」 「彼奴等って?」 「知るか!拓磨の野郎が結果を言ってこねぇんだからわかるかよ。」 「何も問題がないのかも。」 「何もなきゃとっくに言ってるだろ。言えねぇのはそれだけ相手が大きいってことなんじゃねぇか?」 「でも、もし切迫した危険が差し迫ってるなら、大学に戻ることを認めてくれたりはしなかったと思うけどな。」 「何、呑気なことを言ってんだ?・・・お前自分の立場がわかってねぇのか?」 世界十指に入る大財閥の御曹司なのだ。 普通なら常に数人のボディーガードに囲まれているだろう。 日本という特殊な環境だからこそ、これだけ自由にしてられるのだ。 留学中は大学の敷地内から出ることはなかったし、敷地の外も中も警備の者が巡回していた。 「俺には何の力も権限もないじゃん。」 「それはお前が何も望んでねぇからだぜ。」 「学生はさせて貰ってる。」 唯は運転で前を見ながら、にっこりと微笑んだ。 大河は、いくら言っても、何処かネジが緩んでるような答えしか返さない唯に、ダメだわ、と首を振りシートにドッと体を沈めた。 (俺の言うことなんか、聞きゃしねぇ。・・ったく、こーゆー所が頑固だぜ。しょーがねぇからあいつからキチッと釘を刺して貰うしかねぇか・・・) 大河は拓磨をアテにするしかないことが悔しかったが、それでも唯を納得させるしかない、と腹立たしさを飲み下した。 マンションに戻ると、冬馬がTVにホットラインを接続していた。 精密なTV電話のようなものだったが、回線が特殊で傍受されにくく、不正侵入も防げるシステムになっていた。 それはいいのだが、問題は繋げたTVが映画を楽しめるように超ワイドスクリーンだったことだ。 (この大画面にあいつが大写しになるのかよ?!・・ったまんねぇなぁ。・・・くそっ!) 大河はげんなりとして溜息を吐いた。 「何でこれに繋げるかなぁ?」 冬馬に思い切り嫌味っぽく言った。 「通話しない時には、普通にTVもビデオもDVDもネットも何でも可能だぞ。特に問題はないだろう?」 「別に本体のちっこい画面で充分だろうが。」 「一対一ならそれでもいいが、こちらが三人同時に話すにはTVに繋げた方が便利だろ?話す者がその度に入れ替わるんじゃ面倒だ。」 冬馬はそう言って、自分の携帯から拓磨に、 「通話可能です。」 と、連絡を入れた。 それから、 「唯様のご用意がよろしければ、お話になられるそうです。」 と唯に言った。 唯は頷いて、TVの前のソファーに座った。 大河は不機嫌な顔のまま唯の隣りに座った。 すると、レイドが間に割って入り、ソファーの上で”お座り”の姿勢をし得意げに胸を張った。 ルルは唯と大河の足と足の間に座った。 しっかり犬に壁を作られてしまった気分で、大河は面白くなく、腕組みをし足を組んでふんぞり返った。 「大河、ダメだよ。拓磨さんは礼儀に厳しいから。」 「俺は親でもこの格好で話すぜ。」 「ええ?・・・ダメじゃん。」 「俺のお陰で出世したんだ。家じゃ俺が一番偉いんだぜ。」 「・・・それは違うと思うけど・・・そういう扱いをされる大河も辛いよな。」 唯は家族と暮らせずにきた大河の孤独をふと感じてしまった。 息子であっても息子ではないような違和感が、親達にもあるのだろう。 親から気を使われ、兄弟から顔色を伺われる大河が、あまり里帰りをしたがらないのもわかる気がした。 「アホ。・・・今は俺のことはいいんだよ。」 大河はレイド越しに手を伸ばし、唯の頭をクシャクシャと撫でた。 「あー・・・」 唯は立ち上がると、 「髪が・・・」 と、慌てて乱れた髪を梳かしに行った。 親に叱られないかと気にする、子供のような反応をする唯に、大河は苦笑して、自分も反抗的な態度は唯の為に控えてやろうと座り直した。 唯が戻ってきて座ったので、冬馬が回線のスイッチを入れた。 拓磨がワイドスクリーンに映し出される。 大河も見た覚えのある部屋だ。 (自分の部屋に設置したのか。) 屋敷内でも唯に関しては細心の警戒をする拓磨の用心深さに、大河は感心した。 (それにしてもワイドはリアル過ぎて嫌だなぁ。) 唯が拓磨に挨拶をして、ルルやレイドの近況を話す間、大河は苦虫を噛み潰したような顔で、TVを買い換えてやろうか、と本気で思案していた。 拓磨の足元には、ライラ、リガロ、ロイの三匹も控えていて、画面に向かってシッポを嬉しそうに振っていた。 唯はその犬達にも一匹ずつ挨拶をして、ルルとレイドのことを話してやっていた。 そんな様子を見ていると、本当に人の会話を理解する犬達に見えてきてしまう。 (こいつ等、しまいに人の言葉でしゃべり出すんじゃねぇか?) 大河は背筋が薄ら寒くなるのを感じた。 (そう言えば、唯の親友だった黒豹のラーガは、唯のしたいことも気持ちも、みんなわかってくれていた、って言ってたな。) 大河は視線を落として、画面を嬉しそうに見ているルルを眺めた。 (ラーガもルルのような霊感があったのか?・・・いや、ラーガは霊感というよりテレパシーか?) 唯が大河に話したように、玲奈のことを拓磨に説明する間、大河は暇を持て余すようにあれこれと思いを巡らせていた。 唯の説明が終わった時、拓磨が、 ―「わかりました。唯様がご出席されたいという御意向でしたら、特に反対は致しません。」 と、言った。 大河は耳を疑って、画面の拓磨を食い入るように見つめた。 ―「ただ、大河にも同行して貰いましょう。唯様お一人でと言われるのは無謀です。」 「何言ってんだよ!何で反対しねぇんだ?!」 大河が立ち上がって叫んだ。 ―「座りなさい、大河。私の方にも話すことがあるのです。」 (話?・・・調査結果か?) 大河は画面を睨み付けながらソファーに座った。 ―「玲奈という女性とその背景について、おおよその調査は終わりましたので、今夜にも御報告しようと思っていた所なのです。」 拓磨は唯に向かってそう言った。 「そう・・・」 唯はあまり聞きたくない様子で頷いた。 ―「彼女の家は両親と姉、兄、彼女の5人家族です。父親は弁護士をしていて、姉はその事務所で父親の秘書をしています。」 「弁護士?!」 大河が思わず声に出したので、口を差し挟まないように、と拓磨が目線で大河を窘めた。 大河は舌打ちをして腕組みをした。 ―「兄はT大法学部で、来年には警視庁勤務が内定しています。父親の姉の夫である香坂という人物がやはり警視庁勤務なので、いわゆる身内の口利きといったものでしょう。」 「そうなんだぁ・・・」 大河も驚いたが、唯も驚いているようで、目を瞬かせていた。 「何だ?・・じゃぁ、ルルは警察関係に反応するのか?」 「まさか。だって、拓磨さんの弟さんの風磨さんだって警視庁に勤めてるよ。」 「ああー?!」 大河には訳がわからなくなっていた。 こうなったら話が見えるまで黙って聞いてるよりないらしい。 「ルルは風磨さんとだって仲がいいもんなぁ。」 唯はそう言ってルルの頭を撫でる。 ルルはわかっているのがどうか、シッポを振っている。 拓磨の話はこうだった。 警視庁でも警視総監の藤堂派と副警視総監の大宮派に別れていて、法の番人としての大義名分は共に掲げながらも、その実、主義も思想も異なり反目しているのだと言う。 拓磨の弟の風磨は警視総監参謀で、藤堂派ということになる。 玲奈の叔父の香坂は、大宮派だった。 その大宮派が唯に近付こうとしているらしい。 その理由ははっきりしないが、大宮派の警視正である本庄という人物が、自然科学研究所での研究内容や唯の研究に興味を持っているらしい。 特に唯が躍進させたクローン技術に強い関心を示し、唯がイギリスやドイツで研究に使用していた研究所へも調査の人間を派遣していた。 それを知ってどうするつもりなのか。 唯に近付いて何を探ろうというのか。 それはまだわかっていないと言う。 唯はそこまでを聞くと表情を暗くした。 大河には話を聞いても、何が問題なのかが、さっぱりわからなかった。 クローン技術の進歩に特に問題があるとは思えない。 現に、すでに皮膚や血管といった部分的な培養は一般化され、手術にも利用されているのだ。 将来的には、特定された部分だけの遺伝子を組み替え、優良な臓器としてのクローン化に成功すれば、臓器提供者を待つ必要もなく、自分自身の細胞と遺伝子から培養された優良な臓器を移植することも可能になる。 それが実現しても、ヒトのクローンを生み出すよりずっと有意義で、モラルや神への冒涜を問われる必要もないはずである。 医学の画期的進歩であり、法的にも問題はないだろう。 むしろ、裏社会で臓器が売買され、その為に健康な一般市民が突然行方不明になるような悪魔的所業がおこなわれなくなって、平和にも貢献出来るはずである。 唯の才能を惜しんで、更なる研究を望んでいるのは、医学界だけではなかった。 各国の政界財界人からも強い要望があり、研究に支援したいという国家レベルの申し入れさえあって、研究依頼は今でも後を絶たないのである。 そのことにどうして警察が関わってくるのか。 拓磨でなくても、相手の出方を見て、その腹を探ってみたい、と思うだろう。 大河は拓磨がパーティーへの出席を認めた理由だけは理解した。 「わかった。俺もパーティーには出席しよう。」 拓磨の話が終わったので、大河がそう言った。 「チッ。こんなことなら玲奈と別れない方が良かったじゃねぇか。その方が相手の懐深くに潜入して腹を探れたんだ。」 そう言った拓磨に、唯が沈み込んだ様子で、 「利用する為に付き合うのは良くないよ。」 と、言う。 「相手が先に俺を利用しようとしたんだぜ?」 ―「彼女は単なるきっかけにすぎないのでしょう。・・ですが、策謀を張り巡らす者には必ず邪な動機があるものです。ミイラ取りがミイラになる可能性もありますし、君子危うきに近寄らず、です。・・・大河。君は医師であって、謀略家ではないのですから、専門外には手を出さないことです。」 「君子危うきに近寄らず、って言うなら、唯をパーティーに行かせるなよ。俺は相手が警察だろうと信用しちゃいねぇんだ。」 ―「それはそれは、頼もしいですね。」 拓磨がフッと笑みを浮かべた。 ―「私も本来なら、唯様がパーティーへ行かれるのは反対です。」 「だろ?」 大河が、どうだ、とばかりに唯を見た。 唯は黙ったまま答えなかった。 代わりに拓磨が、 ―「ですが、唯様が行かれたい、と仰られることを無理矢理お止めすることは、私には出来ません。」 と言った。 「マジかよ?」 ―「相手が犯罪組織や危険なグループであったなら、体を張ってでもお止め致しますが、今回は相手も社会的監視にある立場にあるのですから、早急な危険はないと思われますので。」 「パーティーには俺だけ行く、って手もあるぜ。」 ―「そうなればそうなったで、また相手は新たな手を考えるでしょう。」 「・・・確かに・・・それはあるな。」 大河は腕組みをして考える様子で頷いた。 ―「Rカンパニー及びR財団は警察関係とも懇意にしているのです。決して対立する関係ではありません。」 (秘密結社はどうなんだ?あらゆる犯罪の大元締めだろうが。) 大河は聞いてみたかったが、唯の前で聞けることではなかった。 ―「特に藤堂派を支援しているということもないのですが、私と弟との繋がりで藤堂氏とは唯様も御面識があります。」 「へぇ・・・」 大河が唯を見ると、唯は微かな笑みを浮かべて頷いた。 だが、その様子があまりにも元気がないので、拓磨の話を聞く前との違いが、大河の心にひっかかった。 ―「ですが、唯様に会いたいと思う政財界の方々の招待は、まだ学生の身分であるからと、全てお断りするのを前提としておりますので、多少強引な招待をする人達が出てきても不思議ではないでしょう。」 「それだったら、唯の研究とかは関係ないだろ?」 ―「そこがわからない点なのです。・・・唯様?・・・大丈夫ですか?」 唯の様子を拓磨も気にしているようだった。 膝に置いた自分の手を見ていた唯が、顔をあげて拓磨に視線を向けた。 何かを言い淀んで、視線が揺れる。 溜息とともに顔を覆った指先が微かに震えている。 「・・・唯?」 「唯様?」 傍聴の立場を取っていた冬馬が唯の側に歩み寄り、跪いて様子を伺う。 ―「やはり一度お戻り頂くべきでした。大河の為なのはわかっておりますが、無理をなされていらっしゃるのが心配です。いくらお願いしても聞いて下さらない。」 (拓磨さんの言うことも聞かないって?・・・そうだったのか・・・) 大河は、唯を、拓磨の言いなりだ、と責めた自分の軽はずみな言動を恥じた。 ―「大河。私は君の才能を認めても、君を対等な大人とは認めていない。大人ではないからこそ、君の傍若無人な言動や礼儀を弁えない態度を見ないようにしているのだ。・・・今以上、唯様を悩ませることのないよう、慎重な行動を心掛けるように。」 「・・・済みません。」 大河は項垂れて返事をした。 すると、唯が顔を上げ、 「拓磨さん。違うんだ。そうじゃない。大河は何も悪くないんだ。」 と、訴えた。 ―「唯様。・・・わかっています。」 拓磨はそう言って優しい眼差しを唯に送った。 ―「唯様の御気分が治られるまで、少し注意をしただけです。」 (チッ。そうかよ。) 大河は拓磨に顔を向けないようにして、心の中で舌打ちをした。 ―「唯様。忘れないでください。私は何があろうとも、どんなことであろうと、唯様の味方なのだということを。・・・どうしても、お辛くなられたらお戻りになって、静養なさるようお願い致します。」 「・・・うん。・・・ありがとう、拓磨さん。・・・ごめんなさい。」 唯はそう言うと、拓磨にじっと眼差しを送った。 拓磨もじっと唯を見つめて、一度ゆっくり瞬きをしてから頷いた。 唯と拓磨だけに通じる何かがあるようで、そこで取り交わされる言葉にならない会話に秘密めいた匂いがあった。 それから拓磨は唯に、無理だけはしないようにと言葉に出して注意をいくつかした後、冬馬にも充分ケアするようにといつもの台詞を言い、大河にも勝手な行動を慎むように言って、通信を終了させた。 唯は、少し休みたいからと、ルルとレイドのことを冬馬と大河に頼んで、部屋に行ってしまった。 そしてその夜は、冬馬が食事を促しても部屋から出てくることはなかった。 唯が抱えている悩みが何であるのか、大河の知らない何かがあるのだろう、と大河は初めて気付いた。 拓磨は承知しているから、あの言葉を言ったのだろう。 これほど一緒にいながらも、大河にとって唯は、まだまだ謎の多い存在だった。 |
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<23> 「ホームパーティー」 |
<23>「ホームパーティー」 パーティー当日。 唯は少し華やかなタキシードスーツを、大河は光沢のある黒のタキシードを着込んで出掛けた。 玲奈の家までは冬馬が車を運転して送ってくれた。 アルコール類が出される可能性は大きく、シャンパンくらいなら唯も付き合う気持ちがあったので、帰りが運転出来ない場合が考えられたからだったが、冬馬もパーティーが終わるまで近くで控えていたかったこともある。 ネットの住宅地図で玲奈の家の周辺を調べた時、玲奈の家から遠くない所に図書館があったので、そこに車を停めて待つことに決めたようだ。 出掛ける前、大河に拓磨から電話が入り、あれこれと注意を受けていたようで、車の中ではずっと不機嫌そうに顔をしかめていた。 玲奈の家は高級住宅街の一角にあって、大きな通りから住宅街のある通りに曲がる角には、警備の警察官が立っていた。 玲奈の家へ曲がる道角にも、玲奈の家の前にも、同じように警察官が警備していた。 「まるで道案内の標識だな。」 と、皮肉げに言った大河だったが、表情はおとなしく余所行きの顔を張り付けていた。 「唯様を招待した者として間違いがないように、との配慮でしょう。唯様はどの国でも最上級のVIPですから。」 冬馬はそう言って、車を玲奈の家の前に横付けした。 「時間がはっきりしてないし、帰る時は電話しますから、冬馬さんは心配しないで、好きに時間を潰していてください。」 そう言って唯が車から降りると、玲奈の家の玄関が開いて、玲奈が飛び出してきた。 幾重にもレースが重ねられた愛らしいパーティードレスに、唯は目を細めて笑みを向けた。 玲奈に続いて母親らしき女性もにこやかに迎えに出てきた。 冬馬は車の中から軽く会釈して、すぐに車を家の前から発進させた。 門が開けられ、招き入れられると、 「今日はお招き頂いてありがとうございます。」 と母親に挨拶した唯は、 「玲奈ちゃん、今日は一段と可愛いね。」 と、小さめにまとめたブーケを玲奈にプレゼントした。 続いて大河も堅苦しく挨拶をしてから、大きな果物籠を母親の方に渡した。 「まぁ、こんなに素敵な物を頂いて・・・ありがとうございます。」 母親は笑顔を微かに緊張させながら、唯達を家の中へと案内した。 玲奈は唯からプレゼントされたブーケの香りを楽しみながら、この前のように唯の腕を恋人のようにつかんで、 「こんな高い花を切り花にしちゃうなんてぇ・・・後でドライフラワーにしよぉ。ふふっ。」 と、頬を染めて嬉しそうに言った。 さすがにシルクフラワークラブに入っているだけあって、玲奈は小さなブーケが大きな花束よりも高価な物だとわかったらしい。 それでも、ブーケより気になるのが、やはり大河で、玲奈は花の香りを嗅ぐようにしてさり気なく後ろに視線を投げた。 大河は家の中を見回していたが、玲奈の視線に気付くと、一瞬躊躇った後軽く笑いかけた。 玲奈の顔がパァーッと明るくなり、頬がより赤みを増して、アップにした髪のうなじあたりまでピンク色に染まった。 拓磨から、「お前の不遜きわなりない感情は表に出さず、友好的態度を心掛けなさい。」と何度も注意されていた為の笑顔だったが、玲奈の反応を大河も可愛いと感じた。 案内された広いリビングには、唯達以外の客がもう揃って待っているところだった。 初めに、玲奈の父親が、 「ようこそお出で下さいました。このような狭苦しい所へご招待するのは申し訳ないと思ったのですが、どうかゆっくりとしていって下さい。」 と言って唯に握手をすると、名刺を出しながら簡単な自己紹介をした。 唯は受け取った名刺に目を通しながら頷いて、 「お招きありがとうございます。一塊の学生ですので名刺は用意してありません。今日、お伺いしたのも玲奈さんの友人としてですので、お気遣いないようお願い致します。」 と、答えた。 それから、 「友人が色々ご迷惑をおかけして申し訳なく思っております。ご心配なこととは思いますが、本人も反省しておりますので、私を含め、これからも親しい友人として、お嬢様と共に机を並べて勉学出来たらと思っております。」 と、静かな微笑みを湛えて、心に響く甘い声で言った。 その場にいた人達全てが息をするのも忘れるほどに、優しい光に包まれた唯に魅了されていた。 大河は唯の部下ではない。 が、一般的世間の目で見れば、大河は、やはり”唯の”関係者であり、”唯の”友人なのだ。 圧倒的権力を持つ父を持った御曹司である唯に、法的責任はなくても道義的責任を問うのが一般の心情だった。 それを知っているからこそ、唯は大河に代わって謝罪したのであり、大河を見下している訳ではなかった。 大河は自分の好き勝手な行動が、唯の社会的立場を悪くすることもあるのだと初めて自覚し、友人として側にいる責任の重さを感じずにはいられなかった。 玲奈の父親も弁護士をしているだけあって、その辺の事情は良く理解出来るようで、うんうん、と深く頷きながら唯の手を取り、 「いやぁ・・・お噂はかねがね耳にしておりましたが、実にご立派でいらっしゃる。・・ハハハッ。娘を持つと心配は絶えませんが、色々あるのが青春と思っております。大きな間違いのない限りは、これ無事、と思うようにしておりますので、どうぞお気になさらないよう願います。・・・御曹司のような方と学友になれて娘は幸せです。末娘でまだまだ甘え盛りの子供ですが、今後ともよろしくお願いします。」 と、敬服したような面持ちで言った。 「ありがとうございます。そう言って頂けて、今日の御馳走が美味しく頂けそうです。クスッ。お父上のご不興を買ったままでは、何も喉を通りそうもなかったものですから。」 唯は軽いジョークと笑いを混ぜて言うと、輝くような微笑みを浮かべた。 玲奈の父親はすっかり唯の信奉者にでもなったようで、唯の手を握ったまま、唯の顔を見つめていた。 大河が咳払いをして、 「どうも。ご迷惑をかけた友人ですが、よろしく。」 と、唯から手を引き剥がすようにして父親と握手し、簡単に挨拶を済ませた。 すっかり気を良くした玲奈の父親は上気した顔で、家族と他の招待客達を、唯と大河に紹介した。 玲奈の姉の玲子(24)、兄の玲司(22)。 玲奈の父の姉である香坂夫人、香坂氏(53)、その一人娘の節子(23)。 香坂の上司の本庄(50)。 副警視総監大宮の側近である九条(30)。 手伝いも兼ねた弁護士事務所の女性事務員が二人。 これが、唯と大河を含めて総計14名の顔ぶれだった。 紹介が終わったところでシャンパンが数本開けられて、客達に振る舞われた。 ワインも用意されていて、料理は立食形式にしてあった。 広いリビングの大きなテーブルには料理が盛り沢山に用意され、ゆったりとしたソファーは少しズラして奥へ置かれてある。 唯は玲奈の父親に誘われるままに、ソファーの方で男性客達と話し始めていた。 大河は、玲奈や姉の玲子、従姉妹の節子といった女性陣に囲まれていた。 自然の流れでそうなってしまったのだが、唯から引き離される形になった大河は、これも計算された行動なのだろうかと、無邪気な笑顔で甘えるように見上げる玲奈を、愛想笑いを口元に張り付けて見ていた。 唯達がどんな会話をしているのか、耳をそばだてて聞こうとするのだが、女同士のおしゃべりにかき消されてしまう。 時々沸き起こる男達の笑い声が、大河の意識の中で遠く聞こえる。 (俺の方がガキってことか。) 社会的立場を認識し、それに見合った言動が出来る者を、大人達は自分達の仲間、つまり大人と認めるようだ。 自我が勝ち、周囲への迷惑や他人の不快感を自覚出来ない内は、子供ということか。 その点から見れば、確かに自分は唯よりも子供なのだろう、と大河は思った。 昔、拓磨や冬馬から「大人になれ。」と言われた意味が、今ならわかる。 だが、 (子供は子供でいいじゃねぇか!) と、大河は唯を見ているとつくづく思ってしまうのだ。 大河の知る限り、小さい頃から唯が子供らしい子供だったことはなかった。 (あのガチガチの殻を割って、本当は弱く頼りない、幼いままの唯を抱き締めてやりたい。) 唯に向ける、男達の熱を持った眼差しを腹立たしく思いながらも顔には出さず、大河は女性達の会話に相槌を入れてやっていた。 「ちょっと失礼します。」 と、唯が席を立って、男達の間を抜けて大河の所にきた。 「何一人でモテてるんだ?」 唯は女性達に優雅に微笑みかけてから、大河を冗談まじりに軽く睨んだ。 「俺は堅苦しい話より、美しい女性方との談笑が好きでね。」 大河は、 (モテてねぇよ!お前から隔離されてんだろうが!) と、思いつつも、にこやかに答えた。 「俺も世間話は苦手なんだぞ。何しろ、世間知らずでいったらお前の上をいくからな。ははは。お前に会話のサポートをして貰わないと、わからないことばかりだ。」 唯は特に小声で囁くのでもなく、男性陣に聞こえても構わない程度の控え目な声で言ってから、大袈裟に肩をすくめてみせた。 (あ・・・そうか。唯も俺が取り残されてるのを感じて・・・) 「パーティーで世間話が出来なかたら、後は女性を口説くしかないな。」 大河も唯の気持ちがわかったので、冗談を返して笑った。 口説くと聞いて、女性達の目の輝きが変わった。 「唯さんは彼女とか、いらっしゃらないの?」 節子が頬を染めて聞く。 「唯は理想が高いんですよ。」 大河が唯の代わりに答える。 「まぁ。・・唯さんの理想と思う女性ってどんな方なのかしら?」 玲子が興味深そうに聞いてくる。 「キュリー夫人のように共に研究に打ち込める楊貴妃の美貌を持った大和撫子・・・かな。」 今度も大河が代弁する。 これにはさすがの女性陣も唖然とした。 「あははは。勝手なことを言うなよ。」 大河の肩に手をかけて、唯が可笑しそうに笑い出したので、冗談なのだと気付いた女性達も一緒に笑い出した。 大河もとぼけた表情で笑いを零していたが、 (俺の理想かもな。・・・唯はピッタリはまるだろ?) と、肩に触れる唯の指に問いかけた。 「本当の所は答えて頂けないの?」 弁護士の娘らしく、玲子は真実を追究したいらしい。 「そうですねぇ・・・黒くしなやかな体に鋭い牙、獰猛でありながら繊細、狂暴であっても優しい・・・そんな恋人がいいかなぁ。クスッ。」 「それって唯君の飼ってるドーベルマンじゃない。」 玲奈が頬を膨らませた。 「・・かもね。」 唯が謎めいた笑みを浮かべてウィンクしたので、 「君達。あまり年上の女性をからかうものじゃなくてよ。」 と、玲子が指先で唯と大河を交互に指しながら、眉をひそめて言った。 ただ、本気で怒ってる訳ではないのは、すぐに見せた笑顔でわかる。 唯と大河は顔を見合わせて、 「失礼しました。」 と、同時に頭を下げた。 もちろん、これも半分は冗談のような軽いノリで、玲子もそれに応えるように、 「よろしい。」 と、腰に手をあてて頷いてみせた。 そこでまた笑いが起こる。 唯が参加したことで、その一角は華やいだ明るさに包まれていた。 逆に取り残された雰囲気の男性陣は、ダイニングテーブルの周りを取り囲んで、料理を食べ始めていた。 九条も一度テーブルに向かったが、ふと立ち止まり、唯達の方に近付いてきた。 「若い男性はモテて羨ましいですね。」 九条はビシッと背筋を伸ばした姿勢を崩すことなく、それでも穏やかな笑顔で話しかけてきた。 「九条さんもまだ若くていらっしゃるのに・・」 節子は恥じらいだ流し目で九条を見つめた。 「それに、とっても素敵でらしてよ。」 玲子も頬を染めて言った。 二人の女性の態度から、九条が独身だとわかる。 副警視総監の側近、若くして警視庁の幹部となった九条の妻になれたら、二人にとっては玉の輿だろう。 まだまだ結婚には遠く、しかも到底手の届かない唯より、現実味のある夢に違いない。 玲子も節子も急に女らしい仕草になった。 「どうも。」 九条は二人の女性に軽く会釈してから、唯に向かって、 「女性との会話を楽しむのもよろしいが、せっかくの料理も堪能しなければ、用意したホストに失礼でしょう。」 と言って、さり気なく唯の肩に手をかけ、 「さぁ・・・あちらへ。」 と、テーブルへと促した。 「あ・・はい。」 唯は素直に返事をすると、 「大河も行こう。」 と、九条に肩を抱かれたまま視線を向けた。 (こぉ〜のぉ〜野郎ぉぉぉ・・・) 大河は奥歯を噛みしめて九条の背中を一瞬睨み付けたが、 「ああ、そうだな。」 と、軽く答えた。 料理を食べながらの会話には大河も参加した。 唯は大河が側にいると安心するらしく、ホッとしたように聞き役にまわっていた。 男性陣も初めは大柄な大河に圧迫感を覚えていたようだったが、思いの外社交的で会話上手なので、次第に気兼ねなく話すようになっていた。 大河もなるべく丁寧な言葉を使って、当たり障りなく快活に話していた。 唯が言ってたように、男達の会話は普通の世間話が多く、学者肌の唯には儀礼的にしか受け答え出来ないのも無理なかった。 大河の面目躍如といったところだが、友好的な笑顔を絶やさないようにしつつも、九条が何かと唯の肩に手を回すので、内心は腹立たしくてたまらなかった。 料理がかなり客達の胃に収まった頃、母親がデザートの用意をするからと事務員二人とキッチンの方へ行った。 そして玲奈が、大河の腕を取り、 「ねぇ、大河ぁ。見せたい物があるからぁ、玲奈のお部屋に来てぇ。」 と誘った。 唯の側から離れたくなかった大河だったが、玲奈はずっと「ねぇ、ねぇ。」と甘えてくる。 父親の目の前でこれをされ続けられるのもたまらなかった。 調度、玲子と節子でピアノとヴァイオリンの演奏を始めたので、演奏中くらいなら大丈夫か、と思い、玲奈の部屋に行くことにした。 玲奈の部屋は玲奈らしく白とピンクを基調とした可愛い部屋だった。 「見せたい物って何だよ?」 大河は玲奈のベッドに座って、肩が凝ったように首を回した。 「うん。」 玲奈は嬉しそうに笑って、棚からアルバムを取り、大河に並んで座った。 「はい。玲奈のアルバムゥー。」 大河はさして興味もなく、やれやれ、とアルバムを受け取って中の写真を見始めた。 「本当はもっといっぱいあるんだけどぉ、これにはお気に入りとか記念の写真を選んで集めてあるの。うふっ。」 玲奈はそう言って、自分ものぞき込みながら写真の説明を始めた。 初めは興味がなかった大河も、自分とは無縁の家族の絆を感じさせられる光景に、次第に丁寧に眺めだしていた。 幼い頃から郡を抜いた才能を見せていた大河は、小学校も優秀な子供ばかりが集められた全寮制の学校だったので、家族で取った写真は数える程しかなかった。 年代ごとに記念日や旅行や発表会等の写真が続くのを見ていると、普通に愛され普通に育ってきた一人の少女が鮮明に蘇る。 (玲奈に罪はないのかも知れない。) ”唯の”友人である大河に、故意に近付いた行為が消える訳ではないが、一番の甘えっ子が家族の為にと少しだけ頑張ってみたのだと思うと、敵意も薄らいでくる。 (バカな奴。俺を利用するなら初めから終わりまでそう徹すればいいのに。本気で惚れてどうなるってゆーんだ?) 大河は写真を指さして説明している玲奈の華奢な首筋を見て、ふと哀れな感情が沸いた。 と、玲奈が大河の顔を見上げた。 あどけない顔でじっと見つめる。 「大河ぁ・・・」 物欲しげな眼差しが潤んでくる。 (チッ。しょーがねぇなぁ。) 大河はそっと玲奈を抱き寄せ、キスをしてやった。 玲奈は泣きそうに鼻を啜りあげ、大河の首に腕を回してくる。 「バカ。泣くなよ。」 「・・うん。」 玲奈は何度も自分から唇を重ねて切なそうに鼻を鳴らした。 甘いキスが続く中、下から聞こえていた演奏が途切れ、拍手が起こった。 (そろそろ下へ戻ろう。) 大河は、夢中で舌を絡めてくる玲奈を落ち着かせなければ、と少しずつキスをセーブしながら、首に巻き付いた腕を解こうと宥めるように撫でた。 その時、窓の下の方から話し声が聞こえてきた。 大河はベッドから立ち上がり、玲奈の部屋の窓辺に立って下を覗いた。 花が咲き乱れるプランターが手摺りに置かれていて手前の方は見えなかったが、身長のある大河だけにかなり庭を見渡すことが出来た。 「見事な花ですね。ご自分で手入れなされるのですか?」 唯が感心して誉めながら、花の側に寄って観察を始める。 玲奈の母親は家の中から何か返事をしたらしい。 振り返って微笑みながら頷く唯は咲き誇る花より美しく見えた。 実際、唯はどんな花よりも甘美な香りがする。 ともにシャワーを浴びても消えることがない不思議な魅惑の香りだった。 大河は外から見られないように、壁を背にカーテンに隠れるように様子を見ていた。 と、玲奈が大河のズボンの前を開け出した。 「あ・・・おい・・・」 大河が小声で止めようとしたが、玲奈とのキスで硬直し、更に唯の肌の匂いを思い出して、天を突くばかりに勃起してしまっていた大河の男根は、自分から頭を覗かせ飛び出してきてしまった。 膝で立った玲奈が手を添えて思い切りくわえる。 ドクンと脈打って、逞しい肉棒が気持ち良さげに反応する。 「・・・玲奈・・・ドレスにかけるなよ。」 大河は観念して、囁くように言った。 上半身は庭の様子を眺め、下半身は愛欲を貪る。 フェラチオのテクニックと大胆さでは玲奈が一番だった。 遊び慣れたお嬢様くらいに思っていた大河は、玲奈が誠実で暖かい家庭に育った普通の少女だったことに、少なからず驚いていた。 しかもあどけない表情はとても歳には見えないのに、ジュプッジュプッと音を立てて夢中でしゃぶる姿は娼婦のようだ。 「あぁ・・・」 声は押さえていても、押さえきれない熱い吐息が漏れる。 「あの樹木はタイから取り寄せたものなんです。」 玲奈の父親もガーデニングが好きなようで、得意げに植木を自慢している。 (お人好しの父上殿。植木自慢などしてていいんですか?可愛いお嬢様は”ご迷惑をかけた友人”のチンチンを、今あなたの頭上でしゃぶってますよ。) 大河は口の端に皮肉っぽい笑みを浮かべて、薄くなった後頭部を見下ろしていた。 親の心、子知らず。 子の性欲、親知らず。 玲奈は嬉しそうに頬を上気させ、勢い良く首を振っている。 時々口から出して舐め回しながら、うっとりと頬ずりをし、根元から裏筋を通り先端まで顔中ヨダレまみれになって奉仕する。 袋の裏側まで顔を股間に埋めてしゃぶり舐め回し、両手を巧みに使って大河をマックスへと誘う。 大河の息も乱れ始め、腰が微妙に回転する。 人の良さそうな父親が振り返った時、思わず気付かれたかとドキッとした。 だが、気付いたのではなく、家の中から呼ばれたらしい。 父親の姿が見えなくなって、大河はハァァッと溜息を吐いた。 「そろそろ出すぜ。」 と、大河が言うと、 「うん。」 と、上目遣いに返事をした玲奈が、思いきり大きく口を開け奥までくわえこみ、忙しく首を振り始めた。 大河が意識を股間に集中して、うっすらと目を細めた時、ギクッと目を見開いた。 家に入った父親の代わりのように、九条が庭に出て唯に近付いたのだ。 (あの野郎ぉぉぉー!!) 大河のはらわたがフツフツと煮えてくる。 案の定、九条は唯の背中をなぞっていきながら肩に手を置き、しかもその手で唯の肩から腕を撫で回す。 何を話しているのか、顔を近付けては耳元に囁きかけ、そのまま唯の顔をじっと見つめるのだ。 (あいつ・・・絶対ぇゲイだぜ。) 大河は、早く下に戻らなければ、と玲奈の頭を両手で押さえ、腰を動かしてマックスまで登り詰めた。 「うっ・・・くっ・・・ぅぅっ・・・はぁぁ・・・」 洩れそうになる声を堪えて、玲奈の口の中に思い切り射精する。 玲奈が搾りあげながら、最後の一滴まで吸い尽くす。 「よしよし。いい子だ。」 大河は玲奈の頭を撫でてやってから、急いで服装を整えた。 「玲奈。お前はちゃんと化粧直して、何でもない顔で降りて来いよ。」 「・・・うん。」 玲奈はまだ物足りないと言いたそうに指をくわえていたが、素直に頷いた。 「後で抱いてやるから。」 大河は玲奈の額にキスをしてやり、先に部屋を出て下に戻っていった。 広いリビングは大きなガラスの掃き出しになっていて、夫婦自慢の庭を見渡せるようになっている。 爽やかな風が漂ってくる。 ガラス戸を開けて、そこから庭に出たようだ。 「あら、大河さん。随分ごゆっくりだったのね。玲奈の見せたい物って何でしたの?」 姉の玲子が、戻った大河を斜に視線を投げて言った。 「幼い頃からの思い出の写真ですよ。ひとつひとつに解説して貰ったので、つい時間を忘れてしまいました。」 大河は玲子だけでなく、客達にも聞こえるように言って、遅くなった言い訳にした。 「玲奈ったらまたぁ?・・・ちょっと可愛いからってすぐ写真を見せたがるんだから。」 姉は呆れたように言った。 多少玲奈の方が美人なのを常々面白くなく思っているのかも知れない。 写真ではわからない現実がそこにあった。 大河は苦笑しながら、 「でも、幸せそうな健全なご家族の様子を垣間見ることが出来ました。」 と言って話を切り上げ、開いている戸口に進んだ。 庭にいた唯は大河の声に振り返って笑いかけている。 大河も唯に笑顔を向け、 「何しているんだ?」 とさり気なく聞いた。 二階から見えていたことだが、九条への腹立たしさは、取り敢えず精液とともに玲奈の口に吐き出してやった。 だが、九条はまだ唯の肩に手をかけている。 「庭を見せて貰ってたんだよ。」 そう言って微笑む唯に、 「部屋へ戻ろうか?」 と、九条がまるで恋人に囁くような甘い声で言う。 (てめぇのもんじゃねぇだろぉぉぉ!!) 大河の頬が痙攣しそうになり、 「何か美味しそうなデザートがあるから、頂こうかな。」 と言って背中を向けた。 大河が腹立ち紛れに色々取って食べている所に、化粧を直した玲奈が戻ってきた。 少し上気した顔だったが、その場にいた全員が唯の美貌に煽られて上気していたので、特に目立つほどでもなかった。 ただ玲奈は確実に、戻ってから大河に甘えているのがわかった。 部屋に戻ってきた唯の側には九条が張り付いている。 しかもソファーにいた本庄が声をかけると、唯の手を握って連れていくのだ。 唯が振り返って、 「大河も来いよ。」 と呼ぶので、料理を頬張りながら頷いた大河は、パーティーが終わるまで堪忍袋の緒がもってくれることを祈りつつ、笑顔を張り付けるのだった。 |
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<24> 「続・パーティー」 |
<24>「続・パーティー」 女性陣7名はダイニングテーブルの上を少し整理して座れるようにした後、紅茶を入れてくつろいでいる。 男性陣7名はソファーで、思い思いの飲み物を手に、話の華を咲かせていた。 玲奈の父親はホストとして常に気配りをしていた。 義兄である香坂やその上司の本庄に極上のブランディーを振る舞い、ワインがいいと言う九条にはとっておきのワインを注ぎ、唯や大河にも勧めてきた。 唯は、 「いえ、紅茶を頂きましたので、これで充分です。シャンパンにはお付き合いさせて頂きましたが、実は未成年なので、警察の皆様に補導されないかと内心ビクビクしていました。」 と、冗談っぽく言って笑みを浮かべた。 「ハハハッ。では、優秀な弁護士をつけなければいけないですかな?身内だからと言う訳ではないが、義弟は名弁護士としての評判が高いのですよ。・・ま、何かの時には思い出してください。」 香坂は機嫌良く言った。 「義兄殿。未成年の飲酒は勧める大人にも責任が問われるのですよ。・・・申し訳ありません、御曹司。あまりにもしっかりされておられるので、年齢にまで思いが行き届かず、面目次第もありません。」 玲奈の父親は心から済まなそうな顔をした。 「まあまあ、堅苦しいことは抜きにしようじゃないか。内々のパーティーでの多少の飲酒に目くじらを立てたりはしませんよ。そんなことをしてたら、正月のお屠蘇を飲んだ子供を補導するのに、元旦から奔走しなければならなくなる。ハッハッハッ。」 本庄が豪快に笑った。 「何もかもを法のままに実行していたら、世の中の全てが滞って堪らないですしね。」 九条が片頬で不敵な笑みを洩らした。 「本音を言ってしまえばそうなるが、・・・いやいや、九条殿は大胆ですなぁ。ハッハッハッ。」 本庄が気まずそうな顔をしたが、笑いで誤魔化した。 九条は年上の本庄でも気を使う相手のようだ。 「九条殿は大局で物を御覧になられる方ですからねぇ。」 香坂ともなると、揉み手をして機嫌を取るのに必死といった感さえある。 玲奈の父は義兄の香坂の手前にこやかにしていたが、彼等のそうした話題には参加したくないように見えた。 玲奈の兄の玲司は緊張した面持ちで終始聞き役に徹していた。 来年からは警視庁勤務になるらしいが、そこの幹部といったら何階級も上なのだから、迂闊に話せないのも当然だろう。 大河は唯と同じ紅茶をゆっくり飲みながら、人間関係をそれとなく観察していた。 「ところで、唯殿は何故学生をされておられるのですかな?」 本庄が瞳の奥を光らせて聞いた。 「まだ学ぶべきことがあると思ったからです。」 唯は柔らかい微笑みで答えた。 「ほう・・・」 本庄は一瞬見取れてしまい言葉が途切れたが、 「・・いや、しかし・・・あなたの才能を埋もれさせてしまうのは国家の損失ではないですか?・・・案外、どこかで密かに研究を押し進めておられるとか・・・ハッハッハッ。いや、これは冗談ですが。」 と、探るような言葉を冗談に紛らせて投げかけた。 大河の奥歯がギリッと鳴った。 唯は微笑みを崩さないまま、 「学生の片手間に出来る研究ではありませんので、今は何も研究の類には携わっておりません。・・・研究も成果だけを積み重ねて押し進めるというものではなく、人が夢や希望を持って進めるものなので、心が未熟では研究そのものも進みません。・・・期待して下さる方々には申し訳ないのですが、今は充電期と思っております。」 と、真摯な姿勢で答えた。 「ふーむ・・・そんなものですかな・・・?」 本庄は腕組みをして、値踏みするように唯を眺めた。 「そう、教えてくれたのが、大河なんです。あはっ。実はかなり研究に行き詰まってましたので。」 唯は無邪気に見える明るい笑顔で言った。 「・・・ほう・・・」 本庄は今度は大河をじろじろ観察し始めた。 酒量が多くなったせいか、これまでの様子見から本性を出し始めたようだった。 世間話から唯の研究へと話題が移り、唯は答えられる範囲で誠実に答えを返していた。 次第に話が専門的用語を多用する学術的論調になると、ほとんどの者が狐に摘まれたような顔で、感心したように頷くばかりだった。 「いやいやいや・・・よくわかりました。・・いや・・聞いても良くわからないことばかりですが・・・ハッハッハッハッ。」 本庄は唯がここまで話してくれるとは思っていなかったようで、探りを入れていた顔が苦笑いに変わっていた。 「そんなに詳しく話してもいいのですか?」 玲奈の父が弁護士らしく、心配して言った。 「研究を独占するつもりはありません。特許を取るのは不正な乱用を避ける為で、他のもっと優れた方々が研究を先に進められるなら、その方がいいでしょう?研究の全責任が私達の肩にかかってくるのでは、夜も眠れなくなります。医学は日進月歩です。私達でなくても、いえ、私達以上に研究の成果をあげられる方々は世界中に存在してます。自分達の知識が役に立てるのなら、どんなことでも協力は惜しみません。」 「なるほどぉ・・・」 玲奈の父は目を細めて、頷いた。 「ですが・・・私達の研究が高い成果を上げられたのも、大河の優れた技術あってなので、彼を欠かしての研究は有り得ません。そこが、理論だけでは成功しない理由でしょう。」 「ほぉ・・そうでしたか。」 彼は更に大きく頷いた。 「おいおい。あまり俺を誇大広告するなよ。」 大河が唯に向かって言った。 「え?・・だって本当のことだし・・」 唯は大河ににっこり笑った。 「あまり過大評価されて、誘拐されたりしたらかないません。・・・唯だけでも、みんな心配が絶えないのに。」 大河は他の大人達に対して苦笑を洩らすように言った。 「普段の警備はどのようなことをされてるのです?」 ほとんど聞き役にまわっていた九条が、唯の手を取り、足を組んだ自分の膝の上で両手で包むように握った。 「・・さぁ・・・何だろ?」 唯は首を傾げてから、大河に質問のバトンタッチをするように視線を向けた。 (お前、ちょっとは嫌がれよ。) 大河は少し目を眇めて唯を見てから、 「特に目立った警護はしてません。ですが、大学のキャンパス内は大学側で注意しているでしょうし、マンションも防犯性の高い所を選んであるようです。部屋には優秀な番犬もいますので、日常的には問題はないと思います。」 と、答えた。 九条は、おやおや、とばかりに首を振り、溜息をついた。 「凶悪な誘拐グループにかかったら、赤子の手を捻るようなものですね。」 「そうかも知れません。」 大河は素直に同意した。 (てめぇ等の策にも嵌っちまったしな。) 「唯さん。・・・あなたのことが、心配でたまらない。」 九条が握っている唯の手を撫でながら、唯の顔を舐めるように見つめた。 唯は穏やかな微笑みを返し、 「大丈夫です。万が一の時でも発信器をつけていますから、すぐに見つけて貰えるでしょう。クスッ。迷子になった時でも。」 と、言った。 「発信器・・・」 九条はちょっと眉をひそめると、ポケットに手を伸ばして何かの機械を取りだした。 煙草の箱程度の大きさのものでアンテナが付いている。 唯が不思議そうに覗き込んでいると、九条がアンテナを伸ばしてスイッチを入れた。 「何をする気だ?!」 大河が思わず立ち上がって声をあげた。 「いいって、大河。面白そうだから見てよう。」 唯が大河に笑ってウィンクする。 大河は瞬間的に我を忘れてしまったことに気付き、ソファーに座り直した。 九条はアンテナで唯を上から下までなぞっていき、 「・・足ですね?」 と言って、アンテナをたたみ、またポケットに戻した。 「見せて頂けませんか?」 「は?」 「発信器をです。」 「え・・・でも・・・足ですから、この場では失礼でしょう?」 唯が恥ずかしそうに頬を赤くした。 「唯殿、私達なら構いませんよ。」 本庄が九条を後押しする。 「え・・・あははっ。何だか照れますね。」 「唯さん。あなたを心配して言っているのです。」 九条がまた唯の手を握る。 「今の機械は発信装置を感知するものです。職業柄、会話を傍受されないように、常に携帯しています。携帯用に開発させた物ですが、この手の物なら簡単に誰でも手に入りますよ。あなたのつけている発信器など、すぐに発見されてしまうでしょう。」 「はぁ・・・そうなんですか・・・」 唯は納得して頷いた。 「見せてくれますね?」 九条に重ねて言われ、唯は、 「あ・・・はい。」 と、片足をソファーにあげ、膝を抱えるようにして靴下を脱ぎ始めた。 「私が脱がせてあげよう。」 甘い囁きとともに、九条が唯の足を自分の膝の上に引き寄せた。 「え・・・」 唯は耳まで赤くなって戸惑いながらも、九条のするままに任せた。 九条の膝の上で、唯の足が剥き出しにされる。 ゴクリ、と唾を飲む音は、誰なのか。 あるいは自分かも知れない、とその場の者全員が思っていた。 透き通るように繊細な白い肌をした、華奢な造りの足だった。 指先と踵だけがほんのり色付いて妙に艶めかしい。 全体に長めの足の指は細く、爪は透明に輝いている。 その人差し指の付け根にプラチナの指輪がはめてあった。 九条は愛おしそうに足全体を撫で回してから、指輪のはまっている指を摘んだ。 唯はくすぐったそうに肩をすぼめる。 「けっこう細めに出来てますね。」 九条は指輪を回して確認しながら言う。 「外せればいいが・・・」 九条が指輪を抜こうと試すと、指先の少し丸みのある部分でひっかかった。 「あれ?・・・外せるはずだけど・・・?」 唯が小首を傾げる。 「無理をして肌を傷めたくないな。」 九条はまた、甘く囁いた。 そして、男性陣だけでなく、女性陣も呆然となる行動に出た。 九条は、唯の足を軽く上げると、その指を口にくわえてしまったのだ。 唯が焦って足を引こうとしたが、思ったより九条の力は強く引き戻せなかった。 大河は今にも爆発寸前で、ワナワナワナと体が震えていた。 さっき唯に宥められたことと、出掛ける前の拓磨の厳重注意がなければ、とっくに殴り倒していただろう。 (もう、我慢の限界だぜ!) 大河が握り拳を作った時、九条が唯の足から口を離した。 唾液に濡れた指にはプラチナの指輪はなかった。 フッと笑みをこぼした九条の歯にそっと挟まれていたのだ。 九条は指で摘んで掌に取ると、 「オイルかローションをつけてはめたのでしょう?」 と、唯の前に差し出した。 「・・・あ・・・そうかも。」 唯は指輪を受取り、頷いた。 「発信器は迷子の時には便利でしょうが、プロの誘拐グループには通用しません。耳に発信器付きピアスをつけていた子は耳を削がれました。」 「え?!」 唯だけでなく、大河もギクリとした。 「手首にはめていて、手首を切り落とされてしまった人もいます。体内に埋めてあれば、ナイフで抉って取りだします。・・足の指も切り落とされかねません。・・・つけることに反対はしませんが、もっと取り外しのしやすいようにしておくべきでしょう。」 九条はそう言って唯の足の指にキスをした。 「あ・・わかりました。ご忠告、ありがとうございます。これからは気をつけるようにします。」 唯は足を持たれた格好で頭を下げた。 それから、足を九条の膝から降ろそうと引くと、 「靴下を・・・ね?」 と、九条は恋人を言い聞かせるように言って、ゆっくりと唯の足に脱がせてやった靴下を履かせ始めた。 「しかし・・・風磨殿はそんなアドバイスもしてはくれないのだろうか。」 九条はもったいをつけて、少しずつ靴下を履かせながら呟くように言った。 「いえ。あの・・そうした話は私自身は受けませんが・・・あの・・・きっと私が最近太ったせいかも・・・」 唯は四苦八苦に言い訳した。 「ほう?この華奢な体の何処が太ったと?」 九条はクスクス笑みをこぼす。 「だから、足の指とか・・・って、いうか、そんなに華奢じゃないです。」 唯は大河ほどの筋肉はなかったものの、華奢とは言われたくなかった。 「では・・・今度ゆっくり、見せて貰いたいな。・・ん?」 九条は靴下を履かせ終えると、グッと顔を近付けてきた。 「スポーツセンターなら泳いで・・フガッ・・」 大河が唯の口を掌で覆った。 「唯。そろそろ失礼しよう。長居をしすぎたようだ。」 大河は唯の口を押さえたまま、もう一方の手で腕をつかんでソファーから立ち上がった。 (これ以上、こんな所にいられるか!) 唯がわかったから、と言うように頷いたので、手を離してやった。 九条も立ち上がると、唯の手を握り、 「残念ですが、私共もそろそろ失礼する時間でした。また、お会いしたいものです。」 と、言って、唯の手を口に押し当てた。 大河が冬馬に連絡を入れる間、九条はずっとそうやって唯の手の甲や指先にキスを繰り返していた。 その様子はさすがに、恋心をときめかせていた玲子と節子を失望させたようだった。 が、男性陣は玲奈の父以外、特に驚くこともなく、熱っぽく潤んだ目で眺めていた。 電話を終えた大河が唯を促して、いとまの挨拶を一人一人に精一杯の愛想笑いを張り付けてしている所へ、冬馬の運転する車が玄関に到着した。 送りがてら玲奈が、 「ねぇ、大河ぁ。後っていつぅ?」 と、甘える眼差しで言った。 「後は後だって。電話するから。」 「ホント?・・今日?」 「今日は無理だけど・・・近い内にな。」 「うん。」 玲奈は大河の手を握って、上目遣いに瞬きをする。 大河は玲奈の頬にキスをしてやって、 「じゃぁな。」 と、車に乗り込んだ。 車が走り出して玲奈の家から離れていくに従って、徐々に大河の表情が険しくなっていった。 大通りの流れに乗った時、 「どうかしたのか?」 と、冬馬が聞いた。 大河がスゥッと息を吸ったのに気付いた唯が両手で耳を塞ぐ。 次の瞬間、 「唯の・・バカヤロォォォォーーーーーーー!!」 と、絶叫した。 ハンドルを握っていた冬馬が思い切り顔をしかめた。 「・・・な・・何なんだ?」 「九条って野郎が唯にベタベタベタベタ、触りまくりやがったんだ。」 「ああ・・・なるほど。」 「なるほど、って・・・知ってたのか?」 「いや。・・・噂だから・・・ハハッ・・・」 「おかしな噂があるなら唯を行かせるなよ!」 「・・・そうは言ってもなぁ、今日のパーティーに九条まで来るとは知らなかったし、ある程度は我慢しなけりゃ、相手の本性だって見えないだろう?」 「我慢ったって限度があるぜ!」 「まあなぁ。・・・そんなヒドイことをしたのか?」 冬馬が気がかりな様子で唯を見たが、唯は特に怒るでもなく普通にしていたので、 「唯様が気にされないなら、ひとまずは無事に感謝しよう。」 と言った。 「何が無事なもんか!唯ときたら、足の指を舐められてんのに、嫌がりもしないんだぜ?」 冬馬もそれには眉をひそめて、 「うーむ。・・・それはちょっとヒドイな。」 と、呻った。 唯は苦笑して、そうなった経緯を説明した。 そして、 「足の指の指輪が外れなかったから、仕方なくしたことだよ。」 と、何でもないように言った。 唯があまりにもケロッとしていることが、大河には余計腹立たしかった。 「本当に抜けないのか、お前だって確認した訳じゃないだろ?単にあいつが唯の足を舐めたかっただけかも知れないだろうが!」 「そんなぁ・・・わざわざ、足を舐めたい人なんていないだろう?」 唯がそう言った時、大河も冬馬も、唯の足なら舐めたいだろうな、と思っていた。 「そーゆー奴もいるさ。」 「まぁ、いいじゃない。お酒飲んでたこともあるし、大目に見ようよ。お酒飲むといつもより大胆になるみたいだしさ。」 大河はギクッとした。 (唯は俺が唯にした行為も、酒のせいだって思っているんだったな。ってことは・・・あいつに甘かったのも、俺のせいか?!) 「何でも酒を飲んでるからって許していい訳ねぇだろ!まして、あいつは敵なんだぞ!」 大河に怒鳴られ、唯はシュンとする。 「だって・・・俺には酔う感覚がわかんないんだもん。あんまりそっけなくしてると、変に思われるかな、って・・・」 「だったら唯は、あいつが抱き締めてキスしても許すのか?」 「そこまでしてないだろ?・・・足のことだって、咄嗟のことでどうすることも出来なかったんだ。足を引こうとしても、掴まれててビクともしなかったんだよ。」 「・・・そんなに強く掴んでたのか?」 「ああ。軽く持ってるように見えただろうけどね。」 「あの野郎・・・」 大河が舌打ちをして、ドッとシートに体を投げ出した。 「とにかく、戻ったら今日のことを拓磨さんに報告しましょう。」 冬馬も表情を強ばらせていた。 「・・・うん。」 唯はみんなから責められているようで、うつむいて頷いた。 |
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<25> 「学友」 |
<25>「学友」 ―「唯様。大変な思いをなさってご苦労様でした。私がもっと強く反対していれば、唯様にこのように辛い思いをおかけしないで済みましたものを、申し訳ありません。」 報告を受けた拓磨が言った。 慈しむような眼差しが大画面に映し出されている。 (チェッ。自分ばっかいいとこ持っていきやがって。誰かが唯を怒ってやらなかったら、相手に利用されるだけだろうが!) 大河は、怒りをぶつけるように今日のことを報告した興奮が冷めないまま、拓磨を睨んでいた。 ―「それと、発信器は誘拐された時用の物ではありません。唯様の所在を確認して、常に警護の者を周囲に忍ばせる為です。」 「えー・・・そうだったの?」 ―「はい。ただ、それを申し上げますと、周囲からの視線を気にされるだろうと伏せておりました。」 「じゃぁ・・・よく視線を感じるのはそのせい?」 ―「いえいえ。クスッ。・・・唯様のお姿に魅了される者がほとんどでしょう。ですから余計に、ご存知ない方が意識されずに日々を過ごして頂けるかと思い、お話せずにいました。」 「そっか。・・・ふーん・・・」 ―「お話してなくて良かったかも知れませんね。彼等はそのことに気付いてない訳ですから。」 「・・・ごめんなさい。話せることはなるべく話して相手の気が済めば、今後の干渉もなくなるんじゃないかと思ったんだけど・・・風磨さんのことまで、悪く言われてしまって・・・」 ―「ご心配なく。弟は九条の嫌味は聞き慣れているようです。」 拓磨が苦笑してみせた。 ―「ですが、彼等の目的は唯様の動向調査ではなく、唯様ご自身ではないかと思われます。」 「だろぉ?」 ―「大河は黙ってなさい。九条など、所詮は使い走り。多少悪どい所業が危険な存在ですが、だからこそあの地位まで昇ったとも言えます。」 大河は、わかりましたよ、とばかりに手を広げて肩をすくめた。 「警察の人なのに悪どいの?」 唯が不思議そうな顔をした。 ―「むしろ、あらゆる組織のトップに立っている方々で、悪どくない者はいない、とも言えますが。」 「・・・・・ダディも?」 唯が目を瞬かせて聞いた。 拓磨は目を伏せ、ライラの頭を撫でてやりながら、 ―「歴史とはそうしたものです。」 と、静かに言った。 「・・・うん。そうかも。・・あ、ごめんなさい。話の途中でしたね。」 唯が拓磨の話を促す。 拓磨は顔をあげて愛おしげに微笑むと頷いた。 ―「わかりました。お話致しましょう。」 今回の一件を最後尾で糸を引いているのは、政界にも顔を利かせている東郷という財界人と推測される。 東郷は副警視総監の大宮と懇意で、大宮を政財界の要人に紹介して大宮派の態勢作りに協力しているらしい。 一方、大宮は権限をフルに活用し、東郷に便宜を図っているというのだ。 九条は東郷のお気に入りで、大宮と東郷のパイプ役をしている為、かなり勝手な行動や職権乱用といった行為が見られるようだった。 そのことを注意した風磨に、「法とは、負け犬を罰する為にあるものだ。地獄の沙汰も金と権力でいかようにもなるものだろう?」と、言ってのけたという。 「何とも悪辣な、噂以上に危険な人物ですな。」 冬馬が腕組みした手で顎を撫でながら言った。 その東郷にどのような目的があって、唯に近付こうと画策しているかはまだわからないと、拓磨は言った。 大宮の手先といえる本庄が唯の研究を調べている以上、そのことが関係しているとは思うが、唯が研究を離れていると知れば、あるいは諦めるかも知れない。 ―「いずれにせよ、もう彼等とは接触しないようにするべきでしょう。」 と、拓磨は話を締めた。 これには大河も同感で、大きく頷き、 「なぁ、唯。もう、あんな奴の相手をすんなよ。」 と、言った。 「・・・でも、九条さん。そんなに嫌な感じしなかったんだけどなぁ。」 「そりゃ、お前に色目使ってる相手だからだろ。」 「・・・九条さんの目・・・ラーガに少し似てた。」 唯の言葉に冷静な拓磨が表情を変えた。 ―「唯様。九条は油断のならない男です。見た目で惑わされないようにしてください。」 「だけど、俺に好意があるなら、話す内には本音を教えてくれるかも知れないし、俺としてはもう少し付き合ってみたいんだけどな。」 ―「いけません。もう二度と会わないことです。」 「向こうから会いにくるかも。」 ―「相手になさらないことです。」 唯は溜息を吐いて、大画面の拓磨に顔を向けたが、その視点はぼんやりともっと遠くを見ているようだった。 「・・・ラーガが・・・欲しい・・・」 ―「唯様。ラーガはこちらにいますよ。」 「・・・そうだね。」 唯と拓磨は冬馬と大河にはわからない会話をしていた。 ―「唯様が逢いに戻られたら、きっと喜びます。」 「・・・だけど・・・遠すぎて・・・抱き締めることも出来ない。」 ラーガは何年も前に死んでいるはずだった。 それに拓磨のいう”こちら”が実家のことなら、半日もかからずに行ける距離で、”遠すぎる”とは言えないだろう。 大河は唯と拓磨の秘密がそこにあるのだろうと、見えない会話を必死で推理していた。 ―「唯様。そのことはまた後でお話しましょう。」 拓磨はそれ以上を大河と冬馬の前では話すつもりはないようだった。 唯も頷き、ソファーの上で両膝を抱えて頭を膝に押しつけた。 拓磨は冬馬と大河に、充分注意して彼等を唯に近付けないようにと指示して、通話を終了させた。 大河は自分の知らないことで唯が悩んでいるのが面白くなく、顔を上げない唯を横目で睨んだ。 「冬馬さん、・・・ちょっと。」 大河が夕食の支度を始めようとしていた冬馬を、自分の部屋に呼んだ。 「何だ?つまらん内緒話で俺を怒らせるなよ。」 「いきなり喧嘩腰になるなよ。」 大河が片眉をひそめる。 「どうせ、良からぬことでも思いついたんだろ?」 冬馬は目を眇めて溜息混じりに言った。 「さっきの唯と拓磨さんの会話だけどな・・」 「あー、聞かん、聞かん。」 大河が唯の秘密に触れようとしたので、冬馬はそれを遮って部屋を出ようとした。 「聞いてくれ!」 大河は冬馬の腕をつかみ、真剣な眼差しで懇願する。 「俺は何も知らんし、知ろうとも思わんから、聞いても無駄だぞ。」 「冬馬さんに聞こうとは思ってねぇよ。ただ、俺に唯に聞く時間をくれ。」 冬馬は大河の顔を間近でじっと見つめた。 「・・・聞いてどうする?聞いてもどうにもならないことなら、聞かない方がいいだろう?」 「冬馬さんはそれでいいかも知れないが、俺は冬馬さんや拓磨さんとは立場が違うんだ。」 「・・・違うとは?」 大河はつかんでいた冬馬の腕を放し、ベッドに腰を下ろした。 冬馬は聞くだけは聞いてやろう、と腕組みをし、大河を見下ろした。 「だって、そうだろ?」 大河は苦しげに吐露する。 「俺は誰に命令されてる?俺の上司は誰だ?・・・拓磨さんだとでもいうのか?」 「・・・うーむ・・・」 冬馬はそれは違うだろう、と首を振る。 「冬馬さんには、唯を守れ、と命令する人がいる。だから、冬馬さんは、唯にどんな秘密があろうと知らないままでも守るという目的を遂行出来る。・・・もちろん、命令があるからしているだけとは思ってないぜ。ただ、自分のするべき目的がそこには存在するじゃないか。」 「・・・まあ、そうだな。」 「拓磨さんだって、総統の意志の元に唯を守り指導しているんだろ?」 「ああ。」 「拓磨さんの意志は総統の意志でもあり、総統に代わって出来ることを唯の為にしている。」 「・・・うむ。」 「時には拓磨さんが総統に意見したり頼んだりすることもあるだろうけどな。」 「・・・ふむ・・・」 曖昧な返事でも大河には構わなかった。 冬馬が総統や拓磨のことでは答えにくいのもわかるからだ。 「けど、俺は誰にも命令はされてない。そりゃ、一緒に留学する時には、学友として助け合って欲しい、とは言われたけどな。」 冬馬は、そうか、とばかりに頷いた。 「だけど、学友として何をしろ、とは具体的に指示されては来なかった。」 「拓磨さんは指示してるだろう?」 「それは俺の生活面に関してがほとんどだぜ。・・・それに、拓磨さんの指示を聞くのが学友の仕事なのか?」 「・・・いや・・・」 「親的立場としては注意するだろう。・・・だが、子供同士の友情にまでは口出し出来ないだろうが。」 冬馬はまた頷いた。 「俺は唯の友達なんだ。一緒に研究を続け、同じ道を共に歩きたいと思っている。・・・これは俺の意志であり、誰かに命令されたことを実行しているんじゃないんだ。」 冬馬は大河を見つめて、じっと考え込んでいる。 「・・・だから、俺と唯の間に秘密を持つべきじゃない、と俺は思ってる。」 冬馬はしばらく考えていたが、深い溜息を吐くと、 「だが、聞くことで唯様を傷つけるかも知れないぞ。」 と、判断がつかずに言った。 「無理強いはしねぇよ。約束する。」 「・・・時間が欲しいとは?」 「唯が苦しんでいるのはわかる。わかるから、・・・場合によっては・・・意見がぶつかり合うかも知れない、と思うんだ。」 「それは、あまり歓迎出来ないな。」 「そうだろ?冬馬さんには唯が荒れるのは耐えられないだろうさ。唯を泣かせちゃいけねぇんだ。唯を悲しませちゃいけねぇんだろ?・・・だけどな、友達なら時には喧嘩したって、相手の腹をトコトン知ってやることも必要なんだ。」 大河はキッと冬馬に厳しい視線を向けた。 真剣で鬼気迫る迫力があった。 「・・・俺はそう思ってる。」 冬馬は眉を寄せ、唇を噛んだ。 「で・・・具体的に、どうしろと?」 「ルルとレイドの散歩、ゆっくり時間をかけて行ってきて欲しい。・・・2時間くらい、唯と二人だけにして貰えればいいからさ。」 「・・・微妙な時間だな。」 「唯が話す気になれば、それくらいで聞いてやれるだろうし、どうしても話せないって殻にこもっちまったら、それ以上時間をかけても無理だろうからな。」 「・・・なるほど。」 冬馬は静かに息を吐きながら繰り返し頷いた。 「わかった。」 大河の顔に光が差した。 「ありがとう。冬馬さん。」 「ただし、友達としての態度は崩すなよ。」 冬馬は大河の唯への気持ちを知っているだけに、そのことも気がかりだったのだ。 大河はムッとして、 「わかってるよ。」 と、舌打ちをした。 「戻った時、唯様の服装が乱れてたり、様子がおかしかったら、レイドにお前の喉を狙わせるからな。」 「あー・・・やっぱりそうだったのか。」 「何がやっぱりなんだ?」 「レイドの話さ。・・・レイドが勝手に人を傷つけたのなら、処分もせずに放っておくのは変だと思ってたんだ。」 「ふん。気付くのが遅いぜ。大河君。」 「・・・っくしょぉぉ・・・どれだけ俺がビビッてたと思うんだ。」 「ハハハハッ。あの洗面所の柵には笑っちまったぜ。」 大河は顔をしかめて、 「冬馬さんって・・・案外・・・嫌な奴かも・・・」 と、拗ねたように言った。 冬馬は目を細め、 「俺が”生きた殺人兵器”、と呼ばれていることを知っておくんだな。」 と、不敵な笑みを浮かべて言った。 大河は徐々に目を見開き、言葉にはならずに唖然とした。 それから、何度か深呼吸を繰り返して、どうにか気持ちを落ち着かせると、 「・・・レイドより怖ぇや。」 と、呟いた。 冬馬は気にせずに笑い、 「夕飯は特上の寿司を奢れよ。」 と、ウィンクをした。 「はいはい、わかりました。」 大河は、やれやれ、と首を振ったが、 「じゃぁ、よろしくお願いします。」 と、真面目な面持ちに戻ってベッドから立ち上がった。 「まあ、頑張ってみろ。」 冬馬は大河の肩をグッとつかんでニヤリとすると、部屋を出ていった。 大河は、 「さぁて・・・これからが本物の勝負所だな。」 と、首を回して気合いを入れた。 |
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